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semantics - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-12-12 07:57

2014-08-25 Mon

#1946. 機能的な観点からみる短化 [shortening][clipping][word_formation][morphology][function_of_language][style][semantics][semantic_change][euphemism][language_change][slang]

 shortening (短化)という過程は,言語において重要かつ頻繁にみられる語形成法の1つである.英語史でみても,とりわけ現代英語で shortening が盛んになってきていることは,「#875. Bauer による現代英語の新語のソースのまとめ」 ([2011-09-19-1]) で確認した.関連して,「#893. shortening の分類 (1)」 ([2011-10-07-1]),「#894. shortening の分類 (2)」 ([2011-10-08-1]) では短化にも様々な種類があることを確認し,「#1091. 言語の余剰性,頻度,費用」 ([2012-04-22-1]),「#1101. Zipf's law」 ([2012-05-02-1]),「#1102. Zipf's law と語の新陳代謝」 ([2012-05-03-1]) では情報伝達の効率という観点から短化を考察した.
 上記のように,短化は主として形態論の話題として,あるいは情報理論との関連で語られるのが普通だが,Stern は機能的・意味的な観点から短化の過程に注目している.Stern は,「#1873. Stern による意味変化の7分類」 ([2014-06-13-1]) で示したように,短化を意味変化の分類のなかに含めている.すべての短化が意味の変化を伴うわけではないかもしれないが,例えば private soldier (兵卒)が private と短化したとき,既存の語(形容詞)である private は新たな(名詞の)語義を獲得したことになり,その観点からみれば意味変化が生じたことになる.
 しかし,private soldier のように,短化した結果の語形が既存の語と同一となるために意味変化が生じるというケースとは別に,rhinocerosrhino, advertisementad などの clipping (切株)の例のように,結果の語形が新語彙項目となるケースがある.ここでは先の意味での「意味変化」はなく意味論的に語るべきものはないようにも思われるが,rhinocerosrhino の意味の差,advertisementad の意味の差がもしあるとすれば,これらの短化は意味論的な含意をもつ話題ということになる.
 Stern (256) は,短化を形態的な過程であるとともに,機能的な観点から重要な過程であるとみている.実際,短化の原因のなかで最重要のものは,機能的な要因であるとまで述べている.Stern (256) の主張を引用する.

Starting with the communicative and symbolic functions, I have already pointed out above . . . that brevity may conduce to a better understanding, and too many words confuse the point at issue; the picking out of a few salient items may give a better idea of the topic than prolonged wallowing in details; the hearer may understand the shortened expression quicker and better.
   The expressive function is partly covered by signals, but a shortened expression by itself may, owing to its unusual and perhaps ungrammatical, form, reflect better the speaker's emotional state and make the hearer aware of it. Clippings are very often intended to make the words express sympathy or endearment towards the persons addressed; nursery speech abounds in nighties, tootsies, etc., and clippings of proper names, transforming them into pet names, are often due to a similar desire for emotive effects . . . . The numerous shortenings (clippings) in slang and cant often aim at a humourous effect.
   Conciseness and brevity increase vivacity, and thus also the effectiveness of speech; brevity is the soul of wit; the purposive function may consequently be better served by shortened phrases.


 形態論や情報理論のいわば機械的な観点から短化をみるにとどまらず,言語使用の目的,表現力,文体といった機能的な側面から短化をとらえる洞察は,Stern の面目躍如たるところである.形態を短化することでむしろ新機能が付加される逆説が興味深い.
 引用の文章で言及されている婉曲表現 nighties と関連して,「#908. bra, panties, nightie」 ([2011-10-22-1]) 及び「#469. euphemism の作り方」 ([2010-08-09-1]) も参照されたい.

 ・ Stern, Gustaf. Meaning and Change of Meaning. Bloomington: Indiana UP, 1931.

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2014-08-10 Sun

#1931. 非概念的意味 [semantics][register][taboo][information_structure]

 言語表現の意味には,概念的意味 (conceptual meaning) と非概念的意味が区別される.概念的意味は辞書的意味 (dictionary meaning) とも呼ばれ,事物や出来事をカテゴリーとしてとらえ,それ自身をそれ以外のものから区別するために抽出された共通的・本質的要素の集合からなる.一方,非概念的意味は,文脈や場面,あるいはそれとの連想により概念的意味に付け加えられる意味である.非概念的意味には,いくつかの種類が認められる.Leech を参照して概説している中野 (23--26) に拠って,簡単に解説を施そう.


(1) 内包的意味 (connotative meaning)
 語の指示対象から連想される指示対象特有の特性を指す ("what is communicated by virtue of what language refers to") .例えば,英語の mother や日本語の「母」は,その指示対象から連想される優しさ,愛情深さ,慈愛の深さなどのイメージを伴うかもしれない.しかし,これらのイメージは主観的で人によって異なるものであり,言語社会のなかで一定していない.

(2) 社会的意味 (social [stylistic] meaning)
 言語使用の背景にある社会的状況について伝えられる内容 ("what is communicated of the social circumstances of language use") .年齢層,性別,社会階層,地域,媒体,堅苦しさ,敬意,文化などの社会的背景を反映したもの.文体的特徴として表出するので,文体的意味とも呼ばれる.英語の father, dad, daddy, pop, papa や日本語の「父」「お父さん」「お父ちゃん」「親父」「パパ」「おとう」などは,それぞれ異なる register に属しており,使用の社会的背景が異なっている.「#839. register」 ([2011-08-14-1]),「#227. 英語変種のモデル」 ([2009-12-10-1]),「#334. 英語語彙の三層構造」 ([2010-03-27-1]),「#849. 話し言葉書き言葉 (2)」 ([2011-08-24-1]) なども参照.

(3) 情緒的意味 (affective meaning)
 使用者の感情や態度について伝えられる内容 ("what is communicated of the feelings and attitudes of the speaker/writer") .Stop being so bloody arrogant." や "What a darling little dress!" におえるイタリック部分のように,話し手の愛情や嫌悪が表わされるような場合.

(4) 投影された意味 (reflected meaning)
 その表現の別の語義からの連想により生じる意味 ("what is communicated through association with another sense of the same expression") .多義語が用いられる際に生じる重層的な意味を指し,忌詞や禁句 (taboo) に典型的に見られる.例えば,婚礼の際には「切る」「去る」「分かれる」はそれぞれの概念的意味の裏に,離婚を想起させる投影された意味が感じられる.英語の cock, ass なども性的に投影された意味を伴うために,変種によっては避けられる傾向がある.

(5) 連語的意味 (collocative meaning)
 連語として共起することが多いために関連づけられる内容 ("what is communicated through association with words which tend to occur in the environment of another word") .例えば,典型的に pretty は女性を表わす語と共起し,handsome は男性を表わす語と共起する.両語の概念的意味は「器量のよい」で一致するが,連語的意味は異なる.連語的意味により,前者はかわいらしさ,後者は端正な顔立ちという特性を含意する.

 上記 (1) から (5) は,語がもつ意味であり,まとめて連想的意味 (associative meaning) とも呼ばれる.一方,次の主題的意味は文がもつ意味である.

(6) 主題的意味 (thematic meaning)
 語順や強調によって作り出される情報構造 (information structure) に関わる意味 ("what is communicated by the way in which the message is organized in terms of order and emphasis") .例えば,次の各ペアにおいて,1つ目と2つ目の文では,情報の新旧や力点の置き方によって主題的意味が異なる.

 (a) John owns the biggest shop in London.
 (b) The biggest shop in London belongs to John.

 (c) I like Danish cheese best.
 (d) Danish cheese, I like best.

 (e) Bill uses an electric razor.
 (f) The kind of razor that Bill uses is an electric one.


 以上の非概念的意味,とりわけ語に属する (1)--(6) の連想的意味は,概念的意味のように固定的ではなく,使用者や使用の背景により変異しうるため,辞書に記載されることはない.例外として,(2) の社会的意味は比較的語彙の中で安定しているので,辞書にレーベルを伴って記載されることも多い.

 ・ 中野 弘三 「意味とは」『意味論』(中野弘三(編)) 朝倉書店,2012年,1--27頁.

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2014-07-19 Sat

#1909. 女性を表わす語の意味の悪化 (2) [semantic_change][gender][lexicology][semantics][euphemism][taboo][sapir-whorf_hypothesis]

 昨日の記事「#1908. 女性を表わす語の意味の悪化 (1)」 ([2014-07-18-1]) で,英語史を通じて見られる semantic pejoration の一大語群を見た.英語史的には,女性を表わす語の意味の悪化は明らかな傾向であり,その背後には何らかの動機づけがあると考えられる.では,どのような動機づけがあるのだろうか.
 1つは,とりわけ「売春婦」を指示する婉曲的な語句 (euphemism) の需要が常に存在したという事情がある.売春婦を意味する語は一種の taboo であり,間接的にやんわりとその指示対象を指示することのできる別の語を常に要求する.ある語に一度ネガティヴな含意がまとわりついてしまうと,それを取り払うのは難しいため,話者は手垢のついていない別の語を用いて指示することを選ぶのである.その方法は,「#469. euphemism の作り方」 ([2010-08-09-1]) でみたように様々あるが,既存の語を取り上げて,その意味を転換(下落)させてしまうというのが簡便なやり方の1つである.日本語の「風俗」「夜鷹」もこの類いである.関連して,女性の下着を表わす語の euphemism について「#908. bra, panties, nightie」 ([2011-10-22-1]) を参照されたい.
 しかし,Schulz の主張によれば,最大の動機づけは,男性による女性への偏見,要するに女性蔑視の観念であるという.では,なぜ男性が女性を蔑視するかというと,それは男性が女性を恐れているからだという.恐怖の対象である女性の価値を社会的に(そして言語的にも)下げることによって,男性は恐怖から逃れようとしているのだ,と.さらに,なぜ男性は女性を恐れているのかといえば,根源は男性の "fear of sexual inadequacy" にある,と続く.Schulz (89) は複数の論者に依拠しながら,次のように述べる.

