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2015-09-30 Wed

#2347. 句比較の発達におけるフランス語,ラテン語の影響について [comparison][french][latin][contact][register]

 昨日の記事「#2346. more, most を用いた句比較の発達」 ([2015-09-29-1]) で,句比較の発達に,フランス語やラテン語の対応する構造が関与していた可能性に触れた.特にフランス語影響説はしばしば議論されてきたが,英語とフランス語の句比較の構造が異なっていたこと,本来語かフランス借用語かという語種にかかわらず句比較が使用されていたことなどから,影響説を認めない立場もある.
 Mustanoja (280) は,フランス語,ラテン語から影響の可能性について慎重に議論しつつも,興味深い視点を与えている.

It is not easy to assess the influence of Latin and French on the development of English comparison. It is perhaps not altogether impossible that Latin influence has played a part in this process, particularly in the earlier stages. And considering the fact that periphrastic comparison begins to gain ground in English at a time when French influence is particularly strong, it seems reasonable to assume that the influence of this language has considerably strengthened the position of more and most in the English system of comparison. Another point which seems to speak for foreign influence is that the periphrastic mode of comparison does not seem to be favoured by living popular speech. 'The comparison of adjectives is formed in the [modern English] dialects by adding the comparative suffix -er and the superlative -est to practically all adjectives, polysyllabic as well as monosyllabic. More and most are as a rule only used to supplement or intensify the regular comparison, as more beautifuller, most worst' (Elizabeth M. Wright, Rustic Speech and Folk-lore, London 1913, p. 145).


 もし最後の点が正しいとすれば,屈折比較の句比較の使い分けは,本来,語の音節数云々というよりは媒体 (medium) や文体 (style) などの使用域 (register) に依存していたことになる.また,その使い分けは,中英語期のイングランドにおける本来語とフランス語,ラテン語の社会的な地位の差に対応するという議論にもつながっていくだろう.実証的な研究が望まれる.

 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.

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2015-09-17 Thu

#2334. 英語の復権と議会の発展 [law_french][register][french][bilingualism][latin][reestablishment_of_english][history][parliament][hundred_years_war]

 ノルマン征服 (norman_conquest) でいったん地位の下落した英語が,中英語期半ばからフランス語やラテン語に抗して徐々に復権していく過程について,本ブログでは reestablishment_of_english の各記事で取り上げてきた.英語の復権は数世紀にわたる緩慢な過程であるため,途中の各段階での共時的な状況がとらえにくい.この点で,同じく緩慢に進行した「#2321. 綴字標準化の緩慢な潮流」 ([2015-09-04-1]) とも類似する.この種の歴史的状況をよく理解するためには,同じ問題を様々な角度から眺め,立体的な像を作り上げていくしかない.
 関連した問題として,先日「#2330. 13--14世紀イングランドの法律まわりの使用言語」 ([2015-09-13-1]) を取り上げた.今回は,出版されたばかりの,読みやすい君塚直隆氏によるイギリス史概説書より,同じく法律まわりの使用言語という観点から,英語の復権について触れられている箇所があるので,引用したい.

「ノルマン征服」以後、イングランド貴族の日常言語はフランス語であり、公式の文書などにはラテン語が用いられてきた。これがジョンによる「ノルマン喪失」以降、貴族の間でも英語が日常的に使われ、エドワード3世治世下の一三六三年からは議会での日常語は正式に英語と定められた。庶民院にはフランス語ができない層が数多くいたこととも関わっていた。
 議会の公式文書のほうは、一五世紀前半まではラテン語とともにフランス語が使われていたが、一四八九年からは法令の草稿も英語となった(議会制定法自体はラテン語のまま)。最終的に法として認められる「国王による裁可」(ロイヤル・アセント)も、一七世紀前半まではフランス語が使われていたが、共和制の到来(一六四九年)とともに英語に直され、以後今日まで続いている。 (134--35)


 引用でも示唆されているとおり,英語の復権は,議会の発展と少なからず並行している.13世紀以降,イングランドの歴代の王は,John の失った大陸の領地を奪還すべく対仏戦争をしかけてゆく.しかし,戦争は費用がかかる.特に14世紀の百年戦争に際して,Edward III は戦費調達のために国民に対する課税を要求したが,すでにその時代までには,国王であれ非課税者の代表が集まる議会の承認なくしては実現しにくい案件となっていた.国政における議会の役割が大きくなり,構成員,審議内容,手続きなどが洗練されてきたのが,Edward III の治世 (1327--77) だった.この時代に,英語が公的な使用を認められてゆくようになるというのは,偶然ではない.
 話し言葉の世界では上記のように英語の復権が着々と進んだが,書き言葉の世界ではまだまだ伝統と惰性が物を言い,フランス語とラテン語がしばらく公用語としての地位を守り続けることになった.それでも,数世紀単位でみれば,やはり公的な英語の復権の潮流は,中英語半ばにはすでに生まれていたとみてよいだろう.

 ・ 君塚 直隆 『物語 イギリスの歴史(上)』 中央公論新社〈中公新書〉,2015年.

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2015-09-13 Sun

#2330. 13--14世紀イングランドの法律まわりの使用言語 [law_french][register][anglo-norman][french][bilingualism][latin][norman_conquest][reestablishment_of_english]

 ノルマン征服 (norman_conquest) 後のイングランドでは,法律関連で用いられる言語は複数あった.だが,法律の言語と一口にいっても,書き言葉か話し言葉という談話の媒体 (mode of discourse) というパラメータもあったし,法文,裁判記録,論文,口頭審問などという談話の場 (field of discourse) というパラメータもあった.使用言語は,ロンドンと地方とでは異なっていたかもしれないし,裁判の級によっても変異していた可能性がある.そして,時代とともに,ラテン語よりもフランス語へ,そしてフランス語よりも英語へという潮流もあった.中英語期における法律分野での羅・仏・英語の使い分けの実態は,残された資料に基づいて,ある程度明らかにすることは可能だが,多くの推理も必要となる.
 「#1443. 法律英語における同義語の並列」 ([2013-04-09-1]) の冒頭に記したように,概略としては「13世紀にはラテン語に代わってフランス語が法律関係の表現において優勢となってゆく.フランス語は法文書においてもラテン語と競り合い,14世紀には優勢となる.15世紀には,Law French は Law English に徐々に取って代わられてゆくが,近代に至るまでフランス語の遺産は受け継がれた」と考えてよい.Brand は,法律まわりの談話の使用域を細分化した上で,13--14世紀イングランドの法律まわりの使用言語を調査している.
 ノルマン征服後,法律関係の文書においてラテン語が最も普通の言語であったことは間違いないが,裁判で用いられる言語についてはどうだったのだろうか.Brand (66) は,Henry II (1133--89) が王立裁判所を設立した当初から,そこでの使用言語は英語ではなくフランス語だったとみている.

It seems much more likely that French had been the language of the royal courts from the very beginning of the system of central royal courts established by Henry II and that French was their language because in that period it was the first language of the men appointed as royal justices and of many of the litigants. French seems then to have remained the language of the courts in part because of cultural conservatism, the absence of any really compelling reason for changing accepted practice; in part because there were advantages to the professional elite who came to dominate legal practice in using a language which needed to be learned and mastered by outsiders and which enhance their mystique; in part also because the courts had developed a technical French vocabulary that was not easily translatable into English.


 ここでは,「#661. 12世紀後期イングランド人の話し言葉と書き言葉」 ([2011-02-17-1]) でもみたように,すでに12世紀後半にはノルマン系貴族を含むイングランド国民の多くが英語を母語としていたと考えられるが,法律や裁判という限定的な使用域においては,フランス語使用が惰性的に持続していたことが想定されている.
 この惰性は13世紀から14世紀にかけても続き,むしろ発展すらした.フランス語は法文書においてラテン語と競合し,1275年に初めてフランス語による公的に制定された法文書が現われると,1300年以降,フランス語は "the language of the future in 1300 for English legal instruction" (Brand 72) となった.
 しかし,フランス語の栄光は長く続かなかった.14世紀半ばには,「#324. 議会と法廷で英語使用が公認された年」 ([2010-03-17-1]) や「#131. 英語の復権」 ([2009-09-05-1]) でみたように,英語が徐々に法律の分野へも侵入してきたからである.
 Brand (75--76) は,13世紀から14世紀前半にかけて,フランス語が法律の分野で著しく用いられた状況について,次のように要約している.

