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bible - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2023-03-24 12:52

2017-03-31 Fri

#2895. 古英語聖書より「岩の上に家を建てる」 [oe][popular_passage][bible][literature][oe_text][hel_education][voicy]

 古英語訳の聖書は,古英語読解のための初級者向け教材として有用である.近代英語の欽定訳聖書 (The Authorized Version) や現代英語版はもちろん,日本語を含むありとあらゆる言語への訳も出されており,比較・参照できるからだ.
 以下,新約聖書より Matthew 7: 24--27 の「岩の上に家を建てる」寓話について,古英語版テキストを MS Corpus Christi College Cambridge 140 より示そう (Mitchell 60) .合わせて,対応する近代英語テキストを欽定訳聖書より引用する.

Ǣlċ þāra þe ðās mīne word ġehȳrþ and þā wyrcþ byþ ġelīċ þǣm wīsan were se hys hūs ofer stān ġetimbrode.
Þā cōm þǣr reġen and myċel flōd and þǣr blēowon windas and āhruron on þæt hūs and hyt nā ne fēoll・ sōþlīċe hit wæs ofer stān ġetimbrod.
And ǣlċ þāra þe ġehȳrþ ðās mīne word and þā ne wyrcþ・ sē byþ ġelīċ þǣm dysigan menn þe ġetimbrode hys hūs ofer sand-ċeosel.
Þā rīnde hit and þǣr cōmon flōd and blēowon windas and āhruron on þæt hūs and þæt hūs fēoll・ and hys hryre wæs miċel


Therefore whosoever heareth these sayings of mine, and doeth them, I will liken him unto a wise man, which built his house upon a rock:
And the rain descended, and the floods came, and the winds blew, and beat upon that house; and it fell not: for it was founded upon a rock.
And every one that heareth these sayings of mine, and doeth them not, shall be likened unto a foolish man, which built his house upon the sand:
And the rain descended, and the floods came, and the winds blew, and beat upon that house; and it fell: and great was the fall of it.


 聖書に関する古英語テキストについては,「#1803. Lord's Prayer」 ([2014-04-04-1]),「#1870. 「創世記」2:18--25 を7ヴァージョンで読み比べ」 ([2014-06-10-1]) も参照されたい.

(後記 2022/05/03(Tue):Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」にて,この1節を古英語の発音で読み上げていますのでご参照ください.「古英語をちょっとだけ音読 マタイ伝「岩の上に家を建てる」寓話より」です.)

・ Mitchell, Bruce. An Invitation to Old English and Anglo-Saxon England. Blackwell: Malden, MA, 1995.

Referrer (Inside): [2017-04-11-1]

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2016-10-25 Tue

#2738. Book of Common Prayer (1549) と King James Bible (1611) の画像 [bible][book_of_common_prayer][popular_passage][hel_education][bl][history][literature][link][emode][printing]

 表題の2つの書は,英語史上大きな影響力をもった,初期近代英語で書かれた文献である.いつぞやか大英図書館で購入した絵はがきを見つけたので,各々より1葉のイメージを与えておきたい(画像をクリックすると文字も読める拡大版).

Book of Common Prayer (Of Matrimonie)King James Bible (Title-page)
Book of Common Prayer (Of Matrimonie)King James Bible (Title-page)


 Book of Common Prayer および King James Bible については,各々以下の記事やリンク先を参照.

 ・ 「#2597. Book of Common Prayer (1549)」 ([2016-06-06-1])
 ・ 「#745. 結婚の誓いと wedlock」 ([2011-05-12-1])
 ・ 「#1803. Lord's Prayer」 ([2014-04-04-1])

 ・ BL より Sacred Texts: King James Bible
 ・ The King James Bible - The History of English (4/10)

Referrer (Inside): [2018-11-27-1]

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2016-10-03 Mon

#2716. 原始・古代の暗号のあけぼの [cryptology][history][hieroglyph][grammatology][bible][hebrew]

 「#2701. 暗号としての文字」 ([2016-09-18-1]) で考察したように,文字の発明は,それ自体が暗号の誕生と密接に関係する出来事だが,秘匿することを主目的とした暗号コミュニケーションが本格的に発展するまでには,多少なりとも時間がかかったようである.今回は,『暗号解読事典』の pp. 2--6 を参照して,原始・古代の暗号のあけぼのを概略する.
 暗号そのものではないが,文字の変形と秘匿性という特性をもった暗号の原型といえるものは,紀元前2000年ほど古代エジプト聖刻文字の使用にすでに見られる.例えば,王族を表わす文字には,権威と神秘性を付すために,そして俗人に容易に読めないように,変形が施された.しかし,このような文字の変形が軍事・外交的に体系的に使われた証拠はなく,これをもって本格的な暗号の登場とすることはできない.しかし,その走りではあったと思われる.
 一方,紀元前1500年頃のメソポタミアには,明確に秘匿の意図が読み取れる真の暗号が用いられていたようだ.釉薬の製法が記された楔形文字の書字板において,正しい材料を表わす文字列が意図的に乱されているのだ.これは,人類最古の暗号の1つといってよい.
 紀元前500年頃では,インドでも書法秘匿の証拠が見つかる.その手法もすでに多様化しており,換字式暗号から,文字反転,配置の攪乱に至るまで様々だ.これは,当時のインドで暗号コミュニケーションがある程度広く認知されていた状況を物語っている.人間の悦楽についての書『カーマ・スートラ』では,書法秘匿は女性が習得すべき技術の1つであると述べられている.
 聖書にも,暗号の原型を垣間見ることができる.旧約聖書では,「アタシュ」と呼ばれるヘブライ語アルファベットに基づく換字式暗号の原初の事例がみられる.アタシュでは,最初の文字と最後の文字を入れ替え,次に2番目の文字と最後から2番目の文字を入れ替えるといったように,すべてのアルファベットを入れ替えるものである.これにより,『エレミヤ書』25章26節と51章41節で BabelSheshach と換字されている.しかし,ここには特別な秘匿の意図は感じられず,あくまで後の時代の本格的な暗号に連なることになる暗号の原型という程度のものだった.
 古代ギリシアでは,ペルシアとの戦争に関わる軍事的な目的で,すでに単純ではあるが体系的な暗号技術が発達していた.紀元前5世紀,ギリシアの歴史家トゥキュイディデスは,スパルタ人がスキュタレーという暗号器具を発明したことに言及している.これは特定の大きさの棒で,そこに紙を巻き付けて棒の上から下へ文字を書いていった後で紙を解くと,無意味な文字列が並んでいるというものである.また,紀元前2世紀には暗号学者ポリュビオスが「ポリュビオスのチェッカー盤」と呼ばれる5×5のアルファベット表に基づく暗号技術を確立し,後の暗号発展の基礎となった.
 ローマ帝国においては,「#2704. カエサル暗号」 ([2016-09-21-1]) で触れた換字式暗号が考案され,後に改良されながらも中世を通じて広く使われることになった.
 このように,暗号史は世界史と連動して発達してきたのである.

 ・ フレッド・B・リクソン(著),松田 和也(訳) 『暗号解読事典』 創元社,2013年.

Referrer (Inside): [2016-10-14-1]

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2016-06-06 Mon

#2597. Book of Common Prayer (1549) [bible][history][literature][book_of_common_prayer][idiom]

 「祈祷書」(英国教会の礼拝の公認式文)として知られる The Book of Common Prayer の初版は,1549年に編纂された.宗教改革者にしてカンタベリー大主教の Thomas Crammer (1489--1556) を中心とする当時の主教たちが編纂し出版したものであり,その目的は,書き言葉においても話し言葉においても正式とみなされる英語の祈祷文を定めることだった.正式名称は The Booke of the Common Prayer and administracion of the Sacramentes, and other Rites and Ceremonies after the Use of the Churche of England である.
 この祈祷書は,Queen Mary と Oliver Cromwell による弾圧の時代を除いて,現在まで連綿と用いられ続けている.現在一般に用いられているのは初版から約1世紀後,1661--62年に改訂されたものであるが,初版の大部分をよくとどめているという点で,完全に連続性がある.この祈祷書は5世紀近くもの繰り返し唱えられてきたために,人口に膾炙した文言も少なくない.特によくに知られているのは結婚式での文句だが,その他の常套句も多い.Crystal (36) より,以下にいくつか挙げてみよう.

[ 結婚式関係 ]

 ・ all my worldly goods
 ・ as long as ye both shall live
 ・ for better or worse
 ・ for richer for poorer
 ・ in sickness and in health
 ・ let no man put asunder
 ・ now speak, or else hereafter forever hold his peace
 ・ thereto I plight thee my troth
 ・ till death us do part
 ・ to have and to hold
 ・ to love and to cherish
 ・ wedded wife/husband
 ・ with this ring I thee wed

[ その他 ]

 ・ all perils and dangers of this night
 ・ ashes to ashes
 ・ battle, murder and sudden death
 ・ bounden duty
 ・ dust to dust
 ・ earth to earth
 ・ give peace in our time
 ・ good lord, deliver us
 ・ peace be to this house
 ・ read, mark, learn and inwardly digest
 ・ the sins of the fathers
 ・ the world, the flesh and the devil


 祈祷書に関連して,「#745. 結婚の誓いと wedlock」 ([2011-05-12-1]),「#1803. Lord's Prayer」 ([2014-04-04-1]) も参照されたい.また,聖書からの常套句としては「#1439. 聖書に由来する表現集」 ([2013-04-05-1]) を参照.

 ・ Crystal, David. Evolving English: One Language, Many Voices. London: The British Library, 2010.

