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onomastics - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2020-06-03 08:37

2015-11-19 Thu

#2397. 固有名詞の性質と人名・地名 [onomastics][toponymy][anthropology][fetishism]

 固有名詞は言語を構成する一部か否かという問題は,言語(哲)学における重要な問題である.固有名詞と,それ以外の語とは,多くの点で性質が異なる.「#2212. 固有名詞はシニフィエなきシニフィアンである」 ([2015-05-18-1]) でも触れたように,まず固有名詞には意味がない.固有名詞がもっているのは意味機能ではなく,あくまで指示機能にとどまっている.固有名詞は,共時的にみると概ね音韻上の制約には従っているが,通時的にみると音韻形態的な縮約に服することが著しい.例えば,英語の地名などの綴字と発音がかけ離れている程度は,一般の語の比ではない (ex. Silverstone /silsn/) .造語された当初には明らかだった音韻形態が,現在では相当に崩れていることが珍しくなく,それゆえに共時的には分析不能で無意味となるのだろう.このように,固有名詞が言語を構成する他の語類が普通にもっている重要な性質を欠いているのは,その役割が「意味」することではなく「指示」することに特化しているからなのだろう.
 では,そのような固有名詞を必要としたり用いたりする言語話者たる人間は,そこまでして何を「指示」したいのだろうか.生活上,人間が指示したいものの代表格は,人間と場所ということのようだ.文化によって,集団によって,それ以外の事物に対してフェチともいえる異常な関心を示して,それを是非とも固有名詞で指示したいということもあるかもしれないが,個々の人間と場所について完全に無関心という文化はなさそうだ.古今東西の言語において人名と地名という固有名詞が普遍的に見られることから,そう認めざるをえないだろう.これは当たり前のようだが,人間が普遍的に何に関心をもっているかを示唆する重要な観察である.Coates (315) 曰く,

Personal names appear to be the prototypical names, as all humans have overwhelming interest (1) in being able to refer conversationally to other humans with the expectation of uniquely identifying them in context, and (2) in catching the attention of other humans individually. Accordingly, personal names typically have both a referential and a vocative function. Their fundamental nature is also seen in the way they are applicable to other categories of individual, for instance animals. Places gain significance because we all move and act in space, so they gain significance through the way(s) in which they fit into human perceptions of landscape, townscape and starscape, which is what governs their naming. Other categories of object may bear proper names, and the more intimately associated with human activity a type of object is, the more readily it seems able to acquire a proper name, though the systematic application of names to other categories is quite rare, and the degree of intimacy with which something is felt to be associated with human activity may vary from culture to culture.


 関連する固有名詞の問題については,onomastics の各記事,とりわけ「#2212. 固有名詞はシニフィエなきシニフィアンである」 ([2015-05-18-1]),「#1184. 固有名詞化 (1)」 ([2012-07-24-1]),「#1185. 固有名詞化 (2)」 ([2012-07-25-1]) を参照されたい.

 ・ Coates, Richard. "Names." Chapter 6 of A History of the English Language. Ed. Richard Hogg and David Denison. Cambridge: CUP, 2006. 312--51.

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2015-11-04 Wed

#2382. 英語地名学の難しさ [onomastics][toponymy][philology][etymology]

 固有名詞学 (onomastics) の一部をなす地名学 (toponymy) は,英語の世界でよく研究されてきた.英語地名学は当然ながら英語語源学とも関連が深いが,英語が歴史上様々な言語と接触してきた事実により,英語語源学が複雑であるのと同様に,英語地名学も難解である.同じ場所を指示する名称のはずだが,時代によって異なる言語の音韻形態的特徴を反映するなどし,通時的な同一性を確認する文献学的な作業が厄介なのである.英語のみならず関係する諸言語の語源学,音韻形態論,綴字習慣など,多くの学際的な知識を総動員して初めて同一性が可能となる.
 この英語地名学の難しさについて,Coates (338--39) は次のように表現している.

[E]xplaining many English names is a delicate exercise in philology, as the elements which make them up have to be identified in one of a number of languages. The tradition of writing in England stretches back more than 1,300 years, and phonetic and orthographic evolution have not always been in step with each other. In addition, there is a radical discontinuity in the written record. Before 1066, the record contains many place-names formulated in interpretable OE, the native language of most of those engaged in writing, though Latin was also a language of record. After 1066, a bureaucracy was installed where, irrespective of the writers' native language, Latin and French were the languages of record; the scribal practices adopted were in part those used for Latin, but otherwise those originally applied in the writing of French late in the first millennium. These did not sit easily with the phonology of English, and there was a period where the recorded names may be hard to interpret, i.e. to assign to known places. By the thirteenth century, those who applied the conventions were again producing passable renderings of the phonology of English names, and they often begin to show affinity with the forms current now. Until the fifteenth century, they are often still in French or Latin texts and influenced to some degree by that context, e.g. by being formed and spelt in a way suitable for declension in Latin (normally first-declension feminine --- Exonia for Exeter, for instance, or more mechanically the twelfth-century Stouenesbia for Stonesby (Lei)); administrative writing in English belongs only to the period since Henry V set the tone for the use of English in chancery.


 このような事情で,例えば古英語のある地名が,中英語で大きく異なる綴字で現われているようなケースで,果たしてこれを同一視してよいのか,その確認のために文献学的な作業が必要となる.具体例を挙げれば,早くも695年に記録されている Gislheresuuyrth は,現在の Isleworth (Mx) と同一指示対象と考えられているが,この同一視は一目瞭然というわけではない.
 また,あるアングロサクソン地名が,ほぼ間違いなく古英語期に使用されていたと考えてよいにもかかわらず,文献上は Domesday Book で初めて記録に現われるというケースもある.一般に歴史言語学の宿命ではあるが,地名として実在していた時期と文献上に現われる時期とがおおいに異なっているという事態は,とりわけ地名学の場合には日常茶飯事だろう.ここから,地名学は独自のアプローチをもたざるを得ず,独立した1つの学問分野を形成することになる.

 ・ Coates, Richard. "Names." Chapter 6 of A History of the English Language. Ed. Richard Hogg and David Denison. Cambridge: CUP, 2006. 312--51.

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2015-10-19 Mon

#2366. なぜ英語人名の順序は「名+姓」なのか [onomastics][personal_name][word_order][syntax][metonymy][genitive][preposition][sobokunagimon]

 標題は「姓+名」の語順を当然視している日本語母語話者にとって,しごく素朴な疑問である.日本語では「鈴木一郎」,英語では John Smith となるのはなぜだろうか.
 端的にいえば,両言語における修飾語句と被修飾語句の語順配列の差異が,その理由である.最も単純な「形容詞+名詞」という語順に関しては日英語で共通しているが,修飾する部分が句や節など長いものになると,日本語では「修飾語句+被修飾語句」となるのに対して,英語では前置詞句や関係詞句の例を思い浮かべればわかるように「被修飾語句+修飾語句」の語順となる.「鈴木家の一郎」は日本語では「鈴木(の)一郎」と約められるが,「スミス家のジョン」を英語で約めようとすると John (of) Smith となる.だが,「の」であれば,*Smith's John のように所有格(古くは属格)を用いれば,日本語風に「修飾語句+被修飾語句」とする手段もあったのではないかという疑問が生じる.なぜ,この手段は避けられたのだろうか.
 昨日の記事「#2365. ノルマン征服後の英語人名の姓の採用」 ([2015-10-18-1]) でみたように,姓 (surname) を採用するようになった理由の1つは,名 (first name) のみでは人物を特定できない可能性が高まったからである.政府当局としては税金管理のうえでも人民統治のためにも人物の特定は重要だし,ローカルなレベルでもどこの John なのかを区別する必要はあったろう.そこで,メトニミーの原理で地名や職業名などを適当な識別詞として用いて,「○○のジョン」などと呼ぶようになった.この際の英語での語順は,特に地名などを用いる場合には,X's John ではなく John of X が普通だった.通常 England's king とは言わず the king of England と言う通りである.原型たる「鈴木の一郎」から助詞「の」が省略されて「鈴木一郎」となったと想定されるのと同様に,原型たる John of Smith から前置詞 of が省略されて John Smith となったと考えることができる.(関連して,屈折属格と迂言属格の通時的分布については,「#1214. 属格名詞の位置の固定化の歴史」 ([2012-08-23-1]),「#1215. 属格名詞の衰退と of 迂言形の発達」 ([2012-08-24-1]) を参照.)
 原型にあったと想定される前置詞が脱落したという説を支持する根拠としては,of ではないとしても,Uppiby (up in the village), Atwell, Bysouth, atten Oak などの前置詞込みの姓が早い時期から観察されることが挙げられる.「#2364. ノルマン征服後の英語人名のフランス語かぶれ」 ([2015-10-17-1]) に照らしても,イングランドにおけるフランス語の姓 de Lacy などの例はきわめて普通であった.このパターンによる姓が納税者たる土地所有階級の人名に多かったことは多言を要しないだろう.しかし,後の時代に,これらの前置詞はおよそ消失していくことになる.
 英語の外を見渡すと,フランス語の de や,対応するドイツ語 von, オランダ語 van などは,しばしば人名に残っている.問題の「つなぎ」の前置詞の振る舞いは,言語ごとに異なるようだ.

