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me_dialect - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2020-08-09 05:24

2013-10-05 Sat

#1622. eLALME [me_dialect][lalme][preposition][map][web_service]

 昨日の記事「#1621. The Middle English Grammar Corpus (MEG-C)」 ([2013-10-04-1]) で触れたが,後期中英語の方言地図 LALME の改訂・電子版 eLALME が,今年,Edinburgh 大学よりオンラインで公開された.書籍版 LALME にあった誤りが訂正されるなど,改訂版といってよく,機能の豊富さや検索の便などで,今後は電子版が主として利用されてゆくことになると思われる.
 書籍版に対して種々の拡張がなされているが,Item Number などの対応番号が異なっているものもあるので注意を要する.例えば,between の異形の分布について,書籍版では Dot Maps 703--06, 1118--19 に6種類の分布図が掲載されているが,電子版では Item Number 89 のもとに16種類の分布図が掲載されている.実際,Dot Map の数は電子版になって1/3以上増えた.
 また,ユーザー定義の方言地図が描けるというのが目を見張る.「#1394. between の異形態の分布の通時的変化」 ([2013-02-19-1]) や昨日の記事 ([2013-10-04-1]) でも話題にした between の歴史的異形に関して,語末の子音群に x を含むタイプが後期中英語でどのように分布していたかを知りたい場合を想定しよう."User-defined Maps" の機能から,"Select one or more items" で "89 BETWEEN pr [North & Ireland]" を選んだ上で,"Select one or more forms" で x を含む形態のすべてにチェックを入れる.それから "Make map" をクリックすれば,以下のような Dot Map が得られるという仕組みである.既製の Dot Map よりも,条件を細かくチューニングできる.

Map of x-Type of BETWEEN by eLALME

 書籍版の Item Map に相当するものは,ウェブ上での地図製作技術の限界から,電子版では得られない.しかし,代替手段として,ユーザー定義地図のドットをクリックすることにより,その地点における言語項目の異綴字をポップアップさせることができる.これは既製の Dot Map では不可能なので,ユーザー定義地図の利用価値は高い.
 昨日紹介した LALME 系コーパス The Middle English Grammar Corpus (MEG-C) と合わせて,中英語方言研究もついに本格的にデジタル時代へ突入したといえるのではないか.
 なお,方言地図作成といえば自作の「#846. HelMapperUK --- hellog 仕様の英国地図作成 CGI」 ([2011-08-21-1]) もどうぞ.

 ・ McIntosh, Angus, M. L. Samuels, and M. Benskin. A Linguistic Atlas of Late Mediaeval English. 4 vols. Aberdeen: Aberdeen UP, 1986.

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2013-10-04 Fri

#1621. The Middle English Grammar Corpus (MEG-C) [corpus][preposition][me_dialect]

 ノルウェーの Stavanger 大学で,Merja Stenroos 氏が中心となって The Middle English Scribal Texts Programme (MEST) が進行中である.Glasgow 大学と Helsinki 大学の協力のもとに,中英語のテキストのコーパス化が進んでいる.このプログラムは具体的には2つのプロジェクトからなり,1つは1998年に Glasgow 大学が立ち上げた Middle English Grammar Project の延長線上にある The Middle English Grammar Corpus (MEG-C) の編纂で,もう1つは2012年に開始された Language and Geography in Middle English Local Documents (MELD) である.
 今回は,前者のプロジェクト MEG-C について紹介したい.このコーパスは,後期中英語の方言地図 LALME のソースとなったテキストを電子化するという目的で編纂されている.姉妹版である初期中英語の方言地図 LAEME が最初からコーパス付きでオンライン公開されたのと対照的に,LALME では,編纂された時代が時代だけに,方言地図が紙媒体で公表されたにすぎなかった.2013年に LALME が改訂・電子化され eLALME としてアクセスできるようになったが,方言地図作成のもととなった資料自体は電子化されていなかった.現在,そのコーパスファイル群がMEG-C files から自由にダウンロードできるようになっている.
 MEG-C は,実際には LALME の参照した1350--1500年のソーステキストのみならず,より早い時期のテキストをも含むコーパスとして成長している.長いテキストについては3000語のサンプルを取って収容しているが,現行の2011.1版では,目標とするテキストの半分ほどがカバーされているという.写本やファクシミリから転写しているというから,LAEME のコーパスに勝るとも劣らぬ大変な労力である.ありがたく利用させていただきたい.
 早速,MEG-C にちょっとした検索をかけてみた.「#1394. between の異形態の分布の通時的変化」 ([2013-02-19-1]) で見た between の歴史的異形の分布のなかで,とりわけ語尾において x をもつ betwix(t) タイプが,後期中英語でどれくらい使用されていたかに関心があった.そこで検索してみると,104例が -x で終わるタイプ,14例が -xe で終わるタイプ,2例が -xt で終わるタイプという結果が出た.この頻度の傾向は,Helsinki Corpus による M3--M4期からの証拠とほぼ符合する.互いのコーパスの信頼度を測ることができたといえるだろう.
 中英語の方言研究も,ますますツールが充実してきた感がある.

 ・ Stenroos, Merja, Martti Mäkinen, Simon Horobin, and Jeremy Smith. The Middle English Grammar Corpus, version 2011. 1. U of Stavanger, 2011. Online at http://www.uis.no/research/culture/the_middle_english_grammar_project/. Accessed : 4 October 2013.

Referrer (Inside): [2013-10-05-1]

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2013-08-05 Mon

#1561. 14世紀,Norfolk 移民の社会言語学的役割 [sociolinguistics][me_dialect][history][geography][demography][geolinguistics]

 古英語 West-Saxon 方言の y で表わされる母音が,中英語では方言により i, u, e などとして現われることについては,「#562. busy の綴字と発音」 ([2010-11-10-1]),「#563. Chaucer の merry」 ([2010-11-11-1]),「#570. bury の母音の方言分布」 ([2010-11-18-1]),「#1434. left および hemlock は Kentish 方言形か」 ([2013-03-31-1]) などの記事で取り上げた.
 14世紀後半より書き言葉の標準が徐々に発達していたときに,どの方言形が標準的な形態として最終的に選択されたかにより,現代英語の busy, bury, merry などに見られるような,綴字と発音の種々の関係が帰結してしまった.「#562. busy の綴字と発音」 ([2010-11-10-1]) では「個々の語の標準形がどの方言に由来するかはランダムとしかいいようがない」と述べたが,標準化に際して,現代英語の kinsin につらなる単語など,大多数が北部・東部に由来する i を反映することになったことは事実である.傾向として i が多かったという事実については,何らかの説明が可能かもしれない.
 この問題について,地村 (33--35) は G. Kristensson ("Sociolects in 14th-Century London." Nonstandard Varieties of Language: Papers from the Stockholm Symposium 11--13 April 1991. Stockholm: Almqvist & Wiksell International, 1994. 103--10) の議論に拠りながら,14世紀のロンドンに流入した Norfolk 出身の人々が担っていた社会言語学的な役割を指摘している.14世紀初頭のロンドンへの移民リストのなかで,Norfolk 出身者がトップの座を占めていた.Norfolk からの著しい人口流入は少なくとも1360年までは続いており,これらの Norfolk 移民は主として行政や商業に関する職業に就いていたため,ロンドンにおいて社会的に優勢な集団を形成していたと考えられる.そして,彼らの社会的な地位とともに,彼らが故郷からもってきた北部・東部系の i の地位も上昇し,最終的にロンドンにおいて威信ある発音として受け入れられたのではないかという.

