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creole - hellog〜英語史ブログ

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2012-09-01 Sat

#1223. 中英語はクレオール語か? [creole][pidgin][me][french][old_norse][contact]

 昨日の記事「#1222. フランス語が英語の音素に与えた小さな影響」 ([2012-08-31-1]) で参照した Görlach の論文は,Bailey and Maroldt による「中英語はクレオール語である」とする大胆な仮説に対する反論として書かれたものである.中英語は古英語と古ノルド語あるいはフランス語との混合によって生まれたとするこの仮説を巡る最大の論点は,クレオール語の定義や基準である.これが研究者間で一致しない限り,議論は不毛である.議論の余地なく明らかにクレオール語として認められてきた言語から顕著な特徴を浮き彫りにし,それに基づいてクレオール語の定義や基準を設けるというのが常識的な手順のように思われるが,Bailey and Maroldt の前提では,この手順を念頭に置いていないように思われる.
 Görlach (341) は,古ノルド語との混合による中英語クレオール語説を,次の点で完全に否定する.典型的なクレオール語とは異なり,(1) 代名詞において性と格を失っておらず,(2) 名詞において数を失っておらず,(3) 動詞において人称語尾と時制標示を失っておらず,(4) 受動態を失っておらず,(5) 時制が相に置き換えられていない.
 さらに,おそらくピジン語の最も顕著な特徴ともいうべき "the drastic break" (341) も英語史には観察されないという.Sranan はわずか20年ほどで安定したし([2010-06-05-1]の記事「#404. Suriname の歴史と言語事情」を参照),インド洋クレオール諸語も突然といってよい発生の仕方を経験している.
 古ノルド語との混合による中英語クレオール語説がこのように根拠薄弱なのであるから,いわんやフランス語とのクレオール語説をや,である.昨日の記事でも少し触れたように,Görlach (338) は,フランス語の英語への文法的な影響は,クレオール語の可能性を議論する以前に,そもそも些細であることを示唆している.

Influence of French on inflections and, by and large, on syntactical structures cannot be proved, but appears unlikely from what we know about bilingualism in Middle English times. Middle English is a typical case of a language of low prestige, predominantly used in spoken form and split into a great number of dialects that had to assimilate the cultural (and in this case) mainly lexical impact of the 'high' language.


 このような考えをもつ Görlach にとって,中英語=クレオール語という仮説はあまりに受け入れがたいものだろう.この仮説は現在ではほとんど受け入れられていない.Brinton and Arnovick (297--98) や Thomason and Kaufman (309) も同説を批判している.しかし,英語史研究においてもクレオール語研究においても,一つの刺激となったことは確かである.

 ・ Bailey, Charles James N. and Karl Maroldt. "The French Lineage of English." Langues en contact --- Pidgins --- Creoles --- Languages in contact. Ed. Jürgen M. Meisel. Tübingen: Narr, 1977. 21--51.
 ・ Görlach, Manfred. "Middle English --- a Creole?" Linguistics across Historical and Geographical Boundaries. Ed. D. Kastovsky and A. Szwedek. Berlin: Gruyter, 1986. 329--44.
 ・ Brinton, Laurel J. and Leslie K. Arnovick. The English Language: A Linguistic History. Oxford: OUP, 2006.
 ・ Thomason, Sarah Grey and Terrence Kaufman. Language Contact, Creolization, and Genetic Linguistics. Berkeley: U of California P, 1988.

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2011-12-16 Fri

#963. 英語史と人工言語 [artificial_language][basic_english][pidgin][creole][basic_english]

 この5日間,人工言語についての記事を書いてきた (##958,959,960,961,962) .書きながら考えてきたことなのだが,人工言語の歴史を学ぶことは,自然言語の特徴や英語史の問題を考察する上で,新しい視点をもたらしてくれるようである.人工言語が必ずしも成功を収めていない事実と英語の実質的な世界的展開とのあいだに何らかの関係があるとすれば,それを探ることは有意義だろう.以下,この新しく得られそうな視点に関連して,5点ほど箇条書きでメモしておく.

(1) 自然言語の特徴が浮き彫りになる
 人工言語に対する賛否両論は,そのまま,英語のような自然言語が世界共通語として機能している状況への人々の様々な反応を反映している.人工言語の長所と短所は自然言語の短所と長所に対応していることが多い.例えば,[2011-12-14-1]の記事「#961. 人工言語の抱える問題」の (2) に示したアイデンティ標示機能は,自然言語には必然的に備わっているが人工言語には欠けている.民族主義の興隆と人工言語の普及運動とが歴史的に反比例の関係になりやすかったことも,この点と関係しているだろう.一方で,程度の差はあれ双方がともに抱えている問題もある.例えば,同記事の (3) 言語的偏狭と (5) 反感は,双方ともに免れているとはいいがたい.