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2016-03-04 Fri

#2503. 中英語文学 [me][literature][chaucer][norman_conquest][romance][reestablishment_of_english][wycliffe][bible][langland][sggk][pearl][lydgate]

 中英語期の英語で書かれた文学について,主として Baugh and Cable の110節 "Middle English Literature" (149--51) に依拠し,英語史に関連する範囲内で大雑把に概括したい.
 中英語が社会言語的にたどった運命と,中英語文学は密接にリンクしている.ノルマン征服により,フランス語を話す上流階級の文学的嗜好は,当然ながらフランス語で書かれた書物へ向かっており,英語で書かれたものにパトロンが付く可能性は皆無だった.しかし,英語で物する者がいたことは確かであり,彼らは別の目的で書くという行為を行なっていたのである.それは,英語しか解さない一般庶民にキリスト教を布教しようという情熱に駆られた宗教者たちだった.したがって,1150--1250年に相当する初期中英語期に英語で書かれたものは,ほぼすべてが宗教的・説諭的な文学である.Ancrene RiwleOrmulum (c. 1200) のような聖書の福音書の解釈本や,古英語に由来する聖者伝や説教集の焼き直しが,この時代の英語文学だった.例外的に Layamon's Brut (c. 1200) や The Owl and the Nightingale (c. 1195) のような非宗教的な文学も出たが,例外と言ってよい.この時代は,原則として "Period of Religious Record" と呼べるだろう.
 次の100年間は,フランス語に対して英語が徐々に復権の兆しを示し初め,英語がより広く文学として表わされるようになってきた.フランス語で書かれた文学が翻訳されるなどして,14世紀にかけて英語の文学は勢いを増してきた.具体的には,非宗教的なロマンス (romance) というジャンルが英語という媒体に乗せられるようになった.1250--1350年の英語文学の時代は,"Period of Religious and Secular Literature" と呼ぶことができるだろう.
 14世紀の後半までには,イングランドにおいて英語はほぼ完全な復活 (reestablishment_of_english) を果たし,この時期は中世英語文学史における華を体現することになる.Canterbury TalesTroilus and Criseyde といった大著を残した Geoffrey Chaucer (1340--1400) を初めとして,社会的寓話 Piers Plowman (1362--87) を著わした William Langland,聖書翻訳で物議をかもした John Wycliffe (d. 1384),Sir Gawain and the Green Knight ほか3つの寓意的・宗教的な珠玉の詩を残した詩人が現われ,まさに "Period of Great Individual Writers" と言ってよいだろう.
 15世紀は,Chaucer などの偉大な先人の影響下で,英語文学史上,影が薄い時期となっており,"Imitative Period",あるいは初期近代の Shakespeare までのつなぎの時期という意味で "Transition Period" などと呼ばれている.文学史的には相対的に過小評価されてきたきらいがあるが,Lydgate, Hoccleve, Skelton, Hawes などの傑物が現われている.スコットランドでも,Henryson, Dunbar, Gawin Douglas, Lindsay などが著しい活躍をなした.世紀末には Malory や Caxton が現われるが,この15世紀の語学や文学はもっと真剣に扱われてしかるべきである.この最後の時代の語学・文学的事情については,「#292. aureate diction」 ([2010-02-13-1]) および「#1719. Scotland における英語の歴史」 ([2014-01-10-1]) も要参照.

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.

Referrer (Inside): [2016-08-05-1] [2016-03-27-1]

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2016-02-15 Mon

#2485. 文字と宗教 [writing][alphabet][religion][history][geolinguistics][geography][sociolinguistics][greek][christianity][bible]

 言語・文字と宗教の関係については,本ブログの様々な箇所で触れてきた (例えば「#296. 外来宗教が英語と日本語に与えた言語的影響」 ([2010-02-17-1]),「#753. なぜ宗教の言語は古めかしいか」 ([2011-05-20-1]),「#1455. gematria」 ([2013-04-21-1]),「#1545. "lexical cleansing"」 ([2013-07-20-1]),「#1546. 言語の分布と宗教の分布」 ([2013-07-21-1]),「#1636. Serbian, Croatian, Bosnian」 ([2013-10-19-1]),「#1869. 日本語における仏教語彙」 ([2014-06-09-1]),「#2408. エジプト聖刻文字にみられる字形の変異と字体の不変化」 ([2015-11-30-1]),「#2417. 文字の保守性と秘匿性」 ([2015-12-09-1]) などを参照) .
 宗教にとって,文字には大きく2つの役割があるのではないか.1つは,聖典を固定化し,その威信を保持する役割,もう1つは,宗教を周辺の集団へ伝道する媒介としての役割である.前者が本質的に文字の保守性を強化する方向に働くのに対して,後者においては文字は必要に応じて変容することもある.実際,イスラム教では,イスラム地域でのアラビア文字の威信が高く保たれていることから,文字の前者の役割が優勢である.しかし,キリスト教では,むしろ伝道する先々で,新たな文字体系が生み出されるという歴史が繰り返されてきており,文字の後者の役割が強い.この対比を指摘したのは,「文字と宗教」 (103--27) と題する文章を著わした文字学者の矢島である.関連する部分を3箇所抜き出そう.

 人間が文字を発明した直接の動機は――少なくともオリエントにおいては――経済活動と関係のある「記録」のためであったように思われるが,宗教との結び付きもかなり大きな部分を占めているような気がする。オリエントでは上記の「記録」の多くは神殿で神官が管理するものであったし,中国の初期の文字(甲骨文字類)は神命を占うという,広義の宗教活動と切り離せなかったからである。(p. 105)

キリスト教の思想は民族のわくを越えたものであり,その教えは広く述べ伝えられるべきものであった。その中心的文書である『新約聖書』(ヘー・カイネー・ディアテーケー)さえ,イエス・キリストが話したと思われる西アラム語ではなくて,より国際性の強い平易なギリシア語(コイネー)で記された。しかしキリスト教徒は必ずしもギリシア語聖書を読むことを強制されることはない。キリスト教の普及に熱心な伝道者たちが,次々と聖書(この場合『新約聖書』であるが今日では外典とか偽典と呼ばれる文書を含むこともある)を翻訳してくれているからである。その熱心さは,文字がないところに文字を創り出すほどであり,こうして現われ出た文字の代表的なものとしてはコプト文字,ゴート文字,スラヴ文字,そしてカフカスのアルメニア文字,グルジア文字がある。 (pp. 110--11)

『コーラン』はイスラム教徒にとってアッラーの言葉そのものであるが,これがアラビア語で表わされたことから,アラビア語はいわば神聖な言語と考えられ,イスラム教徒にはアラビア語の学習が課せられることになった。こうしてイスラム教徒アラビア語は切っても切れないつながりをもつことになり,さらにはアラビア文字の伝播と普及が始まった。キリスト教が『聖書』の翻訳を積極的に行ない,各地の民族語に訳すためには文字の創造をも行なったのに対して,イスラム教は『コーラン』の翻訳を禁じ(イスラム圏では近年に至るまで公けには翻訳ができなかったが,今はトルコ語訳をはじめいくつか現われている),アラビア語による『コーラン』の学習を各地のマドラサ(モスク付属のコーラン学校)で行なって来た。そのために,アラビア語圏の周辺ではアラビア文字が用いられることになった。今日のイラン(ペルシア語),アフガニスタン(パシュトゥ語など),パキスタン(ウルドゥー語など)などのほか,かつてのトルコやトルキスタン(オスマン・トルコ語など),東部アフリカ(スワヒリゴなど),インドネシア(旧インドネシア語,マライ語など)がそれである。 (pp. 124--25)


 このように,文字の相反する2つの性質という観点からは,キリスト教とイスラム教の対比は著しくみえる.一見すると,キリスト教は開放的,イスラム教は閉鎖的という対立的な図式が描けそうである.しかし,わかりやすい対比であるだけに,注意しなければならない点もある.西洋史を参照すれば,キリスト教でも聖書翻訳にまつわる血なまぐさい歴史は多く記録されてきたし,イスラム教でも少なからぬ地域でアラビア語離れは実際に生じてきた.
 言語と同様に,文字には保守性と革新性が本質的に備わっている.使い手が文字のいずれの性質を,いかなる目的で利用するかに応じて,文字の役割も変異する,ということではないだろうか.

 ・ 矢島 文夫 『文字学のたのしみ』 大修館,1977年.

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2016-01-19 Tue

#2458. 施光恒(著)『英語化は愚民化』と土着語化のすゝめ [review][linguistic_imperialism][hel][japanese][language_planning][language_myth][hel_education][elt][bible]

 「#2306. 永井忠孝(著)『英語の害毒』と英語帝国主義批判」 ([2015-08-20-1]) で紹介した書籍の出版とおよそ同時期に,施光恒(著)『英語化は愚民化 日本の国力が地に落ちる』という,もう1つの英語帝国主義批判の書が公刊されていた.ただし,力点は,英語帝国主義批判そのものというよりも日本の英語化への警鐘に置かれている.この分野の書籍の例に漏れず挑発的なタイトルだが,著者が言語学や教育学の畑ではなく政治学者であるという点で,私にとって,得られた知見と洞察が多かった.
 現代日本のグローバル化と英語化の時勢は,近代史がたどってきた流れに逆行しており,むしろ中世化というに等しい,と著者は主張する.西洋近代は,それまで域内の世界語であったラテン語が占有していた宗教的・学問的な特権を突き崩し,英語,イタリア語,スペイン語,フランス語,ドイツ語など土着語の地位を高めることによって,人々の間に分け隔てなく知識を行き渡らせることを可能にした.人々は母語を通じて豊かな情報に接することができるようになり,結果として階級間の格差が小さくなった.これが,近代化の原動力だという.具体的には,聖書の各土着語への翻訳の効果が大きかった.
 もし現代世界で進行している英語化がやがて完了し,かつてのラテン語のような特権を享受するようになれば,英語を理解しない非英語母語話者は情報へのアクセスの機会を奪われ,社会のあらゆる側面で不利益を被るだろう.つまり,多くの人々が中世の下級民のような地位,つまり「愚民」の地位へと落ちていくだろう,という.確かに,日本人にとって,日本語という母語・土着語を通じて情報にアクセスするのが,物事の理解・吸収のためには最も効率がよいはずであり,その媒体が英語に取って代わられてしまえば,能率は格段に落ちるはずだ.
 著者は,今目指すべきは英語化ではなく,むしろ土着語化であるという逆転の発想を押し出している.では,世界中で英語やその他の言語により発信される価値ある情報は,どのように消化することができるだろうか.その最良の方法は,土着語への翻訳であるという.明治日本の知識人が,驚くべき語学力を駆使して,多くの価値ある西洋語彙を漢語へ翻訳し,日本語に浸透させることに成功したように,現代日本人も,絶え間ない努力によって,英語を始めとする外国語と母語たる日本語とのすりあわせに腐心すべきである,と (see 「#1630. インク壺語,カタカナ語,チンプン漢語」 ([2013-10-13-1])) .
 英語が無条件に善いものであるという神話や英語化を前提とする政策の数々が,日本中に蔓延している.この盲目的で一方的な英語観の是正には,英語史を学ぶのが早いだろうと考えている.施 (215) の次の主張も傾聴に値する.

