「#24. なぜ英語史を学ぶか」 ([2009-05-22-1]) および「#1199. なぜ英語史を学ぶか (2)」 ([2012-08-08-1]) で取り上げてきた英語史学習・教育の重要性について付け加え.Schmitt and Marsden (71--72) は,英語史の知恵をいかに英語教育へ応用すべきかという問題に対して,核心を突いた解答を示している.その「教訓」を以下に要約しよう.
しばしば学習者が質問するような不規則形などの問題は,純粋に歴史の偶然の産物である.例えば,3単現の -s がなぜ残ったのかは誰もわからない.ほかに問題となりうる規則には,規範文法家が独断と偏見で作り出したものが多い.彼らは英語はこのように話すべきだと定めることに関心があり,英語が実際にどのように話されているかという現実には目を向けなかった.分離不定詞 (split_infinitive) や shall と will の使い分け([2010-07-22-1]の記事「#451. shall と will の使い分けに関する The Wallis Rules」を参照)などがその例だ.
このような理不尽な規則そのものと同じくらい問題をはらんでいるのは,唯一の正しい英文法があるという誤った考え方だ.この態度は学習者にも教師にも深く根付いている.学習者も教師も1つの正しい答えを期待しているが,実際には言語は生きた体系であり,常に変化し,新しい状況に適用しようとする複雑で変化に富んだ体系である.つまり,文法とは絶対的な規則集ではない.もちろん文法項目のなかには比較的不変の項目もあり,それを規則として教えるということはよいことだろう.しかし,そうでない柔軟に変化する文法項目もある.後者の場合には,規則としてとらえるのではなく,多くの場合に用いられる規則的な形はあるけれども状況に応じて変異する規約くらいにとらえておくのがよい.
教師は,英語文法の柔軟性をよく理解し,変異を左右する文脈的な要因に通じている必要がある.特に話し言葉と書き言葉の区別は重要であり,それぞれに異なった文法が存在するのだと認識しておくことが肝要だろう.
Schmitt and Marsden は,この主張を支持するために,現代英文法の大著 Longman Grammar of Spoken and Written English の著者たちの次の言葉を引用している.
It would . . . be wrong to assume that standard English is fixed, with little or no variability. In fact, one of the major goals of the LGSWE is to describe the patterns of variation that exist within standard English, and to account for those patterns in terms of contextual factors. . . . In particular, the notion that the standard insists on 'uniformity'---allowing just one variant of each grammatical feature---is a serious fallacy, arising from a misleading application to language of the notion of 'standard' and 'standardization' taken from other walks of life. (18--19)
改めて,私も主張したい.英語は他のすべての言語と同様に,絶対的,固定的なものではなく,通時的にも変わるし共時的にも替わる流動体である.
・ Schmitt, Norbert, and Richard Marsden. Why Is English Like That? Ann Arbor, Mich.: U of Michigan P, 2006.
・ Biber, Douglas, Stig Johansson, Geoffrey Leech, Susan Conrad, and Edward Finegan. Longman Grammar of Spoken and Written English. Harlow: Pearson Education, 1999.
[2009-05-22-1]の記事「#24. なぜ英語史を学ぶか」への付け加え.オーストリアで英語史を教えている Schmetterer の英語史教育論といえる論考を読んだ.Schmetterer は,英語史のなかでも中英語と初期近代英語の歴史,とりわけ1500年以降の英語標準化の経緯を学び,教えることが必要だと力説する.言語的規制の弱い中英語から,言語の規格化へ乗り出す初期近代英語への著しい変わり映えを観察することで,言語が固定化された絶対的なものではありえないという認識に至ることができるという主張だ.この認識の中身について,Schmetterer は具体的に3点を挙げている.
(1) "language change is both inevitable and necessary in order to meet the requirements of the world around us" (372)
(2) "right" and "wrong" can be applied to language utterances only with the greatest possible caution" (372)
(3) "a language consists of various levels, regional, social, and temporal" (373)
言語とは通時的に変わる (change) ものであり,地理的,社会的,語用的な要因により共時的にも替わる (vary) ものである.そのような流動的な対象に正当に善し悪しの評価を加えるというのは,本来,不可能である.しかし,人間の社会生活において善悪の区別は本質的であり,言語についてもある程度の規準をもちたいという欲求は,特に近代国家とその国民にとって,抗いがたい.本来は不明確なところに善悪の線引きをしようというのだから,線引きする際にも,そしてすでに線引きされたものを評価する際にも,最大限の注意を払わなければならない.
