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creole - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-10-21 08:10

2014-05-12 Mon

#1841. AAVE の起源と founder principle [aave][creole][sociolinguistics][caribbean][dialect]

 アメリカのいわゆる黒人英語と呼ばれている英語変種は,学術的には African American Vernacular English (AAVE) と呼ばれている.AAVE の起源を巡ってはクレオール語起源説 (creolist hypothesis) とイギリス変種起源説 (Anglicist hypothesis) が鋭く対立しており,アメリカ英語に関する一大論争となっている.穏健派の間では両仮説を組み合わせた折衷的な見解が支持を得ているようだが,議論の決着は着いていないといってよい.AAVE とその起源を巡る論争の概要については,Trudgill (51--60) 辺りを参照されたい.また,Language VarietiesAfrican American Vernacular English も参考までに.
 昨日の記事「#1840. スペイン語ベースのクレオール語が極端に少ないのはなぜか」 ([2014-05-11-1]) で,植民地における homestead stage と plantation stage の区別が言語のクレオール化の可能性と相関しているという仮説を紹介した.この仮説は,AAVE が英語とアフリカ諸語とが混成したクレオール語に由来したとする creolist hypothesis と関わりをもち,Mufwene, Salikolo S. (The Ecology of Language Evolution. Cambridge: CUP, 2001.) がこの観点から論を展開している.Mufwene は,複数の言語変種が行われている植民地社会においては,最初の植民者たち (founders) ,正確にいえば最初の影響力のある植民者の集団の変種が優勢となるという founder principle を唱えた.ここで "founders" とは,新社会の中心にあってオピニオン・リーダーとして機能し,たとえ少数派となっても影響力を保持するとされる集団である.
 さて,植民史の homestead stage においては,founders とはヨーロッパ語の標準変種を話す白人たちであり,plantation stage においては,白人からヨーロッパ語を学んだ非標準変種を話す監督係の黒人たちである.founder principle によれば,前者の段階が長ければ長いほどクレオール化は抑制され,逆に後者の段階が長ければ長いほどクレオール化が促進されることになる.この観点から,caribbean の各記事で話題にしてきたように,カリブ海地域では軒並み英語ベースのクレオール語が発生した一方で,北米本土ではAAVEを含めた英語諸変種においてクレオール的な要素が比較的薄いことは注目に値する.というのは,実際にカリブ海地域では plantation stage が長かったのに対して,北米本土では homestead stage が長かったからだ.Millar (166) は,Mufwene の議論を概説した文章で,次のように述べている.

Returning to African American Vernacular English, Mufwene essentially suggests that the plantation environments so crucial to the development of English creoles in the Caribbean were a relatively late feature in the history of African settlement in North America. On plantations, speakers of mainstream Englishes rarely interacted regularly with the slave population, meaning that new varieties of a creole type could develop unchecked. But for a large part of the seventeenth century (and into the eighteenth century in many places), African slaves in North America did not live on large plantations, growing cotton, tobacco or rice, depending on where the plantation was situated. Instead, most lived in much close proximity to their owners and, crucially, indentured servants, essentially temporary slaves of European --- normally English-speaking --- origin, on a much smaller farm. While there might be a number of slaves on the larger farms, the numerical preponderance of Africans associated with later plantations was nowhere in evidence. Mufwene terms this period the homestead stage.
   This close proximity did not necessarily make the slaves' lives easier than they were later, but it did make it possible for Africans to learn the dominant language directly and continuously from native speakers in a way which fundamentally differs from the situation in which Africans found themselves in the large Caribbean plantations, where mainstream varieties of English were normally in short supply. It is likely, of course, that the primary influence on the evolving English of Africans during this period was not the language of the prosperous but rather of those with whom they had most contact; in particular, perhaps, the English of the indentured servants.


 founder principle は,クレオール化のみならず,方言接触に関する話題にも関わる仮説としても期待できそうだ.方言接触については「#1671. dialect contact, dialect mixture, dialect levelling, koineization」 ([2013-11-23-1]) を参照.

 ・ Trudgill, Peter. Sociolinguistics: An Introduction to Language and Society. 4th ed. London: Penguin, 2000.
 ・ Millar, Robert McColl. English Historical Sociolinguistics. Edinburgh: Edinburgh UP, 2012.

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2014-05-11 Sun

#1840. スペイン語ベースのクレオール語が極端に少ないのはなぜか [creole][sociolinguistics][spanish][demography]

 クレオール語研究には1つの大きな謎がある.スペイン語は英語,フランス語,ポルトガル語,オランダ語と並ぶ植民地支配の大言語だが,スペイン語ベースのクレオール語が異常に少ないという事実だ.数え方にもよるが,「#1531. pidgin と creole の地理分布」 ([2013-07-06-1]) では3つ,ショダンソン (31) は7つとしている.いずれにせよ,スペインが植民地支配の大国としてならしていた歴史を考えると,不思議なくらいにそのクレオール語は目立たない.例えば,同じイスパニョーラ島にあって,ハイチにはフランス語クレオールがあるが,ドミニカ共和国にはスペイン語クレオールはない.ジャマイカに英語クレオールがあるが,キューバにはスペイン語クレオールはない.
 この謎を解く鍵は,近年クレオール研究において区別されるようになってきた,小農園社会 (homestead) の段階とプランテーション社会 (plantation) の段階との差にある.フランス植民地におけるクレオール語の発展について社会言語学に論考したショダンソン (89--90) は次のように述べている.

最初の段階において、黒人奴隷は主人の家庭と白人集団のなかにしっかりと組み込まれていたので、奴隷たちは白人との接触をつうじてフランス語を学んだ。ところが第二段階になると、白人と多数の黒人奴隷とのあいだにはもはや接触がなくなった。そこで黒人奴隷たちの手本となったのは、もはやフランス語そのものではなく、自分たちの教育係であり監督係であったクレオール奴隷の話すことば、フランス語になんとなく似たことばであった。
 この点こそ決定的に重要なのである。おそらくここにおいてこそ、フランス語に対する自立化の過程がはじまったのである。黒人奴隷は彼らの言語習得のストラテジーを、白人の中心的な変種に向けてではなく、クレオール奴隷のそれ自体近似的な変種を目標としてはたらかせることとなった。しかも、自分たちの発話を白人の発話と対照させることも、さらには主人を身近にとりまく環境(いわゆる「クール」)のなかで暮らすクレオール奴隷の発話にひきあてることもできなかった。
 けれども、通時的にみても共時的にみても、厳密な意味での断絶があったわけではない。というのは、通時的にみれば、植民地は小農園社会からプランテーション社会へとじょじょに移行していったのであり、しかもプランテーションは「小農園」を完全に駆逐したわけではなかったからである。また共時的にみれば、きわめてへんぴな土地の話してにとっては自分たちの発話をフランス語そのものと対照させる機会はめったになかったとはいえ、小農園社会でもプランテーション社会でも、中心にはフランス語がいすわる求心的なモデルが存在しつづけたからである。


 では,スペイン語クレオールに関する謎に戻ろう.一般的にいえば,スペインは他の植民地支配国よりも,植民地の教育の普及に努めていたということはある.これは,クレオール語の発展を抑制する力にはなっただろう.しかし,これだけでは説明として不十分である.ショダンソン (96) は,ドミニカ共和国やキューバのようなスペイン植民地では,小農園社会からプランテーション社会への移行の時期が遅かったことが,謎の答えであるとしている.

クレオール化がおこらなかったのは、これら二つの島においては、小農園社会がきわめて長く続いたので、「ドミニカ風」や「キューバ風」のスペイン語ではあるにせよ、ともかくスペイン語が住民全体にいきわたるだけの時間があったからであると。つまり、これらの島では、プランテーション社会に移行する段階で奴隷が大量に導入されて、クレオール化の過程が生じることがなかったのである。


 これらの植民地では,17--18世紀と長く小農園社会が続き,黒人人口が白人人口を上回ったのはようやく19世紀のことだった.
 植民地における社会構造の違いが,基盤言語から heteronomous な変種が分化したのか,あるいは基盤言語から autonomous なクレオール語が発生したのかを左右するという仮説は,アメリカにおける黒人英語 (African American Vernacular English) の起源の問題にも応用されうる.これについては,明日の記事で.

 ・ ロベール・ショダンソン 著,糟谷 啓介・田中 克彦 訳 『クレオール語』 白水社〈文庫クセジュ〉,2000年.

