Crystal による The Oxford Dictionary of Original Shakespearean Pronunciation をパラパラと眺めている.Shakespeare は400年ほど前の初期近代の劇作家であり,数千年さかのぼった印欧祖語の時代と比べるのも妙な感じがするかもしれないが,Shakespeare の「オリジナルの発音」とて理論的に復元されたものである以上,印欧祖語の再建 (reconstruction) と本質的に異なるところはない.Shakespeare の場合には,綴字 (spelling),脚韻 (rhyme),地口 (pun) など,再建の精度を高めてくれるヒントが圧倒的に多く手に入るという特殊事情があることは確かだが,それは質の違いというよりは量・程度の違いといったほうがよい.実際,Shakespeare 発音の再建・復元についても,細かな音価の問題となると,解決できないことも多いようだ.
この種の「オリジナルの発音」の辞書を用いる際に,注意しなければならないことがある.今回の The Oxford Dictionary of Original Shakespearean Pronunciation の場合でいえば,これは Shakespeare の発音を教えてくれる辞書ではないということだ! さて,これはどういうことだろうか.Crystal (xi) もこの点を強調しているので,関連箇所を引用しておきたい.
The notion of 'Modern English pronunciation' is actually an abstraction, realized by hundreds of different accents around the world, and the same kind of variation existed in earlier states of the language. People often loosely refer to OP as an accent', but this is as misleading as it would be to refer to Modern English pronunciation as 'an accent'. It would be even more misleading to describe OP as 'Shakespeare's accent', as is sometimes done. We know nothing about how Shakespeare himself spoke, though we can conjecture that his accent would have been a mixture of Warwickshire and London. It cannot be be stated too often that OP is a phonology---a sound system---which would have been realized in a variety of accents, all of which were different in certain respects from the variety we find in present-day English.
第1に,同辞書は,劇作家 Shakespeare 自身の発音について教えてくれるものではないということである.そこで提示されているのは Shakespeare 自身の発音ではなく,Shakespeare が登場人物などに語らせようとしている言葉の発音にすぎない.辞書のタイトルが "Shakespeare's Pronunciation" ではなく,形容詞を用いて少しぼかした "Shakespearean Pronunciation" となっていることに注意が必要である.
第2に,同辞書で与えられている発音記号は,厳密にいえば,Shakespeare が登場人物などに語らせようとしている言葉の発音を表わしてすらいない.では何が表わされているのかといえば,Shakespeare が登場人物などに語らせようとしている言葉の音韻(論) (phonology) である.実際に当時の登場人物(役者)が発音していた発音そのもの,つまり phonetics ではなく,それを抽象化した音韻体系である phonology を表わしているのである.もちろん,それは実際の具現化された発音にも相当程度近似しているはずだとは言えるので,実用上,例えば役者の発音練習の目的のためには十分に用を足すだろう.しかし,厳密にいえば,発音そのものを教えてくれる辞書ではないということを押さえておくことは重要である.要するに,この辞書の正体は "The Oxford Dictionary of Original Shakespearean Phonology" というべきものである.
Shakespeare に限らず古音を復元する際に行なわれていることは,原則として音韻体系の復元なのだろうと思う.その背後に実際の音声が控えていることはおよそ前提とされているにせよ,再建の対象となるのは,まずもって抽象的な音韻論体系である.
音声学 (phonetics) と音韻論 (phonology) の違いについては,「#3717. 音声学と音韻論はどう違うのですか?」 ([2019-07-01-1]) および「#4232. 音声学と音韻論は,車の構造とスタイル」 ([2020-11-27-1]) を参照.
・ Crystal, David. The Oxford Dictionary of Original Shakespearean Pronunciation. Oxford: OUP, 2016.
なぜ doubt の綴字には発音しない <b> があるのか,というのは英語の綴字に関する素朴な疑問の定番である.これまでも多くの記事で取り上げてきたが,主要なものをいくつか挙げておこう.
・ 「#1943. Holofernes --- 語源的綴字の礼賛者」 ([2014-08-22-1])
・ 「#3333. なぜ doubt の綴字には発音しない b があるのか?」 ([2018-06-12-1])
・ 「#3227. 講座「スペリングでたどる英語の歴史」の第4回「doubt の <b>--- 近代英語のスペリング」」 ([2018-02-26-1])
・ 「圧倒的腹落ち感!英語の発音と綴りが一致しない理由を専門家に聞きに行ったら,犯人は中世から近代にかけての「見栄」と「惰性」だった.」(DMM英会話ブログさんによるインタビュー)
doubt の <b> の問題については,16世紀末からの有名な言及がある.Shakespeare による初期の喜劇 Love's Labour's Lost のなかで,登場人物の1人,衒学者の Holofernes (一説には実在の Richard Mulcaster をモデルとしたとされる)が <b> を発音すべきだと主張するくだりがある.この喜劇は1593--94年に書かれたとされるが,当時まさに世の中で inkhorn_term を巡る論争が繰り広げられていたのだった(cf. 「#1408. インク壺語論争」 ([2013-03-05-1])).この時代背景を念頭に Holofernes の台詞を読むと,味わいが変わってくる.その核心部分は「#1943. Holofernes --- 語源的綴字の礼賛者」 ([2014-08-22-1]) で引用したが,もう少し長めに,かつ1623年の第1フォリオから改めて引用したい(Smith 版の pp. 195--96 より).
Actus Quartus.
Enter the Pedant, Curate and Dull.
Ped. Satis quid sufficit.
Cur. I praise God for you sir, your reasons at dinner haue beene sharpe & sententious: pleasant without scurrillity, witty without affection, audacious without impudency, learned without opinion, and strange without heresie: I did conuerse this quondam day with a companion of the Kings, who is intituled, nominated, or called, Dom Adriano de Armatha.
Ped. Noui hominum tanquam te, His humour is lofty, his discourse peremptorie: his tongue filed, his eye ambitious, his gate maiesticall, and his generall behauiour vaine, ridiculous, and thrasonical. He is too picked, too spruce, to affected, too odde, as it were, too peregrinat, as I may call it.
Cur. A most singular and choise Epithat,
Draw out his Table-booke,
Ped. He draweth out the thred of his verbositie, finer than the staple of his argument. I abhor such phnaticall phantasims, such insociable and poynt deuise companions, such rackers of ortagriphie, as to speake dout fine, when he should say doubt; det, when he shold pronounce debt; d e b t, not det: he clepeth a Calf, Caufe: halfe, hawfe; neighbour vocatur nebour; neigh abreuiated ne: this is abhominable, which he would call abhominable: it insinuateth me of infamie: ne inteligis domine, to make franticke, lunaticke?
Cur. Laus deo, bene intelligo.
Ped. Bome boon for boon prescian, a little scratched, 'twill serue.
