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chaucer - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-09-21 12:04

2015-07-20 Mon

#2275. 後期中英語の音素体系と The General Prologue [chaucer][pronunciation][phonology][phoneme][phonetics][lme][popular_passage]

 Chaucer に代表される後期中英語の音素体系を Cuttenden (65--66) に拠って示したい.音素体系というものは,現代語においてすら理論的に提案されるものであるから,複数の仮説がある.ましてや,音価レベルで詳細が分かっていないことも多い古語の音素体系というものは,なおさら仮説的というべきである.したがって,以下に示すものも,あくまで1つの仮説的な音素体系である.

[ Vowels ]

iː, ɪuː, ʊ
ɛː, ɛɔː, ɔ
aː, aɑː
ə in unaccented syllables


[ Diphthongs ]

ɛɪ, aɪ, ɔɪ, ɪʊ, ɛʊ, ɔʊ, ɑʊ


[ Consonants ]

p, b, t, d, k, g, ʧ, ʤ
m, n ([ŋ] before velars)
l, r (tapped or trilled)
f, v, θ, ð, s, z, ʃ, h ([x, ç])
j, w ([ʍ] after /h/)


 以下に,Chaucer の The General Prologue の冒頭の文章 (cf. 「#534. The General Prologue の冒頭の現在形と完了形」 ([2010-10-13-1])) を素材として,実践的に IPA で発音を記そう (Cuttenden 66) .

Whan that Aprill with his shoures soote
hʍan θat aːprɪl, wiθ hɪs ʃuːrəs soːtə

The droghte of March hath perced to the roote,
θə drʊxt ɔf marʧ haθ pɛrsəd toː ðe roːtə,

And bathed every veyne in swich licour
and baːðəd ɛːvrɪ vaɪn ɪn swɪʧ lɪkuːr

Of which vertu engendred is the flour;
ɔf hʍɪʧ vɛrtɪʊ ɛnʤɛndərd ɪs θə flurː,

Whan Zephirus eek with his sweete breeth
hʍan zɛfɪrʊs ɛːk wɪθ hɪs sweːtə brɛːθ

Inspired hath in every holt and heeth
ɪnspiːrəd haθ ɪn ɛːvrɪ hɔlt and hɛːθ

The tendre croppes, and the yonge sonne
θə tɛndər krɔppəs, and ðə jʊŋgə sʊnnə

Hath in the Ram his halve cours yronne,
haθ ɪn ðə ram hɪs halvə kʊrs ɪrʊnnə,

And smale foweles maken melodye,
and smɑːlə fuːləs maːkən mɛlɔdiːə

That slepen al the nyght with open ye
θat sleːpən ɑːl ðə nɪçt wiθ ɔːpən iːə

(So priketh hem nature in hir corages),
sɔː prɪkəθ hɛm naːtɪur ɪn hɪr kʊraːʤəs

Thanne longen folk to goon on pilgrimages,
θan lɔːŋgən fɔlk toː gɔːn ɔn pɪlgrɪmaːʤəs.


 ・ Cruttenden, Alan. Gimson's Pronunciation of English. 8th ed. Abingdon: Routledge, 2014.

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2015-03-24 Tue

#2157. word pair の種類と効果 [binomial][french][loan_word][chaucer][ancrene_wisse][bible]

 binomial (2項イディオム)と呼ばれる "A and B" などの型の表現について,binomial の記事で扱ってきた.binomials は,word pair, paired word, doublets, collocated words などとも呼ばれる."A and B" 型に限らず広く定義すると「接続詞により結合された,同一の統語位置を占める2語」(片見,p. 170)となる(以下では呼称を word pair に統一).英語史における word pair の研究は盛んだが,それはとりもなおさず古い英語では word pair が著しく豊かだったからである.特に近代英語期の始まりまでは,ごく普通に見られた.
 word pair にもいろいろな型があるが,語源的にみれば本来語か(主としてフランス語からの)借用語かという組み合わせによって英英タイプ,(順不同で)英仏タイプ,仏仏タイプに分けられる.一方,word pair の効果にもいくつかの種類が区別される.「#820. 英仏同義語の並列」 ([2011-07-26-1]) でも述べたが,文体的・修辞的な狙いもあれば,馴染みのない片方の語の理解を促すために,馴染みの深いもう片方の語を添えるという狙いもある.あるいは,「#1443. 法律英語における同義語の並列」 ([2013-04-09-1]) でみたように,特に英仏タイプの法律用語において,あえていずれか一方を選択するという労をとらなかっただけということもあるかもしれない.また,いずれの場合にも,意味を強調するという働きはある程度は含まれているのではないか.
 各要素の語源に注目した分類と効果に注目した分類が,いかなる関係にあるのかという問題は興味深いが,とりわけ英仏タイプに関して,フランス借用語の意味を理解させるために本来語を添えたとおぼしき例が多いことは想像に難くない.Jespersen (89--90) は,Ancrene Riwle からの例として次のような word pair を挙げている.

cherité þet is luve
in desperaunce, þet is in unhope & in unbileave forte beon iboruwen
Understondeð þet two manere temptaciuns---two kunne vondunges---beoð
pacience, þet is þolemodnesse
lecherie, þet is golnesse
ignoraunce, þet is unwisdom & unwitenesse


 一方,Chaucer は英仏タイプを文体的・修辞的に,あるいは強調の目的で使用することが多かったとされる.Jespersen (90) はこのことを以下のように例証している.

In Chaucer we find similar double expressions, but they are now introduced for a totally different purpose; the reader is evidently supposed to be equally familiar with both, and the writer uses them to heighten or strengthen the effect of the style; for instance: He coude songes make and wel endyte (A 95) = Therto he coude endyte and make a thing (A 325) | faire and fetisly (A 124 and 273) | swinken with his handes and laboure (A 186) | Of studie took he most cure and most hede (A 303) | Poynaunt and sharp (A 352) | At sessiouns ther was he lord and sire (A 355).


 谷を参照した片見 (174--75) によれば,Chaucer が散文中に用いた word pairs 全体のうち73%までが英仏タイプか仏仏タイプであるとされ,Chaucer が聴衆や読者に求めたフランス語の水準の高さが想像される.
 使用した word pair の種類に関して Chaucer の対極に近いところにあるものとして,片見 (174--75) は,英英タイプの比率が相対的に高い欽定訳聖書や神秘主義散文を挙げている.これらのテキストでは,英英タイプが word pairs 全体の半数近く,あるいはそれ以上を占めているという.だが,その狙いは Chaucer と異ならず,文体的・修辞的なもののようである.というのは,英英タイプを多用することで,「荒削りではあるが力強い文体」(片見,p. 175)を作り出すことに貢献しているからだ.word pair の種類と効果を考える上では,個々の作家やテキストの特性を考慮に入れる必要があるということだろう.

 ・ Jespersen, Otto. Growth and Structure of the English Language. 10th ed. Chicago: U of Chicago, 1982.
 ・ 片見 彰夫 「中世イングランド神秘主義者の散文における説得の技法」『歴史語用論の世界 文法化・待遇表現・発話行為』(金水 敏・高田 博行・椎名 美智(編)),ひつじ書房,2014年.163--88頁.
 ・ 谷 明信 「Chaucer の散文作品におけるワードペア使用」『ことばの響き――英語フィロロジーと言語学』(今井 光規・西村 秀夫(編)),開文社,2008年.89--116頁.

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2014-11-09 Sun

#2022. 言語変化における個人の影響 [neolinguistics][geolinguistics][dialectology][idiolect][chaucer][shakespeare][bible][literature][neolinguistics][language_change][causation]

 「#1069. フォスラー学派,新言語学派,柳田 --- 話者個人の心理を重んじる言語観」 ([2012-03-31-1]),「#2013. イタリア新言語学 (1)」 ([2014-10-31-1]),「#2014. イタリア新言語学 (2)」 ([2014-11-01-1]),「#2020. 新言語学派曰く,言語変化の源泉は "expressivity" である」 ([2014-11-07-1]) の記事で,連日イタリア新言語学を取り上げてきた.新言語学では,言語変化における個人の役割が前面に押し出される.新言語学派は各種の方言形とその分布に強い関心をもった一派でもあるが,ときに村単位で異なる方言形が用いられるという方言量の豊かさに驚嘆し,方言細分化の論理的な帰結である個人語 (idiolect) への関心に行き着いたものと思われる.言語変化の源泉を個人の表現力のなかに見いだそうとしたのは,彼らにとって必然であった.
 しかし,英語史のように個別言語の歴史を大きくとらえる立場からは,言語変化における話者個人の影響力はそれほど大きくないということがいわれる.例えば,「#257. Chaucer が英語史上に果たした役割とは?」 ([2010-01-09-1]) や「#298. Chaucer が英語史上に果たした役割とは? (2) 」 ([2010-02-19-1]) の記事でみたように,従来 Chaucer の英語史上の役割が過大評価されてきたきらいがあることが指摘されている.文学史上の役割と言語史上の役割は,確かに別個に考えるべきだろう.
 それでも,「#1412. 16世紀前半に語彙的貢献をした2人の Thomas」 ([2013-03-09-1]) や「#1439. 聖書に由来する表現集」 ([2013-04-05-1]) などの記事でみたように,ある特定の個人が,言語のある部門(ほとんどの場合は語彙)において限定的ながらも目に見える貢献をしたという事実は残る.多くの句や諺を残した Shakespeare をはじめ,文学史に残るような文人は英語に何らかの影響を残しているものである.
 英語史の名著を書いた Bradley は,言語変化における個人の影響という点について,新言語学派的といえる態度をとっている.

