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最終更新時間: 2019-08-19 18:50

2016-06-29 Wed

#2620. アングロサクソン王朝の系図 [family_tree][oe][monarch][history][anglo-saxon]

 「#2547. 歴代イングランド君主と統治年代の一覧」 ([2016-04-17-1]) で挙げた一覧から,アングロサクソン王朝(古英語期)の系図,Egbert から William I (the Conqueror) までの系統図を参照用に掲げておきたい.

            Egbert (829--39) [King of Wessex (802--39)]
              │
              │
          Ethelwulf (839--56)
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              │
    ┌────┴──────┬──────────┬────────────┐
    │                      │                    │                        │
    │                      │                    │                        │
Ethelbald (856--60)   Ethelbert (860--66)   Ethelred I (866--71)   Alfred the Great (871--99)
                                                                            │
                                                                            │
                                                                   Edward the Elder (899--924)
                                                                            │
                                                                            │
                      ┌────────────┬─────────────┤
                      │                        │                          │
                      │                        │                          │                                    ┌────────┐
                  Athelstan (924--40)   Edmund I the Elder (945--46)   Edred (946--55)                            │HOUSE OF DENMARK│
                      │                        │                                                                └────────┘
                      │                        │
                  Edwy (955--59)        Edgar (959--75)                                                        Sweyn Forkbeard (1013--14)
                                                │                                                                    │
                                                │                                                                    │
                      ┌────────────┤                                                                    │
                      │                        │                                                                    │
                      │                        │                                                                    │
           Edward the Martyr (975--79)   Ethelred II the Unready (979--1013, 1014--16) === Emma (--1052)  === Canute (1016--35)
                                                │                                       │                    │     │
                                                │                                       │                    │     │
                                                │                                       │                    │     └─────┐
                                                │                                       │                    │                 │
                                                │                                       │             Hardicanute (1040--42)    │
                                                │                                       │                                       │
                                                │                                       │                                       │
                                     Edmund II Ironside (1016. 4--11)      Edward the Confessor (1042--66)             Harold I Harefoot (1035--40)
                                                │
                                                │
                                                │                            ┌─────────┐                  ┌────────┐
                                       Edward Atheling (--1057)               │HOUSE OF NORMANDY │                  │HOUSE OF GODWIN │
                                                │                            └─────────┘                  └────────┘
                                                │
                                                │
                                     Edgar Atheling (1066. 10--12)          William the Conqueror (1066--87)          Harold II (1066. 1--10)

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2016-06-13 Mon

#2604. 13世紀のフランス語の文化的,国際的な地位 [reestablishment_of_english][french][history][literature]

 13世紀のイングランドは,John による Normandy の喪失に始まり,世紀中葉には Henry III が Provisions of Oxford や「#2561. The Proclamation of Henry III」 ([2016-05-01-1])」などを認めさせられ,その後の英語の復権を方向づけるような事件が相次いだ (see 「#2567. 13世紀のイングランド人と英語の結びつき」 ([2016-05-07-1])) .
 しかし,時代の大きな流れとしては英語の復権へと舵を切っていたものの,小さな流れとしては,英語に比してフランス語がいっそう重要視されるという逆流もあった.Henry III がフランス貴族を重用したことにより宮廷周りでのフランス語使用は増したし,イングランドのみならず国際的にみても13世紀のフランス語の地位が高かったという事情もあった.後の18世紀にもヨーロッパ中にフランス語の流行が見られたが,13世紀の当時,フランス語はヨーロッパの文化的な国際語として絶頂の極みにあったのである.
 例えば,Adenet le Roi にはドイツのあらゆる貴族が子供たちにフランス語の教師をつけていたとの言及がある(以下,Baugh and Cable 129 より引用).

Avoit une coustume ens el tiois pays
Que tout li grant seignor, li conte et li marchis
Avoient entour aus gent françoise tousdis
Pour aprendre françoise lor filles et lor fis;
Li rois et la roïne et Berte o le cler vis
Sorent près d'aussi bien la françois de Paris
Com se il fussent né au bourc à Saint Denis. (Berte aus Grans Piés, 148ff.)


 また,Dante の師匠である Brunetto Latini は百科事典 Li Tresor (c. 1265) をフランス語で著わしたが,それはフランス語が最も魅力的であり,最もよく通用するからだとしている.もう1人のイタリア人 Martino da Canale も,ベネチア史をフランス語に翻訳したときに,同様の理由を挙げている.似たようなコメントは,ノルウェーやスペインから,そしてエルサレムや東方からも確認されるようだ.同趣旨の文献上の言及は,ときに15世紀始めまでみられたという (Baugh and Cable 129) .
 では,イングランド及びヨーロッパ全体における,13世紀のフランス語の高い国際的地位は何によるものだったのか.Baugh and Cable (129) は,次のように複数の要因を指摘している.

The prestige of French civilization, a heritage to some extent from the glorious tradition of Charlemagne, carried abroad by the greatest of medieval literatures, by the fame of the University of Paris, and perhaps to some extent by the enterprise of the Normans themselves, would have constituted in itself a strong reason for the continued use of French among polite circles in England.


 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.

Referrer (Inside): [2017-02-25-1]

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2016-06-06 Mon

#2597. Book of Common Prayer (1549) [bible][history][literature][book_of_common_prayer][idiom]

 「祈祷書」(英国教会の礼拝の公認式文)として知られる The Book of Common Prayer の初版は,1549年に編纂された.宗教改革者にしてカンタベリー大主教の Thomas Crammer (1489--1556) を中心とする当時の主教たちが編纂し出版したものであり,その目的は,書き言葉においても話し言葉においても正式とみなされる英語の祈祷文を定めることだった.正式名称は The Booke of the Common Prayer and administracion of the Sacramentes, and other Rites and Ceremonies after the Use of the Churche of England である.
 この祈祷書は,Queen Mary と Oliver Cromwell による弾圧の時代を除いて,現在まで連綿と用いられ続けている.現在一般に用いられているのは初版から約1世紀後,1661--62年に改訂されたものであるが,初版の大部分をよくとどめているという点で,完全に連続性がある.この祈祷書は5世紀近くもの繰り返し唱えられてきたために,人口に膾炙した文言も少なくない.特によくに知られているのは結婚式での文句だが,その他の常套句も多い.Crystal (36) より,以下にいくつか挙げてみよう.

[ 結婚式関係 ]

 ・ all my worldly goods
 ・ as long as ye both shall live
 ・ for better or worse
 ・ for richer for poorer
 ・ in sickness and in health
 ・ let no man put asunder
 ・ now speak, or else hereafter forever hold his peace
 ・ thereto I plight thee my troth
 ・ till death us do part
 ・ to have and to hold
 ・ to love and to cherish
 ・ wedded wife/husband
 ・ with this ring I thee wed

[ その他 ]

 ・ all perils and dangers of this night
 ・ ashes to ashes
 ・ battle, murder and sudden death
 ・ bounden duty
 ・ dust to dust
 ・ earth to earth
 ・ give peace in our time
 ・ good lord, deliver us
 ・ peace be to this house
 ・ read, mark, learn and inwardly digest
 ・ the sins of the fathers
 ・ the world, the flesh and the devil


 祈祷書に関連して,「#745. 結婚の誓いと wedlock」 ([2011-05-12-1]),「#1803. Lord's Prayer」 ([2014-04-04-1]) も参照されたい.また,聖書からの常套句としては「#1439. 聖書に由来する表現集」 ([2013-04-05-1]) を参照.

 ・ Crystal, David. Evolving English: One Language, Many Voices. London: The British Library, 2010.

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2016-05-17 Tue

#2577. 文字体系の盛衰に関わる社会的要因 [sociolinguistics][grammatology][writing][history][alphabet]

 先日,古代オリエント博物館で開催中の「【春の特別展】世界の文字の物語 ―ユーラシア 文字のかたち――」を観にいった.古代文字の本物やレプリカが並べられており,詳しい解説のパネルもあって,博物館らしく具体感と臨場感をもって学べる展覧会だった.売店で展覧会名と同名の70頁ほどからなる図録が売られていたので,購入した.そのなかに楔形文字 (cuneiform) の消滅に関する文章があり,消滅の原因に関する記述に目を引かれた(展覧会のパネルにあった文章と同じものと思われる).
 楔形文字は前4千年期末頃に発明され,その後メソポタミア南部を中心とする西アジア全域に用いられ,2千年以上ものあいだ,他の文字体系の追随を許さずに全盛を極めた.ただし,その間にも,ライバルは虎視眈々と力をつけていた.前2千年紀にアルファベットが発明され,前1千年紀にはそれが羊皮紙やパピルスに記されるようになり,粘土板を用いた楔形文字の使用と競合するようになる.この後楔形文字は徐々にアルファベットにより追い落とされてゆくのだが,その経緯が図録の p. 19 に次のように解説されていた(原文の傍点は下線に替えてある).

やがて楔形文字文書はアルファベット文書に主役の座を譲ることになるのだが,前1千年紀の間は楔形文字粘土板文書も並行して盛んに作成された.アルファベットは文字数が少ない上,文字と音の対応も一対一であり,明らかに楔形文字よりも合理的で簡単である.一説ではこの簡単さゆえに楔形文字はアルファベットに取って代わられたとも言う.確かに文字システムの明解さは1つの要因になったとは考えられる.しかしこのような説では納得できない点もある.例えば,現代においても,東アジアの漢字に〔ママ〕ように,簡単とは言えない文字システムが採用されている事実がある.楔形文字の放棄に関する別の重要な論点は,楔形文字で粘土板に文書を記す書記術の実践とその後進育成を支える組織の断絶であろう.メソポタミア北部では前7世紀末のアッシリア帝国の崩壊後に楔形文字粘土板文書の作成が激減する.南部ではその後も幅広く用い続けられるものの,前484年に起こったペルシア帝国に対する大反乱の鎮圧後,楔形文字粘土板文書の使用はバビロン市やウルク市などの古い大神殿とその周辺に限定されるようになった.


 その後,紀元後1千年紀初頭まで楔形文字の伝統は部分的に継承されたが,最終的には3千年ほど続いた伝統は終焉を迎えることになる.
 上の引用で目を引くのは,楔形文字がアルファベットに追い落とされたのは,後者が文字体系として合理的で優れているからという理由よりも,むしろ社会的な事情で前者の伝統を継承する体制が保持されなかったからという点を重視していることだ.似たような議論は,「#2417. 文字の保守性と秘匿性」 ([2015-12-09-1]) でみたように,ロビンソンによってもなされている.文字体系の経済的,言語学的な合理性という指標は,その繁栄と伝播に一役買っている可能性はあるかもしれないが,あったとしても二次的な要因のように思われる.主たる要因はその文字体系の使用と教育体制にあると考えておきたい.

