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creole - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2022-05-21 09:53

2013-12-01 Sun

#1679. The West Indies の英語圏 [map][enl][creole][geography][caribbean]

 The West Indies (西インド諸島)は,南北アメリカにはさまれ,大西洋からカリブ海およびメキシコ湾を隔てる大弧状列島を指す.名称はコロンブスが Indias と名付けたことに由来する.Greater Antilles, Lesser Antilles, Bahamas の諸島からなる.地域一帯は,ロッキー山脈とアンデス山脈をつなぐ火山帯の島嶼であること,植民地,プランテーション,奴隷制の歴史をもつことによって結びつけられている.現在13の独立国を含むが,その他は英・仏・米・蘭の領土である.

Map of the West Indies  *  *

 17--18世紀の西・仏・英・蘭・デンマークなどの列強による熾烈な領土分割の結果,地域内の連絡は弱くなった.各地域は言語的にも分割・個別化されており,英語圏,フランス語圏,オランダ語圏などの区別が明確である.現在も西インド諸島全体としての一体性はないが,歴史的・政治的な観点から4つの地域に分けるのが通例である.ハイチを含むヒスパニック系グループ,英領西インド諸島 (The British West Indies or the Commonwealth Caribbean; cf. 「#1676. The Commonwealth of Nations」 ([2013-11-28-1])),仏領アンティル諸島 (The French Antilles),蘭領アンティル諸島 (The Dutch Antilles) の4つだ.
 とりわけ英語圏に注目しよう.歴史的な英領インド諸島は,Bahamas, Jamaica, Caymans, British Virgin Islands, Barbados, Trinidad, Tobago, Leeward Islands, Winward Islands から構成されていたが,1958年に大部分が Federation of West Indies (西インド諸島連邦)として独立し,その中から Bahamas, Barbados, Jamaica, Trinidad and Tobago などいくつかの地域が共和国として独立した.現在,西インド諸島でENL地域と呼べるのは以下の17地域である.

Anguilla, Antigua and Barbuda, Bahamas, Barbados, Bermuda, the Cayman Islands, Dominica, Grenada, Jamaica, Montserrat, Saint Christopher and Nevis (St. Kitts-Nevis), Saint Lucia, Saint Vincent and the Grenadines, Trinidad and Tobago, the Turks and Caicos Islands, the Virgin Islands (US), the Virgin Islands (British)


 周辺国を含むと,南米の Guyana や中米の Belize も公用語として英語を採用している.スペイン語やポルトガル語が支配的な中南米にあっては,珍しい2国である(ただし,Belize ではスペイン語も支配的).Guyana については,「#385. Guyanese Creole の連続体」 ([2010-05-17-1]) の記事も参照.
 より一般的に世界の英語地域については,「#1591. Crystal による英語話者の人口」 ([2013-09-04-1]),「#177. ENL, ESL, EFL の地域のリスト」 ([2009-10-21-1]),「#215. ENS, ESL 地域の英語化した年代」 ([2009-11-28-1]) も参照.
 また,同地域は世界有数のクレオール地域でもある.関連して,「#1531. pidgin と creole の地理分布」 ([2013-07-06-1]) も参照.

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2013-09-04 Wed

#1591. Crystal による英語話者の人口 [statistics][demography][enl][esl][efl][elf][new_englishes][pidgin][creole]

 昨日の記事で扱った「#1590. アジア英語の諸変種」 ([2013-09-03-1]) から世界の英語変種へ目を広げると,それこそおびただしい English varieties が,今現在,発展していることがわかる.英語変種の数ばかりでなく英語変種の話者の数もおびただしく,「#397. 母語話者数による世界トップ25言語」 ([2010-05-29-1]) の記事の終わりで触れたように,母語話者数と非母語話者を足し合わせると,英語は世界1の大言語となる.英語話者人口の過去,現在,未来については,以下の記事で扱ってきた.

 ・ 「#319. 英語話者人口の銀杏の葉モデル」 ([2010-03-12-1])
 ・ 「#427. 英語話者の泡ぶくモデル」 ([2010-06-28-1])
 ・ 「#933. 近代英語期の英語話者人口の増加」 ([2011-11-16-1])
 ・ 「#173. ENL, ESL, EFL の話者人口」 ([2009-10-17-1])
 ・ 「#375. 主要 ENL,ESL 国の人口増加率」 ([2010-05-07-1])
 ・ 「#759. 21世紀の世界人口の国連予測」 ([2011-05-26-1])
 ・ 「#414. language shift を考慮に入れた英語話者モデル」 ([2010-06-15-1])

 現在の世界における英語話者人口を正確に把握することは難しい.Crystal (61, 65--67) で述べられているように,この種の人口統計には様々な現実的・理論的な制約が課されるからだ.Crystal (62--65) は,その制約のなかで2001年現在の英語人口を推計した.近年,最もよく引き合いに出される英語話者の人口統計である.

TerritoryL1L2Population (2001)
American Samoa2,00065,00067,000
Antigua & Barbuda*66,0002,00068,000
Aruba9,00035,00070,000
Australia14,987,0003,500,00018,972,000
Bahamas*260,00028,000298,000
Bangladesh 3,500,000131,270,000
Barbados*262,00013,000275,000
Belize*190,00056,000256,000
Bermuda63,000 63,000
Botswana 630,0001,586,000
British Virgin Islands*20,000 20,800
Brunei10,000134,000344,000
Cameroon* 7,700,00015,900,000
Canada20,000,0007,000,00031,600,000
Cayman Islands*36,000 36,000
Cook Islands1,0003,00021,000
Dominica*3,00060,00070,000
Fiji6,000170,000850,000
Gambia* 40,0001,411,000
Ghana* 1,400,00019,894,000
Gibraltar28,0002,00031,000
Grenada*100,000 100,000
Guam58,000100,000160,000
Guyana*650,00030,000700,000
Hong Kong150,0002,200,0007,210,000
India350,000200,000,0001,029,991,000
Ireland3,750,000100,0003,850,000
Jamaica*2,600,00050,0002,665,000
Kenya 2,700,00030,766,000
Kiribati 23,00094,000
Lesotho 500,0002,177,000
Liberia*600,0002,500,0003,226,000
Malawi 540,00010,548,000
Malaysia380,0007,000,00022,230,000
Malta13,00095,000395,000
Marshall Islands 60,00070,000
Mauritius2,000200,0001,190,000
Micronesia4,00060,000135,000
Montserrat*4,000 4,000
Namibia14,000300,0001,800,000
Nauru90010,70012,000
Nepal 7,000,00025,300,000
New Zealand3,700,000150,0003,864,000
Nigeria* 60,000,000126,636,000
Northern Marianas*5,00065,00075,000
Pakistan 17,000,000145,000,000
Palau50018,00019,000
Papua New Guinea*150,0003,000,0005,000,000
Philippine$20,00040,000,00083,000,000
Puerto Rico100,0001,840,0003,937,000
Rwanda 20,0007,313,000
St Kitts & Nevis*43,000 43,000
St Lucia*31,00040,000158,000
St Vincent & Grenadines*114,000 116,000
Samoa1,00093,000180,000
Seychelles3,00030,00080,000
Sierra Leone*500,0004,400,0005,427,000
Singapore350,0002,000,0004,300,000
Solomon Islands*10,000165,000480,000
South Africa3,700,00011,000,00043,586,000
Sri Lanka10,0001,900,00019,400,000
Suriname*260,000150,000434,000
Swaziland 50,0001,104,000
Tanzania 4,000,00036,232,000
Tonga 30,000104,000
Trinidad & Tobago*1,145,000 1,170,000
Tuvalu 80011,000
Uganda 2,500,00023,986,000
United Kingdom58,190,0001,500,00059,648,000
UK Islands (Channel, Man)227,000 228,000
United States215,424,00025,600,000278,059,000
US Virgin Islands*98,00015,000122,000
Vanuatu*60,000120,000193,000
Zambia110,0001,800,0009,770,000
Zimbabwe250,0005,300,00011,365,000
Other dependencies20,00015,00035,000
Total329,140,800430,614,5002,236,730,800


