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semantic_change - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2020-05-25 07:01

2017-02-10 Fri

#2846. 言語変化における「世代」 [language_change][kanji][semantic_change][generative_grammar][diachrony][semantic_change][polysemy]

 2月6日の読売新聞朝刊のコーナー「翻訳語事情」に,generation の訳語としての「世代」について,解説があった.本来,「世代」という漢語は「年代」「時代」「代々」「世々代々」ほどの意味で使われていたが,明治後半の教科書などで生物学用語として遺伝的な意味での「世代」が広まっていったという.さらに,19--20世紀にドイツ人文学から「歴史的体験を共有する同年齢層の集団」を意味する用法が哲学,社会学,芸術,文学などにおいて広がった.とりわけカール・マンハイム (1893--1947) が社会学的見地から「世代」を考察したことで,その潮流を受けた日本においても,現代的な意味での「世代」が定着するようになった.
 生物学的な「世代」と社会学的な「世代」とでは,形としては同じ単語であっても,大きな意味の差がある.前者は順に交替していくという意味での段階性を表わすのに対して,後者は同年齢層集団としての継続性が含意される.例えば「団塊の世代」の価値観は,時とともに構成員の年齢は上がっていくものの,それ自体は変化しないという点で継続性があるといえる.
 しかし,解説者の斎藤希史氏によれば,両方の意味において共通しているのは,「世代という語には,世の中を輪切りにして,断絶を意識させる傾向がある」ということだ.だが,冒頭に述べた原義にたち帰れば,「世々代々」とは「世を重ねて未来へ続いていくイメージ」があった.つまり,「世代」と聞いて喚起するイメージは,「世代交替」よりは「世代間交流」のほうに近かった可能性がある.
 「世代」に対する2つのイメージの差は,言語変化を考察するに当たっても示唆的である,生成文法の立場からは,言語変化とは文法変化のことであり,そこでは「世代交代」の発想が原則である.しかし,社会言語学的な立場から見れば,言語変化のイメージは「世代間交流」のほうに近いだろう.年上話者層と年下話者層では,確かに言葉遣いの平均値は異なっているだろうが,個々の話者を見れば,年下の言葉遣いの影響を受ける年上の人もいれば,その逆のケースもある.両話者層は,生まれた年代は異なるものの,現在を含むある幅の期間,(言語)生活を共有しているのだから,その共有の程度に応じて,多少なりとも存在している言語上の格差は薄められるだろう.言語変化は,世代交替によりカクカクと進んでいく側面もあるかもしれないが,世代間交流によりあくまで緩やかに進んでいくという部分が大きいのではないか.
 Bloomfield の言語変化における「世代」の認識も,「#1352. コミュニケーション密度と通時態」 ([2013-01-08-1]) で見たように,「世代間交流」の発想に近かったように思われる.

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2017-02-06 Mon

#2842. 固有名詞から生まれた語 [eponym][toponym][onomastics][etymology][metonymy][semantic_change][lexicology]

 シップリー (722--39) に「固有名詞から生まれた言葉」の一覧がある.以下では,その一覧を参照用に再現する.各表現の故事来歴について詳しくは直接シップリーに,あるいは各種の辞書に当たっていただきたい.とりあえず,このような表現がたくさんあるものだということを示しておきたい.

Adonis
agaric
agate
Alexandrine
Alice blue
America
ammonia
ampere
Ananias
Annie Oakley
aphrodisiac
areopagus
argosy
Argus-eyed
arras
artesian well
astrachan
Atlantic
atlas
babbitt
bacchanals
bakelite
barlett (pear)
battology
bayonet
begonia
bellarmine
bergamask
bison
blanket
bloomers
bobby
bohemian
bowdlerize
bowie
boycott
braille
brie
Brithg's disease
bronze
brougham
Brownian movement
brummagem
bunsen (burner)
Casarean
camembert
cantaloup
cardigan
caryatid
Cassandra
cereal
chalcedony
cherrystone clams
Chippendale
coach
Colombia, Columbia
cologne
colophony
colt
copper
coulomb
cravat
cupidity
currant
daguerreotype
dauphin
derby
diesel (engine)
diddle
doily
dollar
dumdum bullet
Duncan Phyfe
Dundreary (whiskers)
echo
epicurean
ermine
erotic
euhemerism
euphuism
Fabian
Fahrenheit
faience
Fallopian
farad
Ferris (wheel)
fez
forsythia
frankfurter
frieze
galvanize
gamboges
gardenia
gargantuan
gasconade
gauss
gavotte
gibus
Gilbertian
gladstone (bag)
Gobelin
gongorism
Gordian knot
gothite
greengage
Gregorian (calendar/chant)
guillotine
hamburger
havelock
Heaviside layer
hector
helot
henry
hermetically
hiddenite
Hitlerism
Hobson's choice
hyacinth
indigo
iridium
iris
jacinth
Jack Ketch
Jack Tar
jeremiad
jobation
Jonah
joule
jovial
Julian calendear
laconic
lambert
landau
Laputan, Laputian
lavalier
lazar
leather-stocking
Leninism
Leyden jar
lilliputian
limousine
loganberry
Lothario
lyceum
lynch
macadamize
machiavellian
machinaw
mackintosh
magnet
magnolia
malapropism
Malpighian tubes
manil(l)a
mansard roof
marcel
martinet
Marxist
maudlin
mausoleum
maxim (gun)
mayonnaise
mazurka
McIntosh (apple)
Melba toast
Mendelian
mentor
Mercator projection
mercerize
mercurial
meringue
mesmerism
mho
milliner
mnemonic
morphine
morris chair
morris dance
Morse code
negus
nicotine
Nestor
Occam's razor
odyssey
ogre
ohm
Olympian
panama (hat)
panic
parchment
Parthian glance, Parthian shot
pasteurize
peach
peeler
peony
percheron
philippic
pinchbeck
Platonic
Plimsoll line [mark]
poinsettia
polka
polonaise
pompadour
praline
Prince Albert
procrustean
protean
prussic (acid)
Ptolemaic system
Pullman
pyrrhic victory
pyrrhonism
quisling
quixotic
raglan
rhinestone
rodomontade
Roentgen ray
roquefort
Rosetta Stone
Rosicrucian
Salic (law)
Sally Lunn
Samaritan
sandwich
sardine
sardonic
sardonyx
satire
saxophone
scrooge
Seidlitz
sequoia
shanghai
Sheraton
shrapnel
silhouette
simony
sisyphean
socratic
solecism
spaniel
Spencer
spinach
spruce
Stalinism
stentorian
Steve Brodie
sybarite
tabasco
tangerine
tarantella
tarantula
thrasonical
timothy
titanic
tobacco
Trotskyte
trudgen
Vandyke
vaudeville
venery
Victoria
volcano
volt
vulcanize
watt
Wedgwood ware
Wellington (boot)
Winchester rifle
wulfenite
Xant(h)ippe
Zeppelin

 場所や人の名前をもとに,その来歴や何らかの特徴を反映した普通名詞が生まれるのは,主に metonymy の作用と考えられる.また,本来は固有の指示対象をもっていたものが,一般的に用いられるようになったという点で,意味の拡大の事例ともいえるだろう.
 シップリーの語源に関するリストとしては,ほかに「#1723. シップリーによる2重語一覧」 ([2014-01-14-1]) でも話題にしたので参照を.

 ・ ジョーゼフ T. シップリー 著,梅田 修・眞方 忠道・穴吹 章子 訳 『シップリー英語語源辞典』 大修館,2009年.

