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etymology - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2020-06-05 08:55

2009-07-26 Sun

#90. taperpaper [dissimilation][etymology]

 24日夜に九州北部を襲った集中豪雨は,梅雨前線に湿気を含んだ暖かい空気が流れ込む込むことにより,テーパリングクラウド ( Tapering Cloud ) が発生したためだという.Tapering Cloud は日本語では「にんじん雲」とも呼ばれ,新聞の解説によると「積乱雲の上部が,強い空気の流れで風下に広がった結果,風上側が細く,風下側が広がったように見える雲」のことを指すという.
 taper の動詞としての意味は「次第に細くなる,先細になる」であり,逆三角形の雲を指し示すには的確である.名詞としては「先細のロウソク,灯芯,弱い光(を放つもの)」の意味があるが,英語史的にはむしろ名詞用法の方がずっと古く,古英語から使われている.動詞用法は16世紀からと新しい.
 taper の英語での最も古い意味は「ロウソク」であるが,ロウソクの芯に紙を用いたことから語源的には paperpapyrus と関係があるらしい.paper では /p/ 音が連続して発音しにくいということで,最初の /p/ を /t/ と異化 ( dissimilation ) させたというわけである[2009-07-09-1].異化の基本的な考え方は,全く同じ音が単語内で連続すると発音しにくいので,一方を少しだけ異なった音に変えるということである./p/ と /t/ は調音点こそ両唇か歯茎かで異なるが,両方とも無声閉鎖音なので,音声的には確かに遠くはない[2009-05-29-1].だが,/p/ と /t/ の異化の例が他にあるのかどうかは不明であり,やや胡散臭い説明のような気はする.とはいっても,代案を示せないので,今のところはこの異化による説を受け入れておきたい.
 ちなみに,paperpapyrus は見て分かるとおり,語源を一にする二重語 ( doublet ) である[2009-07-13-1][2009-07-12-1].パピルスの産地だったエジプトの言語を起源とし,ギリシャ語,ラテン語を経由して英語に入った(前者はさらにフランス語も経由した).
 英語史という分野は,英語学のなかでも「先鋭」的 ( taper off ) な分野だと信じているが,世間的には比較的マイナーな分野なので「じり貧」( taper off ) にならないよう,本ブログでも引き続き広めていきたい.

 ・気象衛星センターによるテーパリングクラウドの解説: http://mscweb.kishou.go.jp/panfu/product/pattern/tapering/index.htm

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2009-07-25 Sat

#89. one の発音は訛った発音 [numeral][etymology][me_dialect][pronunciation][vowel]

 [2009-07-22-1]で,one の音声変化について教科書的な説明を施した.母音の変化というのは,有名な大母音推移 ( Great Vowel Shift ) を含め,英語史において非常に頻繁に起こるし,現代英語でも母音の方言差は非常に大きい.したがって,one に起こった一連の母音変化もむべなるかなと受け入れるよりほかない気がする.しかし,[w] という子音の語頭挿入という部分については,そうやすやすとは受け入れられない.
 「後舌母音に伴う円唇化」は調音音声学的には合理的である[2009-05-17-1].だが,なぜこの特定の単語でのみそれが見られるのか.なぜ他の単語群では [w] 音が挿入されなかったのか.まったく関係のない単語ならいざしらず,語源的関連の強い only がなぜ [wʌnli] と発音されないか.
 その答えは方言の違いにある.[w] 音が挿入されたのは中英語期のイングランド南西部・西部方言の発音であり,その方言形がたまたま後に標準語へ取り込まれたということに過ぎない.一方,only にみられる [w] 音のない発音は中英語期のイングランド南部・中部方言の発音に由来する.
 つまり,one の発音はこっちの方言からとって来られて標準発音となったが,only の発音はあっちの方言から来たというわけだ.ある語について,その発音がどこの方言からとられて標準化したか,そしてそれを決めるファクターは何だったのかという問いに対しては,明確な基準はなくランダムだった,としか答えようがない.
 だが,このように,中英語期のどの方言に由来するかで,もともとは同根の語どうしが,現代標準語では異なる発音をもつようになった例はたくさんある.一例を挙げれば,will の母音は中英語の多くの方言で用いられておりそのまま標準化したが,否定形 won't の母音は主に中部・南部の方言に由来する.後者は,中部訛りの wol(e) + not が縮約された形に他ならない.肯定形と否定形がセットで同じ方言から標準語に入ってきていたならば母音も同じになったろうが,ランダムともいうべき方言選択の結果,現在の標準英語の will --- won't という分布になってしまった.
 嘆かわしいと思うなかれ,言葉の歴史は興味深いと思うべし.

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2009-07-23 Thu

#87. 日食とオカルト [etymology][derivative]

 昨日は,東南アジアから日本列島にかけて日食で沸いた.日本の皆既日食帯は悪天候だったために,地上からはコロナやダイヤモンドリングを拝むことができなかったようだが,すでに皆既日食のYouTube動画がたくさんアップされている.感動ものである.
 皆既日食のクライマックスである第二接触の前後には,真っ昼間だというのに辺り一面が夜のように暗くなり,星が現れ,気温も数度下がるという.動物は夜と間違えて恐れおののき,鳥は巣に帰る.日食のカラクリを知っている現代の人間ですら畏怖の念に襲われるのだから,カラクリを知らない古代・中世の一般民衆が凶兆と解したことは容易に想像できる.
 各国の古い文献でも,日食は記録されていることが多い.日本では,『日本書紀』の推古天皇36年3月2日(西暦628年4月10日)の日食が最古の記録である.英国では,古英語の文献により日食の記録が確認できる.たとえば,古英語の最後期の言語で筆写された『ピーターバラ年代記』 ( The Peterborough Chronicle ) では,538年のエントリーに次のような記述がある.(記事の末尾のHPを参照.)

