3日前の6月22日(水)に,YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」 の第34弾が公開されました.「昔の英語は不規則動詞だらけ!」です.
-ed をつければ過去形になる,というのは単純で分かりやすいですね.大多数の動詞に適用される規則なので,このような動詞を「規則動詞」と呼んでいます.一方,日常的で高頻度の一握りの動詞はこの規則に沿わず,「不規則動詞」と呼ばれています.sing -- sang -- sung や come -- came -- come のような,暗記しなければならないアレですね.語幹母音を変化させるのが特徴です.
上記の YouTube で話したことは,歴史的には不規則動詞のほうが先に存在しており,規則動詞は歴史のかなり遅い段階に初めて現われた新参者である,ということです.規則動詞は新参者として現われた当初は,例外的なものとして白眼視されていた可能性が高いのです.しかし,その合理性が受け入れられたのでしょうか,瞬く間に多くの動詞を飲み込んでいき,古英語期が始まるまでにはすっかり「規則的」たる地位を確立していました.逆に,オリジナルの語幹母音を変化させるタイプは,当時すでに「不規則的」な雰囲気を醸すに至っていたというわけです.
このような動詞を巡る大変化は,ゲルマン語派に特有のものでした.つまり,この変化は英語,ドイツ語,アイスランド語などには生じましたが,フランス語,ロシア語,ギリシア語などには生じていないのです.すなわち,ゲルマン語派にのみ生じた印欧語形態論の大革命というべき事件でした.
YouTube により関心をもった方は,専門的な話しにはなりますが,この重大事件について,ぜひ次の記事を通じて深く学んでみてください.英語史のおもしろさにハマること間違いなしです.
・ 「#3345. 弱変化動詞の導入は類型論上の革命である」 ([2018-06-24-1])
・ 「#182. ゲルマン語派の特徴」 ([2009-10-26-1])
・ 「#3135. -ed の起源」 ([2017-11-26-1])
・ 「#3339. 現代英語の基本的な不規則動詞一覧」 ([2018-06-18-1])
・ 「#764. 現代英語動詞活用の3つの分類法」 ([2011-05-31-1])
・ 「#178. 動詞の規則活用化の略歴」 ([2009-10-22-1])
・ 「#3385. 中英語に弱強移行した動詞」 ([2018-08-03-1])
・ 「#3670.『英語教育』の連載第3回「なぜ不規則な動詞活用があるのか」」 ([2019-05-15-1]) と,そこに示されている記事群
『中高生の基礎英語 in English』の7月号が発売となりました.連載「歴史で謎解き 英語のソボクな疑問」が続いています.今回の第16回は,英語学習者より頻繁に寄せられる質問「なぜ仮定法では if I were a bird となるの?」を取り上げます.
この素朴な疑問は,英語史関連の本などでも頻繁に取り上げられてきましたし,私自身も hellog やその他の媒体で繰り返し注目してきました.拙著『英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史』(研究社,2016年)でも4.2節にて「なぜ If I were a bird となるのか?――仮定法の衰退と残存」として解説を加えています.
しかし,これまで明示的に「中高生」の読者層をターゲットに据えた解説にトライしたことはなかったので,何をどこまで述べるべきか,○○には触れないほうがよいのかなど,なかなか腐心しました.そんななか,今回は少し挑戦的に踏み込み,そもそも「仮定法」とは何ぞや,という本質に迫ってみました.はたしてうまくいっているでしょうか.皆様にご判断していただくよりほかありません.
以下は,これまで公表してきた if I were a bird 問題に関する hellog や音声・動画メディアでのコンテンツです.様々なレベルや視点で書いていますので,今回の連載記事と合わせてご覧ください(そろそろこの話題については出し尽くした感がありますね).
・ 「#2601. なぜ If I WERE a bird なのか?」 ([2016-06-10-1])
・ 「#3812. was と were の関係」 ([2019-10-04-1])
・ 「#3983. 言語学でいう法 (mood) とは何ですか? (1)」 ([2020-03-23-1])
・ 「#3984. 言語学でいう法 (mood) とは何ですか? (2)」 ([2020-03-24-1])
・ 「#3985. 言語学でいう法 (mood) とは何ですか? (3)」 ([2020-03-25-1])
・ 「#3989. 古英語でも反事実的条件には仮定法過去が用いられた」 ([2020-03-29-1])
・ 「#3990. なぜ仮定法には人称変化がないのですか? (1)」 ([2020-03-30-1])
・ 「#3991. なぜ仮定法には人称変化がないのですか? (2)」 ([2020-03-31-1])
・ 「#4178. なぜ仮定法では If I WERE a bird のように WERE を使うのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2020-10-04-1])
・ 「#4718. 仮定法と直説法の were についてまとめ」 ([2022-03-28-1])
・ 「#30. なぜ仮定法では If I WERE a bird のように WERE を使うのですか?」(hellog-radio: 2020年10月4日放送)
・ 「#36. was と were --- 過去形を2つもつ唯一の動詞」(heldio: 2021年7月7日放送)
・ 「#301. was と were の関係について整理しておきましょう」(heldio: 2022年3月28日放送)
・ 「#102. なぜ as it were が「いわば」の意味になるの?」(heldio: 2021年9月11日放送)
・ 「I wish I were a bird. の were はあの were とは別もの!?--わーー笑【井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル #9 】(YouTube: 2022年3月27日公開)
本日は直近の YouTube と Voicy で取り上げた話題をそれぞれ紹介します.
(1) 昨日,YouTube の「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の第29弾が公開されました.「英語と日本語とでは同音異義語ができるカラクリがちがう!」です.
英語にも日本語にも同音異義語 (homonymy) は多いですが,同音異義語が歴史的に生じてしまう経緯はおおよそ3パターンに分類される,という話題です.1つは,異なっていた語が音変化により発音上合一してしまったというパターン.もう1つは,同一語が意味変化により異なる語とみなされるようになったというパターン.さらにもう1つは,他言語から入ってきた借用語が既存の語と同形だったというパターンです.
英語の同音異義語の例をもっと知りたいという方は「#2945. 間違えやすい同音異綴語のペア」 ([2017-05-20-1]),「#4533. OALD10 が注意を促している同音異綴語の一覧」 ([2021-09-24-1]) の記事がお薦めです.第2パターンの例として挙げた flower と flour については Voicy 「#2. flower (花)と flour (小麦粉)は同語源!」をお聴きください.
また,対談内でも出てきた,故鈴木孝夫先生による「テレビ型言語」か「ラジオ型言語」かという著名な区別については「#1655. 耳で読むのか目で読むのか」 ([2013-11-07-1]),「#2919. 日本語の同音語の問題」 ([2017-04-24-1]),「#3023. ニホンかニッポンか」 ([2017-08-06-1]) でも触れています.
