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plural - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-11-21 08:03

2011-03-31 Thu

#703. 古英語の親族名詞の屈折表 [inflection][oe][relationship_noun][plural][double_plural][i-mutation][analogy]

 [2011-03-26-1], [2011-03-27-1]の記事で,歯音をもつ5つの親族名詞 father, mother, brother, sister, daughter の形態について論じた.親族名詞はきわめて基本的な語彙であり,形態的にも複雑な歴史を背負っているために,話題に取り上げることが多い.一度,古英語の形態を整理しておきたい.以下は,West-Saxon 方言での主な屈折形を示した表である( Campbell, pp. 255--56; Davis, p. 15 ) .

OE Relationship Noun Inflection

 5語のあいだで互いに類推作用が生じ,屈折形が部分的に似通っていることが観察される.相互に密接な語群なので,何が語源的な形態であるかがすでによく分からなくなっている.
 古英語でも初期と後期,方言の差を考慮に入れれば,この他にも異形がある.例えば brother の複数形として Anglian 方言には i-mutation([2009-10-01-1]) を経た brōēþre が行なわれた.この母音は現代英語の brethren に痕跡を残している.brethren の語尾の -en は,children に見られるものと同じで,古英語,中英語で広く行なわれた複数語尾に由来する.この形態は i-mutation と -en 語尾が同時に見られる二重複数 ( double plural; see [2009-12-01-1] ) の例である.brethren は「信者仲間;(プロテスタントの福音教会派の)牧師;同一組合員;《米》 (男子大学生)友愛会会員」の語義で用いられる brother の特殊な複数形で,古風ではあるが現役である.近代以降に brothers が優勢になるまでは,brethren は「兄弟」の語義でも普通の複数形であり,広く使われていた.中英語では MED に述べられているように,-s 複数形は稀だったのである.

 ・ Campbell, A. Old English Grammar. Oxford: OUP, 1959.
 ・ Davis, Norman. Sweet's Anglo-Saxon Primer. 9th ed. Oxford: Clarendon, 1953.

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2011-03-30 Wed

#702. -ths の発音 [pronunciation][plural][th]

 近代英語期には,-th で終わる語は,無声と有声のあいだで揺れていた.例えば,seventh, ninth, tenth などでは /ð/ も行なわれていたという(中尾, p. 383 ).それに伴って複数形の -s を付加した発音も /θs/ と /ðz/ のあいだで揺れていたようだが(中尾,p. 372 ),その揺れは現代英語でも解消されていない.Quirk et al. では,"There is considerable indeterminacy between voicing and nonvoicing in many nouns ending in -th." (305) とある.
 現代英語で -th をもつ名詞に複数形の -s を付加した -ths の発音を調べてみた.参照したのは,主にイギリス英語について規範的な言及のある Longman Pronunciation Dictionary ( LPD ) , Fowler's Modern English Usage ( MEU, p. 770 ) , A Comprehensive Grammar of the English Language ( CGEL, pp. 305--06 ) の3点である.今回は,複数形で現われる可能性の十分にある名詞に限った.表中で,"Ts" は /θs/ を,"Dz" は /ðz/ をそれぞれ表わす.セミコロンの後はアメリカ発音.LPDMEU では,相対的に規範性の低いものを ( ) でくくり,非容認発音のものを (( )) でくくった.

 LPDMEUCGEL
bathsDz ((Ts))Dz (Ts) 
berthsTs (Dz); TsTsTs
birthsTsTsTs
breathsTsTs 
brothsTs (Dz); Ts  
clothsTs (Dz); Dz (Ts)Ts (Dz)Ts
deathsTsTsTs
faithsTs Ts
fourthsTsTs 
girthsTsTs 
growthsTsTs 
hearthsTs (Dz); TsTs (Dz) 
heathsTsTs (Dz)Ts
lathsTs (Dz); Dz (Ts)Ts (Dz) 
lengthsTs Ts
mothsTs; Dz (Ts)Ts; Dz (Ts)Ts
mouthsDz ((Ts))Dz 
mythsTsTs 
oathsDz (Ts)DzTs, Dz
pathsDz (Ts)DzDz
sheathsDz (Ts)Dz (Ts)Ts, Dz
smithsTsTs 
truthsDz (Ts)Dz (Ts)Ts, Dz
wraithsTsTs (Dz) 
wreathsDz (Ts) Ts, Dz
youthsDz (Ts); Ts (Dz)DzTs, Dz


  問題の子音群の直前が子音の場合には /θs/ が原則だが,母音の場合には揺れが激しい.( ) でくくられた発音は規範性のより低いとされているものだが,それは必ずしも頻度が低いことを意味しない.LPD の発音傾向調査によると,baths は英米いずれの変種においても /ðz/ と /θs/ が同比率だったという.伝統的な有声発音が相対的に衰えてきているということだろうか.「入浴」の意味では /θs/ を,「バスタブ」の意味では /ðz/ を用いるという人もあるようだ.youths については,有声の /ðz/ は BrE で82%,AmE で39% である.母音に先行される -ths については,今後の振る舞いに注意してゆきたい.もっとも,少なくとも近代英語期から続いている揺れであることを考えると,今後数十年である明確な傾向が観察されるという可能性は低いだろう.
 関連して,上記の名詞から派生した動詞や動名詞の多くは /ðz/ をもっていることに注意したい( ex. bathe, breathe, clothe, mouthing, sheathe, teething, wreathe ) .有声音に挟まれた無声摩擦音の有声化は,古英語に普通に見られた現象である ([2009-05-15-1]).

 ・ 中尾 俊夫 『音韻史』 英語学大系第11巻,大修館書店,1985年.
 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
 ・ Wells, J C. ed. Longman Pronunciation Dictionary. 3rd ed. Harlow: Pearson Education, 2008.
 ・ Burchfield, Robert, ed. Fowler's Modern English Usage. Rev. 3rd ed. Oxford: OUP, 1998.

