hellog〜英語史ブログ

#2727. ポリュビオス暗号[cryptology]

2016-10-14

 「#2716. 原始・古代の暗号のあけぼの」 ([2016-10-03-1]) でポリュビオスの暗号に言及した.ポリュビオス (BC 200?--118?) は古代ローマ時代のギリシアの歴史家・政治家・軍人・暗号学者であり,暗号史上,世紀の大発見とされる,文字を数字に変換する「座標式暗号」を発明した.原理はいとも単純である.5×5のマス目にアルファベットを順に並べ,各文字を縦軸と横軸の数字の組み合わせで表現するというものだ.例えば,R = 4・2,O = 3・4,M = 3・2,E = 1・5 なので,"ROME" は "42343215" と表わされることになる.この変換表は「ポリュビオスのチェッカー盤」と呼ばれている(下図参照).

 12345
1abcde
2fghi/jk
3lmnop
4qrstu
5vwxyz


 このポリュビオス暗号が後に様々な形へ応用され,複雑化したが,原理は至って簡単である.文字を数字に変換するという発想は今では基本的なものと思われるが,後に驚くべき応用を生み出すことになった.例えば,「#1455. gematria」 ([2013-04-21-1]) は文字と数字の同一視がポイントだし,「#1805. Morse code」 ([2014-04-06-1]) もポリュビオス暗号の1変種と考えられる.また,現代のコンピュータでの文字表示はすべて文字と数字を結びつけた文字コードが前提となっており,文字変換やソートは内部的には文字コードの数学的演算によって実現される.人類は,文字を数字と結びつけることによって,文字に数学の原理を適用する方法を獲得したのである.
 発想は基本的であるから,おそらく座標式暗号は世界の各地で独立して発生したのではないかと考えられる.日本の戦国時代にも,上杉謙信 (1530--78) の家来だった宇佐美良勝 (1489--1564) が,著書『武経要略』において,謙信の用いた「字変四八の奥義」という暗号について述べている.いろは48文字を7×7のマス目に配置し,行と列の数字で文字を表現するというものだ.これにより,例えば「かわなかしま」は「七二六二七三七二七六二五」と暗号化される.原理としてはポリュビオス暗号そのものである.

 
 


 以上,稲葉 (16--18) に拠って執筆した.

 ・ 稲葉 茂勝 『暗号学 歴史・世界の暗号からつくり方まで』 今人舎,2016年.

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