第1フォリオそのものからの引用なので,読むのは難しいかもしれないが,全体として Holofernes (= Ped.) の衒学振りが,ラテン語使用(というよりも乱用)からもよく伝わるだろう.当時実際になされていた論争をデフォルメして描いたものと思われるが,それから400年以上たった現在もなお「なぜ doubt の綴字には発音しない <b> があるのか?」という素朴な疑問の形で議論され続けているというのは,なんとも息の長い話題である.
・ Smith, Jeremy J. Essentials of Early English. 2nd ed. London: Routledge, 2005.
古代・中世ヨーロッパの医学・病理学においては,心身の病態を体液 (humours) に基づいて説明する原理が広く受け入れられていた.とりわけ古代ギリシアの時代よりヒッポクラテスやガレノスが指摘してきた4種の体液 (the four cardinal humours) が重要な役割を果たすとされた.血液 (blood),粘液 (phlegm),(黄)胆汁 (choler,yellow bile),黒胆汁 (melancholy, black bile) の4種である.これらのバランスがよいと健康となるが,不足や過剰が生じると,支配的な体液の種類に応じて特有の病態,気質,気分が現出するという.Crystal and Crystal (230) の説明を引こう.
In early account of human physiology, a person's physical and mental disposition was thought to be governed by a combination of fluids, or humours, within the body. Four humours were recognized: blood, phlegm, choler (also called yellow bile), and melancholy (also called black bile or black choler). The notion transferred readily into a range of seances to do with temperament, mood, inclination, and manner of action . . . , regarded as permanent or alterable features of behaviour.
ルネサンス以降には解剖学が進歩し4体液説は徐々に廃れていったが,Shakespeare の時代にはまだ後者の影響が色濃く残っていた.Shakespeare からの例の一部を Crystal and Crystal (230) より挙げつつ,登場人物のなかに4体液説の具体的な反映をみてみよう.
Humour | Typical disposition | Seen in character | Example |
blood | optimistic, passionate, amorous, courageous | Hotspur (as described by his wife) | In military rules, humours of blood, / He was the mark and glass, copy and book, / That fashioned others (2H4 ll.iii.30) |
phlegm | dull, indifferent, indolent, apathetic, idle | Falstaff and his companions (as described by Prince Hal) | I know you all, and will awhile uphold / The unyoked humour of your idleness, (1H4 l.ii.194) |
choler | angry, irascible, bad-tempered | Cassius (as described by Brutus) | Go show your slaves how choleric you are ... Must I stand and crouch / Under your testy humour? (JC IV.iii.43) |
melancholy | sad, gloomy, sullen, depressed | Jaques (as described by Rosalind) | They say you are a melancholy fellow. [Jaques] I am so: I do love it better than laughing (AY IV.i.3) |
Shakespeare, Winter's Tale, Act I, Scene 2 にて,Hermione が Leontes に次のように語りかける箇所がある."If you would seek us, We are yours i' the garden: shall's attend you there?" ここでは,shall's (= shall us) が shall we の代わりとして用いられている.主格の us の事例だ.
主格形が用いられるべきところで目的格形が現われるというのは,we/us に限らず人称代名詞全般によくみられる現象である.It's me., He is older than her., what did 'em call it?, Us Scots keep fighting back. のような例が挙げられるし,you に至っては,歴史的に区別されていた主格形と目的格形が後者に集約されてしまったものが標準形となっているほどだ.
「#3502. pronoun exchange」 ([2018-11-28-1]) でみたように,この種の人称代名詞の「格違い」は,現代の諸方言において広く観察される (cf. 「#793. she --- 現代イングランド方言における異形の分布」 ([2011-06-29-1])).歴史的にも,おそらく pronoun exchange は日常茶飯だったろう.
ただし,OED によると,we/us の pronoun exchange に関していえば,あくまで近代以降の現象のようだ.us, pron., n., and adj. の 9b に,問題の用法が挙げられている.以下に,いくつか例を出そう.2つ目がまさに shall us の事例である.
・ 1562 N. Winȝet Certain Tractates (1888) I. 12 And vtheris for not saying this ane word---'My maisteris, vs lufe ȝou and ȝour doctryne' are deposit of thair offices.
・ 1607 T. Dekker & J. Webster Famous Hist. Thomas Wyat sig. Bv Come my Lords, shall vs march.
・ c1860 J. T. Staton Bobby Shuttle iii. 41 Should us tell o'th yung shantledurt?
・ 1880 L. Parr Adam & Eve II. 25 Us'll have down the big Bible and read chapters verse by verse.
以上,慶應義塾大学文学部英米文学専攻の同僚で,Shakespearian の井出新教授よりお尋ねを受けて調べた次第です.(井出先生,英語史的にもおもしろい問いをありがとうございます!)
Shakespeare の英文学史上の意義については言うまでもない(「英」を取り除いて,文学史上の意義といっても変わらないだろう).また,英国文化史上の意義も同じように甚大だろう.あまりに自明すぎて議論にもならない,という反応が多いにちがいない.
しかし,Shakespeare の英語史上の意義についてはどうだろうか.Shakespeare が英語という言語に与えたインパクト,と問い直してもよい.私は,上に述べた英文学史上,英国文化史上の意義と比べて,英語史上の意義はそれほど大きくないだろうと考えている.しかし,大学生の意見などを聞いていると,一般的に「英文学=英国文化=英語」という等式が成り立っているようで,Shakespeare の英語史上の意義もまた大きいという結論になることが圧倒的に多い.
誤解を招きそうなので先に断わっておく.Shakespeare が後世に残した表現(台詞,成句,諺,単語,語法など)の種類の豊富さについては,疑う余地はない.現代に至るまでの被引用頻度ということでいえば,聖書か Shakespeare かと言われるほどの絶対王者である.それほどの有名人であるから,英語史記述でも何かと登場する機会が多い.私自身も英語史概説の授業で初期近代英語を解説するに当たって,Shakespeare に触れずに済ますことはできない(cf. 「#1412. 16世紀前半に語彙的貢献をした2人の Thomas」 ([2013-03-09-1])).触れずに済ますにはもったいない存在である.
ただ,今回の議論のポイントは,Shakespeare の英語史上の意義である.Shakespeare が英語という言語にどれほど多種多様なインパクトを与えたか,である.上に述べたように,名句や語彙などの「表現」を英語において導入したり,広めたり,定着させたりしたことに関しては,その分だけ英語に影響を与えたと評価できる.しかし,英語という言語は,そのような「表現」のみから成り立っているわけではない.Shakespeare は,はたして当時および後の英語の発音に何らかのインパクトを与えただろうか.綴字についてはどうだろうか.また,文法についてはどうか.はたまた,語用についてはいかに.「表現」を除けば,Shakespeare が英語に直接的なインパクトを与えた部門はあまりないのではないかと疑っている.