It is a truth often overlooked, but not unimportant, that every addition to the resources of a language must in the first instance have been due to an act (though not necessarily a voluntary or conscious act) of some one person. A complete history of the Making of English would therefore include the names of the Makers, and would tell us what particular circumstances suggested the introduction of each new word or grammatical form, and of each new sense or construction of a word. (150)

Now there are two ways in which an author may contribute to the enrichment of the language in which he writes. He may do so directly by the introduction of new words or new applications of words, or indirectly by the effect of his popularity in giving to existing forms of expression a wider currency and a new value. (151)


 Bradley は,このあと Wyclif, Chaucer, Spenser, Shakespeare, Milton などの名前を連ねて,具体例を挙げてゆく.
 しかし,である.全体としてみれば,これらの個人の役割は限定的といわざるを得ないのではないかと,私は考えている.圧倒的に多くの場合,個人の役割はせいぜい上の引用でいうところの "indirectly" なものにとどまり,それとて英語という言語の歴史全体のなかで占める割合は大海の一滴にすぎない.ただし,特定の個人が一滴を占めるというのは実は驚くべきことであるから,その限りにおいてその個人の影響力を評価することは妥当だろう.言語変化における個人の影響は,マクロな視点からは過大評価しないように注意し,ミクロな視点からは過小評価しないように注意するというのが穏当な立場だろうか.

 ・ Bradley, Henry. The Making of English. New York: Dover, 2006. New York: Macmillan, 1904.

Referrer (Inside): [2015-03-06-1]

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2013-08-04 Sun

#1560. Chaucer における頭韻の伝統 [alliteration][rhyme][chaucer]

 Chaucer の韻律といえばまず脚韻 (rhyme) が思い浮かぶが,英詩として頭韻 (alliteration) の伝統が完全に忘れられたわけではない.体系的には現われずとも,ここぞというところで効果的に用いられることはある.
 例えば,地村 (5) によれば,The Knight's Tale より,パラモンとアルシーテの決闘の場面で頭韻が効果的に用いられている.

Ther is namoore to seyn, but west and est
In goon the speres ful sadly in arrest;
In gooth the sharpe spore into the syde.
Ther seen men who kan juste and who kan ryde;
Ther shyveren shaftes upon sheeldes thikke;
He feeleth thurgh the herte-spoon the prikke.
Up spryngen speres twenty foot on highte;
Out goon the swerdes as the silver brighte;
The helmes they tohewen and toshrede;
Out brest the blood with stierne stremes rede;
With myghty maces the bones they tobreste.
He thurgh the thikkeste of the throng gan threste;
Ther stomblen steeds stronge, and doun gooth al,
He rolleth under foot as dooth a bal;
He foyneth on his feet with his tronchoun,
And he hym hurtleth with his hors adoun;
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
Out renneth blood on bothe hir sydes rede. (I(A)2601--35)


 地村 (6) は,/s/ 音は素早い動きを,/h/ 音は剣の高らかなこだまを,/b/ 音は血のほとばしる様子を表わしており,恋のための決闘の燃え上がる感情を効果的に示していると分析している.また,地村 (13) は別の箇所で,頭韻について次のように述べている.(ほかに,頭韻については (alliteration) の各記事を参照.)

文学作品は言うに及ばず、神学、ジャーナリズム、政治、標語、格言、慣用句及び慣用句的語法、複合詞、公告、書名及び標題、命名などに頭韻が見られるという。このことは、いかに頭韻が英国文化に浸透しているかを証明しているだけでなく、英語という言語に備わっている強い意志表現の手段としての頭韻の重要性を示している。インターネットを通して現代英語に見られる頭韻の例を探してみると、早口言葉の "Peter Piper picked a peck of pickled peppers" から、Big Ben, Coca-Cola, Super Sonic, Donald Duck, Mickey Mouse などよく耳にするものがあげてある。またイギリスの町の中で "Pen to Paper" や "Marie Curie Cancer Care" のような頭韻を使った店頭の看板に目が行った。このように、英語と英語圏の人々にとって、頭韻は切ってもきれない必要欠くべからざる表現手段と考えることが出来る。


 大陸からもたらされた脚韻という刷新に,本来的な頭韻という伝統の継承を混ぜ合わせた Chaucer の英語使用は注目に値するだろう.Chaucer の英語の伝統と刷新に関する議論としては,関連して「#257. Chaucer が英語史上に果たした役割とは?」 ([2010-01-09-1]), 「#298. Chaucer が英語史上に果たした役割とは? (2) 」 ([2010-02-19-1]), 「#524. Chaucer の用いた英語本来語 --- stevene」 ([2010-10-03-1]), 「#525. Chaucer の用いた英語本来語 --- drasty」 ([2010-10-04-1]), 「#526. Chaucer の用いた英語本来語 --- 接頭辞 for- をもつ動詞」 ([2010-10-05-1]) を参照されたい.

 ・ 地村 彰之 『チョーサーの英語の世界』 溪水社,2011年.

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2013-05-22 Wed

#1486. diglossia を破った Chaucer [sociolinguistics][bilingualism][me][terminology][chaucer][reestablishment_of_english][diglossia]

 「#661. 12世紀後期イングランド人の話し言葉と書き言葉」 ([2011-02-17-1]) で,初期中英語のイングランドにおける言語状況を diglossia として言及した.上層の書き言葉にラテン語やフランス語が,下層の話し言葉に英語が用いられるという,言語の使い分けが明確な言語状況である.3言語が関わっているので triglossia と呼ぶのが正確かもしれない.
 diglossia という概念と用語を最初に導入したのは,社会言語学者 Ferguson である.Ferguson (336) による定義を引用しよう.

DIGLOSSIA is a relatively stable language situation in which, in addition to the primary dialects of the language (which may include a standard or regional standards), there is a very divergent, highly codified (often grammatically more complex) superposed variety, the vehicle of a large and respected body of written literature, either of an earlier period or in another speech community, which is learned largely by formal education and is used for most written and formal spoken purposes but is not used by any sector of the community for ordinary conversation.


 定義にあるとおり,Ferguson は diglossia を1言語の2変種からなる上下関係と位置づけていた.例として,古典アラビア語と方言アラビア語,標準ドイツ語とスイス・ドイツ語,純粋ギリシア語と民衆ギリシア語 ([2013-04-20-1]の記事「#1454. ギリシャ語派(印欧語族)」を参照),フランス語とハイチ・クレオール語の4例を挙げた.
 diglossia の概念は成功を収めた.後に,1言語の2変種からなる上下関係にとどまらず,異なる2言語からなる上下関係をも含む diglossia の拡大モデルが Fishman によって示されると,あわせて広く受け入れられるようになった.初期中英語のイングランドにおける diglossia は,この拡大版 diglossia の例ということになる.
 さて,典型的な diglossia 状況においては,説教,講義,演説,メディア,文学において上位変種 (high variety) が用いられ,労働者や召使いへの指示出し,家庭での会話,民衆的なラジオ番組,風刺漫画,民俗文学において下位変種 (low variety) が用いられるとされる.もし話者がこの使い分けを守らず,ふさわしくない状況でふさわしくない変種を用いると,そこには違和感のみならず,場合によっては危険すら生じうる.中世イングランドにおいてこの危険をあえて冒した急先鋒が,Chaucer だった.下位変種である英語で,従来は上位変種の領分だった文学を書いたのである.Wardhaugh (86) は,Chaucer の diglossia 破りについて次のように述べている.

You do not use an H variety in circumstances calling for an L variety, e.g., for addressing a servant; nor do you usually use an L variety when an H is called for, e.g., for writing a 'serious' work of literature. You may indeed do the latter, but it may be a risky endeavor; it is the kind of thing that Chaucer did for the English of his day, and it requires a certain willingness, on the part of both the writer and others, to break away from a diglossic situation by extending the L variety into functions normally associated only with the H. For about three centuries after the Norman Conquest of 1066, English and Norman French coexisted in England in a diglossic situation with Norman French the H variety and English the L. However, gradually the L variety assumed more and more functions associated with the H so that by Chaucer's time it had become possible to use the L variety for a major literary work.