英語の隆盛の一因は,さかのぼれば,イギリス,そしてアメリカの植民地支配の歴史にある。また,第二次世界大戦後,イギリスやアメリカが,植民地を手放す際,旧植民地における実質的な政治力やビジネス上の有利さを残すため,国家戦略の一端として英語の覇権的地位を保ち,推進するよう努めてきた「成果」でもある。


 『英語化は愚民化』よりキーワードを拾ったので,次に示しておこう.英語教育改革,英語公用語化論,オール・イングリッシュ,グローバル化史観,啓蒙主義,新自由主義(開放経済,規制緩和,小さな政府),TPP,ボーダレス化,リベラル・ナショナリズム,歴史法則主義.

 ・ 施 光恒 『英語化は愚民化 日本の国力が地に落ちる』 集英社〈集英社新書〉,2015年.

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2015-10-16 Fri

#2363. hapax legomenon [hapax_legomenon][terminology][lexicology][lexicography][word_formation][productivity][bible][zipfs_law][frequency][corpus][shakespeare][chaucer]

 昨日の記事「#2362. haplology」 ([2015-10-15-1]) でギリシア語の haplo- (one, single) に触れたが,この語根に関連してもう1つ文献学や辞書学の用語としてしばしば出会う hapax (legomenon) を取り上げよう.ある資料のなかで(タイプ数えではなくトークン数えで)1度しか用いられていない語(句)を指す.ギリシア語の hapax (once) + legomenon (something said) からなる複合語だ.複数形は hapax legomena という.
 "nonce word" を hapax legomenon と同義としている辞書もあるが,前者は「臨時語」と訳され「その時限りに用いる語」を指す.nonce-word は新語の臨時的な生産性を念頭に用いられることが多いのに対し,hapax legomenon は文献に現われる回数が1度であることに焦点が当てられているという違いが感じられる.nonce (その場限りの)という語の語源については,「#1306. for the nonce」 ([2012-11-23-1]) を参照.
 hapax legomenon は,聖書の注釈との関連で,しばしば言及されてきた歴史がある.OED によると英語における初例は1692年のことで,"J. Dunton Young-students-libr. 242/1 There are many words but once used in Scripture, especially in such a sence, and are called the Apax legomena." とある.
 文献学や語源学において,hapax legomenon はしばしば問題となる.その語の語源はおろか,意味すら不明であることが少なくない.語彙論や辞書学では,それを一人前の「語」として認めてよいのか,何かの間違いではないか,辞書に掲載すべきか否か,という頭の痛い問題がある (see 「#912. の定義がなぜ難しいか (3)」 ([2011-10-26-1])) .一方で,語形成やその生産性という観点からは,hapax legomenon は重要な考察対象となる.というのは,1度だけ臨時的に出現するためには,話者の生産的な語形成機構が前提とされなければならないからである (see 「#938. 語形成の生産性 (4)」 ([2011-11-21-1])) .
 だが,実際のところ halax legomenon は決して少なくない.このことは,ジップの法則に照らせば驚くべきことではないだろう (see 「#1101. Zipf's law」 ([2012-05-02-1]), 「#1103. GSL による Zipf's law の検証」 ([2012-05-04-1])) .英語の例としては,Chaucer の用いたnortelrye (education) や Shakespeare の honorificabilitudinitatibus, また Dickens の sassigassity (audacity?) などが挙げられる.

Referrer (Inside): [2016-09-23-1]

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2015-03-24 Tue

#2157. word pair の種類と効果 [binomial][french][loan_word][chaucer][ancrene_wisse][bible]

 binomial (2項イディオム)と呼ばれる "A and B" などの型の表現について,binomial の記事で扱ってきた.binomials は,word pair, paired word, doublets, collocated words などとも呼ばれる."A and B" 型に限らず広く定義すると「接続詞により結合された,同一の統語位置を占める2語」(片見,p. 170)となる(以下では呼称を word pair に統一).英語史における word pair の研究は盛んだが,それはとりもなおさず古い英語では word pair が著しく豊かだったからである.特に近代英語期の始まりまでは,ごく普通に見られた.
 word pair にもいろいろな型があるが,語源的にみれば本来語か(主としてフランス語からの)借用語かという組み合わせによって英英タイプ,(順不同で)英仏タイプ,仏仏タイプに分けられる.一方,word pair の効果にもいくつかの種類が区別される.「#820. 英仏同義語の並列」 ([2011-07-26-1]) でも述べたが,文体的・修辞的な狙いもあれば,馴染みのない片方の語の理解を促すために,馴染みの深いもう片方の語を添えるという狙いもある.あるいは,「#1443. 法律英語における同義語の並列」 ([2013-04-09-1]) でみたように,特に英仏タイプの法律用語において,あえていずれか一方を選択するという労をとらなかっただけということもあるかもしれない.また,いずれの場合にも,意味を強調するという働きはある程度は含まれているのではないか.
 各要素の語源に注目した分類と効果に注目した分類が,いかなる関係にあるのかという問題は興味深いが,とりわけ英仏タイプに関して,フランス借用語の意味を理解させるために本来語を添えたとおぼしき例が多いことは想像に難くない.Jespersen (89--90) は,Ancrene Riwle からの例として次のような word pair を挙げている.

cherité þet is luve
in desperaunce, þet is in unhope & in unbileave forte beon iboruwen
Understondeð þet two manere temptaciuns---two kunne vondunges---beoð
pacience, þet is þolemodnesse
lecherie, þet is golnesse
ignoraunce, þet is unwisdom & unwitenesse


 一方,Chaucer は英仏タイプを文体的・修辞的に,あるいは強調の目的で使用することが多かったとされる.Jespersen (90) はこのことを以下のように例証している.

In Chaucer we find similar double expressions, but they are now introduced for a totally different purpose; the reader is evidently supposed to be equally familiar with both, and the writer uses them to heighten or strengthen the effect of the style; for instance: He coude songes make and wel endyte (A 95) = Therto he coude endyte and make a thing (A 325) | faire and fetisly (A 124 and 273) | swinken with his handes and laboure (A 186) | Of studie took he most cure and most hede (A 303) | Poynaunt and sharp (A 352) | At sessiouns ther was he lord and sire (A 355).


 谷を参照した片見 (174--75) によれば,Chaucer が散文中に用いた word pairs 全体のうち73%までが英仏タイプか仏仏タイプであるとされ,Chaucer が聴衆や読者に求めたフランス語の水準の高さが想像される.
 使用した word pair の種類に関して Chaucer の対極に近いところにあるものとして,片見 (174--75) は,英英タイプの比率が相対的に高い欽定訳聖書や神秘主義散文を挙げている.これらのテキストでは,英英タイプが word pairs 全体の半数近く,あるいはそれ以上を占めているという.だが,その狙いは Chaucer と異ならず,文体的・修辞的なもののようである.というのは,英英タイプを多用することで,「荒削りではあるが力強い文体」(片見,p. 175)を作り出すことに貢献しているからだ.word pair の種類と効果を考える上では,個々の作家やテキストの特性を考慮に入れる必要があるということだろう.

 ・ Jespersen, Otto. Growth and Structure of the English Language. 10th ed. Chicago: U of Chicago, 1982.
 ・ 片見 彰夫 「中世イングランド神秘主義者の散文における説得の技法」『歴史語用論の世界 文法化・待遇表現・発話行為』(金水 敏・高田 博行・椎名 美智(編)),ひつじ書房,2014年.163--88頁.
 ・ 谷 明信 「Chaucer の散文作品におけるワードペア使用」『ことばの響き――英語フィロロジーと言語学』(今井 光規・西村 秀夫(編)),開文社,2008年.89--116頁.

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2015-03-23 Mon

#2156. C16b--C17a の3単現の -th → -s の変化 [verb][conjugation][emode][language_change][suffix][inflection][3sp][lexical_diffusion][schedule_of_language_change][speed_of_change][bible]

 初期近代英語における動詞現在人称語尾 -th → -s の変化については,「#1855. アメリカ英語で先に進んでいた3単現の -th → -s」 ([2014-05-26-1]),「#1856. 動詞の直説法現在形語尾 -eth は17世紀前半には -s と発音されていた」 ([2014-05-27-1]),「#1857. 3単現の -th → -s の変化の原動力」 ([2014-05-28-1]),「#2141. 3単現の -th → -s の変化の概要」 ([2015-03-08-1]) などで取り上げてきた.今回,この問題に関連して Bambas の論文を読んだ.現在の最新の研究成果を反映しているわけではないかもしれないが,要点が非常によくまとまっている.
 英語史では,1600年辺りの状況として The Authorised Version で不自然にも3単現の -s が皆無であることがしばしば話題にされる.Bacon の The New Atlantis (1627) にも -s が見当たらないことが知られている.ここから,当時,文学的散文では -s は口語的にすぎるとして避けられるのが普通だったのではないかという推測が立つ.現に Jespersen (19) はそのような意見である.

