『中高生の基礎英語 in English』の10月号が発売となりました.連載「歴史で謎解き 英語のソボクな疑問」の第19回は「なぜ単語ごとにアクセントの位置が決まっているの?」です.
英単語のアクセント問題は厄介です.単語ごとにアクセント位置が決まっていますが,そこには100%の規則がないからです.完全な規則がないというだけで,ある程度予測できるというのも事実なのですが,やはり一筋縄ではいきません.
例えば,以前,学生より「nature と mature は1文字違いですが,なんで発音がこんなに異なるのですか?」という興味深い疑問を受けたことがあります.これを受けて hellog で「#3652. nature と mature は1文字違いですが,なんで発音がこんなに異なるのですか?」 ([2019-04-27-1]) の記事を書いていますが,この事例はとてもおもしろいので今回の連載記事のなかでも取り上げた次第です.
英単語の厄介なアクセント問題の起源はノルマン征服です.それ以前の古英語では,アクセントの位置は原則として第1音節に固定で,明確な規則がありました.しかし,ノルマン征服に始まる中英語期,そして続く近代英語期にかけて,フランス語やラテン語から大量の単語が借用されてきました.これらの借用語は,原語の特徴が引き継がれて,必ずしも第1音節にアクセントをもたないものが多かったため,これにより英語のアクセント体系は混乱に陥ることになりました.
連載記事では,この辺りの事情を易しくかみ砕いて解説しました.ぜひ10月号テキストを手に取っていただければと思います.
英語のアクセント位置についての話題は,hellog よりこちらの記事セットおよび stress の各記事をお読みください.
昨日『中高生の基礎英語 in English』の9月号が発売となりました.連載「歴史で謎解き 英語のソボクな疑問」の第18回は「なぜ英語には類義語が多いの?」です.
英語には ask -- inquire -- interrogate のような類義語が多く見られます.多くの場合,語彙の学習は暗記に尽きるというのは事実ですので,類義語が多いというのは英語学習上の大きな障壁となります.本当は英語に限った話しではなく,日本語でも「尋ねる」「質問する」「尋問する」など類義語には事欠かないわけなので,どっこいどっこいではあるのですが,現実的には英語学習者にとって高いハードルにはちがいありません.
英語に(そして実は日本語にも)類義語が多いのは,歴史を通じて様々な言語と接触してきたからです.英語にとってとりわけ重要な接触相手はフランス語とラテン語でした.英語は,ある意味を表わす語をすでに自言語にもっていたにもかかわらず,同義のフランス語単語やラテン語単語を借用してきたという経緯があります.結果として,類義語が積み重ねられ,地層のように層状となって今に残っているのです.この語彙の地層は,典型的に下から上へ「本来の英語」「フランス語」「ラテン語」と3層に積み上げられてきたので,これを英語語彙の「3層構造」と呼んでいます.
3層構造については,hellog でも繰り返し取り上げてきました.こちらの記事セットおよび lexical_stratification の各記事をお読みください.
雑誌の連載記事では,この話題を中高生にも分かるように易しく解説しています.ぜひ手に取っていただければと思います.
一昨日,YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の第38弾が公開されました.「え?それも外来語? 英語ネイティヴたちも(たぶん)知らない借用語たち」です.
今回は古ノルド語 (Old Norse) という言語に注目しましたが,一般にはあまり知られていないかと思います.知っている方は,おそらく英語史を通じて知ったというケースが多いのではないでしょうか.英語史において古ノルド語は実は重要キャラです.歴史上,英語に多大な影響を及ぼしてきた言語であり,私見では英語史上もっとも重要な言語です.
そもそも古ノルド語という言語は何なのでしょうか.現在の北欧諸語(デンマーク語,スウェーデン語,ノルウェー語,アイスランド語など)の祖先です.今から千年ほど前に北欧のヴァイキングたちが話していた言語とイメージしてください.北ゲルマン語派に属し,西ゲルマン語派に属する英語とは,それなりに近い関係にあります.
古ノルド語を母語とする北欧のヴァイキングたちは,8世紀半ばから11世紀にかけてブリテン島を侵略しました.彼らはやがてイングランド北東部に定住し,先住の英語話者と深く交わりました.そのとき,言語的にも深く交わることになりました.結果として,英語に古ノルド語の要素が大量に流入することになったのです.
YouTube では,take, get, give, want, die, egg, bread, though, both,they など,英語語彙の核心に入り込んだ古ノルド語由来の単語に注目しました.しかし,古ノルド語の言語的影響の範囲は,語彙にとどまらず,語法や文法にまで及んでいるのです.英語史上きわめて希有なことです.
この hellog では,古ノルド語と英語の言語接触に関する話題は頻繁に取り上げてきました.関心をもった方は old_norse の記事群をお読みください.また,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」でも様々に話してきました.以下,とりわけ重要な記事・放送にリンクを張っておきますので,ぜひご訪問ください.
