hellog〜英語史ブログ

#5252. 絶対格的見方と能格的見方[ergative][case][voice][semantic_role][syntax][transitivity]

2023-09-13

 言語学には,絶対格性 (absolutive) と能格性 (ergativity) という,言語に表出する世界観の重要な違いがある.同じ過程 (process) であっても,各々の見方を通してみると,まったく異なる解釈がなされ,まったく異なる(統語)表現が現われてくる.
 トムが目を閉じるシーンを見たとしよう.これを「トムの目が閉じた」と描写するか,「トムは目を閉じた」と描写するかは視点の違いといわれる.日本語でも英語でも,統語的にはそれぞれを自動詞文,他動詞文と呼ぶことが多い.いずれの文でも過程 (Process) は「閉じる」で一致しているが,前者の文では主語(意味役割としては Agent)は「トムの目」,後者の文では「トム」となる.また,後者の文では「(トムの)目」という目的語 (Goal) が現われる.これが絶対格性の言語観である.
 ところが,能格性の言語観によると,いずれの文においても「閉じる」が過程 (Process) であることは異ならないが,「トムの目」が媒体 (Medium) として同じ意味役割を担っているものと解釈される.それは,いずれにせよ「閉じる」という過程が成立するためになければならない「媒体」だからだ.この言語観によれば,後者の文における「トム」は媒体を発動させる主体 (Agent) とみなされる.
 つまり,2つの文のペアについて,絶対格的見方と能格的見方があることになる.Halliday (341) より,いくつかの英語の短文を挙げつつ,2つの言語観を比較してみよう.

(a) transitive interpretation
the boatsailed vs. Marysailedthe boat
the clothtore vs. the nailtorethe cloth
Tom's eyesclosed vs. Tomclosedhis eyes
the ricecooked vs. Patcookedthe rice
my resolveweakened vs. the newsweakenedmy resolve
ActorProcess vs. ActorProcessGoal
(b) ergative interpretation
the boatsailed vs. Marysailedthe boat
the clothtore vs. the nailtorethe cloth
Tom's eyesclosed vs. Tomclosedhis eyes
the ricecooked vs. Patcookedthe rice
my resolveweakened vs. the newsweakenedmy resolve
MediumProcess vs. AgentProcessMedium


 能格については「#4314. 能格言語は言語の2割を占める」 ([2021-02-17-1]),「#4315. 能格言語の発想から英語をみる」 ([2021-02-18-1]) も参照.

 ・ Halliday, M. A. K. Halliday's Introduction to Functional Grammar. 4th ed. Rev. Christian M. I. M. Matthiessen. Abingdon: Routledge, 2004.

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