The languages of English law in the thirteenth and fourteenth century were primarily Latin and French. Latin was and remained the language of formal record at all levels of the court hierarchy. It was also the language of some of the thirteenth-century instructional literature of English law and even perhaps of some of the actual instruction. Its status as the language of formal legislation appears to have gone unchallenged prior to the last quarter of the thirteenth century but thereafter was increasingly challenged by the Anglo-Norman French of the common lawyers. Anglo-Norman French was the language actually used in pleading not just in the royal courts but also in county and city courts and came to be the invariable language of the law reports which recorded such pleading and which were also used to teach the following generation of law students. Anglo-Norman was also the language of oral legal instruction and of the legal literature which grew out of such instruction and of some other instructional literature as well. Anglo-Norman may always have been the language for the drafting and discussion of legislation but was also from 1275 onwards one of the two languages used for the formal enactment of legislation as well. The third language used in thirteenth- and early-fourteenth-century England, English, is little in evidence here. It may have been used in the local proclamation of legislation, but it was not for the most part one of the written languages used in legal contexts.


 関連して,Law French については,「#336. Law French」 ([2010-03-29-1]) 及び law_french の各記事を参照されたい.

 ・ Brand, Paul. "The languages of the Law in Later Medieval England." Multilingualism in Later Medieval Britain. Ed. D. A. Trotter. Cambridge: D. S. Brewer, 2000. 63--76.

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2015-09-11 Fri

#2328. 中英語の多言語使用 [me][bilingualism][french][latin][contact][sociolinguistics][writing][diglossia][register]

 中英語における,英語,フランス語,ラテン語の3言語使用を巡る社会的・言語的状況については,これまでの記事でも多く取り上げてきた.例えば,以下を参照.

 ・ 「#334. 英語語彙の三層構造」 ([2010-03-27-1])
 ・ 「#661. 12世紀後期イングランド人の話し言葉と書き言葉」 ([2011-02-17-1])
 ・ 「#1488. -glossia のダイナミズム」 ([2013-05-24-1])
 ・ 「#1960. 英語語彙のピラミッド構造」 ([2014-09-08-1])
 ・ 「#2025. イングランドは常に多言語国だった」 ([2014-11-12-1])

 Crespo (24) は,中英語期における各言語の社会的な位置づけ,具体的には使用域,使用媒体,地位を,すごぶる図式ではあるが,以下のようにまとめている.

LANGUAGERegisterMediumStatus
LatinFormal-OfficialWrittenHigh
FrenchFormal-OfficialWritten/SpokenHigh
EnglishInformal-ColloquialSpokenLow


 Crespo (25) はまた,3言語使用 (trilingualism) が時間とともに2言語使用 (bilingualism) へ,そして最終的に1言語使用 (monolingualism) へと解消されていく段階を,次のように図式的に示している.

ENGLANDLanguagesLinguistic situation
Early Middle AgesLatin--French--EnglishTRILINGUAL
14th--15th centuriesFrench--EnglishBILINGUAL
15th--16th c. onwardsEnglishMONOLINGUAL


 実際には,3言語使用や2言語使用を実践していた個人の数は全体から見れば限られていたことに注意すべきである.Crespo (25) も2つ目の表について述べている通り,"The initial trilingual situation (amongst at least certain groups) developed into oral bilingualism (though not universal) which in turn gradually resulted in vernacular monolingualism" ということである.だが,いずれの表も,中英語期のマクロ社会言語学的状況の一面をうまく表現している図ではある.

 ・ Crespo, Begoña. "Historical Background of Multilingualism and Its Impact." Multilingualism in Later Medieval Britain. Ed. D. A. Trotter. Cambridge: D. S. Brewer, 2000. 23--35.

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2015-08-15 Sat

#2301. 話し言葉と書き言葉をつなぐスペクトル [pragmatics][methodology][genre][medium][writing][register]

 「#230. 話しことばと書きことばの対立は絶対的か?」 ([2009-12-13-1]) で,Koch and Oesterreicher の有名な「近いことば」と「遠いことば」のモデルを紹介した.これは,言語使用域 (register) に関連して,話し言葉や書き言葉などの談話の媒体 (medium) と,新聞記事,日記,説法,インタビューなどの談話の場 (field of discourse) とが互いにどのように連動しているかを示す1つのモデルである(使用域については「#839. register」 ([2011-08-14-1]) を参照).
 また,歴史語用論における証拠の問題と関連して「#2001. 歴史語用論におけるデータ」 ([2014-10-19-1]) でも,談話の媒体と場(あるいはジャンル)の関係を表わすものとして,Jucker による図を示した.
 今回はもう1つ参照用に Svartvik and Leech (200) による "A spectrum of usage linking speech with writing" を導入しよう.

'Typical speech'
       ↑                   Face-to face conversation
       │                   Telephone conversation
       │
       │                   Personal letters
       │                   Interviews
       │                   Spontaneous speeches
       │
       │                   Romantic fiction
       │                   Prepared speeches (such as lectures)
       │
       │                   Mystery and adventure fiction
       │                   Professional letters
       │                   News broadcasts
       │
       │                   Science fiction
       │                   Newspaper editorials
       │
       │                   Biographies
       │                   Newspaper reporting
       │                   Academic writing
       │
       ↓                   Official documents
'Typical writing'

 Koch and Oesterreicher の図のように2次元的でもないし,Jucker の図のように階層的でもない.あくまで単純かつフラットな連続体を表わす図にすぎないので,注意して解釈する必要があるが,参照には簡便だろう.
 Halliday 言語学において使用域を構成する談話の媒体,場,スタイルの3種の区分は,それぞれが精緻な連続体をなしており,しかもお互いが複雑に乗り入れをしている.すべてをまともに図示しようとすれば,何重ものスペクトルになるだろう.
 話し言葉と書き言葉の問題,媒体の問題については,「#748. 話し言葉書き言葉」 ([2011-05-15-1]),「#849. 話し言葉書き言葉 (2)」 ([2011-08-24-1]) ,「#1001. 話しことばと書きことば (3)」 ([2012-01-23-1]),「#1665. 話しことばと書きことば (4)」 ([2013-11-17-1]),「#1829. 書き言葉テクストの3つの機能」 ([2014-04-30-1]),「#1664. CMC (computer-mediated communication)」 ([2013-11-16-1]) をはじめ,medium の各記事を参照されたい.

 ・ Svartvik, Jan and Geoffrey Leech. English: One Tongue, Many Voices. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2006. 144--49.

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2015-07-24 Fri

#2279. 英語語彙の逆転二層構造 [loan_word][french][lexicology][register][taboo][semantic_change][lexical_stratification]

 英語には,英語本来語とフランス語・ラテン語からの借用語が使用域を違えて共存する,語彙の三層構造というべきものがある.一般に,本来語彙は日常的,一般的,庶民的,略式,暖かい,懐かしい,感情に直接うったえかけるなどの特徴をもち,借用語は学問的,専門的,文学的,格式,中立,よそよそしいといった響きをもつ.この使用域の対立については,Orr の記述が的確である.

For two hundred years and more, things intellectual, things pertaining to the spirit, were symbolized by words that had a flavour of remoteness, of higher courtliness, words redolent of the school rather than of the home, words that often had by their side humbler synonyms, humbler, yet used to express the things that are closer to our hearts as human beings, as children and parents, lovers and workers. (Orr, John. Words and Sounds in English and French. Oxford: Blackwell, 1953. p. 42 qtd. in Ullmann 146)


 本ブログでも,この対立に関連する話題を「#334. 英語語彙の三層構造」 ([2010-03-27-1]),「#335. 日本語語彙の三層構造」 ([2010-03-28-1]),「#1296. 三層構造の例を追加」 ([2012-11-13-1]),「#1960. 英語語彙のピラミッド構造」 ([2014-09-08-1]),「#2072. 英語語彙の三層構造の是非」 ([2014-12-29-1]) ほか多くの記事で取り上げてきた.
 本来語が低く,借用語が高いという使用域の分布が多くの語彙ペアに当てはまることは事実だろう.しかし,関係が逆転しているように見えるペアもないではない.例えば,Ullmann (147) は,次のペアを挙げている.最初の2組のペアについては,Jespersen (93) も触れている.