言語は変わりもすれば,替わりもするので,本来は善し悪しをつけがたい.これを十分に理解したうえでの規範であれば,役に立つ.このような言語観の形成に最も役立つのが,(必ずしも英語史とはいわずとも)言語の歴史ではないだろうか.
・ Schmetterer, Victor. "The History of the English Language and Future English Teachers." Studies in Early Modern English. Ed. Dieter Kastovsky. Mouton de Gruyter, 1994. 371--77.
##1067,1072,1073 の記事で引用した英語論者,英語帝国主義批判論者である中村より,英語の社会的に優勢な立場に関する鋭い分析や辛口のコメントをいくつか紹介する.まずは,世界の英語観について.
世界の英語観には大きく4つがある.(1) 広い通用度により英語の便利さを積極的あるいは消極的に評価する立場.(2) 英語の「高度な文化性」を評価する立場.(3) (主としてアフリカにおいて)民族統一あるいは国家形成の武器として英語を評価する立場.(4) 英語帝国主義論. (171)
次に,日本における英語の受容は,英語帝国主義の甘受に等しいと手厳しい.明治以来の英学の先達の努力を,その歴史的コンテクストにおいてはおおいに評価しつつも,次のように批判している.
しかし,不徹底な対象化は,常に同一化への危険性をはらむ.モデルに近づくことを最大の目標とした場合,モデルに近づく努力だけで満足したり,モデルに近づいたと錯覚したりする人間が生まれる.そうした人間ができることは,アングロ・サクソン民族の目を通して世界を見ることであって,それを乗り越えることは極めて困難である.しかも,西洋の近代化が帝国主義の産物である以上,西洋をモデルとして同じように近代化を志向すれば,同じように帝国主義的思想を身につけても当然だった.だからして,日本が英米のまねをして,台湾をはじめ近隣諸国を侵略したのも当然の帰結なのである.(148)
結果として,日本の言語観はいびつなものとなっていった,とする.
このような「アングロ・サクソン中心主義」 (Anglo-Saxon-centricism) は,100年後の今日に至るも払拭されておらず,「外来といえば(白人の)アメリカ」(ダグラス・ラミス,1981)という日本人一般の外国観として受け継がれている.そしてその思想は,外国語=英語=国際語という外国語観としても受け継がれている.(149)
「国家」を持たない民族語を,「国家」を背後に持つ「外国語」ということばで呼ぶしかないということが,日本人の言語意識,「外国」語,「外国」観(異文化理解)に,そしてもう一つ英語教育観にも,大きな影響を与えてきたのではないか――.これが筆者が年来考え続けてきた仮説である.(191)
このいびつな言語観が英語教育にも負の影響を与えないはずはない,という主張が,著書の始めのほうで強く説かれている.
当然のことながら外国語教育は真空状態で行なわれるわけではないということである.特定言語が選ばれ,公教育の場での外国語教育のカリキュラムに配当されることは,その言語が他の言語に比べ社会的に優勢であって,その言語の教育が現代なら国策に直接間接に貢献することを期待されているからである.しかも,国策は国益のためにその時代の国際情勢によって形成されるものであるから,教授される言語は,その言語の絶対価値とは無関係に社会的な価値の高低によって選ばれる.したがって,もしかりに教授者が当該言語の社会的価値がどこからくるのかに無知であったとすれば,その言語の教授が学習者に,他の言語とその言語の使い手やその言語の背後にある文化に対する偏見を抱かせる危険性を生むことになるだろう.英語の社会的特性がもっと論じられてしかるべきだと考えるゆえんである.(21)
表現は辛辣だが,中村の述べている趣旨には賛同する.現在の英語の社会的価値がいかにして生まれてきたか,これを歴史の事実として過不足なく理解することこそが,現代人にとって重要な課題である.そして,その理解にもっとも貢献するのが,英語史とその周辺の分野だろう.中村の著書は,並一通りの英語史概説書ではないが,れっきとした英語史の書だと考える.
・ 中村 敬 『英語はどんな言語か 英語の社会的特性』 三省堂,1989年.