(2) 世界共通語としての英語の抱える問題が浮き彫りになる
 英語に限らず自然言語の常ではあるが,言語的な不規則性が学習効率を妨げているという主張が,しばしば人工言語支持者からなされる.人工言語におけるその解決策案を参照すれば,多くの人が,英語の語学的な問題がどのような点にあると考えているかを推し量ることができる(綴字と発音の乖離,<th> 音,イディオム等々).また,人工言語支持者がしばしば示す英語への反感の根拠を探ることで,英語そのものが問題である側面と,英語が代表している自然言語一般の問題である側面とが区別できるかもしれない.

(3) 英語の抱える問題への解決策が議論できる
 上の (2) で示されるような英語の問題に対する解決策として,どのような策が実現可能であるか,議論できるようになる.[2011-12-13-1]の記事で取り上げた Basic English や,理念的にその延長線上にあると考えられる辞書の defining vocabulary など,英語そのものを改革するような策ではなく,英語学習・教育に応用して成果をあげられるような現実的な策を提案できるようになるのではないか.

(4) 人々の世界共通語への期待の大きさが認識される
 自然言語(英語)支持者と人工言語支持者は立場は違えど,共通して目指している方向がある.現代世界で日増しに高まる国際コミュニケーションの需要に応えることのできる世界共通語の希求と期待である.両者の立場は場合によっては180度異なるともいえるが,究極的に追い求めているものは同じ理想である.未来の世界共通語に寄せられている期待の大きさは,それほどまでに大きい.はたして,英語は,あるいはエスペラント語は,この重圧に耐えられるのか.

(5) ピジン語やクレオール語の再解釈を促す
 Basic English に象徴される英語の語彙の単純化や,計画的に人工言語に埋め込まれた簡便な文法などが指向しているのは,学習の容易さである.Basic English や人工言語はあくまで人為的な人造物だが,より自然な形で学習の容易さを実現していると解釈できるものに,ピジン語やクレオール語がある.ピジン英語やクレオール英語は一般には劣った言語として捉えられることが多いが,世界共通語への期待という文脈に位置づければ,簡単化した自然言語として再評価することができるかもしれない.ピジン語あるいはクレオール語を,即,世界共通語の議論に結びつけることはもちろん突飛だが,少なくとも Basic English や人工言語と並べて比較することには意味があるのではないか.

Referrer (Inside): [2018-02-20-1] [2016-08-23-1]

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2010-08-03 Tue

#463. 英語ベースのピジン語とクレオール語の一覧 [pidgin][creole][link][tok_pisin][post-creole_continuum]

 世界には英語ベースのピジン語やクレオール語が30以上存在するといわれている.[2010-07-15-1], [2010-07-16-1]で見たように,ピジン語やクレオール語の定義や起源に曖昧な点があるので正確に数えることは難しいが,名前がついているものを挙げると30以上になるという.McArthur (177) よりその一覧を再現しよう.

(1) Africa

Gambian Creole or Aku; Krio and pidginized Krio in Sierra Leone; Liberian Creole; Ghanaian Pidgin; Togolese Pidgin; Nigerian Pidgin (creolized in urban areas); Kamtok in Cameroon (creolized in urban areas; see [2010-06-13-1], [2010-06-14-1]); Bioku Pidgin on Fernando Po.


(2) North America (All in the United States)

Afro-Seminole Creole; Amerindian Pidgin (most varieties now extinct); Black English Vernacular (status controversial); Sea Island Creole, or Gullah; Hawaii Pidgin and Creole.


(3) Central America, the Caribbean, and the neighbouring South America

Bahamian Creole; Barbadian Creole; Belizean Creole; Costa Rican Creole; Guyanese Creolese (sic) (see [2010-05-17-1]); Jamaican Creole or Nation Language or Patwa; Leeward Island Creole(s); Nicaraguan Creole; Surinamese Djuka or Aukan, Saramaccan, and Sranan (see [2010-06-05-1]); Trinidad and Tobago Creole(s) or Trinibagianese or Trinbagonian; Virgin Islands Creole; Windward Island Creole(s).


(4) Australasia-Pacific Ocean

Bislama (Vanuatu), Hawaii Pidgin and Creole, Pijin (the Solomon Islands), Kriol or Roper River Pidgin/Creole (northern Australia), Pitcairnese and Norfolkese (Pitcairn Island and Norfolk Island), Tok Pisin/Neo-Melanesian (Papua-New Guinea), Torres Straits Broken/Creole.


