今週の月・火と連続して,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」(毎朝6時に配信)にて delicious とその類義語の話題を配信しました.
・ 「#840. delicious, delectable, delightful」
・ 「#841. deleicious の歴史的類義語がたいへんなことになっていた」
かつて「#283. delectable と delight」 ([2010-02-04-1]) と題する記事を書いたことがあり,これとも密接に関わる話題です.ラテン語動詞 dēlectāre (誘惑する,魅了する,喜ばせる)に基づく形容詞が様々に派生し,いろいろな形態が中英語期にフランス語を経由して借用されました(ほかに,それらを横目に英語側で形成された同根の形容詞もありました).いずれの形容詞も「喜びを与える,喜ばせる,愉快な,楽しい;おいしい,美味の,芳しい」などのポジティヴな意味を表わし,緩く類義語といってよい単語群を構成していました.
しかし,さすがに同根の類義語がたくさんあっても競合するだけで,個々の存在意義が薄くなります.なかには廃語になるもの,ほとんど用いられないものも出てくるのが道理です.
Historical Thesaurus of the Oxford English Dictionary (= HTOED) で調べてみたところ,歴史的には13の「delicious 語」が浮上してきました.いずれも語源的に dēlectāre に遡りうる同根類義語です.以下に一覧します.
・ †delite (c1225--1500): Very pleasant or enjoyable; delightful.
・ delightable (c1300--): Very pleasing or appealing; delightful.
・ delicate (a1382--1911): That causes pleasure or delight; very pleasing to the senses, luxurious; pleasurable, esp. in a way which promotes calm or relaxation. Obsolete.
・ delightful (a1400--): Giving or providing delight; very pleasant, charming.
・ delicious (c1400?-): Very pleasant or enjoyable; very agreeable; delightful; wonderful.
・ delectable (c1415--): Delightful; extremely pleasant or appealing, (in later use) esp. to the senses; very attractive. Of food, drink, etc.: delicious, very appetizing.
・ delighting (?a1425--): That gives or causes delight; very pleasing, delightful.
・ †delitous (a1425): Very pleasant or enjoyable; delightful.
・ delightsome (c1484--): Giving or providing delight; = delightful, adj. 1.
・ †delectary (?c1500): Very pleasant; delightful.
・ delighted (1595--1677): That is a cause or source of delight; delightful. Obsolete.
・ dilly (1909--): Delightful; delicious.
・ delish (1915--): Extremely pleasing to the senses; (chiefly) very tasty or appetizing. Sometimes of a person: very attractive. Cf. delicious, adj. A.1.
廃語になった語もあるのは確かですが,意外と多くが(おおよそ低頻度語であるとはいえ)現役で生き残っているのが,むしろ驚きです.「喜びを与える,愉快な;おいしい」という基本義で普通に用いられるものは,実際的にいえば delicious, delectable, delightful くらいのものでしょう.
このような語彙の無駄遣い,あるいは類義語の余剰といった問題は,英語では決して稀ではありません.関連して,「#3157. 華麗なる splendid の同根類義語」 ([2017-12-18-1]),「#4969. splendid の同根類義語のタイムライン」 ([2022-12-04-1]),「#4974. †splendidious, †splendidous, †splendious の惨めな頻度 --- EEBO corpus より」 ([2022-12-09-1]) もご覧ください.
昨日の記事「#5177. 語議論 (semasiology) と名議論 (onomasiology)」 ([2023-06-30-1]) で取り上げたように,意味変化 (semantic_change or semasiological change) とともに扱われることが多いが,明確に区別すべき過程として名議論的変化 (onomasiological change) というものがある.
Traugott and Dasher (52--53) は,名義論的変化 ("onomasiological changes") について,Bréal の議論を参照する形で,2つのタイプを挙げている.
(i) Specialization: one element "becomes the pre-eminent exponent of the grammatical conception of which it bears the stamp" . . . , for example, the selection of que as the sole complementizer in French . . . .
(ii) Differentiation: two elements which are (near-)synonymous diverge. Paradigm examples include, in English, (a) the specialization, e.g. of hound when dog was borrowed from Scandinavian, and (b) loss of a form when sound change leads to "homonymic clash," e.g. ME let in the sense "prohibit" from OE lett- was lost after OE lætan "allow" also developed into ME let . . . .
Bréal によれば,名義論的変化は,意味変化の話題でないばかりか,単純に名前の変化というわけでもなく,"the proper subject of the 'science of significations'" (95) ということらしい.
正直にいうと,Bréal の説明は込み入っており理解しにくい.
・ Traugott, Elizabeth C. and Richard B. Dasher. Regularity in Semantic Change. Cambridge: CUP, 2005.
・ Bréal, Michel. Semantics: Studies in the Science of Meaning. Trans. Mrs. Henry Cust. New York: Dover, 1964. 1900.
語の意味変化 (semantic_change) を論じる際に,語議論 (semasiology) と名議論 (onomasiology) を分けて考える必要がある.堀田 (155) より引用する.
語の意味変化を考えるに当たっては,語議論 (semasiology) と名議論 (onomasiology) を区別しておきたい.語を意味と発音の結びついた記号と考えるとき,発音(名前)を固定しておき,その発音に結びつけられる意味が変化していく様式を,語議論的変化と呼ぶ.一方,意味の方を固定しておき,その意味に結びつけられる名前が変化していく様式を名義論的変化と呼ぶ.語の意味変化を,記号の内部における結びつき方の変化として広義に捉えるならば,語議論的な変化のみならず名義論的な変化をも考慮に入れてよいだろう.
要するに,語議論は通常の意味変化,名議論は名前の変化と理解しておけばよい.「#3283. 『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]が出版されました」 ([2018-04-23-1]) を参照.
