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semantic_change - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-12-23 11:02

2022-09-25 Sun

#4899. magazine は「火薬庫」だった! [etymology][arabic][french][false_friend][semantic_change][italian][spanish][portuguese][borrowing][loan_word]

 英仏語の "false friends" (= "faux amis") の典型例の1つに英語 magazine (雑誌)と仏語 magasin (店)がある.語形上明らかに関係しているように見えるのに意味がまるで違うので,両言語を学習していると面食らってしまうというケースだ(ただし,フランス語にも「雑誌」を意味する magazine という単語はある).
 OED により語源をたどってみよう.この単語はもとをたどるとアラビア語で「倉庫」を意味する mákhzan に行き着く.この複数形 makhāˊzin が,まずムーア人のイベリア半島侵入・占拠の結果,スペイン語やポルトガル語に入った.「倉庫」を意味するスペイン語 almacén,ポルトガル語 armazém は,語頭にアラビア語の定冠詞 al-, ar- が付いた形で借用されたものである.スペイン語での初出は1225年と早い.
 この単語が,通商ルートを経て,定冠詞部分が取り除かれた形で,1348年にイタリア語に magazzino として,1409年にフランス語に magasin として取り込まれた(1389年の maguesin もあり).そして,英語はフランス語を経由して16世紀後半に「倉庫」を意味するこの単語を受け取った.初出は1583年で,中東に出かけていたイギリス商人の手紙のなかで Magosine という綴字で現われている.

1583 J. Newbery Let. in Purchas Pilgrims (1625) II. 1643 That the Bashaw, neither any other Officer shall meddle with the goods, but that it may be kept in a Magosine.


 しかし,英語に入った早い段階から,ただの「倉庫」ではなく「武器の倉庫;火薬庫」などの軍事的意味が発達しており,さらに倉庫に格納される「貯蔵物」そのものをも意味するようになった.
 次の意味変化もじきに起こった.1639年に軍事関係書のタイトルとして,つまり「専門書」ほどの意味で "Animadversions of Warre; or, a Militarie Magazine of the trvest rvles..for the Managing of Warre." と用いられたのである.「軍事知識の倉庫」ほどのつもりなのだろう.
 そして,この約1世紀後,ついに私たちの知る「雑誌」の意味が初出する.1731年に雑誌のタイトルとして "The Gentleman's magazine; or, Trader's monthly intelligencer." が確認される.「雑誌」の意味の発達は英語独自のものであり,これがフランス語へ1650年に magasin として,1776年に magazine として取り込まれた.ちなみに,フランス語での「店」の意味はフランス語での独自の発達のようだ.
 英仏語の間を行ったり来たりして,さらに各言語で独自の意味変化を遂げるなどして,今ではややこしい状況になっている.しかし,「雑誌」にせよ「店」にせよ,軍事色の濃い,きな臭いところに端を発するとは,調べてみるまでまったく知らなかった.驚きである.

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2022-08-01 Mon

#4844. 未来表現の発生パターン [tense][future][grammaticalisation][auxiliary_verb][cognitive_linguistics][semantic_change]

 英語の典型的な未来表現では,will, shall, be going to のような(準)助動詞 (auxiliary_verb) を用いる.よく知られているように,これらの表現は元来は語彙的な意味をもっていたが,歴史を通じて「未来」を表わすようになってきた.つまり,典型的な文法化 (grammaticalisation) の産物である.
 will, shall の核心的な意味はそれぞれ「意志」「義務」であり,be going to のそれは「○○への移動」である.たまたま英語では「意志」「義務」「○○への移動」に由来する未来表現がそれぞれ発達してきたようにみえるが,世界の言語を見渡しても,この3種は典型的な未来表現の素なのである.Bybee (123) は,これを例証するために,様々な言語名を挙げている.系統的に関係のない諸言語の間で,同じ発達が確認されるというのがポイントである.

a. Volition futures: English, Inuit, Danish, Modern Greek, Romanian, Serbo-Croatian, Sogdian (East Iranian), Tok Pisin
b. Obligation futures: Basque, English, Danish, Western Romance languages
c. Movement futures: Abipon, Atchin, Bari, Cantonese, Cocama, Danish, English, Guaymí, Krongo, Mano, Margi, Maung, Mwera, Nung, Tem, Tojolabal, Tucano and Zuni; and French, Portuguese, and Spanish.


 さらに Bybee (123) は,この文法化の発達経路を次のように一般化している.

volition
obligation      > intention > future (prediction)
movement towards


 原義からひとっ飛びに「未来」が発達するわけではなく,「意図,目的」という中間段階が挟まれるという点が重要である.目的を示す to 不定詞もしばしば未来志向と言われるが,この発達経路が関係してくるだろう.
 英語の未来表現については「#2317. 英語における未来時制の発達」 ([2015-08-31-1]),「#2208. 英語の動詞に未来形の屈折がないのはなぜか?」 ([2015-05-14-1]),「#2209. 印欧祖語における動詞の未来屈折」 ([2015-05-15-1]) を含む future の各記事をどうぞ.

 ・ Bybee, Joan. Language Change. Cambridge: CUP, 2015.

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2022-07-19 Tue

#4831. 『英語史新聞』2022年7月号外 --- クイズの解答です [khelf][hel_education][hel_contents_50_2022][link][hel_herald][sobokunagimon][notice][prescriptive_grammar][prescriptivism][caxton][printing][semantic_change][loan_word][french][latin]

 7月11日に khelf(慶應英語史フォーラム)による『英語史新聞』第2号が発行されたことは,「#4824. 『英語史新聞』第2号」 ([2022-07-12-1]) でお知らせしました.第2号の4面に4問の英語史クイズが出題されていましたが,昨日,担当者が答え合わせと解説を2022年7月号外として一般公開しました.どうぞご覧ください.

『英語史新聞』2022年7月号外



 私自身も今回のクイズと関連する内容について記事や放送を公開してきましたので,以下にリンクを張っておきます.そちらも補足的にご参照ください.

[ Q1 で問われている規範文法の成立年代について ]

 ・ hellog 「#2583. Robert Lowth, Short Introduction to English Grammar」 ([2016-05-23-1])
 ・ hellog 「#2592. Lindley Murray, English Grammar」 ([2016-06-01-1])
 ・ hellog 「#4753. 「英文法」は250年ほど前に規範的に作り上げられた!」 ([2022-05-02-1])
 ・ YouTube 「英文法が苦手なみなさん!苦手にさせた犯人は18世紀の規範文法家たちです.【井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル # 19 】」
 ・ heldio 「18世紀半ばに英文法を作り上げた Robert Lowth とはいったい何者?」

[ Q2 で問われている活版印刷の始まった年代について ]

 ・ hellog 「#241. Caxton の英語印刷は1475年」 ([2009-12-24-1])
 ・ hellog 「#297. 印刷術の導入は英語の標準化を推進したか否か」 ([2010-02-18-1])
 ・ hellog 「#871. 印刷術の発明がすぐには綴字の固定化に結びつかなかった理由」 ([2011-09-15-1])
 ・ hellog 「#1312. 印刷術の発明がすぐには綴字の固定化に結びつかなかった理由 (2)」 ([2012-11-29-1])
 ・ hellog 「#1385. Caxton が綴字標準化に貢献しなかったと考えられる根拠」 ([2013-02-10-1])
 ・ hellog 「#3243. Caxton は綴字標準化にどのように貢献したか?」 ([2018-03-14-1])
 ・ hellog 「#3120. 貴族に英語の印刷物を売ることにした Caxton」 ([2017-11-11-1])
 ・ hellog 「#3121. 「印刷術の発明と英語」のまとめ」 ([2017-11-12-1])
 ・ hellog 「#337. egges or eyren」 ([2010-03-30-1])
 ・ hellog 「#4600. egges or eyren:なぜ奥さんは egges をフランス語と勘違いしたのでしょうか?」 ([2021-11-30-1])
 ・ heldio 「#183. egges/eyren:卵を巡るキャクストンの有名な逸話」

[ Q3 で問われている食事の名前について ]

 ・ 「英語史コンテンツ50」より「#23. 食事って一日何回?」
 ・ hellog 「#85. It's time for the meal --- timemeal の関係」 ([2009-07-21-1])
 ・ hellog 「#221. dinner も不定詞」 ([2009-12-04-1])

[ Q4 で問われている「動物」を意味する単語の変遷について ]

 ・ 「英語史コンテンツ50」より「#4. deer から意味変化へ,意味変化から英語史の世界へ!」
 ・ hellog 「#127. deer, beast, and animal」 ([2009-09-01-1])
 ・ hellog 「#128. deer の「動物」の意味はいつまで残っていたか」 ([2009-09-02-1])
 ・ hellog 「#1462. animal の初出年について」 ([2013-04-28-1])
 ・ heldio 「#117. 「動物」を意味した deer, beast, animal」

 今回の号外も含め『英語史新聞』第2号について,ご意見,ご感想,ご質問等がありましたら,khelf 公式ツイッターアカウント @khelf_keio よりお寄せください.アカウントのフォローもよろしくお願いします!