 世界中にむらなく分布しているというよりは,英米の植民地史を反映して局地的に分布していることがよくわかる.これらの遠心性をもつ「英語」が,求心性をもつ世界標準英語 (World Standard English)や標準英米変種などの主要な標準変種に対して今後どのように位置づけられてゆくかが注目される.というのは,これらの「英語話者」は今後続々と教育の普及などによって post-creole continuum の階段を上り,標準変種を獲得し,かっこ付きでない英語話者となることが見込まれるからだ.しかも,束になれば相当な人口である.
 これらのピジン語やクレオール語が話される地域のみを選んで旅したら,英語観が変わってくるかもしれないな・・・.
 ピジン語やクレオール語に関するリンクをいくつか張っておく.

 ・ Society for Pidgin and Creole Linguistics: 学会のサイト
 ・ Pidgin and Creole Languages: ピジン語・クレオール語入門
 ・ Tok Pisin Translation, Resources, and Discussion: Tok Pisin/English 辞書あり
 ・ Jamaican Creole Texts: クレオール語とピジン語関係のリンクもあり

 ・ McArthur, Tom. The English Languages. Cambridge: CUP, 1998.

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2010-07-16 Fri

#445. ピジン語とクレオール語の起源に関する諸説 [pidgin][creole]

 現代世界に広く展開する pidgin や creole がそもそもどのように生じたかについては,定説はない.世界各地のピジン語やクレオール語がなぜ言語的に共通点が多いのかという問題とあわせて諸説が提案されているが,Jenkins が Todd に基づいて主だった説をまとめているので,それをさらに端的にまとめてみたい.大きく分けて,単一起源説 ( monogenesis ) ,多起源説 ( polygenesis ) ,普遍・統合説 ( universal/synthetic theory ) の三種類がある.各説のカッコ内の名称は,私が勝手にわかりやすくつけたもの.

・ The independent parallel development theory (化学実験説)
  ピジン語やクレオール語のような混成言語はそれぞれ独立して発生した.ただ,混成する素材は,およそ共通してヨーロッパの諸言語と西アフリカの諸言語などであり,混成した社会条件や物理条件も似通っているので,できあがった混成言語どうしが似てくるのは自然の理である.つまり,化学実験において,混ぜ合わせる物質が似たようなものであり,実験環境も似ているのであれば,たとえ別々の場所で実験しても,できあがった化合物はおよそ似ているだろうという発想.多起源説.

・ The nautical jargon theory (混成の混成説)
  ヨーロッパの異なる国籍の船員たちが航海中にコミュニケーションを取るときに発達した混成語がもとになったという説.この説によれば,西アフリカなどの人々と接する以前に,言ってみれば船の中でヨーロッパ語を基盤とする混成語ができあがっていたことになる.当然ながら航海用語を中心とした語彙が豊富で,この語彙が核となって西アフリカなどへ持ち込まれ,さらに現地の言語と混成した.一度ヨーロッパの言語どうしが混成したものが,再びヨーロッパ以外の言語と混成してできたと考えるので,混成の混成説と呼びたい.共通する航海語彙が多くのピジン語,クレオール語に見られることが,この説を支持する根拠となっている.語彙以外は独立的に発展したと考えるので,多起源説といってよい.

・ The theory of monogenesis and relexification (原ピジン語説)
  ちょうど印欧諸語が一つの仮説的な原印欧語 ( Proto-Indo-European ) に遡ると仮定しているように,世界各地のピジン語,クレオール語は Proto-Pidgin とでも呼ぶべき原初のピジン語に遡るという説.原ピジン語の最有力候補は,中世の地中海世界で十字軍兵士や交易者の共通語となった Sabir と呼ばれる言語ではないかといわれる.これが15世紀くらいにポルトガル語から語彙を提供されて,ポルトガル語版の Sabir となり,西アフリカに運ばれた.後にポルトガルの勢力が衰えるにしたがって,ポルトガル語版 Sabir は他の言語によって語彙を置き換えられ,英語版 Sabir,スペイン語版 Sabir,フランス語版 Sabir,オランダ語版 Sabir などの変種が生まれた.ポルトガル版 Sabir が基底にあっただろうということは,非ポルトガル語版の変種にも,saber "know" や pequeno "little; offspring" などポルトガル語に由来する語が見られることから推測される.すべてのピジン語,クレオール語は,語彙こそ置換されてきたが,原ピジン語の方言と考えられるという単一起源説である.

