Gelderen (102) に,Celtic, Latin, Scandinavian, French, Dutch/Flemish の5言語が英語に与えた影響の比較表がある.これに,もう一つ Greek を加えて,6言語による影響の比較表を掲げる.
vocabulary | morphology | syntax | |
---|---|---|---|
Celtic | yes | no | possibly |
Latin | yes | somewhat | no |
Scandinavian | yes | yes | yes |
French | very much | yes | minimal |
Dutch/Flemish | minimal | no | no |
Greek | yes | somewhat | no |
vocabulary | morphology | syntax | |
---|---|---|---|
Celtic | yes | no | possibly |
Latin | yes | somewhat | no |
Scandinavian | yes | yes | yes |
French | very much | yes | minimal |
Dutch/Flemish | minimal | no | no |
Greek | yes | somewhat | no |
Japanese | somewhat | no | no |
英語は歴史のなかで数多くの言語と接触し,影響を受けてきたが,そのなかでも特に古ノルド語 ( Old Norse ) と古フランス語 ( Old French ) からのインパクトは顕著である.
古ノルド語は古英語後期から中英語初期にかけて,古フランス語は主に中英語期を中心に,英語に多大な影響を及ぼした.両言語とも現代英語に深い接触の爪痕を残した点では共通しているが,爪痕のタイプは天と地ほど違う.英語史の概説書でも両言語の影響はよく対比されるので,今回は対比ポイントをまとめておきたい.下の表は,英語史における古ノルド語と古フランス語の役割を図式的に対比させたものである.
古ノルド語 | 古フランス語 | |
---|---|---|
影響の顕著な時代 | 後期古英語から初期中英語 | 中英語 |
影響の始まった地域 | 主に北部・東部から | 主に南部から |
英語との言語的類似 | 大きい | 小さい |
英語との歴史文化的類似 | 大きい | 小さい |
書き言葉としての立場 | なし | 確立 |
影響の及ぼし手の数 | 多い | 少ない |
影響の及ぼし手の階級 | 一般階級 | 上流階級 |
英語との社会言語学的関係 | 同等 | 上位 |
相互の意思疎通 | 可能 | 不可能 |
借用語の数 | 中くらい | 多い |
借用語のタイプ | 内容語と機能語 | 主に内容語 |
借用語の難易度 | 主に基本語 | 基本語と難解語 |
借用語の頻度 | 高い | 中くらい |
借用語の文体 | 口語的 | 文語的 |
借用語の音節 | 多くは単音節 | 多くは多音節 |
地名の借用語 | 多い | 少ない |
綴り字への影響 | 少ない | 多い |
英語史や言語学の入門書で 借用 ( borrowing ) が取り上げられるときに,セレモニーのように繰り返される但し書きがある:「言語における借用は一般のモノの借用とは異なり,借りた後に返す必要はない.だが,借用という概念は理解しやすいし,広く受け入れられているので,本書ではこの用語を使い続けることにする.」
もっともなことである.みな,確かにそうだとうなずくだろう.だが,一般のモノの借用と言語の借用の差異について,それ以上つっこんで議論されることはほとんどない.今回の記事では,この問題をもう少し掘り下げてみたい.
モノの借用と語の借用の違いを挙げてみよう.
(1) モノを借りるときにはたいてい許可を求めるが,語を借りるときには許可を求めない.好きなものを好きなだけ好きなときに勝手に「借りる」ことができる.
(2) モノの場合,貸し手は貸したという認識があるが,語の場合,貸し手は貸したという認識がない.
(3) モノを貸したらそれは貸し手の手元からなくなるが,語を貸したとしても,依然としてそれは貸し手の手元に残っている.つまり,語の場合には移動ではなくコピーが起こっている.
(4) 貸し手は(2)(3)のとおり,貸した後に喪失感がない.なので,借り手は特に返す必要もない.たとえ返したところで,貸し手の手元には同じものがすでにあるのだ.一方,モノの場合には,貸し手には喪失感が生じるかもしれない.