Native wordForeign word
dalevalley
deedaction
foeenemy
meedreward
to heedto take notice of


 これらのペアにおいて,特別な含意なしに日常的に用いられるのは,右側の借用語の系列だろう.左側の本来語の系列は,むしろ文学的,詩的であり,使用頻度も相対的に低いと思われる.予想に反するこのような逆転の分布は,比較的まれではあるとはいえ,なぜ生じるのだろうか.
 1つには,これらのペアでは,本来語の頻度の低さや使用域の狭さから推し量るに,借用語が本来語を半ば置換しかけたに近いのではないか.本来語のほうは放っておけば完全に廃用となってもおかしくなかったが,使用域を限ったり,方言に限定されるなどし,最終的には周辺的に残存するに至ったのだろう.外来要素からの圧力を受けた,意味の特殊化 (specialization) あるいは縮小 (narrowing) の事例といってもよい.
 そして,このようにかろうじて生き残った本来語は,後にその「感情に直接うったえかける」性質を最大限に発揮し,ついには特定の強い感情的な含意を帯びることになったのではないか.アングロサクソンの民族精神という言い方をあえてすれば,これらの本来語には,そのような民族の想いや叫びのようなものが強く感じられるのだ.それが原因なのか結果なのか,いずれにせよ主として文学的,詩的な響きをもって用いられるに至っている.
 本来語に強い感情的な含意が付加されて,場合によってはタブーに近い負の力を有するに至ったものとして,bloody (cf. sanguinary), blooming (cf. flourishing), devilish (cf. diabolical), hell (cf. inferno), popish (cf. papal) などがある (Ullmann 147) .これらの本来語も,dalefoe などと同様に,外来要素に押されて使用域が狭められたものと解釈できる.

 ・ Ullmann, Stephen. Semantics: An Introduction to the Science of Meaning. 1962. Barns & Noble, 1979.
 ・ Jespersen, Otto. Growth and Structure of the English Language. 10th ed. Chicago: U of Chicago, 1982.

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2015-07-16 Thu

#2271. 後期中英語の macaronic な会計文書 [code-switching][me][bilingualism][latin][register][pragmatics]

 中英語期の英羅仏の混在型文書,いわゆる macaronic writing については,「#1470. macaronic lyric」 ([2013-05-06-1]),「#1625. 中英語期の書き言葉における code-switching」 ([2013-10-08-1]) で話題にし,それを応用した議論として初期近代英語期の語源的綴字について「#1941. macaronic code-switching としての語源的綴字?」 ([2014-08-20-1]) の記事を書いた.文書のなかで言語を切り替える動機づけは,ランダムなのか,あるいは社会的・談話語用的な意味合いがあるのか議論してきた.
 この分野で活発に研究している Wright (768--69) は,中英語の文書,とりわけ彼女の調査したロンドンの会計文書に現われる英羅語の code-switching には,社会的・談話語用的な動機づけがあったのではないかと論じている

I am led to suggest that macaronic writing should not be taken simply as a reflection of growing ignorance of Latin, nor be explained merely as some kind of partial bilingualism into which users naturally fell because they had been exposed to Latin in their profession. Rather I conclude that macaronic writing formed a deliberate, formal register; with systemic rules for the formation of words and sentences, which underwent temporal change as does any language structure. At this early stage of investigation, I venture to suggest that macaronic writing may be associable with a specific social group (in this case, accountants) whose professional status was defined at least in part by a facility in both languages, and whose emerging position may itself have been marked by the hybrid usage of macaronic writing as a formal register in professional contexts.


 会計文書における英羅語の混在がランダムな code-switching ではないということ,両言語をまともに解さない半言語使用 (semilingualism) に基づくものではないということについて,Wright (769fn) はピジン語と対比しながら次のように述べている.

. . . pidgins develop due to the inability of the interlocutors to understand each other's language, whereas macaronic writing appears to show the ability of the composer to understand both Latin and English. Pidgins depend upon the spoken form as a primary medium for their development, whereas there is no evidence that material so stylistically sophisticated as macaronic sermons or administrative records were first transmitted as speech.


 macaronic writing は商用文書のほかに聖歌や説教にも見られるが,いずれの使用域においても何らかの社会的・語用的な動機づけがあるのではないかという議論である.商用文書に関しては,実用を目的とする上で英羅語混在が有利な何らかの理由があったのかもしれないし,聖歌や説教では使用言語によって,聞き手の宗教心に訴えかける効果が異なっていたということなのかもしれない.いずれにせよ,code-switching に動機づけがあったとして,それが具体的に何だったのかが問題である.

 ・ Wright, Laura. "Macaronic Writing in a London Archive, 1380--1480." History of Englishes: New Methods and Interpretations in Historical Linguistics. Ed. Matti Rissanen, Ossi Ihalainen, Terttu Nevalainen, and Irma Taavitsainen. Berlin: Mouton de Gruyter, 1992. 762--71.

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2015-06-23 Tue

#2248. 不定人称代名詞としての you [personal_pronoun][proverb][register][sobokunagimon]

 6月3日付けで寄せられた素朴な疑問.不定人称代名詞として peopleone ほどの一般的な指示対象を表わす you の用法は,歴史的にいつどのように発達したものか,という質問である.現代英語の例文をいくつか挙げよう.

 ・ You learn a language better if you visit the country where it is spoken.
 ・ It's a friendly place---people come up to you in the street and start talking.
 ・ You have to be 21 or over to buy alcohol in Florida.
 ・ On a clear day you can see the mountains from here.
 ・ I don't like body builders who are so overdeveloped you can see the veins in their bulging muscles.


 まずは,OED を見てみよう.you, pron., adj., and n. によれば,you の不定代名詞としての用法は16世紀半ば,初期近代英語に遡る.

8. Used to address any hearer or reader; (hence as an indefinite personal pronoun) any person, one . . . .

   c1555 Manifest Detection Diceplay sig. D.iiiiv, The verser who counterfeatith the gentilman commeth stoutly, and sittes at your elbowe, praing you to call him neare.


 当時はまだ2人称単数代名詞として thou が生き残っていたので,OED の thou, pron. and n.1 も調べてみたが,そちらでは特に不定人称代名詞としての語義は設けられていなかった.
 中英語の状況を当たってみようと Mustanoja を開くと,この件について議論をみつけることができた.Mustanoja (127) は,thou の不定人称的用法が Chaucer にみられることを指摘している.

It has been suggested (H. Koziol, E Studien LXXV, 1942, 170--4) that in a number of cases, especially when he seemingly addresses his reader, Chaucer employs thou for an indefinite person. Thus, for instance, in thou myghtest wene that this Palamon In his fightyng were a wood leon) (CT A Kn. 1655), thou seems to stand rather for an indefinite person and can hardly be interpreted as a real pronoun of address.


 さらに本格的な議論が Mustanoja (224--25) で繰り広げられている.上記のように OED の記述からは,この用法の発達が初期近代英語のものかと疑われるところだが,実際には単数形 thou にも複数形 ye にも,中英語からの例が確かに認められるという.初期中英語からの 単数形 thou の例が3つ引かれているが,当時から不定人称的用法は普通だったという (Mustanoja 224--25) .

 ・ wel þu myhtes faren all a dæis fare, sculdest thu nevre finden man in tune sittende, ne land tiled (OE Chron. an. 1137)
 ・ no mihtest þu finde (Lawman A 31799)
 ・ --- and hwat mihte, wenest tu, was icud ine þeos wordes? (Ancr. 33)


 中英語期には単数形 thou の用例のほうが多く,複数形 ye あるいは you の用例は,これらが単数形 thou を置換しつつあった中英語末期においても,さほど目立ちはしなかったようだ.しかし,複数形 ye の例も,確かに初期中英語から以下のように文証される (Mustanoja 225) .

 ・ --- þenne ȝe mawen schulen and repen þat ho er sowen (Poema Mor. 20)
 ・ --- and how ȝe shal save ȝowself þe Sauter bereth witnesse (PPl. B ii 38)
 ・ --- ȝe may weile se, thouch nane ȝow tell, How hard a thing that threldome is; For men may weile se, that ar wys, That wedding is the hardest band (Barbour i 264)


 なお,MEDthou (pron.) (1g, 2f) でも (1b, 2b) でも,不定人称的用法は初期中英語から豊富に文証される.例文を参照されたい.
 本来聞き手を指示する2人称代名詞が,不定の一般的な人々を指示する用法を発達させることになったことは,それほど突飛ではない.ことわざ,行儀作法,レシピなどを考えてみるとよい.これらのレジスターでは,発信者は,聞き手あるいは読み手を想定して thou なり ye なりを用いるが,そのような聞き手あるいは読み手は実際には不特定多数の人々である.また,これらのレジスターでは,内容の一般性や普遍性こそが身上であり,とりあえず主語などとして立てた thouye が語用論的に指示対象を拡げることは自然の成り行きだろう.例えばこのようなレジスターから出発して,2人称代名詞がより一般的に不定人称的に用いられることになったのではないだろうか.

