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writing - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-12-12 07:57

2017-04-18 Tue

#2913. 漢字は Chinese character ではなく Chinese spelling と呼ぶべき? [grammatology][kanji][alphabet][word][writing][spelling]

 高島 (43) による漢字論を読んでいて,漢字という表語文字の一つひとつは,英語などでいうところの綴字に相当するという点で,Chinese character ではなく Chinese spelling と呼ぶ方が適切である,という目の覚めるような指摘にうならされた.

漢字というのは,その一つ一つの字が,日本語の「い」とか「ろ」とか,あるいは英語の a とか b とかの字に相当するのではない.漢字の一つ一つの字は,英語の一つ一つの「つづり」(スペリング)に相当するのである.「日」は sun もしくは day に,「月」は moon もしくは month に相当する.英語の一つ一つの単語がそれぞれ独自のつづりを持つように,漢語の一つ一つの単語はそれぞれ独自の文字を持つのである.であるからして,漢字のことを英語で Chinese characters (シナ語の文字)と言うけれど,むしろ Chinese spellings (シナ語のつづり)と考えたほうがよい.
 ときどき,英語のアルファベットはたったの二十六字で,それで何でも書けるのに,漢字は何千もあるからむずかしい,と言う人があるが,こういうことを言う人はかならずバカである.漢字の「日」は sun や day にあたる.「月」は moon や month にあたる.この sun だの moon だののつづりは,やはり一つ一つおぼえるほかない.知れきったことである.漢語で通常もちいられる字は三千から五千くらいである.英語でも通常もちいられる単語の数は三千から五千くらいである.おなじくらいなのである.それで一つ一つの漢字があらわしているのは一つの意味を持つ一つの音節であり,「日」にせよ「月」にせよその音は一つだけなのだから,むしろ英語のスペリングよりやさしいかもしれない.


 確かに,この見解は多くの点で優れている.アルファベットの <a>, <b>, <c> 等の各文字は,漢字でいえば言偏や草冠やしんにょう等の部首(あるいはそれより小さな部品や一画)に相当し,それらが適切な方法で組み合わされることによって,初めてその言語の使用者にとって最も基本的で有意味な単位と感じられる「語」となる.「語」という単位にまでもっていくための部品統合の手続きを「綴り」と呼ぶとすれば,確かに <sun> も <sunshine> も <日> も <陽> もいずれも「綴り」である.アルファベットにしても漢字にしても,当面の目標は「語」という単位を表わすことである点で共通しているのだから,概念や用語も統一することが可能である.
 文字の最重要の機能の1つが表語機能 (logographic function) であることは,すでに本ブログの多くの箇所で述べてきたが(例えば,以下の記事を参照),英語の綴字と漢字が機能的な観点から同一視できるという高島の発想は,改めて文字表記の表語性の原則をサポートしてくれるもののように思われる.

 ・ 「#284. 英語の綴字と漢字の共通点」 ([2010-02-05-1])
 ・ 「#285. 英語の綴字と漢字の共通点 (2)」 ([2010-02-06-1])
 ・ 「#1332. 中英語と近代英語の綴字体系の本質的な差」 ([2012-12-19-1])
 ・ 「#1386. 近代英語以降に確立してきた標準綴字体系の特徴」 ([2013-02-11-1])
 ・ 「#2043. 英語綴字の表「形態素」性」 ([2014-11-30-1])
 ・ 「#2344. 表意文字,表語文字,表音文字」 ([2015-09-27-1])
 ・ 「#2389. 文字体系の起源と発達 (1)」 ([2015-11-11-1])
 ・ 「#2429. アルファベットの卓越性という言説」 ([2015-12-21-1])

 ・ 高島 俊男 『漢字と日本人』 文藝春秋社,2001年.

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2017-03-24 Fri

#2888. 文字史におけるフェニキア文字の重要性 [alphabet][writing][grammatology][map][timeline]

 昨日の記事 ([2017-03-23-1]) で,英語史連載企画「現代英語を英語史の視点から考える」の第3回の記事「なぜ英語は母音を表記するのが苦手なのか?」を紹介した.その記事を読むにあたって,文字史やアルファベット史におけるフェニキア文字の重要性を理解していると,よりおもしろくなると思われるので,ここに補足しておきたい.
 フェニキア文字は,それ自身が紀元前2千年紀前半に遡るシナイ文字や原カナン文字などから発展した文字体系であり,前1000年頃に使われていた子音文字体系である.このフェニキア文字から,現在まで広く使用されている多種多様なアルファベット文字体系が生じたという点で,まさにアルファベットの母というにふさわしい(以下,『世界の文字の物語』 (8--9) のタイムラインの一部を掲載).

フェニキア文字以降の発展  *  *

 フェニキア文字の影響を受けた各種の文字体系は,地理的にはユーラシア大陸全域に及んでおり,東アジアの漢字系統の文字体系を別とすれば,少なくともこの2千年間,地球上で最も影響力のある文字グループを形成してきたといえる.
 私たちが英語を書き記すのに用いているアルファベットは「ローマン・アルファベット」あるいは「ラテン文字」(正確には,その変種というべきか)だが,それが文字体系としてもっている本質的な特徴の多くは,フェニキア文字のもっていた特徴に由来するといってよい.したがって,英語の文字や綴字について深く考察していくと,否応なしにフェニキア文字やそれ以前にまで遡るアルファベットの歴史を参照せざるを得ない.
 フェニキア人とその文字に関しては,昨日挙げたリンク先のほか,以下の記事も参照されたい.

 ・ 「#2105. 英語アルファベットの配列」 ([2015-01-31-1])
 ・ 「#2417. 文字の保守性と秘匿性」 ([2015-12-09-1])
 ・ 「#2482. 書字方向 (3)」 ([2016-02-12-1])

 ・ 古代オリエント博物館(編)『世界の文字の物語 ―ユーラシア 文字のかたち――』古代オリエント博物館,2016年.

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2017-03-23 Thu

#2887. 連載第3回「なぜ英語は母音を表記するのが苦手なのか?」 [notice][link][vowel][diphthong][consonant][alphabet][writing][grapheme][history][spelling_pronunciation_gap][grammatology][rensai][sobokunagimon]

 3月21日付で,英語史連載企画「現代英語を英語史の視点から考える」の第3回の記事「なぜ英語は母音を表記するのが苦手なのか?」が公開されました.今回は,拙著『英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史』の第2章「発音と綴字に関する素朴な疑問」で取り上げた話題と関連して,特に「母音の表記の仕方」に注目し,掘り下げて考えています.現代英語の母音(音声)と母音字(綴字)の関係が複雑であることに関して,音韻論や文字史の観点から論じています.この問題の背景には,実に3千年を優に超える歴史物語があるという驚愕の事実を味わってもらえればと思います.
 以下に,第3回の記事と関連する本ブログ内の話題へのリンクを張っておきます.合わせてご参照ください.

 ・ 「#503. 現代英語の綴字は規則的か不規則的か」 ([2010-09-12-1])
 ・ 「#1024. 現代英語の綴字の不規則性あれこれ」 ([2012-02-15-1])
 ・ 「#2405. 綴字と発音の乖離 --- 英語綴字の不規則性の種類と歴史的要因の整理」 ([2015-11-27-1])
 ・ 「#1021. 英語と日本語の音素の種類と数」 ([2012-02-12-1])
 ・ 「#2515. 母音音素と母音文字素の対応表」 ([2016-03-16-1])
 ・ 「#1826. ローマ字は母音の長短を直接示すことができない」 ([2014-04-27-1])
 ・ 「#2092. アルファベットは母音を直接表わすのが苦手」 ([2015-01-18-1])
 ・ 「#1837. ローマ字とギリシア文字の字形の差異」 ([2014-05-08-1])
 ・ 「#423. アルファベットの歴史」 ([2010-06-24-1])
 ・ 「#1849. アルファベットの系統図」 ([2014-05-20-1])

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2017-03-01 Wed

#2865. 生き残りやすい言語証拠,消えやすい言語証拠――化石生成学からのヒント [philology][writing][manuscript][representativeness][textual_transmission]

