3月26日,アメリカのバイデン大統領がロシアのプーチン大統領を butcher と表現し,波紋を呼んでいる.OALD8 によると butcher には3つの語義がある.
1 a person whose job is cutting up and selling meat in a shop/store or killing animals for this purpose
2 butcher's (plural butchers) a shop/store that sells meat
3 a person who kills people in a cruel and violent way
バイデンが用いた語義は第3のもの,和訳すれば「虐殺者」である(cf. 往年の悪役レスラー,アブドーラ・ザ・ブッチャー).
この butcher は語の意味変化 (semantic_change) の典型例を提供してくれている.「#473. 意味変化の典型的なパターン」 ([2010-08-13-1]) や「#2102. 英語史における意味の拡大と縮小の例」 ([2015-01-28-1]) でも示した通り,原義は「雄ヤギ殺し」である.そこから,雄ヤギに限らず食肉を売る業者,すなわち「肉屋」を指すように一般化したという.さらに,殺す対象が人間にまで及び「虐殺者」となった.
語幹部分は buck 「雄鹿」と同根である.印欧祖語に遡る古い語幹だが,ゲルマン語を通じて古英語では「雄鹿」の意味のほかに「雄ヤギ」の意味でも用いられた.この語幹はフランス語にも入り,そこではもっぱら「雄ヤギ」の意味で用いられた.
古フランス語の諸方言では,これに動作主語尾をつけた bucher, bouchier などが文証され,これらももともとは原義に忠実な「雄ヤギ殺し」の意味だったと思われるが,12世紀末以降は一般化した「肉屋;屠殺業者」の意味で用いられるようになった.この意味の段階で13世紀末頃,bocher の形で英語に借用されてきた.
英語では,さらに意味が一般化して「人の虐殺者」となったが,その初例は MED の bocher n. の語義3 "One who slaughters human beings" の下にある次のものである.
c1450(c1350) Alex.& D.(Bod 264) 750: But bochours ben 綻ei [your gods] echon, ȝour body to dismembre.
butcher については,意味変化とは異なる観点から「#754. 産婆と助産師」 ([2011-05-21-1]) や「#4033. 3重字 <tch> の分布と歴史」 ([2020-05-12-1]) でも触れている.
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