毎年度始め,英語史の初回の授業で以下のようなクイズを試している(全25問).かなり荒っぽいクイズではあるがそこそこ好評なので,1年ほど前に使用した2009年度版のクイズを以下に掲載する(全画面モードでどうぞ).直接,PDFのスライドとして落としたい方はこちらからどうぞ.答えは,明日の記事で.
英語を学ぶ理由というは一見すると自明のように思えるかもしれない.多くの日本人の英語学習者からは,広く国際コミュニケーションのためという答えが返ってきそうである.しかし,世界は広い.人々が英語を学ぶ理由は,多岐にわたる.Jenkins (35--36) は,Crystal が提案したものとして6点を挙げ,自らもう一つを加えて計7点の「英語を学ぶ理由」を以下のごとく列挙した.
1. Historical reasons: 英米帝国主義の遺産として.The Outer Circle の諸地域で特に強い.see [2009-11-30-1]
2. Internal political reasons: 多民族国家における中立的な(特にメディア上の)言語として.
3. External economic reasons: 国際市場の獲得を目指して.
4. Practical reasons: 国際的な交通,会議,観光などのため.
5. Intellectual reasons: 学術・技術の情報にアクセスするため.
6. Entertainment reasons: 音楽をはじめとする大衆文化に接するため.
7. Personal advantage/prestige reasons: 習得することによって社会的な地位を得られるため.
地域によって,個人によって,英語を学ぶ理由は異なるだろうし,複数の理由が共存しているのが通常だろう.だが,日本に生活する一般の日本語母語話者にとって,1 や 2 の理由は縁遠いだろう.世界には 1 や 2 の理由を無視することのできない地域や個人が少なからず存在するということは,英語を学ぶ者みながよくよく知っておく必要がある.
・Jenkins, Jennifer. World Englishes: A Resource Book for Students. Abingdon: Routledge, 2003.
・Crystal, David. English As a Global Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.
2009年12月にゼミ学生が提出した卒業論文のタイトルをリストアップする.
・中英語期におけるアルファベット "v" の出現
・大母音推移期における英詩の脚韻
・前置詞 of の意味の広がり ?分離から所有へ?
・接辞のクラス分け ?接尾辞 -able の独自性の観点から?
・後期近代英語における May と Can の使用頻度の推移
・近代英語期における進行形の使用頻度の拡大
・かばん語の出現数の推移とその背景
・The Syntactic and Semantic Relation between the Act and Target in Terms of Directness
・(for) NP to V の異分析
・The Peterborough Chronicle における se の屈折の種類の推移:古期英語から中期英語の屈折衰退の実証
全体としてテーマの分布としては広がりがあってよかったのではないかと考えている.時代的には,古英語後期,中英語,近代英語,現代英語とカバーされているし,英語学の分野でも,文字,音声,形態,統語,語彙,意味のバランスがとれていた.しかし,比較的人気が高いと思われる英語方言や世界英語といった社会言語学的なテーマがなかった.
英語学や英語史の分野ではこのような話題が卒論の研究対象になります,ということで参考までに.
英語史を含め歴史の記述には,時間の流れとの関係という観点から,二種類の方法がある.(1) 過去から現在へと向かう記述,(2) 現在から過去へと向かう記述,である.日本史,生物史,経済史など,一般に「歴史」のつく講義や概説書を思い起こすと,ほとんどすべてにおいて (1) が採用されているのではないだろうか.英語史の講義や概説書でも (1) が圧倒的多数である.
しかし,(2) の記述法も十分に意味をなすし,英語史でも実際にいくつかの試みがなされている.(2) の遡及的記述法を採る古典的名著といえば,Strang である.最近では,関東学院大学の島村宣男氏が,近代英語期を起点に時代を遡及するという (2) のヴァリエーションといえる記述を採用している.
二つの記述法にはそれぞれ長所と短所があり,一般論としてどちらがより有効ということはいえない.それは目的による.二つの記述法の比較は別の機会に試みたいが,今回は,少数派である遡及的記述をあえて採用した島村氏の言葉を借りて (2) の長所に迫ってみたい.
英語史の概説書の多くは,西北ヨーロッパの一島嶼において成立した地域言語としての「英語」が,やがて全地球的な規模の世界言語に発達するまでを叙述する.それは歴史学の記述と同じく,発生上の起源に遡るのが通例である.私は,何よりもまず,この「因習」を脱したいと考えた.いきなりイギリスの言語の発生的起源から説くことは,叙述の方法としてはいかにも理に適っているようにみえるが,初学者の「好奇心」を最初から殺ぐことになりはしないだろうか? これでは面白いわけがない.(2)
遡及的記述の長所の一つは,この記述法が「現代英語の○○という現象の起源はどこにあるのか」という英語学習者のストレートな問いに答えるのに適した形態であることである.例えば,現代英語で動詞に三単現の s がつくのはなぜかという問いに答えようとする場合,歴史的に正確に答えるのであれば,遠く印欧祖語の動詞の曲用から始めて,ゲルマン祖語,古英語,中英語,近代英語と時間に沿って動詞の曲用の歴史を叙述する必要があるだろう.