[ hellog 記事 ]
・ 「#3988. 講座「英語の歴史と語源」の第6回「ヴァイキングの侵攻」を終えました」 ([2020-03-28-1])
・ 「#2625. 古ノルド語からの借用語の日常性」 ([2016-07-04-1])
・ 「#340. 古ノルド語が英語に与えた影響の Jespersen 評」 ([2010-04-02-1])
・ 「#2693. 古ノルド語借用語の統計」 ([2016-09-10-1])
・ 「#3982. 古ノルド語借用語の音韻的特徴」 ([2020-03-22-1])
・ 「#170. guest と host」 ([2009-10-14-1])
・ 「#827. she の語源説」 ([2011-08-02-1])
・ 「#3999. want の英語史 --- 語源と意味変化」 ([2020-04-08-1])
・ 「#4000. want の英語史 --- 意味変化と語義蓄積」 ([2020-04-09-1])
・ 「#818. イングランドに残る古ノルド語地名」 ([2011-07-24-1])
・ 「#1938. 連結形 -by による地名形成は古ノルド語のものか?」 ([2014-08-17-1])
・ 「#1937. 連結形 -son による父称は古ノルド語由来」 ([2014-08-16-1])
・ 「#1253. 古ノルド語の影響があり得る言語項目」 ([2012-10-01-1])
・ 「#3987. 古ノルド語の影響があり得る言語項目 (2)」 ([2020-03-27-1])
・ 「#1167. 言語接触は平時ではなく戦時にこそ激しい」 ([2012-07-07-1])
・ 「#1170. 古ノルド語との言語接触と屈折の衰退」 ([2012-07-10-1])
・ 「#1179. 古ノルド語との接触と「弱い絆」」 ([2012-07-19-1])
・ 「#1182. 古ノルド語との言語接触はたいした事件ではない?」 ([2012-07-22-1])
・ 「#1183. 古ノルド語の影響の正当な評価を目指して」 ([2012-07-23-1])
・ 「#3986. 古英語と古ノルド語の接触の状況は多様で複雑だった」 ([2020-03-26-1])
・ 「#4454. 英語とイングランドはヴァイキングに2度襲われた」 ([2021-07-07-1])
・ 「#1149. The Aldbrough Sundial」 ([2012-06-19-1])
・ 「#3001. なぜ古英語は古ノルド語に置換されなかったのか?」 ([2017-07-15-1])
・ 「#3972. 古英語と古ノルド語の接触の結果は koineisation か?」 ([2020-03-12-1])
・ 「#2591. 古ノルド語はいつまでイングランドで使われていたか」 ([2016-05-31-1])
・ 「#3969. ラテン語,古ノルド語,ケルト語,フランス語が英語に及ぼした影響を比較する」 ([2020-03-09-1])
・ 「#4577. 英語と古ノルド語,ローマンケルト語とフランク語」 ([2021-11-07-1])
・ 「#3979. 古英語期に文証される古ノルド語からの借用語のサンプル」 ([2020-03-19-1])
・ 「#2869. 古ノルド語からの借用は古英語期であっても,その文証は中英語期」 ([2017-03-05-1])
・ 「#3263. なぜ古ノルド語からの借用語の多くが中英語期に初出するのか?」 ([2018-04-03-1])
・ 「#59. 英語史における古ノルド語の意義を教わった!」 ([2009-06-26-1])
[ heldio 放送 ]
・ 「#179. 和田忍先生との対談:ヴァイキングの活動と英語文献作成の関係」 (2021/11/26)
・ 「#180. 和田忍先生との対談2:ヴァイキングと英語史」 (2021/11/27)
・ 「#181. 古ノルド語からの借用語がなかったら英語は話せない!?」 (2021/11/28)
・ 「#182. egg 「卵」は古ノルド語からの借用語!」 (2021/11/29)
・ 「#105. want の原義は「欠けている」」 (2021/09/14)
・ 「#317. dream, bloom, dwell ー 意味を借りた「意味借用」」 (2022/04/13)
・ 「#155. ノルド人とノルマン人は違います」 (2021/11/02)
昨日の記事「#4764. 慣用的な懸垂分詞の起源と種類」 ([2022-05-13-1]) に続き,懸垂分詞の起源について.
この構文を Jespersen (407) は "dangling participle" や "loose participle" と呼び,数ページにわたって議論している.とりわけ pp. 409--10 では,"perfectly established" したものとして allowing for, talking of, speaking of, judging by, judging from, saving, begging your pardon, strictly speaking, generally speaking, counting, taking, considering の例が挙げられている.
pp. 410--11 では,さらに慣習化して前置詞に近くなったものがあるとして,中英語以降からの豊富な例文とともに挙げられている.今後の考察のためにも,ここに引用しておきたい.
22.29. A loose participle sometimes approaches the value of a preposition. This use is with possibly doubtful justice ascribed to French influence by Ross, The Absolute Participle, 30. Examples: Ch B 4161 as touching daun Catoun | More U 64 Now as touchyng this question . . . But as concernyng this matter . . . | Caxton R 11 touchyng this complaint | Hawthorne S 247 I am utterly bewildered as touching the purport of your words | Caxton R 54 alle were there sauyng reynard | Gay BP 40 . . . a Jew; and bating their religion, to women they are a good sort of people | Hawthorne Sn 51 barring the casualties to which such a complicated piece of mechanism is liable | Quincey 116 one may bevouack decently, barring rain and wind, up to the end of October | Scott I 31 incapable of being removed, excepting by the use of the file | Di Do 239 Edith, saving for a curl of her lip, was motionless | Dreiser F 292 what chance would he have, presuming her faithfulness itself | Defoe R 2.190 his discourse was prettily deliver'd, considering his youth | Hope D 77 Considering his age, your conduct is scandalous | Thack N 5 there may be nothing new under and including the sun.
Cf. also regarding, respecting (e.g. Ruskin S 1.291) | according to (Caxton R 57, etc.) | owing to | granting (Stevenson JHF 103 even granting some impediments, why was this gentleman to be received by me in secret?).
Cf. pending, during, notwithstanding 6.34.
On the transition of seeing, granting, supposing, notwithstanding with or without that to use as conjunctions, see ch. XXI; on being see above 6.35.
これによると,慣習化した懸垂分詞はフランス語の対応構文からの影響の結果とみなす説もあるようだが,昨日の記事でもみたとおり古英語にルーツを探ることができる以上,少なくともフランス語からの影響のみに依拠する説明は妥当ではないだろう.
引用の最後の部分にあるように,現代までに完全に前置詞化,あるいは接続詞化したものも数例あるので,judging from 問題を考察するに当たって,そのような事例にも目を配っていく必要がある.
・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part 5. Copenhagen: Munksgaard, 1954.
Millar は2016年の著書のなかで,言語接触 (contact) を論じる際には,接触する2言語の言語的近さを考慮する必要があると論じている.遠い2言語どうしの接触と,近い2言語,あるいは同一言語の2つの方言どうしの接触とでは,様相が異なるはずだと考えている.
Millar のこの見方は常識的であり,力説する必要もない,と思われるかもしれない.しかし,接触言語学の分野で絶大な影響力を誇る Thomason and Kaufman と Thomason においては,言語的な近さは言語接触を論じる上でさほど重要なパラメータとしてとらえられていない.関与し得るとしても,最も弱い関与にとどまるという消極的な役割しか与えられていないのである(cf. 「#1779. 言語接触の程度と種類を予測する指標」 ([2014-03-11-1]),「#1780. 言語接触と借用の尺度」 ([2014-03-12-1]),「#1781. 言語接触の類型論」 ([2014-03-13-1])).
Millar の主張は,このような学史的な背景のもとになされたものである.Millar (9--10) は,Thomason による言語接触に関する4段階の尺度を紹介した後に,主に2点について批判している.
1つは,くだんの尺度は,言語接触の1側面である借用 (borrowing) に大きく偏った尺度となっており,干渉 (interference) を十分に考慮したものとはなっていないということだ (cf. 「#1985. 借用と接触による干渉の狭間」 ([2014-10-03-1]),「#2009. 言語学における接触,干渉,2言語使用,借用」 ([2014-10-27-1])).言語接触による単純化 (simplification) などの重要な話題が取りこぼされてしまっているという.
2つめは,上述の通り,Thomason (and Kaufman) は概して接触する2言語間の言語的近さというパラメータを軽視しているが,Millar が著書を通じて論じているように,実際には重要なパラメータだということである.Millar (10) は序章において次のように述べている.
. . . close linguistic relationship makes for a much more nuanced (and sometimes unexpected) series of contact-induced outcomes. We also have to include into such an analysis a discussion of occasions of near-relative contact where the two (or more) varieties involved would normally be considered dialects of the same language.
接触言語学の領域も着実に議論と知見が深化してきているように思う.
・ Millar, Robert McColl. Contact: The Interaction of Closely Related Linguistic Varieties and the History of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2016.
