この4月下旬から5月上旬にかけて,遅れた年度の始まりとなりましたが,大学の初回オンライン授業にて例年通り「英語に関する素朴な疑問」を集めました.結果として,すでに本ブログでも紹介したように「#4045. 英語に関する素朴な疑問を1385件集めました」 ([2020-05-24-1]) という多数の疑問が回収され,ここまで反応してくれた学生に対して少しでも回答を返さなければと焦っていました.
そこで,英語史の講義のまるまる1回分を割いて,先の素朴な疑問に千本ノック風にひたすら答えていくという趣旨のラジオ・コーナー風の音声コンテンツを作り,それを学生に聴いてもらいました.今学期は異常事態ですし,従来の授業方式をいろいろと変えてみたいという事情もありました.
答える方としても緊張感とゲーム性がほしかったので,あらかじめ答えやすい問題を選ぶということはせず,ランダムに疑問がディスプレイに出現するようにし,突如として現われる鋭い(あるいはとんでもない)疑問に対して,鋭い(あるいはとんでもない)コメントをもって矢継ぎ早に答えていくというやり方で実施してみました.同時に,なるべく既存の hellog 記事の内容と引っかける形での回答を心がけました.
結果としては,エキサイティングな体験となりました.講義後のリアクションペーパーによれば,種々の改善すべき点も指摘されましたが,そこそこ楽しく聴いてもらえたようで,やってみて良かったと思っています.(見る方も作る方も)堅苦しくて疲れる動画による講義が続いていたので,息抜き的な位置づけでもありました.
ただし,この調子で1385件に答えていこうとすると,文字通りの千本ノックとなり,少なくとも10年はかかりそうですので,ほどほどにしておきます.ですが,文章という書き言葉で説明する/されるのと,講義,映像,ラジオなどを通じて話し言葉で説明する/されるのとでは,情報の伝わり方がかなり違うようです.私も活字は好きですが,中高生のときに深夜ラジオばかり聴いていたので,耳から入る情報の質と量が侮れないことはよく分かっています.言語学的にも話し言葉と書き言葉の区別について様々に考えてきましたが,両メディアは根本的に伝わり方が違うのです(cf. 「#3886. 話しことばと書きことば (6)」 ([2019-12-17-1]) とそのリンク先の諸記事を参照).
書物の学問も良いですが耳学問もたいへん結構,という考え方ですので,コロナ禍のドサクサに紛れて,恥を晒して「hellog ラジオ版」をオープンしようと思っています.簡易的,導入的なものであれ,音声という取っつきやすいメディアで英語史の情報を発信していけば,戯れに聴いてくれる方もいるのではないかと思ったからです.もっとも,オンライン授業期の副産物という程度の位置づけではありますが.
今後,気が向いたときに英語史の話題に関して数分程度の音声コンテンツを作成し,アップロードするということを試みたいと思います.目下,明日のオープンに向けて準備しているところです.
先に触れた千本ノックの講義後のリアクションペーパーがいろいろな意味で興味深かったので,私のコメントとともにいくつか挙げておきたいと思います.
・ 皿洗いしながら聴きました(←あくまで息抜き企画だったので,実にこういうシーンを想定していました.ながら聴き推奨です,ナイス.)
・ 電車に乗りながら聴きました(←これもありそう)
・ 短くて寝る前に毎日聴けるようなシステム(←かつての深夜ラジオのリスナーとしてよく理解できます)
・ オンライン授業が続いているとPCの画面を見つめる時間がどうしても長くなり,負担が特に目にかかるので音声の資料というのはそういった点でもとてもありがたいです(←この種のコメントは思いのほか多かったです.オンライン授業で学生の皆さんも目がやられているようですね.)
・ この媒体の方がより気軽に hellog の記事について入りやすくなりました(←情報を耳から入れるのを好むタイプの意見でしょうか)
・ 簡単なスライドなどを同時にのせてくれるとやりやすくて嬉しい.例えば,そのときに話しているテーマだけが書いてあるスライドでもよいので.(←文字や映像のほうが情報として頭に入ってきやすいというタイプでしょうか.やはり視覚情報も欲しいという意見は根強く,たくさん寄せられました.hellog 記事へのリンクを張って示すなどの策を講じる予定です.)
・ 自分の抱いた疑問がきちんと届いているのを回答とともに確認できて良かった(←1385件に貢献してくれてありがとう)
・ プロのナレーターではなく hellog 執筆者本人の肉声を聴くことができるのは大変画期的(←これは嬉しいコメント.講義と同様,噛み噛みでろれつの回っていないしゃべりですが,話し手は hellog の書き手と同一人物なので,内容は一致しているはずです.)
・ 他の受講者がどのような疑問を抱いているのかという自分になかった発想を知る機会にもなるし,その疑問についてさらに考えるきっかけにもなり良いなと感じた(←これもとても多かった意見.オンライン授業期で,他の履修者の存在が見えないということも大きいのだろうと想像します.)
・ 基本的には面白かったのですが,ランダムより事前に絞ったほうが,1つ1つについてよく知れ,考えられると思いました(←これも多かった意見.緊張感とゲーム性があったほうが私自身が楽しめると思ったわけなのですが,確かにとんでもない質問もありましたね.話題を選ぶことにします.)
ということで,いろいろなフィードバックをもらいましたので,それを活かす形で,従来の hellog に加えて「hellog ラジオ版」として音声コンテンツも発信していきたいと思います.
Adams の英語史教育に関する論考を読んだ.標題は Adams (1171) の第5節のタイトル "From HEL to HOTEL" にちなむ.HEL, HOTEL とはそれぞれ "The History of English" と "History of the English Language" の頭字語で,「英語史」を指すことには変わらないが,イメージとして責め苦 (punishment) の「地獄」なのか,おもてなし (hospitality) の「ホテル」なのかという大きな違いがある.伝統的で文献学的な苦しい「英語史」から一皮むけて,21世紀的かつ関連諸分野に目配りした入りやすい「英語史」へと変貌する必要があるという主張である.
私は Adams の主張に基本的に賛同する.地獄とホテルという比喩が良いかどうかは別として,student-friendly な,言い方を換えれば,現実的な観点をもって,学ぶ意義がもっとよく分かるような英語史が是非とも必要だと考えている.Adams の論考中に,英語史の通史記述という呪縛から解き放たれてもよいのではないかという指摘が何度もみつかるが,これについては私も薄々感じていたところだった.英語史の通史が紡ぎ出してくれる物語は,確かに重要だし,おもしろくもあるので,講義などから完全に外すわけにもいかない.しかし,各学生が現代英語について抱いている問題意識を,歴史的な観点をもって自ら掘り下げていくという主体的なコミットメントを促すことも同じくらい重要ではないかと.この両方を実現できればベストだが,限られた時間やリソースのなかで達成するのは至難の業である.
本ブログの各所で,英語史という学問の意義や教え方・学び方について論じてきた.例えば以下の記事である(これを一括した記事セットからもどうぞ.)
・ 「#4021. なぜ英語史を学ぶか --- 私的回答」 ([2020-04-30-1])
・ 「#3641. 英語史のすゝめ (1) --- 英語史は教養的な学問領域」 ([2019-04-16-1])
・ 「#3642. 英語史のすゝめ (2) --- 英語史は教養的な学問領域」 ([2019-04-17-1])
・ 「#24. なぜ英語史を学ぶか」 ([2009-05-22-1])
・ 「#1199. なぜ英語史を学ぶか (2)」 ([2012-08-08-1])
・ 「#1200. なぜ英語史を学ぶか (3)」 ([2012-08-09-1])
・ 「#1367. なぜ英語史を学ぶか (4)」 ([2013-01-23-1])
・ 「#2984. なぜ英語史を学ぶか (5)」 ([2017-06-28-1])
・ 「#4019. ぜひ英語史学習・教育のために hellog の活用を!」 ([2020-04-28-1])
・ 「#3922. 2019年度,英語史の授業を通じて何を学びましたか?」 ([2020-01-22-1])
・ 「#4045. 英語に関する素朴な疑問を1385件集めました」 ([2020-05-24-1])
上のいくつかの記事でも指摘しているように,英語史は教養的で学際的な分野である.Adams (1164) もこの点を強調している.
