表題の2つの書は,英語史上大きな影響力をもった,初期近代英語で書かれた文献である.いつぞやか大英図書館で購入した絵はがきを見つけたので,各々より1葉のイメージを与えておきたい(画像をクリックすると文字も読める拡大版).
Book of Common Prayer (Of Matrimonie) | King James Bible (Title-page) |
The British Library が "English Timeline" という英語史学習用コンテンツを提供している.「#1456. John Walker の A Critical Pronouncing Dictionary (1791)」 ([2013-04-22-1]) で関連するリンクを張った程度だが,眺めていくとなかなかおもしろい.写本画像などのイメージや各種メディアのコンテンツが豊富で,教材として役に立ちそうだ.
同様に,関連するコンテンツとして Words for time travellers もある.画像,テキスト,演習問題のついているものもあり,教材として使えそうだ.例えば,Chaucer について4ページのコンテンツがあり,以下のような構成になっている.
(1) Chaucer's English - page 1: Caxton 版の The Canterbury Tales よりテキストと写本画像を掲載
(2) Chaucer - page 2: テキストを簡単な注解により解説
(3) Chaucer - page 3: 単語に関する演習問題
(4) Chaucer - page 4: その解答
「#18. 英語史をオンラインで学習できるサイト」 ([2009-05-16-1]) で紹介した BBC の Ages of English Timeline とともに,英語史の学習・教育にどうぞ.
英語史に限らず歴史記述の方法として,時間の流れに沿って歴史を描く順行的記述と,逆に現在から過去へ遡って描く遡及的記述の2通りが考えられる.後者は通常の感覚では普通ではないと思われるかもしれないが,実際 Strang は遡及的記述で英語史を書き,独特な味わいをもった著作を世に出した.この逆行した記述法については,本ブログでも「#253. 英語史記述の二つの方法」 ([2010-01-05-1]),「#1340. Strang の英語史の遡及的記述」 ([2012-12-27-1]),「#2471. なぜ言語系統図は逆茂木型なのか」 ([2016-02-01-1]) で扱ってきた.
今期の大学の授業では今や古典的名著といってよい Baugh and Cable の英語史(順行的記述)を読んでいるが,学期始めの回で,遡及的記述という方法の功罪について受講生とブレストしてみた.読み手にとって,遡及的に書かれた歴史書の長所と短所はそれぞれ何だろうか,というお題である.以下,出された意見を箇条書きで記そう.
[ 長所 ]
・ 結果を先に見るから原因に興味がわく
・ 結果先行だから因果関係がわかりやすい
・ 再解釈を通じて歴史を深く学べる
・ 歴史的反省がしやすい
・ 現代の知識と照らし合わせながら歴史を学べる
・ 現代に近いところから始められるので理解しやすい
・ 開始点が自動的に現在に定まる
・ 資料や情報が多い時代から,少ない時代へと記述が流れてゆく
・ 常に現在と各時代の時間差を意識しながら歴史を学べる
・ 過去志向の視点が強調される
[ 短所 ]
・ 結局,後で順行的記述として再解釈しなければならない
・ 過程より結果を重視しがち
・ 同時代史が描きにくい
・ 各時代の起点・期間の設定が恣意的になる
・ 原因→結果という自然な順序ではないので,わかりにくい
・ 決定論的な見方になりやすい
・ 終了点が決めにくい
・ 切り捨てられる情報が多い
・ 都合のいい情報だけを取ってくることにならないか
・ 時間の流れに反する
・ 因果関係の説明では,部分的に順行的にならざるをえない
・ 現在から未来へ時が流れているので,開始点が動いてゆくことになる
・ 現在に反映されていない問題は扱われにくくなるのではないか
・ 未来志向の視点がとりにくい
各々確かにそうだと思われる点もあれば,長所あるいは短所として出された意見がそのまま逆に短所あるいは長所にもなっているのではないか,と思われる点もあった.また,このリストは,見方を変えれば順行的記述の長所と短所にも対応する,という点でも有用である.
遡及的記述には不自然感はぬぐえないし,何といっても一般的ではなく,馴染みが薄い.短所のほうが多く挙がるのは,致し方ないところだろう.しかし,長所と考えられる特徴を十分に意識した上で遡及的記述の歴史書に挑戦するのは,意義がある.Strang の英語史書などは,英語史を学ぶに当たって最初に読むにはふさわしくないが,上記のような短所に目をつぶり,長所を活かす形で読もうとすれば,学習効果は挙がるだろう.Strang は,21世紀の現在では古くなった感が否めないが,しっかりした(構造)言語学のスタンスを取った名著であり続けていると思う.
・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.
・ Strang, Barbara M. H. A History of English. London: Methuen, 1970.
本年度も,9月20日?22日の2泊3日でゼミ合宿に行ってきた.今回の目標は,各ゼミ生の個人研究のテーマや関心を有機的に結びつけて,模造紙1枚のマインドマップに融合するというものだった.初の試みだったが,個人および集団の作業を通じて,誰がどのようなテーマに関心をもっているのかがよくわかったし,これまで関係なさそうだった個人どうしがあるキーワードで結びつくという発見があり,たいへん有意義だった.個人と集団での下書きと推敲を何度か繰り返した上でディスカッションをし,最後に清書したので,完成度は高いと思う.
*
収束の段階が進むにつれ,キーワードが一般化・抽象化されてゆき,当然ながら捨て去らなければならない個人のキーワードも多く出てくるのは仕方ないが,そのような高次の段階で初めて個人間の関心が結びついていくこともある.いかに最初に多く発散させ,いかにその後のグループ・ディスカッションで上手に収束させるかが成功の鍵だと感じた.また,最終版のマインドマップで,中央から伸びるメインブランチのキーワード数個を何に設定するかというのも,高度なセンスを要する.
いずれにせよ,なかなかおもしろかったので,他の機会にも試してみたいと思う.
「#2628. Hockett による英語の書き言葉と話し言葉の関係を表わす直線」 ([2016-07-07-1]) (及び補足的に「#2629. Curzan による英語の書き言葉と話し言葉の関係の歴史」 ([2016-07-08-1]))の記事で,Hockett (65) の "Timeline of Written and Spoken English" の図を Curzan 経由で再現して,その意味を考えた.その後,Hockett の原典で該当する箇所に当たってみると,Hockett 自身の力点は,書き言葉と話し言葉の距離の問題にあるというよりも,むしろ話し言葉において変化が常に生じているという事実にあったことを確認した.そして,Hockett が何のためにその事実を強調したかったかというと,人為的に設けられた英語史上の時代区分 (periodisation) が招く諸問題に注意喚起するためだったのである.
古英語,中英語,近代英語などの時代区分を前提として英語史を論じ始めると,初学者は,あたかも区切られた各時代の内部では言語変化が(少なくとも著しくは)生じていないかのように誤解する.古英語は数世紀にわたって変化の乏しい一様の言語であり,それが11世紀に急激に変化に特徴づけられる「移行期」を経ると,再び落ち着いた安定期に入り中英語と呼ばれるようになる,等々.
しかし,これは誤解に満ちた言語変化観である.実際には,古英語期の内部でも,「移行期」でも,中英語期の内部でも,言語変化は滔々と流れる大河の如く,それほど大差ない速度で常に続いている.このように,およそ一定の速度で変化していることを表わす直線(先の Hockett の図でいうところの右肩下がりの直線)の何地点かにおいて,人為的に時代を区切る垂直の境界線を引いてしまうと,初学者の頭のなかでは真正の直線イメージが歪められ,安定期と変化期が繰り返される階段型のイメージに置き換えられてしまう恐れがある.
Hockett (62--63) 自身の言葉で,時代区分の危険性について語ってもらおう.
