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toponymy - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-10-15 07:51

2012-02-04 Sat

#1013. アングロサクソン人はどこからブリテン島へ渡ったか [geography][toponymy][onomastics][map][patronymy][anglo-saxon]

 固有名詞学 (onomastics) のなかでも地名学 (toponymy) は,言語学と歴史学が濃密に接する分野である.[2011-07-24-1]の記事「#818. イングランドに残る古ノルド語地名」でみたように,地名の構成と分布は,民族の歴史的な行動をありありと示してくれることがある.昨日の記事「#1012. 古代における英語からフランス語への影響」 ([2012-02-03-1]) で参照した Martinet の論文は,フランス北部に残る英語式に構成された地名の分布から,標題の疑問に迫る論考である.
 英語式の地名の典型の1つに,単音節+ -ing + -ham/-ton」という形態がある (ex. Buckingham, Nottingham, Birmingham; Padington, Islington, Arlington) .-ing は英語の典型的な父称 (patronym) 接辞であり,-hamhome に,-tontown に対応する.おもしろいことに,フランスにも,フランス語化されている部分はあるが,Tardinghen, Bouquinghen, Tatinghem, Conincthun, Verlingcthun, Audincthun など,明らかに英語地名のモデルに基づいた地名がある.それも,フランス北部の Artois (現在の Pas-de-Calais 県の一部にあたる地方),特に Boulogne から Saint Omer にかけての地域に集中している.Martinet (6--7) の地図によれば,この種の英語地名が77個も確認される.
 この英語地名の分布が示唆するのは,かつてこの地方に,後の英語話者と密接に結びつけられる Anglo-Frisian 系の西ゲルマン民族が定住していたということである.彼らはブリテン島に渡る際の中継点としてこの地を通り過ぎただけではなく,この地に住み着いて,南に接する Gallo-Roman (後にフランス語へ発達する言語)に言語的な影響を与え得るほどに存在感を示していた可能性が高い.
 Martinet は,以上の証拠と,イギリス海峡の両側に位置する主要な地点間の距離を考慮して,次のような仮説を提案している.

On est tenté de poser Boulogne, au nom celtique, comme le passage normal des deux vagues d'envahisseurs celtes qui ont passé la Manche avant notre ère. La distance de Boulogne au cap Dungeness est indiquée en pensant aux Saxons qui ont peuple le Wessex. / Notre hypothèse n'exclut pas un passage plus direct par la mer du Nord, mais le Jutland est à plus de 500 km des côtes anglaises. (10)

紀元前に2波にわたってイギリス海峡を横断したケルト人の侵略者たちの通常の経路としては,ケルト語の地名を帯びたブローニュを想定したいところだ.サクソン人がウェセックスに植民したことを考えれば,ブローニュからダンジネス岬の距離は適切だろう.この仮説は,北海を越えるより直接の経路を排除するわけではないが,ユットランドはイギリスの海岸から500キロ以上も離れているのだ.


 サクソン人が,かつてケルト人の開拓したブローニュから海に出るというルートを利用し,イギリス側ではウェセックス植民に都合のよい,かつ航海距離の短いダンジネス岬に着岸した,というわけだ.従来より,アングロサクソン人は航海に長けていたはずだとの前提から,[2010-05-21-1]の記事「#389. Angles, Saxons, and Jutes の故地と移住先」の地図で概略的に示したように,北海をはるばる越えてのルートが想定されてきたが,地名分布に支えられた Martinet の仮説も魅力的だ.

The Strait of Dover
(Martinet, p. 9 の地図を掲載)

 ・ Martinet, André. "Comment les Anglo-Saxons ont-ils accédé à la Grande-Bretagne?" La Linguistique 32.2 (1996): 3--10.

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2011-07-24 Sun

#818. イングランドに残る古ノルド語地名 [old_norse][loan_word][onomastics][geography][toponymy][map]

 英語史に関連するイングランド地図で,これほど明快な地図はないのではないか.イングランドに残る古ノルド語要素を含む地名の分布を表わす地図である( Crystal, p. 25 をもとに作成).

Map of Old Norse Placenames

 赤い線は,878年,攻め入るデーン人を King Alfred が Eddington で打ち負かし,ウェドモア条約 (Treaty of Wedmore) を締結したときに定まったアングロサクソン領とデーン領の境界線である.境界線の北部はデーン人の法律が適用される地域ということで,the Danelaw と呼ばれることになった.イングランドには古ノルド語要素を含む地名が1400以上あるとされるが,そのほとんどが the Danelaw 地域にきれいに限定されているのが印象的である.主要な古ノルド語要素を挙げると以下のようなものがある.

 ・ -by 「町」: Derby, Rugby, Whitby
 ・ -thorpe 「村落」: Althorp, Bishopsthorp, Gawthorpe, Linthorpe, Mablethorpe, Scunthorpe
 ・ -thwaite 「開墾地」: Applethwaite, Braithwaite, Rosthwaite, Stonethwaite, Storthwaite
 ・ -toft 「家屋敷」: Eastoft, Langtoft, Nortoft

 これらのノルド語要素は複合地名の後半部分に用いられているが,前半部分は必ずしも古ノルド語起源とは限らず英語要素であることも多い.例えば,Storthwaite では前半要素 stor は古ノルド語で「大きい」を意味する語であり,前半後半両要素とも北欧系だが,Stonethwaite では前半要素は明らかに英語の stone を示しており,両言語混在型の地名である.
 複合地名に両言語の要素が含まれているということは,両民族が平和に共存していた可能性を強く示唆する.もしデーン人がアングロサクソンの町村を武力で制圧しアングロサクソン系住民を駆逐したのであれば,新たな地名に英語要素を含めるということは考えにくい.両言語の要素が1つの地名に混在しているということは,両民族の血縁的な混合も同時に進んでいたことを表わしているのではないか.そして,この密な混合は,古ノルド語が英語に計り知れない影響を及ぼし得たのはなぜかという問題に解答を与えてくれるのである.

 ・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.

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