4月9日のことになるが,読売新聞の朝刊11面に「日本語 平成時代の変化」と題する解説文が掲載されていた.解説者は,日本語方言学の大家で,東京外国語大学名誉教授の井上史雄先生である.私も学生時代に先生の社会言語学の講義を受け,大いに学ばせていただいたが,的確な分類や名付けにより現象を分かりやすく解説してくださるのが,当時より先生の魅力だった.今回の解説記事では「方言の社会的価値の分類」が紹介されていたが,これも先生が当時から「我ながらなかなかうまい分類ができた」とおっしゃっていた,お気に入りの持ちネタの披露というわけだ(←その授業を今でもはっきりと覚えています).日本語方言の社会的価値の変遷を実にきれいに表現した分類である.
| 類型 | 時代 | 方言への評価 | 使われ方 |
第1類型 | 撲滅の対象 | 明治?戦前 | マイナス | 方言優位 |
第2類型 | 記述の対象 | 戦後 | 中立 | 方言・共通語両立 |
第3類型 | 娯楽の対象 | 戦後?平成 | プラス | 共通語優位 |
この分類表の注でも述べられていたが,方言の記述や記録自体はいつの時代でも行なわれてきた.したがって,第2類型の「記述の対象」とは,第1類型と第3類型の時代との相対的な文脈で理解すべき「記述」である.
井上先生は「全体としては平成の間,方言は衰退した.方言に誇りを持っていた関西でも,若い人は共通語を使うようになった.共通語の使用者数は,終戦後は1割程度,昭和後期で5割程度,平成期は9割程度とみられる.国民の大半が共通語を使うようになる大転換があったのだ.テレビなどメディアの影響が大きい.ただ,方言が衰える一方ではない.新しい方言が各地で生まれ,東京に流入し,全国に広がる例もある.『うざい』,『ちがかった』(違った),語尾の『じゃん』,などだ」と述べている.戦後昭和と平成の時代は,全体として共通語が広がるなかで諸方言が衰退していきつつも,日本語話者のあいだに,方言を楽しんだり取り込んだりするゆとりが生まれた時代と言ってよさそうだ.
関連して「#1786. 言語権と言語の死,方言権と方言の死」 (
[2014-03-18-1]),「#2029. 日本の方言差別と方言コンプレックスの歴史」 (
[2014-11-16-1]) も参照されたい.その他,井上先生の洞察を反映した,以下の記事もどうぞ.
・ 「#2073. 現代の言語変種に作用する求心力と遠心力」 (
[2014-12-30-1])
・ 「#2074. 世界英語変種の雨傘モデル」 (
[2014-12-31-1])
・ 「#2132. ら抜き言葉,ar 抜き言葉,eru 付け言葉」 (
[2015-02-27-1])
・ 「#2133. ことばの変化のとらえ方」 (
[2015-02-28-1])
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