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germanic - hellog〜英語史ブログ

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2012-05-20 Sun

#1119. Rask's Law でなく Grimm's Law と呼ばれる理由 [grimms_law][verners_law][history_of_linguistics][consonant][phonetics][germanic][aspiration][sgcs]

 Grimm's Lawグリムの法則)は,その発見者であるドイツの比較言語学者 Jakob Grimm (1785--1863) にちなんだ名称である.Grimm は,主著 Deutsche Grammatik 第1巻の第2版 (1822) でゲルマン諸語の子音と印欧諸語の対応する子音との音韻関係を確認し,それが後に法則の名で呼ばれるようになった.
 しかし,言語学史ではよく知られているとおり,Grimm's Law が唱える同じ音韻変化は,デンマークの言語学者 Rasmus Rask (1787--1832) によって,すでに1818年に Undersøgelse om det gamle Nordiske eller Islandske Sprogs Oprindelse のなかで示されていた.フィン・ウゴル語族 (Finno-Ugric) や古いアイスランド語 (Old Icelandic) など多くの言語に通じていた Rask は,印欧祖語という可能性こそ抱いていなかったが,言語研究に歴史的基準を適用すべきことを強く主張しており,しばしば通時的言語学の創始者ともみなされている.
 それにもかかわらず,法則の名前が Grimm に与えられることになったのはなぜか.Collitz (175) によれば,Grimm による同音韻変化のとらえ方が3つの点で体系的だったからだという.以下,"media" は有声破裂音,"tenuis" は無声破裂音,"aspirate" は帯気音をそれぞれ表わす.

 (1) the second or High German shifting proceeds in general on the same lines as the first or common Germanic shifting;
 (2) one and the same general formula is applicable to the various sets of consonants, whether they be labials or dentals or gutturals;
 (3) the shifting proves to imply a fixed sequence of the principal forms of the shifting, based on the arrangement of the three classes of consonants involved in the order of media, tenuis, aspirate.


 つまり,同音韻変化が,単発に独立して生じた現象ではなく,調音音声学的に一貫した性質をもち,決まった順序をもち,別の変化にも繰り返しみられる原理を内包していることを,Grimm は明示したのである.[2009-08-08-1]の記事「#103. グリムの法則とは何か」で示した2つの図で表わされる内容は,確かに法則の名にふさわしい.
 Grimm's Law (1822) が公表されて以来,その部分的な不規則性は気付かれており,Grimm の没年である1863年には Hermann Grassmann が論考するなどしているが,最終的には1875年に Karl Verner (1846--96) による Verner's Law ([2009-08-09-1]) が提起されることによって,不規則性が解消された.

 ・ Collitz, Hermann. "A Century of Grimm's Law." Language 2 (1926): 174--83.

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2012-02-03 Fri

#1012. 古代における英語からフランス語への影響 [loan_word][palatalisation][french][germanic][anglo-saxon][etymology]

 英語史においてフランス語が英語に与えてきた影響については,french の多数の記事で取り上げてきた.古英語末期から近代に至るまで,言語的な影響はほぼ仏から英への一方向であり,逆方向の影響は,英語が国際的に力をもってきた18世紀以降になって初めて,借用語の部門で認められるといってよい(ホームズ・シュッツ,p. 147).
 しかし,英語史以前,アングロサクソン民族がブリテン島へ渡る直前には,英から仏への言語的影響が断片的に確認される.もっとも,当時の言語を英語や仏語と呼ぶのは,厳密には不適切だろう.標題も誤解を招く表現になっているが,以下に挙げる例の背景として念頭にあるのは,Anglo-Frisian と Gallo-Roman という段階での言語接触であることを断わっておく.
 西ゲルマン諸語は,[k] が [ʧ] へと変化する口蓋化 (palatalisation) を経た Anglo-Frisian 言語群とそれ以外の言語群に分けることができる.口蓋化を経た Anglo-Frisian の話者の一部は,5世紀以前,民族大移動の一環としてフランス北部へ圧力をかけており,Artois 北西部,Boulogne 近辺に定住していたことを示唆する地名上の証拠も多くある.このときに,Anglo-Frisian が Gallo-Roman にいくつかの言語的な影響を与えた可能性がある.Martinet (5) が挙げている断片的な例を引こう.
 上記の Anglo-Frisian 的な口蓋化が影響を及ぼした可能性の反映としては,ラテン語 caballum (馬)からフランス語 cheval (馬)への語頭子音の推移が挙げられる.フランス語(及びプロヴァンス語)以外のロマンス諸語では /k/ 音が保たれていることから,Anglo-Frisian の関与が考えられる.
 フランス語 savon (石けん)は,西ゲルマン祖語 *saipōn に由来する語形に基づく.第1音節の母音は,オランダ語 zeep やドイツ語 Seife の母音ではなく,古英語 sāpe の母音を反映しているようにみえる.また,フランス語 hâte (急ぎ)もゲルマン語からの借用だが,ゴート語の haifsts に示されるような2重母音よりは,古フリジア語 hāst (cf. 古英語 hǣst) の長母音をよく反映している(オランダ語 haast やドイツ語 Hast は後代にフランス語から借用されたもの).同じく母音の例を挙げれば,フランス語 est (東)の母音は,オランダ語 oost やドイツ語 Ost よりも,古英語 ēast の母音により近い.
 上記の例が,主張しているような言語接触の反映であると結論づけるためには,関与する諸言語間の音韻対応と各言語の音韻変化とを詳細につき合わせることが必要だろう.しかし,この言語接触の仮説は,西ゲルマン語族の一派が,大陸からブリテン島へ渡る途中に,フランス北部に定住,そして通過してゆく姿を思い描かせる仮説であり,興味をそそられる.
 西ゲルマン語族のブリテン島への移住に関する地図は,[2010-05-21-1]の記事「#389. Angles, Saxons, and Jutes の故地と移住先」を参照.ゲルマン諸語の系統図と分布図は,[2009-05-08-1]の記事「#9. ゴート語(Gothic)と英語史」を参照.

 ・ U. T. ホームズ,A. H. シュッツ 著,松原 秀一 訳 『フランス語の歴史』 大修館,1974年.
 ・ Martinet, André. "Comment les Anglo-Saxons ont-ils accédé à la Grande-Bretagne?" La Linguistique 32.2 (1996): 3--10.

