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lexicology - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-06-15 10:26

2021-05-30 Sun

#4416. トイレの英語文化史 --- 英語史語彙論研究入門 [taboo][euphemism][khelf_hel_intro_2021][thesaurus][dictionary][lexicology][htoed][semantics][synonym][slang][hel_education][bibliography][link]

 4月5日より始まっていた「英語史導入企画2021」のコンテンツ紹介記事は,今回で最終回となります.話題は「office, john, House of Lords --- トイレの呼び方」です.トリを飾るに相応しいテーマですね! トイレの英語文化史あるいは英語文化誌というべき内容で,Historical Thesaurus of the Oxford English Dictionary (= HTOED) を用いてこんなにおもしろい調査ができるのかと教えてくれるコンテンツです.コンテンツ内の図と点線を追っていくだけで,トイレの悠久の旅を楽しむことができます.
 タブー (taboo),婉曲表現 (euphemism),類義語 (synonym) といった語彙論 (lexicology) 上の問題は,英語史の卒業論文研究などでも人気のテーマです.英語史語彙論研究に関心をもったら,これらのタグの付いた hellog の記事群を読んでみてください.また,以下に今回のコンテンツと緩く関連した記事も紹介しておきます.

 ・ 「#470. toilet の豊富な婉曲表現」 ([2010-08-10-1])
 ・ 「#471. toilet の豊富な婉曲表現を WordNet と Visuwords でみる」 ([2010-08-11-1])
 ・ 「#992. 強意語と「限界効用逓減の法則」」 ([2012-01-14-1])
 ・ 「#1219. 強意語はなぜ種類が豊富か」 ([2012-08-28-1])
 ・ 「#3885. 『英語教育』の連載第10回「なぜ英語には類義語が多いのか」」 ([2019-12-16-1])
 ・ 「#3392. 同義語と類義語」 ([2018-08-10-1])
 ・ 「#469. euphemism の作り方」 ([2010-08-09-1])

 ・ 「#4395. 英語の類義語について調べたいと思ったら」 ([2021-05-09-1])
 ・ 「#3159. HTOED」 ([2017-12-20-1])
 ・ 「#847. Oxford Learner's Thesaurus」 ([2011-08-22-1])
 ・ 「#4334. 婉曲語法 (euphemism) についての書誌」 ([2021-03-09-1])
 ・ 「#1270. 類義語ネットワークの可視化ツールと類義語辞書」 ([2012-10-18-1])
 ・ 「#1432. もう1つの類義語ネットワーク「instaGrok」と連想語列挙ツール」 ([2013-03-29-1])

 ・ 「#4092. shit, ordure, excrement --- 語彙の3層構造の最強例」 ([2020-07-10-1])
 ・ 「#4041. 「言語におけるタブー」の記事セット」 ([2020-05-20-1])

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2021-05-15 Sat

#4401. 「英語語彙の三層構造」の神話と脱神話化 [loan_word][french][latin][lexicology][lexical_stratification][language_myth][khelf_hel_intro_2021][hellog_entry_set][etymological_respelling]

 「英語史導入企画2021」のために昨日公表されたコンテンツは,大学院生による「Synonyms at Three Levels」でした.これは何のことかというと「英語語彙の三層構造」の話題です.「恐れ,恐怖」を意味する英単語として fear -- terror -- trepidation などがありますが,これらの類義語のセットにはパターンがあります.fear は易しい英語本来語で,terror はやや難しいフランス語からの借用語,trepidation は人を寄せ付けない高尚な響きをもつラテン語からの借用語です.英語の歴史を通じて,このような類義語が異なる時代に異なる言語から供給され語彙のなかに蓄積していった結果が,三層構造というわけです.上記コンテンツのほか,「#334. 英語語彙の三層構造」 ([2010-03-27-1]) や「#1296. 三層構造の例を追加」 ([2012-11-13-1]) より具体例を覗いてみてください.
 さて,「英語語彙の三層構造」は英語史では定番の話題です.定番すぎて神話化しているといっても過言ではありません.そこで本記事では,あえてその脱神話化を図ろうと思います.以下は英語史上級編の話題になりますのでご注意ください.すでに「#2643. 英語語彙の三層構造の神話?」 ([2016-07-22-1]) や「#2279. 英語語彙の逆転二層構造」 ([2015-07-24-1]) でも部分的に取り上げてきた話題ですが,今回は上記コンテンツに依拠しながら fear -- terror -- trepidation という3語1組 (triset) に焦点を当てて議論してみます.

 (1) コンテンツ内では,この triset のような「類例は枚挙に遑がない」と述べられています.私自身も英語史概説書や様々な記事で同趣旨の文章をたびたび書いてきたのですが,実は「遑」はかなりあるのではないかと考えています.「類例をひたすら挙げてみて」と言われてもたいした数が挙がらないのが現実です.しかも「きれい」な例を挙げなさいと言われると,これは相当に難問です.

 (2) 今回の fear - terror - trepidation はかなり「きれい」な例のようにみえます.しかしどこまで本当に「きれい」かというのが私の問題意識です.一般の英語辞書の語源欄では確かに terror はフランス語から,trepidation はラテン語から入ったとされています.おおもとは両語ともラテン語にさかのぼり,前者は terrōrem,後者は trepidātiō が語源形となります(ちなみに,ともに印欧語根は *ter- にさかのぼり共通です).terror はもともとラテン語の単語だったけれどもフランス語を経由して英語に入ってきたという意味において「フランス語からの借用語」と表現することは,語源記述の慣習に沿ったもので,まったく問題はありません.
 ところが,OEDterror の語源記述をみると "Of multiple origins. Partly a borrowing from French. Partly a borrowing from Latin." とあります.「フランス語からの借用語である」とは断定していないのです.語源学的にいって,この種の単語はフランス語から入ったのかラテン語から入ったのか曖昧なケースが多く,研究史上多くの議論がなされてきました.この議論に関心のある方はこちらの記事セットをご覧ください.
 難しい問題ですが,私としては terror をひとまずフランス借用語と解釈してよいだろうとは考えています.その根拠の1つは,中英語での初期の優勢な綴字がフランス語風の <terrour> だったことです.ラテン語風であれば <terror> となるはずです.逆にいえば,現代英語の綴字 <terror> は,後にラテン語綴字を参照した語源的綴字 (etymological_respelling) の例ということになります.要するに,現代の terror は,後からラテン語風味を吹き込まれたフランス借用語ということではないかと考えています.
 この terror の出自の曖昧さを考慮に入れると,問題の triset は典型的な「英語 -- フランス語 -- ラテン語」の型にがっちりはまる例ではないことになります.少なくとも例としての「きれいさ」は,100%から80%くらいまでに目減りしたように思います.

 (3) 次に trepidation についてですが,OED によればラテン語から直接借用されたものとあります.一方,研究社の『英語語源辞典』は,フランス語 trépidation あるいはラテン語 trepidātiō(n)- に由来するものとし,慎重な姿勢をとっています.なお,この単語の英語での初出は1605年ですが,OED 第2版の情報によると,フランス語ではすでに15世紀に trépidation が文証されているということです.terror に続き trepidation の出自にも曖昧なところが出てきました.問題の triset の「きれいさ」は,80%からさらに70%くらいまで下がった感じがします.

 (4) コンテンツ内でも触れられているように,三層構造の中層を占めるフランス借用語層は,実際には下層を占める英語本来語層とも融合していることが多いです (ex. clear, cry, fool, humour, safe) .きれいな三層構造を構成しているというよりは,英仏語の層をひっくるめたり,仏羅語の層をひっくるめたりして,二層構造に近くなるという側面があります.
 さらに「逆転二層構造」と呼ぶべき典型的でない例も散見されます.例えば,同じ「谷」でも中層を担うはずのフランス借用語 valley は日常的な響きをもちますが,下層を担うはずの英語本来語 dale はかえって文学的で高尚な響きをもつともいえます.action/deed, enemy/foe, reward/meed も類例です(cf. 「#2279. 英語語彙の逆転二層構造」 ([2015-07-24-1])).英語語彙の三層構造は,本当のところは評判ほど「きれい」でもないのです.

