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sobokunagimon - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-07-16 09:59

2022-12-02 Fri

#4967. 「英語に関する素朴な疑問 千本ノック(矢冨弘&菊地翔太&堀田隆一) 第3弾」は「補充法」の回となりました [voicy][heldio][notice][sobokunagimon][khelf][masanyan][senbonknock][suppletion][link][youtube]

 昨日午後1時より Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」にて,khelf(慶應英語史フォーラム)主催の生放送「英語に関する素朴な疑問 千本ノック(矢冨弘&菊地翔太&堀田隆一) 第3弾」をお届けしました.ライヴでお聴きくださったり,生で質問を投げ込んでいただいたリスナーの皆さん,ありがとうございました!
 今朝,生放送を収録した音声を公開しました.60分弱の本編に続いて10分の振り返りトークがあります.長めですので,ゆっくりお時間を取れるときにどうぞ.



 今回の千本ノックは矢冨弘先生(熊本学園大学),菊地翔太先生(専修大学),堀田隆一(慶應義塾大学)の3名で臨みました.3名いると答え方も多様となり,そこに化学反応も生まれ,かつ生放送のほどよい緊張感もあり,答えている側がおおいに勉強になりました.最後のほうには,Zoom 越しではありましたが矢冨先生のギャラリーとして控えていた学生さんにも参加してもらい,交流することができました.また,過去2回にもまして,司会のまさにゃんによる質問チョイスが光っていました.良問揃いです.以下に,質問と本編(第2チャプター)の分秒を一覧しておきます.

 (1) 03:36 --- good の比較級・最上級が gooder, goodest ではなく better, best なのはなぜですか?
 (2) 07:00 --- なぜ助動詞 must には過去形がないのですか?
 (3) 10:50 --- 主格 I に対して属格・対格が my, me になるのは対応が取れていないように思いますが,これも補充法でしょうか?
 (4) 12:20 --- なぜ英語は日本語よりも正確性を求める言語なのですか?
 (5) 17:09 --- なぜ英語圏では brothersister のように年上,年下を重要視しないのでしょうか?
 (6) 22:02 --- 日本語でいう「よろしくお願いします」とまったく同じ意味の英単語,英語表現はないのですか?
 (7) 23:50 --- なぜ one という綴りで「ワン」と読むのですか?
 (8) 27:52 --- once, twice なのに three times, four times となるのはなぜですか?
 (9) 32:07 --- 洋楽のタイトルや歌詞などで she don't などが出てくるのですが,文法をあまり気にしないネイティヴなどは気にならないのでしょうか?
 (10) 36:57 --- 英語には疑問文につく助動詞の do がありますが,この文法事項について教えてください.
 (11) 42:25 --- 英語は語順が厳格に定められているのに,一方で倒置のような表現が可能なのはなぜですか?
 (12) 45:08 --- 英語は多数の言語から語彙を借用してきましたが,借用の過程で優位を占める言語はどのような基準で決まりますか?
 (13) 51:18 --- 英語母語話者が英語を学ぶ際に,一番苦労する文法の分野は何だと思いますか?
 (14) 56:14 --- 仮定法の if I wereif I was の使い分けはあるのですか?

 このように様々な素朴な疑問が飛び出しましたが,補充法 (suppletion) をめぐる話題に注目が集まりました.この問題については,例えば以下の記事や heldio をご参照ください.

 ・ 「#43. なぜ go の過去形が went になるか」 ([2009-06-10-1])
 ・ 「#1482. なぜ go の過去形が went になるか (2)」 ([2013-05-18-1])
 ・ 「#4094. なぜ go の過去形は went になるのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2020-07-12-1])
 ・ 「#4403. 『中高生の基礎英語 in English』の連載第3回「なぜ go の過去形は went になるの?」」 ([2021-05-17-1])
 ・ 「#4774. go/went は社会言語学的リトマス試験紙である」 ([2022-05-23-1])
 ・ 「#1585. 閉鎖的な共同体の言語は複雑性を増すか」 ([2013-08-29-1])
 ・ 「#764. 現代英語動詞活用の3つの分類法」 ([2011-05-31-1])
 ・ 「#4479. 不規則動詞の過去形は直接記憶保存されている」 ([2021-08-01-1])

 ・ 「#2600. 古英語の be 動詞の屈折」 ([2016-06-09-1])
 ・ 「#2090. 補充法だらけの人称代名詞体系」 ([2015-01-16-1])
 ・ 「#67. 序数詞における補充法」 ([2009-07-04-1])

 ・ 「#3859. なぜ言語には不規則な現象があるのですか?」 ([2019-11-20-1])
 ・ 「#765. 補充法は古代人の実相的・質的・単一的な観念の表現か」 ([2011-06-01-1])
 ・ 「#1580. 補充法研究の限界と可能性」 ([2013-08-24-1])
 
 ・ heldio 「#9. first の -st は最上級だった!」
 ・ heldio 「#10. third は three + th の変形なので準規則的」
 ・ heldio 「#11. なぜか second 「2番目の」は借用語!」
 ・ heldio 「#364. YouTube での「go/went 合い言葉説」への反応を受けまして」
 ・ heldio 「#483. be動詞の謎 (1)」

 また,YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の第25弾「新説! go の過去形が went な理由」もよく視聴されていますので,ご覧ください.



 最後に矢冨弘先生(熊本学園大学)と菊地翔太先生(専修大学),そして司会のまさにゃん(慶應義塾大学大学院)の運営するウェブリソースへのリンクを以下に張っておきます.ぜひ英語史の学びのために訪問してみてください.

 ・ 矢冨弘先生のホームページ:英語史関連のブログ記事や YouTube 講義動画が公開されています
 ・ 菊地翔太先生のホームページ: 英語史関連の授業資料や講習会資料が公開されています
 ・ まさにゃんによる YouTube チャンネル「まさにゃんチャンネル【英語史】」: 「毎日古英語」や「語源で学ぶ英単語」のシリーズなど英語史や英語学習に関する動画が満載です

Referrer (Inside): [2023-02-23-1] [2023-01-09-1]

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2022-11-29 Tue

#4964. khelf 主催「英語に関する素朴な疑問 千本ノック(矢冨弘&菊地翔太&堀田隆一) 第3弾」のお知らせ(12月1日(木)13:00--14:00 に Voicy 生放送) [voicy][heldio][notice][senbonknock][masanyan][sobokunagimon]

 今年もあっという間に師走の声が近づいてきました.明後日12月1日(木)のお昼過ぎ13:00--14:00に Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」にて「千本ノック」の生放送をお届けします.いつものように khelf(慶應英語史フォーラム)主催のイベントとなります.

heldio_live_20221201



 今回千本ノックを受けるのは矢冨弘先生(熊本学園大学)と堀田,そして前回の第2弾で飛び入り参加いただいた菊地翔太先生(専修大学)の3人です.司会はいつものように,khelf 会長にして日本初の古英語系 YouTube チャンネル「まさにゃんチャンネル」を運営するまさにゃん (masanyan) です(YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」でも何度か出演しています) .
 前回の第2弾のために hellog や heldio などの広報を通じて皆さんからお寄せいただいた「素朴な疑問」が,未消化のままに数多く残っていますので,今回はそちらの疑問を中心に取り上げたいと思っています.ただし,ライブ感を出すために生放送中の投げ込み質問も歓迎しますので,ぜひ Voicy アプリよりお寄せください.
 生放送で参加していただけると臨場感も緊張感もあっておもしろいと思いますが,平日の日中ですしご都合のつかない方におかれましては,翌朝の通常回で収録の様子をアーカイヴとして配信する予定ですので,そちらからお聴きください.
 これまでの heldio の「千本ノック」シリーズ全体はこちらからお聴きいただけます.学びはすべて疑問から始まりますね.ぜひ素朴な疑問に関心を持ち続けていただければと.