直接的ではなく間接的なインパクトはどうだろうか.例えば,当時すでに慣習的に行なわれていた発音,綴字,文法,語用などが Shakespeare に採用され,Shakespeare という影響力のある媒体によって広められ,さらに広く行なわれるようになった,というようなことがあっただろうか.繰り返すが,「表現」に関しては,直接にも間接にもインパクトを与えたことはあったろう.しかし,英語を構成するそれ以外の言語部門へのインパクトというのは,どれだけあったのだろうか.例えば,言葉遊びの天才である Shakespeare は品詞転換 (conversion) を多用したが,だからといって彼が品詞転換という統語形態的な過程を英語にもたらした最初の人などではない.では,せめて同過程を英語に広めたり,定着させたりするのに一役買ったほどの働きはしたのだろうか.私には,Shakespeare その人ではなく,彼をその一員とする当時の英語共同体が,全体として同過程の流行に貢献したというように思われるのである(cf. 「#1414. 品詞転換はルネサンス期の精力と冒険心の現われか?」 ([2013-03-11-1])).
そもそも言語上の新機軸において個人が果たす役割とは,大きい役割であり得るのだろうか.「#2022. 言語変化における個人の影響」 ([2014-11-09-1]) で論じたように,フォスラー学派やイタリア新言語学では,個人の役割が重視されるものの,私としては,あったとしても限定的な役割にとどまるだろうと考えている.ただ,この本質的な言語論については,広く議論してみたいと思っている.
たとえ Shakespeare が「表現」という言語の表面的な部門にしか影響を与えていなかったとしても,それでも一個人がそこまでの影響を与えたというのは凄いことではないか,というコメントがあるとすれば,それには私も完全に賛同する.しかし,その点を強調して,Shakespeare が英語という言語(全体)に甚大なインパクトを与えたと表現するのは言い過ぎではないだろうか.Shakespeare が英語の何にどのくらい影響を与えたのか,それを過不足なく吟味するほうが,かえって Shakespeare の英語史上の意義を本当に評価することになるだろうと思っている.これは,英語史における聖書の意義や Chaucer の意義という問題とも共通している(cf. 「#1439. 聖書に由来する表現集」 ([2013-04-05-1]),「#257. Chaucer が英語史上に果たした役割とは?」 ([2010-01-09-1]),「#298. Chaucer が英語史上に果たした役割とは? (2)」 ([2010-02-19-1])).
なお,1ヶ月ほど前に書いた「#4250. Shakespeare の言語の研究に関する3つの側面と4つの目的」 ([2020-12-15-1]) では,「Shakespeare の英語史上の意義を明らかにする」に対応する側面や目的には触れられていなかった.
私自身は Shakespeare の言語を本格的に研究したことはないが,英語史の記述研究においては避けることのできない大きな対象であることは間違いない.言語研究という観点からの Shakespeare への注目は19世紀後半に始まり,現在までに多くの成果が蓄積されてきた.文法書,語彙目録,コーパス,コンコーダンス,データベースも整備されてきたし,論著の数もはかりしれない.現在も主としてコーパスを用いた研究に様々な動きがあるようで,Shakespeare 人気は相変わらずである.
Busse and Busse (811) に,他の論著に依拠したものではあるが,Shakespeare の言語の研究について,3つの側面と4つの目的を区別する必要があるとして,それぞれ箇条書きされている.まずは3つの側面から.
1. English as it was about 1600
2. Shakespeare's interest in his language
3. Shakespeare's unique use of English
「Shakespeare の言語」を狭く解釈すれば3のみとなるだろうが,当時の初期近代英語全体のなかにそれを位置づけ,そこからさらに Shakespeare の言葉使いの特徴をあぶり出すという趣旨を含めれば1も重要である.そして,Shakespeare の言語に対する関心や態度という2の側面も当然ながら探りたい.
次に Shakespeare の言語の研究の4つの目的について.
1. to enable the speaker of Present-day English to share as far as possible in the responses of the original audience;
2. to draw attention to the manner in which Shakespeare handles the language of his time for artistic purposes;
3. to use the language of Shakespearean drama as data on which to base conclusions about Elizabethan English in general; and
4. to provide illuminating information about various aspects of Shakespeare's linguistic background, in particular, the attitude to the language of his time.
いずれも現代的な言語研究の目的であるとともに,実は多分に philological な目的である.
関連して 「#195. Shakespeare に関する Web resources」 ([2009-11-08-1]),「#1763. Shakespeare の作品と言語に関する雑多な情報」 ([2014-02-23-1]) を参照.その他 shakespeare の数々の記事もどうぞ.
・ Busse, Ulrich and Beatrix Busse. "Early Modern English: The Language of Shakespeare." Chapter 51 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 808--26.
昨日の記事「#4110. dare --- 助動詞なのか動詞なのかハッキリしなさい」 ([2020-07-28-1]) に引き続き,法助動詞とも一般動詞ともいえない中途半端な振る舞いを示す dare について.Shakespeare の Macbeth より,I dare do all that may become a man, Who dares do more, is none. という文を参照したが,この語法は現代でも確認される.Partridge (87) は,これを明らかに誤用とみている.
dare is used in two ways: as a full verb (dares to, dared to, didn't dare to) and as an auxiliary like can or must. The latter occurs correctly only in negatives ('I daren't go'), in questions, and in subordinate clauses ('whether I dared go'). The two patterns are not to be mixed. Write either 'whether she dares to go' or 'whether she dare go' but not 'whether she dares go'.
一方,小西 (363) は次のように述べている.
本動詞用法で後に続く不定詞の to は省略することができる: Nobody dares (to) criticize his decision.---OALD5 (だれひとりとして彼の決定にとやかく言おうとしない).これは助動詞用法と混交した型なので,例えば Partridge-Whitcut (1994) などは誤用と見なしているが,今では標準的な語法 [Benson et al. (1997); Quirk et al. (1985: 138)].類例: I wouldn't dare have a party in my flat in case the neighbours complain.---CIDE (隣近所から苦情があるといけないので,僕のアパートでパーティーをやろうとは思わない).なお Eastwood (1994: 128) は,米国人は概して to を伴う方の型を用いると述べている.
つまり,論者にもよるとはいえ,共時的には2つの構文の混交 (contamination) であるとして,特に stigma が付されているわけではないようだ.BNCweb で "dares _V?I" などと検索してみると17例がヒットしたが,確かにすべてがインフォーマルという文脈でもない.
通時的な観点からいえば,法助動詞から一般動詞へと転身しつつある最中の中途半端な状況ということになろうか.目下変化している最中とはいえ,遅くとも16世紀に始まった変化であることを考えると,すでにかれこれ500年ほどの時間が流れていることになる.構文の変化も,なかなか息が長い.
直3単現などでしっかり人称屈折し,かつ原形不定詞を従える(助)動詞というのは,現代英語ではいくつかのイディオムを別にすれば,dare(s) のほかには do(es) と help(s) くらいだろうか.いずれにせよレアである.