Once upon a time there was a language which we call Old English. It was spoken for a certain number of centuries, including Alfred's times. It was a consistent and coherent language, which survived essentially unchanged for its period. After a while, though, the language began to disintegrate, or to decay, or to break up---or, at the very least, to change. This period of relatively rapid change led in due time to the emergence of a new well-rounded and coherent language, which we label Middle English; Middle English differed from Old English precisely by virtue of the extensive restructuring which had taken place during the period of transition. Middle English, in its turn, endured for several centuries, but finally it also was broken up and reorganized, the eventual result being Modern English, which is what we still speak.
One can ring various changes on this misunderstanding; for example, the periods of stability can be pictured as relatively short and the periods of transition relatively long, or the other way round. It does not occur to the layman, however, to doubt that in general a period of stability and a period of transition can be distinguished; it does not occur to him that every stage in the history of a language is perhaps at one and the same time one of stability and also one of transition. We find the contrast between relative stability and relatively rapid transition in the history of other social institutions---one need only think of the political and cultural history of our own country. It is very hard for the layman to accept the notion that in linguistic history we are not at all sure that the distinction can be made.
Hockett は,言語史における時代区分には参照の便よりほかに有用性はないと断じながら,参照の便ということならばむしろ Alfred, Ælfric, Chaucer, Caxton などの名を冠した時代名を設定するほうが記憶のためにもよいと述べている.従来の区分や用語をすぐに廃することは難しいが,私も原則として時代区分の意義はおよそ参照の便に存するにすぎないだろうと考えている.それでも誤解に陥りそうになったら,常に Hockett の図の右肩下がりの直線を思い出すようにしたい.
時代区分の問題については periodisation の各記事を,言語変化の速度については speed_of_change の各記事を参照されたい.とりわけ安定期と変化期の分布という問題については,「#1397. 断続平衡モデル」 ([2013-02-22-1]),「#1749. 初期言語の進化と伝播のスピード」 ([2014-02-09-1]),「#1755. 初期言語の進化と伝播のスピード (2)」 ([2014-02-15-1]) の議論を参照.
・ Hockett, Charles F. "The Terminology of Historical Linguistics." Studies in Linguistics 12.3--4 (1957): 57--73.
・ Curzan, Anne. Fixing English: Prescriptivism and Language History. Cambridge: CUP, 2014.
今回は,英語史 (history of the English language) という分野が,19世紀以来,言語学やその周辺の学問領域の発展とともにどのように発展してきたか,そして今どのように発展し続けており,今後どのような方向へ向かって行くのかという,メタな問題について考えたい.参照したいのは,Momma and Matto により編まれた大部の英語史手引書の導入部である.
19世紀と20世紀初頭には言語学の関心は専ら音韻や形態の歴史的発達を厳密に探ることだった.比較言語学と呼ばれる専門的な領域が数々の優れた成果をあげ,近代言語学を強力に推し進めた時代である.英語史のような個別言語の歴史も必然的にその勢いに乗り,そこで記述されるべきは,英語の音韻や形態などが経てきた変化の跡であることが当然視されていた.現在いうところの英語の「内面史」 (internal history) である.Matto and Momma (7) によると,
. . . the study of language in the nineteenth and early twentieth centuries was almost exclusively philological. Sound shifts, developments in vocabulary, and syntactic changes were of primary interest, while historical events were at best secondary.
20世紀が進んでくると,比較言語学の伝統とは異なる構造主義的な言語の見方が現われ,言語の内的な体系への関心は相変わらず継続したものの,一方で言語の形式的な要素が社会やその歴史といった言語外の環境によっていかに条件付けられるのかといった問題意識も生じてきた.そして,英語史記述にも言語と社会環境の関係を意識した観点が反映され始めた."emphasis on the social function of language" (Matto and Momma 8) という視点である.ここで,英語史に「外面史」 (external history) という新次元が本格的に付け加わってきたのである.
英語史における内面史と外面史の相互関係を重視する記述の態度は当然の視点となってきたが,その傾向に乗る形で,20世紀後半から,英語史という分野の発展の第3段階ともいえる新たな時代が始まっている.それは,標準英語という主要な1変種の年代記という従来の英語史記述を脱して,非標準的な変種を含めた "Englishes" の歴史を総合しようと試みる段階である.一枚岩ではなく多種多様な英語変種の歴史の総合を目指す,新たな英語史への挑戦である.Matto and Momma (8) は,従来の現代標準英語への接続を意識した古英語,中英語,近代英語の3時代区分という発想は,新しい英語史記述にとっては,あまりに直線的すぎると感じている.
[The tripartite history of Old, Middle, and Modern English] is linear, tracing a straight-line trajectory for a well-defined, unitary language, thus denying a full history to the offshoots, the non-standard dialects, the conservative backwaters, or the avant-garde neologisms of a given historical period. But even if we grant that the "standard" language has until recently had enough momentum to pull along most variants in its wake, such a single straight-line trajectory is insufficient to capture the current global spread and multidimensional changes in the world's Englishes. It may be time to consider the "Old--Middle--Modern" triptych as complete, and to seek new models for representing English in the world today as well as for the processes that led to it.
そのような新しい総合的な英語史記述が容易に達成できるはずはないということは,編者たちもよく理解しているようだ.しかし,これは現在そして未来の英語史のあるべき姿であり,然るべき段階だろう.Matto and Momma (8--9) 曰く,
We cannot offer here a unified image that captures all aspects of the history of English; the result would of necessity be a schematic chimera of chronological lines, branching trees, holistic circles, interactive networks, and evolutionary processes. Such a chimera cannot be easily imagined . . . .
上記の「分野としての英語史の発展段階」について異論はない.しかし,各々の発展段階において共通しているが,触れられていないことが1つある.それは,英語史記述が,社会的な側面をもつ言語という現象の歴史記述である以上,(例えばイギリスという)国にとって英語とは何か,(現在英語を国際的に用いている)世界にとって英語とは何か,人類にとって言語とは何かという問題とは無縁ではあり得ないという事実である.英語史記述とは,常に,このような問いに対して記述者が持論を開陳する機会だと考えている.
・ Matto, Michael and Haruko Momma. "History, English, Language: Studying HEL Today." Chapter 1 of A Companion to the History of the English Language. Ed. Haruko Momma and Michael Matto. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2008. 3--10.
「#2588. Baugh and Cable の英語史からの設問 --- Chapters 1 to 4」 ([2016-05-28-1]),「#2594. Baugh and Cable の英語史からの設問 --- Chapters 5 to 8」 ([2016-06-03-1]) に続き,最終編として9--11章の設問を提示する.
[ Chapter 9: The Appeal to Authority, 1650--1800 ]
1. Explain why the following people are important in historical discussions of the English language:
John Dryden
Jonathan Swift
Samuel Johnson
Joseph Priestley
Robert Lowth
Lindley Murray
John Wilkins
James Harris
Thomas Sheridan
George Campbell
2. How were the intellectual tendencies of the eighteenth century reflected in attitudes toward the English language?
3. What did eighteenth-century writers mean by ascertainment of the English language? What means did they have in mind?
4. What kinds of "corruptions" in the English language did Swift object to? Do you find them objectionable? Can you think of similar objections made by commentators today?
5. What had been accomplished in Italy and France during the seventeenth century to serve as an inspiration for those in England who were concerned with the English language?
6. Who were among the supporters of an English Academy? When did the movement reach its culmination?
7. Why did an English Academy fail to materialize? What served as substitutes for an academy in England?
8. What did Johnson hope for his Dictionary to accomplish?
9. What were the aims of the eighteenth-century prescriptive grammarians?
10. How would you characterize the difference in attitude between Robert Lowth's Short Introduction to English Grammar (1762) and Joseph Priestley's Rudiments of English Grammar (1761)? Which was more influential?
11. How did prescriptive grammarians such as Lowth arrive at their rules?
12. What were some of the weaknesses of the early grammarians?
13. Which foreign language contributed the most words to English during the eighteenth century?
14. In tracing the growth of progressive verb forms since the eighteenth century, what earlier patterns are especially important?
