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etymology - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-04-18 08:26

2012-05-31 Thu

#1130. gross の母音 [pronunciation][spelling][spelling_pronunciation_gap][etymology][spelling_pronunciation]

 Carney (38) によると,gross は,<oss> の綴字で /əʊs/ と発音される唯一の英単語であるという.実際には,語源を同じくする engross も /əʊs/ をもっているが,ともかく他の <oss> をもつ語と一線を画することは確かだ.across, boss, cross, doss, dross, emboss, floss, gloss, goss, kaross, loss, moss, poss, toss などの語は,いずれもイギリス標準発音で /ɒs/ をもつ.
 まず gross の語源を調べてみると,古典ラテン語にはなかったが,後のラテン語に grossum "thick, great" が文証される.古フランス語で gros あるいは grosse として現われ,これらの形態が14世紀に英語へ借用された.当初の意味は「大きい」だったが,英語では意味を発達させ,15世紀には「全般的な」や「野卑な」が生じている.
 次に,綴字と発音の歴史をざっと調べてみたが,現在の特殊な関係に至った経緯はよく分からなかった.MED では,gros (adj.) の異綴りとして grossegroce があったと記されており,OED でも同様の記述がある.groce の綴字は長母音を示唆するが,これが Carney (38) の述べているとおり "a common medieval spelling" だったかどうかは,両辞書の例数に基づいて判断するに,疑わしい.しかし,異綴りの存在は,問題の母音に長短の揺れがあったことを示唆する.<oss> の綴字をもつほとんどの語では,母音は短化して落ち着いたが,gross に限ってはどういうわけか長母音が選択され,後に二重母音化したということだろう.
 現代英語で Gross! と感嘆すれば「ひどい,最悪」という俗語的表現となるが,中英語での gross の語感も「粗っぽい」という否定的な評価を伴うものだったようだ.顔をしかめながら感情たっぷりに発音する Gross! の母音が長い量になりやすいという事情が,かつてもあったのではないかと考えるのは speculation にすぎないだろうか.
 ちなみに,人名としての Gross は,CEPD17 によれば,/grɒs, grəʊs/ の2種類があるという.前者の発音は,かつての母音の長短の揺れを反映しているのだろうか.あるいは,固有名詞としての spelling pronunciation の例と考えるべきだろうか.

 ・ Carney, Edward. "English Spelling is Kattastroffik." Language Myths. Ed. Laurie Bauer and Peter Trudgill. London: Penguin, 1998. 32--40.
 ・ Roach, Peter, James Hartman, and Jane Setter, eds. Cambridge English Pronouncing Dictionary. 17th ed. Cambridge: CUP, 2006.

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2012-05-25 Fri

#1124. 地を這う賤しくも謙虚な人間 [etymology][folk_etymology][loan_word][cognate][word_family]

 印欧祖語で "earth" を意味する *dhghem- の派生語はおびただしい.天の神に対する,地の「人間」 (L homo) ,地は低きものという連想による「低い,賤しい,謙遜な」 (L humilis) 辺りを基本として,*dhghem- 単語群が生まれ,様々な経路で現代英語の語彙にも入り込んでいる.
 ラテン語あるいは他のロマンス諸語から借用したものは,もっとも数が多い.対応する形態素の子音は h または h の脱落した無音である.ex. bonhomie, exhumation, exhume, homage, hombre, homicide, Hominidae, hominoid, homo, Homo sapiens, homunculus, human, humane, humane, humanism, humanist, humanistic, humanitarian, humanitarianism, humanities, humanity, humanization, humanize, humankind, humanly, humble, humbly, humiliate, humiliating, humiliation, humility, humility, humus, inhume, ombre, omerta, transhumance.
 ギリシア語に由来するものは,形態素の頭の子音が /kh/ <ch> となっている(ただし,ラテン語を経由して g のものもある).ex. autochthon, chamae-, chamaephyte, chameleon, chamomile, chthonic, germander.
 次に,土壌に関する専門用語 chernozem (チェルノーゼム,黒土), sierozem (シーロゼム,灰色土),また zemstvo (ゼムストボオ,帝政ロシアの地方自治体機関)は,対応する古ロシア語の z をもつ形態素から派生した語を借用したものである.同じく z をもつ zamindar (徴税請負人)はペルシア語からである.
 最後に,英語本来語に遡れるものとしては bridegroom の第2要素がある.この語は,[2011-09-29-1]の記事「#885. Algeo の新語ソースの分類 (3)」の 50 で,folk_etymology (民間語源)の例として挙げられているもので,*dhghem- と直接の語源的関係はないが,間接的には関わっている.古英語で「人」を表わす語は様々あったが,その1つに *dhghem- に由来する guma があった.これと brȳd (花嫁)が合わさって複合語 brȳdguma (花嫁の人(男)=花婿)が古英語から用いられていた.他のゲルマン諸語にも,オランダ語 bruidegom,ドイツ語 Bräutigam,古ノルド語 brúðgumi などの同根語が確認される.この古英語形は,中英語へも bridgome などの形で受け継がれたが,15世紀には一旦廃れた.代わりに, bride が花嫁のみならず花婿も表わす語として用いられるようになった.そして,16世紀になって聖書のなかで bridegroom が突如として初出する.これが,後続の聖書や Shakespeare に継承され定着した.
 15世紀に語源的な bridgome が消えて,16世紀に bridegroom が生じた経緯については不明な点が多い.第2要素 -gome が音声的な類似および意味の適合(groom は「若者」を意味した)から -groom に置換されたという一種の民間語源説が有力だが,bride が一時単独で「花婿」を表わした事実を考えると,-gome と -groom の置換ではなく,bride (花婿)と groom (若者)が新しく複合したのではないかという説もある.
 本記事の内容と類似した語根ネットワークの話題については,[2012-03-05-1]の記事「#1043. mind の語根ネットワーク」も参照.

 ・ Watkins, Calvert, ed. The American Heritage Dictionary of Indo-European Roots. 2nd Rev. ed. Boston: Houghton Mifflin, 2000.

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2012-05-08 Tue

#1107. farther and further [comparison][superlative][etymology][i-mutation][suppletion]

 規範文法によれば,副詞・形容詞 far の比較級(および最上級)には標題のとおり2種類があり,用法の区別が説かれる.Usage and Abusage より,その区別をみてみよう.

farther, farthest; further, furthest. 'Thus far and no farther' is a quotation-become-formula; it is invariable. A rough distinction is this: farther, farthest, are applied to distance and nothing else; further, furthest, either to distance or to addition ('a further question').