 ・ 古代オリエント博物館(編)『世界の文字の物語 ―ユーラシア 文字のかたち――』古代オリエント博物館,2016年.

Referrer (Inside): [2019-06-14-1]

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2016-05-12 Thu

#2572. Momma and Matto (編)の英語史年表 [timeline][history][language_planning][linguistic_right]

 最近の「#2562. Mugglestone (編)の英語史年表」 ([2016-05-02-1]) に引き続き,英語史年表シリーズ.Momma and Matto の英語史コンパニオンの pp. xxix--xxxiii に掲げられている年表を再現する.後期近代英語期について,言語教育,言語権 (linguistic_right),言語計画 (linguistic_planning) などの応用社会言語学的な項目が多く立てられている点に,この年表の特徴がある.

1000 BCEIndo-European languages spread throughout Europe and southern Asia, some already attested in writing for hundreds of years.
ca. 1000--1 BCEGradual sound shifts (Grimm's Law) take place in Germanic languages.
55--54 BCEJulius Caesar invades Britain.
43 CERomans under Claudius conquer Britain; the "Roman Britain" period begins.
ca. 50--100Scandinavian Runic inscriptions are produced, which remain the oldest attestations of a Germanic language.
ca. 98Roman historian Cornelius Tacitus writes ''Germania''.
ca. 350Bishop Wulfila translates the Bible into Gothic, an East Germanic language.
410roman troops withdraw from Britain as Visigoths sack Rome; the "Roman Britain" period ends.
449According to tradition,Anglo-Saxons (Angles, Saxons, Jutes) begin invasion and settlement of Britain, bringing their West Germanic dialects to the islands.
597Pope Gregory sends Augustine to Kent where he converts King Æthelberht and 10,000 other Anglo-Saxons to Christianity.
793--ca. 900Vikings (Danes, Norwegians, Swedes) raid England periodically and establish settlements.
878King Alfred's victory over Guthrum's Danish army at Edington paves the way for the creation of the Kingdom of the Anglo-Saxons.
886King Alfred and Guthrum sign a treaty establishing the "Dane law" north and east of London, heavily settled by the Norse-speaking vikings.
890sKing Alfred translates Pope Gregory's ''Regula pastoralis'' into English.
ca. 900Bede's ''Ecclesiastical History'' is translated from Latin into Old English.
ca. 975--1025The four great manuscripts containing Old English poetry (Exeter Book, Junius Manuscript, Vercelli Book, and ''Beowulf'' Manuscript) are compiled, though many of the texts they contain were likely composed over the previous 300 years.
993--5Aelfric composes his Latin-Old English ''Glossary''.
1066William the Conqueror leads the Norman conquest of England, solidifying French as the language of the nobility.
1171Henry II leads the Cambro-Norman invasion of Ireland, bringing French and English speakers to the island.
1204King John of England loses Normandy to France.
ca. 1245Walter of Bibbesworth compiles his ''Tretiz de Langage'' to improve the French of English-speaking Landowners.
1282Wales is conquered by King Edward I of England.
1348--50The Black Plague kills about one-third of the English population.
1362Statute of Pleading requires English be spoken in law courts.
1366Statutes of Kilkenny outlaw (among other Irish customs) speaking Irish by Englishmen in Ireland.
1370--1400Chaucer writes his major works.
1380sJohn Wycliffe and his followers illegally translate the Latin Vulgate Bible into English.
1380--1450Chancery standard written English is developed.
ca. 1450Johannes Gutenberg establishes the printing press in Germany.
1476William Caxton sets up the first printing press in England.
1492Christopher Columbus explores the Caribbean and Central America.
1497Italian navigator John Cabot explores Newfoundland.
1500--1650Great Vowel Shift takes place.
1525William Tyndale prints an English translation of the New Testament.
1534The first complete English translation of the Bible from the original Greek and Hebrew is produced.
1536 and 1543Acts of Union (Laws in Wales Acts) annex Wales to England.
1542Crown of Ireland Act makes the English king also the Irish king.
1558--1603Queen Elizabeth I reigns.
ca. 1575--1600English becomes an important trade language in West Africa.
1580s--1612Shakespeare composes his plays.
1583--1607British attempt unsuccessfully to establish colonies in America.
1588The Bible is translated into Welsh.
1589George Puttenham publishes his ''Art of English Poesy''.
1600British East India Company receives its charter, facilitating economic expansion into India.
1600sAtlantic slave trade begins, bringing Africans to America.
1603Union of the Crowns: James VI of Scotland becomes James I of England and Scotland, accelerating the Anglicization of Scots-English.
1604Robert Cawdrey compiles ''A Table Alphabeticall'', the first monolingual English dictionary.
1607The Virginia Company of London successfully establishes a colony in America at Jamestown, Virginia.
1610British establish fishing outposts in Newfoundland.
1611The King James Bible is published.
1620Pilgrims establish a colony at Plymouth Rock.
1623--ca. 1660British establish colonies throughout Caribbean.
1642--51English Civil Wars are ongoing.
1660The Restoration: Charles II returns to the throne.
1663The Royal Society is founded.
1689British establish the three administrative districts of Bengal, Bombay (now Mumbai), Madras (now Chennai) on the Indian subcontinent.
1694French publish a national dictionary.
1695The Licensing Act expires, giving anyone the freedom to publish without government permission.
1707Acts of Union unite governments of England and Scotland, creating the Kingdom of Great Britain.
1712Jonathan Swift writes his "Proposal for Correcting, Improving and Ascertaining the English Tongue.".
1755Samuel Johnson's ''Dictionary of the English Language'' is published.
 French-speaking Acadians are expelled from Canada by British, settle in Louisiana and are called Cajuns.
1773British establish a Governor Generalship in India.
1776Thomas Jefferson drafts American Declaration of Independence.
1780sBritish begin to settle in Australia.
1783Treaty of Paris recognizes an independent United States of America; Noah Webster's "blue-back" spelling book is published.
1786William Jones suggests a common root for Sanskrit, Greek, and Latin, promoting comparative linguistics and Indo-European studies.
1787English speakers of African origin are repatriated to Africa in Freetown, Sierra Leone.
1789--99The French Revolution takes place.
1795Lindley Murray's ''English Grammar'' is published.
1800Act of Union unites governments of Ireland and Great Britain, creating the Kingdom of Great Britain and Ireland and requiring that Irish politicians speak English in British government.
1803The Louisiana Purchase allows US to expand westward.
1811--18Jane Austen's novels and published.
1819The British government passes the Six Acts, aimed to suppress the publication of radical newspapers.
1820Freed English-speaking slaves repatriated from America to the newly created West African nation of Liberia.
1828Noah Webster's ''Dictionary of American English'' is published.
1831A system of Primary School Education is introduced in Ireland, with English as the medium of instruction.
1835Lord Macaulay's Minute initiates the introduction of English language education into South Asia.
1836The phrase "standard English" first appears in a philological sketch on the history of the language in the ''Quarterly Review''.
1837--1901Queen Victoria reigns.
1840sBritish begin to settle in New Zealand.
1845--9Many monoglot Irish speakers die as a result of the Great Famine in Ireland.
1852''Roget's Thesaurus'' is first published.
1858Act for the Better Government of India results in the British governing India directly.
1859''Proposal for the Publication of a New English Dictionary'' initiates work on what will be the ''Oxford English Dictionary''.
1873Harvard University introduces the first American college program in English composition for native speakers.
1898Americans take over control of the Philippines from Spain, beginning America's colonial period.
1914--39James Joyce's major works are published.
1922Ratification of the Anglo-Irish Treaty recognizes an independent Irish Free State, which will become the Republic of Ireland.
1925The Phelps-Stokes Commission recommends teaching both English and native languages in Africa.
1926--62William Faulkner's major works are published.
1928''Oxford English Dictionary'' is completed.
1946The Philippines achieve independence from the United States.
1947India achieves independence from Britain; Pakistan splits from India.
1953English made a compulsory subject in national examinations in elementary schools throughout Anglophone Africa.
1957--68Most of Britain's African colonies achieve independence.
1967The Official languages Act makes English and Hindi India's two official languages.
 Tanzania launches a "Swahilization" program.
1970-Toni Morrison's major works are published.
1875--Salman Rushdie's major works are published.
1979Lawsuit (''Martin Luther King Jr Elementary School Children vs. Ann Arbor School District Board'') sets precedent for requiring teachers to study AAVE.
 Urdu replaces English as the language of instruction in schools in Pakistan.
1991Helsinki corpus of English words from the Old English period through 1720 is completed.
1993Welsh Language Act makes Welsh an official language in Wales alongside English.
1996--7The "Ebonics" debates begin in Oakland, California.
1998The Good Friday Agreement grants "parity of esteem" to the Irish language and to Ulster Scots (Ullans) in Northern Ireland.


 ・ Momma, Haruko and Michael Matto, eds. A Companion to the History of the English Language. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2008.

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2016-05-07 Sat

#2567. 13世紀のイングランド人と英語の結びつき [me][reestablishment_of_english][history]

 「#2561. The Proclamation of Henry III」 ([2016-05-01-1]) の記事でみたように,ノルマン征服以降の数世紀間,イングランドでは公文書が英語で書かれることはまれだった.イングランドと英語は,フランス人とフランス語のくびきの下にあったといってよい.とりわけ13世紀の Henry III による長い統治期間 (1216--72) にはフランス贔屓が激しく,英語の地位は低かった.しかし,この状態は土着のイングランド人にとっては耐えがたいものであり,ついに英語を母語とする諸侯の堪忍袋の緒が切れた.諸侯は,1258年にオックスフォードで開かれた議会 (Mad Parliament) で,Henry III に放漫な国政を改革するように迫るオックスフォード条款 (Provisions of Oxford) を認めさせ,王はその確認のために Proclamation of Henry III を発行したが,まもなく承認を取り消した.ここから貴族と王による争い,世にいう Barons' War (1259--65) が生じた.貴族側の指導者は,皮肉なことに,生まれも教育もノルマン人たる(ただしイングランド人の祖母をもつ) Simon de Montfort (c. 1208--65) という人物であり,1264年には Henry を捉えて国政を握ったが,1265年,Edward 王子(後の Edward I)率いる国王軍との戦いで死んだ.
 Henry III のフランス人重用と無能な政治は,確かに英語の復権を時間的に遅らせはしたが,フランス人やフランス語への反動を招く原因そのものとなったことによって,後の英語の復権を決定づけたと評価することもできるだろう.英語という言語が,イングランド人のアイデンティティと堅く結びつけられる契機となったのだ.Baugh and Cable (128) の評価が参考になる.

The effect of the foreign incursions in the thirteenth century was undoubtedly to delay somewhat the natural spread of the use of English by the upper classes that had begun. But it was also to arouse such widespread hostility to foreigners as greatly to stimulate the consciousness of the difference between those who for a generation or several generations had so participated in English affairs as to consider themselves Englishmen, and to cause them to unite against the newcomers who had flocked to England to bask in the sun of Henry's favor. One of the reproaches frequently leveled at the latter is that they did not know English. It would be natural if some knowledge of English should come to be regarded as a proper mark of an Englishman.