「反対語」「対義語」「対照語」「対応語」などと称される antonym は,語彙意味論においても関心を集めてきた.私も反対語辞典の類いは好きでよく引くのだが,日本語で常用しているものとして『反対語対照語辞典 新装版』がある.
反対語といっても「反対」のあり方は様々で,語彙意味論でもまさにその点が問題となる.上記の辞典の「まえがき」 (i--ii) を読めば,その難しさとおもしろさが理解できるだろう.
単語は一つ一つがばらばらに存在しているのではなく,まとまりをもち,いわばネットワークをなしている.たとえば「父」という単語は,「お父さん」「おやじ」「パパ」などと言い換えることができる.これら四語は,同じものを指している.四語の間には敬意の有無やニュアンスの違いなどがあり,完全に同義であるとはいえないが,同義に近い関係ーー類義の関係ーーにあるということができる.一方,「父」の対として「母」という語がある.そして,「母」にも「お母さん」「おふくろ」「ママ」といったような類義の語が存在する.また,「父」と「母」の両者を包含する語として「親」があり,「親」の対として「子」という語がある.このように,単語は相互に関連して複雑な組織網を形成している.
反対語の定義はきわめて難しい.同義語・類義語には同じものを指すといった基準があるが,反対語の条件は単純ではない.反対語という場合,まず両者の間に共通する意味がなければならない.「母」が「父」の反対語になるのは,両者が<親>という共通の意味をもっているからである.しかし,共通する意味をもっているだけでは,もちろん反対語にはならない.「母」が「父」の反対語になるのは,男性ではなく女性であるということによる.つまり,男性か女性かという基準から見て反対の意味になるのである.反対語の条件は,
(1) 共通する意味をもっていること
(2) その上で,ある基準から見て,反対の意味をもっていること
の二点であるということになるだろう.
もう一つの例をあげよう.「大勝」の反対語には,「大敗」と「辛勝」とがあげられるが,前者は,(1) 大差で勝負がつくという共通点をもち,(2) 勝ち負けという基準から見て反対の意味をもっており,後者,つまり「辛勝」は,(1) 勝つという共通の意味をもち,(2) 勝ち方が大差か小差かという基準から見て反対の意味をもっている.ある語の反対語は,一つとは限らない.基準が変わると,いくつも存在することになる.
以上のように説明すると,反対語の判定は比較的容易なように見えるが,一語一語について具体的に考えていく段になると,反対の意味とは何かということが問題になってきて,判断に苦しむことが多い.
上記で例に挙げられている「大勝」に関する辞典内の図を参照しよう.構造主義的な,きれいなマトリックスとなる.
<大差> | <小差> | ||
<勝利> | 圧勝(大勝・快勝) | ←───→ | 辛勝 |
↑ | ↑ | ||
│ | │ | ||
↓ | ↓ | ||
<敗北> | 惨敗(大敗・完敗) | ←───→ | 惜敗 |
┌─┐ │油│ └─┘ ┌─┐ ↑ ┌─┐ │ │ │ │ │ │ │ ↓ │ │ │水│←──────→┌─┐ │ │ │ │ ┌─┐ │ │ │ │ │蒸│ │湯│←─→│水│←─→│氷│ │ │ └─┘ │ │ │ │ │気│ └─┘ │ │ │ │ ↑ │ │ │ │←────────┼───→│ │ └─┘ ↓ └─┘ ┌─┐ │火│ └─┘
昨日の記事「#5089. eponym」 ([2023-04-03-1]) で,etymon が人名 (personal_name) であるような語について考察した(etymon という用語については「#3847. etymon」 ([2019-11-08-1]) を参照).ところで,人名とともに固有名詞学 (onomastics) の重要な考察対象となるのが地名 (place-name, toponym) である.とすれば,当然予想されるのは,etymon が地名であるような語の存在である.実際,国名というレベルで考えるだけでも japan (漆器),china (磁器),turkey (七面鳥)などがすぐに思い浮かぶ(cf. heldio 「#626. 陶磁器の china と漆器の japan --- 産地で製品を表わす単語たち」,「#625. Turkey --- トルコと七面鳥の関係」).
このような地名に基づいて作られた語も多くあるわけだが,これを何と呼ぶべきか.eponym はあくまで人名ベースの造語に与えられた名前である.toponym は place-name に対応する術語であり,やはり「地名」に限定して用いておくほうが混乱が少ないだろう.Crystal (165) は,このように少々厄介な事情を受けて,"eponymous places" と呼ぶことにしているようだ(これでも少々分かりくいところはあることは認めざるを得ない).Crystal が列挙している "eponymous places" の例を再掲しよう.
alsatian: Alsace, France.
balaclava: Balaclava, Crimea.
bikini: Bikini Atoll, Marshall Islands.
bourbon: Bourbon County, Kentucky.
Brussels sprouts: Brussels, Belgium.
champagne: Champagne, France.
conga: Congo, Africa.
copper: Cyprus.
currant: Corinth, Greece.
denim: Nîmes, France (originally, serge de Nîm).
dollar: St Joachimsthal, Bohemia (which minted silver coins called joachimstalers, shortened to thalers, hence dollars).
duffle coat: Duffel, Antwerp.
gauze: Gaza, Israel.
gypsy: Egypt.
hamburger: Hamburg, Germany.
jeans: Genoa, Italy.
jersey: Jersey, Channel Islands.
kaolin: Kao-ling, China.
labrador: Labrador, Canada.
lesbian: Lesbos, Aegean island.
marathon: Marathon, Greece.
mayonnaise: Mahó, Minorca.
mazurka: Mazowia, Poland.
muslin: Mosul, Iraq.
pheasant: Phasis, Georgia.
pistol: Pistoia, Italy.
rugby: Rugby (School), UK.
sardine: Sardinia.
sherry: Jerez, Spain.
suede: Sweden.
tangerine: Tangier.
turquoise: Turkey.
tuxedo: Tuxedo Park Country Club, New York.