 規範文法ではなく記述文法でいえば,口語や特に BrE では farther, farthest は廃れる傾向にあり,用法の区別も失われてきているという.
 用法の区別の前提となっているのが形態の区別だが,そもそもなぜ2つの異なる形態が生じたのだろうか.far の比較級,最上級の形態については,2つの問題がある.1つは,なぜ原級には含まれない th が挿入されているのか,もう1つは,なぜ第1母音(字)の異形として u が現われたのか.
 far の古英語の形態は feor(r) だった.さらに語源を遡れば,「#68. first は何の最上級か」 ([2009-07-05-1]) および「#695. 語根 fer」 ([2011-03-23-1]) で見たように,印欧語根 *per にたどりつく.古英語での比較級,最上級はウムラウト (i-mutation) 母音を示す fierr, fi(e)rrest だったが,これは12世紀以後には廃れた.代わって,原級の母音を反映した類推形 ferrer, farrer また ferrest, farrest が勢力を得て,17世紀頃まで用いられた.
 さて,古英語には,究極的な語源こそ同じ *per に遡るが,独立して発達してきた forþ "forth" という語があった.この比較級が furþor という形態だった."far" の比較級としての fierr と "forth" の比較級としての furþor は,意味の上では「さらに先(の),さらに遠く(の)」と類似しているので,形態的に混同が生じた.そうして,"far" の系列に非語源的な th が挿入され,"forth" の系列に非語源的な母音 e が侵入した.中英語では ferther などの形態が広く行なわれたが,近代英語の17世紀以後は,母音変化を経て生じた farther の形態が標準化された.これと平行して,混同以前の語形を伝える最も語源的といってよい further も存続した.こうして,fartherfurther が,ともに far の比較級と解釈されつつ生き残ってきたのである.最上級の形態も,同様に説明される.
 近代以後,両者の並立を支えてきたのは規範文法に基づく用法の区別であると推測されるが,用法の区別それ自体にある程度の歴史的な根拠のあることが,上述の語史からわかる.母音に注目すれば,fartherfar の比較級であり,furtherforth の比較級であるから,前者が物理的距離の意味に,後者が比喩的な順番などの意味に対応するのは理解しやすい.

 ・ Partridge, Eric. Usage and Abusage. 3rd ed. Rev. Janet Whitcut. London: Penguin Books, 1999.

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2012-04-26 Thu

#1095. acknowledge では <kn> が /kn/ として発音される [spelling_pronunciation_gap][blend][contamination][metanalysis][etymology]

 「#122. /kn/ で始まる単語」 ([2009-08-27-1]) の記事で,形態素の頭の /kn/ が歴史的に /k/ を弱化・消失させてきたために,現在,綴字 <kn> に対して発音 /n/ が対応する結果となっていることを説明した.ただし,形態素をまたいで /k-n/ が連続する場合には,/k/ は失われなかった.この例として acknowledge ( ac- + knowledge ) を挙げたが,この語には混成 (blend or contamination) や異分析 (metanalysis) という興味深い現象が関わっている.今日はこの点について触れたい.
 現代英語の綴字 <acknowledge> から判断するに,この語は ac + know + ledge へと形態素分析できるようにみえる.know が語根であり,そこへ接頭辞 ac- と接尾辞 -ledge が付加したかのような体裁をしている.だが,これが全体として動詞として機能しているというのは意外である.というのは,ledge (< OE -lāc) は,knowledgewedlock ([2011-05-12-1]の記事「#745. 結婚の誓いと wedlock」を参照)などに見られる通り,名詞を派生する接尾辞だからだ(ただし,これには音韻的な対応が認められておらず,他説も提案されている).一方,接頭辞 ac- のほうは,前置詞 on に相当する接頭辞が変形したものである.古英語には,oncnāwan (認める;承認する)という語があり,acknowledge との意味上の連続性は疑いえない.
 諸事情をまとめると,acknowledge は次のような語形成を経たのではないかと推測される.まず,古英語に "know" を語根とする oncnāwan という派生動詞が存在した.一方,"know" を語根とする派生名詞として,knoulech(e) が中英語期の早い段階の12世紀に現われた.この名詞は,品詞転換によりそのまま動詞としても用いられており,この語形と動詞としての役割は,意外にも早くから関連づけられていたのかもしれない.oncnāwan に由来する語と knoulech(e) とが中英語後期に混成し,aknowleche という語が生まれた.
 生まれた当初より,語根の頭の /k/ が接頭辞の末尾へ引きつけられたような異分析的綴字 <ack-> が用いられており,すでに接頭辞は,本来語の on- に由来するものではなく,ロマンス的な a(c)- (ex. accept, acquire) として再解釈されていたことがうかがわれる.結果として,/k/ は接頭辞側の音として認識されるようになり,17世紀末から18世紀にかけて know(ledge) などの語で語頭の /k/ が消失した際にも,acknowledge の /k/ は消失を免れたのである.
 語源学的な観点に立てば,acknowledge(ment) は,英語語根 know の派生語のなかで唯一 /k/ 音を保った語ということができるが,混成や異分析という共時的・心理的観点に立てば,保たれた /k/ は,語根に属する音ではなく接頭辞に属する音と考えるべきだろう.

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2012-04-17 Tue

#1086. lingua franca (1) [elf][etymology][model_of_englishes]

 英語が lingua franca (リンガ・フランカ)であるとして ELF (English as a Lingua Franca) という表現が頻繁に聞かれるようになったのは,[2011-09-11-1]の記事「#867. Barber 版,現代英語の言語変化にみられる傾向」で触れたように,1990年代の半ば以降のことである(その他,elf の各記事や lingua franca を含む各記事を参照).EIL (English as an International Language) という表現も聞かれることがあったが,最近ではあまり聞かない."international language" であるという側面よりも,"lingua franca" であるという側面が強調されてきたからだろう.そして,最近ではより野心的な "global language" の使用も増えてきている.
 世界における現代英語の役割を考える上で,lingua franca という用語は不可欠だが,これには適切な和訳がない.拙著『英語史で解きほぐす英語の誤解』では,p. 12 で lingua franca を説明するのに「混成語」や「共通語」という訳語を使っている.

lingua franca は17世紀にイタリア語を借用した英語表現で,本来は「フランク族の言語」の意である。この言語はイタリア語,フランス語,ギリシア語,スペイン語,アラビア語からなる混成語で,かつて地中海沿岸地域の共通語として機能したために「リンガフランカ」は後に一般的に共通語を指す呼称となった。リンガフランカはそれを母語としない者どうしが交易などの実用的な目的に使用することが多いが,現在,英語は世界各地でまさにそのような目的で用いられているのであり,現代世界で最も影響力のあるリンガフランカと呼んで差し支えないだろう。