 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.

Referrer (Inside): [2017-02-25-1] [2016-06-13-1]

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2016-05-02 Mon

#2562. Mugglestone (編)の英語史年表 [timeline][history]

 英語史年表シリーズ.Mugglestone 編の英語史書 pp. 415--28 に,"A CHRONOLOGY OF ENGLISH" と題する詳細な年表が掲げられている.これまで本ブログで挙げてきた年表シリーズのなかでも最も長いものである.とりわけ近現代の外面史が詳しく,20世紀後半などはひたすら旧植民地の独立の時期だなとあらためて実感.

c1500 BCFirst evidence for some languages of the Indo-European group.
c1000-500 BCEmergence of Proto-Germanic.
c300--200 BCBreak-up of Proto-Germanic.
c45--c410Britain becomes part of the Roman Empire, forming the Roman colony 'Britannia'.
c410Collapse of Roman Empire; Romans leave Britain.
449Traditional date for the invasion of Britain by the Angles, Saxons, and Jutes.
597Arrival of Roman mission in England and introduction of Christianity.
601Augustine becomes the first Archbishop of Canterbury.
664Synod of Whitby.
670sPresumed date of composition of Cædmon's Hymn.
c700First surviving written evidence of Old English.
c700--20Lindisfarne Gospels written (in Latin).
731Bede completes his Ecclesiastical History of the English People (in Latin).
735Death of Bede.
757(--96)Reign of Offa as King of Mercia.
780sPeriod of Scandinavian invasion begins.
793Sacking of the monastery at Lindisfarne by Scandinavian invaders.
849Alfred born in Wantage, Oxfordshire.
870sScandinavian settlement in England.
871(--99)1 Reign of Alfred as King of Wessex.
 2 Production of translations of, for example, Bede's Ecclesiastical History, Boethius's Consolation of Philosophy, Gregory's Pastoral Care.
878Battle of Edington, in which Alfred triumphs over Vikings and agrees on areas of Scandinavian settlement (later to be known as the 'Danelaw').
from c890Production of Anglo-Saxon Chronicle.
899Death of Alfred.
937Battle of Brunanburh.
from c950Benedictine Reform.
c950(--970)Glosses to Lindisfarne Gospel added (in Old English) by Aldred, Provost of Chester-le-Street in Northumbria.
c955Birth of Ælfric.
c970sExeter Book and Vercelli Book copied.
990sÆlfric writes his Catholic Homilies.
991Battle of Maldon.
c1000Copying of Junius (or Cædmon) manuscript and Beowulf manuscript.
1005Ælfric becomes Abbot of Eynsham in Oxfordshire.
c1010Death of Ælfric.
1016(--35)Reign of the Danish king Cnut over England.
1066Battle of Hastings; William I (the conqueror) reigns over England (until 1087).
1086--7Compilation of the Domesday Book, the first survey of the nation's land resources.
c1122The Peterborough Chronicle is copied, and the First Continuation begins.
1154Peterborough Chronicle ends.
c1170sThe Ormulum.
1172Henry II becomes King of Ireland.
1204Loss of Normandy; England becomes the sole remaining home of Norman English.
1215Magna Carta.
c1225Ancrene Wisse.
1258Proclamation of Henry III: first Royal Proclamation issued in English since the Norman Conquest.
1284Annexation of Wales.
c1300Cursor Mundi.
1330--80Evidence of East Midland influence on language of London; evidence of limited standardization in manuscripts written in London.
1337(--1454)Hundred Years' War with France.
1340Dan Michel's Ayenbite of Inwyt completed.
c1343Birth of Geoffrey Chaucer.
1348First outbreak of the Black Death.
1362Statute of Pleading; English becomes the official language of the law courts.
1380sWycliffite Bible (first complete Bible in English).
1381The Peasants' Revolt.
1387John Trevisa completes English translation of Ranulph Higden's Polychronicon (1327).
c1395Second version of the Wycliffite Bible in English.
1400Death of Geoffrey Chaucer
1417Signet Office begins issuing the king's letters in English.
1422Brewers' Guild of London decides to switch to English as language of proceedings and accounts.
1425First surviving Paston letter.
1430Chancery adopts East Midland koiné as its written form.
c1450Death of John Lydgate.
c1470Death of Thomas Malory.
1475Printing of The Recuyell of the Historyes of Troye by William Caxton in Bruges---the first book to be printed in English.
1476William Caxton sets up his printing press in Westminster and publishes the first printed books in English.
1485Henry VII becomes the first Tudor King after Richard III is killed at the Battle of Bosworth.
1489French no longer used as the language of Parliament.
1490Caxton's Eneydos published (with prologue remarking on variability of English).
1491Death of Caxton; succeeded by Wynkyn de Worde, who moves his printing press to Fleet Street.
1492Christopher Columbus arrives in West Indies.
1497John Cabot reaches Newfoundland, providing the first English contact with Canada.
1525--6Publication of William Tyndale's New Testament in English.
1534English Reformation (Henry VIII breaks with the Catholic Church).
1535Publication of Miles Coverdale's Bible (the first complete Bible to be printed in English).
1536First act of union between England and Wales.
1542Andrew Boorde, Fyrst Boke of the Introduction of Knowledge, illustrates regional dialects.
1549Book of Common Prayer.
1562John Hawkins starts British slave trade.
1564Birth of Shakespeare.
1565Lawrence Nowell, Vocabularium Saxiconum, first Old English glossary; included northern English words.
1567Thomas Harman, A Caveat or Warening for Common Cursetors, first glossary of the 'canting language' or dialect of the underworld.
1577(--80)Francis Drake circumnavigates the world.
1585Thomas Herriot, a scientist, visits Roanoke in America to gather information on the flora, fauna, resources, people, and languages.
1586Publication of William Bullokar's Pamphlet for Grammar, the first grammar of English.
1600Founding of the East India Company.
1600(--)English begins to be used in records of legal proceedings.
1603Union of the Crowns; James VI of Scotland succeeds to the English throne, as James I, after death of Elizabeth I.
1604Robert Cawdrey, A Table Alphabeticall, the first English-English dictionary, translates 'hard words' and inkhorn terms into 'common' English.
1607Jamestown in Chesapeake Bay founded in North America---the first successful British colony.
1611The Authorized Version of the English Bible (the 'King James' Bible), attempts to resolve questions about Englishing the Word of God.
1616Death of Shakespeare.
1619Alexander Gil, Logonomia Anglica, first vernacular grammar to treat English dialects systematically.
1623Publication of the First Folio edition of Shakespeare's plays.
1653Publication of John Wallis's Grammatica linguae Anglicanae.
1655Britain ousts the Spanish from Jamaica and extends its influence and language into the Caribbean and to West Africa.
16601 Restoration of the monarchy.
 2 Royal Society of London founded, in part, as the first English language academy.
1670Hudson's Bay Company formed.
1710Copyright Act.
1711Publication of Greenwood's Essay towards a practical English Grammar.
1712Publication (anonymously) of A Proposal for Correcting, Improving and Ascertaining the English Tongue; in a Letter by Jonathan Swift, which proposes the foundation of an Academy to regulate English usage.
1713Having defeated the French, the British exile French-speakers from Atlantic Canada. A later attempt by France to maintain colonies in present-day Illinois failed, and their defeat at Battle of Quebec in 1759 ensures dominance by English speakers in the west.
1714Death of Queen Anne: all chances of setting up an English Academy lost.
1715Elisabeth Elstob published the first grammar of Old English.
c1745Publication of Ann Fisher's New Grammar (Newcastle upon Tyne), the first grammar to be published by a woman.
1747Samuel Johnson published the Plan for his Dictionary.
1752Britain (and its colonies) move from the Julian to the Gregorian calendar, losing 11 days between 2 and 14 September.
1755Publication of Samuel Johnson's two-volume Dictionary of the English Language.
1757In India, the British military victory at Plassy institutes English dominance in South Asia that will last until 1947. In the hands of expatriate and native soldiers and bureaucrats, English becomes the language of government.
1762Publication of Robert Lowth's Short Introduction to English Grammar.
1770Botany Bay, Australia, discovered by James Cook.
1775War of American Independence begins.
1776Declaration of American Independence.
1780Publication of Thomas Sheridan's General Dictionary of the English Language. One main object of which, is, to establish a plain and permanent standard of pronunciation.
1783US Declaration of Independence formally recognized by the British.
1783Noah Webster's American Spelling Book (the 'Blue-backed Speller') published.
1787Abolitionists in Britain establish Sierra Leone in West Africa and settle 2000 freed slaves there. They employ English in governing themselves and the indigenous peoples.
1788Establishment of a penal colony near present-day Sydney begins to form the distinctive English of Australia.
1789Publication of Noah Webster's Dissertations on the English Language, which advocated the institution of a national American standard of usage.
1791Publication of John Walker's Critical Pronouncing Dictionary and Expositor of the English Language.
1793A delegation from Britain arrives in China to open trade relations. 'Pidgin English' begins to emerge as a trade language.
1795Publication of Lindley Murray's English Grammar, adapted to the different classes of learners. Over 1.5 million copies would be sold by 1850.
1800Act of Union with Ireland.
1801Union with Ireland begins.
1803Purchasing the huge central portion of what is now the USA, the US government ensured the extension of English throughout much of the American west.
1806British establish control of South Africa (English becomes the official language in 1822).
1810William Hazlitt publishes A New and Improved Grammar of the English Tongue.
1821Liberia is supported by the USA as a place of re-settlement for freed slaves. All who arrive in Monrovia as part of this 'colonization' effort are English speakers.
1825Opening of the Stockton to Darlington Railway.
1828Publication of Noah Webster's American Dictionary of the English Language.
1830Opening of the Liverpool to Manchester Railway.
1832Passing of the First Reform Bill.
1837Death of William IV; accession of Queen Victoria.
18401 In England, introduction of the Penny Post on 10 January; by the end of the year 168 million letters have been posted (compared to 76 million in 1839)
 2 The Treaty of Waitangi was the foundation document in the establishment of exclusive British sovereignty in New Zealand.
1842Foundation of the London Philological Society.
1844First telegraph line established between Baltimore and Washington.
1845--48The annexation of Texas and the defeat of the Mexican army extends the USA westward to California. Vast numbers of migrants to the west, especially after the gold rush of 1848, overwhelm the institutions of Spanish culture.
1850Public Libraries Act.
1854--6Crimean War.
1858Proposal for A New English Dictionary (later known as The Oxford English Dictionary) made by the London Philological Society.
1866Atlantic Cable completed, linking Valencia, Ireland and Trinity Bay, Newfoundland by submarine cable.
18671 Second Reform Bill (extending franchise to all those who could demonstrate ownership of property worth £7).
 2 Canada given self-government.
1869Alexander Ellis publishes the first volume of his On Early English Pronunciation in which he defined 'received pronunciation' for the first time.
1870In England and Wales, Elementary Education Act passed, providing compulsory elementary education for all children.
1872Education in Scotland made compulsory until the age of 14.
1873Founding of the English Dialect Society.
1876Introduction of the telephone by Alexander Graham Bell.
1877Invention of the phonograph by Thomas Edison.
1881Education in England and Wales becomes compulsory until the age of 19.
1884First fascicle of A New English Dictionary on Historical Principles (later OED) published, covering the words A-Ant.
1888The British East Africa Company is established to oversee the development of British interests in Kenya, Zanzibar, and Uganda.
1889Publication of fifth volume of A. J. Ellis's On Early English Pronunciation: The Existing Phonology of English Dialects.
1892Publication of Joseph Wright's Grammar of the Dialect of Windhill.
1896The English Dialect Society disbanded.
1897Founding of the first regional dialect organization, The Yorkshire Dialect Society.
1898(--1905)1 The Spanish-American War extends US dominance from the continent of North America and into Puerto Rico and the Philippines.
 2 In England, publication of The English Dialect Dictionary and English Dialect Grammar, edited by Joseph Wright.
1899(--1902)1 The South African War (Boer War) concludes with the British in control of present-day South Africa.
 2 First magnetic sound recordings.
19011 Guglielmo Marconi received the first transatlantic radio signals, sent between Poldhu, Cornwall and Signal Hill in Newfoundland.
 2 Australia is transformed from a colony to a commonwealth. Among the first laws passed was the Immigration Restriction Act which required all prospective immigrants 'to write out at dictation and sign in the presence of the [custom's] officer a passage of fifty words in length in a European language directed by the officer.' This language incorporated the 'dictation test' used in Natal in 1897 to exclude most Indians from South Africa.
 3 Death of Queen Victoria.
1906First public radio broadcast.
1907New Zealand becomes a dominion of the British Empire.
1910The Union of South Africa becomes a dominion of the British Empire.
1914(--18)The First World War (UK), World War I (US)
1918The Englishman Sir Evelyn Wrench and the American Alexander Smith Cochran found the English-Speaking Union, to encourage partnership between the UK, its dominions, and the USA. [There is currently an English-Speaking Union of the Commonwealth (HQ: London) and of the United States (HQ: New York).]
1919The German colony of Tanganyika in East Africa is ceded to Britain, and Kamerun in West Central Africa is divided between France (Cameroun) and Britain (Cameroon).
1920Kenya becomes a British colony.
1921Ireland achieves Home Rule and is separated from Great Britain. Gaelic is made an 'official' language in addition to English.
1922Foundation of British Broadcasting Company (BBC).
1925The Afrikaans language gains official status alongside English in South Africa.
1928Completion of the first edition of the Oxford English Dictionary.
1931The British Commonwealth is formed, and South Africa becomes a dominion of the British Empire.
1934The British Council is founded, with its headquarters in London, as a vehicle for British cultural diplomacy and teaching English as a foreign or second language.
1935The Philippines becomes a self-governing Commonwealth in association with the USA.
1936The Republic of Ireland severs all constitutional links with Great Britain.
1937In Wales, a new constitution for the festival the national Eisteddfod makes Welsh its official language.
1939--45The Second World War (UK), World War II (US).
1945Signing of the United Nations Charter and the decision to make the headquarters of the UN in the USA gives English an unprecedented importance as a language of diplomacy.
19461 The Philippines gains its independence from the USA.
 2 Transjordan gains its independence from the UK as Jordan.
19471 India is partitioned into Pakistan and India and is freed from British control. The constitution provides that English remain the language of national government for only fifteen years. The approach of that date results in riots led by those fearing the dominance of Hindi and the loss of power for their own language communities. English remains as the most important of India's 'national languages' even though few learn it as a mother tongue.
 2 New Zealand gains its independence from the UK, and joins the Commonwealth.
19481 In England, the Survey of English Dialects is founded.
 2 Burma gains its independence from the UK, and declines membership of the Commonwealth.
 3 Ceylon gains its independence from the UK as Sri Lanka, and joins the Commonwealth.
19491 The Linguistic Survey of Scotland founded.
 2 Newfoundland becomes a province of Canada.
 3 Two new Guinea territories are combined by the United Nations as an Australian mandate, the UN Trust Territory of Papua and New Guinea.
1952Puerto Rico (see 1898) becomes a Commonwealth in association with the US, with Spanish as its first and English its second language.
1953The creation of the United States Information Agency (USIA) and its overseas arm, the United States Information Service (USIS).
1955About this time, the number of speakers using English as an additional language surpassed the number who had learned it as a first language.
19571 The New Zealand-born lexicographer Robert W. Burchfield becomes the editor of a Supplement to the Oxford English Dictionary (eventually published in four volumes 1972--86).
 2 The Gold Coast (as Ghana) and Malaya gain their independence from the UK.
1960Nigeria becomes independent from the British and Somalia from the British and Italians.
19611 South Africa becomes a republic, leaves the Commonwealth, and adopts Afrikaans and English as its official languages.
 2 The British colony of Cameroon divides, part joining Nigeria, part joining the ex-French colony of Cameroun, to become the Republic of Cameroon, with French and English as its official languages.
 3 Sierra Leone, Kuwait, and Cyprus gain their independence from the UK
 4 In England, 1961--72, publication of the Basic Material of the Survey of English Dialects.
19621 Jamaica, Trinidad and Tobago, and Uganda gain their independence from the UK.
 2 Caribbean English becomes the vehicle for popular culture, especially calypso, Rastafarianism, and raggae.
19631 Nigeria becomes independent as part of the wave of 'decolonizing' that took place throughout the former British colonies. West African Pidgin English emerges as a major and widely spoken regional language.
 2 Kenya gains its independence from the UK.
 3 Malaya unites with the newly independent colony of Borneo to become Malaysia.
 4 In Wales, the first public protests by the Cyndeithas yr Iaith Gymraeg (the Welsh Language Society) take place, seeking a fuller use of Welsh in the Principality.
19641 Malta gains its independence from the UK.
 2 Tanganyika and Zanzibar (as Tanzania), Nyasaland (as Malawi), and Northern Rhodesia (as Zambia) gain their independence from the UK.
1965Gambia, the Maldives, and Singapore gain their independence from the UK.
1966Barbados, Basutoland (as Lesotho), Bechuanaland (as Botswana), and British Guiana (as Guyana) gain their independence from the UK.
19671 In the UK, the Welsh language Act gives the Welsh language equal validity with English in Wales, and the Principality is no longer deemed to be part of England.
 2 Aden gains its independence from the UK as South Yemen.
19681 The Survey of Anglo-Welsh Dialects is founded.
 2 Swaziland, Mauritius, and Nauru gain their independence from the UK.
1969English and French become the official languages of Canada.
1970Fiji and Tonga gain their independence from the UK.
1971Bahrain, Qatar, and the Trucial States (as the United Arab Emirates) gain their independence from the UK.
19721 Martin Cooper makes the first public call on a personal, portable cell phone.
 2 East Pakistan secedes and becomes Bangladesh.
1973The Bahamas gain their independence from the UK.
19741 The Cyngor Yr Iaith Gymraeg/Council for the Welsh Language is set up to advise the Secretary of State for Wales on matters concerning the Welsh language.
 2 Grenada gains its independence from the UK.
1975Papua New Guinea gains its independence from Australia.
1976The Seychelles gains its independence from the UK.
1977In Quebec, Loi/Bill 101 is passed, making French the sole official language of the province and banning public signs in other languages.
19781 In England, Publication of The Linguistic Atlas of England.
 2 Dominica, the Solomon Islands, and Tuvalu gain their independence from the UK.
1979St Lucia, St Vincent and the Grenadines, and the Gilbert and Ellice Islands (as Kiribati) gain their independence from the UK.
1980The UK government averts a fast to the death by Gwynfor Evans, leader of Plaid Cymru (the Welsh National Party), by honouring election pledges to provide a fourth television channel broadcasting in both Welsh and English.
1981Antigua (as Antigua and Barbuda) and British Honduras (as Belize) gain their independence from the UK.
1982Canada's constitution, until then kept in London, is 'patriated' to Ottawa.
1983St Kitts and Nevis gains its independence from the UK.
19841 Brunei gains its independence from the UK.
 2 David Rosewarne identifies 'Estuary English'.
1990South West Africa gains its independence from South Africa as Namibia.
19911 Tim Berners-Lee launches the World Wide Web.
 2 The Marshall Islands and Micronesia gain their independence from the USA.
1994Text messaging introduced.
1996South Africa ratifies a constitution in which English becomes one of the eleven 'official' languages.
1997Hong Kong is returned to China and becomes the last of the colonies in Asia to be freed from British sovereignty.
1999A Survey of Regional English proposed.
2000The European Union fosters bilingualism as a goal. In 2000, the largest of the then fifteen member states were estimated to have the following mother tongues: German (24%), French (16%), English (16%), Italian (16%), Spanish (11%). Once the population speaking these languages in addition to the mother tongue were added in, the figures show: English (47%), German (32%), French (28%), Italian (18%), and Spanish (15%).
2003Text messages sent in the UK pass 20 billion.
2004The British Library 'Collect Britain: English Accents and Dialects' website launched.
2005The British Broadcasting Corporation 'Voices' project launched on 17 January.


