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etymology - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-11-21 08:03

2009-07-05 Sun

#68. first は何の最上級か [superlative][etymology][numeral][sobokunagimon]

 昨日の記事[2009-07-04-1]で,序数詞 first は最上級語尾をもっていることを指摘した.それでは,何の最上級なのか.
 fir の部分はゲルマン祖語の *fur- 「前に」に遡り,その意味と形態の痕跡は before, far, fare, for, for-, fore, forth, from などに残る.first の母音は,ウムラウトによる.
 したがって,最上級 first の原義は「(時間的に)最も前」すなわち "earliest" ということになる.一方,古英語には "early, before" の意味を表す別の語として ǣr があった.これは現代英語では古風な ere に残っているし,early はそれに -ly 語尾をつけた形に由来する.ǣr の最上級 ǣr(e)st は,現代英語では erstwhile 「昔の,かつての」という語のなかに生き残っている.

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2009-06-28 Sun

#61. porridge は愛情をこめて煮込むべし [etymology]

 スコットランドの伝統的な朝食に porridge がある.水や牛乳で煮込んであるオート麦などの粥である.
 もう10数年前になるが,スコットランドのスカイ島 (The Isle of Skye) へ旅したときのこと.島のB&Bに泊まり,翌朝出された朝食がこのポリッジだった.初体験だったが,まことにおいしい.米のお粥とは風味は異なるが,暖かみと腹にたまる点は同じだ.
 そのときに驚いたのは,調味料として塩と砂糖が出てきたことだ.米の粥に砂糖というのは考えただけでも気持ち悪いが,当地ではポリッジに砂糖というのがあり得る.塩派と砂糖派がいるようだが,やはり砂糖はいただけない気がする.断然,塩の方がおいしい(と思う).ちなみに,当地ではお粥に近いどろどろの米に甘味調味料をこれでもかと入れたデザートが rice pudding という名で一般に売られている.書いているそばから,想像して気分が悪い.
 さて,スカイ島でのポリッジ初体験が印象に残っていたが,その旅行の数年後に縁あってスコットランドに留学することになった.過去のポリッジ体験を思い出して,留学中の一時期,毎朝,自分でポリッジを煮て食べていた.調理が簡単だし,原料は安いし,牛乳も一緒に摂れるし,とりあえず腹にたまる.だが,何かが違う.スカイ島のB&Bで食べたポリッジと全然違う.おいしくない.どちらかというとまずい.だが,安いし腹にたまるしいいか,ということで惰性的に食べ続けた.さすがにそのうちに飽きてきて,米を炊いて食べるようになった.ポリッジのイメージは,もはやスカイ島のそれではなく,学生寮で毎朝口にしていた,あの特においしいとも思えないものへ変容してしまったのだった.
 さて,porridge は16世紀に初めて英語に現れた語だが,その頃の原義は「野菜・肉の煮込みスープ」だった.この語は,13世紀から英語にあった pottage という語の第二子音が変化したものである.この pottage も「野菜・肉の煮込みスープ」の意であり,potage というフランス借用語のアクセントが後方から前方へ移動した変異形である.アクセントが後ろにあるフランス語本来の形は,16世紀に改めて「(フランス料理の)ポタージュ」という意味で英語に入ってきた.いずれも,pot 「なべ」で煮込んだ料理である.porridge は「野菜・肉の煮込みスープ」の原義から,17世紀に現在の「オート麦などの粥」の意味へ変化した.
 この語源は後で知ったわけだが,もし留学中に porridge とは鍋でじっくり煮込んで始めて味わえる煮込みスープに由来するのだと知っていれば,もう少し料理の仕方が変わっていたかもしれない.スカイ島のB&Bのポリッジがおいしかったのは,おそらく出汁をとってじっくり煮込んであったからなのだろう.家庭の温かさを感じさせるのは,日本の粥もスコットランドのポリッジも同じである.一方で,留学中に自炊したポリッジは,スーパーで買った安物の原料をポイと鍋に入れて出汁もなしに数分煮ただけである.これではおいしいはずがない.次に機会があるときには,煮込みスープ煮込みスープ煮込みスープと念じながらじっくり愛情をこめてポリッジを煮込んでみたい.語源も料理も実に深い・・・.