新年度が始まったところなので,本ブログの宣伝も兼ねて「英語に関する素朴な疑問」を改めて募集します.大学の授業のリアクションペーパーを通じて,あるいは個人的に質問してもらってもかまいませんが,素朴な疑問というのはたいてい多くの人が共有しているので,こちらの入力画面で投稿したり,こちらの掲示板 (hellog Board)で議論を始めてもらうのもよいかと思います.疑問の種類や数によりますが,できる限り何らかの形でフィードバックしたいと考えています.以下は,宣伝文.
英語学は,込み入った英文法上の問題を扱うだけではなく,むしろ英語にまつわる当たり前で,他愛もなく,素朴な問題を真剣に論じる分野でもあります.
何年も英語を学んでいると,学び始めの頃に抱いていたような素朴な疑問が忘れ去られてしまうことが多いものです.あるいは,最初から前提として受け入れており,本来は不思議であるにもかかわらず疑問すら抱かないような事項も多々あります.
しかし,このような素朴な疑問を改めて思い起こし,あえて引っかかってゆき,大まじめに考察するのが,英語学のおもしろさです.たいてい,素朴な疑問であればあるほど答えるのは難しく,よい問いと言えます.
以下のリストは,「素朴な疑問」の一部です.いくつかの疑問の末尾に,関連するブログ記事の番号を付しましたので,ご一読ください.同じ内容の配布用PDFはこちらからどうぞ.
1. 現代世界における英語話者の人口はどのくらいか (#933)
2. 英語は何カ国で使われているのか (#177, #376)
3. なぜ英語は世界語となったのか
4. 英文法は誰が定めたのか (#124)
5. なぜ日本ではアメリカ英語がイギリス英語よりも主流なのか
6. 英語にも方言があるのか (#458)
7. なぜイギリス英語とアメリカ英語では発音や語法の異なるものがあるのか (#244, #312, #357)
8. 英語はラテン語とどのような関係にあるか (#455)
9. 英語はドイツ語とどのような関係にあるか (#455)
10. なぜフランス語には英語と似たような単語がたくさんあるのか (#845)
11. なぜ give up = surrender のような類義語や代替表現が多いのか (#334)
12. なぜ A を「ア」ではなく「エイ」と発音するのか (#205)
13. なぜ knight に読まない <k> や <gh> があるのか (#122)
14. なぜ busy と <u> で綴るのに [ɪ] で発音するのか (#562)
15. なぜ women は「ウィミン」と発音するのか (#223, #224)
16. なぜ one には <w> の綴字がないのに /w/ で発音するのか (#86, #89)
17. <th> の綴字で表わされる発音はいつ [θ] になり,いつ [ð] になるのか (#842)
18. なぜ品詞によってアクセントの位置が交替する単語があるのか (ex. increase, record) (#844, #805)
19. なぜ日本人は /r/ と /l/ や,/b/ と /v/ の発音が下手なのか (#72, #74)
20. 世界の英語話者は発音記号を読めるのか
21. なぜ動詞の3単現に -s がつくのか
22. なぜ不定冠詞は a と an を区別するのか (#831)
23. なぜ sheep の複数形は無変化なのか (#12)
24. なぜ foot の複数形は feet なのか (#157)
25. なぜ二本足で歩くのに on foot と単数形を用いるのか
26. なぜ go の過去形は went なのか (#43)
27. なぜ will の否定形は won't なのか (#89)
28. なぜ5W1Hにおいて,how だけ <h> で始まるのか (#51)
29. なぜ序数詞は first, second, third のみ -th でないのか (#67)
30. なぜ you は単数と複数を区別しないのか (#167, #529)
31. なぜ be 動詞は妙な活用をするのか (#798)
32. なぜ1つの単語が異なる品詞として用いられるのか (cf. love) (#190, #264, #394)
33. なぜ比較級には -er を付加するものと more を用いるものがあるのか (#403, #456)
34. なぜフランス語などのように名詞に文法上の性がないのか (#25, #151)
35. なぜ疑問文を作るときに主語と動詞を倒置するのか
36. なぜ疑問文や否定文に do が出るのか (#486)
37. なぜ主語を省略することができないのか