 ・ Mugglestone, Lynda, ed. The Oxford History of English. Oxford: OUP, 2006.

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2016-05-01 Sun

#2561. The Proclamation of Henry III [me][reestablishment_of_english][history][popular_passage][me_dialect][me_text]

 ノルマン征服以来,初めて英語で発行された王による宣言書は1258年の Proclamation of Henry III である.これは,フランス語のくびきのもとにあった中世イングランドにあって,記念碑的な出来事だった.(実際には,もう1つ早い例外があり,1155年に Henry II がカンタベリ大司教らに与えた特許状がそれである).Henry III によるこの宣言書は,1258年に諸侯たちが王より獲得した Provisions of Oxford を確認するものであり,フランス語と,おそらくラテン語でも発行された.英語でも書かれることになったのは,Simon de Montfort が英語を話すことのできない者を根絶するよう王に要求し,圧力をかけたことと関係する.
 この宣言書はイングランドとアイルランドのすべての州に配布されたようで,そのうち英語版としては2つのみ現存している.1つは Oxfordshire に送られたもので,もう1つは Huntingdon 宛てのものである.後者は,これが原本となってさらなる写しが作られたもののようだ.Huntingdon 宛てのこの写しは,13世紀という早い時期(現存する最古)のロンドン方言を表わしていると考えられ,英語史的にも価値が高い.本来ロンドン方言は南部的な要素が強かったが,14世紀までにはむしろ東中部的な特徴を主として示すようになっていた.この写しのテキストは,したがって,13世紀後半の両方言の混交の過程をまさに示しているという点で重要なのである.
 以下に,Dickins and Wilson 版 (8--9) より,テキスト全文を掲げよう.