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2022-11-23 Wed

#4958. stand on the shoulders of giants 「巨人の肩の上に立つ」 [proverb][idiom][sobokunagimon]

 学問にせよ何にせよ,人類は先人から得た知識を蓄積し,その上にさらなる知識を付け加えるという形で文明を進歩させてきた.このことを西洋では to stand on the shoulders of giants 「巨人の肩の上に立つ」と表現する.
 以下は「1人の巨人の左肩(のみ)に乗る小人」という状況のエッチングで,厳密には "a dwarf on a shoulder of a giant" というべき状況だが,この辺りはご愛敬で.

A Dwarf on the Shoulders of a Giant

 さて,この慣用句OED の shoulder, n. のもとに挙げられているのだが,実は2022年3月の OED の定期更新の際に新たに加えられたホヤホヤのエントリーなのである.この新エントリーについて,OED の広報記事 "Content warning: may contain notes on the OED March 2022 update" が次のようにコメントしている.

A new phrase entry in shoulder examines the use of to stand on the shoulders of giants to refer to the process of building on the discoveries and achievements of great predecessors, first recorded in the early seventeenth century in a variation on the proverb a dwarf (or child) standing on the shoulders of a giant sees farther than the giant, itself based on a twelfth-century Latin phrase attributed to Bernard of Chartres.


 OED に加えられたエントリーそのもの,および最初の3つの例文まで引用しておきたい.

   to stand on the shoulders of giants (and variants): to build on the discoveries, achievements, and understanding of the great scholars and thinkers of the past. Hence to stand on the shoulders of (any person or group): to benefit from the knowledge of one's predecessors.
      The phrase standing on the shoulders of giants is strongly associated with Sir Isaac Newton (1642--1727): see quot. 1676. Earlier in proverbial phrase a dwarf (also child, etc.) standing on the shoulders of a giant sees farther than the giant (now rare; in quot. 1608 as a simile).

[Originally after post-classical Latin nanos gigantium humeris insidentes dwarves sitting on the shoulders of giants (12th cent.; attributed by John of Salisbury to Bernard of Chartres).]

   1608 J. White Way to True Church 325 Doctors of these later times..insisting in the steps of the ancient Fathers..are like children standing on the shoulders of giants,..they see further then they [sc. the Fathers] themselues.
   1628 R. Burton Anat. Melancholy (ed. 3) To Reader 8 Though there were many Giants of old in Physick and Philosophy, yet I say with Didacus Stella, A Dwarfe standing on the shoulders of a Giant, may see farther then a Giant himselfe.
   1676 I. Newton Let. to R. Hooke 5 Feb. in Corr. (1959) I. 416 What Des-Cartes did was a good step. You have added much in several ways... If I have seen further it is by standing on ye sholders of Giants.


 この慣用句,ここまで調べてさすがに私のなかに定着しました.

(後記 2022/11/24(Thu)):今回の hellog 記事を受けて,翌11月24日に Voicy の heldio にて関連する話題をお届けしました.英語学習者からの質問に答える形で,おもしろい回になっていると思います.こちらよりお聴きください.)


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2022-11-17 Thu

#4952. 言語における威信 (prestige) とは? [prestige][terminology][sociolinguistics][sobokunagimon][variety][loan_word][french][latin]

 社会言語学のキーワードである威信 (prestige) については,hellog でもタグとして設定しており,当たり前のように用いてきたが,改めて定義を確認してみようと思い立った.私は日常的には「エラさ」「カッコよさ」と超訳しているのだが,念のために正式な定義が欲しいと思った次第.
 ところが,手元の社会言語学系の用語集などを漁り始めたところ,意外と見出しが立っていない.数分かかって,最初に引っかかったのが Lyle and Mixco の歴史言語学の用語集だった.数分を犠牲にした後のありがたみがあるので,こちらを一字一句引用することにしよう (155--56) .

prestige In sociolinguistics, the positive value judgment or high status accorded certain languages, certain varieties and certain variables favored over other less prestigious languages, varieties or variables. The prestige accorded linguistic variables is a factor that often leads to linguistic change. The prestige of a language can lead speakers of other languages to take loanwords from it or to adopt the language outright in language shift. Overt prestige is the most common; it is the positive or high value attributed to variables, varieties and languages typically widely recognized as prestigious among the speakers of a language. The prestige varieties and variables are usually those recognized as belonging to the standard language or that are used by highly educated or influential people. Covert prestige refers to the positive evaluation given to non-standard, low-status or 'incorrect' forms of speech by some speakers, a hidden or unacknowledged prestige for non-standard variables that leads speakers to continue using them and sometimes causes such forms to spread to other speakers.


 なるほど,prestige とは,言語変種 (variety) についていわれる場合と,言語変項 (variable) についていわれる場合があるというのは,確かにそうだ.言語変種についていわれる prestige はマクロ的な概念であり,言語交替 (language_shift) や語彙借用の方向性に関与する.一方,言語変項についていわれる prestige はミクロ的であり,個々の言語変化の原動力となり得る要因である.この2つは概念上区別しておく必要があるだろう.
 考えてみれば prestige という語自体が,フランス語風に /prɛsˈtiːʒ/ と発音され,prestigious な響きがある.実際,フランス語 prestige を借りたもので,このフランス単語自体はラテン語の praest(r)īgia(illusion) に由来する.語自体の英語での初出は,17世紀の辞書編纂家 T. Blount が Glossographia で,そこでの語義は「威信」ではなく原義の「錯覚」である ("deceits, impostures, delusions, cousening tricks") .「威信」という語義で最初に用いられたのは,ずっと遅く1829年のことである.
 prestige のもとであるラテン単語の原義は物理的に「強い締め付け」ほどであり,そこから認知的・精神的な「幻惑;錯覚」を経て,最後に「威信」となった.拘束的で抑圧的な力を想起させる意味変化といってよく,この経緯自体が意味深長である.

 ・ Campbell, Lyle and Mauricio J. Mixco, eds. A Glossary of Historical Linguistics. Salt Lake City: U of Utah P, 2007.

Referrer (Inside): [2022-11-21-1] [2022-11-18-1]

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2022-11-14 Mon

#4949. 『中高生の基礎英語 in English』の連載第21回「「マジック e」って何?」 [notice][sobokunagimon][rensai][final_e][spelling][vowel][terminology][silent_letter][pronunciation][spelling_pronunciation_gap]

 本日は『中高生の基礎英語 in English』の12月号の発売日です.連載「歴史で謎解き 英語のソボクな疑問」の第21回では「「マジック e」って何?」という疑問を取り上げています.