Contemporary prose, at any rate in its higher forms, has generally -th'; the s-ending is not at all found in the A[uthorized] V[ersion], nor in Bacon A[tlantis] (though in Bacon E[ssays] there are some s'es). The conclusion with regard to Elizabethan usage as a whole seems to be that the form in s was a colloquialism and as such was allowed in poetry and especially in the drama. This s must, however, be considered a licence wherever it occurs in the higher literature of that period. (qtd in Bambas, p. 183)


 しかし,Bambas (183) によれば,エリザベス朝の散文作家のテキストを広く調査してみると,実際には1590年代までには文学的散文においても -s は容認されており,忌避されている様子はない.その後も,個人によって程度の違いは大きいものの,-s が避けられたと考える理由はないという.Jespersen の見解は,-s の過小評価であると.

The fact seems to be that by the 1590's the -s-form was fully acceptable in literary prose usage, and the varying frequency of the occurrence of the new form was thereafter a matter of the individual writer's whim or habit rather than of deliberate selection.


 さて,17世紀に入ると -th は -s に取って代わられて稀になっていったと言われる.Wyld (333--34) 曰く,

From the beginning of the seventeenth century the 3rd Singular Present nearly always ends in -s in all kinds of prose writing except in the stateliest and most lofty. Evidently the translators of the Authorized Version of the Bible regarded -s as belonging only to familiar speech, but the exclusive use of -eth here, and in every edition of the Prayer Book, may be partly due to the tradition set by the earlier biblical translations and the early editions of the Prayer Book respectively. Except in liturgical prose, then, -eth becomes more and more uncommon after the beginning of the seventeenth century; it is the survival of this and not the recurrence of -s which is henceforth noteworthy. (qtd in Bambas, p. 185)


 だが,Bambas はこれにも異議を唱える.Wyld の見解は,-eth の過小評価であると.つまるところ Bambas は,1600年を挟んだ数十年の間,-s と -th は全般的には前者が後者を置換するという流れではあるが,両者並存の時代とみるのが適切であるという意見だ.この意見を支えるのは,Bambas 自身が行った16世紀半ばから17世紀半ばにかけての散文による調査結果である.Bambas (186) の表を再現しよう.

AuthorTitleDateIncidence of -s
Ascham, RogerToxophilus15456%
Robynson, RalphMore's Utopia15510%
Knox, JohnThe First Blast of the Trumpet15580%
Ascham, RogerThe Scholmaster15700.7%
Underdowne, ThomasHeriodorus's Anaethiopean Historie15872%
Greene, RobertGroats-Worth of Witte; Repentance of Robert Greene; Blacke Bookes Messenger159250%
Nashe, ThomasPierce Penilesse159250%
Spenser, EdmundA Veue of the Present State of Ireland159618%
Meres, FrancisPoetric159813%
Dekker, ThomasThe Wonderfull Yeare 1603160384%
Dekker, ThomasThe Seuen Deadlie Sinns of London160678%
Daniel, SamuelThe Defence of Ryme160762%
Daniel, SamuelThe Collection of the History of England1612--1894%
Drummond of Hawlhornden, W.A Cypress Grove16237%
Donne, JohnDevotions162474%
Donne, JohnIvvenilia163364%
Fuller, ThomasA Historie of the Holy Warre16380.4%
Jonson, BenThe English Grammar164020%
Milton, JohnAreopagitica164485%


 これをプロットすると,以下の通りになる.

Incidence of -s in Prose between C16b and C17a by Bambas

 この期間では年間0.5789%の率で上昇していることになる.相関係数は0.49である.全体としては右肩上がりに違いないが,個々のばらつきは相当にある.このことを過小評価も過大評価もすべきではない,というのが Bambas の結論だろう.

 ・ Bambas, Rudolph C. "Verb Forms in -s and -th in Early Modern English Prose". Journal of English and Germanic Philology 46 (1947): 183--87.
 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part VI. Copenhagen: Ejnar Munksgaard, 1942.
 ・ Wyld, Henry Cecil. A History of Modern Colloquial English. 2nd ed. London: Fisher Unwin, 1921.

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2015-03-08 Sun

#2141. 3単現の -th → -s の変化の概要 [verb][conjugation][emode][language_change][suffix][inflection][3sp][bible][shakespeare][schedule_of_language_change]

 「#1857. 3単現の -th → -s の変化の原動力」 ([2014-05-28-1]) でみたように,17世紀中に3単現の屈折語尾が -th から -s へと置き換わっていった.今回は,その前の時代から進行していた置換の経緯を少し紹介しよう.
 古英語後期より北部方言で行なわれていた3単現の -s を別にすれば,中英語の南部で -s が初めて現われたのは14世紀のロンドンのテキストにおいてである.しかし,当時はまだ稀だった.15世紀中に徐々に頻度を増したが,爆発的に増えたのは16--17世紀にかけてである.とりわけ口語を反映しているようなテキストにおいて,生起頻度が高まっていったようだ.-s は,およそ1600年までに標準となっていたと思われるが,16世紀のテキストには相当の揺れがみられるのも事実である.古い -th は母音を伴って -eth として音節を構成したが,-s は音節を構成しなかったため,両者は韻律上の目的で使い分けられた形跡がある (ex. that hateth thee and hates us all) .例えば,Shakespeare では散文ではほとんど -s が用いられているが,韻文では -th も生起する.とはいえ,両形の相対頻度は,韻律的要因や文体的要因以上に個人または作品の性格に依存することも多く,一概に論じることはできない.ただし,dothhath など頻度の非常に高い語について,古形がしばらく優勢であり続け,-s 化が大幅に遅れたということは,全体的な特徴の1つとして銘記したい.
 Lass (162--65) は,置換のスケジュールについて次のように要約している.

In the earlier sixteenth century {-s} was probably informal, and {-th} neutral and/or elevated; by the 1580s {-s} was most likely the spoken norm, with {-eth} a metrical variant.


 宇賀治 (217--18) により作家や作品別に見てみると,The Authorised Version (1611) や Bacon の The New Atlantis (1627) には -s が見当たらないが,反対に Milton (1608--74) では dothhath を別にすれば -th が見当たらない.Shakespeare では,Julius Caesar (1599) の分布に限ってみると,-s の生起比率が dohave ではそれぞれ 11.76%, 8.11% だが,それ以外の一般の動詞では 95.65% と圧倒している.
 とりわけ16--17世紀の証拠に基づいた議論において注意すべきは,「#1856. 動詞の直説法現在形語尾 -eth は17世紀前半には -s と発音されていた」 ([2014-05-27-1]) で見たように,表記上 -th とあったとしても,それがすでに [s] と発音されていた可能性があるということである.
 置換のスケジュールについては,「#1855. アメリカ英語で先に進んでいた3単現の -th → -s」 ([2014-05-26-1]) も参照されたい.

 ・ Lass, Roger. "Phonology and Morphology." The Cambridge History of the English Language. Vol. 3. Cambridge: CUP, 1999. 56--186.
 ・ 宇賀治 正朋 『英語史』 開拓社,2000年.

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2014-11-09 Sun

#2022. 言語変化における個人の影響 [neolinguistics][geolinguistics][dialectology][idiolect][chaucer][shakespeare][bible][literature][neolinguistics][language_change][causation]

 「#1069. フォスラー学派,新言語学派,柳田 --- 話者個人の心理を重んじる言語観」 ([2012-03-31-1]),「#2013. イタリア新言語学 (1)」 ([2014-10-31-1]),「#2014. イタリア新言語学 (2)」 ([2014-11-01-1]),「#2020. 新言語学派曰く,言語変化の源泉は "expressivity" である」 ([2014-11-07-1]) の記事で,連日イタリア新言語学を取り上げてきた.新言語学では,言語変化における個人の役割が前面に押し出される.新言語学派は各種の方言形とその分布に強い関心をもった一派でもあるが,ときに村単位で異なる方言形が用いられるという方言量の豊かさに驚嘆し,方言細分化の論理的な帰結である個人語 (idiolect) への関心に行き着いたものと思われる.言語変化の源泉を個人の表現力のなかに見いだそうとしたのは,彼らにとって必然であった.
 しかし,英語史のように個別言語の歴史を大きくとらえる立場からは,言語変化における話者個人の影響力はそれほど大きくないということがいわれる.例えば,「#257. Chaucer が英語史上に果たした役割とは?」 ([2010-01-09-1]) や「#298. Chaucer が英語史上に果たした役割とは? (2) 」 ([2010-02-19-1]) の記事でみたように,従来 Chaucer の英語史上の役割が過大評価されてきたきらいがあることが指摘されている.文学史上の役割と言語史上の役割は,確かに別個に考えるべきだろう.
 それでも,「#1412. 16世紀前半に語彙的貢献をした2人の Thomas」 ([2013-03-09-1]) や「#1439. 聖書に由来する表現集」 ([2013-04-05-1]) などの記事でみたように,ある特定の個人が,言語のある部門(ほとんどの場合は語彙)において限定的ながらも目に見える貢献をしたという事実は残る.多くの句や諺を残した Shakespeare をはじめ,文学史に残るような文人は英語に何らかの影響を残しているものである.
 英語史の名著を書いた Bradley は,言語変化における個人の影響という点について,新言語学派的といえる態度をとっている.

