「#5139. 英語史において「ケルト語仮説」が取り沙汰されてきた言語項」 ([2023-05-23-1]) で紹介した項目の1つに "Lack of external possessor construction" がある.現代英語には「外的所有構造」が欠けており,原則として「内的所有構造」 (internal possessor construction) のみがあるとされる.そして,後者の特徴はケルト諸語との言語接触によって誘引されたものではないかという仮説が唱えられている.
内的所有構造とは my head のように,属格(所有格)により直接名詞を修飾して所有関係を示す構造のことである.一方,外的所有構造とは,*the head to me のような表現にみられるように,典型的には与格により間接的に名詞を修飾し,名詞句の外側から所有関係を示す構造のことである.
現代英語では内的所有構造が原則だが,古英語ではむしろ外的所有構造がみられた.例えば,Hickey (499) は古英詩 Poem of Judith より以下の例を挙げている.
þæt him þæt heafod wand forð on ða flore
lit.: that him-DATIVE that head ...
'that his head rolled forth on the floor'
古英語に限らず大多数のヨーロッパの諸言語では,外的所有構造が好まれてきた.バスク語,ハンガリー語,マルタ語などの非印欧諸語でも外的所有構造が用いられていることから,汎ヨーロッパ的な言語特徴とみなすことができる.
その稀な例外が,現代英語であり,ウェールズ語であり,コーンウォール語だという.これらのイギリス諸島に分布する(した)少数の言語では,内的所有構造が好まれる.他に内的所有構造が現われるのは,遠く離れたヨーロッパの東の外縁であり,トルコ語やレズギン語(カフカス諸語の1つ)にみられるが,これとイギリス諸島の諸言語が関係しているとは考えにくい.つまり,英語,ウェールズ語,コーンウォール語は内的所有構造を示す言語として地理的に孤立しているのである.
さて,英語史においては上記で示したとおり,古英語では外的所有構造を用いていたが,後に内的所有構造へと鞍替えした経緯がある.ここにウェールズ語やコーンウォール語などケルト諸語にみられた内的所有構造が,英語の所有構造に影響を及ぼした可能性が浮上する.
Hickey (500) は,この仮説の解説を次のように締めくくっている.
This transfer did not affect the existence of a possessor construction, but it changed the exponence of the category, a frequent effect of language contact, especially in language shift situations.
「#5134. 言語項移動の主な種類を図示」 ([2023-05-18-1]) の類型論でいえば,この場合の "transfer" は "Rearrangement" に該当するのだろうか.興味深い仮説ではある.
・ Hickey, Raymond. "Early English and the Celtic Hypothesis." Chapter 38 of The Oxford Handbook of the History of English. Ed. Terttu Nevalainen and Elizabeth Closs Traugott. New York: OUP, 2012. 497--507.
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