 正確には Chaucer が独力で diglossia を破ったというよりは,Chaucer の時代までに,diglossia が破られうるまでに英語が市民権を回復しつつあったと理解するのが妥当だろう.
 なお,diglossia に関しては,1960--90年にかけて3000件もの論文や著書が著わされたというから学界としては画期的な概念だったといえるだろう(カルヴェ,p. 31).

 ・ Wardhaugh, Ronald. An Introduction to Sociolinguistics. 6th ed. Malden: Blackwell, 2010.
 ・ Ferguson, C. A. "Diglossia." Word 15 (1959): 325--40.
 ・ ルイ=ジャン・カルヴェ(著),西山 教行(訳) 『言語政策とは何か』 白水社,2000年.

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2013-03-07 Thu

#1410. インク壺語批判と本来語回帰 [inkhorn_term][lexicology][emode][renaissance][chaucer][loan_translation][purism]

 昨日の記事「#1409. 生き残ったインク壺語,消えたインク壺語」 ([2013-03-06-1]) ほか inkhorn_term の各記事で,初期近代英語期あるいはルネサンス期のインク壺語批判を眺めてきた.ラテン語やギリシア語からの無差別な借用を批判する論者としては,「#1408. インク壺語論争」 ([2013-03-05-1]) で触れたように,Sir John Cheke (1514--57), Roger Ascham (1515?--68), Sir Thomas Chaloner, Thomas Wilson (1528?--81) などの名前が挙がるが,このなかでも Cheke のような論者はその反動で純粋主義に走り,本来語への回帰を主張した.新しい語彙が必要なのであれば,誰にでもわかる本来語要素を用いた造語を用いるのが得策であり,小難しい借用語など百害あって一利なしだという考えだ.同じ考えをもち,ともに古典語学者である Ascham とともに,Cheke はこの時期における簡潔にして明快な英語の書き手として評価されている.
 例えば,Cheke はマタイ伝の翻訳にあたって,欽定訳聖書 (The King James Bible) では借用語が使われているところで,本来語に由来する語を用いた.lunatic に対して moonedpublican に対して toller,その他 hundreder (centurion), foresayer (prophet), byword (parable), freshman (proselyte), crossed (crucified), gainrising (resurrection) .まさに purist らしい,古色蒼然たるゲルマン語への回帰だ.
 Cheke のような人物とはやや異なる動機づけで,詩人たちもまた古語への回帰を示す傾向が強かった.ラテン語彙があふれる時代にあって,Chaucer 時代への憧憬が止みがたかったのだろうか,Edmund Spenser (1552/53--99) は "Chaucerism" とも呼ばれる古語への依存を強めた詩人として知られる.Horace の翻訳者 Thomas Drant や,John Milton (1608--74) も古語回帰の気味があった.彼らの詩においては,astound, blameful, displeasance, enroot, forby (hard by, past), empight (fixed, implanted), natheless, nathemore, mickle, whilere (a while before) などの本来語が復活した.ほかにも,ゲルマン語要素を(少なくとも部分的に)もとにした(と想定される)語形成や古語としては以下のものがある.

askew, baneful, bellibone (a fair maid), belt, birthright, blandishment, blatant, braggadocio, briny, changeful, changeling, chirrup, cosset (lamb), craggy, dapper, delve (pit, den), dit (song), don, drear, drizzling, elfin, endear, enshrine, filch, fleecy, flout, forthright, freak, gaudy, glance, glee, glen, gloomy, grovel, hapless, merriment, oaten, rancorous, scruze (squeeze, crush), shady, squall (to cry), sunshiny, surly, wakeful, wary, witless, wolfish, wrizzled (wrinkled, shriveled)


 これらの純粋主義者による反動的な運動は,それ自体も批判を浴びることがあったが,上記語彙のなかには,現在,一般的に用いられているものも含まれている.インク壺批判には,英語語彙史上,このように生産的な側面もあったことを見逃してはならない.以上,Baugh and Cable (230--31) を参照して記述した.

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.

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2012-07-04 Wed

#1164. as far as in me lies [idiom][preposition][chaucer][impersonal_verb]

 Chaucer の The Canterbury Tales より,The Parson's Tale を読んでいて,次の箇所で立ち止まった(Riverside版より).語り手である教区主任司祭が,呪いの悪徳について説いている箇所である.

And over alle thyng men oghten eschewe to cursen hire children, and yeven to the devel hire engendrure, as ferforth as in hem is. Certes, it is greet peril and greet synne. (l. 621)


 引用の赤で強調した as ferforth as in hem is という副詞節の意味がわからない.参照した翻訳はいずれも「できる限り」と訳出しているが,なぜそのような意味が出るのかが不明だった.そこで,一緒に読んでいた仲間と考えたり調べたりしていたが,一人が,これは現代英語の as far as in me lies なる慣用表現に相当することを突き止めた.これは,"as far as lies in my power" とも言い換えられ,つまるところ "as far as I can", "to the best of my ability" ほどの意味であるということだ.大英和辞典には載っているし,『NEW斎藤和英大辞典』にも「及ぶ限り力を尽そう」に対応する I will do all that in me lies. というような類例が見つかる.ただし,Chaucer の例文に見られるような中英語の構文は,人称主語が立っておらず,非人称構文とみなすべきだろう.
 OED では,lie, v.1 で語義 12c. のもとに次のようにある.初例はc1350.

to lie in (a person): to rest or centre in him; to depend upon him, be in his power (to do). Now chiefly in phr. as far as in (me, etc.) lies. Also, to lie in one's power, to lie in (or †on) one's hands.


 MED では,lien (v. (1)) の語義 11(c) のもとに,"~ in, to be within the bounds of possibility for (sb., his power, his knowledge, etc.);" とある.MED から集めた関連する例文を挙げよう.lie の代わりに be が使われているものも少なくない.

 ・ (1433) RParl. 4.423a: My Lorde of Bedford..be his grete wisdome and manhede..hath nobly doon his devoir to ye kepyng yerof..as ferforth as in hym hath bee.
 ・ (1447) Reg.Spofford in Cant.Yk.S.23 290: Ye shall..trewlie serve all the kynges writtes als ferforth as hit shall be in your konnyng.
 ・ (?a1450) Proc.Privy C. 6.319: Ye shall swere þat, as ferforth as in you shall be, ye aswell in visityng and overseeing as in writing and subscribing of billes, the articles abovesaide and eueriche of þeim that touche ye shall trewely justely and faithfully observe.
 ・ a1450(?c1421) Lydg. ST (Arun 119) 2366: As ferforth as it lith in me, Trusteth right wel 3e shul no faute fynde.
 ・ a1500(a1450) Gener.(2) (Trin-C O.5.2) 3109: It lithe in me The Sowdon to distroye.


 この前置詞 in の用法は内在・性格・素質・資格とでも呼ぶべき用法で,現代英語では次のような例文で確認される.

 ・ in the capacity of interpreter = in my capacity as interpreter (通訳の資格で)
 ・ He had something of the hero in his nature. (彼には多少豪傑肌のところがあった.)
 ・ He doesn't have it in him to cheat. (彼は不正をするような人ではない.)
 ・ I didn't think he had it in him (to succeed). (彼にそんな事ができるとは思わなかった.)
 ・ He has no malice in him. = It is not in him to be malicious. (彼には意地悪なところがない.)
 ・ I have found a friend in him. (私は彼という友を見出した.)
 ・ Our country has lost a great scholar in Dr. Fletcher. (我が国はフレッチャー博士という大学者を失った.)
 ・ I have tried every means in my power. (力に及ぶ限りの手段を尽した.)

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2012-05-26 Sat

#1125. Chaucer による humility の美徳 [chaucer]

 昨日の記事[2012-05-25-1]で,印欧祖語 *dhghem- から拡がる単語ネットワークを一覧した.human (人間)とは humus (腐植土)を這う humble (謙虚な)生き物ということになる.humility (謙虚,謙遜)といえば,すぐれて東洋的な美徳と考えられがちだが,当然ながら,西洋にもキリスト教にもとづいた humility を重んじる思想はある.Chaucer の The Parson's Tale (ll. 474--82) の説教を和訳つきで引用しよう(Riverside版および笹本訳より).