It is a truth often overlooked, but not unimportant, that every addition to the resources of a language must in the first instance have been due to an act (though not necessarily a voluntary or conscious act) of some one person. A complete history of the Making of English would therefore include the names of the Makers, and would tell us what particular circumstances suggested the introduction of each new word or grammatical form, and of each new sense or construction of a word. (150)

Now there are two ways in which an author may contribute to the enrichment of the language in which he writes. He may do so directly by the introduction of new words or new applications of words, or indirectly by the effect of his popularity in giving to existing forms of expression a wider currency and a new value. (151)


 Bradley は,このあと Wyclif, Chaucer, Spenser, Shakespeare, Milton などの名前を連ねて,具体例を挙げてゆく.
 しかし,である.全体としてみれば,これらの個人の役割は限定的といわざるを得ないのではないかと,私は考えている.圧倒的に多くの場合,個人の役割はせいぜい上の引用でいうところの "indirectly" なものにとどまり,それとて英語という言語の歴史全体のなかで占める割合は大海の一滴にすぎない.ただし,特定の個人が一滴を占めるというのは実は驚くべきことであるから,その限りにおいてその個人の影響力を評価することは妥当だろう.言語変化における個人の影響は,マクロな視点からは過大評価しないように注意し,ミクロな視点からは過小評価しないように注意するというのが穏当な立場だろうか.

 ・ Bradley, Henry. The Making of English. New York: Dover, 2006. New York: Macmillan, 1904.

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2014-08-31 Sun

#1952. 「陛下」と Your Majesty にみられる敬意 [honorific][title][address_term][politeness][euphemism][rhetoric][metonymy][personal_pronoun][bible][t/v_distinction]

 標記の日本語表現と英語表現は,それぞれ天皇と国王を指示する呼称であり至高の敬意を表わす.いずれの表現にも politenesseuphemism の戦略が複数埋め込まれており,よくぞここまで工夫したと思わせる語句となっている.
 「陛下」は元来宮殿に上る階段の下を指した.そこには取次の近臣がおり,その近臣を経由して,伝達事項が天皇の上聞に達することになっていた.本来は場所を表わす語句によりそこにいる取次を間接的に指示し,さらにその取次を指示することにより上にいる天皇を間接的に指示するのだから,2重の換喩 (metonymy) であり,ポライトネスを著しく意識した婉曲表現でもある.「敬して遠ざく」の極致だろう.また,「下」は反意語「上」を否応なしに想起させ,天皇の至上性を暗示する点で,緩叙法 (litotes) の効果をも併せもつ.表現としては中国で天子の敬称として用いていたものが日本にも伝わったものであり,古くは天皇にはむしろ類義語「殿下」の称号が付された.明治以降,皇室典範の規程により,天皇と三后には「陛下」,三后以外の皇族には「殿下」と使い分けが定められ,今に至っている.
 英語の Your Majesty も,ポライトネス戦略の点からは「陛下」に負けていない.まず,「#440. 現代に残る敬称の you」 ([2010-07-11-1]) でみたように,Your そのものが敬意を含んでいる (cf. t/v_distinction) .次に,Majesty はそれ自身の意味として至高の美徳を表わしている.加えて,その至高の美徳という抽象的な性質によって,具体的な王を間接的に指示している.ここには,換喩による間接性と婉曲性が感じられる.なお,抽象的な性質によって具体的な人や物を指す例は,She is our last hope., His latest novel is a complete failure., Our daughter is a great pride and joy to us. のような表現にも見ることができ,換喩として一般的なものである (cf. Stern 319--20) .
 なお,Majesty のこの用法の初出は,OED によると,14世紀後半である.

a1387. J. Trevisa tr. R. Higden Polychron. (St. John's Cambr.) (1872) IV. 9 (MED), Whanne Alisaundre..wente toward his owne contray, þe messangers..of Affrica, of Spayne, and of Italy come in to Babilon to ȝilde hem to his lordschipe and mageste [L. ejus ditioni].


 しかし,君主の敬称として定着したのは17世紀のことであり,それ以前には Henry III や Queen Elizabeth I が Your GraceYour Highness と呼ばれるなど,諸形が交替した.James I に捧げられた The Authorised Version (The King James Version [KJV]) では,Your HighnessYour Majesty がともに用いられている.
 「陛下」,Your Majesty,そして関連するいくつかの表現は,それぞれ異なるポライトネス・ストラテジーによってではあるが,最高度の敬意を表わすために作り出された感心するほど巧みな造語である.敬礼!

 ・ Stern, Gustaf. Meaning and Change of Meaning. Bloomington: Indiana UP, 1931.

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2014-06-10 Tue

#1870. 「創世記」2:18--25 を7ヴァージョンで読み比べ [bible][hel_education][basic_english]

 「#1803. Lord's Prayer」 ([2014-04-04-1]) に引き続き,時代別ヴァージョンで聖書の節を読み比べてみる.寺澤盾先生の『聖書でたどる英語の歴史』の第6章で「創世記」2:18--25 の箇所が,新共同訳,NRSV, KJ, Wycl, OEH の5ヴァージョン間で比較されている.これを基にして,2つの現代版聖書を追加し,全体として7ヴァージョンでの比較が可能となるように,パラレル・テキストを造ってみた.追加した2ヴァージョンは,平易な米口語訳で知られる Good News Translation (BibleGateway.com より)と,基礎語彙のみを用いた Basic English 版(The Holy Bible --- Bible in Basic English より)である.聖書の各版については,「#1709. 主要英訳聖書年表」 ([2013-12-31-1]) を参照されたい.

Gen. 2:18

新共同訳主なる神は言われた。「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう。」
NRSVThen the LORD God said, "It is not good that the man should be alone; I will make him a helper as his partner."
Good News BibleThen the Lord God said, "It is not good for the man to live alone. I will make a suitable companion to help him."
Basic EnglishAnd the Lord God said, It is not good for the man to be by himself: I will make one like himself as a help to him
KJAnd the LORD God said, "It is not good that the man should be alone: I will make him an helpe meet for him."
WyclAnd the Lord God seide, "It is not good that a man be aloone, make we to hym an help lijk to hym silf."
OEHGod cwæð ēac swylce, "Nis nā gōd ðisum men āna tō wunigenne; uton wyrcean him sumne fultum tō his gelīcnysse."

Gen. 2:19

新共同訳主なる神は,野のあらゆる獣,空のあらゆる鳥を土で形づくり,人のところへ持って来て,人がそれぞれをどう呼ぶか見ておられた。人が呼ぶと,それはすべて,生き物の名となった。
NRSVSo out of the ground the LORD God formed every animal of the field and every bird of the air, and brought them to the man to see what he would call them; and whatever the man called every living creature, that was its name.
Good News BibleSo he took some soil from the ground and formed all the animals and all the birds. Then he brought them to the man to see what he would name them; and that is how they all got their names.
Basic EnglishAnd from the earth the Lord God made every beast of the field and every bird of the air, and took them to the man to see what names he would give them: and whatever name he gave to any living thing, that was its name.
KJAnd out of ye ground the LORD God formed euery beast of the field, and euery foule of the aire; and brought them vnto Adam, to see what he would call them: and whatsoeuer Adam called euery liuing creature, that was the name thereof.
WyclTherfor whanne alle lyuynge beestis of erthe, and alle the volatils of heuene weren formed of erthe, the Lord God brouȝte tho to Adam, that he schulde se what he schulde clepe tho; for al thing that Adam clepide of lyuynge soule, thilke is the name therof.
OEHGod sōðlīce gelǣdde ðā nȳtenu, ðe hē of eorðan gescēop, and ðǣre lyfte fugelas tō Adame, ðæt hē forescēawode hū hē hī gecȳgde. Sōðlīce ǣlc libbende nȳten, swā swā Adam hit gecȳgde, swā is his nama.

Gen. 2:20

新共同訳人はあらゆる家畜,空の鳥,野のあらゆる獣に名を付けたが,自分に合う助ける者は見つけることができなかった。
NRSVThe man gave names to all cattle, and to the birds of the air, and to every animal of the field; but for the man there was not found a helper as his partner.
Good News BibleSo the man named all the birds and all the animals; but not one of them was a suitable companion to help him.
Basic EnglishAnd the man gave names to all cattle and to the birds of the air and to every beast of the field; but Adam had no one like himself as a help.
KJAnd Adam gaue names to all cattell, and to the foule of the aire, and to euery beast of the fielde: but for Adam there was not found an helpe meete for him.
WyclAnd Adam clepide bi her names alle lyuynge thingis, and alle volatils, and alle vnresonable beestis of erthe. Forsothe to Adam was not foundun an helpere lijk hym.
OEHAnd Adam ðā genamode ealle nȳtenu heora naman, and ealle fugelas and ealle wildēor. Adam sōðlīce ne gemētte ðā gȳt nānne fultum his gelīcan.

Gen. 2:21

新共同訳主なる神はそこで,人を深い眠りに落とされた。人が眠り込むと,あばら骨の一部を抜き取り,その跡を肉でふさがれた。
NRSVSo the LORD God caused a deep sleep to fall upon the man, and he slept; then he took one of his ribs and closed up its place with flesh.
Good News BibleThen the Lord God made the man fall into a deep sleep, and while he was sleeping, he took out one of the man's ribs and closed up the flesh.
Basic EnglishAnd the Lord God sent a deep sleep on the man, and took one of the bones from his side while he was sleeping, joining up the flesh again in its place:
KJAnd the LORD God caused a deepe sleepe to fall vpon Adam, and hee slept; and he tooke one of his ribs, and closed vp the flesh in stead thereof.
WyclTherfore the Lord God sente sleep in to Adam, and whanne he slepte, God took oon of hise ribbis, and fillide fleisch for it.
OEHÐā sende God slǣp on Adam, and ðā ðā hē slēp, ðā genam hē ān rib of his sīdan, and gefylde mid flǣsce ðǣr ðæt rib wæs.