 他書でも「リンガ・フランカ」「リングア・フランカ」「リングワ・フランカ」などとカタカナ語で訳出されることが多いが,英和辞書から漢熟語を取り出すと「共通語」「世界語」「(混成)通商語」「混成語」「仲介語」「混成国際語」「補助言語」などと訳語は濫立している.私は,あえて単独で訳すのであれば「仲介語」「補助言語」辺りが適切な訳ではないかと考えているが,現在 ELF が広く論じられている文脈では「共通語」あるいは場合によっては「世界語」とほぼ同義に解釈されているのではないだろうか.「共通語」は必ずしも不適切ではないが,日本語では諸方言を代表する「日本語の共通語」という用語および概念が定着していることや,lingua franca には「共通語」が必ずしももっていない含みがあるということから,最善ではない.また,「世界語」はあくまで "global language" や "world language" の訳語と捉えるべきだろう.
 なお,lingua franca の語源である「フランク族の言語」について一言.19世紀まで地中海沿岸地域で話されていた Lingua Franca なる仲介語はイタリア語などヨーロッパの言語を基礎としていたため,アラビア人などにとってはヨーロッパ的な言語にほかならなかった.おそらく,彼らにとっては,この franca という語はゲルマン民族の一派としてのフランク族を狭く指す語ではなく,ヨーロッパ諸語を話す民族を広く指す語だったのではないか.
 明日の記事では lingua franca の意味と用例を探り,この用語の理解を深めてゆく.

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2012-03-28 Wed

#1066. 語源は「無法なる臆断」か? [etymology]

 「#466. 語源学は技芸か科学か」 ([2010-08-06-1]) や「#727. 語源学の自律性」 ([2011-04-24-1]) の記事で,語源学という分野の特異な性格,ともすれば学問として疑問符を付されるような微妙な性格を話題にした.語源学の使命は語の起源と歴史を明らかにすることだが,前者を表わす「語源」と,後者を表わす「語史」とは分けて考える必要がある.いうなれば,語源は点であり,語史は線である.ただし,後者は線とは言っても,明らかにされるのは,最初から最後まで切れ目のない実線ではなく,部分部分をつないだ点線にすぎない.それでも,形態・意味の流れのようなものが認められれば,語史として受け入れやすい.
 ところが,語源は語が生まれた最初の一点である.それ以前の状態は一応のところ仮定しないという段階にまで遡った濫觴である.理論上,先行するものがなく,それに支えられようがないので,語の起源の論拠は常に弱い.また,先行するものがないという仮説は,手続き上,採用せざるを得ないが,先行する何かがあったかもしれないという可能性は常につきまとう.
 柳田 (91--92) は,次の引用にみられるように,語の「生まれ」としての語源をむやみに追究することをいさめているが,その裏返しとして,語の「育ち」としての語史の追究こそが重要であると主張しているようにも読み取れる.

国語の事実はこの上もなく複雑なもので,我々はまだその片端をすらも知り得たとは言われない.これに対して文書の採録は,単なる偶然でありまた部分的である.従うて現存最古の書物に筆記せられている言葉が正しく,また最も古く且つ固有のものだときめかかることは,無法なる臆断と言わなければならぬのである./この立場から考えてみると,世の多くの語原論なるものは,誠に心もとない砂上の楼閣であるのみならず,仮にたまたまその本意を言い当てたりとしても,第一にその発見に大変な価値を付することは出来ない.思慮熟慮の結果に成る言葉というものも想像し難い上に,その伝承と採択に際しては,なお往々にしていい加減な妥協もあったからである.それを一々に何とか解釈しなければならぬもののごとく,自ら約束した学者こそは笑止である.


 「無法なる臆断」「砂上の楼閣」はなかなか手厳しいが,自らの限界を知りつつ限界にまで肉薄するのが,語源学の使命と理解したい.

 ・ 柳田 国男 『蝸牛考』 岩波書店,1980年.

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2012-03-20 Tue

#1058. 中英語における choose の多義 [sggk][semantic_change][etymology][polysemy]

 現代英語の基本動詞の1つ choose は,語源辞典などを引くと非常に複雑な形態の歴史をもっていると知られるが,中英語での語義の展開のおもしろさについて言及されることは,あまりない.Sir Gawain and the Green Knight をグロッサリーを引き引き読んでいたら,choose が立て続けに予想外の語義で使われている箇所に出くわした(Andrew and Waldron 版より).

778: And he ful chauncely hatz chosen to þe chef gate,
. . . .
798: Chalk-whyt chymnées þer ches he innoȝe,


 MED "chesen (v)" の語義でいうと 8 と 9 に相当する意味である.

 8. To choose or take one's way; ~ wei (gate); proceed or go (to or from a place); refl. betake oneself; ~ fast, to hurry.
 9. (a) To perceive (sth., sb.); also, recognize; (b) to distinguish (one thing from another).


 前者は「(自らの道を)選ぶ,行く」,後者は「選別(判別,識別,弁別)する」ということになろうか.前者については,古高地ドイツ語やフランス語の対応語にも類似した語義があるという.後者については,現代英語に There is nothing to chose between A and B. (AとBの間に優劣はまったくない)という言い回しがあり,この表現での choose が 9. (b) の "distinguish (between A and B)" に近く,9. (a) の "perceive; recognize" にも通じることがわかる.ついでに,日本語を考えてみると,「子供のすることと選ぶ所がない」のように先の英語表現と近い表現がある.なお,OED では,B. 8, B. 7 の語義が上の2つの語義にそれぞれ対応しているが,いずれも近代までには廃用となっている.
 さて,choose をゲルマン祖語や印欧祖語へと遡ると,どうやら "test by tasting" (味わう,味見する)の原義にたどりつく.「味」を表わす gusto, gust などとも語源的に遠く関連している.「味の違いがわかる」=「選ぶ」と考えると,選ぶということは,生存のために必須の能力であるとともに,文化の香りすらする高尚な行為であると解釈できる.付け加えれば,elegant (上品な,優雅な)も,英語 elect (選ぶ)の源であるラテン語 ēligere (選ぶ)の現在分詞に由来し,「選択眼のある」が原義である.もっとも,選択や好みがうるさすぎると choosy となり,語感は一気に落ちる.
 現在では choose の上の2つの語義は廃れてしまったとはいえ,基本動詞の意味展開には興味深いものがある.

 ・ Andrew, Malcolm and Ronald Waldron, eds. The Poems of the Pearl Manuscript. 3rd ed. Exeter: U of Exeter P, 2002.

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2012-03-09 Fri

#1047. nice の意味変化 [semantic_change][etymology][loan_word]

 英単語の意味変化としてよく知られているものが,いくつかある.[2010-08-13-1]の記事「#473. 意味変化の典型的なパターン」では,古典的な意味変化の類型にしたがって例をいくつか挙げたが,意味の良化 (amelioration) の代表例の1つとして nice を挙げた.評価を伴う形容詞は,「#505. silly の意味変化」 ([2010-09-14-1]) や「#742. amusing, awful, and artificial」 ([2011-05-09-1]) で挙げた語のように,意味を著しく,時には正反対へと変化させることがあるが,この nice も有名な例である.
 現代英語の nice は「よい,すてきな;親切な」の意味で頻用されるが,元をたどると古フランス語 nice "simple, stupid, dull" の1300年頃の借用であり,当初の意味は古フランス語そのままに「愚かな」だった.この古フランス単語は,ラテン語 nescius "ignorant" に遡り,後者は否定接頭辞 ne- と「知っている」を意味する動詞 sciō に基づく形容詞だった.つまり,nice は,英語では「ものを知らない」愚か者を形容する語として出発したのである.
 中英語での「愚かな」の語義での使用例を,Sir Gawain and the Green Knight から見てみよう.以下は,アーサー王が緑の騎士の挑発に怒って述べたことばである(Andrew and Waldron 版より,ll. 322--23).