 * の付いている国・地域は,標準英語ではなく pidgin/creole 英語が主として話されている国・地域である.pidgin/creole 変種を英語の一種とみなすか否かは論争の的となっているので,立場に応じて数値を足し引きされたい(具体的には,L1 で主として西インド諸島の約700万人が,L2 で主として西アフリカの約8,000万人が関与する).また,L1 および L2 の人口は原則として少なめの推計とみてよい.さらにこの表には,「#217. 英語話者の同心円モデル」 ([2009-11-30-1]) の図でいうところの Expanding Circle の国・地域は含まれていないことにも注意されたい.
 上で挙げた国・地域については,「#177. ENL, ESL, EFL の地域のリスト」 ([2009-10-21-1]) および「#215. ENS, ESL 地域の英語化した年代」 ([2009-11-28-1]) も参照.

 ・ Crystal, David. English As a Global Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.

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2013-07-06 Sat

#1531. pidgin と creole の地理分布 [pidgin][creole][map][geography][world_languages][tok_pisin][caribbean]

 数え方にもよるが,世界中で100以上のピジン語やクレオール語が日常的に用いられているといわれる.なかには200万人を超える話者を擁する Tok Pisin のような活発な言語もある.実際,Tok Pisin は南太平洋における最大の言語である.英語を lexifier とする「#463. 英語ベースのピジン語とクレオール語の一覧」 ([2010-08-03-1]) についてはすでに本ブログで言及したが,かつての大英帝国の影響力から予想される通り,英語ベースのものが最も多い.
 Romain (170--73) の地図を参照して lexifier 言語別にピジン語とクレオール語の個数を数え上げると,英語が35,フランス語が14,ポルトガル語が9,スペイン語が3,オランダ語が3,その他の言語が26となる. * *
 世界に散在する種々のピジン語とクレオール語を分類するのに,上記のように語彙を提供している言語,すなわち superstratum の言語を基準とする方法があるが,ほかに地域を基準とする分類もある.地理的な分布の観点からピジン語やクレオール語を大きく2分すると,大西洋系列と太平洋系列とに分かれる.Romain (174--75) を引用しよう.

Creolists recognize two major groups of languages, the Atlantic and the Pacific, according to historical, geographic, and linguistic factors. The Atlantic group was established primarily during the seventeenth and eighteenth centuries in the Caribbean and West Africa, while the Pacific group originated primarily in the nineteenth. The Atlantic creoles were largely products of the slave trade in West Africa which dispersed large numbers of West Africans to the Caribbean. Varieties of Caribbean creoles have also been transplanted to the United Kingdom by West Indian immigrants, as well as to the USA and Canada. The languages of the Atlantic share a West African common substrate and display many common features . . . . / In the Pacific different languages formed the substratum and socio-cultural conditions were somewhat different from those in the Atlantic. Although the plantation setting was crucial for the emergence of pidgins in both areas, in the Pacific laborers were recruited and indentured rather than slaves. Apart from Hawai'i, a history of more gradual creolization has distinguished the Pacific from the Atlantic (particularly Caribbean) creoles, whose transition has been more abrupt.


 このように地理的な分布による2分法は明快だが,両系列のあいだに複雑な関係があることを見えにくくしているきらいがあることには注意しておきたい.例えば,両系列に共有されている語彙 (savvy "to know" や picanniny "child, baby") の存在は,2つの海をまたいで活躍した船乗りの役割を考慮せずにうまく説明することはできないだろう.

 ・ Romain, Suzanne. Language in Society: An Introduction to Sociolinguistics. 2nd ed. Oxford: OUP, 2000.

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2013-02-16 Sat

#1391. lingua franca (4) [elf][global_language][pidgin][creole][esperanto][artificial_language][basic_english][contact][sociolinguistics][koine]

 英語とエスペラント語の共通点は何か.言語的には,分析的であるとか,ロマンス系言語の語根をもつ語彙が多いとか,個々の言語項目について指摘することができるだろうが,大づかみに共通点を1つ挙げるというのは難しい.社会言語学的にいえば,単純である.いずれの言語も lingua franca である,ということだ.英語とピジン語の共通点,スワヒリ語と俗ラテン語の共通点にしても同じ答えである.
 [2012-04-17-1], [2012-04-18-1], [2012-04-19-1]の記事で lingua franca という用語について調べたが,社会言語学的な見地からこの用語と概念にもう一度迫りたい.Wardhaugh (55) によれば,UNESCO が lingua franca を "a language which is used habitually by people whose mother tongues are different in order to facilitate communication between them" と定義している.この定義では,その言語が通用する範囲の広さについては言及していないので,小さな共同体でのみ用いられているような言語も上の条件を満たせば lingua franca ということになる."used habitually" も程度問題だが,緩く解釈すれば,上の段落で挙げた言語は確かにいずれも lingua franca の名に値するだろう.
 lingua franca はいくつかの種類に分けることができる (Wardhaugh 56) .

 (1) 西アフリカのハウサ語や東アフリカのスワヒリ語のように交易目的で用いられる "trade language"
 (2) 古代ギリシア世界における koiné (コイネー)や中世ヨーロッパにおける俗ラテン語のように諸方言が接触した結果としての "contact language"
 (3) 英語のように国際的に用いられる "international language"
 (4) Esperanto ([2011-12-15-1]) や Basic English ([2011-12-13-1]) のような補助言語(人工言語)たる "auxiliary language"
 (5) カナダの小共同体で話されている,クリー語の文法とフランス語の語彙を融合させた,民族的アイデンティティを担った Michif のような "mixed language"

 ほかにも上記の定義に当てはまる言語を挙げれば,地中海世界の交易共通語となった Sabir,世界の各地域で影響を誇る Arabic, Mandarin, Hindi の各言語,19世紀後半に北米 British Columbia から Alaska にかけて広く通用した Chinook Jargon などがある.