38. なぜ SVO など語順が厳しく決まっているのか (#132, #137)
39. なぜ天候や時間の表現で it を主語に立てるのか
40. なぜ時・条件の副詞節では未来のことも現在形で表わすのか
41. なぜ仮定法では過去形を用いるのか (ex. if I were a bird)
42. なぜ丁寧な依頼に過去(仮定法過去)の形を用いるのか
43. なぜ His jokes made me laugh を受け身にすると,I was made to laugh by his jokes のように to 不定詞へ変える必要があるのか
44. 付加疑問で,amn't I? ではなくaren't I? となるのはなぜか
45. なぜ可算名詞と不可算名詞を区別するのか
46. 不定詞が前置詞の目的語にならないのはなぜか
47. なぜ1つの単語に様々な意味があるのか (ex. bank, light)
48. なぜ英語には敬語がないのか
49. なぜ1人称単数代名詞の I は大文字で書くのか (#91)
50. なぜ文頭や固有名詞は大文字で書き始めるのか (#583)
51. なぜ studies では <y> を <i> に代えるのか
52. なぜアルファベットは26文字なのか (#423)
53. 英語の句読点の起源は何か (#575, #582)
54. なぜ縦書きではなく横書きで,右から左ではなく左から右へ綴るのか
いずれも,れっきとした英語学の研究テーマです.皆さんの「英語に関する素朴な疑問」(=英語学の研究テーマ)を募集します.
2011年12月の半ばにゼミ学生が提出した卒業論文のタイトルをリストアップする(緩やかな分野別の順序で).2009年,2010年のリストと合わせて,##973,608,266 を参照.
(1) イギリス英語における単数普通名詞と複数普通名詞の頻度 --- 書き言葉と話し言葉のジャンル別観点から ---
(2) 名詞不規則複数形のゆれについての通時的研究
(3) 書き言葉における do/make を用いた複合述語の増加
(4) 近代英語後期における be 完了形の減少
(5) 現代アメリカ英語から見る HELP + 不定詞構文における to 不定詞と原形不定詞 --- 形態と有生性の観点から ---
(6) 味覚形容詞「酸っぱい」と "sour" にみる共感覚表現の日英比較
(7) アメリカにおける性差別に関する PC 表現の変遷
(8) カナダ英語がアメリカ英語に及ぼした語彙における影響
(9) 動詞と共起する「関連」の前置詞 about, over, on における用法の差異
(10) アメリカ英語の綴字改革における Noah Webster の影響力はどの程度のものなのか
(11) 書き言葉の媒体の変化が与える綴り字への影響
(12) 話しことばに現われるジェンダーに隠れた年齢差
(13) インドにおける多様性と統一性 --- インド英語における現地語由来の語彙に現われた特徴 ---
(14) The Identity Problem in Singlish Controversy
昨年度までと同様に,扱われている話題は多岐にわたる.前年度から続く特徴としてはコーパス利用が14件中10件もあることである.授業でコーパスを紹介する際に,テーマによっては卒論での使用も考慮に入れてみては,と述べているのだが,当初の予想よりコーパスへの関心が高い.
分野としては,伝統的な英語学の区分けによれば形態,統語,意味,語用,語彙,語法,綴字の研究があり,音声が見られないくらいである.社会言語学的な関心も目立っており,コーパスにより比較的手軽に扱えるようになってきた英語変種の研究が増えている.地域変種でいえば,英米のほか,カナダ,インド,シンガポールの英語が取り上げられた.
時代でいえば,2件が近代英語に触れているが,それ以外はすべて現代英語である.(11) はインターネット上のデータを用いた最新の Netspeak の考察を含んでおり,現代というよりは現在進行中の話題だ.
これだけテーマに幅があると着いて行くのが大変だが,その過程で私も学べることが多く,楽しいのも事実である.来年度も variation の広さに期待したい.
毎年度,最初の授業でつかみとして実施している英語(史)に関する3択クイズ.本年度も問題はほとんど昨年度のものと同じだが,解答・解説スライドに本ブログの関連記事へのリンクを含めた.英語を取り巻く環境は年々驚異的な速度で変化しており,質問している数値データはすでに古くなっている可能性が高いので,アップデートすべきなのだが,導入用ということで参考までに.クイズ作成に利用した参考資料は Graddol その他.