A woman knows the truth about his potency; he cannot lie to her. Yet her own performance remains a secret, a mystery to him. Thus, man's fear of woman is basically sexual, which is perhaps the reason why so many of the derogatory terms for women take on sexual connotations.


 うーむ,これは恐ろしい.純粋に歴史言語学的な関心からこの意味変化の話題を取り上げたのだが,こんな議論になってくるとは.最初に予想していたよりもずっと学際的なトピックになり得るらしい.認識の言語への反映という観点からは,サピア=ウォーフの仮説 (sapir-whorf_hypothesis) にも関わってきそうだ.

 ・ Schulz, Muriel. "The Semantic Derogation of Woman." Language and Sex: Difference and Dominance. Ed. Barrie Thorne and Nancy Henley. Rowley, MA: Newbury House, 1975. 64--75.

Referrer (Inside): [2014-12-17-1]

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2014-07-18 Fri

#1908. 女性を表わす語の意味の悪化 (1) [semantic_change][gender][lexicology][semantics]

 「#473. 意味変化の典型的なパターン」 ([2010-08-13-1]) の (3) で示した意味の悪化 (pejoration) は,英語史において例が多い.良い意味,あるいは少なくとも中立的な意味だった語にネガティヴな価値が付される現象である.これまでの記事としては,「#505. silly の意味変化」 ([2010-09-14-1]),「#683. semantic prosody と性悪説」 ([2011-03-11-1] ),「#742. amusing, awful, and artificial」 ([2011-05-09-1]) などで具体例を見てきた.
 しかし,英語史における意味の悪化の例としてとりわけよく知られているのは,女性を表わす語彙だろう.英語史を通じて,「女性」を意味する語群は,軒並み侮蔑的な含蓄的意味 (connotation) を獲得していく傾向を示す.「女性」→「性的にだらしない女性」→「娼婦」というのが典型的なパターンである.この話題を正面から扱った Schulz の論文 "The Semantic Derogation of Woman" によると,「女性を表わす語の堕落」がいかに一般的な現象であるかが,これでもかと言わんばかりに示される.3箇所から引用しよう.

Again and again in the history of the language, one finds that a perfectly innocent term designating a girl or woman may begin with totally neutral or even positive connotations, but that gradually it acquires negative implications, at first perhaps only slightly disparaging, but after a period of time becoming abusive and ending as a sexual slur. (82--83)

. . . virtually every originally neutral word for women has at some point in its existence acquired debased connotations or obscene reference, or both. (83)

I have located roughly a thousand words and phrases describing women in sexually derogatory ways. There is nothing approaching this multitude for describing men. Farmer and Henley (1965), for example, have over five hundred terms (in English alone) which are synonyms for prostitute. They have only sixty-five synonyms for whoremonger. (89)


 Schulz の論文内には,数多くの例が列挙されている.論文内に現われる99語をアルファベット順に並べてみた.すべてが「性的に堕落した女」「娼婦」にまで意味が悪化したわけではないが,英語史のなかで少なくともある時期に侮蔑的な含意をもって女性を指示し得た単語群である.

abbess, academician, aunt, bag, bat, bawd, beldam, biddy, Biddy, bitch, broad, broadtail, carrion, cat, cleaver, cocktail, courtesan, cousin, cow, crone, dame, daughter, doll, Dolly, dolly, dowager, drab, drap, female, flagger, floozie, frump, game, Gill, girl, governess, guttersnipe, hack, hackney, hag, harlot, harridan, heifer, hussy, jade, jay, Jill, Jude, Jug, Kitty, kitty, lady, laundress, Madam, minx, Miss, Mistress, moonlighter, Mopsy, mother, mutton, natural, needlewoman, niece, nun, nymph, nymphet, omnibus, peach, pig, pinchprick, pirate, plover, Polly, princess, professional, Pug, quean, sister, slattern, slut, sow, spinster, squaw, sweetheart, tail trader, Tart, tickletail, tit, tramp, trollop, trot, twofer, underwear, warhorse, wench, whore, wife, witch


 重要なのは,これらに対応する男性を表わす語群は必ずしも意味の悪化を被っていないことだ.spinster (独身女性)に対する bachelor (独身男性),witch (魔女)に対する warlock (男の魔法使い)はネガティヴな含意はないし,どちらかというとポジティヴな評価を付されている.老女性を表わす trot, heifer などは侮蔑的だが,老男性を表わす geezer, codger は少々侮蔑的だとしてもその度合いは小さい.queen (女王)は quean (あばずれ女)と通じ,Byron は "the Queen of queans" などと言葉遊びをしているが,対する king (王)には侮蔑の含意はない.princessprince も同様に対照的だ.mother, sister, aunt, niece の意味は堕落したことがあったが,対応する father, brother, uncle, nephew にはその気味はない.男性の職業・役割を表わす footman, yeoman, squire は意味の下落を免れるが,abbess, hussy, needlewoman など女性の職業・役割の多くは professional その語が示しているように,容易に「夜の職業」へと転化してゆく.若い男性を表わす語は boy, youth, stripling, lad, fellow, puppy, whelp など中立的だが,doll, girl, nymph は侮蔑的となる.
 女性を表わす固有名詞も,しばしば意味の悪化の対象となる.また,男性と女性の両者を指示することができる dog, pig, pirate などの語でも,女性を指示する場合には,ネガティヴな意味が付されるものも少なくない.いやはや,随分と類義語を生み出してきたものである.

 ・ Schulz, Muriel. "The Semantic Derogation of Woman." Language and Sex: Difference and Dominance. Ed. Barrie Thorne and Nancy Henley. Rowley, MA: Newbury House, 1975. 64--75.

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2014-06-27 Fri

#1887. 言語における性を考える際の4つの視点 [gender][gender_difference][terminology][sociolinguistics][semantics][singular_they]

 「#1883. 言語における性,その問題点の概観」 ([2014-06-23-1]) で,Hellinger and Bussmann の著書を参照した.そこで,言語における性の見方を整理したが,とりわけ感心したのが,性を話題にするときに数種類の性を区別すべきだという知見である.具体的には grammatical gender, lexical gender, referential gender, social gender の4種を区別する必要がある.以下,Hellinger and Bussmann (7--11) を参照しながら概説する.

 言語における性という場合に,まず思い浮かぶのは grammatical gender だろう.古英語では男性・女性・中性の3性があり,すべての名詞が原則的にはいずれかの性に割り振られていた.名詞のクラスの一種として,通常は2〜3種類ほどが区別され,統語的な一致を伴うなどの特徴がある.The World Atlas of Language Structures Online より Number of Genders, Sex-based and Non-sex-based Gender Systems, Systems of Gender Assignment などで世界の言語の分布を見渡しても,性というカテゴリーは,印欧語族などの特定の語族に限定されず,世界各地に点在している.
 次に,lexical gender という区分がある.言語外の属性である自然性や生物学的性を参照するが,本質的には語彙的・意味的に規定される性である.例えば,fathermother は,それぞれ [+male] と [+female] という意味素性をもち,"gender-specific" な語とされる.一方で,citizen, patient, individual などにおいて,lexical gender は "gender-indefinite" あるいは "gender-neutral" とされる.gender-specific な語は,代名詞で受けるときに he あるいは she が意味素性にしたがって選択されるのが普通である.grammatical gender と lexical gender はたいてい一致するが,ドイツ語 Individuum (n), Person (f) のように両者が一致しないものも散見される.このような場合,常にそうというわけではないが,代名詞の選択は grammatical gender によってなされる.
 3つ目は,referential gender である.これは,ある語が現実世界で指示する対象の生物学的性である.例えば,先に挙げたドイツ語 Person は grammatical gender は女性,lexical gender は性不定だが,この語が実際の文脈においてある男性を指示していれば,referential gender は男性ということになる.同様に,ドイツ語で Mädchaen für alles "girl for everything" (何でも屋,便利屋)は男性についても用いられるが,その場合 Mädchaen は grammatical gender は中性,lexical gender は女性,referential gender は男性ということになる.これを代名詞で受ける際には,grammatical gender による場合と referential gender による場合がある.
 最後に,social gender とは,社会的な役割・特性として負わされる男女の二分法である.人を表わす名詞,特に職業に関わる名詞は,男女いずれかの social gender を負わされていることが多い.例えば英米では,lawyer, surgeon, scientist はしばしば男性であることが期待され,secretary, nurse, schoolteacher は女性であることが期待される.一方,pedestrian, consumer, patient などの一般的な名詞は,代名詞 he で照応することが伝統的な慣習であることから,その social gender は男性であると解釈できる.social gender には,その社会における性のステレオタイプがよく表わされる.

 英語史における言語上の性の話題としては,文法性の消失という問題がある.文法性が自然性へ置換されたというような場合に関与するのは,grammatical gender, lexical gender, referential gender の3種だろう.一方,generic 'he' や singular they の問題が関係するのは,lexical gender, referential gender, social gender の3種だろう.ともに「言語の性」にまつわる問題だが,注目する「性」は異なっているということになる.

 ・ Hellinger, Marlis and Hadumod Bussmann, eds. Gender across Languages: The Linguistic Representation of Women and Men. Vol. 1. Amsterdam: John Benjamins, 2001.