ロンドンにいるノーフォーク出身の人々は人口の上層部、つまり行政方面で影響を与える商人の階級を形成したことがわかる。彼らの方言は次の点でロンドンの地方言とは逸脱していた。OE /y(:)/ に対して /i(:)/、stret におけるように OE /æ:/ に対して /ɛ:/ または /e:/、fen におけるように OE /e/ に対して /e/、milk におけるように OE /eo/ に対して /i/、flax, wax のような語では /a/、old, cold のような語では /ɔ:/、fen, fair のような語では /f-/ である。ロンドン英語におけるこの変種は14世紀前半に生じて、14世紀後半では重要な社会方言として目立つようになったと言っても過言ないであろう。この英語は、裕福な商人の階級の属する人達によって使用され、恐らく格式の高い方言となり、フランス語とラテン語が公用語の地位を失った時、(政府の)官庁で使われた模範的な言語となった。政府高官の多くはノーフォークの移住民集団に所属していたように思われる。(地村,pp. 33--35)


 では,なぜ Norfolk からの移民がこの時期これほどまでに著しかったのだろうか.1つには,この地域がイングランドで最も人口密度の高い地域であったことが挙げられる.しかし,より重要なことは,Norfolk 人の多くが,イングランドに大きな富をもたらす羊毛産業に従事していたことである.さらに,Norfolk は古英語後期からの歴史的事情によりスカンディナヴィア系の人口を多く抱えており,農民は他の地域の農奴 (villein) よりも自由な地位を有していたために,産業活動の発達と商人階級の勃興が促されたという事情もあったろう.
 以上のような人口分布,経済活動,歴史的条件が相俟って,Norfolk 方言がロンドンにおいて幅を利かせることとなったということが事実だとすれば,これはまさに「#1543. 言語の地理学」 ([2013-07-18-1]) の話題だろう.その記事の終わりに示した「エスニーの一般的特徴」の図において枠で囲ったキーワードのほとんどが,上の議論に関与している(すなわち,言語,領域,住民,経済,社会階級,都市網,主要都市,政治制度).

 ・ 地村 彰之 『チョーサーの英語の世界』 溪水社,2011年.

Referrer (Inside): [2013-11-23-1]

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2013-04-16 Tue

#1450. 中英語の綴字の多様性はやはり不便である [me_dialect][spelling][standardisation][wycliffe][bible]

 中英語の綴字の不統一あるいは多様性については,me_dialect spelling の記事などで言及してきた.綴字が標準化,規範化されている現代の感覚からすると信じられないことだが,中英語の書き手や読み手はこれで何とかやってきたのである.しかし,中英語テキストに向かい合う現代の研究者にとっては,実際上悩ましいことも多い.「#1311. 綴字の標準化はなぜ必要か」 ([2012-11-28-1]) で述べたことを繰り返そう.

中英語のテキストを読む現代人は,辞書である語を引くのに,登録されている綴字の当たりをつけてから引かなければならない.テキストに現われる綴字のままで辞書に登録されている保証はないからである.何度も試行錯誤し,結局,登録されていないのだと諦めることもしばしばである.ここには,辞書使用者は標準綴字を求めているにもかかわらず,実際の綴字には標準形がないという涙ぐましい問題がある.


 この現実的な問題を解決すべく,せめて MED (Middle English Dictionary) は便利に使いたいと,「#1178. MED Spelling Search」 ([2012-07-18-1]) で異綴字の正規表現検索を可能にするなど,努めてきたわけである.
 だが,中英語の多様な綴字に著しい不便を感じるのは,本当に現代の研究者だけなのだろうか.中英語の書き手や読み手も,許容こそすれ,やはり不便は感じていたのではないか.そうだからこそ,遅ればせながらではあるが,中世後期から近代にかけて綴字の標準化が目指されたのではないか(綴字の標準化については spelling standardisation の各記事を参照).
 Crystal (227) によると,中英語母語話者もやはり不便を感じていたことを示すおもしろい資料がある.15世紀初期に Wycliffe の新訳聖書のコンコーダンス(英語史上初のコンコーダンス)を編んだ者があったが,アルファベット順にこだわらざるを得なかったこの無名の編纂者は,自らの綴字の決断が絶対的なものではないことを読者に断わっておく必要があったのである.以下は,1425年頃の East Midland のテキストで,British Library MS Royal 17.B の ff. 5a--b より Kuhn の校訂版 (272) から引用しよう.

Sumtyme þe same word & þe self þat is writen of sum man in oo manere is writen of a-noþir man in a-noþir manere. . . . Þese diuerse maneris of writyng ben to be considerid in þis concordaunce. ffor per chaunse, aftir my manere of writyng, sum word stondiþ in sum place, which same word, aftir þi maner of writying, shulde stonde in anoþir place. If it plese to ony man to write þis concordaunce, & him þenkiþ þat summe wordis ben not set in ordre aftir his conseit & his manere of writyng, it is not hard, if he take keep wiþ good avisement in his owne writyng, to sette suche wordis in such an ordre as his owne conseit acordiþ wel to.


 私の配列が気にくわなかったら,読者は自分でコンコーダンスを作りなさいと言わんばかりの口調だが,このように言い訳を述べなければならなかった状況こそが問題だったのだろう.

 ・ Crystal, David. The Stories of English. London: Penguin, 2005.
 ・ Kuhn, Sherman M. "The Preface to a Fifteenth-Century Concordance." Speculum 43 (1968): 258--73.

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2013-03-31 Sun

#1434. left および hemlock は Kentish 方言形か [oe_dialect][me_dialect][vowel][standardisation][spelling][etymology]

 昨日の記事「#1433. 10世紀以前の古英語テキストの分布」 ([2013-03-30-1]) で古英語方言について概観したが,Kentish 方言が遠く現代標準英語に影響を与えている(可能性のある)例を2つほどみてみたい.標題の2語に含まれる母音 e である.
 すでに類例については,本ブログでも「#562. busy の綴字と発音」 ([2010-11-10-1]) ,「#563. Chaucer の merry」 ([2010-11-11-1]) ,「#570. bury の母音の方言分布」 ([2010-11-18-1]) で言及済みであるので,問題の母音(字)についての歴史はそちらを参照されたいが,かいつまんでいえば,古英語には West-Saxon の y が,Anglian では i に,Kentish では e に対応するという母音の相違があった.この分布はおよそ中英語方言へも持ち越され,西部では <u> の綴字と /y/ の発音が行なわれ,北東部では <i> /ɪ/ が,南東部では <e> /ɛ/ が行なわれた.中英語後期から近代英語にかけてゆっくりと進んだ綴字の標準化に際しては,どの方言の母音(字)が結果として選ばれたかは単語によって異なっており,綴字と発音の間ですら一致が見られない例も現われてしまった.現代でも綴字と発音の関係に問題を抱えている busybury などの例がそれだ.
 上記の標準化の過程で,古英語の Kentish 方言や中英語の南東部方言に由来する母音(字)<e> /ɛ/ が採用された例は少ないものの,「#570. bury の母音の方言分布」 ([2010-11-18-1]) で挙げたように merry (West-Saxon myrig) や knell (West-Saxon cnyllan) がある.だが,これだけでは寂しいので,標題の2語を加えてみたい.
 left(左)は基本語・高頻度語だが,一説によると語源は lift (持ち上げる)と同根である.挨拶のとき左手を挙げることから「挙げた(手)」とつながるのではないかという.West-Saxon では lyft(空)として現われるが,「左」の語義はもっていない.新しい語義の初出は1200より前,初期中英語期のことである.MED では,lift (adj.) として見出しが立っている.
 別の説によれば,「#329. 印欧語の右と左」 ([2010-03-22-1]) で触れたように,left(左)は印欧祖語で「弱い」を原義とする語根に遡り,leprosy(ハンセン病)などと同根となる.West-Saxon 形 lyftādl (paralysis) の第1要素として含まれていることが,しばしば言及される.
 いずれの語源説を採るにせよ,古英語の Kentish 由来の母音(字)が採用されて現代標準英語に定着した少数の例であることは間違いない.
 もう1つは,hemlock(ドクニンジン)である.ソクラテスを死に至らしめた毒草と信じられている.West-Saxon では hymlic(e) として現われる一方,中英語では,MEDhemlok(e (n.) として見出しが立っているが,実際には種々の母音(字)で確認される.
 影の薄い Kentish 方言が少しだけ現代標準英語で顔をのぞかせているという小話でした.