 以上,「英語語彙の三層構造」の脱神話化を図ってみました.私も全体論としての「英語語彙の三層構造」を否定する気はまったくありません.私自身いろいろなところで書いてきましたし,今後も書いてゆくつもりです.ただし,そこに必ずしも「きれい」ではない側面があることには留意しておきたいと思うのです.
 英語語彙の三層構造の諸側面に関心をもった方はこちらの記事セットをどうぞ.

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2021-05-11 Tue

#4397. star で英語史 [lexical_stratification][latin][lexicology][astrology][sound_change][vowel][etymology][loan_word][hellog_entry_set][khelf_hel_intro_2021]

 年度初めから5月末まで開催中の「英語史導入企画2021」も後半戦に入ってきました.昨日大学院生より公表されたコンテンツは「ことばの中にひそむ「星」」です.starastrology (占星術)を中心とする英単語の語源・語誌エッセーで,本企画の趣旨にピッタリです.まさかの展開で,話しが disaster, consider, desire, influenza, disposition にまで及んでいきます.きっと英単語の語源に興味がわくことと思います.
 星好きの私も,星(座)に関係する話題をいくつか書いてきましたので紹介します.まず,上記コンテンツの関心と重なる star の語源について「#1602. star の語根ネットワーク」 ([2013-09-15-1]) をどうぞ.
 英語 star とラテン語 stella (cf. フランス語 etoile)を比べると rl の違いがありますが,これはどういうことかと疑問に思ったら「#1597. starstella」 ([2013-09-10-1]) をご覧ください.
 次に star の形態についてです.古英語では steorra,中英語では sterre などの綴字で現われるのが普通で,母音は /a/ ではなく /e/ だったと考えられます.なぜこれが /a/ へと変化し,語の綴字としてもそれを反映して star とされたのでしょうか.実は,現代英語の heart, clerk, Derby, sergeant などの発音と綴字の問題にも関わるおもしろいトピックです.「#2274. heart の綴字と発音」 ([2015-07-19-1]) をどうぞ.
 占星術といえば黄道十二宮や星座の名前が関連してきます.ここに,英語史を通じて育まれてきた語彙階層 (lexical_stratification) の具体例を観察することができます.「うお座」は the Fish ですが,学術的に「双魚宮」という場合には Pisces となりますね.ぜひ「#3846. 黄道十二宮・星座名の語彙階層」 ([2019-11-07-1]) をお読みください.また,英語での星座名の一覧は「#3707. 88星座」 ([2019-06-21-1]) より.
 star 周りの素材のみを用いて英語史することが十分に可能です.以上すべてをひっくるめて読みたい場合は,こちらの記事セットを.

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2021-05-09 Sun

#4395. 英語の類義語について調べたいと思ったら [khelf_hel_intro_2021][thesaurus][dictionary][lexicology][htoed][semantics][synonym][corpus][methodology]

 英語を学ぶ上で,類義語 (synonym) というのは厄介です.訳語としては同じなのに,実際にはニュアンスの違いがあるというのだから手間がかかります.一般に言語において完全な同義語はないとされますが,意味が微妙に異なる類義語というのは,思っている以上に多く存在します.
 日本語で考えてみれば,類義語の多さにはすぐに気づくでしょう.「疲れる」の類義語を挙げてみましょう.「くたびれる」「くたばる」「へたばる」「へばる」「グロッキー」「バテる」「疲労する」「困憊する」「へとへとになる」「ふらふらになる」「疲れ切る」など,それぞれ独特のコノテーションがありますね.
 英語で「疲れた」といえば,第一に tired が思い浮かびますが,他に exhausted, drained, weary, worn out, shattered, pooped, fatigued などもあります.学習するには厄介ですが,各々独自のコノテーションをもっており存在意義があるようです.昨日の「英語史導入企画2021」のためのコンテンツは,学部生による「「疲れた」って表現、多すぎない?」です.こちらもご覧ください.
 このような類義語に関心をもったら,まず当たるべきは学習者用の英英辞典です.例えば Longman Dictionary of Contemporary English (= LDOCE) などでは,たいてい主要な見出し語(例えば tired)のもとに,THESAURUS という類義語コーナーが設けられており,各類義語の使い分けが簡潔に記されています.
 thesaurus というのは,ずばり類義語辞典のこと.とすれば,類義語辞典そのものに当たるのが早いといえば早いですね.例えば,Oxford Learner's Thesaurus によれば,各類義語のニュアンス,用例,コロケーションが細かく解説されています.以下のように,どんどん記述が続いていきます.かゆいところに手が届く辞典ですね.

Synonyms of

 さらに詳しく調べたいのであれば,各類義語が用いられている「現場」からの事例を多数集めて分析することが必要になります.こうなるとコーパスの利用が有用です.まずは,イギリス英語とアメリカ英語の各々について,BNCwebCOCA というコーパスに当たってみるのがお薦めです.
 「英語史導入企画2021」の開催中ということで,かなり高度な研究ツールながらも歴史的類義語辞典なるもの紹介しておきましょう.Historical Thesaurus of the Oxford English Dictionary (= HTOED) です.詳細は「#3159. HTOED」 ([2017-12-20-1]) をどうぞ.

Referrer (Inside): [2021-05-30-1]

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2021-05-08 Sat

#4394. 「疑いの2」の英語史 [khelf_hel_intro_2021][etymology][comparative_linguistics][indo-european][oe][lexicology][loan_word][germanic][italic][latin][french][edd][grimms_law][etymological_respelling][lexicology][semantic_field]

 印欧語族では「疑い」と「2」は密接な関係にあります.日本語でも「二心をいだく」(=不忠な心,疑心をもつ)というように,真偽2つの間で揺れ動く心理を表現する際に「2」が関わってくるというのは理解できる気がします.しかし,印欧諸語では両者の関係ははるかに濃密で,語形成・語彙のレベルで体系的に顕在化されているのです.
 昨日「英語史導入企画2021」のために大学院生より公開された「疑いはいつも 2 つ!」は,この事実について比較言語学の観点から詳細に解説したコンテンツです.印欧語比較言語学や語源の話題に関心のある読者にとって,おおいに楽しめる内容となっています.
 上記コンテンツを読めば,印欧諸語の語彙のなかに「疑い」と「2」の濃密な関係を見出すことができます.しかし,ここで疑問が湧きます.なぜ印欧語族の一員である英語の語彙には,このような関係がほとんど見られないのでしょうか.コンテンツの注1に,次のようにありました.

現代の標準的な英語にはゲルマン語の「2」由来の「疑い」を意味する単語は残っていないが,English Dialect Dictionary Online によればイングランド中西部のスタッフォードシャーや西隣のシュロップシャーの方言で tweag/tweagle 「疑い・当惑」という単語が生き残っている.


 最後の「生き残っている」にヒントがあります.コンテンツ内でも触れられているとおり,古くは英語にもドイツ語や他のゲルマン語のように "two" にもとづく「疑い」の関連語が普通に存在したのです.古英語辞書を開くと,ざっと次のような見出し語を見つけることができました.

