hellog〜英語史ブログ

#5290. 名前に意味はあるのか論争の4つの論点[name_project][onomastics][personal_name][toponymy][semantics]

2023-10-21

 昨日の記事で取り上げた「#5289. 名前に意味はあるのか?」 ([2023-10-20-1]) について,先日大学院の授業で議論した.その際に,なぜ名前に意味があるのか否かで賛否が分かれ得るのだろうかという点を考察した.4つほど論点があるだろうと思い至ったので,ここに記録しておきたい.
 1つめは,議論のベースとした Nyström でも明言されているとおり,"A crucial point is what we mean by meaning" (40) という論点がある.意味とは何かについての認識の違いにより「名前に意味はあるか」の答えも変わり得るという,きわめて自然なポイントだ.そして,これは万人の同意を得るのがきわめて難しい問題でもある(cf. 「#1782. 意味の意味」 ([2014-03-14-1])).
 2つめは,上記と平行的だが,「名前とは何か」の認識の違いに関するポイントである.何をもって名前とみなすか,名前らしさとは何かという問いは,「名前プロジェクト」 (name_project) を通じて論じているところでもある.例えば,典型的な人名(本名)には意味がないと論じることができたとしても,ニックネームには明らかに意味のあるケースも多いだろう.すると,本名とニックネームを意味の有無の議論のなかで同列に扱うのは妥当なのだろうか,という疑問が湧く.
 3つめは,名前からなる語彙 (onomasticon) と一般語からなる語彙(通常の lexicon)がどの程度重なり合っているかは,言語によって異なるという事情がある.例えば人名で考えると,英語の John, Tom, Mary は onomasticon には登録されているものの,lexicon には登録されていない.一方,日本語の人名の「かける」「わたる」「さくら」などは onomasticon にも lexicon にも登録されている語である.換言すれば,英日語において「名前レンマ」の位置づけが異なっているのである(cf. 「#5195. 名前レンマ (name lemma)」 ([2023-07-18-1])).いずれの言語を母語とするか,いずれに馴染みがあるかによって,「名前に意味はあるのか」への答えが偏ってくるのは自然のことかもしれない.英日語の対照について,さらに一言付け加えれば,音声に依拠するアルファベット文字体系を用いる英語(=ラジオ型言語)と,表語的な性質をもつ漢字を多用する日本語(=テレビ型言語)とでは,名前と意味の関係の捉え方は異なるだろう.
 4つめに,名前の通用度,理解される範囲に関する論点がある.家族内でのみ通じるニックネームなどの人名がある一方,全世界で通じる「東京」や「ロンドン」のような地名もある.名前の意味を,その名前を聞いた人が喚起する何かだと解釈するのであれば,(極端な例ではあるが)家族内と全世界という範囲の違いは,そのまま名前の意味の通用度や有効度の差にもなる.ある個人にとっては有意味でも,他のすべての人にとっては無意味というケースがあり得るのである.すると「名前に意味はあるのか」を一般的に問うことは難しくなるだろう.
 本記事をお読みの皆さんにも,ぜひ議論を続けていただければ.

 ・ Nyström, Staffan. "Names and Meaning." Chapter 3 of The Oxford Handbook of Names and Naming. Ed. Carole Hough. Oxford: OUP, 2016. 39--51.

Referrer (Inside): [2023-12-07-1] [2023-11-17-1]

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