『中高生の基礎英語 in English』2022年12月号



 綴字上 matemat は語末に <e> があるかないかの違いだけですが,発音はそれぞれ /meɪt/, /mæt/ と母音が大きく異なります.母音が異なるのであれば,綴字では <a> の部分に差異が現われてしかるべきですが,実際には <a> の部分は変わらず,むしろ語尾の <e> の有無がポイントとなっているわけです.しかも,その <e> それ自体は無音というメチャクチャぶりのシステムです.多くの英語学習者が,学び始めの頃に一度はなぜ?と感じたことのある話題なのではないでしょうか.
 一見するとメチャクチャのようですが,類例は多く挙げられます.Pete/pet, bite/bit, note/not, cute/cut などの母音を比較してみてください.ここには何らかの仕組みがありそうです.少し考えてみると,語末の <e> の有無がキューとなり,先行する母音の音価が定まるという仕組みになっています.いわば魔法のような「遠隔操作」が行なわれているわけで,ここから magic e の呼称が生まれました.
 今回の連載記事では,なぜ magic e という間接的で厄介な仕組みが存在するのか,いかにしてこの仕組みが歴史の過程で生まれてきたのかを易しく解説します.本ブログでもたびたび取り上げてきた話題ではありますが,連載記事では限りなくシンプルに説明しています.ぜひ雑誌を手に取ってみてください.
 関連して以下の hellog 記事を参照.

 ・ 「#1289. magic <e>」 ([2012-11-06-1])
 ・ 「#979. 現代英語の綴字 <e> の役割」 ([2012-01-01-1])
 ・ 「#1827. magic <e> とは無関係の <-ve>」 ([2014-04-28-1])
 ・ 「#1344. final -e の歴史」 ([2012-12-31-1])
 ・ 「#2377. 先行する長母音を表わす <e> の先駆け (1)」 ([2015-10-30-1])
 ・ 「#2378. 先行する長母音を表わす <e> の先駆け (2)」 ([2015-10-31-1])
 ・ 「#3954. 母音の長短を書き分けようとした中英語の新機軸」 ([2020-02-23-1])
 ・ 「#4883. magic e という呼称」 ([2022-09-09-1])

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2022-11-12 Sat

#4947. 推奨を表わす動詞の that 節中における shall の歴史的用例をもっと [auxiliary_verb][subjunctive][mandative_subjunctive][sobokunagimon][syntax][oed][med]

 一昨日の「#4945. なぜ推奨を表わす動詞の that 節中で shall?」 ([2022-11-10-1]) および昨日の「#4946. 推奨を表わす動詞の that 節中における shall の歴史的用例」 ([2022-11-11-1]) の記事に引き続き,従属節内で接続法(仮定法)現在でもなく should でもなく,意外な shall が用いられている歴史的用例を歴史的辞書からもっと集めてみました.
 OED を調べると,問題の用法は shall, v. の語義11aに相当します.

11. In clauses expressing the purposed result of some action, or the object of a desire, intention, command, or request. (Often admitting of being replaced by may; in Old English, and occasionally as late as the 17th cent., the present subjunctive was used as in Latin.)

a. in clause of purpose usually introduced by that.
      In this use modern idiom prefers should (22a): see quot. 1611 below, and the appended remarks.
   
   c1175 Ormulum (Burchfield transcript) l. 7640, 1 Þiss child iss borenn her to þann Þatt fele shulenn fallenn. & fele sHulenn risenn upp.
   c1250 Owl & Night. 445 Bit me þat ich shulle singe vor hire luue one skentinge.
   1390 J. Gower Confessio Amantis II. 213 Thei gon under proteccioun, That love and his affeccioun Ne schal noght take hem be the slieve.
   c1450 Mirk's Festial 289 I wil..schew ȝow what þis sacrament is, þat ȝe schullon in tyme comyng drede God þe more.
   1470--85 T. Malory Morte d'Arthur xiii. xv. 633 What wille ye that I shalle doo sayd Galahad.
   1489 (a1380) J. Barbour Bruce (Adv.) i. 156 I sall do swa thow sall be king.
   1558 in J. M. Stone Hist. Mary I App. 518 My mynd and will ys, that the said Codicell shall be accepted.
   1611 Bible (King James) Luke xviii. 41 What wilt thou that I shall doe vnto thee? View more context for this quotation
   a1648 Ld. Herbert Life (1976) 70 Were it not better you shall cast away a few words, than I loose my Life.
   1698 in J. O. Payne Rec. Eng. Catholics 1715 (1889) 111 To the intent they shall see my will executed.
   1829 T. B. Macaulay Mill on Govt. in Edinb. Rev. Mar. 177 Mr. Mill recommends that all males of mature age..shall have votes.
   1847 W. M. Thackeray Vanity Fair (1848) xxiv. 199 We shall have the first of the fight, Sir; and depend on it Boney will take care that it shall be a hard one.
   1879 M. Pattison Milton xiii. 167 At the age of nine and twenty, Milton has already determined that this lifework shall be..an epic poem.


 とりわけ1829年と1847年の例は,推奨を表わす今回の問題の用法に近似します.
 MED の shulen v.(1) の語義4a(b)と21b(ab)辺りにも,完全にピッタリの例ではないにせよ類例が挙げられています.
 歴史的な観点からすると,推奨を表わす動詞の that 節中における shall の用法の「源泉」は,緩く中英語まではたどれるといえそうです.これを受けて,改めて「物議を醸す日本ハム新球場「ファウルゾーンの広さ」問題を考えていただければと思います.
 この3日間の hellog 記事のまとめとして,今朝の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」で「#530. 日本ハム新球場問題の背後にある英語版公認野球規則の shall の用法について」を取り上げました.そちらもぜひお聴きください.


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2022-11-11 Fri

#4946. 推奨を表わす動詞の that 節中における shall の歴史的用例 [auxiliary_verb][subjunctive][mandative_subjunctive][sobokunagimon][syntax]

 昨日の記事「#4945. なぜ推奨を表わす動詞の that 節中で shall?」 ([2022-11-10-1]) に引き続き,標記の問題について.今回は歴史的な立場からコメントします.
 歴史的にみると,that 節を含む従属節において,通常であれば接続法(仮定法)現在あるいは should が用いられる環境で,意外な法助動詞 shall が現われるケースは,まったくなかったわけではありません.
 Visser (III, §1513) を調べてみると,関連する項目がみつかり,多くの歴史的な例文が挙げられています.今回の話題は,いわゆる mandative_subjunctive という接続法現在の用法と,その代用としての should の使用に関わる問題との絡みで議論しているわけですが,Visser の例文にはいわゆる「#2647. びっくり should」 ([2016-07-26-1]) の代用としての shall の用例も含まれています.
 古英語から近代英語に至るまで多数の例文が挙げられていますが,今回の問題の考察に関与しそうな例文のみをピックアップして引用します.

   1513---Type 'It (this) is a sori tale, þæt þet ancre hus schal beon i ueied to þeo ilke þreo studen'

   There is a rather small number of constructions in which shall is employed in a clause depending on such formulae as 'it is a wonderful thing', 'this is a sorry tale', 'alas!' Usually one finds should used in this case, or, in older English, modally marked forms.