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2015-10-18 Sun

#2365. ノルマン征服後の英語人名の姓の採用 [onomastics][personal_name][geolinguistics][geography][me_dialect]

 昨日の記事「#2364. ノルマン征服後の英語人名のフランス語かぶれ」 ([2015-10-17-1]) で触れた通り,イングランドで名 (first name) に加えて姓 (surname) を採用するようになったのは,概ねノルマン征服以降であり,採用の順序も社会的身分の高い者から低い者にかけてであった.13--14世紀にかけて一般に拡がったようだが,地域差もあり,北部は南部よりも遅かった.Coates (327--28) の説明を引用する.

Surnames came into use among the Norman aristocracy shortly before the Conquest. The practice was neither universal nor stable then or in the early period of Norman rule in England, though by about 1250 it was the norm in the highest social class and the knightly and other taxpaying classes. Between 1300 and 1400 the practice had spread to the urban moneyed classes, though it appears that in some towns, such as York, the lower classes might be without surnames till as late as 1600. Rural small free tenants, for whom evidence is more scant, began to acquire surnames before 1300 in the south, and the practice moved northwards, with new surnames still being formed in Lancashire as late as the sixteenth and seventeenth centuries; and this development is mirrored by that of the servile class. The adoption of surnames did not happen overnight anywhere, and our knowledge of the process is hindered by the different degrees to which social classes are represented in the record. . . / Surnames are distinguishing names given to people bearing the same personal name, and many of these came to be inherited, though the system is not in fully complete operation everywhere till the 1600s. Those which have been inherited were of course the ones originally bestowed on males, for a complex of reasons involving unambiguous identification of the rightful heir.


 イングランド内で完全に制度化するまでには,近代を待たなければならないほど,姓の慣習はゆっくりと広まっていったことになる.方言差という問題に関しては,中英語における多くの言語変化が北部から南部へという方向を示すのに対し,言語慣習の変化と呼ぶべき姓の採用がむしろ南部から北部へと拡がったというのがおもしろい.
 言語的革新の伝播がしばしば北から南へという方向を示したことについては,「#941. 中英語の言語変化はなぜ北から南へ伝播したのか」 ([2011-11-24-1]),「#1843. conservative radicalism」 ([2014-05-14-1]),「#1902. 綴字の標準化における時間上,空間上の皮肉」 ([2014-07-12-1]) を参照されたい.

 ・ Coates, Richard. "Names." Chapter 6 of A History of the English Language. Ed. Richard Hogg and David Denison. Cambridge: CUP, 2006. 312--51.

Referrer (Inside): [2015-10-19-1]

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2015-10-17 Sat

#2364. ノルマン征服後の英語人名のフランス語かぶれ [french][norman_conquest][onomastics][personal_name][christianity]

 英語の人名について,本ブログでは「#590. last name はいつから義務的になったか」 ([2010-12-08-1]),「#813. 英語の人名の歴史」 ([2011-07-19-1]),「#1673. 人名の多様性と人名学」 ([2013-11-25-1]) ほか,personal_name の各記事で扱ってきた.
 英語人名の通時的な移り変わりは著しい.特にノルマン征服語のフランス語かぶれの徹底ぶりには,驚かされる.アングロサクソン時代には,ほとんどの人名が英語本来語のゲルマン系要素を組み合わせたものだったが,それが征服後一気にフランス風となった.概論的にいえば,「#813. 英語の人名の歴史」 ([2011-07-19-1]) で触れたように,「1066年のノルマン・コンクェスト後の数十年の間に大部分の古英語名が Richard, William, Henry などの Norman French 名に置き換えられた.非常に多数が現代英語に継承されている.現代に残る古英語名は Edward, Alfred, Audrey, Edith など少数である」ということになる.フランス語かぶれした名前としては,起源としては大陸ゲルマン語だがフランス語化した形で採用された Robert, Roger や,フランス語化した聖人の名前 John, Matthew, Mary, Peter, Luke, Stephen, Paul, Mark なども含めてよいだろう.いずれにせよ,イングランド人は,ノルマン征服後,あっという間にフランス語風の名を名乗るようになったのである.征服とは恐ろしい.
 固有名詞学 (onomastics) の専門家である Coates (320--21) が,ノルマン征服後の英語人名事情について要領よくまとめている文章があるので引用しよう.

[N]ames of English origin declined fairly suddenly after 1066, but at different rates in different social groups . . ., persisting till about 1250 only among the peasantry. . . . Very few names of OE origin were preserved, the only really durable ones being of three popular saints, Edmund, Edward and Cuthbert.
   The typical 'English' names of the Middle Ages and later fall mainly into two categories: French-mediated ones of CWGmc [= Common West Germanic] origin and French-mediated ones of customary saints. Germanic ones included William, Robert, Richard, Gilbert, Alice, Eleanor, Rose/Rohais, Maud, together with the Breton Alan; Christian names were those of biblical personages or post-biblical popular saints, including Adam, Matthew, Bartholomew, James, Thomas, Andrew, Stephen, Nicholas, Peter/Piers, John and its feminine Joan, Anne, Margaret/Margery, from the late twelfth century onwards, Mary, and from the fourteenth Christopher. Whilst the fortune of individual names ebbed and flowed in time and in place, this is the name stock for both sexes which until recently served as the canon of 'English' names.


 農民よりも貴族のほうがフランス語人名かぶれが早かったということは理解しやすいが,実は同じことが姓 (surname) の獲得についてもいえる.ノルマン征服以降,姓を名乗る習慣が発達した背景には,「#590. last name はいつから義務的になったか」 ([2010-12-08-1]) でみたように,為政者による税の徴収など人民管理の目的が濃厚だった.したがって,まず税金支払い義務のある貴族から姓を帯びることとなった.いずれの場合においても,名前とステータス(社会的威信)の密接な関係が窺われる.
 Coates の固有名詞論について,「#1184. 固有名詞化 (1)」 ([2012-07-24-1]),「#1185. 固有名詞化 (2)」 ([2012-07-25-1]) も参照されたい.

 ・ Coates, Richard. "Names." Chapter 6 of A History of the English Language. Ed. Richard Hogg and David Denison. Cambridge: CUP, 2006. 312--51.

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2015-05-18 Mon

#2212. 固有名詞はシニフィエなきシニフィアンである [onomastics][personal_name][sign][semantic_change][semantics][semiotics][arbitrariness][saussure]

 固有名詞の本質的な機能は,個物や個人を特定することにある.このことに異論はないだろう.確かに世の中には John Smith や鈴木一郎はたくさんいるかもしれないが,その場その場では,ある人物を特定するのに John Smith や鈴木一郎という名前で十分なことがほとんどである.固有名詞の最たる役割は,identification である.
 固有名詞には,その機能を果たす目的と関連の深い,付随した特徴がいくつかある.立川・山田 (100--08) は,言語論において固有名詞がいかに扱われてきたか,その歴史を概観しながら,固有名詞の特徴として以下の4点ほどに触れている.