・ Thomason, Sarah Grey and Terrence Kaufman. Language Contact, Creolization, and Genetic Linguistics. Berkeley: U of California P, 1988.
・ Thomason, Sarah Grey. Language Contact. Edinburgh: Edinburgh UP, 2001.
英語が各時代に接触してきた言語との関係を通じて英語の語彙史を描くことは,英語史のスタンダードの1つである.本ブログでも「#1526. 英語と日本語の語彙史対照表」 ([2013-07-01-1]),「#2615. 英語語彙の世界性」 ([2016-06-24-1]),「#2966. 英語語彙の世界性 (2)」 ([2017-06-10-1]),「#3381. 講座「歴史から学ぶ英単語の語源」」 ([2018-07-30-1]),「#4130. 英語語彙の多様化と拡大の歴史を視覚化した "The OED in two minutes"」 ([2020-08-17-1]) などで繰り返し紹介してきた.
これとおよそ連動はするのだが独立した試みとして,英語が各時代に接触してきた言語との関係を通じて英語のスペリング史を描くこともできる.そして,この試みは必ずしもスタンダードではなく,英語史のなかでの扱いは小さかったといってよい.
英語のスペリング史と言語接触 について Horobin (113) が次のように述べている.
English spelling is a concoction of written forms drawn from a variety of languages through processes of inheritance and borrowing. At every period in its history, the English lexicon contains words inherited from earlier stages, as well as new words introduced from foreign languages. But this distinction should not be applied too straightforwardly, since inherited words have frequently been subjected to changes in their spelling over time. Similarly, while words drawn from foreign language may preserve their native spellings intact, they frequently undergo changes in order to accommodate to native English spelling patterns.
語彙史とスペリング史は,しばしば連動するが,原則とした独立した歴史である,という捉え方だ.これはとても正しい見方だと思う.Horobin は同論考のなかで,英語史の各時代ごとにスペリングに影響を及ぼした言語・方言について次のような見取り図を示している.論考のセクション・タイトルを抜き出す形でまとめてみよう.
「#2442. 強調構文の発達 --- 統語的現象から語用的機能へ」 ([2016-01-03-1]),「#3754. ケルト語からの構造的借用,いわゆる「ケルト語仮説」について」 ([2019-08-07-1]) で取り上げてきたように,「強調構文」として知られている構文の起源と発達については様々な見解がある(ちなみに英語学では「分裂文」 (cleft_sentence) と呼ぶことが多い).
比較的最近の新しい説によると,英語における強調構文の成長は,少なくとも部分的にはケルト語との言語接触に帰せられるのではないかという「ケルト語仮説」 (celtic_hypothesis) が提唱されている.伝統的には,ケルト語との接触による英語の言語変化は一般に微々たるものであり,あったとしても語彙借用程度にとどまるという見方が受け入れられてきた.しかし,近年勃興してきたケルト語仮説によれば,英語の統語論や音韻論などへの影響の可能性も指摘されるようになってきている.英語の強調構文の発達も,そのような事例の1候補として挙げられている.
先行研究によれば,古英語での強調構文の事例は少ないながらも見つかっている.例えば以下のような文である (Filppula and Klemola 1695 より引用).
þa cwædon þa geleafullan, 'Nis hit na Petrus þæt þær cnucað, ac is his ængel.' (Then the faithful said: It isn't Peter who is knocking there, but his angel.)
Filppula and Klemola (1695--96) の調査によれば,この構文の頻度は中英語期にかけて上がってきたという.そして,この発達の背景には,ケルト語における対応表現の存在があったのではないかとの仮説を提起している.論拠の1つは,アイルランド語を含むケルト諸語に,英語よりも古い時期から対応表現が存在していたという点だ.実はフランス語にも同様の強調構文が存在し,むしろフランス語からの影響と考えるほうが妥当ではないかという議論もあるが,ケルト諸語での使用のほうが古いということがケルト語仮説にとっての追い風となっている.
もう1つの論拠は,現代アイルランド英語 (irish_english) で,英語の強調構文よりも統語的自由度の高い強調構文が広く使われているという事実だ.例えば,次のような自由さで用いられる (Filppula and Klemola 1698 より引用).
・ It is looking for more land they are.
・ Tis joking you are, I suppose.
・ Tis well you looked.
このようなアイルランド英語における,統語的制限の少ない強調構文の使用は,そのような特徴をもつケルト語の基層の上に英語が乗っかっているためと解釈することができる.いわゆる「基層言語仮説」 (substratum_theory) に訴える説明だ.
今回の強調構文の事例だけではなく,一般にケルト語仮説に対しては異論も多い.しかし,古英語期(以前)から現代英語期に及ぶ長大な時間を舞台とする英語とケルト語の言語接触論は,確かにエキサイティングではある.
・ Filppula, Markku and Juhani Klemola. "English in Contact: Celtic and Celtic Englishes." Chapter 107 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1687--1703.
英語史では,ヴァイキング時代(8世紀半ばから11世紀まで)における英語と古ノルド語 (old_norse) の濃密な言語接触 (contact) がしばしば話題となる.本ブログでも関連する多くの記事を書いてきたが,そこで前提としてきたのは両言語(話者)がおよそ対等の関係にあったということだ.
2言語の関わる言語接触の多くのケースでは,社会言語学的な上下の区別が明確である.アングロサクソンのブリテン島侵略時の英語とケルト語の言語接触では,英語が上位 (superstratum) でケルト語が下位 (substratum) だった.また,ノルマン征服以後の英語とフランス語の言語接触では,英語が下位 (substratum) でフランス語が上位 (superstratum) だった.
しかし,社会言語学的な上下が明確ではなく,2つの言語が横並び (adstratum) となるケースもある.上記の英語と古ノルド語の言語接触は,その典型例として挙げられることが多い.
このような例をもう1つ挙げるとすると,ローマンケルト語とフランク語の言語接触が候補となる.一見すると支配者たちの母語であるフランク語が上位で,被支配者たちの母語であるローマンケルト語が下位という社会言語学的な関係が成立していただろうと考えられるかもしれないが,Millar (4--5) によると横並びと考えるのが最も適切だという.
In post-Roman Gaul, for instance, the relationship between the military dominant Franks and the Romano-Celtic population whom they ruled was not one of a genuinely superstratal versus substratal type. Instead, the relationship between the two groupings are best described as adstratal. While the military power of the Franks was considerable, their administration for Roman tradition and lifestyle was perpetually present; they were often bilingual. By the same token, the Gallo-Roman elite appear to have been happy to take on aspects of Frankish culture --- in particularly, names --- from an early period. No doubt they were more than aware of the centre towards which power, influence and capital of various sorts was now flowing. The Frankish influence upon the ancestor of modern French are visible, therefore, but they tend to be concentrated in particular semantic fields, such as the technology and practice of warfare and fortification, where the Franks' primary expertise and power base lay. A good example of this is Modern French maréchal 'supreme war leader', but originally 'leader of the cavalry', borrowed early on from Frankish.