 言語の歴史を研究するほぼ唯一の方法は,現存する資料に依拠することである.ところが,現存する資料は質的にも量的にも相当の偏りがあり,コーパス言語学の用語でいえば "representative" でも "balanced" でもない.
 まず物理的な条件がある.現在に伝わるためには,長い時間の風雨に耐え得る書写材料や書写道具で記されていることが必要である(「#2457. 書写材料と書写道具 (2)」 ([2016-01-18-1]) を参照).次に,メディアの観点から,話し言葉(的な言葉遣い)は,書き残されて,現在まで伝わる可能性が低いことは明らかだろう.書き手の観点からは,文献にはもっぱら読み書き能力のあるエリート層の言葉遣いや好みの話題が反映され,それ以外の層の言語活動が記録に残さることはほとんどないだろう.さらに,ジャンルや内容という観点から,例えば反体制的な書き物は,歴史の途中で抹殺される可能性が高いだろう.
 現存する文献資料は,様々な運命をすり抜けて生き残ってきたという意味で歴史の「偶然性」を体現しているのは確かだが,生き残りやすいものにはいくつかの条件があるという上記の議論を念頭に置くと,ある種の「必然性」をも体現しているとも言える.歴史言語学や文献学において,どのような「条件」や「必然性」があり得るのか,きちんと整理しておくことは重要だろう.
 そのための間接的なヒントとして,どのような化石や遺跡が現在まで生き残りやすいかを考察する化石生成学 (taphonomy) という分野の知見を参考にしたい.例えば,人類化石の残りやすさ,残りにくさは,何によって決まると考えられるだろうか.ウッドは「人類化石記録の空白と偏在」と題する節 (73--75) で,次のように述べている.

 何十年間も,人類学者は,700〜600万年前以降に生存した何千もの人類個体に由来する化石を集めてきた。この数は多いように思えるかもしれないが,大部分は現在に近い年代のものだ。この年代的な偏在のほかにも,人類化石にはさまざまな偏りがある。このような偏りが起こる機序を明らかにし,それを正そうとする学問は「化石生成学」とよばれる。歯や下顎骨あるいは四肢の大きな骨はよく残るが,椎骨,肋骨,骨盤,指の骨などは緻密性が薄く,容易に破損するので残りにくい。つまり,骨の残りやすさは大きさと頑丈さに比例する。椎骨のような軽い骨は雨による川の氾濫で流され,湖に運ばれ,サカナやワニの骨と一緒に化石になる。一方,思い頭骨や大腿骨は洪水で流され,川底の岩の間に引っかかって,ほかの陸生の大型動物の骨と一緒に化石になる。
 化石の残り方を左右するもう一つの要因は,捕食動物が死体のどの部分を好むかである。ヒョウはサルの手足を噛むのが好きなので,もし昔の絶滅した捕食動物も同じ習性があったのなら,人類化石の手足も発見されることが少ないはずである。実際,手足の化石はあまり産出しておらず,そのため歯の進化についてはよくわかっているが,手足の進化はよくわかっていない。身体の大きさも,化石が残るかどうかに影響する,身体の大きな種は化石として残りやすいし,同一種内でも身体の大きな個体は残りやすい。もちろん,このような偏りは人類化石にも該当する。
 ある環境では,ほかに比べ,骨が化石になりやすく,発見されやすい。したがって,ある年代やある地域に由来する化石が多いからといって,その年代あるいは地域に多くの個体が住んでいたとは限らない。その年代や地域の状況が,ほかに比べて化石化に適していた可能性があるのだ。同様に,ある年代や地域から人類化石が見つからなくても,そこに人類が住んでいなかったことにはならない。「証拠のないのは,存在しない証拠ではない」という格言もある。したがって,昔の種は,最古の化石が発見される年代より前に誕生し,最新の化石が発見される年代より後まで生存していたことになる。つまり,化石種の起源と絶滅の年代は実際に比べて常に控えめになる。
 同様の制限は化石発見遺跡の地理的分布にも当てはまる。人類は,化石が発見される遺跡より広範囲で生存していたはずだ。また,過去の環境は現在とは違っていたはずだ。現在では厳しい環境も過去には住みやすかったかもしれないし,逆もあり得る。さらに,骨や歯を化石として保存してくれる環境は決して多くはない。酸性の土壌では,骨も歯もめったに残らない。とくに森林環境では,湿度が高く土壌が酸性なので,化石は残らないと考えられてきた。しかし,最近では,必ずしもそうではないことが明らかになった。とはいえ,考古学者が石器と人骨を一緒に発見したいと願っても,たいてい人骨は溶けてしまい,石器しか発見できないのである。


 この問題は,ある語の初出した時期や廃語となった時期を巡る文献学上の問題とも関連するだろう.言語史研究における資料の問題については,「#1051. 英語史研究の対象となる資料 (1)」 ([2012-03-13-1]),「#1052. 英語史研究の対象となる資料 (2)」 ([2012-03-14-1]) を参照されたい.関連して,文字の発生についての考察も参考になる(「#1834. 文字史年表」 ([2014-05-05-1]),「#2389. 文字体系の起源と発達 (1)」([2015-11-11-1]),「#2457. 書写材料と書写道具 (2)」 ([2016-01-18-1]) を参照).

 ・ バーナード・ウッド(著),馬場 悠男(訳) 『人類の進化――拡散と絶滅の歴史を探る』 丸善出版,2014年.

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2017-02-24 Fri

#2860. 文字の形の相称性の有無 [grammatology][alphabet][kanji][hiragana][katakana][writing][linguistic_relativism]

 文字論では,文字の機能といった抽象的な議論が多くなされるが,文字の形という具体的な議論,すなわち字形の議論は二の次となりがちだ.各文字の字形の発達にはそれ自体の歴史があり,それをたどるのは確かに興味深いが,単発的な話題になりやすい.しかし,このような卑近なところにこそ面白い話題がある.なぜローマン・アルファベットの字形はおよそ左右相称的であるのに対して,漢字や仮名の字形は非相称であるのか.アルファベットの字形には幾何学的な端正さがあるが,漢字やそこから派生した仮名の字形にはあえて幾何学的な端正さから逸脱するようなところがある.これは,なぜなのか.
 もちろん世界の文字種には様々なものがあり,アルファベットと日本語の文字のみを取り出して比較するだけでは視野の狭さは免れないだろう.また,字体の問題は,書写材料や書写道具の歴史とも深く関係すると思われ,その方面からの議論も必要だろう(「#2456. 書写材料と書写道具 (1)」 ([2016-01-17-1]),「#2457. 書写材料と書写道具 (2)」 ([2016-01-18-1]) を参照).しかし,あえて対象を絞ってアルファベットと日本語の文字の対比ということで考えることが許されるならば,以下に示す牧野の「言語と空間」と題する日米比較文化論も興味深く読める (p. 10) .

人工的な空間構成においてアメリカ人は日本人よりも整合性と均衡を考え,多くの場合,相称的空間構成を創る.庭園などはよくひかれる例である.言うまでもなく,日本の庭園は自然の表層の美の人工的再現である.深層の自然は整合的であろうが,表層の自然にはさまざまなデフォルメがあって,およそ均斉のない代物なのである.言語の表記法にも,この基本的な空間構成の原理が出ている.アルファベットはその約半数が,A,H,M,O,T,U,V,W,X,Y のように左右相称である.日本の仮名文字は漢字の模写が出発点で,元が原則として非相称であるから出て来た仮名も一つとして左右相称な文字はない.この点お隣の韓国語の表記法はかなり相称性が強く出ていて興味深い.


 ここに述べられているように,字形と空間の認識方法の間に,ひいては言語と空間との間に「ほとんど密謀的とも言える平行関係」(牧野,p. 11)があるとするならば,これは言語相対論を支持する1つの材料となるだろう.

 ・ 牧野 成一 「言語と空間」 『『言語』セレクション』第2巻,月刊『言語』編集部(編),大修館書店,2012年.2--11頁.(1980年9月号より再録.)