     . . . | c1396 Hilton, Scale of Perfection (MS Hrl) 1, 37, 22b, þanne sendiþ he to some men temptacions of lecherie . . . þei schul þinke hit impossible . . . þat þey ne shulle nedinges fallen but if þei han help. . . . | 1528 St. Th. More, Wks. (1557) 126 D10, Than said he ferther that yt was meruayle that the fyre shall make yron to ronne as siluer or led dothe. | 1711 Steele, Spect. no. 100, It is a wonderful thing, that so many, and they not reckoned absurd, shall entertain those with whome they converse by giving them the History of their Pains and Aches. | 1879 Thomas Escott, England III, 39, He has to judge whether it is advisable that repairs in any farm-buildings shall be undertaken this year or shall be postponed until the next (P.).


 最後の "it is advisable that . . . shall . . . ." などは参考になります.ただし,この shall の用法は,歴史的にみてもおそらく頻度としては低かったのではないかと疑われます.
 ちなみに,現代英語の類例を求めて BNCweb で渉猟してみたところ,"An Islay notebook. Sample containing about 46775 words from a book (domain: world affairs)" という本のなかに1つ該当する例をみつけました(赤字は引用者による).

802 "This Meeting being informed that Cart Drivers are very inattentive as to their Conduct upon the road with Carts It is now recommended that all Travellers upon the road shall take to the Left in all situations, and that when a Traveller upon the road shall loose a shew of his horse, the Parochial Blacksmith shall be obliged to give preference to the Traveller. "


 おそらく稀な用法なのでしょうが,問題の環境での shall の使用は皆無ではない(そしてなかった)ことは確認されました.
 改めて「物議を醸す日本ハム新球場「ファウルゾーンの広さ」問題を考えてみてください.

 ・ Visser, F. Th. An Historical Syntax of the English Language. 3 vols. Leiden: Brill, 1963--1973.

Referrer (Inside): [2022-11-12-1]

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2022-11-10 Thu

#4945. なぜ推奨を表わす動詞の that 節中で shall [auxiliary_verb][subjunctive][mandative_subjunctive][sobokunagimon][syntax]

 Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」の「#464. まさにゃんとの対談 ー 「提案・命令・要求を表わす動詞の that 節中では should + 原形,もしくは原形」の回について,リスナーの方より英文解釈に関わるおもしろい話題を寄せていただきました.
 11月8日配信のYahoo!ニュースより「物議を醸す日本ハム新球場「ファウルゾーンの広さ」問題.事の発端は野球規則の“解釈”にあった?」をご覧ください.公認野球規則2021の2.01項に球場のレイアウトに関する規定があり,日本ハムが北海道に建設中の新球場がその規定に引っかかっているという案件です.
 公認野球規則2021は,英語版公認野球規則 Offical Baseball Rules (2021 edition) の和訳となっています.多少の日本独自の付記はありますが,原則としては和訳です.今回問題となっているのは Rule 2.01 に対応する次の箇所です.英日語対照で引用します.

It is recommended that the distance from home base to the backstop, and from the base lines to the nearest fence, stand or other obstruction on foul territory shall be 60 feet or more.

本塁からバックストップまでの距離,塁線からファウルグラウンドにあるフェンス,スタンドまたはプレイの妨げになる施設までの距離は,60フィート(18.288メートル)以上を必要とする.


 英文は It is recommended . . . となっていますが,和文では「推奨する」ではなく「必要とする」となっています.つまり,英文よりも厳しめの規則となっているのです.これは誤訳になるのでしょうか.
 It is recommended that . . . のような構文であれば,通常 that 節の中で接続法(仮定法)現在あるいは should の使用が一般的です.さらにいえばアメリカ英語としては前者のほうがずっと普通です.しかし,この原文では shall という予期せぬ法助動詞が用いられています.和訳に際して,この珍しい shall の強めの解釈に気を取られたのでしょうか,結果として「必要とする」と訳されていることになります.
 誤訳云々の議論はおいておき,ここではなぜ英文で shall とう法助動詞が用いられているのかについて考えてみたいと思います.問題の箇所のみならず Rule 2.01 全体の文脈を眺めてみましょう.適当に端折りながら引用します.

The field shall be laid out according to the instructions below, supplemented by the diagrams in Appendices 1, 2, and 3. The infield shall be a 90-foot square. The outfield shall be the area between two foul lines formed by extending two sides of the square, as in diagram in Appendix 1 (page 158). The distance from home base to the nearest fence, stand or other obstruction on fair territory shall be 250 feet or more. . . .

It is desirable that the line from home base through the pitcher's plate to second base shall run East-Northeast.

It is recommended that the distance from home base to the backstop, and from the base lines to the nearest fence, stand or other obstruction on foul territory shall be 60 feet or more. See Appendix 1.

When location of home base is determined, with a steel tape measure 127 feet, 33?8 inches in desired direction to establish second base. . . . All measurements from home base shall be taken from the point where the first and third base lines intersect.


 全体として,法律・規則の文体にふさわしく,主節に shall を用いる文が連続しています.強めの規則を表わす shall の用法です.その主節 shall 文の連続のなかに,It is desirable that . . .It is recommended that . . . という異なる構文が2つ挟み込まれています.その that のなかで異例の shall が用いられているわけですが,これは前後に連続して現われる主節 shall 文からの惰性のようなものと考えられるのではないでしょうか.
 ちなみに,It is desirable that . . . . に対応する和文は「本塁から投手板を経て二塁に向かう線は,東北東に向かっていることを理想とする.」とあり,desirable がしっかり訳出されています.この点では recommended のケースとは異なります.
 いろいろと論点はありそうですが,私の当面のコメントとして本記事を書いた次第です.今回のような that 節中の法助動(不)使用の話題については,こちらの記事セットをご覧ください.

Referrer (Inside): [2022-11-12-1] [2022-11-11-1]

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2022-11-01 Tue

#4936. なぜ間接目的語や前置詞の目的語が主語となる受動文が可能なのか? [passive][syntax][inflection][verb][me][sobokunagimon][word_order]

 一昨日の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」で,リスナーさんから寄せられた質問に回答する形で「#517. 間接目的語が主語になる受動態は中英語期に発生した --- He was given a book.」を配信しました.ぜひお聴きください.



 原則として古英語では動詞の直接目的語が主語となる受動文しか存在しませんでした.ところが,続く中英語期になり,動詞の間接目的語や前置詞の目的語までもが主語となる受動文も可能となってきました(概要は中尾・児馬 (125--31) をご覧ください).今日はこの配信への補足となります.
 Fischer によれば,現代英語では次のすべての受動文が可能です.

1 The book was selected by the committee
2 Nicaragua was given the opportunity to protest
3 His plans were laughed at
4 The library was set fire to by accident


 英語史研究では,この受動文の拡大に関する議論は多くなされてきました.いくつかの考え方があるものの,概ね受動化 (passivisation) に関する統語規則の適用範囲が変化してきたととらえる向きが多いようです.要するに,受動化の対象が,時間とともに動詞の直接目的語から間接目的語へ,さらに前置詞の目的語へ拡大してきた,という見方です.
 ただし,これも1つの仮説です.もしこれを受け入れるとしても,なぜそうなのかというより一般的な問題も視野に入れる必要があります.受動化とは異なるけれども何らかの点で関係する統語現象においても類似の変化・拡大が起こっているとすれば,それと合わせて考察する必要があります.この辺りの事情を Fischer (384) に語ってもらいましょう.