英語史とフランス語史に関わる "adstratal relationship" を示す2例として銘記しておきたい.
・ Millar, Robert McColl. Contact: The Interaction of Closely Related Linguistic Varieties and the History of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2016.
標題の話題について,本ブログでもたびたび議論してきた.例えば次の通り.
・ 「#443. 言語内的な要因と言語外的な要因はどちらが重要か?」 ([2010-07-14-1])
・ 「#1232. 言語変化は雨漏りである」 ([2012-09-10-1])
・ 「#1233. 言語変化は風に倒される木である」 ([2012-09-11-1])
・ 「#1582. 言語内的な要因と言語外的な要因はどちらが重要か? (2)」 ([2013-08-26-1])
・ 「#1584. 言語内的な要因と言語外的な要因はどちらが重要か? (3)」 ([2013-08-28-1])
・ 「#1977. 言語変化における言語接触の重要性 (1)」 ([2014-09-25-1])
・ 「#1978. 言語変化における言語接触の重要性 (2)」 ([2014-09-26-1])
・ 「#1986. 言語変化の multiple causation あるいは "synergy"」 ([2014-10-04-1])
・ 「#3152. 言語変化の "multiple causation"」 ([2017-12-13-1])
・ 「#3271. 言語変化の multiple causation 再考」 ([2018-04-11-1])
・ 「#3355. 言語変化の言語内的な要因,言語外的な要因,"multiple causation"」 ([2018-07-04-1])
・ 「#3377. 音韻変化の原因2種と結果3種」 ([2018-07-26-1])
・ 「#3842. 言語変化の原因の複雑性と多様性」 ([2019-11-03-1])
・ 「#3971. 言語変化の multiple causation 再再考」 ([2020-03-11-1])
今回は,もう1つ Hickey (487--88) より議論を追加したい.この問題を巡る近年の様々な立場が,要領よくまとめられている.
2.1 Language-internal versus contact factors
In the current context language-internal change is understood as that which occurs within a speech community, among monolingual speakers, and contact-induced change as that which is induced by interfacing with speakers of a different language.
Opinions are divided on when to assume contact as the source of change. Some authors insist on the primacy of internal factors . . . and so favor these when the scales of probability are not biased in either direction for any instance of change. Other scholars view contact explanations more favorably . . . while still others would like to see a less dichotomous view of internal versus and external factors in change . . . .
The fate of explanations based on language contact has varied in recent linguistic literature. During the 1980s many linguists reacted negatively to apparently superficial contact explanations . . . . Others . . . have been consistently skeptical of contact explanations, stressing the coherent internal structure of languages and assuming by default that this is the locus of new features. This position has also been theoretically contested . . . , as it is unproven that language-internal factors take automatic precedence over contact in language change.
Another point needs to be highlighted: at best contact accounts for a phenomenon but does not explain why this should have arisen in the first place. Contact treatments tend to push sources back a step, but not to explain ultimate origins. Rather contact seeks to account for how features come about. "Account" is a more muted term and does not raise expectations of high degrees of adequacy implied by "explanation" . . . .
It would be blind to neglect the possible language-internal arguments for various features suspected of having a contact source. If internal arguments are considered and then deemed insufficient on their own, this actually strengthens the contact case, as contact is then seen as a necessary contributory factor to account fully for the appearance of features. Ultimately, contact accounts depend for acceptance on whether scholars are convinced by what they know about contact scenarios in general, specific contact in the case being discussed, possible alternative accounts and the crucial balance of internal and external factors.
Given that both language-internal and contact sources are available to speakers, it might be fair to postulate that no matter what the likelihood of transfer though contact, language internal factors can always play a role. It is the nature and rate of change which can be influenced by contact, a factor which can vary in intensity.
私自身は,この問題について様々な意見を読み考えてきたが,言語変化一般についていえば言語内的・外的要因の両方が等しく重要であるという立場から動いたことはない.ただし,個別の言語変化についていえば,いずれかの要因がより強く作用しているということはあり得ると考える.
・ Hickey, Raymond. "Assessing the Role of Contact in the History of English." Chapter 37 of The Oxford Handbook of the History of English. Ed. Terttu Nevalainen and Elizabeth Closs Traugott. New York: OUP, 2012. 485--96.
言語接触 (contact) に関わる標題の3つの重要な用語を解説する.このような用語を用いる際に注意すべき点は,論者によって何を指すかが異なり得ることだ.ここでは当該分野の専門家である Hickey (486--87) の定義を引用したい.
(1) Borrowing. Items/structures are copied from language X to language Y, but without speakers of Y shifting to X. In this simple form, borrowing is characteristic of "cultural" contact (e.g. Latin and English in the history of the latter, or English and other European languages today). Such borrowings are almost exclusively confined to words and phrases.
(2) Transfer. During language shift, when speakers of language X are switching to language Y, they transfer features of their original native language X to Y. Where these features are not present in Y they represent an innovation. For grammatical structures one can distinguish (i) categories and (ii) their realizations, either or both of which can be transferred.
(3) Convergence. A feature in language X has an internal source (i.e. there is a systemic motivation for the feature within language X), and the feature is present in a further language Y with which X is in contact. Both internal and external sources "converge" to produce the same result as with the progressive form in English. . . .
この3つの区分は,接触に起因する過程の agentivity が X, Y のいずれの言語話者側にあるのか,あるいは両側にあるのかに対応するといってよい.この agentivity の観点については「#3968. 言語接触の2タイプ,imitation と adaptation」 ([2020-03-08-1]),「#3969. ラテン語,古ノルド語,ケルト語,フランス語が英語に及ぼした影響を比較する」 ([2020-03-09-1]) も参照.
・ Hickey, Raymond. "Assessing the Role of Contact in the History of English." Chapter 37 of The Oxford Handbook of the History of English. Ed. Terttu Nevalainen and Elizabeth Closs Traugott. New York: OUP, 2012. 485--96.
2言語話者どうしが2つの言語の間を行き来しながら話す状況は code-switching や code-mixing として知られている.これはあくまで両言語の間を行き来しているコミュニケーションの過程としてみるべきもので,両言語を源とする何らかの新しい言語変種が生まれたということにはならない.
しかし,なかにはそのようなコミュニケーション過程が一定のパターンとして化石化し,新しい混成言語というべきものになる場合がある.この言語変種は "bilingual mixed languages" と呼ばれる.「#1781. 言語接触の類型論」 ([2014-03-13-1]) に照らせば,"extreme language mixture" の名の下で,ピジン語 (pidgin) やクレオール語 (creole) と同列に扱われる言語変種である.ただし,ピジン語やクレオール語とは多くの点で性質が異なっている.Winford (170) の解説を引用しよう.