 ・ twēo "doubt, ambiguity"
 ・ twēogende "doubting"
 ・ twēogendlic "doubtful, uncertain"
 ・ twēolic "doubtful, ambiguous, equivocal"
 ・ twēon "to doubt, hesitate"
 ・ twēonian "to doubt, be uncertain, hesitate"
 ・ twēonigend, twēoniendlic "doubtful, expressing doubt"
 ・ twēonigendlīce "perhaps"
 ・ twēonol "doubtful"
 ・ twīendlīce "doubtingly"

 これらのいくつかは初期中英語期まで用いられていましたが,その後,すべて事実上廃用となっていきました.その理由は,1066年のノルマン征服の余波で,これらと究極的には同根語であるラテン語やフランス語からの借用語に,すっかり置き換えられてしまったからです.ゲルマン的な "two" 系列からイタリック的な "duo" 系列へ,きれいさっぱり引っ越ししたというわけです(/t/ と /d/ の関係についてはグリムの法則 (grimms_law) を参照).現代英語で「疑いの2」を示す語例を挙げてみると,

doubt, doubtable, doubtful, doubting, doubtingly, dubiety, dubious, dubitate, dubitation, dubitative, indubitably


など,見事にすべて /d/ で始まるイタリック系借用語です.このなかに dubious のように綴字 <b> を普通に /b/ と発音するケースと,doubt のように <b> を発音しないケース(いわゆる語源的綴字 (etymological_respelling))が混在しているのも英語史的にはおもしろい話題です (cf. 「#3333. なぜ doubt の綴字には発音しない b があるのか?」 ([2018-06-12-1])).
 このようにゲルマン系の古英語単語が中英語期以降にイタリック系の借用語に置き換えられたというのは,英語史上はありふれた現象です.しかし,今回のケースがおもしろいのは,単発での置き換えではなく,関連語がこぞって置き換えられたという点です.語彙論的にはたいへん興味深い現象だと考えています (cf. 「#648. 古英語の語彙と廃語」 ([2011-02-04-1])).
 こうして現代英語では "two" 系列で「疑いの2」を表わす語はほとんど見られなくなったのですが,最後に1つだけ,その心を受け継ぐ表現として be in/of two minds about sb/sth (= to be unable to decide what you think about sb/sth, or whether to do sth or not) を紹介しておきましょう.例文として I was in two minds about the book. (= I didn't know if I liked it or not) など.

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2021-05-08 Sat

#4394. 「疑いの2」の英語史 [khelf_hel_intro_2021][etymology][comparative_linguistics][indo-european][oe][lexicology][loan_word][germanic][italic][latin][french][edd][grimms_law][etymological_respelling][lexicology][semantic_field]

 印欧語族では「疑い」と「2」は密接な関係にあります.日本語でも「二心をいだく」(=不忠な心,疑心をもつ)というように,真偽2つの間で揺れ動く心理を表現する際に「2」が関わってくるというのは理解できる気がします.しかし,印欧諸語では両者の関係ははるかに濃密で,語形成・語彙のレベルで体系的に顕在化されているのです.
 昨日「英語史導入企画2021」のために大学院生より公開された「疑いはいつも 2 つ!」は,この事実について比較言語学の観点から詳細に解説したコンテンツです.印欧語比較言語学や語源の話題に関心のある読者にとって,おおいに楽しめる内容となっています.
 上記コンテンツを読めば,印欧諸語の語彙のなかに「疑い」と「2」の濃密な関係を見出すことができます.しかし,ここで疑問が湧きます.なぜ印欧語族の一員である英語の語彙には,このような関係がほとんど見られないのでしょうか.コンテンツの注1に,次のようにありました.

現代の標準的な英語にはゲルマン語の「2」由来の「疑い」を意味する単語は残っていないが,English Dialect Dictionary Online によればイングランド中西部のスタッフォードシャーや西隣のシュロップシャーの方言で tweag/tweagle 「疑い・当惑」という単語が生き残っている.


 最後の「生き残っている」にヒントがあります.コンテンツ内でも触れられているとおり,古くは英語にもドイツ語や他のゲルマン語のように "two" にもとづく「疑い」の関連語が普通に存在したのです.古英語辞書を開くと,ざっと次のような見出し語を見つけることができました.

 ・ twēo "doubt, ambiguity"
 ・ twēogende "doubting"
 ・ twēogendlic "doubtful, uncertain"
 ・ twēolic "doubtful, ambiguous, equivocal"
 ・ twēon "to doubt, hesitate"
 ・ twēonian "to doubt, be uncertain, hesitate"
 ・ twēonigend, twēoniendlic "doubtful, expressing doubt"
 ・ twēonigendlīce "perhaps"
 ・ twēonol "doubtful"
 ・ twīendlīce "doubtingly"

 これらのいくつかは初期中英語期まで用いられていましたが,その後,すべて事実上廃用となっていきました.その理由は,1066年のノルマン征服の余波で,これらと究極的には同根語であるラテン語やフランス語からの借用語に,すっかり置き換えられてしまったからです.ゲルマン的な "two" 系列からイタリック的な "duo" 系列へ,きれいさっぱり引っ越ししたというわけです(/t/ と /d/ の関係についてはグリムの法則 (grimms_law) を参照).現代英語で「疑いの2」を示す語例を挙げてみると,

doubt, doubtable, doubtful, doubting, doubtingly, dubiety, dubious, dubitate, dubitation, dubitative, indubitably


など,見事にすべて /d/ で始まるイタリック系借用語です.このなかに dubious のように綴字 <b> を普通に /b/ と発音するケースと,doubt のように <b> を発音しないケース(いわゆる語源的綴字 (etymological_respelling))が混在しているのも英語史的にはおもしろい話題です (cf. 「#3333. なぜ doubt の綴字には発音しない b があるのか?」 ([2018-06-12-1])).
 このようにゲルマン系の古英語単語が中英語期以降にイタリック系の借用語に置き換えられたというのは,英語史上はありふれた現象です.しかし,今回のケースがおもしろいのは,単発での置き換えではなく,関連語がこぞって置き換えられたという点です.語彙論的にはたいへん興味深い現象だと考えています (cf. 「#648. 古英語の語彙と廃語」 ([2011-02-04-1])).
 こうして現代英語では "two" 系列で「疑いの2」を表わす語はほとんど見られなくなったのですが,最後に1つだけ,その心を受け継ぐ表現として be in/of two minds about sb/sth (= to be unable to decide what you think about sb/sth, or whether to do sth or not) を紹介しておきましょう.例文として I was in two minds about the book. (= I didn't know if I liked it or not) など.

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2021-04-13 Tue

#4369. Brexit --- 現代の病理と遊びの語形成 [blend][morphology][shortening][lexicology][neologism][abbreviation][word_play][word_formation][khelf_hel_intro_2021]