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2009-06-27 Sat

#60. 音位転換 ( metathesis ) [metathesis][phonetics][etymology]

 metathesis は,through の語源のところ[2009-06-22-1]で簡単に紹介したが,今日はもう少し例を挙げつつ解説してみる.音位転換は一種の言い間違いであり,どの言語の話者にも起こりうる.だが,多くの場合は単発の言い間違いで終わり,正規の語彙として定着することはまれである.
 我が家の子供の口から出た例で言うと,「ぼんおどり」が「どんぼり」になり,「マスク」が「マクス」となっている.直そうとしても本人は「どんぼり」「マクス」と言ってはばからないので,そのうちにこちらも影響され,言い間違いの形が我が家の標準形(方言形?)となってしまった.たまに外でも使いそうになるが,大体抑えられる.言い間違いが一般化するということはほとんどないのではないか.
 だが,まれなケースで,一般化するということもある.日本語では「あらたに」と「あたらしい」とでは,音位転換が起こっている.前者がより古い,由緒正しい形を残している.新井さんは,由緒正しい発音を残している名ということになる.また,「ふんいき」が「ふいんき」と発音されることが多いのも,音位転換である.
 英語史においても音位転換はよく起こっており,一般に定着した「言い間違い」も存在する.これは古英語と現代英語の形態を比べてみるとわかる.著名な例を挙げてみよう.母音と子音(特に <r> )の音位転換が多いようである.

 ・OE brid > PDE bird
 ・OE gærs > PDE grass (cf. Gmc *ȝrasam )
 ・OE hros > PDE horse (cf. Gmc *χursam )
 ・OE iernan > PDE run (cf. Gmc *renan )
 ・OE wæps > PDE wasp

 grass, horse, run については,ゲルマン祖語の再建形を仮定するのであれば,音位転換が二度おこって現代に至っていることがわかる.
 その他,音位転換を経た形態と経ていない形態が,関連語として現代英語に共存しているペアもある.現代英語の観点からは,こちらのほうが俄然おもしろい.

 ・brand : burn
 ・nutrition : nurture
 ・tax : task
 ・three, thrice : third, thirteen, thirty

 brand は「焼印」から「商標」へと意味を拡張させつつ現代に至っている.
 音位転換は,発音ミスにつけ込む話題ということだからなのか,あるいは皆それぞれ身に覚えがあることだからなのか,言語変化のなかでも,特に人気のある話題である.

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2009-06-22 Mon

#55. through の語源 [etymology][metathesis]

 二日間 through の話題が続いたが,今日も引き続き同じ単語について.
 この語は古英語では þurh という語形だった.現代英語での綴り字と比較してわかるのは,母音と <r> の位置がひっくり返っていることである.これは音位転換 ( metathesis ) とよばれる現象で,簡単にいえば言い間違いの類であるが,through のように標準形として定着した語も少なくない.
 先日見た後期中英語の515通りの綴り方を眺めていると,音位転換の起こっているものと起こっていないものが混在していることが分かる.
 through を英語史の話題として取り上げる場合,metathesis と並んでもう一つ「強形と弱形の分化」について触れたておきたい.この語は通常は強勢なしの「弱形」として発音されたが,副詞として「完全」の意味を強調したいときには強勢ありの「強形」として発音された.そして,強形として母音が余計に挿入されたものが,後に thorough として定着した.515通りの異綴りのなかには,確かに thorough やそれに類似する形態が確認される.
 したがって,本来 throughthorough は一つの単語の弱形と強形にすぎなかったわけだが,後に品詞や意味が分化し,別の語として定着したわけである.強弱の差によって互いに別の語となっている他の例としては,one / a(n)off / of などがある.