  Now sith that so is that ye han understonde what is Pride, and whiche been the speces of it, and whennes Pride sourdeth and spryngeth,
  now shul ye understonde which is the remedie agayns the synne of Pride; and that is humylitee, or mekenesse.
  That is a vertu thurgh which a man hath verray knoweleche of hymself, and holdeth of hymself no pris ne deyntee, as in regard of his desertes, considerynge evere his freletee.
  Now been ther three maneres of humylitee: as humylitee in herte; another humylitee is in his mouth; the thridde in his werkes.
  The humilitee in herte is in foure maneres. That oon is whan a man holdeth hymself as noght worth biforn God of hevene. Another is whan he ne despiseth noon oother man.
  The thridde is whan he rekketh nat, though men holde hym noght worth. The ferthe is whan he nys nat sory of his humiliacioun.
  Also the humilitee of mouth is in foure thynges: in attempree speche, and in humblesse of speche, and whan he biknoweth with his owene mouth that he is swich as hym thynketh that he is in his herte. Another is whan he preiseth the bountee of another man, and nothyng therof amenuseth.
  Humilitee eek in werkes is in foure maneres. The firste is whan he putteth othere men biforn hym. The seconde is to chese the loweste place over al. The thridde is gladly to assente to good conseil.
  The ferthe is to stonde gladly to the award of his sovereyns, or of hym that is in hyer degree. Certein, this is a greet werk of humylitee.

 さて、みなさんは何が〈傲慢〉であるか、どれがその類のものか、どこから〈傲慢〉は生じ、生まれるのかを理解したでしょうから、/今度はどれが〈傲慢〉の罪に対する救済策であるのかを理解すべきです、それは謙遜と温和なのです。/それは、自分自信についての真の知識をもち、常に自分の欠点を考え、自分の長所に関しては、自惚れず威厳を持たない徳であります。/さて、謙遜には三種類あります、一つは心の謙遜、もう一つは言葉の謙遜、三つ目は行為の謙遜です。/心の謙遜には四種類あります。一つは天の神の前で自分自信価値がないものと思うことです。もう一つは他人を蔑まないことです。/三つ目は人々が価値がない人だと思っていても、一向に気にしないことです。四つ目は屈辱を悲しまないことです。/言葉の謙遜も四つあります。穏やかな言葉遣い、言葉のへりくだり、心の中で思っているとおりの人であることを自分の言葉で認めること、もう一つは他人のすばらしさを称え、それを少しも下げないことです。/行為の謙遜も四種類あります。第一は他人を先に立てることであります。第二は最も下座を選ぶことであります。三つ目は良い意見に喜んで同意することであります。/四つ目は支配者たち、あるいはより高い地位にいる人の決定に喜んで従うことであります。確かに、これは謙遜の大きな行為です。


 いかにも parson(教区主任司祭)らしい説教である.humility, humiliation, humblesse のほかにも,meekness, not worth, attemper, lowest のような類義のキーワードが続き,印欧祖語 *dhghem- の道徳的な方面への意味の広がりを味わうことができる.

 ・ 笹本 長敬 訳 『カンタベリー物語(全訳)』 英宝社,2002年.

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2012-03-06 Tue

#1044. 中英語作品,Chaucer,Shakespeare,聖書の略記一覧 [chaucer][shakespeare][bible][bibliography][literature][abbreviation]

 Chaucer など中英語の文学テキストをはじめとして,英語史で引用されることの多い主要な作品の略記を一覧にしておくと便利である.そこで,『英語語源辞典』 (xvii--xx) より,中英語作品,Chaucer,Shakespeare,聖書の書名の略記を抜き出した.関連して MEDHyperBibliography も参照.

ME期主要作品の成立年代と作品名(MED による略形)
?lateOELambeth Homilies
a1121--60Peterb. Chron. = Peterborough Chronicle
c1175Body & Soul
?c1175Poema Morale
?a1200Ancrene Riwle
?a1200Layamon Brut
?c1200St. Juliana
?c1200St. Katherine
?c1200St. Margaret
?c1200Hali Meidenhad
?c1200Sawles Warde
?c1200Ormulum
c1200Vices & Virtues
?c1225Horn
c1250Owl & Nightingale
c1250Floris
c1250Genesis & Exodus
c1275Kentish Sermons
?a1300Kyng Alisaunder
?a1300Richard Coer de Lyon
c1300Havelok
c1300Gloucester Chronicle
c1300South English Legendary
c1303Mannyng Handlyng Synne
a1325Cursor Mundi
c1330Orfeo
a1333Shoreham Poems
a1338Mannyng Chronicle
1340Ayenbite
c1340Rolle Psalter
c1350Prose Psalter
c1353Wynnere & Wastoure
a1375William of Palerne
1375Barbour The Bruce
a1376Piers Plowman A
a1378Piers Plowman B
?c1380Cleanness
?c1380Patience
?c1380Pearl
c1384Wycl. Bible (1) = Wycliffite Bible
c1386St. Erkenwald
?a1387Piers Plowman C
a1387Trevisa Polychronicon
?c1390Gawain = Sir Gawain and the Green Knight
a1393Gower Confessio Amantis
c1395Wycl. Bible (2) = Wycliffite Bible
?c1395Pierce the Ploughman's Creed
a1396Hilton Scale of Perfection
a1398Trevisa Bartholomew
?a1400Destruction of Troy
?a1400Morte Arthure
c1400Mandeville
?a1425Polychronicon (Harley)
?a1425Chauliac (1) = Guy de Chauliac's Grande Chirurgie
?c1425Chauliac (2) = Guy de Chauliac's Grande Chirurgie
?a1438MKempe = Book of Margery Kempe
1440Promp. Parv. = Promptorium Parvulorum
?a1450Gesta Romanorum
a1470Malory

Chaucer 作品名の略形(MED による略形)
ABCAn ABC
AdamChaucers Wordes Unto Adam, His Owne Scriveyn
Anel.Anelida and Arcite
Astr.A Treatise on the Astrolabe
Bal. Ch.A Balade of Complaint
BDThe Book of the Duchess
Bo.Boece
Buk.Lenvoy de Chaucer a Bukton
Comp. A.Complaynt D'Amours
Comp. L.Complaint to His Lady
CT.The Canterbury Tales
CT. Cl.The Clerk's Prologue and Tale
CT. Co.The Cook's Prologue and Tale
CT. CY.The Canon's Yeoman's Prologue and Tale
CT. Fkl.The Franklin's Prologue and Tale
CT. Fri.The Friar's Prologue and Tale
CT. Kn.The Knight's Tale
CT. Mch.The Merchant's Prologue, Tale, and Epilogue
CT. Mk.The Monk's Tale
CT. Mcp.The Manciple's Prologue and Tale
CT. Mel.The Tale of Melibee
CT. Mil.The Miller's Prologue and Tale
CT. ML.The Man of Law's Introduction, Prologue, Tale, and Epilogue
CT. Mk.The Monk's Prologue and Tale
CT. NP.The Nun's Priest's Prologue, Tale, and Epilogue
CT. Pard.The Pardoner's Introduction, Prologue, and Tale
CT. Pars.The Parson's Prologue and Tale
CT. Ph.The Physician's Tale
CT. Pri.The Prioress's Prologue and Tale
CT. Prol.General Prologue
CT. Rt.Chaucer's Retraction
CT. Rv.The Reeve's Prologue and Tale
CT. Sh.The Shipman's Tale
CT. SN.The Second Nun's Prologue and Tale
CT. Spurious Pard. Sh. LinkThe Spurious Pardoner-Shipman Link
CT. Sq.The Squire's Introduction and Tale
CT. Sum.The Summoner's Prologue and Tale
CT. Th.The Prologue and Tale of Sir Thopas
CT. WB.The Wife of Bath's Prologue and Tale
Form. A.The Former Age
Fort.Fortune
Gent.Gentilesse
HFThe House of Fame
LGWThe Legend of Good Women
LGW Prol.Prologue
L. St.Lak of Stedfastnesse
MarsThe Complaint of Mars
Merc. B.Merciles Beaute
PFThe Parliament of Fowls
PityThe Complaint unto Pity
Prov.Proverbs
PurseThe Complaint of Chaucer to His Purse
Rosem.To Rosemounde
RRoseThe Romaunt of the Rose
Scog.Lenvoy de Chaucer a Scogan
TCTroilus and Criseyde
TruthTruth
Ven.The Complaint of Venus
W. Unc.Against Women Unconstant

Shakespeare 作品名の略形(The Riverside Shakespeare (1974) による略形)
AWWAll's Well That Ends Well
AYLAs You Like It
AdoMuch Ado About Nothing
AntAntony and Cleopatra
CorCoriolanus
CymCymbeline
ErrThe Comedy of Errors
1H41 Henry IV
2H42 Henry IV
H5Henry V
1H61 Henry VI
2H62 Henry VI
3H63 Henry VI
H8Henry VIII
HamHamlet
JCJulius Caesar
JnKing John
LCLover's Complaint
LLLLove's Labour's Lost
LrKing Lear
LucThe Rape of Lucrece
MMMeasure for Measure
MNDA Midsummer-Night's Dream
MVThe Merchant of Venice
MWWThe Merry Wives of Windsor
MacMacbeth
OthOthello
PerPericles
PhoeThe Phoenix and Turtle
R2Richard II
R3Richard III
RJRomeo and Juliet
ShrThe Taming of the Shrew
SonSonnets
TCTroilus and Cressida
TGVThe Two Gentlemen of Verona
TNKThe Two Noble Kinsmen (with Fletcher)
TNTwelfth Night
TemTempest
TimTimon of Athens
TitTitus Andronicus
VAVenus and Adonis
WTThe Winter's Tale