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2014-05-10 Sat

#1839. 言語の単純化とは何か [terminology][language_change][pidgin][creole][functionalism][functional_load][entropy][redundancy]

 英語史は文法の単純化 (simplification) の歴史であると言われることがある.古英語から中英語にかけて複雑な屈折 (inflection) が摩耗し,文法性 (grammatical gender) が失われ,確かに言語が単純化したようにみえる.屈折の摩耗については,「#928. 屈折の neutralization と simplification」 ([2011-11-11-1]) で2種類の過程を区別する観点を導入した.
 単純化という用語は,ピジン化やクレオール化を論じる文脈でも頻出する.ある言語がピジンやクレオールへ推移していく際に典型的に観察される文法変化は,単純化として特徴づけられる,と言われる.
 しかし,言語における単純化という概念は非常にとらえにくい.言語の何をもって単純あるいは複雑とみなすかについて,言語学的に合意がないからである.語彙,文法,語用の部門によって単純・複雑の基準は(もしあるとしても)異なるだろうし,「#293. 言語の難易度は測れるか」 ([2010-02-14-1]) でも論じたように,各部門にどれだけの重みを与えるべきかという難問もある.また,機能主義的な立場から,ある言語の functional_loadentropy を計測することができたとしても,言語は元来余剰性 (redundancy) をもつものではなかったかという疑問も生じる.さらに,単純化とは言語変化の特徴をとらえるための科学的な用語ではなく,ある種の言語変化観と結びついた評価を含んだ用語ではないかという疑いもぬぐいきれない(関連して「#432. 言語変化に対する三つの考え方」 ([2010-07-03-1]) を参照).
 ショダンソン (57) は,クレオール語にみられるといわれる,意味の不明確なこの「単純化」について,3つの考え方を紹介している.

 (A) 「最小化」 ―― この仮説は、O・イエスペルセンによって作られた。イエスペルセンは、クレオール語のなかに、いかなる言語にとっても欠かせない特徴のみをそなえた最小の体系をみた。
 (B) 「最適化」 ―― L・イエルムスレウの理論で、彼にとって「クレオール語における形態素の表現は最適状態にある」。
 (C) 「中立化」 ―― この視点はリチャードソンによって提唱された。リチャードソンは、モーリシャス語の場合、はじめに存在していた諸言語の体系(フランス語、マダガスカル語、バントゥー語)があまりに異質であったために、体系の節減が起こったと考えた。


 しかし,ショダンソンは,いずれの概念も曖昧であるとして「単純化」という術語そのものに疑問を呈している.フランス語をベースとするレユニオン・クレオール語からの具体的な例を用いた議論を引用しよう (57--58) .ショダンソンの議論は,本質をついていると思う.

 単純化という概念そのものが自明ではない。たとえばレユニオン・クレオール語の mon zanfan 〔わたしのこども〕という表現は、フランス語で mon enfant 〔単数:わたしの子〕と mes enfants 〔複数:わたしの子供たち〕という二つの形に翻訳することができる。これをみて、レユニオン語は単数と複数とを区別しないから、フランス語より単純だといいたくなるかもしれないが、別の面からみれば、同じ理由から、クレオール語の表現はもっとあいまいだから、したがってより「単純」ではないともいえるだろう!実際、「単純」という語の意味は、「複合的ではない」とも、「明晰」「あいまいでない」ともいえるのである。しかし、上の例をさらによく調べるならば、レユニオン語は、はっきりさせる必要があるときは複数をちゃんと表わすことができることに気がつく。その時には mon bane zanfan (私の子供たち)のように〔bane という複数を表わす道具を用いて〕いう。だから、クレオール語とフランス語のちがいは、一部には、もっぱら話しことばであるクレオール語がコンテクストの要素に大きな場所をあたえていることによる。母親がしばらくの間こどもをお隣りさんにあずけるとき、vey mon zanfan! 〔うちの子をみてくださいね〕と頼んだとしよう。このときわざわざ、こどもが一人か複数かをはっきりさせる必要はない。他方で、口語フランス語では、複数をしめすには、たいていの場合、名詞の形態的標識ではなく、修飾語の標識によっている。だから、クレオール語で修飾語の体系を組み立てなおしたならば、それと同時に、数の表示にも手をつけることになるのである。しかし、これは別の過程から来るとばっちりにすぎない。
 この数の問題についての逆説をすすめていくと、レユニオン・クレオール語は双数をもっているから、フランス語よりももっと複雑だということにもなろう。事実、レユニオン・クレオール語では、何でも二つで一つになっているもの(目、靴など)に対し、特別のめじるしがある。「私の〔二つの〕目」については、mon bane zyé ということはできず、mon dé zyé といわなければならない。同様に「私の〔一つの〕目」といいたいときは、mon koté d zyé という。koté d と dé は、双数用の特別のめじるしである。したがって、mon bane soulie は、何足かの靴を指すことしかできないのである。
 このような事情があるから、「単純化」ということばは使わないにこしたことはない。この語には〔クレオール語を劣ったものとみる〕人種主義的なニュアンスがあるし、機能的、構造的に異なる言語を比較している以上、事柄を具体的に解明するには、あまりに精密を欠き、あいまいだからである。「再構造化」といったほうがずっといい。「再構造化」という語のほうがもっと中立的であるし、他の多くの用語(単純化、最小化、最適化)とことなり、明らかにしようとしている構造的なちがいの原因を、偏見の目で判断しないという利点がある。


 上の最初の引用にあるイエスペルセンの言語観については「#1728. Jespersen の言語進歩観」 ([2014-01-19-1]) を,イエルムスレウについては「#1074. Hjelmslev の言理学」 ([2012-04-05-1]) を参照.

 ・ ロベール・ショダンソン 著,糟谷 啓介・田中 克彦 訳 『クレオール語』 白水社〈文庫クセジュ〉,2000年.

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2014-01-08 Wed

#1717. dual-source の混成語 [pidgin][creole][creoloid][contact]

 2つの言語が混成するときには,大多数のピジン語やクレオール語がそうであるように,いずれかの言語の貢献率が顕著に高くなる.上層言語 (superstrate) や語彙供給言語 (lexifier) という用語,あるいは英語ベースのピジン語という表現が示すように,通常はいずれの言語が主であるかは明らかである.しかし,まれなケースでは,ほぼ半々に混じり合って,どちらが主たる言語が判然としない "dual-source" というべき混成語がある.「#1683. Pitkern」 ([2013-12-05-1]) は,非常にまれな dual-source creole の例として挙げられるだろう.ほかに,dual-source pidgin や dual-source creoloid とみなすことのできる言語が存在する (Trudgill, Sociolinguistics 182--83) .
 1917年までノルウェー最北部で交易の言語として話されていた Russenorsk は,dual-source pidgin の例と考えられる.Russenorsk はロシア語とノルウェー語の語彙要素がほぼ半々に混成した言語で,単純化した体系を有していた.この言語は,1917年にロシア革命によって両国の交易が断たれると廃れていったが,ロシア語とノルウェー語の話者のみならずサーミ語,フィンランド語,オランダ語,ドイツ語,英語の話者にも用いられ,lingua franca として機能していた.Russenorsk は,dual-source pidgin であることに加え,植民地という状況下ではなく交易のために発達したヨーロッパ語どうしのピジン語としても希有の存在である.Russenorsk は,例えば次のように用いられた (Trudgill, Glossary 114) .

Kak ju vil skaffom ja drikke te, davaj på sjib tvoja ligge ne jes på slipom.
'If you will eat and drink tea, please on ship your lie down and on sleep'


 一方,カナダに起源をもち,現在ではアメリカの North Dakota 北部の一部地域で話されている Michif (or Metsif or Métis) は,dual-source creoloid の例である(creoloid については「#1681. 中英語は "creole" ではなく "creoloid"」 ([2013-12-03-1]) を参照).もととなった2つの言語は,フランス語と北米先住民の Algonquian 語族の言語 Cree である.フランス語の "mixed" に相当する Michif の名前は,19世紀にカナダの毛皮交易を通じてフランス語を話す男性と Cree を話す女性とが混血して生じた民族の名前にもなっており,連邦政府による抑圧と抵抗の歴史を経てきた.Michif は言語的にはそれほど単純化しておらず,名詞句はフランス語の特徴である性の一致を示す一方,動詞句は Cree の複雑な形態論の特徴を保持している (Trudgill, Sociolinguistics 183--84) .話者数が少なく,存続が危ぶまれている先住民言語の1つである.
 Michif と同様に2言語が完全に融合している現象は language intertwining と呼ばれ,非常に稀だが,他にも Copper Island Aleut と呼ばれる言語がもう1つの例とされる (Trudgill, Glossary 28) .これは,Eskimo-Aleut 語族の Aleut とロシア語の混成語で,話者は2,000人を数えるほどといわれる.語彙と名詞句の形態論は大方 Aleut に由来するが,統語論と動詞句の形態論は大方ロシア語であるという intertwining ぶりを示す.

 ・ Trudgill, Peter. Sociolinguistics: An Introduction to Language and Society. 4th ed. London: Penguin, 2000.
 ・ Trudgill, Peter. A Glossary of Sociolinguistics. Oxford: Oxford University Press, 2003.