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2013-02-24 Sun

#1399. 初期中英語における between の異形態の分布 [laeme][corpus][preposition][me_dialect][methodology]

 「#1389. between の語源」 ([2013-02-14-1]),「#1393. between の歴史的異形態の豊富さ」([2013-02-18-1]),「#1394. between の異形態の分布の通時的変化」 ([2013-02-19-1]) に続いて,今回は LAEME を用いて通時的変化および方言別分布を調査した結果を報告する.
 Helsinki Corpus による通時的調査 ([2013-02-19-1]) の場合と同様に,多数の異形態をまとめるに当たって,語尾以外における母音の違いは無視し,第2音節以降の子音(と,もしあれば語尾の母音も)の種類と組み合わせに注目した.lexel に "between" を指定して取り出した例をもとに,241個のトークンを半世紀ごと,方言別に整理した(区分は[2012-10-10-1]の記事「#1262. The LAEME Corpus の代表性 (1)」で採用したものと同じ).原データはこちらを参照.以下,最初に年代別,次に方言別の集計結果を掲げる.

PERIODnnnnexxexnxtehnhetntxtxntxethsseynznSum
C12b181270000000000000028
C13a23419644091401010000085
C13b2032321341000102111164
C14a5132892200031000010064
Sum662172247941014321121211241

DIALECTnnnnexxexnxtehnhetntxtxntxethsseynznSum
N00192200001000000015
NEM140000000000000000014
NWM706000081400002000037
SEM1420950000030100000052
SWM3112675702001010101184
SW001630040000000010024
SE001400000000000010015
Sum662172247941014321121211241


 現代英語の between に連なる,n を含む最も普通のタイプが左3列に示されているが,bitweonen などの "nn" タイプは時代とともに "n" タイプや "ne" タイプに置換されてゆく様子がうかがえる.Mustanoja (369) は,"nn" タイプについて "The -en forms occur mainly in the more southern parts of the country" と記述しているが,実際には NEM や NWM にも現われている.つまり,"nn" タイプの分布は,方言の問題である以上に時代の問題である可能性がある.語尾の n の脱落がより北部で,かつ,より遅い時代に見られることは,予想できることだろう.
 n 系列には遠く及ばないが,bituixbitƿixen などの x 系列の使用がこの時期に稀でないことは,Helsinki Corpus の調査結果と符合している.x 系列は N, SEM, SWM, SW に分布しており,間に挟まれた NEM, NWM には文証されない.この分布は妙だが,全体として例が十分に多くないために,North Midlands の現存テキストに現われる機会がなかったということかもしれない.近代英語期にかけて成長する t を付加した xte タイプは,初期中英語では C13b SW に bitwixte などの形態でわずかに現われるにとどまっている.
 bituhenbituhe などの h 系列は,Helsinki Corpus によれば,古英語後期より一気に衰退したとのことだったが,LAEME によれば,初期中英語では C13a NWM に集中する形で生き残っていたようだ.しかし,その時までに衰退傾向は決定づけられていたと言えるだろう.
 今回の調査で感覚を得たが,(初期)中英語期に開始した,あるいは進行していると疑われる変化について調べるには,Helsinki Corpus で通時的変化を大づかみにした上で,LAEME を用いて,より細かい時代区分と方言の別を考慮して掘り下げてゆくのがよさそうだ.

Referrer (Inside): [2014-12-19-1] [2013-07-29-1]

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2012-12-28 Fri

#1341. 中英語方言を区分する8つの弁別的な形態 [me_dialect][isogloss][dialect][methodology][geography][3pp][3sp]

 中英語の方言については,me_dialect の各記事で扱ってきた.方言どうしを区分する線は特定の弁別的な形態の分布により決められることが多く,例えば「#130. 中英語の方言区分」 ([2009-09-04-1]) のような方言地図が一案として提示されている.しかし,「#1317. 重要な等語線の選び方」 ([2012-12-04-1]) で話題にしたとおり,方言線を引くことに関しては様々な理論的な問題がある.中英語方言学は20世紀前半以来の長い研究史をもっており,近年では LALMELAEME の登場により研究環境が著しく進歩したのは確かだが,いまだに多くの問題が残されている.
 今回は,伝統的な Moore, Meech and Whitehall の後期中英語方言の研究に基づき,主要な弁別的形態とその分布を示そう.Moore, Meech and Whitehall は,1400--1450年に書かれた266の(公)文書および43の文学作品を主たる対象テキストとし,11の主要な弁別的な特徴によって方言線を引いた.これは MED 編纂の基盤ともなった方言線であり,MED の "Plan and Bibliography" にも反映されている.中尾 (96--106) が8つの弁別的な特徴について要約した表 (98) を与えており便利なので,それをまとめ直したものを下に示そう.

FeatureIsoglossNNEMSEMWMSWSE
OE /ā/A/ɑː//ɔː//ɔː//ɔː//ɔː//ɔː/
OE /a/ + nasalD/a//a//a//ɔ//a//a/
OE /ȳ/, /y/, /ēo/, /eo/F/iː, ɪ/, /eː, ɛ//iː, ɪ/, /eː, ɛ//iː, ɪ/, /eː, ɛ//yː, y/, /øː, ø//yː, y/, /øː, ø//iː, ɪ/, /eː, ɛ/
/f/ -- /v/I/f//f//f//f, v//v//v/
/ʃ/ -- /s/C/s//s//ʃ//ʃ//ʃ//ʃ/
3rd pl. pronounEthemthemhemhemhemhem
3rd sg. pres. verbG-es-es-eth-es, -eth-eth-eth
3rd pl. pres. verbB, H-es-es, -e(n)-e(n)-e(n), -eth-eth-eth
  *  

 地図上に表わせばより便利なのだろうが,今回は省略する.3人称単・複現在動詞語尾については,「#790. 中英語方言における動詞屈折語尾の分布」 ([2011-06-26-1]) を参照.また,OE /ȳ/, /y/, /ēo/, /eo/ に対応する母音の分布については,「#562. busy の綴字と発音」 ([2010-11-10-1]) を参照.

 ・ Moore, S., S. B. Meech and H. Whitehall. "Middle English Dialect Characteristics and Dialect Boundaries." Essays and Studies in English and Comparative Literature. 13 (1935): 1--60. Ann Arbor: U of Michigan Publication, Language and Literature.
 ・ 中尾 俊夫 『英語史 II』 英語学大系第9巻,大修館書店,1972年.

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2012-12-07 Fri

#1320. LAEME で見る most の異形態の分布 [vowel][superlative][map][laeme][me_dialect][comparison]

 [2012-11-24-1]の記事「#1307. mostmest」で取り上げた中英語の最上級 most の異形態について,初期中英語における母音別の分布を LAEME を用いて調査した.地図上に位置づけられるテキストから取り出した most の異形態は全部で249例あり,これを語幹母音に従って分別したものを HelMapperUK に流し込んだ.読み込ませたデータファイルはこちら.マークの大きさは頻度に比例する.