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2011-12-30 Fri

#977. 形容詞の屈折語尾の衰退と syntagma marking [ilame][adjective][inflection][agreement][germanic][afrikaans][syntagma_marking]

 昨日の記事「#976. syntagma marking」 ([2011-12-29-1]) で取り上げた橋本萬太郎を知ったのは,先日の日本歴史言語学会にて,北海道大学の清水誠先生の「ゲルマン語の「nの脱落」と形容詞弱変化の「非文法化」」と題する研究発表のなかでその名前が触れられていたからである.
 古英語や,部分的に中英語にも見られたゲルマン諸語の形容詞弱変化の典型的な語尾 -n が摩滅してゆくことによって,本来は性・数・格の一致という文法的機能を有していた弱変化の屈折体系が「非文法化」してゆく過程について論じる研究発表だった.-n を含む形容詞弱変化語尾が完全に消失してしまったのであれば非文法化も何もないわけだが,ぎりぎりのところで -e などの母音語尾が残っており,それでいてその語尾はかつてのような統語的な一致を示すわけではないという中途半端な段階が,いくつかのゲルマン語に見られる.例えば,アフリカーンス語では,かつての屈折語尾に由来する -e 語尾の有無は,形容詞語幹の形態的条件によって自動的に決まってくるものであり,統語的な条件は勘案されないという.
 清水先生は,形容詞屈折語尾の非文法化とは,別の言い方をすれば,それが「形容詞+名詞」を連結する単なる「テープ」へ変容したということであると指摘する.「テープ」とは,形容詞と名詞の連結度を強めるために母音や -n を中間に挟み込むという syntagma marker としての働きにほかならない.それは音便 (euphony) としても役立つと思われ,統語的機能は限りなく弱いとしても,存在意義がまったくないということにはならなそうだ.また,多くのゲルマン語で,叙述用法では形容詞の屈折語尾が保たれにくいという事実が見られるが,これは関係する名詞との連結度が限定用法の場合よりも弱いためと説明できるだろう.
 たまたま,目下,中英語の形容詞屈折体系の崩壊 (ilame) に関心があるので,崩壊の過程で化石的に残っていた形容詞屈折語尾は,あくまで syntagma marker として,つなぎの「テープ」として,機能していたにすぎない,と考えることができるかもしれないと,清水先生の発表を聴いて思った次第である.
 中英語期のあいだ,形容詞屈折語尾は消失しそうになりながらも,しぶとく生きながらえていた.統語的な一致の意識がかろうじて残っていたゆえとも考えられるが,それとは別に,言語に普遍的な syntagma marking からの要求があったがゆえ,と想像することもできるかもしれない.speculative ではあるが,刺激的な議論となりうる.

 ・ 橋本 萬太郎 『現代博言学』 大修館,1981年.

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2011-11-26 Sat

#943. 頭韻の歴史と役割 [alliteration][reconstruction][germanic][glottal_stop]

 [2011-07-02-1]の記事「#796. 中英語に脚韻が導入された言語的要因」で,ゲルマン語派に特徴的な韻の様式としての頭韻 (alliteration) について付随的に触れた.頭韻とは,古アイスランド語の韻文体 Edda や古英語の韻文に典型的に見られる「同一の子音(ときに母音)が近接して強勢を受ける音節に反復されること」(『新英語学辞典』)を特徴とする形式である.古英語の典型的な頭韻長行には aa:ax という構成が見られる.
 中英語期には大陸より脚韻がもたらされ,頭韻は影が薄くなったが,14世紀にはイングランド中西部・北西部方言で限定的に復活した.そこでは,頭韻の前半行 (a-verse) の aa 型が標準化し,頭韻句 (alliterative phrase) と呼ばれる独特の固定表現が生まれた.例えば,いずれも "man on earth" を表わす gome vnder Gode, man vpon molde, segge vnder sunne などが繰り返し用いられた.中英語における頭韻の「復活」が文字通りの復活なのか,あるいは古英語の伝統の継承なのか,その背景については詳しく分かっておらず,英語史上,英文学史上の謎となっている.
 近代英語期に入ると,頭韻は詩行の構成原理としては廃れ,もっぱら装飾的要素となった.しかし,チャイム効果 (chiming effect) をもたらす頭韻の技法は,ある意味では言語に普遍的とも言え,韻文に限らず,諺,慣用句,標語,表題,広告,早口ことばなどにおいて,現在にいたるまで広く利用され続けている.現代英語からの例を挙げよう.

 (1) 語: flimflam, tittle-tattle
 (2) 対句・慣用句: bed and breakfast, birds and beasts, cash and carry, confidence and cowardice, footloose and fancy-free, from top to toe, house and home, part and parcel, through thick and thin, with might and main
 (3) 強意的直喩 (intensifying simile) あるいは俚諺的直喩 (proverbial simile): as blind as a bat, as bold as brass, as brisk as a bee, as clear as crystal, as cool as a cucumber, as dead as a door-nail, as dry as dust, as fit as a fiddle, as good as gold, as green as grass, as hungry as a hawk, as mad as a March hare, as queer as a Quaker, as strong as Samson, as sweet as summer
 (4) 諺: Birth is much but breeding is more; Care killed the cat; Hold with the hare, and hunt with the hound; Look before you leap; Soon ripe, soon rotten; Wilful waste makes woeful want
 (5) 早口ことば (tongue-twister): Peter Piper picked a peck of pickled peppers
 (6) 公告・宣伝: Guinness is good for you, You can be sure of Shell
 (7) 文学的修辞: fixed fate, free will, foreknowledge absolute (Milton); solid, so still and stable (J. Conrad); the great grey-green, greasy Limpopo River (Kipling)
 (8) 表題: Love's Labour's Lost (Shakespeare); Mice and Men (J. Steinbeck); Pride and Prejudice (J. Austen); Twice-Told Tales (N. Hawthorne)

 以上のように,現代でも頭韻には韻律的,修辞的,文体的な役割が認められるが,頭韻のもつゲルマン語比較言語学上の意義を忘れてはならない.古英語などで異なる母音により頭韻が形成されている事実は,母音に先行して声門閉鎖 (glottal stop) が行なわれていたことを示唆しており,文献には明示されない音韻の再建 (reconstruction) に寄与している.また,/sp/, /st/, /sk/ はそれ自身としか頭韻しないことから,2音合わせて音韻的単位をなしていたらしいことがわかる.頭韻は,このように古音の推定という比較言語学上の重要な問題に光を当ててくれるのである.
 関連して,[2010-07-08-1]の記事「いかにして古音を推定するか」と[2011-05-25-1]の記事「#758. いかにして古音を推定するか (2)」を参照.

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2011-11-11 Fri

#928. 屈折の neutralization と simplification [inflection][contact][language_change][germanic][old_norse]

 英語史では,古英語から中英語にかけて起こった屈折体系の簡単化を,屈折の水平化 (levelling) や単純化 (simplification) という用語で表現するのが普通である.同様の現象が多かれ少なかれ他のゲルマン諸語でも生じてきたことは,昨日の記事「#927. ゲルマン語の屈折の衰退と地政学」 ([2011-11-10-1]) や「#656. "English is the most drifty Indo-European language."」 ([2011-02-12-1]) で話題にしてきたが,ここでも水平化や単純化という用語が適用されるだろう.
 しかし,O'Neil は,ゲルマン諸語に見られる屈折の衰退は,明確に区別されるべき2つの用語 neutralizationsimplification によって記述されるべきだと強調している.それぞれの定義は,O'Neil (283) によると次の通り.