 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.

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2015-04-02 Thu

#2166. argot (隠語)の他律性 [sociolinguistics][language_or_dialect][register][variety][terminology]

 「#1522. autonomyheteronomy」 ([2013-06-27-1]) で論じたように,独立した言語変種は autonomy (自律性)があるといわれ,それに依存する変種は heteronomous (他律的)と言われる.だが,ある変種が自律的あるいは他律的であるということは具体的にはどういうことなのだろうか.この区別は社会言語学的な含意をもってつけられるのが普通だが,言語的な側面はあるのだろうか.
 自律性と他律性を考える際にはある言語の標準方言と地域方言を念頭に置くのが普通だが,ここではある言語の標準的な言葉遣いと隠語 (argot) とを,それぞれ自律的なコードと他律的なコードと考えてみよう.argot とは犯罪者の仲間うちで用いられる暗号的な言葉遣いであり,暗語や符牒とも呼ばれる.slang や jargon も特定の集団に用いられる言葉遣いであり,その点では似ているが,argot はとりわけ犯罪性と秘匿性が強い.しかし,なぜ argot のような言葉遣いが存在するのかを理解するには,この2特徴を指摘するだけでは不十分である.argot の語形成,意味場の構成,音韻過程は,対置される標準的な言葉遣いからの故意の逸脱を狙っているのであり,その意味においてかえって標準語に対して他律的,依存的であるという逆説が生じていることが重要である.これに関して,Irvine (253) が次のように指摘している.

. . . the codes' origin in counter-societies is reflected in many aspects of their linguistic form, for instance in their elaboration of lexicon and metaphor relevant to their special activities and their attitudes toward the normative society, and in their frequent use of formal inversions and reversals, such as metathesis. Also significant is their conspicuous avoidance and violation of forms recognized as "standard" . . . . These anti-languages are clearly not autonomous codes, then, although the normative codes on which they depend may be. The anti-language is not, and has never been, anyone's native tongue, nor are all its formal characteristics simply arbitrary. Both functionally and formally it is derived from the normative code, just as its speakers define their social role in opposition to the normative society.


 引用にある "anti-language" は,Halliday の用語であり,argot などのコードを指すものととらえてよい.このような非規範的なコードを用いる話者が,規範的なコードを効果的に忌避したり破壊するためには,むしろ後者に精通している必要がある.規範を効果的に破ろうとすれば,それをよく理解していなければならないからだ.この意味において,argot を含む "anti-language" は他律的である.
 日本語の隠語の例をみれば,音位転換の結果としての「ネタ」は当然ながら規範的な「種」が前提となっており,他律的である.「くノ一」は「女」の漢字に基づいいるから,「女」に対して他律的である,等々.
 このように,自律性 (autonomy) と他律性 (heteronomy) の区別は,社会言語学的な側面からと同時に言語学的な側面から眺めることができる.

 ・ Irvine, Judith T. "When Talk Isn't Cheap: Language and Political Economy." American Ethnologist 16 (1989): 248--67.

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2015-03-25 Wed

#2158. "I wonder," said John, "whether I can borrow your bicycle." (2) [syntax][word_order][verb][agreement][register]

 標題のように said John など伝達動詞が主語の前に置かれる語順について,[2015-02-25-1]の記事の続編を送る.現代英語のこの語順について,Biber et al. (922) は,Quirk et al. の記述と多く重なるが,次のような統語的条件を与えている.

   Subject-verb order is virtually the rule where one or more of the following three conditions apply:
The subject is an unstressed pronoun:
   "The safety record at Stansted is first class," he said. (NEWS)
The verb phrase is complex (containing auxiliary plus main verb):
   "Konrad Schneider is the only one who matters," Reinhold had answered. (FICT)
The verb is followed by a specification of the addressee:
   There's so much to living that I did not know before, Jackie had told her happily. (FICT)


 LGSWE Corpus での調査によると,被引用文句の後位置では SV も VS も全体的におよそ同じくらいの頻度だというが,FICTIONでは SV がやや多く,NEWSでは VS が強く好まれるなど,傾向が分かれるという.ジャンルとの関係でいえば,前回の記事で触れたように,journalistic writing やおどけた場面では被引用文句の前でも VS が起こることがあるという.この問題は使用域や文体との関連が強そうだ.
 伝達動詞であるという語彙・意味的制限,上掲の統語的条件,使用域や文体の関与,これらの要因が複雑に絡み合って said JohnJohn said が決定されるとすれば,この問題は多面的に検討しなければならないことになる.ほかにも語用論的な要因が関与している可能性もありそうだし,他の引用文句を導入する表現や手段との比較も必要だろう.通時的な観点からは,諸条件の絡み合いがいかにして生じてきたのか,また書き言葉における引用符の発達などとの関係があるかどうかなど,興味が尽きない.(後者については,「#2004. ICEHL18 に参加して気づいた学界の潮流など」 ([2014-10-22-1]) で紹介した ICEHL18 の学会で,引用符の発達と quoth の衰退とが関与している可能性があるという趣旨の Colette Moore 口頭発表を聴いたことがある.The ICEHL18 Book of Abstracts (PDF) の pp. 170--71 を参照.)

 ・ Biber, Douglas, Stig Johansson, Geoffrey Leech, Susan Conrad, and Edward Finegan. Longman Grammar of Spoken and Written English. Harlow: Pearson Education, 1999.
 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.

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2015-01-27 Tue

#2101. Williams の意味変化論 [semantic_change][semantics][causation][unidirectionality][synaesthesia][register]

 Williams の英語史を読んでいて,意味変化の扱いが本格的であり(7章と8章を意味変化に当てている),数ある英語史概説書のなかでも比較的よくまとまっているように感じた.以下,いくつかコメントしたい.
 Williams (170) は意味変化の局面を "reasons", "mechanism", "consequences" の3種に分けて考えようとしている.この洞察により,意味変化の分類に関してもつれていた頭が少しクリアになったように思う.というのは,従来の分類ではこれらの局面があまり明示的に区別されてこなかったからだ.本ブログでも意味変化(の原因)の分類について「#473. 意味変化の典型的なパターン」 ([2010-08-13-1]),「#1109. 意味変化の原因の分類」 ([2012-05-10-1]),「#1873. Stern による意味変化の7分類」 ([2014-06-13-1]),「#1953. Stern による意味変化の7分類 (2)」 ([2014-09-01-1]),「#1973. Meillet の意味変化の3つの原因」 ([2014-09-21-1]),「#2060. 意味論の用語集にみる意味変化の分類」 ([2014-12-17-1]) で取り上げてきたが,いまだ決定的な分類というものはないといってよい.分類法は,論者の数だけあるといっても過言ではないほどだ.Stern も繰り返し示唆しているように,2つの意味変化の動機づけが同じタイプだったとしても異なるタイプに帰結することはあるし,逆に帰結のタイプは同じであっても,経由した過程のタイプは異なるというような意味変化もある.また,異なる複数の要因が絡み合って,1つの意味変化が発生するということもごく普通にみられる.そもそも意味変化の分類といっても,意味変化のどの局面に注目して分類するかという考え方の問題もあり,一筋縄ではいかなかったのだ.Williams も特に何か新しいことを述べているわけではないのだが,"reasons", "mechanism", "consequences" の3局面を区別している点が評価できる.
 また,Williams は意味変化の法則 (semantic laws) の話題に1節を割いている (207--10) .この話題については「#1756. 意味変化の法則,らしきもの?」 ([2014-02-16-1]),「#1759. synaesthesia の方向性」 ([2014-02-19-1]),「#1955. 意味変化の一般的傾向と日常性」 ([2014-09-03-1]) の記事などで触れてきたが,Williams (207) も,意味変化の法則とはいわずとも傾向として指摘できることとして,伝統的で無難な項目をいくつか挙げている.

1. Words for abstractions will generally develop out of words for physical experience: comprehend, grasp, explain, and so on.
2. Words originally indicating neutral condition tend to polarize: doom, frame, predicament, luck, merit.
3. Words originally indicating strong emotional response tend to weaken as they are used to exaggerate: awful, terrific, tremendous.
4. Insulting words tend to come from names of animals or lower classes: rat, dog, villain, cad
5. Metaphors will be drawn from those aspects of experience most relevant to us: eye of a needle, finger of land; or most intense in our experience: turn on, spaced out, freaked out, for example.