 (1) 固有名詞は一般概念としてのシニフィエをもたず,個物や個人を直接的に指示する.すなわち,シニフィエ (signifié) なきシニフィアン (signifiant),空虚なシニフィアンである.
 (2) 固有名詞は翻訳不可能である.
 (3) 固有名詞は言語のなかにおける外部性を体現している.
 (4) 固有名詞は意味生成の拠点である.

 (1) は,端的に言えば固有名詞には意味がないということだ.普通名詞のもっているような象徴化機能を欠いているということもできる.一方で,指示対象は明確である.指示対象を特定するのが固有名詞の役割であるから,明確なのは当然である.意味あるいはシニフィエをもたずに,指示対象を直接に指すことができるというのが固有名詞の最も際立った特徴といえるだろう.「#1769. Ogden and Richards の semiotic triangle」 ([2014-03-01-1]) の図でいえば,底辺が直接に矢印で結ばれるようなイメージだ.
 (2) 以下の特徴も,(1) から流れ出たものである.(2) の固有名詞の翻訳不可能性は,固有名詞にもともと意味(シニフィエ)がないからである.翻訳というのは,シニフィエは(ほとんど)同一だが,シニフィアンが言語によって異なるような2つの記号どうしの関連づけである.したがって,シニフィエがない固有名詞には,翻訳という過程は無縁である.人名の Smith は「鍛冶屋」,鈴木は「鈴の木」であるから,意味があると議論することもできそうだが,人名として用いるときに意味は意識されることはないし,他言語への翻訳にあたって,通常,意味を取って訳すことはしない.
 (3) は,固有名詞が紛れもなく言語を構成する一部であるにもかかわらず,ソシュールの唱えるような差異の体系としての言語体系にはうまく位置づけられないことを述べたものである.言語が差違の体系であるということは,語彙でいえば,ある語は他の語との主として意味的な関係において相対的に存在するにすぎないということである.例えば,「男」という名詞は「女」という名詞との意味の対比において語彙体系内に特定の位置を占めているのであり,逆もまた然りである.語彙体系は,主として意味における対立を基本原理としているのだ.ところが,固有名詞は意味をもたないのであるから,主として意味に立脚する語彙体系には組み込まれえない.固有名詞は,言語内的な意味を経由せずに,直接に外界の指示対象を示すという点で,内部にありながらも外部との連絡が強いのである.固有名詞という語類は,ソシュール的な言語体系のなかに明確な位置づけをもたない.コトバとモノの狭間にある特異な存在である.
 (4) は逆説的で興味深い指摘である.固有名詞は,確かにシニフィエはもたないが,シニフィアンをもっている以上,外面的に記号の体裁は保っている.半記号とでも呼ぶべきものであり,少なくとも記号の候補ではあろう.そのようにみると,固有名詞には一人前の記号となるべく何らかのシニフィエを獲得しようとする力が働くものなのではないか,とも疑われてくる.固有名詞のシニフィアンに対応するシニフィエは無であるからこそ,その穴を埋めるべく何らかのシニフィエが外から押し寄せてくる,という考え方である.これは,意味生成 (signifiance) の過程にほかならない.立川・山田 (104--05) は,固有名詞の意味生成について次のように述べる(原文の傍点は下線に替えてある).

さらに興味深いのは、語る主体にたいする固有名詞の効果である。通常の語がすでに意味によって充満しているのにたいして、意味をもたない〈空虚なシニフィアン〉である固有名詞は、その空虚=シニフィエ・ゼロをめざして押し寄せてくる主体のさまざまな情念や想像にとらえられ、ディスクールのレベルでは逆に多義性を獲得してしまう。つまり、固有名詞はラングのレベルでシニフィエをもたないがゆえに、語る主体たちのファンタスムを迎えいれ、それと同時にみずから核となってファンタスムを増殖させていくのである。


 「#1108. 言語記号の恣意性,有縁性,無縁性」 ([2012-05-09-1]),「#1184. 固有名詞化 (1)」 ([2012-07-24-1]),「#1185. 固有名詞化 (2)」 ([2012-07-25-1]) などで,普通名詞の固有名詞化は意味の無縁化としてとらえることができると示唆したが,一旦固有名詞になると,今度は意味を充填しようとして有縁化に向けた過程が始動するということか.有縁化と無縁化のあいだの永遠のサイクルを思わずにいられない.
 立川・山田 (100) は「固有名詞という品詞をいかに定義するか。それは、それぞれの言語理論の特性を浮かびあがらせてしまう試金石であるといってもよい。」と述べている.

 ・ 立川 健二・山田 広昭 『現代言語論』 新曜社,1990年.

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2015-05-07 Thu

#2201. 誕生おめでとう! Princess Charlotte [onomastics][french][loan_word][pronunciation][consonant][personal_name][title][palatalisation][fricativisation]

 先週末から英国王室のロイヤルベビー Princess Charlotte 誕生の話題が,英国や日本で沸いている.Prince William と Kate Middleton 夫妻の選んだファーストネームは Charlotte.ミドルネームは,よく考え抜かれ,世間にも好評の Elizabeth Diana である.一般には,称号を付して Her Royal Highness Princess Charlotte of Cambridge と呼ばれることになる (cf. 「#440. 現代に残る敬称の you」 ([2010-07-11-1]), 「#1952. 「陛下」と Your Majesty にみられる敬意」 ([2014-08-31-1])) .

Carlotte Elizabeth Diana

 Charlotte は,Charles の語根に女性接辞かつ指小辞 (diminutive) を付した形態に由来し,「小さくてかわいい Charles お嬢ちゃん」ほどが原義である.この語根は究極的にはゲルマン祖語 *karlaz (man) に由来し,これがラテン語に Carolus として借用され,後に古フランス語へ発展する過程で語頭子音が [k] → [ʧ] と口蓋化 (palatalisation) した.この口蓋化子音をもった古フランス語の音形が英語へ借用され,現在の [ʧɑːlz] に連なっている.
 フランス語に話を戻そう.フランス語では13世紀中に破擦音 [ʧ] が [ʃ] へと摩擦音化 (fricativisation) し,元来は男性主格語尾だった s も発音を失い,現在,同名前は [ʃaʁl] と発音されている.同様に,Charlotte も現代フランス語での発音は摩擦音で始まる [ʃaʁlɔt] である.今回の英語のロイヤルベビー名も,摩擦音で始まる [ʃɑːlət] だから,現代フランス語的な発音ということになる.上記をまとめると,現代英語の男性名 Charles は破擦音をもって古フランス語的な響きを伝え,女性名 Charlotte は摩擦音をもって現代フランス語的な響きを伝えるものといえる.
 現代英語におけるフランス借用語で <ch> と綴られるものが,破擦音 [ʧ] を示すか摩擦音 [ʃ] を示すかという基準は,しばしば借用時期を見極めるのに用いられる.例えば chance, charge, chief, check, chair, charm, chase, cheer, chant はいずれも中英語期に借用されたものであり,champagne, chef, chic, chute, chaise, chicanery, charade, chasseur, chassis はいずれも近代英語期に入ったものである.しかし,時期を違えての再借用が関与するなど,必ずしもこの規則にあてはまらない例もあるので,目安にとどめておきたい.CharlesCharlotte の子音の差異については歴史的に詳しく調べたわけではないが,時代の違いというよりは,固有名詞に随伴しやすい流行や嗜好の反映ではないかと疑っている.
 なお,ゲルマン祖語 *karlas (man) からは,直接あるいは間接に現代英語の churlcarl が生まれている.いずれも意味が本来の「男」から「身分の低い男」へと下落しているのがおもしろい.逆に,人名 CharlesCharlotte は,英国王室の人気により,むしろ価値が高まっているといえる(?).
 フランス借用語の年代に関しては,「#117. フランス借用語の年代別分布」 ([2009-08-22-1]),「#1210. 中英語のフランス借用語の一覧」 ([2012-08-19-1]),「#1291. フランス借用語の借用時期の差」 ([2012-11-08-1]),「#1209. 1250年を境とするフランス借用語の区分」 ([2012-08-18-1]),「#1411. 初期近代英語に入った "oversea language"」 ([2013-03-08-1]),「#678. 汎ヨーロッパ的な18世紀のフランス借用語」 ([2011-03-06-1]),「#594. 近代英語以降のフランス借用語の特徴」 ([2010-12-12-1]), 「#2183. 英単語とフランス単語の相違 (1)」 ([2015-04-19-1]), 「#2184. 英単語とフランス単語の相違 (2)」 ([2015-04-20-1]) を参照されたい.