(A) If there is significant and more-or-less permanent contact between two closely related languages differing for the most part only in superficial aspects of their grammars (inflections, accent, tone, etc.), these superficial differences will be rapidly neutralized or erased. (283)


(B) Without language contact, inflectional systems will simplify only so far as there is room available for easing learning without greatly decreasing perceptibility. (283)


 つまるところ,言語接触が契機となって文法カテゴリーの区別が失われるような言語体系の簡単化を neutralization と呼び,言語接触とは関係なく,学習や知覚に関わる話者の言語心理学的な要求に基づいて自然に進行する言語体系の簡単化を simplification と呼び分けるべきだと,O'Neil は主張している.比喩的に言えば,neutralization は突如として激しく作用するデジタルな力,simplification は常に少しずつ作用しているアナログな力と捉えられるだろうか.
 この用語でゲルマン諸語の屈折体系の簡単化を改めて記述すると,次のようになるだろう.Icelandic や High German などの相対的に保守的な言語では,主として simplification による屈折体系の簡単化のみが観察されるのに対して,著しく簡単化した英語,大陸スカンジナビア諸語,アフリカーンス語などでは,simplification に加えて,言語接触によって引き起こされた neutralization が作用した.
 古英語後期から言語内的に進行していた屈折の簡単化が古ノルド語との接触により著しく加速したという歴史的な説明は,今では広く受け入れられているが,それを明確に区別される2つの用語により説明しなおしたという点に,O'Neil の意義がある.既に進行していたプロセス (simplification) がそのまま延長されたのではなく,簡単化という意味では一緒にくくることができるものの,古ノルド語との接触により誘発された別のプロセス (neutralization) によって後押しされたと考えている点が重要である.

 ・ O'Neil, Wayne. "The Evolution of the Germanic Inflectional Systems: A Study in the Causes of Language Change." Orbis 27 (1980): 248--86.

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2011-11-10 Thu

#927. ゲルマン語の屈折の衰退と地政学 [germanic][inflection][synthesis_to_analysis][contact][geography][map][dutch][german][faroese][icelandic][danish][afrikaans]

Map of Germanic Europe

 中世のゲルマン語派の話者の分布を地図に示すと,北東端を Continental Scandinavian,南東端を High German,南西端を English,北西端を Icelandic にもつ四辺形が描かれる.この地図が示唆する興味深い点は,青で示した English と Continental Scandinavia は歴史的に屈折を激しく摩耗させてきたゲルマン語であり,赤で示した Icelandic と High German は歴史的に屈折を最もよく残してきたゲルマン語であるという事実だ.そして,革新的な北東・南西端と保守的な北西・南東端に囲まれた,緑で示した四辺形の中程に含まれる Faroese, Dutch, Frisian, Low German は,屈折をある程度は摩耗させているが,ある程度は保持しているという中間的な性格を示す.この地理と言語変化の相関関係は見かけだけのものだろうか,あるいは実質的なものだろうか.
 この点について好論を展開しているのが,O'Neil である.

Now from the point of view of their inflectional systems, it is in the languages of the extreme southwest and northeast areas, among the Scandinavians and the English, that things are farthest from the state of the old languages, where --- in fact --- the old inflectional system has become so simplified that the languages can barely be said to be inflected at all. It is in the other two areas, in the northwest in Iceland and in the southeast among the High Germans (but most especially in Iceland) that an older inflectional system is best preserved. Between these two extremes and their associated corners or areas and languages, lie other Germanic languages (Faroese, Frisian, Dutch, etc.) of neither extreme characteristic: i.e. not stripped (essentially) of their inflections, nor heavily inflected like the older languages. (250)


 地理が直接に言語の変化に影響を及ぼすということはあり得ない.しかし,地理が言語話者の地政学的な立場に影響を及ぼし,地政学的な立場が歴史に影響を及ぼし,歴史が言語の発展に影響を及ぼすという間接的な関係を想定することは可能だろう.
 屈折が大いに単純化した英語の場合,古ノルド語 (Old Norse) との接触が単純化の決定的な引き金となったという論は,今では広く受け入れられている([2009-06-26-1]の記事「#59. 英語史における古ノルド語の意義を教わった!」を参照).一方で,アイスランド語 (Icelandic) が地理的に孤立しているがゆえに,古い屈折を現代までよく残しているということもよく言われる([2010-07-01-1]の記事「#430. 言語変化を阻害する要因」を参照).いずれも歴史的に経験してきた言語接触の程度との関数として説明されているが,その言語接触の歴史とは地政学上の要因によって大いに条件付けられているのである.ここでは言語変化が地理的条件により間接的に動機づけられているといえるだろう.
 では,英語やアイスランド語以外のゲルマン諸語についても,同様の説明が可能だろうか.O'Neil は,大陸スカンジナビア諸語の屈折の単純化も英語のそれと平行的な関係にあると主張する.この場合,大陸スカンジナビア諸語が接触したのは低地ドイツ語 (Middle Low German) である.

It is clear then that Continental Scandinavian is inflectionally simple like English, with --- however --- its idiosyncratic sense of simplicity. The reasons for its simplicity seem to be exactly those that led to the development of the neutralized northern Middle English inflectional system: language contact between Middle Low German and Danish in the countryside and between Middle Low German and all Continental Scandinavian languages in the centers of trade. (267)


 さらに,英語や大陸スカンジナビア諸語と同じように単純化した屈折をもつアフリカーンス語 (Afrikaans) についても,同様の議論が成り立つ.ここでは,オランダ語 (Dutch) と低地ゲルマン語 (Low German) との接触が関与している.

. . . the original population that settled Capetown and then the Cape was not a homogeneous Dutch-speaking population. The group of people that arrived in Capetown in 1652 was first of all predominantly German (Low German mercenaries) and the Dutch part of it was of mixed Dutch dialects. Thus just the right conditions for the neutralization of inflections existed in Capetown at the time of its settlement. (268--69)


 他にも,フリジア語 (Frisian) とオランダ語 (Dutch) とが都市部で言語接触を経験した結果としての "Town Frisian" (268) の例も挙げられる.
 反対に,複雑な屈折を比較的よく保っている例として,アイスランド語の他に挙げられているのが高地ドイツ語 (High German) である.ここでも O'Neil は,高地ドイツ語もアイスランドほどではないが,地政学的に見て隔離されていると論じている.

. . . High German has not been so completely isolated as Icelandic. But then neither is its inflectional system as conservative. Yet in fact the area of High German has been generally isolated from other Germanic contact --- the sort of contact that would lend to neutralization, for the general motion of High German has always been away from the Germanic area and onto its periphery among non-Germanic peoples. (277)


 最後に,地図上の四辺形の内部に納まる中間的な屈折度を示す言語群についても O'Neil は地政学的な相関関係を認めているので,指摘しておこう.以下は,フェロー語 (Faroese) の屈折の中間的な特徴を説明づけている部分からの引用である.

. . . the Faroese fished and worked among the Icelanders and still do, at the same time being administered, educated, and exploited by continental Scandinavians. Thus for centuries was Faroese exposed to the simplified inflectional systems of continental Scandinavia while in constant contact with the conservative system of Icelandic. Unless this conflict was resolved Faroese could neither move toward Continental Scandinavian, say, nor remain essentially where it began like Icelandic: neither completely neutralize its inflections, nor simplify them trivially. The conflict was not resolved and as a consequence Faroese moved in a middle state inflectionally. (280)


 ・ O'Neil, Wayne. "The Evolution of the Germanic Inflectional Systems: A Study in the Causes of Language Change." Orbis 27 (1980): 248--86.

