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semantic_change - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-09-17 10:36

2016-06-22 Wed

#2613. 言語学における音象徴の位置づけ (4) [phonaesthesia][sound_symbolism][word_formation][semantic_change][etymology][blend]

 標題の第4弾 (cf. [2012-10-17-1], [2015-05-28-1]),[2016-06-14-1]) .Samuels は,phonaesthesia という現象が,それ自身,言語変化の1種として重要であるだけではなく,別種の言語変化の過程にも関与しうると考えている.以下のように,形態や意味への関与,そして新語形成にも貢献するだろうと述べている (Samuels 48) .

   (a) a word changes in form because its existing meaning suggests the inclusion of a phonaestheme, or the substitution of a different one;
   (b) a word changes in meaning because its existing form fits the new meaning better, i.e. its form thereby gains in motivation;
   (c) a new word arises from a combination of both (a) and (b).


 (a) の具体例として Samuels の挙げているのが,drag, fag, flag, lag, nag, sag のように phonaestheme -ag /-ag/ をもつ語群である.このなかで flag, lag, sag については,知られている語源形はいずれも /g/ ではなく /k/ をもっている.これは歴史上のいずれかの段階で /k/ が /g/ に置換されたことを示唆するが,これは音変化の結果ではなく,当該の phonaestheme -ag の影響によるものだろう.広い意味では類推作用 (analogy) といってよいが,その類推基盤が音素より大きく形態素より小さい phonaestheme という単位の記号にある点が特異である.ほかに,強意を表わすのに子音を重ねる "expressive gemination" も,(a) のタイプに近い.
 (b) の例としては,cl- と br- をもついくつかの語の意味が,その phonaestheme のもつ含意(ぞれぞれ "clinging, coagulation" と "vehemence" ほど)に近づきつつ変化していったケースが紹介されている (Samuels 55--56).

 earlier meaninglater meaning
CLOGfasten wood to (1398)encumber by adhesion (1526)
CLASPfasten (1386), enfold (1447)grip by hand, clasp (1583)
BRAZENof brass (OE)impudent (1573)
BRISTLEstand up stiff (1480)become indignant (1549)
BROILburn (1375)get angry (1561)


 (c) の例としては,flurry の語源の考察がある (Samuels 62) .この単語は,おそらく hurry という語が基体となっており,語頭子音 h が phonaestheme fl- により置き換えられたのだろうと推察している.そうだとすると,これは広い意味で混成語 (blend) の一種と考えられ,smog, brunch, trudge などの例と並列にみることができる.
 上記の例のなかには,しばしば語源不詳とされるものも含まれているが,phonaesthesia を語形成や意味変化の原理として認めることにより,こうした語源問題が解決されるケースが少なくないのではないか.
 音素より大きく,形態素より小さい単位としての phonaestheme という考え方には関心をもっている.昨年9月に口頭発表した "From Paragogic Segments to a Stylistic Morpheme: A Functional Shift of Final /st/ in Function Words Such As Betwixt and Amongst (cf. 「#2325. ICOME9 に参加して気づいた学界の潮流など」 ([2015-09-08-1])) や,"Betwixt and Between: The Ebb and Flow of Their Historical Variants" と題する拙論で調査した betwixtamongst の /-st/ が,まさに phonaestheme ではないかと考えている.

 ・ Samuels, M. L. Linguistic Evolution with Special Reference to English. London: CUP, 1972.
 ・ Hotta, Ryuichi. "Betwixt and Between: The Ebb and Flow of Their Historical Variants." Journal of the Faculty of Letters: Language, Literature and Culture 114 (2014): 17--36.

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2016-05-15 Sun

#2575. 言語変化の一方向性 [unidirectionality][language_change][grammaticalisation][bleaching][semantic_change][cognitive_linguistics][conversion][clitic]

 標題については,主として文法化 (grammaticalisation) や駆流 (drift) との関係において unidirectionality の各記事で扱ってきた.今回は,辻(編) (227) を参照して,文法化と関連して議論されている言語変化の単一方向性について,基本的な点をおさらいしたい.辻によれば,次のようにある.

文法化 とは,語彙的要素が特定の環境で繰り返し使われ,文法的な機能を果たす要素へと変化し,その文法的な機能が統語論的なもの(例:後置詞)からさらに形態論的なもの(例:接辞)へ進むことを指す。この文法化のプロセスの方向(すなわち,語彙的要素 > 統語論的要素 > 形態論的要素)が逆へは進まないことを「単方向性」の仮説と言う。


 例えば,means という名詞を含む by means of が手段を表わす文法的要素になることはあっても,すでに文法的要素である with が例えば "tool" の意の名詞に発展することはあり得ないことになる.しかし,ifs, ands, buts などは本来の接続詞が名詞化しているし,「飲み干す」の意味の動詞 down も前置詞由来であり,反例らしきもの,つまり脱文法化 (degrammaticalisation) の例も見られる.
 一方向性を擁護する立場からの,このような「逆方向」の例に対する反論として,文法化とは特定の構文の中で考えられるべきものであるという主張がある.例えば,未来を表わす be going to は,go が単独で文法化したわけではなく,beto を伴った,この特定の構文のなかで文法化したのだと考える.ifs, down などの例は,単発の品詞転換 (conversion) にすぎず,このような例をもって一方向性への反例とみなすことはできない,と論じる.また,変化のプロセスが漸次的であるか否かという点でも be going toifs は異なっており,同じ土俵では論じられないのだとも.
 それでも,真正な反例と呼べそうな例は稀に存在する.属格を表わす屈折語尾だった -es が,-'s という接語 (clitic) へ変化した事例は,より形態論的な要素からより統語論的な要素への変化であり,一方向性仮説への反例となる (cf. 「#819. his 属格」 ([2011-07-25-1]),「#1417. 群属格の発達」 ([2013-03-14-1]),「#1479. his 属格の衰退」 ([2013-05-15-1])) .
 一方向性の仮説は,言語変化理論のみならず,古い言語の再建を目指す比較言語学や,言語の原初の姿を明らかにしようとする言語起源の研究においても重大な含蓄をもつ.そのため,反例たる脱文法化の現象と合わせて,熱い議論が繰り広げられている.

 ・ 辻 幸夫(編) 『新編 認知言語学キーワード事典』 研究社.2013年.

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2016-05-08 Sun

#2568. dead metaphor (1) [metaphor][rhetoric][cognitive_linguistics][terminology][semantics][semantic_change][etymology]

 metaphor として始まったが,後に使い古されて常套語句となり,もはや metaphor として感じられなくなったような表現は,"dead metaphor" (死んだメタファー)と呼ばれる.「机の脚」や「台風の目」というときの「脚」や「目」は,本来の人間(あるいは動物)の体の部位を指すものからの転用であるという感覚は希薄である.共時的には,本来的な語義からほぼ独立した別の語義として理解されていると思われる.英語の the legs of a tablethe foot of the mountain も同様だ.かつては生き生きとした metaphor として機能していたものが,時とともに衰退 (fading) あるいは脱メタファー化 (demetaphorization) を経て,化石化したものといえる(前田,p. 127).
 しかし,上のメタファーの例は完全に「死んでいる」わけではない.後付けかもしれないが,机の脚と人間の脚とはイメージとして容易につなげることはできるからだ.もっと「死んでいる」例として,pupil の派生語義がある.この語の元来の語義は「生徒,学童」だが,相手の瞳に映る自分の像が小さい子供のように見えるところから転じて「瞳」の語義を得た.しかし,この意味的なつながりは現在では語源学者でない限り,意識にはのぼらず,共時的には別の単語として理解されている.件の比喩は,すでにほぼ「死んでいる」といってよい.
 「死んでいる」程度の差はあれ,この種の dead metaphor は言語に満ちている.「#2187. あらゆる語の意味がメタファーである」 ([2015-04-23-1]) で列挙したように,語という単位で考えても,その語源をひもとけば,非常に多数の語の意味が dead metaphor として存在していることがわかる.advert, comprehend など,そこであげた多くのラテン語由来の語は,英語への借用がなされた時点で,すでに共時的に dead metaphor であり,「死んだメタファーの輸入品」(前田,p. 127)と呼ぶべきものである.

 ・ 前田 満 「意味変化」『意味論』(中野弘三(編)) 朝倉書店,2012年,106--33頁.
 ・ 谷口 一美 『学びのエクササイズ 認知言語学』 ひつじ書房,2006年.