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2011-03-22 Tue

#694. 高頻度語と不規則複数 [plural][analogy][kyng_alisaunder][frequency]

 英語に限らず言語において頻度の高い語は妙な振る舞いをする ([2009-09-20-1]) .現代英語では,動詞の過去・過去分詞,名詞の複数,形容詞・副詞の比較級・最上級で不規則な振る舞いをするものには,高頻度語が確かに多い.名詞の複数形に話を絞ると,借用語は別にして本来語で考えると men, children, feet, teeth などがすぐに思い浮かぶ.しかし,geese, mice, oxen, sheep などははたしてそれほど高頻度語といえるだろうか.[2010-03-01-1]で紹介した高頻度語リストから BNC lemma を眺めた限り,gooseox などは上位6318語に入っていない.( oxen については[2010-08-22-1]を参照.)
 しかし,geeseoxen もかつては現代よりも身近な動物であり,使用頻度も高かったと思われる.それが,身近でなくなってからも一種の惰性により不規則形を保持してきたものと考えられるだろう.もちろん,現代あるいは過去における高頻度だけを根拠に,不規則な現象を体系的に説明することはできない.しかし,頻度と規則性の関係が無視しえないことは確かである.関連する議論を McMahon (73) より引用する.

It has been suggested that residual words are often the most frequently occurring, which will be heard and learned earliest by the child and which are furthermore most susceptible to correction if the child does produce a regularised form like **foots. Some objections can be raised; for instance, ox is not a particularly common noun in modern English - although it probably occurred rather frequently in Middle English. Ox might have been expected to regularise as it became less common, but this decrease in frequency probably overlapped with the rise of literacy, which tends to slow down analogical change. In general, the connection of resistance to analogy with frequency seems to hold.


 名詞複数形の研究をしていると,古い英語(特に中英語)のテキストに現われる動物名詞の羅列に敏感に反応してしまう.先日も Kyng Alisaunder を読んでいて,次のような文章に出くわした.マケドニア王が,Alisaunder と Philippe のうち荒馬 Bulcifal を操れる者を世継ぎとすることを決め,その競技の前に神に捧げ物をするという場面である.昨日の記事[2011-03-21-1]と同様,Smithers 版から B (MS. Laud Misc. 622 of the Bodleian Library, Oxford) と L (MS. 150 of the Library of Lincoln's Inn, London) の2バージョンを比較しながら引用する(動物複数名詞を赤字とした).

Oxen, sheep, and ek ken,
many on he dude slen,
And after he bad his goddes feyre
He most wyte of his eyre,
Of Alisaunder and Philippoun,
Who shulde haue þe regioun. (B 759--64)

Oxen schep and eke kuyn
Monyon he dude slen
And after he bad his godus faire
He moste y witen of his aire
Of Alisaundre or of Philipoun
Whiche schold haue þe regioun (L 756--61)


 もう1つは,Alexander 軍が Darius 軍と戦うために準備をしている場面.

Hij charged many a selcouþe beeste
Of olifauntz, and ek camayles,
Wiþ armure and ek vitayles,
Longe cartes wiþ pauylounes,
Hors and oxen wiþ venisounes,
Assen and mulen wiþ her stouers; (B 1860--65)

Y chargid mony a selcouþ beste
Olifauns and eke camailes
Wiþ armure and eke vitailes
Long cartes wiþ pauelouns
Hors and oxen wiþ vensounes
Assen and muylyn wiþ heore stoueris (L 1854--59)


 さらにもう1つ,Darius 軍の進軍の場面より.

Ycharged olifauntz and camaile,
Dromedarien, and ek oxen,
Mo þan ȝe connen asken. (B 3402--04)

And charged olifans and camailes
Dromedaries assen and oxen
Mo þan ȝe can askyn (L 3385--87)


 このように動物名詞が列挙されると,中英語期にはこうした動物が(少なくとも物語の設定において)いかに身近であったかを確認できるとともに,当時の規則複数化の攻勢と不規則複数保持の守勢を具体的に把握することができる.

 ・ McMahon, April M. S. Understanding Language Change. Cambridge: CUP, 1994.
 ・ Smithers, G. V. ed. Kyng Alisaunder. 2 vols. EETS os 227 and 237. 1952--57.

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2011-03-19 Sat

#691. 語尾音消失と形態クラス [morphology][phonetics][lexical_diffusion][ilame][plural][adjective][speed_of_change][neogrammarian]

 音声変化のなかでも語尾音の消失はとりわけ普遍的な現象である.語尾では生理的に調音のエネルギーが落ちるので,弱い発音となりがちである.有声音は無声音になる.母音であれば曖昧母音 schwa [ə] を経由して消失し,破裂子音であれば摩擦音化して消失する.人間の生理に基づく自然の現象である.
 しかし,語尾音消失を含む「自然の」音声変化だからといって,円滑に進行するとは限らない.19世紀ドイツの青年文法学派 ( Neogrammarians ) が確信をもって主張していたものの,実際には,音声変化は当該言語の語彙に対して一律に生じるとは限らない.むしろ,最近の語彙拡散 ( lexical diffusion ) が前提としているように,音声変化には語彙を縫うようにして徐々に進行する例も少なくない.語尾音消失についていえば,語彙に対して一律に作用し始めたかのように見えて,時間が経過するにしたがって形態クラス間で消失の浸透率や速度に差が出てくる事例がある.ある形態クラスでは短期間で消失が完了するが,別の形態クラスでは消失が抑制されて遅延したり,また別の形態クラスでは消失が抑制されるどころか問題の語尾音が復活するなどということもありうる.このような音声変化では,言語外的な(生理的な)要因により開始された音声変化が,形態クラスの区別という言語内的な(機能的な)要因によって調整を受けるということになる.
 英語史からの事例としては,互いに関連する2つの語尾音消失が挙げられる.
 (1) 後期古英語から初期中英語に始まった語尾音 -n の消失.一律に始まったように見えて,中英語期中には形態クラスごとに進行の仕方が異なっていた.弱変化名詞の単数形や形容詞では -n 語尾の消失が速やかだったが,弱変化名詞の複数形では遅れた (Moore, "Loss").初期中英語期の南部諸方言では,名詞の複数形語尾としての -n は消失が遅れたばかりか,むしろ拡張したほどである (Hotta 218).
 (2) 同じく後期古英語から初期中英語に始まった語尾母音(綴字では通常 <e> で綴られ,[ə] で発音された)の消失.これも一律に始まったように見えて,中英語期中の進行の仕方は形態クラスごとに異なっていた.名詞の屈折では語尾母音はよく消失したが,[2010-10-11-1]の記事で見たように形容詞の屈折語尾(複数形と弱変化単数形)として,またおそらくは動詞の不定詞形においても,14世紀まで比較的よく保たれた (Minkova, "Forms" 166; 関連して Moore, "Earliest" も参照).
 (1), (2) の両方で,名詞・形容詞の複数形を標示するという語尾の役割が共通しているのがおもしろい.(2) に関して,Minkova (186) が述べている.