There is general consensus that bilingual mixed languages are composites of materials drawn from just two languages. In what are perhaps the prototypical cases, the grammar is derived primarily from one of the languages, and the lexicon primarily from the other. Examples include Anglo-Romani and Media Lengua (a blend of Spanish lexicon and Quechua grammar). However, the neat separation of grammar and vocabulary by respective source language is not found in all cases. There are cases where structural materials are derived from both sources, as in Michif, which combines French NP structure with Cree VP structure. Whatever the nature of the mixture might be, there is agreement that the resulting outcome is a new creation, distinct from either of its source languages.
"bilingual mixed languages" は,その名が示すとおり,2言語使用が広く行なわれている環境において生じる.特徴的なのは,混成要素の各々がいずれの言語に由来するものかが明確に区別されることだ.また,典型的にピジン語に観察されるような単純化 (simplification) がほとんど生じないという著しい特徴も示す.
事例としては,キプロスで話されるアラビア語とギリシア語が混成した Kormakiti Arabic,ギリシア語とトルコ語が混成した Asia Minor Greek,中国語とチベット語が混成した Wutun,ロマニー語とスペイン語が混成した Caló,クシ語とバントゥー語が混成した Ma'a,スペイン語とケチュア語が混成した Media Lengua, フランス語とクリー語が混成した Michif,ロシア語とアリュート語が混成した Mednyj (Copper Island) Aleut などがある.最後の2つについては「#1717. dual-source の混成語」 ([2014-01-08-1]) でも取り上げた.
・ Winford, Donald. An Introduction to Contact Linguistics. Malden, MA: Blackwell, 2003.
8世紀後半から11世紀にかけてイングランド北部の英語は古ノルド語と濃厚に接触した.この言語接触 (contact) は後の英語の形成に深遠な影響を及ぼし,英語史上の意義も大きいために,非常に多くの研究がなされ,蓄積されてきた.本ブログでも,古ノルド語に関する話題は old_norse の多くの記事で取り上げてきた.
この言語接触の著しい特徴は,単なる語彙借用にとどまらず,形態論レベルにも影響が及んでいる点にある.主に屈折語尾の単純化 (simplification) や水平化 (levelling) に関して,言語接触からの貢献があったことが指摘されている.しかし,この言語接触が,言語接触のタイポロジーのなかでどのような位置づけにあるのか,様々な議論がある.
この分野に影響力のある Thomason and Kaufman (97, 281) の見立てでは,当該の言語接触の水準は,借用 (borrowing) か,あるいは言語交替 (language_shift) による影響といった水準にあるだろうという.これは,両方の言語の話者ではなく一方の言語の話者が主役であるという見方だ.
一方,両言語の話者ともに主役を演じているタイプの言語接触であるという見解がある.類似する2言語(あるいは2方言)の話者が互いの妥協点を見つけ,形態を水平化させていくコイネー化 (koineisation) の過程ではないかという説だ.この立場については,すでに「#3972. 古英語と古ノルド語の接触の結果は koineisation か?」 ([2020-03-12-1]) と「#3980. 古英語と古ノルド語の接触の結果は koineisation か? (2)」 ([2020-03-20-1]) でも紹介してきたが,今回は Winford (82--83) が Dawson に依拠しつつ解説している部分を引用したい.
Hope Dawson (2001) suggests that the variety of Northern English that emerged from the contact between Viking Norse and Northern Old English was in fact a koiné --- a blend of elements from the two languages. The formation of this compromise variety involved selections from both varieties, with gradual elimination of competition between variants through leveling (selection of one option). This suggestion is attractive, since it explains the retention of Norse grammatical features more satisfactorily than a borrowing scenario does. We saw . . . that the direct borrowing of structural features (under RL [= recipient language] agentivity) is rather rare. The massive diffusion of Norse grammatical features into Northern Old English is therefore not what we would expect if the agents of change were speakers of Old English importing Norse features into their speech. A more feasible explanation is that both Norse and English speakers continued to use their own varieties to each other, and that later generations of bilingual or bidialectal speakers (especially children) forged a compromise language, as tends to happen in so many situations of contact.
接触言語学の界隈では,コイネー化の立場を取る論者が増えてきているように思われる.
・ Thomason, Sarah Grey and Terrence Kaufman. Language Contact, Creolization, and Genetic Linguistics. Berkeley: U of California P, 1988.
・ Dawson, Hope. "The Linguistic Effects of the Norse Invasion of England." Unpublished ms, Dept of Linguistics, Ohio State U, 2001.
・ Winford, Donald. An Introduction to Contact Linguistics. Malden, MA: Blackwell, 2003.
普通,英語史においてメキシコが注目されることはないだろう.メキシコが北米史において重要な役割を果たしていることは分かっていても,スペイン語を主たる言語とするメキシコが(アメリカ)英語に対して語彙の分野である程度の影響を与えていることはあるにせよ,それ以上にどう深く関与しているのかは自明ではない.英語学・英語史の文脈での「北米」とは,アメリカ合衆国とカナダのことであり,メキシコは事実上含まれないというのが実情だろう.
私も基本的に上記の理解に甘んじてはいるのだが,英語の文脈でメキシコも忘れてもらっては困る,という珍しい論考に出会ったので紹介しておきたい.Hall-Lew (377--78) から引用する.
English use in Mexico is important to a discussion of English in North America not only for descriptive comprehensiveness but also because of its influence on U.S. Englishes. English is the primary language of at least one community in Mexico, the Mormon colonies in Casas Grandes Valley, Chihuahua . . . . English is also widely spoken in the communities on the U.S. border and in towns frequented by U.S.-based tourists. English is the most widely taught non-Spanish language in Mexico, having "an important role to play in formal education, equipping persons to participate in various occupational and professional activities such as tourism, industry, government, media, science, and technology, among others" . . . . Given that much of the U.S. was previously property of Mexico, the features of Mexican English are both historically relevant and increasingly representative of growing communities of Mexican Americans across the United States.
上記の通り,メキシコにも実は英語コミュニティがある.しかし,それは少数派で肩身狭く暮らす英語コミュニティである.まさか「世界の英語」が肩身狭く用いられているコミュニティがあるとは驚きかもしれないが,メキシコ以外にもカリブ地域にはそのような社会がちょこちょこ存在するのである.これについては「#1731. English as a Basal Language」 ([2014-01-22-1]) を参照.
世界英語 (world_englishes) の観点から,大国メキシコを改めて位置づけてみるのもよいだろう(以下は (C)ROOTS/Heibonsha.C.P.C によるメキシコの地図).
・ Hall-Lew, Lauren. "English in North America." Chapter 18 of The Oxford Handbook of World Englishes. Ed. by Markku Filppula, Juhani Klemola, and Devyani Sharma. New York: OUP, 2017. 371--88.