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2017-02-12 Sun

#2848. 「若者は1字下げない」 [writing][punctuation][japanese]

 2月1日の読売新聞夕刊11面に「若者は1字下げない」と題する記事が掲載されていた.筆者も大学で学生が書く長めの日本語文章を読む機会が多いが,この「1字下げない」現象には戸惑っている.課題レポート,試験の記述解答,入試の願書に至るまで,段落を1字下げずに書くということが,普通になってきている.
 専門家によると,若者が1字下げを行なわなくなってきているのは,普段書き慣れている SNS でそのような慣習がなく,まとまった文章を書く際にも段落という単位を意識する機会が減っているからだろうという.
 これを問題として指摘するにあたって,いくつかの角度がありそうだ.思いつくのは,(1) 1字下げしないという慣習を無視している(あるいは知らない)ということ,(2) 友人相手の SNS の文章と,ある程度の正式さとまとまりが必要とされる種類の文章の区別ができていないこと,(3) 文章を構成するという感覚がなさそうであること,辺りだろうか.
 (1) は「小学校の作文でしっかり習っていたはずなのに,それをすっかり忘れている,けしからん」という批判である.個人的にはこの批判に加担するし,1字下げは日本社会の常識の1つだと思っている.しかし,規則なのだからとにかく守れ,と述べて済ませるだけでは,言語を論じる者として大人げない気もする.実際,段落の最初の1字下げがどこまで日本語の文章における公式な「規則」なのかは,イマイチよく分からない.学習指導要領では,改行については小学3,4年生の国語で学ぶことになっているが,1字下げについては,指導実態としては教えているものの,「必要性の評価が学術的に定まっていない」ために明示はされていないという.国語教科書の歴史でみると,戦前に1字下げされていない例もあったようだ.そもそも日本語書記における1字下げは,西洋の文章の翻訳に伴って発展し,その慣習が教科書の文章などにも取り込まれて一般化したもののようで,金科玉条の規則というよりは,あくまで慣習やマナーといった位置づけと見ておくのがよさそうだ.とすると,「守らざれば即ち非」と断じるのも難しくなる.
 (2) と (3) は繋がっていると思われるが,慣習を守る守らないだけの問題ではなく,長いまとまった種類の文章を書く機会がないという,一種の書記経験の貧困さの問題のことである.1字下げをしない→その必要性や意義を認識していない→段落構成のある文章を普段書いていない→そのような文章を書く機会がそもそもない,という疑いが生じる.
 SNS の1字下げをしない文章の書き方が悪いというよりは,1字下げすべき類いの文章を書く機会が激減しているという状況がある,と認識すると,問題は別次元のものになっていきそうだ.
 畢竟,句読法 (punctuation) も時間とともに変化するものである.しかし,その変化も,実際的意義と歴史的慣習とのせめぎ合いを通じて進行していくはずのものであって,それゆえに最も大事なことは,保守派にせよ革新派にせよこのような話題に関心をもち,議論していくことだろう.

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2017-01-14 Sat

#2819. 話し言葉中心主義から脱しつつある言語学 [history_of_linguistics][sociolinguistics][medium][writing]

 昨日の記事「#2818. うわさの機能」 ([2017-01-13-1]) で取り上げた松田著『うわさとは何か』を読んでいて,言語学の流れについて考えさせられる機会があった.
 松田によると,従来のうわさの研究はうわさの内容(情報)にこだわる傾向があった.例えば,古典的な「うわさの公式」によると,うわさの強さや流布量 (Rumor) は,当事者に対する問題の重要さ (importance) とその論題についての証拠の曖昧さ (ambiguity) との積に比例する,つまり R〜i×a とされる (23) .だが,ほかにも考えるべき側面はある.例えば,何のメディアで発せられ広がるかというメディアの観点からの考察も必要だろう.松田はこのように,うわさの内容だけではなく形式をも考慮に入れることを説いている.そこで述べていることがおもしろい.「民俗学における口承研究が過去からの伝承や口頭性にこだわるあまり,そのうわさが語られる場や時代――メディアを含む――に対して寄せる関心が薄い」ことを指摘しているのである (154) .
 社会に関する学問でも,19世紀に民俗学が興る以前には書き言葉の資料がむしろ重視されていただろうから,現在はぐるりと一回転して再び書き言葉を含めた各種メディアが注目される時代となってきたものと言えそうだ.
 このような潮流は言語学の歴史にも見ることができる.20世紀の主流派言語学は,研究対象としてもっぱら話し言葉を重視し,その他のメディア,つまり書き言葉を軽視する方向で発展した.「口頭性にこだわるあまり」,ことばが「語られる場や時代に対して寄せる関心が薄」かったのである.ところが,20世紀後半から21世紀にかけては,社会言語学や語用論など,メディアやコンテクストを重視する傾向が強まってきた.近代言語学が興る以前には,むしろ文献学 (philology) と呼ばれる書き言葉偏重の言語研究の伝統が確立していたわけだから,現代はやはりぐるりと一回転して再び各種のメディアに関心が戻ってきた時代と言えそうだ.
 もちろん,一回転して戻ってきたといっても,学問としては一皮むけた状態で戻ってきたということであり,単純な過去への回帰ではないはずである.21世紀の言語学は,話し言葉中心主義,あるいは「内容」中心主義から脱して,他のメディアにも目配りするといった意味での「形式」重視へと舵を切っていると言えるだろう.
 関連して,書き言葉の自立性という話題について,本ブログでも「#2339. 書き言葉の自立性に関する Vachek の議論 (1)」 ([2015-09-22-1]),「#2340. 書き言葉の自立性に関する Vachek の議論 (2)」 ([2015-09-23-1]),「#2431. 書き言葉の自立性に関する Bolinger の議論」 ([2015-12-23-1]),「#2508. 書き言葉の自立性に関する Samuels の議論」 ([2016-03-09-1]) などで議論しているので,ぜひ参照を.

 ・ 松田 美佐 『うわさとは何か』 中央公論新社〈中公新書〉,2014年.

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2016-12-16 Fri

#2790. Engl&, 7honge と訓仮名 [kanji][hiragana][japanese][writing][grammatology][grapheme][abbreviation]

 昨日の記事「#2789. 現代英語の Engl&,中英語の 7honge」 ([2016-12-15-1]) で,本来の表語文字 <&> や <⁊ > が純粋に表音文字として用いられている例を見た.文字遊びとして「おもしろい」と思うかもしれないし,「中英語にもあったなんて」と驚くかもしれないが,ほとんど同じ原理の文字使用が,かつての日本語にもあった.万葉仮名の「借訓」の用法である.むしろ,大陸からもたらされた漢字という文字体系と必死に格闘せざるを得なかった上代の日本人にとっては,このような文字の使い方は,文字遊びであるという以上に,まさに真剣勝負だったのかもしれない.
 ここで,上代日本人が,漢字という文字体系をいかにして日本語の書記に適用したかという観点から,漢字の用い方を整理しよう.以下,佐藤 (49--51) より,詳細な分類を再現する.