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2022-07-06 Wed

#4818. standard の意味変化 [terminology][oed][standardisation][semantic_change][prestige]

 昨日の記事「#4817. standard の語源」 ([2022-07-05-1]) に引き続き,OED より standard という語に注目する.今回は,英単語としての standard がたどった意味変化の軌跡をたどりたい.  *
 昨日見たように,standard が初期中英語に初出した際には「軍旗」を意味していた.この語義は現在でも残っている.その後,15世紀になると「度量衡の基本単位,原器」の語義(OED では A. III 系列の語義群)が発達した.アングロノルマン語やラテン語ですでに発達していた語義のようで,英語としてもこれを借りたということらしい.OED では,次のように説明がある.

The senses of branch A. III. originally arose in Britain. The first of these senses, denoting a legal weight or measure (see A. 15) is attested slightly earlier in Anglo-Norman and Latin than it is in English; compare (in this sense) post-classical Latin standardus (frequently from 13th cent. in British sources), Anglo-Norman estandard (a1280 as estaundart); this use may be a development of the sense 'military flag or banner' (see sense A. 1), with the royal standard taken as the symbol of royal authority, e.g. to impose the legal norms (compare also later sense A. 4).


 この引用の後半部分が示唆的である.「軍旗」と「原器」の共通点は「王権の象徴」であることだという.
 そして,いよいよ言語に関わる standard の語義,つまり「標準語」が登場するが,時期としては驚くほど遅く1904年が初出である.OED の語義23とその初例を引用する.

23. A language variety of a country or other linguistic area which is by convention generally considered the most correct and acceptable form, esp. for written use. Cf. sense B. 3d.
. . . .
   1904 Life 18 Feb. 167/1 Each one of these variations in tone and pronunciation is bound to give us some day a conglomerate which will not be pure in inflection or pronunciation unless we have a single, spoken standard, to which all who call themselves educated will seek to conform.


 ただし,上記は「標準語」を意味する名詞としての初例であり,言語を形容する形容詞「標準的な」の語義についていえば,B. 3d の語義として1世紀早く1806年に初出している.

d. Designating a language variety of a country or other linguistic area which is by convention generally considered the most correct and acceptable form (esp. for written use), as in Standard English, Standard American English, Modern Standard Arabic n., etc.
   A standard language variety is often associated with or prescribed in various ways by formal institutions, including government, language academies, and education and national media.

   1806 G. Chalmers in D. Lindsay Poet. Wks. I. 141 The Scottish dialect was formed, as the various dialects of England were formed, by retaining antiquated words and old orthography, while the standard English relinquished both, and adopted novelties.


 「軍旗」「原器」からの流れを考慮すると,言語に関する「標準(語)」の語義発達の背景には,「国王の権威に支えられた唯一の正しい規範」「国民が拠って従うべき決まり」といった基本義が括り出せそうである.もしこの意味変化のルートが正しいとすれば,言語についていわれる standard は,当初,単なる「標準」というよりも,トップダウン色の強い「規範」に近い語感を伴っていたのではないかと疑われる.否,当初ばかりでなく,現代でも状況によっては「規範」の匂いがプンプンしてくるのが standard の語感だろう.
 関連して,「#4777. 「標準」英語の意味の変遷 --- 「皆に通じる英語」から「えらい英語へ」」 ([2022-05-26-1]) も参照.

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2022-06-06 Mon

#4788. 英語の同音異義語および付加疑問の謎 [homonymy][polysemy][sound_change][semantic_change][lexicology][youtube][tag_question][pragmatics][voicy][homophony][homography][sobokunagimon]

 本日は直近の YouTube と Voicy で取り上げた話題をそれぞれ紹介します.

 (1) 昨日,YouTube の「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の第29弾が公開されました.「英語と日本語とでは同音異義語ができるカラクリがちがう!」です.



 英語にも日本語にも同音異義語 (homonymy) は多いですが,同音異義語が歴史的に生じてしまう経緯はおおよそ3パターンに分類される,という話題です.1つは,異なっていた語が音変化により発音上合一してしまったというパターン.もう1つは,同一語が意味変化により異なる語とみなされるようになったというパターン.さらにもう1つは,他言語から入ってきた借用語が既存の語と同形だったというパターンです.
 英語の同音異義語の例をもっと知りたいという方は「#2945. 間違えやすい同音異綴語のペア」 ([2017-05-20-1]),「#4533. OALD10 が注意を促している同音異綴語の一覧」 ([2021-09-24-1]) の記事がお薦めです.第2パターンの例として挙げた flowerflour については Voicy 「#2. flower (花)と flour (小麦粉)は同語源!」をお聴きください.
 また,対談内でも出てきた,故鈴木孝夫先生による「テレビ型言語」か「ラジオ型言語」かという著名な区別については「#1655. 耳で読むのか目で読むのか」 ([2013-11-07-1]),「#2919. 日本語の同音語の問題」 ([2017-04-24-1]),「#3023. ニホンかニッポンか」 ([2017-08-06-1]) でも触れています.
 今回の話題に関心をもたれた方は,本チャンネルへのチャンネル登録もよろしくお願いします.

 (2) 今朝,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」 にて,リスナーさんからいただいた付加疑問 (tag_question) に関する質問に回答してみました.「#371. なぜ付加疑問では肯定・否定がひっくり返るのですか? --- リスナーさんからの質問」です.なかなかの難問で,当面の不完全な回答しかできていませんが,ぜひお聴きください.



 どうやら主文の表わす命題の肯定・否定を巡る単純な論理の問題ではなく,話し手の命題に関する前提と,話し手が予想する聞き手の反応との組み合わせからなる複雑な語用論の問題となっているようです.あくまで前者がベースとなっていると考えられますが,歴史的にはそこから後者が派生してきたのではないかとみています.未解決ですので,今後も考え続けていきたいと思います.なお,放送で述べていませんでしたが,今回参考にしたのは主に Quirk et al. です.
 上記の Voicy 放送はウェブ上でも聴取できますが,以下からダウンロードできるアプリ(無料)を使うとより快適に聴取できます.Voicy チャンネル「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」のフォローも合わせてよろしくお願いいたします! また,放送へのコメントや質問もお寄せください.

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 新しい一週間の始まりです.今週も楽しい英語史ライフを!

 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.

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2022-03-30 Wed

#4720. butcher の意味変化 --- 「雄ヤギ殺し」→「肉屋」→「虐殺者」 [semantic_change]

 3月26日,アメリカのバイデン大統領がロシアのプーチン大統領を butcher と表現し,波紋を呼んでいる.OALD8 によると butcher には3つの語義がある.