 Williams (208) は,より強力な意味変化の法則の例として「#1756. 意味変化の法則,らしきもの?」 ([2014-02-16-1]) で触れた中英語期に生じた「速く」→「すぐに」の意味変化を取り上げているが,これは「将来を取り込む法則」ではなく「過去についての限定された一般化」であると評している.もう少し法則の名に値するものとしては,Basic Color Terms にみられる通言語的な方向性と,自らが提唱する共感覚 (synaesthesia) の方向性を挙げている(後者については,「#1759. synaesthesia の方向性」 ([2014-02-19-1]) を参照).Williams によれば,「意味変化の法則」にかなうのは,"universals of change which, because they are so regular and so general, reflect internal influences either peculiar to the particular language or to human language and cognition in general" (208) であるようだ.
 Williams は,意味変化と関連して slang, argot, cant, jargon といった使用域の「低い」語にも注目しており,著書の副題 "A Social and Linguistic History" にふさわしい社会言語学的な観点からの洞察が光っている.

 ・ Stern, Gustaf. Meaning and Change of Meaning. Bloomington: Indiana UP, 1931.
 ・ Williams, Joseph M. Origins of the English Language: A Social and Linguistic History. New York: Free P, 1975.
 ・ Williams, Joseph M. "Synaesthetic Adjectives: A Possible Law of Semantic Change." Language 52 (1976): 461--78.

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2015-01-05 Mon

#2079. fusion と mixture [contact][borrowing][loan_word][loan_translation][bilingualism][substratum_theory][typology][register][lexical_stratification]

 「#2061. 発話における干渉と言語における干渉」 ([2014-12-18-1]) で念を押したように,語の借用 (borrowing) は過程であり,借用語 (loanword) は結果である.Weinreich は明示的にこの区別をつける論者は少なかったと述べているが,Roberts という研究者がより早くこの区別について論じている.Roberts (31--32) は,言語接触の過程を "fusion" と呼び,結果としての状態を "mixture" と呼び分けた.また,Roberts は "fusion" と "mixture" をそれぞれ細分化するとともに,そのような過程や結果の前段階にある2言語使用状況のタイプを2つに分け,全体として言語接触の類型論というべきものを提起している.以下,Roberts (32) の図式を再現しよう.

Roberts' Typography of Bilingualism and Contact


 だが,正直いうと論文を読みながら非常に理解しにくい図式だと感じた.多くの用語が立ち並んでいるが,それぞれの歴史的な事例とそれらの間の相互の関係がとらえにくいのだ.BILINGUALISM → FUSION → MIXTURE という時間的な相の提示と後者2過程の峻別は評価できるとしても,それ以外については用語が先走っている印象であり,内容どうしの関係が不明瞭だ.Roberts (31--32) にそのまま語ってもらおう.

   When a bilingual situation ends, the surviving language (that is, the language whose grammar prevails) is colored in greater or less degree by the perishing language (that is, the language whose grammar succumbs). The extent of this coloring depends upon the relationship of the two languages during the antecedent bilingualism. Subordinative bilingualism results in admixture; a portion of the weaker language is added to the stronger, which still retains both its grammatical and its lexical integrity. Co-ordinative bilingualism results in intermixture; virtually the entire vocabulary of the weaker language is swallowed up by the stronger, which thereby loses its lexical, though not its grammatical, integrity.
   The words admixture and intermixture, as here used, denote accomplished situations, the results of processes. To designate the generative processes, the terms affusion and interfusion, corresponding respectively to admixture and intermixture, are proposed. Affusion has three modalities: infusion, suffusion, and superfusion. Interfusion has three stages or temporalities: diffusion, circumfusion, and retrofusion.


 Affusion から見ていくと,Infusion は通常の語の借用に相当する.Suffusion は,基層言語影響説 (substratum_theory) の唱える基層言語からの言語的影響に相当する.Superfusion は翻訳借用 (loan_translation) に相当する.importation と substitution という対立軸と,意識的な干渉と無意識的な干渉という対立軸がごたまぜになったような分類だ.
 次に Interfusion に目を向けると,Diffusion は本来語彙と借用語彙が使用域に関して分化する過程を指している.英語語彙における語種別の三層構造などの生成にみられる過程を想像すればよいだろう.その Interfusion の段階からさらに進むと,Circumfusion の段階となる.ここでは例えば内容語はすべてフランス・ラテン借用語であっても,それらを取り巻く機能語は本来語となるような状況が生み出される.次に,Retrofusion はソース言語からの一種の「復讐」の過程であり,フランス語の語法の影響を受けて house beautiful, knights templars, sufficient likelihood, nocturnal darkness などの表現を生み出す過程に相当する.
 Roberts は2言語使用 (bilingualism) の基礎理論を打ち立てようという目的でこの論文を書いたようだが,残念ながらうまくいっているようには思えない.より説得力のある言語接触の類型論としては,「#1780. 言語接触と借用の尺度」 ([2014-03-12-1]) と「#1781. 言語接触の類型論」 ([2014-03-13-1]) で紹介した Thomason and Kaufman によるモデルが近年ではよく知られている.
 借用に関する過程と結果の区別については「#900. 借用の定義」 ([2011-10-14-1]),「#901. 借用の分類」 ([2011-10-15-1]),「#904. 借用語を共時的に同定することはできるか」 ([2011-10-18-1]),「#1988. 借用語研究の to-do list (2)」 ([2014-10-06-1]),「#2009. 言語学における接触干渉2言語使用借用」 ([2014-10-27-1]) も参照.また,関連して「#2067. Weinreich による言語干渉の決定要因」 ([2014-12-24-1]) の記事とそこに張ったリンクも参照されたい.

 ・ Weinreich, Uriel. Languages in Contact: Findings and Problems. New York: Publications of the Linguistic Circle of New York, 1953. The Hague: Mouton, 1968.
 ・ Roberts, Murat H. "The Problem of the Hybrid Language". Journal of English and Germanic Philology 38 (1939): 23--41.

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2014-12-29 Mon

#2072. 英語語彙の三層構造の是非 [lexicology][loan_word][latin][french][register][synonym][romancisation][lexical_stratification]

 英語語彙の三層構造について「#334. 英語語彙の三層構造」 ([2010-03-27-1]),「#335. 日本語語彙の三層構造」 ([2010-03-28-1]),「#1296. 三層構造の例を追加」 ([2012-11-13-1]),「#1960. 英語語彙のピラミッド構造」 ([2014-09-08-1]) など,多くの記事で言及してきた.「#1366. 英語が非民主的な言語と呼ばれる理由」 ([2013-01-22-1]) でみたように,語彙の三層構造ゆえに英語は非民主的な言語であるとすら言われることがあるが,英語語彙のこの特徴は見方によっては是とも非となる類いのものである.
 Jespersen (121--39) がその是と非の要点を列挙している.まず,長所から.

 (1) 英仏羅語に由来する類義語が多いことにより,意味の "subtle shades" が表せるようになった.
 (2) 文体的・修辞的な表現の選択が可能になった.
 (3) 借用語には長い単語が多いので,それを使う話者は考慮のための時間を確保することができる.
 (4) ラテン借用語により国際性が担保される.

 まず (1) と (2) は関連しており,表現力の大きさという観点からは確かに是とすべき項目だろう.日本語語彙の三層構造と比較すれば,表現者にとってのメリットは実感されよう.しかし,聞き手や学習者にとっては厄介な特徴ともいえ,その是非はあくまで相対的なものであるということも忘れてはならない.(3) はおもしろい指摘である.非母語話者として英語を話す際には,ミリ秒単位(?)のごく僅かな時間稼ぎですら役に立つことがある.長い単語で時間稼ぎというのは,状況にもよるが,戦略としては確かにあるのではないか.(4) はラテン借用語だけではなくギリシア借用語についても言えるだろう.関連して「#512. 学名」 ([2010-09-21-1]) や「#1694. 科学語彙においてギリシア語要素が繁栄した理由」 ([2013-12-16-1]) も参照されたい.
 次に,Jespersen が挙げている短所を列挙する.

 (5) 不必要,不適切なラテン借用語の使用により,意味の焦点がぼやけることがある.
 (6) 発音,綴字,派生語などについて記憶の負担が増える.例えば,「#859. gaseous の発音」 ([2011-09-03-1]) の各種のヴァリエーションの問題や「#573. 名詞と形容詞の対応関係が複雑である3つの事情」 ([2010-11-21-1]) でみた labyrinth の派生形容詞の問題などは厄介である.
 (7) 科学の日常化により,関連語彙には国際性よりも本来語要素による分かりやすさが求められるようになってきている.例えば insomnia よりも sleeplessness のほうが分かりやすく有用であるといえる.
 (8) 非本来語由来の要素の導入により,派生語間の強勢位置の問題が生じた (ex. Cánada vs Canádian) .
 (9) ラテン語の複数形 (ex. phenomena, nuclei) が英語へもそのまま持ち越されるなどし,形態論的な統一性が崩れた.
 (10) 語彙が非民主的になった.