[表意本意]
 (1) 正音(漢語をそのまま用い,字訓で読まれる)
    布施(ふせ),餓鬼(がき),双六(すごろく),塔(たふ)
 (2) 正訓(日本語の意味が漢字の字義と一致,あるいは共通する度合が高い場合の,日本語の訓を表す)
    一字訓:心(こころ),情(こころ),思(おもふ),念(おもふ),音(こゑ・おと)
    熟字訓:光儀(すがた),茅子(はぎ),織女(たなばた)
 (3) 義訓(語の意味を間接的に喚起する分析的・解説的な表記)
    金風(あきかぜ),暖(はる),寒(ふゆ),乞(こそ),不安(くるし)
[表音本意] 真仮名・万葉仮名と称する
 (1) 音仮名(借音仮名・借音字とも呼ばれる)
    ・ 一音節を表示する音仮名
       1. 全音仮名(無韻尾字)
          阿(あ),伊(い),宇(う),麻(ま),左(さ),知(ち),之(し)
       2. 略音仮名(有韻尾字,韻尾を捨てる)
          安(あ),散(さ),芳(は),欲(よ),吉(き),万(ま),八(は)
       3. 連合仮名(有韻尾字,韻尾を後続音に解消する)
          南(なみ),師(し),奈伎和多里牟(なきわたりむ)
    ・ 二音節を表示する音仮名(有韻尾字,韻尾に母音を加える.二合仮名とも呼ばれる)
       君(くに),粉(ふに),険(けむ),兼(けむ),濫(らむ),越(をち),宿祢(すくね)
 (2) 訓仮名(借訓仮名・借訓字とも呼ばれる)
    ・ 一音節を表示
       押奈戸手(おしなべて),田八酢四たやすし),名津蚊為なつかし),湯目ゆめ)(副詞),家呼家名母(いへをもなも)
    ・ 多音節(一字二音節以上)表示
       言借いふかし)(不審),雲裳(くもだにも),夏樫なつかし),名束敷(なつかしき),奈都(なつかしき),下(いかりおろし)(碇)
    ・ 熟合仮名(二字一音節,二字二音節など.熟字訓を利用)
       五十日太(いかだ),嗚呼児乃浦(あごのうら),二十物(はたもの)(織物),見左右(みるまでに)
 (3) 戯書
    1. 字謎
       色二山上復有有山者(いろにいでば)
    2. 擬声語表記から
       神楽声浪(ささなみ),馬声蜂音石花蜘虫厨荒鹿(いぶせくもあるか),追馬喚犬所見喚鶏そまみえつつ
    3. 九九と関連して
       十六自物(ししじもの),八十一隣之宮(くくりのみや),不知二五寸許瀬(いきとをきこせ)(助詞),生友奈重二(いけりともな
    4. 義訓・熟字訓・熟合仮名の技巧から
       恋渡味試(こひわたりなむ)(←舐(助動詞)),事毛告(こともつげなむ)(←南(助詞)),暮三伏一向夜(ゆふづくよ)(古代朝鮮の木四戯の目),所聞多祢(←喧)


 漢字は,表意本意の使い方と表音本意の使い方に大きく2分される.表意本意の用法は,いわばオリジナルの中国風の漢字の用法だが,表音本意の用法,すなわち万葉仮名こそが,日本における新機軸だった.万葉仮名は,見た目は漢字だが,機能としては平仮名・片仮名に類する表音文字として用いられているものである.万葉仮名の表音的用法も細かく下位区分されるが,上の (2) に挙げられている「訓仮名」の原理こそが,英語の <Engl&>, <⁊honge> に見られる原理である.
 訓仮名は,ある漢字の和訓が確定し,他の訓で読まれる可能性が少なくなってから生じる用法であるから,常に後に発生するものである.同じように,<&> や <⁊ > も各々 and という「訓読み」が確定していたからこそ,後に表音的にも用いられるようになったものである.<Engl&>, <⁊honge> における <&>, <⁊ > の使い方は,感覚的には,万葉仮名でいえば「夏樫」(なつかし),「偲食」(しのはむ)のタイプの「多音節表示の訓仮名」に近いのではないか.本来的に表意的な文字の意味を取って読み下し,その読み下した音列を,今度はその意味から切り離して,その音を部分的にもつ単語を純粋に表音的に表記するために用いる,という用法だ.言葉で説明するとややこしいが,つまるところ <Engl&> で England と読ませ,<夏樫> で「なつかし」と読ませる原理のことである.
 万葉仮名については,「#2386. 日本語の文字史(古代編)」 ([2015-11-08-1]),「#2390. 文字体系の起源と発達 (2)」 ([2015-11-12-1]) を参照.

 ・ 佐藤 武義 編著 『概説 日本語の歴史』 朝倉書店,1995年.

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2016-12-15 Thu

#2789. 現代英語の Engl&,中英語の 7honge [writing][netspeak][grammatology][grapheme][abbreviation][owl_and_nightingale][word_play][manuscript][scribe]

 「#817. Netspeak における省略表現」 ([2011-07-23-1]) で見たように,ネット上では判じ絵 (rebus) の原理による文字遊びともいえる省略表現が広まっている.<Thx2U> (= Thanks to you) や <4U> (= For you) や <CUL8R> (= See you later) や <Engl&> (= England) のような遊び心を含んだ文字列である.これらの数字や記号 <&> の用例は,本来の表語文字(記号)を表音的に用いている例として興味深い.それぞれ意味は捨象し,[tuː], [fɔː], [eɪt], [ənd] という音列を表す純粋な表音文字として機能している.
 これは現代人の言葉遊びにすぎないと思われるかもしれないが,実は古くから普通に行なわれてきた.例えば,接続詞 and を書き表わすのに古くは <&> ではなく数字の <7> に似た <⁊ > という記号 (Tironian et) が用いられていた(「#1835. viz.」 ([2014-05-06-1]) を参照).そして,これが接続詞 and を表わすものとしてではなく,他の語の一部をなす音列 [and] を表わすものとして表音的に用いられる例があった.この接続詞は,現代と同様に弱い発音では語尾音がしばしば脱落したので,[and] だけでなく [an] あるいは [a] を表音する文字としても機能した.例えば,The Owl and the Nightingale から,l. 1195 に現われる動詞の過去分詞形 anhonge の接頭辞 an- が Tironian et で書かれており,<<⁊honge>> と写本に見える.同じように,l. 1200 の動詞の過去分詞形 astorue も <<⁊storue>> と書かれており,接頭辞 a- が Tironian et で表わされている.
 書き手の遊び心もあるだろうし,少しでも短く楽に書きたいという思いもあるだろう.書き手の思いと,その思いを満たす手段は,昔も今も何も変わらない.

 ・ Cartlidge, Neil, ed. The Owl and the Nightingale. Exeter: U of Exeter P, 2001.

Referrer (Inside): [2016-12-16-1]

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2016-11-13 Sun

#2757. Ferguson による社会言語学的な「発展」の度合い [standardisation][writing][sociolinguistics][methodology][typology][world_languages]

 Ferguson は,言語の "language 'development'" を計測する方法を提案している.'development' と引用符があることから示唆されるように,これは進化論的な言語観に基づいているわけではなく,社会言語学的な発展の度合いを測ろうとする試みである.Ferguson (23) が具体的に挙げているのは,「書き言葉の使用の度合い」 ("the degree of use of written language") と「標準化の性質と程度」 ("the nature and extent of standardization") の2点である.
 1つ目の指標である「書き言葉の使用の度合い」については,大雑把に W0, W1, W2, W3 の4段階が認められるという (23--24) .各段階の説明をみれば分かる通り,当面の便宜的な指標といってよいだろう.

 ・ W0. --- not used for normal written purposes
 ・ W1. --- used for normal written purposes
 ・ W2. --- original research in physical sciences regularly published
 ・ W3. --- languages in which translations and resumés of scientific work in other languages are regularly published

 2つ目の指標である「標準化の性質と程度」は,もっと込み入っている.この指標には2つの側面があり,第1のものは "the degree of difference between the standard form or forms of a language and all other varieties of it" (24) である.つまり,言語変種間の差異性・類似性の度合いに関する側面である(関連して「#1523. Abstand languageAusbau language」 ([2013-06-28-1]) や「#1522. autonomyheteronomy」 ([2013-06-27-1]) を参照されたい).
 第2の側面は "the nature of the standardization and the degree to which a standard form is accepted as such throughout the community" (24) である.Ferguson (24--25) は3段階を設定した.

 ・ St0. --- "a language in which there is no important amount of standardization" (ex. Kurdish) (24)
 ・ St1. --- a language which "requires considerable sub-classification to be of any use. Whatever scheme of classification is developed, it will have to take account in the first instance of whether the standardization is unimodal or bi- or multimodal, and in the case of more than one norm, the nature of the norms must be treated" (ex. bimodal Armenian, Greek, Serbo-Croatian, Norwegian; multimodal Hindi-Urdu) (25)
 ・ St2. --- "a language which has a single, widely-accepted norm which is felt to be appropriate with only minor modifications or variations for all purposes for which the language is used" (24)

 測定のための指標として荒削りではあるが,分かりやすさの点では優れている.
 このような測定値に基づいて,諸言語(共同体)を社会言語学的に類型化しようとする試みは,ほかにもある.「#1519. 社会言語学的類型論への道」 ([2013-06-24-1]) や「#1547. 言語の社会的属性7種」 ([2013-07-22-1]) も要参照.

 ・ Ferguson, Charles A. "The Language Factor in National Development." Anthropological Linguistics 4 (1962): 23--27.