1 a person whose job is cutting up and selling meat in a shop/store or killing animals for this purpose
2 butcher's (plural butchers) a shop/store that sells meat
3 a person who kills people in a cruel and violent way


 バイデンが用いた語義は第3のもの,和訳すれば「虐殺者」である(cf. 往年の悪役レスラー,アブドーラ・ザ・ブッチャー).
 この butcher は語の意味変化 (semantic_change) の典型例を提供してくれている.「#473. 意味変化の典型的なパターン」 ([2010-08-13-1]) や「#2102. 英語史における意味の拡大と縮小の例」 ([2015-01-28-1]) でも示した通り,原義は「雄ヤギ殺し」である.そこから,雄ヤギに限らず食肉を売る業者,すなわち「肉屋」を指すように一般化したという.さらに,殺す対象が人間にまで及び「虐殺者」となった.
 語幹部分は buck 「雄鹿」と同根である.印欧祖語に遡る古い語幹だが,ゲルマン語を通じて古英語では「雄鹿」の意味のほかに「雄ヤギ」の意味でも用いられた.この語幹はフランス語にも入り,そこではもっぱら「雄ヤギ」の意味で用いられた.
 古フランス語の諸方言では,これに動作主語尾をつけた bucher, bouchier などが文証され,これらももともとは原義に忠実な「雄ヤギ殺し」の意味だったと思われるが,12世紀末以降は一般化した「肉屋;屠殺業者」の意味で用いられるようになった.この意味の段階で13世紀末頃,bocher の形で英語に借用されてきた.
 英語では,さらに意味が一般化して「人の虐殺者」となったが,その初例は MEDbocher n. の語義3 "One who slaughters human beings" の下にある次のものである.

c1450(c1350) Alex.& D.(Bod 264) 750: But bochours ben 綻ei [your gods] echon, ȝour body to dismembre.


 butcher については,意味変化とは異なる観点から「#754. 産婆と助産師」 ([2011-05-21-1]) や「#4033. 3重字 <tch> の分布と歴史」 ([2020-05-12-1]) でも触れている.

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2022-03-25 Fri

#4715. 否定的な感情を表わす形容詞・副詞は強調語になりやすい [mond][sobokunagimon][intensifier][adjective][adverb][semantics][semantic_change][link]

 今日はクロスポスト的な記事で新味がなくてすみません.それでも意味変化 (semantic_change) の観点から大事な話題なので,こちらでも取り上げる次第です.
 この2ヶ月ほど「Mond」という質問サイトにて,英語史に関連のある質問に回答するということを行なってきました.最近の質問として,次の興味深い問いが寄せられてきました.

凄い(すごい)という言葉には
 ・ぞっとするほど恐ろしい
 ・並外れている.たいそうな.
という2つの意味がありますが,後者の意味で主に用いられている印象です.英語や他の言語にも失われつつある意味を持つ単語はあるのでしょうか?


 これは,まさに古今東西の言語に普遍的な意味変化のパターンに関する質問です.強意語 (intensifier) は,使われすぎると強意がすり減って逓減していくものなので,新たに強意を表わす表現が常に求められるのです.新たな強意語のソースは,いろいろとあるのですが,その典型の1つが「否定的な感情語」です.怖い,おぞましい,痛い,苦しい,というホラー用語は,どうしても強調語になりやすいのですね.それは,なぜか? 10秒ほど考えれば分かると思います.あの負の感情が10秒続いたら,ちょっと参りますよね・・・
 上記の質問を受けて,こんな感じで回答しました.

 とても身近でおもしろい指摘,ありがとうございます.「すごい」に2つの意味があるというのは,それぞれの用例をみれば明らかですね.例えば「すごい目つき」といえば「恐ろしい」の意味だとわかりますし,「すごい美人」といえば「並外れた」の意味だとわかります.この2つの意味をざっくり区別するならば,「恐ろしい」は感情の種類・質に関する意味で,「並外れた」は物事の程度・量に関する意味ということになります.歴史的には前者から後者が派生しているので,質から量への意味変化と言っておいてよいかと思います.
 この「質から量への意味変化」というのは,かなり普遍的なようです.とりわけ「恐ろしい」「痛い」「ひどい」といった否定的な感情・知覚を表わす形容詞・副詞は,しばしば感情の質そのものよりも,その感情の程度の甚だしさが注目され,結果として単なる強調表現になり下がるということが,よくあるパターンのようです.
 日本語の「恐ろしく優しい」「痛く感心した」「ひどく喜んだ」のような例から分かる通り,文字通りの否定的な質の意味で解釈すると,むしろ矛盾するような表現もありますね.すでに量の意味になり下がっているということだと思います.
 英語からも類例がいくらでも挙がります.terrible/terribly の語幹は terror 「恐怖」と同一ですが,本来の「恐ろしい/恐ろしく」の意味で使われることは少ないです (ex. a terrible weapon 「恐ろしい武器」) .むしろ,程度の激しいことを示すだけの強調語として in a terrible hurry 「非常に急いで」のように使うことのほうが多いです.質から量への意味変化が生じたもう1つの例ですね.
 ほかには amazingly, awfully, desperately, dreadfully, horribly, marvellously, sorelyなど感情に起因する副詞は,強調語になり下がる例が多いようです.
 おっしゃるとおり,これらの語では,本来の質的な意味は希薄になってしまい,ほとんどの場合,量的な意味で強調語として用いられるに至ったのだと思います.
 いずれの言語でも,並行的な現象が見られるというのは,たいへん面白いですね.ありがとうございました.
 関連して,英語に関する話題ではありますが,筆者によるこちらの記事をご覧ください.


 鋭い質問は学びの基本だと思います.よく答えるよりもよく問うほうが圧倒的に難しいです.もう1週間で新年度が始まりますが,とりわけ新大学生は大学生活のなかで「問う方法」こそを習得してください!
 強意語に関しては,以下の記事や intensifier もご参照ください.

 ・ 「#992. 強意語と「限界効用逓減の法則」」 ([2012-01-14-1])
 ・ 「#1220. 初期近代英語における強意副詞の拡大」 ([2012-08-29-1])
 ・ 「#1219. 強意語はなぜ種類が豊富か」 ([2012-08-28-1])
 ・ 「#2190. 原義の弱まった強意語」 ([2015-04-26-1])
 ・ 「#4236. intensifier の分類」 ([2020-12-01-1])

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2021-12-31 Fri

#4631. Oxford Bibliographies による意味・語用変化研究の概要 [hel_education][history_of_linguistics][bibliography][semantic_change][semantics][pragmatics][oxford_bibliographies][onomasiology]

 分野別に整理された書誌を専門家が定期的にアップデートしつつ紹介してくれる Oxford Bibliographies より,"Semantic-Pragmatic Change" の項目を参照した(すべてを読むにはサブスクライブが必要).この分野の重鎮といえる Elizabeth Closs Traugott による選で,最新の更新は2020年12月8日となっている.副題に "Your Best Research Starts Here" とあり入門的書誌を予想するかもしれないが,実際には専門的な図書や論文も多く含まれている.  *
 今回はそのイントロを引用し,この分野の研究のあらましを紹介するにとどめる.

Semantic change is the subfield of historical linguistics that investigates changes in sense. In 1892, the German philosopher Gottlob Frege argued that, although they refer to the same person, Jocasta and Oedipus's mother, are not equivalent because they cannot be substituted for each other in some contexts; they have different "senses" or "values." In contemporary linguistics, most researchers agree that words do not "have" meanings. Rather, words are assigned meanings by speakers and hearers in the context of use. These contexts of use are pragmatic. Therefore, semantic change cannot be understood without reference to pragmatics. It is usually assumed that language-internal pragmatic processes are universal and do not themselves change. What changes is the extent to which the processes are activated at different times, in different contexts, in different communities, and to which they shape semantic and grammatical change. Many linguists distinguish semantic change from change in "lexis" (vocabulary development, often in cultural contexts), although there is inevitably some overlap between the two. Semantic changes occur when speakers attribute new meanings to extant expressions. Changes in lexis occur when speakers add new words to the inventory, e.g., by coinage ("affluenza," a blend of affluent and influenza), or borrowing ("sushi"). Linguists also distinguish organizing principles in research. Starting with the form of a word or phrase and charting changes in the meanings of that the word or phrase is known as ???semasiology???; this is the organizing principle for most historical dictionaries. Starting with a concept and investigating which different expressions can express it is known as "onomasiology"; this is the organizing principle for thesauruses.