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2016-01-28 Thu

#2467. ルサンチマン, ressentiment, resentment [french][loan_word][latin][semantic_change][etymology]

 日本語の「ルサンチマン」は,フランス語 ressentiment からの借用語である.手元にあった『現代用語の基礎知識』 (2004) によれば,「恨み。憤慨。腹立しく思って憎むこと。貧しい人の富める者に対する,恨み。被差別者の差別者に対する,被支配者の支配者に対する怨念。」とある.ニーチェが『道徳の系譜』 (1887) で用い,その後 Max Scheler や Max Weber が発展させた概念だ.
 フランス語 ressentiment には「恨み,怨恨,遺恨」のほかに,古風であるが「感じ取ること;苦痛;感謝の念」ともあるから,古くは必ずしもネガティヴな感情のみに結びつけられたわけではなさそうだ.もとになった動詞 ressentir の基本的な語義も「強く感じ取る」であり,ressentir de l'amitié pour qn. (〜に友情を覚える)など,ポジティヴな共起を示す例がある.
 このフランス単語は,英語の resent(ment) に対応する.現在,後者の基本的な語義は「不快に思う,憤慨する,恨む」ほどであり,通常,ポジティヴな表現と共起することはない.しかし,語源的には re- + sentir と分解され,その原義は「繰り返し感じる;強く感じ取る」であるから,ネガティヴな語義への限定は後発のはずである.実際,17世紀に名詞 resentment がフランス語から英語へ借用されてたときから18--19世紀に至るまで,ポジティヴな感じ方としての「感謝」の語義も行なわれていた.伝道師が resenting God's favours (神の恩寵に対して感謝の意を抱くこと)について語っていたとおりであり,また OED では resentment, n. の語義5(廃義)として "Grateful appreciation or acknowledgement (of a service, kindness, etc.); a feeling or expression of gratitude. Obs." が確認される.
 しかし,やがて語義がネガティヴな方向へ偏っていき,現在の「憤慨」の語義が通常のものとして定着した.シップリー (533) は,この語の意味の悪化 (semantic pejoration) について「人間は悪いことを記憶する傾向を本性的にもつもので「感じる」でも特に「不快に感じる」を意味するようになった」としている.シップリーは同様の例として retaliate を挙げている.ラテン語 talis (似た)を含んでいることから,原義は「似たようなことをする,同じものを返す」だったが,負の感情と行動(「目には目を」)を表わす「報復する,仕返しする」へと特化した.

 ・ ジョーゼフ T. シップリー 著,梅田 修・眞方 忠道・穴吹 章子 訳 『シップリー英語語源辞典』 大修館,2009年.

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2015-11-28 Sat

#2406. metonymy [metonymy][metaphor][terminology][semantics][semantic_change][rhetoric][cognitive_linguistics]

 「#2187. あらゆる語の意味がメタファーである」 ([2015-04-23-1]) でメタファー (metaphor) について解説した.対するメトニミー (metonymy) については,各所で触れながらも,解説する機会がなかったので,Luján (291--92) などに拠りながらここで紹介したい.
 伝統的な修辞学の世界では「換喩」として知られてきたが,近年の認知言語学や意味論では横文字のまま「メトニミー」と呼ばれることが多い.この用語は,ギリシア語の metōnimía (change of name) に遡る.教科書的な説明を施せば,メタファーが2項の類似性 (similarity) に基づくのに対して,メトニミーは2項の隣接性 (contiguity) に基づくとされる.メタファーでは,2項はそれぞれ異なるドメイン (domain) に属しているが,何らかの類似性によって両者が結ばれる.メトニミーでは,2項は同一のドメインに属しており,その内部で何らかの隣接性によって両者が結ばれる.類似性と隣接性が厳密に区別できるものかという根本的な疑問もあるものの,当面はこの理解でよい (cf. 「#2196. マグリットの絵画における metaphor と metonymy の同居」 ([2015-05-02-1])) .
 メトニミーの本質をなす隣接性には,様々な種類がある.部分と全体(特に 提喩 (synechdoche) と呼ばれる),容器と内容,材料と物品,時間と出来事,場所とそこにある事物,原因と結果など,何らかの有機的な関係があれば,すべてメトニミーの種となる.したがって,意味の変異や変化において,きわめて卑近な過程である.「やかんが沸いている」というときの「やかん」は本来は容器だが,その容器の中に含まれる「水」を意味する.glass は本来「ガラス」という材料を指すが,その材料でできた製品である「グラス」をも意味する.ラテン語 sexta (sixth (hour)) はある時間を表わしていたが,そのスペイン語の発展形 siesta はその時間にとる午睡を意味するようになった.「永田町」や Capitol Hill は本来は場所の名前だが,それぞれ「首相官邸」と「米国議会」を意味する.「袖を濡らす」という事態は泣くという行為の結果であることから,「泣く」を意味するようになった.count one's beads という句において,元来 beads は「祈り」を意味したが,祈りの回数を数えるのにロザリオの数珠玉をもってしたことから,beads が「数珠玉」そのものを意味するようになった.隣接性は,物理法則に基づく因果関係から文化・歴史に強く依存する故事来歴に至るまで,何らかの有機的な関係があれば成立しうるという点で,応用範囲が広い.
 Saeed (365--66) より,英語からの典型的な例を種類別に挙げよう.

 ・ PART FOR WHOLE (synecdoche): All hands on deck.
 ・ WHOLE FOR PART (synecdoche): Brazil won the world cup.
 ・ CONTAINER FOR CONTENT: I don't drink more than two bottles.
 ・ MATERIAL FOR OBJECT: She needs a glass.
 ・ PRODUCER FOR PRODUCT: I'll buy you that Rembrandt.
 ・ PLACE FOR INSTITUTION: Downing Street has made no comment.
 ・ INSTITUTION FOR PEOPLE: The Senate isn't happy with this bill.
 ・ PLACE FOR EVENT: Hiroshima changed our view of war.
 ・ CONTROLLED FOR CONTROLLER: All the hospitals are on strike.
 ・ CAUSE FOR EFFECT: His native tongue is Hausa.

 ・ Luján, Eugenio R. "Semantic Change." Chapter 16 of Continuum Companion to Historical Linguistics. Ed. Silvia Luraghi and Vit Bubenik. London: Continuum International, 2010. 286--310.
 ・ Saeed, John I. Semantics. 3rd ed. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2009.

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2015-10-28 Wed

#2375. Anglo-French という補助線 (2) [semantics][semantic_change][semantic_borrowing][anglo-norman][french][lexicology][false_friend][methodology][borrowing][law_french]

 昨日の記事 ([2015-10-27-1]) に引き続き,英語史研究上の Anglo-French の再評価についての話題.Rothwell は,英語語彙や中世英語文化の研究において,Anglo-French の役割をもっと重視しなければならないと力説する.研究道具としての MED の限界にも言い及ぶなど,中世英語の文献学者に意識改革を迫る主張が何度も繰り返される.フランス語彙の「借用」 (borrowing) という概念にも変革を迫っており,傾聴に値する.いくつか文章を引用したい.

The MED reveals on virtually every page the massive and conventional sense and that in literally thousands of cases forms and meanings were adopted (not 'borrowed') into English from Insular, as opposed to Continental, French. The relationship of Anglo-French with Middle English was one of merger, not of borrowing, as a direct result of the bilingualism of the literate classes in mediaeval England. (174)

The linguistic situation in mediaeval England . . . produced . . . a transfer based on the fact that generations of educated Englishmen passed daily from English into French and back again in the course of their work. Very many of the French terms they used had been developing semantically on English soil since 1066, were absorbed quite naturally with all their semantic values into the native English of those who used them and then continued to evolve in their new environment of Middle English. This is a very long way from the traditional idea of 'linguistic borrowing'. (179--80)

[I]n England . . . the social status of French meant that it was used extensively in preference to English for written records of all kinds from the twelfth to the fifteenth century. As a result, given that English was the native language of the majority of those who wrote this form of French, many hundreds of words would have been in daily use in spoken English for generations without necessarily being committed to parchment or paper, the people who used them being bilingual in varying degrees, but using only one of their two vernaculars --- French --- to set down in writing their decisions, judgements, transactions, etc., for posterity. (185)


 昨日の記事では bachelor の「独身男性」の語義と apparel の「衣服」の語義の例を挙げた,もう1つ Anglo-French の補助線で解決できる事例として,Rothwell (184) の挙げている rape という語を取り上げよう.MED によると,「強姦」の意味での rāpe (n.(2)) は,英語では1425年の例が初出である.大陸のフランス語ではこの語は見いだされないのだが,Anglo-French では rap としてこの語義において13世紀末から文証される.