Variants of

 <mast> など <a> を示すものは主として北部に分布し,<mest>, <meast>, など前舌母音を示すものは中西部および南東部に分布する.後に優勢となる <most> など後舌母音を示すものは,この時代にはいまだ East Anglia に見られるのみである.

Referrer (Inside): [2015-09-29-1] [2014-04-13-1]

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2012-12-04 Tue

#1317. 重要な等語線の選び方 [isogloss][dialect][methodology][me_dialect][geography]

 方言を区分する等語線 (isogloss) は,考慮される語の数だけ引くことができるといっても過言ではない.これは,どの等語線を重視するかによって,方言区分の様子がらりと変わりうる危険があるということである.また,特定の等語線を意図的に選ぶことによって,望む方言区分を作り出せるということでもある.
 では,重視すべき等語線の選定は恣意的とならざるを得ないのだろうか.何らかの客観的な基準によって,重要な等語線と重要でない等語線を区別することができるのだろうか.この方法論上の問題について,Bloomfield (341--42) は次のような意見を述べている.

An isogloss which cuts boldly across a whole area, dividing it into two nearly equal parts, or even an isogloss which nearly marks off some block of the total area, is more significant than a petty line enclosing a localism of a few villages. . . . The great isogloss shows a feature which has spread over a large domain; this spreading is a large event, simply as a fact in the history of language, and, may reflect, moreover, some non-linguistic cultural movement of comparable strength. As a criterion of description, too, the large division is, of course, more significant than small ones; in fact, the popular classification of dialects is evidently based upon the prevalence of certain peculiarities over large parts of an area. / Furthermore, a set of isoglosses running close together in much the same direction --- a so-called bundle of isoglosses --- evidences a larger historical process and offers a more suitable basis of classification than does a single isogloss that represents, perhaps, some unimportant feature. It appears, moreover, that these two characteristics, topographic importance and bundling, often go hand in hand.


 要約すれば,(1) 広い地域を大きく按分する等語線を選べ,(2) 束をなしている太い等語線を選べ,ということになるだろう.
 しかし,この基準自体が程度の問題を含む.どのくらい広ければ「広い地域」とみなせるのか,どのくらい「大きく」按分すべきかを明確に教えてくれる指標はない.どのくらい「太い」束であればよいのかも同様だ.例えば,イングランドの方言を南北へ大きく2分する等語線の価値はほとんどの人が認めるだろうが,方言学では通常さらに細かく分類してゆく.この場合,どの細かさまでを方言区分とみなしてよいかを客観的に示す指標はない.中英語方言にしても,中部方言を東と西に2分するだけでよいのか,あるいはそれぞれを南北に分けて全部で4方言とすべきなのか,一般的な正答はない.この辺りは,方言区分を用いて考察しようとしている言語項目の地理的分布やその他の背景を参照した上で,適切な区分を意識的に選ぶというのが,むしろ望ましいやり方と言えるのかもしれない.
 それでも,Bloomfield の2つの基準は,複数の等語線のあいだの相対的な重要性を測るのに役立つ基準であることは認めてよいだろう.
 Bloomfield の Language 10章 "DIALECT GEOGRAPHY" は,具体例が豊富で,実によく書けている.

 ・ Bloomfield, Leonard. Language. 1933. Chicago and London: U of Chicago P, 1984.

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2012-11-28 Wed

#1311. 綴字の標準化はなぜ必要か [spelling][standardisation][me_dialect][writing][medium][spelling_reform][academy][johnson]

 中英語の綴字の奔放さとその後世への負の影響については,##53,219,193,562を始めとする記事でいろいろと扱ってきた.現代英語学習者にとって,[2009-06-20-1]の記事「#53. 後期中英語期の through の綴りは515通り」でみた異綴りは,嫌気という以上に,狂気を思わせ,同時に驚嘆の念をも催すだろう.綴字というものも,現代のように管理下に置かれていないかぎり,際限なく方言化してゆくのだということを示す好例である.だが,実際に中英語のテキストを読んでいると,異綴りというものに少しずつ慣れてゆくのも事実で,標準がなくとも書き言葉は何とかなるものだという感覚にもなってくる.方言を聞いているうちに耳が慣れてくるのと同じで,異綴りはいわば目で見る方言であるから,目が慣れればそれはそれで案外と機能するのだ.
 とはいっても,不便は大きい.例えば,中英語のテキストを読む現代人は,辞書である語を引くのに,登録されている綴字の当たりをつけてから引かなければならない.テキストに現われる綴字のままで辞書に登録されている保証はないからである.何度も試行錯誤し,結局,登録されていないのだと諦めることもしばしばである.ここには,辞書使用者は標準綴字を求めているにもかかわらず,実際の綴字には標準形がないという涙ぐましい問題がある.
 綴字の標準化が望ましい理由,必要とされる理由は,現代人の都合以外にもある.Schmitt and Marsden (156--57) は3点を挙げている.

 (1) 書き言葉は,時間と空間を越えて無数の相手に情報を伝えるための手段である.この手段を最大限に用いようとすれば,高度な一貫性と普遍性が要求されるはずである.
 (2) 書き言葉には,話し言葉に備わっている身振りや抑揚などの情報伝達に関わる多くの手段が欠けている.したがって,書き言葉において明晰さを確保するためには,語,文法,綴字などの正確さが要求される.
 (3) 書き言葉は,話し言葉とは異なり,意図的な教育により獲得されるものである.教育のために,一貫した綴字体系を定めることは重要である.

 (1) と (2) については writing medium の各記事を参照.興味深いのは,(1) と (3) は綴字の標準化が必要である理由であると同時に,綴字改革が試みられる理由でもあり,またそれがほぼ常に失敗する理由ともなっていることだ(spelling_reform) の各記事を参照).ある程度の体系がすでにある場合,それを変えようとすることは一貫性や普遍性に抵触する恐れがあるからだ.
 実際に,綴字の標準化は近代国家の重要な事業であった.例えば,国家が直接に事業に参与するか否かは別として,西欧諸国は例外なくこの事業に精を出した.イタリア,フランス,スペインはそれぞれ1582年,1634年,1713年にアカデミーを作り,標準的な綴字を統制した.ドイツでは1901年に,オランダ語圏では1883年と1947年に,それぞれ政府による統制があった.イギリスでは,Jonathan Swift (1667--1745) が1712年に提案したアカデミー設立こそ実現しなかったが,Johnson の辞書の出版 (1755) を頂点とする辞書編纂活動の努力により,綴字の標準化が完成した.いずれの近代国家も,上記の理由で,綴字の標準化を強く求めたのである.加えて,国家の威信を求めたことも理由の1つだったろう.

 ・ Schmitt, Norbert, and Richard Marsden. Why Is English Like That? Ann Arbor, Mich.: U of Michigan P, 2006.

