これは難問です.英語史の観点からも様々な議論がなされていますが,決定的な答えは出されていません.したがって,以下では解答を与えるのではなく,英語史的な背景を説明することに専念しています.あしからず.
現代英語で語頭に <h> と綴られているのに /h/ として発音されない単語は,少数の特定の語に限られます.標題の hour, honour, honest, heir をはじめ,その関連語である hourly, honourable, honesty, heiress などが挙げられます.しかし,/h/ で発音されることもあれば発音されないこともある herb, historical, humour のような例が少なからず存在するのも事実です(cf. 「#461. OANC から取り出した発音されない語頭の <h>」 ([2010-08-01-1]),「#462. BNC から取り出した発音されない語頭の <h>」 ([2010-08-02-1])).
問題となっている hour, honour, honest, heir は,いずれも中英語期にフランス語から借用された語です.フランス語を学んだことのある人であれば,綴られている <h> は一切発音されないということを知っているかと思います.したがって,英語のフランス借用語については,フランス語での慣例通り,<h> と綴られていても /h/ とは発音されないのだと思われるかもしれません.
しかし,それは満足な解答とはなり得ません.フランス借用語は英語に万単位で流入しており,そのなかには <h> で始まるものも(それがフランス語でいう「無音の h」か否かを問わず)多数含まれています.それらの語は,hour や honour を含む少数の語を除いて,現代標準英語ではすべて確かに /h/ で発音されているのです.habit, heritage, history, host, human など枚挙にいとまがありません.したがって,hour や honour が「フランス語の発音様式」を真似たがゆえに,/h/ として発音されないのだという説明は,必ずしも間違いとはいえないものの,不十分な説明にとどまります.
問題は,なぜ無数の h- 語のなかでこれらの少数の語だけがピンポイントで選ばれ,「フランス語の発音様式」に従っているのかということです.逆にいえば,なぜそれ以外のすべての h- 語が「フランス語の発音様式」に従っていないのかということが問題となります.しかし,この「なぜ」の問いには,いまだ満足のいく答えが与えられていません.
問題を深掘りしていくと,問題設定の仕方も変わってくるものです.いまや標題の素朴な疑問は「なぜ hour や honour 以外のほとんどの h- 語がフランス語の発音様式に影響されていないのか」という疑問にパラフレーズされることになります.しかし,この再設定された疑問自体も,さらに歴史の事実を知ると,改めてパラフレーズしなければならないことに気づきます.というのは,主に中英語期以降にフランス語(やラテン語やギリシア語)から借用された h- 語におけるすべての <h> は,かつての英語で実に発音されていなかった可能性があるからです.中英語や近代英語では,これらの h が軒並み発音されていなかった節があるのです.この問題については学界においても議論があり定説となっているわけではありませんが,「#1292. 中英語から近代英語にかけての h の位置づけ」 ([2012-11-09-1]),「#1675. 中英語から近代英語にかけての h の位置づけ (2)」 ([2013-11-27-1]),「#1899. 中英語から近代英語にかけての h の位置づけ (3)」 ([2014-07-09-1]),「#1677. 語頭の <h> の歴史についての諸説」 ([2013-11-29-1]) で見た通り,一定の根拠があります.
<h> で綴られていても /h/ で発音されなかったのが,かつて常態だったとすれば,現在それらのほとんどが /h/ で発音されるようになっているのはなぜでしょうか.それは,近代英語期における英語標準化以降の体系的な綴字発音 (spelling_pronunciation) の結果と考えられます(もしこれが本当であれば,英語史上もっとも体系的に実践された綴字発音の事例といえます).<h> で綴られているのだから /h/ で発音しようという近代的な書き言葉ベースの規範意識が見事なまでに広まった結果,歴史的な発音はどうであれ,とにかく軒並み /h/ で発音されることになったのだと考えられます.しかし,どういうわけか,標題に挙げた特定の少数の語群にまでは,その波が及ばなかったようなのです.
先に再定義した「なぜ hour や honour 以外のほとんどの h- 語がフランス語の発音様式に影響されていないのか」という問いは,いまや次のようにパラフレーズされることになります.「すべての h- 語がかつてはフランス語の発音様式を真似て無音だったのに,なぜそこから脱して /h/ で発音されることになったのか」,そして「なぜ hour や honour などの少数の語だけは,フランス語の発音様式の影響からいまだに脱せずにいるのか」です.
残念ながら,標題の疑問を一言で解決することはできません.素朴な疑問は二転,三転して,新たな次元の疑問にもちこされてしまいました.私自身ももどかしいのですが,このような問題を解くために英語史を研究している次第です.
関連して h に関する本ブログのいくつかの記事を参照ください.
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