[A]s early as c. 1289 rape is defined in the French of the English lawyers as the forcible abduction of a woman; in c. 1292 the law defines it, again in French, as male violence against a woman's body. Therefore, for well over a century before the first attestation of 'rape' in Middle English, the law of England, expressed in French but executed by English justices, had been using these definitions throughout English society. rape is an Anglo-French term not found on the Continent. Admittedly, the Latin rapum is found even earlier than the French, but it was the widespread use of French in the actual pleading and detailed written accounts --- as distinct from the brief formal Latin record --- of cases in the English course of law from the second half of the thirteenth century onwards that has resulted in so very many English legal terms like rape having a French look about them. . . . As far as rape is concerned, there never was, in fact, a 'semantic vacuum' . . . .


 Rothwell (184) は,ほかにも larceny を始め多くの法律用語に似たような状況が当てはまるだろうと述べている.中英語の語彙の研究について,まだまだやるべきことが多く残されているようだ.

 ・ Rothwell, W. "The Missing Link in English Etymology: Anglo-French." Medium Aevum 60 (1991): 173--96.

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2015-10-27 Tue

#2374. Anglo-French という補助線 (1) [semantics][semantic_change][semantic_borrowing][anglo-norman][french][lexicology][false_friend][methodology]

 現代英語で「独身男性」を語義の1つとしてもつ bachelor に関して,意味論上の観点から「#1908. 女性を表わす語の意味の悪化 (1)」 ([2014-07-18-1]),「#1968. 語の意味の成分分析」 ([2014-09-16-1]),「#1969. 語の意味の成分分析の問題点」 ([2014-09-17-1]) で取り上げてきた.13世紀末にフランス語から借用された当初の語義は「若い騎士;若者」だったが,そこから意味が転じて「独身男性」へ発展したとされる.
 OED の bachelor, n. の語義4aによると,新しい語義での初出は Chaucer の Merchant's Tale (c1386) であり,l. 34 に "Bacheleris haue often peyne and wo." と見える.しかし,MEDbachelēr (n.) の語義1(b)によると,以下の通り,14世紀初期にまで遡る."c1325(c1300) Glo.Chron.A (Clg A.11) 701: Mi leue doȝter .. Ich þe wole marie wel .. To þe nobloste bachiler þat þin herte wile to stonde.
 上記の意味変化は,対応するフランス語の単語 bachelier には生じなかったとされ,現在では英仏語の間で "false friends" (Fr. "faux amis") の関係となっている.このように,この意味変化は伝統的に英語独自の発達と考えられてきた.ところが,Rothwell (175) は,英語独自発達説に,Anglo-French というつなぎ役のキャラクターを登場させて,鋭く切り込んだ.

Chaucer's use of this common Old French term in the Modern English sense of 'unmarried man' has no parallel in literature on the Continent, but is found in Anglo-French by the first quarter of the thirteenth century in The Song of Dermot and the Earl and again in the Liber Custumarum in the early fourteenth century. It is a pointer to the fact that the development of modern English, at least as far as the lexis and syntax are concerned, cannot be adequately researched without taking into account the whole corpus of Anglo-French.


 The Anglo-Norman Dictionary を調べてみると,bacheler の語義2として "unmarried man" があり,上記の出典とともに確かに例が挙げられている.英語独自の発達ではなく,ましてや大陸のフランス語の発達でもなく,実は Anglo-French における発達であり,それが英語にも移植されたにすぎないという,なんとも単純ではあるが目から鱗の落ちるような結論である.「衣服」の語義をもつ英語の apparel と,それをもたないフランス語の appareil の false friends も同様に Anglo-French 経由として説明されるという.
 Rothwell の論文では,Anglo-French という「補助線」を引くことにより,英語語彙に関わる多くの事実が明らかになり,問題が解決することが力説される.英語史研究でも,フランス語といえばまずパリの標準的なフランス語変種を思い浮かべ,それを基準としてフランス借用語の問題などを論じるのが当たり前だった.しかし,Anglo-French という変種の役割を改めて正当に評価することによって,未解決とされてきた英語史上の多くの問題が解かれる可能性があると,Rothwell は説く.Rothwell のこのスタンスは,「#2349. 英語の復権期にフランス借用語が爆発したのはなぜか (2)」 ([2015-10-02-1]),「#2350. Prioress の Anglo-French の地位はそれほど低くなかった」 ([2015-10-03-1]) で参照した論文でも貫かれており,啓発的である.

 ・ Rothwell, W. "The Missing Link in English Etymology: Anglo-French." Medium Aevum 60 (1991): 173--96.

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2015-09-16 Wed

#2333. a lot of [semantic_change][grammaticalisation][etymology][agreement][determiner][reanalysis][syntax]

 9月14日付けで,a lot of がどうして「多くの」を意味するようになったのかという質問をいただいた.これは,英語史や歴史言語学の観点からは,意味変化や文法化の話題としてとらえることができる.以下,核となる名詞 lot の語義と統語的振る舞いの通時的変化を略述しよう.
 OED や語源辞典によると,現代英語の lot の「くじ;くじ引き」の語義は,古英語 hlot (allotment, choice, share) にさかのぼる.これ自体はゲルマン祖語 *χlutam にさかのぼり,究極的には印欧祖語の語幹 *kleu- (hook) に起源をもつ.他のゲルマン諸語にも同根語が広くみられ,ロマンス諸語へも借用されている.元来「(くじのための)小枝」を意味したと考えられ,ラテン語 clāvis (key), clāvus (nail) との関連も指摘されている.
 さて,古英語の「くじ;くじ引き」の語義に始まり,くじ引きによって決められる戦利品や財産の「分配」,そして「割り当て;一部」の語義が生じた.現代英語の parking lot (駐車場)は,土地の割り当てということである.くじ引きであるから「運,運命」の語義が中英語期に生じたのも首肯できる.
 近代英語期に入って16世紀半ばには,くじ引きの「景品」の語義が発達した(ただし,後にこの語義は廃用となる).景品といえば,現在,ティッシュペーパー1年分や栄養ドリンク半年分など,商品の一山が当たることから推測できるように,同じものの「一山,一組」という語義が17世紀半ばに生じた.現在でも,競売に出される品物を指して Lot 46: six chairs などの表現が用いられる.ここから同じ物や人の「集団,一群」 (group, set) ほどの語義が発展し,現在 The first lot of visitors has/have arrived. / I have several lots of essays to mark this weekend. / What do you lot want? (informal) などの用例が認められる.
 古い「割り当て;一部」の語義にせよ,新しい「集団,一群」の語義にせよ,a lot of [noun] の形で用いられることが多かったことは自然である.また,lot の前に(特に軽蔑の意味をこめた)様々な形容詞が添えられ,an interesting lot of peoplea lazy lot (of people) のような表現が現われてきた.1800年前後には,a great lot ofa large lot of など数量の大きさを表わす形容詞がつくケースが現われ,おそらくこれが契機となって,19世紀初めには形容詞なしの a lot of あるいは lots of が単体で「多数の,多量の」を表わす語法を発達させた.現在「多くの」の意味で極めて卑近な a lot of は,この通り,かなり新しい表現である.
 a lot of [noun] や lots of [noun] の主要部は,元来,統語的には lot(s) のはずだが,初期の用例における数の一致から判断するに,早くから [noun] が主要部ととらえられていたようだ.現在では,a lot oflots ofmanymuch と同様に限定詞 (determiner) あるいは数量詞 (quantifier) と解釈されている (Quirk et al. 264) .このことは,ときに alot of と綴られたり,a が省略されて lot of などと表記されることからも確認できる.
 同じように,部分を表わす of を含む句が限定詞として再分析され,文法化 (grammaticalisation) してきた例として,a number ofa majority of などがある.a [noun_1] of [noun_2] の型を示す数量表現において,主要部が [noun_1] から [noun_2] へと移行する統語変化が,共通して生じてきていることがわかる (Denison 121) .
 上記 lot の意味変化については,Room (169) も参照されたい.

 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
 ・ Denison, David. "Syntax." The Cambridge History of the English Language. Vol. 4. Ed. Suzanne Romaine. Cambridge: CUP, 1998.
 ・ Room, Adrian, ed. NTC's Dictionary of Changes in Meanings. Lincolnwood: NTC, 1991.