今回の話題に関心をもたれた方は,本チャンネルへのチャンネル登録もよろしくお願いします.
(2) 今朝,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」 にて,リスナーさんからいただいた付加疑問 (tag_question) に関する質問に回答してみました.「#371. なぜ付加疑問では肯定・否定がひっくり返るのですか? --- リスナーさんからの質問」です.なかなかの難問で,当面の不完全な回答しかできていませんが,ぜひお聴きください.
どうやら主文の表わす命題の肯定・否定を巡る単純な論理の問題ではなく,話し手の命題に関する前提と,話し手が予想する聞き手の反応との組み合わせからなる複雑な語用論の問題となっているようです.あくまで前者がベースとなっていると考えられますが,歴史的にはそこから後者が派生してきたのではないかとみています.未解決ですので,今後も考え続けていきたいと思います.なお,放送で述べていませんでしたが,今回参考にしたのは主に Quirk et al. です.
上記の Voicy 放送はウェブ上でも聴取できますが,以下からダウンロードできるアプリ(無料)を使うとより快適に聴取できます.Voicy チャンネル「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」のフォローも合わせてよろしくお願いいたします! また,放送へのコメントや質問もお寄せください.
新しい一週間の始まりです.今週も楽しい英語史ライフを!
・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
一昨日の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」 にて「#368. 英語とフランス語で似ている単語がある場合の5つのパターン」という題でお話ししました.この放送に寄せられた質問に答える形で,本日「#370. 英語語彙のなかのフランス借用語の割合は? --- リスナーさんからの質問」を公開しましたので,ぜひお聴きください.
英語とフランス語の両方を学んでいる方も多いと思います.Voicy でも何度か述べていますが,私としては両言語を一緒に学ぶことをお勧めします.さらに,両言語の知識をつなぐものとして「英語史」がおおいに有用であるということも,お伝えしたいと思います.英語史を学べば学ぶほど,フランス語にも関心が湧きますし,その点を押さえつつフランス語を学ぶと,英語もよりよく理解できるようになります.そして,それによってフランス語がわかってくると,両言語間の関係を常に意識するようになり,もはや別々に考えることが不可能な境地(?)に至ります.英語学習もフランス語学習も,ともに楽しくなること請け合いです.
実際,語彙に関する限り,英語語彙の1/3ほどがフランス語「系」の単語によって占められます.フランス語「系」というのは,フランス語と,その生みの親であるラテン語を合わせた,緩い括りです.ここにフランス語の姉妹言語であるポルトガル語,スペイン語,イタリア語などからの借用語も加えるならば,全体のなかでのフランス語「系」の割合はもう少し高まります.
さて,その1/3のなかでの両言語の内訳ですが,ラテン語がフランス語を上回っており 2:1 あるいは 3:2 ほどいでしょうか.ただし,両言語は同系統なので語形がほとんど同一という単語も多く,英語がいずれの言語から借用したのかが判然としないケースもしばしば見られます.そこで実際上は,フランス語「系」(あるいはラテン語「系」)の語彙として緩く括っておくのが便利だというわけです.
このような英仏語の語彙の話題に関心のある方は,ぜひ関連する heldio の過去放送,および hellog 記事を通じて関心を深めていただければと思います.以下に主要な放送・記事へのリンクを張っておきます.実りある両言語および英語史の学びを!
[ heldio の過去放送 ]
・ 「#26. 英語語彙の1/3はフランス語!」
・ 「#329. フランス語を学び始めるならば,ぜひ英語史概説も合わせて!」
・ 「#327. 新年度にフランス語を学び始めている皆さんへ,英語史を合わせて学ぶと絶対に学びがおもしろくなると約束します!」
・ 「#368. 英語とフランス語で似ている単語がある場合の5つのパターン」
[ hellog の過去記事(一括アクセスはこちらから) ]
・ 「#202. 現代英語の基本語彙600語の起源と割合」 ([2009-11-15-1])
・ 「#429. 現代英語の最頻語彙10000語の起源と割合」 ([2010-06-30-1])
・ 「#845. 現代英語の語彙の起源と割合」 ([2011-08-20-1])
・ 「#1202. 現代英語の語彙の起源と割合 (2)」 ([2012-08-11-1])
・ 「#874. 現代英語の新語におけるソース言語の分布」 ([2011-09-18-1])
・ 「#2162. OED によるフランス語・ラテン語からの借用語の推移」 ([2015-03-29-1])
・ 「#2357. OED による,古典語およびロマンス諸語からの借用語彙の統計」 ([2015-10-10-1])
・ 「#2385. OED による,古典語およびロマンス諸語からの借用語彙の統計 (2)」 ([2015-11-07-1])
・ 「#117. フランス借用語の年代別分布」 ([2009-08-22-1])
・ 「#4138. フランス借用語のうち中英語期に借りられたものは4割強で,かつ重要語」 ([2020-08-25-1])
・ 「#660. 中英語のフランス借用語の形容詞比率」 ([2011-02-16-1])
・ 「#1209. 1250年を境とするフランス借用語の区分」 ([2012-08-18-1])
・ 「#594. 近代英語以降のフランス借用語の特徴」 ([2010-12-12-1])
・ 「#1225. フランス借用語の分布の特異性」 ([2012-09-03-1])
・ 「#1226. 近代英語期における語彙増加の年代別分布」 ([2012-09-04-1])
・ 「#1205. 英語の復権期にフランス借用語が爆発したのはなぜか」 ([2012-08-14-1])
・ 「#2349. 英語の復権期にフランス借用語が爆発したのはなぜか (2)」 ([2015-10-02-1])
・ 「#4451. フランス借用語のピークは本当に14世紀か?」 ([2021-07-04-1])
・ 「#1638. フランス語とラテン語からの大量語彙借用のタイミングの共通点」 ([2013-10-21-1])
・ 「#1295. フランス語とラテン語の2重語」 ([2012-11-12-1])
・ 「#653. 中英語におけるフランス借用語とラテン借用語の区別」 ([2011-02-09-1])
・ 「#848. 中英語におけるフランス借用語とラテン借用語の区別 (2)」 ([2011-08-23-1])
・ 「#3581. 中英語期のフランス借用語,ラテン借用語,"mots savants" (1)」 ([2019-02-15-1])
・ 「#3582. 中英語期のフランス借用語,ラテン借用語,"mots savants" (2)」 ([2019-02-16-1])
・ 「#4453. フランス語から借用した単語なのかフランス語の単語なのか?」 ([2021-07-06-1])
・ 「#3180. 徐々に高頻度語の仲間入りを果たしてきたフランス・ラテン借用語」 ([2018-01-10-1])
『中高生の基礎英語 in English』の6月号が発売となりました.連載「歴史で謎解き 英語のソボクな疑問」の第15回は,英語史上の定番ともいえる素朴な疑問を取り上げています.なぜ1人称単数代名詞 I は常に大文字で書くのか,というアノ問題です.
