hellog〜英語史ブログ

#685. なぜ言語変化には drift があるのか (1)[drift][synthesis_to_analysis][grammaticalisation][unidirectionality][teleology]

2011-03-13

 言語変化の drift 「ドリフト,駆流,偏流,定向変化」について,本ブログの数カ所で取り上げてきた (see drift) .英語の drift はゲルマン語派の drift を継承しており,後者は印欧語族の drift を継承している.英語史と関連して指摘される最も顕著な drift は,analysis から synthesis への言語類型の変化だろう.これについては,Meillet を参照して[2011-02-12-1], [2011-02-13-1]などで取り上げた.
 なぜ言語に drift というものがあるのか.これは長らく議論されてきているが,いまだに未解決の問題である.言語変化における drift はランダムな方向の流れではなく,一定の方向の流れを指す.しかも,短期間の流れではなく,何世代にもわたって持続する流れである.不思議なのは,言語変化の主体である話者は,言語を用いる際に過去からの言語変化の流れなど意識も理解もしていないはずにもかかわらず,一定方向の言語変化の流れを次の世代へ継いでゆくことである.言語変化の drift とは,話者の意識を超えたところで作用している言語に内在する力なのだろうか.もしそうだとすると,言語は話者から独立した有機体ということになる.論争が巻き起こるのは必至だ.
 drift という用語は,アメリカの言語学者 Edward Sapir (1884--1939) が最初に使ったものである."Language moves down time in a current of its own making. It has a drift." (150) と言っており,あたかも言語それ自体が原動力となって流れを生み出しているかのような記述である.しかし,この言語有機体論に対して Sapir 自身が疑問を呈している箇所がある.

Are we not giving language a power to change of its own accord over and above the involuntary tendency of individuals to vary the norm? And if this drift of language is not merely the familiar set of individual variations seen in vertical perspective, that is historically, instead of horizontally, that is in daily experience, what is it? (154)


 もちろん Sapir は,言語変化がそれ自身の力によってではなく,話者による言語的変異の無意識的な選択によって生じるということを認識してはいる.

The drift of a language is constituted by the unconscious selection on the part of its speakers of those individual variations that are cumulative in some special direction. (155)


 しかし,話者がなぜ後に drift と分かるような具合に,世代をまたいである方向へ言語変化を推し進めてゆくのかは,相変わらず未知のままである.結局のところ,Sapir は drift とは mystical で impressive な現象であるという結論のようである.

Our very uncertainty as to the impending details of change makes the eventual consistency of their direction all the more impressive. (155)


 付け加えれば,Sapir は英語が語彙を他言語から借用する傾向も drift であると考えている.

I do not think it likely, however, that the borrowings in English have been as mechanical and external a process as they are generally represented to have been. There was something about the English drift as early as the period following the Norman Conquest that welcomed the new words. They were a compensation for something that was weakening within. (170)


 最後の "something" とは何なのか.
 言語変化の方向の一定性という問題は,ここ30年の間に grammaticalisation の研究が進んだことによって新たな生命を吹き込まれた.grammaticalisation は言語変化の unidirectionality に焦点を当てているからである.Lightfoot は,これに激しく異を唱えている.もし言語に一定方向の drift が見られると仮定すると,一般に言語史にアクセスできないはずの話者にその原動力を帰すことはできない.とすると,何の力なのか.mystery 以外のなにものでもないではないか,と (International Encyclopedia of Linguistics, p. 399) .
 Sapir 以来,drift の謎はいまだに解かれていない.

 ・ Sapir, Edward. Language. New York: Hartcourt, 1921.
 ・ Frawley, William J., ed. International Encyclopedia of Linguistics. 2nd ed. 2nd Vol. Oxford: Oxford UP, 2003.