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2012-11-24 Sat

#1307. mostmest [analogy][superlative][vowel][me_dialect][corpus][hc][ppcme2][comparison]

 中英語には,最上級 mostmest という前舌母音字を伴って現われることが少なくない.近代英語以降,後者は廃れていったが,両形の起源と分岐はどこにあるのだろうか.
 most は Proto-Germanic *maistaz に遡ることができ,ゲルマン諸語では Du. meest, G meist, ON mestr, Goth. maists などで文証される.音韻規則に従えば,古英語形は māst となるはずであり,実際にこの形態は Northumbrian 方言で確認されるものの,南部方言では確認されない.南部では,前舌母音を伴う West-Saxon mǣst や Kentish mēst が用いられた.OED によれば,前舌母音形は,lǣst "least" との類推とされる.この前舌母音の系統が,主として mest(e) という形態で中英語の南部方言へも継承され,そこでは15世紀まで使われた.
 一方,北部方言に起源をもつ形態は,中英語では後舌母音の系統を発達させ,主として most(e) という形態が多用された.じきに中部,南部でも一般化したが,北部方言形の南下というこの時期の一般的な趨勢に加え,比較級 mo, more の母音との類推も一役買ったのではないかと想像される.
 結果的に,近代英語以降にはゲルマン祖語からの規則的な発達形 most が標準的となってゆき,古英語から中英語にかけて用いられた mest は標準からは失われていった.「一番先の」を意味する中英語 formest (cf. 比較級 former) が,15世紀に foremost として再分析された背景には,上述の most による mest の置換が関与しているかもしれない.もっとも,古英語より,最上級語尾の -est 自体が -ost とよく混同されたのであり,最上級に関わる形態論において,両母音の交替は常にあり得たことなのかもしれない.
 なお,PPCME2 でざっと後舌母音系統 (ex. most) と前舌母音系統 (ex. mest) の分布を調べてみると,前者が354例,後者が168例ヒットした.Helsinki Corpus でも簡単に調査したが,中英語でも現代標準英語と同様に most 系統が主流だったことは間違いないようだ.

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2012-06-13 Wed

#1143. 中英語期はいつ始まったか (2) [me][periodisation][inflection][analogy][me_dialect]

 昨日の記事[2012-06-12-1]に引き続き,中英語の開始時期の話題.古英語と中英語の境を1000年頃におく Malone の見解は,極端に早いとして,現在,ほとんど受け入れられていない.その対極にあるのが,1200年頃におくべきだとする Kitson の論考である.
 Kitson (221--22) は,まず,現在の主流の見解である1100年あるいは1150年という年代が,どのような議論から生み出されてきたかを概説している.[2009-12-19-1]の記事「#236. 英語史の時代区分の歴史 (5)」で示したように,Henry Sweet の3区分は後に圧倒的な影響力をもつことになったが,Sweet 自身の中英語期の開始時期についての意見は揺れていた.1888年の段階では1150年,それから4年後の1892年の段階では1200年に区切りを設定していたからである(後者は[2009-12-20-1]の記事「#237. 英語史の時代区分の歴史 (6)」で示されている見解).その後,1150年とする見解は比較的多くの支持者を得たが,現在では Hogg (9) の "by about 1100 the structure of our language was beginning to be modified to such a considerable degree that it is reasonable to make that the dividing line between Old English and Middle English" との見解が広く受け入れられているようだ.いずれの場合も,試金石は,屈折語尾の母音がいつ [ə] へ水平化したかという点である.
 Kitson の議論を要約すれば,中英語の開始時期を巡る問題が難しいのは,母音の水平化が一夜に生じたものではなく,時間をかけて,方言によって異なる速度で進行したからである.また,母音の水平化は,ただ機械的な音韻変化として進行したわけではなく,複雑な類推作用 (analogy) の絡んだ形態変化として進行したのであり,その過程を跡づけることは余計にややこしい.そこで,中英語の開始時期を決めるにあたっては,(1) どの方言における母音水平化を中心に据えるか,(2) 母音水平化の始まった時期を重視するのか,あるいは完了した時期を重視するのか,あるいは中間時期を重視するのか,などの基本方針を決めなければならない.
 Kitson (222--23) は,(1) の方言の問題については,後期古英語の標準語の中心が Winchester だったこと,初期中英語の標準化された言語の代表例として South-West Midland 方言の "AB-language" があったこと,母音水平化を詳細に跡づけることが可能なほどに多くの写本がこの方言から現存していること,Sweet の区分でも South-West Midland 方言の Laȝamon を基準として用いていることなどを指摘しながら,"the area between, broadly, Wiltshire and Herefordshire" あるいは "the north Wessex--south-west midland area" (223) を基本に据えるべきだと結論づけている.(2) の母音水平化の完了の程度という問題については,音韻形態変化としての母音水平化が決して逆行しえない段階,すなわち完全に終了した段階をもって中英語の開始を論じるのが理に適っていると結論している.

And bearing in mind that the linguistic processes of the transition were to a large extent analogical rather than strictly regular sound-changes, it seems most reasonable to date the beginning of Middle English, as against Old English whether or not with a sub-period specified as Transitional, to the point of time from which even if external events influencing linguistic change had taken so different a course as to lead to directions of analogy violently different from the actual ones, reduction of inflectional variety to the single-un-stressed-vowel level characteristic of actual Middle English was irrevocable. (223)


 Kitson は,この移行期間に南部方言で書かれた文書における綴字と発音の関係を精密に調査し,1200年頃までは,いまだ前舌母音と後舌母音の区別が残っていたと主張し,次のように結論づけている.

. . . even at the end of the twelfth century the replacement of language with at least some variety of inflections by language with fully levelled inflections was not absolutely irrevocable. . . . Granting the level of fuzziness at the edges inescapable in all tidy divisions of linguistic periods, Sweet's 1892 dating really is right after all.


 ・ Malone, Kemp. "When Did Middle English Begin?" Language 6 (1930): 110--17.
 ・ Kitson, Peter R. "When did Middle English begin? Later than you think!." Studies in Middle English Linguistics. Ed. Jacek Fisiak. Berlin: Mouton de Gruyter, 1997. 221--269.
 ・ Hogg, Richard M., ed. The Cambridge History of the English Language: Vol. 1 The Beginnings to 1066. Cambridge: CUP, 1992.

Referrer (Inside): [2012-09-19-1]

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2011-11-12 Sat

#929. 中英語後期,イングランド中部方言が標準語の基盤となった理由 [popular_passage][me_dialect][standardisation][chancery_standard]

 中英語は「方言の時代」と呼ばれるほど,方言が花咲き,それが書き言葉にも如実に反映された時期である.それほど異なっていたのであれば,はたして当時のイングランド各地の人々は互いにコミュニケーションを取ることができたのだろうか,という素朴な疑問が持ち上がる.[2010-03-30-1]の記事「#337. egges or eyren」で紹介した Caxton の有名な逸話を読むと,少なくともイングランドの南北方言間では部分的な意志疎通の障害があったことが具体的に理解できる.日本語の方言事情を考えれば,逸話内の夫人の当惑も手に取るように分かるだろう.
 中英語も後期になってくると,緩やかな書き言葉の標準というべきものが現われてくる.現在の書き言葉標準のような固定化した (fixed) 標準ではなく,むしろ現在の話し言葉標準のような中心を指向する (focused) 標準に近い.当時現われ始めた書き言葉標準は,諸方言の混じり合ったものではあったが,その中でも基盤となった方言は中部方言である.これはなぜだろうか.なぜ北部や南部の方言がベースとならなかったのだろうか.
 1つには,政治や文化の中心地としてのロンドンで話され,書かれていた英語,特に公文書に用いられていた Chancery Standard の影響力がある.言語的標準を目指す上で,社会的権威を付されている首都の公式の語法を参照するというのは自然な発想である.ロンドンの方言は,方言学的には中部と南部の両方言の境目に当たるのだが,少なくとも北部方言に対する中部・南部方言の優位性はこれで確保される.
 2つ目として,中部方言が,教養の香りを漂わせる London, Oxford, Cambridge の作る三角地帯で用いられていた方言と重なっていたという事情がある.これによって,中部方言は学問的,文化的な権威をも付されることとなった.
 3つ目に,中部方言は地理的にも南北両方言の中間に位置しているため,両方言の要素を兼ね備えており,方言の花咲くイングランドにおいてリンガフランカとして機能し得たと考えられる.この点については,Ranulph Higden (c. 1280--1364) によるラテン語の歴史書 Polychronicon を1387年に英語へ翻訳した John of Trevisa (1326--1402) より,Mossé 版 (288--89) から次の箇所を引用しよう.