歴史的にいえばアイルランド英語やインド英語のような "indigenised Englishes" は,基層言語と英語との言語接触および言語交替 (language_shift) の結果として生じた言語変種であり,英語との遺伝的な関係が保たれているとされる.一方,スリナムの Saramaccan のような "English creoles" は,英語との言語接触は前提とされているが,語彙提供言語である英語とは直接の遺伝的な関係のない言語変種とされる (cf. 「#463. 英語ベースのピジン語とクレオール語の一覧」 ([2010-08-03-1])) .
上記は indigenised Englishes と English creoles を対比させる際の従来の説明の仕方である.要するにクレオール語を言語接触の例外的なケースととらえる立場だ.代表的な論者として Thomason and Kaufman を挙げておこう.
しかし,近年では indigenised Englishes と English creoles の違いは,従来の見解が主張するような本質の違いではなく,程度の問題にすぎないのではないかという見方が広がってきている.そのような見方を採用する Winford (196) の説明に耳を傾けよう.
This recognition has led to a growing rapport between the study of the New Englishes and the study of English-lexicon creoles in the last couple of decades. It has given impetus to an earlier tradition of research concerned with the relationship between the two types of contact Englishes, which dates back to the 1980s . . . . The links between the two fields have more recently been reaffirmed in the work of scholars . . . . It is now generally acknowledged that the creation of the New Englishes shares a great deal in common with creole formation, with regard to both the socio-historical circumstances and the processes of change that were involved. The challenge facing us is to show how these two dimensions of language shift---the socio-historical and the linguistic---interact in the emergence of contact varieties. On the one hand, the diversity of outcomes that resulted from the spread of English to various colonies provides support for Thomason and Kaufman's claim that 'it is the sociolinguistic history of the speakers, and not the structure of their language, that is the primary determinant of the linguistic outcome of language contact' (1988: 35). At the same time, the emergence and evolution of contact Englishes supports the view that different outcomes are also constrained by the same principles and processes of change that operate in shift situations generally. All of this suggests that the division between 'indigenized English' and 'creoles' is essentially an artificial one, since we find diversity within each group and significant overlap between the two.
Winford にとっては,indigenised Englishes と English creoles の違いは程度の問題であり,引用の最後にある通り,人工的な区分にすぎないようだ.Winford はこの1節の後,Schneider の "Dynamic Model" を参照して議論を続けていく.このモデルについては「#4497. ポストコロニアル英語変種に関する Schneider の Dynamic Model」 ([2021-08-19-1]) を参照.
・ Winford, Donald. "World Englishes and Creoles." Chapter 10 of The Oxford Handbook of World Englishes. Ed. by Markku Filppula, Juhani Klemola, and Devyani Sharma. New York: OUP, 2017. 194--210.
・ Thomason, Sarah Grey and Terrence Kaufman. Language Contact, Creolization, and Genetic Linguistics. Berkeley: U of California P, 1988.
社会言語学的文脈で議論されることが多い世界英語 (world_englishes) と,音韻理論としての最適性理論 (Optimality Theory; ot) の2つを組み合わせて考えてみることなど,これまでなかったが,Uffmann がまさにそのような論考を提示している.
"World Englishes and Phonological Theory" という論題だけを見たときには,世界中の様々な英語変種の音韻論を比べて,最適性理論により統一的に説明しようとするものだろうかと思ったが,どうもそういうわけではないようだ.究極の目標としてはそのようなことも考えているのかもしれないが,この論考では,主に Vernacular Liberian English (cf. 「#1697. Liberia の国旗」 ([2013-12-19-1])) というL2英語変種の音韻特徴を,L1の制約(のランキング)が持ち越されたことに由来するとして説明するのに,最適性理論を援用している.
刺激的な論文だった.言語接触 (contact) というすぐれて社会言語学的な問題と,音韻体系に関わる理論言語学的な問題とが,最適性理論のランキングを介して結びつけられる快感を得たといえばよいだろうか.ただし,この論文で両者の結びつきが必ずしも鮮やかに提示されたわけではない.あくまで今後の課題として示されるにとどまってはいる.それでも,見通しとしては前途有望だ.Uffmann (79--80) は次のように見通している.
We also still do not have a clear idea of how the social factors in language contact interface with the formal properties of a grammar. With respect to creoles, Uffmann . . . suggests that there are three main processes at work whose relative weighting will depend on the exact nature of the contact situation: (a) transfer of substrate rankings, (b) levelling across substrates, which will be levelling to the unmarked (unless the marked option is shared by a majority of speakers), that is, choosing the ranking from the pool of grammars in which markedness constraints are ranked highest, and (c) acquisition of the superstrate grammar, as reranking via constraint demotion . . . . How does this proposal transfer to other contact varieties?
In this context, a particularly interesting model to look at could be the Dynamic Model of postcolonial Englishes proposed in Schneider (2007; this volume). It is interesting not only because it is the best developed framework to date to account for all postcolonial varieties, from settler varieties, via nativized varieties, to pidgins and creoles. Its special relevance lies in the fact that it links sociolinguistic and socio-historical conditions to identify construction and to linguistic effects. Why and how then do specific contact settings yield specific linguistic outcomes? How could this proposal tie in with Uffmann's model of constraint transfer, levelling to the unmarked and reranking (as acquisition)? This chapter cannot answer these questions. It can only serve as a call for more serious research in this field. Linking World Englishes to phonological theory and applying the models of phonological theorizing to varieties of English from around the world can be an exciting endeavour, and it is to be hoped that it can enrich our understanding of both the processes that lead to the emergence of new Englishes and of the fundamental principles that underlie phonological computation and processing.
ここでは,言語接触を巡る社会的諸パラメータの強度,基層言語の影響,普遍的制約の存在,といった言語学の端から端までを覆う話題を,最適性理論のランキングという1つの装置に収斂させていこうという遠大な狙いが感じられる.
最適性理論については,「#3848. ランキングの理論 "Optimality Theory"」 ([2019-11-09-1]),「#3867. Optimality Theory --- 話し手と聞き手のニーズを考慮に入れた音韻理論」 ([2019-11-28-1]),「#1581. Optimality Theory の「説明力」」 ([2013-08-25-1]),「#3910. 最適性理論 (Optimality Theory) のランキング表の読み方」 ([2020-01-10-1]) を参照.
上の引用で参照されている Schneider の "Dynamic Model" については,昨日の記事「#4497. ポストコロニアル英語変種に関する Schneider の Dynamic Model」 ([2021-08-19-1]) を参照.
・ Uffmann, Christian. "World Englishes and Phonological Theory." Chapter 4 of The Oxford Handbook of World Englishes. Ed. by Markku Filppula, Juhani Klemola, and Devyani Sharma. New York: OUP, 2017. 63--83.
・ Schneider, Edgar W. "Models of English in the World." Chapter 3 of The Oxford Handbook of World Englishes. Ed. by Markku Filppula, Juhani Klemola, and Devyani Sharma. New York: OUP, 2017. 35--57.