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#686. なぜ言語変化には drift があるのか (2)[drift][synthesis_to_analysis]

2011-03-14

 昨日の記事[2011-03-13-1]の続きで,言語変化の drift の不可解な性質について.drift という用語は明らかに通時的な次元の用語だが,生成文法家をはじめとする共時言語学者はあくまで共時的な観点から drift の謎を解決しようとしてきた.印欧諸語のたどってきた synthesis から analysis への言語変化の drift は紛れもない事実であり ([2011-02-12-1]) ,現在も同じ流れが続いていると考えられる以上,それを動機づける共時的な規則を見いだすことが言語学者の務めである.しかし,今のところ共時的な立場から説得力のある説明は出されていない.もし共時的な説明を諦めるとすれば,言語は "of its own accord" 「それ自身の力によって」 (Sapir 154) 話者の意識を超えたところで変化を生じさせるという説を受け入れざるを得ない.しかし,言語が話者から独立した有機体であるとする説は,筋金入りの通時言語学者であっても(かつての苦い経験も手伝って)受け入れるのに抵抗が伴うのではないか.『新英語学辞典』でも「今のところ,このドリフトも一つの有力な仮説とみておくほかはない」 (348) ともどかしい口調でこの問題を評している.
 drift に関して Lakoff の論文を読んだ.ラテン語からロマンス諸語への言語変化を中心に,印欧諸語の synthesis から analysis への drift を生成文法の立場から共時的に論じることができるかどうかについて論じている論文である.具体的には,主語代名詞の使用の義務化,定冠詞・不定冠詞の出現,格屈折から前置詞使用への転換,動詞における迂言形の時制・相の発達,助動詞の発達,副詞や比較表現の発達という個別の漂流的変化が,印欧諸語に共通して生じている事実を取りあげている.Lakoff はこれらの変化を synthesis から analysis への変化としてまとめる代わりに,"segmentalisation" (104) として言及している.では,これらの segmentalisation を示す drift をどう解釈すればよいのだろうか.Lakoff は以下のような諸仮説を提示しては排除してゆく.

 (1) synthesis から analysis への変化を言語に普遍的な規則として設定する universal rule 説.しかし,世界の言語を見渡せば逆方向の変化はいくらでもある (104) .印欧語族内ですら,共通ロマンス語時代には迂言的に表現されていた動詞の未来形が後に屈折語尾で表現されるようになったという反例があり,この説は受け入れられない (112) .同様に,人間の心理傾向に基づく同様の universal な仮説も排除される.
 (2) では,少なくとも印欧諸語という限られた範囲においては segmentation は universal rule あるいは "métacondition" と考えることができるのではないか.しかし,そのような metacondition を特徴づけ,動機づけているものが何であるかは依然として不明であり,説得力のある説明とはなりえない.
 (3) 印欧諸語に共通してみられる segmentalisation 傾向は,実はそれぞれ独立して生じたとする説.この場合,不可解な drift を想定する必要はない.しかし,現実的には偶然の一致の可能性はきわめて少ない.
 (4) 不可解であれ何であれ,drift という通時的な力を認めるしかないという説.(結局 drift は謎のままということになる.)
 (5) 現在の共時言語理論ではいまだ扱えない現象だが,理論の発展によりいつかは解決できるはずだと考える説.

 Lakoff の結論の1節を拙訳とともに引用する.Lakoff は (4) と (5) の狭間で揺れているようだ.