 この4月に立ち上げた「英語史導入企画2021」にて,昨日「Brexitと「誰うま」新語」と題する大学院生によるコンテンツがアップされた.混成語 Brexit に焦点を当てた学術論文を紹介しつつ,言語学的および社会学的な観点から要約したレビュー・コンテンツといってよいだろう.取っつきやすい話題でありながら,密度の濃い議論となっている.本企画の趣旨を意識して導入的ではありながらも本格派のコンテンツである.
 混成語 (blend) とは,混成 (blending) と呼ばれる語形成 (word_formation) によって作られた語のことである.簡単にいえば2語を1語に圧縮した語のことで,brunch (= breakfast + lunch) や smog (= smoke + fog) が有名である.複数のものを強引に1つの入れ物に詰め込むイメージから,かばん語 (portmanteau word) と呼ばれることもある.混成(語)の特徴など言語学的な側面については,「#630. blend(ing) あるいは portmanteau word の呼称」 ([2011-01-17-1]),「#893. shortening の分類 (1)」 ([2011-10-07-1]),「#3722. 混成語は右側主要部の音節数と一致する」 ([2019-07-06-1]) などを参照されたい.
 問題の Brexit は,いわずとしれた Britain + exit の混成語だが,それが表わす国際政治上の出来事があまりに衝撃的だったために,それをもじった Bregret (= Britain + regret) や Regrexit (regret + exit) のような半ば冗談の混成語が次々と現われ,半ば本気で定着してきた.上記のコンテンツと論文(および「#2624. Brexit, Breget, Regrexit」 ([2016-07-03-1]))で考察されているのは,まさにこの本気のような冗談のような現象である.
 混成は,英語史において比較的新しい語形成であり,本質的には現代英語的な語形成といってもよい.「#631. blending の拡大」 ([2011-01-18-1]) で挙げたように多数の例が身近に見出せるため,このことはにわかには信じられないかもしれないが,事実である.これについては「#631. blending の拡大」 ([2011-01-18-1]),「#876. 現代英語におけるかばん語の生産性は本当に高いか?」 ([2011-09-20-1]),「#940. 語形成の生産性と創造性」 ([2011-11-23-1]) などでも論じてきた通りである.
 実のところ,混成のみならず,より広く短縮 (shortening) という語形成がおよそ近現代的な現象なのである.こちらについても「#878. Algeo と Bauer の新語ソース調査の比較」 ([2011-09-22-1]),「#879. Algeo の新語ソース調査から示唆される通時的傾向」([2011-09-23-1]),「#889. acronym の20世紀」 ([2011-10-03-1]),「#2982. 現代日本語に溢れるアルファベット頭字語」 ([2017-06-26-1]) を確認されたい.
 では,なぜ現代にかけて混成を含めた短縮を旨とする諸々の語形成が,これほど著しく成長してきたのだろうか.「#3329. なぜ現代は省略(語)が多いのか?」 ([2018-06-08-1]) で挙げた3点を,ここに再掲しよう.

 (1) 時間短縮,エネルギー短縮の欲求の高まり.情報の高密度化 (densification) の傾向.
 (2) 省略表現を使っている人は,元の表現やその指示対象について精通しているという感覚,すなわち「使いこなしている感」がある.そのモノや名前を知らない人に対して優越感のようなものがあるのではないか.元の表現を短く崩すという操作は,その表現を熟知しているという前提の上に成り立つため,玄人感を漂わせることができる.
 (3) 省略(語)を用いる動機はいつの時代にもあったはずだが,かつては言語使用における「堕落」という負のレッテルを貼られがちで,使用が抑制される傾向があった.しかし,現代は社会的な縛りが緩んできており,そのような「堕落」がかつてよりも許容される風潮があるため,潜在的な省略欲求が顕在化してきたということではないか.

 (1) は,混成(語)のなかに,あらゆる物事に効率性を求める情報化社会の精神の反映をみる立場である.これまで2語で表わしていた意味や情報を,混成語ではただ1語で表現することができるのだ.まさに時短,効率,節約.しかし,これが行き過ぎると,人生や生活と同様に,何ともせわしく殺伐としてくるものである.
 しかし,この情報化社会の病理というべき負の力とバランスを取るべく,正の力も同時に働いているように思われるのだ.(3) に指摘されている「緩み」がその1つだろう.これは,上記コンテンツ内で触れられている「遊び心」にも近い.混成語は,「Brexit って何の略でしょうか?」――「答えは,Britain + exit の略でした!」というようなナゾナゾが似合う代物でもあるのだ(cf. 「#3595. ことば遊びの3つのタイプ」 ([2019-03-01-1]) でいう「技巧型」のことば遊び).ここには,せわしなさや殺伐とした気味はなく,むしろ健全な「遊び心」が宿っているように思われる.英語の混成(語)は,一見すると現代社会の病理の反映ようにもみえるが,別の観点からは,むしろ健全な遊びでもあるのだ.
 語形短縮の意義を巡っては「#1946. 機能的な観点からみる短化」 ([2014-08-25-1]),「#3708. 省略・短縮は形態上のみならず機能上の問題解決法である」 ([2019-06-22-1]) の議論も参照されたい.

Referrer (Inside): [2024-01-18-1]

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2021-03-14 Sun

#4339. American Dialect Society による2020年の "Word of the Year" --- Covid [ads][woy][covid][shortening][lexicology][neologism]

 少々遅ればせながらの話題たが,American Dialect Society による2020年の Word of the Year を紹介しよう.案の定 Covid である.
 1年ちょっと前には存在すらしなかったこの単語が,今や世界で最もよく使われる語の1つとなった.問題のウィルスを Covid-19 と WHO が命名したのが2020年2月のこと.その後すぐに Covid と短縮され,単体で用いられるだけでなく,Covid crisis, Covid relief, Covid vaccine のような複合語の部分としても広く用いられるようになった.詳細はこちらのページをどうぞ.さらに詳しくは,こちらのプレスリリース (PDF) も参照.
 このプレスリリースより,受賞を逃した他のノミネート語を,その定義とともに挙げてみよう.Covid 絡みのものが圧倒的に多い.

 ・ Covid: shorthand for Covid-19, the name given to the disease caused by infection from novel coronavirus; also used more broadly to refer to the pandemic and its impacts
 ・ 2020: used to sum up chaotic and despondent feelings inspired by the year’s events
 ・ antiracism: the practice of actively working to prevent or combat racism
 ・ Before Times: the time before the beginning of the pandemic (followed by Now Times or After Times)
 ・ BIPOC: acronym for Black, Indigenous and People of Color or Black and Indigenous People of Color
 ・ doomscrolling: obsessively scanning social media and websites for bad news
 ・ pandemic: epidemic over a wide area affecting a large proportion of the population
 ・ social distancing: keeping away from others as much as possible to prevent the spread of coronavirus
 ・ unprecedented: never having happened, existed, or experienced before

 American Dialect Society による1990年以降の受賞語(とノミネート語)のリストはこちら

Referrer (Inside): [2021-04-23-1]

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2021-03-09 Tue

#4334. 婉曲語法 (euphemism) についての書誌 [euphemism][bibliography][semantics][lexicology][taboo][slang][swearing][sociolinguistics][thesaurus][terminology][hel_education]

 英語の語彙や意味の問題として,婉曲語法 (euphemism) は学生にも常に人気のあるテーマである.隣接領域として taboo, swearing, slang のテーマとも関わり,社会言語学寄りの語彙の問題として広く興味を引くもののようだ.
 そもそも euphemism とは何か.まずは Cruse の用語辞典より解説を与えよう (57--58) .

euphemism An expression that refers to something that people hesitate to mention lest it cause offence, but which lessens the offensiveness by referring indirectly in some way. The most common topics for which we use euphemisms are sexual activity and sex organs, and bodily functions such as defecation and urination, but euphemisms can also be found in reference to death, aspects of religion and money. The main strategies of indirectness are metonymy, generalisation, metaphor and phonological deformation.

   Sex:
   intercourse   go to bed with (metonymy), do it (generalisation)
   penis   His member was clearly visible (generalisation)
   Bodily function:
   defecate   go to the toilet (metonymy), use the toilet (generalisation)
   Death:
   die   pass away (metaphor), He's no longer with us (generalisation)
   Religion:
   God   gosh, golly (phonological deformation)
   Jesus   gee whiz (phonological deformation)
   Hell   heck (phonological deformation)


 この種の問題に関心をもったら,まずは本ブログより「#469. euphemism の作り方」 ([2010-08-09-1]),「#470. toilet の豊富な婉曲表現」 ([2010-08-10-1]),「#992. 強意語と「限界効用逓減の法則」」 ([2012-01-14-1]) を始めとして (euphemism) の記事群,それから taboo の記事群にも広く目を通してもらいたい.
 その後,以下の概説書の該当部分に当たるとよい.