Referrer (Inside): [2017-02-13-1]

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2016-10-09 Sun

#2722. sad の意味変化 [semantic_change][polysemy][etymology]

 現代英語で「悲しい」を意味する sad は,古英語の sæd に対応するが,後者には「悲しい」の語義はなく,当時の意味は「満足した,十分な;飽きた」だった.ゲルマン祖語の形態は *saðaz と再建されており,ゲルマン諸語の同根語はオランダ語 zat, ドイツ語 satt, 古ノルド語 saðr, ゴート語 saþs となる.さらに印欧祖語に遡ると * "to satisfy" にたどりつき,ここからはラテン語 satis "enough" も生まれている.したがって,ラテン語から英語に入った satis, satisfaction, satisfy は,sad と同じ語根をもっていることになる.
 古英語の語義「満足した」はその後15世紀半ばまで存続したが,一方で「悲しい」の語義が1300年までに生じていた.14世紀中には「確固たる」「真剣な,まじめな」などの語義も生じている.したがって,中英語には,上記の様々な語義が共存していた.例えば,Cursor Mundi では,原義の「満足した」が Thof that thou euer vpon him se, / Of him sadd sal thou neuer be. として観察されるし,Chaucer の "The Man of Law's Tale" からは In Surrye whilom dwelte a compaignye / Of chapmen riche and therto sadde and trewe. では「まじめな」の語義が認められる.同じく Chaucer の The Romaunt of the Rose では,現代的な語義が She was cleped Avarice. . . Full sad and caytif was she. において見られる.
 このように,複数の語義が,初出年代は多少前後するものの14世紀前半辺りに立て続けに現われていることから,いずれかの語義がつなぎ役となって,原点「満足した」から仕舞いには「悲しい」へと到着したものと想像される.しかし,いかなる「つなぎ」により,「満足した」から「悲しい」へ至ったのかという問題については,確かなことはわかっていない.シップリーの語源辞典では「十分に満たされると飽きた (sated) 気持ちになり,少しもの悲しく (sad) なるものである」と述べられているが,別の可能性もある.例えば,食べ過ぎて「満足した」状態になると,人間は動きたくなくなり,実際に動けなくなる.動けずに居座っていると「腰を据えた,落ち着いた,安定した」あるいは「重々しい」状態となる.ここから「真剣な,まじめな」が生じ,これが度を超すと「悲しい,悲壮な」状態に至る,という道筋はどうだろうか.『英語語義語源辞典』はこの道筋を取っているようだ.
 sad については,「#1954. 意味変化によって意味不明となった英文」 ([2014-09-02-1]) でも少し触れているので,要参照.

 ・ ジョーゼフ T. シップリー 著,梅田 修・眞方 忠道・穴吹 章子 訳 『シップリー英語語源辞典』 大修館,2009年.
 ・ 小島 義郎,岸 暁,増田 秀夫・高野 嘉明(編) 『英語語義語源辞典』 三省堂,2007年.

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2016-09-25 Sun

#2708. morn, morning, morrow, tomorrow [etymology][phonetics][metonymy][semantic_change][japanese]

 「#2698. hyphen」 ([2016-09-15-1]) の記事で tomorrow の話題に触れたことを受け,9月16日付けの掲示板で,morrow という語についての質問が寄せられた.互いに関連する,morn, morning などとともに,これらの語源を追ってみたい.
 古英語で「朝」を表わす語は,morgen である.ゲルマン祖語の *murȝanaz に由来し,ドイツ語 Morgen, オランダ語 morgen と同根である.現代英語の morn は,この古英語 morgen の斜格形 mornemornes などの短縮形,あるいは中英語で発展した morwen, morun, moren などの短縮形に由来すると考えられる.morn は現在では《詩》で「朝,暁」を表わすほか,スコットランド方言で「明日」も表わす.
 一方,現代英語で最も普通の morning は,上の morn に -ing 語尾がついたもので,初期中英語に「朝」の意味で初出する.この -ing 語尾は,対になる evening からの類推により付加されたとされる.evening の場合には,単独で「晩」を表わす古英語名詞 ēfen, æfen から派生した動詞形 æfnian (晩になる)が,さらに -ing 語尾により名詞化したという複雑な経緯を辿っているが,morning はそのような途中の経緯をスキップして,とにかく表面的に -ing を付してみた,ということになる.
 さて,古英語 morgen のその後の音韻形態的発展も様々だったが,とりわけ第2音節の母音や子音 n が変化にさらされた.n の脱落した morwe などの形から,「#2031. follow, shadow, sorrow の <ow> 語尾」 ([2014-11-18-1]) に述べた変化を経て,morrow が生じた.現在,morrow も使用域は限定されているが,《詩》で「朝;翌日」を意味する.なお,語尾の n の脱落は,対語 even にも生じており,ここから eve (晩;前夜;前日)も初期中英語期に生じている.
 さて,本来「朝」を表わしたこれらの語は,同時に「明日」という意味を合わせもっていることが多い.前の晩の眠りに就いた頃の時間帯を基準として考えると,「朝」といえば通常「翌朝」を指す.そこから,指示対象がメトニミー (metonymy) の原理で「翌日の午前中」や「翌日全体」へと広がっていったと考えられる.tomorrow も,「前置詞 to +名詞 morrow」という語形成であり,「(翌)朝にかけて」ほどが原義だったが,これも同様に転じて「翌日に」を意味するようになった.なお,日本語でも,古くは「あした」(漢字表記としては <朝>)で「翌朝」を意味したが,英語の場合と同様の意味拡張を経て「翌日」を意味するようになったことはよく知られている.
 なお,上で触れた eve (晩)は,今度は朝起きた頃の時間帯を基準とすると,「昨晩」を指すことが多いだろう.そこから指示対象が「昨日全体」へと広がり,結局「前日」を意味するようにもなった.

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2016-08-03 Wed

#2655. PC言語改革の失敗と成功 [political_correctness][language_change][prescriptivism][gender_difference][semantic_change][language_planning][speed_of_change]

 政治的に公正な言語改革 ("politically correct" language reform) は,1970年代以降,英語の世界で様々な議論を呼び,実際に人々の言葉遣いを変えてきた.その過程で "political_correctness" という表現に手垢がついてきて,21世紀に入ってからは,かぎ括弧つきで表わさないと誤解されるほどまでになってきている."PC" という用語は意味の悪化 (semantic pejoration) を経たということであり,当初の言語改革への努力を指示するものとしてではなく,あまりに神経質で無用な言葉遣いを指すものとしてとらえられるようになってしまった.代わりの用語としては,性の問題に関する限り,"nonsexist language reform" という表現を用いておくのが妥当かもしれない.
 "PC" が嘲りの対象にまで矮小化されたのは,多くの人々がその改革の「公正さ」に胡散臭さを感じたためであり,その検閲官風の態度に自由を脅かされる危機感を感じたためだろう.Curzan (114) は,現在PC言語改革が低く評価されていることに関して,その背景を次のように指摘している.

Politically correct language and the efforts to promote it are regularly ridiculed in the public arena. Fabricated language reforms such as personhole cover for manhole cover and vertically challenged for short are held up as symptomatic of the movement's excesses. I call these fabricated because I have never actually heard any advocate of nonsexist language reform seriously propose personhole cover or anyone proposing any kind of language reform make a serious case for vertically challenged. Yet they can show up side by side with more common, even at this point mainstream reforms such as Native American for Indian, African American for Black. If Urban Dictionary provides a snapshot of attitudes about the term political correctness, the term's negative connotations have gone beyond silly and unnecessary and now include manipulative, harmful, and silencing. The first definition in Urban Dictionary in Fall 2012 (which means it had the best ratio of thumbs up to thumbs down) read: "Organized Orwellian intolerance and stupidity, disguised as compassionate liberalism." It goes on to note: "Political correctness is most well known as an institutional excuse for the harassment and exclusion of people with differing political views." Subsequent definitions link politically correct language to censorship and "the death of comedy."


 PC言語改革の高まりによって言葉遣いに関して何が変わったかといえば,新たな語句が生まれたということ以上に,個人がそのような言葉遣いを選ぶという行為そのものに政治的色彩がにじまざるを得なくなったということが挙げられる.一々の言語使用において,PC term と non-PC term の選択肢のいずれを採用するかという圧力を感じざるを得ない状況になってしまった.個人は中立を示す方法を失ってしまったといってもよい.Curzan (115) 曰く,"Politically correct language efforts force speakers to confront the fact that words are not neutral conveyors of intended meaning; words in and of themselves carry information about speaker attitudes and much more. Politically correct language asks speakers to use care in avoiding bias in their language choices and to respect the preferences of underrepresented groups in terms of the language used to refer to them."
 以上の経緯でPC言語改革の社会的な評価が下がってきたのは事実だが,言語変化,あるいは言語使用の変化という観点からいえば,きわめて人為的な変化にもかかわらず,この数十年のあいだに著しい成功を収めてきた稀な事例といえる.一般に,正書法の改革や語彙の改革など言語に関する意図的な介入が成功する例は,きわめて稀である.数少ない成功例では,およそ人々の間に改革を支持する雰囲気が醸成されている.それを権力側が何らかの形でバックアップしたり追随することで,改革が進んでいくのである.非性差別的言語改革は,少なくとも公的な書き言葉というレジスターにおいて部分的ではあるといえ奏功し,非常に短い期間で人々の言葉遣いを変えてきた.このこと自体は,目を見張る結果と評価してもよいのかもしれない.Curzan (116) もこの速度について,"The speed with which some politically responsive language efforts have changed Modern English usage is remarkable." と評価している.