・ The baby-talk theory (赤ちゃん言葉説)
  共通語をもたない話者どうしがコミュニケーションを図るとき,互いにあえて単純な発音,文法,語彙を用いる傾向がある.これは言葉を理解しない幼児に話しかけるときの戦略に似ている.元の言語が同一であるとき,赤ん坊に話しかけるかのように極度に単純化した言語が互いに似てくるのは当然である.普遍説.

・ A synthesis (単純化普遍説)
  言語接触の現場では,普遍的な言語戦略,特に単純化の機能が作動し,元の言語が何であれ似たような単純化の過程と結果が見られるという.言語には,そして言語能力をもつヒトには,普遍的な言語行動の設計図が内在している ( innate behavioral blueprint ) という考え方が前提にある.世界各地のピジン語とクレオール語について input となった言語は異なっているかもしれないが(=多起源説),それを process する機構は bioprogram としてヒトに普遍的(すなわち共通)なので(=単一起源説),結果として output がおよそ似てくると考える.多起源説と単一起源説を統合 ( synthesis ) した普遍・統合説である.

 ・ Todd, L. Pidgins and Creoles. 2nd ed. London: Routledge, 1990.
 ・ Jenkins, Jennifer. World Englishes: A Resource Book for Students. 2nd ed. London: Routledge, 2009.

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2010-07-15 Thu

#444. ピジン語とクレオール語の境目 [pidgin][creole][tok_pisin]

 英語の世界化について語るときに忘れてはならない話題に,pidgincreole がある.本ブログでも何度か取りあげてきたが,この二つは一緒に扱われることが多い.それもそのはず,一般的には pidgin の発展形が creole であると理解されており,両者は系統図の比喩でいうと親子関係にあるからだ.pidgin と creole の定義については,大雑把にいって研究者のあいだで合意がある.例として,Wardhaugh の解説を引用しよう.

A pidgin is a language with no native speakers: it is no one's first language but is a contact language. That is, it is the product of a multilingual situation in which those who wish to communicate must find or improvise a simple language system that will enable them to do so. . . In contrast to a pidgin, a creole, is often defined as a pidgin that has become the first language of a new generation of speakers. . . A creole, therefore, is a 'normal' language in almost every sense. (Wardhaugh 2006: 61-3 quoted in Jenkins 11)


 混成言語として出発したピジン語が,子供によって母語として獲得されるとクレオール語と呼ばれることになる.母語として獲得された当初は両者の間に言語的な違いはほとんどないが,母語話者どうしの使用に付されてゆくとクレオール語は次第に言語的にも成熟してくる.やがては,混成言語でない他の通常の言語と比較されるほどに複雑な言語体系をもつ言語へと発展する.したがって,クレオール語とピジン語は,第一に母語話者の有無によって,第二に後に現れる言語体系の複雑化の有無によって区別されると考えてよい.
 概論としては上記のような理解でよいが,現実的にはこの定義にうまく当てはまらない例がある.[2010-06-13-1], [2010-06-14-1] で触れた Cameroon Pidgin English や,その他 Tok Pisin のいくつかの変種では,母語話者たる子供の介在なしに,言語体系が複雑化してきているという事実がある.子供の母語話者が関与しないのだから定義上はクレオール語ではないことになるが,通常のクレオール語と同様に言語体系が複雑化してきているわけであり,理論上の扱いが難しい.もし事実上のクレオール語とみなすのであれば,名前に Pidgin や Pisin とあるのは混乱を招くだろう.
 現実には,ピジン語が生じてまもなくクレオール語化することもあれば,ある程度ピジン語として安定してからクレオール語化することもある.また,ピジン語として安定し,さらに発展してからようやくクレオール語化することもある.このように creolisation のタイミングはまちまちのようで,そもそも何をもって「安定」「発展」「クレオール語化」とみなすのかも難しい問題だ.[2010-05-17-1]で見たとおり,Guyanese Creole が上層語 ( acrolect ) の英語と明確な切れ目なく言語的連続体をなしているのと同様に,ピジン語とクレオール語の境目もまた,言語的には連続体をなしていると考えるのが妥当だろう.

 ・ Wardhaugh, R. An Introduction to Sociolinguistics. 5th ed. Oxford: Blackwell, 2006.
 ・ Jenkins, Jennifer. World Englishes: A Resource Book for Students. 2nd ed. London: Routledge, 2009.

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2010-06-05 Sat

#404. Suriname の歴史と言語事情 [creole][map][caribbean]

 南米のギアナ ( The Guianas ) は,他の南米の国々がスペイン語かポルトガル語を公用語とするのに対して,言語的には特異である.ギアナは西から順にガイアナ ( Guyana ),スリナム ( Suriname ),仏領ギアナ ( French Guiana ) の3地域からなるが,それぞれ植民地の歴史に応じて英語,オランダ語,フランス語が公用語となっている.ガイアナについては[2010-05-17-1]の記事で南米唯一の英語国として紹介し,そのピジン語 ( pidgin ) にも触れたが,今日はガイアナの東の隣国スリナムの歴史と言語事情を簡単に紹介したい.