関連する話題は,本ブログでも「#91. なぜ一人称単数代名詞 I は大文字で書くか」 ([2009-07-27-1]) をはじめ様々な形で取り上げてきましたが,背景には中世の小文字の <i> の字体に関する不都合な事実がありました.上の点がなく <ı> のように縦棒 (minim) 1本で書かれたのです.これが数々の「問題」を引き起こすことになりました.連載記事では,このややこしい事情をなるべく分かりやすく解説しましたので,どうぞご一読ください.
実は目下進行中の khelf イベント「英語史コンテンツ50」において,4月15日に大学院生により公開されたコンテンツが,まさにこの縦棒問題を扱っています.「||||||||||←読めますか?」というコンテンツで,これまでで最も人気のあるコンテンツの1つともなっています.連載記事と合わせて,こちらも覗いてみてください.
連載記事では,そもそもなぜアルファベットには大文字と小文字があるのかという,もう1つの素朴な問題にも触れています.これについては以下をご参照ください.
・ hellog-radio: #1. 「なぜ大文字と小文字があるのですか?」
・ heldio: 「#50. なぜ文頭や固有名詞は大文字で始めるの?」
・ heldio: 「#136. 名詞を大文字書きで始めていた17-18世紀」
・ 関連する記事セット
ほぼ1年ほど前のことになりますが,2021年5月14日(金)に NHK のテレビ番組「チコちゃんに叱られる!」にて「大文字と小文字の謎」と題してこの話題が取り上げられ,私も監修者・解説者として出演しました(懐かしいですねぇ). *
私の大学の授業で多少時間が余ったりするとたまにやることを Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」でやってみました.学生に英語に関する素朴な疑問を出してもらい,その場で答えていく(というよりも,英語史の観点からコメントしていく)というものです.
今回,10分程度の時間で取り上げることはできたのは5問ほどでしたが,これは1ヶ月ほど前の「英語史」の初回授業のときに学生から募った質問リストの先頭の5問です(その初回授業については「#4728. 2022年度「英語史」講義の初回 --- 慶應義塾大学文学部英米文学専攻の必修科目「英語史」が始まります」 ([2022-04-07-1]) を参照).slido というウェブ上のQ&Aサービスを用いて,文字通りにライヴで募ったものです.素朴な疑問を応募した際の文句は,以下の通りです.
ライヴでどしどし「英語・言語に関する素朴な疑問」を寄せてください.子供ぽい「素朴すぎる」疑問のほうが,英語史的にはおもしろいことが多いです.
もちろん答える側としては,どんな質問が飛んでくるか分からないのでハラハラドキドキではあります.学会発表のときの質疑応答のほうが,まだ心の準備ができているのではないかと.しかし,良問であれ悪問であれ,すべての学びは発問から始まるという点で,「問い」は非常に重要な営みだと考えています.
今回 Voicy で取り上げた5問の原文は,以下の通りです.
・ なぜ water は不可算名詞なのに涙を意味する tear が可算名詞なのか
・ なぜ日本語には私,俺,僕などの一人称が多くあるのに,英語では I だけなのか
・ なぜ三単現の s は他のアルファベットではなく s なのか
・ なぜ英語には日本語の3%しかオノマトペがないのですか
・ walk と work の綴りと発音が逆なのは何故か
いずれも一筋縄ではいかない問題で,すぐには解決に至らないものが多いですが,英語史・英語学の観点から「何か」言えることがある,というのがポイントです.ぜひお聴きください.
Voicy ラジオはウェブ上でも聴取できますが,以下からダウンロードできるアプリ(無料)を使うともっと快適です.合わせてフォローしていただければと思います.
英語史の授業の履修者から興味深い疑問が寄せられました.
以前より気になっていたことがあり,お聞きします.
これまで,英会話や大学の英語の講義にて,ネイティブの先生で,板書をする際に,アルファベット表記を全て大文字にして書く方がいらっしゃいました.
ネイティブが非ネイティブに教育する際に,そのような習慣があるのでしょうか.
もし何かご存じであれば,ご教示願います.
この疑問に対して,ひとまず次のように回答しました.
確かに黒板などにすべてを大文字書きするシーンというのは,よくありますね.
規範的にいえば,私たちが英語教育で習うように,大文字と小文字の使い分けはしっかり決まっています.しかし,この規範が定まったのも近代以降のことで,比較的新しいものです.
また,今でも必ずしも規範にとらわれないレジスター(使用域)は日常的に多々あります.漫画の台詞は大文字書きが普通ですし,キーワードの強調のための黒板書き大文字もまさにそのようなケースですね.強調のための大文字使用の歴史は千年以上の長きにわたりますので,それが受け継がれていると解釈することもできます.
そもそもなぜ大文字と小文字があるのかを考えてみるとおもしろいと思います.音声解説「なぜ文頭や固有名詞は大文字で始めるの?」および関連する記事セットをどうぞ.
回答後に1つ思い出したことがあります.主に電子テキストにみられる「怒号と敵意の大文字書き」というべき慣習です.すべて大文字書きすることは,話し言葉でいえば大声で(怒号して)発声していることに相当します.これにより,威圧的なメッセージを作り出すことができるわけです.Horobin (129) がおもしろい例を紹介しています.
While exclamation marks, smileys, and emojis offer methods of defusing situations and apologizing, what happens when you want to deliberatively provoke or insult someone? Here traditional punctuation offers little help, since there are no marks that explicitly indicate anger or aggression. In electronic discourse, however, the use of capitals has become an established means of shouting, or expressing hostility towards your addressee. To write an email entirely in upper-case is seen as an act of deliberate aggression; a New Zealand woman was dismissed from her job for sending emails exclusively in capitals, which were deemed to be the cause of disharmony in the office. The US Navy was forced to change its policy of requiring all communications to be in upper-case, since sailors accustomed to reading text messages and emails considered the default use of capitals at the equivalent of being constantly shouted at.
大文字書きの問題1つをとっても,立派な言語学の話題になります.
・ Horobin, Simon. How English Became English: A Short History of a Global Language. Oxford: OUP, 2016.
本ブログの姉妹版としての音声ブログを「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」として運営しています.昨年の6月2日より,Voicy というメディアを通じて,毎日英語史の話題をお届けしています.通勤・通学時間帯の聴取を念頭に,毎朝6時にオンエアーしています.
文章(書き言葉)中心の本ブログとは異なり,音声(話し言葉)に依存するウェブ上の新しいメディアですし,あまり馴染みがないかもしれませんが,本ブログと同じくらいの力を入れて配信していますので,ぜひ聴取していただければと思います.「新しいメディア」とはいっても,技術的に新しいというだけで,ラジオという伝統的な音声メディアの延長線上です.私自身,中高生のときに深夜ラジオにはまっていた世代ですので,配信側の役割になっても抵抗感なく,日々楽しんで収録しています.