 ・ Curzan, Anne. Fixing English: Prescriptivism and Language History. Cambridge: CUP, 2014.

Referrer (Inside): [2017-06-16-1]

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2016-06-22 Wed

#2613. 言語学における音象徴の位置づけ (4) [phonaesthesia][sound_symbolism][word_formation][semantic_change][etymology][blend]

 標題の第4弾 (cf. [2012-10-17-1], [2015-05-28-1]),[2016-06-14-1]) .Samuels は,phonaesthesia という現象が,それ自身,言語変化の1種として重要であるだけではなく,別種の言語変化の過程にも関与しうると考えている.以下のように,形態や意味への関与,そして新語形成にも貢献するだろうと述べている (Samuels 48) .

   (a) a word changes in form because its existing meaning suggests the inclusion of a phonaestheme, or the substitution of a different one;
   (b) a word changes in meaning because its existing form fits the new meaning better, i.e. its form thereby gains in motivation;
   (c) a new word arises from a combination of both (a) and (b).


 (a) の具体例として Samuels の挙げているのが,drag, fag, flag, lag, nag, sag のように phonaestheme -ag /-ag/ をもつ語群である.このなかで flag, lag, sag については,知られている語源形はいずれも /g/ ではなく /k/ をもっている.これは歴史上のいずれかの段階で /k/ が /g/ に置換されたことを示唆するが,これは音変化の結果ではなく,当該の phonaestheme -ag の影響によるものだろう.広い意味では類推作用 (analogy) といってよいが,その類推基盤が音素より大きく形態素より小さい phonaestheme という単位の記号にある点が特異である.ほかに,強意を表わすのに子音を重ねる "expressive gemination" も,(a) のタイプに近い.
 (b) の例としては,cl- と br- をもついくつかの語の意味が,その phonaestheme のもつ含意(ぞれぞれ "clinging, coagulation" と "vehemence" ほど)に近づきつつ変化していったケースが紹介されている (Samuels 55--56).

 earlier meaninglater meaning
CLOGfasten wood to (1398)encumber by adhesion (1526)
CLASPfasten (1386), enfold (1447)grip by hand, clasp (1583)
BRAZENof brass (OE)impudent (1573)
BRISTLEstand up stiff (1480)become indignant (1549)
BROILburn (1375)get angry (1561)


 (c) の例としては,flurry の語源の考察がある (Samuels 62) .この単語は,おそらく hurry という語が基体となっており,語頭子音 h が phonaestheme fl- により置き換えられたのだろうと推察している.そうだとすると,これは広い意味で混成語 (blend) の一種と考えられ,smog, brunch, trudge などの例と並列にみることができる.
 上記の例のなかには,しばしば語源不詳とされるものも含まれているが,phonaesthesia を語形成や意味変化の原理として認めることにより,こうした語源問題が解決されるケースが少なくないのではないか.
 音素より大きく,形態素より小さい単位としての phonaestheme という考え方には関心をもっている.昨年9月に口頭発表した "From Paragogic Segments to a Stylistic Morpheme: A Functional Shift of Final /st/ in Function Words Such As Betwixt and Amongst (cf. 「#2325. ICOME9 に参加して気づいた学界の潮流など」 ([2015-09-08-1])) や,"Betwixt and Between: The Ebb and Flow of Their Historical Variants" と題する拙論で調査した betwixtamongst の /-st/ が,まさに phonaestheme ではないかと考えている.

 ・ Samuels, M. L. Linguistic Evolution with Special Reference to English. London: CUP, 1972.
 ・ Hotta, Ryuichi. "Betwixt and Between: The Ebb and Flow of Their Historical Variants." Journal of the Faculty of Letters: Language, Literature and Culture 114 (2014): 17--36.

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2016-05-15 Sun

#2575. 言語変化の一方向性 [unidirectionality][language_change][grammaticalisation][bleaching][semantic_change][cognitive_linguistics][conversion][clitic]

 標題については,主として文法化 (grammaticalisation) や駆流 (drift) との関係において unidirectionality の各記事で扱ってきた.今回は,辻(編) (227) を参照して,文法化と関連して議論されている言語変化の単一方向性について,基本的な点をおさらいしたい.辻によれば,次のようにある.

文法化 とは,語彙的要素が特定の環境で繰り返し使われ,文法的な機能を果たす要素へと変化し,その文法的な機能が統語論的なもの(例:後置詞)からさらに形態論的なもの(例:接辞)へ進むことを指す。この文法化のプロセスの方向(すなわち,語彙的要素 > 統語論的要素 > 形態論的要素)が逆へは進まないことを「単方向性」の仮説と言う。


 例えば,means という名詞を含む by means of が手段を表わす文法的要素になることはあっても,すでに文法的要素である with が例えば "tool" の意の名詞に発展することはあり得ないことになる.しかし,ifs, ands, buts などは本来の接続詞が名詞化しているし,「飲み干す」の意味の動詞 down も前置詞由来であり,反例らしきもの,つまり脱文法化 (degrammaticalisation) の例も見られる.
 一方向性を擁護する立場からの,このような「逆方向」の例に対する反論として,文法化とは特定の構文の中で考えられるべきものであるという主張がある.例えば,未来を表わす be going to は,go が単独で文法化したわけではなく,beto を伴った,この特定の構文のなかで文法化したのだと考える.ifs, down などの例は,単発の品詞転換 (conversion) にすぎず,このような例をもって一方向性への反例とみなすことはできない,と論じる.また,変化のプロセスが漸次的であるか否かという点でも be going toifs は異なっており,同じ土俵では論じられないのだとも.
 それでも,真正な反例と呼べそうな例は稀に存在する.属格を表わす屈折語尾だった -es が,-'s という接語 (clitic) へ変化した事例は,より形態論的な要素からより統語論的な要素への変化であり,一方向性仮説への反例となる (cf. 「#819. his 属格」 ([2011-07-25-1]),「#1417. 群属格の発達」 ([2013-03-14-1]),「#1479. his 属格の衰退」 ([2013-05-15-1])) .
 一方向性の仮説は,言語変化理論のみならず,古い言語の再建を目指す比較言語学や,言語の原初の姿を明らかにしようとする言語起源の研究においても重大な含蓄をもつ.そのため,反例たる脱文法化の現象と合わせて,熱い議論が繰り広げられている.

 ・ 辻 幸夫(編) 『新編 認知言語学キーワード事典』 研究社.2013年.

Referrer (Inside): [2018-04-12-1] [2016-05-16-1]

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2016-05-08 Sun

#2568. dead metaphor (1) [metaphor][rhetoric][cognitive_linguistics][terminology][semantics][semantic_change][etymology]

 metaphor として始まったが,後に使い古されて常套語句となり,もはや metaphor として感じられなくなったような表現は,"dead metaphor" (死んだメタファー)と呼ばれる.「机の脚」や「台風の目」というときの「脚」や「目」は,本来の人間(あるいは動物)の体の部位を指すものからの転用であるという感覚は希薄である.共時的には,本来的な語義からほぼ独立した別の語義として理解されていると思われる.英語の the legs of a tablethe foot of the mountain も同様だ.かつては生き生きとした metaphor として機能していたものが,時とともに衰退 (fading) あるいは脱メタファー化 (demetaphorization) を経て,化石化したものといえる(前田,p. 127).
 しかし,上のメタファーの例は完全に「死んでいる」わけではない.後付けかもしれないが,机の脚と人間の脚とはイメージとして容易につなげることはできるからだ.もっと「死んでいる」例として,pupil の派生語義がある.この語の元来の語義は「生徒,学童」だが,相手の瞳に映る自分の像が小さい子供のように見えるところから転じて「瞳」の語義を得た.しかし,この意味的なつながりは現在では語源学者でない限り,意識にはのぼらず,共時的には別の単語として理解されている.件の比喩は,すでにほぼ「死んでいる」といってよい.
 「死んでいる」程度の差はあれ,この種の dead metaphor は言語に満ちている.「#2187. あらゆる語の意味がメタファーである」 ([2015-04-23-1]) で列挙したように,語という単位で考えても,その語源をひもとけば,非常に多数の語の意味が dead metaphor として存在していることがわかる.advert, comprehend など,そこであげた多くのラテン語由来の語は,英語への借用がなされた時点で,すでに共時的に dead metaphor であり,「死んだメタファーの輸入品」(前田,p. 127)と呼ぶべきものである.