・ 2011年度版イントロクイズ(問題用紙)
・ 2011年度版イントロクイズ(解答スライド)
2010年度版は[2010-04-13-1]を,2009年度版は[2010-03-15-1]を参照.
・ Graddol, David. The Future of English? The British Council, 1997. Digital version available at http://www.britishcouncil.org/learning-research-futureofenglish.htm.
2010年12月にゼミ学生が提出した卒業論文のタイトルをリストアップする.2009年のリストは[2010-01-18-1]を参照.
・ "Buzzword",流行語に見る現代イギリス社会と日本社会の比較
・ 語彙におけるアメリカ英語のイギリス英語への影響力 --- 食べ物,衣服,電話・郵便,交通の分野を中心に ---
・ 現代アメリカ英語における不定詞付き help 構文での to 不定詞と原形不定詞 --- 発話レベルと援助の方法の観点から ---
・ 近現代英語期における must, have to, have got to の意味の変遷 --- 文法化・主観化の観点から ---
・ 現代英語の造語の傾向 ---主に転換---
・ 19世紀におけるフランス語借用語の分野的特徴
・ 与格交替に表われる前置詞「to」と「for」の違い --- 前置詞と動詞の持つ意味合いから ---
・ 前置詞 in と on の選択における英米の相違 --- 通時的分布の推移と意味概念の観点から ---
・ インド英語の成立と複合語
・ 口語文語コーパスを用いた,whom の使用方法からみた分析 --- whom 単体と "前置詞+whom" 形の比較を中心に ---
・ On Transfer from Strong Verbs to Weak Verbs
・ 感覚表現における sweet の意味別の変遷 --- sweet smell, sweet voice, sweet smile を中心に ---
・ 12世紀から18世紀における不定冠詞 a, an の分岐
・ 現代英語における二人称複数代名詞の代用表現 ---you guys の増加を中心に---
今年度の特徴は,[2010-11-16-1]で取り上げたオンラインコーパスを授業で導入したこともあって,コーパスを利用した研究がいくつかあったことである.分野としては相変わらず様々で,統語論,形態論・語形成,語彙論,意味論と幅広い.ただし,昨年度みられた音声と文字に関する論考はなかった.英語変種,英米差,通時的言語変化,社会言語学への関心も見られ,題目の variation の豊富さでは昨年度に比肩すると評価したい.
今回は,[2010-04-19-1]の英米差クイズの正解を公表する.こちらのPDFからどうぞ.
クイズは,英米差の目安である.英米差と一口にいっても,どちらかの変種でしか使われない表現というのは少ない.多くの場合,相対的な頻度として英米間に差があると考えるのが妥当だろう.近年のアメリカ語法 ( Americanism ) がイギリス英語(のみならず世界中の英語)に与えている影響の大きさを考えると,英米差は日々小さくなっているのであり,特に語彙対照リストなどは今後あまり意味をなさなくなってくるのかもしれない.この点について,"Americanism" ではなく "Americanization" を語るほうが適切だとする Svartvik and Leech の主張を引用しよう.
The notion of 'Americanism' itself is a moving target, and it is no longer practical to try to list Americanisms as in a glossary. Perhaps, indeed, the concept of 'Americanism' has had its day, and is giving way to the concept of 'Americanization' --- the ongoing and often unnoticed influence of the New World on the Old. (159)
・ Svartvik, Jan and Geoffrey Leech. English: One Tongue, Many Voices. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2006.
英語の英米差についてのクイズを作ってみた.語彙,文法,語法,意味,発音の英米差を問う全65問の問題用紙はこちらのPDFでどうぞ.以下はその中からサンプルとして抜粋した13問.
各問に挙げられている表現のペアは,一方が AmE (American English) に,他方が BrE (British English) に結びつけられることの多い対応表現である.各ペアについて,典型的に AmE の表現として知られているものにチェックを入れなさい.
・ 秋 : □ autumn □ fall
・ ボンネット : □ bonnet □ hood
・ トラック : □ lorry □ truck
・ 店 : □ shop □ store
・ 歩道 : □ pavement □ sidewalk
・ □ I demanded that he not leave. □ I demanded that he should not leave.
・ □ They pay them pretty good. □ They pay them pretty well.