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2009-06-06 Sat

#39. 複数与格語尾 -um の生きた化石 [inflection][etymology]

 [2009-05-24-1]でみたように古英語の名詞の屈折タイプはいろいろあるが,不変の屈折語尾がある.複数与格の -um である.名詞の性や屈折タイプにかかわらず,複数与格といえば -um をとる.中英語以降,屈折語尾が衰退するに及んで -um も失われてゆく運命だったわけだが,その死すべき運命を現代まで生き延びた猛者が存在する.whilom である.
 whilom 「以前に,昔」は,名詞 while 「とき,時間」の複数与格形に遡る( while の接続詞用法はこの名詞用法からの転用).古英語の形で挙げれば,女性名詞 hwīl の複数与格形が hwīlum となる.名詞の与格は副詞的な役割も果たすため,複数与格形 hwīlum は文字通り「時々に」の意味だった.それが後に「以前に,昔」の意味へと転じた.語尾の綴り字も -um から -om へと変化し,現在の形に落ち着いた.

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2009-06-05 Fri

#38. 「たそがれ」の比較語源学 [etymology]

 以前,「虹」の語源を取り上げた[2009-05-10-1].そのとき,複数の言語で対応する語の語源を比べると,様々な発想があって興味深いという話をした.この「比較語源学」について多少の反響があったので,今回はその第二弾として「たそがれ」を取り上げたい.
 まず英語から見てみよう.夕刻の暗くなり始める時間帯のことを,英語では twilight という.この語の成り立ちは単純で,two + light である.夕焼けの赤と夕闇の黒,この二色の光が解け合う時間帯がまさにたそがれ時である.
 two の部分は,あるいは between と解釈するほうがイメージがつかみやすいかもしれない.between は本来 by two である.「二つの点のそば」が原義であり,すなわち「二つの点の間」ということになる.このイメージでいけば twilight は光から闇へ移り変わる中間の刻ということになる.
 次に中国語での発想を教えてくれるものとして漢字を取り上げよう.たそがれは漢字では「黄昏」と書く.「黄」は明るい光の意であり,「昏」は暗い光の意である(「昏睡状態」とは意識が真っ暗な状態のことである).こうしてみると,発想は英語と同じ「二つの光」が混ざりあう視覚的なイメージである.英語にしても漢字にしても,たそがれ時のイメージが彷彿としてくる,なかなかに映像的な語源である.
 だが,虹の記事で触れたとおり,語源というものにはもっとドラマ性が欲しい.そして,ドラマ性という観点から味わい深いのは,圧倒的に日本語(和語)の「たそがれ」である.
 「たそがれ」とはすなわち「誰そ彼」である.辺りが暗くなりだし,それまで判別できた人々の顔が薄暗くなってくる.そこで「あの人はどなたでしょう」と尋ねたい気分になる.街灯もないその昔,向かいからやってくる人が誰であるか判然としないとき,ふと口をついて「誰そ彼」とつぶやいたことだろう.夕刻となり,家路を急ぐ人々が行き交い「誰そ彼」とつぶやく,そんな時間帯がたそがれ時なのである.
 ちなみに,日本語には「たそがれ時」の別の言い方として「かわたれ時」という表現もある.「かわたれ」とは「彼は誰」であり,「誰そ彼」とまったく同じ発想である.
 前回の「虹」については,英語や日本語よりも中国語(漢字)のほうがドラマ性があり,発想が豊かであると論じた.今回の「たそがれ」はどうだろうか.twilight や「黄昏」の映像性もいいかもしれないが,人の生活感の感じられる日本語の語源に,私は強く惹かれる.読者のご意見はいかに?