A Proclamation

   Henri, þurȝ Godes fultume King on Engleneloande, Lhoauerd on Yrloande, Duk on Normandi, on Aquitaine, and Eorl on Aniow, send igretinge to alle hise holde, ilærde and ileawede, on Huntendoneschire. Þæt witen ȝe wel alle þæt we willen and vnnen þæt, þæt vre rædesmen alle, oþer þe moare dæl of heom, þæt beoþ ichosen þurȝ us and þurȝ þæt loandes folk on vre kuneriche, habbeþ idon and shullen don in þe worþnesse of Gode and on vre treowþe, for þe freme of þe loande þurȝ þe besiȝte of þan toforeniseide redesmen, beo stedefæst and ilestinde in alle þinge a buten ænde. And we hoaten alle vre treowe in þe treowþe þæt heo vs oȝen, þæt heo stedefæstliche healden and swerien to healden and to werien þo isetnesses þæt beon imakede and beon to makien, þurȝ þan toforeniseide rædesmen, oþer þurȝ þe moare dæl of heom, alswo alse hit is biforen iseid; and þæt æhc oþer helpe þæt for to done bi þan ilche oþe aȝenes alle men riȝt for to done and to foangen. And noan ne nime of loande ne of eȝte wherþurȝ þis besiȝte muȝe beon ilet oþer iwersed on onie wise. And ȝif oni oþer onie cumen her onȝenes, we willen and hoaten þæt alle vre treowe heom healden deadliche ifoan. And for þæt we willen þæt þis beo stedefæst and lestinde, we senden ȝew þis writ open, iseined wiþ vre seel, to halden amanges ȝew ine hord. Witnesse vsseluen æt Lundene þane eȝtetenþe day on þe monþe of Octobre, in þe two and fowertiȝþe ȝeare of vre cruninge. And þis wes idon ætforen vre isworene redesmen, Boneface Archebischop on Kanterburi, Walter of Cantelow, Bischop on Wirechestre, Simon of Muntfort, Eorl on Leirchestre, Richard of Clare, Eorl on Glowchestre and on Hurtford, Roger Bigod, Eorl on Northfolke and Marescal on Engleneloande, Perres of Sauueye, Willelm of Fort, Eorl on Aubemarle, Iohan of Plesseiz, Eorl on Warewik, Iohan Geffrees sune, Perres of Muntfort, Richard of Grey, Roger of Mortemer, Iames of Aldithele, and ætforen oþre inoȝe.
   And al on þo ilche worden is isend into æurihce oþre shcire ouer al þære kuneriche on Engleneloande, and ek in-tel Irelonde.


 ・ Dickins, Bruce and R. M. Wilson, eds. Early Middle English Texts. London: Bowes, 1951.

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2016-04-17 Sun

#2547. 歴代イングランド君主と統治年代の一覧 [timeline][history][monarch]

 英語史の外面史において欠かせない情報として,歴代イングランド(女)王とその統治年代を一覧しよう.2010 Compton's by Britannica の,Vol. 26 Fact-Index の p. 378 から取ったものである.

Saxon
802--839Egbert
839--858Ethelwulf
858--860Ethelbald
860--865Ethelbert
865--871Ethelred
871--899Alfred the Great
901--924Edward the Elder
924--939Athelstan
939--946Edmund I
946--955Edred
955--959Edwy
959--975Edgar
975--978Edward the Martyr
978--1016Ethelred "the Unready"
1016Edmund II, Ironside
Danish
1016--35Canute (Cnut)
1035--40Harold I
1040--42Harthacanute
Saxon
1042--66Edward the Confessor
1066Harold II
Norman
1066--87William I, the Conqueror
1087--1100William II
1100--35Henry I
1135--54Stephen
Plantagenet
1154--89Henry II
1189--99Richard I
1199--1216John
1216--72Henry III
1272--1307Edward I
1307--27Edward II
1327--77Edward III
1377--99Richard II
Lancaster
1399--1413Henry IV
1413--22Henry V
1422--61Henry VI
York
1461--83Edward IV
1483Edward V
1483--85Richard III
Tudor
1485--1509Henry VII
1509--47Henry VIII
1547--53Edward VI
1553--58Mary I
1558--1603Elizabeth I
Stuart
1603--25James I
1625--49Charles I
[1649--60Commonwealth]
1660--85Charles II
1685--88James II
1689--1702William III and Mary II (until her death in 1694)
1702--14*Anne*The United Kingdom was formed in 1707.
Hanover
1714--27George I
1727--60George II
1760--1820George III
1820--30George IV
1830--37William IV
1837--1901Victoria
Saxe-Coburg-Gotha (Windsor)
1901--10Edward VII
1910--36George V
1936Edward VIII
1936--52George VI
1952--Elizabeth II

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2016-04-12 Tue

#2542. 中世の多元主義,近代の一元主義,そして現在と未来 [orthography][prescriptive_grammar][standardisation][history]

 ドラッカーの名著『プロフェッショナルの条件』 (45--46) に,ヨーロッパ(及び日本)の歴史を標題の趣旨で大づかみに表現した箇所がある.中世を特徴づけていた多元主義は,近代において,国家権力のもとで一元主義へと置き換えられ,その一元的な有様こそが進歩であるという発想が,現代に至るまで根付いてきた.しかし,現在,その一元主義にはほころびが見え始めているのではないか.

 社会が今日ほど多元化したのは六〇〇年ぶりのことである。中世は多元社会だった。当時の社会は,たがいに競い合う独立した数百にのぼるパワーセンターから成っていた。貴族領,司教領,修道院領,自由都市があった。オーストリアのチロル地方には,校訂の天領たる自由農民領さえあった。職業別の独立したギルドがあった。国境を越えたハンザ同名があり,フィレンツェ商業銀行同盟があった。徴税人の組合があった。独立した立法権と傭兵をもつ地方議会まであった。中世には,そのようなものが無数にあった。
 しかしその後,王,さらには国家が,それらの無数のパワーセンターを征服することがヨーロッパの歴史となった。あるいは日本の歴史となった。
 こうして一九世紀の半ばには,宗教と教育に関わる多元主義を守り通したアメリカを除き,あらゆる先進国において,中央集権国家が完全な勝利をおさめた。実におよそ六〇〇年にわたって,多元主義の廃止こそ進歩の大義とされた。
 しかるに,中央集権国家の勝利が確立したかに見えたまさにそのとき,最初の新しい組織が生まれた。大企業だった。爾来,新しい組織が次々に生まれた。同時にヨーロッパでは,中央政府の支配に服したものと思われていた大学のようなむかしの組織が,再び自治権を取り戻した。
 皮肉なことに,二〇世紀の全体主義,特に共産主義は,たがいに競い合う独立した組織からなる多元主義ではなく,唯一の権力,唯一の組織だけが存在すべきであるとしたむかしの進歩的信条を守ろうとする最後のあがきだった。周知のように,そのあがきは失敗に終わった。だが,国家という中央権力の失墜は,問題の解決にはならなかった。


 中世から近現代に至る言語史も,この全般的な社会史の潮流と無縁でないどころか,非常によく対応している.近代国家では,数世紀のあいだ,言語の標準化が目指され,継いで規範的な文法,語彙,正書法,発音,語法が策定されてきた.そして,押しつけの程度の差こそあれ,およそ国民は公的な場において言葉遣いの規範を遵守するよう求められてきた.かつては多元主義によって開かれていた言葉遣いの様々な選択肢が,文字通りに一元化したわけではないが,著しく狭められてきた.
 しかし,ドラッカーが現代の中央政府の支配について述べている通り,言葉の規範主義や一元主義も,近代後期以降に一度確立したかのようにみえた矢先に,現在,非標準的で多様な言葉遣いがある部分で自治権を回復し,許容され始めているようにも思われる.
 英語綴字の歴史を著わした Horobin も,中世の綴字の多様性と近代の綴字の規範性・一元性という時代の流れをたどった上で,現在と未来における多様性の復活を匂わせているように思われる.国家(権力)と言語の密接な関係について,改めて考えてみたい.

 ・ ドラッカー,P. F. (著),上田 惇生(訳) 『プロフェッショナルの条件 ―いかに成果をあげ,成長するか―』 ダイヤモンド社,2000年.
 ・ Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013.

Referrer (Inside): [2017-10-07-1]

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2016-03-27 Sun

#2526. 古英語と中英語の文学史年表 [literature][chronology][timeline][me][oe][history]

 中世英文学の主要作品と年表について「#1433. 10世紀以前の古英語テキストの分布」 ([2013-03-30-1]),「#1044. 中英語作品,Chaucer,Shakespeare,聖書の略記一覧」 ([2012-03-06-1]),「#2323 中英語の方言ごとの主要作品」 ([2015-09-06-1]),「#2503. 中英語文学」 ([2016-03-04-1]) で見てきたが,もう少し一覧性の高いものが欲しいと思い,Treharne の中世英文学作品集の pp. xvi--xvii に掲げられている年表を再現することにした.政治史と連動した文学史の年表となっている.