The analysis proposed here assumes that the status of the final -e as a grammatical marker is stable in the plural, for both diachronic inflexional types. Yet in maintaining the syntactically based strong - weak distinction in the singular, -e is no longer independently viable. As a plural signal it is still salient, possibly because of the morphological stability of the category of number in all nouns, so that there is phrase-internal number concord within the adjectival noun phrases. Another argument supporting the survival of plural -e comes from the continuing number agreement between subject noun phrases and the predicate, in other words a morphologically explicit opposition between the singular and the plural continues to be realized across the system.


 性と格は中英語期にほぼ捨て去ったが,数のカテゴリーは現在まで堅持し続けてきた英語の歴史を考えるとき,この語尾音消失と形態クラスの関連は興味深い.

 ・ Hotta, Ryuichi. The Development of the Nominal Plural Forms in Early Middle English. Hituzi Linguistics in English 10. Tokyo: Hituzi Syobo, 2009.
 ・ Minkova, Donka. "The Forms of Speech" A Companion to Medieval English Literature and Culture: c.1350--c.1500. Ed. Peter Brown. Malden, MA: Blackwell, 2007. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2009. 159--75.
 ・ Minkova, Donka. The History of Final Vowels in English: The Sound of Muting. Berlin: Mouton de Gruyter, 1991.
 ・ Moore, Samuel. "Loss of Final n in Inflectional Syllables of Middle English." Language 3 (1927): 232--59.
 ・ Moore, Samuel. "Earliest Morphological Changes in Middle English." Language 4 (1928): 238--66.

Referrer (Inside): [2011-08-13-1]

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2011-01-19 Wed

#632. bookbeech [plural][indo-european][i-mutation][etymology]

 [2010-11-03-1]の記事で古英語 bōc "book" の屈折表を示した.この語は,複数の主格・対格(および単数の属格・与格)で i-mutation の作用を示す,典型的なゲルマン語派の athematic declension の例である.古英語では現代風の複数形態 books に類する形ではなく,語幹母音が前寄りに変化し,それに伴って語尾子音が口蓋化 ( palatalise ) した bēċ なる形態が用いられていた.もし後の歴史で類推によって -s 語尾を取ることがなかったならば,この形態は *beech として現代に伝わっていたはずである.
 "books" に対応する語としての *beech は確かに現代に伝わらなかったが,beech という語は「ブナ」(ブナ科ブナ属)の意で現代英語に存在している.beechbook は形態上たまたま関係しているわけではなく,確かに語源的な関係がある.この場合,前者から後者が派生されたとされている.かつてブナの灰色で滑らかな樹皮の板にルーン文字が書かれたことから,ブナは文字や本の象徴となったのである.
 beech 「ブナ」は印欧祖語の *bhāgos に遡る.諸言語での形態を列挙すると,German Buche ( Old High German buohha ), Dutch beuk ( Middle Dutch boeke ), Old Norse bóc; Latin fāgus; Greek phāgós / phēgós "edible oak"; Old Slavonic buzū "elm" など.
 現代英語の beechbeech-tree, beech-wood などの単純な複合語のほか,母音を変化させた形態で buckwheat 「ソバ」(種がブナの実に似ていることから)の第1要素としても認められる.
 さて,この beech はかつて比較言語学の大論争を巻き起こしたことがある.印欧語比較言語学史上に名高い「ブナ問題」 ( Buchenargument ) は,比較言語学のロマンと民族主義の危うさを象徴する例として現代にまで記憶されている.その「ブナ問題」とは何か.それは明日の記事で.

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2010-11-30 Tue

#582. apostrophe [punctuation][plural][apostrophe]

 [2010-11-23-1]の記事で概説したように,現代的な punctuation の使用の歴史は古くない.「'」で表わされる記号 apostrophe の歴史も比較的新しい.この記号は16世紀にフランス語から借用され,17世紀に広まった.以来,apostrophe には3つの用法が発展してきた.

 (1) 文字・数字の省略: cannotcan't, governmentgov't, I amI'm, neverne'er, 1999'99
 (2) 所有格: boy's, boys', Jusus'
 (3) 文字や数字の複数形: two l's, three 7's, four MP's

 元来は (2) と (3) の用法も,(1) の文字の省略の用法に起源をもつとされる.所有格語尾や複数形語尾の -s は中英語の -es (さらには古英語 -es や -as)に由来し,<e> で表わされる母音を伴っていた.この e を省略した表記として用いられたのが -'s だった.したがって,この省略表記は所有格にも複数形にも同様に適用され得たが,複数形では (3) に挙げた特殊な場合を除いては徐々に使用されなくなった.所有格でも,やがて e の省略という本来の役割から独立し,歴史的に e を欠いていた men's などにも付加され,現在の純粋に所有格を表わす用法へと発展していった.現在の apostrophe の規範は18世紀になってようやく確立したもので,それ以前はいまだ体系的に用いられていなかった.いや,それ以降も現在に至るまで,合理的な規範は完全には確立していないといってよく,英語使用者のあいだに混乱が続いている.
 例えば[2009-11-11-1]の記事でみたように itsit's に見られる apostrophe の使用に関する混乱は日常茶飯事である.its, hers, ours, yours, theirs など代名詞の所有格や所有代名詞では apostrophe をつけないという特例があるし,one's のような不定代名詞の場合はやはり apostrophe をつけるというさらなる特例もある.銀行や店の屋号などでは Harrods, Lloyds には apostrophe を付加しないが,Macy's には付加するといった混乱振りである.

 ・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003. 203

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2010-11-03 Wed

#555. 2種類の analogy [analogy][morphology][plural]

 類推 ( analogy ) は恐ろしく適用範囲の広い言語過程である.「音韻法則に例外なし」と宣言した19世紀の比較言語学者たちは例外ぽくみえる例はすべて借用 ( borrowing ) か類推 ( analogy ) かに帰せられるとし,以降,類推は何でも説明してしまう魔法の箱,悪くいえば言語変化のゴミ箱とすら考えられるようになってしまった節がある.あまりに多くの言語変化が類推という一言で説明づけられるために,かえって論じるのが難しい言語過程となってしまったように思われるが,その重要性を無視することはできない.まずは,Crystal より analogy の定義を示そう.

