今日はクロスポスト的な記事で新味がなくてすみません.それでも意味変化 (semantic_change) の観点から大事な話題なので,こちらでも取り上げる次第です.
この2ヶ月ほど「Mond」という質問サイトにて,英語史に関連のある質問に回答するということを行なってきました.最近の質問として,次の興味深い問いが寄せられてきました.
凄い(すごい)という言葉には
・ぞっとするほど恐ろしい
・並外れている.たいそうな.
という2つの意味がありますが,後者の意味で主に用いられている印象です.英語や他の言語にも失われつつある意味を持つ単語はあるのでしょうか?
これは,まさに古今東西の言語に普遍的な意味変化のパターンに関する質問です.強意語 (intensifier) は,使われすぎると強意がすり減って逓減していくものなので,新たに強意を表わす表現が常に求められるのです.新たな強意語のソースは,いろいろとあるのですが,その典型の1つが「否定的な感情語」です.怖い,おぞましい,痛い,苦しい,というホラー用語は,どうしても強調語になりやすいのですね.それは,なぜか? 10秒ほど考えれば分かると思います.あの負の感情が10秒続いたら,ちょっと参りますよね・・・
上記の質問を受けて,こんな感じで回答しました.
とても身近でおもしろい指摘,ありがとうございます.「すごい」に2つの意味があるというのは,それぞれの用例をみれば明らかですね.例えば「すごい目つき」といえば「恐ろしい」の意味だとわかりますし,「すごい美人」といえば「並外れた」の意味だとわかります.この2つの意味をざっくり区別するならば,「恐ろしい」は感情の種類・質に関する意味で,「並外れた」は物事の程度・量に関する意味ということになります.歴史的には前者から後者が派生しているので,質から量への意味変化と言っておいてよいかと思います.
この「質から量への意味変化」というのは,かなり普遍的なようです.とりわけ「恐ろしい」「痛い」「ひどい」といった否定的な感情・知覚を表わす形容詞・副詞は,しばしば感情の質そのものよりも,その感情の程度の甚だしさが注目され,結果として単なる強調表現になり下がるということが,よくあるパターンのようです.
日本語の「恐ろしく優しい」「痛く感心した」「ひどく喜んだ」のような例から分かる通り,文字通りの否定的な質の意味で解釈すると,むしろ矛盾するような表現もありますね.すでに量の意味になり下がっているということだと思います.
英語からも類例がいくらでも挙がります.terrible/terribly の語幹は terror 「恐怖」と同一ですが,本来の「恐ろしい/恐ろしく」の意味で使われることは少ないです (ex. a terrible weapon 「恐ろしい武器」) .むしろ,程度の激しいことを示すだけの強調語として in a terrible hurry 「非常に急いで」のように使うことのほうが多いです.質から量への意味変化が生じたもう1つの例ですね.
ほかには amazingly, awfully, desperately, dreadfully, horribly, marvellously, sorelyなど感情に起因する副詞は,強調語になり下がる例が多いようです.
おっしゃるとおり,これらの語では,本来の質的な意味は希薄になってしまい,ほとんどの場合,量的な意味で強調語として用いられるに至ったのだと思います.
いずれの言語でも,並行的な現象が見られるというのは,たいへん面白いですね.ありがとうございました.
関連して,英語に関する話題ではありますが,筆者によるこちらの記事をご覧ください.
鋭い質問は学びの基本だと思います.よく答えるよりもよく問うほうが圧倒的に難しいです.もう1週間で新年度が始まりますが,とりわけ新大学生は大学生活のなかで「問う方法」こそを習得してください!
強意語に関しては,以下の記事や intensifier もご参照ください.
・ 「#992. 強意語と「限界効用逓減の法則」」 ([2012-01-14-1])
・ 「#1220. 初期近代英語における強意副詞の拡大」 ([2012-08-29-1])
・ 「#1219. 強意語はなぜ種類が豊富か」 ([2012-08-28-1])
・ 「#2190. 原義の弱まった強意語」 ([2015-04-26-1])
・ 「#4236. intensifier の分類」 ([2020-12-01-1])
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