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2015-07-24 Fri

#2279. 英語語彙の逆転二層構造 [loan_word][french][lexicology][register][taboo][semantic_change][lexical_stratification]

 英語には,英語本来語とフランス語・ラテン語からの借用語が使用域を違えて共存する,語彙の三層構造というべきものがある.一般に,本来語彙は日常的,一般的,庶民的,略式,暖かい,懐かしい,感情に直接うったえかけるなどの特徴をもち,借用語は学問的,専門的,文学的,格式,中立,よそよそしいといった響きをもつ.この使用域の対立については,Orr の記述が的確である.

For two hundred years and more, things intellectual, things pertaining to the spirit, were symbolized by words that had a flavour of remoteness, of higher courtliness, words redolent of the school rather than of the home, words that often had by their side humbler synonyms, humbler, yet used to express the things that are closer to our hearts as human beings, as children and parents, lovers and workers. (Orr, John. Words and Sounds in English and French. Oxford: Blackwell, 1953. p. 42 qtd. in Ullmann 146)


 本ブログでも,この対立に関連する話題を「#334. 英語語彙の三層構造」 ([2010-03-27-1]),「#335. 日本語語彙の三層構造」 ([2010-03-28-1]),「#1296. 三層構造の例を追加」 ([2012-11-13-1]),「#1960. 英語語彙のピラミッド構造」 ([2014-09-08-1]),「#2072. 英語語彙の三層構造の是非」 ([2014-12-29-1]) ほか多くの記事で取り上げてきた.
 本来語が低く,借用語が高いという使用域の分布が多くの語彙ペアに当てはまることは事実だろう.しかし,関係が逆転しているように見えるペアもないではない.例えば,Ullmann (147) は,次のペアを挙げている.最初の2組のペアについては,Jespersen (93) も触れている.

Native wordForeign word
dalevalley
deedaction
foeenemy
meedreward
to heedto take notice of


 これらのペアにおいて,特別な含意なしに日常的に用いられるのは,右側の借用語の系列だろう.左側の本来語の系列は,むしろ文学的,詩的であり,使用頻度も相対的に低いと思われる.予想に反するこのような逆転の分布は,比較的まれではあるとはいえ,なぜ生じるのだろうか.
 1つには,これらのペアでは,本来語の頻度の低さや使用域の狭さから推し量るに,借用語が本来語を半ば置換しかけたに近いのではないか.本来語のほうは放っておけば完全に廃用となってもおかしくなかったが,使用域を限ったり,方言に限定されるなどし,最終的には周辺的に残存するに至ったのだろう.外来要素からの圧力を受けた,意味の特殊化 (specialization) あるいは縮小 (narrowing) の事例といってもよい.
 そして,このようにかろうじて生き残った本来語は,後にその「感情に直接うったえかける」性質を最大限に発揮し,ついには特定の強い感情的な含意を帯びることになったのではないか.アングロサクソンの民族精神という言い方をあえてすれば,これらの本来語には,そのような民族の想いや叫びのようなものが強く感じられるのだ.それが原因なのか結果なのか,いずれにせよ主として文学的,詩的な響きをもって用いられるに至っている.
 本来語に強い感情的な含意が付加されて,場合によってはタブーに近い負の力を有するに至ったものとして,bloody (cf. sanguinary), blooming (cf. flourishing), devilish (cf. diabolical), hell (cf. inferno), popish (cf. papal) などがある (Ullmann 147) .これらの本来語も,dalefoe などと同様に,外来要素に押されて使用域が狭められたものと解釈できる.

 ・ Ullmann, Stephen. Semantics: An Introduction to the Science of Meaning. 1962. Barns & Noble, 1979.
 ・ Jespersen, Otto. Growth and Structure of the English Language. 10th ed. Chicago: U of Chicago, 1982.

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2015-07-23 Thu

#2278. 意味の曖昧性 [semantics][polysemy][hyponymy][semantic_change][family_resemblance]

 意味の曖昧性 (semantic vagueness) は,意味変化において重要な意味をもつ.曖昧さとは「漠然とした,はっきりしない」という点で,伝統的な言語論では否定的に扱われてきたが,Wittgenstein (1889--1951) が語彙と意味におけるファジーでアナログな家族的類似 (family resemblance) を指摘して以来,むしろ言語における重要で有用な要素であると考えられるようになった (cf. 「#1964. プロトタイプ」 ([2014-09-12-1])) .しかし,曖昧性といってもいくつかの種類がある.Waldron (146--48) に従って4つに分類しよう.

 (1) ambiguity. 意味解釈に2つ以上の選択肢があり,そのいずれが意図されているかを特定できない場合.これは,言語項が必然的にもつ多義性 (polysemy) の結果といえる.He gave me a ring. における ring など語彙的な ambiguity もあれば,Flying planes can be dangerous. のような統語的な ambiguity もある.

 (2) generality. 一般的あるいは抽象的な語が用いられるとき,実際にどの程度の一般性あるいは抽象性が意図されているのか不明な場合がある.例えば,some, often, likely, soon, huge といった場合,具体的には各々どれほどの程度なのか.また,thing, act, case, fact, way, matter などの抽象的な語では,実際に何が指示されているのか判断できないことがある.この意味での曖昧性は,「#1962. 概念階層」 ([2014-09-10-1]) でみた概念階層 (conceptual hierarchy) あるいは包摂関係 (hyponymy) の上下関係の問題と関連する.

 (3) variation. ある語の厳密な定義が,話者の間で揺れている場合.例えば,honour とは何か,justice, wicked, fair, culture, education, conservative, democratic とは何であるかについては,個人によって意見が異なる.抽象語に広く見られる現象.

 (4) indeterminacy. 指示対象の境目がはっきりしない場合.例えば,shoulder, neck, lip など体の部位の範囲は各々どこからどこまでなのか,morning, afternoon, evening のあいだの区別は何時なのか等々,指示対象自体の物理的な範囲が明確に定められていない,あるいは明確に定める必要も特に感じられない場合である.

 (1) は意味変化の結果としての多義性に基づくが,(2), (3), (4) は多義性を生み出す意味変化の種ともなりうることに注意したい.曖昧さ,多義性,意味変化の相互関係は複雑である.

 ・ Waldron, R. A. Sense and Sense Development. New York: OUP, 1967.

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2015-06-29 Mon

#2254. 意味変化研究の歴史 [history_of_linguistics][semantic_change][semantic][rhetoric][causation][cognitive_linguistics]

 連日,Waldron に依拠して意味変化の記事を書いてきたが,同じ Waldron (115--16) を参照して,19世紀以降の意味変化研究史を振り返ってみたい.
 近代的な意味変化論は,19世紀初頭のドイツに起こった.比較言語学が出現し,音韻変化が研究され始めたのと同じ頃,言語学者は古典的なレトリックの用語により意味変化を記述できる可能性に気づいた.共時的な言葉のあや (figures of speech) と通時的な意味変化の類縁性に気がついたのである.例えば,意味変化の分類が,synechdoche, metonymy, metaphor などのレトリック用語に基づいてなされるなどした.意味変化研究史の幕開けがまさにこの関係の気づきにあったことを考えると,昨今,古典的レトリックと意味変化の関係が認知言語学の立場から再び注目を集めている状況は,非常に興味深い (cf. 「#2191. レトリックのまとめ」 ([2015-04-27-1])) .
 レトリック用語による意味変化の分類から始まり,19世紀中には論理的な分類も発達した.ある意味で現代にまで根強く続いている Extension, Restriction, Transfer の3分法である.これをより論理的に整理したのが,1894年の R. Thomas による分類で,以下のように図示できる (Waldron 115) .

I Change within the same conceptual sphere
     (a) Species pro genere
     (b) Genus pro specie
II Change through transfer to another conceptual sphere
     (a) Through subjective correspondence (metaphor)
     (b) Through objective correspondence (metonymy)


 20世紀に入ると,これまでのような意味変化の分類よりも,意味変化の原因(心理的,社会的,言語的)へと関心が移った.意味変化研究に社会や歴史の観点が取り入れられるようになり,科学技術の発展,社会道徳の変化,各種レジスターなどが意味変化に及ぼしてきた影響が論じられるようになった.
 意味変化に関する20世紀の代表的著作として Stern, Ullmann, Waldron が挙げられるが,意味変化の分類や原因を巡る議論は,およそ出尽くし,整理されたといえるかもしれない.近年は,上記のような古典的な意味変化論から脱却して,認知言語学,文法化研究,語用論などから示唆を得た,新しい意味変化研究が生まれてきつつある.
 意味論全体の研究史については,「#1686. 言語学的意味論の略史」 ([2013-12-08-1]) を参照.

 ・ Waldron, R. A. Sense and Sense Development. New York: OUP, 1967.