Referrer (Inside): [2018-05-07-1] [2018-04-25-1]

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2014-08-30 Sat

#1951. 英語の愛称 [shortening][personal_name][suffix][onomastics][metanalysis]

 愛称 (pet name) や新愛語 (term of endearment) は,専門的には hypocorism と呼ばれる.ギリシア語 hupo- "hypo-" + kórisma (cf. kóros (child))) から来ており,子供をあやす表現,小児語ということである.英語の hypocorism の作り方にはいくつかあるが,典型的なものは RobertRob のように語形を短くするものである.昨日の記事「#1950. なぜ BillWilliam の愛称になるのか?」 ([2014-08-29-1]) でみたように,語頭に音の変異を伴うものもあり,EdwardNed (cf. mine Ed), EdwardTed (cf. that Ed?), AnnNan (cf. mine Ann) のように前接要素との異分析として説明されることがある.
 ほかに,愛称接尾辞 (hypocoristic suffix) -y や -ie を付加する Georgie, Charlie, Johnnie などの例があり,とりわけ女性名に好まれる.また,短縮し,かつ接尾辞をつける ElizabethBetty, WilliamBilly, RichardRitchie なども数多い.接尾辞の異形として -sy, -sie もあり,ElizabethBetsy/Bessy, AnneNancy, PatriciaPatsy などにみられる.
 『新英語学辞典』 (542) によれば,歴史的には,接尾辞付加の慣習は15世紀中頃に Charlie などがスコットランドで始まり,それが16世紀以降に各地に広まったものとされる.また,『現代英文法辞典』 (670) によれば,本来は愛称であるから当初は正式名ではなかったが,18世紀から正式名としても公に認められるようになった.
 OALD8 の巻末に "Common first names" という補遺があり,省略名や愛称があるものについては,それも掲載されている.以下,そこから取り出したものを一覧にした(括弧を付したものは,別の参考図書から補足したもの).

1. Female names

AbigailAbbie
AlexandraAlex, Sandy
AmandaMandy
Catherine, Katherine, Katharine, KathrynCathy, Kathy, Kate, Katie, Katy
ChristinaChrissie, Tina
ChristineChris
DeborahDebbie, Deb
Diana, DianeDi
(Dorothy)(Dol)
EleanorEllie
ElizaLiza
Elizabeth, ElizabethBeth, Betsy, Betty, Liz, Lizzie
Ellen, HelenNell
FrancesFran
GeorginaGeorgie
GillianJill, Gill, Jilly
GwendolineGwen
JacquelineJackie
JanetJan
Janice, JanisJan
JenniferJenny, Jen
JessicaJess
JosephineJo, Josie
JudithJudy
KristenKirsty
MargaretMaggie, (Meg, Peg)
(Mary)(Moll, Poll)
NicolaNicky
PamelaPam
PatriciaPat, Patty
PenelopePenny
PhilippaPippa
RebeccaBecky
Rosalind, RosalynRos
SamanthaSam
SandraSandy
SusanSue, Susie, Suzy
Susanna(h), SuzanneSusie, Suzy
Teresa, TheresaTessa, Tess
ValerieVal
VictoriaVicki, Vickie, Vicky, Vikki
WinifredWinnie


2. Male names

AlbertAl, Bert
AlexanderAlex, Sandy
AlfredAlfie
AndrewAndy
(Anthony)(Tony)
BenjaminBen
BernardBernie
(Boswell)(Boz)
BradfordBrad
CharlesCharlie, Chuck
ChristopherChris
CliffordCliff
DanielDan, Danny
DavidDave
DouglasDoug
EdwardEd, Eddie, Eddy, (Ned), Ted
EugeneGene
FrancisFrank
FrederickFred, Freddie, Freddy
Geoffrey, JeffreyGeoff, Jeff
GeraldGerry, Jerry
GregoryGreg
HenryHank, Harry
HerbertBert, Herb
JacobJake
JamesJim, Jimmy, Jamie
JeremyJerry
John
Johnny
JonathanJon
JosephJoe
KennethKen, Kenny
Laurence, LawrenceLarry, Laurie
LeonardLen, Lenny
LeslieLes
LewisLew
LouisLou
(Macaulay)(Mac)
MatthewMatt
MichaelMike, Mick, Micky, Mickey
NathanNat
NathanielNat
NicholasNick, Nicky
PatrickPat, Paddy
(Pendennis)(Pen)
Peter, Pete
PhilipPhil
Randolph, RandolfRandy
RaymondRay
RichardRick, Ricky, Ritchie, Dick
RobertRob, Robbie, Bob, Bobby
RonaldRon, Ronnie
SamuelSam, Sammy
SebastianSeb
Sidney, SydneySid
StanleyStan
Stephen, StevenSteve
TerenceTerry
TheodoreTheo
ThomasTom, Tommy
TimothyTim
VictorVic
VincentVince
WilliamBill, Billy, Will, Willy


 ・ 大塚 高信,中島 文雄 監修 『新英語学辞典』 研究社,1987年.
 ・ 荒木 一雄,安井 稔 編 『現代英文法辞典』 三省堂,1992年.

Referrer (Inside): [2014-11-11-1]

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2014-08-29 Fri

#1950. なぜ BillWilliam の愛称になるのか? [shortening][rhyme][personal_name][onomastics][sobokunagimon]

 標記の問題については,WilliamWill と愛称的短化を経た後,一種の rhyming slang (cf. 「#1459. Cockney rhyming slang」 ([2013-04-25-1]))により Bill となったのだろうと思っていた.しかし,なぜ /w/ が /v/ や /f/ や /p/ ではなく /b/ に置換されたのかがはっきりしない.RichardDick, RobertBob についても同様だ.この問題についてもやもやしていたところに,Stern (262) に別の説が提案されていたので紹介する.

I may mention here the phenomenon termed by Sundén pseudo-ellipsis (Sundén, Ell. Words 141 sqq.). Bob has been considered a hypochoristic [sic] shortening of Robert. But why should R- be changed into B-? Sundén points out that there existed in OE the proper names Boba, Bobba, Bobing, and in ME Bobbe, Bobin, Bobbet. Robert was introduced into England through the Norman conquest; a shortening of Robert gave Rob or Robbe, which are also instanced in ME. We have thus Bobbe and Robbe, of different origin, but both of them proper names. It is reasonable to assume that the two names were confused, and Bobbe apprehended as a short form of Robert. Sundén is able to show that a similar process is probable for William --- Bill, Richard --- Dick, Amelia --- Emy, Edward or Edmund --- Ted, Isabella --- Tib, James --- Jem, Jim, and others. We have here a double process: shortening plus phonetic associative interference . . . .


 この説は先の説と矛盾しない.Robert 導入以前に Bob という名前があったとすれば,rhyming slang 経由であれ音声的な関連によるものであれ,RobBob が関連づけられたとしても不思議ではない.
 私の娘は小百合という名前だが,日常的な発音では3モーラでも長く感じられるので,「さゆ」と呼ぶこともあれば「ゆみ」と呼ぶこともある.後者が「ゆり」ではないのは,多分「ゆみ」のほうが一般的な女子の名前として多いために,聞き慣れており,言いやすいから,いつの間にか転じて固定化してしまったものだろう(と自ら分析している).愛称やあだ名は,指示対象を正しく示さなければならないという制限のもとでの一種の言葉遊びと考えられるから,本来,多様性と創造性が豊かなもののはずである.

 ・ Stern, Gustaf. Meaning and Change of Meaning. Bloomington: Indiana UP, 1931.