And sayde: 'Haþel, by heuen þyn askyng is nys,
And as þou foly hatz frayst, fynde þe behoues.


 申し出が「馬鹿げた」ものであるとの解釈は,次行の foly (愚行)からも支持される.中英語では nice は第1義的的に「愚かな」だったことは,MED "nice (adj.)" の語義記述からもわかる.
 14--15世紀には「愚かな」の意味が優勢だったが,15世紀から女性の振る舞いを評価して「臆病な,内気な」の語義を発展させた.同時に「みだらな」も現われており,何をもって愚かな振る舞いとみるか違いが出ているように思われる.16世紀には「気むずかしい,やかましい」が現われ,「細かい」を経由して「繊細な,精密な」とプラス評価への兆しを示した.この最後の語義は,nice distinction (微細な区別)や a nice point of law (法律の微妙な点)などの表現に残っている.18世紀には,プラス評価が確立し,現在の「よい,すてきな」が現われ出した.新旧の語義の入り交じった16--17世紀辺りでは,文脈を精査してもどの語義で用いられているのかが判明しない場合があり,その多義性はきわまりなかった.いくつかの語義は現在までに失われたが,いくつかは現在にまで残っている.
 silly にせよ nice にせよ,評価を伴う形容詞は,捉える人間の価値観一つで,プラス方向にもマイナス方向にもなる.現在でも,silly はプラスの評価(愛情・憐憫)を含めた「馬鹿な」となりうるし,nice はマイナスの評価(皮肉)を込めた「すてきな」となりうる.適切な文脈やイントネーションがなければ,You're a nice fellow. の真意を理解するのは難しい.
 なお,名詞 nicety の意味変化も形容詞と平行して進んだ.当初は「愚かさ」で,現在は「繊細さ;優雅さ」である.英語に nice を供給したフランス語では,形容詞,名詞ともに廃用となっている.

 ・ Andrew, Malcolm and Ronald Waldron, eds. The Poems of the Pearl Manuscript. 3rd ed. Exeter: U of Exeter P, 2002.
 ・ Room, Adrian, ed. NTC's Dictionary of Changes in Meanings. Lincolnwood: NTC, 1991.
 ・ ジョーゼフ T. シップリー 著,梅田 修・眞方 忠道・穴吹 章子 訳 『シップリー英語語源辞典』 大修館,2009年.

Referrer (Inside): [2012-04-06-1]

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2012-03-05 Mon

#1043. mind の語根ネットワーク [etymology][indo-european][cognate][word_family]

 [2012-03-01-1]の記事「#1039. 「心」と -ment」でラテン語 mens (心)を取りあげた.この語は印欧祖語の *men- (考える)に遡り,予想される通り,この語幹から派生した語はおびただしい.そして,多くが直接あるいは間接に英語の語彙にも定着している.現代英語に確認される *men- 派生語の一部を,借用元言語別に図示してみよう.これらは,『英語語源辞典』の印欧語根表から取り出した語群である.

IE stem men- and Its Word Family

 これらの語それ自体が基体となって,さらに派生や複合により関連語が形成されているので,*men- に由来する単語の家族は相当な大きさになる.福島先生の『英語派生語語源辞典』により,できるかぎり挙げてみると,上の語群と重複もあるが,以下の通り.

commemorate, commemoration, memory, memoir, memorandum, memo, memorial, immemorial, immemorially, memorable, memorability, memorabilia, immemorable, memorialize, memorize, memorization, memento, mental, mentally, mentality, mention, mentionable, mentor, mnemonic, mnemonics, amentia, amnesia, amnesty, comment, commentary, commentation, dement, dementia, mind, mindful, mindfully, mindless, remember, remembrance, remind, reminder, reminisce, reminiscence, reminiscent; admonish, admonition, demonstrate, demonstrate, demonstrative, monition, monitor, monster, monstrous, monstrosity, remonstrate, remonstrance; vehement, vehemence


 ある印欧語根を選ぶと,このような語源的な word family の図がさっと表示されるようなツールがあるとよいのだが・・・.

 ・ 寺澤 芳雄 (編集主幹) 『英語語源辞典』 研究社,1997年.
 ・ 福島 治 編 『英語派生語語源辞典』 日本図書ライブ,1992年.
 ・ Watkins, Calvert, ed. The American Heritage Dictionary of Indo-European Roots. 2nd Rev. ed. Boston: Houghton Mifflin, 2000.

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2012-02-29 Wed

#1038. thenthan [etymology][conjunction][preposition][determiner][comparison]

 時の副詞 then と比較の接続詞・前置詞 than が語源的に同一であることは,あまり知られていない.現在のように形態上の区別が明確になったのは,意外と新しく,1700年頃である.
 両語の起源としては,ゲルマン祖語の指示代名詞幹 *þa- の奪格形が想定されている.とすると,thatthe とは同一語の異なる屈折形にすぎないことになる.この奪格形は "from that; after that" ほどを意味し,この指示代名詞的用法が発展して接続詞的用法が生じたと考えられる.つまり,John is more skilful; then (=after that) his brotherJohn is more skilful than his brother. の如くである.比較の接続詞としての用法は,古フリジア語,古サクソン語,古高地ドイツ語でも確認されており,比較的早く西ゲルマン祖語の段階で発達していたようだ.
 しかし,OED によると,別の説もある.古英語の時の接続詞 þonne "when" に由来するという説で,When his brother is skilful, John is more (so). という統語構造が基礎になっているとするものである.ラテン語で then を表わす quam の用法がこの説を支持している.
 現在でも,thenthan は弱い発音では区別がなくなるので,綴字の混同が絶えない (Common Errors in English Usage の HP を参照) .

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2012-02-28 Tue

#1037. 前置詞 save [preposition][conjunction][french][latin][loan_word][etymology]

 [2011-11-30-1]の記事「#947. 現代英語の前置詞一覧」で,marginal preposition として挙げた現代英語の前置詞の1つに save がある.辞書のレーベルとしては文語あるい古風とされることが多いが,「?を除いて」の意で,文例はいろいろと挙げられる.