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2015-06-28 Sun

#2253. 意味変化の原因を論じるのがなぜ難しいか [causation][semantic_change][methodology][language_change][history_of_linguistics][language_change][link]

 この2日間の記事「#2251. Ullmann による意味変化の分類」 ([2015-06-26-1]),「#2252. Waldron による意味変化の分類」 ([2015-06-28-1]) で引用・参照した Waldron は,Stern と Ullmann などの主要な先行研究を踏まえながら,意味変化の原因についても論じている.原因についての何らかの新しい洞察を付け加えているわけではないが,原因論を巡ることがなぜ難しいのかというメタな問題について,非常に参考になる議論を展開している.

   We have now considered a number of factors which may contribute to change of meaning and it is not difficult to see why so many different schemes of semantic change have been proposed over the last 150 years and why there is so little agreement among scholars as to the correct classification of the phenomena. For behind every change of meaning there lies a chain of causation which can be analysed at a number of different levels --- e.g. material, social, psychological, logical --- and at each level we should get a different answer to the question 'Why did this word change its meaning?' The position of a statistician analysing (let us suppose) the causes of death in a certain community would be somewhat similar, unless he decided beforehand what sort of causes he was going to pay attention to. For at one level of analysis, every death might presumably be regarded as a case of heart stopped beating; at different levels of analysis such categories as drowning, overwork, carbon-monoxide poisoning, typhoid, and smoke-polluted atmosphere might all be acceptable as causes; but there would be no guarantee that each death would fit into one and only one aetiological category, unless the causes were all analysed at more or less the same level. The doctor who has to insert a cause of death on a death certificate uses one of a set of terms which classify the causes on a fairly consistent level of medical diagnosis; and in matters of such complexity no system of classification for causes is serviceable unless consistency of level is observed. This, of course, is a consequence of the indeterminateness of our concept of cause: every event has many different causes.
   It is quite futile, therefore, for us to attempt to distinguish which sense-changes are due to linguistic causes and which to non-linguistic causes, or which are due to material causes and which to social causes; while it would perhaps be an exaggeration to contend that any change of meaning could be regarded as the consequence, immediate or remote, of any of the recognized causes, the various causal schemes undoubtedly show a good deal of overlapping.


 意味変化の原因の研究を,人の死因の究明になぞらえた点が秀逸である.原因の分析のレベルが様々にありうる以上,そこから取り出される原因そのものも多種多様であり,またしばしば互いに重なり合っていることは当然である.必然的に multiple causation を想定せざるをえないことになる.
 このことは,意味変化の原因論にとどまらず,言語変化一般の原因論についてもいえるだろう.言語学史においても,言語変化の原因,理由,動機づけ(を探ること)については侃々諤々の議論がある.この問題については,本ブログから cat:language_change causation の各記事を参照されたい.その中でも,とりわけ関係するものとして以下を挙げておく (##442,1123,1173,1282,1549,1582,1584,1986,2123,2143,2151,2161) .

 ・ 「#442. 言語変化の原因」 ([2010-07-13-1])
 ・ 「#1123. 言語変化の原因と歴史言語学」 ([2012-05-24-1])
 ・ 「#1173. 言語変化の必然と偶然」 ([2012-07-13-1])
 ・ 「#1282. コセリウによる3種類の異なる言語変化の原因」 ([2012-10-30-1])
 ・ 「#1549. Why does language change? or Why do speakers change their language?」 ([2013-07-24-1])
 ・ 「#1582. 言語内的な要因と言語外的な要因はどちらが重要か? (2)」 ([2013-08-26-1])
 ・ 「#1584. 言語内的な要因と言語外的な要因はどちらが重要か? (3)」 ([2013-08-28-1])
 ・ 「#1986. 言語変化の multiple causation あるいは "synergy"」 ([2014-10-04-1])
 ・ 「#2123. 言語変化の切り口」 ([2015-02-18-1])
 ・ 「#2143. 言語変化に「原因」はない」 ([2015-03-10-1])
 ・ 「#2151. 言語変化の原因の3層」 ([2015-03-18-1])
 ・ 「#2161. 社会構造の変化は言語構造に直接は反映しない」 ([2015-03-28-1])

 ・ Waldron, R. A. Sense and Sense Development. New York: OUP, 1967.

Referrer (Inside): [2015-06-30-1] [2015-06-28-1]

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2015-06-27 Sat

#2252. Waldron による意味変化の分類 [semantic_change][semantics][folk_etymology]

 昨日の記事「#2251. Ullmann による意味変化の分類」 ([2015-06-26-1]) の最後で,Ullmann の体系的な分類にも問題があると述べた.批判すべき点がいくつかあるなかで,Waldron はなかんずく昨日の図の B の II に相当する "Transfers of senses" の2つ,Popular etymology と Ellipsis を取り上げて,これらが純粋な意味変化ではない点を批判的に指摘している.この問題については,本ブログでも「#2174. 民間語源と意味変化」 ([2015-04-10-1]),「#2175. 伝統的な意味変化の類型への批判」 ([2015-04-11-1]),「#2177. 伝統的な意味変化の類型への批判 (2)」 ([2015-04-13-1]) で触れているが,改めて Waldron (138) の言葉により考えてみよう.

To confine our attention in the first instance to the fourfold division which is the heart of the scheme, we may feel some uneasiness at the inequality of these four categories in consideration of the exact correlation of their descriptions. This is not a question of their relative importance or frequency of occurrence but (again) of the level of analysis at which they emerge. Specifically, it seems possible to describe transfers based on sense-similarity and sense-contiguity as in themselves kinds of semantic change, whereas name-similarity and name-contiguity appear rather changes of form which are potential causes of a variety of types of change of meaning. To say that so-and-so is a case of metonymy or metaphor is far more informative as to the nature of the change of meaning than is the case with popular etymology or ellipsis. The former changes always result, by definition, in a word's acquisition of a complete new sense, while the result in the case of popular etymology is more often a peripheral modification of the word's original sense (as in the change from shamefast to shamefaced) and in the case of ellipsis a kind of telescoping of meaning, so that the remaining part of the expression has the meaning of the whole. In neither case is the result as clear cut and invariable as metonymy and metaphor.


 Waldron は,B II に関してこのように批判を加えた上で,それを外して自らの意味変化の分類を提示した.B III の "Composite changes" も除き,A と B I からなる分類法である.Waldron は,A を "Shift" (Stern 流の分類でいう adequation と substitution におよそ相当する)と呼び,B I (a) を "Metaphoric Transfer",B I (b) を "Metonymic Transfer" と呼んだ.図式化すると以下のような分類となる.

                        ┌─── Shift
Change of Meaning ───┤                      ┌─── Metaphoric Transfer
                        └─── Transfer ───┤
                                                └─── Metonymic Transfer

 これで,本ブログ上にて Stern ([2014-06-13-1]), Ullmann ([2015-06-26-1]), Waldron による古典的な意味変化の分類を3種示してきたことになる.##1873,2251,2252 で比較対照されたい.

 ・ Waldron, R. A. Sense and Sense Development. New York: OUP, 1967.

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2015-06-26 Fri

#2251. Ullmann による意味変化の分類 [semantic_change][semantics]

 「#1873. Stern による意味変化の7分類」 ([2014-06-13-1]),「#1953. Stern による意味変化の7分類 (2)」 ([2014-09-01-1]) で Stern による意味変化の分類をみた.同じくらい影響力のある意味変化の分類として,Ullmann のものがある.この分類は Ullmann の第8章 "Change of Meaning" (193--235) で紹介されているが,それを Waldron (136) が非常に端的にまとめてくれているので,そちらを示そう.

A. Semantic changes due to linguistic conservatism
B. Semantic changes due to linguistic innovation
     I. Transfers of names:
          (a) Through similarity between the senses;
          (b) Through contiguity between the senses.
     II. Transfers of senses:
          (a) Through similarity between the names;
          (b) Through contiguity between the names.
     III. Composite changes.


 A の "linguistic conservatism" というのは誤解を招く名付け方だが (see Waldron, pp. 138--39),Stern の意味変化の類型でいうところの adequation と substitution におよそ相当する.ある語の指示対象(の理解)が歴史的に変化するにつれ,その語の意味も変化してきたケースを指す (ex. ship, atom, scholasticism) .B の "linguistic innovation" は,意味 (sense) と名前 (name) の対立に,類似性 (similarity) と隣接性 (contiguity) の対立を掛け合わせた論理的な体系へと下位区分されている.
 とりわけ Ullmann の関心は B の I と II にあるということで,Waldron (137) はこの2つの分類について,さらに直感的に理解しやすいように,以下のような図にまとめている.