Referrer (Inside): [2019-05-22-1] [2014-08-30-1]

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2014-08-17 Sun

#1938. 連結形 -by による地名形成は古ノルド語のものか? [toponymy][old_norse][onomastics][personal_name][contact]

 昨日の記事「#1937. 連結形 -son による父称は古ノルド語由来」 ([2014-08-16-1]) で扱った人名と同じくらい深く古ノルド語からの影響があるといわれているものに,イングランドの地名がある.この話題については「#818. イングランドに残る古ノルド語地名」 ([2011-07-24-1]) で地図を掲げて紹介した.そのなかでもとりわけ数の多いのが古ノルド語の要素 -by を付加した Derby, Grimsby, Rugby, Thoresby, Whitby などの地名である.600以上の -by 地名が確認されており,しかも分布が the Danelaw に偏っていることから,古ノルド語で "farm; town" を意味する by の影響が明らかなように見える (Baugh and Cable 98) .また,その約6割は特に the Five Boroughs に集中しているといわれる (Miller 103) .
 しかし,先行する諸研究を参照した Miller (102--04) によれば,これらが古ノルド語の連結形 -by を用いた地名であることは確かながらも,その地名形成のパターンは同時代のスカンディナヴィアで一般的なものではなかったという.10--11世紀に作られた the Danelaw の -by の地名には前要素として人名のつくものが多いが,スカンディナヴィアでは「人名+ -by」のパターンは現在に至るまでそれほど多くない.つまり,この地名形成は the Danelaw における Anglo-Scandinavia 独自のものであり,むしろスカンディナヴィアにおける同型の地名は the Danelaw からの逆輸入ではないか,と.Miller (104) は,次のように述べる.

Personal names are rare as satellites of -by names in Sweden, but more common in Norway . . . and in southern Denmark and south Schleswig. Fellows Jensen . . . argues that since most of the -by formations with personal name in Sweden and Norway postdate christianization, and those in south Schleswig postdate the Viking period, the name-type spread back to Denmark from the Danelaw, as suggested by Hald . . . . In any event, the Danelawl type seems not to have been based on a pre-existing Scandinavian type. Moreover, of 207 place names for which an Old Norse cognate existed, the substitution of the cognate for the native English form was close to perfect . . . . Anglo-Scandinavian settlements thus have an identity of their own . . . .


 この仮説をまとめれば,地名連結形 -by 自体は古ノルド語要素だが,「人名+ -by」という地名形成のパターンは the Danelaw で独自に発達したものであり,そのパターンは後にスカンディナヴィア本土へ逆輸入された,ということになろう.

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.
 ・ Miller, D. Gary. External Influences on English: From its Beginnings to the Renaissance. Oxford: OUP, 2012.

Referrer (Inside): [2020-03-17-1]

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2014-08-16 Sat

#1937. 連結形 -son による父称は古ノルド語由来 [patronymy][old_norse][onomastics][personal_name][contact][map]

 「#813. 英語の人名の歴史」 ([2011-07-19-1]),「#1673. 人名の多様性と人名学」 ([2013-11-25-1]) で触れたように,英語人名によく見られる -son (ex. Johnson, Tomson, Williamson, Wilson) は古ノルド語の父称 (patronymy) に由来するというのが英語史の定説である.その根拠は,8世紀後半よりヴァイキングに襲われ,治められたイングランド東北部の the Danelaw に,とりわけ -son をもつ人名が濃く分布していたという事実である.以下に,Crystal (26) からの分布地図を掲載する.

Map of ON Patronyms with -son

 地図中の数は,それぞれの州から生まれ出たと考えられる異なる姓の数を表わす.イングランドの北部と東部に集中していることが明らかである(特に Yorkshire と北部 Lincolnshire では6割を超える人名が古ノルド語の影響を受けたものであることが,中英語期の初期の人名記録からわかっている).この分布の明白なことは,「#818. イングランドに残る古ノルド語地名」 ([2011-07-24-1]) に掲載した古ノルド語由来の地名の分布を表わす地図が伝える明白さに匹敵する.Baugh and Cable (99) も次のように述べている.

It may be remarked that a similarly high percentage of Scandinavian personal names has been found in the medieval records of these districts. Names ending in -son, like Stevenson or Johnson, conform to a characteristic Scandinavian custom, the equivalent of Old English patronymic being -ing, as in Browning.


 息子を意味する名詞 son は古英語 sunu として存在しており,ゲルマン諸語にも他のインドヨーロッパ諸語にも同根語が見られる.しかし,これを父称を作る連結形として用いる習慣は古英語にはなかった.一方,北欧諸語では古ノルド語の同根語 sunr を連結形として用いた人名,現代でいえば Amundsen, Andersen, Jacobsen, Jespersen, Nielsen などに相当する人名が多くみられた.英語人名の -son 付加は,古英語後期の古ノルド語との接触によって導入された,古い要素を用いた新しい慣習だったとみなすことができる.
 現代英語から -son 付きの人名をランダムに拾い出すと,Acheson, Anderson, Cookson, Davidson, Dickinson, Dodgson, Edison, Ellison, Emerson, Harrison, Henderson, Hudson, Jackson, Jefferson, Johnson, Jonson, Larson, Madison, Magnusson, Robinson など多数が挙がる.

 ・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.
 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.

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2014-01-28 Tue

#1737. アメリカ州名の由来 [onomastics][toponymy][etymology][map]

 「#1735. カナダ州名の由来」 ([2014-01-26-1]) と「#1736. イギリス州名の由来」 ([2014-01-27-1]) に続いて,今回はアメリカの州 (state) の名前の由来を訪ねる.まずは,州境の入った地図から.
 
Map of USA States

 語源別に50州の内訳をみると,以下のようになっている.過半数がアメリカ先住民の言語に由来する.

NumberOrigin
28American Indian
11English
6Spanish
3French
1Dutch (Rhode Island)
1from America's own history (Washington)


 では,Crystal (145) を参照して50州名の由来をアルファベット順に示そう.

AlabamaChoctaw "I open the thicket" (i.e. clears the land)
AlaskaInuit "great land"
ArizonaPapago "place of the small spring"
ArkansasSioux "land of the south wind people"
CaliforniaSpanish "earthly paradise"
ColoradoSpanish "red" (colour of the earth)
ConnecticutMohican "at the long tidal river"
Delawarenamed after English governor Lord de la Warr
FloridaSpanish "land of flowers"
Georgianamed after George II
HawaiiHawaiian "homeland"
IdahoShoshone "light on the mountain"
IllinoisAlgonquian via French "warriors"
IndianaEnglish "land of the Indians"
IowaDakota "the sleepy one"
KansasSioux "land of the south wind people"
KentuckyIroquois "meadow land"
Louisiananamed after Louis XIV of France
Mainenamed after a French province
Marylandnamed after Henrietta maria, queen of Charles I
MassachusettsAlgonquian "place of the big hill"
MichiganChippewa "big water"
MinnesotaDakota Sioux "sky-coloured water"
MississippiChippewa "big river"
MissouriAlgonquian via French "muddy waters" (?)
MontanaSpanish "mountains"
NebraskaOmaha "river in the flatness"
NevadaSpanish "snowy"
New Hampshirenamed after an English county
New Jerseynamed after Jersey (Channel Islands)
New Mexiconamed after Mexico (Aztec "war god, Mextli")
New Yorknamed after the Duke of York
North Carolinanamed after Charles II
North DakotaSioux "friend"
OhioIroquois "beautiful water"
OklahomaChoctaw "red people"
OregonAlgonquian "beautiful water" or "beaver place" (?)
Pennsylvanianamed after William Penn and Latin "woodland"
Rhode IslandDutch "red clay"
South Carolinanamed after Charles II
South DakotaSioux "friend"
TennesseeCherokee settlement name, unknown origin
TexasSpanish "allies"
UtahNavaho "upper land" or "land of the Ute" (?)
VermontFrench "green mountain"
Virginianamed after Elizabeth I, the "virgin queen"
Washingtonnamed after George Washington
West Virginianamed after Elizabeth I, the "virgin queen"
WisconsinAlgonquian "grassy place" or "beaver place" (?)
WyomingAlgonquian "place of the big flats"


(後記 2014/02/24(Mon):アメリカ州名の学習にはこちらをどうぞ.)

 ・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.