Gen. 2:22

新共同訳そして,人から抜き取ったあばら骨で女を造り上げられた。主なる神が彼女を人のところを連れて来られると,
NRSVAnd the rib that the LORD God had taken from the man he made into a woman and brought her to the man.
Good News BibleHe formed a woman out of the rib and brought her to him.
Basic EnglishAnd the bone which the Lord God had taken from the man he made into a woman, and took her to the man.
KJAnd the rib which the LORD God had taken from man, made hee a woman, & brought her vnto the man.
WyclAnd the Lord God bildide the rib which he hadde take fro Adam in to a womman, and brouȝte hir to Adam.
OEHAnd geworhte ðæt rib, ðe hē genam of Adame, tō ānum wīfmen and gelǣdde hī tō Adame.

Gen. 2:23

新共同訳人は言った。「ついに,これこそわたしの骨の骨,わたしの肉の肉。これをこそ,女(イシャー)と呼ぼう,まさに,男(イシュ)から取られたものだから。」
NRSVThen the man said, "This at last is bone of my bones and flesh of my flesh; this one shall be called Woman, for out of Man this one was taken."
Good News BibleThen the man said, "At last, here is one of my own kind---Bone taken from my bone, and flesh from my flesh. 'Woman' is her name because she was taken out of man."
Basic EnglishAnd the man said, This is now bone of my bone and flesh of my flesh: let her name be Woman because she was taken out of Man.
KJAnd Adam said, "This is now bone of my bones, and flesh of my flesh: she shalbe called woman, because shee was taken out of man."
WyclAnd Adam seide, "This is now a boon of my boonys, and fleisch of my fleisch; this schal be clepid virago, for she is takun of man."
OEHAdam ðā cwæð, "Ðis is nū bān of mīnum bānum and flǣsc of mīnum flǣsce; bēo hēo gecīged fǣmne, for ðan ðe hēo is of hyre were genumen."

Gen. 2:24

新共同訳こういうわけで,男は父母を離れて女と結ばれ,二人は一体となる。
NRSVTherefore a man leaves his father and his mother and clings to his wife, and they become one flesh.
Good News BibleThat is why a man leaves his father and mother and is united with his wife, and they become one.
Basic EnglishFor this cause will a man go away from his father and his mother and be joined to his wife; and they will be one flesh.
KJTherefore shall a man leaue his father and his mother, and shall cleaue vnto his wife: and they shalbe one flesh.
WyclWherfor a man schal forsake fadir and modir, and schal cleue to his wijf, and thei schulen be tweyne in o fleisch.
OEHFor ðan forlǣt se man fæder and mōdor, and geðēot hine tō his wīfe, and hī bēoð būta on ānum flǣsce.

Gen. 2:25

新共同訳人と妻は二人とも裸であったが,恥ずかしがりはしなかった。
NRSVAnd the man and his wife were both naked, and were not ashamed.
Good News BibleThe man and the woman were both naked, but they were not embarrassed.
Basic EnglishAnd the man and his wife were without clothing, and they had no sense of shame.
KJAnd they were both naked, the man & his wife, and were not ashamed.
WyclForsothe euer eithir was nakid, that is, Adam and his wijf, and thei weren not aschamed.
OEHHī wǣron ðā būta, Adam and his wīf, nacode and him ðæs ne sceamode.


 ・ 寺澤 盾 『聖書でたどる英語の歴史』 大修館書店,2013年.

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2014-05-26 Mon

#1855. アメリカ英語で先に進んでいた3単現の -th → -s [colonial_lag][ame_bre][verb][conjugation][bible][shakespeare][suffix][inflection][3sp][schedule_of_language_change][lexical_diffusion][speed_of_change]

 動詞の3複現語尾について「#1413. 初期近代英語の3複現の -s」 ([2013-03-10-1]),「#1423. 初期近代英語の3複現の -s (2)」 ([2013-03-20-1]),「#1576. 初期近代英語の3複現の -s (3)」 ([2013-08-20-1]),「#1687. 初期近代英語の3複現の -s (4)」 ([2013-12-09-1]),「#1850. AAVE における動詞現在形の -s」 ([2014-05-21-1]) で扱ってきたが,3単現語尾の歴史についてはあまり取り上げてこなかった.予想されるように,3単現語尾のほうが研究も進んでおり,とりわけイングランドの北部を除く方言で古英語以来 -th を示したものが,初期近代英語期に -s を取るようになった経緯については,数多くの論著が出されている.
 初期近代英語の状況を説明するのにしばしば引き合いに出されるのは,1611年の The Authorised Version (The King James Version [KJV])では伝統的な -th が完璧に保たれているが,同時代の Shakespeare では -th と -s が混在しているということだ.このことは,17世紀までに口語ではすでに -th → -s への変化が相当程度進んでいたが,保守的な聖書の書き言葉にはそれが一切反映されなかったものと解釈されている.
 さて,ちょうど同じ時代に英語が新大陸へ移植され始めていた.では,その時すでに始まっていた -th → -s の変化のその後のスケジュールは,イギリス英語とアメリカ英語とで異なった点はあったのだろうか.Kytö は,16--17世紀のイギリス英語コーパスと,17世紀のアメリカ英語コーパスを用いて,この問いへの答えを求めた.様々な言語学的・社会言語学的なパラメータを設定して比較しているが,全体的には1つの傾向が確認された.17世紀中の状況をみる限り,-s への変化はアメリカ英語のほうがイギリス英語よりも迅速に進んでいたのである.Kytö (120) による頻度表を示そう.

British EnglishAmerican English
 -S-THTotal -S-THTotal
1500--157015 (3%)446461-   
1570--1640101 (18%)4595601620--1670339 (51%)322661
1640--1710445 (76%)1405851670--1720642 (82%)138780


 この結果を受けて,Kytö (132) は,3単現の -th → -s の変化に関する限り,アメリカ英語に colonial_lag はみられないと結論づけている.

Contrary to what has usually been attributed to the phenomenon of colonial lag, the subsequent rate of change was more rapid in the colonies. By and large, the colonists' writings seem to reflect the spoken language of the period more faithfully than do the writings of their contemporaries in Britain. In this respect, speaker innovation, rather than conservative tendencies, guided the development.


 過去に書いた colonial_lag の各記事でも論じたように,言語項目によってアメリカ英語がイギリス英語よりも進んでいることもあれば遅れていることもある.いずれの変種もある意味では保守的であり,ある意味では革新的である.その点で Kytö の結論は驚くべきものではないが,イギリス本国において口語上すでに始まっていた言語変化が,アメリカへ渡った後にどのように進行したかを示唆する1つの事例として意義がある.

 ・ Kytö, Merja. "Third-Person Present Singular Verb Inflection in Early British and American English." Language Variation and Change 5 (1993): 113--39.

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2014-05-19 Mon

#1848. 英訳聖書のウェブ・リソース [bible][link]

 寺澤盾先生の『聖書でたどる英語の歴史』の付録 (195--96) に,英訳聖書関係のウェブサイトへのリンク集が載っているので,以下にコメントとともに張りつけておきたい.

 ・ Anglo-Saxon Bible: 古英語期に翻訳された英訳聖書のテクストを集めたもの(ただし開発途上).
 ・ StudyLight.org: 『ウィクリフ派聖書』以降の40を超える英訳聖書のテクストを所収.
 ・ Bible Study Tools.com: 英訳聖書のほかに仏訳,独訳などの聖書テクスト所収.さまざまな検索もできる.
 ・ oremus Bible Browser: 『ジェームズ王聖書』,『新改訂標準約聖書』などのテクスト所収.
 ・ BibleGateway.com: 40を超える英訳聖書のテクストを所収.また,英語以外の聖書やハワイ・ピジン英語訳も収められている.
 ・ Schoenberg Center for electronic Text & Image: 米国のペンシルヴェニア大学図書館の Schoenberg Center for Electronic Text & Image のサイト.1611年に刊行された『ジェームズ王聖書』の画像を見ることができる.
 ・ Bible: King James Version: 『ジェームズ王聖書』についてさまざまな検索ができる.
 ・ Bible Search: アメリカ聖書協会のサイト.米国系の聖書テクスト所収.
 ・ The Holy Bible --- Bible in Basic English: 『ベーシック・イングリッシュ訳聖書』のテクスト所収.

 ほかに「#1429. 英語史に関連する BL の写本等画像と説明」 ([2013-03-26-1]) 及び「#1847. BL サイトで閲覧できる中世英語写本の画像」 ([2014-05-18-1]) のリンク集も参照されたい.聖書関係のものを再掲しておこう.

 ・ Cotton MS Nero D IV, Lindisfarne Gospels
 ・ Cotton MS Claudius B IV, Old English Hexateuch (imperfect)
 ・ The Lindisfarne Gospels: 写本画像と説明.こちらに写本をめくって読めるサービスもあり.
 ・ William Tyndale's New Testament: 写本画像と説明.
 ・ King James Bible: 刊本画像と説明.こちらに写本をめくって読めるサービスもあり.
 ・ Bible in Basic English: 「#1705. Basic English で書かれたお話し」 ([2013-12-27-1]) も参照.

 ・ 寺澤 盾 『聖書でたどる英語の歴史』 大修館書店,2013年.