 ・ Williams, Joseph M. Origins of the English Language: A Social and Linguistic History. New York: Free P, 1975. pp. 198--203.
 ・ Hughes, G. A History of English Words. Oxford: Blackwell, 2000. pp. 43--49.
 ・ Brinton, Laurel J. and Leslie K. Arnovick. The English Language: A Linguistic History. Oxford: OUP, 2006. pp. 80--81.

 書籍レベルとしては,Bussmann (157) と McArthur (387) の参考文献リストより,以下を掲げる.

 ・ Allan, K. and K. Burridge. Euphemism and Dysphemism: Language Used as a Shield and Weapon. New York: OUP, 1991.
 ・ Ayto, J. Euphemisms: Over 3,000 Ways to Avoid Being Rude or Giving Offence. London: 1993.
 ・ Enright, D. J., ed. Fair of Speech: The Uses of Euphemism. Oxford: OUP, 1985.
 ・ Holder, R. W. A Dictionary of American and British Euphemisms: The Language of Evasion, Hypocrisy, Prudery and Deceit. Rev. ed. London: 1989. Bath: Bath UP, 1985.
 ・ Lawrence, J. Unmentionable and Other Euphemisms. London: 1973.
 ・ Rawson, Hugh. A Dictionary of Euphemisms & Other Doubletalk. New York: Crown, 1981.

 具体的な語の調査にあたっては,もちろん OED,各種の類義語辞典 (thesaurus),Room の語の意味変化の辞典などをおおいに活用してもらいたい.

 ・ Cruse, Alan. A Glossary of Semantics and Pragmatics. Edinburgh: Edinburgh UP, 2006.
 ・ Bussmann, Hadumod. Routledge Dictionary of Language and Linguistics. Trans. and ed. Gregory Trauth and Kerstin Kazzizi. London: Routledge, 1996.
 ・ McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: OUP, 1992.
 ・ Room, Adrian, ed. NTC's Dictionary of Changes in Meanings. Lincolnwood: NTC, 1991.

Referrer (Inside): [2021-05-30-1]

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2021-03-03 Wed

#4328. 16世紀の専門分野の用語集たち [lexicography][lexicology][dictionary][mulcaster]

 連日の記事で,16世紀後半に史上初の英英辞書が生み出されるに至った歴史的背景について考えてきた (cf. 「#4324. 最初の英英辞書は Coote の The English Schoole-maister?」 ([2021-02-27-1]),「#4325. 最初の英英辞書へとつなげた Coote の意義」 ([2021-02-28-1]),「#4326. 最初期の英英辞書のラインは Coote -- Cawdrey -- Bullokar」 ([2021-03-01-1]),「#4327. 羅英辞書から英英辞書への流れ」 ([2021-03-02-1]) .
 これまで論じてきた流れと平行的に,もう1つ触れておくべき重要な系譜があった.それは,辞書というほど体系的なものではないのだが,定義・説明が付された専門分野の用語集というべき存在である.ここには,単語リストかそれに毛が生えた程度のものも含まれる.ちょっとしたものから,そこそこの規模のものまで,16世紀には70以上の専門用語集が出版されていたというから驚きだ.Dixon (45--46) から,いくつか箇条書きしてみよう.

 ・ 馬の病気とケガに関する The Boke of Husbandry 中の38語のリスト (1523)
 ・ 病気,薬(草),医学用語を含む426語のリスト (1543)
 ・ 古典古代の129語と解説を含む The first Syxe Bokes of the Mooste christian Poet Marcellus Palingenius, Called the Zodiake of Life (1561)
 ・ 聖書に関連する95語を含む A Postill [gloss] or Exposition of the Gospels (1569)
 ・ 幾何学の49語と定義を含む The Elements of Geometrie (1570)
 ・ 薬の重さの単位を扱った10語ほどのリスト (1583)

 このような専門分野の用語集が広く出版されるようになると,専門分野を問わない一般的な語彙集もあると便利だろうという発想が自然と湧き出てくる.その必要性を訴えたのが「#441. Richard Mulcaster」 ([2010-07-12-1]) であり,彼こそが The First Part of the Elementarie (1582) の中での8000語ほどの語彙集 "Generall Table" を提示した人物だったのである.

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2021-02-08 Mon

#4305. 専門的な分野の語彙は統一に向かう --- 「大いなる模写」 [borrowing][lexicology][loan_word][scientific_name][scientific_english]

 アジェージュが,専門的な分野の語彙は異なる言語間で貸し借りされ,統一に向かう傾向があると指摘している.
 典型的に科学用語を念頭におくと,確かにその語彙は少なくとも様々な西洋語間で,そして多くの場合世界の多数の言語間でも,共通していることが多い.たとえ各言語へ翻訳され語形こそ共通ではなくなったケースでも,その意味(科学的な定義)はほぼ同一に保たれるのが普通である.専門的な分野の語彙が言語境界を越えて伝播していく傾向について,アジェージュ (210--11) は「大いなる模写」という印象的な名前を与えながら指摘している.

大いなる模写

 豊富な借用は,ヨーロッパの諸言語の語彙のなかに,言語の壁をこえた同語反復のひろがりを作り出している.ヨーロッパ以外の大陸の諸言語についても同じことがいえる.たしかに,ヨーロッパ以外の諸言語は,語彙を豊かにするために古典的基盤に頼り,つねにそこから語彙の源を汲んでいる.たとえば,ヒンディー語,タイ語,ビルマ語などの東南アジアの諸言語にはサンスクリットとパーリ語,日本語には古典中国語や訓読漢字語,テュルク系言語やモンゴル系言語には古トルコ語と古モンゴル語がそれにあたる.しかし,これらすべての言語はまた同様に,専門用語を作り出す必要に答えるために,英語にも頼っている.そしてこの英語も,多くの学問用語をラテン語,ギリシア語の語根から形成しているのである.
 その結果,多くのヨーロッパやその他の地域の言語がギリシア・ラテンの系統に属さないとしても,専門用語は全般的によく似ていることになる.このような相同性が言語の習得を容易にしたり,少なくとも受け身の理解をしやすくしているとしたら,メイエが強調するように〔中略〕,諸言語はそれぞれたがいの巨大で忠実なコピーとなってしまうのだろうか? 各言語の単語がたがいに異質な諸文明のはてしなく多様な支柱ではなくなり――その場合には翻訳はしばしば甘美な難業となる――,すべての文化に共通な概念と対象をいつも同じように表わすできあいの鋳型になっていたのであれば,このような単語の有用性はとくに実用に資するものとなり,経済的に正当化されるであろう.そうなれば,新しい言語の獲得が精神を豊かにするなどとは,見なされなくなるだろう.
 しかし実際には,ヨーロッパの諸言語内での大幅な模写は,きわめて専門的な語彙でしか起こっておらず,その意味で語彙の特定の部分に限られている.残りの部分はもとの状態のままであり,とくに慣用表現などがそうである(とはいえ,慣用表現の分野でも収束現象が見られないわけではないが).そして何よりも,ひとつの言語の本質を形づくる文法構造は,それぞれに特有の形でありつづけている.そうである以上,多数の言語が繁茂することは,無機的で取り替え可能な道具が大量に存在するのとはわけがちがうのである.専門的な分野の語彙に統一に向かう傾向があるのは,このような生命の開花と矛盾するどころか,その正当な限界を記しづけているのである.