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2014-01-27 Mon

#1736. イギリス州名の由来 [onomastics][toponymy][etymology][map][celtic]

 昨日の記事「#1735. カナダ州名の由来」 ([2014-01-26-1]) に続いて,今回はイギリスの州 (county, shire) の名前の起源について.まずは,州境の入った地図を掲げたい.Ordnance Survey - Outline maps より入手した,1972--1996年の旧州名の入った地図である.下図をクリックして拡大 (65KB) ,あるいはさらなる拡大版 (260KB),あるいはPDF版 (243KB) を参照しながらどうぞ.

Map of UK Counties

 以下の州名の由来は,Crystal (143) にもとづく.Western Isles, Highland, Central, Borders など,自明のものは省略してある.当然ながらケルト諸語に由来する州名が多い.

Avon"river"
Bedford"Beda's ford"
Berkshire"county of the wood of Barroc" ("hilly place")
Buckingham"riverside land of Bucca's people"
Cambridge"bridge over the river Granta"
Cheshire"county of Chester" (Roman "fort")
Cleveland"hilly land"
Clwyd"hurdle" (? on river)
Cornwall"(territory of) Britons of the Cornovii" ("promontory people")
Cumbria"territory of the Welsh"
Derby"village where there are deer"
Devon"(territory of) the Dumnonii" ("the deep ones", probably miners)
Dorset"(territory of the) settlers around Dorn" ("Dorchester")
Dumfries and Galloway"woodland stronghold"; "(territory of) the stranger-Gaels"
Durham"island with a hill"
Dyfed"(territory of) the Demetae"
Essex"(territory of) the East Saxons"
Fife"territory of Vip" (?)
Glamorgan"(Prince) Morgan's shore"
Gloucester"(Roman) fort at Glevum" ("bright place")
Grampianunknown origin
Gwent"favoured place"
Gwynedd"(territory of) Cunedda" (5th-century leader)
Hampshire"county of Southampton" ("southern home farm")
Hereford and Worcester"army ford"; "(Roman) fort of the Wigora"
Hertford"hart ford"
Humberside"side of the good river"
Kent"land on the border" (?)
Lancashire"(Roman) fort on the Lune" ("health-giving river")
Leicester"(Roman) fort of the Ligore people"
Lincoln"(Roman) colony at Lindo" ("lake place")
London"(territory of) Londinos" ("the bold one") (?)
Lothian"(territory of) Leudonus"
Man"land of Mananan" (an Irish god)
Manchester"(Roman) fort at Mamucium"
Merseyside"(side of the) boundary river"
Norfolk"northern people"
Northampton"northern home farm"
Northumberland"land of those dwelling north of the Humber"
Nottingham"homestead of Snot's people"
Orkney"whale island" (?) (After J. Field, 1980)
Oxford"ford used by oxen"
Powys"provincial place"
Scillyunknown origin
Shetland"hilt land"
Shropshire"county of Shrewsbury" ("fortified place of the scrubland region")
Somerset"(territory of the) settlers around Somerton" ("summer dwelling")
Stafford"ford beside a landing-place"
Strathclyde"valley of the Clyde" (the "cleansing one")
Suffolk"southern people"
Surrey"southern district"
Sussex"(territory of) the South Saxons"
Tayside"silent river" or "powerful river"
Tyne and Wear"water, river"; "river"
Warwick"dwellings by a weir"
Wight"place of the division" (of the sea) (?)
Wiltshire"county around Wilton" ("farm on the river Wylie")
Yorkshire"place of Eburos"


(後記 2014/02/24(Mon):イギリス州名の学習にはこちらをどうぞ.)

 ・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.

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2014-01-26 Sun

#1735. カナダ州名の由来 [onomastics][toponymy][etymology][map][canada]

 「#1733. Canada における英語の歴史」 ([2014-01-24-1]) および「#1734. Canada の国旗と紋章」 ([2014-01-25-1]) でカナダを取り上げたが,今回はカナダの州 (province) と準州 (territory) の名前について.
 カナダは世界第2位の面積を誇る巨大な大陸国家だが,政治区画としては10州と3準州からなる.Nunavut は1999年に設立されたばかりの準州で,住民の多くが先住民族である.

Map of Canada

 Northwest Territories は文字通りなので除外し,語源辞典等により調べた,12(準)州の名前を構成する主要素の起源をアルファベット順に掲げる.

 ・ Alberta は,Queen Victoria の4番目の娘 Princess Louise Caroline Alberta にちなむ.
 ・ Brunswick は,George II, Duke of Brunswick にちなむ.
 ・ Columbia は,ハドソン湾会社の時代の Columbia District より引き継がれた.「コロンブスの地」の意.
 ・ Labrador は,ポルトガル語 lavrador (yeoman farmer) に由来するとされ,John Cabot の命名とも想定されるが,未詳.
 ・ Manitoba は,北米先住民の言語 Algonquian の manito bau (spirit straight) より.この manito は,1698年に英語へ manitou として入っており,「(アルゴンキアン族の)霊,魔;超自然力」を表わす.
 ・ Newfoundland は,「新しく発見した土地」として John Cabot により命名されたもの.
 ・ Nova Scotia は,ラテン語で "New Scotland" の意.
 ・ Nunavut は,北米先住民の言語 Inuit で "our land" を意味する.
 ・ Ontario は,北米先住民の言語 Iroquoian の Oniatariio (the fine lake) のフランス語形より.
 ・ Prince Edward は,George III の4番目の息子 Prince Edward Augustus, the Duke of Kent にちなむ.
 ・ Quebec は,北米先住民の言語 Algonquian の kabek (the place shut in) より.
 ・ Saskatchewan は,北米先住民の言語 Cree の kisiskatchewani (swift-flowing river) より.Rocky 山脈に発する川に当てられた名前.
 ・ Yukon は,北米先住民の言語 Athapascan の yukon-na (big river) より.ベーリング海峡に注ぐ川に当てられた名前.

Referrer (Inside): [2014-01-28-1] [2014-01-27-1]

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2013-11-25 Mon

#1673. 人名の多様性と人名学 [onomastics][personal_name][patronymy]

 固有名詞学 (onomastics) は人名や地名の語形・語源などを研究する分野である.とりわけ人名の研究を anthroponomastics,地名の研究を toponomastics (toponymy) として区別する場合もあるが,前者の人名研究は狭義の onomastics として言及されることもある.古今東西の人名の付け方の多様性を垣間見れば,いかにして人名研究がそれだけで1つの独立した分野を構成しうるかがわかる.例えば,Crystal (218--20) によるこの分野への短いイントロを眺めてみよう.
 日本や中国を含むアジアで姓と名の区別があるのと同様に,西洋でも last name (surname, family name) と first name (given name, Christian name) の区別がある.ただし,「#590. last name はいつから義務的になったか」 ([2010-12-08-1]) で触れたように,英語社会においても日本においても,この区別が通常となったのは,それほど古い時代ではない.それにしても,英語での last name や firs name などという順序に基づく呼称は誤解を招きやすい.例えば日本,中国,ハンガリーなどでは姓→名という順序が普通であり,西洋式の名→姓が普遍的なわけではないからだ.英語では middle name という第3の名前が付けられることもあり,とりわけアメリカではアルファベット1文字の middle name が広くみられる.middle name はヨーロッパでは比較的少ない.また,3つの名前が付けられている場合に,優先的にどの名前で呼ばれることが多いかは,言語社会によって異なっている.英語の David Michael Smith という人は David で呼ばれることが多いが,ドイツ語の Johann Wolfgang Schmidt という人は Wolfgang で呼ばれることが多い.
 通言語的に時折みられる名付けとしてよく知られているものに,父称 (patronymy) がある.これは父の名を取るもので,ロシア語で Ivan の息子が Ivanovich,娘が Ivanovna と名付けられ,名と姓の間に置かれるような場合がそれである.アイスランド語では父称の伝統が色濃く,父称そのまま姓となるので,毎世代,姓が変化することになる.ヨーロッパにおける父称は「〜の(息)子」を意味する接辞付加で表わされることが多く,言語ごとに以下のような例がある.