There are two general paths along which one could look for an explanation of these developments. One can hypothesise that there was a change in the nature of the rule that generates passive constructions . . . Another possibility is that there was a change in the application of the rule due to changes having taken place elsewhere in the system of the language . . . The latter course seems to be the one now more generally followed. Additional factors that may have influenced the spread of passive construction are the gradual loss of the Old English active construction with indefinite man . . . (this construction could most easily be replaced by a passive) and the change in word order . . . .


 統語変化の仮説の設定と検証は,なかなか容易ではありません.そのために英語史という専門分野があり,日々研究が続けられているのです.

 ・ 中尾 俊夫・児馬 修(編著) 『歴史的にさぐる現代の英文法』 大修館,1990年.
 ・ Fischer, Olga. "Syntax." The Cambridge History of the English Language. Vol. 2. Cambridge: CUP, 1992. 207--408.

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2022-10-28 Fri

#4932. 「英語に関する素朴な疑問 千本ノック(矢冨弘&堀田隆一) 第2弾」おおいに盛り上がりました [voicy][heldio][notice][sobokunagimon][khelf][masanyan][senbonknock][link]

 昨日午後1時より Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」にて,khelf(慶應英語史フォーラム)主催の生放送「英語に関する素朴な疑問 千本ノック(矢冨弘&堀田隆一) 第2弾」をお届けしました(予告記事も参照).
 今回も hellog の読者や heldio のリスナーの方々には,多数の質問(120本ほど!)を寄せていただき,また生放送にも参加していただきまして,ありがとうございました.おかげさまで,第1弾にもまして実りある回となりました.
 生放送を収録した音声を今朝の heldio にてアーカイヴとして配信しましたので,以下よりお聴きください(60分間と長めです).本編16:10辺りからは,たまたま居合わせた(?)専修大学の菊地翔太先生にも参加していただきました.また,本編39:48辺りからの「推し英単語は何ですか?」という愉快な問いを巡って,一部暴走者(?)も現われながら,おおいに盛り上がりました.本編後の10分間の「楽屋トーク」まで含めてお楽しみいただければと思います.出演者としてもたいへん楽しく,かつ勉強になる会となりました.



 全体として様々な角度から質問が寄せられ,良問ぞろいでした.また今回はとりわけ「英語史研究者の言葉の見方」が繰り返し話題となっていました.参考になればと思います.
 今回の「千本ノック」についてご感想やご意見などがありましたら,ぜひ Voicy のコメント機能を通じてお寄せください.よろしくお願いします.
 今回千本ノックに回答者として参戦していただいた矢冨弘先生(熊本学園大学)と菊地翔太先生(専修大学),そして司会のまさにゃん(慶應義塾大学大学院)の運営するウェブリソースへのリンクを,以下にご紹介します.英語史の学びのために,ぜひご訪問ください.

 ・ 矢冨弘先生のホームページ:英語史関連のブログ記事や YouTube 講義動画が公開されています
 ・ 菊地翔太先生のホームページ: 英語史関連の授業資料や講習会資料が公開されています
 ・ まさにゃんによる YouTube チャンネル「まさにゃんチャンネル【英語史】」: 「毎日古英語」や「語源で学ぶ英単語」のシリーズなど英語史や英語学習に関する動画が満載です

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2022-10-19 Wed

#4923. 「英語に関する素朴な疑問 千本ノック(矢冨弘&堀田隆一) 第2弾」のお知らせ(10月27日(木)13:00--14:00 に Voicy 生放送) [voicy][heldio][notice][sobokunagimon][khelf][masanyan][senbonknock]

 標記の通り,熊本学園大学の矢冨弘先生と堀田隆一とで「英語に関する素朴な疑問 千本ノック 第2弾」を企画しています.10月27日(木) 13:00--14:00 に Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」の生放送という形でお届けする予定です.khelf(慶應英語史フォーラム)主催の企画となります.今回も司会を務めるのは,khelf 会長にして日本初の古英語系 YouTube チャンネル「まさにゃんチャンネル」を運営するまさにゃん (masanyan) です.
 さる9月21日に「第1弾」を Voicy 生放送でお届けしました (cf. 「#4886. 「英語に関する素朴な疑問 千本ノック(矢冨弘&堀田隆一)」のお知らせ(9月21日(水)16:00--17:00 に Voicy 生放送)」 ([2022-09-12-1])).その生放送また翌日のアーカイヴ配信も合わせ,非常に多くの方に聴取していただき好評を賜わりましたので,このたび第2弾を企画した次第です.
 前回と同様,今回の第2弾のためにも,事前に皆さんより「英語に関する素朴な疑問」を募集したいと思います.日々英語について抱いている疑問をお寄せください.矢冨&堀田が主に英語史の観点から回答したり議論したりする予定です.
 生放送でお聴きいただける場合には,ライブの投げ込み質問(Voicy アプリ経由で)も受け付ける予定ですので,ぜひご参加ください.なお,生放送でお聴きいただけない場合でも,翌日に収録した音源をアーカイヴ配信する予定ですので,そちらでお聴きください.

 ・ 皆さんが日々抱いている「英語に関する素朴な疑問」をこちらのフォームよりお寄せください.生放送でなるべく多く取り上げたいと思います.
 ・ Voicy 生放送への予約済みリンクはこちらとなります.「英語に関する素朴な疑問」は,事前あるいは生放送中に,こちらのリンク先より Voicy のコメント機能を通じて寄せていただいてもけっこうです.

voicy_live_ad_for_20221027



 前回の第1弾をまだ聴いていないという方は,ぜひアーカイヴ配信よりお聴きください.雰囲気がつかめるかと思います.



 第2弾もどうぞお楽しみに!
 なお,Voicy の千本ノックシリーズ全体はこちらからどうぞ.

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2022-10-16 Sun

#4920. 『中高生の基礎英語 in English』の連載第20回「なぜ英語の文には主語が必要なの?」 [notice][sobokunagimon][rensai][word_order][syntax][impersonal_verb][hellog_entry_set]

 『中高生の基礎英語 in English』の11月号が発売されました.連載「歴史で謎解き 英語のソボクな疑問」も第20回となります.今回はなかなか本質的な問い「なぜ英語の文には主語が必要なの?」を取り上げています.

『中高生の基礎英語 in English』2022年11月号



 素朴な疑問であるからこそ,きれいに答えるのが難しいですね.特に日本語は主語がなくて済む場合のほうが多いので,それと比較対照すると,英語の「主語は絶対に存在しなければならない」という金科玉条は理解しにくいですし説明もしにくいわけです.なぜ英語はそんなに主語の存在にうるさいのか,と.
 ところが,英語史を振り返ってみると,古英語や中英語という古い時代には,必ずしも主語が存在しない文もあったのです.しかも,存在すべきなのに省略されているというケースだけでなく,そもそも主語の存在が想定されていない(つまり省略しようにも省略すべきものがない)ケースすらあったのです.
 今回の連載記事では,その辺りの事情を語りました.記事の最後では,疑問文で主語と動詞をひっくり返したり,命令文で主語を省略する統語規則についても言及しました.ぜひ11月号を手に取ってみてください!

