<gh> の綴字に対応する音価については「#1195. <gh> = /f/ の対応」 ([2012-08-04-1]),「#210. 綴字と発音の乖離をだしにした詩」 ([2009-11-23-1]),「#1902. 綴字の標準化における時間上,空間上の皮肉」 ([2014-07-12-1]),「#1936. 聞き手主体で生じる言語変化」 ([2014-08-15-1]) などで話題にしてきたが,現代英語にどれだけのヴァリエーションがあるのかをまとめてみよう.ブルシェ (145) は,次のようなリストを挙げている.
[au] bough、plough など [ou] dough、though など [ɔ:] bought、thought など [ɔf] cough、trough――変異形 [ɔ:f] もこれら同じ語に存在する [ʌf] enough、tough など [ɔk] hough [u:] through [ʌp] hiccough [ə] borough、thorough――最後の二例は [ <ough> が ] アクセントのない音節にある
<ough> という一続きの綴字に対して,単語によって9種類(ないし10種類)の発音が対応することになる.全体としては30語ほどしかないようなので,この音価の多様性は驚くべき事実である.それぞれの音価がいかなる経緯で生じてきたかを歴史的に説明するとなると実に複雑なのだが,ここでは (1) 中英語の段階での母音の違い,(2) <gh> で表わされていた無声軟口蓋摩擦音 [x] の前位置で母音が変形を受けたり受けなかったりしたこと,(3) 問題の [x] が消失したり唇歯音 [f] へ置換されたこと,(4) 類推による綴りなおし,(5) 無強勢位置における母音の弱化,等の諸要因が異なる段階に異なる語において作用したと述べるにとどめておこう.night における <gh> のように前寄りの無声硬口蓋摩擦音 [ç] が関わる場合にはその後の音変化は直線的で素直なのだが,後寄りの無声軟口蓋摩擦音 [x] が関与すると事態は複雑化するもののようだ.一部詳細は「#1195. <gh> = /f/ の対応」 ([2012-08-04-1]) で触れたし,ブルシェ (145--47) に簡潔な記述があるのでそちらも参照されたい.
上で全体として30語ほどと述べたが,ざっとデータベースで拾い上げてみると固有名詞と派生語・複合語を除いて以下の34語が挙がった.
although, blough, borough, bough, bought, brough, brought, chough, clough, cough, dough, drought, enough, fought, furlough, hiccough, hough, lough, 'nough, nought, ought, plough, rough, slough, sough, sought, thorough, though, thought, through, tough, tought, trough, wrought
・ ジョルジュ・ブルシェ(著),米倉 綽・内田 茂・高岡 優希(訳) 『英語の正書法――その歴史と現状』 荒竹出版,1999年.
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