先日,「#4492. 世界の英語変種の整理法 --- Gupta の5タイプ」 ([2021-08-14-1]) や「#4493. 世界の英語変種の整理法 --- Mesthrie and Bhatt の12タイプ」 ([2021-08-15-1]) で世界英語変種について2つの見方を紹介した.他にも様々なモデルがあり,model_of_englishes で取り上げてきたが,近年もっとも野心的なモデルといえば,Schneider の ポストコロニアル英語変種に関する "Dynamic Model" だろう.2001年から練り上げられてきたモデルで,今や広く受け入れられつつある.このモデルの骨子を示すのに,Schneider (47) の以下の文章を引用する.
Essentially, the Dynamic Model claims that it is possible to identify a single, underlying, fundamentally uniform evolutionary process which can be observed, with modifications and adjustments to local circumstances, in the evolution of all postcolonial forms of English. The postulate of some sort of a uniformity behind all these processes may seem surprising and counterintuitive at first sight, given that the regions and historical contexts under investigation are immensely diverse, spread out across several centuries and also continents (and thus encompassing also a wide range of different input languages and language contact situations). It rests on the central idea that in a colonization process there are always two groups of people involved, the colonizers and the colonized, and the social dynamics between these two parties has tended to follow a similar trajectory in different countries, determined by fundamental human needs and modes of behaviour. Broadly, this can be characterized by a development from dominance and segregation towards mutual approximation and gradual, if reluctant, integration, followed by corresponding linguistic consequences.
このモデルを議論するにあたっては,その背景にあるいくつかの前提や要素について理解しておく必要がある.Schneider (47--51) より,キーワードを箇条書きで抜き出してみよう.
[ 4つの(歴史)社会言語学の理論 ]
1. Language contact theory
2. A "Feature pool" of linguistic choices
3. Accommodation
4. Identity
[ 2つのコミュニケーション上の脈絡 ]
1. The "Settlers' strand"
2. The "Indigenous strand"
[ 4つの(歴史)社会言語学的条件と言語的発展の関係に関わる要素 ]
1. The political history of a country
2. Identity re-writings of the groups involved
3. Sociolinguistic conditions of language contact
4. Linguistic developments and structural changes in the varieties concerned
[ 5つの典型的な段階 ]
1. Foundation
2. Exonormative stablization
3. Nativization
4. Endonormative stabilization
5. Differentiation
Schneider のモデルは野心的かつ包括的であり,その思考法は Keller の言語論を彷彿とさせる.今後,どのように議論が展開していくだろうか,楽しみである.
・ Schneider, Edgar W. "Models of English in the World." Chapter 3 of The Oxford Handbook of World Englishes. Ed. by Markku Filppula, Juhani Klemola, and Devyani Sharma. New York: OUP, 2017. 35--57.
・ Keller, Rudi. On Language Change: The Invisible Hand in Language. Trans. Brigitte Nerlich. London and New York: Routledge, 1994.
現代世界に展開する様々な英語変種,いわゆる "World Englishes" の研究は,この40年ほどの間,主に社会言語学の立場から注目されてきた.世紀をまたぐこの数十年間,リングア・フランカとしての英語は存在感を著しく増し,世界を席巻する社会現象というべきものになった.英語研究においても明らかにその衝撃が感じられ,例えば World Englishes に関する学術雑誌が続々と発刊されてきた.English World Wide (1979),English Today (1984) ,World Englishes (1985) などである.
World Englishes は(応用)言語学の様々な角度から迫ることができる.英語史も様々な角度の1つであり,本ブログでも種々に取り上げてきた次第である.Mesthrie and Bhatt の序説 (1) によると,World Englishes へのアプローチとして6点が挙げられている.
・ as a topic in Historical Linguistics, highlighting the history of one language within the Germanic family and its continual fission into regional and social dialects;
・ as a macro-sociolinguistic topic 'language spread' detailing the ways in which English and other languages associated with colonisation have changed the linguistic ecology of the world;
・ as a topic in the filed of Language Contact, examining the structural similarities and differences amongst the new varieties of English that are stabilising or have stabilised;
・ as a topic in political and ideological studies --- 'linguistic imperialism' --- that focuses on how relations of dominance are entrenched by, and in, language and how such dominance often comes to be viewed as part of the natural order;
・ as a topic in Applied Linguistics concerned with the role of English in modernisation, government and --- above all --- education; and
・ as a topic in cultural and literary studies concerned with the impact of English upon different cultures and literatures, and the constructions of new identities via bilingualism.
このような概説は,実に視野を広げてくれる.私など World Englishes を主として英語史の立場から見るにすぎなかったが,とたんに多次元の話題に見えてくるようになった.各分野の概説書の第1ページというものは,しばしば啓発的である.
・ Mesthrie, Rajend and Rakesh M. Bhatt. World Englishes: The Study of New Linguistic Varieties. Cambridge: CUP, 2008.
伝統的な英語史記述では,中英語期は英語が(アングロ)フランス語のくびきの下にあった時代として描かれる.1066年のノルマン征服の結果,英語はイングランド社会において自律性を失い,代わってフランス語が「公用語」となった.しかし,12世紀以降,英語の復権はゆっくりではあるが着実に進み,14世紀後半には自律性を回復するに至った.このように,中英語期に関しては,浮かんでいた英語がいったん沈み,再び浮かび上がる物語として叙述されるのが常である.
しかし,Trotter (1782) は,このような中英語期の描き方は神話に近いものだと考えている.当時の英語と(アングロ)フランス語の関係は,浮き沈みの関係,あるいは時間軸に沿って交替した関係ではなく,むしろ共存・接触の関係とみるべきだと主張する.この時代にフランス語が英語に与えた言語的影響を考察する上でも,共存・接触関係を前提とすることが肝要だと説く.
In much which is still being written on the history of medieval English, the specialist scholarship from the Anglo-French perspective has not been taken into account. Even in quite recent publications, Middle English scholarship continues to recycle a history of Anglo-French to which Anglo-French specialists would no longer subscribe. A particular example in the persistence of the traditional "serial monolingualism" model . . ., according to which Anglo-Saxon gives way to Anglo-French, pending the revival of Middle English, with each language succeeding the other. Born out of the 19th-century nationalist ideology which accompanied and prompted the emergence of philology in England and elsewhere . . ., this model ignores the reality of the long-term coexistence of languages, and of language contact . . . . Prominent amongst the areas in which language contact, going far beyond the limited "cultural borrowing" model, is evident, are (a) wholesale lexical transfer, (b) language mixing, (c) morphosyntactic hybridization, and (d) syntactic/idiomatic influences.
確かに中英語期にフランス語が英語に与えた言語的影響の話題を導入する場合,まずもって文化語の借用から話しを始めるのが定番だろう.典型的には「#1210. 中英語のフランス借用語の一覧」 ([2012-08-19-1]) や「#331. 動物とその肉を表す英単語」 ([2010-03-24-1]) などを提示するということだ.しかし,そこで止まってしまうと,両言語の接触に関して表面的な理解しか得られずに終わることになる.一歩進んで,引用の (a), (b), (c), (d) のような,より深い言語的影響があったことまで踏み込みたいし,さらに一歩進んで両言語の関係が長期にわたる共存・接触の関係だったことに言及したい.