Her sunne aðestrode on .xiiii. kalendas Martii from ærmorgene oþ underne.

現代英語に訳すと,"This year the sun was eclipsed, fourteen days before the calends of March, from before morning until nine." ということになる.
 古英語では,今はなき aðestrode という過去形の動詞で,「暗くなった」( = darkened ) を表していた.現代英語訳では was eclipsed となっており,動詞 eclipse 「覆い隠す」が使われている.eclipse は名詞としては「食」の意であり,日食は solar eclipse,皆既日食は total solar eclipse という.eclipse は究極的にはギリシャ語起源であり,古英語でこの語が使われていないのは,フランス語を経由して英語に入ってきたのが,およそ1300年くらいのことだからである.
 さて,eclipse は,ある天体が背後にある他の天体を覆い隠す現象だが,普通には日食か月食のことを指す.「食」は原理としては太陽や月以外の星にも起こるわけであり,その場合には「星食」「掩蔽(えんぺい)」という専門用語が使われるそうだ.そして,この「掩蔽」を指す英単語が occultation であり,「掩蔽する」という動詞形が occult である.いずれも,15世紀から16世紀にかけての近代科学の幕開けの時代に,ラテン語から借用された天文学用語である.ラテン語では oc- + cēlāre ( "against" + "cover" ) と分析され,語幹の cēlāre はまさに「覆い隠す」の意味である.ここから,conceal 「隠す.隠匿する」,cell 「(隠匿された)独房,細胞」,cellar 「(隠匿された)地下室,貯蔵庫」などの語も派生し,英語へ借用された.
 日本語でもなじみ深い occult 「オカルト,秘術」は,cēlāre の原義「覆い隠す」から意味が発展したものであることは,容易に理解できるだろう.
 日食にしろオカルトにしろ,人は覆い隠されるものに畏れを抱き,同時に関心を引かれる.次の皆既日食は,日本では2035年9月2日に能登半島から関東地方にかけて起こるらしい.今から楽しみである.

 ・The Modern English Translation of the Anglo-Saxon Chronicle Online
 ・The Online Edition of the Anglo-Saxon Chronicle

Referrer (Inside): [2009-07-24-1]

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2009-07-22 Wed

#86. one の発音 [numeral][etymology][phonetics][spelling][pronunciation][vowel][article]

 現代英語の綴りと発音のギャップは大きいが,その中でも特に不思議に思われるものに one の発音がある.普通は,どうひっくり返ってもこの綴りで [wʌn] とは読めない.これは,この語の綴り字が歴史上あまり変わってこなかったのに対して,発音は激しく変化してきたためである.以下は教科書的な説明.
 古英語の対応する語形は ān だった.この語はもちろん「一つの」の意で,後に one へ発展したと同時に,ana という不定冠詞へも分化した.したがって,数詞の one と不定冠詞の an, a とは,まったくの同語源であり,単に強形と弱形の関係に過ぎない[2009-06-22-1]
 さて,古英語の ān は [ɑ:n] という発音だったが,強形の数詞としては次のような音声変化を経た.まず,長母音が後舌母音化し,[ɔ:n] となった.それから,後舌母音に伴う唇の丸めが付加され,[wɔ:n] となった.次に長母音が短母音化して [wɔn] となり,その短母音が後に中舌母音して [wʌn] となった.実に長い道のりである.
 ここまで激しく音声変化を経たくらいだから,その中間段階では綴りもそれこそ百花繚乱で,oon, won, en など様々だったが,最終的に標準的な綴りとして落ち着いたのが比較的古めの one だったわけである.
 綴りと発音について,one と平行して歩んだ別の語として once がある[2009-07-18-1].だが,これ以外の one を含む複合語では,上記の例外的に激しい音声変化とは異なる,もっと緩やかで規則的な音声変化が適用された.古英語の [ɑ:n] は規則的な音声変化によると現代英語では [oʊn] となるはずだが,これは alone ( all + one ) や only ( one + -ly ) の発音で確認できる.

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2009-07-21 Tue

#85. It's time for the meal --- timemeal の関係 [etymology][numeral]

 [2009-07-20-1][2009-07-18-1]once, twice, thrice に焦点を当てたが,倍数・度数は一般に eight times のように「 数詞 + times 」という句を用いる.しかし,このように本来「時間」を意味する time が倍数・度数表現に用いられるようになったのは13世紀くらいからのもので,それ以前は(そしてそれ以降も)「行程,道」を原義とする sīþ が用いられていた.sīþ は現在では廃用となっているが,たとえば近代英語では Spenser が The foolish man . . . humbly thanked him a thousand sith などと使っている.
 さて,「時間」を意味する語は「分量」や「回数」と関わりが深いが,これは共通項として「はかる」(計る,測る,量る)行為が関与するためである.time と似たような意味の拡がりをもつ別の語に meal がある.この語は究極的には measure と同根であり,やはり「はかる」と関連が深い.ドイツ語では,einmal, zweimal, dreimal など「 数詞 + mal 」で倍数・度数を表すので,英語の times にぴったり対応する
 meal といえば現代英語ではもっぱら「食事」を意味するが,対応する古英語の mǣl は「(一定の)分量,時間」を意味した.そこから,「定時」→「(定時に繰り返される)食事」と意味が展開した.日本語でも「三度の食事」というので意味の関連は分かりやすい.ドイツ語では,上記の -mal の綴りに <h> を加えて Mahl とすれば,発音は同じままで「食事」を指す.
 現代英語では meal は古英語やドイツ語における「分量,度数」の原義は失われてしまったが,わずかに piecemeal 「ひとかけら分の量ずつ(の),少しずつ(の)」という語にその原義が化石的に残存する.