 ・ They knew nothing about her save her name.
 ・ Answer the last question save one.
 ・ Every man she had ever loved, save her father, was now dead.
 ・ No one, save perhaps his wife, knows where he is.
 ・ All that remained to England in France, save Calais, was lost.


 この前置詞は,民間語源的に動詞 save と関連づけられることがあるが,実際には古フランス語 sauf, sauve の1300年頃の借用である(もっとも,動詞 save と語源が間接的に関連することは確かである).この古フランス単語は "keeping safe or intact" ほどの意の形容詞で,これ自身はラテン語形容詞 salvus の単数奪格形 salvō あるいは salvā へさかのぼる.salvus は "unharmed, sound; safe, saved" の意であり,例えば salvo iure といえば,"law being unharmed" (法に違反せず)ほどを表わした.いわゆる奪格構文であり,英語でいえば独立分詞構文に相当する.
 前置詞 save はこのような由来であるから,本来,後続する名詞句は形容詞 save と同格である.このことから,その名詞句が対格ではなく主格で現われ得ることも理解できるだろう.細江 (270--71) によれば,Shakespeare あたりまでは主格後続のほうが普通だったようだ (ex. I do entreat you, not a man depart, / Save I alone, till Antony have spoke. (Julius Cæsar, III. ii. 65--66.) .しかし,近代以降は,後ろに目的格を要求する通常の前置詞として意識されるようになり,現在に至っている.
 一方,この save には,借用当初から接続詞としての用法もあり,現在では save that として Little is known about his early life, save that he had a brother. のような例がある.必ずしも that を伴わない古い用法では,直後に後置される人称代名詞が主格か対格によって,接続詞か前置詞かが区別されたわけであり,この点で両品詞を兼任しうる as, but, except, than などと類似する.細江 (271) は「今日でも save はその次に対格を伴わなければならないと断然主張するだけの根拠はない」としている.
 中英語の用例については MED "sauf (prep.)" 及び "sauf (adj.)", 7 を参照.

 ・ 細江 逸記 『英文法汎論』3版 泰文堂,1926年.

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2012-02-18 Sat

#1027. コップとカップ [etymology][doublet][triplet][japanese][loan_word][history]

 日本語のコップとカップはどう違うか.『類義語使い分け辞典』によると,コップは,ガラス,プラスチック,金属製の冷たい飲み用の円筒形容器で,取っ手がない.一方,カップは陶磁製の熱い飲み物の容器で,取っ手がついている.前者の容量は200ccくらい,後者は250ccくらいというから,ここまで厳密に区別されていたのかと感心した.
 以上は各語の指示対象の外見や用途の違いだが,語それ自体の違いはといえば,コップはオランダ語 kop に由来し,カップは英語 cup に由来する語である.コップは18世紀にすでに見られ,日本語に借用されて古い語である.
 オランダ語 kop と英語 cup はもちろん同根語 (cognate) で,ラテン語 cūpa "vat, tub, cask" に遡る.これが両言語に借用され別々の語形で行なわれていたものが,そのまま日本語へ別々に借用され,意味を違えて定着したものである.
 コップとカップのように,語源的には同根に遡るが,異なる借用元言語から別々に借用されて,異なる形態と意味をもって共存しているペアのことを2重語 (doublet) と呼ぶ.日本語で定着した2重語としては,ほかに,ゴムとガムがある.ゴムはオランダ語 gom から,ガム gum は英語から借用した語である.ポルトガル語 bolo のボーロと,英語 ball のボールも類例だ.また,3重語の例として,ポルトガル語 carta からのカルタ,英語 card からのカード,ドイツ語 Karte からのカルテが挙げられる.
 さて,英語における2重語,3重語の例は,doublet の各記事で取り上げているのでそちらを見ていただくとして,日本語のコップとカップ,英語の regardreward ([2009-07-13-1]) 及び rationreason ([2011-11-27-1]) との関係を図示してみよう.

kop and cup

 借用元言語のペアは,第1例のオランダ語と英語では姉妹語どうしの関係,第2例の中央フランス語とノルマン・フランス語では方言どうしの関係,第3例のラテン語とフランス語では母娘の関係であり,それぞれ異なっている.しかし,受け入れ側の言語にしてみれば,そのような系統関係はどうでもよい.後世の人間が調べてみたら,たまたまそのような関係にある2つの言語から借用したのだとわかる,という話しである.しかし,私たちのような後世の人間にとっては,こうした例は言語史や文化史の観点から実に興味深い.言語と文化の接触の歴史を雄弁に物語る例だからである.

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2012-02-09 Thu

#1018. par と「あた」 [japanese][etymology][derivation][semantic_change][metathesis]

 昨日の記事「#1017. par の派生語」 ([2012-02-08-1]) の続き.昨日の記事では,ラテン語 par から派生し,英語へ借用された語に通底する原義は,印欧語根 *perə- "to allot" に想定される「割り当てる,あてがう」であるというところまで述べた.
 意味の発展と語の派生という点で par と瓜二つなのが,日本語の「あてる」だ.さらに語根へと還元すれば,「あた(あだ)」となる.大野 (146) の語根表より,"ata" の部分を引用しよう.

ata(敵)
 ata-Fi(値)
 ata-Fë(与)
 ata-kamö(恰)
 ata-ra(惜)
 ata-rasi(惜)
 ata-ri(当・辺)
 ate(当)


 大野 (73--74) のアタルの説明に沿いながら,英語の par 派生語との類似を指摘してゆきたい.語根のアタは敵・仇であり,compare がかつてライバルの意をもっていたことは昨日触れたとおりだ.これにアヘ(合)を後接したのがアタヘ(与) "to allot" である.その連用名詞形アタヒ(価)は,par (平価)を想起させる.語根にルを後接したのが動詞アタルで,アタラシ(惜)は,「対等の立場になりたい」けれどもアタル所にいないので「もったいない,惜しい」ほどの意で,comparable (比べてひけをとらない)の語義の発展と平行しそうだ.そのほか日本語では,アタリをつける,このアタリ,アテが外れるなど,近似を意味する一連の語を派生させた.
 アタラ,アタラシについては,日本語における音位転換 (metathesis) の代表例の1つとして知られている.アタラ(シ)という語の本来の意味は上記の通りだが,一方で "new" の意味のアラタシという語が存在した.ところが,中古初期に,後者に音位転換形アラタシが現われ,前者を滅ぼしてしまったという."new" の意味とかつての語形との関係は,いまなおアラタナ(新たな),アラタメル(改める),アライ(新井)に残っている.ただし,「惜しい」のアラタシが同音衝突に屈したのはなぜか,アラタナやアラタメルとの類似により音位転換が阻止されなかったのはなぜかなど,まだ考慮すべき点は残されている.

 ・ 大野 晋 『日本語をさかのぼる』 岩波書店,1974年.
 ・ 前田 富祺 監修 『日本語源大辞典』 小学館,2005年.