・ Partridge, Eric. Usage and Abusage. 3rd ed. Rev. Janet Whitcut. London: Penguin Books, 1999.
・ 小西 友七 編 『現代英語語法辞典』 三省堂,2006年.
法助動詞 dare は,現代の法助動詞のなかでも need や used to と並んで影の薄い存在である.歴史的にみれば非常に古い過去現在動詞 (preterite-present_verb) であり,その点では can, may, shall などの仲間ともいえるのだが,比較すると圧倒的に忘れられがちな日陰者である.
もともとは過去現在動詞であるから,古英語でも直説法3単現形では現在の -s に相当するような子音語尾をいっさい取らなかった.実際,不定形 durran に対して,直3単現では dear(r) などの形態を示した.また,直後に別の動詞の目的語が続く場合には,そちらは動詞の不定形(いわゆる現代英語の原形不定詞に相当する形)を取った (ex. c1000 Ælfric Genesis xliv. 34 Ne dear ic ham faran. (= "I dare not go home.")) .つまり,can, may, shall などとまったく同じ振る舞いを示していたのであり,厳密にはアナクロな言い方かもしれないが,現代英語的な観点から言えば純然たる法助動詞だったのである.
しかし,16世紀以降,直3単現で daryth や dares のような,法助動詞らしからぬ「3単現の -s」を示す形態が現われ,一般動詞へと部分的に転身していく.たとえば,OED によると Shakespeare の Macbeth (1623) の i. vii. 46--7 に,I dare do all that may become a man, Who dares do more, is none. のような事例が確認される.「部分的に転身」といったのは,現代でも dare は一般動詞でもあるし,特に否定文や疑問文では法助動詞としての用法も保っているからだ.
この Shakespeare からの例文でおもしろいのは,「3単現の -s」の存在が示唆するように法助動詞から一般動詞へと転身を遂げていたかのようにみえるものの,続く目的語としての動詞の形態はあくまで原形不定詞 do であり,to 不定詞 to do ではないことだ.つまり,dare は形態的には一般動詞化しているが,統語的にはいまだ法助動詞の性質を保っていたということである.
そして,驚くことにその状況は現代でも大きく異ならない.現代英語では一般動詞としての He dares to do . . . が普通であることはもとより,法助動詞としての He dare do . . . も稀だがあり得る.しかし,それに加えて Shakespeare 張りの中途半端な He dares do . . . も可能なのである.
『ジーニアス大辞典』の dare の項から引用した下図の中間列を参照されたい.共時的には文法的 contamination というべき例なのだろうが,いやはや不思議な(助)動詞である.
「#3741. 中英語の不定詞マーカー forto」 ([2019-07-25-1]) で触れたように,中英語には to や forto などと並んで,不定詞マーカーとして at という語も稀に用いられた.この語は馴染みのある前置詞 at とは別物で,古ノルド語の不定詞マーカー at を借用したものとされる.ただし両形態とも結局のところ語源を一にするので,語の借用というよりは,用法の借用というべき事例かもしれない.OED の at, prep. によると,不定詞マーカーとしての用法について次のように記述がある.
VI. With the infinitive mood.
†39. Introducing the infinitive of purpose (the original function also of to; cf. French rien à faire, nothing to do, nothing at do, nothing ado n. and adj.2). Obsolete exc. dialect.
Corresponding to Old Norse at (Danish at, Swedish att) in gefa at eta to give one at eat, i.e. to eat; but not, like it, used with the simple infinitive; the nearest approach to which was in the phrase That is at say = French c'est à dire.
MED の at adv. with infinitive を参照すると,at do, at ete, at kep, at sai のような決まった動詞とともに用いられる傾向があるという.MED より最初期の例をいくつか挙げておこう.
・ c1280 Chart.in Birch Cart.Sax.2.326: Yat ye land of seint Wilfrai..fre sal be ay; At na nan..In yair Herpsac sal have at do.
・ c1300 Horn (LdMisc 108)906: Þe hondes gonnen at erne [Hrl: to fleon] In to þe schypes sterne.
・ c1330(?a1300) Tristrem (Auch)543: Ynouȝ þai hadde at ete.
・ c1330(?c1300) Guy(1) (Auch)2495: Þat he cum wiþ þe at ete.
・ (1399) RParl.3.451a: The Answers of certeins Lordes, that is atte saye, of the forsayd Ducs of Aumarle [etc.].
古ノルド語の用法に由来するということから察せられるように,不定詞マーカー at は北部方言によくみられた.eLALME の Item 81 として取り上げられており,以下の Dot Map が得られる.明確に北部的な分布だ.
ちなみに名詞 ado 「騒動;面倒」は at do の約まったものに由来する.シェイクスピアの喜劇 Much Ado About Nothing 『空騒ぎ』は,要するに much to do about nothing ということである.「すべきこと」→「面倒な仕事」→「騒動」ほどの意味の発展を経たと考えられる.初出は以下の通りで,すでに「騒動;衝突」ほどの意味で使われている.
c1380 Firumb.(1) (Ashm 33)5648: Olyuer wyþ a corde bond him fast, Ac arst was muche ado.[ 固定リンク | 印刷用ページ ]
初期近代に worser, more larger, more better, most worst, most unkindest などの2重比較級 (double_comparative) や2重最上級が用いられていたことは,英語史ではよく知られている.「#195. Shakespeare に関する Web resources」 ([2009-11-08-1]) でみたように,Shakespeare にも用いられており,英語史上の1つのネタである.
しかし,注目度は高いものの,実際の使用頻度としては,たいしたことはないらしい.Kytö and Romaine (337) による Helsinki Corpus を用いた実証的な調査によると,2重比較級は全体の1%にすぎず,2重最上級でも2%にとどまるという.また,1640年より後には一切起こらないという.もちろん Helsinki Corpus もそれほど巨大なコーパスではないので別途確認が必要だろうが,どうやら実力以上に注目度が高いということのようだ.
Adamson (552--53) は,Shakespeare や Jonson からの例を取り上げながら,2重比較級・最上級は,彼らの時代ですら,文体的効果を狙って意図的に用いられる類いの表現だったのではないかと勘ぐっている.
It's notable that such forms [= double comparatives and superlatives] can be found in consciously grandiloquent discourse, as with the double comparative of (16a), and that Ben Jonson explicitly claims the usage as an 'Englishe Atticisme, or eloquent Phrase of speech', perorating, as if to prove his point, on the double superlative of (16b):
(16) a) The Kings of Mede and Lyconia
With a more larger list of sceptres (Shakespeare 1623/1606--7)
b) an Englishe Atticisme, or eloquent Phrase of speech, imitating the manner of the most ancientest, and finest Grecians, who, for more emphasis, and vehemencies sake used [so] to speake. (Jonson 1640)
その後,この用法は17後半から18世紀にかけての英語の評論家や規範文法家に断罪され,日の目を見ることはなくなった (cf. 「#2999. 標準英語から二重否定が消えた理由」 ([2017-07-13-1]),「#3036. Lowth の禁じた語法・用法」 ([2017-08-19-1]),「#3220. イングランド史上初の英語アカデミーもどきと Dryden の英語史上の評価」 ([2018-02-19-1])) .