A term used in HISTORICAL and COMPARATIVE LINGUISTICS, and in LANGUAGE ACQUISITION, referring to a process of regularization which affects the exceptional forms in the GRAMMAR of a language. The influence of the REGULAR pattern of plural formation in English, for example, can be heard in the treatment of irregular forms in the early UTTERANCES of children, e.g. mens, mans, mouses: the children are producing these forms 'on analogy with' the regular pattern. (24)


 引用中にもあるように,英語形態論からの analogy の代表例として名詞の複数形の形成が挙げられることが多い.現代英語の不規則複数の代表格は,foot (sg.) / feet (pl.) に見られるように歴史的に i-mutation が関与している例である ( see [2009-10-01-1] ) .i-mutation の効果は,古英語では bōc "book" にも現われており,その複数主格・複数対格(及び単数属格・単数与格)の形態は bēc "books" であった.現在この語の複数形は,大多数の名詞にならって books と -s 語尾を用いて規則的に形成されるので,歴史的には analogy が働いたと考えられる.
 この典型的な analogy には,実際には2種類の sub-analogy ともいえる過程が起こっている.この2種類の sub-analogy は extension 「拡張」と levelling 「水平化」と呼ばれ,一般的には分けて捉えられていないことが多いが,形態過程としては区別して考えられるべきである.extension は,古英語の主格単数形 bōc が優勢な屈折パラダイム(具体的には a-stem strong masculine declension )を参照して,その複数主格(及び複数対格)を標示する語尾である -as を自身に適用し,bōces などを作り出した過程を指す.extension は "the application of a process outside its original domain" ( Lass, p. 96 ) と定義づけられるだろう.
 ここで注意したいのは,上記の記述はあくまで主格単数と主格複数の形態の関係に限定した説明である.実際には,古英語では下の屈折表に見られるように単数系列でも複数系列でも格に応じて形態が変化した.i-mutation は単数属格・単数与格でも作用していたのであり,複数系列だけに作用していたわけではない.否,複数系列でも属格と与格には作用していなかった.単数形が book,複数形が books という現在の単純な分布に行き着くまでには,単数系列,複数系列のなかでも優勢な形態(通常は主格形態)への一元化あるいは水平化 ( levelling ) という過程が必要だったのである.結果として,単数系列が水平化されて book が,複数系列が水平化されて books が生じた.それぞれの主格形態をモデルとして生じたこの analogy が,levelling ということになる.Lass の定義によれば,levelling とは "the ironing out of allomorphy within the paradigm" (96) である.

book in OE Declension


 屈折パラダイム自体が他の優勢な屈折パラダイムから影響を受けて生じる analogy ( = extension ) と,屈折パラダイム内部で生じる analogy ( = levelling ) とは,このように区別して考えておく必要があるだろう.

 ・ Crystal, David, ed. A Dictionary of Linguistics and Phonetics. 6th ed. Malden, MA: Blackwell, 2008. 295--96.
 ・ Lass, Roger. "Phonology and Morphology." The Cambridge History of the English Language. Vol. 2. Cambridge: CUP, 1992. 23--154.

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2010-09-30 Thu

#521. 意外と使われている octopi [plural][coca][oanc][dictionary]

 [2009-08-26-1]の記事で,octopus の複数形としては規則的な octopuses が普通であり,octopioctopodes などの「古典語に基づく不規則複数形は,現在では衒学的・専門的な響きが強すぎて普通には用いられないと考えてよい.このことは,多くの学習者英英辞典で octopuses のみが挙げられていることからもわかる.」と述べた.この説明は octopodes については正しいが,octopi については修正を要するようだ.
 ウェブ上で「タコの飼い方」に関する記事を見つけた.その記事の題名は Owning Octopi である.複数形 octopi に惹かれて読んでみたら,内容もおもしろかったのだが,それ以上に341語ほどの記事のなかにもう1度 octopi が現われているので嬉しくなった.一方,規則形の octopuses はさすがに多く,5回ほど使われていた.octopi は確かにマイナー形態ではあるが,題名に採用されているというところが意義深い.COD11 ( The Concise Oxford English Dictionary 11th ed. ) によると octopi は誤用とされているのだが,誤用という感覚,マイナー形態であること,読者を惹きつける題名に求められる新規さとは互いに何らかの関係があるのかもしれない.記事内に1度だけ octopi が現われている箇所について,なぜそこだけが octopi なのかはよくわからないが,同段落内で前後に octopuses が使用されていることから,単調さを嫌っての文体的な動機づけがあるのかもしれない.

Sealing the tank is crucial because octopuses are deft at escaping from even the smallest opening. Because octopi have no skeletal structure, they can fit through practically any gap and can even lift many lids. Sealing a tank is crucial to keeping your octopus safe. Octopuses escape in order to feed their desire to hunt. These aggressive hunters are best served by being fed live crustaceans to quell their hunger and desire to hunt.


 また,多くの学習者英々辞書に octopuses しか挙げられていないという件についても修正が必要だ.Oxford, Collins COBUILD, Macmillan の辞書には確かに octopi は記載されていないが,Longman, Cambridge, Merriam-Webster の辞書には octopi は代替複数形として記載されている.大英和辞書系でも octopi は記載されている.
 次にコーパスで調べてみた.BNC でのヒット数については[2009-08-26-1]で紹介した通りだが,Corpus of Contemporary American English (BYU-COCA) では octopuses が128回,octopi が36回現われた.OANC (Open American National Corpus) では octopuses が4回,octopi が2回である.ただし OANC の各形態の1例ずつは octopi の誤用の指摘という文脈で現われている.特に COCA でみる限り,最近はそれなりに使われているようだ.
 関連する拙著論文で,20世紀前半からの文法書や辞書を比較してラテン語由来の不規則複数が通時的に規則化してゆく傾向を調べたことがあるが,20世紀前半には octopi は皆無ではないがあまり目立たない存在だった.文法書でいえば Jespersen に言及があったくらいである.もしかすると20世紀後半なりの最近の時期に octopi の使用が少しずつ増えてきたということも考えられる.-s への規則化が進む一方で,不規則複数が minor trend として復活する流れが生じているのかもしれない.

 ・ Hotta, Ryuichi. "Thesauri or Thesauruses? A Diachronic Distribution of Plural Forms for Latin-Derived Nouns Ending in -us." Journal of the Faculty of Letters: Language, Literature and Culture 106 (2010): 117--36.
 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part 2. Vol. 1. 2nd ed. Heidelberg: C. Winter's Universitätsbuchhandlung, 1922.