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2009-07-19 Sun

#83. 「ビバーク」と英語史 [etymology][history]

 北海道・大雪山系のトムラウシ山での遭難事件が紙面を賑わしているが,記事の中でしきりに「ビバーク」という語が出てくる.寡聞にして初耳の単語だったが,登山用語で,予定外の露営・野宿を意味するという.英語では聞いたことがないし,何語だろうかと思ったが,すぐにドイツ語だろうと見当をつけた.ドイツ語風の音素配列 ( phonotactics ) だと直感したこともあるが,それ以上に,日本語の登山用語にはやたらとドイツ語が多いことを知っていたからである.ザイル,シュラフザック,ハーケン,ツェルトザック,ヒュッテ等々.
 ところが,「ビバーク」はフランス語 bivouac から来ていると聞いた.予想外だなと思い,ここで初めて語源辞典を繰ってみると,このフランス単語自体がドイツ語スイス方言から借用されたものらしい.それで納得した.ドイツ語の対応する形態は Beiwache ( bei "by" + Wache "watch, guard" ) であり,そのスイス方言形がフランス語に取り込まれて bivouac へ変化したということのようだ.
 30年戦争の頃に Zürich などで町役人の夜警を助ける市民の夜警を指して,"extra guard" ほどの意味で使われたらしいが,これが後にフランス語に入り,さらに後の18世紀初頭に英語へもそのまま bivouac として借用された(発音は /ˈbi:vuˌæk/ ).その後,「夜警」から「野営・露営」へと意味が発展し,現在の登山用語として定着した.
 上記の通り,bivouac はゲルマン系たるドイツ語の一方言に起源があるわけだが,それがイタリック系のフランス語に借用され,さらにそこから英語へ借用された.この流れは,比較言語学的にはゲルマン系を標榜している英語にとって,皮肉とも言える流れである.というのは,本来のゲルマン系単語が,イタリック系言語を経由して,イタリック化した形態で英語に入ってきたということは,英語のゲルマン系言語としての性質が薄いことを示唆するからである.さらに皮肉なのは,英語には本来語の watch が歴として存在することだ.だが,いかにも借用語風の bivouac をみて watch と関連づけられる人はまずいないだろう.bivouac は「イタリック化されたゲルマン」を象徴する単語とみることができるのではないか.
 もともと英語にあってもおかしくない語が,フランス語経由で英語の中に見いだされることになったという経緯は,歴史の偶然としても奥が深い.
 ちなみに,watch 「夜警」に対応する動詞が wake 「目覚めている」であることは,[2009-06-16-1]の記事でも触れたので,復習しておきたい.

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2009-07-18 Sat

#81. oncetwice の -ce とは何か [numeral][etymology][genitive][adverbial_genitive][spelling][sobokunagimon]

 [2009-07-04-1]の記事で,現代英語の序数詞において firstsecond だけが他と比べて異質であることを話題にしたが,倍数・度数表現にも似たようなことが観察される.原則として倍数・度数表現は ten times のように「 数詞 + times 」という句で表されるが,oncetwice は例外である.
 この oncetwice が,それぞれ onetwo の語幹の変異形に -ce が付加されたものだ,ということは初見でもわかると思うが,この -ce とはいったい何だろうか.
 -ce は,現代英語の名詞の所有格を示す 's と同一の起源,すなわち古英語の男性・中性名詞の単数属格語尾 -es にさかのぼる.形態的には,古英語の「属格」が現代英語の「所有格」につらなるのだが,古英語や中英語の属格は単なる所有関係を指示するにとどまらず,より広い機能を果たすことができた.属格の機能の一つに,名詞を副詞へ転換させる副詞的属格 ( adverbial genitive ) という用法があり,oncetwice はその具体例である(詳しくは Mustanoja を参照).いわば one'stwo's と言っているだけのことだが,古くはこれが副詞として用いられ,それが現在まで化石的に生き残っているというのが真相である.OED によると,oncetwice という語形が作られたのは,古英語から中英語にかけての時期である.
 中英語期にも副詞的属格は健在であり,時や場所などを表す名詞の属格が多く用いられた.たとえば,always, sometimes, nowadays, besides, else, needs の語尾の -s(e) は古い属格語尾に由来するのであり,複数語尾の -s とは語源的に関係がない.towards, southwards, upwards などの -wards をもつ語も,属格語尾の名残をとどめている.
 また,I go shopping Sundays のような文における Sundays は,現在では複数形と解釈されるのが普通だが,起源としては単数属格と考えるべきである.属格表現はのちに前置詞 of を用いた迂言表現に置き換えられたことを考えれば,of a Sunday 「日曜日などに」という現代英語の表現は Sundays と本質的に同じことを意味することがわかる.
 最後に,古英語の -esoncetwice において,なぜ <ce> と綴られるようになったか.中英語までは onestweies などと綴られていたが,近代英語期に入り,有声の /z/ ではなく無声の /s/ であることを明示するために,フランス語の綴り字の習慣を借りて <ce> とした.同じような経緯で <ce> で綴られるようになった語に,hence, pence, fence, ice, mice などがある.

