この夏に「名前プロジェクト」 (name_project) を立ち上げました.思いつきで始めた感がなきにしもあらずのプロジェクトですが,この数ヶ月間,主に英語史の観点から名前学 (onomastics) をかじり出しました.まだまだこの領域では素人同然ですが,学生や heldio リスナーの皆さんなどとの議論を通じて,少しずつおもしろさが分かってきました.以下,雑感を箇条書きします.
・ 名前学の関心の在処は言語地理文化ごとに異なる.例えば,イギリスでは地名の語源に関心が向くのに対して,アメリカでは名付けの動機への関心が強い.また,水系につける名前 (hydronymy) について,イギリスや大陸では河川名が考察対象になるのに対して,北欧諸国は湖沼名が主たる関心の対象となる等.
・ 固有名詞化 (onymisation) の理論は一般言語学的な射程をもつ.普通名詞がいつ,どのように,なぜ固有名詞化するのか等.
・ 名前学における書き言葉(文字)の役割はいかに? 日本語の名前学においてはきわめて重要な点だが,西洋の名前学では文字という観点からの考察は比較的薄い.
・ 英語名前史における姓 (last name, family name, surname, by-name) の発展途上期には,姓は必ずしも固定的なものではなく,もっとフレキシブルだったという事実は興味深い.
・ 名前学は限りなく学際的な分野である (cf. 「#5187. 固有名詞学のハンドブック」 ([2023-07-10-1]),「#5334. 英語名前学を志す学徒に Cecily Clark より悲報!?」 ([2023-12-04-1])),「#5339. 英語人名学の守備範囲とトレンド」 ([2023-12-09-1]),「#5343. onomastics (名前学)の対象と射程 --- Bussmann の用語辞典より」 ([2023-12-13-1])).
・ 名前のあり方は,社会の集権化や公的管理の進展とともに大きく変容してきた(cf. 人間のコミュニティネットワークの広がり,コミュニケーション技術の発展,個人主義の高まり,アイデンティティ意識の強化,制度化される名前)
・ 歴史的に名前を考察する際には「1人=1つの名前」という固定的な紐付けを前提としてはいけない.また,かつては公的名前と私的名前の境はずっと曖昧だった.
・ 英語史が言語接触の歴史だとすれば,英語語彙の歴史こそがその縮図であると言われる.しかし,実は英語名前史も,すぐれてその縮図ではないか.英語の名前も,外来の名前と接触して,激しく新陳代謝を遂げてきたからだ.とりわけ英語人名の名付けは伝統の維持とその破壊の繰り返しだった.
・ 中英語までは人名(姓)について世襲・相続の発想が希薄だったが,これは家系ではなく個人を特定するのが本来の目的であった西洋中世の紋章 (heraldry) にも通じる性質である.
思いつきを書き連ねてみました.これからも名前学をかじり続けていきます.
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