昨日の記事「#3936. h-dropping 批判とギリシア借用語」 ([2020-02-05-1]) に引き続き,Minkova (108) に依拠しながら h に関する話題を提供したい.
現代標準英語で語頭の h が発音されないとされているのは heir, honest, honour, hour やその関連語など少数に限られているが,h の有無で揺れを示す例ということでいえば herb, historical, humour などが追加される.実際,「#461. OANC から取り出した発音されない語頭の <h>」 ([2010-08-01-1]),「#462. BNC から取り出した発音されない語頭の <h>」 ([2010-08-02-1]) で調べてみたところによると,揺れの事例は少なくない.
共時的にこのような揺れがみられるということは,通時的にも様々な変異や変化があっただろうことを予想させる.実際,比較的最近ともいえる後期近代英語期に焦点を絞ってみても,現代とは異なる状況が浮かび上がってくる.200年ほど前の規範的な発音を映し出す John Walker の Critical Pronouncing Dictionary (46) を参照してみよう.語頭の h は常に発音されるということになっているが,次の語においては例外的に h が発音されないとして,15語が列挙されている.
heir, heiress, honest, honesty, honour, honourable, herb, herbage, hospital, hostler, hour, humble, humour, humorous, humoursome
ここには現在 h の有無の揺れを示す語も含まれているが,全体としていえば当時と現代の規範が大きく異なるわけではない.しかし,このなかでも hospital や humble に関しては,現代英語では /h/ で発音されるのが普通だろう.つまり,この200年ほどの間に,少なくともこの2語に関しては発音(の規範)が変わったということが示唆される(あくまで規範の変化であって,実際の英語話者の発音が変化したのかどうかは別途調べる必要があることに注意).
この200年の間の緩やかな規範の変化が何を意味するのか,なぜ他の語ではなく hospital や humble が変化したのかなど謎は残る.しかし,後期近代英語と現代英語とで変化していないのは,いずれの時代においても,<h> と綴られながら /h/ と発音されない一定数の語があること,そしてそれを知っていることが教養の証であるということだ.当時も今も,h の問題は Henry Sweet がいうところの "an almost infallible test of education and refinement" でもあり,Lynda Mugglestone の "symbol of the social divide" でもあり続けているのだ.
・ Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2014.
・ Walker, John. Critical Pronouncing Dictionary and Expositor of the English Language. London: Robinson and Cadell, 1971.
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