Venetian blind: Venice, Italy.
いくらでもリストを長くしていけそうだが,全体として飲食料,衣料,工芸品などのジャンルが多い印象である.
・ Crystal, D. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 3rd ed. CUP, 2018.
eponym とは人名に基づいて造られた語のことである.英語の具体例については「#2842. 固有名詞から生まれた語」 ([2017-02-06-1]),「#2849. macadamia nut」 ([2017-02-13-1]),「#3460. 紅茶ブランド Earl Grey」 ([2018-10-17-1]),「#3461. 警官 bobby」 ([2018-10-18-1]) で挙げてきた.また,eponym は「#5079. 商標 (trademark) の言語学的な扱いは難しい」 ([2023-03-24-1]) とも関係の深い話題である.McArthur の英語学用語辞典によれば,次の通り.
EPONYM [19c: from Greek epṓonumos named on]. (1) A personal name from which a word has been derived: John B. Stetson, the 19c US hatter after whom the stetson hat was named. (2) The person whose name is so used: The Roman emperor Constantine, who gave his name to Constantinople. (3) The word so derived: stetson, Constantinople. The process of eponymy results in many forms: (1) Such simple eponyms as atlas, which became popular after the 16c Flemish cartographer Gerardus Mercator put the figure of the titan Atlas on the cover of a book of maps. (2) Compounds and attributive constructions such as loganberry after the 19c US lawyer James H. Logan, and Turing machine after the 20c British mathematician Alan Turing. (3) Possessives such as Parkinson's Law after the 20c British economist C. Northcote Parkinson, and the Islets of Langerhans after the 19c German pathologist Paul Langerhans. (4) Derivatives such as Bowdlerize and gardenia, after the 18c English expurgator of Shakespeare, Thomas Bowdler, and the 19c Scottish-American physician Alexander Garden. (5) Clippings, such as dunce from the middle name and the first element of the last name of the learned 13c Scottish friar and theologian John Duns Scotus, whose rivals called him a fool. (6) Blends such as gerrymander, after the US politician Elbridge Gerry (b. 1744), whose redrawn map of the voting districts of Massachusetts in 1812 was said to look like a salamander, and was then declared a gerrymander. The word became a verb soon after. Works on eponymy include: Rosie Boycott's Batty, Bloomers and Boycott: A Little Etymology of Eponymous Words (Hutchinson, 1982) and Cyril L. Beeching's A Dictionary of Eponyms (Oxford University Press, 1988).
ここで eponym は語源的に(一部であれ)人名に基づいている語,etymon が人名であるような語として,あくまで語源的な観点から定義されていることに注意したい.つまり後にさらに別の語形成を経たり,意味変化を経たりした語も含まれ,今となっては形態や意味においてオリジナルの人(名)からは想像できないほど遠く離れてしまっているケースもあるということだ.語源的に定義づけられているという特殊性を除けば,eponym はその他の一般の語とさほど変わらない振る舞いをしているといえるのではないか.
・ McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: OUP, 1992.
日曜日に公開された YouTube チャンネル「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の最新回は,(タイトルが長くてすみません)「かつて英語には「夏」と「冬」しかなかった.「春」や「秋」はどうやってうまれた?」です.20分ほどの動画となっています.どうぞご覧ください.
今回の英語の季節語の話題は,本ブログを含め別のメディアで何度も繰り返し取り上げてきたもので,特に新しいトピックではありません.補足的な情報や関連する話題も含めて,様々な角度から注目してきましたので,ここでリンクを整理しておきたいと思います.
・ hellog 「#1221. 季節語の歴史」 ([2012-08-30-1])
・ hellog 「#1438. Sumer is icumen in」 ([2013-04-04-1])
・ hellog 「#2916. 連載第4回「イギリス英語の autumn とアメリカ英語の fall --- 複線的思考のすすめ」」 ([2017-04-21-1])
・ 外部記事:「イギリス英語の autumn とアメリカ英語の fall --- 複線的思考のすすめ」(=連載「現代英語を英語史の視点から考える」の第4回)
・ hellog 「#2925. autumn vs fall, zed vs zee」 ([2017-04-30-1])
・ hellog 「#3448. autumn vs fall --- Johnson と Pickering より」 ([2018-10-05-1])
・ Voicy heldio 「#69. winter は「冬」だけでなく「年」を表わす」
・ Voicy heldio 「#532. 『ジーニアス英和辞典』第6版の出版記念に「英語史Q&A」コラムより spring の話しをします」
・ Voicy heldio 「#533. 季節語の歴史」
もう1つ関連してフランス語における季節語の歴史事情について,三省堂のことばのコラムのシリーズの「歴史で謎解き!フランス語文法(フランス語教育 歴史文法派)」より「第39回 フランス語の季節名の語源はなに?」がお薦めです.
すでに「#3157. 華麗なる splendid の同根類義語」 ([2017-12-18-1]) で取り上げた話題ですが,一ひねり加えてみました.splendid (豪華な,華麗な;立派な;光り輝く)というラテン語の動詞 splendēre "to be bright or shining" に由来する形容詞ですが,英語史上,数々の同根類義語が生み出されてきました.先の記事で触れなかったものも含めて OED で調べた単語を列挙すると,廃語も入れて13語あります.
resplendant, resplendent, resplending, splendacious, †splendant, splendent, splendescent, splendid, †splendidious, †splendidous, splendiferous, †splendious, splendorous
OED に記載のある初出年(および廃語の場合は最終例の年)に基づき,各語の一生をタイムラインにプロットしてみたのが以下の図です.とりわけ16--17世紀に新類義語の登場が集中しています.