 是と非とはコインの表裏の関係にあり,絶対的な判断は下しにくいことがわかるだろう.結局のところ,英語の語彙構造それ自体が問題というよりは,それを使用者がいかに使うかという問題なのだろう.現代英語の語彙構造は,各時代の言語接触などが生み出してきた様々な語彙資源の歴史的堆積物にすぎず,それ自体に良いも悪いもない.したがって,そこに民主的あるいは非民主的というような評価を加えるということは,評価者が英語語彙を見る自らの立ち位置を表明しているということである.Jespersen (139) は次の総評をくだしている.

While the composite character of the language gives variety and to some extent precision to the style of the greatest masters, on the other hand it encourages an inflated turgidity of style. . . . [W]e shall probably be near the truth if we recognize in the latest influence from the classical languages 'something between a hindrance and a help'.


 日本語において明治期に大量に生産された(チンプン)漢語や20世紀にもたらされた夥しいカタカナ語にも,似たような評価を加えることができそうだ(「#1999. Chuo Online の記事「カタカナ語の氾濫問題を立体的に視る」」 ([2014-10-17-1]) とそこに張ったリンク先を参照).
 英語という言語の民主性・非民主性という問題については「#134. 英語が民主的な言語と呼ばれる理由」 ([2009-09-08-1]),「#1366. 英語が非民主的な言語と呼ばれる理由」 ([2013-01-22-1]),「#1845. 英語が非民主的な言語と呼ばれる理由 (2)」 ([2014-05-16-1]) で取り上げたので,そちらも参照されたい.また,英語語彙のロマンス化 (romancisation) に関する評価については「#153. Cosmopolitan Vocabulary は Asset か?」 ([2009-09-27-1]) や「#395. 英語のロマンス語化についての評」 ([2010-05-27-1]) を参照.

 ・ Jespersen, Otto. Growth and Structure of the English Language. 10th ed. Chicago: U of Chicago, 1982.

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2014-09-21 Sun

#1973. Meillet の意味変化の3つの原因 [semantic_change][semantics][register]

 昨日の記事「#1972. Meillet の文法化」([2014-09-20-1]) で引用した Meillet は,文法化のみならず語の意味変化についても重要な考察を加えている.「#1109. 意味変化の原因の分類」 ([2012-05-10-1]) で部分的に触れたように,特に意味変化の原因について,まとまった記述を残している.
 Meillet によれば,意味変化の一般的原因には,言語的原因,歴史的原因,社会的原因の3種が区別される.これらは互いにほとんど関連するところがないため,明確に区別すべきだと論じている.まずは,適用範囲の狭いといわれる言語的原因から.

Quelques changements, en nombre assez restreint du reste, procèdent de conditions proprement linguistiques : ils proviennent de la structure de certaines phrases, où tel mot paraît jouer un rôle spécial. (239)


 ここに属するのは,いわゆる文法化の事例などである.フランス語の homme, chose, pas, rien, personne などにおいて,具体的な意味が抽象的・文法的な意味へと変化した例が挙げられている.2つめは,歴史的原因である.

Un second type de changements de sens est celui où les choses exprimées par les mots viennent à changer. (241)


 これは指示対象あるいはモノの歴史的変化に依存する語の意味変化である.「#1953. Stern による意味変化の7分類 (2)」 ([2014-09-01-1]) でいえば,最初に挙げられている代用 (substitution) に相当する.フランス語の plume (ペン)は,かつては鉄筆を指示したが,後に鵞ペンを指示するようになったという例が挙げられている.名前は変わらないが,技術の発展などによりそれが指すモノが変わった場合に典型的にみられる意味変化である.3つめは社会的原因である.

... la répartition des hommes de même langue en groupes distincts: c'est de cette hétérogénéité des hommes de même langue que procèdent le plus grand nombre des changements de sens, et sans doute tous ceux qui ne s'expliquent pas par les causes précitées. (243--44)


 Meillet はこの社会的な原因を最も重要な要因であると考えており,紙幅を割いて論じている.1つの言語の異なる変種においては,それぞれの話者集団に特有の register に彩られた言語使用が発達する.一般的な変種においてある意味をもって用いられている語が,特殊化した変種において別の意味をもって用いられることは,ごく普通に見られる.犯罪者集団の隠語,職業集団の俗語,専門集団の術語などである.各変種で発生した新しい語義が変種間の境を越えて往来すれば,結果としてその語の意味は変化(あるいは多義化)したことになる.
 意味変化の3種類の原因と多くの例を挙げたうえで,Meillet は次のように締めくくっている.

Ces exemples, où l'on a remarqué seulement les plus gros faits et les plus généraux, permettent de se faire une idée de la manière dont les faits linguistiques, les faits historiques et les faits sociaux s'unissent, agissent et réagissent pour transformer le sens des mots; on voit que, partout, le moment essentiel est le passage d'un mot de la langue générale à une langue particulière, ou le fait inverse, ou tous les deux, et que, par suite, les changements de sens doivent être considérés comme ayant pour condition principale la différenciation des éléments qui constituent les sociétés. (271)


 この碩学のすぐれて社会言語学的な立場が表明されている結論といえるだろう.

 ・ Meillet, Antoine. "Comment les mots changent de sens." Année sociologgique 9 (1906). Rpt. in Linguistique historique et linguistique générale. Paris: Champion, 1958. 230--71.

Referrer (Inside): [2015-03-28-1] [2015-01-27-1]

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2014-09-08 Mon

#1960. 英語語彙のピラミッド構造 [register][lexicology][loan_word][latin][french][greek][semantics][polysemy][lexical_stratification]

 英語語彙に特徴的な三層構造について,「#334. 英語語彙の三層構造」 ([2010-03-27-1]),「#335. 日本語語彙の三層構造」 ([2010-03-28-1]),「#1296. 三層構造の例を追加」 ([2012-11-13-1]) などの記事でみてきた.三層構造という表現が喚起するのは,上下関係と階層のあるビルのような建物のイメージかもしれないが,ビルというよりは,裾野が広く頂点が狭いピラミッドのような形を想像するほうが妥当である.つまり,下から,裾野の広い低階層の本来語彙,やや狭まった中階層のフランス語彙,そして著しく狭い高階層のラテン・ギリシア語彙というイメージだ.
 ピラミッドの比喩が適切なのは,1つには,高階層のラテン・ギリシア語彙のもつ特権的な地位と威信がよく示されているからだ.社会言語学的,文体的に他を圧倒するポジションについていることは,ビル型よりもピラミッド型のほうがよく表現できる.
 2つ目として,それぞれの語彙の頻度が,ピラミッドにおける各階層の面積として表現できるからである.昨日の記事「#1959. 英文学史と日本文学史における主要な著書・著者の用いた語彙における本来語の割合」 ([2014-09-07-1]) でみたように,話し言葉のみならず書き言葉においても,本来語彙の頻度は他を圧倒している(なお,この分布は,「#1645. 現代日本語の語種分布」 ([2013-10-28-1]) でみたように,現代日本語においても同様だった).対照的に,高階層の語彙は頻度が低い.個々の語については反例もあるだろうが,全体的な傾向としては,各階層の頻度と面積とは対応する.もっとも,各階層の語彙量(異なり語数)ということでいえば,必ずしもそれがピラミッドの面積に対応するわけでない.最頻100語(cf. 「#309. 現代英語の基本語彙100語の起源と割合」 ([2010-03-02-1]) と最頻600語(cf. 「#202. 現代英語の基本語彙600語の起源と割合」 ([2009-11-15-1]))で見る限り,語彙量と面積はおよそ対応しているが,10000語というレベルで調査すると,「#429. 現代英語の最頻語彙10000語の起源と割合」 ([2010-06-30-1]) でみたように,上で前提としてきた3階層の上下関係は崩れる.
 ピラミッドの比喩が有効と考えられる3つ目の理由は,ピラミッドにおける各階層の面積が,頻度のみならず,構成語のもつ意味と用法の広さにも対応しているからだ.本来語は相対的に卑近であり頻度も高いが,そればかりでなく,多義であり,用法が多岐にわたる.基本的な語義が同じ「与える」でも,本来語 give は派生的な語義も多く極めて多義だが,ラテン借用語 donate は語義が限定されている.また,give は文型として SVOiOd も SVOd to Oi も取ることができる(すなわち dative shift が可能だ)が,donate は後者の文型しか許容しない.ほかには「#112. フランス・ラテン借用語と仮定法現在」 ([2009-08-17-1]) で示唆したように,語彙階層が統語的な振る舞いに関与していると疑われるケースがある.
 この第3の観点から,Hughes (43) は,次のようなピラミッド構造を描いた.