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2011-09-01 Thu

#857. ゲルマン語族の最大の特徴 [germanic][inflection][substratum_theory][stress]

 ゲルマン諸語の文法変化を支配してきた重要な2つの要因について,[2011-02-11-1]の記事「屈折の衰退=語根の焦点化」で Meillet を引用した.1つは「語頭の強勢が語根に新たな重要性を与えた」ことであり,もう1つは「語尾の衰退が屈折を崩壊させがち」であることだ.この2つの要因は,さらに抽象化すれば1つの根源的な特徴へと還元される.強勢(強さアクセント)が第1音節に落ちるという特徴である.
 「語幹の第1音節に強勢がおかれる」というゲルマン諸語の特徴については「ゲルマン語派の特徴」 ([2009-10-26-1]), 「第1音節にアクセントのない古英語の単語」 ([2009-10-31-1]) などで触れてきたことだが,Meillet は,ゲルマン諸語の特徴と称されるいくつかの点のなかでも最も重要な特徴であると断言する.そして,この特徴が印欧祖語には見られなかったことから,ゲルマン語族におけるその発現は革命的だったと力説するのである.拙訳つきで引用する.

   L'introduction de l'accent d'intensité à une place fixe, l'initiale, a été une révolution, et rien ne caractérise davantage le germanique. (72)
   語頭という固定した位置への強さアクセントの導入は革命だったのであり,それ以上にゲルマン語を特徴づけるものはない.


 もちろん,強さアクセントをもつ言語は印欧語族内外にも存在する.印欧語族内では,例えばロシア語やアイルランド語などがある.しかし,語族全体としてこの特徴を有するのはゲルマン語族のみであり,この点が顕著なのだと Meillet はいう.

En germanique,... l'accent sur l'initiale est une propriété du groupe tout entier, et il a une force singulière qui a manifesté ses effets durant tout le développement historique de ce groupe. (73)
ゲルマン語においては,語頭アクセントは語族全体としての特徴であり,語族の全歴史的発達を通じて効果を現わしてきた特異な力をもっているのである.


 では,この革命的な特徴はどのようにゲルマン語族にもたらされたのか.Meillet は基層言語影響説 ( substratum theory ) を唱えている (75) .後にゲルマン語となる方言を習得した先住民の言語特徴だろうという.この学説については[2010-06-17-1]の記事「Second Germanic Consonant Shift はなぜ起こったか」や[2011-02-06-1]の記事「アルメニア語とグリムの法則」でも触れたが,反証不能だからこそ魅力的な説に響く.ゲルマン語族を支配する最大の特徴ということは,英語史全体を支配してきた最大の特徴とも言い得るわけであり,さらには英語の未来をも支配し得る最大の特徴ということにもなるのだろうか!!!

 ・ Meillet, A. Caracteres generaux des langues germaniques. 2nd ed. Paris: Hachette, 1922.

Referrer (Inside): [2015-06-14-1] [2012-05-22-1]

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2011-07-08 Fri

#802. 名前動後の起源 (4) [stress][diatone][germanic][conversion][drift][systemic_regulation]

 [2009-11-01-1], [2009-11-02-1], [2011-07-07-1]の記事で「名前動後」の起源を扱ってきた.昨日の記事[2011-07-07-1]では,「名前」の部分はゲルマン語に内在する語頭強勢の傾向で説明されるが,「動後」を支持する動機づけがいまだ不明であるとして文章を閉じた.
 しかし,そこにはごく自然な動機づけがあるように思われる.名詞と動詞の発音上の区別化である.名前動後をなす diatones のペアは[2009-11-01-1]の記事で列挙したとおりに多数あるが,いずれも綴字上は区別がつけられないものの,発音上は明確に区別される.品詞転換 (conversion; see [2009-11-03-1]) を得意とする英語のことであるから,たとえ同形で発音上の区別がつかなくとも統語的に混乱をきたすことはないだろうが,それでも強勢の位置で品詞の区別がつけられるならば,それに越したことはないということではないだろうか.
 [2011-02-11-1]の記事「屈折の衰退=語根の焦点化」で述べた通り,英語には屈折語尾の摩耗という drift によって発生した語根主義とでもいうべき特徴がある.語根主義が conversion という語形成の過程を促進してきたことは確かだが,それは品詞の区別を積極的になくすことを指向しているものではない.複雑な語形成過程を経ずに品詞を転換させるという利便性に光を当てるものであり,品詞の区別を曖昧にすることをとりわけ推進しているわけではないだろう.品詞の区別を保ったまま,かつ最小限の語形成過程で(例えば)名詞から動詞を派生できる妙法があれば,それに越したことはない.そして,この両方の要求に応える妙法として,名前動後という強勢の配分が編み出されたのではないか.名詞でも動詞でも語根は同一だが,強勢を移動させて区別を保つ --- これを妙法と呼ばずして何と呼ぼうか.conversion を促進するゲルマン的な drift に静かに逆らう小さな機能主義的 (functionalist) な潮流 --- 現代英語の名前動後の現象をこのように捉えることができるかもしれない.

Referrer (Inside): [2011-07-20-1] [2011-07-09-1]

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2011-07-07 Thu

#801. 名前動後の起源 (3) [stress][diatone][germanic][-ate]

 [2009-11-01-1], [2009-11-02-1]の記事で「名前動後」の起源に関連して,ゲルマン語としての背景を説明した.関連する話題は,[2011-04-15-1]の記事「英語の強勢パターンは中英語期に変質したか」でも扱った.
 英語の多くの多音節語(主としてラテン・フランス借用語)で強勢の分布が名前動後となるこの現象について,Bolinger は名詞(および形容詞)と動詞の文中での位置の差異という観点から論じている.以下に関連する箇所を引用する.

. . . stress patterns are apt to congeal in the way position in the sentence may predispose them, which means that nouns and adjectives will tend to be forestressed, verbs to be end-stressed, and ultimately, in many cases, to carry this stress with them regardless of position. (164)

English seems to be more averse to postponing the first of the two major accents than to anticipating the second. While nouns and adjectives are certainly free to occur in terminal positions, their somewhat greater frequency early in the sentence brings them under the influence of this more consistent pull to the left. The pull to the right at the end is weaker, except in emphatic utterances, but since verbs are less free to roam they are more apt to it. (164fn)


 この Bolinger の議論を補足しながら発展させると次のようになろうか.本来的に第1強勢と第2強勢をもつ多音節語は,デフォルトでは語頭に第1強勢が配される.これは,英語(というよりもゲルマン語)の強勢の癖を反映したものである (see [2009-10-26-1]) .特に名詞や形容詞がこの癖を強く反映するのは,文の比較的早い段階で現われる確率が高いからである.もちろん,名詞や形容詞は他の語類に比べれば文中での位置に制限の少ない語類であり,文の末尾にかけて現われることが少ないというわけではない.ただ,例えば動詞に比べれば文頭にかけて現われることが多いということである.
 一方,動詞は上述の癖に相対的に従いにくい.動詞の文中での位置は名詞や形容詞ほど自由ではなく,文末にかけて生起する確率が高い.英語の抑揚パターンでは文の最後にくる強勢音節が核となるので,文末に置かれやすい動詞の語末に配される第2強勢が弱化する確率は低い.名詞や形容詞に対して,第2強勢が保たれやすいのはこのためである.( associate, duplicate, estimate などの -ate をもつ語の多くは,名詞では最終音節の母音が曖昧母音となるが,動詞では第2強勢が保たれていることに注意.)
 文中のどの位置に相対的に現われやすいかという点での名詞・形容詞と動詞の差異が,それぞれの品詞における第2強勢の振る舞いの差異につながっているという視点は興味深い.ここまでの議論を受け入れるとすれば,名前動後の分布にたどりつくまであと一歩である.名詞は前寄りの強勢で固まったが,動詞はまだ語末に第2強勢が残っている.これが第1強勢に格上げされさえすれば「動後」となる.では,この格上げの動機づけは何だったのだろうか.Bolinger はそこまでは述べていない.