ほかに1796年に初出の resplendidly という副詞や1859年に初出の many-splendoured という形容詞など,合わせて考えたい語もあります.いずれにせよ英語による「節操のない」借用(あるいは造語)には驚かされますね.
英語語彙史を鳥瞰すると,いかにして新語が導入されたてきたかという観点から大きな潮流をつかむことができる.新語導入の方法として,大雑把に (1) 借用 (borrowing) と (2) 語形成 (word_formation) の2種類を考えよう.借用は他言語(方言)から単語を借り入れることである.語形成は既存要素(それが語源的には本来語であれ借用語であれ)をもとにして派生 (derivation),複合 (compounding),品詞転換 (conversion),短縮 (shortening) などの過程を経て新たな単語を作り出すことである.
・ 古英語期:主に語形成による新語導入が主.ただし,ラテン語や古ノルド語からの借用は多少あった.
・ 中英語期:フランス語やラテン語からの新語導入が主.ただし,語形成も継続した.
・ 初期近代英語期:ラテン語やギリシア語からの新語導入が主.ただし,それまでに英語に同化していた既存要素を用いた語形成も少なくない.
・ 後期近代英語期・現代英語期:語形成が主.ただし,世界の諸言語からの借用は継続している.
時代によって借用と語形成のウェイトが変化してきた点が興味深い.大雑把にいえば,古英語期は語形成偏重,次の中英語期は借用偏重,近代英語来以降は両者のバランスがある程度回復してきたとみることができる.それぞれの時代背景には征服,ルネサンス,帝国主義など社会・文化的な出来事が確かに対応している.
しかし,上記はあくまで大雑把な潮流である.借用と語形成のウェイトの変化こそあったが,見方を変えれば,英語史を通じて常に両方法が利用されてきたとみることもできる.また,これはあくまで標準英語の語彙史にみられる潮流であることにも注意を要する.他の英語変種の語彙史を考えるならば,例えばインド英語などの ESL (= English as a Second Language) を念頭に置くならば,近代・現代では現地の諸言語からの語彙のインプットは疑いなく豊富だろう.激しい言語接触の産物ともいえる英語ベースのピジンやクレオールではどうだろうか.逆に言語接触の少ない環境で育まれてきた英語変種の語彙史にも興味が湧く.
英語語彙史に関する話題は hellog でも多く取り上げてきたが,歴史を俯瞰した内容のもののみを以下に示す.
・ 「#873. 現代英語の新語における複合と派生のバランス」 ([2011-09-17-1])
・ 「#1526. 英語と日本語の語彙史対照表」 ([2013-07-01-1])
・ 「#1956. Hughes の英語史略年表」 ([2014-09-04-1])
・ 「#2966. 英語語彙の世界性 (2)」 ([2017-06-10-1])
・ 「#4130. 英語語彙の多様化と拡大の歴史を視覚化した "The OED in two minutes"」 ([2020-08-17-1])
・ 「#4133. OED による英語史概説」 ([2020-08-20-1])
・ 「#4716. 講座「英語の歴史と語源」のダイジェスト「英語語彙の歴史」を終えました --- これにて本当にシリーズ終了」 ([2022-03-26-1])
身近な概念だが対応するズバリの1単語が存在しない,そのような概念が言語には多々ある.この現象を「語彙上の欠落」とみなして lexical gap と呼ぶことがある.
例えば brother 問題を取り上げてみよう.「#3779. brother と兄・弟 --- 1対1とならない語の関係」 ([2019-09-01-1]) や「#4128. なぜ英語では「兄」も「弟」も brother と同じ語になるのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2020-08-15-1]) で確認したように,英語の brother は年齢の上下を意識せずに用いられるが,日本語では「兄」「弟」のように年齢に応じて区別される.ただし,英語でも年齢を意識した「兄」「妹」に相当する概念そのものは十分に身近なものであり,elder brother や younger sister と表現することは可能である.つまり,英語では1単語では表現できないだけであり,対応する概念が欠けているというわけではまったくない.英語に「兄」「妹」に対応する1単語があってもよさそうなものだが,実際にはないという点で,lexical gap の1例といえる.逆に,日本語に brother に対応する1単語があってもよさそうなものだが,実際にはないので,これまた lexical gap の例と解釈することもできる.
Cruse の解説と例がおもしろいので引用しておこう.
lexical gap This terms is applied to cases where a language might be expected to have a word to express a particular idea, but no such word exists. It is not usual to speak of a lexical gap when a language does not have a word for a concept that is foreign to its culture: we would not say, for instance, that there was a lexical gap in Yanomami (spoken by a tribe in the Amazonian rainforest) if it turned out that there was no word corresponding to modem. A lexical gap has to be internally motivated: typically, it results from a nearly-consistent structural pattern in the language which in exceptional cases is not followed. For instance, in French, most polar antonyms are lexically distinct: long ('long'): court ('short'), lourd ('heavy'): leger ('light'), épais ('thick'): mince ('thin'), rapide ('fast'): lent ('slow'). An example from English is the lack of a word to refer to animal locomotion on land. One might expect a set of incompatibles at a given level of specificity which are felt to 'go together' to be grouped under a hyperonym (like oak, ash, and beech under tree, or rose, lupin, and peony under flower). The terms walk, run, hop, jump, crawl, gallop form such a set, but there is no hyperonym at the same level of generality as fly and swim. These two examples illustrate an important point: just because there is no single word in some language expressing an idea, it does not follow that the idea cannot be expressed.
引用最後の「重要な点」と関連して「#1337. 「一単語文化論に要注意」」 ([2012-12-24-1]) も参照.英語や日本語の lexical gap をいろいろ探してみるとおもしろそうだ.
・ Cruse, Alan. A Glossary of Semantics and Pragmatics. Edinburgh: Edinburgh UP, 2006.