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2013-12-18 Wed

#1696. 英語変種の2次元モデル [model_of_englishes][elf][variety][sociolinguistics][pidgin][creole][covert_prestige]

 英語変種や英語話者を分類・整理するモデルは,「#217. 英語話者の同心円モデル」 ([2009-11-30-1]) で示した Kachru による古典的な同心円モデルを始めとして,様々なモデルを model_of_englishes の各記事で紹介してきた.今回は,Gramley (177) に示されていた,英語の社会言語学的な地位と標準性・非標準性という2つの軸を組み合わせた2次元モデルを紹介しよう.以下は,"A two-dimensional model of English showing status variation (ENL, ESL, EFL, Pidgin and Creole English) as well as GenE and traditional dialects" とラベルの貼られた図式を再現したものである.

Two-dimensional Model of English Showing Status Variation

 この図の水平軸には,Kachru の同心円がフラットに展開されている.ENL が中央に位置し,垂直軸との交点にあることは,この変種の威信の象徴である.その左右の隣には ESL と EFL が配され,さらに外側には Pidgin English や Creole English が置かれている.PE や CE が周辺に置かれているのは,言語的には英語から独立しているものの,歴史的,社会的には英語と関連づけられるからである.
 垂直軸の表わすものについては議論の余地があるが,ここでは標準的な度合いを表わすものと考えられている.上端がもっとも標準的で,下端がもっとも非標準的ということになる.上下ともに末端は複数に分岐しており,標準英語にも非標準英語にも多数の変種があることが示されている.特に非標準変種は,General English の範囲外にあると考えられている伝統的な方言 (traditional dialects) とも近縁であることが示されている.
 全体として,上に行けば行くほど顕在的権威 (overt prestige) が強く,教育と結びつけられた変種であるという解釈になる.逆に,下に行けば行くほど,潜在的権威 (covert_prestige) が強く,末広がりで互いの変異も大きい.
 ピジン語やクレオール語の位置づけ,非標準変種と伝統的方言の関係などいくつかの点ではよく考えられているが,全体としては直感的にとらえにくいモデルのように思われる.例えば,Kachru の同心円モデルがフラットに水平軸に展開されていることの意味がよくわからない.垂直軸には標準・非標準というラベルを貼ることができるが,この水平軸にはどのようなラベルを貼ればよいのだろうか.また,このモデルは静的である.英語変種の収束と発散が同時進行している現代英語を記述するのには,「#414. language shift を考慮に入れた英語話者モデル」 ([2010-06-15-1]) や「#1106. Modiano の同心円モデル (2)」 ([2012-05-07-1]) のような動的なモデルがふさわしいように思われる.

 ・ Gramley, Stephan. The History of English: An Introduction. Abingdon: Routledge, 2012.

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2013-12-12 Thu

#1690. pidgin とその関連語を巡る定義の問題 [pidgin][creole][lingua_franca][dialect][koine][terminology]

 「#444. ピジン語とクレオール語の境目」 ([2010-07-15-1]) の記事で,pidgin の creole の区別が程度の問題であることをみた.一方で,pidgin も creole も,「#1671. dialect contact, dialect mixture, dialect levelling, koineization」 ([2013-11-23-1]) で話題にした koiné とともに,lingua_franca として機能しうることを,「#1391. lingua franca (4)」 ([2013-02-16-1]) の記事で確認した.そこでは,lingua franca は,trade language, contact language, international language, auxiliary language, mixed language など複数の種類に区別されるという議論だったが,Gramley はこれらの用語の指示対象の間に異なる関係を想定しているようだ.Gramley (219) はピジン語とその関連用語との区別を,contact, marginal, mixed, non-native, reduced という5つのパラメータを用いて以下のように示している.


contactmarginalmixednon-nativereduced
trade jargonyesyesyesyesyes
pidginyesyesyesyesyes/no
lingua francayesyesnoyes/noyes
koinéyesnoyesnoyes/no
dialectnoyes/nononono
creolenonononono


 それぞれのパラメータを解説すると,contact は接触変種として発達してきたかどうか,marginal は使用される状況が制限されているかどうか,mixed は複数の変種の要素が混じり合っているか,non-native は主として非母語話者によって話されているか,reduced は言語的に簡略化しているか,ということである.
 当然ながらそれぞれの値が yes なのか no なのかが重要となってくるが,ここに定義の問題が関わってくる.例えば,pidgin の行を横に見ると,yes, yes, yes, yes, yes/no という値の並びとなっているが,これは pidgin を定義していることになるのだろうか,それとも pidgin を記述していることになるのだろうか.yes だけからなる trade jargon を一方の端に設定し,no だけからなる creole をもう一方の端に設定して,その間に様々なタイプを位置づけたということなのかもしれない.
 上記の疑問があるのだが,とりあえずこの問題は横に置いておくとして,「#1681. 中英語は "creole" ではなく "creoloid"」 ([2013-12-03-1]) で取り上げた "creoloid" というタイプの変種をこの表の中に位置づけるとすると,どこに収まるだろうかと考えてみた.だが,考えれば考えるほど,それぞれのパラメータの指す内容が分からなくなってきた.そもそも,creole が contact や mixed で no の値を取るということはどういうことなのか.それぞれのタイプの定義の問題以前に,パラメータの定義の問題となってしまうようである.
 それぞれの用語とその指示対象が弁別素性によってうまく切り分けられるのであればよいが,そううまくいかないように思われる.pidgin とその関連語を巡る定義の問題は難しい.

 ・ Gramley, Stephan. The History of English: An Introduction. Abingdon: Routledge, 2012.

Referrer (Inside): [2014-10-05-1] [2014-10-03-1]

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2013-12-11 Wed

#1689. 南西太平洋地域のピジン語とクレオール語の語彙 [pidgin][creole][map][reduplication][lexicology][etymology][tok_pisin]

 昨日の記事「#1688. Tok Pisin」 ([2013-12-10-1]) を受けて,南西太平洋地域のピジン語とクレオール語の話題.関連諸言語の分布図を,Gramley (220) の地図を参考に示してみた.

Map of Southwestern Pacific Pidgins and Creoles

 ここに挙げられているピジン語やクレオール語は歴史的に関連が深く,言語的にも近い.いずれも英語を上層言語 (superstrate language) 及び語彙供給言語 (lexifier) とする混成語で,実際にいずれも語彙の8割前後は英語ベースである.Mühlhäusler を参照した Gramley (220) の表によると,ヴァヌアツの Bislama (「#1536. 国語でありながら学校での使用が禁止されている Bislama」 ([2013-07-11-1]) を参照), パプアニューギニアの Tok Pisin, ソロモン諸島の Solomon Pijin の3ピジン語でみると,語種分布は以下の通りである.


EnglishIndigenousOthers
Bislama90%53 (French)
Tok Pisin77167 (German etc.)
Solomon Pijin8965


 一般にピジン語やクレオール語の語彙は,上層言語を基準とすると,迂言,翻訳借用 (loan_translation),意味変化,加重 (reduplication),異分析などの例に満ちている.以下に,Gramley (220--22) に拠って Tok Pisin からの例を示そう.hair という代わりに gras bilong hed (grass that belongs to the head),beard という代わりに gras bilong fes (grass that belongs to the face) といった風である.現在形と過去形の区別はなく,例えば stei (stay) は文脈次第で現在・過去いずれの意味にもなりうる.tudir (too dear) は,「高価な」を表わす1語として分析され,同様に lego (let go) は「行かせる」, sekan (shake hands) は「和解する」として語彙化している.英語 arse (尻)に起源をもつ, as は文体的に中立な「後部;尻」であり,さらに意味変化を起こして「起源;原因」の意でも用いられる.that's all に起源をもつ tasol は,一般的に but の意味の接続詞として発達した.加重の例については,「#65. 英語における reduplication」 ([2009-07-02-1]) を参照されたい.
 現地の文化が語彙に反映されることもある.とりわけ親族名称 (kinship terms) では,mama (mother), papa (father) までは標準英語と同じだが,父系のおじとおばはそれぞれ smalpapa, smalmama だが,母系のおじとおばはともに kandare という1語で表わす.祖父母と孫は性別の区別もなく,一緒くたに tumbuna と表現する.兄弟姉妹も,同性であれば brata,異性であれば susa を用いるという点で,標準英語と異なる.

 ・ Gramley, Stephan. The History of English: An Introduction. Abingdon: Routledge, 2012.