             (a)                    (b)
          Similarity             Contiguity
------------------------------------------------
I.      between senses:       between senses:
        Metaphor              Metonymy            ---> Name-Transfer
------------------------------------------------
II.     between names:        between names:
        Popular Etymology     Ellipsis            ---> Sense-Transfer
------------------------------------------------

 Ullmann の分類は,非常に綺麗ですっきりしているのだが,そうであればこその問題点もあるはずだ.その批評については,明日の記事で.

 ・ Ullmann, Stephen. Semantics: An Introduction to the Science of Meaning. 1962. Barns & Noble, 1979.
 ・ Waldron, R. A. Sense and Sense Development. New York: OUP, 1967.

Referrer (Inside): [2015-06-28-1] [2015-06-27-1]

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2015-05-18 Mon

#2212. 固有名詞はシニフィエなきシニフィアンである [onomastics][personal_name][sign][semantic_change][semantics][semiotics][arbitrariness][saussure]

 固有名詞の本質的な機能は,個物や個人を特定することにある.このことに異論はないだろう.確かに世の中には John Smith や鈴木一郎はたくさんいるかもしれないが,その場その場では,ある人物を特定するのに John Smith や鈴木一郎という名前で十分なことがほとんどである.固有名詞の最たる役割は,identification である.
 固有名詞には,その機能を果たす目的と関連の深い,付随した特徴がいくつかある.立川・山田 (100--08) は,言語論において固有名詞がいかに扱われてきたか,その歴史を概観しながら,固有名詞の特徴として以下の4点ほどに触れている.

 (1) 固有名詞は一般概念としてのシニフィエをもたず,個物や個人を直接的に指示する.すなわち,シニフィエ (signifié) なきシニフィアン (signifiant),空虚なシニフィアンである.
 (2) 固有名詞は翻訳不可能である.
 (3) 固有名詞は言語のなかにおける外部性を体現している.
 (4) 固有名詞は意味生成の拠点である.

 (1) は,端的に言えば固有名詞には意味がないということだ.普通名詞のもっているような象徴化機能を欠いているということもできる.一方で,指示対象は明確である.指示対象を特定するのが固有名詞の役割であるから,明確なのは当然である.意味あるいはシニフィエをもたずに,指示対象を直接に指すことができるというのが固有名詞の最も際立った特徴といえるだろう.「#1769. Ogden and Richards の semiotic triangle」 ([2014-03-01-1]) の図でいえば,底辺が直接に矢印で結ばれるようなイメージだ.
 (2) 以下の特徴も,(1) から流れ出たものである.(2) の固有名詞の翻訳不可能性は,固有名詞にもともと意味(シニフィエ)がないからである.翻訳というのは,シニフィエは(ほとんど)同一だが,シニフィアンが言語によって異なるような2つの記号どうしの関連づけである.したがって,シニフィエがない固有名詞には,翻訳という過程は無縁である.人名の Smith は「鍛冶屋」,鈴木は「鈴の木」であるから,意味があると議論することもできそうだが,人名として用いるときに意味は意識されることはないし,他言語への翻訳にあたって,通常,意味を取って訳すことはしない.
 (3) は,固有名詞が紛れもなく言語を構成する一部であるにもかかわらず,ソシュールの唱えるような差異の体系としての言語体系にはうまく位置づけられないことを述べたものである.言語が差違の体系であるということは,語彙でいえば,ある語は他の語との主として意味的な関係において相対的に存在するにすぎないということである.例えば,「男」という名詞は「女」という名詞との意味の対比において語彙体系内に特定の位置を占めているのであり,逆もまた然りである.語彙体系は,主として意味における対立を基本原理としているのだ.ところが,固有名詞は意味をもたないのであるから,主として意味に立脚する語彙体系には組み込まれえない.固有名詞は,言語内的な意味を経由せずに,直接に外界の指示対象を示すという点で,内部にありながらも外部との連絡が強いのである.固有名詞という語類は,ソシュール的な言語体系のなかに明確な位置づけをもたない.コトバとモノの狭間にある特異な存在である.
 (4) は逆説的で興味深い指摘である.固有名詞は,確かにシニフィエはもたないが,シニフィアンをもっている以上,外面的に記号の体裁は保っている.半記号とでも呼ぶべきものであり,少なくとも記号の候補ではあろう.そのようにみると,固有名詞には一人前の記号となるべく何らかのシニフィエを獲得しようとする力が働くものなのではないか,とも疑われてくる.固有名詞のシニフィアンに対応するシニフィエは無であるからこそ,その穴を埋めるべく何らかのシニフィエが外から押し寄せてくる,という考え方である.これは,意味生成 (signifiance) の過程にほかならない.立川・山田 (104--05) は,固有名詞の意味生成について次のように述べる(原文の傍点は下線に替えてある).

さらに興味深いのは、語る主体にたいする固有名詞の効果である。通常の語がすでに意味によって充満しているのにたいして、意味をもたない〈空虚なシニフィアン〉である固有名詞は、その空虚=シニフィエ・ゼロをめざして押し寄せてくる主体のさまざまな情念や想像にとらえられ、ディスクールのレベルでは逆に多義性を獲得してしまう。つまり、固有名詞はラングのレベルでシニフィエをもたないがゆえに、語る主体たちのファンタスムを迎えいれ、それと同時にみずから核となってファンタスムを増殖させていくのである。


 「#1108. 言語記号の恣意性,有縁性,無縁性」 ([2012-05-09-1]),「#1184. 固有名詞化 (1)」 ([2012-07-24-1]),「#1185. 固有名詞化 (2)」 ([2012-07-25-1]) などで,普通名詞の固有名詞化は意味の無縁化としてとらえることができると示唆したが,一旦固有名詞になると,今度は意味を充填しようとして有縁化に向けた過程が始動するということか.有縁化と無縁化のあいだの永遠のサイクルを思わずにいられない.
 立川・山田 (100) は「固有名詞という品詞をいかに定義するか。それは、それぞれの言語理論の特性を浮かびあがらせてしまう試金石であるといってもよい。」と述べている.

 ・ 立川 健二・山田 広昭 『現代言語論』 新曜社,1990年.

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2015-04-26 Sun

#2190. 原義の弱まった強意語 [intensifier][semantic_change]

 本ブログでは,強意語について intensifier の各記事で取り上げてきた.とりわけ,「#992. 強意語と「限界効用逓減の法則」」 ([2012-01-14-1]) や「#1219. 強意語はなぜ種類が豊富か」 ([2012-08-28-1]) では,強意語が歴史的に次々と現われては累積してきた過程について論じた.英語史における強意語の発達の具体例は先の記事でも列挙したが,今回は,歴史的に累積してきた,現代英語でもある程度よく用いられる強意副詞の例を挙げたい.この種の語彙一覧を簡便かつ丁寧に与えてくれるのは,Williams (191--92) である.以下のそれぞれについて,本来の語義からいかにして強調の意味が発達したのか,その本来の語義は今ではどの程度感じられるかについて問うてみてほしい.

 IntensifierExample PhraseEarlier Meaning
1.abominablyabominably tired(excite disgust)
2.amazinglyamazingly dull(cause to lose wits)
3.astonishinglyastonishingly minor(stun with a blow)
4.awfullyawfully unimpressive(cause dread or awe)
5.confoundedconfounded happy(bring to perdition)
6.damneddamned pleased(doomed)
7.dreadfullydreadfully small(excite dread or awe)
8.enormouslyenormously good(abnormally evil)
9.excessivelyexcessively happy(go beyond just limits)
10.extraordinarilyextraordinarily normal(beyond the ordinary)
11.extravagantlyextravagantly unambitious(wander beyond bounds)
12.extremelyextremely limited(uttermost)
13.fabulouslyfabulously cheap(fabled)
14.fantasticallyfantastically real(exist in imagination)
15.fullfull weary(complete)
16.frightfullyfrightfully boring(full of horror)
17.grandlygrandly expensive(great)
18.greatlygreatly exhausted(great)
19.hideouslyhideously expensive(excite terror)
20.horriblyhorribly expensive(excite horror)
21.horridlyhorridly embarrassed(excite horror)
22.hugelyhugely amused(immense)
23.immenselyimmensely unimportant(large beyond measure)
24.immoderatelyimmoderately hungry(beyond limits)
25.incrediblyincredibly real(not to be believed)
26.intenselyintensely tired(stretched)
27.magnificentlymagnificently pleased(greatness of achievement)
28.marvelouslymarvelously stupid(miraculous)
29.might(il)ymighty weak(power)
30.monstrouslymonstrously excited(deviating from natural)
31.outrageouslyoutrageously ordinary(exceeding limits)
32.perfectlyperfectly stupid(complete in all senses)
33.prettypretty ugly(firm, nice, proper)
34.powerfulpowerful tired(force,influence)
35.reallyreally imaginative(objective existence)
36.rightright foolish(what is good)
37.simplysimply confusing(without complication)
38.sore(ly)sore(ly) afraid(cause pain)
39.stupendouslystupendously alert(struck senseless)
40.tremendouslytremendously calm(excite trembling)
41.terriblyterribly pleased(excite terror)
42.terrificallyterrifically happy(excite terror)
43.vastlyvastly insignificant(of great dimensions)
44.veryvery false(true, real)
45.violentlyviolently opposed(producing injury)
46.wonderfullywonderfully boring(causing astonishment)
47.wondrouslywondrously tedious(causing astonishment)