英訳聖書 (AV) 書名の略形
ActsThe Acts of the Apostles
AmosAmos
1 Chron.The First Book of the Chronicles
2 Chron.The Second Book of the Chronicles
Col.The Epistle of Paul the Apostle to the Colossians
1 Cor.The First Epistle of Paul the Apostle to the Corinthians
2 Cor.The Second Epistle of Paul the Apostle to the Corinthians
Dan.The Book of Daniel
Deut.The Fifth Book of Moses, called Deuteronomy
Eccles.Ecclesiastes, or the Preacher
Ephes.The Epistle of Paul the Apostle to the Ephesians
Esth.The Book of Esther
Exod.The Second Book of Moses, called Exodus
Ezek.The Book of the Prophet Ezekiel
EzraEzra
Gal.The Epistle of Paul the Apostle to the Galatians
Gen.The First Book of Moses, called Genesis
Hab.Habakkuk
Hag.Haggai
Heb.The Epistle of Paul the Apostle to the Hebrews
Hos.Hosea
Isa.The Book of the Prophet Isaiah
JamesThe General Epistle of James
Jer.The Book of the Prophet Jeremiah
JobThe Book of Job
JoelJoel
JohnThe Gospel according to St. John
1 JohnThe First Epistle General of John
2 JohnThe Second Epistle of John
3 JohnThe Third Epistle of John
JonahJonah
Josh.The Book of Joshua
JudeThe General Epistle of Jude
JudgesThe Book of Judges
1 KingsThe First Book of the Kings
2 KingsThe Second Book of the Kings
Lam.The Lamentations of Jeremiah
Lev.The Third Book of Moses, called Leviticus
LukeThe Gospel according to St. Luke
Mal.Malachi
MarkThe Gospel according to St. Mark
Matt.The Gospel according to St. Matthew
Mic.Micah
Nah.Nahum
Neh.The Book of Nehemiah
Num.The Fourth Book of Moses, called Numbers
Obad.Obadiah
1 Pet.The First Epistle General of Peter
2 Pet.The Second Epistle General of Peter
Philem.The Epistle of Paul to Philemon
Philip.The Epistle of Paul the Apostle to the Philippians
Prov.The Proverbs
Ps.The Book of Psalms
Rev.The Revelation of St. John the Divine
Rom.The Epistle of Paul the Apostle to the Romans
RuthThe Book of Ruth
1 Sam.The First Book of Samuel
2 Sam.The Second Book of Samuel
Song of Sol.The Song of Solomon
1 Thess.The First Epistle of Paul the Apostle to the Thessalonians
2 Thess.The Second Epistle of Paul the Apostle to the Thessalonians
1 Tim.The First Epistle of Paul the Apostle to Timothy
2 Tim.The Second Epistle of Paul the Apostle to Timothy
TitusThe Epistle of Paul to Titus
Zech.Zechariah
Zeph.Zephaniah
外典 (Apocrypha)
BaruchBaruch
Bel and DragonThe History of the Destruction of Bel and the Dragon
Ecclus.The Wisdom of Jesus the Son of Sirach, or Ecclesiasticus
1 Esd.I. Esdras
2 Esd.II. Esdras
JudithJudith
1 Macc.The First Book of the Maccabees
2 Macc.The Second Book of the Maccabees
Pr. of ManThe Prayer of the Manasses
Rest of EstherThe Rest of the Chapters of the Book of Esther
Song of Three ChildrenThe Song of the Three Holy Children
SusannaThe History of Susanna
TobitTobit
Wisd. of Sol.The Wisdom of Solomon


 ・ 寺澤 芳雄 (編集主幹) 『英語語源辞典』 研究社,1997年.

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2012-01-25 Wed

#1003. Chaucer の特殊な this の用法,2種 [demonstrative][pragmatics][chaucer][deixis]

 昨日の記事「#1002. this の不定指示形容詞としての用法」 ([2012-01-24-1]) に関連して,this の読みひとつをとっても奥が深いことを実感した.日本語の「こそあど」もそうだが,deixis の関与する語句の語用論は実に複雑だ.
 指示形容詞としての this には,現代英語でも様々な用法がある.中英語ともなれば,語用論的な含意は,ますます直感的にはとらえにくくなるし,そもそも含意があることに気付くことすら難しい.今回は,Horobin (94--96) より,Chaucer に見られる語用論的に興味深い this の用法,2種をのぞいてみたい.
 一つ目は,人物名詞や名前に先行して this が用いられる場合で,「例の,くだんの」ほどの意を表わし,機能としては定冠詞に近い.Mustanoja (174) によれば,定冠詞に近い this の用法は古英語から見られるもので,"mainly a feature of vivid, colloquial, and often chatty style" として Chaucer や Gower でよく見られるとしている(口語的であるという点が,昨日の this の特殊用法と比べられる).確かに,口語色の強い The Miller's Tale で,"This Absolon", "This parissh clerk, this amorous Absolon", "this joly lovere Absolon" など,登場人物の名前に添えて使われる例が目立つ.ほかには,The Knight's Tale で,2人の騎士 Palamon と Arcite の描写が節ごとに交互に繰り返される部分では,各節の冒頭に "This Palamon", "This Arcite" などと this を添えることで,当該の節がどちらの騎士についての描写なのかを明示する談話上の役割が確認される.いずれの場合にも,this は単に定 (definiteness) を表わすだけの機能にとどまらず,追加的に談話上の役割を担っている.
 二つ目として,話者の "a contemptuous or patronizing attitude" (Horobin 96) を含意するという this の用法がある.以下は,語り手である Franklin が,主人公 Dorigen が夫の留守を嘆き悲しむ激しさを評して,「女というものは・・・」と,軽蔑交じりに述べている箇所である.

For his absence wepeth she and siketh,
As doon this noble wyves whan hem liketh. (F817--18)


 類例として,同じく The Franklin's Tale より.

'Go we thanne soupe,' quod he, 'as for the beste.
Thise amorous folk somtyme moote han hir reste.' (F1217--18)


 あたかも,いったん対象との心理的距離を縮め,身近に引きつけておいてから,突き放す(軽蔑する)という感じだろうか.両方の例で,this が共通して総称的に使われているのが気になるところだ.
 Chaucer の上記の2用法と,昨日取り上げた現代英語の this の用法との関連は不明だが,口語性,話者の心理的な引きつけという点では漠然とつながりそうだ.広い意味で,this の deictic な働きは,中英語より連綿と受け継がれているといえるだろう.

 ・ Horobin, Simon. Chaucer's Language. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2007. (esp. pp. 105--07.)
 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.

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2012-01-20 Fri

#998. 中英語の flat adverb と -ly adverb [chaucer][flat_adverb][adverb][adjective][suffix]

 最近書いてきた flat_adverb の記事では,主として現代英語の単純形と -ly 形の副詞に焦点を当ててきたが,中英語での状況を Chaucer を頼りに覗いてみたい.
 中英語では,確かに -ly 形は増えてきてはいたものの,単純形が現代英語よりもずっと幅を利かせていた.[2012-01-06-1]の記事「#984. flat adverb はラテン系の形容詞が道を開いたか?」の冒頭で概説したように,単純形副詞は形容詞の語幹に副詞接尾辞 -e を付すことによって形成されていたが,中英語ではこの肝心の -e 語尾がしばしば消失にさらされたために,形容詞と形態的な区別がつきにくくなっていた.しかし,だからといってすぐに -ly 形に取って代わられたわけではなく,loude, cleere, faste, faire, smal など多くの語が,いまだに副詞の役を務めていた.例えば,次の couplet の最後の smal は形容詞 "small" ではなく "finely" ほどを意味する副詞である(以下の Chaucer からの引用は,すべて Horobin, pp. 121--23 で挙げられている例を再現したもの).

Of orpyment, brent bones, iren squames,
That into poudre grounden been ful smal; (G 759--60)


 ほかにも一見すると形容詞と読み違えてしまいそうな副詞の使用例を挙げよう.

 ・ That al his love is clene fro me ago (F 626)
 ・ The fires breene upon the auter cleere (A 2331)
 ・ Thanne shaltow hange hem in the roof ful hye (A 3565)


 韻律上の要請による場合も多かっただろうが,このように単純形は健在だった.ただし,この時代,-ly の勢いが増してきたことは先述の通りで,両形が併用された副詞も少なくない.-ly の前身である -lich(e) という古形を保っている例すら見られ,1つの形容詞に対して最大3種類の副詞形が共存し得たことになる."newly" に相当する以下の例を参照.