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2014-06-14 Sat

#1874. 高頻度語の語義の保守性 [semantics][semantic_change][frequency][speed_of_change]

 高頻度語は形態的に保守的だということは,よくいわれる.頻度と変化しやすさとの間に相関関係があるらしいことは,最近でも「#1864. ら抜き言葉と頻度効果」 ([2014-06-04-1]) で取り上げ,その記事の冒頭にもいくつかの記事へのリンクを張った (##694,1091,1239,1242,1243,1265,1286,1287,1864) .高頻度語はたいてい日常的な基礎語でもあることから,この問題は基礎語彙の保守性という問題にも通じる.実際,「#1128. glottochronology」 ([2012-05-29-1]) は,基礎語彙の保守性を前提とした仮説だった.
 語という記号 (sign) や形態という記号表現 (signifiant) について頻度と保守性の関係が指摘されるのならば,記号のもう1つの側面である記号内容 (signifié),すなわち意味についても同様の関係が指摘されてもよいはずだ.高頻度の意味であれば,変化しにくいといえるのではないか.Stern (185) は,高頻度語の語義の保守性に触れている.

It is well known that the most common words of a language retain most tenaciously old and otherwise discarded forms and inflections. It is reasonable to assume that a strong tradition has similar effects on meanings. Note, however, that the retention of one or more old meanings is no obstacle to the acquisition of new ones: frequency is only a conservative factor for already established meanings.


 高頻度の語義をもつ語はそれ自体が高頻度であり,日常的な基礎語である確率が高く,全体として保守的だろうとは予想される.しかし,なるほど Stern の述べる通り,その高頻度の語義は保守的だとしても,その語に比喩的・派生的な語義が新たに付加されることが妨げられるわけではない.むしろ,多くの場合,基礎語は多義である.
 Stern の言うように,形態についても意味についても,高頻度と保守性との相関関係は等しく認められるように思われる.しかし,1つ大きな違いがある.形態の変化を論じる場合には,新形が旧形に取って代わる過程,あるいは少なくとも両形が variants として並び立つ状況が前提とされる.一応のところ 各々の variant は明確に区別される.しかし,意味の変化を論じる場合には,新しい語義が古い語義を必ずしも置き換えるのではなく,その上に累積されてゆくことが多い.新旧 variants の置換や並立というよりは,それらが多義として積み重なっていく過程である.形態の保守性と意味の保守性は,この違いを意識しながら理解しておく必要があるだろう.関連して,「#1692. 意味と形態の関係」 ([2013-12-14-1]) の第3引用を参照されたい.

 ・ Stern, Gustaf. Meaning and Change of Meaning. Bloomington: Indiana UP, 1931.

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2014-06-13 Fri

#1873. Stern による意味変化の7分類 [semantics][semantic_change][causation]

 「#1756. 意味変化の法則,らしきもの?」 ([2014-02-16-1]),「#1863. Stern による語の意味を決定づける3要素」 ([2014-06-03-1]),「#1862. Stern による言語の4つの機能」 ([2014-06-02-1]) で,意味と意味変化について考察した Stern の見解を紹介してきた.Stern (165--76) は意味変化の分類をも手がけ,7種類の分類を提案した.

A. External Causes Class I. Substitution.
B. Linguistic Causes
   I. Shift of Verbal Relation
      a. Class II. Analogy.
      b. Class III. Shortening.
   II. Shift of Referential Relation
      a. Class IV. Nomination.
      b. Class V. (Regular) Transfer.
   III. Shift of Subjective Relation
      a. Class VI. Permutation.
      b. Class VII. Adequation.


 Class I (Substitution) は,外部的,非言語的な要因による意味変化である.しばしば技術や文化の発展が関わっており,例えば shipto travel は,近代的な乗り物が発明される前と後とでは,指示対象 (referent) が異なっている.意味変化そのものとみなすよりは,指示対象の変化に伴う意味の変更といったほうが適切かもしれない.
 Class II (Analogy) は,例えば副詞 fast が「しっかりと」から「速く」へとたどった意味変化が,類推により対応する形容詞 fast へも影響し,形容詞 fast も「速い」の語義を獲得したという事例が挙げられる.意図的,非意図的の両方があり得る.話者主体.
 Class III (Shortening) は,private soldier の省略形として private が用いれるようなケースで,結果として private の意味や機能が変化したことになる.意図的,非意図的の両方があり得る.話者主体.
 Class IV (Nomination) は,いわゆる暗喩,換喩,提喩などを含む転義だが,とりわけ詩人などが意図的(ときに恣意的)に行う臨時的な転義を指す.話者主体.
 Class V ((Regular) Transfer) は,意図的な転義を表わす Nomination に対して,非意図的な転義を指す.しかし,意図の有無が判然としないケースもある.話者主体.
 Class VI (Permutation) は,count one's beads という「句」において,元来 beads は祈りを意味したが,祈りの回数を数えるのにロザリオの数珠玉をもってしたことから,beads が数珠玉そのものを意味するようになった.count one's beads は,両義に解釈できるという点で曖昧ではあるが,祈りながら数珠玉を数えている状況全体を指示対象としているという特徴がある.非意図的.聞き手も多く関与する.
 Class VII (Adequation) は,元来動物の角を表わす horn という「語」が,(材質を問わない)角笛を意味するようになった例が挙げられる.指示対象自体は変化していないので Substitution ではなく,指示対象の使用目的に関する話者の理解が変化した点が特徴的である.非意図的.聞き手も多く関与する.

 Stern の7分類は,(1) 言語外的か内的か,(2) 言語手段,指示対象,主観のいずれに関わるか,(3) 意図的か非意図的か,(4) 主たる参与者か話者のみか聞き手も含むか,といった複数の基準を重ね合わせたものである.1つのモデルとしてとらえておきたい.
 関連して,「#473. 意味変化の典型的なパターン」 ([2010-08-13-1]) や「#1109. 意味変化の原因の分類」 ([2012-05-10-1]) も参照.

 ・ Stern, Gustaf. Meaning and Change of Meaning. Bloomington: Indiana UP, 1931.

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2014-06-03 Tue

#1863. Stern による語の意味を決定づける3要素 [semantics]

 Stern は語の意味を決定づける要素として3つを挙げている.1つ目は "the objective reference", 2つ目は "the subjective apprehension", 3つ目は "the traditional range" である.それぞれ,指示対象そのものの特性,話し手や聞き手がそれをどのように捉えているか,社会慣習としての有効範囲を表わす.別の観点からいえば,昨日の記事「#1862. Stern による言語の4つの機能」 ([2014-06-02-1]) で挙げた Stern の言語の4機能のうちの最初の3つ,symbolic, expressive, communicative の機能にそれぞれ対応するといえる.Stern (43--44) に直接説明してもらおう.

   We have found, in the first place, that the objective reference is an indispensable element in any meaning, and that the qualitative characteristics of meaning are conditioned by the actual characteristics of the referent which the word is employed to denote. This factor conditions the symbolic function of the word.
   We have found, secondly, that the meaning of a word is determined also by the subject's apprehension of the referent that the word is employed to denote, that is to say, the subject's thoughts and feelings with regard to the referent. This factor conditions the expressive function of the word.
   We have found, thirdly, that the traditional range of a word serves to discriminate its meaning from concomitant elements of mental content, or mental context. The meaning of a word in speech normally lies within its range. This factor conditions the communicative function of the word.


 語の意味を決定づける3要素というこの提案が魅力的なのは,第1,第2の要素がすぐれて心理学的なものであるのに対して,第3の要素は,伝統や社会慣習など,すぐれて社会言語学的な概念に関係するものである点だ.意味論が,部分的ではあるが心理学から脱却し,自らの居場所を(社会)言語学のなかへ引き戻しているかのような感がある.
 続けて Stern (45) は,上記の説を踏まえて,語の意味を次のように定義している.少なくとも作業仮説として評価できる定義である.

The meaning of a word --- in actual speech -- is identical with those elements of the user's (speaker's or hearer's) subjective apprehension of the referent denoted by the word, which he apprehends as expressed by it.


 Stern の立場は,Ogden and Richards の立場とそれほど隔たっていないように思われる.後者については,「#1769. Ogden and Richards の semiotic triangle」 ([2014-03-01-1]),「#1777. Ogden and Richards による The Canons of Symbolism」 ([2014-03-09-1]),「#1782. 意味の意味」 ([2014-03-14-1]) を参照.

 ・ Stern, Gustaf. Meaning and Change of Meaning. Bloomington: Indiana UP, 1931.

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2014-04-05 Sat

#1804. gradable antonym の意味論 [markedness][antonymy][semantics][pragmatics]

 「#1800. 様々な反対語」 ([2014-04-01-1]) の記事で,もっとも典型的な反対語として "gradable antonym" と称される種類について触れた."contrary" とも呼ばれるが,典型的な程度の形容詞のペアを思い浮かべればよい.good / bad, big / small, hot / cold, old / young, long / short, happy / sad, clean / dirty 等々である.それぞれ見かけは単純なペアだが,意味論的に本格的に扱おうとすると,なかなか複雑な問題を含んでいる.
 これらの反意語ペアについてよく知られている現象は,先の記事でも触れたように,ペアのうち一方が無標 (unmarked) で,他方が有標 (marked) であることだ.例えば,年齢を尋ねる疑問文では,How old are you?old を用いるのが普通である.How young are you?young をあえて用いる場合には,「あなたが若いということはすでに知っているが,尋ねたいのはどれだけ若いかだ」という特殊な前提を含んだ疑問となる.old の場合にはそのような前提はなく,通常,中立的に使われる.一見すると oldyoung はそれぞれ同等の資格でペアをなしている反意語のように見えるが,実際には old は中立的な働きも担っており無標であるのに対して,young は場合によっては特殊な前提を要求する点で有標である.oldyoung に見られるこのような差は,語用論的に現れる差ではなく,意味論的に規定されている差であると考えられ,意味論の領域の問題とされる.
 反意語の有標と無標の対立が表出するのは,程度を尋ねる疑問文という文脈に限らない.例えば,派生名詞も,反意語形容詞の無標メンバーに基づくものが多い.long / short に対応する中立的な名詞は length だ.shortness としてしまうと,意味の重心が短い方へ傾き,中立的ではない.同様に,deep / shallow に対して depth が,strong / weak に対して strength が,それぞれ中立的な派生名詞だろう.
 有標と無標の対立が表出する環境として疑問文と派生名詞の2点を上で挙げたが,Lehrer (400) はさらに6つの項目を挙げて,この対立が反意語の意味論に深く根を下ろしていることを論じた.全8項目を以下に示す.