15. Give an example of the progressive passive. From what period can we date its development?
[ Chapter 10: The Nineteenth Century and After ]
1. Explain why the following people are important in historical discussions of the English Language:
Sir James A. H. Murray
Henry Bradley
Sir William A. Craigie
C. T. Onions
2. Define the following terms and for each provide examples of words or meanings that have entered the English language since 1800:
Borrowing
Self-explaining compound
Compound formed from Greek or Latin elements
Prefix
Suffix
Coinage
Common word from proper name
Old word with new meaning
Extension of meaning
Narrowing of meaning
Degeneration of meaning
Regeneration of meaning
Slang
Verb-adverb combination
3. What distinction has been drawn between cultural levels and functional varieties of English? Do you find the distinction valid?
4. What are the principal regional dialects of English in the British Isles? What are some of the characteristics of these dialects?
5. What are the main national and areal varieties of English that have developed in countries that were once part of the British Empire?
6. Summarize the main efforts at spelling reform in England and the United States during the past century. Do you think that movement for spelling reform will succeed in the future?
7. How long did it take to produce the Oxford English Dictionary? By what name was it originally known?
8. What changes have occurred in English grammatical forms and conventions during the past two centuries?
[ Chapter 11: The English Language in America ]
1. Explain why the following people are important in historical discussions of the English language:
Noah Webster
Benjamin Franklin
James Russell Lowell
H. L. Mencken
Hans Kurath
Leonard Bloomfield
Noam Chomsky
William Labov
2. Define, identify, or explain briefly:
Old Northwest Territory
An American Dictionary of the English Language (1828)
The American Spelling Book
"Flat a"
African American Vernacular English
Pidgin
Creole
Gullah
Americanism
Linguistic Atlas of the United States and Canada
Phoneme
Allophone
Generative grammar
3. What three great periods of European immigration can be distinguished in the peopling of the United States?
4. What groups settled the Middle Atlantic States? How do the origins of these settlers contrast with the origins of the settlers in New England and the South Atlantic states?
5. What accounts for the high degree of uniformity of American English?
6. Is American English more or less conservative than British English? In trying to answer the question, what geographical divisions must one recognize in both the United States and Britain? Does the answer that applies to pronunciation apply also to vocabulary?
7. What considerations moved Noah Webster to advocate distinctly American form of English?
8. In what features of American pronunciation is it possible to find Webster's influence?
9. What are the most noticeable differences in pronunciation between British and American English?
10. What three main dialects in American English have been distinguished by dialectologists associated with the Linguistic Atlas of the United States and Canada? What three dialects had traditionally been distinguished?
11. According to Baugh and Cable, what eight American dialects are prominent enough to warrant individual characterization?
12. What is the Creole hypothesis regarding African American Vernacular English?
13. To what may one attribute certain similarities between the speech of New England and that of the South?
14. To what may one attribute the preservation of r in American English?
15. To what extent are attitudes which were expressed in the nineteenth-century "controversy over Americanisms" still alive today? How pervasive now is the "purist attitude"?
16. What are the main historical dictionaries of American English?
・ Cable, Thomas. A Companion to History of the English Language. 3rd ed. London: Routledge, 2002.
「#2588. Baugh and Cable の英語史からの設問 --- Chapters 1 to 4」 ([2016-05-28-1]) に続いて,5--8章の設問を提示する.Baugh and Cable の復習のお供にどうぞ.
[ Chapter 5: The Norman Conquest and the Subjection of English, 1066--1200 ]
1. Explain why the following people are important in historical discussions of the English language:
Æthelred
Edward the Confessor
Godwin
Harold
William, duke of Normandy
Henry I
Henry II
2. How would the English language probably have been different if the Norman Conquest had never occurred?
3. From what settlers does Normandy derive its name? When did they come to France?
4. Why did William consider that he had claim on the English throne?
5. What was the decisive battle between the Normans and the English? How did the Normans win it?
6. When was William crowned king of England? How long did it take him to complete his conquest of England and gain complete recognition? In what parts of the country did he face rebellions?
7. What happened to Englishmen in positions of church and state under William's rule?
8. For how long after the Norman Conquest did French remain the principal language of the upper classes in England?
9. How did William divide his lands at his death?
10. What was the extent of the lands ruled by Henry II and Eleanor of Aquitaine?
11. What was generally the attitude of the French kings and upper classes to the English language?
12. What does the literature written under the patronage of the English court indicate about French culture and language in England during this period?
13. How complete was the fusion or the French and English peoples in England?
14. In general, which parts of the population spoke English, and which French?
15. To what extent did the upper classes learn English? What can one infer concerning Henry II's knowledge of English?
16. How far down in the social scale was knowledge of French at all general?
[ Chapter 6: The Reestablishment of English, 1200--1500 ]
1. Explain why the following are important in historical discussions of the English language:
King John
Philip, king of France
Henry III
The Hundred Years' War
The Black Death
The Peasants' Revolt
Statute of Pleading
Layamon
Geoffrey Chaucer
John Wycliffe
2. In what year did England lose Normandy? What events brought about the loss?
3. What effect did the loss of Normandy have upon the nobility of France and England and consequently upon the English language?
4. Despite the loss of Normandy, what circumstances encouraged the French to continue coming to England during the long reign of Henry III (1216--1272)?
5. The arrival of foreigners during Henry III's reign undoubtedly delayed the spread of English among the upper classes. In what ways did these events actually benefit the English language?
6. What was the status of French throughout Europe in the thirteenth century?
7. What explains the fact that the borrowing of French words begins to assume large proportions during the second half of the thirteenth century, as the importance of the French language in England is declining?
8. What general conclusions can one draw about the position of English at the end of the thirteenth century?
9. What can one conclude about the use of French in the church and the universities by the fourteenth century?
10. What kind of French was spoken in England, and how was it regarded?
11. In what way did the Hundred Years' War probably contribute to the decline of French in England?
12. According to Baugh and Cable, the Black Death reduced the numbers of the lower classes disproportionately and yet indirectly increased the importance of the language that they spoke. Why was this so?
13. What specifically can one say about changing conditions for the middle class in England during the thirteenth and fourteenth centuries? What effect did these changes have upon the English language?
14. In what year was Parliament first opened with a speech in English?
15. What statute marks the official recognition of the English language in England?
16. When did English begin to be used in the schools?
17. What was the status of the French language in England by the end of the fifteenth century?
18. About when did English become generally adopted for the records of towns and the central government?
19. What does English literature between 1150 and 1350 tell us about the changing fortunes of the English language?
20. What do the literary accomplishments of the period between 1350 and 1400 imply about the status of English?
[ Chapter 7: Middle English ]
1. Define:
Leveling
Analogy
Anglo-Norman
Central French
Hybrid forms
Latin influence of the Third Period
Aureate diction
Standard English
2. What phonetic changes brought about the leveling of inflectional endings in Middle English?
3. What accounts for the -e in Modern English stone, the Old English form of which was stān in the nominative and accusative singular?
4. Generally what happened to inflectional endings of nouns in Middle English?
5. What two methods of indicating the plural of nouns remained common in early Middle English?
6. Which form of the adjective became the form for all cases by the close of the Middle English period?
7. What happened to the demonstratives sē, sēo, þæt and þēs, þēos, þis in Middle English?
8. Why were the losses not so great in the personal pronouns? What distinction did the personal pronouns lose?
9. What is the origin of the th- forms of the personal pronoun in the third person plural?
10. What were the principal changes in the verb during the Middle English period?
11. Name five strong verbs that were becoming weak during the thirteenth century.
12. Name five strong post participles that have remained in use after the verb became weak.
13. How many of the Old English strong verbs remain in the language today?
14. What effect did the decay of inflections have upon grammatical gender in Middle English?
15. To what extent did the Norman Conquest affect the grammar of English?
16. In the borrowing of French words into English, how is the period before 1250 distinguished from the period after?
17. Into what general classes do borrowings of French vocabulary fall?
18. What accounts for the difference in pronunciation between words introduced into English after the Norman Conquest and the corresponding words in Modem French?