 アジェージュの趣旨は,専門的な分野の語彙に関していえば確かに「大いなる模写」の傾向は見られるが,あくまでそれは部分的で表面的なものにすぎず,言語体系全体に関しての「さらなる大いなる模写」などあり得ない,ということだ.引用最後で,大いなる模写の「正当な限界」にまで言い及んでいる.実は言語の模写の小なることを訴えたい文章だったのではないか,と解釈しなおした.
 英語史の立場からの科学用語の造語・伝播の問題については「#1694. 科学語彙においてギリシア語要素が繁栄した理由」 ([2013-12-16-1]),「#3013. 19世紀に非難された新古典主義的複合語」 ([2017-07-27-1]),「#3166. 英製希羅語としての科学用語」 ([2017-12-27-1]),「#3179. 「新古典主義的複合語」か「英製羅語」か」 ([2018-01-09-1]),「#4191. 科学用語の意味の諸言語への伝播について」 ([2020-10-17-1]) などの記事をどうぞ.

 ・ グロード・アジェージュ(著),糟谷 啓介・佐野 直子(訳) 『共通語の世界史 --- ヨーロッパ諸語をめぐる地政学』 白水社,2018年.

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2020-12-08 Tue

#4243. 英単語の意味変化の辞典 --- NTC's Dictionary of Changes in Meanings [dictionary][lexicology][semantic_change][oed][bibliography][bleaching]

 あまり知られていないと思われる NTC's Dictionary of Changes in Meanings を紹介します.英単語の意味変化に特化した辞典です.これを手元に置いておくと便利なことが多いです.単語ごとにその意味変化を調べようと思えば,まずは OED に当たるのが普通です.しかし,OED はあまりに情報量が多すぎて,ちょっと調べたい場合には適さないことも多いですね.鶏を割くにいずくんぞ牛刀を用いん,ということになりかねません.そんなときに手近に置いておくと便利な辞典の1つが,この Room (編)の辞書です.意味変化に焦点を絞って編まれています.ありがたや.
 先日,院生からのインプットで passion という語の起源について関心をもちました.その意味は,「情熱」はもちろん「(キリスト教徒の)受難」もありますし「受動」 (cf. passive) もあります.互いにどう関係するのでしょうか.もともとの語源はラテン語 patī (to suffer) です.堪え忍ぶからこそ「受難」なのであり,受難を堪え忍ばせるだけの「情熱」ともなるわけです.「受動,受け身」の語義も納得できるでしょう.宗教的な強い感情を表わすのに相応しい語源ですね.
 しかし,その強い情熱的感情を表わした語が,常用されるうちに「強意逓減の法則」により,単なる「あこがれ」へと弱まっていきます.現在では He has a passion for golf. のように薄められた意味で用いられるようになっています.
 では,上記の意味変化の辞書で passion (200--01) に当たってみましょう.以下のようにありました.

passion (strong feeling, especially of sexual love; outbreak of anger)
The earliest 'passion' was recorded in English in the twelfth century, and was the suffering of pain, and in particular the sufferings of Christ (as which today it is usually spelt with a capital letter). This is therefore the meaning in the Bible in Acts 1:3, where the word was retained from Wyclif's translation of 1382 down to later versions of the sixteenth and seventeenth centuries (in the Authorized Version of 1611: 'To whom also he shewed himself alive after his passion'). In the fourteenth century, the sense expanded from physical suffering to mental, and entered the emotional fields of strongly experienced hope, fear, love, hate, joy, ambition, desire, grief and much else that can be keenly felt. In the sixteenth century, there was a kind of polarization of meaning into 'angry outburst' on the one hand, and 'amorous feeling' on the other, with the latter sense of 'passion' acquiring a more specifically sexual connotation in the seventeenth century Finally, and also in the seventeenth century, 'passion' gained its inevitably weakened sense (after so much strength) as merely 'great liking for' (as a 'passion' for riding or growing azaleas).


 「強意逓減の法則」を体現している好例といってよさそうです.

 ・ Room, Adrian, ed. NTC's Dictionary of Changes in Meanings. Lincolnwood: NTC, 1991.

Referrer (Inside): [2021-10-05-1] [2021-01-23-1]

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2020-10-29 Thu

#4203. コーパス言語学の基本的な用語を解説 --- lemma [terminology][corpus][hel_education][lexicology][pos][verb][conjugation][inflection]

 先日,大学の授業でコーパスセミナーを開催した.BNCweb, COCA, COHA, EEBO corpus などの代表的な共時的・通時的英語コーパスに初めて触れる学部生に,使用経験者である大学院生が講師としてコーパス利用のいろはを指南するという Zoom によるオンライン企画である.
 一見,コーパス利用というのは初心者にはハードルが高いと思われがちが,適切な導入があれば,複雑な検索や応用的な利用法は別にしても,十分にその日から便利に使いこなすことができる.
 しかし,意外と落とし穴となり得るのは,コーパス周りの用語 (terminology) かもしれない.例えば「love を動詞で POS 指定して lemma 検索をし,その concordance line を KWIC で表示させ,前後数語のフレームで collocation を取ってから log-likelihood を出しておいてね.必要に応じて noise をマニュアルで除去しておいてよ.」などという指示を,初心者の誰が理解できようか! ということで,コーパス周りの術語(というよりもジャーゴン)を少しずつ解説してきたい.
 今回は lemma (レンマ,レマ)について.平たくいえば,辞書を念頭においた上でその「見出し語」だと思えばよい.動詞 love を例に取れば,実際の英文のなかでは,不定詞・現在形・命令形など love という裸の形態で生起することもあれば,3単現の loves として出現することもあるし,過去(分詞)形の loved や現在分詞・動名詞形の loving で現われることもあるだろう(「崩れた」lovin' 等として起こるかもしれない).love のこれらの諸形態は,確かに互いに少しずつ異なっているが,各々が異なる単語というわけではない.あくまで代表的・抽象的な love という動詞の,具体的な変化形にすぎないのである.このような代表的・抽象的な存在を lemma と呼んでいる.I love you. のように love という形態で出てきたとしても,これは love という lemma の,直説法1人称単数現在形の具体的な現われとしての love である.両者はたまたま形態的に一致しているけれども,あくまで前者は抽象的な love,後者は具体的な love として概念上は区別する必要がある.
 別の角度からみれば,私たちが英単語学習の際に習得する主たるものは,個々の見出し形ともいえる lemma と,その具体的な諸変化形ということになる.これらのワンセットが内部で適切にヒモづけられ,頭の中で整理されていれば,その単語に関して習得が完了していることになる.このワンセットとそれにつけられた名前こそが lemma なのである.
 「コーパスでlove を動詞で lemma 検索してね」というのは「動詞として用いられている love, loves, loved, loving などの例をすべて拾ってきてね」と言い換えられる.例えば BNCweb の場合には,検索式を "{love/V}" のように指定することで上記の lemma 検索が可能である.

Referrer (Inside): [2020-10-30-1]

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2020-10-17 Sat

#4191. 科学用語の意味の諸言語への伝播について [scientific_name][scientific_english][lexicology][conceptual_metaphor][lexicology][register][loan_translation][borrowing][loan_word][latin]

 科学用語に限らず,宗教的な用語など普遍的・文明的な価値をもつ語彙とその意味は,言語境界を越えて広範囲に伝播する性質をもつ.ある言語から別の言語へと語彙がほぼそのまま借用されることもあれば,翻訳されて取り込まれることもあるが,後者の場合にも翻訳語が帯びる意味は,たいていオリジナルの語と等価である.というのは,言語境界を越えて伝播するのは,語それ自体というよりは,むしろその意味 --- 問題となっている普遍的・文明的な価値 --- だからだ.
 さらにいえば,単一の語のみならず関連する語彙がまとまって伝播することが多いという点では,実際に伝播しているのは,一見すると語彙やその意味のようにみえて,実はそれらの背後に潜んでいる概念メタファー (conceptual_metaphor) なのではないかという考え方もできる.
 以上は,Meillet (20--21) の著名な意味変化論を読んでいたときに,ふと気付いたことである.その1節を原文で引用しておきたい.