Referrer (Inside): [2011-01-11-1]

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2010-08-22 Sun

#482. oxes の出現 [plural][coca][bnc][ame]

 現代英語に残る本来語の数少ない不規則複数形の1つに ox 「雄牛;牛」の複数形 oxen がある.現代の標準変種では,古英語の弱変化名詞に直接に由来する唯一の複数形である.ところが,最近アメリカ英語で oxes が現れ始めている.誤用としてではない.『ジーニアス英和大辞典』によると ox の語義2として次のようにあり,この語義での複数形には oxes もありうるという.

2 牛のような(力強い)人, ずんぐりした人, のろまの人 // a dumb ox ((略式))(ずうたいのでかい)うすのろ.


 OED によるとこの比喩的な意味は16世紀からある.現在ではアメリカ英語では ox はこの語義以外にはあまり用いられないようだ.それではということで,British National Corpus (BYU-BNC)Corpus of Contemporary American English (BYU-COCA) で調べてみた.
 BNC では oxes が2例ヒットするが,いずれも ox は不規則複数を取る名詞だと教室で教えているという文脈で oxes を誤用として紹介している例なので,事実上ゼロと考えてよいだろう.
 COCA では関与する例が6例あった.いずれも話し言葉かニュース英語で,政治的な文脈において使われており,gore 「(角で)突き刺す,傷つける」という動詞の対象として用いられている.例えば,以下のごとくである.

Now our oxes are being gored more directly, not with malice, but out of some perverse ego game.


The establishment, we are sometimes -- you knows, in some cases, convenient oxes to gore. But I think there's no question they represent an important political constituency in the country.


 gore (one's) ox というイディオムは,俗語で "to goad or intentionally try to piss someone off" 「突っついていじめる,嫌がらせをする」という意味を表し,アメリカ英語特有のようである.ここの ox はイディオムの一部として用いられており,特に「うすのろ」という意味ではない(イディオムの意味については こちら を参照.このイディオム中で複数形が oxes でなく oxen が用いられている例が4例あることから,この表現が非歴史的な複数形態 oxes の出現に果たしている役割を疑うことができるかもしれない.
 これは,動物としてでなくコンピュータマウスの複数形としての mouses や,触覚としてでなくアンテナの複数形の antennas など,比喩的に発展した意味に規則的な複数の -s が付加されるのと類似する現象だろう.gore (one's) oxox は原義の「雄牛」のイメージから一歩遠ざかっており,それが oxes という形態を取ることを可能にしているのではないか.ただし,今のところ「雄牛」の意味の複数形として oxes が侵入しているという証拠は(誤用以外には)ないようだ.

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2010-04-06 Tue

#344. cherry の異分析 [metanalysis][back_formation][plural][french][etymology][doublet]

 東京は桜が満開である.散り始めているものもあり,花見の興は増すばかりである.言うまでもなく桜は散るからよいわけだが,スコットランド留学中,フラットのそばにあった桜は,あの寒々しい冬のうちから季節感もなく咲き,風の吹きすさぶなか,散らずに屹立していた.はかなさも何もなく,かわいげがないなと思ったものである.桜の種類が異なるのだろう.
 「さくら」はイギリスでも古くから知られている.合成語の一部としては cirisbēam 「桜の木」として古英語から存在していたし,現在の cherry につながる形態も早く1300年くらいにはフランス語から借用されていた.われわれも何かと親しみ深いこの単語,実は英語史では数の異分析 ( numerical metanalysis ) の例として話題にのぼることが多い.借用元の Old Norman French の形態は cherise であり,<s> はもともと語幹の中に含まれている.ところが,借り入れた英語の側がこの <s> を複数語尾の <s> と誤って分析してしまい,<s> を取り除いた形を基底形として定着させてしまった.これが,cherry のメイキングである.ちなみに,フランス語 cerise が「さくらんぼ色(の)」の意味で19世紀に英語に入ったので,cherrycerise二重語 ( doublet ) の関係にあることになる.
 語幹末尾の <s> を複数形の <s> と取り違えて新しい単数形を作り出す例は他にもある.pea 「エンドウマメ」の歴史的な単数形は本来 pease ( < OE pise < LL pīsa ) だが,<s> が複数語尾と間違えられた結果,pea が新しい単数形として生み出された.同様に,sherry 「シェリー酒」はスペイン語の Xeres に由来し,英語へは16世紀に sherris として入ったが,17世紀には異分析されて生じた sherry が使われ出した.(シェリー酒はお酒を覚えたての頃に大飲みしてひどい目にあったので,いまだにあの匂いにはトラウマ的抵抗がある.)
 上の述べた類の numerical metanalysis は,元の語幹の一部を切り取る語形成であるから,逆成 ( back-formation ) の一種ともいえる.逆成については back_formation の各記事を参照.

 ・ 児馬 修 『ファンダメンタル英語史』 ひつじ書房,1996年.111--12頁.

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2010-03-30 Tue

#337. egges or eyren [caxton][popular_passage][plural][me_dialect][inflection][spelling]

 あまたある英語史の本のなかで繰り返し引用される,古い英語で書かれた一節というものがいくつか存在する.そういったパッセージを順次このブログに追加していき,いずれ popular_passage などというタグのもとで一覧できると,再利用のためにも便利かと思った.そこで,今日は「卵」を表す後期中英語の名詞の複数形の揺れについて Caxton が1490年に Eneydos の序文で挙げている逸話を紹介する.北部出身とおぼしき商人が,Zealand へ向かう海路の途中にケント海岸のとある農家に立ち寄り,夫人に卵を求めるという状況である.

And one of theym named Sheffelde, a mercer, cam in-to an hows and axed for mete; and specyally axed after eggys. And the goode wyf answerde, that she coude speke no frenshe. And the marchaunt was angry, for he also coude speke no frensche, but wolde have hadde egges, and she understode hym not. And thenne at laste a nother sayd that he wolde have eyren. Then the gode wyf sayd that she understode hym wel. Loo, what sholde a man in thyse dayes wryte, egges or eyren?