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2013-12-10 Tue

#1688. Tok Pisin [pidgin][creole][lingua_franca][tok_pisin][link]

 英語ベースのピジン語 (pidgin) としておそらく最も知られているのは Tok Pisin だろう.多言語国家 Papua New Guinea の事実上の国家語として用いられており,lingua_franca として機能している.新聞,ラジオ,テレビ,辞書,文法,聖書などの言語として採用されており,話者により積極的な社会言語学的評価を付されている.第2言語として400万人により話されており,第1言語としても5万人の話者がいる.後者の母語話者の存在は,Tok Pisin がクレオール語化 (creolisation) を始めていることの現れでもある.
 New Guinea は,Greenland に次いで世界で2番目に大きな島である.政治的には西半分のインドネシア領 Irian Jaya と東半分の Papua New Guinea (PNG) に分かれる.島全体としてみれば使用されている言語は1,000に及び,PNG だけに限っても,「#401. 言語多様性の最も高い地域」 ([2010-06-02-1]) で見たとおり,830言語を数える.言語多様性指数としては,世界最高値を示す国である.この超多言語地域が lingua franca を持ち始める契機となったのは,19世紀にヨーロッパの植民地主義列が介入したときである.Samoa, Vanuatu, Queensland など,オセアニア地域のプランテーション契約労働者が各地を往来したこと,孤立していた言語共同体が孤立を維持できなくなったことが,lingua franca の発生を促した.結果として,PNG の土着語から発生したピジン語 Hiri Motu や,英語ベースのピジン語 Tok Pisin が広がっていった.
 オセアニア地域のピジン語の発達については不明の点も多いが,Australia 経由で広がった系列 (ex. Australian Pidgin English, Roper river Creole, Cape York Creole) と,Vanuatu (the New Hebrides), the Solomon Islands, Queensland, Fiji を経て Papua や New Guinea へ広がった系列が区別される.19世紀,この地域では,New England の捕鯨,メラネシアのビャクダン交易,中国の食材としてのナマコ採取,Queensland や Fiji での綿花やサトウキビのプランテーション,Samoa でのコプラのプランテーション,トレス海峡 (the Torres Strait) での真珠採取などが,経済と労働の推進力となっていた.初期の Tok Pisin は,これらの経済活動を通じて Bislama (「#1536. 国語でありながら学校での使用が禁止されている Bislama」 ([2013-07-11-1]) を参照), Solomon Islands Pidgin, Torres Straits Creole などと接した帰国労働者によって PNG に広まっていったとされる.
 上述のように,Tok Pisin は英語ベースの(すわなち英語を lexifier とする)ピジン語である.標準英語と比べれば,音韻,文法,語彙などあらゆる部門において確かに簡略化されているが,一方で独特な規則をもつ.言語体系としては,英語とは異なる言語といって差し支えないだろう.Gramley (239--40) に掲載されている Tok Pisin で書かれた文章のサンプルについて,標準英語の対訳つきで見やすく作り直したものをこちらのPDFで用意した.その他,Tok Pisin については以下のサイトも参照.

 ・ 「#463. 英語ベースのピジン語とクレオール語の一覧」 ([2010-08-03-1])
 ・ Ethnologue: Tok Pisin
 ・ Tok Pisin -- Pidgin / English Dictionary
 ・ Tok Pisin Translation, Resources, and Discussion

 ・ Gramley, Stephan. The History of English: An Introduction. Abingdon: Routledge, 2012.

Referrer (Inside): [2014-10-05-1] [2013-12-11-1]

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2013-12-05 Thu

#1683. Pitkern [creole][contact][history]

 イングランドの航海士・探検家の William Bligh (1754--1817) は,James Cook (1728--79) の南洋の最終航海にも付き従った腕利きの船乗りだった.西インド諸島のプランテーション経営者より,奴隷用の食料としてのパンノキを確保する方法を探るよう求められ,1787年12月,Bligh は海軍の科学調査船バウンティー号 (HMS Bounty) の船長として Tahiti への航海に出た.船上の指揮や天候等の幾多の困難の末,1788年10月に Tahiti に到着した.数ヶ月の滞在の後,1789年4月4日にイングランドへの帰路についたが,船員の無能に腹を立てることの多かった Bligh に対して,長年の右腕であった航海仲間 Fletcher Christian (1764--c1790) が,4月28日,9人の仲間とともに反乱を起こした.世に知られる "Mutiny on the Bounty" である.Bligh と18人の船員はボートで海に流されたが,Bligh は不屈の精神で翌年イングランドにたどりつく.一方,バウンティー号に残った Christian 一行は,Tahiti に戻るが,その後現地の男女数名を引き連れて,Tahiti の南東へ2000キロ以上も離れた Pitcairn Island へたどり着き,船を焼き払って小さな植民地を設立した.その後20年弱の詳細は不明だが,1808年,アメリカの捕鯨船によって彼らの子孫が島で生き延びていることが発見された.
 Pitcairn はこの事件に先立つ1767年に英国船によって発見されていたが,当時は無人だった.人が住み始めたのはこの事件がきっかけであり,現在,島民のほとんどが「反乱者たち」の末裔である.Pitcairn は,19世紀にはアメリカとオーストラリアの間の捕鯨基地として機能したが,1856年に人口過剰を解消すべく島民の一部が現在のオーストラリア領 Norfolk Island へ移住した.
 現在も,英領 Pitcairn と豪領 Norfolk Island では,反乱事件とその後の経緯で生じた creole である Pitkern が話されている.英語とタヒチ語が完全に入り交じった混成語である.どちらの言語が基盤であるか分からないほどの混成ぶりであり,"dual-source creole" の例と言われる.Norfolk Island における creole は,英語の影響を受けて post-creole 化している.Trudgill (183) の記述を引用しよう.

Pitcairnese, the language of the remote Pacific Ocean island Pitcairn, is a dual-source creole which is the sole native language of the small community there. The Pitcairnese are for the most part descendants of the British sailors who carried out the famous mutiny on the Bounty and Tahitian men and women who went with them to hide on Pitcairn from the British Royal Navy. Their language is a mixed and simplified form of English and Tahitian (a Polynesian language) . . . . Pitcairnese also has speakers on Norfolk Island, in the Western Pacific, who are descended from people who resettled there from Pitcairn. On Norfolk Island, the language is in close contact with Australian English, and is consequently decreolizing (in the direction of English, not Tahitian). We can therefore describe it as a dual-source post-creole.


 両地域の詳細については,CIA: The World Factbook より Pitcairn Islands および Norfolk Island を参照.

 ・ Trudgill, Peter. Sociolinguistics: An Introduction to Language and Society. 4th ed. London: Penguin, 2000.

Referrer (Inside): [2014-01-08-1]

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2013-12-03 Tue

#1681. 中英語は "creole" ではなく "creoloid" [creole][pidgin][me][old_norse][contact][terminology][creoloid]

 「#1223. 中英語はクレオール語か?」 ([2012-09-01-1]),「#1249. 中英語はクレオール語か? (2)」 ([2012-09-27-1]),「#1250. 中英語はクレオール語か? (3)」 ([2012-09-28-1]),「#1251. 中英語=クレオール語説の背景」 ([2012-09-29-1]) を受けて,もう少し議論の材料を提示したい.直接この問題に迫るというよりは,2言語の混合という過程とピジン化 (pidginisation) という過程とをどのように区別するかという問題を考察したい.
 混合の前後に連続性が見られず,"the drastic break" (Görlach 341) があると判断される場合にはピジン化といってよいと考えるが,Trudgill (181--82) も Afrikaans を取り上げて同趣旨の議論を展開している.

Interestingly, there are some languages in the world which look like post-creoles, but which are not. These are varieties which, compared to some source, show a certain degree of simplification and admixture. We do not, however, call these languages creoles, because the extent of the simplification and admixture is not very great. And we do not call them post-creoles because they have never been creoles --- which is in turn because they have never been pidgins! Afrikaans, the other major language of the white community in South Africa alongside English, used to be considered a dialect of Dutch . . . . During the course of the twentieth century, however, it achieved autonomy . . . and now has its own literature, dictionaries, grammar books, and so on. Compared to Dutch, Afrikaans shows significant amounts of regularization in the grammar, and a significant amount of admixture from Malay, Portuguese and other languages. It still remains mutually intelligible with Dutch, however. The crucial feature of Afrikaans is that, although it is now spoken by some South Africans who are the descendants of people who spoke it as a non-native language --- hence the influence from Portuguese, Malay and so on --- and who undoubtedly therefore spoke a pidginized form of Dutch/Afrikaans, the language was at no time a pidgin. In the transition from Dutch to Afrikaans, the native-speaker tradition was maintained throughout. The language was passed down from one generation of native speakers to another; it was used for all social functions and was therefore never subjected to reduction. Such a language, which demonstrates a certain amount of simplification and admixture, relative to some source language, but which has never been a pidgin or a creole in the sense that it has always had speakers who spoke a variety which was not subject to reduction, we can call a creoloid.