英語には数多くの愛称や親愛語 (term_of_endearment) があり,歴史的にも止むことなく生み出され続けてきた.Crystal が,年代順に50の「愛人」の呼称を挙げている.
darling (c. 888)
dear (c. 1230)
sweetheart (c. 1290)
heart (c. 1305)
honey (c. 1375)
dove (c. 1386)
cinnamon (c. 1405)
love (c. 1405)
mulling (c. 1475)
daisy (c. 1485)
mouse (c. 1520)
whiting (c. 1529)
fool (c. 1530)
beautiful (1535)
soul (c. 1538)
bully (1548)
lamb (c. 1556)
pussy (c. 1557)
ding-ding (1564)
lover (1573)
pug (1580)
mopsy (1582)
bun (1587)
wanton (1589)
ladybird (1597)
chuck (1598)
sweetkin (1599)
duck (1600)
joy (1600)
sparrow (c. 1600)
bawcock (c. 1601)
nutting (1606)
tickling (1607)
bagpudding (1608)
dainty (1611)
flitter-mouse (1612)
pretty (1616)
old thing (c. 1625)
duckling (1630)
sweetling (1648)
pet (1767)
sweetie (1778)
cabbage (1840)
prawn (1895)
so-and-so (1897)
pumpkin (1900)
pussums (1912)
treasure (1920)
sugar (1930)
lamb-chop (1962)
このような語彙には,はやりすたりもあったに違いないが,上の一覧には古くから根強く生き延び,現在もバリバリの現役という語が含まれている.息の長さに驚くばかりである.食物や動物の意味領域から転用されてきたものが多いようだ.
愛称の歴史というのは,語彙論,意味変化,歴史語用論など多方面から迫れそうなテーマである.関連して「#1951. 英語の愛称」 ([2014-08-30-1]),「#2131. 呼称語のポライトネス座標軸」 ([2015-02-26-1]),「#4312. 「呼格」を認めるか否か」 ([2021-02-15-1]) を参照.
・ Crystal, D. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 3rd ed. CUP, 2018.
『中高生の基礎英語 in English』の10月号が発売となりました.連載「歴史で謎解き 英語のソボクな疑問」の第19回は「なぜ単語ごとにアクセントの位置が決まっているの?」です.
英単語のアクセント問題は厄介です.単語ごとにアクセント位置が決まっていますが,そこには100%の規則がないからです.完全な規則がないというだけで,ある程度予測できるというのも事実なのですが,やはり一筋縄ではいきません.
例えば,以前,学生より「nature と mature は1文字違いですが,なんで発音がこんなに異なるのですか?」という興味深い疑問を受けたことがあります.これを受けて hellog で「#3652. nature と mature は1文字違いですが,なんで発音がこんなに異なるのですか?」 ([2019-04-27-1]) の記事を書いていますが,この事例はとてもおもしろいので今回の連載記事のなかでも取り上げた次第です.
英単語の厄介なアクセント問題の起源はノルマン征服です.それ以前の古英語では,アクセントの位置は原則として第1音節に固定で,明確な規則がありました.しかし,ノルマン征服に始まる中英語期,そして続く近代英語期にかけて,フランス語やラテン語から大量の単語が借用されてきました.これらの借用語は,原語の特徴が引き継がれて,必ずしも第1音節にアクセントをもたないものが多かったため,これにより英語のアクセント体系は混乱に陥ることになりました.
連載記事では,この辺りの事情を易しくかみ砕いて解説しました.ぜひ10月号テキストを手に取っていただければと思います.
英語のアクセント位置についての話題は,hellog よりこちらの記事セットおよび stress の各記事をお読みください.
言葉の意味とは何か? 言語学者や哲学者を悩ませ続けてきた問題です.音声や形態は耳に聞こえたり目に見えたりする具体物で,分析しやすいのですが,意味は頭のなかに収まっている抽象物で,容易に分析できません.言語は意味を伝え合う道具だとすれば,意味こそを最も深く理解したいところですが,意味の研究(=意味論 (semantics))は言語学史のなかでも最も立ち後れています(cf. 「#1686. 言語学的意味論の略史」 ([2013-12-08-1])).
しかし,昨今,意味を巡る探究は急速に深まってきています(cf. 「#4697. よくぞ言語学に戻ってきた意味研究!」 ([2022-03-07-1])).意味論には様々なアプローチがありますが,大きく伝統的意味論と認知意味論があります.スクーリングの Day 4 では,両者の概要を学びます.
1. 意味とは何か?
1.1 「#1782. 意味の意味」 ([2014-03-14-1])
1.2 「#2795. 「意味=指示対象」説の問題点」 ([2016-12-21-1])
1.3 「#2794. 「意味=定義」説の問題点」 ([2016-12-20-1])
1.4 「#1990. 様々な種類の意味」 ([2014-10-08-1])
1.5 「#2278. 意味の曖昧性」 ([2015-07-23-1])
2. 伝統的意味論
2.1 「#1968. 語の意味の成分分析」 ([2014-09-16-1])
2.2 「#1800. 様々な反対語」 ([2014-04-01-1])
2.3 「#1962. 概念階層」 ([2014-09-10-1])
2.4 「#4667. 可算名詞と不可算名詞とは何なのか? --- 語彙意味論による分析」 ([2022-02-05-1])
2.5 「#4863. 動詞の意味を分析する3つの観点」 ([2022-08-20-1])
3. 認知意味論
3.1 「#1961. 基本レベル範疇」 ([2014-09-09-1])
3.2 「#1964. プロトタイプ」 ([2014-09-12-1])
3.3 「#1957. 伝統的意味論と認知意味論における概念」 ([2014-09-05-1])
3.4 「#2406. metonymy」 ([2015-11-28-1])
3.5 「#2496. metaphor と metonymy」 ([2016-02-26-1])
3.6 「#2548. 概念メタファー」 ([2016-04-18-1])
4. 本日の復習は heldio 「#451. 意味といっても様々な意味がある」,およびこちらの記事セットより
昨日『中高生の基礎英語 in English』の9月号が発売となりました.連載「歴史で謎解き 英語のソボクな疑問」の第18回は「なぜ英語には類義語が多いの?」です.