LANGUAGEAFFIXEXAMPLES
English-ingBrowning, Denning, Gunning
Norse, English-sonAnderson, Jackson, Morrison
ScotsMac/Mc-MacArthur, MacDonald, McMillan
IrishO'O'Brien, O'Connell, O'Connor
WelshApApjohn, Apreys, Powell (< Ap Howell)
FrenchFitz-Fitzgerald, Fitz-simmons, Fitzwilliam
Russian-ovichIvanovich, Shostakovich
Polish-skiKorzybski, Malinowski
ArabicIbnIbn Battutah, Ibn Sina


 アラブ世界には,父称ならぬ子称 (teknonymy) という名付けの習慣もある.例えば,アムハラ語 (Amharic) では,子供の名前と父の名前とを合わせて名付ける方式がある.
 名付けの多様性とともに,共通性にも着目する必要がある.ヨーロッパでは,鍛冶屋を意味する姓が多い.Smith (English) に始まり,Haddad (Arabic), Kovács (Hungarian), Kuznetsov (Russian), Ferreiro (Portuguese), Schmidt (German), Hernández/Fernández (Spanish), Le Fèvre/La Forge (French) など,例は多い.韓国では,Kim (金),Pak (朴),Yi (李)の3つの姓で人口の大部分を覆うこともよく知られている.
 また,悪魔が近寄らないように,apotropaic (厄除け)の目的で「不具」「醜い」などを表わす名前をつける習慣のある文化もある.
 以上は主として姓についての onomastics のごく一部を紹介したにすぎないが,これだけを眺めてみても,名付けが多様性の豊かな領域であることがわかるだろう.関連して,「#813. 英語の人名の歴史」 ([2011-07-19-1]) も参照.

 ・ Crystal, David. How Language Works. London: Penguin, 2005.

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2012-07-28 Sat

#1188. イングランドの河川名 Thames, Humber, Stour [onomastics][toponymy][celtic][uniformitarian_principle]

 従来の語源説では,標題のようなイングランドの主要な河川名は,ケルト系の言語に由来するとされてきた.5世紀にアングロサクソン人がイングランドに渡ってきたときに,これらの河川名を先住のケルト人から受け継いだという説だ.しかし,Kitson (36) によると,これらの名前はケルト語以前の古層を形成する alteuropäisch "Old European" に遡るとされる.
 イングランド内には,Humber 川は12本流れており,Thames と類似した形態の河川名も多数ある (ex. T(h)ame, Teme, Team, Tamar, Tavy) .大陸ヨーロッパに目を向けても,やはり,このように類似した河川名の集団が広く分布している.地名学者のあいだでは,類似した河川名がヨーロッパ中に繰り返し現われることは常識の一部であり,その語源形の供給源としての alteuropäisch なる言語が想定されている.
 Kitson (38) によれば,地名のなかでも主要な河川の名前はとりわけ保守的であり,異民族によって置換されることなく,代々受け継がれてゆく傾向が強い.河川は文明の発生に不可欠な要素と言われるが,人間生活にとって最高度の重要性をもつ地勢であることは間違いなく,どの人間集団もまず最初に名前を与えるべき対象だろう.一旦名前がつけられてしまば,よほどの動機づけがない限り,異民族の征服者や移住者へもそのまま継承されることが多い.

. . . it seems to hold pretty generally that of all classes of place-names, main river-names are the most resistant to change. In taking over a substantial body of river-names from their predecessors the Anglo-Saxons exhibited behaviour typical of immigrant populations worldwide, as Mississippi and Ohio bear witness. Yet the attitude of Anglo-Saxons to Celts, at least among their ideological leaders, at least by the end of the settlement period, was of not borrowing anything (or at least not admitting they had borrowed it). For Celts, who were certainly not autochthonous in Britain, and who are not known to have developed any colonialist ideology stronger than Vae Victis!, to have taken over no names at all from their predecessors would be preposterous. (Kitson 38)


 語源が確かでないブリテン島の地名は,しばしばケルト語起源だろうと示唆される.しかし,そのなかには,あくまでケルト語経由であり,究極的には先行言語 (alteuropäisch) に由来するとみなすべきものが多々あるのではないか.もっとも,この議論のためには alteuropäisch の正体がもっと明らかにされなければならないが.
 なお,Kitson は,河川名の保守性を,地名学における "uniformitarian principle" (38) と称している.論文のタイトルに含まれている "Linguistic Theory" は,この "uniformitarian principle" との関連だろう.Uniformitarian Principle (斉一論)については,[2010-11-04-1][2012-07-26-1]の記事を参照.

 ・ Kitson, Peter. "Notes on Place-Name Material and Linguistic Theory." Analysing Older English. Ed. David Denison, Ricardo Bermúdez-Otero, Chris McCully, and Emma Moore. Cambridge: CUP, 2012. 35--55.

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2012-07-25 Wed

#1185. 固有名詞化 (2) [onomastics][toponymy][semantic_change][semantics][sign][methodology][semiotics]

 昨日の記事「#1184. 固有名詞化」 ([2012-07-24-1]) で紹介した Coates の onymisation の理論について,思うところを2点メモする.
 (1) Coates にしたがって onymisation は意味を失う過程であると理解すると,これは,[2012-05-09-1]の記事「#1108. 言語記号の恣意性,有縁性,無縁性」で言及した「無縁化」にほかならない.そこで触れたように,言語記号の無縁化と有縁化は通時的に無限のサイクルを構成するということを考慮すると,固有名詞と一般名詞の間の往来もまた無限に繰り返されるものなのかもしれない.この議論は,「#1056. 言語変化は人間による積極的な採用である」 ([2012-03-18-1]) や「#1069. フォスラー学派,新言語学派,柳田 --- 話者個人の心理を重んじる言語観」 ([2012-03-31-1]) の記事でみた柳田国男の言語変化観にも関わるところがある.
 (2) 固有名詞は音韻的な摩耗や,一般語には見られない例外的な音韻変化を受けることが多い.理論的には,昨日の記事で触れたように,固有名詞語彙の phonological space が相対的に広々としていると説明することができるかもしれない.歴史言語学の方法論の観点からは,音韻変化に関する固有名詞の例外的な振る舞いは「音韻変化を論じる際には,固有名詞を参照することに注意せよ」という教訓となる.Coates (33) は,Hogg の同趣旨の言及を支持しながら,"using name material in argumentation about phonology (and morphology) needs caution, because name material can contain chronological and systemic anomalies with respect to its matrix language" と述べている.例えば,古英語 geat "gate" は,Yeats, Yates などに発音と綴字の痕跡を残しているが,現代標準英語では古ノルド語形 gat に由来するとおぼしき gate が伝わっている(Hogg 69; [2009-11-19-1]の記事「#206. Yea, Reagan and Yeats break a great steak.」も参照).

 ・ Coates, Richard. "to þære fulan flóde . óf þære fulan flode: On Becoming a Name in Easton and Winchester, Hampshire." Analysing Older English. Ed. David Denison, Ricardo Bermúdez-Otero, Chris McCully, and Emma Moore. Cambridge: CUP, 2012. 28--34.
 ・ ピエール・ギロー 著,佐藤 信夫 訳 『意味論』 白水社〈文庫クセジュ〉,1990年.
 ・ Hogg, Richard M. "Phonology and Morphology." The Cambridge History of the English Language: Vol. 1 The Beginnings to 1066. Ed. Richard M Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 67--167.