Referrer (Inside): [2019-01-10-1] [2016-11-14-1]

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2016-11-12 Sat

#2756. 読み書き能力は言語変化の速度を緩めるか? [glottochronology][lexicology][speed_of_change][schedule_of_language_change][language_change][latin][writing][medium][literacy]

 Swadesh の言語年代学 (glottochronology) によれば,普遍的な概念を表わし,個別文化にほぼ依存しないと考えられる基礎語彙は,時間とともに一定の比率で置き換えられていくという.ここで念頭に置かれているのは,第一に話し言葉の現象であり,書き言葉は前提とされていない.ということは,読み書き能力 (literacy) はこの「一定の比率」に特別な影響を及ぼさない,ということが含意されていることになる.しかし,直観的には,読み書き能力と書き言葉の伝統は言語に対して保守的に作用し,長期にわたる語彙の保存などにも貢献するのではないかとも疑われる.
 Zengel はこのような問題意識から,ヨーロッパ史で2千年以上にわたり継承されたローマ法の文献から法律語彙を拾い出し,それらの保持率を調査した.調査した法律文典のなかで最も古いものは,紀元前450年の The Twelve Tables である.次に,千年の間をおいて紀元533年の Justinian I による The Institutes.最後に,さらに千年以上の時間を経て1621年にフランスで出版された The Custom of Brittany である.この調査において,語彙同定の基準は語幹レベルでの一致であり,形態的な変形などは考慮されていない.最初の約千年を "First interval",次の約千年を "Second interval" としてラテン語法律語彙の保持率を計測したところ,次のような数値が得られた (Zengel 137) .

 Number of itemsItems retainedRate of retention
First interval685885.1%
Second interval584680.5%


 2区間の平均を取ると83%ほどとなるが,これは他種の語彙統計の数値と比較される.例えば,Zengel (138) に示されているように,"200 word basic" の保持率は81%,"100 word basic" では86%,Swadesh のリストでは93%である(さらに比較のため,一般語彙では51%,体の部位や機能を表わす語彙で68%).これにより,Swadesh の前提にはなかった,書き言葉と密接に結びついた法律用語という特殊な使用域の語彙が,驚くほど高い保持率を示していることが実証されたことになる.Zengel (138--39) は,次のように論文を結んでいる.

Some new factor must be recognized to account for the astonishing stability disclosed in this study . . . . Since these materials have been selected within an area where total literacy is a primary and integral necessity in the communicative process, it seems reasonable to conclude that it is to be reckoned with in language change through time and may be expected to retard the rate of vocabulary change.


 なるほど,Zengel はラテン語の法律語彙という事例により,語彙保持に対する読み書き能力の影響を実証しようと試みたわけではある.しかし,出された結論は,ある意味で直観的,常識的にとどまる既定の結論といえなくもない.Swadesh によれば個別文化に依存する語彙は保持率が比較的低いはずであり,法律用語はすぐれて文化的な語彙と考えられるから,ますます保持率は低いはずだ.ところが,今回の事例ではむしろ保持率は高かった.これは,語彙がたとえ高度に文化的であっても,それが長期にわたる制度と結びついたものであれば,それに応じて語彙も長く保たれる,という自明の現象を表わしているにすぎないのではないか.この場合,驚くべきは,語彙の保持率ではなく,2千年にわたって制度として機能してきたローマ法の継続力なのではないか.法律用語のほか,宗教用語や科学用語など,当面のあいだ不変と考えられる価値などを表現する語彙は,その価値が存続するあいだ,やはり存続するものではないだろうか.もちろん,このような種類の語彙は,読み書き能力や書き言葉と密接に結びついていることが多いので,それもおおいに関与しているだろうことは容易に想像される.まったく驚くべき結論ではない.
 言語変化の速度 (speed_of_change) について,今回の話題と関連して「#430. 言語変化を阻害する要因」 ([2010-07-01-1]),「#753. なぜ宗教の言語は古めかしいか」 ([2011-05-20-1]),「#2417. 文字の保守性と秘匿性」 ([2015-12-09-1]),「#795. インターネット時代は言語変化の回転率の最も速い時代」 ([2011-07-01-1]),「#1874. 高頻度語の語義の保守性」 ([2014-06-14-1]),「#2641. 言語変化の速度について再考」 ([2016-07-20-1]),「#2670. 書き言葉の保守性について」 ([2016-08-18-1]) なども参照されたい.

 ・ Zengel, Marjorie S. "Literacy as a Factor in Language Change." American Anthropologist 64 (1962): 132--39.

Referrer (Inside): [2018-05-23-1]

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2016-10-23 Sun

#2736. 点字の普及の歴史 [writing][braille][sign_language][hiragana][direction_of_writing][medium][history][japanese][distinctiones]

 「#2717. 暗号から始まった点字」 ([2016-10-04-1]) の記事で見たように,ブライユ点字は,シャルル・バルビエの考案した「夜間文字」の応用である12点点字を,ブライユが6点点字に改良したことに端を発する.19世紀始めには,目の不自由な人々にとっての読み書きは,紙に文字を浮き出させた「凸文字」によるものだった.しかし,指で触って理解するには難しく,広く習得されることはなかった.そのような時代に,ブライユが読みやすく理解しやすい点字を考案したことは,画期的な出来事だった.音楽の得意だったブライユは,さらに点字音符表を作成し,点字による楽譜表記をも可能にした.
 その後,19世紀後半から20世紀にかけて,ブライユ点字は諸言語に応用され,世界に広がっていく.1854年にフランス政府から公式に認められた後,イギリスでは英国王立盲人協会を設立したトーマス・アーミテージがブライユ点字を採用し,改良しつつ広めた.アメリカでは,ニューヨーク盲学校のウィリアム・ウエイトらがやはりブライユ点字に基づく点字を採用した.1915年に標準米国点字が合意されると,1932年には英米の合議により英語共通の点字も定まった(この点では,アメリカとイギリスで異なる体系を用いている手話の置かれている状況とは一線を画する;see 「#1662. 手話は言語である (1)」 ([2013-11-14-1])).
 我が国でも,1887年に東京の盲学校に勤めていた小西信八がブライユ点字を持ち込み,日本語への応用の道を探った.そして,1890年(明治23年)11月1日に石川倉次(=日本点字の父)の案が採用されるに至った.この日は,日本点字制定記念日とされている.
 点字を書くための道具に,板,定規,点筆がセットになった「点字盤」がある.板の上に紙をのせた状態で,穴の空いた定規を用いて点筆で右から左へを点を打っていくものである.通常の文字と異なり,点字は紙の裏側から打っていく必要があり,したがって,発信者の書きと受信者の読みの方向が逆となる.これは点字の読み書きに関する顕著な特徴といってよいだろう.また,日本語点字はかな書きで書かれるため,分かち書きをする必要がある点でも,通常の日本語書記と異なる (see 「#1112. 分かち書き (1)」 ([2012-05-13-1])) .現代では,伝統的な点字盤のほか,点字タイプライターやコンピュータにより,簡便に点字を書くことができるようになっている.
 日本でも身近なところで点字に出会う機会は増えてきている.電化製品,缶飲料,食品の瓶や容器など,多くの場所で点字が見られるようになった.

 ・ 高橋 昌巳 『調べる学習百科 ルイ・ブライユと点字をつくった人びと』 岩崎書店,2016年.