 上掲語の多くは,強意に用いられるときには,原義が失われているか,少なくとも弱まってはいるだろう.リストにはないが,例えば f--king chaste という強意表現は f--king の原義を考えると意味的に矛盾しているが,実際に俗語で用いられ得るのは,その語がすでに原義をほとんど失っているからである.そこに宿っているのは,ショックを引き起こす力のみである.

 ・ Williams, Joseph M. Origins of the English Language: A Social and Linguistic History. New York: Free P, 1975.

Referrer (Inside): [2018-02-16-1]

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2015-04-23 Thu

#2187. あらゆる語の意味がメタファーである [metaphor][synaesthesia][semantic_change][semantics][etymology][rhetoric][unidirectionality][terminology]

 言葉のあや (figure of speech) のなかでも,王者といえるのが比喩 (metaphor) である.動物でもないのに椅子の「あし」というとき,星でもないのに人気歌手を指して「スター」というとき,なめてみたわけではないのに「甘い」声というとき,比喩が用いられている.比喩表現があまりに言い古されて常套語句となったときには,比喩の作用がほとんど感じられなくなり,死んだメタファー (dead metaphor) と呼ばれる.日本語にも英語にも死んだメタファーがあふれており,あらゆる語の意味がメタファーであるとまで言いたくなるほどだ.
 metaphor においては,比較の基準となる source と比較が適用される target の2つが必要である.椅子の一部の例でいえば,source は人間や動物の脚であり,target は椅子の支えの部分である.かたや生き物の世界のもの,かたや家具の世界のものである点で,source と target は2つの異なるドメイン (domain) に属するといえる.この2つは互いに関係のない独立したドメインだが,「あし」すなわち「本体の下部にあって本体を支える棒状のもの」という外見上,機能上の共通項により,両ドメイン間に橋が架けられる.このように,metaphor には必ず何らかの類似性 (similarity) がある.
 「#2102. 英語史における意味の拡大と縮小の例」 ([2015-01-28-1]) で例をたくさん提供してくれた Williams は,metaphor の例も豊富に与えてくれている (184--85) .以下の語彙は,いずれも一見するところ metaphor と意識されないものばかりだが,本来の語義から比喩的に発展した語義を含んでいる.それぞれについて,何が source で何が target なのか,2つのドメインはそれぞれ何か,橋渡しとなっている共通項は何かを探ってもらいたい.死んだメタファーに近いもの,原義が忘れ去られているとおぼしきものについては,本来の語義や比喩の語義がそれぞれ何かについてヒントが与えられている(かっこ内に f. とあるものは原義を表わす)ので,参照しながら考慮されたい.

1. abstract (f. draw away from)
2. advert (f. turn to)
3. affirm (f. make firm)
4. analysis (f. separate into parts)
5. animal (You animal!)
6. bright (a bright idea)
7. bitter (sharp to the taste: He is a bitter person)
8. brow (the brow of a hill)
9. bewitch (a bewitching aroma)
10. bat (You old bat!)
11. bread (I have no bread to spend)
12. blast (We had a blast at the party)
13. blow up (He blew up in anger)
14. cold (She was cold to me)
15. cool (Cool it,man)
16. conceive (f. to catch)
17. conclude (f. to enclose)
18. concrete (f. to grow together)
19. connect (f. to tie together)
20. cut (She cut me dead)
21. crane (the derrick that resembles the bird)
22. compose (f. to put together)
23. comprehend (f. seize)
24. cat (She's a cat)
25. dig (I dig that idea)
26. deep (deep thoughts)
27. dark (I'm in the dark on that)
28. define (f. place limits on)
29. depend (f. hang from)
30. dog (You dog!)
31. dirty (a dirty mind)
32. dough (money)
33. drip (He's a drip)
34. drag (This class is a drag)
35. eye (the eye of a hurricane)
36. exist (f. stand out)
37. explain (f. make flat)
38. enthrall (f. to make a slave of)
39. foot (foot of a mountain)
40. fuzzy (I'm fuzzy headed)
41. finger (a finger of land)
42. fascinate (f. enchant by witchcraft)
43. flat (a flat note)
44. get (I don't get it)
45. grasp (I grasped the concept)
46. guts (He has a lot of guts)
47. groove (I'm in the groove)
48. gas (It was a gasser)
49. grab (How does the idea grab you?)
50. high (He got high on dope)
51. hang (He's always hung up)
52. heavy (I had a heavy time)
53. hot (a hot idea)
54. heart (the heart of the problem)
55. head (head of the line)
56. hands (hands of the clock)
57. home (drive the point home)
58. jazz (f. sexual activity)
59. jive (I don't dig this jive)
60. intelligent (f. bring together)
61. keen (f. intelligent)
62. load (a load off my mind)
63. long (a long lime)
64. loud (a loud color)
65. lip (lip of the glass)
66. lamb (She's a lamb)
67. mouth (mouth of a cave)
68. mouse (You're a mouse)
69. milk (He milked the job dry)
70. pagan (f. civilian, in distinction to Christians, who called themselves soldiers of Christ)
71. pig (You pig)
72. quiet (a quiet color)
73. rip-off (It was a big rip-off)
74. rough (a rough voice)
75. ribs (the ribs of a ship)
76. report (f. to carry back)
77. result (f. to spring back)
78. shallow (shallow ideas)
79. soft (a soft wind)
80. sharp (a sharp dresser)
81. smooth (a smooth operator)
82. solve (f. to break up)
83. spirit (f. breath)
84. snake (You snake!)
85. straight (He's a straight guy)
86. square (He's a square)
87. split (Let's split)
88. turn on (He turns me on)
89. trip (It was a bad (drug) trip)
90. thick (a voice thick with anger)
91. thin (a thin sound)
92. tongue (a tongue of land)
93. translate (f. carry across)
94. warm (a warm color)
95. wrestle (I wrestled with the problem)
96. wild (a wild idea)


 ラテン語由来の語が多く含まれているが,一般に多形態素からなるラテン借用語は,今日の英語では(古典ラテン語においてすら)原義として用いられるよりも,比喩的に発展した語義で用いられることのほうが多い.体の部位や動物を表わす語は比喩の source となることが多く,共感覚 (synaesthesia) の事例も多い.また,比喩的な語義が,俗語的な響きをもつ例も少なくない.
 このように比喩にはある種の特徴が見られ,それは通言語的にも広く観察されることから,意味変化の一般的傾向を論じることが可能となる.これについては,「#1759. synaesthesia の方向性」 ([2014-02-19-1]),「#1955. 意味変化の一般的傾向と日常性」 ([2014-09-03-1]),「#2101. Williams の意味変化論」 ([2015-01-27-1]) などの記事を参照.

 ・ Williams, Joseph M. Origins of the English Language: A Social and Linguistic History. New York: Free P, 1975.

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2015-04-14 Tue

#2178. 新グライス学派語用論の立場からみる意味の一般化と特殊化 [semantic_change][pragmatics][cooperative_principle][implicature][zipfs_law][information_theory][hyponymy]

 Grice の協調の原理 (cooperative_principle) と会話的含意 (implicature) について,「#1122. 協調の原理」 ([2012-05-23-1]),「#1133. 協調の原理の合理性」 ([2012-06-03-1]),「#1134. 協調の原理が破られるとき」 ([2012-06-04-1]),「#1976. 会話的含意とその他の様々な含意」 ([2014-09-24-1]),「#1984. 会話的含意と意味変化」 ([2014-10-02-1]) などの記事で話題にしてきた.Grice の理論は語用論に革命をもたらし,その後の研究の進展にも大きな影響を及ぼしたが,なかでも新グライス学派 (Neo-Gricean) による理論の発展は注目に値する.
 新グライス学派を牽引した Laurence R. Horn は,Grice の挙げた4つの公理 (Quality, Quantity, Relation, Manner) を2つの原理へと再編成した.Q[uantity]-principle と R[elation]-principle とである.両原理の定式化は,以下の通りである (Huang 38 より).