英語には ask -- inquire -- interrogate のような類義語が多く見られます.多くの場合,語彙の学習は暗記に尽きるというのは事実ですので,類義語が多いというのは英語学習上の大きな障壁となります.本当は英語に限った話しではなく,日本語でも「尋ねる」「質問する」「尋問する」など類義語には事欠かないわけなので,どっこいどっこいではあるのですが,現実的には英語学習者にとって高いハードルにはちがいありません.
英語に(そして実は日本語にも)類義語が多いのは,歴史を通じて様々な言語と接触してきたからです.英語にとってとりわけ重要な接触相手はフランス語とラテン語でした.英語は,ある意味を表わす語をすでに自言語にもっていたにもかかわらず,同義のフランス語単語やラテン語単語を借用してきたという経緯があります.結果として,類義語が積み重ねられ,地層のように層状となって今に残っているのです.この語彙の地層は,典型的に下から上へ「本来の英語」「フランス語」「ラテン語」と3層に積み上げられてきたので,これを英語語彙の「3層構造」と呼んでいます.
3層構造については,hellog でも繰り返し取り上げてきました.こちらの記事セットおよび lexical_stratification の各記事をお読みください.
雑誌の連載記事では,この話題を中高生にも分かるように易しく解説しています.ぜひ手に取っていただければと思います.
本日は直近の YouTube と Voicy で取り上げた話題をそれぞれ紹介します.
(1) 昨日,YouTube の「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の第29弾が公開されました.「英語と日本語とでは同音異義語ができるカラクリがちがう!」です.
英語にも日本語にも同音異義語 (homonymy) は多いですが,同音異義語が歴史的に生じてしまう経緯はおおよそ3パターンに分類される,という話題です.1つは,異なっていた語が音変化により発音上合一してしまったというパターン.もう1つは,同一語が意味変化により異なる語とみなされるようになったというパターン.さらにもう1つは,他言語から入ってきた借用語が既存の語と同形だったというパターンです.
英語の同音異義語の例をもっと知りたいという方は「#2945. 間違えやすい同音異綴語のペア」 ([2017-05-20-1]),「#4533. OALD10 が注意を促している同音異綴語の一覧」 ([2021-09-24-1]) の記事がお薦めです.第2パターンの例として挙げた flower と flour については Voicy 「#2. flower (花)と flour (小麦粉)は同語源!」をお聴きください.
また,対談内でも出てきた,故鈴木孝夫先生による「テレビ型言語」か「ラジオ型言語」かという著名な区別については「#1655. 耳で読むのか目で読むのか」 ([2013-11-07-1]),「#2919. 日本語の同音語の問題」 ([2017-04-24-1]),「#3023. ニホンかニッポンか」 ([2017-08-06-1]) でも触れています.
今回の話題に関心をもたれた方は,本チャンネルへのチャンネル登録もよろしくお願いします.
(2) 今朝,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」 にて,リスナーさんからいただいた付加疑問 (tag_question) に関する質問に回答してみました.「#371. なぜ付加疑問では肯定・否定がひっくり返るのですか? --- リスナーさんからの質問」です.なかなかの難問で,当面の不完全な回答しかできていませんが,ぜひお聴きください.
どうやら主文の表わす命題の肯定・否定を巡る単純な論理の問題ではなく,話し手の命題に関する前提と,話し手が予想する聞き手の反応との組み合わせからなる複雑な語用論の問題となっているようです.あくまで前者がベースとなっていると考えられますが,歴史的にはそこから後者が派生してきたのではないかとみています.未解決ですので,今後も考え続けていきたいと思います.なお,放送で述べていませんでしたが,今回参考にしたのは主に Quirk et al. です.
上記の Voicy 放送はウェブ上でも聴取できますが,以下からダウンロードできるアプリ(無料)を使うとより快適に聴取できます.Voicy チャンネル「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」のフォローも合わせてよろしくお願いいたします! また,放送へのコメントや質問もお寄せください.
新しい一週間の始まりです.今週も楽しい英語史ライフを!
・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
一昨日の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」 にて「#368. 英語とフランス語で似ている単語がある場合の5つのパターン」という題でお話ししました.この放送に寄せられた質問に答える形で,本日「#370. 英語語彙のなかのフランス借用語の割合は? --- リスナーさんからの質問」を公開しましたので,ぜひお聴きください.
英語とフランス語の両方を学んでいる方も多いと思います.Voicy でも何度か述べていますが,私としては両言語を一緒に学ぶことをお勧めします.さらに,両言語の知識をつなぐものとして「英語史」がおおいに有用であるということも,お伝えしたいと思います.英語史を学べば学ぶほど,フランス語にも関心が湧きますし,その点を押さえつつフランス語を学ぶと,英語もよりよく理解できるようになります.そして,それによってフランス語がわかってくると,両言語間の関係を常に意識するようになり,もはや別々に考えることが不可能な境地(?)に至ります.英語学習もフランス語学習も,ともに楽しくなること請け合いです.
実際,語彙に関する限り,英語語彙の1/3ほどがフランス語「系」の単語によって占められます.フランス語「系」というのは,フランス語と,その生みの親であるラテン語を合わせた,緩い括りです.ここにフランス語の姉妹言語であるポルトガル語,スペイン語,イタリア語などからの借用語も加えるならば,全体のなかでのフランス語「系」の割合はもう少し高まります.