Dans cet article j'ai présenté un certain nombre d'exemple de changements qui ne peuvent pas être compris par l'examen des seules règles de la grammaire synchronique. Puisqu'ils ne sont probablement pas universels, on ne peut pas non plus les expliquer en ayant recours à des concepts de meilleure compréhension, ou à d'autres notions pertinentes de psychologie. A quel niveau se situe cette métacondition n'est pas clair du tout : ce n'est ni comme partie de la grammaire ni comme condition universelle des formes des grammaires. Comment une contrainte de changement à l'intérieur d'une famille de langues, une contrainte qui n'est pas absolue mais qui néanmoins est influente, doit-elle être considérée? Le problème n'est pas clair. Mais it n'y a pas d'autre façon de concevoir les choses : ou bien une telle métacondition existe, quelle qu'elle soit, ou bien toutes les langues indo-européennes ont été soumises à une serie extraordinaire de coïncidences. Rien dans l'état actuel de la théorie transformationnelle ne nous permet de caractériser la métacondition ou de la justifier. Si l'on accepte les faits tels qu'ils sont donneés, ou bien une autre explication doit être postulée, ce qui paraît tout à fait improbable, ou bien nous devons accepte l'idée que pour comprendre les changements syntaxiques nous devons arriver à une meilleure compréhension de la théorie syntaxique du point de vue synchronique. (113)

この論文では,共時的な文法の規則のみを調べても理解するのことができない変化の例をいくつか提示した.これらの変化はおそらく普遍的ではないから,理解が容易になるという考え方や他の関連する心理的な概念に訴えかけて説明するとことはもはやできないだろう.この共通条件がどの次元にあるのかは全く不明である.文法の一部としてあるわけではないし,文法形態の普遍的条件としてあるわけでもない.語族内部での変化の制約,絶対的ではないが影響力のある制約とはどのように考えればよいのだろうか.問題は明瞭ではない.しかし,事態を理解するには次のいずれかしか方法はない.それが何であれ,そのような共通条件が存在するのだということ,あるいは,すべての印欧諸語は偶然の異常なまでの連鎖に従っているのだということである.変形理論の現状では,その共通条件を特徴づけたり正当化することはできない.もし所与の事実を認めるということであれば,(まったくありそうにないが)別の説明を提示するしなければならない.あるいは,統語変化を理解するのに共時的な観点から統語理論をよりよく理解しなければならない.


 ・ Sapir, Edward. Language. New York: Hartcourt, 1921.
 ・ Lakoff, Robin. "Regard nouveau sur la <<dérive>>." Langages 32 (1973): 98--114.

Referrer (Inside): [2013-02-28-1] [2012-09-09-1]

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#1231. drift 言語変化観の引用を4点[drift][causation][language_change][popular_passage]

2012-09-09

 言語変化の原動力として,drift を想定する言語論者は,今もって少なくない.drift の問題として,特に「#685. なぜ言語変化には drift があるのか (1)」 ([2011-03-13-1]) と「#686. なぜ言語変化には drift があるのか (2)」 ([2011-03-14-1]) の記事で議論したが,近年,新たな視点からこの問題に迫っているのがウィーン大学の Ritt である.Ritt の言語変化観は刺激的だと思っているが,彼の最近の論文 (p. 131) で,drift を支持する研究者からの重要な引用が4点ほどなされていたので,それを再現したい(便宜のため,引用元の典拠は展開しておく).

Languages . . . came into being, grew and developed according to definite laws, and now, in turn, age and die off . . . (Schleicher, August. Die Darwinsche Theorie und die Sprachwissenschaft: offenes Sendschreiben an Herrn Dr. Ernst Häckel. Weimar: H. Böhlau, 1873. Page 16.)


Language moves down time in a current of its own making. It has a drift. (Sapir, Edward. Language: An Introduction to the Study of Speech. New York: Harcourt, Brace and Company, 1921. Page 151.)


A living language is not just a collection of autonomous parts, but, as Sapir (1921) stressed, a harmonious and self-contained whole, massively resistant to change from without, which evolves according to an enigmatic, but unmistakably real, inner plan. (Donegan, Patricia Jane and David Stampe. "Rhythm and the Holistic Organization of Language Structure." Papers from the Parasession on the Interplay of Phonology, Morphology and Syntax. Eds. John F. Richardson, Mitchell Marks, and Amy Chukerman. Chicago: Chicago Linguistic Society, 1983. 337--53. Page 1.)


languages . . . are objects whose primary mode of existence is in time . . . which ought to be viewed as potentially having extended (trans-individual, transgenerational) 'lives of their own'. (Lass, Roger. "Language, Speakers, History and Drift." Explanation and Linguistic Change. Eds. W. F. Koopman, Frederike van der Leek, Olga Fischer, and Roger Eaton. Amsterdam and Philadelphia: John Benjamins, 1987. 151--76. Pages 156--57.).