 意味・語用変化の私家版の書誌としては,3ヶ月ほど前に「#4544. 英単語の意味変化と意味論を研究しようと思った際の取っ掛かり書誌(改訂版)」 ([2021-10-05-1]) を挙げたので,そちらも参照されたい.
 皆様,今年も「hellog?英語史ブログ」のお付き合い,ありがとうございました.よいお年をお迎えください.

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2021-10-28 Thu

#4567. 法助動詞の根源的意味と認識的意味が同居している理由 [auxiliary_verb][modality][cognitive_linguistics][semantic_change][conceptual_metaphor][metaphor]

 「#4564. 法助動詞の根源的意味と認識的意味」 ([2021-10-25-1]) に引き続き,法助動詞の2つの用法について.may を例に取ると,「?してもよい」という許可を表わす根源的意味と,「?かもしれない」という可能性を表わす認識的意味がある.この2つの意味はなぜ同居しているのだろうか.
 この問題については英語学でも様々な分析や提案がなされてきたが,Sweetser の認知意味論に基づく解説が注目される.それによると,may の根源的意味は「社会物理世界において潜在的な障害がない」ということである.例えば John may go. 「ジョンはいってもよい」は,根源的に「ジョンが行くことを阻む潜在的な障害がない」を意味する.状況が異なれば障害が生じてくるかもしれないが,現状ではそのような障害がない,ということだ.
 一方,may の認識的意味は「認識世界において潜在的な障害がない」ということである.例えば,John may be there. 「ジョンはそこにいるかもしれない」は,認識的な観点から「ジョンがそこにいるという推論を阻む潜在的な障害がない」を意味する.現在の手持ちの前提知識に基づけば,そのように推論することができる,ということだ.
 つまり,社会物理世界における「潜在的な障害がない」が,認識世界の推論における「潜在的な障害がない」にマッピングされているというのだ.両者は,以下のような同一のイメージ・スキーマに基づいて解釈することができる.今のところ潜在的な障害がなく左から右に通り抜けられるというイメージだ.

              ┌───┐
              │■■■│
              │■■■│
              ├───┤
              │///│
              │///│
      ●─→………………………→
              │///│
              └───┘

 Sweetser (60) はこのイメージ・スキーマの構造について,次のように説明する.

1. In both the sociophysical and the epistemic worlds, nothing prevents the occurrence of whatever is modally marked with may; the chain of events is not obstructed.
2. In both the sociophysical and the epistemic worlds, there is some background understanding that if things were different, something could obstruct the chain of events. For example, permission or other sociophysical conditions could change; and added premises might make the reasoner reach a different conclusion.


 この分析は mustcan など,根源的意味と認識的意味をもつ他の法助動詞にも適用できる.must についての Sweetser (64) の解説により,理解を補完されたい.

. . . I propose that the root-modal meanings can be extended metaphorically from the "real" (sociophysical) world to the epistemic world. In the real world, the must in a sentence such as "John must go to all the department parties" is taken as indicating a real-world force imposed by the speaker (and/or by some other agent) which compels the subject of the sentence (or someone else) to do the action (or bring about its doing) expressed in the sentence. In the epistemic world the same sentence could be read as meaning "I must conclude that it is John's habit to go to the department parties (because I see his name on the sign-up sheet every time, and he's always out on those nights)." Here must is taken as indicating an epistemic force applied by some body of premises (the only thing that can apply epistemic force), which compels the speaker (or people in general) to reach the conclusion embodied in the sentence. This epistemic force is the counterpart, in the epistemic domain, of a forceful obligation in the sociophysical domain. The polysemy between root and epistemic senses is thus seen (as suggested above) as the conventionalization, for this group of lexical items, of a a metaphorical mapping between domains.


 ・ Sweetser, E. From Etymology to Pragmatics. Cambridge: CUP, 1990.

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2021-10-25 Mon

#4564. 法助動詞の根源的意味と認識的意味 [auxiliary_verb][modality][cognitive_linguistics][semantic_change][unidirectionality][conceptual_metaphor][metaphor]

 must, may, can などの法助動詞 (auxiliary_verb) には,根源的意味 (root sense) と認識的意味 (epistemic sense) があるといわれる.通時的にも認知的にも前者から後者が派生されるのが常であることから,前者が根源的 (root) と称されるが,機能に注目すれば義務的意味 (deontic sense) を担っているといってよい.
 must を例に取れば,例文 (1) の「?しなければならない」が根源的(あるいは義務的)意味であり,例文 (2) の「?にちがいない」が認識的意味ということになる (Sweetser 49) .

(1) John must be home by ten; Mother won't let him stay out any later.
(2) John must be home already; I see his coat.


 一般的にいえば,根源的意味は現実世界の義務,許可,能力を表わし,認識的意味は推論における必然性,蓋然性,可能性を表わす.Sweetser (51) の別の用語でいえば,それぞれ "sociophysical domain" と "epistemic domain" に関係する.一見して関係しているとは思えない2つの領域・世界への言及が,同一の法助動詞によってなされているのは興味深い.
 実際,英語に限らず多くの言語において,根源的意味と認識的意味の両方をもつ語が観察される.印欧語族はもちろん,セム,フィリピン,ドラヴィダ,マヤ,フィン・ウゴールの諸語でも似た現象が確認される.しかも,歴史的に前者から後者が派生されるという一方向性 (unidirectionality) の強い傾向がみられる(cf. 「#1980. 主観化」 ([2014-09-28-1])) .
 とすると,これは偶然ではなく,何らかの動機づけがあるということになろう.認知言語学では,"sociophysical domain" と "epistemic domain" の間のメタファーとして説明しようとする.現実世界の因果関係を認識世界の因果関係にマッピングした結果,根源的意味から認識的意味が派生するのだ,という説明である.

 ・ Sweetser, E. From Etymology to Pragmatics. Cambridge: CUP, 1990.

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2021-10-20 Wed

#4559. 中英語の flouren cakes は(多分あまり甘くない)小麦パン [suffix][adjective][semantic_change][me_text]

 今期の大学院の授業では Bennett and Smithers 版の The Land of Cokaygne を読んでいる.14世紀の写本に残る中英語テキストで,パラダイスの情景を描くパロディ作品である.パラダイスなので,いろいろとおもしろい描写があるのだが,建物が食べ物でできているというくだりがある.現代では童話などにもお菓子の家というモチーフがあり,いかにも甘そうなのだが,少なくとも中世イングランドでは甘いお菓子というわけではなさそうで,描写を眺める限り,肉や魚のパイだとか腸詰めだとか,どちらかというと塩気のある食べ物からなる建物の描写が目立つ.好みはあるだろうが,酒飲みには,こちらのほうがツマミとしておいしそうに読める.
 その57行目に Fluren cakes beþ þe schingles alle と見える.「屋根板はすべて小麦粉の cakes である」という文だが,ここで2点指摘したい(以下,大学院生の講読担当者の解釈にも負っている).まず,ここでは cakes とあるが現代的な甘い「ケーキ」というよりは,それほど甘くもないかもしれない普通の「パン」を意味するように思われる.MEDcāke n. によると,第1語義は "A flat cake or loaf; also, an unbaked cake or loaf" とある.甘くないとも明記されてはいないが,現代人が期待する甘さではないだろうというのが私の見立てである.
 次に Fluren に注目するが,これは小麦粉を意味する flour の形容詞形である.現代英語では *flouren は廃語となっており,普通は flouryfloured が用いられる.英語史を通じても,名詞に対して -en 語尾を取るこの形容詞は稀のようで,MED でも OED でも,このテキストのこの箇所が唯一例となっている.MEDflouren adj. より,以下の通り.

?c1335(a1300) Cokaygne (Hrl 913)57 : Fluren cakes beþ þe scingles alle.