 標準オランダ語に比べれば,Afrikaans には確かに単純化や規則化がみられる.また,マレー語,ポルトガル語などから言語項目の著しい借用がみられる.しかし,だからといって pidgin だとか creole だとか呼ぶわけにはいかない.というのは,Afrikaans には間違いなく歴史的な連続性があるからだ.各世代の話者は,単純化や接触を経験しながらも,途切れることなくこの言語変種を用いてきたし,接触言語と合わせて即席の便宜的な言語を作り出したという痕跡もない."the drastic change" はなかったのである.では,この言語を何と呼ぶのか.Trudgill は,新しい用語として "creoloid" が適切ではないかと主張する.
 この "creoloid" という用語は,中英語にもそのまま当てはめられるだろう.古英語と古ノルド語との接触は,creole を生み出したわけではなく,あくまで creoloid を生み出したにすぎなかったといえる.なぜならば,古ノルド語との接触は古英語以来の言語変化の速度を速めたが,あくまで自然な路線の延長であり,連続性があったからだ.同趣旨の議論として,「#1224. 英語,デンマーク語,アフリカーンス語に共通してみられる言語接触の効果」 ([2012-09-02-1]) も参照.

 ・ Görlach, Manfred. "Middle English --- a Creole?" Linguistics across Historical and Geographical Boundaries. Ed. D. Kastovsky and A. Szwedek. Berlin: Gruyter, 1986. 329--44.
 ・ Trudgill, Peter. Sociolinguistics: An Introduction to Language and Society. 4th ed. London: Penguin, 2000.

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2013-12-02 Mon

#1680. The West Indies の言語事情 [geography][creole][world_languages][diglossia][sociolinguistics][language_shift][caribbean]

 昨日の記事「#1679. The West Indies の英語圏」 ([2013-12-01-1]) で示唆したように,西インド諸島の言語事情は,歴史的な事情で複雑である.近代における列強の領土分割により,島ごとに支配的な言語が異なるという状況が生じ,島嶼間の地域的な連携も希薄となっている.独立国家と英米仏蘭の自治領とが混在していることも,地域の一体性が保たれにくい要因となっている.全体として,各地域では旧宗主国の言語が支配的だが,そのほかに主として英語やフランス語をベースとしたクレオール諸語(「#1531. pidgin と creole の地理分布」 ([2013-07-06-1])),移民の言語も行われており,言語事情は込み入っている.以下,Encylopædia Britannica 1997 の記事を参照してまとめる.
 クレオール語についていえば,Jamaica における英語ベースのクレオール語がよく知られている.Jamaica では,ラジオ放送,小説,詩,劇などでクレオール語が広く使用されており,しばしば標準英語は不在である.場の雰囲気により,クレオール語と標準英語とのはざまで切り替えが生じることも通常である(Jamaican creole の具体例については,Jamaican Creole Texts を参照されたい).Jamaica に限らず,脱植民地化を経た the Commonwealth Caribbean でも,一般に英語ベースのクレオール語が重要性を増している.
 フランス語ベースのクレオール語使用については,Haiti が典型例として挙げられる.Jamaica の場合と同様に,Haiti でもクレオール語が広範に使用されており,実際に大多数の国民が標準フランス語を理解しない.「#1486. diglossia を破った Chaucer」 ([2013-05-22-1]) で Haiti における diglossia について触れたように,クレオール語は,上位変種の標準フランス語に対して下位変種として位置づけられるものの,実用性の度合いでいえばむしろ優勢である.一方,Guadeloupe や Martinique の仏領アンティル諸島では,フランス本国の政治体制に組み込まれているために,標準フランス語の使用が一般的である.
 スペイン語ベースのクレオール語は,Cuba, Puerto Rico, the Dominican Republic などの主要なスペイン地域においては発達しなかった.ただし,Aruba, Curaçao, Bonaire など蘭領アンティル諸島では Papiamento と呼ばれる西・蘭・葡・英語の混成クレオール語が広く話されている.Puerto Rico では,帰国移民により,アメリカ英語の影響を受けたスペイン語が話されている.
 移民の言語としては Hindi, Urdu, Chinese が行われている.奴隷制廃止後に,契約移民としてインドや中国からこの地域にやってきた人々の言語である.話者の多くは,それぞれの地域における支配的な言語へと徐々に同化していっている.例えば,Trinidad and Tobago では国民の4割がインド系移民だが,彼らの間で Hindi や Urdu の使用は少なくなってきているという.言語交替が進行中ということだろう.

Referrer (Inside): [2014-01-02-1]

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2013-12-01 Sun

#1679. The West Indies の英語圏 [map][enl][creole][geography][caribbean]

 The West Indies (西インド諸島)は,南北アメリカにはさまれ,大西洋からカリブ海およびメキシコ湾を隔てる大弧状列島を指す.名称はコロンブスが Indias と名付けたことに由来する.Greater Antilles, Lesser Antilles, Bahamas の諸島からなる.地域一帯は,ロッキー山脈とアンデス山脈をつなぐ火山帯の島嶼であること,植民地,プランテーション,奴隷制の歴史をもつことによって結びつけられている.現在13の独立国を含むが,その他は英・仏・米・蘭の領土である.

Map of the West Indies  *  *

 17--18世紀の西・仏・英・蘭・デンマークなどの列強による熾烈な領土分割の結果,地域内の連絡は弱くなった.各地域は言語的にも分割・個別化されており,英語圏,フランス語圏,オランダ語圏などの区別が明確である.現在も西インド諸島全体としての一体性はないが,歴史的・政治的な観点から4つの地域に分けるのが通例である.ハイチを含むヒスパニック系グループ,英領西インド諸島 (The British West Indies or the Commonwealth Caribbean; cf. 「#1676. The Commonwealth of Nations」 ([2013-11-28-1])),仏領アンティル諸島 (The French Antilles),蘭領アンティル諸島 (The Dutch Antilles) の4つだ.
 とりわけ英語圏に注目しよう.歴史的な英領インド諸島は,Bahamas, Jamaica, Caymans, British Virgin Islands, Barbados, Trinidad, Tobago, Leeward Islands, Winward Islands から構成されていたが,1958年に大部分が Federation of West Indies (西インド諸島連邦)として独立し,その中から Bahamas, Barbados, Jamaica, Trinidad and Tobago などいくつかの地域が共和国として独立した.現在,西インド諸島でENL地域と呼べるのは以下の17地域である.

Anguilla, Antigua and Barbuda, Bahamas, Barbados, Bermuda, the Cayman Islands, Dominica, Grenada, Jamaica, Montserrat, Saint Christopher and Nevis (St. Kitts-Nevis), Saint Lucia, Saint Vincent and the Grenadines, Trinidad and Tobago, the Turks and Caicos Islands, the Virgin Islands (US), the Virgin Islands (British)


 周辺国を含むと,南米の Guyana や中米の Belize も公用語として英語を採用している.スペイン語やポルトガル語が支配的な中南米にあっては,珍しい2国である(ただし,Belize ではスペイン語も支配的).Guyana については,「#385. Guyanese Creole の連続体」 ([2010-05-17-1]) の記事も参照.
 より一般的に世界の英語地域については,「#1591. Crystal による英語話者の人口」 ([2013-09-04-1]),「#177. ENL, ESL, EFL の地域のリスト」 ([2009-10-21-1]),「#215. ENS, ESL 地域の英語化した年代」 ([2009-11-28-1]) も参照.
 また,同地域は世界有数のクレオール地域でもある.関連して,「#1531. pidgin と creole の地理分布」 ([2013-07-06-1]) も参照.

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2013-09-04 Wed

#1591. Crystal による英語話者の人口 [statistics][demography][enl][esl][efl][elf][new_englishes][pidgin][creole]

 昨日の記事で扱った「#1590. アジア英語の諸変種」 ([2013-09-03-1]) から世界の英語変種へ目を広げると,それこそおびただしい English varieties が,今現在,発展していることがわかる.英語変種の数ばかりでなく英語変種の話者の数もおびただしく,「#397. 母語話者数による世界トップ25言語」 ([2010-05-29-1]) の記事の終わりで触れたように,母語話者数と非母語話者を足し合わせると,英語は世界1の大言語となる.英語話者人口の過去,現在,未来については,以下の記事で扱ってきた.

 ・ 「#319. 英語話者人口の銀杏の葉モデル」 ([2010-03-12-1])
 ・ 「#427. 英語話者の泡ぶくモデル」 ([2010-06-28-1])
 ・ 「#933. 近代英語期の英語話者人口の増加」 ([2011-11-16-1])
 ・ 「#173. ENL, ESL, EFL の話者人口」 ([2009-10-17-1])
 ・ 「#375. 主要 ENL,ESL 国の人口増加率」 ([2010-05-07-1])
 ・ 「#759. 21世紀の世界人口の国連予測」 ([2011-05-26-1])
 ・ 「#414. language shift を考慮に入れた英語話者モデル」 ([2010-06-15-1])

 現在の世界における英語話者人口を正確に把握することは難しい.Crystal (61, 65--67) で述べられているように,この種の人口統計には様々な現実的・理論的な制約が課されるからだ.Crystal (62--65) は,その制約のなかで2001年現在の英語人口を推計した.近年,最もよく引き合いに出される英語話者の人口統計である.