I Neutralization of an opposition in questions by unmarked member.
II Neutralization of an opposition in nominalizations by unmarked member.
III Only the unmarked member appears in measure phrases of the form Amount Measure Adjective (e.g. three feet tall).
IV If one member of the pair consists of an affix added to the antonym, the affix form is marked.
V Ratios can be used only with the unmarked member (e.g. Twice as old).
VI The unmarked member is evaluatively positive; the marked is negative.
VII The unmarked member denotes more of a quality; the marked denotes less.
VIII If there are asymmetrical entailments, the unmarked member is less likely to be 'biased' or 'committed'. Cf.
   A is better than B. A and B could be bad.
   B is worse than A. B must be bad, and A may be as well.


 I と II についてはすでに触れた.III は,five feet tall, two years old, three metres wide などの単位量にかかわる表現で通常用いられるのが無標メンバーとされる.
 IV は,典型的に否定接頭辞のつくメンバーが有標であるということで,lucky / unlucky, important / unimportant などの例がある.ただし,impartial / partialunbiased / biased のペアでは,他の属性に照らすと,むしろ否定接頭辞のつく前者が無標となり,反例を構成する.
 V は,twice as long as . . ., ten times as heavy as . . . などの倍数表現で用いられるメンバーが無標ということである.
 VI は,ポジティヴな評価を担当するメンバーが無標であるというものだ.good, strong, happy, clean などをみる限り,確かにその傾向が強いように思われるが,文化による揺れや語用による変異はあり得るだろう.たとえば,clean / dirty の対立において,ポルノ雑誌の編集者にとってポジティヴな評価を担当するのは dirty のほうだろう.
 VII は,客観的に量化した場合に,より大きくなるほうが無標であるというものだ.big, long, heavy, wide などについてはこの基準はよく当てはまるが,clean / dirty の場合,前者が後者に比べて何の量が大きいのかはよく分からない.ちらかっているゴミの量でいえば,dirty のほうが大きいということになる.safe / dangerous, sober / drunk, pure / impure,, accurate / inaccurate にも同様の問題が生じる.
 VIII は,含意 (entailment) に関わる興味深い観点だ.例えば good / bad の対立において,The steak is better than the chicken, but both are bad. は許容されるが,* The chicken is worse than the steak, but both are good. は許容されないという.これは,goodbad と異なり,中立的な意味を担うことができることを表わす.逆に,bad は非中立的であり,特定の方向を向いているということになる.bad のこのような特性は,"committed" と表現される.この点で,hot / cold, happy / sad などでは両メンバーとも "committed" であるから,片方のメンバーのみが "committed" である good / bad, long / short のようなペアとは性質が異なることになる.
 上記8項目は,全体として gradable antonyms が無標と有標の対立を有する傾向があることを示すものにとどまり,すべてのペアが必ず8項目のすべてを満たすということにはならない.I を最も強力な属性とみなすことまではできるが,それ以外の属性は個々の反意語ペアに応じて満たされたり満たされなかったりとまちまちだ.
 上記が英語以外の言語にも広く観察される現象なのか,またそもそもなぜ反意語ペアに無標と有標の対立があるものなのかという,一般的な問題も浮かんでくる.反意語の意味論は,見かけ以上に深遠である.

 ・ Lehrer, A. "Markedness and Antonymy." Journal of Linguistics 21 (1985): 397--429.

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2014-04-02 Wed

#1801. homonymy と polysemy の境 [semantics][homonymy][polysemy][semantic_change][lexeme][componential_analysis]

 homonymy (同義)と polysemy (多義)の区別が難しいことについては,「#286. homonymy, homophony, homography, polysemy」 ([2010-02-07-1]) や「#815. polysemic clash?」 ([2011-07-21-1]) の記事で話題にした.同形態の2つの語彙素が2つの同義語であるのか,あるいは1つの多義語であるのかは,一方は通時的な意味の変遷を参考にして,他方では話者の共時的な直感を参考にして判断するというのが通常の態度だろう.しかし,2つの視点が食い違うこともある.
 例えば,(トランプの)組札,(衣服の)スーツ,訴訟の3つの語義をもつ suit という語を考えよう.3者は語源的には関連があり,核となる意味として "a following or natural sequence of things or events" ほどをもつ.「組札」と「スーツ」は一組・一続きという共通項でくくられそうだが,「訴訟」は原義からが逸脱しているように思われる.「訴訟」は「不正をただす目的で自然な流れとして法廷に訴える」に由来し,本来的には原義とつながりは保っているのだが,共時的な感覚としては逸脱としているといってよいだろう.Voyles (121--22) は,生成意味論の立場から,3つの語義が1つの語として共存しえた段階の意味規則を (1) として,2つの語に分かれたというに近い現代の段階の意味規則を (2) として定式化した.




 (1) が polysemous,(2) が homonymous ということになるが,(2) も全体をひとくくりにしているという点では,必ずしも2つの別の語とみなしているわけではないのかもしれない.ポイントは,homonymy か polysemy かの区別は程度の問題ということである.Voyles (122) 曰く,

We are suggesting that for most contemporary speakers the meaning of suit as a set of cards or a set of clothes is an instance of polysemy: these two meanings share certain semantic markers in common. The other meaning of 'legal action' has become completely divorced from the meaning of 'collection' in that it has virtually no features in common with this meaning. This is then an instance of homonymy. The question of whether two or more different sense of a word should be considered the same or separate lexical items is, we believe, a function of the number of semantic features shared by the two (or more) senses. Often such a question does not admit of a simple yes or no; rather, the answer is one of degree.


 生成意味論での意味変化の考え方について,一言述べておこう.Voyles によれば,意味素性の束から成る語の意味表示に対して,ある意味素性を加えたり,脱落させたりする規則を適用することによって,その語の意味が変化すると考えた.生成文法が意味を扱う際に常にアキレス腱となるのは,どの意味素性を普遍的な意味素性として設定するかという問題である.Voyles (122) も,結局,同じ問題にぶつかっているようだ.Williams (462) による Voyles の論文に対する評は,否定的だ.

A formal system for representing semantic structure is no less a prerequisite to describing most patterns in change of meaning. Voyles 1973 has attempted to represent change of meaning, building on the formal semantic theory of features and markers first proposed by Katz & Fodor 1963. He tries to demonstrate that semantic change can be systematically explained by changes in rules that generate semantic representations, much as phonological change can be represented as rule change. But a great deal of investigation is still necessary before we understand what should go into a semantic representation, much less what one should look like and how it might change.


 生成意味論は理論的には過去のものといってよいだろう.しかし,homonymy と polysemy のような個別の問題については,どんな理論も何らかのヒントは与えてくれるものである.

 ・ Voyles, Joseph. "Accounting for Semantic Change." Lingua 31 (1973): 95--124.
 ・ Williams, Joseph M. "Synaesthetic Adjectives: A Possible Law of Semantic Change." Language 52 (1976): 461--78.

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2014-04-01 Tue

#1800. 様々な反対語 [semantics][markedness][antonymy][lexicology]

 反対語 (opposite) には反意語,反義語などの呼び名があるが,用語の不安定さもさることながら,何をもって反対とするかについての理解も様々である.
 黒の反対は白か,しかし白の反対は紅(赤)とも考えられるのではないか.だが『赤と黒』という組み合わせもあるし,信号機を思い浮かべれば赤と青(実際の色は緑)という対立も考え得る.また「高い」の反対には「低い」と「安い」の2つがあるが,「低い」の反対には「高い」1つしかない.兄の反対は弟か,あるいは姉か,はたまた妹か.犬に対する猫,タコに対するイカは反対語といえるのか.happy の反対は unhappy か,それとも sad か.長いと短い,生と死,山と海,北と南,夫と妻は,それぞれ同じ基準によって反対語と呼べるのだろうか.
 意味論では,反対語にも様々な種類があることが認められている.以下に Hofmann (40--46, 57--60) に拠って,代表的なものをまとめよう.

(1) (gradable) antonym
 最も典型的な反対語は,high / lowlong / short, old / new, hot / cold のような程度を表わす形容詞の対である.これらの反対語形容詞は,英語でいえば比較級や最上級にできる,very で程度を強められるなどの特徴をもつ.程度を尋ねる疑問や名詞形に使用されるのは,対のうちいずれかであり,そちらが一時的に中立的な意味を担うことになる.例えば,long / short の対に関しては long が無標となり,How long is the train?the length of the train などと中和した意味で用いられる.日本語でも「どのくらい長いのか」と尋ねるし,名詞は「長さ」という.漢字では「長短」「大小」「寒暖」などと対にして中立的な程度を表わすことができるのがおもしろい.

(2) complementary
 on / offtrue / false, finite / infinite, mortal / immortal, single / married などの二律背反の対を構成する.(1) の対と異なり,very などで強めることはできず,程度として表現できないデジタルな関係である.一般的に,否定の接頭辞が付加されている場合を除いて,どちらが無標であるかを決めることができない.ただし,対の一方が (1) の性質をもち,他方が (2)の性質をもつケースもある.例えば,open / shut, cooked / raw, invisible / visible は,それぞれのペアのうち前者は gradable である.
 他の品詞では,male / female, stop / move などが挙げられる.