 ・Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960. 88--92.

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2009-07-12 Sun

#75. ワッフルの仲間たち [etymology][doublet][triplet][norman_french]

 ベルギーワッフルは日本でも有名だが,本場ベルギーのワッフルはとてつもなく旨い.何年か前にベルギーを訪れたときの話である.ベルギーでは街路にワッフルスタンドが立っており,人々の日常的なおやつだ.熱々のチョコを,熱々のワッフルにかけたものを,熱々のまま口に運ぶときの,あのサクサクフワフワ感は日本ではとても味わえない.もともとはベルギービールとムール貝を楽しみに訪れたのだが,結果的にベルギーワッフルにもはまってしまった.
 だが,チョコワッフルはさすがに甘さがくどい.普通の蜂蜜味のほうが好みである.ベルギーワッフルには蜂蜜がマッチするのはなぜか,それは語源を考えるとわかる.waffle は,遠く weave 「織る」と起源を一にする.自然の作り出した織物である web 「クモの巣」はその関連語だし,waffle も本来はもう一つの自然の作り出した織物,すなわち「蜂の巣」の意味を表した.ワッフルには確かに,蜂の巣のような編み目がついている.そう考えると,ワッフルに蜂蜜がマッチしないわけがないのである!
 さて,waffle が英語に借用されたのは17世紀であり,中期低地ドイツ語 ( Middle Low German ) からオランダ語 ( Dutch ) を経て入ってきたらしい.ところが,同じ中期低地ドイツ語の形態が,古フランス語のノルマン方言 ( Old Norman French ) を経由して,ずっと早く13世紀末に英語に入ってきていたのである.それが,wafer 「ウェファース,ウエハース」である.なるほど,ウェファースとワッフルは洋菓子としては似ている.蜂の巣さながらの網の目は共通である.
 一方,中期低地ドイツ語の形態が標準フランス語 ( French ) へ入った gaufre 「ゴーフル」は,日本語に借用されており,我々にはなじみ深い.
 かくして,日本語の「ワッフル」「ウェファース」「ゴーフル」はいずれも一つの語源に遡るわけである.ただ,それぞれがたどってきた言語(方言)が異なるだけである.図にまとめると次のようになるだろうか.

waffle and wafer and gaufre

 英語では 二重語 ( doublet ),日本語では 三重語 ( triplet ) となっている.
 これを知ったあとで,「ワッフル」「ウェファース」「ゴーフル」のうち,どれを食べたくなったろうか?

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2009-07-10 Fri

#73. 「天の川」の比較語源学 [etymology][loan_translation]

 今年の七夕の日の東京は曇りで,天の川は残念ながら見られなかった.そもそも,東京で天の川を見ようという考えが間違っているのだろう.空気のきれいな田舎へ行かないと天の川は見られない.せめて想像の天の川に思いを馳せようと,比較語源学してみた.
 日本語の「天の川」は読んで字の如く,天上を流れる川である.天照大神の隠れた天の岩戸より「天戸の川」とも呼ばれる.
 中国語(漢字)では,「銀河」「天河」と書く.「銀河」は,その色から名付けたものである.語源としては特別なものではないが,その背後にある織り姫と彦星の悲しくも美しい七夕伝説は,中国が起源である.
 英語では,the Milky Way という.「乳が流れ出てできた道」という発想は,「銀河」同様,その色と形状に基づいた発想だろう.英語での初出は,14世紀,Chaucerの作品においてである.この表現は英語のオリジナルではなく,ラテン語 via lactea "way of milk" の「翻訳借用」 ( loan translation or calque ) である.
 ところで,天の川は無数の星から構成される銀河であり,「銀河系」は Milky Way Galaxy とも呼ばれる.この galaxy 「銀河(系),星雲」という語自体が,「乳」から派生した語である.ギリシャ語で,「乳」は gala といい,galakt- という語幹から派生語が作られた.ラテン語では語頭の音節が消失した lact- が語幹であり,lactation 「授乳」や lactic acid 「乳酸」などが英語に入った.フランス語 cafe au lait や イタリア語 caffe latte も参照.
 和語の「天の川」と英語本来語の the Milky Way は,優しく,暖かく,詩情豊かな響きをもっている.一方で,漢語の「銀河」や古代ギリシャ語の galaxy は,壮大で,硬派で,SFを想起させる(『銀河鉄道999』や Star Wars ).この辺りにも,「和語 vs 漢語」「英語本来語 vs 古典借用語」という connotation の対立が感じられるのではないか.