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2016-10-04 Tue

#2717. 暗号から始まった点字 [cryptology][semiotics][writing][braille]

 点字は,フランスの盲人 Louis Braille (1809--52) が1829年に発明したものとされ,これにより視覚障害者が初めて自由に読み書きできるようになったという点で,教育史上,画期的な出来事だった.ブライユ点字法 (Braille) と呼ばれることになるこの点字は,3行×2列の6点を単位として,その組み合わせによりアルファベットと数字を表わす仕組みのものである.ブライユ点字法はブライユの亡くなった2年後にフランスで公式文字として認められ,それから100年後の1954年にはユネスコ主催の世界点字統一会議で,全世界の視覚障害者の文字として採用された.日本へは1890年に導入されており,そこから50音を表わす日本点字が開発され,現在も使用され続けている.点字は,それ自体が自立した記号体系というわけではなく,(文字)言語の代用記号ととらえるべきだろう.その点では,モールス符号 (「#1805. Morse code」 ([2014-04-06-1])) や手旗信号などに類する.
 さて,点字の歴史は,このようにブライユに遡るというのが通例だが,その原型は,ナポレオン時代の砲兵大尉 Charles Barbier が,ブライユの学んだ訓盲院(世界最初の盲学校)に持ち込んだ「夜間文字」(Ecriture Nocturne "night writing") の改良版にあった.夜間文字とは,技術家でもあったバルビエが考案した暗号の一種で,うすい板紙の上に秘密のルールに従って点やダッシュを浮き彫りにしたものであり,解読者は闇夜にもそれに触れて読むことができるという代物だった.バルビエは,除隊後,これを視覚障害者のために活用する方法を探り,訓盲院へ6行×2列の点字を導入した.これを受けて,その生徒だったブライユが改良を加え,3行×2列の6点のブライユ点字法を開発するに至ったという次第である.
 今や世界で広く認知され,用いられている点字という記号体系が,このように軍事的な色彩の強い環境で開発された暗号に起源をもつという事実は,非常に興味深い.点字も暗号もコミュニケーション手段には違いなく,ある意味でこの発展は必然的とも考えられるが,一方で,バルビエから訓盲院を経てブライユへと連なったのは,歴史の偶然でもある.暗号の発明が,結果的に,教育史上きわめて重要な発明につながった稀有な例である.
 以上,稲葉 (54) を参照して執筆した.

 ・ 稲葉 茂勝 『暗号学 歴史・世界の暗号からつくり方まで』 今人舎,2016年.

Referrer (Inside): [2016-10-23-1] [2016-10-16-1]

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2016-09-15 Thu

#2698. hyphen [punctuation][writing]

 現代英語の書記にみられる句読法 (punctuation) の発達と定着は,一般に近代以降の出来事といってよい (see 「#574. punctuation の4つの機能」 ([2010-11-22-1]),「#575. 現代的な punctuation の歴史は500年ほど」 ([2010-11-23-1]),「#582. apostrophe」 ([2010-11-30-1]),「#2666. 初期近代英語の不安定な句読法」 ([2016-08-14-1])) .ハイフン (hyphen) にしても例外ではなく,広く用いられるようになり,一般化したのは1570年代以降である.実際,hyphen という呼び名が英語に現われるのは1620年辺りになってからであり,案外遅い.この語は,"together" を意味するギリシア語 huphén (hupó "under" + hén "one") がラテン語経由で英語に入ったものである.それ以前にも,この句読記号自体は用いられており,様々に呼ばれていたが,例えばその使用を重視した John Hart (c. 1501--74) は joiner と呼んでいた.
 実際,ハイフン記号の使用は写本時代の最初期から一貫して確認される.その役割も様々だったが,基本的な機能は,現代に伝わるものと同様であり,語やその一部の境目に関する種々の関係を明示することにあった.単語の内部で行またぎをする必要が生じたときには「分割記号」 (divider) の役割を果たし,複数の形態素の関連が密であり1語にまとめたい場合には「連係記号」 (linker) の役割を果たした.いずれにせよ,語の単位を明示する目的で用いられる符号である (Crystal 260--61) .
 しかし,ハイフンの正書法は,現代ですら定着したものがない.その使用には,相当程度,揺れが見られる.例えば,変種間というレベルの揺れとしても見られ,イギリス英語ではアメリカ英語よりもハイフンを多用する傾向がある.カナダ英語などでは,英米変種の中間的な振る舞いを示すともいわれる.また,個人差もあり,e-mail vs email, ice-cream vs ice cream や,flowerpot vs flower-pot vs flower pot など,揺れが激しい.通時的にも,以前は2語で書かれていたものが,後にハイフンを付され,さらに後にハイフンを省いて1語として綴られるような変化を遂げた語がいくつか確認される.例えば,type writer > type-writer > typewriter がその例であり,ほかに today, tomorrow, tonight などの to- 接頭辞をもつ語も to day > to-day > today のように,似たような経路を辿っている (Crystal 266) .

 ・ Crystal, David. Making a Point: The Pernickety Story of English Punctuation. London: Profile Books, 2015.

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2016-09-13 Tue

#2696. 分かち書き,黙読習慣,キリスト教のテキスト解釈へのこだわり [punctuation][medium][writing][scribe][distinctiones]

 昨日の記事「#2695. 中世英語における分かち書きの空白の量」 ([2016-09-12-1]) に引き続き,分かち書きに関連する話題.
 「#1903. 分かち書きの歴史」 ([2014-07-13-1]) でみたように,分かち書きの慣習の発生には,ラテン語を非母語とするアイルランドの修道僧の語学学習テクニックが関与していた.しかし,分かち書きが定着に貢献した要因は,そればかりではない.Crystal (10--13) によれば,7世紀までに発達していた黙読習慣や,St Augustine によるキリスト教教義の正しい伝授法という文化的・社会的な要因も関与していた.
 黙読習慣が発達するということは,書き言葉が話し言葉とは区別される媒体として機能するようになったということであり,読み手に優しい書き方が模索される契機が生じたということである.別の観点からいえば,続け書きが本来もつ「読みにくさ」への寛容さが失われてきた.このことは,語間空白のみならず句読法 (punctuation) 一般の発達にも関係するだろう.

By the seventh century in England, word-spacing had become standard practice, reflecting a radical change that had taken place in reading habits. Silent reading was now the norm. Written texts were being seen not as aids to reading aloud, but as self-contained entities, to be used as a separate source of information and reflection from whatever could be gained from listening and speaking. It is the beginning of a view of language, widely recognized today, in which writing and speech are seen as distinct mediums of expression, with different communicative aims and using different processes of composition. And this view is apparent in the efforts scribes made to make the task of reading easier, with the role of spacing and other methods of punctuation becoming increasingly appreciated. (Crystal 10)


 次に,キリスト教との関係でいえば,St Augustine などの初期キリスト教の教父が神学的解釈をめぐってテキストの微妙な差異にこだわりを示したことが,後の分かち書きを含む句読法を重視する傾向を生み出したという.

The origins of the change are not simply to do with the development of new habits of reading. They are bound up with the emergence of Christianity in the West, and the influential views of writers such as St Augustine. Book 3 of his (Latin) work On Christian Doctrine, published in the end of the fourth century AD, is entitled: 'On interpretation required by the ambiguity of signs', and in its second chapter we are given a 'rule for removing ambiguity by attending to punctuation'. Augustine gives a series of Latin examples where the placing of a punctuation mark in an unpunctuated text makes all the difference between two meanings. The examples are of the kind used today when people want to draw attention to the importance of punctuation, as in the now infamous example of the panda who eats, shoots and leaves vs eats shoots and leaves. But for Augustine, this is no joke, as the location of a mark can distinguish important points of theological interpretation, and in the worst case can make all the difference between orthodoxy and heresy. (Crystal 12--13)


 また,上記2点とも間接的に関わるが,語間空白なしではとても読むに堪えないジャンルのテキストが現われるようになったことも,分かち書きの慣習を促進することになったろう.例えば,いわゆる文章ではなく,単語集というべき glossary の類いである.この種の単語一覧はそもそも備忘録用,参照用であり,声を出して読み上げるというよりは,見て確認する用途で使われることが多く,語と語の境界を明示することが特に要求されるテキストといってよい (Crystal 10--11) .
 このように互いに関連するいくつかの文化的・社会的水脈が前期古英語の7世紀までに合流し,分かち書きの慣習が,いまだ現代風の完璧さは認められないものの,およそ一般化する契機を獲得したと考えられる,

 ・ Crystal, David. Making a Point: The Pernickety Story of English Punctuation. London: Profile Books, 2015.

