hellog〜英語史ブログ

#3839. 文字を統一した漢字世界と,文字を多様化させた梵字世界[writing][history]

2019-10-31

 連日,鈴木董(著)『文字と組織の世界史』を参照している.鈴木 (52)は,5つの文字世界のうちの2つ,中国を中心とする漢字世界とインドを中心とする梵字世界が,対照的な歴史をたどってきたことを指摘している.漢字世界では秦の始皇帝により書体の統一がなされ,後代にも大きな影響があったが,梵字世界ではむしろ地域ごとに書体が多様化していったという事実だ.

 始皇帝は集権的支配組織の祖型を創出しただけでなく,貨幣と度量衡のみならず,甲骨文字から金文をへて篆書へと発展してきたが,長い政治的分裂のなかで多様化しつつあった漢字の書体をも統一し,そのうえでより書きやすい実務用の隷書が生まれた.
 始皇帝による漢字の統一は,その後さらなる書体の変化と文化を伴いながらも後代にまで保たれ,共通の諸書体の漢字が周辺諸社会へと普及し受容されていくなかで「漢字世界」が形成されていった.これはブラフミー文字を起源としながら,このような政治的統一の下での書体の統一をみなかったインドを中心とする「梵字世界」において,非常に異なる書体が地域ごとに分立したのとは好対照をなした.


 この中国とインドの文字のあり方に関する差異について,鈴木 (53--54) は,異文化世界をも視野に入れた世界秩序観の有無という点に帰しているようだ.これは,統一された文字の強力な政治的ポテンシャルに気付いていたか否かという違いにも近いように思われる.

〔前略〕中国においては,春秋戦国時代にみられた.同文化世界としての「華」のなかにおける「敵国(対等の政治単位)」間の「盟」を中心とする政治体間の関係のイメージは失われ,華と夷の非対等の関係に基礎をおく「華夷秩序観」が定着していった.これも,同文化世界内では分裂が常態化した「梵字世界」の中心をなすインドでは,同文化世界内での政治体間の関係に関心が集中し,異文化世界の政治体との関係についての体系的な世界秩序観が欠落しているかにみえるのとは,対照的であった.


 ・ 鈴木 董 『文字と組織の世界史 新しい「比較文明史」のスケッチ』 山川出版社,2018年.

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