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2009-07-08 Wed

#71. まだまだある sequi の派生語 [etymology][derivative]

 [2009-07-06-1]で,second 以外にも「sequī から派生した語はおびただしく,枚挙に暇がない」と書いたが,今日はそれをあえて枚挙してみたい.このような目的には,福島治先生の『英語派生語語源辞典』が大活躍である.英語に入ったラテン語起源の派生語のことならばこの辞典に限る,といえるほどの驚くべき辞典である.読んで楽しい辞典とはこのことだ.この辞典のおかげで,私の仕事は,ここから sequī より派生した単語を拾って打ち込むだけで済む.福島先生に感謝.

subsequent, subsequently, subsequence, second, secondly, secondary, secondarily, sect, sectary, sectarian, sectarianism, sequence, sequent, sequential, sequel, sequacious, sequacity, sequester, sequestered, sequestrate, sequestration, sue, suit, suitable, suitably, suitability, suite, suitor, consecution, consecutive, consecutively, consequence, consequent, consequently, consequential, consequentially, consequentiality, inconsecutive, inconsequence, inconsequent, inconsequently, inconsequential, inconsequentially, inconsequentiality, ensue, execute, execution, executive, extrinsic, extrinsically, intrinsic, intrinsically, obsequies, obsequious, obsequiously, persecute, persecution, prosecute, prosecution, pursue, pursuance, pursuant, pursuantly, pursuit

 上記の例は網羅的ではないので,ここに含まれない派生語もあり得る.
 もともとの sequī "to follow" と,形態や意味のつながりが不明なものも多いかもしれないが,実はすべてどこかでつながっている.各単語の詳細については『英語派生語語源辞典』や OED などを参照してもらいたいが,少しだけ例を挙げておこう.
 sect 「学派,教派」は,ある信条に付き従う ( follow ) 人々の集団である.sue 「訴える」は,付き従い,追いかけ,訴追することである.obsequies 「葬儀」は,追従し,尊崇する者の死しに際して敬意を払う儀式である.
 まさか「2番目の」と「秒」と「葬儀」と「訴える」が同根とは誰も思わなかっただろう.語源を探ることは,思いもよらない新たな意味の関連を得ること,新たな発想を得ることなのである.([2009-05-10-1]に語源と発想についての関連記事あり.)

 ・ 福島 治 編 『英語派生語語源辞典』 日本図書ライブ,1992年.

Referrer (Inside): [2010-11-05-1]

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2009-07-07 Tue

#70. second には「秒」の意味もある [etymology][numeral][clipping]

 今日はもう一つ second に関する話題.昨日[2009-07-06-1]second の語源にさかのぼって,「2番目の」という意味がいかにして生じたかを見たが,second のもう一つの意味,すなわち名詞としての「秒」,の成り立ちを考えてみよう.これは minute 「分」と合わせて考える必要がある.
 ラテン語では,「分」のことを,pars minūta prīma "first divided part" と表現した.「1時間」を分割して得られる各部分が「1分」という発想である.minūta は,minimum, minor, mince と同根で,「切り刻まれて小さくなった」の意である.prīma は「1番目の」の意味で,英語にも借用され,prime minister, primary, primitive などに確認される.
 一方,「秒」はラテン語で pars minūta secunda "second divided part" と表現した.最初に分割して得られた「分」をもういちど分割したので,「2番目の分割」ということになる.
 それぞれ3語からなる長い表現なので,後に一語を残して刈り取られた ( clipping ) が,刈り取られる部分が異なっていたのがミソである.そして,その縮約形が,後に英語へ借用された.

 ・minute < (pars) minūta (prīma)
 ・second < (pars minūta) secunda

 英語には,for a split second 「ほんの一瞬の間」という言い方があるが,「秒」がさらに split 「分割」されるわけだから,さしずめ pars minūta tertia "third divided part" といったところか.

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2009-07-06 Mon

#69. second の世界の広がり [numeral][etymology]

 過去二日の記事との関連で,今日は序数詞 second について.[2009-07-04-1]でも述べたとおり,語源はラテン語の異態動詞 ( deponent verb ) sequī "follow" 「あとに続く」の過去分詞形である.sequī から派生した語はおびただしく,枚挙に暇がないが,second 自体の意味の広がりを見るだけでも十分に興味深い.
 「あとに続く」の原義を念頭におけば,「後押しする」→「支持する」ということで動詞用法も理解できる.会議などで使われる Seconded. 「異議なし!」という表現があるが,これは語源的には二重過去分詞とでも呼ぶべきものかもしれない.
 他に ボクシングの「セコンド」も支持する者である.そして,あるものに続けば,それが「2番目」となるのは自然である.second の意味の広がりは広い.

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2009-07-05 Sun

#68. first は何の最上級か [superlative][etymology][numeral][sobokunagimon]

 昨日の記事[2009-07-04-1]で,序数詞 first は最上級語尾をもっていることを指摘した.それでは,何の最上級なのか.
 fir の部分はゲルマン祖語の *fur- 「前に」に遡り,その意味と形態の痕跡は before, far, fare, for, for-, fore, forth, from などに残る.first の母音は,ウムラウトによる.
 したがって,最上級 first の原義は「(時間的に)最も前」すなわち "earliest" ということになる.一方,古英語には "early, before" の意味を表す別の語として ǣr があった.これは現代英語では古風な ere に残っているし,early はそれに -ly 語尾をつけた形に由来する.ǣr の最上級 ǣr(e)st は,現代英語では erstwhile 「昔の,かつての」という語のなかに生き残っている.