 この -en 語尾とはいったい何か.これは「#1471. golden を生み出した音韻・形態変化」 ([2013-05-07-1]) で解説したように,素材や材質を表わす形容詞を作る接尾辞 (suffix) -en である.印欧語族の接尾辞のなかでも相当に古いものようで,ラテン語 -īnus,ギリシア語 -inos,サンスクリット語 -īna などにも同根辞を探り当てることができる.英語でも中英語期まではそこそこ生産的な接尾辞だったようだが,近代英語期以降は名詞がそのまま形容詞的に用いられるようになるという革新があり,-en による形容詞の語形成は衰退した.現在でも使われるものとして earthen, golden, wheaten, wooden, woolen などが挙げられるが,今回の *flouren は上記の例が唯一例のようで,しかも現代まで生き残っていない.
 小麦粉のパンの屋根板であれば十分においしそうではあるが,甘さはさほど期待しないほうがよいのかなと思いつつ,当該の行を十分に賞味した.

 ・ Bennett, J. A. W. and G. V. Smithers, eds. Early Middle English Verse and Prose. 2nd ed. Oxford: OUP, 1968.

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2021-10-09 Sat

#4548. 比喩と意味借用の関係 [metaphor][semantic_borrowing][semiotics][semantic_change][semantics][polysemy]

 語の意味変化に関して Williams を読んでいて,なるほどと思ったことがある.これまであまり結びつけてきたこともなかった2つの概念の関係について考えさせられたのである.比喩 (metaphor) と意味借用 (semantic_borrowing) が,ある点において反対ではあるが,ある点において共通しているというおもしろい関係にあるということだ.
 比喩というのは,既存の語の意味を,何らかの意味的な接点を足がかりにして,別の領域 (domain) に持ち込んで応用する過程である.一方,意味借用というのは,既存の語の形式に注目し,他言語でそれと類似した形式の語がある場合に,その他言語での語の意味を取り込む過程である.
 だいぶん異なる過程のように思われるが,共通点がある.記号論的にいえば,いずれも既存の記号の能記 (signifiant) はそのままに,所記 (signifié) を応用的に拡張する作用といえるのである.結果として,旧義と新義が落ち着いて共存することもあれば,新義が旧義を追い出すこともあるが,およその傾向はありそうだ.比喩の場合にはたいてい旧義も保持されて多義 (polysemy) に帰結するだろう.一方,意味借用の場合にはたいてい旧義はいずれ破棄されて,結果として語義置換 (semantic replacement) が生じたことになるだろう.
 動機づけについていえば,比喩は主にオリジナリティあふれる意味上の関連づけに依存しているが,意味借用はたまたま他言語で似た形式だったことによる関連づけであり,オリジナリティの点では劣る.
 上記のインスピレーションを得ることになった Williams (193) の文章を引用しておきたい.

Semantic Replacement
   In our linguistic history, there have been cases in which the reverse of metaphor occurred. Instead of borrowing a foreign word for a new semantic space, late OE speakers transferred certain Danish meanings to English words which phonologically resembled the Danish words and shared some semantic space with them. The native English word dream, meaning to make a joyful noise, for example, was probably close enough to the Scandinavian word draumr, or sleep vision, to take on the Danish meaning, driving out the English meaning. The same may have happened with the words bread (originally meaning fragment); and dwell (OE meaning: to hinder or lead astray).


 引用中で話題となっている意味借用の伝統的な例としての dream, bread, dwell については「#2149. 意味借用」 ([2015-03-16-1]) を参照.とりわけ bread については「#2692. 古ノルド語借用語に関する Gersum Project」 ([2016-09-09-1]) を参照されたい.

 ・ Williams, Joseph M. Origins of the English Language: A Social and Linguistic History. New York: Free P, 1975.

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2021-10-08 Fri

#4547. clang association [semantic_change][synonym][psycholinguistics][terminology][etymology][semiotics][pun][clang_association]

 英語史の古典的著書といってよい Algeo and Pyles を読んでいて,語の意味変化 (semantic_change) の話題と関連して clang association という用語を知った.もともとは心理学の用語のようだが「類音連想(連合),音連合」と訳され,例えば clingring のように押韻するなど発音が似ている語どうしに作用する意味的な連想のことをいうようだ.いくつかの英語学用語辞典を引いても載っていなかったので,これを取り上げている Algeo and Pyles (233--34) より引用するほかない.

   Sound Associations
   Similarity or identity of sound may likewise influence meaning. Fay, from the Old French fae 'fairy' has influenced fey, from Old English fǣge 'fated, doomed to die' to such an extent that fey is practically always used nowadays in the sense 'spritely, fairylike.' The two words are pronounced alike, and there is an association of meaning at one small point: fairies are mysterious; so is being fated to die, even though we all are so fated. There are many other instances of such confusion through clang association (that is, association by sound rather than meaning). For example, in conservative use fulsome means 'offensively insincere' as in "fulsome praise," but it is often used in the sense 'extensive' because of the clang with full. Similarly, fruition is from Latin frui 'to enjoy' by way of Old French, and the term originally meant 'enjoyment' but now usually means 'state of bearing fruit, completion'; and fortuitous earlier meant 'occurring by chance' but now is generally used as a synonym for fortunate because of its similarity to that word.


 発音が近い単語どうしが,意味の点でも影響し合うというのは,記号論的にはもっともなことだろう.当然視しており深く考えることもなかったが,記号間の連携というのは,高度に記号を操ることのできるヒトならでは芸当である.ダジャレや,それに立脚するオヤジギャグを侮ることなかれ.立派な clang association なのだから.

 ・ Algeo, John, and Thomas Pyles. The Origins and Development of the English Language. 5th ed. Boston: Thomson Wadsworth, 2005.

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2021-10-05 Tue

#4544. 英単語の意味変化と意味論を研究しようと思った際の取っ掛かり書誌(改訂版) [semantic_change][semantics][bibliography][lexicology][htoed]

 今年の初めに「#4289. 英単語の意味変化と意味論を研究しようと思った際の取っ掛かり書誌」 ([2021-01-23-1]) という記事をポストしました.今週から本格的に動き出した今年度後期は,英語史関連のいくつかの授業で「英単語の意味変化」を主たるテーマとして掲げることにしています.そこで取っ掛かり書誌の改訂版を作成しました.いくつかの文献を新たに加え,一言コメントも付しました.種別ごとに,お勧め順で並べてみました.本ブログから semantic_changesemantics もどうぞ.今後も随時この書誌に追加していきたいと思っています.

[ 通時的な関心のために --- 英単語の意味変化についてのお薦め書誌 ]

 ・ 寺澤 盾 「第7章 意味の変化」『英語の意味』 池上 嘉彦(編),大修館,1996年.113--34頁.(まずはこちらから,という手始めの1章です)
 ・ 寺澤 盾 『英単語の世界 --- 多義語と意味変化から見る』 中央公論新社〈中公新書〉,2016年.(まずはこちらから,という手始めの1冊です)
 ・ 堀田 隆一 「第8章 意味変化・語用論の変化」『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 服部 義弘・児馬 修(編),朝倉書店,2018年.151--69頁.(cf. 「#3283. 『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]が出版されました」 ([2018-04-23-1]))
 ・ 松浪 有(編),小川 浩・小倉 美知子・児馬 修・浦田 和幸・本名 信行(著) 『英語の歴史』 大修館書店,1995年.(pp. 98--107 にコンパクトが意味変化概論があります)
 ・ 松浪 有・池上 嘉彦・今井 邦彦(編) 『大修館英語学事典』 大修館書店,1983年.(英語学事典より pp. 765--80 が意味変化の概論となっています)