19. Why are the French words borrowed during the fifteenth century of a bookish quality?
20. What is the period of the greatest borrowing of French words? Altogether about how many French words were adopted during the Middle English period?
21. What principle is illustrated by the pairs ox/beef, sheep/mutton, swine/pork, and calf/veal?
22. What generally happened to the Old English prefixes and suffixes in Middle English?
23. Despite the changes in the English language brought about by the Norman Conquest, in what ways was the language still English?
24. What was the main source of Latin borrowings during the fourteenth and fifteenth centuries?
25. In which Middle English writers is aureate diction most evident?
26. What tendency may be observed in the following sets of synonyms: rise--mount--ascend, ask--question--interrogate, goodness--virtue--probity?
27. What kind of contact did the English have with speakers of Flemish, Dutch, and Low German during the late Middle Ages?
28. What are the five principal dialects of Middle English?
29. Which dialect of Middle English became the basis for Standard English? What causes contributed to the establishment of this dialect?
30. Why did the speech of London have special importance during the late Middle Ages?
[ Chapter 8: The Renaissance, 1500--1650 ]
1. Explain why the following people are important in historical discussions of the English language:
Richard Mulcaster
John Hart
William Bullokar
Sir John Cheke
Thomas Wilson
Sir Thomas Elyot
Sir Thomas More
Edmund Spenser
Robert Cawdrey
Nathaniel Bailey
2. Define:
Inkhorn terms
Oversea language
Chaucerisms
Latin influence of the Fourth Period
Great Vowel Shift
His-genitive
Group possessive
Orthography
3. What new forces began to affect the English language in the Modern English period? Why may it be said that these forces were both radical and conservative?
4. What problems did the modern European languages face in the sixteenth century?
5. Why did English have to be defended as language of scholarship? How did the scholarly recognition of English come about?
6. Who were among the defenders of borrowing foreign words?
7. What was the general attitude toward inkhorn terms by the end of Elizabeth's reign?
8. What were some of the ways in which Latin words changed their form as they entered the English language?
9. Why were some words in Renaissance English rejected while others survived?
10. What classes of strange words did sixteenth-century purists object to?
11. When was the first English dictionary published? What was the main purpose of English dictionaries throughout the seventeenth century?
12. From the discussions in Baugh and Cable 則177 and below, summarize the principal features in which Shakespeare's pronunciation differs from your own.
13. Why is vowel length important in discussing sound changes in the history of the English language?
14. Why is the Great Vowel Shift responsible for the anomalous use of the vowel symbols in English spelling?
15. How does the spelling of unstressed syllables in English fail to represent accurately the pronunciation?
16. What nouns with the old weak plural in -n can be found in Shakespeare?
17. Why do Modern English nouns have an apostrophe in the possessive?
18. When did the group possessive become common in England?
19. How did Shakespeare's usage in adjectives differ from current usage?
20. What distinctions, at different periods, were made by the forms thou, thy, thee? When did the forms fall out of general use?
21. How consistently were the nominative ye and the objective you distinguished during the Renaissance?
22. What is the origin of the form its?
23. When did who begin to be used as relative pronoun? What are the sources of the form?
24. What forms for the the third person singular of the verb does one find in Shakespeare? What happened to these forms during the seventeenth century?
25. How would cultivated speakers of Elizabethan times have regarded Shakespeare's use of the double negative in "Thou hast spoken no word all this time---nor understood none neither"?
・ Cable, Thomas. A Companion to History of the English Language. 3rd ed. London: Routledge, 2002.
今期,大学の演習で,英語史の古典的名著 Baugh and Cable の A History of the English Language の第6版を読んでいる.この英語史概説書について,本ブログでは「#2089. Baugh and Cable の英語史概説書の目次」 ([2015-01-15-1]),「#2182. Baugh and Cable の英語史第6版」 ([2015-04-18-1]),「#2488. 専門科目かつ教養科目としての英語史」 ([2016-02-18-1]) でレビューしてきたし,その他の多くの記事でも参照・引用してきた.
この英語史書には,演習問題集がコンパニオンとして出版されている.5版に対するコンパニオンなので,細かく見ると6版と対応しない部分もあるが,各章の内容が理解できているかどうかの確認としては十分に利用できる.今回は,1章から4章の設問を集めてみた.一覧すると,一種の英語史用語集としても使える.
[ Chapter 1: English Present and Future ]
1. Define the following terms, which appear in Chapter 1 of Baugh and Cable, History of the English Language (5th ed.):
Analogy
Borrowing
Inflection
Natural gender
Grammatical gender
Idiom
Lingua franca
2. Upon what does the importance of language depend?
3. About how many people speak English as native language?
4. Which language of the world has the largest number of speakers?
5. What are the six largest European languages after English?
6. Why is English so widely used as second language?
7. Which languages are likely to grow most rapidly in the foreseeable future? Why?
8. What are the official languages of the United Nations?
9. For speaker of another language learning English, what are three assets of the language?
10. What difficulties does the non-native speaker of English encounter?
[ Chapter 2: The Indo-European Family of Languages ]
1. Explain why the following people are important in studies of the Indo-European family of languages:
Panini
Ulfilas
Jacob Grimm
Karl Verner
Ferdinand de Saussure
2. Define, identify, or explain briefly:
Family of languages
Indo-European
Rig-veda
Koiné
Langue d'oïl, langue d'oc
Vulgar Latin
Proto-Germanic
Second Sound Shift
West Germanic
Hittites
Laryngeals
Object-Verb structure
Centum and satem languages
Kurgans
3. What is Sanskrit? Why is it important in the reconstruction of Indo-European?
4. When did the sound change described by Grimm's Law occur? In what year did Grimm formulate the law?
5. Name the eleven principal groups in the Indo-European family.
6. Approximately what date can be assigned to the oldest texts of Vedic Sanskrit?
7. From what non-Indo-European language has modern Persian borrowed much vocabulary?
8. Which of the dialects of ancient Greece was the most important? In what centuries did its literature flourish?
9. Why are the Romance languages so called? Name the modern Romance languages.
10. What were the important dialects of French in the Middle Ages? Which became the basis for standard French?
11. For the student of Indo-European, what is especially interesting about Lithuanian?
12. Name the Slavic languages. With what other group does Slavic form branch of the Indo-European tree?
13. Into what three groups is the Germanic branch divided? For which of the Germanic languages do we have the earliest texts?
14. From what period do our texts of Scandinavian languages date?
15. Why is Old English classified as Low German language?
16. Name the two branches of the Celtic family and the modern representative of each.
17. Where are the Celtic languages now spoken? What is happening to these languages?
18. What two languages of importance to Indo-European studies were discovered in this century?
19. Why have the words for beech and bee in the various Indo-European languages been important in establishing the location of the Indo-European homeland?
20. What light have recent archaeological discoveries thrown on the Indo-European homeland?
[ Chapter 3: Old English ]
1. Explain why the following are important in historical discussions of the English language:
Claudius
Vortigern
The Anglo-Saxon Heptarchy
Beowulf
Alfred the Great
Ecclesiastical History of the English People
2. Define the following terms:
Synthetic language
Analytic language
Vowel declension
Consonant declension
Grammatical gender
Dual number
Paleolithic Age
Neolithic Age
3. Who were the first people in England about whose language we have definite knowledge?
4. When did the Romans conquer England, and when did they withdraw?
5. At approximately what date did the invasion of England by the Germanic tribes begin?
6. Where were the homes of the Angles, Saxons, and Jutes?
7. Where does the name English come from?
8. What characteristics does English share with other Germanic languages?
9. To which branch of Germanic docs English belong?
10. What are the dates of Old English, Middle English, and Modern English?
11. What are the four dialects of Old English?
12. About what percentage of the Old English vocabulary is no longer in use?
13. Explain the difference between strong and weak declensions of adjectives.
14. How does the Old English definite article differ from the definite article of Modern English?
15. Explain the difference between weak and strong verbs.
16. How many classes of strong verbs were there in Old English?
17. In what ways was the Old English vocabulary expanded?
[ Chapter 4: Foreign Influences on Old English ]
1. Explain why the following people and events are important in historical discussions of the English language:
St Augustine
Bede
Alcuin
Dunstan
Ælfric
Cnut
Treaty of Wedmore
Battle of Maldon
2. Define the following terms:
i-Umlaut
Palatal diphthongization
The Danelaw
3. How extensive was the Celtic influence on Old English?
4. What accounts for the difference between the influence of Celtic and that of Latin upon the English language?
5. During what three periods did Old English borrow from Latin?
6. What event, according to Bede, inspired the mission of St Augustine? In what year did die mission begin?
7. What were the three periods of Viking attacks on England?
8. What are some of the characteristic endings of place-names borrowed from Danish?
9. About how many Scandinavian place-names have been counted in England?
10. Approximately how many Scandinavian words appeared in Old English?
11. From what language has English acquired the pronouns they, their, them, and the present plural are of the verb to be? What were the equivalent Old English words?