 ・ Bolinger, Dwight L. "Pitch Accent and Sentence Rhythm." Forms of English: Accent, Morpheme, Order. Ed. Isamu Abe and Tetsuya Kanekiyo. Tokyo: Hakuou, 1965. 139--80.

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2011-06-23 Thu

#787. Frisian [frisian][germanic][map][phonetics][palatalisation]

 [2009-06-17-1]の記事「インドヨーロッパ語族の系統図をお遊びで」に掲げた印欧語系統図や,[2009-05-08-1]の記事「ゴート語(Gothic)と英語史」に掲げたゲルマン語派の系統図から分かるように,系統的に英語に最も近い言語はフリジア語 (Frisian) である.一般にはほとんど認知されていないこの言語が世界的な言語たる英語に最も近いと言われてもピンと来ないと思われる.今回はこの Frisian という言語について概説する.
 Frisian は,Proto-Indo European -> Germanic -> West Germanic -> Low Germanic -> Anglo-Frisian という発達経路を英語と共有している.最後の Anglo-Frisian という分類は,後述するいくつかの音声特徴が両言語で共有されていることに基づく仮説だが,この分類を否定する見解もある.その場合には,Old Frisian と Old English が,Low Germanic 直下にフラットに位置づけられることになる.
 現在の Frisian の分布を地図上で確認したい.およそ青で囲った部分が,現在 Frisian の行なわれている地域である.(オランダ部分の詳細については,Ethnologue より オランダの言語分布地図も参照.)

Distribution of Frisian Languages

 Ethnologue: Frisian in Family Tree にあるとおり,Frisian は伝統的に3つの方言群へと区分される.方言間あるいは方言内の差異はまちまちで,相互理解が可能でないことも多い.この3種類のなかで主要な方言は Western Frisian である.Ethnologue: Western Frisian が公開している2001年の調査によると,オランダ北部の北海に臨む Friesland 州(島嶼部を含む)を中心として約47万人の話者が存在する.同州の人口の70%が Western Frisian を話すが,ほとんどがオランダ語との二言語使用者である.20世紀の "Frisian movement" により West Frisian の公的な地位は上昇してきており,オランダの公用語の1つとしてその振興運動は進んできている.
 Friesland の東に広がるドイツの沿岸地域からデンマーク南部の島嶼部にかけて行なわれているのが,Frisian の東や北の諸方言である.ドイツの Saterland で5000人程度に話される Saterfriesisch (東の方言)や,ドイツの Schleswig-Holstein の沿岸部や向かい合う島嶼部で1万人程度の話者によって使用されている Northern Frisian (北の方言)がある(ただし内部での方言差は著しい).同じくドイツの Ostfriesland, Lower Saxony などに2000人程度の話者を有する Eastern Frisian と呼ばれる言語があるが,名称からは紛らわしいことに,厳密には Frisian の1変種というよりは Low German の1変種というほうが適切とされる.
 Frisian の最古の文献は,部分的に11世紀に遡る法律文書で,13世紀の写本で現存している.ここに表わされている Old Frisian の段階は16世紀後半まで続いたが,1573年のものとされる文献を最後に,以降3世紀の間 Frisian で残された文書はほとんどみつかっていない.19世紀になると,Romanticism により民族言語としての Frisian が注目され,1938年に Frisian Academy が設立され,1943年には聖書の翻訳が出版された.ただし,これらの Frisian 復興運動は上にも述べたとおり,主にオランダという国家によって支持されている Western Frisian における話しであり,それ以外の諸方言には標準形式がないために今後の存続の可能性は薄いと考えられている.
 Frisian と英語に共通する音声特徴としては,(1) Germanic *f, *þ, *s に先行する鼻音の消失 ( ex. OFr fīf "five" ( < Germanic *fimf ), OFr mūth "mouth" ( < Germanic *munþ- ), OFr ūs "us" ( < Germanic *uns ) ) や,(2) 前舌母音に先行する Germanic *g の口蓋化 ( ex. OFr tzin "chin" ( < Germanic *kinn ), OFr lētza "leech, physician" ( < Germanic *lēkj- ) ) などがある.

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2011-06-21 Tue

#785. ゲルマン度を測るための10項目 [typology][germanic][inflection][morphology]

 [2009-11-04-1]の記事「古英語,中英語,近代英語は互いにどれくらい異なるか」で,ゲルマン諸語の「ゲルマン度」の比較を見た.比較の基準は,主として形態的な観点から Lass が選び出した10個の項目による.この10項目がゲルマン度の指標としてどのくらい客観的で妥当なのか,どのように選び出されたのかなどの問題点はあるが,類似した比較研究を行なう際のたたき台としては非常に参考になる.Lass (26) より,10項目を挙げておく.

 (1) root-initial accent
 (2) at least three distinct vowel qualities in weak inflectional syllables
 (3) a dual
 (4) grammatical gender
 (5) four vowel-grades in (certain) strong verbs
 (6) distinct dative in at least some nouns
 (7) inflected definite article (or proto-article)
 (8) adjective inflection
 (9) infinitive suffix
 (10) person and number marking on the verb

 この基準は,ゲルマン諸語どうしの比較に限らず,例えば中英語の方言どうしの比較,さらには中英語の個々のテキストの言語の比較にも応用できる.実際のところ,多くの中英語テキストの刊本のイントロ部にあるような言語学的記述は,上記10項目のすべてでなくとも数項目を取り上げるのが普通である.
 中英語テキストの比較に限るのであれば,個人的には "nominal plural formation" を加えたいところである.

 ・Lass, Roger. "Language Periodization and the Concept of 'middle'." Placing Middle English in Context. Eds. Irma Taavitsainen, Terttu Nevalainen, Päivi Pahta and Matti Rissanen. Berlin and New York: Mouton de Gruyter, 2000. 7--41.

Referrer (Inside): [2016-04-30-1] [2015-06-14-1]

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2011-04-12 Tue

#715. Britannica Online で参照できる言語地図 [indo-european][germanic][slavic][me_dialect][oe_dialect][comparative_linguistics][map][link]

 Encyclopedia - Britannica Online Encyclopedia より,英語史に関連する有益な言語地図がいくつか参照できる.ズームできるのでプレゼンに便利.以下にリンクを張っておく.