この4月1日からは新年度開始の勢いを借りて,「英語史スタートアップ」という複合的な企画を立ち上げてきました(「#4722. 新年度の「英語史スタートアップ」企画を開始!」 ([2022-04-01-1]) を参照).Voicy でも,この3週間ほどは,英語史研究者との対談企画を中心に,普段以上に力を注いで収録してきました.おかげさまで,本ブログの読者も増えましたし,Voicy の視聴者も増えました.ありがとうございます! 英語史の魅力を広めるべく,(日々,ネタ欠乏症に苦しみつつも)今後も話題を提供し続けて行きたいと思います.
Voicy の放送はウェブ上でも聴取できますが,スマホのアプリを用いるとバックグラウンド再生を始め,より便利な機能を利用できます.ぜひこの機会にこちらよりダウンロードしてお試しください.「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」のフォローもよろしくお願いします.heldio 以外にも語学関連の音声コンテンツが様々に取りそろえられています.
さて,本日までに10分以内の放送を329本ほどお届けしてきました.これまでの再生回数の多い放送ベスト50を集めてみましたので,お時間のあるときに聴いてみてください.1ヶ月ほど前までは,再生回数の第1位は,YouTube 番組「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」でコンビを組ませていただいている同僚の井上逸兵さん(←超人気者)との対談にさらわれていましたが,新年度企画による猛追の結果,私自身の初回放送が(僅差で)第1位に返り咲きましたので,記念してここに公表します(笑).
昨日『中高生の基礎英語 in English』の5月号が発売となりました.テキストで英語史に関する連載を担当していますが,今回の第14回の話題は,不規則複数形の定番の1つ children について.-ren という語尾はいったい何なのだ,という素朴な疑問に詳しく,しかし易しく答えています.
children は不規則複数のなかでも相当な変わり者の類いですが,連載記事を読めば,千年ほど前の古英語の時代からすでになかなかの変わり者だったことが分かります.時を経ても性格は変わりませんね.child -- children と似ている brother -- brethren の話題にも触れていますし,さらには単数形が「チャイルド」なのに複数形では「チルドレン」と発音が変わる件についても解説しています.children の謎解きには,英語の先生も英語の学習者の皆さんも,オオッとうなること間違いなしです!
英語学習には暗記すべき不規則形がつきものですが,どんな不規則形にも歴史的な理由があります.ひとまず暗記してしまった後は,ぜひ英語史の観点から振り返り,「伏線回収」の知的快感を味わってみてください.英語史の魅力にとりつかれると思います.
関連する話題として「#145. child と children の母音の長さ」 ([2009-09-19-1]),「#146. child の複数形が children なわけ」 ([2009-09-20-1]),「#4181. なぜ child の複数形は children なのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2020-10-07-1]) もご覧ください.
毎年この時期の恒例行事ですが,新年度の「英語史」講義の初回では履修学生より「英語に関する素朴な疑問」を募っています.なるべく多く出してもらった上で,ざっと整理してみたところです.内容的に重複するものも多いですが,フラットに数えると今回だけで481件の素朴な疑問が集まりました.
昨年度の「#4389. 英語に関する素朴な疑問を2685件集めました」 ([2021-05-03-1]) にこの481件を新たに追加し,直近3年度分の統合版となる一覧を作りました.合わせて3166件となりました.
・ 英語に関する素朴な疑問の一覧(2020--2022年度の統合版)
さすがにこれだけ集まると上から下まで,右から左までの多種多様な疑問が出そろってる感があります.いずれも英語史・英語学・言語学の観点から真剣に取り上げる価値のある問いです.一見すると子供ぽい,幼稚な問いもあるように見えるかもしれませんが,問い方を工夫し改善すれば学術的な論題になるものばかりです.今回追加した481件についてはすべて目を通しましたが,そのように言い切れます.
学びでは,答えることと同じかそれ以上に,問うことが大事だと考えています.ぜひ皆さんも英語学習のなかでふと疑問に思ったことを大事にしてください.私にとっても「英語に関する素朴な疑問」こそが hellog 執筆の原動力でもあります.以下,関連リンクを張っておきます.
・ 「#3677. 英語に関する「素朴な疑問」を集めてみました」 ([2019-05-22-1])
・ "sobokunagimon" タグの付いた記事一覧
・ 知識共有サービス「Mond」での,英語に関する素朴な疑問への回答
・ 「#4052. 「今日の素朴な疑問」コーナーを設けました」 ([2020-05-31-1])
・ 「#1093. 英語に関する素朴な疑問を募集」 ([2012-04-24-1])
・ 「#4021. なぜ英語史を学ぶか --- 私的回答」 ([2020-04-30-1])
標題は英語史の範疇を超えた人生訓の話題ですが,日曜日ですし,お付き合いください.私もたまに回答している知識共有サービス「Mond」にて次の質問が寄せられていました.
世の中,色々な考えがありますが,以下は結局どっちが正しいのですか?世の中答えはないのですか??
・ 諦めたらそこで試合終了 vs 諦めが肝心
・ 2度あることは3度ある vs 3度目の正直
・ 人は変われる vs 性格はそう変わらない
・ 指示待ち vs 勝手に動くな
・ 嘘つきは泥棒の始まり vs 嘘も方便
・ 火のないところに煙はたたない vs ただの噂
・ 賢い vs ずる賢い vs ずるい
・ 鶏が先か卵が先か
・ スピードが命 vs 中身が重要
・ 人の為か自分のためか
・ 逃げるが勝ち vs 逃げるは恥だが役に立つ
・ 正義は勝つ vs 正義は勝つとは限らない
私もずっと質問者と同じ疑問を長らく抱いていましたので,たいへん共感します.
よくこれだけ集めてくれました! すっかり諺の勉強になってしまいました.確かに反対の意味の諺,多いんですねえ.
諺というのは,人類の英知のはず.その割には真逆の教訓を垂れる諺が多いなぁ,ちょっと信用ならなくなってきたぞ,と.
長年この問題について悶々としたままに,私は縁あって英語を専門とするようになり英語の諺を漁るようになったのですが,実は日本語と同じなんですネ!
日本語の「終わりよければすべてよし」と「始めよければ終わりよし」.こりゃ,ひどい矛盾だなぁと思っていたところ,英語でシェークスピアの有名な All is well that ends well. に対して,A good beginning makes a good ending. というのもあるらしいとの情報が!
「覆水盆に返らず」と「明日は明日の風が吹く」も,結局,やらかしちゃったことはダメなのですか,やり直しが利くのですか,ということなワケですが,両方あるというのです.英語でいうと,An occasion lost cannot be redeemed. と Tomorrow is another day. というペアです.
英語の諺でとりわけキツいなと思うのが,One is never too old to learn. と You can't teach an old dog new tricks. です.後者は身も蓋もない.