 ・ 前田 満 「意味変化」『意味論』(中野弘三(編)) 朝倉書店,2012年,106--33頁.
 ・ 谷口 一美 『学びのエクササイズ 認知言語学』 ひつじ書房,2006年.

Referrer (Inside): [2016-05-09-1]

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2016-01-28 Thu

#2467. ルサンチマン, ressentiment, resentment [french][loan_word][latin][semantic_change][etymology]

 日本語の「ルサンチマン」は,フランス語 ressentiment からの借用語である.手元にあった『現代用語の基礎知識』 (2004) によれば,「恨み。憤慨。腹立しく思って憎むこと。貧しい人の富める者に対する,恨み。被差別者の差別者に対する,被支配者の支配者に対する怨念。」とある.ニーチェが『道徳の系譜』 (1887) で用い,その後 Max Scheler や Max Weber が発展させた概念だ.
 フランス語 ressentiment には「恨み,怨恨,遺恨」のほかに,古風であるが「感じ取ること;苦痛;感謝の念」ともあるから,古くは必ずしもネガティヴな感情のみに結びつけられたわけではなさそうだ.もとになった動詞 ressentir の基本的な語義も「強く感じ取る」であり,ressentir de l'amitié pour qn. (〜に友情を覚える)など,ポジティヴな共起を示す例がある.
 このフランス単語は,英語の resent(ment) に対応する.現在,後者の基本的な語義は「不快に思う,憤慨する,恨む」ほどであり,通常,ポジティヴな表現と共起することはない.しかし,語源的には re- + sentir と分解され,その原義は「繰り返し感じる;強く感じ取る」であるから,ネガティヴな語義への限定は後発のはずである.実際,17世紀に名詞 resentment がフランス語から英語へ借用されてたときから18--19世紀に至るまで,ポジティヴな感じ方としての「感謝」の語義も行なわれていた.伝道師が resenting God's favours (神の恩寵に対して感謝の意を抱くこと)について語っていたとおりであり,また OED では resentment, n. の語義5(廃義)として "Grateful appreciation or acknowledgement (of a service, kindness, etc.); a feeling or expression of gratitude. Obs." が確認される.
 しかし,やがて語義がネガティヴな方向へ偏っていき,現在の「憤慨」の語義が通常のものとして定着した.シップリー (533) は,この語の意味の悪化 (semantic pejoration) について「人間は悪いことを記憶する傾向を本性的にもつもので「感じる」でも特に「不快に感じる」を意味するようになった」としている.シップリーは同様の例として retaliate を挙げている.ラテン語 talis (似た)を含んでいることから,原義は「似たようなことをする,同じものを返す」だったが,負の感情と行動(「目には目を」)を表わす「報復する,仕返しする」へと特化した.

 ・ ジョーゼフ T. シップリー 著,梅田 修・眞方 忠道・穴吹 章子 訳 『シップリー英語語源辞典』 大修館,2009年.

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2015-11-28 Sat

#2406. metonymy [metonymy][metaphor][terminology][semantics][semantic_change][rhetoric][cognitive_linguistics]

 「#2187. あらゆる語の意味がメタファーである」 ([2015-04-23-1]) でメタファー (metaphor) について解説した.対するメトニミー (metonymy) については,各所で触れながらも,解説する機会がなかったので,Luján (291--92) などに拠りながらここで紹介したい.
 伝統的な修辞学の世界では「換喩」として知られてきたが,近年の認知言語学や意味論では横文字のまま「メトニミー」と呼ばれることが多い.この用語は,ギリシア語の metōnimía (change of name) に遡る.教科書的な説明を施せば,メタファーが2項の類似性 (similarity) に基づくのに対して,メトニミーは2項の隣接性 (contiguity) に基づくとされる.メタファーでは,2項はそれぞれ異なるドメイン (domain) に属しているが,何らかの類似性によって両者が結ばれる.メトニミーでは,2項は同一のドメインに属しており,その内部で何らかの隣接性によって両者が結ばれる.類似性と隣接性が厳密に区別できるものかという根本的な疑問もあるものの,当面はこの理解でよい (cf. 「#2196. マグリットの絵画における metaphor と metonymy の同居」 ([2015-05-02-1])) .
 メトニミーの本質をなす隣接性には,様々な種類がある.部分と全体(特に 提喩 (synechdoche) と呼ばれる),容器と内容,材料と物品,時間と出来事,場所とそこにある事物,原因と結果など,何らかの有機的な関係があれば,すべてメトニミーの種となる.したがって,意味の変異や変化において,きわめて卑近な過程である.「やかんが沸いている」というときの「やかん」は本来は容器だが,その容器の中に含まれる「水」を意味する.glass は本来「ガラス」という材料を指すが,その材料でできた製品である「グラス」をも意味する.ラテン語 sexta (sixth (hour)) はある時間を表わしていたが,そのスペイン語の発展形 siesta はその時間にとる午睡を意味するようになった.「永田町」や Capitol Hill は本来は場所の名前だが,それぞれ「首相官邸」と「米国議会」を意味する.「袖を濡らす」という事態は泣くという行為の結果であることから,「泣く」を意味するようになった.count one's beads という句において,元来 beads は「祈り」を意味したが,祈りの回数を数えるのにロザリオの数珠玉をもってしたことから,beads が「数珠玉」そのものを意味するようになった.隣接性は,物理法則に基づく因果関係から文化・歴史に強く依存する故事来歴に至るまで,何らかの有機的な関係があれば成立しうるという点で,応用範囲が広い.
 Saeed (365--66) より,英語からの典型的な例を種類別に挙げよう.

 ・ PART FOR WHOLE (synecdoche): All hands on deck.
 ・ WHOLE FOR PART (synecdoche): Brazil won the world cup.
 ・ CONTAINER FOR CONTENT: I don't drink more than two bottles.
 ・ MATERIAL FOR OBJECT: She needs a glass.
 ・ PRODUCER FOR PRODUCT: I'll buy you that Rembrandt.
 ・ PLACE FOR INSTITUTION: Downing Street has made no comment.
 ・ INSTITUTION FOR PEOPLE: The Senate isn't happy with this bill.
 ・ PLACE FOR EVENT: Hiroshima changed our view of war.
 ・ CONTROLLED FOR CONTROLLER: All the hospitals are on strike.
 ・ CAUSE FOR EFFECT: His native tongue is Hausa.

 ・ Luján, Eugenio R. "Semantic Change." Chapter 16 of Continuum Companion to Historical Linguistics. Ed. Silvia Luraghi and Vit Bubenik. London: Continuum International, 2010. 286--310.
 ・ Saeed, John I. Semantics. 3rd ed. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2009.

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2015-10-28 Wed

#2375. Anglo-French という補助線 (2) [semantics][semantic_change][semantic_borrowing][anglo-norman][french][lexicology][false_friend][methodology][borrowing][law_french]

 昨日の記事 ([2015-10-27-1]) に引き続き,英語史研究上の Anglo-French の再評価についての話題.Rothwell は,英語語彙や中世英語文化の研究において,Anglo-French の役割をもっと重視しなければならないと力説する.研究道具としての MED の限界にも言い及ぶなど,中世英語の文献学者に意識改革を迫る主張が何度も繰り返される.フランス語彙の「借用」 (borrowing) という概念にも変革を迫っており,傾聴に値する.いくつか文章を引用したい.