さて,その1/3のなかでの両言語の内訳ですが,ラテン語がフランス語を上回っており 2:1 あるいは 3:2 ほどいでしょうか.ただし,両言語は同系統なので語形がほとんど同一という単語も多く,英語がいずれの言語から借用したのかが判然としないケースもしばしば見られます.そこで実際上は,フランス語「系」(あるいはラテン語「系」)の語彙として緩く括っておくのが便利だというわけです.
このような英仏語の語彙の話題に関心のある方は,ぜひ関連する heldio の過去放送,および hellog 記事を通じて関心を深めていただければと思います.以下に主要な放送・記事へのリンクを張っておきます.実りある両言語および英語史の学びを!
[ heldio の過去放送 ]
・ 「#26. 英語語彙の1/3はフランス語!」
・ 「#329. フランス語を学び始めるならば,ぜひ英語史概説も合わせて!」
・ 「#327. 新年度にフランス語を学び始めている皆さんへ,英語史を合わせて学ぶと絶対に学びがおもしろくなると約束します!」
・ 「#368. 英語とフランス語で似ている単語がある場合の5つのパターン」
[ hellog の過去記事(一括アクセスはこちらから) ]
・ 「#202. 現代英語の基本語彙600語の起源と割合」 ([2009-11-15-1])
・ 「#429. 現代英語の最頻語彙10000語の起源と割合」 ([2010-06-30-1])
・ 「#845. 現代英語の語彙の起源と割合」 ([2011-08-20-1])
・ 「#1202. 現代英語の語彙の起源と割合 (2)」 ([2012-08-11-1])
・ 「#874. 現代英語の新語におけるソース言語の分布」 ([2011-09-18-1])
・ 「#2162. OED によるフランス語・ラテン語からの借用語の推移」 ([2015-03-29-1])
・ 「#2357. OED による,古典語およびロマンス諸語からの借用語彙の統計」 ([2015-10-10-1])
・ 「#2385. OED による,古典語およびロマンス諸語からの借用語彙の統計 (2)」 ([2015-11-07-1])
・ 「#117. フランス借用語の年代別分布」 ([2009-08-22-1])
・ 「#4138. フランス借用語のうち中英語期に借りられたものは4割強で,かつ重要語」 ([2020-08-25-1])
・ 「#660. 中英語のフランス借用語の形容詞比率」 ([2011-02-16-1])
・ 「#1209. 1250年を境とするフランス借用語の区分」 ([2012-08-18-1])
・ 「#594. 近代英語以降のフランス借用語の特徴」 ([2010-12-12-1])
・ 「#1225. フランス借用語の分布の特異性」 ([2012-09-03-1])
・ 「#1226. 近代英語期における語彙増加の年代別分布」 ([2012-09-04-1])
・ 「#1205. 英語の復権期にフランス借用語が爆発したのはなぜか」 ([2012-08-14-1])
・ 「#2349. 英語の復権期にフランス借用語が爆発したのはなぜか (2)」 ([2015-10-02-1])
・ 「#4451. フランス借用語のピークは本当に14世紀か?」 ([2021-07-04-1])
・ 「#1638. フランス語とラテン語からの大量語彙借用のタイミングの共通点」 ([2013-10-21-1])
・ 「#1295. フランス語とラテン語の2重語」 ([2012-11-12-1])
・ 「#653. 中英語におけるフランス借用語とラテン借用語の区別」 ([2011-02-09-1])
・ 「#848. 中英語におけるフランス借用語とラテン借用語の区別 (2)」 ([2011-08-23-1])
・ 「#3581. 中英語期のフランス借用語,ラテン借用語,"mots savants" (1)」 ([2019-02-15-1])
・ 「#3582. 中英語期のフランス借用語,ラテン借用語,"mots savants" (2)」 ([2019-02-16-1])
・ 「#4453. フランス語から借用した単語なのかフランス語の単語なのか?」 ([2021-07-06-1])
・ 「#3180. 徐々に高頻度語の仲間入りを果たしてきたフランス・ラテン借用語」 ([2018-01-10-1])
昨日18:00に YouTube 番組「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の第23弾が公開されました.タイトルは「カタカナ語を利用して日本人の英語力+情報収集力を上げる!!【井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル # 23 】」です.
ちなみに,先週の水曜日に公開された1つ前の第22弾は「ニッポンのカタカナ語を英語史から斬る!【井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル # 22 】」でした.2回かけて「カタカナ語」についておしゃべりしてきたわけです.ぜひ2つ合わせてご覧ください.
本ブログでもカタカナ語について様々に取り上げてきました.こちらの記事セットをご覧いただければと思います.
第22弾で話題にした「和製英語」ならぬ「英製羅語」や「英製仏語」についても,本ブログで議論してきました.こちらについては「和製英語を含む○製△語」の記事セットをどうぞ.
井上逸兵氏も様々な媒体で「カタカナ語」の議論を展開しています.最近のものとしては以下がおもしろいです.
・ 2021年11月20日,ABEMA Prime での:【横文字】「カタカナ語の輸入は止められない」「日本語で表せない表現も」意識高い系うざい?共有言語でアグリー?賛成派と反対派が議論
・ 2022年4月21日,SBSラジオ「IPPO」での:コンプライアンス?アジェンダ?今さら聞けない!カタカナ語
先日,「#3258. 17世紀に作られた動詞派生名詞群の呈する問題 (1)」 ([2018-03-29-1]),「#3259. 17世紀に作られた動詞派生名詞群の呈する問題 (2)」 ([2018-03-30-1]) で取り上げた Bauer の論文を,大学院の授業でじっくり読んでみた.語形成パターンにも時代によってトレンドがあり,例えば他言語からの影響により新たな接辞が導入される一方で,古い接辞は廃用となっていくなど栄枯盛衰のドラマがある.Bauer 論文ではケーススタディとして名詞化接尾辞や指小辞の問題が扱われれている.