しかし,そうとは気付かれずに現在まで使い続けられている lesser や nearer などは,実は歴史的には2重比較級というべきものである (cf. 「#209. near の正体」 ([2009-11-22-1])) .
・Kytö, Merja and Suzanne Romaine. "Competing Forms of Adjective Comparison in Modern English." To Explain the Present: Studies in the Changing English Language in Honour of Matti Rissanen. Mémoires de la Société Néophilologique de Helsinki. 52. Ed. Terttu Nevalainen and Leena Kahlas-Tarkka. Helsinki: Société Néophilologique, 329--52.
・ Adamson, Sylvia. "Literary Language." 1476--1776. Vol. 3 of The Cambridge History of the English Language. Ed. Roger Lass. Cambridge: CUP, 1999. 539--653.
Shakespeare の諸作品と欽定訳聖書 (Authorized Version; King Jame Bible) はほぼ同じ時代に書かれていながらも,それぞれの英語は諸側面において異なっている(cf. 「#492. 近代英語期の強変化動詞過去形の揺れ」 ([2010-09-01-1]),「#1418. 17世紀中の its の受容」 ([2013-03-15-1]),「#3491. dreamt と dreamed の用法の差」 ([2018-11-17-1])).一般的には Shakespeare は革新的,欽定訳聖書は保守的な言葉遣いが多いとされる.Crystal (275) より,この差異を例示してみたい.当時「旧形」と「新形」の間で揺れていた動詞形態の変異を中心に,典型的な例を集めたものである.
King James First Folio old form new form old form new form bare 175 bore 1 bare 10 bore 25 clave 14 cleft 2 clave 0 cleft 8 gat 20, gotten 25 got 7 gat 0, gotten 5 got 115 goeth 135 goes 0 goeth 0 goes 166 seeth 54 sees 0 seeth 0 sees 40 spake 585 spoke 0 spake 48 spoke 142 yonder 7 yon 0, yond 0 yonder 66 yon 9, yond 45
欽定訳聖書は,序文に "The old Ecclesiastical Words to be kept, viz., the Word Church not to be translated Congregations, &c." などと述べられていることから予想される通り,保守的な言葉遣いをよく残している.宗教の言語は得てして古めかしいこと,また Tyndale 訳聖書に表された1世紀ほど前の英語をモデルとしていることなどから,欽定訳聖書のこの傾向について特に不思議はないだろう(cf. 「#753. なぜ宗教の言語は古めかしいか」 ([2011-05-20-1])).
一方,Shakespeare のような売れっ子劇作家の言葉遣いが,一般庶民の人々の生の言葉遣いに近似していたはずだということも,容易に理解できるだろう.同じ時代でも,使用域 (register),オーディエンス,目的などが異なれば,ここまで言語上の違いが出るものだということを示してくれる,英語史からの好例である.
・ Crystal, David. The Stories of English. London: Penguin, 2005.
人称代名詞について,文法的に目的格が求められるところで主格の形態が用いられたり,その逆が起こったりするケースを pronoun exchange と呼ぶ.最も有名なのは「#301. 誤用とされる英語の語法 Top 10」 ([2010-02-22-1]) でトップに輝いた between you and I である.前置詞に支配される位置なので1人称代名詞には目的格の me が適格だが,前置詞から少々離れているということもあり,ついつい I といってしまう類いの「誤用」である.
しかし,誤用とはいっても,それは規範文法が確立した後期近代英語以後の言語観に基づく発想である.それ以前の時代には「正誤」の問題ではなく,いずれの表現も許容されていたという意味において「代替表現」にすぎなかった.実際,よく知られているように Shakespeare も Sweet Bassanio, ... all debts are cleared between you and I if I might but see you at my death. (The Merchant of Venice iii.ii) のように用いているのである.同様に,Yes, you have seen Cassio and she together. (Othello iv. ii) などの例もある.
古い英語のみならず,現代の非標準諸方言でも,pronoun exchange はありふれた現象である.Gramley (196) を引用する.
Pronoun exchange, in which case is reversed, is widespread (SW, Wales, East Anglia, the North). This refers to the use of the subject pronoun for the object: They always called I "Willie," see; you couldn't put she [a horse] in a putt.. The converse is also possible. Compare 'er's shakin' up seventy; . . . what did 'em call it?; Us don't think naught about things like that. Subject forms are much more common as objects than the other way around (55% to 20%) . . . . In the North second person thou/thee often shows up as leveled tha in traditional dialects . . ., but not north of the Tyne or in Northumberland . . . . Today pronoun exchange is generally receding.
引用で触れられている thou/thee については,拙論の連載 第10回 なぜ you は「あなた」でもあり「あなたがた」でもあるのか?の方言地図も参照されたい.同様に,she と er (< her) の pronoun exchange の例については,「#793. she --- 現代イングランド方言における異形の分布」 ([2011-06-29-1]) の方言地図を参照.
考えてみれば,そもそも現代標準英語でも,2人称(複数)代名詞の主格の you は歴史的には pronoun exchange の例だったのである.you はもとは目的格の形態にすぎず,主格の形態は ye だったが,前者 you が主格のスロットにも侵入してきたために,後者 ye が追い出されてしまったという歴史だ.これについては「#781. How d'ye do?」 ([2011-06-17-1])「#800. you による ye の置換と phonaesthesia」 ([2011-07-06-1]),「#2077. you の発音の歴史」 ([2015-01-03-1]) を参照.
・ Gramley, Stephan. The History of English: An Introduction. Abingdon: Routledge, 2012.
昨日の記事「#3490. dreamt から dreamed へ」 ([2018-11-16-1]) と関連して,標記の話題について.両形の用法の差を調べた研究があるようだが,明確な差はないようである.用法の差というよりも英米差といわれることが多い.アメリカ英語では dreamed が好まれ,イギリス英語では両形ともに用いられるといわれる(小西,p. 422).
一方,Fowler's (231) によると "Dreamed, esp. as the pa.t. form, tends to be used for emphasis and in poetry." とあり,使用域による差があり得ることを示唆している.
中英語の状況を MED で覗いてみると,過去形として「規則的な」 drēmed(e と「不規則的な」 drempte の両形が用いられてことがわかるが,過去分詞形としては規則形の記載しかない.なお,不規則形に語中音添加 (epenthesis) の p が加えられていることに注意 (cf. 「#739. glide, prosthesis, epenthesis, paragoge」 ([2011-05-06-1])) .