 ・ Wardhaugh, Ronald. An Introduction to Sociolinguistics. 6th ed. Malden: Blackwell, 2010.

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2012-10-13 Sat

#1265. 語の頻度と音韻変化の順序の関係に気づいていた Schuchardt [frequency][lexical_diffusion][history_of_linguistics][analogy][creole][neogrammarian]

 語の頻度と語彙拡散 (lexical diffusion) の進行順序の関係については,[2012-09-17-1], [2012-09-20-1], [2012-09-21-1]の各記事で扱ってきた.19世紀の青年文法学派 (Neogrammarians) によれば,音韻変化は "phonetically gradual and lexically abrupt" であるということが常識だったが,近年の語彙拡散の研究により,音韻変化にも形態変化に典型的に見られる "lexically gradual" の過程が確認されるようになってきている.形態であれ音韻であれ,言語変化のなかには徐々に波及してゆくものがあるという知見は,言語変化の原理としての類推作用 (analogy) とも相性がよく,音韻変化と類推を完全に対置していた Neogrammarians がもしこのことを知ったら相当の衝撃を受けたことだろう.
 徐々に進行する音韻変化が確認される場合,それがどのような順序で進行するのかという点が問題となる.そこで,語の頻度という観点が提案されているのだが,この観点からの研究はまだ緒に就いたばかりである.ところが,観点ということだけでいえば,その提案は意外と早くなされていた.青年文法学派に対抗した Hugo Ernst Maria Schuchardt (1842--1927) は1885年という早い段階で,語の頻度と音韻変化の順序に目を付けていたのだ.以下は,Phillips (321) に掲載されている Schuchardt からの引用(英訳)である.

The greater or lesser frequency in the use of individual words that plays such a prominent role in analogical formation is also of great importance for their phonetic transformation, not within rather small differences, but within significant ones. Rarely used words drag behind; very frequently used ones hurry ahead. Exceptions to the sound laws are formed in both groups.


 Neogrammarian 全盛の時代において,語の頻度と音韻変化の順序に注目した Schuchardt の炯眼に驚かざるをえない.この識見は,当時,生きた言語の研究における最先端の場であり,ラテン語を母体とする資料の豊富さで確かな基盤のあったロマンス語学の分野に彼が身を投じていたことと関係する.彼は,現実の資料には Neogrammarian の音法則に反する例が豊富にあることをはっきりと認識しており,音法則による言語史の再建だけでは言語の真の理解は得られないことを痛感していた.語族という考え方にも否定的で,言語に混合や波状拡散の過程を想定していた.特に彼の混交言語への関心は果てしなく,その先駆的な研究が評価されるようになったのは,1世紀も後,クレオール語研究の現われだした1960年代のことである.
 Schuchardt がこのような言語思想をもっていたことを知れば,上記の引用も自然と理解できるだろう.Schuchardt とクレオール学の発展との関係については,田中 (188--96) が詳しい.

 ・ Phillips, Betty S. "Word Frequency and the Actuation of Sound Change." Language 60 (1984): 320--42.
 ・ Schuchardt, Hugo. Über die Lautgesetze: Gegen die Junggrammatiker. 1885. Trans. in Shuchardt, the Neogrammarians, and the Transformational Theory of Phonological Change. Ed. Theo Vennemann and Terence Wilbur. Frankfurt: Altenäum, 1972. 39--72.
 ・ 田中 克彦 『言語学とは何か』 岩波書店〈岩波新書〉,1993年.

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2012-10-02 Tue

#1254. 中英語の話し言葉の言語変化は書き言葉の伝統に掻き消されているか? [writing][standardisation][creole][celtic][contact][reestablishment_of_english][scribe][koine][do-periphrasis]

 話し言葉において生じていた言語変化が,伝統的で保守的な書き言葉に反映されずに,後世の観察者の目に見えてこないという可能性は,文献学上,避けることのできないものである.例えば,ある語が,ある時代の書き言葉に反映されていないからといって,話し言葉として用いられていたかもしれないという可能性は否定できず,OED の初出年の扱い方に関する慎重論などは至る所で聞かれる.確かに大事な慎重論ではあるが,これをあまりに推し進めると,文献上に確認されない如何なることも,話し言葉ではあり得たかもしれないと提起できることになってしまう.また,関連する議論として,書き言葉上で突如として大きな変化が起こったように見える場合に,それは書き言葉の伝統の切り替えに起因する見かけの大変化にすぎず,対応する話し言葉では,あくまで変化が徐々に進行していたはずだという議論がある.
 中英語=クレオール語の仮説でも,この論法が最大限に利用されている.Poussa は,14世紀における Samuels の書き言葉の分類でいう Type II と Type III の突如の切り替えは,対応する話し言葉の急変化を示すものではないとし,書き言葉に現われない水面下の話し言葉においては,Knut 時代以来,クレオール化した中部方言の koiné が続いていたはずだと考えている.そして,Type III の突然の登場は,14世紀の相対的なフランス語の地位の下落と,英語の地位の向上に動機づけられた英語標準化の潮流を反映したものだろうと述べている.

. . . if we take the view that the English speech of London had, since the time of Knut, been a continuum of regional and social varieties of which the Midland koiné was one, then it is easier to explain the changes in the written language [from Type II to Type III] as jerky adjustments to a gradual rise in social status of the spoken Midland variety. (80)


 似たような議論は,近年さかんに論じられるようになってきたケルト語の英語統語論に及ぼした影響についても聞かれる(例えば,[2011-03-17-1]の記事「#689. Northern Personal Pronoun Rule と英文法におけるケルト語の影響」を参照).古英語の標準書き言葉,Late West-Saxon Schriftsprache の伝統に掻き消されてしまっているものの,古英語や中英語の話し言葉には相当のケルト語的な統語要素が含まれていたはずだ,という議論だ.英語がフランス語のくびきから解き放たれて復権した後期中英語以降に,ようやく話し言葉が書き言葉の上に忠実に反映されるようになり,すでにケルト語の影響で生じていた do-periphrasis や進行形が,文献上,初めて確認されるようになったのだ,と論じられる.
 しかし,これらの議論は,文献学において写本研究や綴字研究で蓄積されてきた scribal error や show-through といった,図らずも話し言葉が透けて見えてしまうような書記上の事例を無視しているように思われる.写字生も人間である.書記に際して,完全に話し言葉を封印するということなどできず,所々で思わず話し言葉を露呈してしまうのが自然というものではないだろうか.
 話し言葉が,相当程度,書き言葉の伝統に掻き消されているというのは事実だろう.書き言葉習慣の切り替えによって,大きな言語変化が起こったように見えるという事例も確かにあるだろう.しかし,書き言葉に見られないことでも話し言葉では起こっていたかもしれない,いや起こっていたに違いないと,積極的に提案してよい理由にはならない.一時期論争を呼んだ英語=クレオール語の仮説と近年のケルト語影響説の間に似たような匂いを感じた次第である.