Referrer (Inside): [2017-08-27-1] [2017-06-14-1]

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2016-09-12 Mon

#2695. 中世英語における分かち書きの空白の量 [punctuation][manuscript][writing][scribe][word][prosody][oe][inscription][distinctiones]

 現代の英語の書記では当然視されている分かち書き (distinctiones) が,古い時代には当然ではなく,むしろ続け書き (scriptio continua) が普通だったことについて,「#1903. 分かち書きの歴史」 ([2014-07-13-1]) で述べた.実際,古英語の碑文などでは語の区切りが明示されないものが多いし,古英語や中英語の写本においても現代風の一貫した分かち書きはいまだ達成されていない.
 だが,分かち書きという現象そのものがなかったわけではない.「#572. 現存する最古の英文」 ([2010-11-20-1]) でみた最初期のルーン文字碑文ですら,語と語の間に空白ではなくとも小丸が置かれており,一種の分かち書きが行なわれていたことがわかるし,7世紀くらいまでには写本に記された英語にしても,語間の空白挿入は広く行なわれていた.ポイントは,「広く行なわれていた」ことと「現代風に一貫して行なわれていた」こととは異なるということだ.分かち書きへの移行は,古い続け書きの伝統の上に新しい分かち書きの方法が徐々にかぶさってきた過程であり,両方の書き方が共存・混在した期間は長かったのである.英語の句読法 (punctuation) の歴史について一般に言えるように,語間空白の規範は中世期中に定められることはなく,あくまで書き手個人の意志で自由にコントロールしてよい代物だった.
 書き手には空白を置く置かないの自由が与えられていただけではなく,空白を置く場合に,どれだけの長さのスペースを取るかという自由も与えられていた.ちょうど現代英語の複合語において,2要素間を離さないで綴るか (flowerpot),ハイフンを挿入するか (flower-pot),離して綴るか (flower pot) が,書き手の判断に委ねられているのと似たような状況である.いや,現代の場合にはこの3つの選択肢しかないが,中世の場合には空白の微妙な量による調整というアナログ的な自由すら与えられていたのである.例えば,語より大きな統語的単位や意味的単位をまとめあげるために長めの空白が置かれたり,形態素レベルの小単位の境を表わすのに僅かな空白が置かれるなど,書き手の言語感覚が写本上に精妙に反映された.
 Crystal (11-12) はこの状況を,Ælfric の説教からの例を挙げて説明している.

Very often, some spaces are larger than others, probably reflecting a scribe's sense of the way words relate in meaning to each other. A major sense-break might have a larger space. Words that belong closely together might have a small one. It's difficult to show this in modern print, where word-spaces tend to be the same width, but scribes often seemed to think like this:

     we bought   a cup of tea   in the cafe

The 'little' words, such as prepositions, pronouns, and the definite article, are felt to 'belong' to the following content words. Indeed, so close is this sense of binding that many scribes echo earlier practice and show them with no separation at all. Here's a transcription of two lines from one of Ælfric's sermons, dated around 990.

     þærwæronðagesewene twegenenglas onhwitumgẏrelū;
     þær wæron ða gesewene twegen englas on hwitum gẏrelū;
     
     'there were then seen two angels in white garments'
     
     
     Eacswilc onhisacennednẏsse wæronenglasgesewene'.
     Eacswilc on his acennednẏsse wæron englas gesewene'.
     
     'similarly at his birth were angels seen'

The word-strings, separated by spaces, reflect the grammatical structure and units of sense within the sentence.


 話し言葉では,休止 (pause) や抑揚 (intonation) の調整などを含む各種の韻律的な手段でこれと似たような機能を果たすことが可能だが,書き言葉でその方法が与えられていたというのは,むしろ現代には見られない中世の特徴というべきである.関連して「#1910. 休止」 ([2014-07-20-1]) も参照.

 ・ Crystal, David. Making a Point: The Pernickety Story of English Punctuation. London: Profile Books, 2015.

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2016-09-05 Mon

#2688. 戦中と右横書き [writing][grammatology][direction_of_writing][history][sociolinguistics][language_myth]

 8月15日の読売新聞朝刊に,83歳の女性からの投書が掲載されていた.先の戦争中に学校で右横書きを習ったという世代の方である.「学校では横書きをする場合,右から書くよう指導された.敵国の英語のまねにならないよう,とのことだった.今でも,右から書かれた言葉を見ると,当時を思い出して悲しい気持ちになる」とあった.
 文字を書く書字方向 (direction_of_writing) の話題については ##2448,2449,2482,2483 で扱ってきた.文字論,特に統字論の問題として見れば,近代日本語の右横書きか左横書きか,あるいは右縦書きかという書字方向の変異や変化は,世界の書記体系の取り得る類型の枠内で論じられるものの,実際にその選択に際して作用していた力は,極めて社会的なものだった.戦中は欧米イメージのまとわりついた左横書きが忌避され,日本古来のイメージと重ね合わされた右横書きがよしとされた.戦後は右横書きは消えたが,くだんのイメージの対立は戦中の書字方向の記憶とともに現在でも語り継がれている.
 しかし,これは語り継がれた記憶という以上に,神話に近いものであるという.屋名池 (169--70) は,戦前・戦中・戦後の日本語書字方向の変化について,次のようにまとめている.

 右横書きは,左横書きと同じく,本来欧米語の影響によって生まれたものであるにもかかわらず,早くから縦書きと併用されてきたこともあって,大正末・昭和初期までには「右横書き=日本固有・伝統的」,「左横書き=欧米模倣・モダン」というイメージが成立・定着していたことはすでにたびたびふれた.このイメージはその語の社会の有為転変にかかわらず,戦後まで一貫して変わらなかった.一方,このイメージに対する評価・価値付けは激動の時代を反映して激しく変転し,横書きはそれに大きく翻弄されたのである.
 西欧化イコール近代化・進歩として高い評価を与える明治以来の傾向は,日中戦争下にも続き,一九四〇(昭和一五)年になっても,レコードや洋菓子のような洋風・モダンなイメージの商品では,従来右横書きだった表示が新たに左横書き化していることは先に述べた.
 しかし,欧米列強を的にまわして太平洋戦争が勃発するや,価値付けは大きく逆転し,日本在来の伝統的なものが国粋主義の立場から強力に支持されるようになる.それに支えられて左横書きの右横書き化という動きがあらわれ,これまでの左横書き化の流れと対立することになった.
 太平洋戦争が敗戦に終わり,「鬼畜米兵」から「四等国」自認へと,価値が三転すると,国粋主義の支えを失って右横書き化の動きは失速し,一方,ふたたび芽生えた欧米のモダンで豊かな生活文化への憧れに押されて,左横書きの評価は急上昇する.左横書き化が一挙に進み,右横書きは駆逐されて,ついに横書きは左横書きへ統一されることになるのである.


 実際,1946--48年の新聞広告の調査によれば,この3年間という短期間のあいだに,なだれを打って右横書きから左横書きへと移行したことが分かっている(屋名池,p. 171).ただし,注意すべきは,上の引用内でも述べられている通り,左横書きは戦前から一般的な趨勢だったことである.確かに従来戦前から右横書きも並存していたし,終戦直前には特に右横書きが目立ってきたという状況はあったが,それ以前から左横書きの傾向は既定路線だった.戦後になって,その既定路線が改めて日本人に自然に確認され,受け入れられたということだろう.屋名池 (177) 曰く,「左横書きへの統一は戦後の日本語表記の変革のうち,唯一,草の根が生み出し成就させたものなのだ」.つまり,戦前・戦中=右横書き,戦後=左横書きという構図は広く流布しているものの,一種の神話というべきものである.
 だが,人々がその神話を生み出すに至ったのも,終戦前後のほんの数年間で左右転換を遂げたという強烈な印象と記憶があったからだろう.この神話は,当事者たちが自ら作り上げた神話といえるのではないか.

 ・ 屋名池 誠 『横書き登場―日本語表記の近代』 岩波書店〈岩波新書〉,2003年.

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2016-08-18 Thu

#2670. 書き言葉の保守性について [writing][medium]

 標題の問題に関して「#753. なぜ宗教の言語は古めかしいか」 ([2011-05-20-1]) や「#2417. 文字の保守性と秘匿性」 ([2015-12-09-1]) をはじめ,本ブログでも多く話題にしてきた.文字体系の保守性はいうまでもなく,文字を用いた言語行為,すなわち書き言葉の全体が,話し言葉に比して保守的であることは確かな事実である.だが,なぜそうなのだろうか.答えは様々あるだろうが,本質的な答えを知りたい.
 昨日の記事「#2669. 英語と日本語の文法史の潮流」 ([2016-08-17-1]) で参照した森重 (86) に,書き言葉が当該の時代より前の時代の話し言葉を含む傾向が多い理由を論じているくだりがあり,標題を考察する上でおおいにヒントになる.(原文の旧字体は新字体になおしてある.また,太字による強調は引用者によるもの.)