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2012-07-24 Tue

#1184. 固有名詞化 (1) [onomastics][toponymy][metonymy][semantic_change][semantics][sign][origin_of_language]

 metonymy を含む比喩 (trope) の研究は,意味論で盛んに行なわれてきた.そこでは,しばしば,固有名詞が一般名詞化した事例が取り上げられる.atlas, bloody mary, cardigan, dobermann (pinscher), hoover, jacuzzi, jersey, juggernaut, madeira, mercury, oscar, post-it, sandwich, tom (cat), turkey, wellington (boot) など枚挙にいとまがない.総称部の省略,固有名を記念しての命名,ヒット商品などにより,普通名詞化してゆく例が見られる.
 しかし,逆の過程,一般名詞が固有名詞化する過程については,あまり研究対象とされてこなかった.この過程は,固有名詞学 (onomastics) では "onymisation" と呼ぶべきものである.Coates は,古英語の一般的な統語表現 sēo fūle flōde "the foul channel" が Fulflood という固有の河川名へ発展して行く過程を例に取りながら,onymisation を理論的に考察している.以下,Coates (30--33) を要約しよう.
 まず,onymisation は,必ずしも形態的な変化を含意しない.確かに Fulflood の場合には,母音の変化を伴っているが,the White House などは,元となる "the white house" と比べて特に形態的な変化は生じていない(ここでは強勢の差異は考慮しないこととする).onymisation の本質は,語の形態にあるのではなく,常に固有名として使われるようになっているか,という点にある.後に見るように,実際には onymisation は形態変化を伴うことも多いが,それは過程の本質ではないということである.
 次に,固有名詞になるということは,元となる表現のもっていた意味を失うということである.sēo fūle flōde は,「その」「きたない」「水路」という,生きた個別的な意味の和として理解されるが,Fulflood は通常分析されずに,直接に問題の河川を指示する記号として理解される.前者の意味作用を "semantic" と呼ぶのであれば,後者の意味作用は "onymic" と呼ぶことができるだろう.
 現在,日常的には flood にかつての「水路」の意味はない.一般名詞としての flood は,古英語以来,意味を変化させてきたからだ.しかし,古い意味は固有名詞 Fulflood のなかに(敢えて分析すれば)化石的に残存しているといえる.この残存は,固有名詞 Fulflood が形態分析も意味分析もなされなかったからこそ可能になったのであり,onymisation の結果の典型的な現われといえる,意味を失うことによって残存し得たというのが,逆説的で興味深い.
 さらに,Coates は,意味作用,進化論,言語獲得の知見から,"Onymic Reference Default Principle" (ORDP) を提唱している.これは,"the default interpretation of any linguistic string is a proper name" という仮説である.前提には,原初の言語使用においては,具体的で直接な指示作用 (onymic reference) が有利だったに違いないという進化論的な発想がある.
 最後に,onymisation はしばしば形態的な変化を伴う.これは音韻的な摩耗や,一般語には見られない例外的な音韻変化というかたちを取ることが多い.固有名詞語彙は一般語彙のように音韻領域密度が高いわけではないので,発音に多少の不正確さや不規則さがあっても,固有名詞間の識別は損なわれないからだという.

Using an expression to refer onymically licenses the kind of attrition, or early and/or irregular sound change . . . because the phonological space of proper names is less densely populated than that of lexical words, and successful reference may be achieved despite less phonological precision. (33)


 固有名詞あるいは固有名詞化という話題について,記号論的な立場から,ここまで詳しく考えたことはなかったので,Coates の論文をおもしろく読んだ.

 ・ Coates, Richard. "to þære fulan flóde . óf þære fulan flode: On Becoming a Name in Easton and Winchester, Hampshire." Analysing Older English. Ed. David Denison, Ricardo Bermúdez-Otero, Chris McCully, and Emma Moore. Cambridge: CUP, 2012. 28--34.

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2012-02-04 Sat

#1013. アングロサクソン人はどこからブリテン島へ渡ったか [geography][toponymy][onomastics][map][patronymy][anglo-saxon]

 固有名詞学 (onomastics) のなかでも地名学 (toponymy) は,言語学と歴史学が濃密に接する分野である.[2011-07-24-1]の記事「#818. イングランドに残る古ノルド語地名」でみたように,地名の構成と分布は,民族の歴史的な行動をありありと示してくれることがある.昨日の記事「#1012. 古代における英語からフランス語への影響」 ([2012-02-03-1]) で参照した Martinet の論文は,フランス北部に残る英語式に構成された地名の分布から,標題の疑問に迫る論考である.
 英語式の地名の典型の1つに,単音節+ -ing + -ham/-ton」という形態がある (ex. Buckingham, Nottingham, Birmingham; Padington, Islington, Arlington) .-ing は英語の典型的な父称 (patronym) 接辞であり,-hamhome に,-tontown に対応する.おもしろいことに,フランスにも,フランス語化されている部分はあるが,Tardinghen, Bouquinghen, Tatinghem, Conincthun, Verlingcthun, Audincthun など,明らかに英語地名のモデルに基づいた地名がある.それも,フランス北部の Artois (現在の Pas-de-Calais 県の一部にあたる地方),特に Boulogne から Saint Omer にかけての地域に集中している.Martinet (6--7) の地図によれば,この種の英語地名が77個も確認される.
 この英語地名の分布が示唆するのは,かつてこの地方に,後の英語話者と密接に結びつけられる Anglo-Frisian 系の西ゲルマン民族が定住していたということである.彼らはブリテン島に渡る際の中継点としてこの地を通り過ぎただけではなく,この地に住み着いて,南に接する Gallo-Roman (後にフランス語へ発達する言語)に言語的な影響を与え得るほどに存在感を示していた可能性が高い.
 Martinet は,以上の証拠と,イギリス海峡の両側に位置する主要な地点間の距離を考慮して,次のような仮説を提案している.

On est tenté de poser Boulogne, au nom celtique, comme le passage normal des deux vagues d'envahisseurs celtes qui ont passé la Manche avant notre ère. La distance de Boulogne au cap Dungeness est indiquée en pensant aux Saxons qui ont peuple le Wessex. / Notre hypothèse n'exclut pas un passage plus direct par la mer du Nord, mais le Jutland est à plus de 500 km des côtes anglaises. (10)

紀元前に2波にわたってイギリス海峡を横断したケルト人の侵略者たちの通常の経路としては,ケルト語の地名を帯びたブローニュを想定したいところだ.サクソン人がウェセックスに植民したことを考えれば,ブローニュからダンジネス岬の距離は適切だろう.この仮説は,北海を越えるより直接の経路を排除するわけではないが,ユットランドはイギリスの海岸から500キロ以上も離れているのだ.


 サクソン人が,かつてケルト人の開拓したブローニュから海に出るというルートを利用し,イギリス側ではウェセックス植民に都合のよい,かつ航海距離の短いダンジネス岬に着岸した,というわけだ.従来より,アングロサクソン人は航海に長けていたはずだとの前提から,[2010-05-21-1]の記事「#389. Angles, Saxons, and Jutes の故地と移住先」の地図で概略的に示したように,北海をはるばる越えてのルートが想定されてきたが,地名分布に支えられた Martinet の仮説も魅力的だ.

The Strait of Dover
(Martinet, p. 9 の地図を掲載)

 ・ Martinet, André. "Comment les Anglo-Saxons ont-ils accédé à la Grande-Bretagne?" La Linguistique 32.2 (1996): 3--10.

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2011-12-22 Thu

#969. Mayster Nichol of Guldeuorde [onomastics][owl_and_nightingale][pchron][preposition]

 [2010-12-08-1]の記事「#590. last name はいつから義務的になったか」で,ノルマン征服以降,イングランドで名前に last name を付す慣習が発達したことを取り上げた.
 last name の典型は,of を伴って出身地などの地名を用いるものであり,その最も有名な初期の例の1つが,The Owl and the Nightingale の l. 191 に現われる(そして作者その人ではないかと疑われる) Mayster Nichol of Guldeuorde である.Atkins 版 (19) では次のような注記がある.

191. Maister Nichole of Guldeforde. The full designation of Nicholas is not without its interest, pointing as it does to certain changes characteristic of the 11th and 12th centuries. Under Norman influence the single personal names of the O.E. period had become supplemented by surnames denoting, amongst other things, place of birth. Thus in the later sections of the A. S. Chron. such names as Rotbert de Bælesne 81104), Willelm of Curboil (1123), Hugo of Mundford (1123) are found.


 固有人名に限るわけではないが,人を表わす名詞と地名とを結びつける of については,OED の "of", prep. 47.a. に説明がある.この of の本来の意味は「〜出身の,〜から来た」であり,古英語の an monn of ðǣre byriȝÐa men of Lunden byriȝ などに見られるが,11世紀には必ずしも出自を示すわけではなく「〜に住む」という所属の意味へと変化していった.
 関連して,[2011-07-19-1]の記事「#813. 英語の人名の歴史」を参照.

 ・ Atkins, J. W. H., ed. The Owl and the Nightingale. New York: Russel & Russel, 1971. 1922.

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