Historical eventsLiterary landmarks
From c. 449: Anglo-Saxon settlements 
597: St Augustine arrives to convert Anglo-Saxons 
664: Synod of Whitby 
 c. 670? Cædmon's Hymn
 731: Bede finishes Ecclesiastical History
735: Death of Bede 
793: Vikings raid Lindisfarne 
869: Vikings kill King Edmund of East Anglia 
879--99: Alfred reigns as king of Wessexfrom c. 890: Anglo-Saxon Chronicle
 Alfredian translations of Bede's Ecclesiastical History; Gregory's Pastoral Care; Orosius; Boethius's Consolation of Philosophy; Augustine's Soliloquies
937: Battle of Brunanburh 
from c. 950: Benedictine reform 
 c. 970: Exeter Book copied
959--75: King Edgar reignsc. 975: Vercelli Book copied
978--1016: Æthelred 'the Unready' reigns990s: Ælfric's Catholic Homilies and Lives of Saints
c. 1010: death of Ælfricc. 1010?: Junius manuscript copied
 c. 1014: Wulfstan's sermo Lupi ad Anglos
1016--35: Cnut, king of England 
1023: death of Wulfstan 
1042--66: Edward the confessor reignsApollonius of Tyre
1066: Battle of Hastings 
1066--87: William the Conqueror reigns 
1135: Stephen becomes kingGeoffrey of Monmouth's Historia Regum Britanniae
1135--54: civil war between King Stephen and Empress MatildaPeterborough Chronicle continuations
1154--89: Henry II reigns1155: Wace's Roman de Brut
 1170--90: Chrétien de Troyes's Romances
 c. 1170s: The Orrmulum
 Poema Morale
 1180s: Marie de France's Lais
1189--99: Richard I reignsc. 1190--1200? Trinity Homilies
1199--1216: John reignsc. 1200? Hali Meiðhad
1204: loss of Normandy 
1215: Magna Carta 
1215: fourth Lateran Council 
1216--72: Henry III reignsc. 1220 Laȝamon's Brut
1224: Franciscan friars arrive in Englandc. 1225: Ancrene Wisse
 c. 1225: King Horn
1272--1307: Edward I reignsManuscript Digby 86 copied
 Manuscript Jesus 29 copied
 Manuscript Cotton Caligula A. ix copied
 Manuscript Arundel 292 copied
 Manuscript Trinity 323 copied
 South English Legendary composed
 c. 1300: Cursor Mundi
 1303: Robert Mannyng of Brunne begins Handlyng Synne
1307--27: Edward II reigns 
1327--77: Edward III reignsAuchinleck Manuscript copied
 Manuscript Harley 2253 copied
1337(--1454): Hundred Years' War with France 
 1338: Robert Mannyng of Brunne's Chronicle
 1340: Ayenbite of Inwit
c. 1343: Geoffrey Chaucer born 
 Ywain and Gawain translated
1349: Black Death comes to England 
1349: Richard Rolle dies 
 1355--80: Athelston
 Wynnere and Wastoure written
 1360s--1390s: Piers Plowman
1362: English displaces French as language of lawcourts and Parliament 
 1370s--1400: Canterbury Tales
1377: Richard II accedes to throne1370s: Julian of Norwich's Vision
1381: Peasants' Revolt breaks out 
1399: Richard II deposed 
1399: Henry IV accedes to the throne 
 c. 1400: Sir Gawain and the Green Knight
 c. 1400: Chaucer dies
 c. 1410--30: Book of Margery Kempe


 ・ Treharne, Elaine, ed. Old and Middle English c. 890--c. 1450: An Anthology. 3rd ed. Malden, Mass.: Wiley-Blackwell, 2010.

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2016-03-18 Fri

#2517. 古典語とは何か? [variety][sociolinguistics][terminology][language_death][standardisation][religion][history][latin][greek][sanskrit][arabic]

 英語史をはじめ歴史言語学や言語史を学んでいると,しばしば古典語 (classical language) という用語に出くわす.古典語の典型的な例は,西洋(史)の古典文化や古典時代と結びつけられる言語としてのラテン語 (Latin) や古典ギリシア語 (Ancient Greek) である.古典語は現代語 (modern language) と対立するものであり,そこから「古典語=死んだ言語 (dead language)」という等式が連想されそうだが,それほど単純なものではない (cf. 「#645. 死語と廃語」 ([2011-02-01-1])) .古典語の属性としては,活力 (vitality) のほか,自律性 (autonomy) と標準性 (standardisation) も肝要である (see 「#1522. autonomyheteronomy」 ([2013-06-27-1])) .Trudgill (22) の用語集より説明を引こう.

classical language A language which has the characteristics of autonomy and standardisation but which does not have the characteristic of vitality, that is, although it used to have native speakers, it no longer does so. Classical European languages include Latin and Ancient Greek. The ancient Indian language Sanskrit, an ancestor of modern North Indian languages such as Hindi and Bengali, is another example of a classical language, as is Classical Arabic. Classical languages generally survive because they are written languages which are known non-natively as a result of being used for purposes of religion or scholarship. Latin has been associated with Catholicism, Sanskrit with Hinduism, and Classical Arabic with Islam.


 日本においては,古い中国語,いわゆる漢文が古典語として扱われてきた.漢文は,現在では日常的使用者がいないという意味で vitality を欠いているが,そこには autonomy と standardisation が認められ,学問・思想と強く結びつけられてきた書き言葉の変種である.
 なお,古典語のもう1つの属性として,上の引用中にも示唆されているものの,歴史的な権威 (historical authority) を明示的に加えてもよいのではないかと思われる.

 ・ Trudgill, Peter. A Glossary of Sociolinguistics. Oxford: Oxford University Press, 2003.

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2016-03-08 Tue

#2507. 英文学史における自由と法則 [literature][history][historiography]

 齋藤 (2--5) が『英文学史概説』で,英文学(史)の特質を,自由と法則の並存あるいは交替として一掴みに要約している.非常に簡潔な見取り図である.長いが以下に引用する.

 イギリス人は個人の思想と行動との自由を切望すると同時に,秩序を守り法則を尊ぶ。それは,放縦と乱脈とにおちいることなく,徐徐として自由獲得を完成するためである。かように彼らは良識に富み,実行性がゆたかである。しかし彼らは驚嘆すべき想像力と独創力とを特徴としている。そしてイギリス文学は,この国民性の現われである。
 イギリス人は,概括的に言えば,系統化を好まない。そして明解な説明よりも余韻の多い暗示に重きをおく。また気のきいた wit よりも humour を愛する。ヒューマーとは,悲喜愛憎,いかなるばあいにも,心のゆとりとうるおいとを失わずに,聞く人,見る人をにこりとさせる表現である。機智は人をからからと笑わせることに終りがちであるが,ヒューマーは難局を救い,そのあとまでも考えさせる。そしてこの暗示とヒューマーとは,イギリス文学における表現上の特色である。
 イギリス人の祖先は荒寥たる北国に住んでいたので,孤独な生活に馴れ,そして人よりも絶対者にたより,また教会を中心として社会生活をいとなんで来た。従って今日にいたるまで,イギリス文学は宗教的道徳的精神に富んでいる。そしてそこには Puritan spirit の長短特質両面が現われている。
 また自然感のゆたかなことも,イギリス文学の特色である。山川,草木などをも生物と見なすことは,鳥や犬などを愛することと相通ずるこころの現われであろう。そして都会生活には移り変わりが多いけれども,自然のすがたにはそれが稀であるから,自然をうたった文学には流行おくれとして見捨てられるものがすくない。
 西欧諸国と同じく,イギリスの文学も,民族固有の特質が専らイスラエル思潮とギリシア思潮との流れを汲むことによって発達した文化の表現である。聖書にえがかれているイスラエル民族の長所は,唯一絶対の神を信じ,厳粛な道徳を目標として生活したことにある。またギリシア民族の特質は,多様な教養を完成するために,善と美とを兼ね備えた心境に必要なものとして理性を尊んだ点にある。なおギリシア人が形体美にあこがれたことと,イスラエル人が偶像をしりぞけたこととは,大きな対照をなす。そしてイギリス文学は,この二大思潮を融合させようとしたものとも見られようけれども,どちらかと言えば,アングロ・サクソン民族には,聖書の真剣さがギリシア・ローマの古典の知性尊重よりも性に合うものらしい。
 注意すべき点がもう一つある。イギリス文学において自由を尊ぶことと法則を重んじることが入りまじり,そして両者がよく調節されてはいるが,主として表現について言えば,法則を守ることと自由を主張することとが,時代の推移とともに,互に交代した。中世には人々がカトリック教を殆んど無条件に信奉したように,中世前期の詩人はゲルマン民族の韻律法をきびしく守り,また中世後期には封建制度の法則とともにフランス語の韻律法を取り入れて,その法則に従った。けれども近世になってからは,Renaissance の影響を受けて,あらゆる方面に人間の能力を延ばそうとする自由の精神が特色となり,文学には放胆な表現が盛んに用いられた。次の時代に,Puritans は聖書に記してある神の命令には絶対に服従することを主張したが,王権をおさえて民権と自由とのために戦った。それと同様に,表現上は古典を模範とする者と新機軸を求める者とが並び存した。王政回復以降は,社交場の礼儀作法とラテン文学の法則とを固く守るようになり,自由の精神は甚だしく衰えた。その反動として奮起した Romantics は,ひたすら革命思想と自由な表現とにあこがれて,新しい生命を吹きこんだ。しかしそののち Victorians は生活においても表現においてもややもすれば因習的な法則に傾き,前世紀末にはその反動が見える。そして自然法をもって人間を説明しようとする Naturalism がイギリスでもとなえられたのは,そのころのことである。今世紀になってからは,二度の大戦争のため,あらゆる方面に種種雑多の傾向があらわれて混乱し,思想上,道徳上,政治上,徹底的な崩壊が考えられ,文学も極端に放胆な自由が認められ,晦渋が意味の深さと同一視されたが,しだいに秩序が回復されるようになって来た。


 英語史と英文学史,さらに英国史の関係は,もちろん互いに密接ではあるが,例えば上記の英文学史における自由と法則の交替が,英語史における何に対応するのかは定かではない.どの辺りがリンクし,どの辺りが無関係なのかを整理することで,英文学史の観点からの英語史とか,英語史の観点からの英文学史が,もっとおもしろいものになるのではないか.

 ・ 齋藤 勇 『英文学史概説』 研究社,1963年.

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2016-03-06 Sun

#2505. 日本でも弥生時代に漢字が知られていた [kanji][history][archaeology]

 3月2日付の読売新聞朝刊に「国内最古級の硯 九州で出土」という記事が掲載されていた.「魏志倭人伝」で言及される伊都に当たるとされる福岡県糸島市より,紀元前1世紀から紀元後2世紀のものとみられる国内最古級の硯が出土したという.

 中国の史書「魏志倭人伝」が記す伊都国の王都とされる福岡県糸島市の三雲・井原遺跡で,国内最古級の硯の破片(弥生時代中期後半〜後期=紀元前1世紀〜紀元後2世紀)が出土した。朝鮮半島にあった中国の出先機関・楽浪郡から日本に渡来した使節が,筆で文字を書くために使用したものとみられ,わが国の文字文化受け入れの起源を考えるうえで重要な手がかりとなる。
 倭人伝は伊都国について,「往来する郡使が常に駐在する所」と記し,「(伊都国の)港で贈答する文書や品物の検査を行う」と,文字の使用を示唆する記述もある。市教委は,今回の硯は倭人伝の記述を裏付けるものと評価している。


 この地には朝鮮半島の楽浪郡から渡来した使節が常駐していたらしく,この硯も彼らが用いていたものと推測される.贈答する文書や品物の検査の記録を記すための筆記用具だったようだ.これは倭人が直接文字を書いていた証拠とはならないが,少なくとも当時の日本人の一部は,この筆記用具を通じて,その用途である書記という活動には気づいていただろう.文字を使うことはできずとも,文字の存在と価値について,おぼろげながら何かを意識していたのではないかと想像することは妥当である.弥生時代後期には,表面的な意味ではあるかもしれないが,すでに日本に漢字が持ち込まれていたことは確かである.「#2386. 日本語の文字史(古代編)」 ([2015-11-08-1]) でも述べたように,日本人が文字を本来の文字らしい用途で自ら使いこなすようになったのは,しばらく後の時代,おそらく4世紀後半だろうと考えられる.今回の出土は,日本の文字文化の黎明を反映する手がかりとなりそうだ.