 ・ Williams, Joseph M. Origins of the English Language: A Social and Linguistic History. New York: Free P, 1975. (pp. 153--93 が意味変化論として非常によく書けています)
 ・ Algeo, John, and Thomas Pyles. "Words and Meanings." Chapter 10 of The Origins and Development of the English Language. 5th ed. Boston: Thomson Wadsworth, 2005. 227--44.(よく読まれている英語史概説書の1章より,よく書けた意味変化の概論です)
 ・ Bloomfield, Leonard. "Semantic Change." Chapter 24 of Language. 1933. Chicago and London: U of Chicago P, 1984. 425--43.(言語学の古典的名著の1章で,読み応えがあります)

 ・ Waldron, R. A. Sense and Sense Development. New York: OUP, 1967.(意味変化の本格的な研究書でよくまとまっています)
 ・ Stern, Gustaf. Meaning and Change of Meaning. Bloomington: Indiana UP, 1931.(意味変化の古典的研究書で,高度に専門的です)
 ・ Ullmann, Stephen. The Principles of Semantics. 2nd ed. Glasgow: Jackson, 1957.(同じく意味(変化)論の古典的名著で,専門的です)
 ・ Meillet, Antoine. "Comment les mots changent de sens." Année sociologique 9 (1906). 1921 ed. Rpt. Dodo P, 2009.(フランスの著名な言語学者による語の意味変化の古典的論考です)

 ・ Room, Adrian, ed. NTC's Dictionary of Changes in Meanings. Lincolnwood: NTC, 1991.(これを手元においておくと便利です.cf. 「#4243. 英単語の意味変化の辞典 --- NTC's Dictionary of Changes in Meanings」 ([2020-12-08-1]))
 ・ Cruse, Alan. A Glossary of Semantics and Pragmatics. Edinburgh: Edinburgh UP, 2006.(意味論・語用論のハンディな用語辞典です)

 ・ Kastovsky, Dieter. "Semantics and Vocabulary." The Beginnings to 1066. Vol. 1 of The Cambridge History of the English Language. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 290--408.(これと下の2件は,権威ある英語史シリーズの各時代における語彙と意味変化の専門的な議論です)
 ・ Burnley, David. "Lexis and Semantics." 1066--1476. Vol. 2 of The Cambridge History of the English Language. Ed. Roger Lass. Cambridge: CUP, 1999. 409--99.
 ・ Nevalainen, Terttu. "Early Modern English Lexis and Semantics." 1476--1776. Vol. 3 of The Cambridge History of the English Language. Ed. Roger Lass. Cambridge: CUP, 1999. 332--458.(とりわけ pp. 433--54 は意味変化の概論ともなっています)

 ・ Kay, Christian and Kathryn Allan. English Historical Semantics. Edinburgh: Edinburgh UP, 2015.(英語の史的意味論の一冊本としては今のところ唯一のもの.HTOED への導入書でもあります.cf. 「#3159. HTOED」 ([2017-12-20-1]))

 ・ Hughes, G. A History of English Words. Oxford: Blackwell, 2000.(意味変化というよりも語彙変化がメインですが,随所に関連する話題があります.読み物としてもおもしろいです.)
 ・ Hughes, G. Words in Time. Oxford: Blackwell, 1988.(上と同じ著者による史的語彙論です)
 ・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.(史的語彙論,とりわけ借用語の史的語彙論ですが,意味変化の隣接分野でもあります)

 ・ 山中 桂一,原口 庄輔,今西 典子 (編) 『意味論』 研究社英語学文献解題 第7巻.研究社.2005年.(意味変化も含めた専門的な解題書誌です)

 ・ Coleman, Julie. "Using Dictionaries and Thesauruses as Evidence." Chapter 7 of The Oxford Handbook of the History of English. Ed. Terttu Nevalainen and Elizabeth Closs Traugott. New York: OUP, 2012. (歴史辞書を用いた言語変化・意味変化の研究についてのメタな方法論が論じられています.斜めからの視点ですが,かなり貴重です.)

[ 共時的な関心のために --- 意味とは何かを学ぶためのお薦め書誌 ]

 ・ 中野 弘三(編)『意味論』 朝倉書店,2012年.(意味論入門としては,この本から)
 ・ ピエール・ギロー 著,佐藤 信夫 訳 『意味論』 白水社〈文庫クセジュ〉,1990年.(文体論を専門とする著者による意味論概説です)
 ・ イレーヌ・タンバ 著,大島 弘子 訳 『[新版]意味論』 白水社〈文庫クセジュ〉,2013年.(かなり歯ごたえのある本です)

 ・ Hofmann, Th. R. Realms of Meaning. Harlow: Longman, 1993.(英語の読みやすい意味論入門書としてお勧めです)
 ・ Ogden, C. K. and I. A. Richards. The Meaning of Meaning. 1923. San Diego, New York, and London: Harcourt Brace Jovanovich, 1989.(意味論の古典的名著です)
 ・ Saeed, John I. Semantics. 3rd ed. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2009.(比較的新しい意味論の概説書です)

Referrer (Inside): [2021-12-31-1]

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2021-10-04 Mon

#4543. subreption [semantic_change][semantics][terminology]

 語の意味変化の典型的なパターンとして,ある語の意味が技術や文化の発展に伴って変化するというもの例がある.例えば,英語 ship は古英語からある古株の単語だが,当時のへっぽこな船と,中世の帆船と,近代の蒸気船と,現代のコンピュータ搭載の最新鋭の船とでは,指示対象の姿形や性能が大きく異なるにもかかわらず,「水に浮かぶ移動手段」という基本機能の点で同一であるために,同じ ship という名で呼ばれている.ship の意味が変化したといえるのかどうかは微妙だが,指示対象が相当に変化してきたということは認めざるを得ないだろう.この手のタイプは,語の意味変化の議論において,しばしば最初に挙げられるタイプの事例である (cf. 「#1873. Stern による意味変化の7分類」 ([2014-06-13-1]),「#1953. Stern による意味変化の7分類 (2)」 ([2014-09-01-1])).
 Stern はこの種の意味変化を "substitution" と呼んでいる.一方,今回調べるなかで初めて知ったのだが,Pearce (183--84) によると,"subreption" という術語も用意されているようだ.

Subreption A process of semantic change in which objects, entities, social roles, concepts, institutions and so on change over time, but the words for them remain the same. Take, for example, the phrase 'the driver of the car looked at the dashboard'. The emphasized words have their English origins at a time when all wheeled vehicles were powered by horses: the original meaning of drive (a meaning which it still retains) was 'to force to move before one' (which is what a 'driver' did with horses); car is derived from an earlier word meaning 'chariot', and dashboard originally referred to the wooden board located at the fron of a horse-drawn carriage to prevent objects kicked up by the horses' hooves from hitting the driver.


 subreption は通常は「虚偽申請」を意味する法律用語である.普通の辞書では詳しく載っていないほどの専門用語である.OED を引いてみると,言語学用語としては掲載されていないようだ.第1語義は "Misrepresentation or suppression of the truth or facts; an act or instance of this." にとどまる.
 語の意味変化に関して何がどう「虚偽申請」なのかと考えたのだが,こういうことだろうか.例えば,上の引用にもある dashboard は,本来は「馬車馬によって跳ね飛ばされた泥をよける板」ほどの意味だが,それを基準とすると,現在の普通の意味「自動車・飛行機などの計器盤」は,虚偽とはいわずとも原義が隠蔽されてしまっていることは確かだ.現在の意味は dash + board から常識的に推測される意味から遠く離れてしまっている.そのような意味での「虚偽申請」(大げさな呼び方ではあるが)ということだろうか.
 現代日本語では,下駄ではなく靴を入れているのに,いまだに「下駄箱」ということがある.これも厳密にいえば確かに「虚偽申請」ではある(=突っ込みどころがある)から,subreption の例になるのだろう.

 ・ Stern, Gustaf. Meaning and Change of Meaning. Bloomington: Indiana UP, 1931.
 ・ Pearce, Michael. The Routledge Dictionary of English Language Studies. Abingdon: Routledge, 2007.