 ・ This carpenter hadde wedded newe a wyf (A 3221)
 ・ This knyght was comen all newely (RR 1205)
 ・ that oother of hem is newliche chaunged into a wolf (Boece IV, met. 3)


 現代英語では,単純副詞 new は,new-laid eggs, new-mown hay などに複合語に見られるばかりである.wedded newe の collocation については,現代英語の newly-weds (新婚さん)を参照.関連記事「#528. 次に規則化する動詞は wed !?」 ([2010-10-07-1]) もどうぞ.

 ・ Horobin, Simon. Chaucer's Language. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2007. (esp. pp. 105--07.)

Referrer (Inside): [2016-08-19-1] [2012-07-14-1]

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2011-12-04 Sun

#951. Be it never so humble, there's no place like home. (4) [negative][syntax][subjunctive][me][chaucer]

 ##948,949,950 の記事で,一見すると論理の通らない譲歩構文について取り上げてきた.この問題を考えるきっかけとなったのは,Chaucer の The Parson's Tale (l. 90) に,この構文を用いた次の文が現われたことである(Riverside版より引用).

But nathelees, men shal hope that every tyme that man falleth, be it never so ofte, that he may arise thurgh Penitence, if he have grace; but certeinly it is greet doute.


 複数人で日本語訳書を参照しながらこの箇所を読んでいたのだが,すんでのところで「それほど度々ではないとしても」という解釈で素通りしてしまうところだった.ここは,むしろ「たとえ度々であったとしても」が適切な訳である.訳書の間でも解釈に相違が見られたので,この構文を詳しく調べてみようと思った次第である.
 かくしてこの問題は一件落着となった.一通り調べた後で,中英語における当該表現の使用について Mustanoja を参照し忘れていたことに気づき,早速見てみると,pp. 321--22 に以下の記述があった.

Never so, indicating an unlimited degree or amount, has been used in concessive clauses since the end of the OE period. It is not uncommon in ME texts: --- were he never knight so strong (Havelok 80); --- be he never so vicious withinne (Ch. CT D WB 943). Parallel expressions have been recorded in some other Germanic languages, particularly in High and Low German, where nie sô is used in the same way as never so from the earliest times down to the close of the Middle Ages. . . . The corresponding affirmative forms ever so is modern English.



 ゲルマン諸語のほかフランス語やアングロ・ノルマン語にも相当する表現があったという.虚辞 (expletive) として否定辞を加える感覚は,英語だけのものではなかったということになる.

 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.

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2011-06-27 Mon

#791. iambic pentameter のスキャン [meter][chaucer]

 詩行の韻律分析 (scansion) は,規則適用能力というよりも美的センスが必要と言われることもある通り,一筋縄ではいかない.複数の scansion が可能な「問題のある」詩行も少なくなく,決め手に欠くという例もある.しかし,もっとも典型的とされるような詩行ではきれいに規則が当てはまるのも確かであり,少なくともこのような場合には規則の知識が報われる.
 Chaucer の iambic pentameter を例に,scansion の実際を手取り足取り教えてくれる教本に Glowka がある.Glowka に従い,iambic 詩行の scansion の手順を大まかに並べると以下のようになる.

 (1) 脚韻語に強勢を振る
 (2) 多音節語について強勢音節を仮に定め,その強勢音節を含む iamb を作る
   - 本来語では接頭辞でない限り第1音節に強勢が落ちることを念頭に
 (3) その他の詩脚で明らかに iamb となるものを見つける
   - 強勢が句の主要部(右側)に置かれるという Nuclear Stress Rule を念頭に
   - 強勢が複合語の第1要素(左側)に置かれるという Compound Stress Rule を念頭に
 (4) 無強勢の e の処理
   - 後続母音に呑み込まれて脱落する elision の可能性を念頭に
   - 前後の流音などに呑み込まれて脱落する syncopation の可能性を念頭に
 (5) その他の考慮
   - 特に第1,第3詩脚で trochaic substitution の可能性を念頭に ([2011-06-25-1])
   - 無強勢音節が連続して現われる anapest の可能性を念頭に
   - 第1音節を欠く headless line の可能性を念頭に

 もっとも典型的な詩行では,(1), (2), (3) の手順でおよそ scansion が完了する.上記の抽象的な手順では意味不明と思われるので,Glowka (31--35) で解説されている通りに,GP (ll. 19--20) の couplet をスキャンしてみる.

(1) 脚韻語に強勢を振る

	                               /
	Befil that in that seson on a day,
	
	                                 /
	In Southwerk at the Tabard as I lay


(2) 多音節語について強勢音節を仮に定め,その強勢音節を含む iamb を作る
	 x / |       |  x   /|         /
	Befil that in that seson on a day,
	
	x   /  |        | x  /|          /
	In Southwerk at the Tabard as I lay


(3) その他の詩脚で明らかに iamb となるものを見つける
	 x / |  x  / |  x   /|x  / |x  /
	Befil that in that seson on a day,
	
	x   /  | x   /  | x  /|x   / |x  /
	In Southwerk at the Tabard as I lay


 ・ Glowka, Arthur Wayne. A Guide to Chaucer's Meter. Lanham, Md.: UP of America, 1991.

Referrer (Inside): [2018-12-27-1]

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2011-06-25 Sat

#789. Chaucer の trochaic substitution [chaucer][meter]

 中英語の韻文形式の典型といえば,13世紀後半に始まる The Poema MoraleThe Owl and the Nightingale などの iambic tetrameter や,Chaucer に代表される iambic pentameter が挙げられる.この形式は弱強格 ( iamb ) の強勢交替を特徴とするが,あまりに規則正しい弱強格の繰り返しは単調さを招くために,時にこの規則が破られ強弱格 ( trochee ) の現われることがある.これは trochaic substitution と呼ばれ,中英語詩では珍しくない.
 例えば,次の Chaucer の詩行 (GP 105) では,第1詩脚で trochaic substitution が生じている.

An Example of Trochaic Substitution in Chaucer


 trochaic substitution により「強弱弱」という3拍子が生じることになるが,この3拍子自体は口語英語では普通のことだったし,Ormulum などの早い段階での中英語詩にも確認される.また,イタリア語詩など大陸の詩では2拍子と3拍子の繰り返しの形式が見られ,中英語の3拍子が突飛な形式なわけではない.
 詩行のどの位置(詩脚)で substitution が生じやすいかを調査した研究がある.以下は,Li (1995) の数値に基づいて Minkova (191) が提示している,Chaucer の韻文コーパス全体における substitution の比率である.

Trochaic Substitutions in Chaucer


 一般に詩行は頭部で自由度が高く,尾部で自由度が低い.尾部で融通が利かないのは,脚韻位置であり,脚韻を担う音節は必ず強勢を伴わなければならないという制約があるためである.一方で,頭部は気楽に始められるために,融通が利きやすい.CT でとりわけ substitution 比率が高いのは,同作品における会話体の豊富さを示しているように思われる
 Minkova (191) より,各詩脚からの substitution の例を挙げよう.

- Redy to wenden on my pilgrimage (GP 21)
- Of his offryng and eek of his substaunce. (GP 489)
- Ful semely after hir mete she raughte. (GP 136)
- The smylere with the knyf under the cloke (KnT 1999)


 ・ Minkova, Donka. "The Forms of Verse" A Companion to Medieval English Literature and Culture: c.1350--c.1500. Ed. Peter Brown. Malden, MA: Blackwell, 2007. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2009. 176--95.
 ・ Li, Xingzhong. "Chaucer's Metres." Diss. U of Missouri, Columbia. 1995.

Referrer (Inside): [2011-06-27-1]

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2011-02-24 Thu

#668. Chaucer の knight との脚韻語 [chaucer][bnc][collocation][kyng_alisaunder]

 Chaucer の全作品中,knight という語は90回以上,脚韻箇所に現われている.対応する脚韻語を調べ,さらにロンドンの方言で書かれた2つのロマンス Kyng AlisaunderArthur and Merlin でも同様に調べてみると,非常におもしろい事実が浮かび上がる.
 Chaucer で knight と脚韻を踏む語として5回以上現われるものに,might (32), wight (22), night (9), right (8), bright (5) がある.Kyng Alisaunder では高頻度のものには wiȝth, fiȝth, riȝth / miȝth があり,同じく Arthur and Merlin では ''fiȝt, riȝt, riȝth がある.脚韻語の分布をまとめたのが以下の図である(Burnley, p. 130 の図をもとに作成).