 [2009-11-06-1]などで触れたとおり,中英語期は方言の時代である.イングランド各地に方言が存在し,いずれの方言も(ロンドンの方言ですら!)標準語としての地位を確立していなかった.したがって,例えば北部出身の話者と南部出身の話者とが会話する場合には,それぞれが自分の方言を丸出しにして話したのであり,時にコミュニケーションが成り立たないこともありえた.上の逸話では「卵」に当たる語の複数形が南部方言では eyren,北部方言では egges だったために,当初,互いにわかり合えなかったくだりが描写されている.
 英語本来の複数形を代表しているのは南部の eyren である.古英語では「卵」を表す名詞の単数主格は ǣg という形態だった.これは r-stem と呼ばれるマイナーな屈折タイプに属する中性名詞で,その複数主格形は ǣgru のように -r- が挿入されていた.この点,child / children と同じタイプである ( see [2009-09-19-1], [2009-09-20-1], [2009-12-01-1] ).
 初期中英語までは,語尾に -(e)n が付加された異形態も含めて,古英語由来の r をもつ形態がおこなわれていた.しかし,14世紀頃から,古ノルド語由来の硬い <g> をもつ形態が北部・東中部方言に現れ始めた.現代の我々が知っているとおり,最終的に標準英語に生き残ったのは舶来の新参者 eggs のほうであるから歴史はおもしろい.
 綴字についても一言.Caxton の生きた時代は,印刷技術が登場した影響で綴字の固定化の兆しの見られる最初期であるが([2010-02-18-1]),上の短い一節のなかでも eggys, egges と語尾に異綴りが見られる.綴字の標準化は,この先150年以上かけて,17世紀から18世紀まで,ゆっくりと進行し,完成してゆくことになる.

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2009-10-05 Mon

#161. rhinoceros の複数形 [plural][etymology][bnc][corpus][clipping][drift]

 [2009-08-26-1]octopus の複数形は何かという話題を扱ったが,今回は rhinoceros /raɪnˈɑsərəs/ 「犀」の複数形は何かという問題に分け入りたい.
 この語はギリシャ語にさかのぼり,rhīno- "nose" + -kerōs "horned" の複合語である.英語には1300年頃に借用された.
 この語は,私が知っている英単語のなかで,取り得る複数形態の種類が最も多い語である.まずは OED で調べてみると,8種類の複数形があり得ると分かる.

rhinoceros, rhinocerons, rhinocerontes, rhinoceroes, rhinocero's, rhinoceri, rhinoceroses, rhinocerotes


とてつもない語なので,Jespersen の文法などでも取りあげられているし,『英語青年』にも記事がある.これには,さすがに犀もびっくりしていることだろう.
 須貝氏の記事によれば,1905年に Sir Charles Eliot なる人物がこの問題に頭を悩ませていたという記録がある.rhinocerotes は衒学的であり,かといって rhinoceroses は口調が良くない.口語での省略形の rhinos では威厳がなく,単複同形の rhinoceros では問題を回避しているに過ぎないとも言う.
 また,1938年には Julian Huxley なる生物学者が,rhinoceri は誤用であり,rhinoceroses がもっとも抵抗が少ないだろうが,それですら衒学的な響きを禁じ得ないとも述べている.結論としては rhinos を正規の複数形とするよう提案している.
 この二人の記録と洞察を忠実に受け入れて考えてみよう.1905年の時点で rhinocerotes にはすでに衒学的な響きがあったということだが,「規則複数」の rhinoceroses には特に衒学的な響きがあったとは触れられていない.だが,1938年には rhinoceroses ですら衒学的になっていたということが述べられている.だからこそ,rhinos を提案したわけである.
 とすると,1938年までの推移の順序は以下のように推論できるのではないか.まず,rhinocerotes を含めた多くの「不規則複数」が20世紀初頭にはすでに衒学的だった.そこで,「規則複数」たる rhinoceroses がより一般的になりかけた.だが,口調上の理由でこれも最終的には好まれず,やや口語ぽい響きが気にはなるものの,省略形に規則的な -s を付け足した rhinos が一般化し出した.
 須貝氏のいうように,この30年余の期間における「犀」の複数形の推移は,Jespersen のいう simplification と monosyllabism という英語の通時的傾向を表す好例のように思われる( rhinos の場合,厳密には monosyllabism への変化とはいえないが,音節数の減少であることは確かである).まず不規則を規則化し,それでも飽き足りずに切り株 ( clipping ) にした.
 さて,現在に話しを移そう.須貝氏の記事は1938年のものであり,それから現在までに「犀」の複数形はどのように変化したか.BNC ( The British National Corpus ) の単純検索によると,「不規則複数」のヒットは皆無だった(タグ付き検索ではないため,単複同形の rhinoceros の複数形としてのヒット数については未確認).規則形については,ヒット数は以下の通り.

rhinoceroses13
rhinos100


 複数の学習者英英辞書で,rhino には今でも「口語」というレーベルがついているものの,全体の頻度としては rhinoceroses を突き放している.須貝氏の記事から約70年,どうやら結論はすでに出たといってもよさそうである.

 ・Jespersen, Otto. Growth and Structure of the English Language. 2nd Rev. ed. Leipzig: Teubner, 1912. 143 fn.
 ・Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part 2. Vol. 1. 2nd ed. Heidelberg: C. Winter's Universitätsbuchhandlung, 1922. 39.
 ・須貝 清一 「Rhinoceros の複数」 『英語青年』80巻3号,1938年,81頁.

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2009-10-01 Thu

#157. foot の複数はなぜ feet [plural][i-mutation][vowel][flash][sobokunagimon]

 後期の授業が始まり,初回のガイダンスで使った小ネタです.全画面モードのほうが見やすいと思います.あるいは,PDFのスライドとして落としたい方はこちらからどうぞ.


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2009-09-20 Sun

#146. child の複数形が children なわけ [plural][oe][double_plural][analogy][homorganic_lengthening]