The MED reveals on virtually every page the massive and conventional sense and that in literally thousands of cases forms and meanings were adopted (not 'borrowed') into English from Insular, as opposed to Continental, French. The relationship of Anglo-French with Middle English was one of merger, not of borrowing, as a direct result of the bilingualism of the literate classes in mediaeval England. (174)

The linguistic situation in mediaeval England . . . produced . . . a transfer based on the fact that generations of educated Englishmen passed daily from English into French and back again in the course of their work. Very many of the French terms they used had been developing semantically on English soil since 1066, were absorbed quite naturally with all their semantic values into the native English of those who used them and then continued to evolve in their new environment of Middle English. This is a very long way from the traditional idea of 'linguistic borrowing'. (179--80)

[I]n England . . . the social status of French meant that it was used extensively in preference to English for written records of all kinds from the twelfth to the fifteenth century. As a result, given that English was the native language of the majority of those who wrote this form of French, many hundreds of words would have been in daily use in spoken English for generations without necessarily being committed to parchment or paper, the people who used them being bilingual in varying degrees, but using only one of their two vernaculars --- French --- to set down in writing their decisions, judgements, transactions, etc., for posterity. (185)


 昨日の記事では bachelor の「独身男性」の語義と apparel の「衣服」の語義の例を挙げた,もう1つ Anglo-French の補助線で解決できる事例として,Rothwell (184) の挙げている rape という語を取り上げよう.MED によると,「強姦」の意味での rāpe (n.(2)) は,英語では1425年の例が初出である.大陸のフランス語ではこの語は見いだされないのだが,Anglo-French では rap としてこの語義において13世紀末から文証される.

[A]s early as c. 1289 rape is defined in the French of the English lawyers as the forcible abduction of a woman; in c. 1292 the law defines it, again in French, as male violence against a woman's body. Therefore, for well over a century before the first attestation of 'rape' in Middle English, the law of England, expressed in French but executed by English justices, had been using these definitions throughout English society. rape is an Anglo-French term not found on the Continent. Admittedly, the Latin rapum is found even earlier than the French, but it was the widespread use of French in the actual pleading and detailed written accounts --- as distinct from the brief formal Latin record --- of cases in the English course of law from the second half of the thirteenth century onwards that has resulted in so very many English legal terms like rape having a French look about them. . . . As far as rape is concerned, there never was, in fact, a 'semantic vacuum' . . . .


 Rothwell (184) は,ほかにも larceny を始め多くの法律用語に似たような状況が当てはまるだろうと述べている.中英語の語彙の研究について,まだまだやるべきことが多く残されているようだ.

 ・ Rothwell, W. "The Missing Link in English Etymology: Anglo-French." Medium Aevum 60 (1991): 173--96.

Referrer (Inside): [2015-12-18-1]

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2015-10-27 Tue

#2374. Anglo-French という補助線 (1) [semantics][semantic_change][semantic_borrowing][anglo-norman][french][lexicology][false_friend][methodology]

 現代英語で「独身男性」を語義の1つとしてもつ bachelor に関して,意味論上の観点から「#1908. 女性を表わす語の意味の悪化 (1)」 ([2014-07-18-1]),「#1968. 語の意味の成分分析」 ([2014-09-16-1]),「#1969. 語の意味の成分分析の問題点」 ([2014-09-17-1]) で取り上げてきた.13世紀末にフランス語から借用された当初の語義は「若い騎士;若者」だったが,そこから意味が転じて「独身男性」へ発展したとされる.
 OED の bachelor, n. の語義4aによると,新しい語義での初出は Chaucer の Merchant's Tale (c1386) であり,l. 34 に "Bacheleris haue often peyne and wo." と見える.しかし,MEDbachelēr (n.) の語義1(b)によると,以下の通り,14世紀初期にまで遡る."c1325(c1300) Glo.Chron.A (Clg A.11) 701: Mi leue doȝter .. Ich þe wole marie wel .. To þe nobloste bachiler þat þin herte wile to stonde.
 上記の意味変化は,対応するフランス語の単語 bachelier には生じなかったとされ,現在では英仏語の間で "false friends" (Fr. "faux amis") の関係となっている.このように,この意味変化は伝統的に英語独自の発達と考えられてきた.ところが,Rothwell (175) は,英語独自発達説に,Anglo-French というつなぎ役のキャラクターを登場させて,鋭く切り込んだ.

Chaucer's use of this common Old French term in the Modern English sense of 'unmarried man' has no parallel in literature on the Continent, but is found in Anglo-French by the first quarter of the thirteenth century in The Song of Dermot and the Earl and again in the Liber Custumarum in the early fourteenth century. It is a pointer to the fact that the development of modern English, at least as far as the lexis and syntax are concerned, cannot be adequately researched without taking into account the whole corpus of Anglo-French.


 The Anglo-Norman Dictionary を調べてみると,bacheler の語義2として "unmarried man" があり,上記の出典とともに確かに例が挙げられている.英語独自の発達ではなく,ましてや大陸のフランス語の発達でもなく,実は Anglo-French における発達であり,それが英語にも移植されたにすぎないという,なんとも単純ではあるが目から鱗の落ちるような結論である.「衣服」の語義をもつ英語の apparel と,それをもたないフランス語の appareil の false friends も同様に Anglo-French 経由として説明されるという.
 Rothwell の論文では,Anglo-French という「補助線」を引くことにより,英語語彙に関わる多くの事実が明らかになり,問題が解決することが力説される.英語史研究でも,フランス語といえばまずパリの標準的なフランス語変種を思い浮かべ,それを基準としてフランス借用語の問題などを論じるのが当たり前だった.しかし,Anglo-French という変種の役割を改めて正当に評価することによって,未解決とされてきた英語史上の多くの問題が解かれる可能性があると,Rothwell は説く.Rothwell のこのスタンスは,「#2349. 英語の復権期にフランス借用語が爆発したのはなぜか (2)」 ([2015-10-02-1]),「#2350. Prioress の Anglo-French の地位はそれほど低くなかった」 ([2015-10-03-1]) で参照した論文でも貫かれており,啓発的である.

 ・ Rothwell, W. "The Missing Link in English Etymology: Anglo-French." Medium Aevum 60 (1991): 173--96.

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2015-09-16 Wed

#2333. a lot of [semantic_change][grammaticalisation][etymology][agreement][determiner][reanalysis][syntax]

 9月14日付けで,a lot of がどうして「多くの」を意味するようになったのかという質問をいただいた.これは,英語史や歴史言語学の観点からは,意味変化や文法化の話題としてとらえることができる.以下,核となる名詞 lot の語義と統語的振る舞いの通時的変化を略述しよう.
 OED や語源辞典によると,現代英語の lot の「くじ;くじ引き」の語義は,古英語 hlot (allotment, choice, share) にさかのぼる.これ自体はゲルマン祖語 *χlutam にさかのぼり,究極的には印欧祖語の語幹 *kleu- (hook) に起源をもつ.他のゲルマン諸語にも同根語が広くみられ,ロマンス諸語へも借用されている.元来「(くじのための)小枝」を意味したと考えられ,ラテン語 clāvis (key), clāvus (nail) との関連も指摘されている.
 さて,古英語の「くじ;くじ引き」の語義に始まり,くじ引きによって決められる戦利品や財産の「分配」,そして「割り当て;一部」の語義が生じた.現代英語の parking lot (駐車場)は,土地の割り当てということである.くじ引きであるから「運,運命」の語義が中英語期に生じたのも首肯できる.
 近代英語期に入って16世紀半ばには,くじ引きの「景品」の語義が発達した(ただし,後にこの語義は廃用となる).景品といえば,現在,ティッシュペーパー1年分や栄養ドリンク半年分など,商品の一山が当たることから推測できるように,同じものの「一山,一組」という語義が17世紀半ばに生じた.現在でも,競売に出される品物を指して Lot 46: six chairs などの表現が用いられる.ここから同じ物や人の「集団,一群」 (group, set) ほどの語義が発展し,現在 The first lot of visitors has/have arrived. / I have several lots of essays to mark this weekend. / What do you lot want? (informal) などの用例が認められる.
 古い「割り当て;一部」の語義にせよ,新しい「集団,一群」の語義にせよ,a lot of [noun] の形で用いられることが多かったことは自然である.また,lot の前に(特に軽蔑の意味をこめた)様々な形容詞が添えられ,an interesting lot of peoplea lazy lot (of people) のような表現が現われてきた.1800年前後には,a great lot ofa large lot of など数量の大きさを表わす形容詞がつくケースが現われ,おそらくこれが契機となって,19世紀初めには形容詞なしの a lot of あるいは lots of が単体で「多数の,多量の」を表わす語法を発達させた.現在「多くの」の意味で極めて卑近な a lot of は,この通り,かなり新しい表現である.
 a lot of [noun] や lots of [noun] の主要部は,元来,統語的には lot(s) のはずだが,初期の用例における数の一致から判断するに,早くから [noun] が主要部ととらえられていたようだ.現在では,a lot oflots ofmanymuch と同様に限定詞 (determiner) あるいは数量詞 (quantifier) と解釈されている (Quirk et al. 264) .このことは,ときに alot of と綴られたり,a が省略されて lot of などと表記されることからも確認できる.
 同じように,部分を表わす of を含む句が限定詞として再分析され,文法化 (grammaticalisation) してきた例として,a number ofa majority of などがある.a [noun_1] of [noun_2] の型を示す数量表現において,主要部が [noun_1] から [noun_2] へと移行する統語変化が,共通して生じてきていることがわかる (Denison 121) .
 上記 lot の意味変化については,Room (169) も参照されたい.