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2022-09-26 Mon

#4900. 大学も学期始めということで拙著『英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史』を紹介させてください(電子版も出ました!) [notice][hel_education][sobokunagimon][link][voicy][heldio]

 拙著の宣伝となって恐縮ですが,後期が始まった大学も多いかと思いますし,英語史入門書の1つとして紹介いたします.目下7刷りとご愛読いただいていますが,つい先日電子版 (Kindle) も登場しましたので,このタイミングでお知らせ致します.

堀田 隆一 『英語の「なぜ?」に答えるはじめての英語史』 研究社,2016年.

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 2016年の本書の出版時に,研究社のウェブサイト上にコンパニオン・サイトも特設されましたので,本書と合わせて以下のリンクよりご参照ください.とりわけ連載「現代英語を英語史の視点から考える」の12回は,英語史のおもしろさを伝えるべく,かなりの力を入れて執筆しましたので,ぜひどうぞ.

 ・ 本書の紹介
 ・ 著者の紹介
 ・ 補足資料とリンク集(中途半端なリンク張りで止まっています,すみません)
 ・ 連載「現代英語を英語史の視点から考える」

 この新学期に英語史を学び始める方も多いと思いますが,(拙著はさておいても)まず「#4873. 英語史を学び始めようと思っている方へ」 ([2022-08-30-1]) をご一読ください.そして,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」の「#444. 英語史を学ぶとこんなに良いことがある!」も,ぜひお聴きください.やる気が湧いてくるはずです.



 実りある英語史の学びを!

 ・ 堀田 隆一 『英語の「なぜ?」に答えるはじめての英語史』 研究社,2016年.

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2022-09-17 Sat

#4891. 『中高生の基礎英語 in English』の連載第19回「なぜ単語ごとにアクセントの位置が決まっているの?」 [notice][sobokunagimon][rensai][stress][prosody][french][latin][germanic][gsr][rsr][contact][borrowing][lexicology][hellog_entry_set]

 『中高生の基礎英語 in English』の10月号が発売となりました.連載「歴史で謎解き 英語のソボクな疑問」の第19回は「なぜ単語ごとにアクセントの位置が決まっているの?」です.

『中高生の基礎英語 in English』2022年10月号



 英単語のアクセント問題は厄介です.単語ごとにアクセント位置が決まっていますが,そこには100%の規則がないからです.完全な規則がないというだけで,ある程度予測できるというのも事実なのですが,やはり一筋縄ではいきません.
 例えば,以前,学生より「naturemature は1文字違いですが,なんで発音がこんなに異なるのですか?」という興味深い疑問を受けたことがあります.これを受けて hellog で「#3652. naturemature は1文字違いですが,なんで発音がこんなに異なるのですか?」 ([2019-04-27-1]) の記事を書いていますが,この事例はとてもおもしろいので今回の連載記事のなかでも取り上げた次第です.
 英単語の厄介なアクセント問題の起源はノルマン征服です.それ以前の古英語では,アクセントの位置は原則として第1音節に固定で,明確な規則がありました.しかし,ノルマン征服に始まる中英語期,そして続く近代英語期にかけて,フランス語やラテン語から大量の単語が借用されてきました.これらの借用語は,原語の特徴が引き継がれて,必ずしも第1音節にアクセントをもたないものが多かったため,これにより英語のアクセント体系は混乱に陥ることになりました.
 連載記事では,この辺りの事情を易しくかみ砕いて解説しました.ぜひ10月号テキストを手に取っていただければと思います.
 英語のアクセント位置についての話題は,hellog よりこちらの記事セットおよび stress の各記事をお読みください.

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2022-09-12 Mon

#4886. 「英語に関する素朴な疑問 千本ノック(矢冨弘&堀田隆一)」のお知らせ(9月21日(水)16:00--17:00 に Voicy 生放送) [voicy][heldio][notice][sobokunagimon][khelf][khelf-conference-2022][senbonknock]

 昨日の記事「#4885. 「英語ヴァナキュラー談義(岡本広毅&堀田隆一)」のお知らせ(9月20日(火)14:50--15:50 に Voicy 生放送)」 ([2022-09-11-1]) に引き続き,もう1つ Voicy 生放送のご案内です.
 9月21日(水)の 16:00--17:00 に,熊本学園大学の矢冨弘先生と堀田隆一とで「英語に関する素朴な疑問 千本ノック」をライヴでお届けします.事前に一般の方々から寄せられてきた英語に関する素朴な疑問に,2人(+α)が主に英語史の観点から次々と回答する,という企画です.
 「正しい解答を与える」などというエラそうなことはまったく考えていません(そんなことは不可能です!).むしろ,ノックを受ける側ですから「しどろもどろながらも回答の練習をする」くらいのものに終わると思います.
 ただ,企画を通じて「楽しく英語史する」雰囲気が伝わればよいなと思っています.むしろ一緒に質問への回答を考えてみませんか? 奮って生放送にご参加ください.

 ・ 生放送へのリンクはこちらです
 ・ 皆様が日々抱いている英語に関する疑問をこちらのフォームよりお寄せください(疑問が寄せられてこないと企画そのものが成り立ちませんで・・・)
 ・ 生放送時の投げ込み質問にもなるべく対応できればと思っています
 ・ 生放送の収録は後日アーカイヴとして一般公開もする予定です

 回答者の1人となる矢冨弘先生は,近代英語期の歴史社会言語学ほかを専門とされており,YouTube での講義やブログを含めウェブ上でも積極的に活動されています.heldio にも1度ご出演いただいています.今年の4月7日に「#311. 矢冨弘先生との対談 グラスゴー大学話しを1つ」と題して対談しました.
 今回の「千本ノック」は,khelf(慶應英語史フォーラム)主催の khelf-conference-2022 という小集会(←実質的には夏の「ゼミ合宿」)の一環として企画されているものです.9月20日,21日の両日にかけて開催される集会で,各日 Voicy の生放送が企画されています.2つの生放送企画について詳しくはこちらの特設ページをご覧ください.また,両企画は以下でもご案内していますので是非お聴きください.



 khelf-conference-2022 に関係する各種セッションについては,khelf 公式ツイッターアカウント @khelf_keio でも広報しています.そちらもフォローのほどよろしくお願いいたします.

(後記 2022/09/22(Thu):上記の生放送は予定通りに終了しました.以下のアーカイヴ配信よりお聴きください.)



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Referrer (Inside): [2022-10-19-1]

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2022-08-22 Mon

#4865. 英語学入門の入門 --- 通信スクーリング「英語学」 Day 1 [english_linguistics][linguistics][sobokunagimon][voicy][reference][2022_summer_schooling_english_linguistics][bibliography]

 今週(月)~(土)の午前中は,慶應義塾大学通信教育課程にて「英語学」の夏期スクーリングが対面で開講されます.1コマ105分の授業を計12回という短期決戦の集中講義です.ということで,今週は hellog や heldio の話題も概ね集中講義と連動させる形にし,「英語学入門ウィーク」をお届けしようと思います.集中講義の初日は受講者の顔を眺めながら空気作りをしつつ,以下のような導入的なメニューを展開する予定です.受講される方,どうぞよろしくお願いします.そうでない方も,まだであれば英語学を学び始めてはいかがでしょうか.