Referrer (Inside): [2011-04-17-1]

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2009-06-02 Tue

#35. finger の語源 [etymology][grimms_law]

 finger という語は,語源を遡ると five と同根である.[2009-05-27-1]で考察したとおり,発想としてはやはり「5本指」なのである.同根の語に fist 「握りこぶし」があることからも分かるとおり,「手,指」と「5」は関連が深いようである.
 さて,five はインドヨーロッパ語の再建形 *penkwe に遡る.一般にインドヨーロッパ語の /p/ はゲルマン語では /f/ へ変化した(グリムの法則).関連語としては,pentagon 「五角形」( the Pentagon 「(五角形の)米国国防総省」)がギリシャ語から英語に入った.punch 「パンチ」(もともと5種類の成分を混ぜ合わせた飲料)は,日本では,小学校の給食のデザートの定番(?)「フルーツポンチ」で知られる.

Referrer (Inside): [2022-01-12-1]

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2009-05-21 Thu

#23. "Good evening, ladies and gentlemen!"は間違い? [etymology][semantic_change]

 "ladies and gentlemen"はパーティなどで司会者が男女へ呼びかける際の決まり文句だが,英語史的にはどうにも収まりの悪い表現である. lady は本来語, gentle はフランス語からの借用語, men は本来語である.これらを本来語 and で並列させると,フランス語からの gentle だけがなんとも浮いているように私には思える.もちろん現代英語では異なる語種の混在はごく自然のことであり,この表現がバランスが悪いなどとは普通だれも気づかないだろう.バランスが悪く感じるのは,古英語では lady に対応する男性語は lord だったと知っているからである.だから,現代英語でも"ladies and lords"と言いたくなる.
 この ladylord は語源的にも非常に密接な関係だった.以下では,主に lady を取り上げ,最後に lord と関連づけて両単語の歴史的背景を見てみよう.

1. 要点 

 現代英語の lady は,古英語の時代には hlǣfdiġe というスペリングで存在した.これは, hlāf + dǣġe という二つの要素から成る合成語であると考えられる(合成語となる際に多少の音声変化が起こるため,単純に hlāfdǣġe とはならず, hlǣfdiġe となる).
 前半要素 hlāf は,古英語で「パン」を意味する単語で,現代英語で「一塊のパン」を意味する loaf の祖先である.古英語では, bread に相当する単語は「パン」の意味では使われなかったため,普通に「パン」といえば, hlāf が用いられた.
 一方,後半要素 dǣġe は「こねる女性」を意味した.この語は現代英語には直接残っていないが,関連語として dough 「練り粉,パン生地」や doughnut 「ドーナッツ」(ナット形の練り粉)がある.したがって, lady の語源的な原義は「パンをこねる女性」であった.

2. 意味の変遷

 原義が「パンをこねる女性」だったということは上述の通りだが,現代英語で lady は「淑女」や「女性(丁寧な呼称)」という意味が主である.現代の意味にたどり着くまでに,どのような意味の変遷を経たのだろうか.すでに古英語の時代より,(1) 「パンをこねる女性」の原義から,意味はとうに広がっていた.実際,古英語では(2)「家庭で食事の準備を支配する女性=女主人」という意味が主だった.そこから,家庭や食事との関連が希薄化し,一般に(3)「支配する女性」という意味が発展した.古英語で「女王」(現世的な支配者)や「聖母マリア」(精神的な支配者)を意味しえたのは,(3)の派生と考えられる.
 次に,女王とまではいかなくとも,(4)「高貴な生まれの女性」「身分の高い女性」も一般に lady と呼ばれるようになった.さらに意味の一般化が進み,高貴な生まれでなくとも,(5)「上品な女性=淑女」であれば誰でも lady と呼べるようになった.最後に,特別上品でなくとも話し手の側で(6)「女性」を丁寧に表現したいときにも lady が使えるようになった.意味の変遷をまとめると次のようになる.