(3) antonymous group
 black / white / red / blue / green のように,「反対」となりうるものが集まって一連の語群(この場合には色彩語彙)を形成するもの.これらは反対語というよりは,むしろ同じ語群に属するという意味では類義語とも言うべきである.互いに同類でありながらも,その属の内部では固有の地位を占めており互いに差異的であるという点で,見方によっては「反対語」ともされるにすぎない.dogcat はそれぞれ同類でありながら,同属の内部で相互に異なっているので,antonymous group の一部をなしているといえる.犬と猫は日本語でも英語でも慣用的にペアをなすので対語と見なされるが,同じグループの構成員としては,鼠,豚,狐,鹿を含めた多くの動物を挙げることができる.形容詞の例としては,big / small であれば (1) の例と同様にみえるが,huge / big / small / tiny という4段階制のなかで考えれば (3) を問題にしていることがわかる.つまり,(3) は,(1) や (2) の2項対立とは異なり,複数項対立と言い換えてもよいだろう.north / south / east / west の4項目など,方向に関して内部構造をもっているようなグループもある.
 日本語で山の反対は海(あるいは川?)が普通だが,アメリカでは mountain に対しては valley が普通である.このように,グルーピングに文化的影響が見られるものも多い.

(4) reversative
 動詞の動作について,逆転関係を表わす.tie (結ぶ)と untie (ほどく),clothe (着せる)と unclothe (脱がせる)など.過去分詞形容詞にして tied / untied, clothed / unclothed の対立へ転化すると,(1) や (2) の例となる.appear / disappear, enable / disable も同様.

(5) converse
 husband / wife, parent / child のような相互に逆方向でありながら補い合う関係."X is the (husband) of Y." のとき,"Y is the (wife) of X." が成り立つ.だが,son / father は上の言い換えが必ずしもできないので,見せかけの converse である (ex. "X is the father of Liz") .
 性質は異なるが,buy / sell, lend / borrow のように単一の出来事を反対の観点で見るものや,above / below, in front of / behind, north of / south of, right / left のように空間的位置関係を表わすものも,converse といえる.

 上記のようにきれいに分類できないような「反対語」もあるはずだが,一応の区分として参考になるだろう.

 ・ Hofmann, Th. R. Realms of Meaning. Harlow: Longman, 1993.

Referrer (Inside): [2014-04-05-1]

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2014-03-14 Fri

#1782. 意味の意味 [semantics][semiotics]

 たいていの英語で書かれた意味論の教科書は,意味の意味を考える第一歩として,英語の mean という動詞を用いた様々な例文を挙げることで始まる.例えば,Hofmann (1--2) では,次のような例文が提示される.

 ・ What did she mean by winking like that?
 ・ That nasal accent means he comes from Chicago.
 ・ How she feels means a lot to me.
 ・ Who do you mean to refer to by that?
 ・ Who do you mean by 'that guy with an earring'?
 ・ What does the word teacher mean?
 ・ What do you mean by freedom?


 Crystal (187) でも,次のように mean の多義性が導入されている.

 ・ 'intend' --- I mean to visit Jane next week.
 ・ 'indicate' --- A red signal means stop.
 ・ 'refer to' --- What does 'telemetry' mean?
 ・ 'have significance' --- What does global warming mean?
 ・ 'convey' --- What does the name McGough mean to you?


 ここでは,それぞれ意図,示唆,重要性,指示,語義,定義などと言い表すことができるような語義で,mean が用いられている.また,英語辞書で mean を調べると,辞書によって語義分類に差異が見られるものの,複数の語義が挙げられているのが普通である.日本語の「意味する」もおよそ同様に広い使い方ができるので,mean とほぼ同じ問題を扱っているととらえてよい.
 Ogden and Richards (186--87) は,The Meaning of Meaning の中で,意味の意味(として古今東西採用されてきたもの)を16に分類している.以下に整理しよう.

A	I	An Intrinsic property.
	II	A unique unanalysable Relation to other things.
B	III	The other words annexed to a word in the Dictionary.
	IV	The Connotation of a word.
	V	An Essence.
	VI	An activity Projected into an object.
	VII	(a)	An event Intended.
		(b)	A Volition.
	VIII	The Place of anything in a system.
	IX	The Practical Consequences of a thing in our future experience.
	X	The Theoretical consequences involved in or implied by a statement.
	XI	Emotion aroused by anything.
C	XII	That which is Actually related to a sign by a chosen relation.
	XIII	(a)	The Mnemic effects of a stimulus. Associations acquired.
		(b)	Some other occurrence to which the mnemic effects of any occurrence are Appropriate.
		(c)	That which a sign is Interpreted as being of.
		(d)	What anything Suggests.
	(In the case of Symbols.)
			That to which the User of a Symbol actually refers.
	XIV	That to which the user of a symbol Ought to be referring.
	XV	That to which the user of a symbol Believes himself to be referring.
	XVI	That to which the Interpreter of a symbol
		(a)	Refers.
		(b)	Believes himself to be referring.
		(c)	Believes the User to be referring.


 Ogden and Richards が,誤解の恐れがあるとして最も危惧している類の意味は,上のC群の後半に属する XIV, XV, XVI である.XIV は記号の "Good Use" (正用)と呼ばれるもので,辞書に載っているような規範的な意味である.対する XV は使用者(話者)にとっての指示対象,XVI は解釈者(聴者)にとっての指示対象である.これらの指示対象が互いに異なっている場合に,とかく意思疎通の上で誤解が生じやすいとされる.
 それにしても,通常の文脈で mean や「意味」という語を用いるとき,私たちはそれらを上のようなリストのなかのどの意味で用いているのか,(ときに誤ることはあるにせよ)瞬時に判別しているということになる.Ogden and Richards は,終始,意味にまつわる誤解を危惧しているが,むしろ意味を把握する人間の柔軟性こそ,恐るべきものであるように思われてならない.

 ・ Hofmann, Th. R. Realms of Meaning. Harlow: Longman, 1993.
 ・ Crystal, David. How Language Works. London: Penguin, 2005.
 ・ Ogden, C. K. and I. A. Richards. The Meaning of Meaning. 1923. San Diego, New York, and London: Harcourt Brace Jovanovich, 1989.

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2014-03-10 Mon

#1778. 借用語研究の to-do list [loan_word][borrowing][semantics][lexicology][typology][methodology]

 ゼミの学生の卒業論文研究をみている過程で,Fischer による借用語研究のタイポロジーについての論文を読んだ.英語史を含めた諸言語における借用語彙の研究は,3つの観点からなされてきたという.(1) morpho-etymological (or morphological), (2) lexico-semantic (or semantic), (3) socio-historical (or sociolinguistic) である.
 (1) は,「#901. 借用の分類」 ([2011-10-15-1]) で論じたように,model と loan とが形態的にいかなる関係にあるかという観点である.形態的な関係が目に見えるものが importation,見えないもの(すなわち意味のみの借用)が importation である.(2) は,借用の衝撃により,借用側言語の意味体系と語彙体系が再編されたか否かを論じる観点である.(3) は,語の借用がどのような社会言語学的な状況のもとに行われたか,両者の相関関係を明らかにしようとする観点である.この3分類は互いに交わるところもあるし,事実その交わり方の組み合わせこそが追究されなければならないのだが,おおむね明解な分け方だと思う.
 Fischer は,このなかで (3) の社会言語学的な観点は最も興味をそそるが,目に見える研究成果は期待できないだろうと悲観的である.この観点を重視した Thomason and Kaufman を参照し,高く評価しながらも,借用語研究には貢献しないだろうと述べている.

Of the three types of typologies discussed here, the third, although the most attractive because of its sociolinguistic orientation, is possibly the least useful for a study of lexical borrowing: lexis is an unreliable indicator of the precise nature of a contact situation, and the socio-historical evidence necessary to reconstruct the latter is often not available. Morphological and semantic typologies on the other hand, though seemingly more traditional, can yield a great deal of new information if an attempt is made to study a whole semantic domain and if such studies are truly comparative, comparing different text types, different source languages or different periods. (110)


 Fischer は (1) と (2) の観点こそが,借用語研究において希望のもてる方向であると指南する.一見すると,英語史に限定した場合,この2つの観点,とりわけ (1) の観点からは,相当に研究がなされているのではないかと思われるが,案外とそうでもない.例えば,意味借用 (semantic loan) に代表される substitution 型の借用語については,研究の蓄積がそれほどない.これには,importation に対して substitution は意味を扱うので見えにくいこと,頻度として比較的少ないことが理由として挙げられる.
 それにしても,語を借用するときに,ある場合には importation 型で,別の場合には substitution 型で取り込むのはなぜだろうか.背後にどのような選択原理が働いているのだろうか.借用側言語の話者(集団)の心理や,公的・私的な言語政策といった社会言語学的な要因については言及されることがあるが,上記 (1) や (2) の言語学的な観点からのアプローチはほとんどないといってよい.Fischer (100) の問題意識,"why certain types of borrowing seem to be more frequent than others, depending on period, source language, text type, speech community or language policy, to name only the most obvious factors." は的を射ている.私自身も,同様の問題意識を,「#902. 借用されやすい言語項目」 ([2011-10-16-1]),「#903. 借用の多い言語と少ない言語」 ([2011-10-17-1]),「#934. 借用の多い言語と少ない言語 (2)」 ([2011-11-17-1]),「#1619. なぜ deus が借用されず God が保たれたのか」 ([2013-10-02-1]) などで示唆してきた.
 英語史におけるラテン借用語を考えてみれば,古英語では importation と並んで substitution も多かった(むしろ後者のほうが多かったとも議論しうる)が,中英語以降は importation が主流である.Fischer (101) で触れられているように,Standard High German と Swiss High German におけるロマンス系借用語では,前者が substitution 寄り,後者は importation 寄りの傾向を示すし,アメリカ英語での substitution 型の fall に対してイギリス英語での importation 型の autumn という興味深い例もある.日本語への西洋語の借用も,明治期には漢語による substitution が主流だったが,後には importation が圧倒的となった.言語によって,時代によって,importation と substitution の比率が変動するが,ここには社会言語学的な要因とは別に何らかの言語学的な要因も働いている可能性があるのだろうか.
 Fischer (105) は,このような新しい設問を多数思いつくことができるとし,英語史における設問例として3つを挙げている.