Chaucer's Rhymes with

 Chaucer の脚韻語は,高頻度のものを中心として大半が他の2つのロマンス作品と重複しており,全体として中英語ロマンスの伝統的な脚韻語を受け継いでいると解釈できる.一方で,Chaucer のみが用いている脚韻語もいくつか確認され,詩人の脚韻語の幅の広さが示唆される.
 しかし,比較によってしか得られない非常に興味深い事実がある.他のロマンス2作品,ひいては中英語ロマンス全体として,最も頻度が高い脚韻語とみなしてもよいと思われる fight が,Chaucer には一度も現われないのである.knightfight は縁語であり,collocation の度合いが高いことは自明であるから,Chaucer における不在は不自然とも思える.Burnley (131) は,脚韻語としての fight の不在は,Chaucer の選択した主題との関連もあるかもしれないが,おそらくは Chaucer が "a hackneyed rhyme" 「使い古された脚韻」とみなして意識的に避けたためだろうという.

Although he [Chaucer] was often content to employ familiar and traditional rhymes, there is also evidence of resourcefulness in seeking unusual rhymes, as well as of avoiding rhymes which might have proved unacceptable to his audience. (Burnley 131)


 詩人が用いた脚韻語ではなく,用いなかった脚韻語を指摘することで,その詩人の特徴や詩の言語に対する態度が浮き彫りになりうる好例である.何が不在なのか,何を用いなかったのかを知るには,他と比較しなければならない.対象の本質を知るには,それが置かれている環境を広く見渡す必要がある.文献学の神髄を見せられるような印象的な例である.
 ちなみに,knightfight の collocation は強かったに違いないと述べたが,それは中世での話しである.現代英語における両語の collocation は BNCweb で調べたところそれほど顕著ではない.名詞 knight の前後5語以内に fight が現われる頻度はコーパス中で10回きりである.ただし,[2010-03-23-1]の記事で触れた MI と T-score の値を見ると,それぞれ 3.5415, 2.8907 であり,collocation と認めてよい水準ではある.

 ・ Burnley, David. The Language of Chaucer. Basingstoke: Macmillan Education, 1983. 13--15.

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2011-02-21 Mon

#665. Chaucer にみられる3人称代名詞の疑似指示詞的用法 [chaucer][personal_pronoun][demonstrative][french]

 中英語では3人称代名詞を人名に先行させて,その代名詞に一種の指示的機能をもたせる特殊な用法がある.Chaucer の "The Knight's Tale", ll. 1209--10 からの例が Burnley (22--25) で論じられているので引用しよう(以下,引用は The Riverside Chaucer より).

This was the forward, pleynly for t'endite,
Bitwixen Theseus and hym Arcite:


 幽閉されていた Arcite を条件つきで解放する契約に言及している箇所で,その契約が Theseushym Arcite の間で交わされた契約であることが示されている.ここで用いられている hym が,問題の疑似指示詞的な用法の3人称代名詞である.hymArcite という名前に先行しているのは,1つには韻律上の都合ということが考えられるが,ここでは「くだんのアルシータ,前述のアルシータ」ほどの意味で,hym は指示対象を限定し,明示していると解釈することができる.Horobin (95) では,指示詞 that ほどに置きかえられる hym だとしている.
 人称代名詞には主として前方照応 ( anaphora ) の機能がある.前方照応の聞き手に及ぼす効果としては,(1) 前方照応の対象の存在を認知させ,(2) それが何・誰であるかを突き止めさせる,という2つの段階が考えられる.上記の hym Arcite で,hym は (1) の役割のみを担っており,照応対象として Arcite が直後に明示されているために,(2) までを担う必要がない.人称代名詞でありながらその本来の機能を半分しか果たしていない点が,疑似指示的と呼ばれる所以だろう.
 しかし,韻律の都合は別として,文脈としては hym は不要なように思えるかもしれない.確かに Arcite だけでも解釈の上で何ら問題はないし,Arcite として示されている明確な指示対象を hym でさらに限定し,明示するというのも妙なものである.だが,ここでは「契約」が絡んでいるという点が重要である.
 「契約」の関わる法律的な文言においては,問題になっているのが誰なのか,何なのかをことさらに明示する必要がある.そのために,法律文書では固有名詞にも指示詞的な要素が余剰的に先行することが多いのである.Burnley (24) が挙げている法律文書からの例としては,Petition of the Folk of Mercerye (1386) に he Nichol, hym Nichol, the forsaid Nichol (PDE (the) aforesaid), the same Nichol などが繰り返し現われるという.まさに「くだんのニコル,前述のニコル」である.
 中世イングランドの法律語法は非常に多くをフランス語に負っており ( see [2010-03-29-1], [2010-07-04-1] ), 今回の問題の語法もフランス語の影響を多分に受けていると想定される.3人称代名詞を疑似指示詞として用いる hym Arcite のような「人称代名詞+固有名詞」という型に完全に対応する例はフランス語にはないが,機能的にほぼ対応する dit, le ditz, avaunt ditz, lequel などが影響を及ぼしたと考えられる.ラテン語の法律文書でも,フランス語法に対応する dictus, supradictus, ipse, idem などが見られる.

 ・ Burnley, David. The Language of Chaucer. Basingstoke: Macmillan Education, 1983.
 ・ Horobin, Simon. Chaucer's Language. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2007.

Referrer (Inside): [2013-04-10-1]

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2010-12-06 Mon

#588. whatsoever を「複合関係代名詞」と呼ぶことについて [relative_pronoun][syntax][chaucer][subjunctive][terminology]

 授業で Chaucer の "The Physician's Tale" を読んでいて,ll. 187--88 で現代英語にも見られる譲歩表現に出会った(引用は The Riverside Chaucer より).

She nys his doghter nat, what so he seye.
Wherfore to yow, my lord the juge, I preye,


 悪徳裁判官 Apius に乗せられた町の悪漢 Claudius が,騎士 Virginius からその娘 Virginia を奪い取るために法廷ででっち上げの訴えを起こしている箇所である.「Virginius が何と言おうと,Virginia は奴の娘ではない」という行である.what so he seye は現代英語でいう whatsoever he may say に相当し,譲歩を表わす副詞節である.譲歩の文なので,Chaucer では seye と接続法の活用形 ( subjunctive form ) が用いられている.
 ここで現代英語の what(so)ever についても言及したところ,現代英文法ではなぜこれを「複合関係代名詞」 ( compound relative pronoun ) と呼ぶのかという質問があった.これの何がどう関係代名詞なのかという問題である.何か別のよい用語はないものかという疑問だが,これを考えるに当たっては,まず現代英文法の「関係詞」 ( relative ) の分類から議論を始めなければならない.これ自体に様々な議論があり得るが,今回は『現代英文法辞典』 "relative" に示される分類に従い,「複合関係代名詞」という呼称の問題を考えてみたい.
 最も典型的な関係詞として想起されるのは who, which, that; whose; when, where 辺りだろう.関係代名詞 ( relative pronoun ) に絞れば,who, which 辺りがプロトタイプということになるだろう.いずれの関係代名詞も先行詞 ( antecedent ) を取り,先行詞を含めた全体が名詞句として機能する ( ex. a gentleman who speaks the truth, a grammatical problem which we cannot solve easily ) .つまり,典型的な関係代名詞は「先行詞の明示的な存在」と「全体が名詞句として機能する」の2点を前提としていると考えられる.
 しかし,『現代英文法辞典』の分類を参照する限り,この2点は関係代名詞の必要条件ではない.一般に関係詞には,先行詞を明示的に取るものと取らないものとがある.前者を単一関係詞 ( simple relative ) ,後者を複合関係詞 ( compound relative ) と呼び分けている.複合関係詞は先行詞を明示的に取らないだけで,関係詞中に先行詞を埋め込んでいると理解すべきもので,whatwhat(so)ever がその代表例となる.(注意すべきは,ここで形態的に複合語となっている what(so)ever のことを what などに対して「複合」関係詞と呼ぶわけではない.しかし,このように形態的な複合性を指して「複合」関係詞と呼ぶケースもあり,混乱のもととなっている.)
 関係代名詞に話しを絞ると,複合関係代名詞のなかでも一定の先行詞をもたない what のタイプは自由関係代名詞 ( free relative pronoun ) ,指示対象が不定のときに使用される what(so)ever のタイプは不定関係代名詞 ( indefinite relative pronoun ) として分類される.さらに後者は,名詞節として機能する典型的な用法と,譲歩の副詞節として機能する周辺的な用法に分けられる.ここにいたってようやく what(so)ever he may say の説明にたどりついた.この what(so)ever は,正確にいえば「(複合)不定関係代名詞の譲歩節を導く用法」ということになろう.
 先にも述べたとおり,この用法の what(so)ever は,先行詞を明示的に取らないし,全体が名詞句として機能していないし,典型的な関係代名詞の振る舞いからは遠く隔たっている.その意味で複合関係代名詞という呼称が適切でないという意見には半分は同意する.しかし,この what(so)ever を典型的な関係代名詞と関連付け,その周辺的な用法として分類すること自体は,それなりに妥当なのではないだろうか.より適切な用語を提案するには広く関係詞の分類の問題に首を突っ込まなければならず,本記事では扱いきれないが,大きな問題につながり得る興味深い話題だろう.

