「#1407. 初期近代英語期の3つの問題」 ([2013-03-04-1]) や「#2580. 初期近代英語の国語意識の段階」 ([2016-05-20-1]) の記事で指摘したように,16世紀後半までは,著者は本を書くのに英語を用いることに関して多かれ少なかれ apologetic だった.それが,世紀末に近づくと英語に対する自信が感じられるようになり,17世紀には自信をほぼ回復したようにみえる.
とはいえ,長い歴史と伝統と威信のあるラテン語が,書き言葉からすぐに駆逐されることはなかった.ラテン語は,聖書や教会関係の権威ある言語として確たる地位を保持していたし,学術の言語としてヨーロッパの国際語でもあった.外国人向けの英文法書ですらラテン語で書かれていたほどである.著者は,このような分野の著作においてその名を後世に残したいと思えば,いまだラテン語で書くのがふさわしいと感じていたのである.英語を母語とする16--17世紀の著者が,ラテン語で書いた著作をいくつか挙げてみよう (Görlach 39) .
・ Literature: T. More, Utopia 1515ff.; Milton, early Latin poems
・ History: Boetius, Chronicles; W. Camden, Britannia
・ Sciences: W. Gilbert, De magnete . . . (1600); W. Harvey, Exercitatio Anatomica de Motu Cordis et Sanguinis in Animalibus (Frankfurt, 1628); I. Newton, Principia (1689)
・ Philosophy: F. Bacon, De augmentis scientiarum (1623); T. Hobbes, De cive (1642)
・ Grammars, etc.: T. Smith, De recta et emendata linguae anglicae scriptione (1542, printed 1568); A. Gil, Logonomia Anglica (1619/21); J. Wallis, Grammatica Linguae Anglicanae (1685, English version 1687)
このように,世界語たるラテン語と土着語たる英語の競合は数世代にわたって続いた.しかし,英語使用の勢いは17世紀の間に着実に増しており,Newton や Locke の後期の著作(Opticks (1704), An Essay Concerning Human Understanding (1690) など)に見られるように,世紀の変わり目までにはほぼラテン語を駆逐したといってよい(他のヨーロッパ諸国ではもっと遅かったところもある).17世紀中のラテン語衰退の理由について,Görlach (39) は4点を挙げている.
1 The grammar schools increasingly adopted English-medium education; the use of Latin declined sharply as soon as it began to be learnt only for reading texts (Latin classics, etc.).
2 Bacon and the 'New Science' looked more critically at classical and humanist concepts and their rhetorical forms; their demand for plain language strengthened the vernacular.
3 The influence of Puritanism increased, and Puritans tended to equate Latin with Roman Catholicism.
4 The upheavals of the Civil War disrupted the old traditions of the schools.
威信ある世界語としてのラテン語の衰退は一朝一夕にはいかず,それなりの時間を要した.同じように,土着語たる英語の威信獲得にも,ある程度の期間が必要だったのである.
・ Görlach, Manfred. Introduction to Early Modern English. Cambridge: CUP, 1991.
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