TerritoryL1L2Population (2001)
American Samoa2,00065,00067,000
Antigua & Barbuda*66,0002,00068,000
Aruba9,00035,00070,000
Australia14,987,0003,500,00018,972,000
Bahamas*260,00028,000298,000
Bangladesh 3,500,000131,270,000
Barbados*262,00013,000275,000
Belize*190,00056,000256,000
Bermuda63,000 63,000
Botswana 630,0001,586,000
British Virgin Islands*20,000 20,800
Brunei10,000134,000344,000
Cameroon* 7,700,00015,900,000
Canada20,000,0007,000,00031,600,000
Cayman Islands*36,000 36,000
Cook Islands1,0003,00021,000
Dominica*3,00060,00070,000
Fiji6,000170,000850,000
Gambia* 40,0001,411,000
Ghana* 1,400,00019,894,000
Gibraltar28,0002,00031,000
Grenada*100,000 100,000
Guam58,000100,000160,000
Guyana*650,00030,000700,000
Hong Kong150,0002,200,0007,210,000
India350,000200,000,0001,029,991,000
Ireland3,750,000100,0003,850,000
Jamaica*2,600,00050,0002,665,000
Kenya 2,700,00030,766,000
Kiribati 23,00094,000
Lesotho 500,0002,177,000
Liberia*600,0002,500,0003,226,000
Malawi 540,00010,548,000
Malaysia380,0007,000,00022,230,000
Malta13,00095,000395,000
Marshall Islands 60,00070,000
Mauritius2,000200,0001,190,000
Micronesia4,00060,000135,000
Montserrat*4,000 4,000
Namibia14,000300,0001,800,000
Nauru90010,70012,000
Nepal 7,000,00025,300,000
New Zealand3,700,000150,0003,864,000
Nigeria* 60,000,000126,636,000
Northern Marianas*5,00065,00075,000
Pakistan 17,000,000145,000,000
Palau50018,00019,000
Papua New Guinea*150,0003,000,0005,000,000
Philippine$20,00040,000,00083,000,000
Puerto Rico100,0001,840,0003,937,000
Rwanda 20,0007,313,000
St Kitts & Nevis*43,000 43,000
St Lucia*31,00040,000158,000
St Vincent & Grenadines*114,000 116,000
Samoa1,00093,000180,000
Seychelles3,00030,00080,000
Sierra Leone*500,0004,400,0005,427,000
Singapore350,0002,000,0004,300,000
Solomon Islands*10,000165,000480,000
South Africa3,700,00011,000,00043,586,000
Sri Lanka10,0001,900,00019,400,000
Suriname*260,000150,000434,000
Swaziland 50,0001,104,000
Tanzania 4,000,00036,232,000
Tonga 30,000104,000
Trinidad & Tobago*1,145,000 1,170,000
Tuvalu 80011,000
Uganda 2,500,00023,986,000
United Kingdom58,190,0001,500,00059,648,000
UK Islands (Channel, Man)227,000 228,000
United States215,424,00025,600,000278,059,000
US Virgin Islands*98,00015,000122,000
Vanuatu*60,000120,000193,000
Zambia110,0001,800,0009,770,000
Zimbabwe250,0005,300,00011,365,000
Other dependencies20,00015,00035,000
Total329,140,800430,614,5002,236,730,800


 * の付いている国・地域は,標準英語ではなく pidgin/creole 英語が主として話されている国・地域である.pidgin/creole 変種を英語の一種とみなすか否かは論争の的となっているので,立場に応じて数値を足し引きされたい(具体的には,L1 で主として西インド諸島の約700万人が,L2 で主として西アフリカの約8,000万人が関与する).また,L1 および L2 の人口は原則として少なめの推計とみてよい.さらにこの表には,「#217. 英語話者の同心円モデル」 ([2009-11-30-1]) の図でいうところの Expanding Circle の国・地域は含まれていないことにも注意されたい.
 上で挙げた国・地域については,「#177. ENL, ESL, EFL の地域のリスト」 ([2009-10-21-1]) および「#215. ENS, ESL 地域の英語化した年代」 ([2009-11-28-1]) も参照.

 ・ Crystal, David. English As a Global Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.

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2013-07-06 Sat

#1531. pidgin と creole の地理分布 [pidgin][creole][map][geography][world_languages][tok_pisin][caribbean]

 数え方にもよるが,世界中で100以上のピジン語やクレオール語が日常的に用いられているといわれる.なかには200万人を超える話者を擁する Tok Pisin のような活発な言語もある.実際,Tok Pisin は南太平洋における最大の言語である.英語を lexifier とする「#463. 英語ベースのピジン語とクレオール語の一覧」 ([2010-08-03-1]) についてはすでに本ブログで言及したが,かつての大英帝国の影響力から予想される通り,英語ベースのものが最も多い.
 Romain (170--73) の地図を参照して lexifier 言語別にピジン語とクレオール語の個数を数え上げると,英語が35,フランス語が14,ポルトガル語が9,スペイン語が3,オランダ語が3,その他の言語が26となる. * *
 世界に散在する種々のピジン語とクレオール語を分類するのに,上記のように語彙を提供している言語,すなわち superstratum の言語を基準とする方法があるが,ほかに地域を基準とする分類もある.地理的な分布の観点からピジン語やクレオール語を大きく2分すると,大西洋系列と太平洋系列とに分かれる.Romain (174--75) を引用しよう.

Creolists recognize two major groups of languages, the Atlantic and the Pacific, according to historical, geographic, and linguistic factors. The Atlantic group was established primarily during the seventeenth and eighteenth centuries in the Caribbean and West Africa, while the Pacific group originated primarily in the nineteenth. The Atlantic creoles were largely products of the slave trade in West Africa which dispersed large numbers of West Africans to the Caribbean. Varieties of Caribbean creoles have also been transplanted to the United Kingdom by West Indian immigrants, as well as to the USA and Canada. The languages of the Atlantic share a West African common substrate and display many common features . . . . / In the Pacific different languages formed the substratum and socio-cultural conditions were somewhat different from those in the Atlantic. Although the plantation setting was crucial for the emergence of pidgins in both areas, in the Pacific laborers were recruited and indentured rather than slaves. Apart from Hawai'i, a history of more gradual creolization has distinguished the Pacific from the Atlantic (particularly Caribbean) creoles, whose transition has been more abrupt.


 このように地理的な分布による2分法は明快だが,両系列のあいだに複雑な関係があることを見えにくくしているきらいがあることには注意しておきたい.例えば,両系列に共有されている語彙 (savvy "to know" や picanniny "child, baby") の存在は,2つの海をまたいで活躍した船乗りの役割を考慮せずにうまく説明することはできないだろう.

 ・ Romain, Suzanne. Language in Society: An Introduction to Sociolinguistics. 2nd ed. Oxford: OUP, 2000.

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2013-02-16 Sat

#1391. lingua franca (4) [elf][global_language][pidgin][creole][esperanto][artificial_language][basic_english][contact][sociolinguistics][koine]

 英語とエスペラント語の共通点は何か.言語的には,分析的であるとか,ロマンス系言語の語根をもつ語彙が多いとか,個々の言語項目について指摘することができるだろうが,大づかみに共通点を1つ挙げるというのは難しい.社会言語学的にいえば,単純である.いずれの言語も lingua franca である,ということだ.英語とピジン語の共通点,スワヒリ語と俗ラテン語の共通点にしても同じ答えである.
 [2012-04-17-1], [2012-04-18-1], [2012-04-19-1]の記事で lingua franca という用語について調べたが,社会言語学的な見地からこの用語と概念にもう一度迫りたい.Wardhaugh (55) によれば,UNESCO が lingua franca を "a language which is used habitually by people whose mother tongues are different in order to facilitate communication between them" と定義している.この定義では,その言語が通用する範囲の広さについては言及していないので,小さな共同体でのみ用いられているような言語も上の条件を満たせば lingua franca ということになる."used habitually" も程度問題だが,緩く解釈すれば,上の段落で挙げた言語は確かにいずれも lingua franca の名に値するだろう.
 lingua franca はいくつかの種類に分けることができる (Wardhaugh 56) .

 (1) 西アフリカのハウサ語や東アフリカのスワヒリ語のように交易目的で用いられる "trade language"
 (2) 古代ギリシア世界における koiné (コイネー)や中世ヨーロッパにおける俗ラテン語のように諸方言が接触した結果としての "contact language"
 (3) 英語のように国際的に用いられる "international language"
 (4) Esperanto ([2011-12-15-1]) や Basic English ([2011-12-13-1]) のような補助言語(人工言語)たる "auxiliary language"
 (5) カナダの小共同体で話されている,クリー語の文法とフランス語の語彙を融合させた,民族的アイデンティティを担った Michif のような "mixed language"

 ほかにも上記の定義に当てはまる言語を挙げれば,地中海世界の交易共通語となった Sabir,世界の各地域で影響を誇る Arabic, Mandarin, Hindi の各言語,19世紀後半に北米 British Columbia から Alaska にかけて広く通用した Chinook Jargon などがある.

