hellog〜英語史ブログ

#3755. 「ケルト語仮説」の問題点と解決案[do-periphrasis][substratum_theory][celtic_hypothesis][contact]

2019-08-08

 昨日の記事「#3754. ケルト語からの構造的借用,いわゆる「ケルト語仮説」について」 ([2019-08-07-1]) で,ケルト語からの影響が取り沙汰される英語の言語項を挙げた.個々の事案について様々な問題点が指摘されており賛否の議論が戦わされている.
 具体的な事案の1つに,do 迂言法 (do-periphrasis) の発達にケルト語の類似構造が関わっているのではないかという議論がある.英語ではこの構造がイングランド南西部で初めて現われたとされ,地理的にはケルト語仮説と不調和ではないようにみえる.しかし,ここに時期の問題が大きく立ちはだかる.英語のこの構文の発達は13世紀以降のこととされるが,基層言語たるケルト語からの影響があるとすれば,それは数百年(場合によっては800年)も前に起こっていてしかるべき話しではないか.それほど長いあいだ,基層言語の影響の効果が「潜伏」していたというのは,おかしいのではないか.要するに,ケルト語の影響を想定するには時代があまりにずれすぎているのだ.実はこの反論は,do 迂言法の問題に限らず,中英語から近代英語にかけて発達した,ケルト語からの影響が取り沙汰されている他の構造の問題にも同様に当てはまる.
 これに対するケルト語仮説擁護論者からの説明は,たいてい次の通りである.

The explanation normally given for this feature [= do-periphrasis] appearing so late in English is that it was in sociolinguistic terms a change from below, affecting first the speech of those people of low social status whose speech was least likely to be reflected in literary usage, and only spreading slowly into the sorts of high-prestige varieties reflected in written sources: the conservatism of the written language in the Old English period is often also cited as a factor. (Durkin 89)


 つまり,数百年の潜伏の理由は,それが "change from below" であり,書き言葉に付されにくい口語レベルでの変化だから,ということだ.そのような低い言語変種は,古英語の書き言葉という高い言語変種には反映されないのも当然であると.
 実は似たような議論は,英語史上の別の問題についてもなされてきた.古ノルド語からの借用語が古英語文献にはあまり現われず,本格的な文献上の登場は中英語を待たなければならなかったことはよく知られている.その理由は,上記とおよそ同じである.実際の影響は古英語期にあったが,その効果が文献に現われるまでにはある程度の時間が必要だったという議論だ(cf. 「#2869. 古ノルド語からの借用は古英語期であっても,その文証は中英語期」 ([2017-03-05-1])).
 しかし,ケルト語からの構造的借用と古ノルド語の語彙的借用という異なる2種類の事案について,そもそも同じように議論することができるのかという問題がある.また,時間上のギャップも,ケルト語仮説のほうが遥かに大きい.
 私はケルト語仮説にはかなり無理があると思う.しかし,影響が取り沙汰される個々の事案については独立して検討する必要があり,「ケルト語仮説」の集合体を一括して退けるには慎重でなければならないとも考えている.

 ・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.

Referrer (Inside): [2023-05-23-1] [2022-06-14-1]

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