アメリカは移民の国であり,したがって多言語の国である.近年は hispanification によりスペイン語母語話者が増加しており,その他の諸言語もシェアを増してきているという.とはいえ,一般的にいえばアメリカでは英語が「事実上の唯一の主たる言語」として圧倒的な影響力をもって君臨していることは疑いようがない.
この事実は一見すると自明のようにも思えるが,なぜそうなのか,立ち止まって考えてみる必要がある.移民によって成り立ってきたアメリカの歴史を振り返ってみると,異なる言語を話す様々な人々が時代ごとに入れ替わり立ち替わりにやってきたのだから,そのまま諸言語が並び立つ社会となってもおかしくなかったはずである.なぜ,英語という1つの言語へまとまるということが生じたのだろうか.
1つには,単純に母語話者の数の影響力がある.18世紀末に初の人口統計が取られたときに,16州において200万人を超える人口がイングランドかウェールズにルーツをもっていた.さらに,非常に多くのスコットランド系アイルランド人 (Scots-Irish) の数もここに加えられるべきだろう.それに対して,ドイツ,オランダ,フランスにルーツをもつ移民はせいぜい20万人ほどだった.移民史の初期から,アメリカは圧倒的に英語の国だったのである.
そこに,人々の可動性 (mobility) という要因が加わる.各移民集団が社会的に閉じた集団としてある土地に定住し続けるのであれば,独立した言語共同体が複数でき,諸言語が並び立つ国になっていたかもしれない.しかし,実際には移民集団は縦に横によく動いたのであり,そこから異なる母語をもつ話者間に lingua_franca への欲求が生じた.そこで,当初から優勢な英語が lingua franca として採用されることになった.では,その mobility そのものはどこから来たのか.それは,西部を目指すパイオニア精神であり,"American Dream" という希望だったろう.Gooden (134) は次のように述べている.
More important than mobility, perhaps, was the aspirational nature of the new society, later to be formalized and glamourized in phrases like the 'American Dream'. As Leslie Savan suggests in her book on contemporary US language, Slam Dunks and No-Brainers (2005), the pressure was always on the outsider to make adjustments: 'The sweep of American history tilted towards the establishment of a single national popular language, in part to protect its mobile and often foreign-born speakers from the suspicion of being different.' Putting it more positively, one could say that success was achievable not so much as a prize for conformity but for adaptation to challenging new conditions, among which would be acquiring enough of the dominant language to get by --- before getting ahead.
上に論じたような,アメリカにおける大雑把な意味での「言語的一元性」というべき事情は,実はアメリカ英語の内部における一様性,すなわち「方言的一元性」とも関連するように思われる.後者については,「#591. アメリカ英語が一様である理由」 ([2010-12-09-1]) を参照.
・ Gooden, Philip. The Story of English: How the English Language Conquered the World. London: Quercus, 2009.
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