この諺の矛盾について悶々からイライラに変わりかけていたとき,安藤邦男『ことわざから探る 英米人の知恵と考え方』(開拓社,2018年)に出会いました.以下,pp. 11-12 より.
さて,このように意味の正反対のことわざに出会うと,割り切ることの好きな人は,「どちらかハッキリせよ」といって不満に思うかも知れません.あるいは,ことわざは昔の人が思いつきで言ったことだから,非科学的で矛盾していて当たり前,だからあまり意味がないと思うかもしれません.しかし,それはことわざの何たるかをわきまえないものというべきでしょう.
たしかに,これらは一見矛盾しているように思われます.しかし,何かを成し遂げようとする場合のことを考えてください.始めの段階では,私たちは「始めが大事」と言って覚悟を新たにしなければなりませんが,終わりの段階になればそのときにはまた,「終わりが大事」と言って気持ちを引き締めなければならないのです.ことわざは,それぞれの状況のそれぞれの段階における知恵ですから,けっして矛盾しているわけではありません.それぞれの段階に応じて重点の置き方が違っているだけであって,どちらも真実なのです.
完全に脱帽でした.私が子供から大人になった瞬間でした.この開眼経験について,恥を忍んで,ブログの拙論「#3425. 英語の対義ことわざ」 ([2018-09-12-1]),および以下の Voicy ラジオ「英語の諺 ー 真逆の教訓はやめて欲しい!?」でも語っています.どうぞご参照ください.
今日はクロスポスト的な記事で新味がなくてすみません.それでも意味変化 (semantic_change) の観点から大事な話題なので,こちらでも取り上げる次第です.
この2ヶ月ほど「Mond」という質問サイトにて,英語史に関連のある質問に回答するということを行なってきました.最近の質問として,次の興味深い問いが寄せられてきました.
凄い(すごい)という言葉には
・ぞっとするほど恐ろしい
・並外れている.たいそうな.
という2つの意味がありますが,後者の意味で主に用いられている印象です.英語や他の言語にも失われつつある意味を持つ単語はあるのでしょうか?
これは,まさに古今東西の言語に普遍的な意味変化のパターンに関する質問です.強意語 (intensifier) は,使われすぎると強意がすり減って逓減していくものなので,新たに強意を表わす表現が常に求められるのです.新たな強意語のソースは,いろいろとあるのですが,その典型の1つが「否定的な感情語」です.怖い,おぞましい,痛い,苦しい,というホラー用語は,どうしても強調語になりやすいのですね.それは,なぜか? 10秒ほど考えれば分かると思います.あの負の感情が10秒続いたら,ちょっと参りますよね・・・
上記の質問を受けて,こんな感じで回答しました.
とても身近でおもしろい指摘,ありがとうございます.「すごい」に2つの意味があるというのは,それぞれの用例をみれば明らかですね.例えば「すごい目つき」といえば「恐ろしい」の意味だとわかりますし,「すごい美人」といえば「並外れた」の意味だとわかります.この2つの意味をざっくり区別するならば,「恐ろしい」は感情の種類・質に関する意味で,「並外れた」は物事の程度・量に関する意味ということになります.歴史的には前者から後者が派生しているので,質から量への意味変化と言っておいてよいかと思います.
この「質から量への意味変化」というのは,かなり普遍的なようです.とりわけ「恐ろしい」「痛い」「ひどい」といった否定的な感情・知覚を表わす形容詞・副詞は,しばしば感情の質そのものよりも,その感情の程度の甚だしさが注目され,結果として単なる強調表現になり下がるということが,よくあるパターンのようです.
日本語の「恐ろしく優しい」「痛く感心した」「ひどく喜んだ」のような例から分かる通り,文字通りの否定的な質の意味で解釈すると,むしろ矛盾するような表現もありますね.すでに量の意味になり下がっているということだと思います.
英語からも類例がいくらでも挙がります.terrible/terribly の語幹は terror 「恐怖」と同一ですが,本来の「恐ろしい/恐ろしく」の意味で使われることは少ないです (ex. a terrible weapon 「恐ろしい武器」) .むしろ,程度の激しいことを示すだけの強調語として in a terrible hurry 「非常に急いで」のように使うことのほうが多いです.質から量への意味変化が生じたもう1つの例ですね.
ほかには amazingly, awfully, desperately, dreadfully, horribly, marvellously, sorelyなど感情に起因する副詞は,強調語になり下がる例が多いようです.
おっしゃるとおり,これらの語では,本来の質的な意味は希薄になってしまい,ほとんどの場合,量的な意味で強調語として用いられるに至ったのだと思います.
いずれの言語でも,並行的な現象が見られるというのは,たいへん面白いですね.ありがとうございました.
関連して,英語に関する話題ではありますが,筆者によるこちらの記事をご覧ください.
鋭い質問は学びの基本だと思います.よく答えるよりもよく問うほうが圧倒的に難しいです.もう1週間で新年度が始まりますが,とりわけ新大学生は大学生活のなかで「問う方法」こそを習得してください!
強意語に関しては,以下の記事や intensifier もご参照ください.
・ 「#992. 強意語と「限界効用逓減の法則」」 ([2012-01-14-1])
・ 「#1220. 初期近代英語における強意副詞の拡大」 ([2012-08-29-1])
・ 「#1219. 強意語はなぜ種類が豊富か」 ([2012-08-28-1])
・ 「#2190. 原義の弱まった強意語」 ([2015-04-26-1])
・ 「#4236. intensifier の分類」 ([2020-12-01-1])
昨晩18:00に YouTube の第6弾が公開されました.Would you...?などの間接的な依頼の仕方は英語特有--しかもわりと最近の英語の特徴【井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル #6 】です.今回は話題が英語のポライトネスから英語史へとダイナミックに切り替わっていきますので,知的興奮を覚える方もいらっしゃるのではないかと.
井上逸兵(著)『英語の思考法 ー 話すための文法・文化レッスン』(筑摩書房〈ちくま新書〉,2021年)では,英語の思考法の根幹には「独立」「つながり」「対等」の3本柱があると主張されています(「#4526. 井上逸兵(著)『英語の思考法 ー 話すための文法・文化レッスン』」 ([2021-09-17-1]) を参照).
その1つの現われとして,英語では,相手に何かを依頼・勧誘する際に,相手のプライバシーになるべく踏み込まないよう,法助動詞を用いた疑問文の形でポライトに表現するという傾向があります.動画でも取り上げられた Would you . . . ? が典型ですが,他にも Will you . . . ?, Could you . . . ?, Can you . . . ? などがありますし,Won't you . . . ? などの否定バージョンもあります.それぞれの丁寧度は異なりますし,イントネーションや文脈によっては,むしろ失礼となる場合もあるので,実はなかなか使いにくいところもあります.しかし,背景にある基本的な考え方は,相手に直接命令するのではなく,相手の意向・能力を問う疑問文の体裁をとっているということです.相手にイエスかノーかを答える自由を委ねている,相手の独立を尊重してあげている,という点に英語流のポライトネスがあるのだ,ということです.