. . . for men of þe est wiþ men of þe west, as hyt were undur þe same party of hevene, acordeþ more in sounyng of speche þan men of þe north wiþ men of þe souþ; þerfore hyt ys þat Mercii, þat buþ men of myddel Engelond, as hyt were parteners of þe endes, undurstondeþ betre þe syde longages, Norþeron and Souþeron, þan Norþeron and Souþeron understondeþ eyþer oþer.


 [2011-11-10-1]の記事「#927. ゲルマン語の屈折の衰退と地政学」で北西ヨーロッパにおける地理と言語の間接的な結びつきを話題にしたが,イングランド国内というより小さなレベルでも地理が言語において間接的な意味をもつということを,この3つ目の事情は示しているのではないか.

 ・ Mossé, Fernand. A Handbook of Middle English. Trans. James A. Walker. Baltimore: Johns Hopkins, 1952.

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2011-06-26 Sun

#790. 中英語方言における動詞屈折語尾の分布 [me_dialect][inflection][suffix][participle][lalme][map][3pp][3sp]

 中英語の方言差を特徴づける形態素は数多くあるが,顕著なものの1つに現在分詞語尾がある.現代英語の -ing に相当する語尾だが,大きく分けて -ing, -ande, -ende, -inde の4種類があり,それぞれ特徴的な分布を示す.以下は,LALME の Dot Map 345--51 を参照して,およその分布を再現したものである.

Map of Present Participle Suffix in ME Dialects

 -ing はすでに England の全域に分布しており,方言特徴と呼ぶのはふさわしくないかもしれないが,その異形態として現われる -nd(e) 形の母音部分の差が方言をよく弁別する.-ande の分布は Northern から East Midlands にかけての地域(かつての Danelaw )に一致する.-ende は East Midlands ,-inde は South-West Midlands に集中する.ロンドン付近で複数の異形態が観察されるのは,その地がまさに諸方言の境であることを示している.
 現在分詞語尾の他には,直説法3人称単数現在語尾と直説法複数現在語尾が,方言特徴をよく表わすものとして知られている.この2項目の分布は残念ながら直接 LALME の Dot Map には与えられていない.いきおい図式的ではあるが,Burrow and Turville-Petre (31--32) の記述を参考に,地図化してみた.

Map of Present Indicative 3rd Person Singular Suffix in ME Dialects

Map of Present Indicative Plural Suffix in ME Dialects


 この3つの動詞屈折語尾に注目するだけでも,ある程度,中英語の方言の絞り込みができるだろう.

 ・ McIntosh, Angus, M. L. Samuels, and M. Benskin. A Linguistic Atlas of Late Mediaeval English. 4 vols. Aberdeen: Aberdeen UP, 1986.
 ・ Burrow, J. A. and Thorlac Turville-Petre, eds. A Book of Middle English. 3rd ed. Malden, MA: Blackwell, 2005.

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2011-04-12 Tue

#715. Britannica Online で参照できる言語地図 [indo-european][germanic][slavic][me_dialect][oe_dialect][comparative_linguistics][map][link]

 Encyclopedia - Britannica Online Encyclopedia より,英語史に関連する有益な言語地図がいくつか参照できる.ズームできるのでプレゼンに便利.以下にリンクを張っておく.

 ・ Approximate locations of Indo-European languages in contemporary Eurasia (関連して印欧語族の系統図は,[2009-06-17-1], [2010-07-26-1]を参照.)  *  
 ・ Distribution of the Germanic languages in Europe (関連してゲルマン語派の系統図は,[2009-10-26-1]を参照.)  *
 ・ Distribution of Romance languages in Europe  *
 ・ Distribution of the Slavic languages in Europe  *
 ・ The distribution of Old English dialects  *
 ・ The distribution of Middle English dialects (中英語方言区分については,[2009-09-04-1]を参照.)  *
 ・ English Language Imperialism: The English Language Across the World (世界における英語の広がりについては,[2010-05-08-1]を参照.)  *

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2011-04-10 Sun

#713. "though" と "they" の同音異義衝突 [homonymy][homonymic_clash][me_dialect][spelling][conjunction][personal_pronoun]

 [2010-10-18-1], [2010-11-07-1]の記事で同音異義衝突 ( homonymic clash ) を取り上げた.先日,接続詞 though の話題 ([2011-04-06-1], [2011-04-07-1]) で記事を書いていたときに思い出したのが,中英語方言学で知られている "though" と "they" の同音異義衝突である ( Samuels 69--72 ) .
 中英語では同じ語でも方言によって様々な綴り方をした.特に極端な例として[2009-06-20-1]で "through" の綴字を挙げたが,予想されるとおり接続詞 "though" も似たよったりの状況である.MED, "though" で見れば綴字の豊富さが分かるだろう.今回の話題に関わる点だけ述べると,中英語イングランド南部方言では,古英語 West-Saxon 形 þēah に由来する þeiȝ などの前舌母音を示す形が優勢だった.語末の摩擦音はすでに消えかかっており,þei などの綴字も見られる.一方,北部方言では古ノルド語の同根語 ( cognate ) に由来する þouȝ などの後舌母音を示す形が優勢だった.
 人称代名詞 "they" に移ると,南部方言では古英語 hīe に由来する hy など <h> を語頭にもつ形が圧倒的に優勢だった (古英語の人称代名詞体系は[2009-09-29-1], [2009-10-24-1]を,中英語の Chaucer の人称代名詞体系は[2009-10-25-1]を参照).一方,北部方言では古ノルド語から借用された þey が優勢だった.図式的には,北部 þouȝ "though", þey "they" の組み合わせが,南部 þeiȝ "though", hy "they" の組み合わせに圧力をかけようとしている状況だ.
 ここで,先に北から南へ圧力をかけてきたのは人称代名詞 þey "they" である.これが南部に侵入し,伝統的な hy "they" をゆっくりと置換していった.今や南部方言では þey が "though" と "they" の両方を意味することになり,同音異義衝突が生じた.この同音異義衝突で負けに回ったのは,頻度と重要性の点で相対的に劣る接続詞 "though" のほうだった."though" は,"they" と明確に区別される þouȝ などの後舌母音を示す北部形を受け入れた.結果として,当初の北部の組み合わせが南部にも借用されたことになる.そして,これが現代標準英語にも伝わっている.
 þouȝ "though" が þey "they" よりも後に南下したと分かるのは,hy "they" と þouȝ "though" が主要な組み合わせとして文証されるテキストが1つもないことである ( Samuels 71 ) .ところが,þey "they" が先に南下したと仮定した場合に予想される þey "they" と þeiȝ の組み合わせは,少数のテキストにおいて実際に文証されるのである.ただし,そのようなテキストが少数であるということは,þey の同音異義衝突が短期間しか持続しなかったことを示唆する.同音異義衝突が生じて間もなく,þouȝ "though" が南下したことで,問題が解決されたと考えることができる.
 以上が,Samuels の "though" と "they" の同音異義衝突に関する議論である.Samuels がここで論じていないのは,なぜ þey "they" がまず最初に南下したかということである.実は,ここにはもう1つの同音異義衝突が潜んでいる.南部の hy "they" は,母音次第で男性および女性単数人称代名詞 と形態上の区別がつかなくなる.ここで h と明確に区別される th の形態を複数人称代名詞として導入することによって,人称代名詞体系における同音異義衝突の問題を解決しようとしたのではないか.このように考えると,þey "they" は1つ目の衝突を解決した救世主ではあるが,2つめの衝突をもたらした張本人でもあったことになる.