 ・ Poussa, Patricia. "The Evolution of Early Standard English: The Creolization Hypothesis." Studia Anglica Posnaniensia 14 (1982): 69--85.

Referrer (Inside): [2015-06-13-1] [2012-12-29-1]

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2012-09-29 Sat

#1251. 中英語=クレオール語説の背景 [creole][me][family_tree][history_of_linguistics][evolution][sociolinguistics][historiography][language_equality]

 ##1223,1249,1250 の記事で,中英語=クレオール語とする仮説を批判的に見てきた.およそ議論の決着はついているのだが,議論それ以上に関心を寄せているのは,なぜこの仮説が現われ,複数の研究者に支持されたのかという背景である.
 Baily and Maroldt が論争を開いた1970年代以降,クレオール語研究が盛んになり,とりわけ言語進化論や社会言語学へ大きな刺激を与えてきたという状況は,間違いなく関与している.
 言語進化論との関係でいえば,Baily and Maroldt は,言語と生物の比喩を強烈に押し出している.

One of the authors has for more than a half-dozen years been contending that internal language-change will result only in new subsystems, while creolization is required for the creation of a new system, i.e. a new node on a family tree. Each node on a family tree therefore has to have, like humans, at least two parents. (22)


 これは,比較言語学の打ち立てた the family tree model の肯定でもあり,同時に否定のもう一つの形でもある.この発想自体が議論の的なのだが,いずれにせよクレオール研究の副産物であることは疑い得ない.
 次に,解放の言語学ともいえる社会言語学の発展との関係では,世界語の座に最も近い,威信のある言語である英語を,社会的には長らく,そして現在も根強く劣等イメージの付されたクレオール語と同一視させることによって,論者は言語的平等性を主張することができるのではないか.特定の言語に付された優勢あるいは劣勢のイメージは,あくまで社会的な価値観の反映であり,言語それ自体に優劣はなく平等なのだ,というメッセージを,論者はこの仮説を通じて暗に伝えているのではないか.
 私は,このような解放のイデオロギーとでもいうような動機が背景にあるのではないかと想定しながら Bailey and Maroldt を読んでいた.そのように想定しないと,[2012-09-27-1]の記事「#1249. 中英語はクレオール語か? (2)」でも言及したように,論者が英語をどうしても creolisation の産物に仕立て上げたいらしい理由がわからないからだ.支離滅裂な議論を持ち出しながらも,「英語=クレオール語」を推したいという想いの背景には,ある意味で良心的,解放的なイデオロギーがあるのではないか,と.
 ところが,論文の最後の段落で,この想定は見事に裏切られた.むしろ,逆だったのだ.creolisation の議論を手段とした世界語としての英語の賛歌だったのである.これには愕然とした.読みが甘かったか・・・.

A closing word on the value of creolization will not be amiss. Just as the evolution of plants and animals became vastly more adaptive, once sexual reproduction became a reality --- because then the propagation of mutations through crossing of strains became feasible --- so creolization enables languages to adapt themselves to new communicative needs in a much less restricted way than is otherwise open to most languages. Thus creolization has the same adaptive and survival value for languages as sexual cross-breeding has for the world of plants or animals. The flexibility and adaptability which have made English so valuable as a world-wide medium of communication are no doubt due to its long history of creolization. (53)


 [2012-04-14-1]の記事「#1083. なぜ英語は世界語となったか (2)」で取り上げた Bragg の英語史観も参照.

 ・ Bailey, Charles James N. and Karl Maroldt. "The French Lineage of English." Langues en contact --- Pidgins --- Creoles --- Languages in contact. Ed. Jürgen M. Meisel. Tübingen: Narr, 1977. 21--51.

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2012-09-28 Fri

#1250. 中英語はクレオール語か? (3) [creole][me][french][old_norse][contact][historiography]

 「#1223. 中英語はクレオール語か?」 ([2012-09-01-1]) 及び「#1249. 中英語はクレオール語か? (2)」 ([2012-09-27-1]) に引き続いての話題.
 論争のきっかけとなった Bailey and Maroldt は,英語とフランス語との混交によるクレオール語化の説を唱えたが,多くの批判を浴びてきた.私も読んでみたが,突っ込みどころが満載で,論文が真っ赤になった.当該の学説はほぼ否定されているといってよいし,改めて逐一批判する必要もないが,珍説ともいえる議論が随所に繰り広げられており,それはそれでおもしろいのでいくつかピックアップする.

 (1) 中英語は,語彙,統語・意味 ("semantax"!),音声・音韻 ("phonetology"!),形態のいずれの部門においても,少なくとも40%は混合物である (21) .(語彙はよいとしても統語・意味や形態の混合度はどのように測るのだろうか?)
 (2) "In the instability created by the second, or minor, French creolization is to be seen the origin of the Great Vowel Shift, which, more than anything else, created modern English" (31). (同論文中に関連する言及がほかにないので,この文が何を意味しているのかほとんど不明である.)
 (3) "The Anglo-Saxon suffix -līċe (ME -ly), which has a functional counterpart in French -ment, is hardly an example of the reduction of inflections! This is in accord with the assumption of creolization" (33). (第1文内の論理と,第1文と第2文の因果関係が不明.)
 (4) 英語とフランス語の名詞の屈折体系は似ており,容易に融和され得た.([2011-11-29-1]の記事「#946. 名詞複数形の歴史の概要」でも触れた通り,複数接尾辞の -es に関する限り,私は両言語の直接的な関係はないと考えている.Hotta 154, 268 [Note 66] を参照.)
 (5) 論文全体を通して,英語とフランス語との間に平行関係が観察される言語項目 (pp. 51--52) を,同系統であるがゆえの遺産でもなく,独立平行発達でもなく,個々の借用でもなく,ひっくるめて英仏語のクレオール化として片付けてしまっている.説明としては手っ取り早いだろうが,それでは地道になされてきた個々の研究が泣く.

 説明としての手っ取り早さということでいえば,連想するのが大野晋の日本語・タミール語クレオール説だ.大野は両言語間の比較言語学に基づく系統関係の樹立に失敗し,代わりに両言語のクレオール説を唱えた.後者では厳密な音韻対応は必要とされず,大まかな混交ということで片付けられるからだ.
 クレオール化説の雑でいい加減な印象を減じるためには,クレオールの研究自体がもっと成熟する必要がある.それから改めてクレオール化説を提起したらどうだろうか.