 ・ Wardhaugh, Ronald. An Introduction to Sociolinguistics. 6th ed. Malden: Blackwell, 2010.

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2012-10-13 Sat

#1265. 語の頻度と音韻変化の順序の関係に気づいていた Schuchardt [frequency][lexical_diffusion][history_of_linguistics][analogy][creole][neogrammarian]

 語の頻度と語彙拡散 (lexical diffusion) の進行順序の関係については,[2012-09-17-1], [2012-09-20-1], [2012-09-21-1]の各記事で扱ってきた.19世紀の青年文法学派 (Neogrammarians) によれば,音韻変化は "phonetically gradual and lexically abrupt" であるということが常識だったが,近年の語彙拡散の研究により,音韻変化にも形態変化に典型的に見られる "lexically gradual" の過程が確認されるようになってきている.形態であれ音韻であれ,言語変化のなかには徐々に波及してゆくものがあるという知見は,言語変化の原理としての類推作用 (analogy) とも相性がよく,音韻変化と類推を完全に対置していた Neogrammarians がもしこのことを知ったら相当の衝撃を受けたことだろう.
 徐々に進行する音韻変化が確認される場合,それがどのような順序で進行するのかという点が問題となる.そこで,語の頻度という観点が提案されているのだが,この観点からの研究はまだ緒に就いたばかりである.ところが,観点ということだけでいえば,その提案は意外と早くなされていた.青年文法学派に対抗した Hugo Ernst Maria Schuchardt (1842--1927) は1885年という早い段階で,語の頻度と音韻変化の順序に目を付けていたのだ.以下は,Phillips (321) に掲載されている Schuchardt からの引用(英訳)である.

The greater or lesser frequency in the use of individual words that plays such a prominent role in analogical formation is also of great importance for their phonetic transformation, not within rather small differences, but within significant ones. Rarely used words drag behind; very frequently used ones hurry ahead. Exceptions to the sound laws are formed in both groups.


 Neogrammarian 全盛の時代において,語の頻度と音韻変化の順序に注目した Schuchardt の炯眼に驚かざるをえない.この識見は,当時,生きた言語の研究における最先端の場であり,ラテン語を母体とする資料の豊富さで確かな基盤のあったロマンス語学の分野に彼が身を投じていたことと関係する.彼は,現実の資料には Neogrammarian の音法則に反する例が豊富にあることをはっきりと認識しており,音法則による言語史の再建だけでは言語の真の理解は得られないことを痛感していた.語族という考え方にも否定的で,言語に混合や波状拡散の過程を想定していた.特に彼の混交言語への関心は果てしなく,その先駆的な研究が評価されるようになったのは,1世紀も後,クレオール語研究の現われだした1960年代のことである.
 Schuchardt がこのような言語思想をもっていたことを知れば,上記の引用も自然と理解できるだろう.Schuchardt とクレオール学の発展との関係については,田中 (188--96) が詳しい.

 ・ Phillips, Betty S. "Word Frequency and the Actuation of Sound Change." Language 60 (1984): 320--42.
 ・ Schuchardt, Hugo. Über die Lautgesetze: Gegen die Junggrammatiker. 1885. Trans. in Shuchardt, the Neogrammarians, and the Transformational Theory of Phonological Change. Ed. Theo Vennemann and Terence Wilbur. Frankfurt: Altenäum, 1972. 39--72.
 ・ 田中 克彦 『言語学とは何か』 岩波書店〈岩波新書〉,1993年.

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2012-10-02 Tue

#1254. 中英語の話し言葉の言語変化は書き言葉の伝統に掻き消されているか? [writing][standardisation][creole][celtic][contact][reestablishment_of_english][scribe][koine][do-periphrasis]

 話し言葉において生じていた言語変化が,伝統的で保守的な書き言葉に反映されずに,後世の観察者の目に見えてこないという可能性は,文献学上,避けることのできないものである.例えば,ある語が,ある時代の書き言葉に反映されていないからといって,話し言葉として用いられていたかもしれないという可能性は否定できず,OED の初出年の扱い方に関する慎重論などは至る所で聞かれる.確かに大事な慎重論ではあるが,これをあまりに推し進めると,文献上に確認されない如何なることも,話し言葉ではあり得たかもしれないと提起できることになってしまう.また,関連する議論として,書き言葉上で突如として大きな変化が起こったように見える場合に,それは書き言葉の伝統の切り替えに起因する見かけの大変化にすぎず,対応する話し言葉では,あくまで変化が徐々に進行していたはずだという議論がある.
 中英語=クレオール語の仮説でも,この論法が最大限に利用されている.Poussa は,14世紀における Samuels の書き言葉の分類でいう Type II と Type III の突如の切り替えは,対応する話し言葉の急変化を示すものではないとし,書き言葉に現われない水面下の話し言葉においては,Knut 時代以来,クレオール化した中部方言の koiné が続いていたはずだと考えている.そして,Type III の突然の登場は,14世紀の相対的なフランス語の地位の下落と,英語の地位の向上に動機づけられた英語標準化の潮流を反映したものだろうと述べている.

. . . if we take the view that the English speech of London had, since the time of Knut, been a continuum of regional and social varieties of which the Midland koiné was one, then it is easier to explain the changes in the written language [from Type II to Type III] as jerky adjustments to a gradual rise in social status of the spoken Midland variety. (80)


 似たような議論は,近年さかんに論じられるようになってきたケルト語の英語統語論に及ぼした影響についても聞かれる(例えば,[2011-03-17-1]の記事「#689. Northern Personal Pronoun Rule と英文法におけるケルト語の影響」を参照).古英語の標準書き言葉,Late West-Saxon Schriftsprache の伝統に掻き消されてしまっているものの,古英語や中英語の話し言葉には相当のケルト語的な統語要素が含まれていたはずだ,という議論だ.英語がフランス語のくびきから解き放たれて復権した後期中英語以降に,ようやく話し言葉が書き言葉の上に忠実に反映されるようになり,すでにケルト語の影響で生じていた do-periphrasis や進行形が,文献上,初めて確認されるようになったのだ,と論じられる.
 しかし,これらの議論は,文献学において写本研究や綴字研究で蓄積されてきた scribal error や show-through といった,図らずも話し言葉が透けて見えてしまうような書記上の事例を無視しているように思われる.写字生も人間である.書記に際して,完全に話し言葉を封印するということなどできず,所々で思わず話し言葉を露呈してしまうのが自然というものではないだろうか.
 話し言葉が,相当程度,書き言葉の伝統に掻き消されているというのは事実だろう.書き言葉習慣の切り替えによって,大きな言語変化が起こったように見えるという事例も確かにあるだろう.しかし,書き言葉に見られないことでも話し言葉では起こっていたかもしれない,いや起こっていたに違いないと,積極的に提案してよい理由にはならない.一時期論争を呼んだ英語=クレオール語の仮説と近年のケルト語影響説の間に似たような匂いを感じた次第である.

 ・ Poussa, Patricia. "The Evolution of Early Standard English: The Creolization Hypothesis." Studia Anglica Posnaniensia 14 (1982): 69--85.

Referrer (Inside): [2015-06-13-1] [2012-12-29-1]

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2012-09-29 Sat

#1251. 中英語=クレオール語説の背景 [creole][me][family_tree][history_of_linguistics][evolution][sociolinguistics][historiography][language_equality]

 ##1223,1249,1250 の記事で,中英語=クレオール語とする仮説を批判的に見てきた.およそ議論の決着はついているのだが,議論それ以上に関心を寄せているのは,なぜこの仮説が現われ,複数の研究者に支持されたのかという背景である.
 Baily and Maroldt が論争を開いた1970年代以降,クレオール語研究が盛んになり,とりわけ言語進化論や社会言語学へ大きな刺激を与えてきたという状況は,間違いなく関与している.
 言語進化論との関係でいえば,Baily and Maroldt は,言語と生物の比喩を強烈に押し出している.

One of the authors has for more than a half-dozen years been contending that internal language-change will result only in new subsystems, while creolization is required for the creation of a new system, i.e. a new node on a family tree. Each node on a family tree therefore has to have, like humans, at least two parents. (22)


 これは,比較言語学の打ち立てた the family tree model の肯定でもあり,同時に否定のもう一つの形でもある.この発想自体が議論の的なのだが,いずれにせよクレオール研究の副産物であることは疑い得ない.
 次に,解放の言語学ともいえる社会言語学の発展との関係では,世界語の座に最も近い,威信のある言語である英語を,社会的には長らく,そして現在も根強く劣等イメージの付されたクレオール語と同一視させることによって,論者は言語的平等性を主張することができるのではないか.特定の言語に付された優勢あるいは劣勢のイメージは,あくまで社会的な価値観の反映であり,言語それ自体に優劣はなく平等なのだ,というメッセージを,論者はこの仮説を通じて暗に伝えているのではないか.
 私は,このような解放のイデオロギーとでもいうような動機が背景にあるのではないかと想定しながら Bailey and Maroldt を読んでいた.そのように想定しないと,[2012-09-27-1]の記事「#1249. 中英語はクレオール語か? (2)」でも言及したように,論者が英語をどうしても creolisation の産物に仕立て上げたいらしい理由がわからないからだ.支離滅裂な議論を持ち出しながらも,「英語=クレオール語」を推したいという想いの背景には,ある意味で良心的,解放的なイデオロギーがあるのではないか,と.
 ところが,論文の最後の段落で,この想定は見事に裏切られた.むしろ,逆だったのだ.creolisation の議論を手段とした世界語としての英語の賛歌だったのである.これには愕然とした.読みが甘かったか・・・.