 (1) パンをこねる女性
 (2) 女主人,家庭で食事の準備を支配する女性
 (3) 支配する女性(「女王」や「聖母マリア」も)
 (4) 高貴な生まれの女性
 (5) 淑女,上品な女性
 (6) 女性(一般的に丁寧な表現として)

 このように,(1)?(3)の変化は,指し示す対象の女性の身分が順次上がっていくという点で「意味の良化」といえる.一方,(4)?(6)の変化は,指し示す対象の女性の条件が緩くなっていくという点で「意味の一般化」といえる.後者は,「意味の民衆化」と言い換えてもいいかもしれない.社会が時代とともに民衆化してきた様子が lady の語史に反映されていると考えることもできそうである.

3. 綴りと発音の変遷

 古英語の hlǣfdiġe /hlæ:fdije/と現代英語の lady /leɪdi/は綴りも発音もまるで違うが, lady にたどり着くまでに次の三つの大きな音声変化を経たと考えられる.

 ・語尾の/dije/の/i/への短縮(1100年頃)
 ・語頭の/h/の消失(1200年頃)
 ・語中の/f/の消失(1400年頃)

 上の年代はおよそのものであるが,古英語の hlǣfdiġe から現在の lady の形に近づいたのは大方1400年頃と見ていいだろう.

4. lord との関係

 古英語で, hlǣfdiġe に対応する男性版は hlāford という単語であった.これは, hlāf + weard の二つの要素から成る合成語で,現代英語の lord 「君主」「主人」の祖先である.古英語では基本的には「一家の主人」を意味した.前半要素は lady の場合と同じように「パン」を,後半要素は「守護者」「番人」を意味した(現代英語の wardguard などと語源的につながる).したがって, lord の原義は「パンを守る者」である.綴りと発音が著しく短縮化されたのは, lady の場合と同じような事情による.

 古代アングロサクソンの社会においては,家庭を営む夫婦にはパンをこねる者とそれを守る者というイメージがあったのだろう.こう考えるにつけ,やはり"ladies and gentlemen"よりも"ladies and lords"のほうが,夫婦が寄り添って集う夜の宴にはふさわしいイメージだと思うが,どうだろうか.

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2009-05-18 Mon

#20. 接尾辞-dom をもつ名詞 [etymology][suffix]

 [2009-05-14-1][2009-05-12-1]の接尾辞-th の話題に引き続き,今回は-dom の話題.先日の授業で,古英語の語形成の一方法として派生( derivation )を解説した. wisdomwise + dom だと一つ例を挙げたが,他の例がすぐに挙がらなかった.情けないことである.後で例を挙げてくれた学生もいたので,今日は反省しつつ,接尾辞-dom について知識をまとめておきたい.
 -dom は名詞・形容詞について新しい名詞を作る接尾辞で,二つの意味がある.

 (1) ?たる地位(位階),?権,?の勢力範囲,?領,?界: cuckoldom 「不貞な妻をもった夫の身分」, Christendom 「キリスト教世界」, dukedom 「公爵の爵位」, earldom 「伯爵の爵位」, kingdom 「王国」, martyrdom 「殉教」, popedom 「教皇職」, sheriffdom 「シェリフ職」
 (2) 状態: boredom 「退屈」, freedom 「自由」, wisdom 「知恵」, thraldom 「隷属状態」
 (3) 集団,または(その集団社会の)流儀,気質など(しばしば軽蔑のニュアンスを伴う): filmdom 「映画界」, officialdom 「官界」, squiredom 「地主階級風」

 この接尾辞は語源的としては doom と同一である(究極的には動詞 do と関係する).もともとは「位置,状態,権力」という意味だった.対応する古英語の dōm は 「法令」「判決」を意味する語として使われたが,後に現在のような「運命」の意味が展開された.-dom は現在でも生きた接尾辞として,臨時語の形成に使われるという.
 日本語で思い出したのは「マンダム」と「ガンダム」である.かつて一世を風靡した流行語「う?ん,マンダム」は,男性用化粧品を製造・販売する株式会社マンダムの製品CMが出所である.ウェブで調べた限り,「マンダム」は,もともと "man" + "domain" の略だったが,のちに女性化粧品事業へも参入するに伴って "human & freedom" の略へ変わったのだという.機動戦士「ガンダム」のほうは,一説によると "gunboy" + "freedom (fighter)" の省略らしい.
 マンダムもガンダムももちろん和製英語だが,接尾辞-dom の例として再解釈してみると新しい含蓄を楽しめるかもしれない.「男状態を保つ化粧品」とか「銃使いに特有の気質」とか.
 ところで,マンダムもガンダムも男の世界である.おもしろいことに,古英語の dōm は男性名詞だった(-dōm のついた派生語もすべて男性名詞).偶然だろうが,結果として良いネーミングセンスをしていたということになる.う?ん,マンダム.