 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
 ・ Denison, David. "Syntax." The Cambridge History of the English Language. Vol. 4. Ed. Suzanne Romaine. Cambridge: CUP, 1998.
 ・ Room, Adrian, ed. NTC's Dictionary of Changes in Meanings. Lincolnwood: NTC, 1991.

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2015-07-24 Fri

#2279. 英語語彙の逆転二層構造 [loan_word][french][lexicology][register][taboo][semantic_change][lexical_stratification]

 英語には,英語本来語とフランス語・ラテン語からの借用語が使用域を違えて共存する,語彙の三層構造というべきものがある.一般に,本来語彙は日常的,一般的,庶民的,略式,暖かい,懐かしい,感情に直接うったえかけるなどの特徴をもち,借用語は学問的,専門的,文学的,格式,中立,よそよそしいといった響きをもつ.この使用域の対立については,Orr の記述が的確である.

For two hundred years and more, things intellectual, things pertaining to the spirit, were symbolized by words that had a flavour of remoteness, of higher courtliness, words redolent of the school rather than of the home, words that often had by their side humbler synonyms, humbler, yet used to express the things that are closer to our hearts as human beings, as children and parents, lovers and workers. (Orr, John. Words and Sounds in English and French. Oxford: Blackwell, 1953. p. 42 qtd. in Ullmann 146)


 本ブログでも,この対立に関連する話題を「#334. 英語語彙の三層構造」 ([2010-03-27-1]),「#335. 日本語語彙の三層構造」 ([2010-03-28-1]),「#1296. 三層構造の例を追加」 ([2012-11-13-1]),「#1960. 英語語彙のピラミッド構造」 ([2014-09-08-1]),「#2072. 英語語彙の三層構造の是非」 ([2014-12-29-1]) ほか多くの記事で取り上げてきた.
 本来語が低く,借用語が高いという使用域の分布が多くの語彙ペアに当てはまることは事実だろう.しかし,関係が逆転しているように見えるペアもないではない.例えば,Ullmann (147) は,次のペアを挙げている.最初の2組のペアについては,Jespersen (93) も触れている.

Native wordForeign word
dalevalley
deedaction
foeenemy
meedreward
to heedto take notice of


 これらのペアにおいて,特別な含意なしに日常的に用いられるのは,右側の借用語の系列だろう.左側の本来語の系列は,むしろ文学的,詩的であり,使用頻度も相対的に低いと思われる.予想に反するこのような逆転の分布は,比較的まれではあるとはいえ,なぜ生じるのだろうか.
 1つには,これらのペアでは,本来語の頻度の低さや使用域の狭さから推し量るに,借用語が本来語を半ば置換しかけたに近いのではないか.本来語のほうは放っておけば完全に廃用となってもおかしくなかったが,使用域を限ったり,方言に限定されるなどし,最終的には周辺的に残存するに至ったのだろう.外来要素からの圧力を受けた,意味の特殊化 (specialization) あるいは縮小 (narrowing) の事例といってもよい.
 そして,このようにかろうじて生き残った本来語は,後にその「感情に直接うったえかける」性質を最大限に発揮し,ついには特定の強い感情的な含意を帯びることになったのではないか.アングロサクソンの民族精神という言い方をあえてすれば,これらの本来語には,そのような民族の想いや叫びのようなものが強く感じられるのだ.それが原因なのか結果なのか,いずれにせよ主として文学的,詩的な響きをもって用いられるに至っている.
 本来語に強い感情的な含意が付加されて,場合によってはタブーに近い負の力を有するに至ったものとして,bloody (cf. sanguinary), blooming (cf. flourishing), devilish (cf. diabolical), hell (cf. inferno), popish (cf. papal) などがある (Ullmann 147) .これらの本来語も,dalefoe などと同様に,外来要素に押されて使用域が狭められたものと解釈できる.

 ・ Ullmann, Stephen. Semantics: An Introduction to the Science of Meaning. 1962. Barns & Noble, 1979.
 ・ Jespersen, Otto. Growth and Structure of the English Language. 10th ed. Chicago: U of Chicago, 1982.

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2015-07-23 Thu

#2278. 意味の曖昧性 [semantics][polysemy][hyponymy][semantic_change][family_resemblance]

 意味の曖昧性 (semantic vagueness) は,意味変化において重要な意味をもつ.曖昧さとは「漠然とした,はっきりしない」という点で,伝統的な言語論では否定的に扱われてきたが,Wittgenstein (1889--1951) が語彙と意味におけるファジーでアナログな家族的類似 (family resemblance) を指摘して以来,むしろ言語における重要で有用な要素であると考えられるようになった (cf. 「#1964. プロトタイプ」 ([2014-09-12-1])) .しかし,曖昧性といってもいくつかの種類がある.Waldron (146--48) に従って4つに分類しよう.

 (1) ambiguity. 意味解釈に2つ以上の選択肢があり,そのいずれが意図されているかを特定できない場合.これは,言語項が必然的にもつ多義性 (polysemy) の結果といえる.He gave me a ring. における ring など語彙的な ambiguity もあれば,Flying planes can be dangerous. のような統語的な ambiguity もある.

 (2) generality. 一般的あるいは抽象的な語が用いられるとき,実際にどの程度の一般性あるいは抽象性が意図されているのか不明な場合がある.例えば,some, often, likely, soon, huge といった場合,具体的には各々どれほどの程度なのか.また,thing, act, case, fact, way, matter などの抽象的な語では,実際に何が指示されているのか判断できないことがある.この意味での曖昧性は,「#1962. 概念階層」 ([2014-09-10-1]) でみた概念階層 (conceptual hierarchy) あるいは包摂関係 (hyponymy) の上下関係の問題と関連する.

 (3) variation. ある語の厳密な定義が,話者の間で揺れている場合.例えば,honour とは何か,justice, wicked, fair, culture, education, conservative, democratic とは何であるかについては,個人によって意見が異なる.抽象語に広く見られる現象.

 (4) indeterminacy. 指示対象の境目がはっきりしない場合.例えば,shoulder, neck, lip など体の部位の範囲は各々どこからどこまでなのか,morning, afternoon, evening のあいだの区別は何時なのか等々,指示対象自体の物理的な範囲が明確に定められていない,あるいは明確に定める必要も特に感じられない場合である.

 (1) は意味変化の結果としての多義性に基づくが,(2), (3), (4) は多義性を生み出す意味変化の種ともなりうることに注意したい.曖昧さ,多義性,意味変化の相互関係は複雑である.

 ・ Waldron, R. A. Sense and Sense Development. New York: OUP, 1967.