上記のポイントは,言語の性質を論じる上で重要な点である.他言語から語を借用するという過程は,誰にも迷惑をかけずに,しかもノーコストで自言語に新たな項目を付加するという過程である.語の借用過程の本質が移動ではなくコピーであることが,これを可能にしている.移動の場合には,その前後でモノの量は不変だが,コピーの場合には,その前後でモノの量が一つ増える.
物質世界では,他を変化させずに1を2にすることは不可能である.もし2になったとしたら,必ずよそから1を奪っているはずである.それに対して,言語世界ではいとも簡単に1を2にすることができる.その際,誰にも喪失感はなく,常に純増である.
このことは,言語が,あるいは言語をつかさどる人の精神が,無限の可能性を秘めていることを示唆しているのではないだろうか.
古英語の終わりまでに,ブリテン島は少なくとも5民族による侵入を受けた.各民族が話していた言語は,様々な形で英語史に足跡を残してきた.各言語の英語史における意義を概説してみる.
(1) Celtic
ケルト語派.紀元前6000年頃より,大陸よりブリテン島に移住.ブリテン島ではケルト語派のうち Brythonic グループに属する言語が話されていた.英語への影響としては,特にブリテン島内の地名に顕著な痕跡を残す.
(2) Latin
イタリック語派.アングロサクソン人がブリテン島に渡る以前,大陸にいた時代より,すでにローマ人との接触を通じてゲルマン語にはラテン語が入っていた.さらに,ブリテン島がローマの支配下にあった時代にブリテン島のケルト人に根付いたラテン単語が,のちに英語にも受け継がれた.古英語時代には,キリスト教の伝来とともに多くのキリスト教関係の単語が借用されたし,中世以降,特にルネサンス期には大量のラテン語が英語に借用された.
(3) English
ゲルマン語派.そのなかでも西ゲルマン語派に属する.大陸のアングロサクソン人(実際にはアングル人,サクソン人,ジュート人の少なくとも3民族を含む[2009-05-31-1])が5世紀にブリテン島に持ち込んだ言語であり,英語史上の意義ははかりしれない.というよりも,英語史の開始そのものである.
(4) Old Norse
ゲルマン語派.そのなかでも北ゲルマン語派に属する.現代の北欧諸語の祖であり,古ノルド語と呼ばれる.8世紀以降,ブリテン島へ侵攻したヴァイキングが島の北東部に定住するに伴い,古ノルド語と英語の混交が進んだ.地名や人名のほか,本来語の基本語彙や機能語を置き換えるなど,英語に多大な影響を与えた.古ノルド語の英語史上の意義は特異である.
(5) French
イタリック語派.ラテン語から生じた言語の一つ.1066年のノルマン人の征服以来,フランス語の単語や表現が大量に英語に流れ込んだ.フランス語(とラテン語)の単語の大流入により,語彙の観点から見る限り,英語はもはや純粋なゲルマン系の言語とは呼ぶことができないと言ってよい.
以上がブリテン島への5民族の侵入と,各民族の言語が英語に与えた影響であるが,もう一つ触れておきたい言語がある.ヘレニック語派に属する古典ギリシャ語である.近代英語期以降,文献を通じて古典ギリシャ語由来の単語が大量に英語に入った.学問用語,専門用語が多く,現在でも古典ギリシャ語に由来する bio-,eco-,-logy などの接辞は生産的である.また,ラテン語自体が古典ギリシャ語から多くの単語を借用しており,それらを英語はラテン語から直接,あるいはフランス語経由で,あらためて借用しているので,想像以上に英語の中にはギリシャ語起源の単語が多い.
上に挙げたのは,英語に及ぼした影響が特に大きい言語のみである.英語はほかにも数百もの言語から大小の影響を受けてきたのであり,この事実は忘れてはならない.
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