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2021-07-24 Sat

#4471. photogenic --- 無声映画とインスタにより新たな生命を吹き込まれた語 [oed][semantic_change]

 日本語で用いられる「フォトジェニック」という語は,昨今「インスタ映え」の類義語であるかのように一般にも用いられるようになってきた.英単語としての photogenic はすでに存在した語だが,SNS という新メディアの登場によって新たな生命を吹き込まれ,日本語でも広まったということだろう.「フォトジェニック」と photogenic の現在の用法については,今年5月6日にアップされた学部ゼミ生によるコンテンツ「フォトジェニックなスイーツと photogenic なモデル」で取り上げられており,それを受けて私も「#4393. いまや false friends? --- photogenic と「フォトジェニック」」 ([2021-05-07-1]) を公表した.
 OED によると,英単語としての photogenicphotographic (写真(術)の)の同義語として1835年に初出している.しかし,現代の主要な語義である「写真写りのよい」としての初例は,遅れて1922年のことである.OED の定義としては "Originally U.S. Of a person or thing: that is a good subject for photography; that shows to advantage in a photograph or film." とある.アメリカで1922年のこと,しかも "film" ともあるので,これはハリウッドの無声映画の絶頂期に当たるし,新語義の発展と無関係なはずはない.現実には「写真写りのよい」というよりも「映画写りのよい」のほうに近かったのではないかと疑いたくなる.実際,Room の意味変化辞典によると photogenic の項の最後に次のコメントをみつけた.

The modern popular meaning, 'photographing attractively', evolved in the United States in the 1920s, especially in connection with the cinema. In recent use, the word is often little more than a synonym for 'good-looking', or at most as a synonym for 'handsome'(of a male) or 'pretty as a picture' (of a female).


 photogenic という単語と新語義は,英語でも日本語でも,とりわけ視覚に訴える新しいメディアの登場とともに誕生し繁栄してきたといえる.100年ほどの時差はあるものの,この共通点はとても興味深い.

 ・ Room, Adrian, ed. NTC's Dictionary of Changes in Meanings. Lincolnwood: NTC, 1991.

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2021-07-10 Sat

#4457. 英語の罵り言葉の潮流 [swearing][slang][asseveration][lexicology][semantic_change][taboo][euphemism][pc][sociolinguistics][pragmatics]

 英語史における罵り言葉 (swearing) を取り上げた著名な研究に Hughes がある.英語の罵り言葉も,他の言葉遣いと異ならず,各時代の社会や思想を反映しつつ変化してきたこと,つまり流行の一種であることが鮮やかに描かれている.終章の冒頭に,Swift からの印象的な2つの引用が挙げられている (236) .

   For, now-a-days, Men change their Oaths,
   As often as they change their Cloaths.
                                                               Swift

Oaths are the Children of Fashion.
                                                               Swift


 英語の罵り言葉の歴史には,いくつかの大きな潮流が観察される.Hughes (237--40) に依拠して,何点か指摘しておきたい.およそ中世から近現代にかけての変化ととらえてよい.

 (1) 「神(の○○)にかけて」のような byto などの前置詞を用いた誓言 (asseveration) は減少してきた.
 (2) 罵り言葉のタイプについて,宗教的なものから性的・身体的なものへの交代がみられる.
 (3) C. S. Lewis が "the moralisation of status word" と指摘したように,階級を表わす語が道徳的な意味合いを帯びる過程が観察される.例えば churl, knave, cad, blackguard, guttersnipe, varlet などはもともと階級や身分の名前だったが,道徳的な「悪さ」を含意するようになり,罵り言葉化してきた.
 (4) 「労働倫理」と関連して,vagabond, beggar, tramp, bum, skiver などが罵り言葉化した.この傾向は,浮浪者問題を抱えていたエリザベス朝に特徴的にみられた.
 (5) 罵り言葉と密接な関係をもつタブー (taboo) について,近年,性的なタイプから人種的なタイプへの交代がみられる.

 英語の罵り言葉の潮流を追いかける研究は「英語歴史社会語彙論」の領域というべきだが,そこには実に様々な論題が含まれている.例えば,上記にある通り,タブーやそれと関連する婉曲語法 (euphemism) の発展との関連が知りたくなってくる.また,典型的な語義変化のタイプといわれる良化 (amelioration) や悪化 (pejoration) の問題にも密接に関係するだろう.さらに,近年の political correctness (= pc) 語法との関連も気になるところだ.slang の歴史とも重なり,社会言語学的および語用論的な考察の対象にもなる.改めて懐の深い領域だと思う.

 ・ Hughes, Geoffrey. Swearing: A Social History of Foul Language, Oaths and Profanity in English. London: Penguin, 1998.

Referrer (Inside): [2021-07-22-1]

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2021-05-26 Wed

#4412. "SEEING IS UNDERSTANDING" --- 視覚の概念メタファー [semantic_change][metaphor][conceptual_metaphor][cognitive_linguistics][semantics]

 「英語史導入企画2021」も終盤に差し掛かってきました.本日紹介するコンテンツは「視覚表現の意味変化 --- 『見る』ことは『理解』すること」です.Lakoff and Johnson は,認知の仕方にせよ言語表現にせよ,身の回りには私たちが思っている以上に多くメタファー (metaphor) が潜んでいることを喝破し,世を驚かせました.今回のコンテンツは,「見る」と「理解する」を意味する英単語に焦点を当て,Lakoff and Johnson の認知言語学的なモノの見方を易しく紹介したものです.
 人間は視覚がよく発達した動物です.視覚から入ってくる大量の情報こそが認知活動の大部分を支えていると考えられます.すると,「見る」を意味する語がメタファーにより「理解する」の意味に応用されるのも自然に思われます.もし洞穴のコウモリのような超音波を感知できる動物が言語を発明していたとしたら,むしろ「聞く」を意味する語が「理解する」に応用されていたかもしれません.また,嗅覚の優れた動物だったら,「匂う,嗅ぐ」を「理解する」の意味で用いていたことでしょう.
 人間は実は聴覚も悪くはないので「聞く」を「理解する」にメタファー的に応用する事例はあります.「聴解する」にせよ Listen carefully. にせよ,高度な理解に関わる表現です.しかし,人間が比較的弱い嗅覚についてはどうでしょうか.「匂う,嗅ぐ」の「理解する」への転用例はあるでしょうか.日本語の「嗅ぎつける」「嗅ぎ分ける」にも,ある種の理解の気味が入っていると言えるかもしれませんが,もしそうだとしても「見る」や「聞く」よりは単純な種類の理解のように感じます.さらに味覚,触覚についてはどうでしょうか.
 今回のコンテンツで「『見る』ことは『理解』すること」として提示された種類のメタファーは,概念メタファー (conceptual_metaphor) と呼ばれています.単発のメタファーではなく,体系的なメタファーとして認知や言語の隅々にまで行き渡っているものだということを主張するために作られた用語です.この辺りに関心をもった方は,ぜひ以下の記事群をお読みください.

 ・ 「#2187. あらゆる語の意味がメタファーである」 ([2015-04-23-1])
 ・ 「#2548. 概念メタファー」 ([2016-04-18-1])
 ・ 「#2551. 概念メタファーの例をいくつか追加」 ([2016-04-21-1])
 ・ 「#2568. dead metaphor (1)」 ([2016-05-08-1])
 ・ 「#2569. dead metaphor (2)」 ([2016-05-09-1])
 ・ 「#2593. 言語,思考,現実,文化をつなぐものとしてのメタファー」 ([2016-06-02-1])
 ・ 「#2616. 政治的な意味合いをもちうる概念メタファー」 ([2016-06-25-1])

 ・ Lakoff, George, and Mark Johnson. Metaphors We Live By. Chicago and London: U of Chicago P, 1980.