A closing word on the value of creolization will not be amiss. Just as the evolution of plants and animals became vastly more adaptive, once sexual reproduction became a reality --- because then the propagation of mutations through crossing of strains became feasible --- so creolization enables languages to adapt themselves to new communicative needs in a much less restricted way than is otherwise open to most languages. Thus creolization has the same adaptive and survival value for languages as sexual cross-breeding has for the world of plants or animals. The flexibility and adaptability which have made English so valuable as a world-wide medium of communication are no doubt due to its long history of creolization. (53)


 [2012-04-14-1]の記事「#1083. なぜ英語は世界語となったか (2)」で取り上げた Bragg の英語史観も参照.

 ・ Bailey, Charles James N. and Karl Maroldt. "The French Lineage of English." Langues en contact --- Pidgins --- Creoles --- Languages in contact. Ed. Jürgen M. Meisel. Tübingen: Narr, 1977. 21--51.

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2012-09-28 Fri

#1250. 中英語はクレオール語か? (3) [creole][me][french][old_norse][contact][historiography]

 「#1223. 中英語はクレオール語か?」 ([2012-09-01-1]) 及び「#1249. 中英語はクレオール語か? (2)」 ([2012-09-27-1]) に引き続いての話題.
 論争のきっかけとなった Bailey and Maroldt は,英語とフランス語との混交によるクレオール語化の説を唱えたが,多くの批判を浴びてきた.私も読んでみたが,突っ込みどころが満載で,論文が真っ赤になった.当該の学説はほぼ否定されているといってよいし,改めて逐一批判する必要もないが,珍説ともいえる議論が随所に繰り広げられており,それはそれでおもしろいのでいくつかピックアップする.

 (1) 中英語は,語彙,統語・意味 ("semantax"!),音声・音韻 ("phonetology"!),形態のいずれの部門においても,少なくとも40%は混合物である (21) .(語彙はよいとしても統語・意味や形態の混合度はどのように測るのだろうか?)
 (2) "In the instability created by the second, or minor, French creolization is to be seen the origin of the Great Vowel Shift, which, more than anything else, created modern English" (31). (同論文中に関連する言及がほかにないので,この文が何を意味しているのかほとんど不明である.)
 (3) "The Anglo-Saxon suffix -līċe (ME -ly), which has a functional counterpart in French -ment, is hardly an example of the reduction of inflections! This is in accord with the assumption of creolization" (33). (第1文内の論理と,第1文と第2文の因果関係が不明.)
 (4) 英語とフランス語の名詞の屈折体系は似ており,容易に融和され得た.([2011-11-29-1]の記事「#946. 名詞複数形の歴史の概要」でも触れた通り,複数接尾辞の -es に関する限り,私は両言語の直接的な関係はないと考えている.Hotta 154, 268 [Note 66] を参照.)
 (5) 論文全体を通して,英語とフランス語との間に平行関係が観察される言語項目 (pp. 51--52) を,同系統であるがゆえの遺産でもなく,独立平行発達でもなく,個々の借用でもなく,ひっくるめて英仏語のクレオール化として片付けてしまっている.説明としては手っ取り早いだろうが,それでは地道になされてきた個々の研究が泣く.

 説明としての手っ取り早さということでいえば,連想するのが大野晋の日本語・タミール語クレオール説だ.大野は両言語間の比較言語学に基づく系統関係の樹立に失敗し,代わりに両言語のクレオール説を唱えた.後者では厳密な音韻対応は必要とされず,大まかな混交ということで片付けられるからだ.
 クレオール化説の雑でいい加減な印象を減じるためには,クレオールの研究自体がもっと成熟する必要がある.それから改めてクレオール化説を提起したらどうだろうか.

 ・ Bailey, Charles James N. and Karl Maroldt. "The French Lineage of English." Langues en contact --- Pidgins --- Creoles --- Languages in contact. Ed. Jürgen M. Meisel. Tübingen: Narr, 1977. 21--51.
 ・ Hotta, Ryuichi. The Development of the Nominal Plural Forms in Early Middle English. Hituzi Linguistics in English 10. Tokyo: Hituzi Syobo, 2009.

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2012-09-27 Thu

#1249. 中英語はクレオール語か? (2) [creole][me][old_norse][contact][historiography][pchron]

 [2012-09-01-1]の記事「#1223. 中英語はクレオール語か?」で,Bailey and Maroldt による(中)英語=クレオール語説に対する Görlach の激しい反論を概観した.中英語=クレオール説は,Bailey and Maroldt のみならず,Poussa などの複数の追随者を生み出してきた(論争の概括は,Brandy Ryan 氏によるこちらの論説を参照).
 Bailey and Maroldt 及び Poussa の論考に直接当たってみたが,両者ともに,あまりに大胆で理解不能の議論が目立つ.彼らは,何らかの理由で,英語をどうしても creolisation の産物に仕立て上げたいらしい.論文中の "creolisation" を "(strong) influence from another language" と読み替えれば大体通ることから,結局のところ,他言語からの影響の程度をどう見るか,それをどの術語を用いて表現するかという,定義に関わる問題に行き着くように思われる."influence" というより一般的な用語で満足せずに,"creolisation" という専門的な,そして loaded な用語を敢えて用いる必要と利点がどこにあるのか,まるで呑み込めない.
 この種の議論が話題を呼ぶのは,証拠不在の時代の(社会)言語学的状況をどのように再建し,英語史全体をどのように紡ぎ直すかという英語史記述に関わる大問題が提起されるからである.既存の見解に対する挑戦あるいは挑発であるという点で見物としては楽しいのだが,議論としては最初から破綻していると言わざるを得ない.
 例えば,Poussa は,古英語と古ノルド語との creole 説を唱えているが,その結論は以下の通りである.

It is argued that the fundamental changes which took place between standard literary OE and Chancery Standard English: loss of grammatical gender, extreme simplification of inflexions and borrowing of form-words and common lexical words, may be ascribed to a creolization with Old Scandinavian during the OE period. The Midland creole dialect could have stabilized as a spoken lingua franca in the reign of Knut. Its non-appearance in literature was due initially to the prestige of the OE literary standard. (84)


 Görlach が正当に議論しているように,文法性の消失と屈折の単純化は,古ノルド語の関与があり得る以前の時代からの自然な発達に端を発しており,古ノルド語との接触により加速されたことは確かだが,あくまで自然な路線の延長である.基本語彙の借用については,[2012-07-23-1]の記事「#1183. 古ノルド語の影響の正当な評価を目指して」で触れた問題が関わる.creolisation には基本語彙の置換が付きものであり,基本語彙が置換されれば,それは creolisation なのだ,という閉じた議論が前提とされているように思われる.Knut がリンガ・フランカとしての新生 creole を推奨したという議論も評価しがたいし,creole が文献に反映されなかった理由にも納得しかねる.文献量は確かに少ないが,The Peterborough Chronicle の Continuations のように,古英語から中英語への言語変化の連続性を示唆する証拠があるからだ.
 何よりも,クレオール語説について理解できないのは,通常,"creol(isation)" とはまるで異なった2言語間の関係について言われることなのではないか,という点である.古英語と古ノルド語のような系統的にも類型的にも類似した,方言ともいうべき言語同士が混じり合う場合には,creolisation とは何を意味するのか.creole や creolisation の研究において,より盤石な定義や特徴づけがなされない限り,その用語の濫用は,問題の言語接触の理解を損ねてしまうのではないか.

・ Görlach, Manfred. "Middle English --- a Creole?" Linguistics across Historical and Geographical Boundaries. Ed. D. Kastovsky and A. Szwedek. Berlin: Gruyter, 1986. 329--44.
 ・ Poussa, Patricia. "The Evolution of Early Standard English: The Creolization Hypothesis." Studia Anglica Posnaniensia 14 (1982): 69--85.
 ・ Bailey, Charles James N. and Karl Maroldt. "The French Lineage of English." Langues en contact --- Pidgins --- Creoles --- Languages in contact. Ed. Jürgen M. Meisel. Tübingen: Narr, 1977. 21--51.

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