もう一つの説明は,時間を遡及するやり方である.三単現の s は,そもそも近代英語期に入るまでは -s ではなく -th であったこと,それ以前の中英語期には三単現のみならず他の人称・数・時制によっても動詞語尾が様々に変化したこと,それ以前の古英語では弱変化型か強変化型かで語尾変化のタイプが異なっていたこと,それ以前のゲルマン祖語では,云々.
体系的に,正確に,歴史的事実を知りたい場合には,前者の説明が適切だろう.だが,現代的な視点に基づく好奇心を最大限に尊重しようとする立場からは,現代との関連の強い近過去から始めて徐々に関連が薄くなってゆく遠過去へと説明を進めるほうが適切である.単純なことから複雑なことへと順に知識を深めてゆくという方法は,学習上,教育上,研究上の定石である.みなが自然と採っているこの順序を歴史記述に応用しない手はないともいえる.
私は今年度も伝統的な (1) の方法で英語史の講義を進めてきたが,後期の後半になって「現代に近づいてやっと面白くなってきました.このような内容でもっと授業をしてくれれば・・・」という趣旨のコメントを受け取って,複雑な思いである.「一年間ながらくお待たせしました・・・」と申し訳ない気持ちにならないでもない.
先に述べたように,二つの記述法のいずれにも長所と短所がある.来年度は遡及的記述の長所である「現代的な視点に基づく好奇心をくすぐる」をうまく取り込んだ形の講義にしたいと思っている.今から模索を始めたい.
・Strang, Barbara M. H. A History of English. London: Methuen, 1970.
・島村 宣男 『新しい英語史?シェイクスピアからの眺め?』 関東学院大学出版会,2006年.
明けましておめでとうございます.昨年は hellog への訪問をありがとうございました.本年も続けます.よろしくお願いいたします.
さて,新年の話題は,去る秋に英語史の授業で課した自由レポートについて.学生が英語史のどのような点に関心をもっているかを知りたかったので,レポートのテーマは自由にした.129名の学生から回収したレポートについて扱われている話題を大雑把にキーワードで分類し,人気上位を出した.以下の通りである.
Rank | Point | Subject | Link within hellog |
---|---|---|---|
1 | 14 | 借用語 | loanwords |
2 | 13 | アメリカ英語(とイギリス英語の比較) | American English |
3 | 9 | フランス語の影響 | French influence |
4 | 7 | 方言 | (ME) dialects |
4 | 7 | 語源 | etymology |
6 | 6 | イギリス史(と英語史の関連) | history of Britain |
7 | 5 | アルファベット(の歴史) | alphabet |
7 | 5 | 世界語としての英語 | lingua franca |
7 | 5 | 中世の英語の復権 | reestablishment of English |
7 | 5 | 綴字と発音の乖離 | spelling-pronunciation gap |
7 | 5 | 統語論 | syntax |
多くの現代人にとって,なぜ英語を学ぶのかという問いは自明であって,改めて問う必要はないかのように聞こえるだろう.私はこの問いの答えは必ずしも自明ではなく,各学習者が真剣に考えるべき問題だと思っているが,ひとまずその議論はおいておき,ここでは英語学習の自明性をひとまず認めておくことにしよう.
では,なぜ英語史を学ぶのかという問いはどうだろうか.多くの英語学習者にとってこの答えは自明ではないかもしれないが,一度じっくり考えてみてほしい.ある人は,自分の学んでいる言語がたどってきた歴史文化を学ぶことは,学習上きっと大事なことにちがいない,という漠然とした関心を抱いているかもしれない.ある人は,なぜ英語がここまで世界で広く使用される言語になったのか,その理由を歴史の中に探りたい,という明確な問題意識を抱いているかもしれない.
児馬修(『ファンダメンタル英語史』 ひつじ書房,1996年,ii--iii頁)は英語史を学ぶ意義について述べているが,私の解釈を含めてまとめると次の3点になろう.
・現代英語を深く理解することができる
・歴史に基づいた英語観を形成することができる(特に英語を教える立場にある者には必要)
・英語の言語変化を考える際の材料を得ることができる
私なりに整理した「英語史を学ぶ意義」は次の5点である.
(1) 現代英語の文法や語彙が学びやすくなる.(今まで関連の見えなかった現象につながりが見えてくる.不合理・不規則に見える現象の根拠を知ることができる.)
(2) 英語の過去を通じて英語の未来を意識することで,能動的・戦略的に英語を学ぶ姿勢が身につけられる.(未来における英語の立場を予想できれば,英語学習が本当に必要かどうかを自分で判断できるようになる.英語学習の動機も高められる.)
(3) 言語は変わるものであり,多様なものであるという許容的な言語観が形成され,おおらかに英語を学べる,あるいは教えられるようになる.
(4) 英語史は一つの物語であるから,おはなしとして面白い.
(5) 研究分野として純粋に面白い.(学問研究は世の役に立つからという理由で存在しているのではない.あくまで対象が美しいがゆえにそれに惹かれるということが学問研究の出発点である.結果として役に立つこともあるし,そうでないこともある.)
英語史は,英語を学ぶ者すべてにとって大きな意義があると確信している.特に英語を教える立場にある人にとっては(2)や(3)のポイントは重要なのではないか.
今回はちょっとしたサイトの紹介だけ.BBC の Ages of English Timeline は,FLASH により遊び感覚で英語史の要点を学べる.
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