だが,そもそも語形成パターンの栄枯盛衰の原動力は何なのだろうか.Bauer (197) は論文の末尾で次のように述べている.
We must presume that there is some rule at work in a community which constrains new forms: new forms receive the communal blessing only when they are sufficiently parallel to established forms to be seen as well-motivated. In a period of catastrophic change like the seventeenth century, virtually any Romance form could be motivated by foreign parallels. In the twenty-first century ,we have a community of speakers of "English" which is heterogeneous enough for different parallels to be accepted in different parts of that community. The result is that a form such as tread can be accepted as the past tense of TREAD in some parts of the community but not in others. Equally, Pinteresque, Pinterian, and Pinterish can all be accepted as "English" (see the OED at Pinteresque), and there may be more than one solution for the nominalization of the verb to English.
語形成の形態論に専門的に踏み込んだ論考ながらも,この箇所にも現われているように,実は随所に社会的な洞察がみられる.むしろ,精読した後に,社会言語学の論文だったのかとつぶやいてしまったほどだ.
提示されている事例はほぼすべて OED から取られているが,語形成の歴史を探るための道具として OED を用いることに関しての批判的な議論も読みどころである.Bauer の論調には体系的な語形成パターンという理想を追い求めすぎている風味が感じられるが,いずれにせよ学生たちと一緒に議論するに値する論考だった.
・ Bauer, Laurie. "Competition in English Word Formation." Chapter 8 of The Handbook of the History of English. Ed. Ans van Kemenade and Bettelou Los. Malden, MA: Blackwell, 2006. 177--98.
3月19日(土)15:30--18:45に,朝日カルチャーセンター新宿教室にて標題のお話しをさせていただきました.2年半ほど前より12回に渡る「英語の歴史と語源」シリーズを開講してきましたが,そのダイジェストとして番外編ではありますが第13回を開いた次第です.これで本当にシリーズ終了となります(シリーズ全体については「#4702. 講座「英語の歴史と語源」のダイジェスト「英語語彙の歴史」のご案内」 ([2022-03-12-1]) をご覧ください).第13回の番外編も前回に続き対面・オンラインのハイブリッド形式で行ないましたが,合わせて多くの方々にご参加いただきました.ありがとうございます.
ダイジェストとは言いながらも,実際には新しい話題も少なからず加えましたので,ある程度独立した内容となっていたかと思います.とりわけ英語と日本語の語彙史の比較などは,シリーズ中では簡単に触れることはあっても詳しくは取り上げてきませんでしたので,今回の機会を借りて注目することができました.
今回の講座で用いたスライドをこちらに公開します.以下はスライドの各ページへのリンクです.
1. 英語の歴史と語源・13「英語語彙の歴史 ? ダイジェスト英語の歴史と語源」
2. 「英語語彙の歴史 ? ダイジェスト英語の歴史と語源」
3. 目次
4. 1. はじめに ? 英語語彙史の概要
5. 過去12回の「英語の歴史と語源」シリーズ
6. 2. 英語語彙の規模と種類の豊富さ
7. 語源で世界一周
8. 3. 日英語彙史比較
9. 4. 印欧語族
10. 5. 英語語彙史の詳細
11. 6. 現代の英語語彙にみられる歴史の遺産
12. 7. 現代英語の新語形成
13. 8. 英語の人名の歴史
14. 9. 英語語彙史から考える語彙拡充の功罪
15. 「インク壺語」の大量借用
16. 大量借用への反応
17. インク壺語,チンプン漢語,カタカナ語の対照言語史
18. 10. おわりに
19. 参考文献
長きにわたってシリーズにご参加いただいた方々には感謝いたします.ありがとうございました.
今後は新シリーズとして4回にわたり「英語の歴史と世界英語 --- 世界英語入門」を開講する予定です.初回は少し先の6月11日(土)となりますが,案内はすでにこちらに出ていますので関心のある方はご参照ください.今後ともよろしくお願いいたします.
英語が各時代に接触してきた言語との関係を通じて英語の語彙史を描くことは,英語史のスタンダードの1つである.本ブログでも「#1526. 英語と日本語の語彙史対照表」 ([2013-07-01-1]),「#2615. 英語語彙の世界性」 ([2016-06-24-1]),「#2966. 英語語彙の世界性 (2)」 ([2017-06-10-1]),「#3381. 講座「歴史から学ぶ英単語の語源」」 ([2018-07-30-1]),「#4130. 英語語彙の多様化と拡大の歴史を視覚化した "The OED in two minutes"」 ([2020-08-17-1]) などで繰り返し紹介してきた.
これとおよそ連動はするのだが独立した試みとして,英語が各時代に接触してきた言語との関係を通じて英語のスペリング史を描くこともできる.そして,この試みは必ずしもスタンダードではなく,英語史のなかでの扱いは小さかったといってよい.
英語のスペリング史と言語接触 について Horobin (113) が次のように述べている.
English spelling is a concoction of written forms drawn from a variety of languages through processes of inheritance and borrowing. At every period in its history, the English lexicon contains words inherited from earlier stages, as well as new words introduced from foreign languages. But this distinction should not be applied too straightforwardly, since inherited words have frequently been subjected to changes in their spelling over time. Similarly, while words drawn from foreign language may preserve their native spellings intact, they frequently undergo changes in order to accommodate to native English spelling patterns.
語彙史とスペリング史は,しばしば連動するが,原則とした独立した歴史である,という捉え方だ.これはとても正しい見方だと思う.Horobin は同論考のなかで,英語史の各時代ごとにスペリングに影響を及ぼした言語・方言について次のような見取り図を示している.論考のセクション・タイトルを抜き出す形でまとめてみよう.
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