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2012-02-08 Wed

#1017. par の派生語 [etymology][derivation][metanalysis][semantic_change]

 ラテン語 pār という形容詞の中心的な語義は "equal, equal to, a match for, of the same rank or age, fit, meet, suitable, proper, right" だが,ここから多くの派生語が生み出され,いくつかは英語にも借用されている.福島 (469--71) より,英語に入った語を列挙すると以下の通り.

compare, comparable, incomparable, incomparably, comparative, comparatively, comparison; par, parity, disparity; pair; peer, compeer, peerage, peerless; disparage, disparagement; umpire


 compare の原義は「同等のものをつき合わせる」であり,現在では廃義となっているが「ライバル」を表わす名詞としても用いられた.同等者を敵とみるか味方とみるかは紙一重で,compeer はむしろ後者のとらえかたを反映しており,「仲間」や「同僚」を表わす.同様に,peer は,親族で世襲される「貴族」の意味を発達させた.英語へ借用された par は「平価,額面価格」を意味する.pair は同類のもの2つからなる1組である.umpire は,[2010-07-25-1]の記事「#454. GVS で二段階を経たように見える brier, choir, friar, umpire」でみたように,non-peer (同等でない者)の最初の n異分析 (metanalysis) され,脱落した語形に由来する.
 さて,ラテン語 pār は,印欧祖語の *perə- "to allot" にさかのぼり,語根の意味は「割り当てる,あてがう」といったところだろうか.「当てる」から始まり,「相応させる」,「比べる」,「同等」,「同位の者」などへと意味が発展し,次々と派生語が生み出されたものとみることができるだろう.
 今回 pār の一連の派生語を取りあげたのは,その意味の広がりが,日本語のある語根の場合とおもしろいほど一致するからである.それについては明日の記事で.

 ・ 福島 治 編 『英語派生語語源辞典』 日本図書ライブ,1992年.

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2012-02-07 Tue

#1016. pangram の例を追加 [word_play][japanese][alphabet][etymology][compound][combining_form]

 [2012-01-29-1]の記事「#1007. Veldt jynx grimps waqf zho buck.」で,アルファベットの26字母すべてを用いて文を作る pangram ということば遊びを紹介した.
 その記事で,よく知られたものとして,タイピストがタイプ確認に利用したという The quick brown fox jumps over the lazy dog. を紹介したが,この pangram とその亜種は,現在,通信業界で "fox message" (FOXメッセージ)と呼ばれており,通信テストのために利用されているというから,pangram は単なることば遊びである以上に,実用性も兼ね備えているというべきだろう.
 pangram という語は,pan "all" + gram "letter" というギリシア語の combining form を組み合わせた neo-classical compound で,1933年が初出と新しいが,遊びそのものは古く,OED の "pangram" のもとに引用されている Medium Ævum からの例文を(文脈なしではあるが)一瞥したかぎりでは,13世紀よりずっと以前にさかのぼるようだ.
 英語の pangram の例について,『学研 日本語知識辞典』のミニ知識欄「英語版いろは歌」で新たに見つけたものを,以下に挙げておきたい.

The five boxing wizards jump quickly. (5人のボクシングの魔術師がすばやくジャンプする)
Mr. Jock, TV quiz Ph.D., bags few lynx. (テレビのクイズ博士ジョック氏は山猫をほとんど袋に入れない)
Quick wafting zephyrs vex bold Jim. (さやさやとそよぐそよ風が、大胆なジムを苛立たせる)
Waltz, nymph, for quick jigs vex Bud. (ワルツになさい、乙女よ、速いジグだとバドが苛立つから)


 日本語のいろは歌については,[2012-01-27-1]の記事「#1005. 平仮名による最古の「いろは歌」が発見された」で触れたが,いろは歌に先行する,同じく47字の「たゐに歌」を紹介しよう.

たゐにいでなつむわれをぞきみめすとあさりおひゆくやましろのうちゑへるこらもはほせよえふねかけぬ
(田居に出で菜摘む我をぞ君召すと 求食り追ひ行く山城の 打酔へる子ら藻は干せよ え舟繋けぬ)


 「たゐに歌」にさらに先行する平安初期の「あめつちの詞」についても触れておく.当時はまだ [e] と [je] が区別されており,47字ではなく48字からなる pangram だ.後半の「えのえお」の2つめの「え」は [je] を表わしたと考えられる.

あめ(天)つち(地)ほし(星)そら(空)やま(山)かは(川)みね(峰)たに(谷)くも(雲)きり(霧)むろ(室)こけ(苔)ひと(人)いぬ(犬)うへ(上)すゑ(末)ゆわ(硫黄)さる(猿)おふせよ(生ふせよ)えのを(榎の枝を)なれゐて(馴れ居て)


 また,『学研 日本語知識辞典』によると,明治時代に新聞「万朝報」が新いろは歌を募集したところ,「とりな歌」なる次のものが選ばれたという.

とりなくこゑすゆめさませみよあけわたるひんかしをそらいろはえておきつへにほふねむれゐぬもやのうち
(鳥鳴く声す 夢覚ませ 見よ明けわたる 東を 空色栄えて 沖つ辺に 帆船群れゐぬ 靄の中)

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2012-02-03 Fri

#1012. 古代における英語からフランス語への影響 [loan_word][palatalisation][french][germanic][anglo-saxon][etymology]