Pyramid of English Lexicon

 上記の3点のほかにも,各階層の面積と語の理解しやすさ (comprehensibility) が関係しているという見方もある.結局のところ,語彙階層は,基本性,日常性,文体的威信の低さ,頻度,意味・用法の広さといった諸相と相関関係にあるということだろう.ピラミッドの比喩は巧みである.

 ・ Hughes, G. A History of English Words. Oxford: Blackwell, 2000.

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2014-09-06 Sat

#1958. Hughes の語彙星雲 [register][semantics][lexicology][purism][semantic_field]

 使用域 (register) による語彙と意味の広がりについて,「#611. Murray の語彙星雲」 ([2010-12-29-1]) で見た.そこで図示したように,COMMON (meaning) を中心に,LITERARY, FOREIGN, SCIENTIFIC, TECHNICAL, COLLOQUIAL, SLANG, DIALECTAL へと放射状に語彙と意味が広がっているというのが,Murray の捉え方だ.この図を具体的な語と意味で埋めてみよう.以下の図 (Hughes 5) では,「妊娠した」 (PREGNANT) という意味の場を巡って,種々の語句が然るべき位置を占めていることが示されている.

The Semantic Field of

 平面的に描かれがちな意味の場に使用域という次元を加え,語彙的な関係を立体的に描くことを可能とした点で,「語彙星雲」との見方は鋭い洞察だった.しかし,Hughes は語彙星雲のあり方も通時的な変化を免れることはないとし,現代英語の語彙星雲を形作るガス(使用域)は,ますます多岐に及んできていると論じた.Murray から100年たった今,別の図式が必要だと.そして,Murray の語彙星雲を次のように改良し,提示した (372) .

Murray's Lexical Configuration Revised by Hughes

 新しいラベルが加えられたり位置が変化したりしているが,Hughes (370--71) によれば,これは現代英語の語彙の特性を反映したものであるという.例えば,現代は借用語に対する純粋主義 (purism) が以前よりも弱まり,他言語から語彙が流入しやすくなってきたという点で,FOREIGN とは区別されるべき,取り込まれた外来要素を示すラベル EXOTIC が必要だろう(ただし,現代英語で全体的に語彙借用が減ってきていることについて,「#879. Algeo の新語ソース調査から示唆される通時的傾向」([2011-09-23-1]) を参照).また,SCIENTIFIC と TECHNICAL の語彙の増大や役割の変化に伴って,両者の位置関係についても再考が必要かもしれない.上記4ラベルが ARCHAIC とともに中心から離れた周辺に位置しているのは,これらの語彙の不透明さを反映している.さらに,現代はLITERARY というラベルの守備範囲が曖昧になってきていることから,そのラベルはなしとし,部分的に FORMAL, ARCHAIC, 場合によっては COLLOQUIAL, SLANG, OBSCENITY その他のラベルで補うのが妥当かもしれない.
 この図に反映されていないものとして,他変種からの語彙がある.例えば,イギリス英語の語彙を念頭におくとき,そのなかに多く入り込んでくるようになったアメリカ英語の語彙 (americanism) やその他の変種の語彙はどのように位置づけられるだろうか.FOREIGN や EXOTIC とも違うし,伝統的な地域方言が念頭にある DIALECT とも異なる.
 語彙構造も意味構造も時代とともに変化する.現代英語もその例に漏れない.現代英語でも,使用域として貼り付けるラベル,そして語彙星雲の図式が,再考を迫られている.

 ・Hughes, G. A History of English Words. Oxford: Blackwell, 2000.

Referrer (Inside): [2016-06-26-1]

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2014-09-04 Thu

#1956. Hughes の英語史略年表 [timeline][lexicology][lexicography][register][slang][hel][historiography]

 Hughes (xvii--viii) は,著書 A History of English Words で,語彙史と辞書史を念頭に置いた,外面史を重視した英語史年表を与えている.略年表ではあるが,とりわけ語彙史,辞書との関連が前面に押し出されている点で,著者の狙いが透けて見える年表である.

410Departure of the Roman legions
c.449The Invasion of the Angles, Saxons, Jutes and Frisians
597The Coming of Christianity
731Bede's Ecclesiastical History of the English People
787The first recorded Scandinavian raids
871--99Alfred King of Wessex
900--1000Approximate date of Anglo-Saxon poetry collections
1016--42Canute King of England, Scotland and Denmark
1066The Norman Conquest
c.1150Earliest Middle English texts
1204Loss of Calais
1362English restored as language of Parliament and the law
1370--1400The works of Chaucer, Langland and the Gawain poet
1384Wycliffite translation of the Bible
1476Caxton sets up his press at Westminster
1525Tyndale's translation of the Bible
1549The Book of Common Prayer
1552Early canting dictionaries
1584Roanoke settlement of America (abortive)
1590--16610Shakespeare's main creative period
1603Act of Union between England and Scotland
1604Robert Cawdrey's Table Alphabeticall
1607Jamestown settlement in America
1609English settlement of Jamaica
1611Authorized Version of the Bible
1619First Arrival of slaves in America
1620Arrival of Pilgrim fathers in America
1623Shakespeare's First Folio published
1649--60Puritan Commonwealth: closure of the theatres
1660Restoration of the monarchy
1667Milton's Paradise Lost
1721Nathaniel Bailey's Universal Etymological English Dictionary
1755Samuel Johnson's Dictionary of the English Language
1762--94Grammars published by Lowth, Murray, etc.
1765Beginning of the English Raj in India
1776Declaration of American Independence
1788Establishment of the first penal colony in Australia
1828Noah Webster's American Dictionary of the English Language
1884--1928Publication of the Oxford English Dictionary
1903Daily Mirror published as the first tabloid
1922Establishment of the BBC
1947Independence of India
1957--72Independence of various African, Asian and Caribbean states
1961Third edition of Webster's Dictionary
1968Abolition of the post of Lord Chancellor
1989Second edition of the Oxford English Dictionary


 著書を読んだ後に振り返ると,著者の英語史記述に対する姿勢,英語史観がよくわかる.年表というのは1つの歴史観の表現であるなと,つくづく思う.これまで timeline の各記事で,英語史という同一対象に対して異なる年表を飽きもせずに掲げてきたのは,その作者の英語史観を探りたいがためだった.いろいろな年表を眺めてみてください.

 ・Hughes, G. A History of English Words. Oxford: Blackwell, 2000.

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2014-08-10 Sun

#1931. 非概念的意味 [semantics][register][taboo][information_structure]

 言語表現の意味には,概念的意味 (conceptual meaning) と非概念的意味が区別される.概念的意味は辞書的意味 (dictionary meaning) とも呼ばれ,事物や出来事をカテゴリーとしてとらえ,それ自身をそれ以外のものから区別するために抽出された共通的・本質的要素の集合からなる.一方,非概念的意味は,文脈や場面,あるいはそれとの連想により概念的意味に付け加えられる意味である.非概念的意味には,いくつかの種類が認められる.Leech を参照して概説している中野 (23--26) に拠って,簡単に解説を施そう.


(1) 内包的意味 (connotative meaning)
 語の指示対象から連想される指示対象特有の特性を指す ("what is communicated by virtue of what language refers to") .例えば,英語の mother や日本語の「母」は,その指示対象から連想される優しさ,愛情深さ,慈愛の深さなどのイメージを伴うかもしれない.しかし,これらのイメージは主観的で人によって異なるものであり,言語社会のなかで一定していない.

(2) 社会的意味 (social [stylistic] meaning)
 言語使用の背景にある社会的状況について伝えられる内容 ("what is communicated of the social circumstances of language use") .年齢層,性別,社会階層,地域,媒体,堅苦しさ,敬意,文化などの社会的背景を反映したもの.文体的特徴として表出するので,文体的意味とも呼ばれる.英語の father, dad, daddy, pop, papa や日本語の「父」「お父さん」「お父ちゃん」「親父」「パパ」「おとう」などは,それぞれ異なる register に属しており,使用の社会的背景が異なっている.「#839. register」 ([2011-08-14-1]),「#227. 英語変種のモデル」 ([2009-12-10-1]),「#334. 英語語彙の三層構造」 ([2010-03-27-1]),「#849. 話し言葉書き言葉 (2)」 ([2011-08-24-1]) なども参照.