The history of English is a naturally interdisciplinary subject, one in which many elements of a liberal education converge --- if professors and students (and administrators) keep that in mind, it can be the most significant intellectual experience of an undergraduate's career.
目下,コロナ禍でオンライン学期となっているが,この教育・学習環境の大きな変化を受け,否が応でも英語史教育・学習の意義という本質的な問題に改めて向き合わざるを得なくなっている.
・ Adams, Michael. "Resources: Teaching Perspectives." Chapter 74 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1163--78.
「#4045. 英語に関する素朴な疑問を1385件集めました」 ([2020-05-24-1]) で紹介した通り,この年度初めに大学の英語史関連の授業を通じて,非常に多くの「英語に関する素朴な疑問」を寄せてもらいました.学生のみなさん,改めて協力に感謝します.改めて一覧はこちらです.
これだけ集まったからには,皆さん回答を期待するでしょうし,私も回答する義務を感じています.ですが,さすがの数ではあります.なかには英語史にお任せという質問もあれば,逃げたくなるほどストレートで手強い質問もあります.今後は,限界はあるものの,授業を通じて,あるいは hellog を通じて,ゆっくりと回答していきたいと思っています.むしろ知的好奇心をそそるこれらの「素朴な疑問」を通じて,皆さんも私も一緒に学んでいきましょう,というのが疑問収集のそもそもの趣旨でした.(我慢できない方は,少なからぬ素朴な疑問に対して hellog ですでに回答していますのでこちらをご覧ください.)
「回答する」というと偉そうな言い方ですが,実際にはそこで提案する「回答」らしきものは,すべて英語史・英語学の知見に基づこそすれ私の仮説にすぎません.比較的説得力のある仮説もあれば,根拠の弱い仮説もあるでしょう.私がここかしこでオープンにするのは,あくまでそのような意味での「回答」です.言葉の問題に関しては絶対的な正解などない,というのが私の考え方です.いつしかもっと良い視点や洞察が出ることを期待しての,当面の「回答」です.
読者の皆さんにも私自身にも英語史思考を促すために,本ブログ右欄上部に「今日の素朴な疑問」コーナーを設けました.先の1385件からランダムに選び出された疑問が,毎日ここに掲載されます.ぜひ日々の英語(史)学習のインスピレーションに役立ててもらえればと思います.
何年も英語史のレポートや卒論を見てきましたが,英語の英米差に関する話題は常に人気のあるテーマです.英語史の授業でも,英米差の話題となると学生の反応が明らかに異なります.多くの英語学習者にとって,英語の英米差はそれくらい身近で興味を引かれるトピックなのだろうと思います.
本ブログでも英語の英米差に注目した多数の記事を書いてきました.以下にサブテーマごとに記事をグループ化し整理しましたので,順に読んでいけば英語の英米差を巡る様々な視点を体系的に学習することができます.そこから,ぜひ英語の英米差についての新しい問題を提起し,調査していってもらえればと思います.なお筆者一押しの記事は,英語史連載企画の一環として執筆した「イギリス英語の autumn とアメリカ英語の fall --- 複線的思考のすすめ」です.
その他,アメリカ英語やイギリス英語の個別の話題について,ame や bre の多くの記事もご参照ください.
[まず英語の英米差クイズで腕試し]
・ 「#357. American English or British English?」
・ 「#359. American English or British English? の解答」
[英語の英米差の概論]
・ 「#1343. 英語の英米差を整理(主として発音と語彙)」
・ 「#3948. 『英語教育』の連載第12回「なぜアメリカ英語はイギリス英語と異なっているのか」」
・ 「#3472. 慶友会講演 (1) --- 「歴史上の大事件と英語」」
[発音の英米差]
・ 「#211. spelling pronunciation」
・ 「#406. Labov の New York City /r/」
・ 「#419. A Mid-Atlantic variety of English」
・ 「#945. either の2つの発音」
・ 「#964. z の文字の発音 (1)」
・ 「#965. z の文字の発音 (2)」
・ 「#3573. accomplish と one の強勢母音の変異」
[スペリング・表記の英米差]
・ 「#240. 綴字の英米差は大きいか小さいか?」
・ 「#244. 綴字の英米差のリスト」
・ 「#305. -ise か -ize か」
・ 「#1097. quotation marks」
・ 「#2093. <gauge> vs <gage>」
・ 「#2437. 3文字規則に屈したイギリス英語の <axe>」
・ 「#3182. ARCHER で colour と color の通時的英米差を調査」
・ 「#3247. 講座「スペリングでたどる英語の歴史」の第5回「color か colour か? --- アメリカのスペリング」」
・ 「#3934. イギリスの er とアメリカの uh」
[文法の英米差]
・ 「#312. 文法の英米差」
・ 「#325. mandative subjunctive と should」
・ 「#3351. アメリカ英語での "mandative subjunctive" の使用は "colonial lag" ではなく「復活」か?」
[語彙・語法の英米差]
・ 「#510. アメリカ英語における whilst の消失」
・ 「#880. いかにもイギリス英語,いかにもアメリカ英語の単語」
・ 「#1754. queue」
・ 「#2916. 連載第4回「イギリス英語の autumn とアメリカ英語の fall --- 複線的思考のすすめ」」
・ 「#2925. autumn vs fall, zed vs zee」
・ 「#3448. autumn vs fall --- Johnson と Pickering より」
・ 「#982. アメリカ英語の口語に頻出する flat adverb」
・ 「#1346. 付加疑問はどのくらいよく使われるか?」
・ 「#4036. stay at home か stay home か --- コーパス調査」
[英語の英米差の類型]
・ 「#627. 2変種間の通時比較によって得られる言語的差異の類型論」
・ 「#628. 2変種間の通時比較によって得られる言語的差異の類型論 (2)」
・ 「#1331. 語彙の英米差を整理するための術語」
・ 「#2268. 「なまり」の異なり方に関する共時的な類型論」
[英語の英米差に関する歴史的背景]
・ 「#3087. Noah Webster」
・ 「#468. アメリカ語を作ろうとした Webster」
・ 「#3086. アメリカの独立とアメリカ英語への思い」
・ 「#851. イギリス英語に対するアメリカ英語の影響は第2次世界大戦から」
・ 「#1855. アメリカ英語で先に進んでいた3単現の -th → -s」
・ 「#2261. イギリスからアメリカへの移民の出身地 (1)」
・ 「#2262. イギリスからアメリカへの移民の出身地 (2)」
・ 「#2270. イギリスからアメリカへの移民の出身地 (3)」
・ 「#3089. 「アメリカ独立戦争と英語」のまとめスライド」
・ 「#3953. アメリカ英語の non-rhotic 変種の起源を巡る問題」
[英語の英米差を巡る社会言語学とイデオロギー問題]
・ 「#315. イギリス英語はアメリカ英語に比べて保守的か」
・ 「#1266. アメリカ英語に "colonial lag" はあるか (1)」
・ 「#1267. アメリカ英語に "colonial lag" はあるか (2)」
・ 「#1268. アメリカ英語に "colonial lag" はあるか (3)」
・ 「#1304. アメリカ英語の「保守性」」
・ 「#1318. 言語において保守的とは何か?」
・ 「#2926. アメリカとアメリカ英語の「保守性」」
・ 「#3201. アメリカ英語の「保守性」について --- Algeo and Pyles の見解」
・ 「#2672. イギリス英語は発音に,アメリカ英語は文法に社会言語学的な価値を置く?」
・ 「#3280. アメリカにおける民族・言語的不寛容さの歴史的背景」
・ 「#1010. 英語の英米差について Martinet からの一言」
[英語の英米差を調査するためのツールやその他の情報]
・ 「#428. The Brown family of corpora の利用上の注意」
・ 「#607. Google Books Ngram Viewer」
・ 「#1305. 統語タグのついた Google Books Ngram Corpus」
・ 「#1730. AmE-BrE 2006 Frequency Comparer」
・ 「#1739. AmE-BrE Diachronic Frequency Comparer」
・ 「#2186. 研究社Webマガジンの記事「コーパスで探る英語の英米差 ―― 基礎編 ――」」
・ 「#2216. 研究社Webマガジンの記事「コーパスで探る英語の英米差 ―― 実践編 ――」」
・ 「#1321. BNC Frequency Extractor」
・ 「#1322. ANC Frequency Extractor」
・ 「#773. PPCMBE と COHA の比較」
[英語の英米差を超えた諸変種間の比較]
・ 「#2388. 世界の主要な英語変種の音韻的分類」
・ 「#2668. 現代世界の英語変種を理解するための英語方言史と英語比較社会言語学」
・ 「#1743. ICE Frequency Comparer」
年度初めに,大学の英語史関係のいくつかの授業で,履修者に「英語に関する素朴な疑問」を思いつく限り挙げてもらいました.毎年度行なっている恒例のアンケートなのですが,本年度はオンライン授業だったために回答も打ち込みで,手書きよりも楽だからか,驚くほど多くの素朴な疑問(1385件)を回収することができました.このような素朴な疑問は,英語学習・教育上おおいに参考になりますし,英語史研究の刺激剤ともなります.もちろん hellog のネタにもなります.学生のみなさん,ご協力ありがとうございました.この記事でずらっと並べるわけにもいかない数なので,次のページよりご覧ください.