 英語史においてフランス語が英語に与えてきた影響については,french の多数の記事で取り上げてきた.古英語末期から近代に至るまで,言語的な影響はほぼ仏から英への一方向であり,逆方向の影響は,英語が国際的に力をもってきた18世紀以降になって初めて,借用語の部門で認められるといってよい(ホームズ・シュッツ,p. 147).
 しかし,英語史以前,アングロサクソン民族がブリテン島へ渡る直前には,英から仏への言語的影響が断片的に確認される.もっとも,当時の言語を英語や仏語と呼ぶのは,厳密には不適切だろう.標題も誤解を招く表現になっているが,以下に挙げる例の背景として念頭にあるのは,Anglo-Frisian と Gallo-Roman という段階での言語接触であることを断わっておく.
 西ゲルマン諸語は,[k] が [ʧ] へと変化する口蓋化 (palatalisation) を経た Anglo-Frisian 言語群とそれ以外の言語群に分けることができる.口蓋化を経た Anglo-Frisian の話者の一部は,5世紀以前,民族大移動の一環としてフランス北部へ圧力をかけており,Artois 北西部,Boulogne 近辺に定住していたことを示唆する地名上の証拠も多くある.このときに,Anglo-Frisian が Gallo-Roman にいくつかの言語的な影響を与えた可能性がある.Martinet (5) が挙げている断片的な例を引こう.
 上記の Anglo-Frisian 的な口蓋化が影響を及ぼした可能性の反映としては,ラテン語 caballum (馬)からフランス語 cheval (馬)への語頭子音の推移が挙げられる.フランス語(及びプロヴァンス語)以外のロマンス諸語では /k/ 音が保たれていることから,Anglo-Frisian の関与が考えられる.
 フランス語 savon (石けん)は,西ゲルマン祖語 *saipōn に由来する語形に基づく.第1音節の母音は,オランダ語 zeep やドイツ語 Seife の母音ではなく,古英語 sāpe の母音を反映しているようにみえる.また,フランス語 hâte (急ぎ)もゲルマン語からの借用だが,ゴート語の haifsts に示されるような2重母音よりは,古フリジア語 hāst (cf. 古英語 hǣst) の長母音をよく反映している(オランダ語 haast やドイツ語 Hast は後代にフランス語から借用されたもの).同じく母音の例を挙げれば,フランス語 est (東)の母音は,オランダ語 oost やドイツ語 Ost よりも,古英語 ēast の母音により近い.
 上記の例が,主張しているような言語接触の反映であると結論づけるためには,関与する諸言語間の音韻対応と各言語の音韻変化とを詳細につき合わせることが必要だろう.しかし,この言語接触の仮説は,西ゲルマン語族の一派が,大陸からブリテン島へ渡る途中に,フランス北部に定住,そして通過してゆく姿を思い描かせる仮説であり,興味をそそられる.
 西ゲルマン語族のブリテン島への移住に関する地図は,[2010-05-21-1]の記事「#389. Angles, Saxons, and Jutes の故地と移住先」を参照.ゲルマン諸語の系統図と分布図は,[2009-05-08-1]の記事「#9. ゴート語(Gothic)と英語史」を参照.

 ・ U. T. ホームズ,A. H. シュッツ 著,松原 秀一 訳 『フランス語の歴史』 大修館,1974年.
 ・ Martinet, André. "Comment les Anglo-Saxons ont-ils accédé à la Grande-Bretagne?" La Linguistique 32.2 (1996): 3--10.

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2012-01-31 Tue

#1009. ルーン文字文化と関係の深い語源 [runic][etymology][metanalysis]

 [2010-06-24-1]の記事「#423. アルファベットの歴史」及び[2012-01-28-1]の記事「#1006. ルーン文字の変種」で,ルーン文字の起源に触れた.起源については不明な点も多いが,英語に残っているいくつかの語の語源から,ルーン文字文化のなにがしかについて知ることができる.
 ルーン文字の書き方あるいは刻み方について示唆を与える語は,write である.この語は印欧祖語に遡る古い歴史をもっているが,「木または樹皮に傷をつけて,文字などを彫る」という語義をもっていた.類似する語義は,ドイツ語 reißen (引きちぎる)に残る.日本語でも「書く」は「掻く」に通ずる.
 ルーン文字が秘術的に謎めいた文句を引っ掻くものだったとすれば,それを読み解く作業こそが read だったにちがいない.古英語 rǣdan には「(夢・なぞの)意味を読み取る,解釈する」の語義が認められ,単に「読む」というよりも「言い当てる」の含意が強い.この名残は,read one's mind, read the future, read a riddle などの表現に残る.最後の表現にある riddle 自体が,関連する古英語 rǣdels (謎)に由来し,同族目的語の構文といえる.14世紀に語尾の -s が複数語尾として異分析 (metanalysis) され,現在の形態の原型が作られた([2010-04-06-1]の記事「#344. cherry の異分析」を参照).
 ルーン文字で掻いた(書いた)素材といえば,beech (ブナの木)だったかもしれない.母音交替を通じて book にも通じる可能性があることは,[2011-01-19-1]の記事「#632. bookbeech」で触れた.
 最後に,rune 自体の語源だが,伝統的には,古英語 rūn (ささやき,神秘,魔術)に由来すると解釈されてきた.しかし,「秘術」の connotation は,古ノルド語の対応する語にはあったとしても,古英語にはその証拠がない.古英語ではむしろ,キリスト教にすでに同化した語として「知識の共有」ほどの意味で用いられたとする説がある (Crystal 9) .古英語 rūn は現代英語では */raʊn/ となるはずだが,これは残っていない.実のところ,「ルーン文字」としての rune の初出は17世紀末のことで,北欧学者によるラテン語を経由しての再導入である.近現代では,rune は豊かで神秘的な connotation を得て,今なお人々の想像力をかき立てている.

 ・ Crystal, David. The English Language. 2nd ed. London: Penguin, 2002.

Referrer (Inside): [2017-07-05-1]

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2012-01-30 Mon

#1008. ???????????壔????? ABC [hiragana][alphabet][etymology]

 [2012-01-27-1]の記事「#1005. 平仮名による最古の「いろは歌」が発見された」で,日本語音韻の順序としての「いろは」について簡単に触れた.
 平安末期,橘忠兼が「色葉字類抄」2巻本で漢字や熟語をいろは順に整理したのを嚆矢として,鎌倉初期に10巻本として増補改訂された「伊呂波字類抄」を含め,広く辞書の配列に,いろはが利用されるようになった.室町時代に成立したいろは順の国語辞書「節用集」は,その実用性ゆえに江戸時代には広く用いられ,辞書の代名詞となった.明治以降は,平安時代に別途成立した五十音図(現存最古の図は11世紀初めの醍醐寺蔵「孔雀経音義」)にもとづく「あいうえお」順が配列の基本となっているが,いろはは歴史的仮名遣いにおける仮名の使い分けの根拠とされ,現代かなづかいにも間接的に影響を与えていることになる.配列としてのいろはの伝統は,「ピアノのいろは」「いろはの『い』の字も知らない」などの慣用表現においても「物事の初歩」ほどの意味で残っている.
 「物事の初歩」ということでいえば,英語にも ABC という表現がある.the ABC of gardening, (as) easy as ABC, I don't know even the ABC of business など,「いろは」とよく似た使い方だ.語としての ABC は,英語では14世紀前半に「読み書き」や「アルファベット」の語義で初出する.「初歩」の語義では,Gower が初出だ.
 関連して from A to Z (初めから終わりまで,すっかり)も,アルファベットの配列にもとづいた慣用表現だ.こちらの初出は1819年.
 ギリシア語アルファベトからは,Rev. 1:8 の I am Alpha and Omega, the beginning and the ending が英語に入っており,Tyndale の聖書 (1526) がその初出である.
 サンスクリット語(梵語)からは,日本語へ「阿吽(あうん)」が入ってきている.「阿」は口を開く音で字音の初め,「吽」は口を閉じる音で字音の終わり.万物の初めと終わりを示す点では,上記と相通ずる.阿吽は「息の出入り」という意味を発展させ,共に一つのことをするときの相互の微妙な調子や気持ちを表わすのに「阿吽の呼吸」という慣用句が生まれた.
 いろは歌にせよアルファベットにせよ,順序を表わすという役割の大きかったことがわかる.現代は科学の時代で,数字で順序を表わすのが主流になってきているとはいえ,「あいうえお」や ABC もまだまだ健在である.いずれも文化史上の大発明といってよいだろう.ちなみに,いろは歌の最後に「京(ん)」が加えられたのは鎌倉時代からだが,その理由はよくわかっていない.