 ・ How many of all Scandinavian borrowings have replaced native terms, how many have led to semantic differentiation?
 ・ How does French compare with Scandinavian in this respect?
 ・ How many borrowings from language x are importations, how many are substitutions, and what semantic domains do they belong to?


 HTOED (Historical Thesaurus of the Oxford English Dictionary) が出版された現在,意味の借用である substitution に関する研究も断然しやすくなってきた.英語借用語研究の未来はこれからも明るそうだ.

 ・ Fischer, Andreas. "Lexical Borrowing and the History of English: A Typology of Typologies." Language Contact in the History of English. 2nd rev. ed. Ed. Dieter Kastovsky and Arthur Mettingers. Frankfurt am Main: Peter Lang, 2003. 97--115.
 ・ Thomason, Sarah Grey and Terrence Kaufman. Language Contact, Creolization, and Genetic Linguistics. Berkeley: U of California P, 1988.

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2014-03-09 Sun

#1777. Ogden and Richards による The Canons of Symbolism [semantics][semiotics]

 昨日の記事「#1776. Ogden and Richards による言語の5つの機能」 ([2014-03-08-1]) に引き続き,Ogden and Richards より,今日は言語記号を「正しく」運用するための規範について.著者は,記号論と意味論の理論的な考察をおこなっているものの,本質的には記述家というよりも "therapeutic" な規範家である.「#1769. Ogden and Richards の semiotic triangle」 ([2014-03-01-1]) で表わされる SYMBOL, REFERENCE, REFERENT から成る記号体系において以下の規範集に示される関係がもれなく確保されていれば,その記号体系(さらには科学や論理も)は盤石であるはずだという.

 I. The Canon of Singularity: One Symbol stands for one and only one Referent. (88)
 II. The Canon of Definition: Symbols which can be substituted one for another symbolize the same reference. (92)
 III. The Canon of Expansion: The referent of a contracted symbol is the referent of that symbol expanded. (93)
 IV. The Canon of Actuality: A symbol refers to what it is actually used to refer to; not necessarily to what it ought in good usage, or is intended by an interpreter, or is intended by the user to refer to. (103)
 V. The Canon of Compatibility: No complex symbol may contain constituent symbols which claim the same 'place.' (105)
 VI. The Canon of Individuality: All possible referents together form an order, such that every referent has one place only in that order. (106)


 I, II, III は SYMBOL, REFERENCE, REFERENT の間に確保されるべき関係を,IV は当該の記号の用いられ方を,V, VI は諸記号の間に階層や秩序が保たれている必要を,それぞれ述べたものである.
 Ogden and Richards (107) は The Canons of Symbolism を遵守することの効用について,確信的である.

In these six Canons, Singularity, Expansion, Definition, Actuality, Compatibility, and Individuality, we have the fundamental axioms, which determine the right use of Words in Reasoning. We have now a compass by the aid of which we may explore new fields with some prospect of avoiding circular motion. We may begin to order the symbolic levels and investigate the process of interpretation, the 'goings-on' in the minds of interpreters.


 逆にいえば,通常の言語使用が,いかに The Canons of Symbolism から逸脱した記号体系に依存してなされているかということを考えさせられる.言語という記号体系,あるいはその使用は,一見整理されているようでいて厳格には整理されていないのだろう.しかし,使用者である人間は,そのカオスに自らが翻弄されていると同時に,そのカオスを利用しているところもあるという点は気にとめておく必要がある.もっとも,Ogden and Richards は,この両方を疎ましく思っているようなのだが.

 ・ Ogden, C. K. and I. A. Richards. The Meaning of Meaning. 1923. San Diego, New York, and London: Harcourt Brace Jovanovich, 1989.

Referrer (Inside): [2014-06-03-1]

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2014-03-02 Sun

#1770. semiotic triangle の底辺が直接につながっているとの誤解 [semantics][semiotics][sign][language_myth][sapir-whorf_hypothesis][linguistic_relativism]

 昨日の記事「#1769. Ogden and Richards の semiotic triangle」 ([2014-03-01-1]) で,Ogden and Richards の有名な図を示した.彼らによれば,SYMBOL と REFERENT をつなぐ底辺が間接的なつながり(点線)しかないにもかかわらず,世の中では多くの場合,直接的なつながり(実線)があるかのように誤解されている点が問題であるということだった ("The fundamental and most prolific fallacy is . . . that the base of the triangle given above is filled in" (15)) .これを正したいとの著者の思いは "missionary fervor" (Eco vii) とでも言うべきほどのもので,第1章の直前には,この思いを共有する先人たちからの引用が多く掲げられている.

 "All life comes back to the question of our speech---the medium through which we communicate." ---HENRY JAMES.
 "Error is never so difficult to be destroyed as when it has its root in Language." ---BENTHAM.
 "We have to make use of language, which is made up necessarily of preconceived ideas. Such ideas unconsciously held are the most dangerous of all." ---POINCARÉ.
 "By the grammatical structure of a group of languages everything runs smoothly for one kind of philosophical system, whereas the way is as it were barred for certain other possibilities." ---NIETZCHE.
 "An Englishman, a Frenchman, a German, and an Italian cannot by any means bring themselves to think quite alike, at least on subjects that involve any depth of sentiment: they have not the verbal means." ---Prof. J. S. MACKENZIE.
 "In Primitive Thought the name and object named are associated in such wise that the one is regarded as a part of the other. The imperfect separation of words from things characterizes Greek speculation in general." ---HERBERT SPENCER.
 "The tendency has always been strong to believe that whatever receives a name must be an entity or being, having an independent existence of its own: and if no real entity answering to the name could be found, men did not for that reason suppose that none existed, but imagined that it was something peculiarly abstruse and mysterious, too high to be an object of sense." ---J. S. MILL.
 "Nothing is more usual than for philosophers to encroach on the province of grammarians, and to engage in disputes of words, while they imagine they are handling controversies of the deepest importance and concern." ---HUME.
 "Men content themselves with the same words as other people use, as if the very sound necessarily carried the same meaning." ---LOCKE.
 "A verbal discussion may be important or unimportant, but it is at least desirable to know that it is verbal.." ---Sir G. CORNEWALL LEWIS.
 "Scientific controversies constantly resolve themselves into differences about the meaning of words." ---Prof. A. Schuster.


 いくつかの引用で示唆される通り,Ogden and Richards が取り除こうと腐心しているこの誤解は,サピア=ウォーフの仮説 (sapir-whorf_hypothesis) や言語相対論 (linguistic_relativism) の問題にも関わってくる.実際に読んでみると,The Meaning of Meaning は多くの問題の種を方々にまき散らしているのがわかり,その意味で "a seminal work" と呼んでしかるべき著書といえるだろう.

 ・ Ogden, C. K. and I. A. Richards. The Meaning of Meaning. 1923. San Diego, New York, and London: Harcourt Brace Jovanovich, 1989.
 ・ Eco, Umberto. "The Meaning of The Meaning of Meaning." Trans. William Weaver. Introduction. The Meaning of Meaning. C. K. Ogden and I. A. Richards. San Diego, New York, and London: Harcourt Brace Jovanovich, 1989. v--xi.

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2014-03-01 Sat

#1769. Ogden and Richards の semiotic triangle [semantics][semiotics][sign][basic_english][language_myth]

 標題は,Ogden and Richards による記号論・意味論の古典的名著 The Meaning of Meaning で広く知られるようになった,以下の図のことを指す.

Semiotic Triangle

 この図のもつ最大の意義は,SYMBOL と REFERENT の間には,すなわち語と事物の間には,本質的な関係はなく,間接的な関係しかないことを明示していることである.ここに直接の関係があるかのように誤解されていることこそが,適切な思考と言語の使用にとって諸悪の根源であると,著者は力説する.この主張は,著書のなかで何度となく繰り返される.
 SYMBOL, REFERENCE, REFERENT の3者の関係について,やや長い引用となるが,著者に直接説明してもらおう (10--12) .

   This may be simply illustrated by a diagram, in which the three factors involved whenever any statement is made, or understood, are placed at the corners of the triangle, the relations which hold between them being represented by the sides. The point just made can be restated by saying that in this respect the base of the triangle is quite different in composition from either of the other sides.
   Between a thought and a symbol causal relations hold. When we speak, the symbolism we employ is caused partly by the reference we are making and partly by social and psychological factors---the purpose for which we are making the reference, the proposed effect of our symbols on other persons, and our own attitude. When we hear what is said, the symbols both cause us to perform an act of reference and to assume an attitude which will, according to circumstances, be more or less similar to the act and the attitude of the speaker.
   Between the Thought and the Referent there is also a relation; more or less direct (as when we think about or attend to a coloured surface we see), or indirect (as when we 'think of' or 'refer to' Napoleon), in which case there may be a very long chain of sign-situations intervening between the act and its referent: word---historian---contemporary record---eye-witness---referent (Napoleon).
   Between the symbol and the referent there is no relevant relation other than the indirect one, which consists in its being used by someone to stand for a referent. Symbol and Referent, that is to say, are not connected directly (and when, for grammatical reasons, we imply such a relation, it will merely be an imputed, as opposed to a real, relation) but only indirectly round the two sides of the triangle.
   It may appear unnecessary to insist that there is no direct connection between say 'dog,' the word, and certain common objects in our streets, and that the only connection which holds is that which consists in our using the word when we refer to the animal. We shall find, however, that the kind of simplification typified by this once universal theory of direct meaning relations between words and things is the source of almost all the difficulties which thought encounters.