 ・ 荒木 一雄,安井 稔 編 『現代英文法辞典』 三省堂,1992年.

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2010-11-11 Thu

#563. Chaucer の merry [chaucer][spelling][lme]

 昨日の記事[2010-11-10-1]で,中英語の方言事情に由来する綴字と発音の乖離を話題にした.結果としてみれば,busybury などは綴字と発音が標準化の際に別々に振る舞ってしまった不運な例であり,merry などは綴字と発音がセットで行動した幸運な例であったことになる.
 これはあくまで偶然の結果である.ロンドンのような方言のるつぼでは,実際には綴字と発音のあらゆる組み合わせが試されたと想像べきだろう.busy でいえば,ロンドンでは /ɪ/, /y/, /ɛ/ の発音がいずれも聞かれたろうし,<i>, <u>, <e> の綴字のいずれも見られたろう.3×3=9通りの組み合わせのいずれもあり得たと想像される.標準化に際しての最終的な決定は,理性,慣用,ランダム性といった要素が複雑に作用した結果だったろう.標準化は短期間で起こったわけではなく,産みの苦しみとして多大な時間がかかったので,その間に後世からみれば妙に思われることが一つや二つ起こったとしても不思議ではない.busybury はそのような例と考えられる.
 14世紀後半のロンドンでは,書き言葉の標準化が緩やかに始動していたが,そのロンドン英語をおよそ代表しているのが Chaucer である.先日 The Canterbury Tales の "The Nun's Priest's Tale" を読んでいて,merry に何度か出会ったので,異なる綴字を記録しながら読み進めてみた.以下,引用は The Riverside Chaucer より.

<myrie>

 Be myrie, housbonde, for youre fader kyn! (l. 2968)
 That stood ful myrie upon an haven-syde; (l. 3071)
 Ther as he was ful myrie and wel at ese. (l. 3259)
 Faire in the soond, to bathe hire myrily, (l. 3267; [:by])
 How that they syngen wel and myrily). (l. 3272; [:sikerly])
 For trewely, ye have as myrie a stevene (l. 3291)

<mery>

 Of herbe yve, growyng in oure yeerd, ther mery is; (l. 2966)
 And after that he, with ful merie chere, (l. 3461 in Epilogue to NPT)

<murie>

 His voys was murier than the murie orgon (l. 2851)
 Soong murier than the mermayde in the see (l. 3270)
 This was a murie tale of Chauntecleer. (l. 3449 in Epilogue to NPT)


 Chaucer にも予想通り,3通りの綴字があったことが分かる.このテキストに関する限り相対的に優勢なのは <myrie> だが,私たち後世が知っているとおり,後に標準化したのは最も少数派である <mery> の母音(字)をもつ形態である.書き言葉の標準化が徐々に進行したものであり,それゆえに標準化の過程には複雑な事情があったようだということがよく分かるのではないか.

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2010-11-01 Mon

#553. Chaucer の 非人称動詞 [chaucer][impersonal_verb]

 [2009-11-17-1]で非人称動詞について簡単に説明したが,今回は中英語の Chaucer に現われる非人称動詞を挙げよう.Burnley (36) のリストを再掲するが,Chaucer に用いられている非人称動詞のすべてを網羅しているわけではないので注意.中英語で初めて現われたものについては,* を付してある.

(1) used exclusively in impersonal constructions

ben lief, ben looth, *betyden, bifallen, bihoven, *happen, *lakken, listen, neden, *tyden


(2) used frequently in impersonal constructions (and also in personal constructions)

*availlen, ben, *deignen, *dremen, *fallen, forthinken, *gaynen, longen, lyken, metten, *rekken, *remembren, rewen, *seemen, *sitten, *smerten, thinken, *thurfen, thursten, *wonderen


 Chaucer 以降,これらの非人称構文は形式主語 it をとる構文や人称主語をとる構文へと推移し,現代英語ではほぼ完全に衰退した.
 非人称動詞は印欧語族に共通して見られるが,形式主語 it を立てる構文は比較的新しく,例えば Sanskrit 語には見られないという ( Mustanoja, p. 433 ) .it rains に対応するいくつかの言語の表現を示すと,rigneiþ (Gothic), rignir (Old Norse), pluit (Latin), llueve (Spanish) .

 ・ Burnley, David. The Language of Chaucer. Basingstoke: Macmillan Education, 1983. 13--15.
 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960. 88--92.

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2010-10-28 Thu

#549. 多重否定の効用 [negative][prescriptive_grammar][chaucer]

 [2009-08-29-1], [2010-02-22-1]で触れたように,現代英語では(歴史的には18世紀の規範文法成立以来)二重否定あるいは多重否定は,規範文法の名の下に最も厳しく非難される「誤用」の1つである.厳しく非難されるのは,逆にいえば実際にはよく用いられるからであり,非標準変種では世界中でごく普通に聞かれる.
 多重否定に対する論説はそれ自体に長い歴史があり,批判であれ擁護であれ,論説そのものがおもしろい.典型的な批判としては,マイナスにマイナスを掛けたらプラスになってしまうから否定の強調としての二重否定は論理的に誤謬だというものがある.Cheshire (114--15) は論理学に訴えるこのような批判を逆手に取り,量化の概念を含んだ論理学はもっと精緻であり,それによればマイナス×マイナス=プラスという単純な帰結にはならないと反駁する.
 ここでは,多重否定の効用を2点指摘したい.論じるに当たって,最近 Chaucer を読みながら出会った "The Physician's Tale" (ll. 133--34) の多重否定の例文を示そう(引用は The Riverside Chaucer より).当時は多重否定は日常茶飯事であり,現在のように「誤用」として非難されることはなかった.

For certes, by no force ne by no meede,
Hym thoughte, he was nat able for to speede;


 悪徳判事 Apius が美貌と美徳の娘 Virginia を見初め,何とかこの娘を手に入れられないかと思案する場面である.ここでは,Apius は力ずくでも賄賂によっても成功しないだろうと考えている.no, ne, no, nat と4つの否定辞が立て続けに現われており,典型的な多重否定の構文である.
 さて,この場面での多重否定の2つの効用とは何だろうか.1つ目は,否定辞を複数用いることによって否定が強調されていることである.この構文の表わす意味が論理的に否定か肯定かということとは別次元で,繰り返し否定辞が使われているのだからそれだけ否定が強調されているのだという文体的な効用を評価することができる.
 2つめの効用は,否定辞を特定の箇所にちりばめることで,否定の作用域 ( scope ) が明確になることである.上の例文でいえば,noforcemeede の両方に前置されているので,ちょうど現代英語の neither ... nor ... の構文と同等で,「力ずく」でもだめだし「賄賂」でもだめだということがはっきりする.もし否定辞を用いずに by force or by meede などとなっていたら,現代英語の either ... or ... の構文と同等で,「力ずく」か「賄賂」かのどちらかでは成功しない,どちらかうまくいく方を慎重に選ばなければならない,という読みが文法的に可能になり,解釈に曖昧さを与えかねない.通常は文脈によって曖昧さは回避されるだろうが,構文として両義性を回避できる術があるならばそれに越したことはない.上で論理に訴える典型的な多重否定への非難を見たが,皮肉なことに多重否定を用いることでむしろ論理的な関係が明示されることがあるという例である.
 否定の論理ではなく,否定の強調と結束を全面に打ち出しているのが中英語や現代非標準変種の多重否定の特徴と言えよう.Burnley が次のようにまとめている.

If we consider this duplication of negators from the point of view of the addressee of an utterance, this apparently redundant repetition can be seen as 'negative support', since each negating item is mutually supportive of the others in clarifying the total negative character of the clause. ( 60 )


 上記の2つの効用にもう1つ付け加えるのであれば,l. 133 は否定辞を配することによって弱強五歩格 ( iambic pentameter ) の韻律を整えているという点も指摘できよう.
 多重否定が非難され続けて数世紀.それにもかかわらず非標準変種でいまだに一般的であるということは,規範を押しつけることの限界のみならず,多重否定の効用をもひそかに物語っているのかもしれない.

 ・ Cheshire, Jenny. "Double Negatives are Illogical." Language Myths. Ed. Laurie Bauer and Peter Trudgill. London: Penguin, 1998. 113--22.
 ・ Burnley, David. The Language of Chaucer. Basingstoke: Macmillan Education, 1983. 13--15.

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