・ 英語に関する素朴な疑問(2020年5月版)の一覧
多人数からの回答をフラットに並べたため,実際には内容的に重なる問いも多くあります.素朴な疑問は広く共有されるものだ,ということかと思います.多くの疑問が英語史・英語学の観点から大まじめに論じられるお題です.
「#1093. 英語に関する素朴な疑問を募集」 ([2012-04-24-1]) でも書きましたし,授業などでも常日頃述べていることですが,英語史や英語学は難しい英文法上の問題を扱うだけではなく,むしろ英語にまつわる当たり前で,他愛もない素朴な問題を真剣に論じる分野でもあります.しかし,何年も英語を学んでいると,初学時に抱いていたような素朴な疑問もたいてい忘れ去られてしまいます.あるいは,そもそも前提として受け入れており,よく考えてみれば不思議であるにもかかわらず疑問を抱きもしなかったという問題も多々あるでしょう.しかし,このような素朴な疑問を改めて思い起こし,あえて引っかかってゆき,大まじめに考察するのが英語史や英語学のおもしろさです.たいてい素朴な疑問であればあるほど答えるのは難しく,それだけ良い問いといえます.英語史や英語学の世界へは,素朴な疑問から入っていくのがお薦めです.(以上の私的な英語史観について「#4021. なぜ英語史を学ぶか --- 私的回答」 ([2020-04-30-1]) もご一読ください).
それにしても,読み物としておもしろい一覧です.みんな英語についてこんなことを考えているのかあと,眺めているだけで脳が活性化されます.
なお,hellog でも数々の素朴な疑問を取り上げてきました.sobokunagimon や「#3677. 英語に関する「素朴な疑問」を集めてみました」 ([2019-05-22-1]) などを覗いてみてください.
本ブログでは,英語のアルファベット (alphabet) に関する記事を多く書きためてきました.今年度はようやく年度が始まっているという学校が多いはずですので,先生方も児童・生徒たちに英語のアルファベットを教え始めている頃かと思います.算数のかけ算九九と同じで,アルファベットの学習も基礎の基礎としてドリルのように練習させるのが普通かと思います.しかし,先生方には,ぜひとも英語アルファベットの成立や発展について背景知識をもっておいてもらえればと思います.その知識を直接子供たちに教えはせずとも,1文字1文字に歴史的な深みがあることを知っているだけで,教えるに当たって気持ちの余裕が得られるのではないでしょうか.以下に,そのための記事セットをまとめました.
・ 「英語の先生がこれだけ知っておくと安心というアルファベット関連の話し」の記事セット
この記事セットは,実際には何年も英語を学び続けてきた上級者に対しても十分に楽しめる読み物となっていると思います.アルファベットに関するネタ集としてもどうぞ.
昨日の記事 ([2020-04-29-1]) で「なぜ英語史を学ぶか」の記事セットを紹介しました.英語史を学ぶ理由,動機,メリットはいろいろとありますが,私がとりわけ重要と考えている点について改めて述べておきたいと思います.
現在,私たちが英語を学んだり,教えたり,使ったりしていること,日本の義務教育で英語を学び始めることになっていること,英語が世界中で最も実用的なリンガフランカとして機能していることは,当たり前のことでもなければ必然的なことでもありません.世界の歴史の結果です.長きにわたる人類の活動の結果,今現在,英語が上記のような位置づけにあるということです.
「言語学的に」いえば,英語が日本語を含めた他の多数の言語と比較して,とりわけ優れた言語とみなす根拠はありません.あくまで「社会的に」とりわけ重要な言語であるということにすぎません.英語史の学びは,この区別すべき2つの見方を峻別する知恵を与えてくれます.
誰しも,ある言語やその語学学習に関して個人的な好き嫌いがあるのは自然でしょう.周知の通り,英語が大好きという人もいれば大嫌いという人もいます.しかし,そのような個人的な思いとは別次元で,避けなければいけないことがあります.それは盲目的な英語崇拝に陥ったり,逆にむやみに英語を忌避することです.英語に対しては盲信も不信も無益です.英語への盲信はその背後で他言語の排除や蔑視に結びつくおそれがありますし,英語への不信は他の言語と同列に尊ばれるべき言語である英語とその(母語)話者に対して失礼にあたります.(後者について,ある英語母語話者の言葉が忘れられません.日本の学生から英語が嫌いと言われると腹立たしいというのです.その学生にとっては単に教科としての英語(学習)が嫌いというつもりかもしれませんが,自分の母語,それで生まれ育ってきた最も愛着のある言語のことを嫌いと面と向かって言われるのは不愉快というわけです.)
現代世界に生きる私たちにとって,英語という「社会的に」きわめて重要な言語と付き合っていくことは避けられません.英語とうまく付き合っていくためには,肩肘張らずに向かい合う必要があります.英語は日本語や他の言語と同列の1つの言語だという認識がぜひとも必要なのです.この認識を得るのに英語史の学びは非常に有効であると確信しています.
万物は流転します.英語もまた時を通じて変化してきました.文法,発音,語彙などの「言語学的な」側面においても変化してきましたし,一民族の言葉から世界のリンガフランカへと成長してきた通り,その「社会的な」位置づけも変わってきました.英語という言語について,この両側面における変化とその歴史(各々「内面史」「外面史」と呼ばれます)を学ぶことで,英語の本質,ひいては言語の本質も見えてくるでしょう.本質が見えてくれば,英語にせよ(母語たる)日本語にせよ,特定の言語に対する盲信や不信は雲散霧消するでしょう.肩肘張らずに付き合っていけます.
英語史の学びでは,上記のような知恵を得るために,個々の小さな知識を習得していくことになります.本ブログでも積極的に取り入れている「素朴な疑問」の数々も,そのような個々の小さな知識の一部です.「なぜ a apple ではなく an apple なのか?」「なぜ3単現に -s を付けるのか?」「なぜ If I were a bird となるのか?」「なぜ Help me! とは叫ぶが Aid me! とは叫ばないのか?」「なぜアメリカ英語では r をそり舌で発音するのか?」などの疑問に答えられることそれ自体は,確かに英語物知りのトリビア的知識にすぎないようにみえるかもしれません.しかし,このような個々の知識を多数つなぎ合わせて体系化したものこそが「英語史」という分野であり,先に述べた大きな目標に到達することを助けてくれる学問だと信じています.ですので,私は「素朴な疑問」への回答に際しても「へぇ,なるほど,おもしろいね」という反応だけでは終わらせまいという意気込みでいつも臨んでいます.表面的なトリビア的知識の一歩先に進んでいきたいからです.
英語史の知識を英語史の知恵へと昇華させる,これが私の大きなテーマです.
昨日の記事「#4019. ぜひ英語史学習・教育のために hellog の活用を!」 ([2020-04-28-1]) で,あるテーマに関連するいくつかのブログ記事をまとめて「記事セット」を作ることに触れました.