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2009-06-28 Sun

#61. porridge は愛情をこめて煮込むべし [etymology]

 スコットランドの伝統的な朝食に porridge がある.水や牛乳で煮込んであるオート麦などの粥である.
 もう10数年前になるが,スコットランドのスカイ島 (The Isle of Skye) へ旅したときのこと.島のB&Bに泊まり,翌朝出された朝食がこのポリッジだった.初体験だったが,まことにおいしい.米のお粥とは風味は異なるが,暖かみと腹にたまる点は同じだ.
 そのときに驚いたのは,調味料として塩と砂糖が出てきたことだ.米の粥に砂糖というのは考えただけでも気持ち悪いが,当地ではポリッジに砂糖というのがあり得る.塩派と砂糖派がいるようだが,やはり砂糖はいただけない気がする.断然,塩の方がおいしい(と思う).ちなみに,当地ではお粥に近いどろどろの米に甘味調味料をこれでもかと入れたデザートが rice pudding という名で一般に売られている.書いているそばから,想像して気分が悪い.
 さて,スカイ島でのポリッジ初体験が印象に残っていたが,その旅行の数年後に縁あってスコットランドに留学することになった.過去のポリッジ体験を思い出して,留学中の一時期,毎朝,自分でポリッジを煮て食べていた.調理が簡単だし,原料は安いし,牛乳も一緒に摂れるし,とりあえず腹にたまる.だが,何かが違う.スカイ島のB&Bで食べたポリッジと全然違う.おいしくない.どちらかというとまずい.だが,安いし腹にたまるしいいか,ということで惰性的に食べ続けた.さすがにそのうちに飽きてきて,米を炊いて食べるようになった.ポリッジのイメージは,もはやスカイ島のそれではなく,学生寮で毎朝口にしていた,あの特においしいとも思えないものへ変容してしまったのだった.
 さて,porridge は16世紀に初めて英語に現れた語だが,その頃の原義は「野菜・肉の煮込みスープ」だった.この語は,13世紀から英語にあった pottage という語の第二子音が変化したものである.この pottage も「野菜・肉の煮込みスープ」の意であり,potage というフランス借用語のアクセントが後方から前方へ移動した変異形である.アクセントが後ろにあるフランス語本来の形は,16世紀に改めて「(フランス料理の)ポタージュ」という意味で英語に入ってきた.いずれも,pot 「なべ」で煮込んだ料理である.porridge は「野菜・肉の煮込みスープ」の原義から,17世紀に現在の「オート麦などの粥」の意味へ変化した.
 この語源は後で知ったわけだが,もし留学中に porridge とは鍋でじっくり煮込んで始めて味わえる煮込みスープに由来するのだと知っていれば,もう少し料理の仕方が変わっていたかもしれない.スカイ島のB&Bのポリッジがおいしかったのは,おそらく出汁をとってじっくり煮込んであったからなのだろう.家庭の温かさを感じさせるのは,日本の粥もスコットランドのポリッジも同じである.一方で,留学中に自炊したポリッジは,スーパーで買った安物の原料をポイと鍋に入れて出汁もなしに数分煮ただけである.これではおいしいはずがない.次に機会があるときには,煮込みスープ煮込みスープ煮込みスープと念じながらじっくり愛情をこめてポリッジを煮込んでみたい.語源も料理も実に深い・・・.

Referrer (Inside): [2014-09-14-1]

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2009-06-27 Sat

#60. 音位転換 ( metathesis ) [metathesis][phonetics][etymology]

 metathesis は,through の語源のところ[2009-06-22-1]で簡単に紹介したが,今日はもう少し例を挙げつつ解説してみる.音位転換は一種の言い間違いであり,どの言語の話者にも起こりうる.だが,多くの場合は単発の言い間違いで終わり,正規の語彙として定着することはまれである.
 我が家の子供の口から出た例で言うと,「ぼんおどり」が「どんぼり」になり,「マスク」が「マクス」となっている.直そうとしても本人は「どんぼり」「マクス」と言ってはばからないので,そのうちにこちらも影響され,言い間違いの形が我が家の標準形(方言形?)となってしまった.たまに外でも使いそうになるが,大体抑えられる.言い間違いが一般化するということはほとんどないのではないか.
 だが,まれなケースで,一般化するということもある.日本語では「あらたに」と「あたらしい」とでは,音位転換が起こっている.前者がより古い,由緒正しい形を残している.新井さんは,由緒正しい発音を残している名ということになる.また,「ふんいき」が「ふいんき」と発音されることが多いのも,音位転換である.
 英語史においても音位転換はよく起こっており,一般に定着した「言い間違い」も存在する.これは古英語と現代英語の形態を比べてみるとわかる.著名な例を挙げてみよう.母音と子音(特に <r> )の音位転換が多いようである.

 ・OE brid > PDE bird
 ・OE gærs > PDE grass (cf. Gmc *ȝrasam )
 ・OE hros > PDE horse (cf. Gmc *χursam )
 ・OE iernan > PDE run (cf. Gmc *renan )
 ・OE wæps > PDE wasp

 grass, horse, run については,ゲルマン祖語の再建形を仮定するのであれば,音位転換が二度おこって現代に至っていることがわかる.
 その他,音位転換を経た形態と経ていない形態が,関連語として現代英語に共存しているペアもある.現代英語の観点からは,こちらのほうが俄然おもしろい.

 ・brand : burn
 ・nutrition : nurture
 ・tax : task
 ・three, thrice : third, thirteen, thirty

 brand は「焼印」から「商標」へと意味を拡張させつつ現代に至っている.
 音位転換は,発音ミスにつけ込む話題ということだからなのか,あるいは皆それぞれ身に覚えがあることだからなのか,言語変化のなかでも,特に人気のある話題である.