12. What inflectional elements have been attributed to Scandinavian influence?
13. What influence did Christianity have on Old English?
・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.
・ Cable, Thomas. A Companion to History of the English Language. 3rd ed. London: Routledge, 2002.
本ブログで何度も取り上げてきた英語綴字の歴史を著わした Horobin は,著書の最終章の終わりにかけて,綴字改革への反対論を繰り広げている.綴字史を総括しながら著者が到達するのは,まさに学者的な保守主義である.Horobin はつくづく中世英語研究者であり(言語の)歴史研究者なのだなと感じ入った.とりわけ,それがよく読み取れる部分を2箇所引こう.
Etymological relicts like these have a further function in making visible the linguistic richness of the language and its varied history, thereby maintaining a closer relationship with texts of the past. While silent letters like those in knight are unhelpful for modern learners of English, they do enable us to retain a link with the language used by Chaucer, and before him by the Anglo-Saxons. When English speakers turn to Chaucer they may find much unfamiliar, but they will not be thrown by the line 'A knyght ther was, and that a worthy man' thanks to our preservation of the medieval spelling. Historical spellings like this preserve that link with the past, as well as standing as a monument to the language's history.
The English language has come into contact with numerous other languages throughout its history, all of which have left their mark, to a greater or lesser degree, on the language's structure, spelling, and vocabulary. To remove the idiosyncrasies that they have contributed to our spelling system would be to erase the evidence of that history. Our spelling system could be likened to a cathedral church, whose origins lie in the Anglo-Saxon period, but whose structure now includes a Gothic portico added in the Middle Ages, a domed tower added in the Early Modern period, and a gift shop and café introduced in the 1960s. The end result is an awkward mixture of architectural styles which no longer reflects the builders' original plan, nor is it the ideal building for the bishop and his clergy to carry out their diocesan duties. But, in spite of these practical limitations, it would be hard to imagine anyone suggesting that the cathedral be demolished to allow the rebuilding of a more functional and architecturally harmonious modern construction. Quite apart from the practical and financial costs of such a project, the demolition and reconstruction of the cathedral would erase the rich historical record that such a building represents. (Horobin 249)
Finally, there seems to me another reason for resisting any attempts to reform English spelling, and retaining traditional spellings, silent letters and all: such spellings are a testimony to the richness of our language and its history. This argument is harder to defend as it has no practical purpose, although it does help to maintain a connection between our present-day language and that of the past. Modern English speakers would surely find it more difficult to read the works of Chaucer and Shakespeare if our spelling system was to be radically reformed. Silent letters are silent witnesses to pronunciations that have since been lost, but which continue to be preserved in a spelling system that boasts a long and rich heritage. (Horobin 251--52)
1つめの引用で,現代英語の綴字を大聖堂になぞらえている比喩が秀逸である.両引用に共通するのは,現代英語に対する保守的な態度が,著者のイギリスの歴史と文学遺産に対する敬意と愛慕に基づいていることだ.著者本人も認めるように,この議論には確かに実用的な長所はないように思われる.しかし,なにか著者の強い使命感のようなものが感じられる.英国でも,日本でも,そして世界中で教養科目の軽視が叫ばれるなか,著者のこの主張は傾聴すべきと考える.
・ Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013.
3単現の -s を巡る英語学・英語史上の問題について,本ブログでは 3sp の記事で多く扱ってきた.この話題については数年来調べたり書きためてきたのだが,この1年ほどの間に口頭発表や論文として公表する機会があったので,本ブログでも報告・宣伝しておきたい.
英語史研究会が企画した論文集『これからの英語教育――英語史研究との対話――』(家入葉子(編))が先月出版された.そのなかで「3単現の -s の問題とは何か――英語教育に寄与する英語史的視点――」と題する小論を寄稿させていただいた.本書は,2014年5月25日に開かれた日本英文学会第86回大会(於北海道大学)でのシンポジウム「グローバル時代の英語教育―英語史からの貢献―」の研究報告を中心に編まれたもので,私自身はその発表者ではなかったものの,論文集の企画に混ぜていただいたという次第である(シンポジウム関係者の先生方,錚々たる英語史・英語教育研究者のグループに入れていただいて本当にありがとうございます!).
論文集のタイトルが示す通り,英語史と英語教育の接点を意識しながら執筆することを期待されていたのだが,ずいぶんと英語史寄りになってしまった(←反省).だが,本ブログではブログというメディアの性質上断片的にしか示せなかった3単現の -s に関する個々の論点を,今回は論文という体裁をとることによって,一応のところまとめることができたように思う.論文では,「#2112. なぜ3単現の -s がつくのか?」 ([2015-02-07-1]) や「#2136. 3単現の -s の生成文法による分析」 ([2015-03-03-1]) などの記事を発展させる形で,とりわけ通時的変化と共時的変異 (variation) を重視した議論を展開した.
英語教育という観点から,この問題について特に強調したかったことは,結論部に示した以下の主張である.
3単現の -s という問題は,文法的な正誤という局所的な問題として解すべきものではない.むしろ,この問題は英語学習者に,(1) 自らの学んでいる対象が標準的・規範的な変種であるという事実に意識を向けさせ,(2) その背後で多数の非標準変種もまた日常的に使用されているという英語の多様性の現実に気づかせ,その自然の帰結として (3) 英語諸変種(そして母語たる日本語諸変種も)に対する寛容さを育む絶好の機会を提供してくれる,一級の話題としてとらえることを提案したい.
なお,本論文集の執筆者と論題は以下の通り.とりわけ英語教育の畑の方に読んでいただけると嬉しい一冊です.
はじめに 英語史と英語教育の対話 家入 葉子 英語史と英語教育の融合 Applied English Philology の試み 池田 真 英語教員養成課程における英語史 谷 明信 第二言語習得研究の示唆する英語史の教育的価値 古田 直肇 英語の発達から英語学習の発達へ 法助動詞の第二言語スキーマ形成を巡って 中尾 佳行 グローバルな英語語彙 英語史から語彙教育へ 寺澤 盾 3単現の -s の問題とは何か 英語教育に寄与する英語史的視点 堀田 隆一 英語史と英語教育の接点 ヴァリエーションから見た言語変化 家入 葉子
・ 堀田 隆一 「3単現の -s の問題とは何か――英語教育に寄与する英語史的視点――」『これからの英語教育――英語史研究との対話――』 (Can Knowing the History of English Help in the Teaching of English?). Studies in the History of English Language 5. 家入葉子(編),大阪洋書,2016年.105--31頁.
目次を掲げるシリーズ (toc) に,社会言語学を追加したい.今回は,Wardhaugh の社会言語学概説書より.各章末に "Further Reading" の節がついているが,以下では軒並み省略した.うまくできている目次というのは全体が体系的で,章節名もそのままキーワードとなっているので,暗記学習に適している.
1 Introduction
Knowledge of Language
Variation
Language and Society
Sociolinguistics and the Sociology of Language
Methodological Concerns
Overview
Part I Languages and Communities
2 Languages, Dialects, and Varieties
Language or Dialect?