そこで,年度初めですし,英語史関連の(オンライン)授業を開始するにあたって「なぜ英語史を学ぶか」というテーマについて書いてきた記事を束ねてみました.ただ束ねるだけでは芸がないので,記事セットの表示の仕方を工夫してみました.フレームを用いた画面構成でスライド風に使えるので,今後のオンライン授業にも活用できるかと.
・ 「なぜ英語史を学ぶか」の記事セット
このような記事セットを簡単に作れるようにもしました.トップページ上部の検索欄に "##24,1199,1200,1367,2984,3641,3642" のようにカンマ区切りで記事番号(先頭の "##" は任意)を入力すると,従来の通りノーフレームで全記事が1ページにずらずらと並びますが,末尾におまじないの "h" を加えて "##24,1199,1200,1367,2984,3641,3642h" とすると先のフレーム型の出力となります.
国内の大学では新年度の授業が始まったか,始まりつつあり,5月はオンライン授業たけなわの月となるところが多いのではないでしょうか.私の所属する慶應義塾大学も明後日に学期がオープンします.英語史関連の授業も始まります.
本ブログもそろそろ12年目に突入しますが,英語史を中心としつつ英語学,日本語学,言語学,歴史学,英文学など関連諸分野についても少しずつ記事を書きためてきたので,英語史周りのウェブ資料としてはそれなりの量になってきました.私自身は個人的に一日に何度も hellog 内検索を行ないますし(たいてい書いた内容を自分でも忘れているか,書いたこと自体も忘れていることが多い),公にも大学の講義・演習や大学外の講座などで hellog 記事を参照するなど日常的に利用してきました.実際 hellog 資料だけで授業1コマを運営することもしばしばです.「この記事とあの記事を読んで考えておいてください」といえば予習にも復習にもなり便利です.そこで改めて考えてみたら,hellog は昨今のにわかトレンドともいうべきオンライン授業と非常に相性がよいのではないかと思いついた次第です.
このコロナ禍のなか,世のため人のために何かできることはないかと数週間を過ごしてきましたが,たいしたこともできそうにないと分かったので,本分に専念します.そこで,年度初めでもありますし,まずは英語史を専攻する一研究者として,同分野の知識と魅力を伝える一教育者として,英語史(および英語)を学び始める(そして学び続ける)方々に,これまで以上に意識的に関連情報を届けようと決めました.
英語史学習のための hellog の活用法をブレストしてみました.英語史を教える方々にも参考になれば幸いです.
(1) 英語に関する素朴な疑問への回答を始め,とにかくおもしろいネタを読みたいという場合は,英語に関する素朴な疑問集やアクセス・ランキングのトップ500記事を読んでください.英語史への入り口として.
(2) カテゴリー検索により,あるテーマに基づいた「記事セット」をまとめて表示させて,ひたすら読むのもよいと思います.各記事には内容の分類を示すカテゴリー(タグ)が付されています.およそ英語のキーワードかキーフレーズとなっており,トップページの右欄の少し下にアルファベット順で全記事からのカテゴリー一覧があります.適当なものをクリックすると,そのカテゴリーのテーマについての記事群が現われます.あるいはトップページ上部の検索欄に "cat:indo-european" などとしても可ですし,カテゴリーは角カッコでくくる慣習なので "[indo-european]" としても似たような検索結果が返ってきます.
(3) 過去の講座等で用いたオンラインのスライド資料を,記事のなかからそのまま提供していることも多いので,cat:slide より一覧をご覧ください.スライド自体の解説はありませんが,ざっと眺めるだけでも学習になると思います.(←解説の音声ファイルを付ければ,まさにオンライン授業ぽくなるので検討中)
(4) カテゴリーとは別に,あるテーマに基づいた「記事セット」の記事番号一式がカンマ区切りで提供されていれば,それをトップページ上部の検索欄にそのまま入れるだけで,その順序で記事が表示されます.私が授業でよく行なうのは,例えば「英語語彙の世界性」 (cosmopolitan_vocabulary) という話題について講義しようとする場合,"##151,756,201,152,153,390,3308" という構成で記事(とそこに含まれる視覚資料)を順に示して解説していくというやり方があります(先頭の "##" は任意).ほかには「母語と母国語の違い」というテーマならば "##1926,1537,2603" であるとか,「人工言語の問題」であれば "##962,959,961" などもおもしろいと思います.
個々のブログ記事はあくまで単発の読み切り仕様ですので,それをいくつか組み合わせただけでは必ずしもきれいなストーリーにはなりません.しかし,提示する順番を工夫したり,「つなぎ」の解説がほんの少しでも与えられれば,それなりに滑らかなストーリーとなり得ます.いずれこの種のテーマ別の「記事セット」をいろいろと作ってみたいと思っています.(←音声や文章で「つなぎ」の解説資料をつければ,やはりそのままオンライン授業仕様になりそうです)
(5) 見映えとして視覚資料が欲しい場合には,地図 (map) や言語系統図 (family_tree) や年表 (timeline) などがお薦めです.漫然と眺めるだけでも,ある程度は学べます.画像集もどうぞ.
(6) 厳密には hellog 内の記事ではないのですが,企画としては hellog が大本となっていたので,こちらもお薦めしておきます.2017年1月から12月にかけて連載した12本のオンライン記事「現代英語を英語史の視点から考える」です.わりと力を込めて執筆しましたし,分量もあります.英語史の見方を学ぶのに使えると思います.
(7) オンライン学習といっても,すぐに限界がきます.やはり本を読んでください.昨日の記事「#4018. 英語史概説書等の書誌(2020年度版)」 ([2020-04-27-1]) で推薦図書を挙げています.
以上,思いつくままに hellog 活用法をブレストしてみました.私自身がオンライン授業を行なう立場にありますので,これからも活用法を模索していくつもりです.
遅ればせながら国内の大学も新年度の授業が始まりつつある頃かと思います.新年度に英語史を学び始める人も多いはずですので,英語史概説書を中心に英語史・英語学の基本文献(2020年度版)を掲げておきます.英語史の初学者に特にお薦めの図書に◎を,初学者を卒業した段階のお薦めの図書に○を付してあります.目下の状況で手に入りにくい図書も多いかもしれませんが,今期はこの書誌一覧を手元に置いてもらえればと思います.このほか各図書の巻末やウェブサイトに掲載されている参考文献表も参照してください.印刷用のPDFも作ったので,こちらから自由にどうぞ.
[英語史概説書(日本語)]
◎ 家入 葉子 『ベーシック英語史』 ひつじ書房,2007年.
・ 宇賀治 正朋 『英語史』 開拓社,2000年.
◎ 唐澤 一友 『多民族の国イギリス---4つの切り口から英国史を知る』 春風社,2008年.
◎ 唐澤 一友 『英語のルーツ』 春風社,2011年.
・ サイモン・ホロビン(著),堀田 隆一(訳) 『スペリングの英語史』 早川書房,2017年.
◎ 寺澤 盾 『英語の歴史』 中央公論新社〈中公新書〉,2008年.
・ 中尾 俊夫,寺島 廸子 『図説英語史入門』 大修館書店,1988年.
・ 橋本 功 『英語史入門』 慶應義塾大学出版会,2005年.
◎ 堀田 隆一 『英語史で解きほぐす英語の誤解 --- 納得して英語を学ぶために』 中央大学出版部,2011年.
○ 堀田 隆一 『英語の「なぜ?」に答えるはじめての英語史』 研究社,2016年.
・ 松浪 有 編,小川 浩,小倉 美知子,児馬 修,浦田 和幸,本名 信行 『英語の歴史』 大修館書店,1995年.
・ 柳 朋宏 『英語の歴史をたどる旅』 中部大学ブックシリーズ Acta 30,風媒社,2019年.
・ 渡部 昇一 『英語の歴史』 大修館,1983年.
[英語史関連のウェブサイト]
・ 家入 葉子 「英語史全般(基本文献等)」 https://iyeiri.com/569 .(より抜かれた基本文献のリスト)
・ 堀田 隆一 「hellog?英語史ブログ」 2009年5月1日?,http://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/ .
・ 堀田 隆一 「連載 現代英語を英語史の視点から考える」 2017年1月?12月,http://www.kenkyusha.co.jp/uploads/history_of_english/series.html .