・ learn の過去・過去分詞形 : □ learned □ learnt
・ pants : □ 「ズボン」 □ 「下着」
・ ask : □ /ɑ:sk/ □ /æsk/
・ suggest : □ /səgˈdʒɛst/ □ /səˈdʒɛst/
・ what : □ /wɒt/ □ /ʍɑ:t/
・ □ <traveler> □ <traveller>
正解は近いうちに掲載の予定.
新年度の始まるこの時期,英語史関係の初回授業ではかなり荒っぽいイントロクイズを実施する.英語は長らく勉強してきたけれども,英語についてはあまり勉強したことがなかったですよね,という趣旨である.2009年度版のイントロクイズは一ヶ月ほど前に[2010-03-15-1](問題)と[2010-03-16-1](解答)で掲載したばかりだが,5問だけ出題数を増やした2010年度版を以下に掲載する(PDF形式).(中味はほとんど変化なしです.他にいい質問はないでしょうか・・・.)
・ 2010年度版イントロクイズ(問題用紙)
・ 2010年度版イントロクイズ(解答スライド)
昨年度版から追加した5問は以下のもので,以前にこのブログで取り上げたことのある話題がもとになっている.そちらもご参照を.
・ 世界の言語が失われてゆくペースは? → [2010-01-26-1] および language_death の諸記事へ.
・ 南アフリカ共和国の英語母語話者人口の割合は? → [2010-04-05-1]の記事へ.
・ 最も頻度の高い文字は? → [2010-03-01-1]の記事へ.
・ 最も忌まわしいとされる文法間違いは? → [2010-02-22-1]の記事へ.
・ 学校英文法ができたのは? → [2009-08-29-1], [2009-09-15-1]の記事へ.
昨日[2010-03-15-1]のクイズの解答は,こちらの Flash のスライドでどうぞ.(ファイルが500KB強とやや重いので,本記事には貼りつけなかった.直接,PDFのスライドとして落としたい方はこちらからどうぞ.)
スライドでは,各問題の次のページが解答(と補足)になっている.昨日も述べた通り,クイズ自体は荒っぽいし,数値も数年前のものでありアップデートされていないので,あくまで参考までに.クイズ作成に利用した参考資料はいくつかあるが,Graddol を参照することが多かった.
・ Graddol, David. The Future of English? The British Council, 1997. Digital version available at http://www.britishcouncil.org/learning-research-futureofenglish.htm.
毎年度始め,英語史の初回の授業で以下のようなクイズを試している(全25問).かなり荒っぽいクイズではあるがそこそこ好評なので,1年ほど前に使用した2009年度版のクイズを以下に掲載する(全画面モードでどうぞ).直接,PDFのスライドとして落としたい方はこちらからどうぞ.答えは,明日の記事で.
英語を学ぶ理由というは一見すると自明のように思えるかもしれない.多くの日本人の英語学習者からは,広く国際コミュニケーションのためという答えが返ってきそうである.しかし,世界は広い.人々が英語を学ぶ理由は,多岐にわたる.Jenkins (35--36) は,Crystal が提案したものとして6点を挙げ,自らもう一つを加えて計7点の「英語を学ぶ理由」を以下のごとく列挙した.
1. Historical reasons: 英米帝国主義の遺産として.The Outer Circle の諸地域で特に強い.see [2009-11-30-1]
2. Internal political reasons: 多民族国家における中立的な(特にメディア上の)言語として.
3. External economic reasons: 国際市場の獲得を目指して.
4. Practical reasons: 国際的な交通,会議,観光などのため.
5. Intellectual reasons: 学術・技術の情報にアクセスするため.
6. Entertainment reasons: 音楽をはじめとする大衆文化に接するため.
7. Personal advantage/prestige reasons: 習得することによって社会的な地位を得られるため.
地域によって,個人によって,英語を学ぶ理由は異なるだろうし,複数の理由が共存しているのが通常だろう.だが,日本に生活する一般の日本語母語話者にとって,1 や 2 の理由は縁遠いだろう.世界には 1 や 2 の理由を無視することのできない地域や個人が少なからず存在するということは,英語を学ぶ者みながよくよく知っておく必要がある.
・Jenkins, Jennifer. World Englishes: A Resource Book for Students. Abingdon: Routledge, 2003.
・Crystal, David. English As a Global Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.
2009年12月にゼミ学生が提出した卒業論文のタイトルをリストアップする.