Standardization
Regional Dialects
Social Dialects
Styles, Registers, and Beliefs
3 Pidgins and Creoles
Lingua Francas
Definitions
Distribution and Characteristics
Origins
From Pidgin to Creole and Beyond
4 Codes
Diglossia
Bilingualism and Multilingualism
Code-Switching
Accommodation
5 Speech Communities
Definitions
Intersecting Communities
Networks and Repertoires
Part II Inherent Variety
6 Language Variation
Regional Variation
The Linguistic Variable
Social Variation
Data Collection and Analysis
7 Some Findings and Issues
An Early Study
New York City
Norwich and Reading
A Variety of Studies
Belfast
Controversies
8 Change
The Traditional View
Some Changes in Progress
The Process of Change
Part III Words at Work
9 Words and Culture
Whorf
Kinship
Taxonomies
Color
Prototypes
Taboo and Euphemism
10 Ethnographies
Varieties of Talk
The Ethnography of Speaking
Ethnomethodology
11 Solidarity and Politeness
Tu and Vous
Address Terms
Politeness
12 Talk and Action
Speech Acts
Cooperation
Conversation
13 Gender
Differences
Possible Explanations
14 Disadvantage
Codes Again
African American English
Consequences for Education
15 Planning
Issues
A Variety of Situations
Further Examples
Winners and Losers
・ Wardhaugh, Ronald. An Introduction to Sociolinguistics. 6th ed. Malden: Blackwell, 2010.
2月23日付けで,オックスフォード大学の英語史学者 Simon Horobin による A history of English . . . in five words と題する記事がウェブ上にアップされた.英語に現われた年代順に English, beef, dictionary, tea, emoji という5単語を取り上げ,英語史的な観点からエッセー風にコメントしている.ハイパーリンクされた語句や引用のいずれも,英語にまつわる歴史や文化の知識を増やしてくれる良質の教材である.こういう記事を書きたいものだ.
以下,5単語の各々について,本ブログ内の関連する記事にもリンクを張っておきたい.
1. English or Anglo-Saxon
・ 「#33. ジュート人の名誉のために」 ([2009-05-31-1])
・ 「#389. Angles, Saxons, and Jutes の故地と移住先」 ([2010-05-21-1])
・ 「#1013. アングロサクソン人はどこからブリテン島へ渡ったか」 ([2012-02-04-1])
・ 「#1145. English と England の名称」 ([2012-06-15-1])
・ 「#1436. English と England の名称 (2)」 ([2013-04-02-1])
・ 「#2353. なぜアングロサクソン人はイングランドをかくも素早く征服し得たのか」 ([2015-10-06-1])
・ 「#2493. アングル人は押し入って,サクソン人は引き寄せられた?」 ([2016-02-23-1])
2. beef
・ 「#331. 動物とその肉を表す英単語」 ([2010-03-24-1])
・ 「#332. 「動物とその肉を表す英単語」の神話」 ([2010-03-25-1])
・ 「#1583. swine vs pork の社会言語学的意義」 ([2013-08-27-1])
・ 「#1603. 「動物とその肉を表す英単語」を最初に指摘した人」 ([2013-09-16-1])
・ 「#1604. 「動物とその肉を表す英単語」を次に指摘した人たち」 ([2013-09-17-1])
・ 「#1966. 段々おいしくなってきた英語の飲食物メニュー」 ([2014-09-14-1])
・ 「#1967. 料理に関するフランス借用語」 ([2014-09-15-1])
・ 「#2352. 「動物とその肉を表す英単語」の神話 (2)」 ([2015-10-05-1])
3. dictionary
・ 「#603. 最初の英英辞書 A Table Alphabeticall (1)」 ([2010-12-21-1])
・ 「#604. 最初の英英辞書 A Table Alphabeticall (2)」 ([2010-12-22-1])
・ 「#609. 難語辞書の17世紀」 ([2010-12-27-1])
・ 「#610. 脱難語辞書の18世紀」 ([2010-12-28-1])
・ 「#726. 現代でも使えるかもしれない教育的な Cawdrey の辞書」 ([2011-04-23-1])
・ 「#1420. Johnson's Dictionary の特徴と概要」 ([2013-03-17-1])
・ 「#1421. Johnson の言語観」 ([2013-03-18-1])
・ 「#1609. Cawdrey の辞書をデータベース化」 ([2013-09-22-1])
4. tea
・ 「#756. 世界からの借用語」 ([2011-05-23-1])
・ 「#1966. 段々おいしくなってきた英語の飲食物メニュー」 ([2014-09-14-1])
5. emoji
・ 「#808. smileys or emoticons」 ([2011-07-14-1])
・ 「#1664. CMC (computer-mediated communication)」 ([2013-11-16-1])
英語語彙全般については,「#756. 世界からの借用語」 ([2011-05-23-1]), 「#1526. 英語と日本語の語彙史対照表」 ([2013-07-01-1]) をはじめとして,lexicology や loan_word などの記事を参照.
Baugh and Cable の英語史概説書の第6版について,「#2089. Baugh and Cable の英語史概説書の目次」 ([2015-01-15-1]) と「#2182. Baugh and Cable の英語史第6版」 ([2015-04-18-1]) で簡単に触れた.読み慣れた先行版から変更されている部分が案外多いものの,内面史と外面史のバランスを取った英語史記述の方針は,1930年代の初版以来,頼もしいくらいに変わっていない.序文の p. xvi に初版からの次の1節が引用されている.
The present book, intended primarily for college students, aims to present the historical development of English in such a way as to preserve a proper balance between what may be called internal history---sounds and inflections---and external history---the political, social, and intellectual forces that have determined the course of that development at different periods. The writer is convinced that the soundest basis for an understanding of present-day English and for an enlightened attitude towards questions affecting the language today is a knowledge of the path which it has pursued in becoming what it is. For this reason equal attention has been paid to its earlier and its later stages.
また,本文の冒頭の第1節は "The History of the English Language as a Cultural Subject" と題されている.pp. 1--2 にあるように,
The history of a language is intimately bound up with the history of the peoples who speak it. The purpose of this book, then, is to treat the history of English not only as being of interest to the specialized student but also as a cultural subject within the view of all educated people, while including enough references to technical matters to make clear the scientific principles involved in its evolution.
著者にとって,英語史(言語史)という大学教育の科目は,専門科目でもあり教養科目でもあるのだろう.私自身も,この著者の方針を高く買って,ゼミのテキストに本書を選んだ.英語史を専門に扱う学生にとっては,本書を通じてしっかり言語学的視点を養いながら,かつ文化的教養も高めてもらいたい.専門としない学生にとっては,文化的科目として学んでもらうだけでなく,言語学的な見方も修得してもらいたい.
・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.
大学は学年末,学期末である.今年度も英語史の概説の授業が終了した.受講した学生に,英語史の授業を通じて学んだ(広い意味で「学んだ」)事柄のうち,最も価値のあるものは何だったか,自由に記述してもらった.以下,目にとまったものをランダムに箇条書きで列挙する.