初期近代英語で興味深いのは,Shakespeare では両形が用いられているが,AV には dreamt の例はないという事実だ(『英語語源辞典』).AV は Shakespeare に比べて文語的で古風な語法をよく保持しているといわれるので,当時は dreamed のほうが正統で正式という感覚があったのかもしれない.逆にいえば,dreamt が口語で略式的にすぎ,聖書にはふさわしくないと考えられたのかもしれない.
なお,1775年の Johnson の辞書では "preter. dreamed, or dreamt" とあり,dreamed が筆頭に挙げられていることに触れておこう.
・ 小西 友七 編 『現代英語語法辞典』 三省堂,2006年.
・ Burchfield, Robert, ed. Fowler's Modern English Usage. Rev. 3rd ed. Oxford: OUP, 1998.
・ 寺澤 芳雄 (編集主幹) 『英語語源辞典』 研究社,1997年.
岡崎 (71) によれば,古英語以来,英詩の形式は,リズム,押韻方法,詩行構造,種類という点において大きな変化を遂げてきた.
a. リズム:強弱から弱強へ
b. 押韻:頭韻から脚韻へ
c. 詩行構造:不定の長さ(音節数)から定まった長さ(音節数)へ
d. 種類:単一の形式から多様な形式へ
古英語期から中英語期へ,そして近代英語期以降へと,英詩の形式は確かに大変化に見舞われてきた.背景には,英語の音変化や外来の詩型からの影響というダイナミックな要因が関与している.それぞれの時代の代表的な詩型の種類と特徴を,岡崎の要約により示そう.
[ 古英語頭韻詩 ](p. 71)
a. 1行(長行,long-line)は,二つの半行 (half-line) から構成されている.
b. 半行の音節数は3音節以上だが,一定していない.
c. 頭韻する分節音は,第1半行(前半)に最大二つ,第2半行(後半)に一つ.
d. 半行中で頭韻する分節音を含む音節が強音部となり,強弱の韻律が実現される.
[ 中英語頭韻詩 ](p. 73)
a. 音節数不定の長行が基本単位(の可能性が高い).
b. 頭韻する子音を含む語が1行に最小で二つ,最大で四つ.三つの場合が多い.
c. 頭韻詩ごとに個々の独自の詩型がある.
[ 中英語の様々な脚韻詩 ](p. 75)
a. 8詩脚の脚韻付連句:1行16音節.弱強8詩脚.2行1組.第4詩脚のあとに行中休止 (caesura) .半行末で脚韻.
b. アレグザンダー詩行 (Alexandrine) :1行12音節.弱強6詩脚.行末で脚韻.
c. 弱強5歩格 (iambic pentameter) :1行10音節.弱強5詩脚.行末で脚韻.
d. 弱強4歩格 (iambic tetrameter) :1行8音節.弱強4詩脚.行末で脚韻.
e. 弱強3歩格 (iambic trimeter) :1行6音節.弱強3詩脚.アレグザンダー詩行を二分割したもの.
f. 連 (stanza) :複数行からなる詩行の意味上のまとまり.
g. 2行連 (couplet) :2行から構成される詩行の意味上のまとまり.
h. 尾韻 (tail rhyme) :6行1組で脚韻型が aabccb の詩.ラテン語の賛美歌から.
i. 帝王韻 (rhyme royal) :7行連の弱強5歩格の詩で,脚韻型が abcbbcc.
j. ボブ・ウィール連 (bob-wheel stanza) :5行の脚韻詩行で,第1行のボブは1強勢,それに続く4行のウィールの各行は3強勢.脚韻型は ababa.
k. バラッド律 (ballad meter) :4行連 (quatrain) が基本の詩型.弱強4歩格と弱強3歩格の2行連二つから構成される.3歩格詩行の行末が脚韻.
[ 近代英語以降の脚韻詩 ](pp. 76--79)
・ 弱強(5歩)格 (iambic pentameter) を中心としつつも,弱弱強格 (anapestic meter),強弱格 (trochaic meter),強弱弱格 (dactylic meter),無韻詩 (blank verse),自由詩 (free verse) など少なくとも11種類の詩型が出現した.
・ 詩脚と実際のリズムの間に不一致 (mismatch) がある.詩脚のW位置に強勢音節が配置される不一致型には規則性があり,統語構造をもとに一般化できる.
・ Shakespeare のソネット:弱強5歩格「4行連×3+2行」という構成で,ababcdcdefefgg の脚韻型を示す.
・ 句またがり (enjambment) の使用:詩行末が統語節末に対応しない現象.行末終止行 (end-stopped line) と対比される.
英詩の種類の豊富さは,歴史のたまものである.これについては「#2751. T. S. Eliot による英語の詩の特性と豊かさ」 ([2016-11-07-1]) も参照.
・ 岡崎 正男 「第4章 韻律論の歴史」 服部 義弘・児馬 修(編)『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 朝倉書店,2018年.71--88頁.
英語史における標準化 (standardisation) の話題といえば,第1義的に書き言葉の標準化が念頭に置かれているように思われる.本ブログでも,書き言葉の標準化については様々に紹介してきたが,話し言葉の標準化については扱いが薄かった.「#3356. 標準発音の整備は18世紀後半から」 ([2018-07-05-1]) では発音の標準化を取り上げており,これは話し言葉の標準化の話題の一部を成しはするものの,「話し言葉」と「発音」とは同一ではない.話し言葉には,発音以外に文法や語彙などその他の側面もある.
話し言葉の標準化について,松浪ほかの「標準口語英語の確立」 (93) に記されている概要を引用する.
書き言葉の標準英語は既に15世紀前半頃までに,ロンドンを中心に形成され,その後教育の普及にともなって急速に広まったと考えられているが,話し言葉の標準語はまだその頃にはなく,EModE 期になって確立した.16世紀になって宮廷を中心に上流階級,文人,大学等で使われた話し言葉が標準語として確立した.これはロンドンで活躍した支配階級の言葉であるから階級方言であって,同じロンドンでも,下層階級の言葉は標準語とは別物で,後にコックニー (Cockney) として発達した.まだ,文法も辞書もない時代のことで,この標準語は,現代語からみれば発音・文法両面で統一性に欠けた,ある意味で自由奔放な英語でもあった.このような英語の状況を背景に登場し,活躍したのが,いうまでもなく英文学史上最大の作家シェイクスピア (William Shakespeare, 1564--1616) である.この大詩人の英語は〔中略〕欽定訳聖書と並んで,近代英語の2つの源泉と呼ばれている.
ポイントは,話し言葉の標準化が,書き言葉の標準化よりも1世紀ほど遅れて始まったことである.また,その基盤となった変種がロンドンの支配階級の口語だったことも重要である.標準化の最初期には,その変種とて一様ではなく,相当程度の変異を許容する「緩い」ものだったといってよいが,少なくとも現代の標準口語英語の源泉をそこに見出すことができる.私たちの学んでいる「英会話」は,500年前のロンドンの上流サークルのおしゃべりに起源をもつということである.