Referrer (Inside): [2019-01-10-1] [2017-11-29-1]

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2016-02-25 Thu

#2495. 印刷術が中国で発明された文字論的背景 [history][writing][grammatology][kanji][printing]

 紙とともに印刷術が中国で発明されたことは,単なる歴史の偶然だったろうか.技術上の革新として,背景には種々の要因,すなわちある種の必然性があるには違いないが,それらの要因が特定の場所,特定の時代に発現したということはおよそ偶然と考えられそうだ.しかし,矢島 (142) は「印刷術と文字」 (pp. 129--47) のなかで,意義ある要因の1つとして漢字のもつ文字論的な特性があるのではないかと述べている.その妥当性については慎重に検討する余地があるが,矢島の議論がおもしろいので,以下に再現してみる.

単音節を表わす切り離された文字記号から成る中国文字こそ,活字という考えと最も結びつき易いものであったろうし,また古代からあった印章や拓本をとるための石碑などから,活字印刷は自然に思いつかれたのではなかろうかとも考えられる。〔中略〕複雑な画をもつ文字であるからこそ,簡を求めて印刷に頼るという考えが生ずるのではあるまいかということと,アルファベット文字は当初は石面や陶片上に刻むためにばらばらの文字記号として使われていたのに対して,パピルス・皮・紙などに書かれるようになると,つづけ字や連字が生じていたということが考えられる〔後略〕。


 これは,漢字の活字は多くの種類が必要なために,活字を作るのも,それを配置するのも手間がかかる,したがって,印刷には適さないのではないか,という議論を逆手にとった反論である.準備は大変だが,いったん準備が済んでしまえば,むしろ繰り返し使えることのメリットは計り知れないともいえる.木版印刷にしても,事情は異ならない.
 このように考えると,漢字と印刷の相性は,一般に言われているよりも良いものかもしれない.矢島 (187) は,別の文章「文字の美学」 (pp. 165--87) のなかで,印鑑が個人特定の手段に用いられてきた日本の印鑑文化に触れつつ,そのような用途での印字・印刷を,美的な鑑賞対象としての書画に対置させる斬新な見方を提示している.印鑑文化については,「#2408. エジプト聖刻文字にみられる字形の変異と字体の不変化」 ([2015-11-30-1]),「#2412. 文字の魔力,印の魔力」 ([2015-12-04-1]) も参照されたい.

 ・ 矢島 文夫 『文字学のたのしみ』 大修館,1977年.

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2016-02-23 Tue

#2493. アングル人は押し入って,サクソン人は引き寄せられた? [history][anglo-saxon][map][archaeology]

 西ゲルマン語派の諸民族が5世紀にブリテン島へ侵略した経緯については,歴史学や考古学において様々な調査と検証が行なわれてきた.その議論の1つということで挙げようと思うが,英語史概説書を著わした Gramley (14--15) が,"The Germanic migrations" と題する節で,アングル人は "push-factors" により,サクソン人は "pull-factors" によりブリテン島へやってきたという議論を紹介している.以下に引用する.

In ancient times the peoples of Europe periodically moved from their homelands to new territories. Just why they migrated is a matter of conjecture and surely differed from case to case . . . . The major reason mooted is overpopulation, which led smaller groupings (rarely if ever a whole people) to move off to find sufficient land to settle on. On occasion pressure came from outside invaders such as the Huns, who pushed various peoples further to the west and caused them to try to find lands in the Roman Empire. Drought or other natural catastrophes might also have forced groups to pull up stakes and look for (literally) greener pastures. All of these points might be understood collectively as push-factors. The migration of the Angles to Kent was probably such a case since it seems that whole clans moved. . . . Pull factors . . . are also often seen as motivation for migration. Raids by bands of young warriors, perhaps younger sons without land, seem to have been quite frequent. While many of them were just that, raids, from which the men returned home with booty of all sorts, on other occasions, they settled in the areas invaded and, after removing the male competitors they had defeated, took the indigenous women as wives. This may apply to the Saxons, whose pattern of settlement in the English Midlands with small and equal allotments suggests a well-regulated system of distributing spoils. Furthermore, since the Saxons practiced primogeniture, smaller allotments would suffice, while the larger ones in Kent suggest more the Angles' system of gavelkind . . . . / Other pull-factors may be found in the changing structure of Germanic society under the influence of Roman expansion and Roman culture. The Roman Empire represented a high standard of living with well-established associations of power and prestige. In the case of England, even after the withdrawal of the Roman legionnaires there would have been no abrupt change.


 ちなみに上記引用内で前提とされているように,Gramley (17) はケントを襲った主たる侵略者は,伝統的なジュート人というよりは,むしろアングル人であるという見解を採用している.
 なお,伝説によれば,449年頃に Angles, Saxons, Jutes, Frisians の諸民族がブリテン島に侵入したことになっているが,考古学的な証拠によれば,西ゲルマン諸民族はそれに先立つ5世紀初頭には確実にブリテン島に居住していた.Gramley (16) は,"Pre-Conquest Germanic cemeteries" と題する略地図を以下のように与えている.

Pre-Conquest Germanic Cemeteries

 本記事で扱った内容と関連して,Gramley の英語史概説書コンパニオンサイトより,Chapter 1: The Origins of English (PDF) (p. 23) に追加的な解説があるので,参照されたい.また,本ブログ中から「#33. ジュート人の名誉のために」 ([2009-05-31-1]),「#389. Angles, Saxons, and Jutes の故地と移住先」 ([2010-05-21-1]),「#1013. アングロサクソン人はどこからブリテン島へ渡ったか」 ([2012-02-04-1]),「#2353. なぜアングロサクソン人はイングランドをかくも素早く征服し得たのか」 ([2015-10-06-1]) の記事も要参照.

 ・ Gramley, Stephan. The History of English: An Introduction. Abingdon: Routledge, 2012.

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2016-02-15 Mon

#2485. 文字と宗教 [writing][alphabet][religion][history][geolinguistics][geography][sociolinguistics][greek][christianity][bible]

 言語・文字と宗教の関係については,本ブログの様々な箇所で触れてきた (例えば「#296. 外来宗教が英語と日本語に与えた言語的影響」 ([2010-02-17-1]),「#753. なぜ宗教の言語は古めかしいか」 ([2011-05-20-1]),「#1455. gematria」 ([2013-04-21-1]),「#1545. "lexical cleansing"」 ([2013-07-20-1]),「#1546. 言語の分布と宗教の分布」 ([2013-07-21-1]),「#1636. Serbian, Croatian, Bosnian」 ([2013-10-19-1]),「#1869. 日本語における仏教語彙」 ([2014-06-09-1]),「#2408. エジプト聖刻文字にみられる字形の変異と字体の不変化」 ([2015-11-30-1]),「#2417. 文字の保守性と秘匿性」 ([2015-12-09-1]) などを参照) .
 宗教にとって,文字には大きく2つの役割があるのではないか.1つは,聖典を固定化し,その威信を保持する役割,もう1つは,宗教を周辺の集団へ伝道する媒介としての役割である.前者が本質的に文字の保守性を強化する方向に働くのに対して,後者においては文字は必要に応じて変容することもある.実際,イスラム教では,イスラム地域でのアラビア文字の威信が高く保たれていることから,文字の前者の役割が優勢である.しかし,キリスト教では,むしろ伝道する先々で,新たな文字体系が生み出されるという歴史が繰り返されてきており,文字の後者の役割が強い.この対比を指摘したのは,「文字と宗教」 (103--27) と題する文章を著わした文字学者の矢島である.関連する部分を3箇所抜き出そう.

 人間が文字を発明した直接の動機は――少なくともオリエントにおいては――経済活動と関係のある「記録」のためであったように思われるが,宗教との結び付きもかなり大きな部分を占めているような気がする。オリエントでは上記の「記録」の多くは神殿で神官が管理するものであったし,中国の初期の文字(甲骨文字類)は神命を占うという,広義の宗教活動と切り離せなかったからである。(p. 105)

キリスト教の思想は民族のわくを越えたものであり,その教えは広く述べ伝えられるべきものであった。その中心的文書である『新約聖書』(ヘー・カイネー・ディアテーケー)さえ,イエス・キリストが話したと思われる西アラム語ではなくて,より国際性の強い平易なギリシア語(コイネー)で記された。しかしキリスト教徒は必ずしもギリシア語聖書を読むことを強制されることはない。キリスト教の普及に熱心な伝道者たちが,次々と聖書(この場合『新約聖書』であるが今日では外典とか偽典と呼ばれる文書を含むこともある)を翻訳してくれているからである。その熱心さは,文字がないところに文字を創り出すほどであり,こうして現われ出た文字の代表的なものとしてはコプト文字,ゴート文字,スラヴ文字,そしてカフカスのアルメニア文字,グルジア文字がある。 (pp. 110--11)

『コーラン』はイスラム教徒にとってアッラーの言葉そのものであるが,これがアラビア語で表わされたことから,アラビア語はいわば神聖な言語と考えられ,イスラム教徒にはアラビア語の学習が課せられることになった。こうしてイスラム教徒アラビア語は切っても切れないつながりをもつことになり,さらにはアラビア文字の伝播と普及が始まった。キリスト教が『聖書』の翻訳を積極的に行ない,各地の民族語に訳すためには文字の創造をも行なったのに対して,イスラム教は『コーラン』の翻訳を禁じ(イスラム圏では近年に至るまで公けには翻訳ができなかったが,今はトルコ語訳をはじめいくつか現われている),アラビア語による『コーラン』の学習を各地のマドラサ(モスク付属のコーラン学校)で行なって来た。そのために,アラビア語圏の周辺ではアラビア文字が用いられることになった。今日のイラン(ペルシア語),アフガニスタン(パシュトゥ語など),パキスタン(ウルドゥー語など)などのほか,かつてのトルコやトルキスタン(オスマン・トルコ語など),東部アフリカ(スワヒリゴなど),インドネシア(旧インドネシア語,マライ語など)がそれである。 (pp. 124--25)


 このように,文字の相反する2つの性質という観点からは,キリスト教とイスラム教の対比は著しくみえる.一見すると,キリスト教は開放的,イスラム教は閉鎖的という対立的な図式が描けそうである.しかし,わかりやすい対比であるだけに,注意しなければならない点もある.西洋史を参照すれば,キリスト教でも聖書翻訳にまつわる血なまぐさい歴史は多く記録されてきたし,イスラム教でも少なからぬ地域でアラビア語離れは実際に生じてきた.
 言語と同様に,文字には保守性と革新性が本質的に備わっている.使い手が文字のいずれの性質を,いかなる目的で利用するかに応じて,文字の役割も変異する,ということではないだろうか.