 ・ Approximate locations of Indo-European languages in contemporary Eurasia (関連して印欧語族の系統図は,[2009-06-17-1], [2010-07-26-1]を参照.)  *  
 ・ Distribution of the Germanic languages in Europe (関連してゲルマン語派の系統図は,[2009-10-26-1]を参照.)  *
 ・ Distribution of Romance languages in Europe  *
 ・ Distribution of the Slavic languages in Europe  *
 ・ The distribution of Old English dialects  *
 ・ The distribution of Middle English dialects (中英語方言区分については,[2009-09-04-1]を参照.)  *
 ・ English Language Imperialism: The English Language Across the World (世界における英語の広がりについては,[2010-05-08-1]を参照.)  *

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2011-03-15 Tue

#687. ゲルマン語派の形容詞の強変化と弱変化 [adjective][inflection][germanic][indo-european][oe][demonstrative][ilame]

 [2009-10-26-1]の記事の (1) で触れたように,ゲルマン語派の特徴の1つに,形容詞が強変化 ( strong or indefinite declension ) と弱変化 ( weak or definite declension ) の2種類の屈折を示すというものがある.この区別は現代英語では失われているが,古英語や現代ドイツ語では明確に認められる.両屈折の使い分けは原則として統語的に決められ,形容詞が指示詞 ( demonstrative ) の後で用いられる場合には弱変化屈折を,それ以外の場合には強変化屈折を示す.(古英語の例で強変化屈折弱変化屈折のパラダイムを参照.また,中英語の形容詞屈折との関連で[2010-10-11-1]を参照.)
 ゲルマン語派の特徴ということから分かるように,印欧祖語ではこの区別はなかった.印欧祖語では,形容詞は特有の屈折をもたず,名詞に準じる形で性・数・格によって屈折していた.形容詞は名詞の仲間と考えられていたのである.ところが,ゲルマン祖語の段階で形容詞は形態的に名詞から離れ,独立した屈折体系を保持していた指示詞と親和を示すようになる.これが,古英語などに見られる強変化屈折の起源である.実際に古英語で屈折表を見比べると,形容詞の強変化屈折þes に代表される指示詞の屈折は語尾がよく似ている.
 しかし,指示詞と形容詞が同じような屈折を示すということは,「指示詞+形容詞+名詞」のように両者が続けて現われる場合には同じ屈折語尾が連続することになり,少々うるさい.例えば,"to this good man" に対応する古英語表現は *þissum gōdum men として現われることになったかもしれない(実際の古英語の文法に則した形は þissum gōdan men ).Meillet (183) によれば,ゲルマン語はこの「重苦しさ」 ( "lourd" or "choquant" ) を嫌い,指示詞に後続する形容詞のために,あまり重苦しくない屈折として,よく発達していた名詞の弱変化屈折を借りてきた.こうして,統語的条件によって区別される2種類の形容詞屈折が,ゲルマン語派に固有の特徴として発達したのである.( Meillet の「重苦しさ」回避説の他にも複数の要因があっただろうと考えられるが,未調査.)
 古英語の主要な品詞の簡易屈折表については,[2010-01-02-1]でリンクを張った OE Inflection Magic Sheet も参照.

 ・ Meillet, A. Caracteres generaux des langues germaniques. 2nd ed. Paris: Hachette, 1922.

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2011-02-18 Fri

#662. sp-, st-, sk- が無気音になる理由 [phonetics][consonant][grimms_law][sgcs][germanic][aspiration][phonotactics]

 [2011-01-28-1]の記事で,現代英語で強勢のある音節の最初にくる「 s+ 無声破裂音」の子音連鎖が気息 ( aspiration ) を伴わないことを取り上げた.この特徴は現代のゲルマン諸語に共通して見られることからゲルマン祖語にさかのぼる特徴と考えられ,印欧語祖語から分化した後に生じたとされる Grimm's Law ( see [2009-08-08-1], grimms_law ) や,後に高地ゲルマン語で生じたとされる Second Germanic Consonant Shift ( see [2010-06-06-1] ) などの子音推移に関与しているのではないかという議論だった.
 そもそも,英語(と他のゲルマン諸語)において s が先行すると p, t, k が無気音となるのがなぜなのか.これについて[2011-01-28-1]で生理学的な説明を加えたが,同僚の音声学者の先生に確認を取ってみたところ,説明に少々修正が必要となったので記しておく.先の説明では「気息は,破裂の開放後に遅れて呼気が漏れるという現象だが,/s/ はもともと呼気の漏れを伴っているために,その直後で呼気をいったん止め,あらためて遅らせて漏らすということがしにくい」としたが,英語の /s/ が(気息とみなされるほど強い)呼気の漏れを伴っているというのは正確な記述ではなかった./s/ 自体は aspirated ではない.ただし,同僚の先生の生理学的な説明は完全には理解できなかったものの,「 s を調音した直後の口腔内の気圧の状態が,後続する破裂音の aspiration に不利に作用する」ということは議論されているという.
 一方で,この問題は必ずしも生理学的な問題ではないという議論もあるという.s に先行された無声破裂音を気息とともに調音することは決して不可能ではないし,単純に言語ごとの異音の分布の問題,音素配列論 ( phonotactics ) の問題であるという議論もあるという.生理学的な説明がどのくらい妥当であるかを判断するには広く通言語的に音素配列の分布をみる必要があるのだろう.
 問題の子音連鎖がなぜ無気音となるのかはこのように未解決のままだが,グリムの法則との関連では,この問いに今すぐ究極の答えを出す必要はない.理由は分からないかもしれないが,ゲルマン祖語が他の印欧語派から分かれ,s に先行される破裂音系列は保持したものの,そうでない破裂音系列は独自の形で体系的に推移させたということは間違いないのである.

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2011-02-13 Sun

#657. "English is the least typical Indo-European language." [germanic][indo-european][drift]

 昨日の記事[2011-02-12-1]でも取り上げたが,ゲルマン語派の一般的特徴を詳説した Meillet は,英語が印欧語族のなかでいかに特異な変化を遂げた言語であるかを力説している.ゲルマン諸語の歴史は印欧祖語の原型からの逸脱の歴史であり,そのなかでも英語は特に逸脱の程度が激しいという.ここしばらく Meillet の Caracteres を読んでいたが,最後の1ページに上記のゲルマン語観,英語観が凝縮されている."CONCLUSION GÉNÉRALE" を拙訳つきで引用しよう.

Le germanique commun, fait à peu près tout entier d'éléments indo-européens, et dont l'aspect est à beaucoup d'égards encore tout indo-européen, était déjà en réalité un système nouveau. En développant les innovations qu'il présentait, les dialectes en lesquels il s'est différencié ont abouti à des états de choses qui s'éloignent de plus en plus de l'indo-européen. Le groupe de tous le plus conservateur, le groupe allemand, a pourtant une grammaire tout autre que la grammaire indo-européenne et un vocabulaire pénétré de mots étrangers, de valeurs étrangères de mots. Et, là où les circonstances historiques ont hâté le développement, presque rien n'est resté du type indo-européen de la langue : en anglais, la prononciation est éminemment singulière, la grammaire est d'un type qui est le plus loin possible du type indo-européen, et le vocabulaire ne laisse presque plus apparaître que bien peu de termes anciens avec leur sens ancien. A l'indo-européen, l'anglais est lié par une continuité historique; mais il n'a presque rien gardé du fonds indo-européen. (Meillet 221)

ゲルマン祖語は,ほとんどすべて印欧語の要素からなっており,その特徴は多くの点でいまだに印欧語的であったが,実際上はすでに新しい体系であった.ゲルマン祖語から分化した諸方言は,祖語が示していた革新を発展させながら,ますます印欧祖語から乖離された状態に到達した.そのなかで最も保守的な語群であるドイツ語群ですら,印欧祖語文法とはまったく異なる文法をもっており,外国語単語と外国語の語義に満たされた語彙をもっている.そして,歴史的な状況によりその発展が促進された言語では,印欧語タイプの特徴はほとんど残されていないのである.現に英語では,発音は著しく独特であり,文法は印欧語タイプから可能な限りかけ離れており,語彙は古い意味をもった古い語をほんの僅かばかり表わすにすぎない.英語は歴史的継続性によって確かに印欧祖語に結び付いている.しかし,英語は印欧祖語の本質をほとんど何も保っていないのである.