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2015-06-29 Mon

#2254. 意味変化研究の歴史 [history_of_linguistics][semantic_change][semantic][rhetoric][causation][cognitive_linguistics]

 連日,Waldron に依拠して意味変化の記事を書いてきたが,同じ Waldron (115--16) を参照して,19世紀以降の意味変化研究史を振り返ってみたい.
 近代的な意味変化論は,19世紀初頭のドイツに起こった.比較言語学が出現し,音韻変化が研究され始めたのと同じ頃,言語学者は古典的なレトリックの用語により意味変化を記述できる可能性に気づいた.共時的な言葉のあや (figures of speech) と通時的な意味変化の類縁性に気がついたのである.例えば,意味変化の分類が,synechdoche, metonymy, metaphor などのレトリック用語に基づいてなされるなどした.意味変化研究史の幕開けがまさにこの関係の気づきにあったことを考えると,昨今,古典的レトリックと意味変化の関係が認知言語学の立場から再び注目を集めている状況は,非常に興味深い (cf. 「#2191. レトリックのまとめ」 ([2015-04-27-1])) .
 レトリック用語による意味変化の分類から始まり,19世紀中には論理的な分類も発達した.ある意味で現代にまで根強く続いている Extension, Restriction, Transfer の3分法である.これをより論理的に整理したのが,1894年の R. Thomas による分類で,以下のように図示できる (Waldron 115) .

I Change within the same conceptual sphere
     (a) Species pro genere
     (b) Genus pro specie
II Change through transfer to another conceptual sphere
     (a) Through subjective correspondence (metaphor)
     (b) Through objective correspondence (metonymy)


 20世紀に入ると,これまでのような意味変化の分類よりも,意味変化の原因(心理的,社会的,言語的)へと関心が移った.意味変化研究に社会や歴史の観点が取り入れられるようになり,科学技術の発展,社会道徳の変化,各種レジスターなどが意味変化に及ぼしてきた影響が論じられるようになった.
 意味変化に関する20世紀の代表的著作として Stern, Ullmann, Waldron が挙げられるが,意味変化の分類や原因を巡る議論は,およそ出尽くし,整理されたといえるかもしれない.近年は,上記のような古典的な意味変化論から脱却して,認知言語学,文法化研究,語用論などから示唆を得た,新しい意味変化研究が生まれてきつつある.
 意味論全体の研究史については,「#1686. 言語学的意味論の略史」 ([2013-12-08-1]) を参照.

 ・ Waldron, R. A. Sense and Sense Development. New York: OUP, 1967.

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2015-06-28 Sun

#2253. 意味変化の原因を論じるのがなぜ難しいか [causation][semantic_change][methodology][language_change][history_of_linguistics][language_change][link]

 この2日間の記事「#2251. Ullmann による意味変化の分類」 ([2015-06-26-1]),「#2252. Waldron による意味変化の分類」 ([2015-06-28-1]) で引用・参照した Waldron は,Stern と Ullmann などの主要な先行研究を踏まえながら,意味変化の原因についても論じている.原因についての何らかの新しい洞察を付け加えているわけではないが,原因論を巡ることがなぜ難しいのかというメタな問題について,非常に参考になる議論を展開している.

   We have now considered a number of factors which may contribute to change of meaning and it is not difficult to see why so many different schemes of semantic change have been proposed over the last 150 years and why there is so little agreement among scholars as to the correct classification of the phenomena. For behind every change of meaning there lies a chain of causation which can be analysed at a number of different levels --- e.g. material, social, psychological, logical --- and at each level we should get a different answer to the question 'Why did this word change its meaning?' The position of a statistician analysing (let us suppose) the causes of death in a certain community would be somewhat similar, unless he decided beforehand what sort of causes he was going to pay attention to. For at one level of analysis, every death might presumably be regarded as a case of heart stopped beating; at different levels of analysis such categories as drowning, overwork, carbon-monoxide poisoning, typhoid, and smoke-polluted atmosphere might all be acceptable as causes; but there would be no guarantee that each death would fit into one and only one aetiological category, unless the causes were all analysed at more or less the same level. The doctor who has to insert a cause of death on a death certificate uses one of a set of terms which classify the causes on a fairly consistent level of medical diagnosis; and in matters of such complexity no system of classification for causes is serviceable unless consistency of level is observed. This, of course, is a consequence of the indeterminateness of our concept of cause: every event has many different causes.
   It is quite futile, therefore, for us to attempt to distinguish which sense-changes are due to linguistic causes and which to non-linguistic causes, or which are due to material causes and which to social causes; while it would perhaps be an exaggeration to contend that any change of meaning could be regarded as the consequence, immediate or remote, of any of the recognized causes, the various causal schemes undoubtedly show a good deal of overlapping.


 意味変化の原因の研究を,人の死因の究明になぞらえた点が秀逸である.原因の分析のレベルが様々にありうる以上,そこから取り出される原因そのものも多種多様であり,またしばしば互いに重なり合っていることは当然である.必然的に multiple causation を想定せざるをえないことになる.
 このことは,意味変化の原因論にとどまらず,言語変化一般の原因論についてもいえるだろう.言語学史においても,言語変化の原因,理由,動機づけ(を探ること)については侃々諤々の議論がある.この問題については,本ブログから cat:language_change causation の各記事を参照されたい.その中でも,とりわけ関係するものとして以下を挙げておく (##442,1123,1173,1282,1549,1582,1584,1986,2123,2143,2151,2161) .

 ・ 「#442. 言語変化の原因」 ([2010-07-13-1])
 ・ 「#1123. 言語変化の原因と歴史言語学」 ([2012-05-24-1])
 ・ 「#1173. 言語変化の必然と偶然」 ([2012-07-13-1])
 ・ 「#1282. コセリウによる3種類の異なる言語変化の原因」 ([2012-10-30-1])
 ・ 「#1549. Why does language change? or Why do speakers change their language?」 ([2013-07-24-1])
 ・ 「#1582. 言語内的な要因と言語外的な要因はどちらが重要か? (2)」 ([2013-08-26-1])
 ・ 「#1584. 言語内的な要因と言語外的な要因はどちらが重要か? (3)」 ([2013-08-28-1])
 ・ 「#1986. 言語変化の multiple causation あるいは "synergy"」 ([2014-10-04-1])
 ・ 「#2123. 言語変化の切り口」 ([2015-02-18-1])
 ・ 「#2143. 言語変化に「原因」はない」 ([2015-03-10-1])
 ・ 「#2151. 言語変化の原因の3層」 ([2015-03-18-1])
 ・ 「#2161. 社会構造の変化は言語構造に直接は反映しない」 ([2015-03-28-1])

 ・ Waldron, R. A. Sense and Sense Development. New York: OUP, 1967.

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2015-06-27 Sat

#2252. Waldron による意味変化の分類 [semantic_change][semantics][folk_etymology]

 昨日の記事「#2251. Ullmann による意味変化の分類」 ([2015-06-26-1]) の最後で,Ullmann の体系的な分類にも問題があると述べた.批判すべき点がいくつかあるなかで,Waldron はなかんずく昨日の図の B の II に相当する "Transfers of senses" の2つ,Popular etymology と Ellipsis を取り上げて,これらが純粋な意味変化ではない点を批判的に指摘している.この問題については,本ブログでも「#2174. 民間語源と意味変化」 ([2015-04-10-1]),「#2175. 伝統的な意味変化の類型への批判」 ([2015-04-11-1]),「#2177. 伝統的な意味変化の類型への批判 (2)」 ([2015-04-13-1]) で触れているが,改めて Waldron (138) の言葉により考えてみよう.

To confine our attention in the first instance to the fourfold division which is the heart of the scheme, we may feel some uneasiness at the inequality of these four categories in consideration of the exact correlation of their descriptions. This is not a question of their relative importance or frequency of occurrence but (again) of the level of analysis at which they emerge. Specifically, it seems possible to describe transfers based on sense-similarity and sense-contiguity as in themselves kinds of semantic change, whereas name-similarity and name-contiguity appear rather changes of form which are potential causes of a variety of types of change of meaning. To say that so-and-so is a case of metonymy or metaphor is far more informative as to the nature of the change of meaning than is the case with popular etymology or ellipsis. The former changes always result, by definition, in a word's acquisition of a complete new sense, while the result in the case of popular etymology is more often a peripheral modification of the word's original sense (as in the change from shamefast to shamefaced) and in the case of ellipsis a kind of telescoping of meaning, so that the remaining part of the expression has the meaning of the whole. In neither case is the result as clear cut and invariable as metonymy and metaphor.


 Waldron は,B II に関してこのように批判を加えた上で,それを外して自らの意味変化の分類を提示した.B III の "Composite changes" も除き,A と B I からなる分類法である.Waldron は,A を "Shift" (Stern 流の分類でいう adequation と substitution におよそ相当する)と呼び,B I (a) を "Metaphoric Transfer",B I (b) を "Metonymic Transfer" と呼んだ.図式化すると以下のような分類となる.