Le fait est particulièrement sensible dans les groupes composés de savants, ou bien où l'élément scientifique tient une place importante. Les savants, opérant sur des idées qui ne sauraient recevoir une existence sensible que parle langage, sont très sujets à créer des vocabulaire spéciaux dont l'usage se répand rapidement dans les pays intéressés. Et comme la science est éminemment internationale, les termes particuliers inventés par les savants sont ou reproduits ou traduits dans des groupes qui parlent les langues communes les plus diverses. L'un des meilleurs exemples de ce fait est fourni par la scholastique dont la langue a eu un caractère éminemment européen, et à laquelle l'Europe doit la plus grande partie de ce que, dans la bigarrure de ses langues, elle a d'unité de vacabulaire et d'unité de sens des mots. Un mot comme le latin conscientia a pris dans la langue de l'école un sens bien défini, et les groupes savants ont employé ce mot même en français } les nécessités de la traduction des textes étrangers et le désir d'exprimer exactement la même idée ont fait rendre la même idée par les savants germaniques au moyen de mith-wissei en, gothique, de gi-wizzani en vieux haut-allemand (allemand moderne gewissen). Souvent les mots techniques de ce genre sont trduits littéralement et n'ont guère de sens dans la langue où ils sont transférés; ainsi le nom de l'homme qui a de la pitié, latin misericors, a été traduit littéralement en gotique arma-hairts (allemand barm-herzig) et a passé du germanique en slave, par example russe milo-serdyj. Ce sont là de pures transcriptions cléricales de mots latins.


 英語における科学用語については「#616. 近代英語期の科学語彙の爆発」 ([2011-01-03-1]),「#617. 近代英語期以前の専門5分野の語彙の通時分布」 ([2011-01-04-1]),「#3166. 英製希羅語としての科学用語」 ([2017-12-27-1]) などで取り上げてきたが,今回の話題と関連して,とりわけ「#1694. 科学語彙においてギリシア語要素が繁栄した理由」 ([2013-12-16-1]) を参照されたい.

 ・ Meillet, Antoine. "Comment les mots changent de sens." Année sociologique 9 (1906). 1921 ed. Rpt. Dodo P, 2009.

Referrer (Inside): [2021-07-02-1] [2021-02-08-1]

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2020-10-17 Sat

#4191. 科学用語の意味の諸言語への伝播について [scientific_name][scientific_english][lexicology][conceptual_metaphor][lexicology][register][loan_translation][borrowing][loan_word][latin]

 科学用語に限らず,宗教的な用語など普遍的・文明的な価値をもつ語彙とその意味は,言語境界を越えて広範囲に伝播する性質をもつ.ある言語から別の言語へと語彙がほぼそのまま借用されることもあれば,翻訳されて取り込まれることもあるが,後者の場合にも翻訳語が帯びる意味は,たいていオリジナルの語と等価である.というのは,言語境界を越えて伝播するのは,語それ自体というよりは,むしろその意味 --- 問題となっている普遍的・文明的な価値 --- だからだ.
 さらにいえば,単一の語のみならず関連する語彙がまとまって伝播することが多いという点では,実際に伝播しているのは,一見すると語彙やその意味のようにみえて,実はそれらの背後に潜んでいる概念メタファー (conceptual_metaphor) なのではないかという考え方もできる.
 以上は,Meillet (20--21) の著名な意味変化論を読んでいたときに,ふと気付いたことである.その1節を原文で引用しておきたい.

Le fait est particulièrement sensible dans les groupes composés de savants, ou bien où l'élément scientifique tient une place importante. Les savants, opérant sur des idées qui ne sauraient recevoir une existence sensible que parle langage, sont très sujets à créer des vocabulaire spéciaux dont l'usage se répand rapidement dans les pays intéressés. Et comme la science est éminemment internationale, les termes particuliers inventés par les savants sont ou reproduits ou traduits dans des groupes qui parlent les langues communes les plus diverses. L'un des meilleurs exemples de ce fait est fourni par la scholastique dont la langue a eu un caractère éminemment européen, et à laquelle l'Europe doit la plus grande partie de ce que, dans la bigarrure de ses langues, elle a d'unité de vacabulaire et d'unité de sens des mots. Un mot comme le latin conscientia a pris dans la langue de l'école un sens bien défini, et les groupes savants ont employé ce mot même en français } les nécessités de la traduction des textes étrangers et le désir d'exprimer exactement la même idée ont fait rendre la même idée par les savants germaniques au moyen de mith-wissei en, gothique, de gi-wizzani en vieux haut-allemand (allemand moderne gewissen). Souvent les mots techniques de ce genre sont trduits littéralement et n'ont guère de sens dans la langue où ils sont transférés; ainsi le nom de l'homme qui a de la pitié, latin misericors, a été traduit littéralement en gotique arma-hairts (allemand barm-herzig) et a passé du germanique en slave, par example russe milo-serdyj. Ce sont là de pures transcriptions cléricales de mots latins.


 英語における科学用語については「#616. 近代英語期の科学語彙の爆発」 ([2011-01-03-1]),「#617. 近代英語期以前の専門5分野の語彙の通時分布」 ([2011-01-04-1]),「#3166. 英製希羅語としての科学用語」 ([2017-12-27-1]) などで取り上げてきたが,今回の話題と関連して,とりわけ「#1694. 科学語彙においてギリシア語要素が繁栄した理由」 ([2013-12-16-1]) を参照されたい.

 ・ Meillet, Antoine. "Comment les mots changent de sens." Année sociologique 9 (1906). 1921 ed. Rpt. Dodo P, 2009.

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2020-10-16 Fri

#4190. 借用要素を含む前置詞は少なくない [preposition][french][loan_word][borrowing][lexicology]

 昨日の記事「#4189. acrossa + cross」 ([2020-10-15-1]) で,across の語源に触れた.cross 自身が初期中英語期に借用された語であり,前置詞を伴った across の原型も同じく初期中英語期に初出している.一般に前置詞は高頻度の機能語として「閉じた語類」 (closed class) といわれるが,そのような語に借用要素が含まれているというのは,一見すると稀な例のように思われるかもしれない.
 しかし,英語の歴史において前置詞は「閉じた語類」らしからぬ性質を示してきた.時代とともに種類が増えてきたからである.そのなかには,フランス語やラテン語などからの借用要素を含むものも少なくない.「#947. 現代英語の前置詞一覧」 ([2011-11-30-1]) を眺めてみると,比較的高頻度の前置詞に限っても,先述の across のほか (a)round, concerning, considering, despite, during, except, past などがすぐに挙がる.複合前置詞を考慮に入れれば,according to, apart from, because of, due to, in place of, regardless of なども加えられる.前置詞における借用要素は珍しくない.
 歴史的な前置詞の増加は,とりわけ後期中英語から初期近代英語にかけて生じた(cf. 「#1201. 後期中英語から初期近代英語にかけての前置詞の爆発」 ([2012-08-10-1])).これは同時代のフランス語やラテン語からのインプットによるところが大きいことは明らかである.結果として,既存のものを含めた個々の前置詞の使い分けが複雑化することになり,現代の英語学習者を悩ませることにもなっている.そのような潮流の走りというべきものが,中英語の比較的早い時期に初出した across であり,around でもあるのだろう.罪深いといえば罪深い?

Referrer (Inside): [2023-03-07-1]

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2020-08-31 Mon

#4144. 20世紀の語彙爆発 [oed][pde][lexicology][statistics][renaissance]

 「#4133. OED による英語史概説」 ([2020-08-20-1]) で紹介した OED が運営しているブログに,Twentieth century English --- an overview と題する記事がある.20世紀の英語のすぐれた評論となっており,ぜひ読んでいただきたい.
 そのなかの1節 "Lexis: dreadnought and PEP talk" で,20世紀の英語の語彙爆発の様子が具体的な数字とともに記述されている.