 ・ 矢島 文夫 『文字学のたのしみ』 大修館,1977年.

Referrer (Inside): [2019-01-10-1]

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2016-01-26 Tue

#2465. 書写材料としての紙の歴史と特性 [writing][medium][history][timeline][map]

 書写材料の話題について,「#2456. 書写材料と書写道具 (1)」 ([2016-01-17-1]) と「#2457. 書写材料と書写道具 (2)」 ([2016-01-18-1]) で取り上げた.今回は,書写材料としての紙に注目したい.
 紙が人類の文化に甚大な影響を及ぼした偉大な発明であることは,衆目の一致するところである.紙の発明は,後漢書の記述に基づいた従来の見解によれば,元興元年(105年)に,蔡倫が麻のボロなどを用いて紙を作り,時の皇帝和帝に捧げたのが最初と言われてきたが,近年の発見と研究によれば,前漢の紀元前170年頃にはすでに紙が作られていた.それでも,蔡倫は,製紙技術の大成者としていまだ歴史に名前を残すには値するだろう.  *
 その後,紙は1世紀中に日本にもたらされたと考えられるが,日本における最初の製紙は,高句麗の僧曇徴により技術がもたらされた610年(推古18年)のことだと言われる.一方,製紙技術がシルクロードを経由してヨーロッパ世界へ伝わったのは,蔡倫より千年以上後の12世紀以降のことである.具体的には,1144年に,ムーア人の支配していたスペインのハチバで初めて紙が作られ,そこからフランス,オランダ,ドイツへと北上したほか,1274年には別途地中海経由でイタリアのファブリアノへ製紙法が伝えられた.  *
 小宮 (113) は「製紙産業における四大発明」として,(1) 105年,蔡倫による紙の発明(正確には上記の通り製紙技術の大成),(2) 1798年,フランス人ルイ・ロベールによる抄紙機の発明,(3) 1844年,ドイツ人ケラーによる木材パルプの発明,(4) 1807年,ドイツ人イリッヒによる内添えサイジングの発明,を挙げている.
 その使い勝手の良さから,書写材料としてだけではなく,包装材料(段ボール,包装紙など)や吸収材料(トイレットペーパーなど)としての用途もあり,その種類も古代から現在まで増え続けてきた.
 次に,紙のもっている性質に移ろう.小宮 (3) は以下の8点を挙げている.

 ・ 薄く,平ら,軽くて,適当な強さをもち,折ったり,曲げたり,接着したり,切るなどの加工がしやすい.
 ・ 水や液体を吸収するので,書いたり,印刷がしやすい.
 ・ 無害であり,燃やすことが出来る.
 ・ 土に埋めれば容易に分解してしまう.
 ・ 熱にたえる.
 ・ 他の材料に比べ値段が安い.
 ・ 原料が再生産可能な植物繊維である.
 ・ 使用した紙は再生紙として再利用しやすい.


 小宮 (3) は「人間の発明した素材でこれほど多くの特性をもったものは紙の他にない」と続け,紙のすぐれていることを指摘している.古来,書写材料は,粘土板,パピルス,石,骨,帛(絹布),木簡・竹簡,バイラーン(貝多羅葉;インド,タイ,ミャンマーのパルミラ椰子の葉),羊皮紙,タパとアマテ(無花果や楮の樹皮),通草紙(台湾の通脱木の随)など様々なものが用いられてきたが,それらと比べて,紙が様々なすぐれた性質を程よくもっていることは間違いない.紙は,この2千年間,書写材料の王者であると言ってよい.  *

 ・ 小宮 英俊 『紙の文化誌』 丸善,1992年.

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2016-01-24 Sun

#2463. 「国語擁護論の大恩人」馬場辰猪 [language_planning][japanese][history]

 「#2459. 森有礼とホイットニー」 ([2016-01-20-1]),「#2460. William Dwight Whitney」 ([2016-01-21-1]) で,森有礼による日本の英語化についての議論を取り上げた.この森有礼の急進的な英語国語化論に敢然と対抗した一人の知識人がいた.馬場辰猪 (1850--88) である.
 馬場は,高知藩士の子として生まれ.福沢諭吉のもと慶応義塾に学び,後にイギリスへ留学し,法学を修めた.その堪能な英語力を駆使して日本を国際的に認知させることを目指すとともに,日本には留学中に学んだ近代思想を導入しようと尽力した.後にアメリカに渡り,フィラデルフィアで肺を病んで客死する.
 馬場は,一般にはそれほど知られていないことだが,明治の日本語文法史において注目すべき An Elementary Grammar of the Japanese Language (通称『日本語文典初歩』)を1873年に著わしている.森有礼が日本の英語化の持論をアメリカで発表したのに対し,馬場はこの著書をロンドンで刊行することによってそれに反論し,のちに山田孝雄をして「国語擁護論の大恩人」と言わせしめた.
 馬場 (212--23) は,その序論において,森有礼の唱える日本の英語化は,(1) 無駄な時間を費やすことになる,(2) 階級間格差が広がり国民の一体性が失われる,の2点において深刻な問題があり,採るわけにはいかないと力説する.もともとは英語で書かれたものだが,西田訳により引用しよう.

英語は現代語のなかでもっともむずかしい言語のひとつであり,わが国の言葉とはまったく異質のものですから,国民多数がそれを自分のものとするにはたいへん長い時間を要し,多くの貴重な時間が無駄に費やされるでしょう。歴史を繙いてみますと,ある国が他の国から言語を採り入れた例が多く見つかるのは事実です。しかし,たいていの場合は,国が征服された結果,否応なしにそうしたのであって,自らのためにすすんで採り入れたのではありません。ですから,森氏やその他の庶民が日本で行おうと提唱しているものとは,事情がまったく異なります。たとえある国が征服者の威力に屈して言語の採用を余儀なくされる場合でも,その国が,何百年のあいだ使い慣れ,それゆえもっとも便利である母国語を廃棄することはなかったのです。このことは,ウェールズ,アイルランド,スコットランドの国民に見られます。これらの国では,現在,事実二か国語を学んでおり,貴重な時間を無駄にしています。これで,提案の国語置換論の実施はたいへん困難であることがおわかりになるでしょう。
 当然のことですが,富裕階級の国民は,貧しい国民層がたえず拘束されている日常の仕事から解放されていますから,その結果,前者は後者より多くの時間を言語の学習にあてることができます。もし,国事が,さらに社交すべてが英語で行われることになれば,下層階級は国全体にかかわる重要問題から閉め出されるでしょう。それは,古代ローマの貴族が jus sacrum (神法),Comitia (民会)等から平民を排斥したのと同じことなのです。その結果,上層階級と下層階級は完全に分離し,両階級のあいだには共通する感情がなくなってしまいます。こうして,国民は一体として行動することを妨げられ,統一体という利点はまったく失われてしまうでしょう。


 この序論の結びとして,馬場 (214) は次のように断言する.

すでにわれわれの掌中にあり,それゆえわれわれすべてが知っているものを豊かで完全なものにすべく努めるほうが,それを捨てさり大きな危険を冒してまったく異質の見知らぬものを採用するよりも望ましい,とわれわれも考えるのであります。


 馬場の論拠は,これ以上なく妥当なものである.「#2458. 施光恒(著)『英語化は愚民化』と土着語化のすゝめ」 ([2016-01-19-1]) で取り上げた施も,馬場の見解が「現代の目から見ても非常に説得力のあるもの」 (p. 78) であり,「現代の英語化推進派への反駁としても十二分に通用する本質的な指摘である」 (p. 79) としている.

 ・ 馬場 辰猪,西田 長寿(訳) 「『日本語文典』序文」 『馬場辰猪全集 第1巻』 岩波書店,1987年.209--14頁.
 ・ 施 光恒 『英語化は愚民化 日本の国力が地に落ちる』 集英社〈集英社新書〉,2015年.

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2016-01-20 Wed

#2459. 森有礼とホイットニー [japanese][language_planning][history][elt]

 明治時代の英語公用語化論の急先鋒といえば,初代文部大臣を務めた森有礼 (1847--89) の名前が上がる.1870年代,森は日本を欧米列強のように近代化するためには英語で国づくりしなければならないと信じていた.今から思えば極端な思想に思えるが,森は日本語に欧米の先進的な概念を表わす語彙が著しく欠けていたことを真剣に憂いていたのである.
 森は,日本の英語公用語化論のための後ろ盾を得ようと,欧米の知識人に手紙を送り,英語の簡易化の要請とともに持論を説いて回った.照会した欧米知識人の一人に,当時のアメリカ言語学会の重鎮でイェール大学の教授である William Dwight Whitney (1827--94) がいた.ところが,おもしろいことに,Whitney は森の勇み足を諫めるような回答を返している.施 (71--72) より,要旨を引用する.

 ホイットニーからの返答は,おおよそ次のようなものだった。
 母語を棄て,外国語による近代化を図った国で成功したものなど,ほとんどない。しかも,簡易化された英語を用いるというのでは,英語国の政治や社会,あるいは文学などの文明の成果を獲得する手段として覚束ない。そもそも,英語を日本の「国語」として採用すれば,まず新しい言葉を覚え,それから学問をすることになってしまい,時間に余裕のない大多数の人々が,実質的に学問をすることが難しくなってしまう。その結果,英語学習に割く時間のふんだんにある少数の特権階級だけがすべての文化を独占することになり,一般大衆との間に大きな格差と断絶が生じてしまうだろう。
 まさに,ホイットニーが懸念したのは,前章で見たラテン語から「土着語」への知識の「翻訳」の努力を通じてヨーロッパの庶民が享受した知的な進歩への道を,日本人が自ら閉ざしてしまうのではないかということだったのだ。
 さらに,ホイットニーは次のように述べ,森有礼に日本語による近代化を勧めている。

「たとえ完全に整った国民教育体系をもってしても,多数の国民に新奇な言語を教え,彼らを相当高い知的レベルにまで引き上げるには大変長い時間を要するでしょう。もし大衆を啓蒙しようというのであれば,主として母国語を通じて行われなければなりません」

 そしてホイットニーは,日本文化の「進歩」のなかには,「母国語を豊かにする」ことが含まれなければならないと説いた。豊かになった「国語」こそ,日本の文化を増進する手段であり,それが一般大衆を文化的に高めることにつながるというのである。


 言語学史上著しい地位を占める Whitney が,このような形で明治日本の英語公用語化論に関わっていたとは知らなかった.
 なお,森は極端な欧化主義者とみなされ,後に国粋主義者により暗殺されてしまった.

 ・ 施 光恒 『英語化は愚民化 日本の国力が地に落ちる』 集英社〈集英社新書〉,2015年.

Referrer (Inside): [2016-01-24-1] [2016-01-21-1]

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