筆録体の口語文は勿論すでに純粋の口頭語そのままではないがなほいはば発音式仮名遣に似て口頭語に近い。これに対して勝義の口語文も一層口頭語そのままではありえず,すでに文字言語としてあるもの,すなはちその口頭語乃至は筆録体の口語文の前時期乃至は前時代の文字言語に近づく。それは,その言語内容の客観的社会的論理的歴史的な対話性が,前時期語前時代語のもつ時期時代を超えた古典的客観性に必然的に結びつくからである。ここに一層客観的社会的論理的歴史的な対話性をもつ言語内容の文語,勝義の文語が成立する。したがってそれは,決してその時期時代の筆録体の口語文乃至は口頭語と著しい懸隔のあるものでは本来ありえない,と同時に,かならず前時期前時代的な古典語をも含む意味において,決してそれらと同一であることができない。たとへば,勝義の口語文において成立し,さらに勝義の文語において成熟する文字文芸や論説がそれである。その優れた作品とせられるものは,筆録体の口語文乃至は口語的な俗と古典的時期時代語的な雅との混淆,乃至は原文の一致においてしばしば完成せられた。それは個々の一個人としての聞手とともに,聴手一般としてのその集合全体者をも満足せしめる言語内容をもち,個人的にして社会的,主観的にして客観的な基盤に立つ。これらこそ本来の優れた意味において歴史にのこるものである。


 強調した部分が言わんとしていることは,私の理解によれば以下の通りである.書き言葉は話し言葉と比べて「客観的社会的論理的歴史的」な性質をもつべきものであり,その性質を保ち続けるためには,すでにそのような性質を有することが実践を通じて証明されている既存の書き言葉に範を求めるのが妥当だ,ということである.話し言葉は常に変化を続けているものであるから,前時代から続く範例を重んじる傾向のある書き言葉は,相対的に古く,保守的ということになる.換言すれば,人々は,書き言葉として既に成功しているものを使い続ける傾向があるのだ.このように,書き言葉が保守的である理由は,それが本質的に「客観的社会的論理的歴史的」であるという原点に立ち戻ることにより,よく理解できる.

 ・ 森重 敏 「文法史の時代区分」『国語学』第22巻,1955年,79--87頁.

Referrer (Inside): [2018-05-23-1] [2016-11-12-1]

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2016-08-14 Sun

#2666. 初期近代英語の不安定な句読法 [punctuation][emode][printing][manuscript][shakespeare][writing][orthography][standardisation]

 15世紀後半に印刷術 (printing) がもたらされた後,続く16世紀の間に標準的な正書法への模索が始まったが,その際の懸案事項は綴字にとどまらず句読法 (punctuation) にも及ぶことになった.
 先立つ中世の手書き写本の時代には,各種の句読記号が,統語意味的な目的というよりは音読のためのガイドとして様々に用いられていた.多くは印刷の時代以降に消えてしまったが,その数は30種類を超えた.現在使われているのと同形の句読記号もあったが,中世の写本ではその機能は必ずしも現代のものと同じではなかった.この中世の奔放な状況が,印刷時代の到来を経て徐々に整理へと向かい出したが,その過程は緩慢としており,初期近代英語期中にもいまだ安定を示さなかった.
 初期の印刷業者は基本的には写本にあった句読記号を再現しようとしたが,対応する活字がないものもあり,選択を迫られることも多かった.一般的には,</> (virgule) や <.> (point) は広く認められた(</> の機能は現在の <,> (comma) に相当し,1520年代から現在のような <,> に置き換えられるようになったが,印刷業者によっては両者ともに用いるものもあった).
 初期の印刷では,ほかに <:> (colon), <¶> (paragraph mark), <//> (double virgule) なども用いられ,新しい句読記号としては <( )> (parentheses), <;> (semicolon), <?> (question mark) なども導入されたが,定着には時間を要した.例えば,<;> などは,Coverdales による1538年の新約聖書の献題に現われこそするが,イングランドで用いられるようになるのは1570年代以降といってよい.
 17世紀に入っても,いまだ句読法の不安定は続いた.例えば,Shakespeare の First Folio (1623) でも,疑問符と感嘆符,コロンとセミコロンの使い分けは一貫していなかったし,アポストロフィ (apostrophe) やハイフン (hyphen) も予期しないところに現われた (ex. advan'st (= advanced), cast-him (= cast him)) .この不安定さは現代の Shakespeare の校訂にも反映しており,異なる版が異なる句読点を採用するという事態になっている.
 アポストロフィについて一言加えておこう.この句読記号は近代の新機軸であり,省略を示すために用いられ出したのは1559年からである.なお,現在のアポストロフィの用法として所有格を表わす <'s> での使用があるが,この発達はずっと遅れて18世紀のことである.
 このように,現代では正書法の一環として用法が定まっている種々の句読記号も,初期近代英語ではいまだ定着していなかった.このことは,印刷術導入の衝撃がいかに革命的だったか,印刷業者が新時代に適応するのにいかに試行錯誤したのかを示す1つの指標とみなすことができるのではないか.以上,Crystal (261) を参照して執筆した.
 関連して,「#574. punctuation の4つの機能」 ([2010-11-22-1]),「#575. 現代的な punctuation の歴史は500年ほど」 ([2010-11-23-1]),「#582. apostrophe」 ([2010-11-30-1]) も参照されたい.

 ・ Crystal, David. The Stories of English. London: Penguin, 2005.

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2016-07-09 Sat

#2630. 規範主義を英語史(記述)に統合することについて [prescriptivism][historiography][medium][writing][language_change]

 Curzan による Fixing English: Prescriptivism and Language History を読んでいる.これは,英語の規範主義 (prescriptivism) の歴史についての総合的な著書だが,新たな英語史のありかたを提案する野心的な提言としても読める.
 従来の英語史記述では,規範主義は18世紀以降の英語史に社会言語学な風味を加える魅力的なスパイスくらいの扱いだった.しかし,共同体の言語に対する1つの態度としての規範主義は,それ自体が言語変化の規模,速度,方向に影響を及ぼしう要因でもある.この理解の上に,新たな英語史を記述することができるし,その必要があるのではないか,と著者は強く説く.この主張は,とりわけ第2章 "Prescriptivism's lessons: scope and 'the history of English'" で何度となく繰り返されている.そのうちの1箇所を引用しよう.

When I began this project, I was not expecting to end up asking one of the most fundamental scholarly questions one can ask in the field of history of English studies. But examining prescriptivism as a real sociolinguistic factor in the history of English raises the question: What does it mean to tell the "linguistic history" of "the English language"? Or, to put it more prescriptively, what should it mean to tell the history of the English language? Attention to prescriptivism in the telling of language history gives significant weight to writing, ideologies, and consciously implemented language change. In so doing, it highlights some inconsistencies within the field about the focus of study, about what falls within the scope of "linguistic" history.
   Re-examining the scope of the linguistic history of English encompasses at least three major issues . . .: the relative importance of language attitudes and ideologies in understanding a language's history; the relative importance of the written and spoken versions of the language in constituting "the English language" whose history is being told; and the relative importance of change above and below speakers' conscious awareness (to use standard terminology in the field) in constituting language change. (42--43)


 Curzan (48) は,第2段落にある3つの観点を次のように換言しながら,新しい英語史記述の軸として提案している.

 ・ The history of the English language encompasses metalinguistic discussions about language, which potentially have real effects on language use.
 ・ The history of the English language encompasses the development of both the written and the spoken language, as well as their relationship to each other.
 ・ The history of the English language encompasses linguistic developments occurring both below the level of speakers' conscious awareness --- what is sometimes called "naturally" --- and above the level of speakers' conscious awareness.


 第1点目の,規範主義が実際の言語変化に影響を与えうるという指摘については,確かにその通りだと思っている.英語史研究者はこの問題に真剣に向かい合う必要があるという主張には,大きくうなずく次第である.

 ・ Curzan, Anne. Fixing English: Prescriptivism and Language History. Cambridge: CUP, 2014.

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