・ 松浪 有 編,小川 浩,小倉 美知子,児馬 修,浦田 和幸,本名 信行 『英語の歴史』 大修館書店,1995年.
文字列の類似度や相違度を測る有名な指標の1つに,標題の "Levenshtein distance" というものがある,「#3397. 後期中英語期の through のワースト綴字」 ([2018-08-15-1]),「#3398. 中英語期の such のワースト綴字」 ([2018-08-16-1]),「#3399. 綴字の類似度計算機」 ([2018-08-17-1]) でも前提としてきた指標であり,「#1163. オンライン語彙データベース DICT.ORG」 ([2012-07-03-1]) でもこの指標を利用して類似綴字語を取り出すオプションがある.
考え方は難しくない.もとの文字列から目標の文字列に変換するには,いくつの編集工程(挿入,削除,置換)が必要かを数えればよい.例えば,kitten から sitting へ変換するには,kitten →(k を s に置換)→ sitten →(e を i に置換)→ sittin →(g を挿入)→ sitting という3工程を踏む必要があるので,両綴字間の Levenshtein distance は3ということになる.通常は挿入,削除,置換の編集工程にそれぞれ1の値を割り当てるが,各々に異なる値を与える計算の仕方もある.
以下に,通常の重みづけで Levenshtein distance を計測する CGI を置いておく.試しに「#1720. Shakespeare の綴り方」 ([2014-01-11-1]) より25種類の異綴字を取り出して,カンマ区切りなどで下欄に入力してみてください(要するに以下をコピペ).Shakespeare, Schaksp, Shackespeare, Shackespere, Shackspeare, Shackspere, Shagspere, Shakespe, Shakespear, Shake-speare, Shakespere, Shakespheare, Shakp, Shakspe?, Shakspear, Shakspeare, Shak-speare, Shaksper, Shakspere, Shaxberd, Shaxpeare, Shaxper, Shaxpere, Shaxspere, Shexpere
綴字間の類似度や相違度の計測は,曖昧検索やスペリングチェックなどの実用的な目的にも応用されている.標準的な綴字がなかった古い英語の研究にも,ときに役立つことがありそうだ.
この2日間の記事「#3397. 後期中英語期の through のワースト綴字」 ([2018-08-15-1]),「#3398. 中英語期の such のワースト綴字」 ([2018-08-16-1]) で,異綴字間の類似性を計算するスクリプトを利用して,through と such の様々な綴字を比較した.このスクリプトは,ある程度使い勝手があるかもしれないと思い,より汎用的な形で CGI を組んでみた.
ところが,スクリプトの内部的な仕様の関係でサーバ上で動かないということが発覚.残念無念.公開しても無意味であることを承知のうえ,以下に置いておこうと思います(せっかく作ったのだし,私自身のローカルPCでは動いているので・・・).すみません.
と,これではあんまりなので,Shakespeare の異綴字を比較した結果を披露しておきます.「#1720. Shakespeare の綴り方」 ([2014-01-11-1]) で挙げた25種類の異綴字 Shakespeare, Schaksp, Shackespeare, Shackespere, Shackspeare, Shackspere, Shagspere, Shakespe, Shakespear, Shake-speare, Shakespere, Shakespheare, Shakp, Shakspe?, Shakspear, Shakspeare, Shak-speare, Shaksper, Shakspere, Shaxberd, Shaxpeare, Shaxper, Shaxpere, Shaxspere, Shexpere を入力して,ソートさせると,次のような出力が得られた.
Similarity | Spellings |
---|---|
1.0000 | Shakespeare |
0.9565 | Shackespeare, Shake-speare, Shakespheare |
0.9524 | Shakespear, Shakespere, Shakspeare |
0.9091 | Shackespere, Shackspeare, Shak-speare |
0.9000 | Shakspear, Shakspere |
0.8571 | Shackspere |
0.8421 | Shakespe, Shaksper |
0.8000 | Shagspere, Shaxpeare, Shaxspere |
0.7368 | Shaxpere, Shexpere |
0.7000 | Shakspe? |
0.6667 | Schaksp, Shaxper |
0.6250 | Shakp |
0.5263 | Shaxberd |
「#2502. なぜ不定詞には to 不定詞 と原形不定詞の2種類があるのか?」 ([2016-03-03-1]) で述べたように,to 不定詞 と原形不定詞は,互いに起源は異なるものの,歴史の過程でほぼ同じ機能を共有するようになり,しばしば競合と揺れを示してきた.なぜある統語環境では一方が要求され,別の環境では他方が要求されるのか.通時的にも共時的にも研究されており,ある程度の傾向は見出せるものの,絶対的な規則を見つけ出すことは難しい.
現代英語の例を考えると,「#971. 「help + 原形不定詞」の起源」 ([2011-12-24-1]) で触れたように,help の後の不定詞はどちらの形態でも許容されるという状況がある.また,「#970. Money makes the mare to go」 ([2011-12-23-1]) で見たように,使役構文においては能動文では原形不定詞を用いるが,受動文では to 不定詞を用いるといったチグハグな統語現象が見られる.これらも,両不定詞形の競合と揺れの歴史を反映していると解釈することができるだろう.
この問題について,中島 (237--38) は次のように述べている.
今日の用法が確立するまでには長い間用法が動揺しており,また以前は to のない不定詞が今よりひろく用いられた.エリザベス朝でも
you ought not walk (Cæsar, I. i. 3)/you were wont be civil (Othello, II. iii. 190) などの用例があり,そのほか Shakespeare では
I command her come to me/entreat her hear me but a word/let one be sent to pray Achilles see us
など command, entreat, pray, desire, charge のような動詞のあとでも to のない不定詞が見出される.逆に今なら to の不要なところに入れている場合もある.It makes my heart to groan のように.しかし今でも諺には Money makes the mare to go (地獄の沙汰も金次第)の用法が残っているし,help は両方の構造が可能である.I helped him (to) find his things. それから同一の文中で同じ関係に立つ二つの不定詞の中,後者が to をとることが行われる.〔中略〕Shakespeare の
and would no more endure
This wooden slavery than to suffer
The flesh-fly blow my mouth. (Tempest, III. i. 61--63)
も同種の例である.
2種類の不定詞の問題は,今なお完全には解決していない.
・ 中島 文雄 『英語発達史 改訂版』岩波書店,2005年.
Algeo and Pyles の英語史年表シリーズの第3弾は初期近代英語期 (153--55) .著者らは初期近代英語期を1500--1800年として区切っていることに注意.「#3193. 古英語期の主要な出来事の年表」 ([2018-01-23-1]) と「#3196. 中英語期の主要な出来事の年表」 ([2018-01-26-1]) も参照.