 昨日[2009-09-19-1]に引き続き,children の話題.children は,英語学習の初期に出会う超不規則複数の代表選手だが,なぜこのような形態を取っているのだろうか.-ren を付加して複数形を形成する例は,英語の語彙広しといえど,この語だけである.
 [2009-05-11-1]で関連事項に触れたが,現代英語の不規則複数の起源は古英語にさかのぼる.現代英語で規則複数を作る -s 語尾は確かに古英語でも圧倒的に優勢ではあったが,他にも -en,ゼロ語尾(無変化),i-mutation などによる複数形成が普通に見られた.現在では影の薄いこれらの複数形成も,古英語では十分に「規則的」と呼びうる形態論的な役割を担っていた.
 さて,そんな古英語においてすら影の薄い複数形成語尾として -ru という語尾が存在した.これは,印欧語比較言語学でs音幹と呼ばれる一部の中性名詞においては規則的な屈折語尾だった.そして cild "child" はまさにこの語類に属していたのである.その他の例としては,ǣg "egg", cealf "calf", lamb "lamb" などがあり,いずれも -ru を付加して複数形を作ったが,後に,圧倒的な -s 語尾による規則複数への類推作用 ( analogy ) の圧力に屈して,現在では方言形を除いて規則複数化してしまった.名詞の複数形に限らず,高頻度語は不規則性を貫く傾向があるように,cildru のみが古英語の面影を残すものとして現代に残っている.
 ちなみに,同じゲルマン語の仲間であるドイツ語では,s音幹の中性名詞に付く -r は中期高地ドイツ語の時代より異常な発達を遂げた ( Prokosch 183 ).本来はs音幹に属していなかった中性名詞に広がったばかりか,一部の男性名詞にまで入り込み,現在では100以上の名詞に付加される,主要な複数語尾の一つとなっている.children にしか残らなかった英語とはずいぶん異なった歴史を歩んだものである.
 だが,話しはまだ終わらない.古英語の複数形 cildru は,順当に現代英語に伝わっていれば,*childre や *childer という形態になっていそうなものだが,実際には children と -n 語尾が付加されている.これは,古英語から中英語にかけて -s 語尾複数に次ぐ勢力を有した -n 語尾複数が付加したためである.本来は -r(u) だけで複数を標示できたわけであり,その上にさらに複数語尾の -n を付加するのは理屈からすると余計だが,結果としてこのような二重複数 ( double plural ) の形態が定着してしまった.-r(u) 語尾の複数標示機能は,中英語期にはすでに影が薄くなっていたからだろうと考えられる.
 おもしろいことに,日本語の「子供たち」も二重複数である.複数の「子」が集まって「子供」となったはずだが,さらに「子供たち」という表現が生まれている.
 普段は深く考えずに使っている childchildren という語にも,Homorganic Lengthening やら double plural やら,種々の言語変化がつまっている.英語史は,ここがおもしろい.

 ・Prokosch, E. The Sounds and History of the German Language. New York: Holt, 1916.

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2009-09-19 Sat

#145. childchildren の母音の長さ [phonetics][consonant][vowel][plural][homorganic_lengthening]

 音韻変化は言語の宿命であり,英語もその歴史のなかで数多くの音韻変化を経てきた.特に母音の変化は,大母音推移 ( Great Vowel Shift ) に代表されるように激しく頻繁に起こっており,量の変化,すなわち長母音化や短母音化などの変化は,歴史の中では日常茶飯事といっても過言ではない.今回は,10世紀までに起こり始めていたとされる Homorganic Lengthening 「同器音長化」を取り上げる.
 調音音声学で同器性 ( homoorganic ) とは,調音点が同じだ(または類似する)が,調音様式が異なる音どうしの関係をいう.子音表[2009-05-29-1]を見ながら考えると,例えば /l/ と /d/ は,調音する場所はともに歯茎だが,調音様式は側音と閉鎖音とで異なっているので,同器性の子音である.同器性子音が二つ連なる組み合わせはいろいろありうるが,sonorant 「自鳴音」+ obstruent 「阻害音」という順序の組み合わせがあった場合,その直前の短母音が長くなるという変化が起こった.これが,Homorganic Lengthening と呼ばれる音韻変化である.具体的には,/ld/, /rd/, /rð/, /rl/, /rn/, /rz/, /mb/, /nd/, /ŋg/ といった連鎖の前で母音が長化した.
 例えば,古英語の grund /grʊnd/ は,この音声環境を満たすので母音が長化して /gru:nd/ となり,それが後に大母音推移によって /graʊnd/ ground となった.同じように,古英語の cild /tʃɪld/ も母音が長化して /tʃi:ld/ となり,大母音推移により現在の /tʃaɪld/ child となった.
 しかし,同器性子音の2音結合の後にもう一つ別の子音が来ると,Homorganic Lengthening はブロックされ,直前母音の予想される長化は起こらなかった.古英語の複数形の cildru ( > PDE children ) はこのブロックされる条件に合致してしまうので,母音長化は起こらず,短母音が残ったまま現在に伝わっている.二重母音をもつ単数形 /tʃaɪld/ に対して,複数形 /tʃɪldrən/ で短母音を示すのはこのためである.
 と,きれいに説明できるのだが,長化したものが後の歴史でまた短化したり,あれこれ特別な音韻環境だと長化がブロックされたり,いろいろと複雑な事情があるようで,child -- children のようにうまくいく例は多くない.最近では Homorganic Lengthening の統一性を問題視する説も出てきているようで ( Minkova and Stockwell ),音韻変化の奥深さと難しさを改めて感じさせる.

 ・中尾 俊夫,寺島 廸子 『英語史入門』 大修館書店,1988年,71頁.
 ・Lass, Roger. Old English: A Historical Linguistic Companion. Cambridge: CUP, 1994. 249.
 ・Minkova, D. and Stockwell, R. P. "Homorganic Clusters as Moric Busters in the History of English: The Case of -ld, -nd, -mb. History of Englishes: New Methods and Interpretations in Historical Linguistics. Ed. M. Rissanen, O. Ihalainen, T. Nevalainen, and I. Taavitsainen. Berlin: Mouton de Gruyter, 1992. 191--206.

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2009-08-26 Wed

#121. octopus の複数形 [plural][greek][bnc][corpus]

 octopus の複数形は何か.手持ちの辞書を引き比べてもらうとわかるが,すべての辞書で規則的な octopuses が挙がっていることだろう.特に記述のない辞書では octopuses を当然とみなしての省略に違いない.
 だが,大きめの辞書や古めの辞書を引くと,octopodes なる複数形が併記されている.例えば OED では,octopodes /ɒkˈtəʊpədi:z/ が先に挙がっており,その後に octopuses が追記されている.
 Web3 ( Webster's Third New International Unabridged Dictionary ) にいたっては,第三の複数形として octopi /ˈɑktəˌpaɪ/ が挙げられている.
 複数形態に関するこの複雑な状況は,この単語がギリシャ語からネオ・ラテン語を経て,18世紀に英語へ借用されてきたという経緯による.ギリシャ語の屈折に従えば octopodes となり,ラテン語の屈折を適用すると octopi になる( see sg. alumnus -- pl. alumni ).ただし,ラテン語に準じた octopi は,COD11 ( The Concise Oxford English Dictionary 11th ed. ) によると誤用とされている.
 ただ,この二種類の古典語に基づく不規則複数形は,現在では衒学的・専門的な響きが強すぎて普通には用いられないと考えてよい.このことは,多くの学習者英英辞典で octopuses のみが挙げられていることからもわかる.
 BNC ( The British National Corpus )で調べてみるとヒット数は以下の通りだった.

octopuses29
octopi11
octopodes4


 ついでだが,日本語ではタコを数えるときにつける助数詞は「匹」でもよいし,イカと同じく「杯」でもよいという.知らなかった.