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2021-05-23 Sun

#4409. 色白で美しく公正な白雪姫 --- fair の語感 [khelf_hel_intro_2021][adjective][synonym][semantics][semantic_change][lexical_stratification][bnc][collocation][etymology]

 「英語史導入企画2021」より今日紹介するコンテンツは,昨日学部生より公表された「この世で一番「美しい」のは誰?」です.ディズニー映画 Snow White and the Seven Dwarfs (『白雪姫』)の台詞 "Magic mirror on the wall, who is the fairest one of all?" で用いられている形容詞 fair の意味変化に焦点を当てた英語史導入コンテンツとなっています.
 「美しい」といえばまず beautiful が思い浮かびますが,なぜ問題の台詞では fair なのでしょうか.まず,コンテンツでも解説されている通り fair には「色白の」という語義もありますので,Snow White とは相性のよい縁語といえます.さらに,beautiful が容姿の美しさを形容するのに特化している感があるのに対し,fair には「公正な,公平な」の語義を含め道徳的な含意があります (cf. fair trading, fair share, fair play) .白雪姫を形容するのにぴったりというわけです.
 fair は古英語期より用いられてきた英語本来語で,古く清く温かい情感豊かな響きをもちます.一方,beautiful は,14世紀に古フランス語の名詞 beute を借用した後に,15世紀に英語側で本来語接尾辞 -ful を付加して作った借用語です.フランス借用語(正確には「半」フランス借用語)は相対的にいって中立的で無色透明の響きをもつことが多いのですが,beautiful についていえば確かに fair と比べて道徳的・精神的な深みは感じられません.(ラテン借用語 attractive と合わせた fair -- beautiful -- attractive の3語1組 (triset) と各々の使用域 (register) については,「#334. 英語語彙の三層構造」 ([2010-03-27-1]) をご覧ください.)
 fairbeautiful のような類義語の意味・用法上の違いについて詳しく知りたい場合には,辞書やコーパスの例文をじっくりと眺め,どのような語と共起 (collocation) しているかを観察することをお薦めします.試しに約1億語からなるイギリス英語コーパス BNCweb で両語の共起表現を調べてみました.ここでは人物と容姿を形容する共起語に限って紹介しますが,fair とタッグを組みやすいのは hairlady です.一方,beautiful とタッグを組む語としては woman, girl, young, hair, face, eyes, looks などが挙がってきます.気品を感じさせる fair lady に対して,あくまで容姿の良さを表わすことに特化した beautiful woman/girl という対立構造が浮かび上がってきます.白雪姫にはやはり fair がふさわしいのでしょうね.
 fair に見られる白さと公正さの結びつきは,candid という形容詞にも見られます.candid は第一に「率直な」を意味しますが,やや古風ながらも「公平な」の語義がありますし,古くは「白い」の語義もありました.もともとの語源はラテン語 candidus で,まさに「白い」を意味しました.「白熱して輝いている」が原義で,candle (ロウソク)とも語根を共有しています.また,candidate (候補者)は,ローマで公職候補者が白いトーガを着る習わしだったことに由来します.ちなみに日本語でも「潔白」「告白」「シロ(=無罪)」などに白さと公正さの関係が垣間見えますね.

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2021-05-21 Fri

#4407. 人力車,jinrikisharickshaw [japanese][loan_word][semantic_change][shortening][vowel][etymology][khelf_hel_intro_2021]

 「英語史導入企画2021」より本日紹介するコンテンツは,学部生による「変わり果てた「人力車」」という話題です.1874年,日本(語)の「人力車」が英語に jinrikisha として借用されました.その後まもなくの1879年には,英語化し,約まった 形で rickshaw として現われています.いずれも当初はまさに私たちのイメージする「人力車」の意味で用いられていたのですが,1900年には rickshaw はタイのトゥクトゥクなどでお馴染みの,東南アジアなどで日常的にみられる,自転車やバイク駆動の三輪タクシーのようなものを指す語へと進化を遂げています.OED からの情報や写真を豊富に含めて読みやすいコンテンツに仕上がっていますので,もはや全然「人力車」じゃないじゃん,というツッコミとともにご一読ください.
 そもそも「人力車」が jinrikisha として英語に入ったきっかけは何だったのでしょうか.Barnhart の語源辞書に参考になる記述があったので,引用しておきます.

jinrikisha or jinricksha (jinrik'shô) n. small, two-wheeled carriage pulled by one or more men. 1874, borrowed from Japanese jinrikisha (jin man + riki power + sha cart, carriage).
   It is possible the carriage is the invention of a Baptist missionary named Goble in 1869, who is said to have devised the vehicle for his wife who suffered from arthritis, and the first commercial operation of such vehicles was apparently sanctioned in Tokyo that same year.


 確かな記述ではないものの,バプテスト派の愛妻家 Goble さんによる発明品で,その種の乗り物が東京で認可されたのもその年だったらしいということです.だが,これだけではイマイチよく分からないですね.
 一方,日本の「人力車」について調べたところ,『ブリタニカ国際大百科事典 小項目版 2010』に上記と関連はするが異なる記述を見つけました.真の発明者は誰なのでしょうか.

客を乗せ,人力で引張る2輪車.東京鉄砲洲の和泉要助と本銀町の高山幸助らが,舶来の馬車の形から案出したもの.明治2 (1869) 年に試運転し,翌年3月に「新造車」として開業を出願した.まず日本橋のたもとに3台おいたという.初期のものは車体に4本柱を立てて屋根をかけ,幕などを張りめぐらした.翌4年に秋葉大助が車体を改良,蒔絵を散らした背板などをつくった.1873年頃までに大流行し,全国に3万4200両も普及したと記録されている.後年タイヤ車に改良され,さらに普及するとともに,中国,東南アジアにも洋車 (ヤンチョ,東洋=日本車) として多く輸出され,「ジンリキシャ」「リキシャ」の英語呼びまでできるほど普及した.1900年3月には発明関係者が賞勲局から表彰されたりしたが,すでにその頃から日本では電車,自動車におされて衰微が始り,やがて花柳界など特殊な世界以外ではすたれた.


 いずれにせよ jinrikisha,およびそこから転じた rickshaw は,19世紀末に英語で用いられるようになったわけですが,やがて指示対象となる乗り物自体がズレてきてしまったというのがおもしろい点です.上記コンテンツで「借用語は,往々にして元の意味から少しずれた意味を持ってしまうことが少なくないと考えられるが〔中略〕,rickshaw もそのひとつなのだろうか」と述べられている通りですね.最近の「#4386. 「火鉢」と hibachi, 「先輩」と senpai」 ([2021-04-30-1]),「#4391. kamikazebikini --- 心がザワザワする語の意味変化」 ([2021-05-05-1]) でも取り上げられた話題ですが,例はいくらでも挙げられそうです.親のもとから巣立っていった子が,親の手の届かないところで,親の期待とは裏腹に,独自に成長していってしまうことと似ています.
 今回のコンテンツは借用語の意味がズレていくという話題でしたが,ズレていくのは意味だけではなく,形式もまたズレるのが普通です.jinrikisha から rickshaw へと短縮されたこともそうですし,日本語「車」 /ʃa/ が,英単語のほうでは /ʃɑː/ あるいは /ʃɔː/ と発音されるようになったのも小さな形式上のズレです.近代英語期以降,他言語の /a/ が入ってくる際には,このように /ɑː/ や /ɔː/ として取り込まれました.しばしば両音の間で揺れることが多く,実際 jinrikisharickshaw の語末部においても両母音間で揺れを示しています.その揺れと連動して,綴字のほうも語末音節にて <sha> と <shaw> の揺れを示しているものと考えられます.éclat /eɪˈklɑː/, spa /spɑː/, vase /vɑːz/ などでは現在は /ɑː/ が基本ですが,古くは /ɔː/ もありました (Jespersen 428) .
 なお,「リクショー」は,参照したいくつかの国語辞典には載っていませんでしたが,学生時代に東南アジア方面へのパックパッカーをやっていた筆者としては,個人語としての日本語のボキャブラリーのなかにしっかり定着しています.

 ・ Barnhart, Robert K. and Sol Steimetz, eds. The Barnhart Dictionary of Etymology. Bronxville, NY: The H. W. Wilson, 1988.
 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part 1. Sounds and Spellings. London: Allen and Unwin, 1909.

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