・ 三浦 あゆみ 「A Gateway to Studying HEL: Textbooks(日本語編)」 http://www013.upp.so-net.ne.jp/HEL/textbooks.html .(充実した英語史の文献リスト)
[英語史概説書(英語)]
・ Algeo, John, and Thomas Pyles. The Origins and Development of the English Language. 5th ed. Thomson Wadsworth, 2005.
◎ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.
・ Blake, N. F. A History of the English Language. Basingstoke: Macmillan, 1996.
○ Bradley, Henry. The Making of English. London: Macmillan, 1955.
○ Bragg, Melvyn. The Adventure of English. New York: Arcade, 2003.
・ Brinton, Laurel J. and Leslie K. Arnovick. The English Language: A Linguistic History. Oxford: OUP, 2006.
・ Bryson, Bill. Mother Tongue: The Story of the English Language. London: Penguin, 1990.
・ Crystal, David. The Stories of English. London: Penguin, 2005.
○ Fennell, Barbara A. A History of English: A Sociolinguistic Approach. Malden, MA: Blackwell, 2001.
・ Gelderen, Elly van. A History of the English Language. Amsterdam, John Benjamins, 2006.
・ Görlach, Manfred. The Linguistic History of English. Basingstoke: Macmillan, 1997.
○ Gooden, Philip. The Story of English: How the English Language Conquered the World. London: Quercus, 2009.
・ Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013.
◎ Horobin, Simon. How English Became English: A Short History of a Global Language. Oxford: OUP, 2016.
・ Jespersen, Otto. Growth and Structure of the English Language. 10th ed. Chicago: U of Chicago, 1982.
○ Knowles, Gerry. A Cultural History of the English Language. London: Arnold, 1997.
・ McCrum, Robert, William Cran, and Robert MacNeil. The Story of English. 3rd rev. ed. London: Penguin, 2003.
・ Smith, Jeremy J. An Historical Study of English: Function, Form and Change. London: Routledge, 1996.
・ Strang, Barbara M. H. A History of English. London: Methuen, 1970.
○ Svartvik, Jan and Geoffrey Leech. English: One Tongue, Many Voices. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2006.
[英語史・英語学の参考図書]
・ 荒木 一雄,安井 稔(編) 『現代英文法辞典』 三省堂,1992年.
・ 石橋 幸太郎(編) 『現代英語学辞典』 成美堂,1973年.
・ 大泉 昭夫(編) 『英語史・歴史英語学:文献解題書誌と文献目録書誌』 研究社,1997年.
・ 大塚 高信,中島 文雄(監修) 『新英語学辞典』 研究社,1982年.
・ 小野 茂(他) 『英語史』(太田朗, 加藤泰彦編 『英語学大系』 8--11巻) 大修館書店,1972--85年.
・ 佐々木 達,木原 研三(編) 『英語学人名辞典』,研究社,1995年.
・ 寺澤 芳雄(編) 『英語語源辞典』 研究社,1997年.
・ 寺澤 芳雄(編) 『英語史・歴史英語学 --- 文献解題書誌と文献目録書誌』 研究社,1997年.
・ 寺澤 芳雄(編) 『英語学要語辞典』 研究社,2002年.
・ 寺澤 芳雄,川崎 潔 (編) 『英語史総合年表?英語史・英語学史・英米文学史・外面史?』 研究社,1993年.
・ 松浪 有,池上 嘉彦,今井 邦彦(編) 『大修館英語学事典』 大修館書店,1983年.
・ Biber, Douglas, Stig Johansson, Geoffrey Leech, Susan Conrad, and Edward Finegan, eds. Longman Grammar of Spoken and Written English. Harlow: Pearson Education, 1999.
・ The Cambridge History of the English Language. Vols. 1--7. Ed. Richard M. Hogg. 1992--2001.
・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. Cambridge: Cambridge University Press, 1995. 2nd ed. 2003.
・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of Language. Cambridge: Cambridge University Press, 1995. 2nd ed. 2003. 3rd ed. 2019.
・ English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012.
・ Huddleston, Rodney and Geoffrey K. Pullum, eds. The Cambridge Grammar of the English Language. Cambridge: CUP, 2002.
・ McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: Oxford University Press, 1992.
・ The Oxford English Dictionary. 2nd ed. CD-ROM. Oxford: Oxford University Press, 1992. Version 3.1. 2004. (Also available online as Oxford English Dictionary Online at http://www.oed.com/ .)
・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
標記について,Smith (47--48) の参考文献表よりいくつか抜き出し,整理し,リンクを張ってみた(現時点で生きたリンクであることを確認済み).本ブログでは,その他各種のオンライン・リソースも紹介してきたが,まとめきれないので link を参照.とりわけ Chaucer 関連のリンクは「#290. Chaucer に関する Web resources」 ([2010-02-11-1]) をどうぞ.
コロナ禍の影響で,今期,多くの大学の授業の基調はオンライン授業(遠隔授業)となる見込みです.私の所属する慶應義塾大学も例外ではなく,今年度の私の英語史その他の講義もオンラインとなります.にわかにオンライン授業が活気づいてきたこの機会に,英単語を英語史や語源の観点から学べる「まさにゃんチャンネル」の YouTube 動画を紹介したいと思います.本ブログの趣旨とも合致する学習動画です.
高校生をターゲットにした語源から英単語を学ぶ楽しさを伝える一連の動画で,単語も話題も構成も実によく練られています.その弁舌からは,講師の英語史への熱い想いも伝わってきます.高校生の皆さんも,そうでない皆さんも,これをきっかけに英語史や語源の話題に関心をもってもらえればと思います.
動画の作者に,今回のシリーズ企画「語源で学ぶ英単語」を担当することになった経緯をうかがうことができました.
YouTube の予備校「ただよび」・河合塾英語講師の森田鉄也先生が YouTube 上で開催された英語講師オーディションに応募し,決勝戦に進出.おしくも優勝は逃したものの,動画内容を評価していただき今回このシリーズ企画を担当させてもらう運びとなりました.またこの動画のメインターゲットは大学受験を目指して英単語を覚えようとしている高校生です.ただ,同時に英語好きの大学生や大人にも楽しんでもらえる動画になるように意識して作りました.
上で触れられている英語講師オーディションの決勝戦の様子はこちらです.そして「語源で学ぶ英単語」のシリーズそのものはこちら(全7回を連続で再生)からどうぞ.各回の動画へのリンクは以下の通りです.
・ 第1回「英語の始まり」
・ 第2回「グリムの法則で繋がる英単語」
・ 第3回「古英語由来の接頭辞/動詞の語法」
・ 第4回「同語源の意外な単語」
・ 第5回「ヴァイキングの襲来と古ノルド語」
・ 第6回「ヴァイキングが英文法に与えた影響」
・ 最終回「なぜ英語には類義語が多いのか」
作者の森田真登さんは,慶應義塾大学文学研究科英米文学専攻博士課程に在籍し,英語史を専攻しています.つまり身内ということなのでした.よろしくどうぞ.
本日から新年度です.新型コロナウィルスの影響で大学の授業もレギュラーには始まりませんが,本年度も前向きの姿勢で英語史に取り組んでいきましょう.
例年,私の英語史の授業では,Baugh and Cable による英語史の古典的名著 A History of the English Language を指定テキストとしています.現行のものは2013年に出た第6版で,和田 (2013) にレビューがあります.「#2182. Baugh and Cable の英語史第6版」 ([2015-04-18-1]) の記事もご覧ください.
私自身も忘れていたのですが,およそ1年ほど前の『週刊読書人』第3290号(2019年5月24日)に同著を推薦書として挙げていました.こちらのページをご覧ください.その最後に「今の時代だからこそ広く読まれるべき,英語に関する教養書であり,同時に専門書でもあります」と書きましたが,これは本当です.よくできた教養書でありながら,英語史を専攻する者として何度目かに読んでも必ず何らかの発見があるのです.著者は,平易な文章を目指しつつも,その表面に様々なレベルの問題についてヒントを散りばめるのが上手なのだろうと思います.
