hellog〜英語史ブログ

#5519. 前置詞 pace 「○○さんには失礼ながら」[oed][latin][preposition]

2024-06-06

 本ブログでは今週はちょっとした前置詞ウィークとなっています.「#947. 現代英語の前置詞一覧」 ([2011-11-30-1]) でみたように,英語の前置詞は実に豊富です.ヘンテコな前置詞,見たことのない前置詞,高頻度だけれども使い方の難しい前置詞など,一覧を眺めているだけで圧倒されます.
 今回紹介したいレアな前置詞の1つが pace です.「歩調;ペース」を意味する名詞の pace /peɪs/ ではなく,「~には失礼ながら」 (= with due deference to, by the leave of) を意味する前置詞としての pace です.発音は /ˈpeɪsi, ˈpɑːʧeɪ, ˈpɑːkeɪ/ などとなります.人と意見が異なるときに持論を述べる際に「~さんのお許しをいただきまして」と前置きする表現です.これによって口調が柔らかくなることもあれば,かえって皮肉が効いて辛口になることもあるので,使用には注意が必要です.I do not, pace my rival, hold with the ideas of the reactionists.The evidence suggests, pace Professor Jones, that the world is becoming warmer. などと挿入的に用いられることが多いようです.
 この前置詞はラテン語の pāx (平和,安寧,好意,恩恵,許可)の奪格 pāce を借りたものです.ラテン語では(代)名詞の属格が後続し,pāce tuā (あなたの許可により)などと用いられました.これが英語にもそのまま pace tua として入ってきています.同様に pace tanti viri [or tantorum virorum] 「高名なお方のお許しを得て,僭越ながら」も英語表現として受け入れられています.
 OED によると,初出は1863年と英語史上では新しく,以下の5例文が挙げられていました.

1863 Mendelssohn was an artist passionately devoted to his art, who (pâce Dr. Trench) regarded art as virtù. (Fraser's Magazine November 662/1)
1883 Pace the late Sir George Cornewall Lewis, Mr. Scofield is right. (Standard 1 September 2/2)
1911 The colour [of fruit]..is a tacit invitation (pace the gardener) to the feast. (Chambers's Journal November 720/1)
1955 Nor, pace Mr. Smith, was I for one moment defending immorality in the journalist. (Times 7 July 9/6)
1995 I do not believe, pace Peirce and Derrida, that it is signs all the way down, and that, pace Dennett, there is no distinctive human intentionality, and that, pace almost everyone, thinking is fundamentally linguistic. (Computers & Humanities vol. 29 404/1)


 この前置詞,皆さんも機会があったら使ってみてください.

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