Referrer (Inside): [2015-01-30-1] [2014-05-04-1]

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2012-01-13 Fri

#991. 副詞としての very の起源と発達 (2) [etymology][semantic_change][conversion][adverb][adjective][flat_adverb][intensifier][metanalysis]

 昨日の記事[2012-01-12-1]に引き続き,強意の副詞 very の歴史について付言.昨日は,very が統語的に形容詞とも副詞ともとれる環境こそが,副詞用法の誕生につながったのではないかという Mustanoja の説を紹介した.MED も同様に考えているようで,"verrei (adj.)" の語源欄にて,解釈の難しいケースがあることに触れている.

When verrei adj. precedes another modifier, it is difficult if not impossible to distinguish (a) the situation in which both function as adjectives modifying the noun, from (b) that in which the modifier nearest the noun forms a syntactic compound with it (which compound is modified by verrei) and from (c) that in which verrei functions as an adverb modifying the adjective immediately following; some exx. of (a) and (b) now in this word may = (c) and belong to verrei adv.


 例えば,a verrai gentil man という句で考えれば,(a) の読みでは "a true gentle man",(b) では "a true gentleman",(c) では "a truly gentle man" という現代英語の表現に示される統語構造の解釈となる.この種の境目のあいまいな構造から,異分析 (metanalysis) の結果,副詞としての very が発達したと考えられる.
 しかし,ここで起こったのは形容詞から副詞への品詞転換 (conversion) にすぎず,「真実,本当」という原義はいまだ保持していた.とはいえ,「真実に,本当に」の原義から「とても,非常に」の強意の語義への道のりは,きわめて近い.語義間の差の僅少であることは,MED "verrei (adv.)" の 2 の (a) から (d) に与えられている語義のグラデーションからもうかがい知れる.各語義を表わす例と文脈を見比べても,互いに意味がどう異なるのか,にわかには判断できない.
 「真実に」か「とても」かの僅差を実感するには,今日でも用いられる手紙の "sign-off" の文句の例が適当だろう.very の副詞としての用法が発達した初期の例として,Paston Letters の締めの文句 Vere hartely your, Molyns がある.ここでは hartely は "sincerely, affectionately" ほどの意で,vere は「真実に」の原義と,単純に強意を示す「とても」の語義とが共存している例と解釈したい (Room 278) .
 以上のように,very は,フランス語形容詞の借用→形容詞「真実の」→副詞「真実に」→副詞「とても」へ,用法と語義を発展させてきた.しかし,現在,発展の最終段階ともいうべきもう1つの変化が進行中である.それは強意語の宿命ともいえる意味変化なのだが,肝心の強意がその勢いを弱めてきているというものである.以下は,シップリーの mere の項で触れられているコメント.

very (非常に)はほとんど力のない言葉になってしまった。I'm very glad to meet you. (お会いできてとてもうれしい)は,I'm glad to meet you. (お会いできてうれしい)よりも,しばしば誠意に欠ける表現となることがある。


 very の意味変化には,語の一生のドラマが埋め込まれている.いや,一生というには時期尚早だろう.なんといっても,very は,今,最盛期にあるのだから.

 ・ ジョーゼフ T. シップリー 著,梅田 修・眞方 忠道・穴吹 章子 訳 『シップリー英語語源辞典』 大修館,2009年.
 ・ Room, Adrian, ed. NTC's Dictionary of Changes in Meanings. Lincolnwood: NTC, 1991.

Referrer (Inside): [2012-01-15-1] [2012-01-14-1]

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2012-01-12 Thu

#990. 副詞としての very の起源と発達 (1) [etymology][semantic_change][conversion][adverb][adjective][flat_adverb][intensifier][metanalysis]

 [2012-01-04-1]の記事「#982. アメリカ英語の口語に頻出する flat adverb」で,本来,形容詞である goodreal が,主として米口語で副詞として用いられるようになってきていることに触れた.形容詞から副詞へ品詞転換 (conversion) した最も有名な例としては,強意語 very を挙げないわけにいかない.
 very は,現代英語で最頻の強意語といってよいだろう.Frequency Sorter によれば,BNC における very の総合頻度は86位である.しかし,この語が強意の副詞として本格的に用いられ出したのは15世紀以降であり,中英語へ遡れば主たる用法は「真の,まことの,本当の」を意味する形容詞だった.それもそのはずで,この語は古フランス語の同義の形容詞 ve(r)rai を借用したものだからである(現代フランス語では vrai).英語での初例は,c1275.この語義は,in very truth, Very God of very God などの慣用句中に残っている.14世紀末には,定冠詞や所有格代名詞を伴って「まさにその,全くの」を意味する強意語としても用いられ始め,この用法は現代英語の the very hat she wanted to get, at the very bottom of the lake, do one's very best などにみられる.
 一方,早くも14世紀前半には,上記の形容詞に対応する副詞として「真に,本当に」の語義で very の使用が確認されている.なぜ形容詞から副詞への転換が生じたかという問題を解く鍵は,that is a verrai gentil man (Gower CA iv 2275), he was a verray parfit gentil knyght (Ch. CT A Prol. 72), this benigne verray feithful mayde (Ch. CT E Cl. 343) などの例に見いだすことができる.ここでの very の用法は,続く形容詞と同格の形容詞である.しかし,意味的にも統語的にも,第2の形容詞を強調する副詞と解釈できないこともない.つまり,異分析 (metanalysis) が生じたと疑われる.このような句が慣習的に行なわれるようになると,修飾されるべき名詞がない統語環境ですら very が形容詞に先行し,完全な副詞として機能するに至ったのではないか.また,verray penitentverray repentaunt などのように,very が,名詞的に機能しているとも解釈しうる形容詞を修飾するような例も,この品詞転換の流れを後押ししたと考えられる.そして,15世紀には強意の副詞として普通になり,16世紀後半までにはそれまで典型的な強意の副詞であった full, right, much を追い落とすかのように頻度が高まった.
 以上,Mustanoja, pp. 326--27 を参考に記述した.1つの説得力のある議論といえるだろう.中英語で用いられた他の多くの強意副詞も,その前後のページで細かく記述されているので参考までに.
 考えてみれば,[2012-01-04-1]でみた現代米口語の副詞的 real もかつての ve(r)rai と同様,フランス借用語であり,かつ「真の,まことの,本当の」を意味する形容詞である.a real good soundtrack などの表現をみるとき,上述の Mustanoja の very に関する議論がそのまま当てはまるようにも思える.歴史が繰り返されているかのようだ.

 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.

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