 ・ Bailey, Charles James N. and Karl Maroldt. "The French Lineage of English." Langues en contact --- Pidgins --- Creoles --- Languages in contact. Ed. Jürgen M. Meisel. Tübingen: Narr, 1977. 21--51.
 ・ Hotta, Ryuichi. The Development of the Nominal Plural Forms in Early Middle English. Hituzi Linguistics in English 10. Tokyo: Hituzi Syobo, 2009.

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2012-09-27 Thu

#1249. 中英語はクレオール語か? (2) [creole][me][old_norse][contact][historiography][pchron]

 [2012-09-01-1]の記事「#1223. 中英語はクレオール語か?」で,Bailey and Maroldt による(中)英語=クレオール語説に対する Görlach の激しい反論を概観した.中英語=クレオール説は,Bailey and Maroldt のみならず,Poussa などの複数の追随者を生み出してきた(論争の概括は,Brandy Ryan 氏によるこちらの論説を参照).
 Bailey and Maroldt 及び Poussa の論考に直接当たってみたが,両者ともに,あまりに大胆で理解不能の議論が目立つ.彼らは,何らかの理由で,英語をどうしても creolisation の産物に仕立て上げたいらしい.論文中の "creolisation" を "(strong) influence from another language" と読み替えれば大体通ることから,結局のところ,他言語からの影響の程度をどう見るか,それをどの術語を用いて表現するかという,定義に関わる問題に行き着くように思われる."influence" というより一般的な用語で満足せずに,"creolisation" という専門的な,そして loaded な用語を敢えて用いる必要と利点がどこにあるのか,まるで呑み込めない.
 この種の議論が話題を呼ぶのは,証拠不在の時代の(社会)言語学的状況をどのように再建し,英語史全体をどのように紡ぎ直すかという英語史記述に関わる大問題が提起されるからである.既存の見解に対する挑戦あるいは挑発であるという点で見物としては楽しいのだが,議論としては最初から破綻していると言わざるを得ない.
 例えば,Poussa は,古英語と古ノルド語との creole 説を唱えているが,その結論は以下の通りである.

It is argued that the fundamental changes which took place between standard literary OE and Chancery Standard English: loss of grammatical gender, extreme simplification of inflexions and borrowing of form-words and common lexical words, may be ascribed to a creolization with Old Scandinavian during the OE period. The Midland creole dialect could have stabilized as a spoken lingua franca in the reign of Knut. Its non-appearance in literature was due initially to the prestige of the OE literary standard. (84)


 Görlach が正当に議論しているように,文法性の消失と屈折の単純化は,古ノルド語の関与があり得る以前の時代からの自然な発達に端を発しており,古ノルド語との接触により加速されたことは確かだが,あくまで自然な路線の延長である.基本語彙の借用については,[2012-07-23-1]の記事「#1183. 古ノルド語の影響の正当な評価を目指して」で触れた問題が関わる.creolisation には基本語彙の置換が付きものであり,基本語彙が置換されれば,それは creolisation なのだ,という閉じた議論が前提とされているように思われる.Knut がリンガ・フランカとしての新生 creole を推奨したという議論も評価しがたいし,creole が文献に反映されなかった理由にも納得しかねる.文献量は確かに少ないが,The Peterborough Chronicle の Continuations のように,古英語から中英語への言語変化の連続性を示唆する証拠があるからだ.
 何よりも,クレオール語説について理解できないのは,通常,"creol(isation)" とはまるで異なった2言語間の関係について言われることなのではないか,という点である.古英語と古ノルド語のような系統的にも類型的にも類似した,方言ともいうべき言語同士が混じり合う場合には,creolisation とは何を意味するのか.creole や creolisation の研究において,より盤石な定義や特徴づけがなされない限り,その用語の濫用は,問題の言語接触の理解を損ねてしまうのではないか.

・ Görlach, Manfred. "Middle English --- a Creole?" Linguistics across Historical and Geographical Boundaries. Ed. D. Kastovsky and A. Szwedek. Berlin: Gruyter, 1986. 329--44.
 ・ Poussa, Patricia. "The Evolution of Early Standard English: The Creolization Hypothesis." Studia Anglica Posnaniensia 14 (1982): 69--85.
 ・ Bailey, Charles James N. and Karl Maroldt. "The French Lineage of English." Langues en contact --- Pidgins --- Creoles --- Languages in contact. Ed. Jürgen M. Meisel. Tübingen: Narr, 1977. 21--51.

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2012-09-01 Sat

#1223. 中英語はクレオール語か? [creole][pidgin][me][french][old_norse][contact]

 昨日の記事「#1222. フランス語が英語の音素に与えた小さな影響」 ([2012-08-31-1]) で参照した Görlach の論文は,Bailey and Maroldt による「中英語はクレオール語である」とする大胆な仮説に対する反論として書かれたものである.中英語は古英語と古ノルド語あるいはフランス語との混合によって生まれたとするこの仮説を巡る最大の論点は,クレオール語の定義や基準である.これが研究者間で一致しない限り,議論は不毛である.議論の余地なく明らかにクレオール語として認められてきた言語から顕著な特徴を浮き彫りにし,それに基づいてクレオール語の定義や基準を設けるというのが常識的な手順のように思われるが,Bailey and Maroldt の前提では,この手順を念頭に置いていないように思われる.
 Görlach (341) は,古ノルド語との混合による中英語クレオール語説を,次の点で完全に否定する.典型的なクレオール語とは異なり,(1) 代名詞において性と格を失っておらず,(2) 名詞において数を失っておらず,(3) 動詞において人称語尾と時制標示を失っておらず,(4) 受動態を失っておらず,(5) 時制が相に置き換えられていない.
 さらに,おそらくピジン語の最も顕著な特徴ともいうべき "the drastic break" (341) も英語史には観察されないという.Sranan はわずか20年ほどで安定したし([2010-06-05-1]の記事「#404. Suriname の歴史と言語事情」を参照),インド洋クレオール諸語も突然といってよい発生の仕方を経験している.
 古ノルド語との混合による中英語クレオール語説がこのように根拠薄弱なのであるから,いわんやフランス語とのクレオール語説をや,である.昨日の記事でも少し触れたように,Görlach (338) は,フランス語の英語への文法的な影響は,クレオール語の可能性を議論する以前に,そもそも些細であることを示唆している.

Influence of French on inflections and, by and large, on syntactical structures cannot be proved, but appears unlikely from what we know about bilingualism in Middle English times. Middle English is a typical case of a language of low prestige, predominantly used in spoken form and split into a great number of dialects that had to assimilate the cultural (and in this case) mainly lexical impact of the 'high' language.


 このような考えをもつ Görlach にとって,中英語=クレオール語という仮説はあまりに受け入れがたいものだろう.この仮説は現在ではほとんど受け入れられていない.Brinton and Arnovick (297--98) や Thomason and Kaufman (309) も同説を批判している.しかし,英語史研究においてもクレオール語研究においても,一つの刺激となったことは確かである.