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2009-06-22 Mon

#55. through の語源 [etymology][metathesis]

 二日間 through の話題が続いたが,今日も引き続き同じ単語について.
 この語は古英語では þurh という語形だった.現代英語での綴り字と比較してわかるのは,母音と <r> の位置がひっくり返っていることである.これは音位転換 ( metathesis ) とよばれる現象で,簡単にいえば言い間違いの類であるが,through のように標準形として定着した語も少なくない.
 先日見た後期中英語の515通りの綴り方を眺めていると,音位転換の起こっているものと起こっていないものが混在していることが分かる.
 through を英語史の話題として取り上げる場合,metathesis と並んでもう一つ「強形と弱形の分化」について触れたておきたい.この語は通常は強勢なしの「弱形」として発音されたが,副詞として「完全」の意味を強調したいときには強勢ありの「強形」として発音された.そして,強形として母音が余計に挿入されたものが,後に thorough として定着した.515通りの異綴りのなかには,確かに thorough やそれに類似する形態が確認される.
 したがって,本来 throughthorough は一つの単語の弱形と強形にすぎなかったわけだが,後に品詞や意味が分化し,別の語として定着したわけである.強弱の差によって互いに別の語となっている他の例としては,one / a(n)off / of などがある.

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2009-06-06 Sat

#39. 複数与格語尾 -um の生きた化石 [inflection][etymology]

 [2009-05-24-1]でみたように古英語の名詞の屈折タイプはいろいろあるが,不変の屈折語尾がある.複数与格の -um である.名詞の性や屈折タイプにかかわらず,複数与格といえば -um をとる.中英語以降,屈折語尾が衰退するに及んで -um も失われてゆく運命だったわけだが,その死すべき運命を現代まで生き延びた猛者が存在する.whilom である.
 whilom 「以前に,昔」は,名詞 while 「とき,時間」の複数与格形に遡る( while の接続詞用法はこの名詞用法からの転用).古英語の形で挙げれば,女性名詞 hwīl の複数与格形が hwīlum となる.名詞の与格は副詞的な役割も果たすため,複数与格形 hwīlum は文字通り「時々に」の意味だった.それが後に「以前に,昔」の意味へと転じた.語尾の綴り字も -um から -om へと変化し,現在の形に落ち着いた.

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2009-06-05 Fri

#38. 「たそがれ」の比較語源学 [etymology]

 以前,「虹」の語源を取り上げた[2009-05-10-1].そのとき,複数の言語で対応する語の語源を比べると,様々な発想があって興味深いという話をした.この「比較語源学」について多少の反響があったので,今回はその第二弾として「たそがれ」を取り上げたい.
 まず英語から見てみよう.夕刻の暗くなり始める時間帯のことを,英語では twilight という.この語の成り立ちは単純で,two + light である.夕焼けの赤と夕闇の黒,この二色の光が解け合う時間帯がまさにたそがれ時である.
 two の部分は,あるいは between と解釈するほうがイメージがつかみやすいかもしれない.between は本来 by two である.「二つの点のそば」が原義であり,すなわち「二つの点の間」ということになる.このイメージでいけば twilight は光から闇へ移り変わる中間の刻ということになる.
 次に中国語での発想を教えてくれるものとして漢字を取り上げよう.たそがれは漢字では「黄昏」と書く.「黄」は明るい光の意であり,「昏」は暗い光の意である(「昏睡状態」とは意識が真っ暗な状態のことである).こうしてみると,発想は英語と同じ「二つの光」が混ざりあう視覚的なイメージである.英語にしても漢字にしても,たそがれ時のイメージが彷彿としてくる,なかなかに映像的な語源である.
 だが,虹の記事で触れたとおり,語源というものにはもっとドラマ性が欲しい.そして,ドラマ性という観点から味わい深いのは,圧倒的に日本語(和語)の「たそがれ」である.
 「たそがれ」とはすなわち「誰そ彼」である.辺りが暗くなりだし,それまで判別できた人々の顔が薄暗くなってくる.そこで「あの人はどなたでしょう」と尋ねたい気分になる.街灯もないその昔,向かいからやってくる人が誰であるか判然としないとき,ふと口をついて「誰そ彼」とつぶやいたことだろう.夕刻となり,家路を急ぐ人々が行き交い「誰そ彼」とつぶやく,そんな時間帯がたそがれ時なのである.
 ちなみに,日本語には「たそがれ時」の別の言い方として「かわたれ時」という表現もある.「かわたれ」とは「彼は誰」であり,「誰そ彼」とまったく同じ発想である.
 前回の「虹」については,英語や日本語よりも中国語(漢字)のほうがドラマ性があり,発想が豊かであると論じた.今回の「たそがれ」はどうだろうか.twilight や「黄昏」の映像性もいいかもしれないが,人の生活感の感じられる日本語の語源に,私は強く惹かれる.読者のご意見はいかに?

Referrer (Inside): [2011-04-17-1]

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2009-06-02 Tue

#35. finger の語源 [etymology][grimms_law]

 finger という語は,語源を遡ると five と同根である.[2009-05-27-1]で考察したとおり,発想としてはやはり「5本指」なのである.同根の語に fist 「握りこぶし」があることからも分かるとおり,「手,指」と「5」は関連が深いようである.
 さて,five はインドヨーロッパ語の再建形 *penkwe に遡る.一般にインドヨーロッパ語の /p/ はゲルマン語では /f/ へ変化した(グリムの法則).関連語としては,pentagon 「五角形」( the Pentagon 「(五角形の)米国国防総省」)がギリシャ語から英語に入った.punch 「パンチ」(もともと5種類の成分を混ぜ合わせた飲料)は,日本では,小学校の給食のデザートの定番(?)「フルーツポンチ」で知られる.