英語史に限らず「○○史」と銘打った歴史の教科書というのは,時系列での整理の仕方が命です.よくできた歴史の教科書は,章立てと目次が整理されています.もちろん通読は必要ですが,通読して流れを理解した上で,その目次をじっくり学習するというのがお薦めの学習法です.「#2089. Baugh and Cable の英語史概説書の目次」 ([2015-01-15-1]) をどうぞ.
英語史のお薦めの本はほかにもあります.昨年度版ですが「#3635. 英語史概説書等の書誌(2019年度版)」 ([2019-04-10-1]) をご覧ください.
・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.
・ 和田 忍 「新刊紹介 Albert C. BAUGH & Thomas CABLE, A History of the English Language, Sixth edition, Upper Saddle River, NJ, Pearson, 2013, 446+xviii p., $174.07」『西洋中世研究』第5号,2013年,159頁.
今年度も慶應義塾大学文学部英米文学専攻より卒業論文が13件提出され,卒業論文面接も無事に終了しました.以前は各年度の卒論題目一覧を本ブログの sotsuron 記事に掲載していましたが,ここ数年間は掲げていなかったので,今回は2018--2020年度の3年分の卒論題目34件を一気に示したいと思います.その趣旨は,続くゼミ生の卒論執筆に参考となるように,そして最近の学生の関心を示すためです.非常に緩くはありますが分野別に並べてみました.
・ A Phonological Relationship between the Northern Dialect of Middle English and Old Norse --- Was 'qual' Pronounced /kwal/?
・ The Analysis of Development of Rhoticity in Scottish English
・ Difference in the Usage of Onomatopoetic Terms in English and Japanese: Through the Comparison of Onomatopoeia Related to the Act of Laughing and Smiling
・ The Details of the Great Vowel Shift on the History of English Language --- The Great Vowel Shift's Power on the History of English Language
・ Original Reference and Native Etymological Spellings in Ad-Words: Comparison of Their First Attestation Dates
・ On the Use of <you> and <ye> in Proverbs --- Focusing on Proverbs Derived from the Bible
・ The Contemporary Flat Adverb in Written American English: Approaching the Real Use
・ On the Minority Use of Subjunctive Should in the United States --- The Reason Why the American Still Use Should in the Subjunctive Clause
・ An Analysis of Preparatory Subject it Constructions and Top-Heavy Sentences
・ The History of Perfect Construction: What Factors Have Influenced the Transition from BE PERFECT to HAVE PERFECT?
・ The Difference between Suffix -er and -or: The Aspect of Meaning
・ Semantic Intensification Derived from Human Psychological Aspects: Negativity and Abnormality Evoke Impressiveness
・ Color Metaphors Representing Mental States in English: Semantic Analysis of Color Terms
・ A Comparison of Adjectives of Taste between English and Japanese --- Antonymous Taste System Based on Collocation Analysis
・ Analysis of Differences in Recognition of Kawaii among Native Speakers of English
・ The Changes in the Reactions to American English in the Early Stage of Hollywood Talkie Films
・ The Relationship of Gender, Character and Social Power: Consideration from the Movies of Harry Potter Series
・ The Analysis of The Times Headlines: A Historical Study from the Early Days to the Present
・ The Difference of the Verb Expressions between Male-Named and Female-Named Hurricanes --- Alternative of the Traditional Reference to Hurricanes with Female Pronouns
・ Disappearing Trench: The Effect of War on the Language
・ A Study of the Feature of Mixed Languages based on Pidgins, Code-Switching, and Senkyoshigo
・ The Role and Status of English in India: Analysis on Indian Movies
・ An Effect of Eye Dialect in Literary Works --- Cockney in Plays and Musicals
・ The Linguistic Difference between Korean Language and English from Translation Perspective
・ Attempts to the Overcoming of Imperialism from the Point of View of Emoji and Pictogram Use
・ The Distribution of Celtic Elements of Place-Names in England
・ What's Business English? Consideration from Comparison of BtoB and BtoC and the ESP
・ Trump's Accommodation Affects Hispanics at the Television Debate
・ What are Some Meanings of "SHITHOLE" Donald Trump Said
・ A Comparison between President Obama's Speech and President Trump's Speech
・ Standardization of Written Language and Changes in Language Awareness: A Historical Comparison of English and Japanese
・ Looking Back on the Transition in English Textbooks with the Japanese History of English Education: Qualitative Analysis on English Textbooks
・ To Seek Principled Explanations: An Historical Study on Autonomous Linguistics
・ Influence of Language on Thought and its Cultural Differences
このように毎年度,堀田英語史ゼミでは,硬派な音韻や文法の問題から,英語諸変種の言語学的特徴や社会言語学的機能といったトピック,そしてアメリカ大統領の演説分析まで幅広い卒論研究が行なわれています.この多様さが嬉しいです.何でも必ず英語史の話題になります.
今年度も,大学の通年の英語史概説の講義が終了しました.昨年度と同様,受講生に感想や意見を募ってみましたので,以下に目にとまったコメントを抜き書きしておきます.様々な形で英語史を受け止めてもらえたようで,担当者としては嬉しい限りです(リップサービスも多々あると思うのですが,単純なので素直に受け取って喜んでいます).来年度の講義にも活かしていきたいと思います.
ちなみに,過年度のコメントについては「#3566. 2018年度,英語史の授業を通じて何を学びましたか?」 ([2019-01-31-1]),「#2470. 2015年度,英語史の授業を通じて何を学びましたか?」 ([2016-01-31-1]) をご参照ください.
・ 英語を「正しく」覚えられるかどうかで選別され,文字通り人生を左右されてきた私たちにとって,その歴史を学ぶことによって,英語の,あるいは言語そのものの本質的な無根拠さ(?)について理解することは,確実にひとつの解放になると思う.〔中略〕一見絶対的に見える所与の条件を疑うという知的態度は,母語である日本語について考える際にも当然不可欠であるだろうし,また言語以外の文化を歴史的なパースペクティブのなかで批判的に検討するときの足場にもなるはずである.
・ 「現代,地球語として覇権を握る英語というポジションは全く偶然による産物であり,その歴史的経緯に見かけ上の因果以外のものは存在しない」という視点が自分にとって最も重要だった.〔中略〕歴史を知り,英語を公正な立場で眺めることができれば,盲目的な英語崇拝といったところからは一歩引いて視野を広げられると思う.
・ 英語に内在するものだけが英語を国際語にしたのではないというあたり前のことを再確認させられた.
・ 「当たり前のをきまりとして終わらせる」のでなく,「当たり前であることの背景を知ることの豊かさ」のようなものを,大好きな英語について学べ,今後の将来へ活かせると実感出来たことが,私にとって最も価値のあるものであった.
・ 「当たり前」を「当たり前」とせず,それに疑問を抱き,ある意味クリティカルな姿勢で向き合うことの重要性を知れたことである.
・ 当たり前を当たり前に考えず,その理由を探してみようとする習慣を身につけたことである.
・ 中学生の頃から英語を学んできて謎に感じていたり,不自然さを覚えていた規則や不規則が,英語史を学ぶことでこんなにも明快に説明できると知り感動した.
・ 春の最初の授業で,先生が「英語史は,名前はかたくつまらなそうに聞こえるけど,実は英語と歴史を組み合わせた,超面白い分野なんだ」とおっしゃった意味がこれで分かりました.
・ 今まで受験などではあるイミで別教科だった「英語」と「歴史」がこの授業により結びついた.
・ 英語史とは外面上は歴史に過ぎないかもしれないが,内面は,初学時に感ずる,いや初学者のときにしか感じることのできない疑問をひもといてくれるものであった.自分の英語のこれまでの苦労を思い出させてくれると同時に,初学時に感じた疑問を歴史的に紐といてくれる授業は楽しかった
・ 英語史という面を通すことによって,今まで世界史の面でしかみてこなかった歴史上のできごとが,違った風に見えてきた.そのことによって物事を多面的に見ることの大切さを学ぶことができた.〔中略〕多くのものさしを持つことで,物事を多面的に見ることができ,そのためにはあらゆる分野のことを学び続けなければいけないと分かった.このことを大学2年生で知れたことは,価値のあることで,また,その価値を無駄にしないよう,あらゆる物事,人,文化などから学ぶ姿勢をとり続けたいと思った.