 ・ Bailey, Charles James N. and Karl Maroldt. "The French Lineage of English." Langues en contact --- Pidgins --- Creoles --- Languages in contact. Ed. Jürgen M. Meisel. Tübingen: Narr, 1977. 21--51.
 ・ Görlach, Manfred. "Middle English --- a Creole?" Linguistics across Historical and Geographical Boundaries. Ed. D. Kastovsky and A. Szwedek. Berlin: Gruyter, 1986. 329--44.
 ・ Brinton, Laurel J. and Leslie K. Arnovick. The English Language: A Linguistic History. Oxford: OUP, 2006.
 ・ Thomason, Sarah Grey and Terrence Kaufman. Language Contact, Creolization, and Genetic Linguistics. Berkeley: U of California P, 1988.

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2011-12-16 Fri

#963. 英語史と人工言語 [artificial_language][basic_english][pidgin][creole][basic_english]

 この5日間,人工言語についての記事を書いてきた (##958,959,960,961,962) .書きながら考えてきたことなのだが,人工言語の歴史を学ぶことは,自然言語の特徴や英語史の問題を考察する上で,新しい視点をもたらしてくれるようである.人工言語が必ずしも成功を収めていない事実と英語の実質的な世界的展開とのあいだに何らかの関係があるとすれば,それを探ることは有意義だろう.以下,この新しく得られそうな視点に関連して,5点ほど箇条書きでメモしておく.

(1) 自然言語の特徴が浮き彫りになる
 人工言語に対する賛否両論は,そのまま,英語のような自然言語が世界共通語として機能している状況への人々の様々な反応を反映している.人工言語の長所と短所は自然言語の短所と長所に対応していることが多い.例えば,[2011-12-14-1]の記事「#961. 人工言語の抱える問題」の (2) に示したアイデンティ標示機能は,自然言語には必然的に備わっているが人工言語には欠けている.民族主義の興隆と人工言語の普及運動とが歴史的に反比例の関係になりやすかったことも,この点と関係しているだろう.一方で,程度の差はあれ双方がともに抱えている問題もある.例えば,同記事の (3) 言語的偏狭と (5) 反感は,双方ともに免れているとはいいがたい.

(2) 世界共通語としての英語の抱える問題が浮き彫りになる
 英語に限らず自然言語の常ではあるが,言語的な不規則性が学習効率を妨げているという主張が,しばしば人工言語支持者からなされる.人工言語におけるその解決策案を参照すれば,多くの人が,英語の語学的な問題がどのような点にあると考えているかを推し量ることができる(綴字と発音の乖離,<th> 音,イディオム等々).また,人工言語支持者がしばしば示す英語への反感の根拠を探ることで,英語そのものが問題である側面と,英語が代表している自然言語一般の問題である側面とが区別できるかもしれない.

(3) 英語の抱える問題への解決策が議論できる
 上の (2) で示されるような英語の問題に対する解決策として,どのような策が実現可能であるか,議論できるようになる.[2011-12-13-1]の記事で取り上げた Basic English や,理念的にその延長線上にあると考えられる辞書の defining vocabulary など,英語そのものを改革するような策ではなく,英語学習・教育に応用して成果をあげられるような現実的な策を提案できるようになるのではないか.

(4) 人々の世界共通語への期待の大きさが認識される
 自然言語(英語)支持者と人工言語支持者は立場は違えど,共通して目指している方向がある.現代世界で日増しに高まる国際コミュニケーションの需要に応えることのできる世界共通語の希求と期待である.両者の立場は場合によっては180度異なるともいえるが,究極的に追い求めているものは同じ理想である.未来の世界共通語に寄せられている期待の大きさは,それほどまでに大きい.はたして,英語は,あるいはエスペラント語は,この重圧に耐えられるのか.

(5) ピジン語やクレオール語の再解釈を促す
 Basic English に象徴される英語の語彙の単純化や,計画的に人工言語に埋め込まれた簡便な文法などが指向しているのは,学習の容易さである.Basic English や人工言語はあくまで人為的な人造物だが,より自然な形で学習の容易さを実現していると解釈できるものに,ピジン語やクレオール語がある.ピジン英語やクレオール英語は一般には劣った言語として捉えられることが多いが,世界共通語への期待という文脈に位置づければ,簡単化した自然言語として再評価することができるかもしれない.ピジン語あるいはクレオール語を,即,世界共通語の議論に結びつけることはもちろん突飛だが,少なくとも Basic English や人工言語と並べて比較することには意味があるのではないか.

Referrer (Inside): [2018-02-20-1] [2016-08-23-1]

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2010-08-03 Tue

#463. 英語ベースのピジン語とクレオール語の一覧 [pidgin][creole][link][tok_pisin][post-creole_continuum]

 世界には英語ベースのピジン語やクレオール語が30以上存在するといわれている.[2010-07-15-1], [2010-07-16-1]で見たように,ピジン語やクレオール語の定義や起源に曖昧な点があるので正確に数えることは難しいが,名前がついているものを挙げると30以上になるという.McArthur (177) よりその一覧を再現しよう.

(1) Africa

Gambian Creole or Aku; Krio and pidginized Krio in Sierra Leone; Liberian Creole; Ghanaian Pidgin; Togolese Pidgin; Nigerian Pidgin (creolized in urban areas); Kamtok in Cameroon (creolized in urban areas; see [2010-06-13-1], [2010-06-14-1]); Bioku Pidgin on Fernando Po.


(2) North America (All in the United States)

Afro-Seminole Creole; Amerindian Pidgin (most varieties now extinct); Black English Vernacular (status controversial); Sea Island Creole, or Gullah; Hawaii Pidgin and Creole.


(3) Central America, the Caribbean, and the neighbouring South America

Bahamian Creole; Barbadian Creole; Belizean Creole; Costa Rican Creole; Guyanese Creolese (sic) (see [2010-05-17-1]); Jamaican Creole or Nation Language or Patwa; Leeward Island Creole(s); Nicaraguan Creole; Surinamese Djuka or Aukan, Saramaccan, and Sranan (see [2010-06-05-1]); Trinidad and Tobago Creole(s) or Trinibagianese or Trinbagonian; Virgin Islands Creole; Windward Island Creole(s).


(4) Australasia-Pacific Ocean

Bislama (Vanuatu), Hawaii Pidgin and Creole, Pijin (the Solomon Islands), Kriol or Roper River Pidgin/Creole (northern Australia), Pitcairnese and Norfolkese (Pitcairn Island and Norfolk Island), Tok Pisin/Neo-Melanesian (Papua-New Guinea), Torres Straits Broken/Creole.