ただし,英語史的にみると,このような英語的なポライトネス表現がどれだけ古くからあったのかを見極めることは,必ずしも簡単ではありません.近代以降の意外と新しい表現である可能性もあるのです.
今回は Will you . . . ? に対象を絞ってみます.それらしき例文は後期古英語から挙がってきますし,中英語でもチラホラとみられます.OED の will, v.1 の語義8bより抜粋しましょう.
b. Expressing a request in the second person, in the interrogative or in a subordinate clause after a verb such as beg.
Such a request is usually courteous, but when given emphasis, it is impatient.
This construction implies a first person response: 'I beg that you will excuse this' implies 'I will excuse it'.
. . . .
lOE St. Margaret (Corpus Cambr.) (1994) 166 Wilt þu me get geheran and to minum gode þe gebiddan?
?a1300 Fox & Wolf l. 186 in G. H. McKnight Middle Eng. Humorous Tales (1913) 33 Þou hauest ben ofte min I-fere, Woltou nou mi srift I-here?
c1390 Pistel of Swete Susan (Vernon) l. 135 Wolt þou, ladi, for loue, on vre lay lerne?
1485 Malory's Morte Darthur (Caxton) i. vi. sig. aiiiiv Sir said Ector vnto Arthur woll ye be my good & gracious lord when ye are kyng.
. . . .
MED の willen v.(1)の語義18aのもとにも,いくつかの例が挙げられています.
このように見てくると,依頼・勧誘の Will you . . . ? は古英語や中英語のような古い時期からあったと考えられそうですが,これらの例が現代と同等の依頼・勧誘の発話行為を表わしていたかどうかは,一つひとつ文脈に戻って慎重に確かめる必要があります.純粋に相手の意志を問う疑問文ではなく,話者による依頼・勧誘の発話行為を表わす文であることを,文脈を精査して認定する必要があるのです.そして,疑問か依頼・勧誘かは語用論的にグラデーションをなしているので,一方ではなく他方だと断言することは,イントネーションなどが復元できない文献資料ベースの研究にあっては,なかなか困難なことなのです.
このように慎重な姿勢を取るならば,現代的な依頼・勧誘の Will you . . . ? は,その種こそ中英語(あるいはさらに遡って古英語)に求められそうですが,本格的に用いられ出したのはもっと後のことであるという可能性が残ります.この問題については,すでに「#3632. 依頼を表わす Will you . . . ? の初例」 ([2019-04-07-1]),「#3637. 依頼を表わす Will you . . . ? の初例 (2)」 ([2019-04-12-1]) でも論じてきましたので,そちらも参照ください.
この新年度も,1年間続いてきたNHKラジオ講座「中高生の基礎英語 in English」での連載「英語のソボクな疑問」が継続されることになりました.読者の方々に毎月ご愛読いただいたおかげと感謝しております.ありがとうございました.ソボクな疑問を歴史的な観点からなるべくわかりやすく解説するというのが連載の趣旨です.引き続きご愛読のほど,よろしくお願いいたします.
昨日発売された4月号テキストに,連載の第13回が掲載されました.新年度に向けての一発目は「なぜ one, two はこの綴字でこの発音なの?」という綴字と発音の乖離に関する話題です.皆さん,すでに見慣れ,読み慣れている単語ですので不思議など感じないかと思いますが,普通であれば one で「ワン」,two で「トゥー」などとはひっくり返っても読めないはずです.なぜ素直に「オネ」や「トゥウォー」などとならないのでしょうか.そこには,あっと驚く歴史的な理由があったのです.
one, two に限らず,英語には発音と綴字がかみ合っていない単語がごまんとあります.実のところ基本的な単語であればあるほどチグハグなケースが多いので,初学者にとっては特にキツいのです.規則から入るのではなく,いきなり不規則から入るに等しいわけですから.
連載記事ではできる限り丁寧な説明を心がけました.同じ問題について本ブログや音声メディアでも取り上げたことがありますので,そちらも合わせて参照し,理解を深めていただければと思います.関連する記事セットよりどうぞ.音声メディアについては,以下より直接お聴きください.
この1年9ヶ月ほどの間,本ブログの趣旨である「英語史に関する話題を広く長く提供し続ける」を音声メディアに載せる試みを続けてきました.
まず,2020年6月23日から2021年2月7日までは,不定期ではありましたが「hellog ラジオ版 (hellog-radio)」と題して,1つ10分程度の音声コンテンツを計62本,本サイトのなかで独自にアップロードしてきました.ちなみに初回は「#4075. なぜ大文字と小文字があるのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2020-06-23-1]) という話題でした(その他,hellog-radio の記事も参照).
その後,2021年6月2日より,音声コンテンツ配信用のプラットフォームとして Voicy に活動の場を移し,「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」と題するチャンネルにてコンテンツ配信を続けてきました.以後,本日に至るまで毎日10分程度の英語史の話題を配信してきました(計286本).
一貫して英語に関する素朴な疑問を中心とした内容にこだわってきましたが,上記のように途中からプラットフォームを変更したこともあり,音声コンテンツの在処が2カ所に分かれてしまっていました.これでは概観や検索に不便なので,このたび両プラットフォームからのコンテンツを一覧できるページを作りました.ブログ最上部のメニューにもありますが「音声コンテンツ一覧 (heldio & hellog-radio)」をクリックしてみてください.最新のものから順にコンテンツが整理されています.
この一覧ページは今後もなるべく頻繁に更新していきたいと思っていますが,再生回数などは常に変化しており,毎日更新というわけにもいきませんので,最新コンテンツについては「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」でご確認ください.
さて,年明けの1月2日に「#4633. 2021年によく聴かれた「英語の語源が身につくラジオ」の放送」 ([2022-01-02-1]) で再生回数のランキングを覗いてみましたが,それから3ヶ月ほど経っていますし,今回一覧を整理するに当たって新しいランキングが得られましたので,よく聴かれている上位50コンテンツを挙げたいと思います.時間のあるときにでも気軽にお聴きください.
ちなみにトップは昨年9月17日の同僚の井上逸兵さんとの対談でした.実はこの収録のときに,音声コンテンツの対談もよいですが,いずれ YouTube 動画も一緒にどうでしょうかね,などというやりとりがあり,先日2月26日に YouTube で「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」を開設してしまったという次第です.
昨日の記事「#4689. YouTube で「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」を開設しました」 ([2022-02-27-1]) で,井上逸兵先生と共同で YouTube チャンネルを開設した旨をアナウンスしました.初回の「英語学」ってなに?--むずかしい「英語」を「学」ぶわけではありません!!では,対談という形で「英語学」そのものに迫ってみました.