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2009-05-14 Thu

#16. 接尾辞-th をもつ抽象名詞のもとになった動詞・形容詞は? [etymology][suffix][i-mutation]

 [2009-05-12-1]で-th の接尾辞をもつ派生語を取り上げたが,派生の基体となった動詞や形容詞は何だろうかと問うたままだったので,ここで解答を示す.左列が派生語,右列が基体だが,基体については古英語(あるいはそれ以前)の形ではなく,現代英語の対応する形を挙げてある.現代英語に残っていないものについてはcf.として関連語を挙げる.

 (1) 動詞からの派生(-th )

bath cf. bake
birth bear
death die
math mow; cf. aftermath
oath cf. 対応する現存の語はなし
growth grow
tilth till
stealth steal

 (2) 形容詞からの派生(-th )

filth foul
health whole
length long
mirth merry
strength strong
truth true
dearth dear
depth deep
breadth broad
sloth slow
wealth well

 (3) 動詞からの派生(-t )

draught draw
drift drive
flight fly
frost freeze
gift give
haft heave
heft heave
might may
plight pledge
shaft cf. scape
shrift cf. script
thirst cf. dry
thought think
thrift thrive
weft weave
sight see

 (4) 形容詞からの派生(-t )

height high
sleight sly
drought dry

 形容詞から派生された名詞について,後に形容詞語尾-y が付加されたものがいくつかある(ex. filthy , healthy , lengthy , wealthy ).これらは「形容詞→名詞→形容詞」という派生経路を経たことになるので,「生まれ変わった形容詞」とでも呼びたくなるところだ.

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2009-05-12 Tue

#14. 抽象名詞の接尾辞-th [etymology][suffix][i-mutation]

 現代英語で-th という接尾辞をもつ抽象名詞をいくつ挙げられるだろうか.この語尾は起源は印欧祖語に遡り,動詞や形容詞から対応する名詞を派生させてきたが,現代英語では非生産的である.語源的には,動詞につく場合と形容詞につく場合は区別すべきである.現代英語に残る例を列挙してみる.(セミコロンの区切りは,派生された時代の区別を示す.)

 (1) 動詞からの派生(-th )
   bath , birth , death , math , oath ; growth , tilth ; stealth
 (2) 形容詞からの派生(-th )
   filth , health , length , mirth , strength , truth ; dearth , depth ; breadth , sloth , wealth

-th の異形に-t という接尾辞もあり,同様に派生機能をもつ.どちらの接尾辞になるかは,音声環境による.以下に例を挙げる.

 (3) 動詞からの派生(-t )
   draught , drift , flight , frost , gift , haft , heft , might , plight , shaft , shrift , thirst , thought , thrift , weft ; sight
 (4) 形容詞からの派生(-t )
   height , sleight ; drought

その他,例外的に名詞から theft も派生されている.
 (2)と(4)の形容詞からの派生については,派生語の母音と対応する形容詞の母音が異なっていることが多い.これは,当該の接尾辞がゲルマン祖語の-iþô に由来することと関係する.接尾辞に/i/音があることで,i-mutation という音韻過程が引き起こされたためである.
 上記の各例について,もととなった動詞や形容詞を推測してみて欲しい.