                        ┌─── Shift
Change of Meaning ───┤                      ┌─── Metaphoric Transfer
                        └─── Transfer ───┤
                                                └─── Metonymic Transfer

 これで,本ブログ上にて Stern ([2014-06-13-1]), Ullmann ([2015-06-26-1]), Waldron による古典的な意味変化の分類を3種示してきたことになる.##1873,2251,2252 で比較対照されたい.

 ・ Waldron, R. A. Sense and Sense Development. New York: OUP, 1967.

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2015-06-26 Fri

#2251. Ullmann による意味変化の分類 [semantic_change][semantics]

 「#1873. Stern による意味変化の7分類」 ([2014-06-13-1]),「#1953. Stern による意味変化の7分類 (2)」 ([2014-09-01-1]) で Stern による意味変化の分類をみた.同じくらい影響力のある意味変化の分類として,Ullmann のものがある.この分類は Ullmann の第8章 "Change of Meaning" (193--235) で紹介されているが,それを Waldron (136) が非常に端的にまとめてくれているので,そちらを示そう.

A. Semantic changes due to linguistic conservatism
B. Semantic changes due to linguistic innovation
     I. Transfers of names:
          (a) Through similarity between the senses;
          (b) Through contiguity between the senses.
     II. Transfers of senses:
          (a) Through similarity between the names;
          (b) Through contiguity between the names.
     III. Composite changes.


 A の "linguistic conservatism" というのは誤解を招く名付け方だが (see Waldron, pp. 138--39),Stern の意味変化の類型でいうところの adequation と substitution におよそ相当する.ある語の指示対象(の理解)が歴史的に変化するにつれ,その語の意味も変化してきたケースを指す (ex. ship, atom, scholasticism) .B の "linguistic innovation" は,意味 (sense) と名前 (name) の対立に,類似性 (similarity) と隣接性 (contiguity) の対立を掛け合わせた論理的な体系へと下位区分されている.
 とりわけ Ullmann の関心は B の I と II にあるということで,Waldron (137) はこの2つの分類について,さらに直感的に理解しやすいように,以下のような図にまとめている.

             (a)                    (b)
          Similarity             Contiguity
------------------------------------------------
I.      between senses:       between senses:
        Metaphor              Metonymy            ---> Name-Transfer
------------------------------------------------
II.     between names:        between names:
        Popular Etymology     Ellipsis            ---> Sense-Transfer
------------------------------------------------

 Ullmann の分類は,非常に綺麗ですっきりしているのだが,そうであればこその問題点もあるはずだ.その批評については,明日の記事で.

 ・ Ullmann, Stephen. Semantics: An Introduction to the Science of Meaning. 1962. Barns & Noble, 1979.
 ・ Waldron, R. A. Sense and Sense Development. New York: OUP, 1967.

Referrer (Inside): [2015-06-28-1] [2015-06-27-1]

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2015-05-18 Mon

#2212. 固有名詞はシニフィエなきシニフィアンである [onomastics][personal_name][sign][semantic_change][semantics][semiotics][arbitrariness][saussure]

 固有名詞の本質的な機能は,個物や個人を特定することにある.このことに異論はないだろう.確かに世の中には John Smith や鈴木一郎はたくさんいるかもしれないが,その場その場では,ある人物を特定するのに John Smith や鈴木一郎という名前で十分なことがほとんどである.固有名詞の最たる役割は,identification である.
 固有名詞には,その機能を果たす目的と関連の深い,付随した特徴がいくつかある.立川・山田 (100--08) は,言語論において固有名詞がいかに扱われてきたか,その歴史を概観しながら,固有名詞の特徴として以下の4点ほどに触れている.

 (1) 固有名詞は一般概念としてのシニフィエをもたず,個物や個人を直接的に指示する.すなわち,シニフィエ (signifié) なきシニフィアン (signifiant),空虚なシニフィアンである.
 (2) 固有名詞は翻訳不可能である.
 (3) 固有名詞は言語のなかにおける外部性を体現している.
 (4) 固有名詞は意味生成の拠点である.

 (1) は,端的に言えば固有名詞には意味がないということだ.普通名詞のもっているような象徴化機能を欠いているということもできる.一方で,指示対象は明確である.指示対象を特定するのが固有名詞の役割であるから,明確なのは当然である.意味あるいはシニフィエをもたずに,指示対象を直接に指すことができるというのが固有名詞の最も際立った特徴といえるだろう.「#1769. Ogden and Richards の semiotic triangle」 ([2014-03-01-1]) の図でいえば,底辺が直接に矢印で結ばれるようなイメージだ.
 (2) 以下の特徴も,(1) から流れ出たものである.(2) の固有名詞の翻訳不可能性は,固有名詞にもともと意味(シニフィエ)がないからである.翻訳というのは,シニフィエは(ほとんど)同一だが,シニフィアンが言語によって異なるような2つの記号どうしの関連づけである.したがって,シニフィエがない固有名詞には,翻訳という過程は無縁である.人名の Smith は「鍛冶屋」,鈴木は「鈴の木」であるから,意味があると議論することもできそうだが,人名として用いるときに意味は意識されることはないし,他言語への翻訳にあたって,通常,意味を取って訳すことはしない.
 (3) は,固有名詞が紛れもなく言語を構成する一部であるにもかかわらず,ソシュールの唱えるような差異の体系としての言語体系にはうまく位置づけられないことを述べたものである.言語が差違の体系であるということは,語彙でいえば,ある語は他の語との主として意味的な関係において相対的に存在するにすぎないということである.例えば,「男」という名詞は「女」という名詞との意味の対比において語彙体系内に特定の位置を占めているのであり,逆もまた然りである.語彙体系は,主として意味における対立を基本原理としているのだ.ところが,固有名詞は意味をもたないのであるから,主として意味に立脚する語彙体系には組み込まれえない.固有名詞は,言語内的な意味を経由せずに,直接に外界の指示対象を示すという点で,内部にありながらも外部との連絡が強いのである.固有名詞という語類は,ソシュール的な言語体系のなかに明確な位置づけをもたない.コトバとモノの狭間にある特異な存在である.
 (4) は逆説的で興味深い指摘である.固有名詞は,確かにシニフィエはもたないが,シニフィアンをもっている以上,外面的に記号の体裁は保っている.半記号とでも呼ぶべきものであり,少なくとも記号の候補ではあろう.そのようにみると,固有名詞には一人前の記号となるべく何らかのシニフィエを獲得しようとする力が働くものなのではないか,とも疑われてくる.固有名詞のシニフィアンに対応するシニフィエは無であるからこそ,その穴を埋めるべく何らかのシニフィエが外から押し寄せてくる,という考え方である.これは,意味生成 (signifiance) の過程にほかならない.立川・山田 (104--05) は,固有名詞の意味生成について次のように述べる(原文の傍点は下線に替えてある).

さらに興味深いのは、語る主体にたいする固有名詞の効果である。通常の語がすでに意味によって充満しているのにたいして、意味をもたない〈空虚なシニフィアン〉である固有名詞は、その空虚=シニフィエ・ゼロをめざして押し寄せてくる主体のさまざまな情念や想像にとらえられ、ディスクールのレベルでは逆に多義性を獲得してしまう。つまり、固有名詞はラングのレベルでシニフィエをもたないがゆえに、語る主体たちのファンタスムを迎えいれ、それと同時にみずから核となってファンタスムを増殖させていくのである。


 「#1108. 言語記号の恣意性,有縁性,無縁性」 ([2012-05-09-1]),「#1184. 固有名詞化 (1)」 ([2012-07-24-1]),「#1185. 固有名詞化 (2)」 ([2012-07-25-1]) などで,普通名詞の固有名詞化は意味の無縁化としてとらえることができると示唆したが,一旦固有名詞になると,今度は意味を充填しようとして有縁化に向けた過程が始動するということか.有縁化と無縁化のあいだの永遠のサイクルを思わずにいられない.
 立川・山田 (100) は「固有名詞という品詞をいかに定義するか。それは、それぞれの言語理論の特性を浮かびあがらせてしまう試金石であるといってもよい。」と述べている.

 ・ 立川 健二・山田 広昭 『現代言語論』 新曜社,1990年.

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