hellog〜英語史ブログ

#4332. notch (刻み目)の語頭の n[metanalysis][etymology][article][anglo-norman][french]

2021-03-07

 「V字型の刻み目,切込み」を意味する notch が,不定冠詞に関わる異分析 (metanalysis) の結果の形態であるという記事を読んだ.9 Words Formed by Mistakes: When false division gives us real words の記事によると,notch が異分析という勘違いによって生じた語の1つとして紹介されている(その他の例として apron, ingot, nickname, umpire, orange, aught, newt, adder が挙げられている).
 この記事では,本来の (an) ickname(a) nickname として誤って分析され,新しく nickname という語幹が取り出されたのと同様に,古フランス語から借用された oche についても,(an) oche から (a) noche が取り出されたものとして説明されている.
 なるほどと思い OED の notch, n. で確認してみたが,上の記事の説明とは少々様子が異なる.確かに古フランス語やアングロノルマン語に oche なる形態はあったようだが,すでに14世紀初頭にアングロノルマン語において noche なる異形態が確認されているというのだ.英語での notch の初出は1555年であり,英語において不定冠詞の関わる異分析が生じたとするよりは,アングロノルマン語においてすでに n が語頭添加された形態が,そのまま英語に借用されたとするほうが素直ではないか,というのが OED のスタンスと読み取れる.語源欄には次のようにある.

Apparently < Anglo-Norman noche (early 14th cent.), variant of Anglo-Norman and Middle French osche notch, hole in an object (1170 in Old French), oche incised mark used to keep a record (13th cent.; French hoche nick, small notch; further etymology uncertain and disputed: see below), with attraction of n from the indefinite article in French (compare NOMBRIL n.).


 これによると,n の語頭添加は確かに不定冠詞の関わる異分析の結果ではあるが,英語での異分析ではなくフランス語での異分析だということになる.しかし,英語の an/a という異形態ペアに相当するものが,アングロノルマン語にあるとは聞いたことがなかったので少々頭をひねった.そこで Anglo-Norman DictionaryNOTCH1 に当たってみると,次の解説があった.

The nasal at the beginning of the word is believed to be the result of a lexicalized contraction of the n from the indefinite article: une oche became une noche. This nasalized form is not found in Continental French and, according to the OED, only appears in English from the second half of the sixteenth century (as notche).


 どうやら英語の an/a と厳密な意味で平行的な異分析というわけではないようだ.不定冠詞の n が長化して後続の語幹の頭に持ち越された,と表現するほうが適切かもしれない.しかも,この解説自体が OED を参照していることもあり,これは1つの仮説としてとらえておくのがよいかもしれない.
 参考までに,OED からの引用の末尾にある通り,nombril という語の n も,英語ではなくフランス語における不定冠詞の関わる異分析の結果として説明されている.

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