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2009-05-10 Sun

#11. 「虹」の比較語源学 [etymology]

 一昨日のことだが,雨上がりの夕方6時頃,西の空に虹が架かった.しかも二重橋だった.家のベランダより眺めていたが,やがて消えてしまい,後からデジカメ撮影をすればよかったと悔やんだ.翌朝の読売新聞にこの虹の写真が載っていたので,気になる方はYOMIURI ONLINEで検索を.
 虹は英語で rainbow である.読んで字のごとく"rain"+"bow"の複合語であり,「雨の弓」の意である.発想としては単純である.同じ発想は,英語のみならずゲルマン諸語にもある.古英語 rēnboga ,現代ドイツ語 Regenbogen ,現代デンマーク語 regnbue 等々.
 フランス語を見てみると arc-en-ciel つまり"arch in the sky"「空の弓」である.発想としてはいっそう単純である.ラテン語の arcus caelestis も同様.
 次に,東洋に視点を移してみよう.日本語の「にじ」の語源は諸説あるようだが,一説によると,古形「ぬじ」「のじ」は長虫を意味する「なじ」「なが」と通じているという.
 虹を長虫や蛇の類と関連づける発想は珍しくないようで,中国語(漢字)の「虹」も一例である.「虫」は昆虫というよりも蛇や蝮の類を表し,「工」は左右への反りを表すという.古代中国では,「虹」は空に住む龍の一種と考えられていた.川の水を飲むために地上に降りてくる姿が空の虹となって現れるというのである.今回ベランダから見た二重の虹は「虹霓」(こうげい)と呼ばれ,それぞれの字は龍のオスとメスを表すという.語源(字源)に豊かな発想が埋め込まれている例だろう.
 他に,オーストラリアの土着言語にも虹を蛇の類と見る伝統があるようだ.以下は, OED からの引用である.

 1965 R. & D. Morris Men & Snakes i. 19 By far the most spectacular snakes in Australian aboriginal art are the mythical rainbow serpents. These usually live deep in waterholes during the dry season, but take to the thunder clouds when the rains come, sometimes appearing in the sky as rainbows.

 最後に,これは未確認だがハワイ語では ao akua 「神聖な雲」と呼ぶらしい.もし他の言語での意味や語源を知っている人がいたら,教えていただきたい.
 以上,虹の語源を複数言語で比較してみたが,個人的には中国語(漢字)の背後にあるドラマ性がやはり好きである.普段はオス一人で現れるがまれに夫婦一対で現れる「虹霓」など,豊かな想像力の産物だ.語源が面白いのは,こうしたドラマ性と発想の豊かさを発見できる喜びがあるからだろう.ドラマ性ある「虹」や「虹霓」に比べ, rainbow の想像力がなんと乏しいことか.二重の虹を double rainbow としてしか表現できない悲しさ・・・(日本語も一緒か!).しかし,英語の名誉のために, crock of gold at the end of the rainbow 「決して得られることのない報い」という熟語を挙げておこう.ここには,虹の根本に宝物が隠されているという迷信が関わっており,少しだけドラマ性があるような気がする.
 英語学者の渡部昇一氏は2009年3月に出版された著書『語源力』で,語源を「イメージの考古学」と呼んでいる.この表現の背後には,ある語の語構成や語源をひもとくことによってその語を生み出した古代人の発想を垣間見ることができるとする考えがある.私はこの考え方に大賛成である.
 古代人の発想はたいてい現代人には失われている種類の発想であり,語源を調査するだけで,手軽に新たな発想を手に入れることができるのである.現在忘れ去られている過去の発想を語源調査という手段でそっと蘇らせ,さも新しい発想であるかのように提示すれば,発想力の豊かさを印象づけられるかもしれない.あらゆる仕事において新たな発想が求められる現代だからこそ,過去を振り返って発想を「再発掘」することが必要なのではないか.過去の知恵こそが未来を切り開く.語源学の醍醐味である.温故知新.
 虹の語源については,是非こちらの記事も参照されたい.

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