・ 古英語から中英語(以降)への言語変化の幅が異常に大きいことを知った
・ イギリス王室のルーツがフランス貴族にあると知って驚いた
・ イギリスが多様な人種と雑種の言語で成り立っている国だと学ぶことができた
・ 現代世界において一流の言語たる英語が,イングランド一国のなかですら社会的地位の低い言語だった時代があったことを知った
・ フランス単語には英単語に似たものがたくさんあり,前者が後者を借用したものだと思っていたが,歴史的には逆だということがわかった
・ 受験英文法には近代の規範文法家が制定したものが多いことがわかった
・ 英語の英米差が,イギリス内部の方言差に還元し得ることを知った
・ イギリス(英語)は保守的,アメリカ(英語)は革新的というステレオタイプが,反例を多く示されたことで,崩れた
・ 英語(語彙)がいかに雑種であるかがわかった
・ 英語語彙の階層構造と日本語語彙の階層構造の類似性に気づかされた
・ 不規則な言語項の背後に,種々の歴史的な要因(言語内的・外的な)が関わっていることを知った
・ 言葉は変化するものであり,固定化することはないと知った
・ 言語というものがあらゆる面で有機的で可塑的であることを学んだ
・ 言語の社会的価値や流行は時代とともに変化するものであると学んだ
・ 語彙借用の原因の一つに,流行や格好の良さ(ファッション)があるということを学んだ
・ 内面史と外面史上の出来事が芋づる式に繋がって,知識欲を満たされ,英語学習への意欲がわいた
・ 歴史と言語を照らし合わせると,今まで考えたことのなかったことが見えてきた
・ 英語と歴史を同時並行的に学習していく英語史という分野は非常に魅力的である
・ 好きなもの(英語)を軸にすれば苦手なもの(歴史)もすんなり頭に入ることがわかった(←英語は好きだが歴史が苦手という学生の言葉)
・ 英語(言語)を100%理解することは不可能だと悟り,解放された気分になった
・ 言語は外面史と内面史の両方からとらえていくべきであるとわかった
・ 英語に関係してきた他の言語(やその地域)にも興味がわいた
・ ただ TOEIC を解いたりすることだけが英語学習なのではないとわかった
・ 英語がどうしてこういう形になったのか中学や高校では一度も教わってこなかったので,初めて学ぶことができた
・ 英語の未来について興味を抱き,考察してみるようになった
・ 他のどの授業よりも「英語のおもしろさ」を知ることができた
・ 英語は大学受験の能力検査で使われる一種のパズルだと思っていたが,生きている言語として感じられるようになった
・ 言語と権力というキーワードが結びつくことを知った
・ 言語には優劣はなく,今広く用いられている言語は,たまたま歴史の途中で繁栄を遂げているだけであるということがわかった
・ 言語の力とは,言語そのものではなく,言語を話す人々の社会的影響力であることを知った
・ 言語は母語話者のためにあるという当たり前のことに気づかされた
・ 母語によるバイアスが介入するため,言語の難易度をはかることは難しいことを知った
・ 英語が一種類ではないことを知った
・ 英語が広まったのは,英語自体の特徴とは関係なく,あくまで英語を話していた人々の歴史や功績によるものであるという考えに衝撃を受けた
・ 英語がまとっている一種の正当性・優越性という言説・神話から目を覚ますことができた
・ いかに私たちが抱いている英語への認識が偏り,間違ったものであるかという点を理解することができた
・ 英語を学ぶ上で,「こういうものだ」と決めつけすぎず,その時その時に実際に使われている活きた英語に目を向けていきたいと思った
・ 英語をより多角的に,多面的に,視野を広くして見られるようになった
・ 英語に対する見方だけでなく,モノに対する見方が変わった
・ 現在の物事の姿のみから何かを類推するのはとても難しいということを学んだ
・ 事実として学んだことに対して,ふと疑問を投げかけ,その謎を追究するという姿勢を学んだ
・ 英語史という科目名にとらわれずに,世界史などを学ぶことが結果として英語史についての学びを深めることになった
・ 言語学は苦手だが,歴史は好きであり,この英語史で互いが密接に関わっていると知り,言語学の方面にも興味をもつことができた
・ 英語史の授業は総合的な授業だった
・ 当たり前と認識していたことを深く考えて,原因や背景を探ることのおもしろさがわかった
・ 英語を深く知ろうとする追究心を得た
・ 新たな英語の楽しみ方を知った
・ 他分野の歴史よりも英語史をはじめとした言語史というものは,より身近な歴史なのだと感じた
・ 英語を単なる世界共通の道具としてではなく,イギリスの人々の生活や思いや歩んできた道が詰まったものだと思うことができるようになった
・ 時とともに変化してきた英語の歴史を眺めてきて,もっと言葉を大事にしようと思った
私の英語史の組み立て方や力点の置き方を反映してくれたリアクションが多く,その点では講義担当者冥利に尽きると言うほかない.私自身もそのようなコメントから学んだり,勇気づけられたりすることが多く,早速今から来年度の授業に向けてテンションが高まっている.
「#2306. 永井忠孝(著)『英語の害毒』と英語帝国主義批判」 ([2015-08-20-1]) で紹介した書籍の出版とおよそ同時期に,施光恒(著)『英語化は愚民化 日本の国力が地に落ちる』という,もう1つの英語帝国主義批判の書が公刊されていた.ただし,力点は,英語帝国主義批判そのものというよりも日本の英語化への警鐘に置かれている.この分野の書籍の例に漏れず挑発的なタイトルだが,著者が言語学や教育学の畑ではなく政治学者であるという点で,私にとって,得られた知見と洞察が多かった.
現代日本のグローバル化と英語化の時勢は,近代史がたどってきた流れに逆行しており,むしろ中世化というに等しい,と著者は主張する.西洋近代は,それまで域内の世界語であったラテン語が占有していた宗教的・学問的な特権を突き崩し,英語,イタリア語,スペイン語,フランス語,ドイツ語など土着語の地位を高めることによって,人々の間に分け隔てなく知識を行き渡らせることを可能にした.人々は母語を通じて豊かな情報に接することができるようになり,結果として階級間の格差が小さくなった.これが,近代化の原動力だという.具体的には,聖書の各土着語への翻訳の効果が大きかった.
もし現代世界で進行している英語化がやがて完了し,かつてのラテン語のような特権を享受するようになれば,英語を理解しない非英語母語話者は情報へのアクセスの機会を奪われ,社会のあらゆる側面で不利益を被るだろう.つまり,多くの人々が中世の下級民のような地位,つまり「愚民」の地位へと落ちていくだろう,という.確かに,日本人にとって,日本語という母語・土着語を通じて情報にアクセスするのが,物事の理解・吸収のためには最も効率がよいはずであり,その媒体が英語に取って代わられてしまえば,能率は格段に落ちるはずだ.
著者は,今目指すべきは英語化ではなく,むしろ土着語化であるという逆転の発想を押し出している.では,世界中で英語やその他の言語により発信される価値ある情報は,どのように消化することができるだろうか.その最良の方法は,土着語への翻訳であるという.明治日本の知識人が,驚くべき語学力を駆使して,多くの価値ある西洋語彙を漢語へ翻訳し,日本語に浸透させることに成功したように,現代日本人も,絶え間ない努力によって,英語を始めとする外国語と母語たる日本語とのすりあわせに腐心すべきである,と (see 「#1630. インク壺語,カタカナ語,チンプン漢語」 ([2013-10-13-1])) .
英語が無条件に善いものであるという神話や英語化を前提とする政策の数々が,日本中に蔓延している.この盲目的で一方的な英語観の是正には,英語史を学ぶのが早いだろうと考えている.施 (215) の次の主張も傾聴に値する.
英語の隆盛の一因は,さかのぼれば,イギリス,そしてアメリカの植民地支配の歴史にある.また,第二次世界大戦後,イギリスやアメリカが,植民地を手放す際,旧植民地における実質的な政治力やビジネス上の有利さを残すため,国家戦略の一端として英語の覇権的地位を保ち,推進するよう努めてきた「成果」でもある.
『英語化は愚民化』よりキーワードを拾ったので,次に示しておこう.英語教育改革,英語公用語化論,オール・イングリッシュ,グローバル化史観,啓蒙主義,新自由主義(開放経済,規制緩和,小さな政府),TPP,ボーダレス化,リベラル・ナショナリズム,歴史法則主義.
・ 施 光恒 『英語化は愚民化 日本の国力が地に落ちる』 集英社〈集英社新書〉,2015年.
本日,大学のゼミの授業で「OED Online に触れてみる」と題して講習会を行うにあたって,補助的な資料を作って配布する予定なので,以下にHTML版を掲載しておきたい.配布用のPDF版はこちらからどうぞ.OED を利用した調査(結果)の実例へのリンクを多く張ったので,参考になれば.