The Oxford English Dictionary records about 185,000 new words, and new meanings of old words, that came into the English language between 1900 and 1999. That leaves out of account the so-called lexical 'dark matter', words not common enough to catch the lexicographers' attention or, if they did, to compel inclusion, words perhaps that were never even committed to paper (or any other recording medium). Even so, those 185,000 on their own represent a 25 per cent growth in English vocabulary over the century --- making it the period of most vigorous expansion since that of the late-sixteenth and seventeenth centuries.


 20世紀中(厳密には1900--1999年)に,OED に採用されたものだけに限っても18万5千もの新語(義)が加わったというのは,想像を絶する爆発ぶりである.引用の後半で触れられている通り,それ以前の時代でいえば,最大級の語彙爆発は1600年前後の英国ルネサンス期にみられた.「#114. 初期近代英語の借用語の起源と割合」 ([2009-08-19-1]),「#1226. 近代英語期における語彙増加の年代別分布」 ([2012-09-04-1]) で見たとおり,Görlach (136) は "The EModE period (especially 1530--1660) exhibits the fastest growth of the vocabulary in the history of the English language, in absolute figures as well as in proportion to the total." と述べている.
 20世紀と17世紀では社会の状況も変化速度も大きく異なるので,単純に数字だけでは比較できないが,20世紀は(そしてまだ駆け出しといってよい21世紀もおそらく)英語の語彙爆発の記録を塗り替えた,あるいは塗り替えつつある時代といってよいだろう.

 ・ Görlach, Manfred. Introduction to Early Modern English. Cambridge: CUP, 1991.

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2020-08-28 Fri

#4141. 1150年を越えて残らなかった古英語単語は OED から外されている [oed][oe][doe][periodisation][lexicography][lexicology][manuscript]

 OED では古英語の単語はどのように扱われているか.この辺りの話題は,OED Online の提供する Old English in the OED を通じて知ることができる.
 OED は,原則として1150年を超えて残らなかった古英語単語は取り扱わないと宣言している.歴史的原則を貫く OED としては,このように除外される単語もれっきとした英単語であるとは認識しているはずだ.しかし,同辞書編纂の長い歴史の当初からの方針であり,別途 The Dictionary of Old English (DOE) も編纂中であることから,現実的な選択肢としてそのような原則を立てているのだろう.それでも,1150年より前に文証され,この境の年を生き延びた7500語ほどの古英語単語が収録されているという事実は指摘しておきたい.
 古英語期の内部の時期区分についても,新版 OED では3期に分けるという新しい方針を示している.'early OE' (600--950), 'OE' (950--1100), and 'late OE' (1100--1150) の3期である.主たる古英語写本約200点のうち,ほとんどが 'OE' (950--1100) に由来し,その点で証拠の偏りがあることは致し方がない(それ以前の 'early OE' (600--950) に属するものは20点未満).この3期区分は粗くはあるが,できるかぎり学術的正確性を期すための方法であり,写本年代や語の初出年代の記述にも有効に用いられている.

Referrer (Inside): [2023-10-18-1]

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2020-08-27 Thu

#4140. 英語に借用された日本語の「いつ」と「どのくらい」 [oed][japanese][borrowing][loan_word][lexicology][statistics]

 「#3872. 英語に借用された主な日本語の借用年代」 ([2019-12-03-1]),「#142. 英語に借用された日本語の分布」 ([2009-09-16-1]) などの記事で見てきたように,英語には意外と多くの日本語単語が入り込んでいる.両言語の接触は16世紀以降のことであり (cf. 「#4131. イギリスの世界帝国化の歴史を視覚化した "The OED in two minutes"」 ([2020-08-18-1])),日本語単語の借用は英語史の観点からすると比較的新しい現象とはいえるが,そこそこの存在感を示しているといってよい.このことは「#45. 英語語彙にまつわる数値」 ([2009-06-12-1]),「#126. 7言語による英語への影響の比較」 ([2009-08-31-1]),「#2165. 20世紀後半の借用語ソース」 ([2015-04-01-1]) などでも触れてきた.
 OED Online には,様々なパラメータにより,どの時代にどのくらいの単語が英語語彙に加わったかを視覚化してくれる "Timelines" という便利な機能がある.たとえば「日本語が語源である単語」を指定すると,日本語からの借用語が「いつ」「どのくらい」英語に流入したのかを即座にグラフ化してくれる.その結果は以下の通り.

Japanese Loanwords in English Chronologically by OED

 数としては19世紀後半から爆発的に増え始め,現代に至ることがわかる.19世紀後半といえば,もちろん我が国が英米を含む西洋諸国との濃密な接触を開始した幕末・明治維新の時代である.
 棒グラフをクリックすると,該当する単語のリストも得られる.ここまで簡単な操作でグラフ化してくれるとは本当に便利な世の中になったなあ.

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2020-08-25 Tue

#4138. フランス借用語のうち中英語期に借りられたものは4割強で,かつ重要語 [oed][french][latin][loan_word][statistics][lexicology][borrowing]

 英語語彙史において,フランス借用語の流入のピークが中英語期にあったことはよく知られている.このことは「#117. フランス借用語の年代別分布」 ([2009-08-22-1]),「#2162. OED によるフランス語・ラテン語からの借用語の推移」 ([2015-03-29-1]),「#2385. OED による,古典語およびロマンス諸語からの借用語彙の統計 (2)」 ([2015-11-07-1]) などのグラフを見れば,容易に理解できるだろう.
 OED が提供している Middle English: an overview の "Borrowing from Latin and/or French" を読んでいたところ,この問題と関連して具体的な数字が挙げられていたので紹介しておきたい.

By 1500, over 40 per cent of all of the words that English has borrowed from French had made a first appearance in the language, including a very high proportion of those French words which have come to play a central part in the vocabulary of modern English. By contrast, the greatest peak of borrowing from Latin was still to come, in the early modern period; by 1500, under 20 per cent of the Latin borrowings found in modern English had yet entered the language.


 フランス借用語の流入のピークは中英語期であり,ラテン借用語のピークは近代英語期だったという順序についての指摘はその通りだが,ここで目を引くのは,引用の最初に挙げられている40%強という数字である.現代英語語彙におけるフランス借用語のうち40%強が中英語期の借用であり,しかも現在も中核的な語彙として活躍しているという.言い方をかえれば,この時期に借用されたフランス単語は,古株ながらも現在に至るまで有用性を保ち続けているものが多いということである.残存率が高いと言ってもよい.
 それに対するラテン借用語の残存率は,残念ながら数字で表わされていないが,フランス語のそれよりもずっと低いと考えられる.新参者でありながら,現在まで残っていない(あるいは少なくとも有用な語として残っていない)ものが多いのである(cf. 「#478. 初期近代英語期に湯水のように借りられては捨てられたラテン語」 ([2010-08-18-1]),「#1409. 生き残ったインク壺語,消えたインク壺語」 ([2013-03-06-1])).英語史において,このフランス語とラテン語の語彙的影響の差異は興味深い.
 今回の話題と関連して,「#3180. 徐々に高頻度語の仲間入りを果たしてきたフランス・ラテン借用語」 ([2018-01-10-1]),「#2667. Chaucer の用いた語彙の10--15%がフランス借用語」 ([2016-08-15-1]),「#2283. Shakespeare のラテン語借用語彙の残存率」 ([2015-07-28-1]) なども参照されたい.

Referrer (Inside): [2022-06-05-1] [2021-07-04-1]

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