1. 英語学の入門書
  ・ 三原 健一・高見 健一(編著),窪薗 晴夫・竝木 崇康・小野 尚久・杉本 孝司・吉村 あき子(著)『日英対照 英語学の基礎』 くろしお出版,2013年.  *
  ・ 井上 逸兵 『グローバルコミュニケーションのための英語学概論』 慶應義塾大学出版会,2015年.
  ・ 平賀 正子 『ベーシック新しい英語学概論』 ひつじ書房,2016年.
  ・ 長谷川 瑞穂(編著),大井 恭子・木全 睦子・森田 彰・高尾 享幸(著) 『はじめての英語学 改訂版』 研究社,2014年.
  ・ 安藤 貞雄・澤田 治美 『英語学入門』 開拓社,2001年.
  ・ その他「#4727. 英語史概説書等の書誌(2022年度版)」 ([2022-04-06-1]) を参照

2. 堀田が提供する英語学・英語史に関するウェブリソース
  ・ 「hellog~英語史ブログ」: http://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/
  ・ Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」: https://voicy.jp/channel/1950
  ・ YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」: https://www.youtube.com/channel/UCth3mYbOZ9WsYgPQa0pxhvw
  ・ 詳しくはこちらのプロフィール (note)を参照: https://note.com/chariderryu/n/na772fcace491

3. 英語に関する素朴な疑問から始める「英語学」
  ・ 「#1093. 英語に関する素朴な疑問を募集」 ([2012-04-24-1])
  ・ 「#1442. (英語)社会言語学に関する素朴な疑問を募集」 ([2013-04-08-1])

4. 英語学・言語学の6つの基本構成部門
  ・ 音声学 (phonetics)
  ・ 音韻論 (phonology)
  ・ 形態論 (morphology)
  ・ 統語論 (syntax)
  ・ 意味論 (semantics)
  ・ 語用論 (pragmatics)

5. 本日の復習は heldio 「#448. 言語学の6つの基本構成部門」(14分程度),およびこちらの記事セットより




Referrer (Inside): [2022-10-23-1]

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2022-08-15 Mon

#4858. 『中高生の基礎英語 in English』の連載第18回「なぜ英語には類義語が多いの?」 [notice][sobokunagimon][rensai][lexicology][synonym][loan_word][borrowing][french][latin][lexical_stratification][contact][hellog_entry_set][japanese]

 昨日『中高生の基礎英語 in English』の9月号が発売となりました.連載「歴史で謎解き 英語のソボクな疑問」の第18回は「なぜ英語には類義語が多いの?」です.

『中高生の基礎英語 in English』2022年9月号



 英語には ask -- inquire -- interrogate のような類義語が多く見られます.多くの場合,語彙の学習は暗記に尽きるというのは事実ですので,類義語が多いというのは英語学習上の大きな障壁となります.本当は英語に限った話しではなく,日本語でも「尋ねる」「質問する」「尋問する」など類義語には事欠かないわけなので,どっこいどっこいではあるのですが,現実的には英語学習者にとって高いハードルにはちがいありません.
 英語に(そして実は日本語にも)類義語が多いのは,歴史を通じて様々な言語と接触してきたからです.英語にとってとりわけ重要な接触相手はフランス語とラテン語でした.英語は,ある意味を表わす語をすでに自言語にもっていたにもかかわらず,同義のフランス語単語やラテン語単語を借用してきたという経緯があります.結果として,類義語が積み重ねられ,地層のように層状となって今に残っているのです.この語彙の地層は,典型的に下から上へ「本来の英語」「フランス語」「ラテン語」と3層に積み上げられてきたので,これを英語語彙の「3層構造」と呼んでいます.
 3層構造については,hellog でも繰り返し取り上げてきました.こちらの記事セットおよび lexical_stratification の各記事をお読みください.
 雑誌の連載記事では,この話題を中高生にも分かるように易しく解説しています.ぜひ手に取っていただければと思います.

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2022-08-06 Sat

#4849. 所有格 -'s についての些事 [youtube][voicy][heldio][apostrophe][orthography][euphony][sobokunagimon]

 8月3日に更新された YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の最新回,第46弾は「Macy's は -'s なのに Harrods にはアポストロフィがないわけ」です.' (apostrophe) の使用をめぐる共時的・通時的混乱に焦点を当てました.



 アポストロフィつながりで緩く関連する話題として,今朝の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」では「#432. なぜ短縮形 that's はあるのに *this's はないの?」という素朴な疑問を取り上げました.こちらもお聴きください.



 さらに,所有格の 's に関するとりとめのない話題を,『徹底例解ロイヤル英文法』を参照しつつ,ここに追加したいと思います.s を付けずにアポストロフィだけを単語の末尾に付けて所有格を表わすケースがいくつかあるのです.1つは複数形の -s がすでに付いているケースです.a girls' schoolbirds' nests のような例です.
 次に,複数形ではなくとも綴字上 -s で終わる単語(典型的には固有名詞)を所有格にする場合には, -'s ではなく -' のみを付けることが多いです.Socrates' death, Achilles' tendon, Moses' prophecy のような例です.Columbus' discovery, Dickens' novels, Venus' flower basket なども類例なのですが,こちらは -'s ヴァージョンも可能ということで,ややこしい.
 また,for ---'s sake のフレーズでは,当該の名詞が [s] の発音で終わっているときには -'s の代わりに -' が好まれます.for convenience' sake, for goodness' sake, for appearance' sake のごとくです.
 アポストロフィの些事というよりも混乱の極みといったほうがよいですね.アポストロフィについては以下の記事もご参照ください.
 
 ・ 「#198. its の起源」 ([2009-11-11-1])
 ・ 「#3889. ネイティブがよく間違えるスペリング」 ([2019-12-20-1])
 ・ 「#582. apostrophe」 ([2010-11-30-1])
 ・ 「#3869. ヨーロッパ諸言語が初期近代英語の書き言葉に及ぼした影響」 ([2019-11-30-1])
 ・ 「#1772. greengrocer's apostrophe」 ([2014-03-04-1])
 ・ 「#3892. greengrocer's apostrophe (2)」 ([2019-12-23-1])
 ・ 「#3656. kings' のような複数所有格のアポストロフィの後には何が省略されているのですか?」 ([2019-05-01-1])
 ・ 「#3661. 複数所有格のアポストロフィの後に何かが省略されているかのように感じるのは自然」 ([2019-05-06-1])
 ・ 「#4755. アポストロフィはいずれ使われなくなる?」 ([2022-05-04-1])

 ・ 綿貫 陽(改訂・著);宮川幸久, 須貝猛敏, 高松尚弘(共著) 『徹底例解ロイヤル英文法』 旺文社,2000年.

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2022-07-23 Sat

#4835. 最近の Mond 回答のお知らせ [mond][sobokunagimon][notice]

 前回の「#4747. 英語・言語に関する質問への回答 --- Mond の近況報告」 ([2022-04-26-1]) 以来,3ヶ月が経ちました.この間に Mond に寄せらた英語・言語に関する質問に5件ほど回答しましたので,新しい順にまとめて紹介します(質問が寄せられたタイミングは,ずいぶん前だったりしますが).それぞれの質問をクリックして Mond へ飛んでみてください.