ところが,この質問は私にとってはそこそこ不意打ちの質問でして,ちょっと考えてしまいました.私の専門は「英語史」ですが広い意味で「英語学」の1分野ですし,これまでも「英語学」の講義を担当してきた経緯があります.その割には「英語学とは何か」を考えてきていなかったということに気づきました.もやもやとは答えをもっていましたが,自明すぎて本気で問うことをしてこなかったようです.
私の答えを端的にいえば「英語という言語を対象とする言語学である」ということでした.ここには私の専門の英語史や英語文献学も含まれます.英語のスキルを磨くための「規範」に基づく語学学習とは一線を画し,英語のありのままを「記述」するのが英語学であると.つまり,とりわけ英語という個別言語をターゲットに絞って研究する言語学が英語学であるという認識です.
一方,井上氏の認識は,端的にいって「英語学とは英米流の言語学である」ということでした.ターゲットというよりもアプローチを指す用語だというわけです.例えば,日本語を対象としていても英語学は成り立つという立場です.確かに,英語学のアプローチを用いながら実際のところは日本語を研究しているという事例は,日本の関連学会でも英文科の大学院でもしばしば見受けられることです.その観からいえば,井上流の「英語学」の解釈もうなずけます.
どうやら「英語学」の理解にもいろいろとありそうだということに,今更ながら気づきました.では,英語学辞典などでは「英語学」はどのように定義されているのだろうと何冊か引いてみると,なんと載っていないのです! 自明すぎて載せないという建前なのでしょうが,実は自明ではないというのが今回の私の発見です.
では英語学の教科書ではどうだろうかと,まず手元にあった『日英対照 英語学の基礎』を開いてみました.「まえがき」の p. ii に次のようにありました.
みなさんは,「英語学」と聞くと,これまで勉強している「英語」と何が違うのだろうと思うことでしょう.「英語学」というのは,英語という言葉がどのような仕組みになっているかを考える言語学の一領域です.つまり,英語の音や単語,文や会話などがどのような仕組みになっており,そこにどのような規則が潜んでいるかを明らかにしようとする研究分野です.
これは,だいたいのところ私が理解している「英語学」に近いと思います.ただ,英語史贔屓の私にとっては,これだけではちょっと物足りないという感じがしています.
英語学って何なのでしょうかね.捉え方は十人十色なのだろうと思います.この事実は意外とびっくりでした.皆さんの考えははいかがでしょうか?
なお,「英語史」も負けず劣らず難しいです.とりあえず「#225. 「英語史研究」とは?」 ([2009-12-08-1]) 辺りをご覧ください.
・ 三原 健一・高見 健一(編著),窪薗 晴夫・竝木 崇康・小野 尚久・杉本 孝司・吉村 あき子(著) 『日英対照 英語学の基礎』 くろしお出版,2013年.
緊張状態だったウクライナ情勢が一線を越えていまい,たいへん憂えています.今朝アップした Voicy の「英語の語源が身につくラジオ」 では,平和を祈りつつ,そして今回の情勢の歴史的背景の理解に資するべく,謹んで「ウクライナ(語)について」という話題をお届けしています.どうぞお聴きください.関連する hellog 記事セットも合わせてどうぞ.
話は変わりますが,「#4672. 知識共有サービス「Mond」で英語に関する素朴な疑問に回答しています」 ([2022-02-10-1]) で触れた通り,この3週間ほど「Mond」に寄せられてくる英語史,英語学,言語学の質問に回答しています.手に負えないほどの難問が多くすでにアップアップなのですが,これまで以下の10点に回答してきました.「回答」とはおこがましい限りで,質問をトリガーとして私が考えたことを書いてみた,という点で本ブログの活動の延長線なのですが,おもしろがってもらえればと思います.新着順に列挙します.
・ 各言語の発声法と声の高さには関係があるのでしょうか
・ 英語は他言語との言語接触により屈折や曲用などが無くなっていったとのことですが,こと音声についてはそのような傾向が見られないのはどうしてでしょうか?
・ 言語によって音素の数が大きく異なるのはなぜでしょうか?
・ 今現在たくさんのことわざや故事成語がありますが,今はまだ生まれていないことわざや故事成語が今後数百年で生まれる可能性はありますか?
・ 同じ発音なのにまったく意味の違う言葉が存在するのはなぜでしょうか?
・ 「日本語ならSOV型,英語ならSVO型,アラビア語ならVSO型,など言語によって語順が異なりますが,これはどのような原因から生じる違いなのでしょうか?」
・ 「アメリカ英語とイギリス英語,オーストラリア英語の関係は,日本で言う方言とは異なるものなのでしょうか?」
・ 「音韻論と音声学の違いがよく分からないのですが,具体例を用いて教えてください.」
・ 「ドイツ語やフランス語は「女性名詞」と「男性名詞」という分類がありますが,どのような理屈で性が決まっているのでしょうか?」
・ 「言語が文化を作るのでしょうか?それとも文化が言語を作るのでしょうか?」
NHKラジオ講座「中高生の基礎英語 in English」の3月号のテキストが発売されました.今回で連載「英語のソボクな疑問」も第12回となります.この1年間で読者の皆さんからも反響をいただきました.ありがとうございます.年度の締めとして,少々変わり種の話題を用意しました.「単数の they って何?」です.
「みんな,自分が正しいと思っている」という意味で Everyone thinks they are right. という英文は可能ですが,何か違和感を感じませんか? そう,everyone は意味こそ「みんな」でも,文法的には単数扱いと習いましたね.とすれば,Everyone thinks he is right. とすればよいでしょうか.しかし,「みんな」は男性だけではないはずですので,he の使用にも違和感があります.であれば,Everyone thinks he or she is right. ほどが妥当でしょうか.ただ,まどろっこしくて舌をかみそうですね.結局,単複の問題は残りますが,ぐるっと一周して Everyone thinks they are right. 辺りに戻るのがよいのでは,という方向で落ち着きつつあります.「単数の they」 (singular_they) と呼ばれる用法です.
連載記事では,この「単数の they」について英語史の観点からできるかぎり分かりやすく解説しました.単なる文法の問題にとどまらず,社会的なテーマであり歴史的なトピックでもあることが理解ます.言葉の話題は,思いのほか広くて深いのですね.
「単数の they」を深掘りしたいという方は,singular "they" に関する一連の記事セットをご参照ください.
「#4672. 知識共有サービス「Mond」で英語に関する素朴な疑問に回答しています」 ([2022-02-10-1]) で触れたように,ここ数日間「Mond」にて,いくつかの質問に回答しています.そのなかでもそこそこの反応を得た,標題の素朴な疑問への回答について,本ブログでも改めて紹介します.その質問と回答のHPはこちらになりますが,以下にも転載します.転載だけのブログ記事となっては芸がありませんので,本記事末尾には少々のコメントと関連リンクを付してあります.なお,私の他の質問への回答記事もご覧いただければと思います.