 ・ Samuels, M. L. Linguistic Evolution with Special Reference to English. London: CUP, 1972.

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2011-03-18 Fri

#690. Northern Personal Pronoun Rule を LAEME で検証 [laeme][me_dialect][personal_pronoun][verb][nptr]

 昨日の記事[2011-03-17-1]で記事で取り上げた The Northern Personal Pronoun Rule (NPPR) は北部イングランドで中英語期に行なわれた統語規則とされる.初期中英語で実際に文証されるかどうかを,LAEME で確認してみたい.
 Laing and Lass (26--27) によれば,LAEME のコーパスでは NPPR が 動詞にタグ付けされているということなので,簡単に拾い出すことができる.Tasks ページから以下のようにメニューをたどり,検索表現として "(-)vps2%apn(%)" (代名詞の直後に現われる動詞の現在形複数)と "(-)vps2%bpn(%)" (代名詞の直前に現われる動詞の現在形複数)でそれぞれ検索してみた.検索表現をより細かく工夫することはできるが,これで当面の用は足せる.

[LISTS] -> [Make an Item List] -> [Inflections] and [Search by TAG] -> ( [(-)vps2%apn(%)] or [(-)vps2%bpn(%)] ) and Frequency Counts


 出力された情報を読み解くにも少々の知識と経験がいるが,各行は「検索対象となったテキスト番号」「そのテキストの言語が位置づけられている州の略名」「問題の語尾の種類と頻度」からなっている.NPPR では,複数人称代名詞の前後で動詞の現在形が( -e や -en もありうるが)ゼロ語尾を取るというのが最も顕著な特徴なので,語尾として "0" が含まれている行を探し出せばよい.その行を以下に抜き出す.

[for "(-)vps2%apn(%)"]
188DUR+E [2] 0 [2]
285NFK+E [7] +En [4] +ETH [3] +N [2] 0 [2] +EN [1]
295YWR+>I>Ey [17] 0 [9]
296YCT+E [16] 0 [14] +E [2]
297YER0 [36] +E [10] +IEy [2]
298YNR+E [43] 0 [31]
300NFK0 [31]

[for "(-)vps2%bpn(%)"]
119[-]0 [2]
173WOR+Ay [1] +E [1] +Ey [1] 0 [1]
247HRF+E [2] +ET [1] +T [1] 0 [1]
295YWR0 [4]
296YCT0 [5] +E [3]
297YER0 [8] +E [4]
298YNR0 [22] +E [10] 0+ [2]
2000WOR+E [6] 0 [3] +Ed [1] +IE [1]
2001WOR0 [3]


 州名を一覧すると,Durham, Yorkshire, Hereford, Worcester, Norfolk など北部から中部にかけて分布していることが分かる.特にテキスト番号295--298は Cursor Mundi という長大な詩を指し,14世紀前半の北部方言を代表するテキストとして知られている.
 テキスト298 (Edinburgh, Royal College of Physicians, MS of Cursor Mundi, hand B, fols. 16r-36v: Extracts from the Northern Homily Collection) から例を抜き出すと,例えば次のような NPPR を示す行が得られる.問題の動詞は赤字で記した.

- Yef þai lef her rihtwislie
- For in hali bok find we
- For if we schrif us clen of sinne
- Ye wen ful wel nou euerilkan
- Þan sau þai in vs goddes sede
- Of his offering today spec we


 Tasks ページから CONCORDANCING 機能により用例のコンコーダンス・ラインを出力することもできるが,検索の敷居はさらに高い.TAGGED TEXTS からテキストファイルを取り出して自分で検索したほうが容易かもしれない.

 ・ Laing, Margaret and Roger Lass. "Tagging." Chapter 4 of "A Linguistic Atlas of Early Middle English: Introduction." Available online at http://www.lel.ed.ac.uk/ihd/laeme1/pdf/Introchap4.pdf .

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2011-03-17 Thu

#689. Northern Personal Pronoun Rule と英文法におけるケルト語の影響 [me_dialect][personal_pronoun][verb][celtic][contact][nptr][do-periphrasis][celtic_hypothesis]

 The Northern Personal Pronoun Rule (NPPR) は,中英語期に Scotland との国境付近からイングランド南部へ広がったとされる統語形態規則である.これは,Laing and Lass (26--27) により The Northern Present Tense Rule と呼ばれているものと同一である.3人称複数代名詞 "they" に隣接する現在形の動詞語尾(方言によって異なるが通常は -s や -eth )が抑制され,代わりに -en, -e, -ø の語尾が現われるという規則である.この規則は,中英語後期には The Wash 以北のイングランド方言でおよそ確立しており,同時期の終わりまでには,義務的な規則ではないものの選択肢の1つとしてロンドンへも到達していた ( Wright 147 ) .
 Wright には,14世紀の後期の Rosarium theologie からの例として次の例が挙げられている.

whiche is giffen to al sentis or holy men, þat cleueþ togeder in charite, weyþer þei knowe þam bodily or noȝt (qtd in Wright 147 as from Rosarium theologie)


 赤字で示した最初の cleueþ は通常の3人称複数形を示すが,次の knoweþei のすぐ次に続いているために NPPR が適用され -e 語尾をとっている.
 さて,現代のイングランド北部方言で動詞の現在形はどのように屈折するかといえば,主語の数・人称にかかわらず -s 語尾を取るのが規則である ( ex. I walks, you walks, Betty walks, we walks, Betty and Shirley walks ) .しかし,3人称複数形については,代名詞 they が用いられるときにのみ they walk と無語尾になるのが特徴だ.まさに中英語期の NPPR の遺産である.
 NPPR に関して興味深いのは,この統語形態規則がケルト語との接触に起因するものと疑われていることである.ケルト語影響説を強く主張する著名人に McWhorter がいる.McWhorter (48--51) は,北部方言の NPPR (彼の呼称では Northern Subject Rule )は,Welsh や Cornish といったケルト諸語の動詞屈折規則と平行的な関係にあると指摘する.Welsh では,"she learned" と "Betty and Shirley learned" はそれぞれ dysgodd hi, dysgodd Betty a Shirley となり共通の -odd 語尾をとるが,"they learned" は dysgon nhw のように異なる語尾 -on をとるという.(1) 広くゲルマン諸語を見渡してもイングランド北部の NPPR のように奇妙な規則をもっている言語や方言は他に見あたらないこと,(2) イングランドの基層にあるケルト諸語に平行的な統語形態規則が認められること.この2点を考え合わせると NPPR は偶然の産物とは考えられず,ケルト語との言語接触による結果と認めざるを得ない,という議論である.McWhorter は他にも英語史における do-periphrasis や進行形構文の発達をケルト語の影響と見ている.
 私はケルト語を知らないので具体的に論じることはできないが,英語では現在形に関する規則であるにもかかわらず,McWhorter が Welsh から過去形の例をもってきて比較しているのが引っかかった.また,一読すれば著者の書き方が一般向けでトンデモ本的な調子であることはすぐに分かるが,それをどこまで学術的に評価できるかは疑問である.ただし,現代英文法のいくつかの特徴の背景には,一般に英語史研究者が論じている以上に周辺諸言語との接触が関与しているに違いないという一貫した信念は,私自身の考えと一致しており,おもしろく読むことはできた.著者の言語変化の "why" にこだわる姿勢も最初はややうるさく聞こえたが,これは "why" を控えめにしか論じない英語史研究の現状への批判なのだろうと捉えたら,かえって痛快に読めた.
 [2009-08-31-1]の記事で少し触れたように,基層言語としてのケルト語が英文法に与えた影響については,近年,少しずつ議論されるようになってきたようである.