・ 例外にもそうなった経緯があること,今まであたり前に覚えさせられてきたことも当たり前ではなくてきちんと背景や歴史があることを学べたことで今まで何とも思っていなかった事柄にも,何層にもなった深みがあることに気付けた.英語だけでなくこれはあらゆることに共通している大切なことだと思うので,学生のうちに気が付けて良かった.
・ 文化→言語,歴史→言語の一方通行ではなく,堀田先生のような言語学者の方々が言語→文化,言語→歴史を明らかにしているから,私達は今色々なことを知ることが出来ると知れたことは私の学問に対して,言語学に関しての価値観が広がり,視野も広くなり,とても価値があることだと感じました.
・ 日本語で古典を勉強していた時も,新しい流行語を見るにつけてもその言葉の「変わりうる」という性質にかつてはわずらわしさを感じることもあったが,それが英語史を勉強した後の今となっては人間の営みらしさゆえのことであると思えるようになり,その変化が愛おしくすら感じるようになった.
・ 通年,英語史を学ばせていただいた後に,昨今のヒスパニック・アフリカ系移民による言語変化やSNSの登場による言語の「悪化」などと呼ばれている諸現象を見ると,英語の歴史において当然の事であり,そういった意味では大騒ぎするほどの大事件ではないと冷静に状況を観察している自分に気が付きます.
・ 学校での英語の授業では「こういうものです」と教えられがちな英語の実に様々なことについて疑問をもち,追求する姿勢が大切であると学んだ.
・ 現在考えられる疑問の原因を探ろうとする時,何か重要な法則や,決め手となる事柄があるだろうと思い,それによって解決できると考えてしまいがちであるが,そうでない時もあったり,または思いがけないほど小さな原因であったりするので,期待し過ぎたり,思い込みで解決した気,わかった気になってしまうのは,もったいない,馬鹿なこと,または無駄なことであると学ぶことができました.
・ 「英語の本質は,雑種性である」という先生の言葉です.おそらく,後期の初めの方に,先生がおっしゃったと思うのですが,非常に印象に残っています.確かにそうだと納得しました.この授業を受けていく中で,いままで,自分が英語に対して抱いていた,考え方だったり価値観というものが,良い意味で少しずつ壊されていきました.その上で,本質をもう一度考えるという体験をできたということが,最も価値のあるものだったと思っています.
・ 英語史を学んだことで,英語だけでなく日本語の歴史にも興味が沸き,増えたり減ったり,文字と音が離れたり,まるで生き物のように変化する言葉というものを,とても魅力的に感じました.
・ 全ての事柄について「なんとなく」で終わらせない先生の授業は,大変ためになりました.
・ 英語の歴史を知ることで英語を学ぶモチベーションが更に上がりました.
・ 先入観を持たずに,長い目でものごとを見ることって何事においても大切なのではないかなと言語,英語史を通じて学んだ.
いよいよ2019年も終わりですが,この時期は卒論を始めとする学位論文の提出期限の前後の時期でもあります.切羽詰まっている学生もいることと思いますが,論文の書式については時間を割いて揃えましょう.
英語学術論文の書式には様々な種類がありますが,本ブログの主題である英語史や,その隣接分野である文学などでよく用いられるものに Modern Language Association (MLA) による MLA Style があります.MLA Style にも版があり,現行版は2016年に改訂された第8版です.本ブログでも,各記事での引用や参考文献などは,原則として MLA Style に準拠しています(ただし,古い版に基づいており現行版とは多少異なっているのであしからず.本ブログ全体の参考文献リストもご参照ください).
MLA Style は正式には1冊の本として出版されていますが,オンラインのリソースも多々あるので,以下に参照に便利なリンクを張っておきます.
・ The MLA Style Center の参考文献表についてのクイック・ガイド
・ MLA Formatting and Style Guide --- Purdue Writing Lab
・ The Complete Guide to MLA & Citations
・ MLA Format: Everything You Need to Know Here
学術研究において参考文献リストの整理は重要です.本音として「面倒くさい」のも事実なのですが,実はそのような面倒くささを軽減してくれるのが書式でありマニュアルです.つまり,学術研究上の文房具の1つです.英語論文を執筆する(予定の)学生は,MLA Style でなくとも,いずれかの書式をしっかり身につけておきましょう.
この2日間の記事 ([2019-12-26-1], [2019-12-27-1]) で「歴史の if」について考えてみた.反実仮想に基づいた歴史の呼び方の1つとして alternative history があるが,この表現を聞いて思い出すのは,著名な社会言語学者たちによって書かれた英語史の本 Alternative Histories of English である.
この本は,実際のところ,反実仮想に基づいたフィクションの英語史書というわけではない.むしろ,事実の記述に基づいた堅実な英語史記述である.ただし,現在広く流通している,いわゆる標準英語のメイキングに注目する「正統派」の英語史に対して,各種の非標準英語,すなわち "Englishes" の歴史に光を当てるという趣旨での「もう1つの歴史」というわけである.
しかし,本書は(過去ではないが)未来に関するある空想に支えられているという点で,反実仮想と近接する部分が確かにある.このことは,2人の編者 Watts and Trudgill が執筆した "In the year 2525" と題する序論にて確認できる.以下に引用しよう.
If the whole point of a history of English were, as it sometimes appears, to glorify the achievement of (standard) English in the present, then what will speakers in the year 2525 have to say about our current textbooks? We would like to suggest that orthodox histories of English have presented a kind of tunnel vision version of how and why the language achieved its present form with no consideration of the rich diversity and variety of the language or any appreciation of what might happen in the future. Just as we look back at the multivariate nature of Old English, which also included a written, somewhat standardised form, so too might the observer 525 years hence look back and see twentieth century Standard English English as being a variety of peculiarly little importance, just as we can now see that the English of King Alfred was a standard form that was in no way the forerunner of what we choose to call Standard English today.
There is no reason why we should not, in writing histories of English, begin to take this perspective now rather than wait until 2525. Indeed, we argue that most histories of English have not added at all to the sum of our knowledge about the history of non-standard varieties of English --- i.e. the majority --- since the late Middle English period. It is one of our intentions that this book should help to begin to put that balance right. (1--2)
正統派に属する伝統的な英語史の偏狭な見方を批判した,傾聴に値する文章である."alternative history" は,この2日間で論じてきたように,原因探求に効果を発揮するだけでなく,広く流通している歴史(観)を相対化するという点でも重要な役割を果たしてくれるだろう.
本書の出版は2002年だが,それ以降,英語の非標準的な変種や側面に注目する視点は着実に育ってきている.関連して「#1991. 歴史語用論の発展の背景にある言語学の "paradigm shift"」 ([2014-10-09-1]) の記事も参照されたい.なお,このような視点を英語史に適用する試みは,いまだ多くないのが現状である.
・ Watts, Richard and Peter Trudgill, eds. Alternative Histories of English. Abingdon: Routledge, 2002.
昨日の記事 ([2019-12-26-1]) に引き続いての話題.赤上 (64) によれば,「もしもあの時――」という反実仮想の思考法は,英語では様々な呼び方があるという.'what if?' history, alternative history, counterfactual history, allohistory などである(一方 alternate history は一般的にはフィクションを指す).
「歴史の if」は学術的方法論としても提案されている.その分野の第一人者がイギリスの歴史学者 Niall Ferguson である.Ferguson は1997年の編著 Virtual History の序章において,次のように述べている(赤上,p. 165 の訳より).
われわれは,妥当性を持つと判断する「ありえたかもしれない歴史」を絞り込むことによって――つまり,「可能性 (chance)」という得体の知れないものを,蓋然性 (probabilities) の判断へと発想を転換させることによって――,「唯一の決定論的な過去」と「扱いづらいほどに無数に存在する反実仮想」という究極の選択を回避できる.つまり,反実仮想のシナリオは,単なるファンタジィではなく,シミュレーションでなければならない.複雑化する世界においてわれわれは,実際には起こらなかったが,起こってもおかしくなかった出来事の相対的確率を算出しようと試みる(「仮想歴史 (virtual history)」と命名した所以である).