 ・ Meillet, A. Caracteres generaux des langues germaniques. 2nd ed. Paris: Hachette, 1922.

Referrer (Inside): [2011-03-16-1] [2011-03-13-1]

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2011-02-12 Sat

#656. "English is the most drifty Indo-European language." [germanic][indo-european][drift][inflection][synthesis_to_analysis]

 英語の文法史において,屈折の衰退の過程は最も大きな話題と言ってよいかもしれない.古英語後期から初期中英語にかけて生じた屈折の衰退により,英語は総合的な言語 ( synthetic language ) から分析的な言語 ( analytic language ) へと大きく舵を切ることになった.
 英語以外のゲルマン諸語でも程度の差はあれ同じ傾向は見られ,これはしばしば drift 「漂流,偏流」と呼ばれる.いや,実は drift は印欧諸語全体に広く観察される大きな潮流であり,ゲルマン諸語に限定されるべき話題ではない.とはいえ,ゲルマン諸語でとりわけ顕著に drift が観察されることは事実である.そして,そのゲルマン諸語のなかでも,英語が最も顕著に drift の効果が見られるのである.
 英語が "the most drifty Indo-European language" であることを示すには,本来は現存する印欧諸語のそれぞれについてどの程度 drift が進行しているのかを調査するという作業が必要だろうが,そうもいかないので今回は権威を引き合いに出して済ませておきたい.

La tendance à remplacer la flexion par l'ordre des mots et par des mots accessoires est chose universelle en indo-européen. Nulle part elle ne se manifeste plus fortement que dans les langues germaniques, bien que le germanique conserve encore un aspect alchaique. Nulle part elle n'a abouti plus complètement qu'elle n'a fait en anglais. L'anglais représente le terme extrême d'un développement: il offre un type linguistique différent du type indo-européen commun et n'a presque rien gardé de la morphologie indo-européenne. (Meillet 191--92)

屈折を語順や付随語で置きかえる傾向は,印欧語では普遍的なことである.ゲルマン祖語はいまだに古風な特徴を保持しているとはいえ,ゲルマン諸語以上に激しくその傾向の見られる言語はなく,英語以上に完全にその傾向が成功した言語はないのだ.英語はある発達の究極の終着点を示している.英語は印欧祖語の型とは異なった言語の型を提示しているのであり,印欧語的な形態論をほとんど保っていないのだ.


 「付随語」と拙訳した des mots accessoires は,Meillet によれば,古英語 ge- などの動詞接頭辞,北欧語の -sk のような再帰代名詞的な動詞につく接尾辞,指示詞から発達した冠詞といった小辞を指す.
 噂と違わず,現代英語は印欧語として相当の異端児であることは確かなようである.もっとも,ピジン英語 ( see [2010-08-03-1] ) などを含めれば,英語よりもさらに漂流的な言語はあるだろう.

 ・ Meillet, A. Caracteres generaux des langues germaniques. 2nd ed. Paris: Hachette, 1922.

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2011-02-11 Fri

#655. 屈折の衰退=語根の焦点化 [conversion][drift][germanic][inflection]

 近代英語以来の語形成の特徴として品詞転換 ( conversion ) が盛んであるということがある.品詞転換については[2009-11-03-1], [2009-11-01-1]の記事などで述べたが,これが形態的に可能となったのは,後期古英語から初期中英語にかけて起こった語尾の水平化とそれに続く消失ゆえである.古英語では,名詞や動詞は主に統語意味的な機能に応じて区別される特定の屈折語尾をとったが,屈折語尾の音声上の摩耗が進むにつれ,語類の区別がつけられなくなった.屈折語尾の衰退は,程度の差はあれ,第1音節にアクセントをおく特徴をもつゲルマン諸語に共通の現象である ( see [2009-10-26-1] (4) ) .
 英語における品詞転換の発生は,上記のようにゲルマン諸語に共通する屈折語尾の衰退,いわゆる漂流 ( drift ) の延長線上にあるとして説明されることが多い.これは音韻形態的な説明といえるだろう.もう1つの説明としては,[2010-01-16-1]の記事で触れたように,語順規則の確立と関連づけるものがある.中英語以降,語順がおよそ定まったことにより,例えば動詞と名詞の区別は形態によらずとも語順によってつけることができるようになった.このことが品詞転換の発生に好意的に作用したとする説明がある.これは,統語的な説明といえる.
 あまり指摘されたことはないように思われるが,もう1つ,意味的な説明があり得る.説明の出発点は,再びゲルマン諸語に共通する先述の drift である.ゲルマン諸語における drift の重要性は屈折の衰退にあると解釈されることが多いが,その裏返しとして同じくらい重要なのは,語彙的意味を担う語根に焦点が当てられることになったという点である.これによって,例えば love は,文中での統語的役割は何か,語類は何かであるかなどの可変の情報を標示する負担から解放され,「愛」という語彙的意味を標示することに集中することができるようになった.love という形態は「愛」という根源的主題を表わすのに特化した形態であり,それが文中で名詞として「愛」として用いられるのか,動詞として「愛する」として用いられているのかは,副次的な問題でしかない.いずれの品詞かは統語が決定してくれる.屈折の衰退という音韻形態的な過程には,語根の焦点化という意味論的な含蓄が付随していたということは注目に値するだろう.

Le développement grammatical du germanique est donc commandé par deux grands faits: l'intensité initiale a donné aux radicaux une importance nouvelle, la dégradation des finales a tendu à ruiner la flexion, et l'a en effet ruinée dans des langues comme l'anglais et le danois. (Meillet 100)

 したがって,ゲルマン語の文法の発達は2つの重要な事実に支配されている.1つは語頭の強勢が語根に新たな重要性を与えたということであり,もう1つは語尾の衰退が屈折を崩壊させがちであり,実際に英語やデンマーク語などの言語では崩壊させてしまったということである.


 ・ Meillet, A. Caracteres generaux des langues germaniques. 2nd ed. Paris: Hachette, 1922.

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2011-01-28 Fri

#641. ゲルマン語の子音性 (3) [phonetics][consonant][grimms_law][sgcs][germanic][aspiration]