Horn's Q- and R-principles
a. The Q-principle
  Make your contribution sufficient;
  Say as much as you can (given the R-principle)
b. The R-principle
  Make your contribution necessary;
  Say no more than you must (given the Q-principle)


 Q-principle はより多くの情報を提供しようとする原理であり,R-principle はより少ない情報で済ませようとする原理である.この観点からは,会話の語用論とは両原理のせめぎ合いにほかならない.ここには言語使用における "most effective, least effort" の思想が反映されており,言語使用の経済的な原理であるジップの法則(Zipf's Law;cf. 「#1101. Zipf's law」 ([2012-05-02-1]))とも深く関係する.Huang (39--40) 曰く,

Viewing the Q- and R-principles as mere instantiations of Zipfian economy . . ., Horn explicitly identified the Q-principle ('a hearer-oriented economy for the maximization of informational content') with Zipf's Auditor's Economy (the Force of Diversification) and the R-principle ('a speaker-oriented economy for the minimization of linguistic form') with Zipf's Speaker's Economy (the Force of Unification).


 さて,意味変化の代表的な種類として,一般化 (generalization) と特殊化 (specialization) がある.それぞれの具体例は,「#473. 意味変化の典型的なパターン」 ([2010-08-13-1]),「#2060. 意味論の用語集にみる意味変化の分類」 ([2014-12-17-1]),「#2102. 英語史における意味の拡大と縮小の例」 ([2015-01-28-1]) で挙げた通りであり,繰り返さない.ここでは,意味の一般化と特殊化が,新グライス学派の語用論の立場から,それぞれ R-principle と Q-principle に対応するものしてとらえることができる点に注目したい.
 ある語が意味の一般化を経ると,それが使用される文脈は多くなるが,逆説的にその語の情報量は小さくなる.つまり,意味の一般化とは情報量が小さくなることである.すると,この過程は,必要最小限の情報を与えればよいとする R-principle,すなわち話し手の側の経済によって動機づけられているに違いない.
 一方で,ある語が意味の特殊化を経ると,それが使用される文脈は少なくなるが,逆説的にその語の情報量は大きくなる.つまり,意味の特殊化とは情報量が大きくなることである.すると,この過程は,できるだけ多くの情報を与えようとする Q-principle,すなわち聞き手の側の経済によって動機づけられているに違いない (Luján 293--95) .
 このようなとらえ方は,意味変化の類型について語用論の立場から議論できる可能性を示している.

 ・ Huang, Yan. Pragmatics. Oxford: OUP, 2007.
 ・ Luján, Eugenio R. "Semantic Change." Chapter 16 of Continuum Companion to Historical Linguistics. Ed. Silvia Luraghi and Vit Bubenik. London: Continuum International, 2010. 286--310.

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2015-04-13 Mon

#2177. 伝統的な意味変化の類型への批判 (2) [semantic_change][semantics][folk_etymology][prediction_of_language_change]

 「#2175. 伝統的な意味変化の類型への批判」 ([2015-04-11-1]) の記事に補足したい.McMahon (184--86) は,意味変化を扱う章で,やはり伝統的な意味変化の類型を概説しながらも,それに対する批判を繰り広げている.前回の記事と重なる内容が多いが,McMahon の議論を聞いてみよう.
 まず,伝統的な意味変化の類型においては,一般化 (generalization),特殊化 (specialization),悪化 (pejoration),良化 (amelioration) のほかメタファー (metaphor),メトニミー (metonymy),省略 (ellipsis),民間語源 (folk_etymology) などのタイプがしばしば区別されるが,最後の2つは厳密には意味変化の種類ではない.意味にも間接的に影響を及ぼす形態の変化というべきものであり,せいぜい二次的な意味における意味変化にすぎない.換言すれば,これらは semasiological というよりは onomasiological な観点に関するものである.この点については,「#2174. 民間語源と意味変化」 ([2015-04-10-1]) でも批判的に論じた.
 次に,複数の意味変化の種類が共存しうることである.例えば,民間語源の例としてしばしば取り上げられる現代英語の belfry (bell-tower) では,鐘 (bell) によって鐘楼を代表する "pars pro toto" のメトニミー(あるいは提喩 (synecdoche))も作用している.この意味変化を分類しようとすれば,民間語源でもあり,かつメトニミーでもあるということになり,もともとの類型が水も漏らさぬ盤石な類型ではないことを露呈している.このことはまた,意味変化の原因やメカニズムが極めて複雑であること,そして予測不可能であることを示唆する.
 最後に,従来挙げられてきた類型によりあらゆる意味変化の種類が挙げ尽くされたわけではなく,網羅性が欠けている.もっとも意味変化の種類をでたらめに増やしていけばよいというものでもないし,そもそも類型として整理しきることができるのかという問題はある.
 結局のところ,類型の構築が難しいのは,(1) 意味変化が社会や文化を参照しなければ記述・説明ができないことが多く,(2) 不規則で予測不可能であり,(3) 共時的意味論の理論的基盤が(共時的音韻論などよりも)いまだ弱い点に帰せられるように思われる.

 ・ McMahon, April M. S. Understanding Language Change. Cambridge: CUP, 1994.

Referrer (Inside): [2015-06-27-1]

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2015-04-12 Sun

#2176. 文法化・意味変化と頻度 [frequency][grammaticalisation][semantic_change][schedule_of_language_change][language_change]

 言語変化と頻度の関係については,「#1239. Frequency Actuation Hypothesis」 ([2012-09-17-1]),「#1243. 語の頻度を考慮する通時的研究のために」 ([2012-09-21-1]),「#1265. 語の頻度と音韻変化の順序の関係に気づいていた Schuchardt」 ([2012-10-13-1]),「#1864. ら抜き言葉と頻度効果」 ([2014-06-04-1]) などで議論してきた.これらの記事では,高頻度語と低頻度語ではどちらが先に言語変化に巻き込まれるかなどの順序の問題,あるいはスケジュールの問題 (schedule_of_language_change) に主眼があった.だが,それとは別に,高頻度語あるいは低頻度語にしか生じない変化であるとか,むしろ生じやすい変化であるとか,そのようなことはあるのだろうか.
 昨日引用した Fortson (659) は,文法化 (grammaticalisation) や意味変化 (semantic_change) と頻度の関係について論じているが,結論としては両者の間に相関関係はないと述べている.つまり,文法化や意味変化は高頻度語にも作用するし,低頻度語にも同じように作用する.これらの問題に,頻度という要因を導入する必要はないという.

We have seen, then, that both frequent and infrequent forms can be reanalyzed; both frequent and infrequent forms can be grammaticalized. If all these things happen, then frequency loses much or all of its force as an explanatory tool or condition of semantic change and grammaticalization. The reasons are not surprising, and underscore the sources of semantic change again. Frequent exposure to an irregular morpheme, for example (such as English is, are), can insure the acquisition of that morpheme because it is a discrete physical entity whose form is not in doubt to a child. By contrast, no matter how frequent a word is, its semantic representation always has to be inferred. Classical Chinese shì was a demonstrative pronoun that was subsequently reanalyzed as a copula; exposure to shì must have been very frequent to language learners, but so must have been the chances for reanalysis.


 Fortson がこのように主張するのは,昨日の記事「#2175. 伝統的な意味変化の類型への批判」 ([2015-04-11-1]) でも触れたように,意味変化には,しばしば信じられているように連続性はなく,むしろ非連続的なものであると考えているからだ.その点では,文法化や意味変化も他の言語変化と性質が異なるわけではなく,高頻度語あるいは低頻度語だからどうこうという問題ではないという.頻度が関与しているかのように見えるとすれば,それは diffusion (or transition) の次元においてであって,implementation の次元における頻度の関与はない,と.これは「#1872. Constant Rate Hypothesis」 ([2014-06-12-1]) を想起させる言語変化観である.

 ・ Fortson IV, Benjamin W. "An Approach to Semantic Change." Chapter 21 of The Handbook of Historical Linguistics. Ed. Brian D. Joseph and Richard D. Janda. Blackwell, 2003. 648--66.

Referrer (Inside): [2018-03-25-1]

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