「もうひとつの歴史」の相対的確率を算出するのに Ferguson の提案した手法が,「もしも○○がなかったら」 ('but for' questions) という問いかけである.これにより「もうひとつの歴史」の因果関係や論理的必然性が確保されているかを判断しようとした(赤上,p. 166).「もしも○○がなかったら」という問いは,あくまで手段であり目的ではないことに注意したい.目的は「もうひとつの歴史」の相対的確率を得ることである.
もちろんこの手法によって因果関係を探るにあたっては,難しい問題が立ちはだかる.1つには「説明すべき結果の範囲をどう設定するかによって,原因の重要度が変わってしまう」という問題がある(赤上,p. 28).2つめに「説明すべき結果の範囲が広くなるほど,学術的な根拠が乏しくなる」という問題がある(赤上,p. 29).端的にいえば「もしもあの時○○がなかったら,その翌日/1世紀後にはどんな世の中になっていただろうか」という問いに対して,翌日の場合か1世紀後の場合かで,○○の原因としての重要度も信用度も異なるにちがいない,ということだ
このような方法論上の問題にも注意しつつ,これからは授業などに「歴史の if」をもっと持ち込んでみようか,などと思案する年の瀬である.
・ 赤上 裕幸 『「もしもあの時」の社会学』 筑摩書房〈ちくま選書〉,2018年.
昨日の記事「#3894. 「英語復権にプラス・マイナスに貢献した要因」の議論がおもしろかった」 ([2019-12-25-1]) で,(英語の)歴史の理解を深めるのに「歴史の if」を議論することが有益であると指摘した.
従来,歴史学では「歴史の if」は禁物とされてきた.実際に起こったことを根拠として記述するというのが歴史学の大前提であり,妄想は控えなければならないというのが原則だからだ.「もしあのとき○○だったら今頃××になっていたかもしれない」などという「未練学派」 ('might-have-been' school of thought) に居場所はないという態度だ.
しかし,歴史学からも「歴史の if」の重要性を指摘する声が上がってきている.2018年に『「もしもあの時」の社会学』を著わした赤上 (27) は,序章「歴史に if は禁物と言われるけれど」のなかで,次のように述べている.
しばしば「歴史の if」は歴史の原因を探求する時に用いられる.歴史上の出来事は一度しか起こらないので,反実仮想は因果関係の推定を可能にしてくれる有効な方法なのだ.カーが『歴史とは何か』で指摘したように,「歴史の研究は原因の研究」であるならば,歴史家も無意識のうちに反実仮想の思考を行なっていることになる.たとえば,「Aが原因でBが起きた」と考える場合,それは「もしAが起こらなかったら,Bは起こらなかったであろう(あるいは,違った形で起こったであろう)」ということを意味する.そこでは「もしAが起こらなかったら,Bは起こったであろう」とか「Aが起こったのに,Bは起こらなかった」という状態は否定される.
厳密に言えば,原因の判定とは「必要原因(必要条件)」を明らかにし,その重要度を決めることだ.「必要原因」とは,それがなかったならば,ある特定の結果が起こりえなかった原因のことを指す.ある一つの原因に関し,ありえたかもしれない複数の結果と,実際に起こった結果を比べたときに,違いが大きければ大きいほど,その原因の重要度は高いと言える.このようにして,複数の原因を俎上に載せて検討することで,どれが「必要原因」かを特定できると考えられる.
さらに次のようにも主張している.
「歴史の if」というと,「クレオパトラの鼻」のような,風が吹けば桶屋が儲かる式の発想を思い浮かべる人が多いかもしれないが,それは誤解である.〔中略〕実際に起こった出来事の原因や因果関係を明らかにする作業は重要だが,それが全てではない.「歴史の if」に着目することは,当時の人々が想像した「未来」 (= imagined futures) にわれわれの関心を導くという点で重要なのだ.本書では,反実仮想の定義を,一般的に用いられているよりも少し広く捉え,歴史の当事者たちが思い描いた未来像,すなわち「歴史のなかの未来」を検討対象に加えることを提唱したい.こうした視点こそ,二〇世紀末から二一世紀にかけて登場してきた反実仮想研究が取り組もうとしている新機軸なのだ. (32--33)
史実以外にもありえた可能性に思いを巡らせる反実仮想は,想像力を触発して,歴史のなかの「敗者」を救済する唯一の方法である.歴史上には,偶然の要素によって結果が大きく左右された出来事,つまり,もう一度歴史をやり直すことができたとしたら結果が入れ替わってしまうような出来事も少なくない.当時の人々の期待や不安,満たされなかった願望,実現しなかった数々の計画なども,それらが後世に引き継がれていない場合は,歴史のなかの「敗者」と言えるだろう. (50)
「歴史の if」は,過去の出来事をアクチュアル化してとらえることを促してくれる.もっと重視してもよい視点だと思う.
・ 赤上 裕幸 『「もしもあの時」の社会学』 筑摩書房〈ちくま選書〉,2018年.
今学期の英語学演習の授業では,英語史の古典的名著の1つ Baugh and Cable を読みつつ,グループでの議論を繰り広げてきた.とりわけ議論として盛り上がって楽しかったのは,ノルマン征服によって地下に潜った英語が13世紀以降徐々に復権していく過程にあって,英語の復権に最も貢献したのは具体的にどの事件・出来事・潮流だったと考えるかというディスカッションである.
Baugh and Cable の6章 "The Reestablishment of English, 1200--1500" を読んでいたところで,以下の節のタイトルを「英語復権にプラス・マイナスに貢献した要因」として掲げ,みなで各要因の効き具合を議論した上で,最強の要因を決定するという趣旨だった.様々な意見が出て,なかなかおもしろかった.
94. The Loss of Normandy
95. Separation of the French and English Nobility
96. French Reinforcements
97. The Reaction against Foreigners and the Growth of National Feeling
98. French Cultural Ascendancy in Europe
100. Attempts to Arrest the Decline of French
101. Provincial Character of French in England
102. The Hundred Years' War
103. The Rise of the Middle Class
英語の復権にプラスに作用した要因としては 94, 95, 97, 101, 102, 103 が挙げられ,議論の対象となった.一方,英語の復権にマイナスに働いた要因(あるいは相対的にフランス語の威信の高揚に作用した要因)としては 96, 98, 100 が指摘された.「#3096. 中英語期,英語の復権は徐ろに」 ([2017-10-18-1]) でも取り上げたようにこの評価はもっともなのだが,そこに様々な意見が飛び交うのがおもしろい.
たとえば,「96. French Reinforcements」では,Henry III がフランス人とフランス語を重用し,相対的に英語を軽視したという記述がみられるが,「#2567. 13世紀のイングランド人と英語の結びつき」 ([2016-05-07-1]) でも述べたように,むしろその後の反動「98. French Cultural Ascendancy in Europe」を考えれば,英語復権のための呼び水になったともいえ,間接的には英語復権にとってプラスに作用したと穿った解釈をすることもできる.
また,2歩進んで1歩下がるかのような数世紀にわたる緩慢な英語復権の歩みに関して,一連の要因の皮切りである「94. The Loss of Normandy」が起こらなかったなら,そもそも英語の復権が緒に就くことはなかったという点で,これこそが最重要という見方が出た一方で,むしろ一連の要因の締めくくりである「102. The Hundred Years' War」が最重要という意見も飛び出した.さらに,地味ではあるが「103. The Rise of the Middle Class」が決定的ではないかという見解も出た.参加者それぞれが一家言もっているようで,実に実りある議論となった.
各要因の効き具合を検討するということは,その要因がなかったら英語の復権はならなかった(あるいは遅れた)のではないかという可能性を考察するということであり,すなわち「歴史の if」のシミュレーションでもある.しばしば妄想が入り込むにせよ,英語史においても「歴史の if」の思考実験は必要であると実感した.
「歴史の if」については「#3097. ヤツメウナギがいなかったら英語の復権は遅くなっていたか,早くなっていたか」 ([2017-10-19-1]),「#3108. ノルマン征服がなかったら,英語は・・・?」 ([2017-10-30-1]) の記事も参照.
・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.
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