 世界中にむらなく分布しているというよりは,英米の植民地史を反映して局地的に分布していることがよくわかる.これらの遠心性をもつ「英語」が,求心性をもつ世界標準英語 (World Standard English)や標準英米変種などの主要な標準変種に対して今後どのように位置づけられてゆくかが注目される.というのは,これらの「英語話者」は今後続々と教育の普及などによって post-creole continuum の階段を上り,標準変種を獲得し,かっこ付きでない英語話者となることが見込まれるからだ.しかも,束になれば相当な人口である.
 これらのピジン語やクレオール語が話される地域のみを選んで旅したら,英語観が変わってくるかもしれないな・・・.
 ピジン語やクレオール語に関するリンクをいくつか張っておく.

 ・ Society for Pidgin and Creole Linguistics: 学会のサイト
 ・ Pidgin and Creole Languages: ピジン語・クレオール語入門
 ・ Tok Pisin Translation, Resources, and Discussion: Tok Pisin/English 辞書あり
 ・ Jamaican Creole Texts: クレオール語とピジン語関係のリンクもあり

 ・ McArthur, Tom. The English Languages. Cambridge: CUP, 1998.

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2010-07-16 Fri

#445. ピジン語とクレオール語の起源に関する諸説 [pidgin][creole]

 現代世界に広く展開する pidgin や creole がそもそもどのように生じたかについては,定説はない.世界各地のピジン語やクレオール語がなぜ言語的に共通点が多いのかという問題とあわせて諸説が提案されているが,Jenkins が Todd に基づいて主だった説をまとめているので,それをさらに端的にまとめてみたい.大きく分けて,単一起源説 ( monogenesis ) ,多起源説 ( polygenesis ) ,普遍・統合説 ( universal/synthetic theory ) の三種類がある.各説のカッコ内の名称は,私が勝手にわかりやすくつけたもの.

・ The independent parallel development theory (化学実験説)
  ピジン語やクレオール語のような混成言語はそれぞれ独立して発生した.ただ,混成する素材は,およそ共通してヨーロッパの諸言語と西アフリカの諸言語などであり,混成した社会条件や物理条件も似通っているので,できあがった混成言語どうしが似てくるのは自然の理である.つまり,化学実験において,混ぜ合わせる物質が似たようなものであり,実験環境も似ているのであれば,たとえ別々の場所で実験しても,できあがった化合物はおよそ似ているだろうという発想.多起源説.

・ The nautical jargon theory (混成の混成説)
  ヨーロッパの異なる国籍の船員たちが航海中にコミュニケーションを取るときに発達した混成語がもとになったという説.この説によれば,西アフリカなどの人々と接する以前に,言ってみれば船の中でヨーロッパ語を基盤とする混成語ができあがっていたことになる.当然ながら航海用語を中心とした語彙が豊富で,この語彙が核となって西アフリカなどへ持ち込まれ,さらに現地の言語と混成した.一度ヨーロッパの言語どうしが混成したものが,再びヨーロッパ以外の言語と混成してできたと考えるので,混成の混成説と呼びたい.共通する航海語彙が多くのピジン語,クレオール語に見られることが,この説を支持する根拠となっている.語彙以外は独立的に発展したと考えるので,多起源説といってよい.

・ The theory of monogenesis and relexification (原ピジン語説)
  ちょうど印欧諸語が一つの仮説的な原印欧語 ( Proto-Indo-European ) に遡ると仮定しているように,世界各地のピジン語,クレオール語は Proto-Pidgin とでも呼ぶべき原初のピジン語に遡るという説.原ピジン語の最有力候補は,中世の地中海世界で十字軍兵士や交易者の共通語となった Sabir と呼ばれる言語ではないかといわれる.これが15世紀くらいにポルトガル語から語彙を提供されて,ポルトガル語版の Sabir となり,西アフリカに運ばれた.後にポルトガルの勢力が衰えるにしたがって,ポルトガル語版 Sabir は他の言語によって語彙を置き換えられ,英語版 Sabir,スペイン語版 Sabir,フランス語版 Sabir,オランダ語版 Sabir などの変種が生まれた.ポルトガル版 Sabir が基底にあっただろうということは,非ポルトガル語版の変種にも,saber "know" や pequeno "little; offspring" などポルトガル語に由来する語が見られることから推測される.すべてのピジン語,クレオール語は,語彙こそ置換されてきたが,原ピジン語の方言と考えられるという単一起源説である.

・ The baby-talk theory (赤ちゃん言葉説)
  共通語をもたない話者どうしがコミュニケーションを図るとき,互いにあえて単純な発音,文法,語彙を用いる傾向がある.これは言葉を理解しない幼児に話しかけるときの戦略に似ている.元の言語が同一であるとき,赤ん坊に話しかけるかのように極度に単純化した言語が互いに似てくるのは当然である.普遍説.

・ A synthesis (単純化普遍説)
  言語接触の現場では,普遍的な言語戦略,特に単純化の機能が作動し,元の言語が何であれ似たような単純化の過程と結果が見られるという.言語には,そして言語能力をもつヒトには,普遍的な言語行動の設計図が内在している ( innate behavioral blueprint ) という考え方が前提にある.世界各地のピジン語とクレオール語について input となった言語は異なっているかもしれないが(=多起源説),それを process する機構は bioprogram としてヒトに普遍的(すなわち共通)なので(=単一起源説),結果として output がおよそ似てくると考える.多起源説と単一起源説を統合 ( synthesis ) した普遍・統合説である.

 ・ Todd, L. Pidgins and Creoles. 2nd ed. London: Routledge, 1990.
 ・ Jenkins, Jennifer. World Englishes: A Resource Book for Students. 2nd ed. London: Routledge, 2009.

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2010-07-15 Thu

#444. ピジン語とクレオール語の境目 [pidgin][creole][tok_pisin]

 英語の世界化について語るときに忘れてはならない話題に,pidgincreole がある.本ブログでも何度か取りあげてきたが,この二つは一緒に扱われることが多い.それもそのはず,一般的には pidgin の発展形が creole であると理解されており,両者は系統図の比喩でいうと親子関係にあるからだ.pidgin と creole の定義については,大雑把にいって研究者のあいだで合意がある.例として,Wardhaugh の解説を引用しよう.