 ・ Wright, Laura. "The Languages of Medieval Britain." A Companion to Medieval English Literature and Culture: c.1350--c.1500. Ed. Peter Brown. Malden, MA: Blackwell, 2007. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2009. 143--58.
 ・ McWhorter, John. Our Magnificent Bastard Tongue: The Untold History of English. New York: Penguin, 2008.

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2011-02-19 Sat

#663. 中英語方言学における綴字と発音の関係 [lalme][laeme][me_dialect][spelling_pronunciation_gap][grammatology][graphemics][x]

 初期中英語の方言地図 LAEME の機能が向上してきた.その先輩でもあり生みの親でもある後期中英語の方言地図 LALME は,綴字と発音の関係を考察する上で重要な知見をもたらしてきた.中英語における綴字の地理的分布が,発音の地理的分布と同様に方言学的な価値をもっていることを明らかにした.それまでは,綴字は発音に従属する二次的な体系であり,綴字の地理的分布が本質的に重要な価値をもっているとはみなされていなかったが,LALME は綴字を独立して観察されるべき体系として位置づけたのである.綴字を発音から解放したとでも言おうか.
 中英語方言学は,1986年の LALME の登場によって意表を突かれながら,新たな段階に入ることになった.ここに一種の解放感ならぬ開放感があったことは確かである.文書でしか残されていない中英語の言語的実態,ことに発音の実態を蘇らせたいと思えば,綴字の問題に行き着いてしまう.綴字がどのくらい忠実に発音を表わしているのかは,まさに隔靴掻痒たる問題である.例えば,悪名高いものに現代英語の shall に対応する後期中英語 East Anglia 地方の綴字 xul, xal がある(この語の他の奇妙な綴字は MED を参照).この <x> の文字で表わされる音価は [ks] なのか [ʃ] なのか,あるいは別の音なのか.このような難問が立ちはだかるなかで,綴字と発音を一度切り離して考えてみよう,綴字の側だけでも独立して考察してみよう,という研究上の選択肢が与えられることとなった.
 しかし,発音の呪縛からの解放感は永久に続くわけではない.LALME の出版後,(時代としてはより古いが)その続編として LAEME のプロジェクトが始まったが,プロジェクトの後半から本格的に参加した歴史形態音韻論の理論家 Lass は,綴字と発音の関係を再考して次のように述べている.

The statement in LALME (vol. 1, 6) that the maps constitute 'a dialect atlas of written Middle English', and that texts are 'treated as examples of a system of written language in its own right' is often misinterpreted. The emphasis on the independent value of written evidence was particularly apposite two decades ago, given the post-Bloomfieldian view that was current then (and to a large extent still is) that writing is of no independent linguistic interest, but merely 'parasitic on' speech. But this must not be misunderstood and taken to imply that phonological interpretation is per se unnecessary. The LALME editors take no such line. They were fully aware of the potential phonological implications of their data. LALME is rich in phonological commentary, while the series of Dot Maps (vol. 1) crucially depends on acknowledging the relationship between sound and symbol. (Lass and Laing 11--12)


 これは,20年ほどの解放感の後で xul の音価は何かという悪夢のような問題に立ち返らなければならないという宣言だろうか.上の論文でなされている Lass and Laing の文字論,書記素論の考察は,初期中英語の綴字問題にとどまらず,現代英語の綴字と発音の関係にも光を与えるものであり,読み応えがある.

 ・ Lass, Roger and Margaret Laing. "Interpreting Middle English." Chapter 2 of "A Linguistic Atlas of Early Middle English: Introduction." Available online at http://www.lel.ed.ac.uk/ihd/laeme1/pdf/Introchap2.pdf .
 ・ McIntosh, Angus, M. L. Samuels, and M. Benskin. A Linguistic Atlas of Late Mediaeval English. 4 vols. Aberdeen: Aberdeen UP, 1986.

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2010-11-25 Thu

#577. 中英語の密かなる繁栄 [me_dialect][reestablishment_of_english]

 中英語が方言の時代であることは,本ブログでも me_dialect の各記事で話題にしてきた.中世イングランドでは英語は公用語の地位をフランス語に奪われ,標準語という求心力不在のもとで,かえって遠心的な地域方言が繁栄した.中英語後期には英語が徐々に復権を果たし,標準化への兆しも現われてくるが,初期には英語は諸方言へとちりぢりに分解されていたといってよい.C. L. Barber (152) の次の見解は的確である.

Early Middle English texts give the impression of a chaos of dialects, without many common conventions in pronunciation or spelling, and with wide divergences in grammar and vocabulary. (qtd in Bryson 48)


 英語史で一見不思議に思えることの一つは,なぜ英語が中英語期にフランス語のくびきのもとで生き延びられたかという問題である.いや,生き延びられたというよりは,むしろ繁栄したといってよい.社会的な地位こそ公用語たるフランス語とは比較にならないくらいに卑賤だったが,卑賤だったからこそ公に気づかれず密かに生命力を維持することができたのかもしれない.中英語の各方言で書かれた文書を読むと,その言語的な多様性のなかに潜む生命力の横溢を感じざるを得ない.イングランド社会を底辺で支えていた英語話者は,その卑賤な地位などかまわずに,生き生きと英語を話し続けていたのである.
 この密かな英語の繁栄が不思議に思えるのは,いつの時代でもそうだったように,支配的な言語のもとで配下の言語が失われるということは日常茶飯事であるからだ.[2010-01-26-1]language_death の各記事でみたように,現代でも言語の死は日々起こっており,その多くは周囲の支配的な言語に屈する形での死である.英語史に関連する例をみても,かつてアングロサクソン人がブリテン島のケルト人を制圧したときに,ケルト語は死にこそしなかったが辺境に逃れることでかろうじて生き延びた程度である.しかし,中世イングランドにおける英語は異なっていた.
 英語の状況は不思議に思えるかもしれないが,背景を探ると不思議を解くヒントはある.(ノルマン)フランス人の王侯貴族によるイングランド支配は確かに名目上はそうなのだが,人口的にはアングロサクソン人が圧倒していた.[2010-03-31-1]の記事で見たとおり,イングランド住民の95%までがアングロサクソン系だったのである.また,支配者たるフランス語母語話者は英語に敵意を抱いていたり,嫌ったりはしていなかったという点も重要である.おそらく,英語を好むでも嫌うでもなく,単に英語に対しておおむね無関心だったというのが正しい理解だろう.話し言葉としての英語が密かに繁栄するには,むしろ絶好の環境が整っていたと考えられる.
 近代英語期以降,英語はブリテン島を飛び出し世界デビューを果たすことになる.そして,21世紀の現在,英語はもっとも繁栄した世界語となっている.しかし,英語は社会的には水面下に潜っていた中英語期においてすら,実は密かに繁栄していたのである.この事実は銘記しておきたい

 ・ Barber, C. L. The Story of Language. London: Pan Books, 1972.
 ・ Bryson, Bill. Mother Tongue: The Story of the English Language. London: Penguin, 1990.

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