1476 | William Caxton brought printing to England, thus both serving and promoting a growing body of literate persons. Before that time, literacy was confined to the clergy and a handful of others. Within the next two centuries, most of the gentry and merchants became literate, as well as half the yeomen and some of the husbandmen. |
1485 | Henry Tudor ascended the throne, ending the civil strife called the War of the Roses and introducing 118 years of the Tudor dynasty, which oversaw vast changes in England. |
1497 | John Cabot went on a voyage of exploration for a Northwest Passage to China, in which he discovered Nova Scotia and so foreshadowed English territorial expansion overseas. |
1534 | The Act of Supremacy established Henry VIII as "Supreme Head of the Church of England," and thus officially put civil authority above Church authority in England. |
1549 | The first Book of Common Prayer was adopted and became an influence on English literary style. |
1558 | At the age of 25, Elizabeth I became queen of England and, as a woman with a Renaissance education and a skill for leadership, began a forty-five-year reign that promoted statecraft, literature, science, exploration, and commerce. |
1577--80 | Sir Francis Drake circumnavigated the globe, the first Englishman to do so, and participated in the defeat of the Spanish Armada in 1588, removing an obstacle to English expansion overseas. |
1590--1611 | William Shakespeare wrote the bulk of his plays, from Henry VI to The Tempest. |
1600 | The East India Company was chartered to promote trade with Asia, leading eventually to the establishment of the British Raj in India. |
1604 | Robert Cawdrey published the first English dictionary, A Table Alphabeticall. |
1607 | Jamestown, Virginia, was established as the first permanent English settlement in America. |
1611 | The Authorized or King James Version of the Bible was produced by a committee of scholars and became, with the Prayer Book and the works of Shakespeare, one of the major examples of and influences on English literary style. |
1619 | The first African slaves in North America arrived in Virginia. |
1642--48 | The English Civil War or Puritan Revolution overthrew the monarchy and resulted in the beheading of King Charles I in 1649 and the establishment of a military dictatorship called the Commonwealth and (under Oliver Cromwell) the Protectorate, which lasted until the Restoration of King Charles II in 1660. |
1660 | The Royal Society was founded as the first English organization devoted to the promotion of scientific knowledge and research. |
1670 | The Hudson's Bay Company was chartered for promoting trade and settlement in Canada. |
ca. 1680 | The political parties---Whigs (named perhaps from a Scots term for 'horse drivers' but used for supporters of reform and parliamentary power) and Tories (named from an Irish term for 'outlaws' but used for supporters of conservatism and royal authority), both terms being originally contemptuous---became political forces, thus introducing party politics as a central factor in government. |
1688 | The Glorious Revolution was a bloodless coup in which members of Parliament invited the Dutch prince William of Orange and his wife, Mary (daughter of the reigning English king, James II), to assume the English throne, resulting in the establishment of Parliament's power over that of the monarchy. |
1702 | The first daily newspaper was published in London, followed by an extension of such publications throughout England and the expansion of the influence of the press in disseminating information and forming public opinion. |
1719 | Daniel Defoe published Robinson Crusoe, sometimes identified as the first modern novel in English, although the evolution of the genre was gradual and other works have a claim to that title. |
1755 | Samuels Johnson published his Dictionary of the English Language, a model of comprehensive dictionaries of English |
1775--83 | The American Revolution resulted in the foundation of the first independent nation of English speakers outside the British Isles. Large numbers of British loyalists left the former American colonies for Canada and Nova Scotia, introducing a large number of new English speakers there. |
1788 | The English first settled Australia near modern Sydney. |
標題と関連する話題は,「#1493. 和製英語ならぬ英製羅語」 ([2013-05-29-1]),「#1927. 英製仏語」 ([2014-08-06-1]),「#2979. Chibanian はラテン語?」 ([2017-06-23-1]) や,waseieigo の各記事で取り上げてきた.
Baugh and Cable (222) で,初期近代期に英語がラテン単語を取り込む際に施した適応 (adaptation) が論じられているが,次のような1文があった.
. . . the Latin ending -us in adjectives was changed to -ous (conspicu-us > conspicuous) or was replaced by -al as in external (L. externus).
これらの英単語は,ある意味では借用された語ともいえるが,ある意味では英語が自ら形成した語ともいえる.「英製羅語」と呼ぶのがふさわしい例ではないだろうか.
OED によれば,conspicuous は,ラテン語 conspicuus に基づき,英語側でやはりラテン語由来の形容詞を作る接尾辞 -ous を付すことによって新たに形成した語である.16世紀半ばに初出している.
1545 T. Raynald tr. E. Roesslin Byrth of Mankynde Hh vij These vaynes doo appeare more conspicuous and notable to the eyes.
実はこの接尾辞を基体(主としてラテン語由来だが,その他の言語の場合もある)に付加して自由に新たな形容詞を作るパターンはロマンス諸語に広く見られたもので,フランス語で -eus を付したものが,14--15世紀を中心として英語にも -ous の形で大量に入ってきた.つまり,まずもって仏製羅語というべきものが作られ,それが英語にも流れ込んできたというわけだ.例として,dangerous, orgulous, adventurous, courageous, grievous, hideous, joyous, riotous, melodious, pompous, rageous, advantageous, gelatinous などが挙げられる(OED の -ous, suffix より).
また,英語でもフランス語に習う形でこのパターンを積極的に利用し,自前で conspicuous のような英製羅語を作るようになってきた.同種の例として,guilous, noyous, beauteous, slumberous, timeous, tyrannous, blusterous, burdenous, murderous, poisonous, thunderous, adiaphorous, leguminous, delirious, felicitous, complicitous, glamorous, pulchritudinous, serendipitous などがある(OED の -ous, suffix より).
標題のもう1つの単語 external も conspicuous とよく似たパターンを示す.この単語は,ラテン語 externus に基づき,英語側でラテン語由来の形容詞を作る接尾辞 -al を付すことによって形成した英製羅語である.初出は Shakespeare.
a1616 Shakespeare Henry VI, Pt. 1 (1623) v. vii. 3 Her vertues graced with externall gifts.
a1616 Shakespeare Antony & Cleopatra (1623) v. ii. 340 If they had swallow'd poyson, 'twould appeare By externall swelling.
反意語の internal も同様の事情かと思いきや,こちらは一応のところ post-classical Latin として internalis が確認されるという.しかし,この語のラテン語としての使用も "14th cent. in a British source" ということなので,やはり英製の匂いはぷんぷんする.英語での初例は,15世紀の Polychronicon.
?a1475 (?a1425) tr. R. Higden Polychron. (Harl. 2261) (1865) I. 53 The begynnenge of the grete see is..at the pyllers of Hercules..; after that hit is diffusede in to sees internalle [a1387 J. Trevisa tr. þe ynnere sees; L. maria interna].
「○製△語」は決して珍しくない.
・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.
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