A pidgin is a language with no native speakers: it is no one's first language but is a contact language. That is, it is the product of a multilingual situation in which those who wish to communicate must find or improvise a simple language system that will enable them to do so. . . In contrast to a pidgin, a creole, is often defined as a pidgin that has become the first language of a new generation of speakers. . . A creole, therefore, is a 'normal' language in almost every sense. (Wardhaugh 2006: 61-3 quoted in Jenkins 11)


 混成言語として出発したピジン語が,子供によって母語として獲得されるとクレオール語と呼ばれることになる.母語として獲得された当初は両者の間に言語的な違いはほとんどないが,母語話者どうしの使用に付されてゆくとクレオール語は次第に言語的にも成熟してくる.やがては,混成言語でない他の通常の言語と比較されるほどに複雑な言語体系をもつ言語へと発展する.したがって,クレオール語とピジン語は,第一に母語話者の有無によって,第二に後に現れる言語体系の複雑化の有無によって区別されると考えてよい.
 概論としては上記のような理解でよいが,現実的にはこの定義にうまく当てはまらない例がある.[2010-06-13-1], [2010-06-14-1] で触れた Cameroon Pidgin English や,その他 Tok Pisin のいくつかの変種では,母語話者たる子供の介在なしに,言語体系が複雑化してきているという事実がある.子供の母語話者が関与しないのだから定義上はクレオール語ではないことになるが,通常のクレオール語と同様に言語体系が複雑化してきているわけであり,理論上の扱いが難しい.もし事実上のクレオール語とみなすのであれば,名前に Pidgin や Pisin とあるのは混乱を招くだろう.
 現実には,ピジン語が生じてまもなくクレオール語化することもあれば,ある程度ピジン語として安定してからクレオール語化することもある.また,ピジン語として安定し,さらに発展してからようやくクレオール語化することもある.このように creolisation のタイミングはまちまちのようで,そもそも何をもって「安定」「発展」「クレオール語化」とみなすのかも難しい問題だ.[2010-05-17-1]で見たとおり,Guyanese Creole が上層語 ( acrolect ) の英語と明確な切れ目なく言語的連続体をなしているのと同様に,ピジン語とクレオール語の境目もまた,言語的には連続体をなしていると考えるのが妥当だろう.

 ・ Wardhaugh, R. An Introduction to Sociolinguistics. 5th ed. Oxford: Blackwell, 2006.
 ・ Jenkins, Jennifer. World Englishes: A Resource Book for Students. 2nd ed. London: Routledge, 2009.

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2010-06-05 Sat

#404. Suriname の歴史と言語事情 [creole][map][caribbean]

 南米のギアナ ( The Guianas ) は,他の南米の国々がスペイン語かポルトガル語を公用語とするのに対して,言語的には特異である.ギアナは西から順にガイアナ ( Guyana ),スリナム ( Suriname ),仏領ギアナ ( French Guiana ) の3地域からなるが,それぞれ植民地の歴史に応じて英語,オランダ語,フランス語が公用語となっている.ガイアナについては[2010-05-17-1]の記事で南米唯一の英語国として紹介し,そのピジン語 ( pidgin ) にも触れたが,今日はガイアナの東の隣国スリナムの歴史と言語事情を簡単に紹介したい.

Map of South America

 スリナムは1995年に共和国として独立した旧オランダ植民地で,旧名はオランダ領土ギアナ ( Dutch Guiana ) といった.海岸部の低地はオランダの堤防・干拓技術により拓かれたオランダ風の町並みが見られ,現在でも経済的にオランダとの連携は強い.漁業は近年のスリナムの産業の一つで,海岸で穫れるエビは日本にも輸出されている.
 公用語はオランダ語だが,もともとはイギリス植民地として出発した歴史を背景に,イギリスの奴隷貿易時代に端を発する英語ベースのクレオール語 ( creole ) がいくつか話されている.その中でも Sranan ( Sranantonga or Taki-Taki ) というクレオール語は民族をまたいで国民の95%以上に理解されるので,国内コミュニケーションの主要な媒体となっている.英語そのものも広く用いられている.
 この地域へは1651年にイギリス人が入植していたが,第2次英蘭戦争の結果,1667年にオランダ領となった.代わりにイギリスへ割譲されたのが,アメリカの Nieuw Amsterdam (現在の New York City )である.後から思えば,この領土交換はオランダにとって最大の損失だったといえるだろう.17世紀のイギリスとオランダは,北海の漁業権,海上貿易・海運,植民地支配を巡って反目していたが,この英蘭戦争の後,オランダの威信は衰退していった.
 オランダ領ギアナでは黒人奴隷によってタバコ,コーヒー,カカオ,サトウキビが栽培されていたが,1863年の奴隷廃止令に伴い,農業が不況となった.そこで契約労働者として多数のインド人が呼ばれた.また,同じオランダ領であったインドネシアのジャワからも移民が続々と押しかけ,米も栽培されるようになった.結果として,アジア的な雰囲気の色濃い文化と民族構成になっている.国民の 1/3 強がインド系,さらに 1/3 ほどが黒人クレオール系というから,"a fruit salad rather than a melting pot" と表現されるのもうなずける.こうした民族構成のなかで,オランダ語の影響をうけつつも数世紀をかけて発達してきた古い英語ベースのピジン語 Sranan が果たしている役割は大きい.Sranan の雰囲気を示すとこんな感じである.

Mi sa gi(bi) yu tin sensi ( I shall give you ten cents )


 Ethnologue の記述も参照.

 ・ Svartvik, Jan and Geoffrey Leech. English: One Tongue, Many Voices. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2006. 181--83.

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2010-05-17 Mon

#385. Guyanese Creole の連続体 [creole]

 世界には英語ベースのクレオール ( creole ) が約30あるといわれる.ほとんどがカリブ諸島,西アフリカ,西太平洋で話されている.Guyana は南米では唯一の英語国だが,標準英語と並んでクレオールが広く聞かれる.

Guyana

 Guyana では下層語 ( basilect ) の Guyanese Creole から,中層語 ( mesolect ) を経て,上層語 ( acrolect ) の Standard English まで,途切れることのない連続体 ( continuum ) が共存している.Guyana のクレオールで,標準英語の I gave him という文に対応する連続体を,Svartvik and Leech (177) より見てみよう.

Standard English    I gave him  ↑      Acrolect
a geev him  |  
a geev im  |  
a geev ii  |  
a giv him  |  
a giv im  |  
a giv ii  |  
a did giv hii  |  
a did giv ii  |      Mesolects
a did gi ii  |  
a di gii ii  |  
a di gi ii  |  
mi di gi hii  |  
mi di gii ii  |  
mi bin gi ii  |  
mi bin gii ii  |  
mi bin gii am  |  
Guyanese Creole    mi gii am  ↓      Basilect


 このような連続体をみると,どこからが英語でどこまでが英語かよくわからなくなってくる.両端を比べると異なる言語と呼んで差し支えないほどだが,隣り合う二つを比べると明らかに連続性がある.ということは,言語的にどこかで線引きするということができないということになる.basilect や mesolect のみを用いる話者を英語話者と認めるべきかどうかは,世界における英語話者人口の推計などにおいて重要な問題だが,言語的には解決できない問題であることがわかるだろう.どこまでが英語かという問題は,多分に主観的でイデオロギー的な問題にならざるをえない.

 ・ Svartvik, Jan and Geoffrey Leech. English: One Tongue, Many Voices. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2006.

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