 [2011-01-26-1], [2011-01-27-1]の記事に引き続き,ゲルマン語の子音性について.英語音声学の基礎で学ぶことの1つに,無声破裂音が気息 ( aspiration ) を伴うということがある.英語の無声破裂音には /p/, /t/, /k/ があるが,いずれも強勢のある音節の最初に現われるときには気息を伴う.破裂音の発音には閉鎖,保持,開放の3段階があるが,開放の直後と後続母音の発音との間に短く強い息が聞かれる.これが気息と呼ばれるもので,pin, tell, come などはそれぞれ精密音声表記では [phɪn], [thɛl], [khʌm] と記される.もっといえば,息の漏れが激しいので /p/, /t/, /k/ は軽く破擦音を起こし,[pfh], [tsh], [kxh] に近くなる.一方,日本語では破裂音は強い気息を伴わない.pin, tell, come を「ピン」「テル」「カム」と発音すると英語ぽくないのは,これが理由である.
 例外は,問題の無声破裂音が /s/ に先行されている場合には気息を伴わないことである.したがって,spin, stem, skull では息漏れがない.気息は,破裂の開放後に遅れて呼気が漏れるという現象だが,/s/ はもともと呼気の漏れを伴っているために,その直後で呼気をいったん止め,あらためて遅らせて漏らすということがしにくいためである.
 英語の無声破裂音に関する気息という特徴はゲルマン語全体に当てはまる.一様に発音上の空気の漏れが激しく,これがゲルマン語を破擦音的にし,子音的にしていると考えることができるのではないか.気息の度合いが増して /p/ が [p] > [ph] > [ɸ] > [f] という変化を遂げて /f/ に移行する過程を想定するのであれば,それはすなわち Grimm's Law ( see [2009-08-08-1], grimms_law ) の第1段階である.そして Grimm's Law でも /s/ の直後という音声環境では無気息であり,子音推移がブロックされている (Brinton and Arnovick 132).また,/p/ > /pf/ の変化は後に改めて高地ゲルマン諸語 ( High Germanic ) で生じており,これは Second Germanic Consonant Shift ( see [2010-06-06-1] ) として知られている./p/ のみならず /t/, /k/ も同様である.
 このように見てくると,無声破裂音の気息がゲルマン語においていかに顕著な特徴であったか,そして現在でもそうであるかを思わずにはいられない.英語調音音声学の教えを意識してアルファベットの P を [piː] でなく [phiː] と発音するとき,そこには Grimm's Law の表わす子音推移がどのように開始されたかという問題の答えが潜んでいるのである.

 ・ Brinton, Laurel J. and Leslie K. Arnovick. The English Language: A Linguistic History. Oxford: OUP, 2006.

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2011-01-27 Thu

#640. ゲルマン語の子音性 (2) [phonetics][consonant][grimms_law][verners_law][sgcs][germanic]

 昨日の記事[2011-01-26-1]に引き続き,ゲルマン語が子音的であることについての話題.昨日触れたクレパンと同様に,著名なフランスの言語学者 Meillet も,ロマンス語,特にフランス語と比較しながらゲルマン語の子音性を支持するようなある歴史的過程について述べている.

Ce qui rend les mots latins méconnaissables sous l'aspect qu'ils prennent en français, c'est que les consonnes intervocaliques se sont fortement altérées ou même réduites au point de disparaître; dans fr. feu, on ne reconnaît plus le latin focum; dans père, on ne reconnaît plus le latin patrem; dans mi, on ne reconnaît plus le latin medium. En germanique, il ne s'est rien passé de semblable. Certaines consonnes ont changé d'aspect; mais elles ont subsisté . . . . De là vient que les mots indo-européens sont souvent reconnaissables en germanique jusqu'à présent malgré le nombre et la gravité des changements phonétiques intervenus. (Meillet 54--55)

ラテン語単語がフランス語の取っている外観ゆえに認識できなくなっているのは,母音間の子音が激しく変容し,消失するほどまでに摩耗したことである.フランス語の feu においては,もはやラテン語の focum は認識できず,père においてはもはやラテン語 patrem を認識できないし,mi においてはもはやラテン語 medium を認識できない.ゲルマン語では,そのようなことはまったく生じなかった.子音の中には外観を変えたものもあるが,存続はした.〔中略〕これゆえに,ゲルマン語においては,数多く激しい音声変化を遂げたにもかかわらず,印欧祖語の単語がしばしば現在にいたるまで認識可能なのである.


 ここで述べられている「数多く激しい音声変化」の最たるものは,もちろん Grimm's Law, Verner's Law, Second Germanic Consonant Shift ( see [2009-08-08-1], [2009-08-09-1], [2010-06-06-1] ) である.種々の子音は変化を経たけれども摩耗はしなかった,その点が少なくともフランス語と比較すると異なる点だったということになろう.ゲルマン諸語は印欧祖語の語中子音を比較的よく保ってきた分だけ子音的である,ということはできそうである.

 ・ Meillet, A. Caracteres generaux des langues germaniques. 2nd ed. Paris: Hachette, 1922.

Referrer (Inside): [2011-01-28-1]

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2011-01-26 Wed

#639. ゲルマン語の子音性 (1) [phonetics][phonotactics][consonant][germanic][german][sgcs]

 ドイツ語は子音の多い言語だと言われる.[2011-01-13-1]の記事で言語に対するステレオタイプを話題にしたときに触れたが,ドイツ語の発音については偏見のこもった guttural 「耳障りな,喉音の,しわがれた声の」という形容がしばしば聞かれる( gutturalOALD8 の定義によると "(of a sound) made or seeming to be made at the back of the throat" ) .
 しかし,より客観的に音声学的な観点からは,ある言語が子音的な言語というときには何を意味するのだろうか.あくまで他の言語との相対的な意味ではあるが,例えば,音韻体系において子音の種類が多く,音素配列 ( phonotactics ) において子音の組み合わせが豊富で,現実の発話に際して子音の頻度が高い,などの条件が考えられるだろうか.このような観点で複数の言語を比較すれば,より子音的な言語やより母音的な言語という区分けは一応できそうである.
 例えば英語と比べての話しだが,ドイツ語は Second Germanic Consonant Shift ( see [2010-06-06-1] ) により /pf/, /ts/, /x/ のような破擦音 ( affricate ) や摩擦音 ( fricative ) の系列が発達しており,/s/, /z/, /ʃ/, /tʃ/ のような歯擦音 ( sibilant ) も豊富である.子音の組み合わせ方も schlecht 「悪い」, Tschechoslovakisch 「チェコスロバキアの」, Zweck 「目的」などに垣間見られる通り顕著である.
 しかし,英語もドイツ語に比べて子音性が著しく劣っているわけではない.ghosts /gəʊsts/, sphinx /sfɪnks/, streets /striːts/ などはなかなかに guttural だし,最も多くの単音からなる1音節語といわれる strengths /streŋkθs/ に至っては「3子音1母音4子音」という guttural な配列である.
 ドイツ語や英語に限らず一体にゲルマン語は子音的である.と,少なくともフランスの言語学者たちは評している.例えば,クレパンは,次のような点(主に英語について)を指摘しながら,ゲルマン諸語は「子音の優勢がはっきりと現われている」 (p. 70) と述べている.

 (1) 語頭の母音に先行する声門破裂音が際立っていたために,古英語頭韻詩の頭韻に参加していた.
 (2) ゲルマン語の強さアクセント ( stress accent ) は子音連結や強勢音節を閉じる子音をはっきりと浮かび上がらせる.
 (3) 重複子音 ( ex. OE mann, wīfmann, bringann ) が豊富である.
 (4) PDE thunder, sound などに見られるように /n/ の後に /d/ が挿入される例 ( insertion ) が見られる.
 (5) 単音節化に向かう英語の傾向そのものが子音を際立たせている.例えば,切り株 ( clipping ) による bus, popかばん語 ( blend ) による smog など.

 ○○語(派)の特徴というのは,非○○語(派)との比較からしか浮かび上がってこない.その意味では,ロマンス語を母語とする言語学者によるゲルマン語評,英語評というのはしばしば傾聴に値する.

 ・ アンドレ・クレパン 著,西崎 愛子 訳 『英語史』 白水社〈文庫クセジュ〉,1980年.

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