 ・ 移動動詞の省略についてドイツ語では,gehen, kommen 等の移動動詞は,助動詞,方向規定句と共起する場合は省略しうる,とあります.ここで助動詞は,話法の助動詞のみならず,完了形を作る助動詞も含まれ,結局 sein + 方向規定句 + (省略された移動動詞の過去分詞)で・・・へ行ったところだ,きたところだ,という意味になります.英語でも同様のことがあったことを堀田先生も,以下のページで紹介されていますが,私は,I'm home = I am come home, I'm back = I am come back と考えて良いと思います.ただし,方位副詞で,動的なもの(方向)と静的なもの(位置)が同じ場合(here 等)には文型だけでは「今ここにいる」という現在形なのか,「ここにやってきたところだ」という現在完了形なのかを区別できないので,注意する必要があると思います.現代英語でも「移動動詞は,助動詞,方向規定句と共起する場合は省略しうる」ということは実はかなりあることだと思いますが,何故か堀田先生の上記記事以外では,見たことがありません.不思議です.

 ・ 国際共通語として英語が存在するにもかかわらず,エスペラント語が生まれたのはなぜですか? 国際補助語として生まれたエスペラント語をいつか学んでみたいと考えているのですが,現実には英語が国際共通語として広く用いられおり,実用性では遥かに勝ると思います.このような状況下で,なぜエスペラント語が生み出されたのでしょうか.また,現在この言語を学ぶ動機としては,私のように趣味的なものがほとんどなのでしょうか?

 ・ 単語について質問です.see「見る」,watch「観る」は他動詞なのに,なぜ look の場合は前置詞の at をつける必要があるんですか?

 ・ 曜日については,Sunday,Monday,Saturday は天体名に,Tuesday,Wednesday,Thursday,Friday は神様の名前にちなんで名付けられていると思いますが,神様起源の曜日のうち,Friday にだけ所有格のsが入っていないように感じられるのはなぜでしょうか.

 ・ 名前とネーム,道路とロード,母とママのように,言語を超えて似ている言葉に不可思議さを感じています.これらの類似性はただの偶然なのでしょうか? それとも種として共有されている潜在意識的なものがあるのでしょうか?

 週末のちょっとした読み物としてどうぞ.

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2022-07-20 Wed

#4832. 『起源でたどる日常英語表現事典』より「英語が世界で広く用いられるようになった理由」? [history][sobokunagimon][elf]

 先日「#4826. 『起源でたどる日常英語表現事典』の目次」 ([2022-07-14-1]) で紹介した事典の「プロローグ」 (1--8) には,英語史の概略が記述されている.「英語の誕生以前」「英語の誕生」「古英語の時代」「中期英語の時代」「近代英語の時代」「印欧祖語とゲルマン祖語」「ラテン語とロマンス諸語」という見出しで端的に英語史が描かれている.
 プロローグの最初では,重要な素朴な疑問「英語が世界で広く用いられるようになった理由」への言及がある.以下に引用する.

英語がこのように世界で広く用いられるようになった理由はいろいろとあげられていますが,次の3点にまとめることが可能です.
 1. 英国の貿易政策と文化政策
 2. 超大国としての米国の興隆
 3. 英語自体の柔軟性と混種性
 英語は,英国による植民地政策の結果による貿易用の商用語として世界に広がっていき,各地にある英領植民地での公用語また教育用語となりました.植民地が独立した後にもその有益性から,現地において異なる言語を話す異民族を結ぶ「つなぎ言葉」として多くの国々で使用され続けています.次の政治・経済・軍事大国としての米国の興隆ですが,米国発祥の映画・音楽・スポーツ・インターネット・パソコン・iPhone などが英語の国際的普及に及ぼした影響は大きいものでした.また,英語自体が持つ特徴,すなわち名詞の性・数・格や動詞の時制・法などが,他の言語に比較して簡単であり,学習が容易である点も無視できません.


 英語の世界化を巡る日本での言説としては比較的よく見られる「順当な」理由3点のように思われる.しかし,特に第1点と第3点について私は安易に同意できない.
 1点目については「政策」という柔らかい表現により,英国と英語の帝国主義的な側面を覆い隠している点が気になる.というのは,英語はそれほど「きれい」なやり方で世界語に発展してきたわけではないからである.英国の政策として成功してきたということは確かに事実だが,この表現ではあまりに英語贔屓のように思われるのである.補足説明でも「有益性」に触れているにとどまり,英語拡大の負の側面には一切触れていない.
 2点目については,特に異論はない.
 3点目にはおおいに問題を感じる.英語には,見方によって確かに「柔軟性」と「混種性」があるといえるのかもしれない.しかし,それゆえに「英語が世界で広く用いられるようになった」と結論するためには,客観的な根拠や本格的な議論が必要である.しかし,それはここでも,そして一般的にも,ほとんどなされていないのだ.つまり,3点目はあくまで印象論な「理由」にとどまるように思われる.
 また,補足説明において「名詞の性・数・格や動詞の時制・法などが,他の言語に比較して簡単であり,学習が容易である」とあるが,これに対しては様々に反論できる.まず,名詞や動詞の形態論について「他の言語に比較して簡単」というときの「他の言語」は,おそらく同事典の趣旨からするとラテン語,ドイツ語,フランス語などの「他の印欧諸語」を念頭に置いているかと思われるが,もしそうだとするならば「他の言語」では言葉足らずだろう.世界には約7千の言語があるのだ.
 次に,仮に議論のために上記の議論を受け入れるとしても,「名詞の性・数・格」が比較的簡単であるという指摘については,英語の「数」が「他の言語」よりも複雑であった/複雑であると主張できる理由はない.想定されているとおぼしきいずれの言語においても,数カテゴリーとしては「単数」と「複数」の2種類が区別されるにとどまる(ただし,歴史的な「両数」については考慮されていないという前提).あるいは,性・数・格をひっくるめた三位一体が比較的簡単だということだろうか.
 さらに,この点を認めるとしても(少なくとも性と格を個別に見れば「比較的簡単」ではあるとは言えそうだ),名詞や動詞の形態論が比較的簡単だからといって,統語論や語用論など,それ以外の幾多の言語項目を考慮に入れずに,英語の言語体系が全体として比較的簡単であると主張できるかどうかは,おおいに疑問である.少なくとも私個人にとって(そして,おそらく多くの日本の学習者にとって)英語は他の多くの言語と比べても「学習が容易」な言語では決してないように思われる(それこそ印象論だと言われれば,確かにその通りではあるが).言語の難易度が客観的に定めがたいことはよく知られている (cf. 「#293. 言語の難易度は測れるか」 ([2010-02-14-1]),「#928. 屈折の neutralization と simplification」 ([2011-11-11-1]),「#1839. 言語の単純化とは何か」 ([2014-05-10-1]),「#2820. 言語の難しさについて」 ([2017-01-15-1]),「#4165. 言語の複雑さについて再考」 ([2020-09-21-1])).
 以上の議論より,私は上記の3点(特に1点目と3点目)は「英語が世界で広く用いられるようになった理由」ではなく「英語の世界的覇権を容認・擁護する理由」なのではないかと考える.

 ・ 亀田 尚己・中道 キャサリン 『起源でたどる日常英語表現事典』 丸善出版,2021年.

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