 Ogden and Richards がこの本を著した目的,そしてこの semiotic triangle を提示するに至った理由は,世の中の言説にはびこっている記号と意味に関する誤解を正すという点にあった.SYMBOL, REFERENCE, REFERENT の3者の間にある関係が世の中に正しく理解されていないという思い,それによって数々の言葉のミスコミュニケーションが生じているということへの焦燥感が,著者を突き動かしていた.その意味では,The Meaning of Meaning は,実践的治療を目的とした書,前置きで Umberto Eco も評している通り,"therapeutic" な書であると言える ("The Meaning of Meaning is pervaded by an abundant missionary fervor. I will call this attitude, with a certain severity, the 'therapeutic fallacy'." (vii)) .著者らが後に Basic English の創作を思いついたのも,このような "therapeutic" な意図をもっていたからにほかならない(Basic English については,「#960. Basic English」 ([2011-12-13-1]) 及び「#1705. Basic English で書かれたお話し」 ([2013-12-27-1]) を参照).
 今となっては,semiotic triangle は記号と意味の理論として基本的な部類に属するが,この理論が力説されるに至った経緯には,Ogden and Richards の言語使用に関わる実際的な問題意識があったのである.

 ・ Ogden, C. K. and I. A. Richards. The Meaning of Meaning. 1923. San Diego, New York, and London: Harcourt Brace Jovanovich, 1989.
 ・ Eco, Umberto. "The Meaning of The Meaning of Meaning." Trans. William Weaver. Introduction. The Meaning of Meaning. C. K. Ogden and I. A. Richards. San Diego, New York, and London: Harcourt Brace Jovanovich, 1989. v--xi.

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2014-02-19 Wed

#1759. synaesthesia の方向性 [synaesthesia][semantic_change][semantics]

 この2日間の記事 ([2014-02-17-1], [2014-02-18-1]) で,18世紀後半から19世紀にかけてのロマン派と synaesthesia 表現の関係について見てきた.言語学的あるいは意味論的にいえば,synaesthesia 表現のもつ最大の魅力は,「下位感覚から上位感覚への意味転用」という方向性,あるいは,背伸びした表現でいえば,法則性にある.
 この方向性についての仮説を,英語の共感覚表現によって精緻に実証し,論考したのが,Williams である.Williams は,100を超える感覚を表わす英語の形容詞について,関連する語義の初出年代を OEDMED で確かめながら,意味の転用の通時的傾向を明らかにした.さらに,英語に限っていえば,単に下位から上位への転用という一般論を述べるだけではなく,特定の感覚間での転用が目立つという点をも明らかにした.Williams (463) の結論は明快である.

THE MAJOR GENERALIZATION is this: if a lexeme metaphorically transfers from its earliest sensory meaning to another sensory modality, it will transfer according to the schedule shown in Figure 1.

Williams's Directionality of Synaesthesia


 この方向性を,生理学的な観点から表現すれば,"Sensory words in English have systematically transferred from the physiologically least differentiating, most evolutionary primitive sensory modalities to the most differentiating, most advanced, but not vice versa." (Williams 464--65) となる.Williams (464) より,具体的な形容詞を挙げる.

TOUCH TO TASTE: aspre, bitter, bland, cloying, coarse, cold, cool, dry, hard, harsh, keen, mild, piquant, poignant, sharp, smooth.
TOUCH TO COLOR: dull, light, warm.
TOUCH TO SOUND: grave, heavy, rough, smart, soft.
TASTE TO SMELL: acrid, sour, sweet.
TASTE TO SOUND: brisk, dulcet.
DIMENSION TO COLOR: full.
DIMENSION TO SOUND: acute, big, deep, empty, even, fat, flat, high, hollow, level, little, low, shallow, thick.
COLOR TO SOUND: bright, brilliant, clear, dark, dim, faint, light, vivid.
SOUND TO COLOR: quiet, strident.


 もちろん,Ullmann のロマン派詩人の調査にも見られたように,この方向性に例外がないわけではない.Williams (464) は,以下の例外リストを挙げている.

TOUCH TO DIMENSION: crisp.
TOUCH TO SMELL: hot, pungent.
TASTE TO TOUCH: eager, tart.
TASTE TO COLOR: austere, mellow.
DIMENSION TO TASTE: thin.
DIMENSION TO TOUCH: small.
SOUND TO TASTE: loud.
SOUND TO TOUCH: shrill.


 Williams は,この仮説に沿う共感覚表現は,数え方にもよるが,全体の83--99%であると述べている.しかし,ここまで高い率であれば,少なくとも傾向とは呼べるし,さらには一種の法則に近いものとみなしても差し支えないだろう.
 Williams (470--72) は,この仮説の大筋は他言語にも当てはまるはずだと見込んでおり,実際に日本語の共感覚表現について『広辞苑』と日本語母語話者インフォーマントを用いて,同じ方向性を91%という整合率を挙げながら確認している.
 この意味転用の方向性の仮説が興味を引く1つの点は,嗅覚 (smell) がどん詰まりであるということだ.嗅覚からの転用はないということになるが,これは印欧語にも日本語にも言えることである.また,touch -> taste -> smell の方向性についていえば,アリストテレスが味覚 (taste) は特殊な触覚 (touch) であると考えたことと響き合い,一方,味覚 (taste) は嗅覚 (smell) と近いために前者が後者に用語を貸し出していると解釈することができるかもしれない (Williams 472) .言語的な共感覚表現と,人類進化論や生理学との平行性に注目しながら,Williams (473) はこう述べている.

Though I do not suggest that Fig. 1 represents more than chronological sequence, the 'dead-end' appearance of the olfactory sense is a striking visual metaphor for the evolutionary history of man's sensory development.


 論文の最後で,Williams (473--74) は「意味法則」([2014-02-16-1]の記事「#1756. 意味変化の法則,らしきもの?」を参照)への自信を覗かせている.

. . . what is offered here constitutes not only a description of a rule-governed semantic change through the last 1200 years of English---a regularity that qualifies for lawhood, as the term LAW has ordinarily been used in historical linguistics---but also as a testable hypothesis in regard to past or future changes in any language.


 ・ Williams, Joseph M. "Synaethetic Adjectives: A Possible Law of Semantic Change." Language 52 (1976): 461--78.

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2014-02-18 Tue

#1758. synaesthesia とロマン派詩人 (2) [synaesthesia][semantic_change][semantics][rhetoric][literature]

 昨日の記事「#1757. synaesthesia とロマン派詩人 (1)」 ([2014-02-17-1]) に引き続き,共感覚表現とロマン派詩人について.
 Ullmann (281) に,2人のロマン派詩人 Keats と Gautier の作品をコーパスとした synaesthesia の調査結果が掲載されている.収集した共感覚表現において,6つの感覚のいずれからいずれへの意味の転用がそれぞれ何例あるかを集計したものである.表の見方は,最初の Keats の表でいえば,Touch -> Sound の転用が39例あるという読みになる.

KeatsTouchHeatTasteScentSoundSightTotal
Touch-1-2391456
Heat2--151119
Taste11-1171636
Scent2-1-2510
Sound-----1212
Sight621-31-40
Total114249458173
GautierTouchHeatTasteScentSoundSightTotal
Touch-5-57055135
Heat----41115
Taste---411722
Scent----516
Sound21-1-1317
Sight3--134-38
Total56-1112487233


 多少のむらがあるとは言え,表の左上から右下に引いた対角線の右上部に数が集まっているということがわかるだろう.とりわけ Touch -> Sound や Touch -> Sight が多い.これは,共感覚表現を生み出す意味の転用は,主として下位感覚から上位感覚の方向に生じることが多いことを示す.生理学的には最高次の感覚は Sound ではなく Sight と考えられるので,Touch -> Sound のほうが多いのは,この傾向に反するようにもみえるが,Ullmann (283) はこの理由について以下のように述べている.

Visual terminology is incomparably richer than its auditional counterpart, and has also far more similes and images at its command. Of the two sensory domains at the top end of the scale, sound stands more in need of external support than light, form, or colour; hence the greater frequency of the intrusion of outside elements into the description of acoustic phenomena.


 さらに,Ullmann (282) は,他の作家も含めた以下の調査結果を提示している.下位感覚から上位感覚への転用を Upward,その逆を Downward として例数を数え,上述の傾向を補強している.

AuthorUpwardDownwardTotal
Byron17533208
Keats12647173
Morris27923302
Wilde33777414
'Decadents'33575410
Longfellow7826104
Leconte de Lisle14322165
Gautier19241233
Total1,6653442,009


 synaesthesia の言語的研究は,この Ullmann (266--89) の調査とそこから導き出された傾向が契機となって,研究者の関心を集めるようになった.下位感覚から上位感覚への意味の転用という仮説は,通時的にも通言語的に概ね当てはまるとされ,一種の「意味変化の法則」([2014-02-16-1]の記事「#1756. 意味変化の法則,らしきもの?」を参照)をなすものとして注目されている.心理学,認知科学,生理学,進化論などの立場からの知見と合わせて,学際的に扱われるべき研究領域といえよう.
 関連して,音を色や形として認識することのできる能力をもつ話者に関する研究として,Jakobson, R., G. A. Reichard, and E. Werth の論文を挙げておく.