・ Trotter, David. "English in Contact: Middle English Creolization." Chapter 114 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1781--93.
オランダ語を中心とする低地諸語の英語への影響について,連日「#4444. オランダ借用語の絶頂期は15世紀」 ([2021-06-27-1]) と「#4445. なぜ英語史において低地諸語からの影響が過小評価されてきたのか?」 ([2021-06-28-1]) で取り上げてきた.今回は,語彙以外への影響について Hendriks の指摘している2点を取り上げよう.
まず1点目は,中英語期,Flemish 話者の影響により,英語の歯摩擦音 [ð] が,対応する閉鎖音 [d] に置き換えられたのではないかという説について.この説の出所である Samuels を参照した Hendriks (1668) によれば,中英語の Kent, East Sussex, East Surrey の方言より,"the" が de として,thick が dykke として,"this" が dis として文証されるという.Samuels の報告によれば,この "TH-stopping" は上記の地域で15世紀初頭までに起こっており,現在でも指示詞に限られるものの,その効果が残っているという.
2点目は,Trudgill の研究で知られるようになった East Midland 方言における3単現のゼロである (cf. 「#2310. 3単現のゼロ」 ([2015-08-24-1])).Trudgill は,この地域で英語と低地諸語が言語接触し,動詞屈折が多様化・複雑化しすぎた結果,最終的に水平化する方向で解決をみた,という議論により現在の3単現のゼロを説明しようとしている.Hendriks (1668) の説明により,この議論のニュアンスをもう少し丁寧に追ってみよう.
In an article first published in 1997, Trudgill (2002) seeks to understand why the present-tense, third person singular verb forms lack -s in the East Anglian dialects. Surviving evidence suggests that from the 11th to the 15th century, Est Anglian dialects had the original -th form, but by 1700, the zero form had become a typical feature of these dialects. Noting a number of zero forms in the early 17th letters of Katherine Paston, he situates the emergence of the zero forms in the 16th century. This time-frame corresponds to massive migration into East Anglia from the Low countries and France as a result of the Dutch Revolt in the southern Netherlands and civil wars in France. Trudgill concludes that the zero from is due to contact at a time when the East Anglian system itself was in flux and this is the key to his argument. There is evidence of variation between the native southern -th forms and the northern -s forms at the same time that this region experience[d] a massive influx of immigrants who would have found the typologically highly marked third person singular verb forms difficult to acquire. In this situation of dialect contact, Trudgill (2002: 185) asserts, "natural forms tend to win out over non-natural ones".
特に後者の「3単現のゼロ」問題は aave の起源論においても鍵となるトピックであり,英語史上きわめて重要な論題である.
・ Hendriks, Jennifer. "English in Contact: German and Dutch." Chapter 105 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1659--70.
・ Samuels, Michael L. "Kent and the Low countries: Some Linguistic Evidence." Edinburgh Studies in English and Scots. Ed. A. J. Aitken, Angus McIntosh, and Hermann Pálsson. London: Longman, 1971. 3--19.
・ Trudgill, Peter. "Third-Person Singular Zero: African-American English, Anglian Dialects and Spanish Persecution in the Low Countries." East Anglian English. Ed. Jacek Fisiak and Peter Trudgill. Cambridge: D. S. Brewer, 2002. 179--86.
昨日の記事「#4444. オランダ借用語の絶頂期は15世紀」 ([2021-06-27-1]) でも触れたように,英語史において低地諸語からの影響は過小評価されてきたきらいがある (cf. 「#3435. 英語史において低地諸語からの影響は過小評価されてきた」 ([2018-09-22-1])).これは英語史記述に関する小さからぬ問題と考えているが,なぜそうだったのだろうか.
Hendriks (1660) によれば,過小評価されてきた理由の1つとして,オランダ語を代表とする低地諸語がいずれも英語と近縁言語であり,個々の単語の語源確定が困難である点を指摘している.積極的にオランダ語由来であると判定できない限り,英語本来語であるという保守的な判断が優先されるのも無理からぬことだ.英語史はまずもって英語の存在を前提とする学問である以上,この点において強気の議論を展開することは難しい.明らかに英語とは異質の語源であると判明しやすいフランス語(そして,ある程度そうである古ノルド語)と比べれば,この点は確かに理解できる.
[C]ontributions from the Scandinavian and French languages to the lexicon of English, for example, are discussed in terms of certainty, whereas contributions from the closely related varieties of "Low Dutch" or "Low German" are couched in terms of "probably" or "possibly" or are simply not discussed.
しかし,それ以上に Hendriks が強調しているのは,従来の英語史の標準的参考書の背景に横たわる "purist language ideologies" (1659) である.Hendriks はさほど過激な物腰で論じていてるわけではないのだが,効果としては伝統的な英語史記述に対する強烈で辛辣な批判となっているといってよい.非常に注目すべき論考だと思う.
Hendriks は議論を2点に絞っている.1つめは,OED の文学テキスト偏重への批判である.OED は伝統的に,中英語における複数言語の混交した "macaronic" なテキストをソースとして除外してきた.実際には,このような実用的で現実的なテキストこそが,まさにオランダ語などからの新語導入の契機を提供していたかもしれないという視点が,OED には認められなかったということである(ただし,目下編纂中の第3版においてはこの点で改善が見られるということは Hendriks (1669) 自身も言及している).
もう1つは上記とも関連するが,OED は現代の標準英語に連なる英語変種にしか焦点を当ててこなかったという指摘だ.オランダ語からの借用語は,むしろ標準英語から逸脱したレジスター,例えば商業分野や通商分野の "macaronic" なレジスターでこそ活躍していたと想定されるが,OED なり英語史の標準的参考書では,そのような非標準的なレジスターはまともに扱われてこなかった.Hendriks (1662) 曰く,
Non-literary sources such as macaronic business writings, however, may be more likely to reflect the vernacular of London than the more pure literary texts selected to compile the atlas. Given the literary emphasis in the OED and the LALME, the range of topics which appear in these sources may be considerably restricted. The consequence of this is that entire semantic fields --- such as those pertaining to industrial or commercial relations, that is, fields where the significant contribution of Low Dutch to the English lexicon would be observed --- remain undocumented.
さらに,近代英語期以降に限れば,OED は "Standard English" 以外のソースを軽視してきたという事実も指摘せざるを得ない.
要するに,オランダ借用語が存在感を示してきたはずのレジスターが,OED を筆頭とする標準的レファレンスのソースには含まれてこなかったということなのだ.これは,英語史の historiography における本質的な問題と言わざるを得ない.
・ Hendriks, Jennifer. "English in Contact: German and Dutch." Chapter 105 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1659--70.
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