現代英語における綴字と発音の乖離の問題については,spelling_pronunciation_gap の多くの記事で取り上げてきた.とりわけその歴史的要因については,「#62. なぜ綴りと発音は乖離してゆくのか」 ([2009-06-28-2]) でまとめた.今回は英語綴字について言われる不規則性の種類と,それが生じた歴史的要因に注目し,改めて関連する事情を箇条書きで整理したい.各項の説明は,関連する記事のリンクにて代える.
[ 不規則性の不満の背後にある前提 ]
(1) アルファベットは表音文字体系を標榜している以上「1文字=1音」を守るべし (see #1024)
(2) 綴字規則に例外あるべからず (see #503)
(3) 1つの単語に対して1つの決まった綴字があるべし,という正書法 (orthography)の発想 (see ##53,54,194)
[ 不規則性の種類 ]
(1) 1つの文字(列)に対して複数の音: <o> で表わされる音は? <gh> で表わされる音は? (see ##210,1195)
(2) 1つの音に対して複数の文字(列): /iː/ を表わす文字(列)は? /k/ を表わす文字(列)は? (see #2205)
(3) 黙字 (silent_letter): climb, indict, doubt, imbroglio, high, hour, marijuana, know, half, autumn, receipt, island, listen, isthmus, liquor, answer, plateaux, randezvous
(4) 形態音韻上の交替: city/cities, swim/swimming, die/dying (see #1284)
(5) 綴字のヴァリエーション: color/colour, center/centre, realize/realise, jail/gaol (see #94)
[ 不規則性の歴史的要因 ]
(1) 英語は,音素体系の異なるラテン語を表記するのに最適化されたローマン・アルファベットという文字体系を借りた (see ##423,1329,2092)
(2) 英語は,諸言語から語彙とともに綴字体系まで借用した (see #2162)
(3) 綴字の標準を欠く中英語期の綴字習慣の余波 (see ##562,1341,1812)
(4) 各時代の書写の習慣,美意識,文字配列法 (graphotactics) (see ##91,223,446,1094,2227,2235)
(5) 語源的綴字 (see etymological_respelling)
(6) 表音主義から表語主義への流れ (see ##1332,1386,1760,2043,2058,2059,2097,2312,2344)
(7) 音はひたすら変化するが,文字は保守的 (see ##15,2292)
(8) 綴字標準化の間の悪さ (see ##1902,297,871,312)
(9) 変種間,位相間の綴字ヴァリエーション (see #ame_bre spelling)
(10) 綴字改革の難しさ (see spelling_reform)
[ 前提を疑う必要 ]
(1) アルファベットは表音文字体系だが,単語を表記するためにそれを組み合わせた単位である綴字は表語的である
(2) 1つの単語に対して1つの決まった綴字があるべしという正書法の発想は,多くの言語において近代以降に特徴的な考え方である (see #2392)
(3) 綴字規則には例外が多いが,個々の例外の多くは歴史的に説明される
・ 大名 力 『英語の文字・綴り・発音のしくみ』 研究社,2014年.
・ Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013.
以下の記事で,国際学会の参加報告を行ってきた.
・ 「#2004. ICEHL18 に参加して気づいた学界の潮流など」 ([2014-10-22-1])
・ 「#2325. ICOME9 に参加して気づいた学界の潮流など」 ([2015-09-08-1])
・ 「#2326. SHEL-9 に参加して気づいた学界の潮流など」 ([2015-09-09-1])
報告をまとめながら,大学院生や若手研究者の立場に立って,英語史分野に関する国際学会に参加する長所と短所をブレストしてみた.多分に個人的な意見も混じっているが,何かの参考になるかもしれないと思い,箇条書きで綴っておきたい.
[長所]
・ 関心を共有する世界中の人々が1つの部屋に集まるので,エネルギー密度が高い
・ 世界的研究者の過去・現在の関心が目の前で開陳される(著書を読むきっかけになったり,既読の著書の理解向上にも)
・ 発表,司会,懇親会への参加を通じて,学会(学界)の主要人物と知り合えたり,誰が何を研究しているか等を知ることができる
・ 日本国内で会う機会の少ない日本人研究者と海外で出会えることもある
・ Proceedings に投稿する権利を得られる(論文執筆のペースメーカーに)
・ 論文執筆を意識しつつ英語の口頭発表の準備をすることで二度手間を省ける
・ 新著購入の割引のチャンスを得られる
・ 応募にあたっての敷居は,日本国内の学会と比べて著しく高いわけではない
・ (少なくとも私がこれまで出席した国際学会ではどこでも)聴衆が,若手・新人に対して温かく教育的に接してくれる
・ 国際的に発表すると自信がつく
[短所]
・ 渡航費などの負担
・ 開催時期が,日本では学期中など,タイミングがよくないことも
・ 応募締切が早い
・ 英語で発表する必要がある
旅行好きであれば,ほかにも他愛もない長所が多数挙げられるはずである.経済的な問題をはじめ短所もあるが,多くの長所を買えると思えば,個人的には安いと思う.国際学会で(も),お会いしましょう.
6月に出版された標題の新書がよく読まれているようだ.出版されて間もない時期に書店に平積みになっているところを購入し,読んでみた.一言でいえば英語帝国主義批判の書である.この種の書物には著者のイデオロギーが前面に出ており,挑発的で,毒々しく,痛ましい読後感をもつものが多い.この著書にもその色が感じられるが,現代日本社会の英語にまつわる事情をうまく提示しながら読者を説得しようとしている点が注目に値する.ただし,著者が,書籍というメディアでこの主張を広めることは難しいと吐露するくだり (p. 169) は,類書と同様,ある種の痛ましさを感じさせずにはおかない.いや,私自身もこの点ではおおいに同情する一人である.
私も英語帝国主義の議論には関心をもっているが,この問題については,原則として歴史的な観点から迫る必要があると思っている.その理由は,英語が帝国主義的になってきた(とらえられてきた)のは近代以降の歴史においてであり,現代の視点に立っていくら説得しようとしても,根拠が弱いために説得力が持続しないだろうと思うからだ.『英語の害毒』は,現代日本人の多くの直感的な英語観を指摘したり,あるいはその裏をかくような事実を豊富に挙げ,それを起点にして英語帝国主義批判を繰り広げているが,歴史への言及はほとんどない.したがって,瞬発的な説得の効果はあるかもしれないが,持続的な効果はないのではないかと思う.よく読まれているだけに,そこが残念である.だが,突破口としてはよいのかもしれない.この突破力を積極的に認め,読みやすい新書として世に出たことを有意義と評価したい.
本ブログでは,英語帝国主義の問題に関連して「#1606. 英語言語帝国主義,言語差別,英語覇権」 ([2013-09-19-1]),「#1607. 英語教育の政治的側面」 ([2013-09-20-1]),「#1072. 英語は言語として特にすぐれているわけではない」 ([2012-04-03-1]),「#1073. 英語が他言語を侵略してきたパターン」 ([2012-04-04-1]),「#1194. 中村敬の英語観と英語史」 ([2012-08-03-1]) ほか,linguistic_imperialism の各記事で触れてきた.私は,この問題に対して,日本を含めた現代世界において,英語には全肯定も全否定もありえないという立場に立っている.ただし,永井氏の主張するように,現代日本の英語観の圧倒的なデフォルトが「英語万歳」であり,バランスが著しく肯定側に偏っているという現実がある以上,バランス是正を念頭に,否定側を擁護する必要があると感じる機会は多い.この意味でも,上にも述べたとおり,読みやすく,かつ突破口を開く新書として本書が出版された意義を認めたい.
なお,英語帝国主義批判と関連して,英語史という分野が,英語の光と影を浮かび上がらせる貴重な機会を提供してくれる分野であることを添えておきたい.英語の言語内的な変化と言語外的な発展を学ぶことにより,どの点が英語帝国主義の賛成論あるいは反対論において利用されやすいかが見えてくるし,その議論の当否についても自分なりの判断を下すことができるようになる.
・ 永井 忠孝 『英語の害毒』 新潮社〈新潮新書〉,2015年.
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