Map of South America

 スリナムは1995年に共和国として独立した旧オランダ植民地で,旧名はオランダ領土ギアナ ( Dutch Guiana ) といった.海岸部の低地はオランダの堤防・干拓技術により拓かれたオランダ風の町並みが見られ,現在でも経済的にオランダとの連携は強い.漁業は近年のスリナムの産業の一つで,海岸で穫れるエビは日本にも輸出されている.
 公用語はオランダ語だが,もともとはイギリス植民地として出発した歴史を背景に,イギリスの奴隷貿易時代に端を発する英語ベースのクレオール語 ( creole ) がいくつか話されている.その中でも Sranan ( Sranantonga or Taki-Taki ) というクレオール語は民族をまたいで国民の95%以上に理解されるので,国内コミュニケーションの主要な媒体となっている.英語そのものも広く用いられている.
 この地域へは1651年にイギリス人が入植していたが,第2次英蘭戦争の結果,1667年にオランダ領となった.代わりにイギリスへ割譲されたのが,アメリカの Nieuw Amsterdam (現在の New York City )である.後から思えば,この領土交換はオランダにとって最大の損失だったといえるだろう.17世紀のイギリスとオランダは,北海の漁業権,海上貿易・海運,植民地支配を巡って反目していたが,この英蘭戦争の後,オランダの威信は衰退していった.
 オランダ領ギアナでは黒人奴隷によってタバコ,コーヒー,カカオ,サトウキビが栽培されていたが,1863年の奴隷廃止令に伴い,農業が不況となった.そこで契約労働者として多数のインド人が呼ばれた.また,同じオランダ領であったインドネシアのジャワからも移民が続々と押しかけ,米も栽培されるようになった.結果として,アジア的な雰囲気の色濃い文化と民族構成になっている.国民の 1/3 強がインド系,さらに 1/3 ほどが黒人クレオール系というから,"a fruit salad rather than a melting pot" と表現されるのもうなずける.こうした民族構成のなかで,オランダ語の影響をうけつつも数世紀をかけて発達してきた古い英語ベースのピジン語 Sranan が果たしている役割は大きい.Sranan の雰囲気を示すとこんな感じである.

Mi sa gi(bi) yu tin sensi ( I shall give you ten cents )


 Ethnologue の記述も参照.

 ・ Svartvik, Jan and Geoffrey Leech. English: One Tongue, Many Voices. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2006. 181--83.

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2010-05-17 Mon

#385. Guyanese Creole の連続体 [creole]

 世界には英語ベースのクレオール ( creole ) が約30あるといわれる.ほとんどがカリブ諸島,西アフリカ,西太平洋で話されている.Guyana は南米では唯一の英語国だが,標準英語と並んでクレオールが広く聞かれる.

Guyana

 Guyana では下層語 ( basilect ) の Guyanese Creole から,中層語 ( mesolect ) を経て,上層語 ( acrolect ) の Standard English まで,途切れることのない連続体 ( continuum ) が共存している.Guyana のクレオールで,標準英語の I gave him という文に対応する連続体を,Svartvik and Leech (177) より見てみよう.

Standard English    I gave him  ↑      Acrolect
a geev him  |  
a geev im  |  
a geev ii  |  
a giv him  |  
a giv im  |  
a giv ii  |  
a did giv hii  |  
a did giv ii  |      Mesolects
a did gi ii  |  
a di gii ii  |  
a di gi ii  |  
mi di gi hii  |  
mi di gii ii  |  
mi bin gi ii  |  
mi bin gii ii  |  
mi bin gii am  |  
Guyanese Creole    mi gii am  ↓      Basilect


 このような連続体をみると,どこからが英語でどこまでが英語かよくわからなくなってくる.両端を比べると異なる言語と呼んで差し支えないほどだが,隣り合う二つを比べると明らかに連続性がある.ということは,言語的にどこかで線引きするということができないということになる.basilect や mesolect のみを用いる話者を英語話者と認めるべきかどうかは,世界における英語話者人口の推計などにおいて重要な問題だが,言語的には解決できない問題であることがわかるだろう.どこまでが英語かという問題は,多分に主観的でイデオロギー的な問題にならざるをえない.

 ・ Svartvik, Jan and Geoffrey Leech. English: One Tongue, Many Voices. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2006.

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