(3) 情緒的意味 (affective meaning)
 使用者の感情や態度について伝えられる内容 ("what is communicated of the feelings and attitudes of the speaker/writer") .Stop being so bloody arrogant." や "What a darling little dress!" におえるイタリック部分のように,話し手の愛情や嫌悪が表わされるような場合.

(4) 投影された意味 (reflected meaning)
 その表現の別の語義からの連想により生じる意味 ("what is communicated through association with another sense of the same expression") .多義語が用いられる際に生じる重層的な意味を指し,忌詞や禁句 (taboo) に典型的に見られる.例えば,婚礼の際には「切る」「去る」「分かれる」はそれぞれの概念的意味の裏に,離婚を想起させる投影された意味が感じられる.英語の cock, ass なども性的に投影された意味を伴うために,変種によっては避けられる傾向がある.

(5) 連語的意味 (collocative meaning)
 連語として共起することが多いために関連づけられる内容 ("what is communicated through association with words which tend to occur in the environment of another word") .例えば,典型的に pretty は女性を表わす語と共起し,handsome は男性を表わす語と共起する.両語の概念的意味は「器量のよい」で一致するが,連語的意味は異なる.連語的意味により,前者はかわいらしさ,後者は端正な顔立ちという特性を含意する.

 上記 (1) から (5) は,語がもつ意味であり,まとめて連想的意味 (associative meaning) とも呼ばれる.一方,次の主題的意味は文がもつ意味である.

(6) 主題的意味 (thematic meaning)
 語順や強調によって作り出される情報構造 (information structure) に関わる意味 ("what is communicated by the way in which the message is organized in terms of order and emphasis") .例えば,次の各ペアにおいて,1つ目と2つ目の文では,情報の新旧や力点の置き方によって主題的意味が異なる.

 (a) John owns the biggest shop in London.
 (b) The biggest shop in London belongs to John.

 (c) I like Danish cheese best.
 (d) Danish cheese, I like best.

 (e) Bill uses an electric razor.
 (f) The kind of razor that Bill uses is an electric one.


 以上の非概念的意味,とりわけ語に属する (1)--(6) の連想的意味は,概念的意味のように固定的ではなく,使用者や使用の背景により変異しうるため,辞書に記載されることはない.例外として,(2) の社会的意味は比較的語彙の中で安定しているので,辞書にレーベルを伴って記載されることも多い.

 ・ 中野 弘三 「意味とは」『意味論』(中野弘三(編)) 朝倉書店,2012年,1--27頁.

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2014-06-20 Fri

#1880. 接尾辞 -ee の起源と発展 (1) [suffix][loan_word][french][register][anglo-norman][law_french][etymology][-ate]

 emplóyer (雇い主)に対して employée (雇われている人)というペアはよく知られている.appóinter/appointée, exáminer/examinée, páyer/payée, tráiner/trainée などのペアも同様で,それぞれの組で -er をもつ前者が能動的に動作主を,-ee をもつ後者が受動的に被動作主を表わす.
 しかし,absentee (欠席者), escapee (脱走者), patentee (特許権所有者), refugee (避難民), standee (立見客)など,意味的に受け身とは解釈できない例も存在する.実際,standeestander は同義ではないとしても,少なくとも類義ではある.-ee という接頭辞の働きはどのようなものだろうか.
 -er は本来的な接尾辞(古英語 -ere)だが,-ee はフランス語から借用した接尾辞である.フランス語 -é(e) は動詞の過去分詞接尾辞であり,他動詞に接続すれば受け身の意味となった.これ自体はラテン語の第1活用の動詞の過去分詞接辞 -ātus に遡るので,communicatee, dedicatee, educatee, legatee, relocatee などでは同根の2つの接尾辞が付加されていることになる(-ate 接尾辞については,「#1242. -ate 動詞の強勢移行」 ([2012-09-20-1]) や「#1748. -er or -or」 ([2014-02-08-1]) を参照).
 接尾辞 -ee の基本的な機能は,動詞語幹から人や有生物を表わす被動作主名詞を作ることである.他の特徴としては,接尾辞 -ee /ˈiː/ に強勢が落ちること,意志性の欠如という意味上の制約があること,法律用語として用いられる傾向が強いこと,などが挙げられる.法律という使用域 (register) についていえば,Anglo-Norman の法律用語 apelour/apelé から英語に入った appellor/appellee (上訴人/被上訴人)などのペアが嚆矢となり,後期中英語以降,基体の語源にかかわらず -or (or -er) と -ee による法律用語ペアが続々と生まれた.
 被動作主とひとくくりにいっても,統語的には基体の動詞の直接目的語,間接目的語,前置詞目的語に相当するもの,さらに主語に相当するものや,動詞とは直接に関連しないものを含めて,様々な種類がある (Isozaki 5--6).examinee は "someone who one examines" で直接目的語に相当,payee は "someone to whom one pays something" で間接目的語に相当,laughee は "someone who one laughs at" で前置詞目的語に相当, standeeattendee は "someone who stands" と "someone who attends something" で主語に相当する.その他,変則的な種類として,amputee は "someone whose limb was amputated" と複雑な統語関係を示し,patentee, redundantee, biographee は名詞や形容詞を基体としてもつ.
 この接尾辞について後期近代英語から現代英語へかけての通時的推移をみると,ロマンス系語幹ではなく本来語幹に接続する傾向が生じてきていること,standee のような動作主(主語)タイプが増えてきていることが指摘される.この潮流については,明日の記事で.

 ・ Isozaki, Satoko. "520 -ee Words in English." Lexicon 36 (2006): 3--23.

Referrer (Inside): [2016-10-18-1] [2014-06-21-1]

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2014-03-04 Tue

#1772. greengrocer's apostrophe [punctuation][plural][writing][register]

 現代英語では,原則として複数形の s に対して書記上 apostrophe を前置することはない.ただし,例外はあり,規範的には dot your i's など文字そのものの複数形,1890's などの年代,PhD's などの略語の複数形の場合には apostrophe が付されことになっている([2010-11-30-1]の記事「#582. apostrophe」を参照).しかし,最近では,後者2つでは apostrophe を省いて 1890sPhDs とすることが多くなってきている.かつては一般の名詞の複数形にも -'s の綴字が見られたが,現在ではほぼ死に絶えた正書法といっていいだろう.
 しかし,規範から逸れた非標準的な場面で,複数形の -'s が使用されることがある.いや,むしろそこでは生き生きと使用されているのだ.これは "greengrocer's apostrophe" と言われる.Horobin (12) によれば,

. . . the apostrophe is used before a plural -s ending; so-called because it is thought to be particularly prevalent in greengrocers' signs advertising apple's, pear's, and orange's. As Keith Waterhouse notes in his book English our English (1991): 'Greengrocers, for some reason, are extremely generous with their apostrophes---banana's, tomatoe's (or tom's), orange's, etc. Perhaps these come over in crates of fruit, like exotic spiders' (p. 43).


 言われてみれば,なるほど確かに八百屋の値札によく見かける表記だ.例えば,以下のように.

Greengrocer's Apostrophe

 だが,この greengrocer's apostrophe が果たしている役割は何なのだろうか.単なる誤用という解釈もあるようだが,そればかりとは言い切れない.1つ考えられることとして,greengrocer's apostrophe は,八百屋(に限らないが)と結びつけられるものとして,「八百屋」的な使用域 (register) あるいは文体 (style) を表わしているのではないか.「八百屋」的とは何か的確に述べるのは難しいが,日常の食べ物を売る店として,形式的な社会的規範から離れた,庶民性や世俗性のようなものを体現しているのではないか.もっと一般化して言えば,標準的で規範的な表記法から逸脱することで,親しみやすさを演出しているということかもしれない.青物の値札には印刷ではなく手書きがよく似合うが,greengrocer's apostrophe は手書きの気取らなさを一層強める働きをしているとも考えられる.
 もし仮に上記の文体的効果(あるいは社会言語学的効果と言ってもよい)があるのだとすれば,その効果は「#574. punctuation の4つの機能」 ([2010-11-22-1]) のいずれの機能にも該当しないものであるから,punctuation の第5の機能ということになる.

 ・ Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013.
 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.

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