 ・ Ullmann, Stephen. The Principles of Semantics. 2nd ed. Glasgow: Jackson, 1957.
 ・ Jakobson, R., G. A. Reichard, and E. Werth. "Language and Synaesthesia." Word 5 (1949): 224--33.

Referrer (Inside): [2014-02-19-1]

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2014-02-16 Sun

#1756. 意味変化の法則,らしきもの? [semantic_change][semantics]

 音韻変化には法則の名に値するものがある.異論もあるが,少なくとも,あると議論することはできる.しかし,意味変化には法則に相当するようなものはない.確かに,「#473. 意味変化の典型的なパターン」 ([2010-08-13-1]) や「#1109. 意味変化の原因の分類」 ([2012-05-10-1]) などで見たように,意味変化の傾向や原因についての論考はあるが,法則という水準に迫るほどの一般化はいまだなされていないし,今後もなされることはないかもしれない.しかし,傾向以上,法則未満というべき性質を示す事例がある.
 Stern は,"The Regularity of Sense-change. Semantic Laws." と題する節 (185--91) にて,「速く」→「すぐに」という意味変化に関する「法則」を指摘している.「速く」は動作の速度が速い様子,「すぐに」は時間間隔が空いていない様子を示す副詞であり,両者の意味上の接点は,quickly を用いた次の3文を見比べることによって理解することができる (Stern 185) .

I. He wrote quickly.
II. When the king saw him, he quickly rode up to him.
III. Quickly afterwards he carried it off.


 I の quickly は書く速度が速いことを表わすが,III の quickly は「〜の後すぐに」のように時間間隔の短いことを含意する.I と III の語義をつなぐのが,II の例文における quickly である.馬で駆けつける速度が速いとも読めるし,文頭の when 節との関係で「王が彼を見るとすぐに」とも読める.日本語の「はやい」も,速度の「速」と時間の「早」の両方を表わすので,意味の接点,連続性,そして前者から後者への語義変化の可能性については,呑み込めるだろう.
 しかし,英語史からの事例として興味深いのは,この意味変化が,「速く」を表わす一連の類義語において,限定された時間枠内で例外なく生じたらしいということである.関与するあらゆる語において特定の時代に働くという点では,音韻法則と呼ばれる音韻変化と同じ性質をもっていることになり,これは "semantic law" と呼ぶにふさわしいかのように思われる.
 具体的には,Stern (188) は,23の類義語における3つの語義の初出年を調べ,以下のようにまとめた.

 Sense ISense IISense III
 'Rapidly''Rapidly/immediately''Immediately'
HrædliceOEOEOE
Hraþe (Raþe)OEOEOE
ArdliceOEOEOE
LungreOEOEOE
OfstliceOEOEOE
SneomeOEOEOE
SwiþeOEOE1175
SwiftlyOEOE1200
CafliceOEOE1370
SwiftOE13601300? 1400?
GeorneOE12901300
Hiȝendliche120012001200
Quickly120012001200
Smartly129013001300
Snelle130012751300
Quick130012901300
Belife120012001200
Nimbly143014701400
Rapely122513001325
Skete130013001200
Tite130013501300
Wight1300136014th cent.
Wightly135013501300


 Stern の主張は,1300年以前に "rapidly" の語義をもっていた語は,必ず "immediately" の語義を発達させている,というものである.一方で,それより後に "rapidly" の語義を得た語は,"immediately" の語義を発達させていないという.後者の例として,いずれも初出が近代英語期である15語を列挙している.rashly (1547), roundly (1548), post (1549), amain (1563), post-haste (1593), fleetly (1598), expeditiously (1603), postingly (1636), speedingly (1647), velociously (1680), rapidly (1727), postwise (1734), hurryingly (1748), hurriedly (1816), fleetingly (1883). Stern (190) に直接論じてもらおう.

   We have found that English adverbs with the sense 'rapidly' are divided into two chronological groups, one in which the sense is earlier than 1300 (or 1400) and in which the sense 'immediately' nearly always arises out of it; another in which the sense 'rapidly' is later than the date mentioned, where no such development occurs. It is further demonstrable that the development always takes place in definite contexts: when the adverb is employed to qualify verbs which may be apprehended as imperfective or as perfective (punctual). We may therefore formulate the following semantic law:
   English adverbs which have acquired the sense 'rapidly' before 1300, always develop the sense 'immediately'. This happens when the adverb is used to qualify a verb, the action of which may be apprehended as either imperfective or perfective, and when the meaning of the adverb consequently is equivocal: 'rapidly/immediately'. Exceptions are due to the influence of special factors.
   But when the sense 'rapidly' is acquired later than 1300, no such development takes place. There is no exception to this rule.
   This "law" has the form of a sound-law: it gives the circumstances of the change and a chronological limit.
   We ask, next, what may be the reasons for the cessation of the development. It cannot have been that the conditions favouring it ceased to exist, for we may still say, he went rapidly out of the room; but this has not caused a change of meaning for rapidly.
   It seems that the tendency itself disappeared. The reason is obscure. The changes began at a period when OE, without any considerable influence from other languages, was following its own line of development; they continued during the periods of Scandinavian and French influence, and ceased as the importation of French and Latin linguistic material was at its height. We cannot demonstrate any connection between the general linguistic and cultural development, and the sense-change in question. (190)


 これらの一連の語群に同じ意味変化が生じたのは,意味法則によるものではなく,単に類推作用によるものだと反論し得るかもしれない.しかし,Stern (191) は,類推作用とは考えられないと主張している.

Analogical influence ought to work with equal strength in both directions, so that words meaning 'immediately' receive the sense 'rapidly', but there is no trace of such a development And why has not the analogical influence continued during the Modern English period, with regard to the adverbs in my second list?


 はたして,これは英語史が歴史言語学に提供した意味法則の貴重な1例なのだろうか.
 なお,「意味法則」を巡る議論については,Williams (461--63) が価値ある考察を与えている.

 ・ Stern, Gustaf. Meaning and Change of Meaning. Bloomington: Indiana UP, 1931.
 ・ Williams, Joseph M. "Synaethetic Adjectives: A Possible Law of Semantic Change." Language 52 (1976): 461--78.

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2013-12-14 Sat

#1692. 意味と形態の関係 [sign][arbitrariness][double_articulation][diachrony][semantic_change][polysemy][semantics]

 記号の恣意性については,arbitrariness の記事を中心に,とりわけ「#1108. 言語記号の恣意性,有縁性,無縁性」 ([2012-05-09-1]) で議論した.そこでは,恣意性,規約性,有縁性・無縁性を区別する必要があることに触れた.signifié と signifiant との関係,平たくいえば意味と形態との関係についてを真剣に考察するのがソシュール以来の(特にフランス)言語学の伝統といえるが,意味論学者であればなおのこと,この問題に並々ならぬ関心を示す.
 タンバの第2章は,ほとんど意味と形態の関係の考察に費やされている.タンバは,言語の二重分節性について「#767. 言語の二重分節」 ([2011-06-03-1]) で紹介した Martinet の用語を引き合いに出して説明しながら,記号における signifié と signifiant の関係の問題へ迫っていく.タンバの示唆的な評言をいくつか引用しよう.

意味は一方では,それを示す形態から分離できないが,言語の意味と形態の不分離の結合は1対1の対応をなしておらず,形態の特定は意味を特定するのに充分ではない.このパラドックスによって,言語の意味と形態の関係を明らかにする必要が生じる.(54)


記号内容は,定義によると,第1次分節の単位であるから,音素にならって作られた意味素ノエームなどの意味の原子である第2次分節の有限の要素には還元できない.(56)


共時的,通時的という2重の観点は,記号表現のレベルよりも記号内容のレベルでの方が不鮮明だということが明らかになる.確かに,一定の言語態の中で語の意味を定めることと,その歴史的進化を研究することとは明らかに異なる2つのアプローチである.〔中略〕さまざまな時期に現れたいくつかの意味も,多様性という風に考えれば,同時代のものだということにもならないだろうか.そして,新しいものは,しばしば既存のパターンを用いるので――ソシュールは,「言語は共ぎれでつぎはぎをした衣である」とのべている.」(『講義』,235頁).一定の意味関係は1つの共時態から他の共時態へと生き続け,1種の無意識的記号論が作り出されることもある.無意識的記号論は,超時的原型にならって1つの言語の意味形態を形成するのである.(61)


記号意味の対立は,閉じられた音韻体系の中で生じるものではなく,開かれた語彙体系の中で生じるものである.故に,音韻的相違にならって意味の相違を把握することはできない.(62)


 歴史的言語学的な関心からは,とりわけ3番目の引用で触れられている,共時的な多義性と通時的な意味変化との関係についての考察が目を引く.意味変化は時間とともに徐々に進行し,新しい意味は必ずしも古い意味を置き換えず,むしろ両方の意味が累積していくことも多い.累積した結果は,共時的には多義となる.この共時的多義性は,1人の話者が作り出したものではなく,集団的に数世代を経て作り出されたものであるという点で,無意識的記号論と呼びうるし,共時態と通時態とを超越した超時間的記号論とも呼びうるだろう.
 上記のように意味は累積しうるが,形態には累積という概念はそれほどうまく当てはまらないように思われる.すると,形態における無意識的,超時間的な次元というものは,より考えにくいということになるだろう.この辺りに,意味と形態の特徴の大きな差があるのではないか.

 ・ イレーヌ・タンバ 著,大島 弘子 訳 『[新版]意味論』 白水社〈文庫クセジュ〉,2013年.

Referrer (Inside): [2014-06-14-1]

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