 ・ Ritt, Nikolaus. "How to Weaken one's Consonants, Strengthen one's Vowels and Remain English at the Same Time." Analysing Older English. Ed. David Denison, Ricardo Bermúdez-Otero, Chris McCully, and Emma Moore. Cambridge: CUP, 2012. 213--31.

Referrer (Inside): [2013-08-23-1] [2013-02-27-1]

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#1816. drift 再訪[drift][gvs][germanic][synthesis_to_analysis][language_change][speed_of_change][unidirectionality][causation][functionalism]

2014-04-17

 Millar (111--13) が,英語史における古くて新しい問題,drift (駆流)を再訪している(本ブログ内の関連する記事は,cat:drift を参照).
 Sapir の唱えた drift は,英語なら英語という1言語の歴史における言語変化の一定方向性を指すものだったが,後に drift の概念は拡張され,関連する複数の言語に共通してみられる言語変化の潮流をも指すようになった.これによって,英語の drift は相対化され,ゲルマン諸語にみられる drifts の比較,とりわけ drifts の速度の比較が問題とされるようになった.Millar (112) も,このゲルマン諸語という視点から,英語史における drift の問題を再訪している.

A number of scholars . . . take Sapir's ideas further, suggesting that drift can be employed to explain why related languages continue to act in a similar manner after they have ceased to be part of a dialect continuum. Thus it is striking . . . that a very similar series of sound changes --- the Great Vowel Shift --- took place in almost all West Germanic varieties in the late medieval and early modern periods. While some of the details of these changes differ from language to language, the general tendency for lower vowels to rise and high vowels to diphthongise is found in a range of languages --- English, Dutch and German --- where immediate influence along a geographical continuum is unlikely. Some linguists would suggest that there was a 'weakness' in these languages which was inherited from the ancestral variety and which, at the right point, was triggered by societal forces --- in this case, the rise of a lower middle class as a major economic and eventually political force in urbanising societies.


 これを書いている Millar 自身が,最後の文の主語 "Some linguists" のなかの1人である.Samuels 流の機能主義的な観点に,社会言語学的な要因を考え合わせて,英語の drift を体現する個々の言語変化の原因を探ろうという立場だ.Sapir の drift = "mystical" というとらえ方を退け,できる限り合理的に説明しようとする立場でもある.私もこの立場に賛成であり,とりわけ社会言語学的な要因の "trigger" 機能に関心を寄せている.関連して,「#927. ゲルマン語の屈折の衰退と地政学」 ([2011-11-10-1]) や「#1224. 英語,デンマーク語,アフリカーンス語に共通してみられる言語接触の効果」 ([2012-09-02-1]) も参照されたい.
 ゲルマン諸語の比較という点については,Millar (113) は,drift の進行の程度を模式的に示した図を与えている.以下に少し改変した図を示そう(かっこに囲まれた言語は,古い段階での言語を表わす).

Drift in the Germanic Languages


 この図は,「#191. 古英語,中英語,近代英語は互いにどれくらい異なるか」 ([2009-11-04-1]) で示した Lass によるゲルマン諸語の「古さ」 (archaism) の数直線を別の形で表わしたものとも解釈できる.その場合,drift の進行度と言語的な「モダンさ」が比例の関係にあるという読みになる.
 この図では,English や Afrikaans が ANALYTIC の極に位置しているが,これは DRIFT が完了したということを意味するわけではない.現代英語でも,DRIFT の継続を感じさせる言語変化は進行中である.

 ・ Millar, Robert McColl. English Historical Sociolinguistics. Edinburgh: Edinburgh UP, 2012.

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