Referrer (Inside): [2023-01-07-1]

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2014-04-04 Fri

#1803. Lord's Prayer [bible][popular_passage][hel_education][book_of_common_prayer]

 イエスが弟子たちに教えた祈りで,「主の祈り」「主祷文」とも言われる.ラテン語より paternoster とも.キリスト教において最も重要な祈りの文句である.聖書では Matt 6:9--13(簡約版が Luke 11:2--4)に現われる.the Lord's Prayer という英語表現はラテン語 ōrātiō Dominica のなぞりで,1548--49年に The Book of Common Prayer の中に the Lordes prayer として初めて現われる.
 「#1427. 主要な英訳聖書に関する年表」 ([2013-03-24-1]) で見たように英語訳聖書の歴史は長く,Lord's Prayer も古英語版から21世紀の最新版まで各種そろっている.英語の通時的変化を見るための素材としてうってつけなので,以下に (1) 1000年頃の West-Saxon Gospels より古英語版を,(2) 1388--95年の Wycliffite Bible の後期訳より中英語版を,(3) 1611年の The Authorised Version (The King James Version [KJV]) より初期近代英語版を,(4) 1989年の The New Revised Standard Version より現代英語版を,(5) 参考までに新共同訳の日本語版を,それぞれ掲げる.引用は,Matt 6:9--13 の Lord's Prayer を含む箇所である.これらの詳しい解説については,寺澤盾先生の『聖書でたどる英語の歴史』2--5章を参照されたい.

 (1) 1000年頃の古英語訳 West-Saxon Gospels より.

Fæder ūre þū þe eart on heofonum, Sī þīn nama gehālgod. Tō becume þīn rīce. Gewurþe ðīn willa on eorðan swā swā on heofonum. Ūrne gedæghwāmlīcan hlāf syle ūs tōdæg. And forgyf ūs ūre gyltas, swā swā wē forgyfað ūrum gyltendum. And ne gelǣd þu ūs on costnunge, ac ālȳs ūs of yfele. Sōþlīce.


 (2) 1388--95年の Wycliffite Bible (Later Version) より.

Oure fadir that art in heuenes, halewid be thi name; thi kyngdoom come to; be thi wille don in erthe as in heuene; ȝyue to vs this dai oure breed ouer othir substaunce; and forȝyue to vs oure dettis, as we forȝyuen to oure dettouris; and lede vs not in to temptacioun, but delyuere vs fro yuel. Amen.


 (3) 1611年の The Authorised Version (The King James Version)より.

Our father which art in heauen, hallowed be thy name. Thy kingdome come. Thy will be done, in earth, as it is in heauen. Giue vs this day our daily bread. And forgiue vs our debts, as we forgiue our debters. And lead vs not into temptation, but deliuer vs from euill: For thine is the kingdome, and the power, and the glory, for euer, Amen.


 (4) 1989年の The New Revised Standard Version より.

Our Father in heaven, hallowed be your name. Your kingdom come. Your will be done, on earth as it is in heaven. Give us this day our daily bread. And forgive us our debts, as we also have forgiven our debtors. And do not bring us to the time of trial, but rescue us from the evil one. [For the kingdom and the power and the glory are yours forever. Amen.]


 (5) 新共同訳より.

天におられるわたしたちの父よ,御名が崇められますように。御国が来ますように。御心が行われますように,天におけるように地の上にも。わたしたちに必要な糧を今日与えてください。わたしたちの負い目を赦してください,わたしたちも自分に負い目のある人を/赦しましたように。わたしたちを誘惑に遭わせず,悪い者から救ってください。[国と力と栄えとは永遠にあなたのものです。アーメン。]


 なお,古英語の Lord's Prayer について,YouTube で The Lords Prayer in Old English from the 11th century なる映像を見つけたので,参考までに.

 ・ 寺澤 盾 『聖書でたどる英語の歴史』 大修館書店,2013年.

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2014-03-29 Sat

#1797. 言語に構造的写像性を求める列叙法 [iconicity][rhetoric][bible]

 昨日の記事「#1796. 言語には構造的写像性がない」 ([2014-03-28-1]) で,言語の構造的写像性の欠如に反逆するレトリックとして列叙法 (accumulation) という技巧があると述べた.これに関する佐藤 (257--58) の記述を見てみよう.

列叙法は、文章の外形を、その意味内容およびそれによって造形される現実に似せてしまおうという努力の一種である。表現することばによって、表現されるものの模型にしようとする。どうやらディジタル風にできているらしい言語を、あえてアナログ風につかってみようというこころみの一種である。たしかに、指針なしで数字だけを読みとらなければならないディジタル型の時計よりも、長針と短針の進む角度の大きさが時の流れのイメージをえがくアナログ型のダイアルのほうが、私たちの生物感覚にはしたしみやすい。角度が時間の模型になっているからである。


 列叙法とは,例えば "my faith, my hope, my love" と列挙したり,"What may we think of man, when we consider the heavy burden of his misery, the weakness of his patience, the imperfection of his understanding, the conflicts of his counsels . . . ?" (Peacham, The Garden of Eloquence) に見られるような畳みかける語法のことをいう.旧訳聖書からは Eccles. 1:4--7 の次の箇所を引用しよう(AV より).

One generation passeth away, and another generation cometh: but the earth abideth for ever. The sun also ariseth, and the sun goeth down, and hasteth to his place where he arose. The wind goeth toward the south, and turneth about unto the north; it whirleth about continually, and the wind returneth again according to his circuits. All the rivers run into the sea; yet the sea is not full; unto the place from whence the rivers come, thither they return again.


 日本語の例としては,「傲慢ナル、薄学寡聞ナル、怠惰ナル、賤劣ナル、不品行ナルハ、当時書生輩ノ常態ニテ候。」(尾崎行雄『公開演説法』)などがある.1つの物事を一言で表現しきらずに,あえて様々な角度から記述する.この引き延ばされたような冗長さが,言語本来のデジタルな機能に反するところのアナログさを感じさせるのだろう.
 人間は,言語が本来的にもっている特徴や機能にあえて抗うためにすら,言語を用いることができるというのは,驚くべきことである.レトリックとは,言語を使いこなす技というよりは,言語による呪縛から解き放たれるための手段なのかもしれない.これが,佐藤信夫のいう「レトリック感覚」である.ぜひ一読を薦めたい良書.

 ・ 佐藤 信夫 『レトリック感覚』 講談社,1992年.

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2013-12-31 Tue

#1709. 主要英訳聖書年表 [timeline][bible]

 英訳聖書の歴史を参照することが多いので,手近に関連年表を置いておくと便利である.「#1427. 主要な英訳聖書に関する年表」 ([2013-03-24-1]) でも年表を示したが,今回は寺澤 (744--45) の英訳聖書年表を追加したい.表中の * は米国訳を示す.関連して,英語訳聖書 - Wikipediaの情報も有用.

9c中葉Vespasian Psalter [ラテン語聖書「詩篇」行間注釈 (interlinear gloss).マーシア方言]
10c初頭Paris Psalter [ラテン語訳とOE訳の対訳「詩篇」.第50篇まではウエストサクソン方言を主とする散文訳,以下は頭韻詩訳からなる]
c950Lindisfarne Gospels [700年ごろっくられたラテン語訳「福音書」装飾写本本文の行間に,950年ごろ主に.ノーザンブリア方言による語注を加えている]
10c後半Rushworth Gospels [Lindisfarne Gospels の行間注にならう.ただし,マタイ伝は北マーシア方言による独自の逐語訳]
c1000West-Saxon Gospels [当時の標準的方言ウエストサクソン方言による最初!)本格的翻訳聖書]

Ælfric's Heptateuch ['文法家' Ælfric が旧約の最初の7書 (Genesis-Judges) を自由な文体で抄訳したもの]
c1120Eadwine's Psalterium Triplex [ラテン語訳「詩篇」にアングロノルマン語訳と英訳を加える]
a1350West-Midland Psalter [William of Shoreham の詩が同じ写本にふくまれていたので,かつては同詩人の訳に帰されていた]

Richard Rolle's Psalter [ラテン語「詩篇」にノーサンブリア方言による訳と注解を加える]
c1384Wycliffite Bible (Early Version) [J. Wyclif 一門の Nicholas of Hereford が中心となってラテン語訳聖書を逐語的に訳した最初の完訳英語聖書.ラテン語法が顕著]
c1388--95Wycliffite Bible (Later Version) [Wyclif 一門の John Purvey が中心となって,上記逐語訳を慣用的英語表現に改めたもの]
c1520Murdoch Nisbet: Wyclif Version in Scots [Wycliffite Bible のスコットランド方言訳]
1525--26Tyndale's New Testament [ギリシア語原典から直接訳した最初の印刷本英訳聖書.改訂版 1534, 1535]
1530Martin Bucer: The Earliest English Psalter printed [Martin Bucer の新しいラテン語訳による.1535年刊行の Primer などに収録された]

Tyndale's Pentateuch
1531Tyndale's Jona
1535Coverdale's Bible ['一人の訳者 (Miles Coverdale) による' 最初の印刷本完訳聖書]
1537Matthew Bible [Tyndale の既刊の訳に未公刊の訳稿を加え,欠けたところは Coverdale 訳で補っている. 'Matthew' は Tyndale の友人 John Rogers の偽名か]
1539Taverner's Bible [Matthew Bible の改訳]