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2009-06-19 Fri

#52. 複数形の「ズ」は日本語の一部か? [plural][japanese_english][bilingualism]

 先日,街を歩いていて見かけた不動産の広告.

City Towers Toyosu

 開発が進み人気の高まる臨海副都心だが,江東区出身の人間としては驚くばかりである.一昔前は,目立たない街だった・・・.
 さて,この広告が興味深いのは「シティタワーズ豊洲」と「シティタワー有明」の「ズ」の有無である.前者はツインビルで,後者は一つのビルのようである.問題は,複数形の「ズ」が,すでに日本語システムのなかにどう取り込まれているか,あるいは取り込まれる可能性があるかという点である.
 「シティタワーズ豊洲」を名付けた人が日本語母語話者であると想定したとき,その人は英語の city towers を参照したということは間違いない.その名前を採用した背景には,(1) 広告の対象たる一般の日本人(日本語母語話者)が複数としての意味を理解してくれるだろうとの想定,(2) 英語の数の意識にとらわれ,複数の建物ならば「タワーズ」としなければ論理的でないという発想,の両方またはいずれかあったに違いない.
 (1)(2)のいずれにせよ,(おそらく日本語母語話者である)この名付け親は,英語の文法を知っているという意味で bilingual である.(ここでいう bilingual は広い意味であり,実際に英語を実用的に使いこなせるかどうかは問わない.)
 以上の点をふまえつつ,なぜ「シティタワーズ」と名付けたかを順を追って考えてみよう.まず,「シティ」も「タワー」も日本語に定着している借用語であり,それを複合させた「シティタワー」も名前として使えそうだと判断する.次に,ツインタワーであることを強調するために,元言語である英語では city towers というわけだから,その文法にかなうように日本語としても「シティタワーズ」とするほうがよいのではないか.ざっと,このような過程だったと思われる.
 「英語を参照する」という手続きが介入しているという点で,複数形の「ズ」はまだ日本語のシステムの中には取り込まれていないと考えられる.起こっていることは,あくまで bilingual による元言語の文法参照である.
 しかし,このような「ズ」を含む名付けが多くなり,「英語を参照する」途中手続きが省略される日が来たらどうなるだろうか.その場合,「ズ」が複数を示す形態素として日本語システムに取り込まれ,日本語の単語に自由に付加されるようになるのだろう.和語や漢語に「ズ」が付加される例は寡聞にして知らないが,日本語の語彙に取り込まれた英語ベースの借用語に「ズ」が付加される例はある.例えば「レストランズ」などは,英語の restaurants を経由しているとは思えず,日本語表現とみなすべきだろう.また,バンド名やグループ名などの「ズ」は,基体が和語だろうが漢語だろうが,おそらく付加してもおかしくないのではないか.
 いつしか「ズ」が歴とした日本語の形態素として確立するかもしれない.数年あるいは数十年のスパンで見守っていきたい.

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2009-05-11 Mon

#12. How many carp! [plural][analogy][number]

 時期は過ぎてしまったが,鯉のぼりの話題.先日,墨田区にある都立東白鬚公園のすみだ鯉のぼりフェアに行ってきた.大小約350匹の鯉が泳いでいて壮観.

carp streamers

 もし英語話者がこの鯉のぼり群を見たらなんと叫ぶだろうか. How many carp! と感嘆するかもしれない."carps"ではない"carp"とs無しである. carpsheep などと同様,単複同形の単語なのである.「読売ジャイアンツ」,「阪神タイガース」,しかし「広島東洋カープ」である.
 英語で名詞の複数形といえば s語尾がつくのが原則である.しかし,少数の例外があることは,よく知られている.例外にもいくつかタイプがあり,大雑把にいうと次の通りだ.

 (1) -en語尾: ox / oxen , child / children
 (2) 無変化: carp / carp , sheep / sheep , fish / fish , hundred / hundred
 (3) i-mutation: man / men , foot / feet
 (4) 借用語: phenomenon / phenomena , alumnus / alumni

 このうち(2)の無変化(単複同形)が今回の話題だが,背後には長い歴史がある.古英語では,長音節を持つ中性名詞は原則としてすべて単複同形だった.例えば,今でこそs複数になっているが, horse , house , land , thing , wife はすべてs無しの複数形を作ったのである.これらがすべて後にs複数になったのは,簡単にいえば,他の多くのs複数からの圧力による「 類推作用 」の結果である.実際の歴史はもっと複雑なので詳しく知りたい方は,拙著 The Development of the Nomiral Plurals in Early Middle English をご一読ください.
 現代英語でも単複同形として残っている語のうち, sheephundred は古英語では実際に中性名詞だった.これらについては,古英語からの生き残りと考えていいだろう.だが, fish は男性名詞だったし,問題の carp については中英語期にフランス語から入った借用語なので英語として性が付与されたことはない.どういった経緯だろうか.
 中英語では,古英語の性にかかわらず,「単位」や「狩猟対象」を表す名詞が単複同形となる傾向があった.これらは意味的に複数として用いられるのが通常であり,さらに多くの場合に数詞を伴うために,語尾変化がなくとも複数であることが当然と意識されたからだという.
 Mustanoja によれば:

The unchanged plural after an expression of number or quantity is in fact a linguistic phenomenon of universal occurrence. It has primarily a psychological background if the idea of plurality is obvious from the attributive numeral or adjective, no plural ending or other sign is needed to indicate the number of the governing noun. (58)

 中英語からの例を挙げれば,以下の語が単複同形だった.「単位」としては, couplescorehundredthousandyearwintermonthnightfootfathommilepound .「狩猟対象物」としては, carpeelfishfowlgoat
 鯉は,現在の日本では主として観賞魚とみなされるが,アジアやヨーロッパでは広く食用魚とされる.普通は池で飼われるとはいえ「狩猟対象」には違いない.
 最後に一言. carp については,少なくとも18世紀までは,単複同形とともに,予想されるs複数形も併存していたことを付け加えておく.歴史の一時期,一つの語に二つ以上の異なった複数形が存在するということは,英語史的にはごくごく普通の現象なのである.

 ・Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.

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