・中英語期におけるアルファベット "v" の出現
・大母音推移期における英詩の脚韻
・前置詞 of の意味の広がり ?分離から所有へ?
・接辞のクラス分け ?接尾辞 -able の独自性の観点から?
・後期近代英語における May と Can の使用頻度の推移
・近代英語期における進行形の使用頻度の拡大
・かばん語の出現数の推移とその背景
・The Syntactic and Semantic Relation between the Act and Target in Terms of Directness
・(for) NP to V の異分析
・The Peterborough Chronicle における se の屈折の種類の推移:古期英語から中期英語の屈折衰退の実証
全体としてテーマの分布としては広がりがあってよかったのではないかと考えている.時代的には,古英語後期,中英語,近代英語,現代英語とカバーされているし,英語学の分野でも,文字,音声,形態,統語,語彙,意味のバランスがとれていた.しかし,比較的人気が高いと思われる英語方言や世界英語といった社会言語学的なテーマがなかった.
英語学や英語史の分野ではこのような話題が卒論の研究対象になります,ということで参考までに.
英語史を含め歴史の記述には,時間の流れとの関係という観点から,二種類の方法がある.(1) 過去から現在へと向かう記述,(2) 現在から過去へと向かう記述,である.日本史,生物史,経済史など,一般に「歴史」のつく講義や概説書を思い起こすと,ほとんどすべてにおいて (1) が採用されているのではないだろうか.英語史の講義や概説書でも (1) が圧倒的多数である.
しかし,(2) の記述法も十分に意味をなすし,英語史でも実際にいくつかの試みがなされている.(2) の遡及的記述法を採る古典的名著といえば,Strang である.最近では,関東学院大学の島村宣男氏が,近代英語期を起点に時代を遡及するという (2) のヴァリエーションといえる記述を採用している.
二つの記述法にはそれぞれ長所と短所があり,一般論としてどちらがより有効ということはいえない.それは目的による.二つの記述法の比較は別の機会に試みたいが,今回は,少数派である遡及的記述をあえて採用した島村氏の言葉を借りて (2) の長所に迫ってみたい.
英語史の概説書の多くは,西北ヨーロッパの一島嶼において成立した地域言語としての「英語」が,やがて全地球的な規模の世界言語に発達するまでを叙述する.それは歴史学の記述と同じく,発生上の起源に遡るのが通例である.私は,何よりもまず,この「因習」を脱したいと考えた.いきなりイギリスの言語の発生的起源から説くことは,叙述の方法としてはいかにも理に適っているようにみえるが,初学者の「好奇心」を最初から殺ぐことになりはしないだろうか? これでは面白いわけがない.(2)
遡及的記述の長所の一つは,この記述法が「現代英語の○○という現象の起源はどこにあるのか」という英語学習者のストレートな問いに答えるのに適した形態であることである.例えば,現代英語で動詞に三単現の s がつくのはなぜかという問いに答えようとする場合,歴史的に正確に答えるのであれば,遠く印欧祖語の動詞の曲用から始めて,ゲルマン祖語,古英語,中英語,近代英語と時間に沿って動詞の曲用の歴史を叙述する必要があるだろう.
もう一つの説明は,時間を遡及するやり方である.三単現の s は,そもそも近代英語期に入るまでは -s ではなく -th であったこと,それ以前の中英語期には三単現のみならず他の人称・数・時制によっても動詞語尾が様々に変化したこと,それ以前の古英語では弱変化型か強変化型かで語尾変化のタイプが異なっていたこと,それ以前のゲルマン祖語では,云々.
体系的に,正確に,歴史的事実を知りたい場合には,前者の説明が適切だろう.だが,現代的な視点に基づく好奇心を最大限に尊重しようとする立場からは,現代との関連の強い近過去から始めて徐々に関連が薄くなってゆく遠過去へと説明を進めるほうが適切である.単純なことから複雑なことへと順に知識を深めてゆくという方法は,学習上,教育上,研究上の定石である.みなが自然と採っているこの順序を歴史記述に応用しない手はないともいえる.
私は今年度も伝統的な (1) の方法で英語史の講義を進めてきたが,後期の後半になって「現代に近づいてやっと面白くなってきました.このような内容でもっと授業をしてくれれば・・・」という趣旨のコメントを受け取って,複雑な思いである.「一年間ながらくお待たせしました・・・」と申し訳ない気持ちにならないでもない.