The Great Bible [Coverdale による Matthew Bible の改訳.その「詩篇」訳は1949年出版の Prayer Book に収録]
1550Sir John Cheke,「マタイ伝」および「マルコ伝」の最初の一部を主に本来語で訳す
1560The Geneva Bible [「新約」は1557年出版.Calvin 派の学者・聖職者の協力になる.正確で簡明な訳文とくわしい欄外注が大衆の要望に合致,広く流布する]
1567Testament newydd [ウェールズ語訳.旧約1588]
1568The Bishops' Bible [Matthew Parker を主幹に主教を委員として The Great Bible を改訂.AV の底本となる]
1582--1610The Rheims-Douai Bible [「新約」は1582年出版,大陸に亡命中のカトリックの学者・聖職者の協力になる.ラテン語訳聖書からの重訳.Richard Challoner 改訂版 (1749--72) が現行流布版の基礎となる]
1602Tiomna Naadh [William Daniel によるアイルランド語訳.旧約1686]
1611Authorised Version [略:AV.とくに米国では King James Bible ともいう.Lancelot Andrews を委員長とする50余名の聖職者・学者からなる委員会で完成・英訳聖書の頂点を示すとともに,Shakespeareと並んで近代英語の性格を決定したといわれる.現行流布版は1769年 Benjamin Blayney が監修した Oxford 版による]
1611--1881この聞に70種をこえる英訳聖書が出版された
1640*The Bay Psalter Book [Massachusetts Bay に植民した牧師 Richard Mather, John Eliot ほか1名が「詩篇」にもとづいて訳した讃美歌集]
1729Daniel Mace: The New Testament in Greek and English [ギリシァ語本文と英訳の対訳.その英語は当時の口語英語を多少反映しているという]
1755John Wesley's New Testament [原典にあたり,AV の用語を約1万2千ヵ所改めた.のちの AV 改訳に影響をあたえた]
1764Anthony Purver: A New and Literal Translation of...the Old and New Testament 「18c後半に流行した美文体をもちいた大胆な自由訳.訳者にちなみ Quaker Bible ともよばれる]
1768Edward Harwood: A Liberal Translation of the New Testament[冗長で cliché を濫用した修辞的文体をもちいたパラフレーズ訳]
1808*Charles Thomson: The Holy Bible [米国における七十人訳聖書 (Septuaginta) の最初の英訳]
1833*Noah Webster: The Holy Bible...in Common Version [AV の古語的表現や卑俗な訳語を改める]
1876*Julia E. Smith's Bible [最初の女性による聖書翻訳(完訳)]
1881--85The Revised Version [略:RV.一原語一訳語主義にもとづき AV の改訂を試みたが,多くの点で不徹底]
1898--1901The Twentieth Century New Testament [最初の平易な現代語訳の試み.改訂版1904;米国版1961]
1901*The American Standard Version [略:ASV.RV の保守性に不満をもつ米国側委員による改訳]
1903F. R,Weymouth: The New Testament in Modern Speech [自ら校訂したギリシァ語本文にもとづき,正確な現代訳を試みる.改訂版1924, 1929]
1913--24James Moffatt: A New Translation of the Bible [単なる翻訳の域を越え,多くの新機軸を試みた口語的訳]
1923*E. J. Goodspeed: The New Testament: An American Translation ['日常のアメリカ英語'で大胆に訳す.J. M. P. Smith 等による旧約は1927年刊]
1937*C. B. Williams: The New Testament in the Language of the People [パラフレーズ的訳]
1940The New Testament in Basic English [Basic English の基礎語彙850語に聖書訳に必要な150語を加え,1000語で訳す.旧約1949年刊]
1941*The Confraternity Version [Rheims-Douai (1582--1510) の Challoner 改訂版 (1749--72) にもとつく米国司教協議会公認の新約聖書訳]
194--50Ronald Knox: The Holy Bible=ラテン語証聖書からの新訳.原文に意図された意味を現代読者に過不足なく伝える訳文をめざる.改訂版1955]
1945--59*The Berkeley Version [改訂訳 The Modern Language Bible (1969)]
1946--52*The Revised Standard Version [略:RSV.ASV を底本とし,正確な原文解釈と訳語の現代性の2点から AV の新しい改訳をと行なったが,AV の「簡素で古典的な文体」の伝続はできる限り保存することを目標とした.]
1947--58J. B. Phillips: The New Testament in Modern English [新約聖書書簡の訳 Letters to Young Churches (1947,19572) から始め,原典の意味と文体をできる限り忠実に伝えようと試みた.のちに Four Prophets (1963) を出版]
1952E. V. Rieu: The Four Gospels [Penguin Books 所収.その息子の C. H. Rieu による The Acts は1957年出版]

C. K. Williams: The New Testament: A New Translation of Plain English [外国人に対する英語教育の経験から1700語の 'plain English' で訳す]
1961--70The New English Bible [AVの伝統から独立した新しい平明な現代イギリス英語訳を標榜する.文体諮問委員会を設ける]
1966The Jerusalem Bible [フランス語訳 La Bible Jerusalem (1961) に範をとった,やや文語的な訳.改訂版 The New Jerusalem Bible (1985)]
1966--76*Good News Bible,or Today's English Version [現代の若い読者層が抵抗なく読めるような平易な米口語訳]

Dick Williams & Frank Shaw: Liverpool Vernacular Gospels [リヴァプール方言訳.改訂版1977]
1968--70*Clarence Jordan: Cotton Patch Version [米国南部方言で訳す]
1970*The New American Bible [The Confraternity Versionの新約を改訂,旧約を加え,題名を改めて出版.改訂版1987]
1971*Kenneth Taylor: The Living Bible: An Expanded Paraphrase [平明な口語によるパラフレーズ訳.米国の伝道家 Billy Graham の推薦でひろく流布する]
1973--78*The New International Version [AV の伝統を尊重しつつ現代英語化を試みた,やや文語的な訳.神に対しても you, your をもちいる.性差別に対する配慮なし]
1981*The New Jewish Version [ユダヤ教会の旧約英訳 The Holy Scriptures according to the Massoretic Text (1917) に代る新訳]
1982The Revised Authorized Version,or the New King James Version [古語法を徹底的に推除]
1989The Revised English Bible [The New English Bible (l961--70) の全面改訂訳;thou, thy, thee の完全除去,性差別表現の回避など現代化を推し進めるが,後者では不徹底]

*The New Revised Standard Version [刊行は1990年.thou, thy, thee の完全除去;性差別表現の回避では Revised English Bible より徹底]
1991*The Bible for Today's Family: Contemporary English Version. New Testament. [あらゆる面から現代読者に理解しやすい現代口語訳をめざす.性差別表現についても徹底して排除を試みる]


 ・ 寺澤 芳雄,川崎 潔 編 『英語史総合年表?英語史・英語学史・英米文学史・外面史?』 研究社,1993年.

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2013-12-27 Fri

#1705. Basic English で書かれたお話し [artificial_language][basic_english][elt][bible]

 Gramley (354--55) を参照しながら,「#960. Basic English」 ([2011-12-13-1]) について補足し,英語教育用に Basic English で書かれたお話しを1つ挙げたい.
 Basic English は,1930年に C. K. Ogden によって策定され,戦後に I. A. Richards によって改訂され,さらに1990年代に Bill Templer によって再改訂された.本来,EFL のため,あるいは国際補助言語として計画されたものだが,その影響力は小さかった.850の基本語彙からなり,動詞は be, do, have, may, will, come, get, give, go, keep, let, make, put, say, see, seem, send, take の18個のみに限定されている.実際には,学習者は一般的な100語と,各自にとって中心的な分野の専門的な50語を追加して学ぶよう期待されており,計1000語の語彙が習得の目標となる.ただし,この1000語は見出し語として数えた場合の数であり,例えば be は1語とカウントされるが,当然ながら活用形been, being, was, were, am, are, is は区別して覚えなければならない.また,Ogden は標準的なレベルに達するには,国際的に使用される語彙 (ex. geography, gram, hotel) を含めて,計2000語は習得する必要があると考えており,Basic English の「850語」という売り文句は,あくまで最小限のものととらえておく必要がある.
 文法については,習得すべき項目は限られており,当面は以下の10項目を押さえておけばよい.第10項目の British English へのこだわりなどは,21世紀の現在では奇異に感じるが,発案当時の世界におけるイギリス英語の位置づけをよく伝えている.

1. Use an "S" to make a noun plural.
2. Adjectives can be extended using "-ER" and "-EST."
3. Verb can end in "-ING" and "-ED."
4. Adjectives become adverbs by adding "-LY."
5. "MORE" and "MOST" are used to talk about amounts.
6. "Opposite" adjectival meaning is expressed using "UN-."
7. To make questions use opposite word order and "DO."
8. Operators and pronouns conjugate as in normal English.
9. Two nouns (e.g. milkman) or a noun and a directive (sundown) make combined words (compounds).
10. Measures, numbers, money, days, months, years, clock time, and international words are in the British form, for example Date/Time: 20 May 1972 at 21:00.


 では,お話しを1つ.

One day last May there was a rat in a hole. It was a good rat which took care of its little ones and kept them out of the way of men, dogs, and poison. About sundown a farmer who was walking that way put his foot into the hole and had a bad fall. "Oh," was his thought, when he got on his legs again, "a rat for my dog, Caesar!" Naturally the rat had the same idea and kept very quiet. After an hour or two, Caesar got tired of waiting, and the farmer put his spade over the top of the hole, so that the rat was shut up till the morning when there might be some sport. But the farmer's daughter, May, had seen him from her window. "What a shame," said May, "Poor rat! there is no sport in letting cruel dogs loose on good mothers! I will take the spade away. There --- the rat may go." Then she took the spade to her father: "See! your spade was out there in the field, and I went to get it for you. Here it is." "You foolish girl," was his answer, "I put that spade over a rat-hole till the morning and now --- the rat may go."


 語彙は確かに basic かもしれないが,語法や文法は必ずしも basic ではないという印象を受ける.いかがだろうか.
 他にもサンプルテキストは,Readings in Basic English より豊富に入手できる.Bible in Basic English も参照.

 ・ Gramley, Stephan. The History of English: An Introduction. Abingdon: Routledge, 2012.

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