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2009-05-21 Thu

#23. "Good evening, ladies and gentlemen!"は間違い? [etymology][semantic_change]

 "ladies and gentlemen"はパーティなどで司会者が男女へ呼びかける際の決まり文句だが,英語史的にはどうにも収まりの悪い表現である. lady は本来語, gentle はフランス語からの借用語, men は本来語である.これらを本来語 and で並列させると,フランス語からの gentle だけがなんとも浮いているように私には思える.もちろん現代英語では異なる語種の混在はごく自然のことであり,この表現がバランスが悪いなどとは普通だれも気づかないだろう.バランスが悪く感じるのは,古英語では lady に対応する男性語は lord だったと知っているからである.だから,現代英語でも"ladies and lords"と言いたくなる.
 この ladylord は語源的にも非常に密接な関係だった.以下では,主に lady を取り上げ,最後に lord と関連づけて両単語の歴史的背景を見てみよう.

1. 要点

 現代英語の lady は,古英語の時代には hlǣfdiġe というスペリングで存在した.これは, hlāf + dǣġe という二つの要素から成る合成語であると考えられる(合成語となる際に多少の音声変化が起こるため,単純に hlāfdǣġe とはならず, hlǣfdiġe となる).
 前半要素 hlāf は,古英語で「パン」を意味する単語で,現代英語で「一塊のパン」を意味する loaf の祖先である.古英語では, bread に相当する単語は「パン」の意味では使われなかったため,普通に「パン」といえば, hlāf が用いられた.
 一方,後半要素 dǣġe は「こねる女性」を意味した.この語は現代英語には直接残っていないが,関連語として dough 「練り粉,パン生地」や doughnut 「ドーナッツ」(ナット形の練り粉)がある.したがって, lady の語源的な原義は「パンをこねる女性」であった.

2. 意味の変遷

 原義が「パンをこねる女性」だったということは上述の通りだが,現代英語で lady は「淑女」や「女性(丁寧な呼称)」という意味が主である.現代の意味にたどり着くまでに,どのような意味の変遷を経たのだろうか.すでに古英語の時代より,(1) 「パンをこねる女性」の原義から,意味はとうに広がっていた.実際,古英語では(2)「家庭で食事の準備を支配する女性=女主人」という意味が主だった.そこから,家庭や食事との関連が希薄化し,一般に(3)「支配する女性」という意味が発展した.古英語で「女王」(現世的な支配者)や「聖母マリア」(精神的な支配者)を意味しえたのは,(3)の派生と考えられる.
 次に,女王とまではいかなくとも,(4)「高貴な生まれの女性」「身分の高い女性」も一般に lady と呼ばれるようになった.さらに意味の一般化が進み,高貴な生まれでなくとも,(5)「上品な女性=淑女」であれば誰でも lady と呼べるようになった.最後に,特別上品でなくとも話し手の側で(6)「女性」を丁寧に表現したいときにも lady が使えるようになった.意味の変遷をまとめると次のようになる.

 (1) パンをこねる女性
 (2) 女主人,家庭で食事の準備を支配する女性
 (3) 支配する女性(「女王」や「聖母マリア」も)
 (4) 高貴な生まれの女性
 (5) 淑女,上品な女性
 (6) 女性(一般的に丁寧な表現として)

 このように,(1)〜(3)の変化は,指し示す対象の女性の身分が順次上がっていくという点で「意味の良化」といえる.一方,(4)〜(6)の変化は,指し示す対象の女性の条件が緩くなっていくという点で「意味の一般化」といえる.後者は,「意味の民衆化」と言い換えてもいいかもしれない.社会が時代とともに民衆化してきた様子が lady の語史に反映されていると考えることもできそうである.

3. 綴りと発音の変遷

 古英語の hlǣfdiġe /hlæ:fdije/と現代英語の lady /leɪdi/は綴りも発音もまるで違うが, lady にたどり着くまでに次の三つの大きな音声変化を経たと考えられる.

 ・語尾の/dije/の/i/への短縮(1100年頃)
 ・語頭の/h/の消失(1200年頃)
 ・語中の/f/の消失(1400年頃)

 上の年代はおよそのものであるが,古英語の hlǣfdiġe から現在の lady の形に近づいたのは大方1400年頃と見ていいだろう.

4. lord との関係

 古英語で, hlǣfdiġe に対応する男性版は hlāford という単語であった.これは, hlāf + weard の二つの要素から成る合成語で,現代英語の lord 「君主」「主人」の祖先である.古英語では基本的には「一家の主人」を意味した.前半要素は lady の場合と同じように「パン」を,後半要素は「守護者」「番人」を意味した(現代英語の wardguard などと語源的につながる).したがって, lord の原義は「パンを守る者」である.綴りと発音が著しく短縮化されたのは, lady の場合と同じような事情による.

 古代アングロサクソンの社会においては,家庭を営む夫婦にはパンをこねる者とそれを守る者というイメージがあったのだろう.こう考えるにつけ,やはり"ladies and gentlemen"よりも"ladies and lords"のほうが,夫婦が寄り添って集う夜の宴にはふさわしいイメージだと思うが,どうだろうか.

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