先に述べたように,二つの記述法のいずれにも長所と短所がある.来年度は遡及的記述の長所である「現代的な視点に基づく好奇心をくすぐる」をうまく取り込んだ形の講義にしたいと思っている.今から模索を始めたい.
・Strang, Barbara M. H. A History of English. London: Methuen, 1970.
・島村 宣男 『新しい英語史?シェイクスピアからの眺め?』 関東学院大学出版会,2006年.
明けましておめでとうございます.昨年は hellog への訪問をありがとうございました.本年も続けます.よろしくお願いいたします.
さて,新年の話題は,去る秋に英語史の授業で課した自由レポートについて.学生が英語史のどのような点に関心をもっているかを知りたかったので,レポートのテーマは自由にした.129名の学生から回収したレポートについて扱われている話題を大雑把にキーワードで分類し,人気上位を出した.以下の通りである.
Rank | Point | Subject | Link within hellog |
---|---|---|---|
1 | 14 | 借用語 | loanwords |
2 | 13 | アメリカ英語(とイギリス英語の比較) | American English |
3 | 9 | フランス語の影響 | French influence |
4 | 7 | 方言 | (ME) dialects |
4 | 7 | 語源 | etymology |
6 | 6 | イギリス史(と英語史の関連) | history of Britain |
7 | 5 | アルファベット(の歴史) | alphabet |
7 | 5 | 世界語としての英語 | lingua franca |
7 | 5 | 中世の英語の復権 | reestablishment of English |
7 | 5 | 綴字と発音の乖離 | spelling-pronunciation gap |
7 | 5 | 統語論 | syntax |
多くの現代人にとって,なぜ英語を学ぶのかという問いは自明であって,改めて問う必要はないかのように聞こえるだろう.私はこの問いの答えは必ずしも自明ではなく,各学習者が真剣に考えるべき問題だと思っているが,ひとまずその議論はおいておき,ここでは英語学習の自明性をひとまず認めておくことにしよう.
では,なぜ英語史を学ぶのかという問いはどうだろうか.多くの英語学習者にとってこの答えは自明ではないかもしれないが,一度じっくり考えてみてほしい.ある人は,自分の学んでいる言語がたどってきた歴史文化を学ぶことは,学習上きっと大事なことにちがいない,という漠然とした関心を抱いているかもしれない.ある人は,なぜ英語がここまで世界で広く使用される言語になったのか,その理由を歴史の中に探りたい,という明確な問題意識を抱いているかもしれない.
児馬修(『ファンダメンタル英語史』 ひつじ書房,1996年,ii--iii頁)は英語史を学ぶ意義について述べているが,私の解釈を含めてまとめると次の3点になろう.
・現代英語を深く理解することができる
・歴史に基づいた英語観を形成することができる(特に英語を教える立場にある者には必要)
・英語の言語変化を考える際の材料を得ることができる
私なりに整理した「英語史を学ぶ意義」は次の5点である.
(1) 現代英語の文法や語彙が学びやすくなる.(今まで関連の見えなかった現象につながりが見えてくる.不合理・不規則に見える現象の根拠を知ることができる.)
(2) 英語の過去を通じて英語の未来を意識することで,能動的・戦略的に英語を学ぶ姿勢が身につけられる.(未来における英語の立場を予想できれば,英語学習が本当に必要かどうかを自分で判断できるようになる.英語学習の動機も高められる.)
(3) 言語は変わるものであり,多様なものであるという許容的な言語観が形成され,おおらかに英語を学べる,あるいは教えられるようになる.
(4) 英語史は一つの物語であるから,おはなしとして面白い.
(5) 研究分野として純粋に面白い.(学問研究は世の役に立つからという理由で存在しているのではない.あくまで対象が美しいがゆえにそれに惹かれるということが学問研究の出発点である.結果として役に立つこともあるし,そうでないこともある.)
英語史は,英語を学ぶ者すべてにとって大きな意義があると確信している.特に英語を教える立場にある人にとっては(2)や(3)のポイントは重要なのではないか.
今回はちょっとしたサイトの紹介だけ.BBC の Ages of English Timeline は,FLASH により遊び感覚で英語史の要点を学べる.
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