同じ発音なのにまったく意味の違う言葉が存在するのはなぜでしょうか?
橋(はし)と箸(はし)など,わりと日常的に使う言葉が全く同じ音で構成されていて,コミュニケーション上の無駄も多く発生しているはずなのに,言語が生まれてからこれまでの間に淘汰されずにいるのはなぜですか?
私の回答は,以下の通りです.
質問の「同音異義語」の出来方には,3つの可能性があると考えています.(1) 異なる2語だったものが発音上合一してしまった,(2) 1語だったものが意味上分化してしまった,(3) たまたま同じ発音の別の語ができてしまった.
私の専門は言葉を歴史的にみることですので,標題の質問を「同じ発音なのにまったく意味の違う言葉が存在するに至ったのにはどのような経緯があったのでしょうか?」とパラフレーズさせてもらいます.なぜ存在するかというよりも,なぜ存在するに至ってしまったのか,という風に考えるほうが,具体的な議論もしやすくなります.以下,日本語でも英語でも他の言語でも,まったく同じように考えることができます.
(1) 異なる2語だったものが発音上合一してしまった
どの言語でも,発音の変化というのは避けられませんし,実際,頻繁に生じています.もともと異なっていた2語が,発音変化の結果,合一してしまうということもよくあります.
火事(クワジ)と家事(カジ)は古い表記からわかるとおり,もともと異なる発音でしたが「クワ」→「カ」(合拗音の消失)という変化により,両語が同じ発音になってしまいました.英語の last (最後の)と last (継続する)も,千年ほど前には母音が異なっており,2つの別々の語だったのですが,歴史の過程で母音が合一してしまいました.
(2) 1語だったものが意味上分化してしまった
単語の意味の変化も,発音の変化と同じように頻繁に生じます.通常,古い意味と新しい意味は何らかの点で関係しているものなので,意味変化もそれと分かることが多いのですが,意味変化が連鎖的に繰り返されていくと,出発点と到着点の意味に関連性を見いだすのが難しくなります.
例えば,容器の「壺」と急所の「ツボ」は,語源を探れば同一語の派生義です.もともと「くぼみ」ほどを意味していたこの単語は,形状の類似から容器やお灸を据える体の部位の意味を発達させ,後者から「急所」の意味を派生させました.出発点と到着点の意味が離れすぎているので,現在では別々の語という感覚が一般的なのではないでしょうか(だからこそ表記も「壺」と「ツボ」と分けているわけです).英語の flower 「花」と flour 「小麦粉」も,もともとは同一語だったのですが,著しい意味変化の結果,関連づけが難しくなり,別々の語とみなされるようになりました.
(3) たまたま同じ発音の別の語ができてしまった
どの言語にも,使える音(音素)のリストがあり,さほど多数ではありません.また,その音素の組み合わせ方にも規則があるので,すべての単語に独自の異なる語形(発音)を与えることはできません.単語を多く作れば作るほど,既存の単語と同じ発音のものが出てきてしまうのです.橋(はし)と箸(はし)などがその典型例です.関連する例としては,すでに「牡丹」という単語があったところにポルトガル語から「ボタン」が入ってきてしまったというようなパターンもあります.
最後に,同音異義語はコミュニケーションにとって不利のはずなのに,これまでの間に淘汰されずにいるのはなぜかという質問に回答します.
1つは,区別化の試みはそこそこなされてきたということです.「壺」と「ツボ」の表記,flower と flour の綴字,橋と箸の(共通語における)アクセントの違いなどが,その試みの跡です.ただし,そのような試みがなされ,ある程度成功したとしても,別のところで上記 (1), (2), (3) の理由により,新たな同音異義語が次々と発生しているので,いつまでたっても全般的な淘汰には至らないということです.
もう1つは,もっと本質的な回答となりますが,実は同音異義語はコミュニケーションにとってさほど不利ではないということです.ほとんどの場合,文脈の支えがあるために,いずれの語・意味として用いられているかが自明だからです.例えば I'll give you a ring. が「指輪をあげるよ」なのか「電話するよ」なのかが曖昧なシチュエーションは,想像するほうが難しいですね.同音異義語は,思われているほどにはコミュニケーション上の問題とならないのです.
flower/flour については「flower (花)と flour (小麦粉)は同語源!」をお聴きください.last についてはこちらの記事をどうぞ.
同音異義 (homonymy) は,まずもって語彙論の話題と思われるかもしれませんが,音韻論,形態論,統語論,正書法,意味論,語用論にも深く関わる話題です.つまり,言語のあらゆる側面に関わる懐の深いトピックなのです.
今回の質問は,歴史言語学の用語でいえば「同音異義衝突」 (homonymic_clash) の問題です.理論的にも様々に論じられてきましたし,本ブログでもしばしば論じてきました.homonymy に関する記事セットを用意しましたので,ぜひご一読ください.
株式会社ハウテレビジョンが運営している知識共有サービス「Mond」というサービスがあり,そちらに寄せられてくる匿名の質問について私が英語史研究者の立場から回答するということを,ここ数日始めています.有名な類似サービスとして「Yahoo!知恵袋」や「Quora」がありますが,Mond はよりアカデミックに特化しているということのようです.
そこへ言語に関する興味深い「素朴な疑問」も多く投稿されていることを確認し,本ブログや Voicy の「英語の語源が身につくラジオ」を通じて私が日頃目指しているものと同じ方向性をもつサービスだと理解しましたので,本質的な問い5件に回答してみました.回答順に並べると以下の通りです.
・ 「言語が文化を作るのでしょうか?それとも文化が言語を作るのでしょうか?」
・ 「ドイツ語やフランス語は「女性名詞」と「男性名詞」という分類がありますが,どのような理屈で性が決まっているのでしょうか?」
・ 「音韻論と音声学の違いがよく分からないのですが,具体例を用いて教えてください.」
・ 「アメリカ英語とイギリス英語,オーストラリア英語の関係は,日本で言う方言とは異なるものなのでしょうか?」
・ 「日本語ならSOV型,英語ならSVO型,アラビア語ならVSO型,など言語によって語順が異なりますが,これはどのような原因から生じる違いなのでしょうか?」
すでに本ブログで直接・間接に解説している話題も多いのですが,上記のように直球の疑問として問われると回答の仕方も異なってくるということで,いずれの回答も新たに書き下ろしています.hellog 記事へのリンクも張っていますので,そこから行き来していただければと思います.
いずれも私的な回答であり,他の専門家の方々の立場からは一般的な回答として受け入れられるものかどうかはまったく自信がありませんし,質問者が期待する回答になっているかも分かりません.それでも,この数日間だけでも,良質な「素朴な疑問」が寄せられてくる場だなという印象は受けています.
Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow