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me_dialect - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-07-21 07:07

2015-05-26 Tue

#2220. 中英語の中部・北部方言で語頭摩擦音有声化が起こらなかった理由 [old_norse][consonant][me_dialect][causation][language_change][methodology]

 昨日の記事「#2219. vane, vat, vixen」 ([2015-05-25-1]) で,中英語の南部方言における語頭摩擦音の有声化という音変化を紹介した.中部・北部方言ではこの有声化は生じなかったため,これらの方言が基盤となって後に発達した標準英語にも,その効果は反映されていない.それだけに,南部方言から標準英語へ入った vane, vat, vixen が歴史的には異質なのである.
 ある方言では生じたが別の方言では生じなかった変化というのは,音変化に限らず,非常に多く存在する.むしろ,そのような変化の有無を事後的に整理して,方言区分を設けているといったほうが,研究の手順の記述としては正確だろう.したがって,なぜ語頭摩擦音の有声化が南部にだけ生じて,中部・北部には生じなかったのかという問いは,そもそも思いつきもしなかった.あえて問うとしても,通常は,なぜ無声摩擦音が南部で有声化したのかという問題に意識が向くものであり,なぜそれが中部・北部で起こらなかったのかという疑問は生じにくい.
 Knowles (41--42) は,後者のありそうにないほうの疑問を抱き,自ら "speculative" としながらも,その理由の候補として,古ノルド語における語頭の有声摩擦音の不在を挙げている.

Danish may also have influenced the pronunciation of an initial <s> or <f> in words such as fox and sing. In the Danelaw, as in North Germanic, these remain unchanged [s, f], but there is widespread evidence of the pronunciation [z, v] in the area controlled by Wessex (Poussa, 1995). The distribution is confirmed by placename evidence (Fisiak, 1994). Similar forms are found on the European mainland: for example, the <s> of German singen is pronounced [z], and the <v> of Dutch viif ('five') is more like an English [v] than [f]. Some [v]-forms have become part of Standard English: for example, vat (cf. German Faß), and vixen alongside fox, but otherwise the [s, f] forms have become general, and [z, v] survive only in isolated pockets.


 参考すべき研究として以下のものが挙げられていた.

 ・ Poussa, P. "Ellis's 'Land of Wee': A Historico-Structural Revaluation." Neuphilologische Mitteilungen 1 (1995: 295--307).
 ・ Fisiak,J. "The Place-Name Evidence for the Distribution of Early Modern English Dialect Features: The Voicing of Initial /f/." Studies in Early Modern English. Ed. Dieter Kastovsky. Berlin: Mouton de Gruyter, 1994. 97--110.

 当該の変化が中部・北部で起こらなかったことに関する古ノルド語の関与という可能性と,この説の妥当性は,今ここでは評価できない.しかし,この提案は,言語変化研究において理論上重要なメッセージを含んでいると考える.「#2115. 言語維持と言語変化への抵抗」 ([2015-02-10-1]) で Milroy の言語変化論を紹介したが,なぜ変化したのかと同様になぜ変化しなかったのかという疑問は,もっと問われて然るべきだろう.中英語の中部・北部方言では語頭摩擦音に関して古英語以来の現状が維持されたにすぎず,何も問うことがなさそうに見えるが,なぜ現状が維持されたのかを問う必要があるというのが Milroy 的な発想なのであり,Knowles もそのような問題に光を当てたということになる.もちろん,説の妥当性は別途検討していなければならないが,言語変化に対する逆転の発想がおもしろい.

 ・ Knowles, Gerry. A Cultural History of the English Language. London: Arnold, 1997.

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2015-05-25 Mon

#2219. vane, vat, vixen [phonetics][phonemicisation][consonant][me_dialect][cornish][map][etymology]

 標記の3語は,歴史的に非常に稀な経路を通じて標準英語に入り,定着した語である.vane (風見,風向計),vat (醸造用などの桶),vixen (雌ギツネ)は,いずれも語頭に有声摩擦音 v をもっている.語頭に v があるだけでは稀でも何でもないのだが,(雄)キツネを表わす fox に対して雌ギツネ vixen を比べてみて想像されるように,この3語においては語源的に無声摩擦音 f が予想されるところに有声摩擦音が現われる点が特異なのである (cf. OE fana, fæt, fyxen) .歴史的には,中英語期に特定の方言でのみ語頭の無声摩擦音が一律に有声化し,その分布は地理的に限られていたが,この3語についてはどういうわけか後に標準英語へと発展する変種に取り込まれ,一般化したのである.今となってはほとんど気づかれないが,この3語は子音の「訛った」発音に由来するのである (cf. vixen については,American Heritage Dictionary による vixen の注も参照).
 この「訛り」は,現代のイングランドでは南西部に存続している.南西部方言では語頭に [f] のあるべきところで [v] が現われるのみならず,[s], [ʃ], [θ] のあるべきところで各々 [z], [ʒ], [ð] が現われるといったように,摩擦音系列全体に対応がみられる.Upton and Widdowson (52) の方言地図より,finger の語頭音について方言分布を示そう.

Map of

 イングランドの最南西端,Cornwall の末端では標準的な [f] が行われているが,これは Cornwall 方言が南西部方言の英語の流れを汲むものではなく,近代期に従来のケルト系言語 Cornish を置き換えた標準英語にルーツをもつものだからである (cf. 「#779. Cornish と Manx」 ([2011-06-15-1]),「#2025. イングランドは常に多言語国だった」 ([2014-11-12-1])).
 さて,現在では語頭の [f] に代わる [v] の分布は南西方言に限られているが,中英語期にはイングランド南部に広がっていた.この広い範囲で,おそらくすでに古英語期から語頭の摩擦音の有声化が始まっていたものと思われる.中英語での fadervader の分布を Plan and Bibliography (9) に基づいた中尾 (101) の地図でみてみよう.

Map of

 古英語では,南部諸方言で件の変化が生じるまでは,方言にかかわらず [v] と [z] は語頭に生じることはなかった.ところが,中英語では,この変化の生じた方言のみならず広く一般に両音が語頭に生じることが可能となった.Lass (58--59) は,この語頭音としての [v], [z] の一般的な許容の理由の1つは,まさに南部諸方言に生じた摩擦音有声化にあるとみている (cf. 「#1222. フランス語が英語の音素に与えた小さな影響」 ([2012-08-31-1])) .

A third factor, perhaps the most likely, was the existence in Middle English of varieties that had in Old English times undergone voicing of initial fricatives. Many southern dialects had voiced at least initial /f s/ --- a development whose relics survive still in the rural West Country ('Zummerzet'). This parallels, and may well stem from, the same process in continental West Germanic: the <v> in G Vater 'father', now pronounced with /f/, and Du. initial <v> and <z> in vader and zon 'sun' (/f s/ in more innovating dialects, still /v z/ in conservative ones) reflect this. While the voicing in England was mainly southern, it did extend well up into the midlands in Early Middle English, and the standard still has a number of forms with voiced initials like vat, vixen, vane (OE fæt, fyxen, fana). Contact between speakers of these dialects and others without voicing may have facilitated borrowing of French /v z/, making them less 'outlandish'.


 ・ Lass, Roger. "Phonology and Morphology." The Cambridge History of the English Language. Vol. 2. Cambridge: CUP, 1992. 23--154.
 ・ Upton, Clive and J. D. A. Widdowson. An Atlas of English Dialects. 2nd ed. Abingdon: Routledge, 2006.
 ・ Kurath, Hans, Margaret S. Ogden, Charles E. Palmer, and Richard L. McKelvery. Plan and Bibliography. U of Michigan P, 1954.
 ・ 中尾 俊夫 『英語史 II』 英語学大系第9巻,大修館書店,1972年.38頁.

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2015-03-09 Mon

#2142. 中英語における3単現および複現の語尾の方言分布 [map][laeme][lalme][me_dialect][me][3sp][3pp][verb][conjugation][nptr]

 標題の問いに手っ取り早く答えるには,次の表で事足りる(Görlach (68) による表の一部より).

 SouthMidlandNorth
Present Indicative3sg.-(e)þ-(e)þ-(e)s
pl.-(e)þ-(e)n-(e)s


 これを地図上に示すと「#790. 中英語方言における動詞屈折語尾の分布」 ([2011-06-26-1]) の通りとなるが,より詳しい分布を得たいときには LAEME (初期中英語)と eLALME (後期中英語)を参照するのが便利である (cf. 「#1622. eLALME」 ([2013-10-05-1])) .以下では,両アトラスより得られた地図の画像を貼り付けよう(クリックするとより大きく綺麗な画像が得られる).まずは,1150--1325年をカバーする LAEME より,3単現(左)と複現(右)の語尾の分布をそれぞれ示す.

LAEME: 3sp 's' and 'th' LAEME: 3pp 's', 'th', 'n', 'e', and zero
LAEME: 3sp 's' and 'th' LAEME: pp 's', 'th', 'n', 'e', and zero


 両地図で北部に集まる赤丸が -s を,南部に集まる青四角が -th を表す.右の複現の語尾では東中部その他に黒三角が散在しているが,これは -n 語尾を表す.次に,複数代名詞と接する動詞の現在形が -e またはゼロの語尾をとる "Northern Present Tense Rule" (NPTR; cf. 「#689. Northern Personal Pronoun Rule と英文法におけるケルト語の影響」 ([2011-03-17-1]),nptr) の分布図を見よう.

LAEME: NPTR pp 'e' and zero
LAEME: NPTR pp 'e' and zero


 では次に後期中英語の分布に移る.eLALME では,語尾の種類ごとに別々の地図を作成した.まずは3単現から.

eLAEME: 3sp 's' eLAEME: 3sp 'th'
eLALME: 3sp 's' eLALME: 3sp 'th'


 前時代の分布をよく受け継いでおり,左図の通り -s が北部に,右図の通り -th が中部以南に分布しているのがわかる.複現については,-s, -th, -n, -e (or zero) の4種類について各々の地図を見てみよう.

eLAEME: pp 's' eLAEME: 3pp 'th'
eLALME: pp 's' eLALME: pp 'th'
eLAEME: pp 'n' eLAEME: 3pp 'th'
eLALME: pp 'n' eLALME: pp 'e' or zero


 こちらも前時代の分布をよく受け継いでおり,北部で -s (左上図),中部以南で -th (右上図)が優勢だが,中部で -n (左下図)が前時代よりも著しく拡張していることが見て取れる.全体的に,初期中英語と後期中英語の分布間で量的な差は見られるが,質的には大きな変化はないといってよいだろう.  *

 ・ Görlach, Manfred. The Linguistic History of English. Basingstoke: Macmillan, 1997.

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2015-01-12 Mon

#2086. Strang 曰く,「中英語は方言の時代」 [popular_passage][me_dialect][dialectology][standardisation][norman_conquest]

 中英語が方言の時代であるということは,「#577. 中英語の密かなる繁栄」 ([2010-11-25-1]) や「#929. 中英語後期,イングランド中部方言が標準語の基盤となった理由」 ([2011-11-12-1]) ほか me_dialect の各記事で直接間接に話題にしてきた.ただし,この謂いに関して誤解してはいけないのは,英語史において方言は中英語期に限らずいつでも行われていたのであり,英語話者は古代から現代に至るまで常に母方言を用いてきたということだ.
 中英語が方言の時代であるとあえて主張するのは,英語史上この時期がある点において特異だからだ.それは,この時代に書き表わされ現在に伝わっているテキストの言葉がすべて方言であるということだ.書き言葉において(そして話し言葉においても)標準英語なるものは存在せず,実際に行われていたものは英語の諸方言にすぎない.中英語の書き手の各々は,これら方言のいずれかを母方言とする方言の話し手であり,書き手でもあった.古英語,近代英語,現代英語にも方言の書き手はいたが,一般にはその時代その時代に確立した(しつつあった)ある種の標準英語で読み書きしたのであり,方言が書き言葉に直接付されるという機会は稀だった.中英語は,書き記されるべき標準英語がなかったという意味で,書き言葉上,方言の時代と呼ばれるのである.
 中英語に標準英語がなかった,より正確にいえば後期まで標準化の兆しすら生じなかったのは,ノルマン征服によって古英語後期の標準英語といえる後期ウェストサクソン方言がその標準的な地位を失い,その後も英語諸方言は圧倒的な権威を誇るフランス語のくびきのもとで標準化の機会さえ与えられなかったからである.「#1919. 英語の拡散に関わる4つの crossings」 ([2014-07-29-1]) で,古英語から中英語にかけての標準英語変種の衰退と消滅を "the first decline" と呼んだとおりである.中英語が方言の時代として現われる前提として,社会的な大異変と,それに伴う社会言語学的な求心力の低下があったのだ.
 中英語が方言の時代であることを最も雄弁に主張したのは Strang (224) だろう.以下に引用しておこう.

ME is, par excellence, the dialectal phase of English, in the sense that while dialects have been spoken at all periods, it was in ME that divergent local usage was normally indicated in writing. It was preceded by a phase in which the language had one kind of written standard . . . and followed by a phase in which it had others. It stands alone as having a rich and varied documentation in localised varieties of English, and dialectology is more central to the study of ME than to any other branch of English historical linguistics.


 ・ Strang, Barbara M. H. A History of English. London: Methuen, 1970.

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2014-12-11 Thu

#2054. seekbeseech の語尾子音 (2) [consonant][phonetics][inflection][palatalisation][old_norse][contact][analogy][me_dialect]

 「#2015. seekbeseech の語尾子音」 ([2014-11-02-1]) を書いた後で,Krygier による関連する論文を読んだ.前の記事の最後で,seek の末尾の /k/ 音は北部方言で行われたと想像される古ノルド語の同根語の /k/ 音の影響によるものではないかという説を紹介したが,Krygier はその説を強く支持している.丁寧で説得力がある議論なので,概要を記しておきたい.
 前の記事でも説明したとおり,古英語の対応する不定詞は sēċan であり,問題の子音は軟口蓋破裂音 [k] ではなく,硬口蓋化した破擦音 [ʧ] だった.この口蓋化の過程は,Gmc *sōkjan において口蓋音 [j] が後続していたことにより引き起こされたものである.古英語の現在形屈折では口蓋化された [ʧ] が現われるが,2人称単数と3人称単数の屈折形のみは sēcst, sēcþ のように軟口蓋破裂音 [k] を示した(このパラダイム内での交替については音韻論的な議論があるが,ここでは省略する).伝統的な見解によると,この2・3人称単数の [k] がパラダイム内に広がり,不定詞や1人称単数などすべての屈折形が [k] を示すに至ったとされる.類推 (analogy) のなかでもパラダイム内での水平化 (levelling) と呼ばれる類いの過程が生じたとする説だ (cf. 「#555. 2種類の analogy」 ([2010-11-03-1])) .Hogg (§7.42) もこの説を支持している.

Following general principles of analogy . . . we would expect the nom.sg. to predominate over plural forms in nouns, and in strong verbs the present forms similarly to predominate over past forms. . . . In the present tense of weak verbs the alternation type sēcansēcþ is, as would be predicted, the source of later seek, cf. beseech, where the affricate has been extended, perhaps on pragmatic grounds, and so for other similar verbs, such as think, work.


 しかし,Krygier は,この類推説に疑問を向ける.通常,類推作用は有標な形式が無標な形式へ呑み込まれていく過程である.そうであれば,sēċan の場合,むしろ不定詞や1人称単数形などの [ʧ] をもつ形態が無標とみなされるはずだから,[ʧ] へ水平化してゆくのが筋だろう.ところが,事実は反対である.上の引用にもある通り,むしろ [ʧ] へ水平化した beseech に関してこそこの類推説は説得力をもつのであり,seek について同じ類推説を持ち出すことは難しいのではないか.
 そこで Krygier は,seek と同じ形態クラスに属する動詞(語幹末に [k] をもつ弱変化I類の動詞)のリストを作った (catch (OFr cachier), dretch (OE dreccan), letch (OE læccan), quetch (OE cweccan), reach (OE rǣcan), reach (2) (OE reccan), rech (OE reccan), seek (OE sēcan), stretch (OE streccan), teach (OE tǣcan), think (OE þencanþyncan), watch (OE w(r)eccan), work (OE wyrcan)) .そして,この13個の動詞について,5つに区分した中英語方言からの例を拾い出し,[k] を示すか [ʧ] を示すかを数え上げた.その結果,動詞全体としても方言全体としても [ʧ] が優勢だが,北部と東中部ではいくつかの動詞についてむしろ [k] が優勢であることが,そして少なくとも他方言に比べて相対頻度が著しいことが,わかった.具体的には,Hogg の引用から予想されるように,seek, think, work の3語がそのような分布を示した (Krygier 465) .
 北部系方言で語によって [k] が優勢であるということは,古ノルド語の関与を疑わせる.実際,上に挙げた動詞の対応する古ノルド語形には [k] が現われる.問題の3語についていえば,古ノルド語形は sœkja, þekkja/þykkja, yrkja である.南部系方言の状況は類推説のみでうまく説明できるが,北部系方言の状況を説明するには古ノルド語形の参与を考えざるを得ないということになる.あとは,北部系の [k] が後に南下し標準形として採用されたというシナリオを想定するのみだ.seekbeseech が平行的に発達しなかったのは,古ノルド語 sœkja は文証されるが *besœkja は文証されないということも関係しているのではないか (Krygier 468) .
 Krygier (468) の結論部が非常に明解なので,引用しておく.

By way of a summary, the following interpretation of the developments in the "seek"-group regarding velar restoration can be proposed. The Present-day English situation is a result of an interplay of two factors. One of them is analogical levelling of the alternations resulting from Primitive Old English syncope of medial unstressed [i]. Contrary to earlier scholarship, however, a path of development parallel to that in strong verbs is postulated, thus removing the minority velar forms from second and third person singular present tense. This would give palatal consonants throughout the present paradigm in all dialects of Late Old English/Early Middle English. On this pattern the influence of Old Norse equivalents of the "seek"-verbs should be superimposed. For obvious reasons, initially it was limited mainly to the north-east, later spreading southwards, with West Midlands as a possible relic area. The absence of an Old Norse equivalent would favour the preservation of the palatal type, while its existence would further velar restoration, as best exemplified by the seekbeseech contrast. In individual cases other factors, such as the existence of etymologically related Old English words with a velar, e.g., wyrcan : weorc, could have played a secondary role, which can probably be seen primarily in isolated velar forms in the south.


 ・ Krygier, Marcin. "Old English (Non)-Palatalised */k/: Competing Forces of Change at Work in the "seek"-Verbs." Placing Middle English in Context. Ed. I. Taavitsainen et al. Berlin: Mouton de Gruyter, 2000. 461--73.
 ・ Hogg, Richard M. A Grammar of Old English. Vol. 1. Phonology. Oxford: Blackwell, 1992.

Referrer (Inside): [2016-10-17-1]

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2014-07-12 Sat

#1902. 綴字の標準化における時間上,空間上の皮肉 [standardisation][spelling][orthography][chancery_standard][me_dialect][geolinguistics][gvs][spelling_pronunciation_gap]

 英語史では,書き言葉の標準化の基礎は,14世紀後半から15世紀にかけてのロンドンで築かれたと考えられている.本ブログでは,「#306. Samuels の中英語後期に発達した書きことば標準の4タイプ」 ([2010-02-27-1]),「#929. 中英語後期,イングランド中部方言が標準語の基盤となった理由」 ([2011-11-12-1]),「#1228. 英語史における標準英語の発展と確立を巡って」 ([2012-09-06-1]),「#1245. 複合的な選択の過程としての書きことば標準英語の発展」 ([2012-09-23-1]) などの記事で取り上げてきた.
 この時代の後,初期近代英語にかけて印刷術が導入され発展したことも,綴字の標準化の流れに間接的な影響を及ぼしたと考えられている.「#297. 印刷術の導入は英語の標準化を推進したか否か」 ([2010-02-18-1]) ,「#871. 印刷術の発明がすぐには綴字の固定化に結びつかなかった理由」 ([2011-09-15-1]) ,「#1312. 印刷術の発明がすぐには綴字の固定化に結びつかなかった理由 (2)」 ([2012-11-29-1]) でみたように,最近はこの意見に対して異論も出ているが,少なくとも英語史上のタイミングとしては,印刷術の登場の時期と綴字の標準化が緩やかに進んでいた時期とはおよそ重なっている.
 一方,後期中英語から初期近代英語にかけてのこの時期に,話し言葉では著しい音韻変化が数多く起こっていた.大母音推移 (Great Vowel Shift; [2009-11-18-1]) を筆頭に,「#1290. 黙字と黙字をもたらした音韻消失等の一覧」 ([2012-11-07-1]) で挙げたような種々の子音の消失が進行していた.話し言葉が著しく変化していたにもかかわらず,書き言葉は標準化の方向を示していたということは,歴史上の皮肉と言わざるをえない.おかげで,近現代英語で綴字と発音の乖離 (spelling_pronunciation_gap) が生じてしまった.
 このような流れを指して,英語の綴字の標準化は,歴史上,皮肉なタイミングで生じてしまったといわれる.しかし,言語変化の早晩や遅速という時間差は,部分的には,北部方言と南部方言という空間差と対応しているとみることもでき,その意味ではここで問題にしていることは,歴史の皮肉であるとともに地理の皮肉でもあるのかもしれないのだ.換言すれば,英語史における綴字の標準化の皮肉は,その基礎が14--15世紀に築かれたという事実だけでなく,主として南部方言に属するロンドンの地で築かれたという事実にも関係している.Horobin (84--85) が指摘しているように,同時代の北部方言に比してずっと保守的だった南部のロンドン方言が,綴字の標準化の基盤に据えられたことの意味は大きい.
 例えば,北部方言では,<gh> などの綴字で表わされていた /ç, x/ はすでに無音となっており,"knight" は <nit>, "doughter" は <datter> などと綴られていた.一方,南部方言ではこの子音はいまだ失われておらず,したがって <gh> の綴字も保存され,近現代の標準的な綴字 <knight>, <doughter> のなかに固定化することになった.この /ç, x/ の消失という音韻変化は後に南部方言へも及んだので,結局,標準的な綴字が <nit> となるか <knight> となるかの差は,時間差であるとともに方言差であるとも考えられることになる.標準化した <wh> の綴字についても同じことがいえる.当時,いくつかの方言ですでに /h/ が失われていたが,保守的なロンドンの発音においては /h/ が保たれていたために,後の標準的な綴字のなかにも <h> として固定化することになってしまった.これらの例を歴史的に評価すれば,発音については進歩的な北部方言的なものが多く標準の基盤となり,綴字については保守的な南部方言的なものが多く標準の基盤となった,といえるだろう.関連して,中英語の言語変化の「北から南へ」の波状伝播について,「#941. 中英語の言語変化はなぜ北から南へ伝播したのか」 ([2011-11-24-1]) および「#1843. conservative radicalism」 ([2014-05-14-1]) を参照されたい.
 なお,語末の /x/ に関して,北部方言では /f/ へと発展し,dough (練り粉)に対応する方言形 duff (ダフ;小麦粉の固いプディング)が後に南部へ借用された例がある(「#1195. <gh> = /f/ の対応」 ([2012-08-04-1]) も参照).このように発音と綴字との関係が密である例がもっと多かったならば,近現代の標準的な綴字ももっと素直なものになったことだろう.やはり,英語の綴字の標準化には,時間の皮肉だけでなく空間の皮肉も混じっている.

 ・ Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013.

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2014-05-23 Fri

#1852. 中英語の方言における直説法現在形動詞の語尾と NPTR [nptr][verb][conjugation][inflection][me_dialect][contact][suffix][paradigm][3pp][3sp]

 標題は「#790. 中英語方言における動詞屈折語尾の分布」 ([2011-06-26-1]) でも簡単に触れた話題だが,今回はもう少し詳しく取り上げたい.注目するのは,直説法の3人称単数現在の語尾と(人称を問わない)複数現在の語尾である.
 中英語の一般的な方言区分については「#130. 中英語の方言区分」 ([2009-09-04-1]) や「#1812. 6単語の変異で見る中英語方言」 ([2014-04-13-1]) を参照されたいが,直説法現在形動詞の語尾という観点からは,中英語の方言は大きく3分することができる.いわゆる "the Chester-Wash line" の北側の北部方言 (North),複数の -eth を特徴とする南部方言 (South),その間に位置する中部方言 (Midland) である.中部と南部の当該の語尾についてはそれぞれ1つのパラダイムとしてまとめることができるが,北部では「#689. Northern Personal Pronoun Rule と英文法におけるケルト語の影響」 ([2011-03-17-1]) で話題にしたように,主語と問題の動詞との統語的な関係に応じて2つのパラダイムが区別される.この統語規則は "Northern Personal Pronoun Rule" あるいは "Northern Present Tense Rule" (以下 NPTR と略)として知られており,McIntosh (237) によれば,次のように定式化される.

Expressed in somewhat simplified fashion, the rule operating north of the Chester-Wash line is that a plural form -es is required unless the verb has a personal pronoun subject immediately preceding or following it. When the verb has such a subject, the ending required is the reduced -e or zero (-ø) form.


 McIntosh (238) にしたがい,NPTR に留意して中英語3方言のパラダイムを示すと以下のようになる.

(1) North (north of the Chester-Wash line)

i) subject not a personal pronoun in contact with verb

North: i)sg.pl.
1st person -es
2nd person 
3rd person-es


ii) personal pronoun subject in contact with verb

North: ii)sg.pl.
1st person -e, -ø (-en)
2nd person 
3rd person-es


(2) Midland

Midlandsg.pl.
1st person -en, -e (-ø)
2nd person 
3rd person-eth


(3) South

Southsg.pl.
1st person -eth
2nd person 
3rd person-eth


 さて,おもしろいのは北部と中部の境界付近のある地域では,NPTR を考慮するパラダイム (1) とそれを考慮しないパラダイム (2) とが融合したような,パラダイム (1.5) とでもいうべきものが確認されることである.そこでは,パラダイム (1) に従って統語的な NPTR が作用しているのだが,形態音韻論的にはパラダイム (1) 的な -es ではなくパラダイム (2) 的な -eth が採用されているのである.McIntosh (238) により,「パラダイム (1.5)」を示そう.

(1.5) (1) と (2) の境界付近の "NE Leicestershire, Rutland, N. Northamptonshire, the extreme north of Huntingdonshire, and parts of N. Ely and NW Norfolk" (McIntosh 236)

i) subject not a personal pronoun in contact with verb

North/Midland: i)sg.pl.
1st person -eth
2nd person 
3rd person-eth


ii) personal pronoun subject in contact with verb

North/Midland: ii)sg.pl.
1st person -en (-e, -ø)
2nd person 
3rd person-eth


 要するに,この地域では,形態音韻は中部的,統語は北部的な特徴を示す.統語論という抽象的なレベルでの借用と考えるべきか,dialect mixture と考えるべきか,理論言語学的にも社会言語学的にも興味をそそる現象である.

 ・ McIntosh, Angus. "Present Indicative Plural Forms in the Later Middle English of the North Midlands." Middle English Studies Presented to Norman Davis. Ed. Douglas Gray and E. G. Stanley. Oxford: OUP, 1983. 235--44.

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2014-05-14 Wed

#1843. conservative radicalism [language_change][personal_pronoun][contact][homonymic_clash][homonymy][conjunction][demonstrative][me_dialect][wave_theory][systemic_regulation][causation][functionalism][she]

 「#941. 中英語の言語変化はなぜ北から南へ伝播したのか」 ([2011-11-24-1]) は,いまだ説得力をもって解き明かされていない英語史の謎である.常識的には,社会的影響力のある London を中心とするイングランド南部方言が言語変化の発信地となり,そこから北部など周辺へ伝播していくはずだが,中英語ではむしろ逆に北部方言の言語項が南部方言へ降りていくという例が多い.
 この問題に対して,Millar は Samuels 流の機能主義的な立場から,"conservative radicalism" という解答を与えている.例として取り上げている言語変化は,3人称複数代名詞 they による古英語形 hīe の置換と,そこから玉突きに生じたと仮定されている,接続詞 though による þeah の置換,および指示詞 those による tho の置換だ.

   The issue with ambiguity between the third person singular and plural forms was also sorted through the borrowing of Northern usage, although on this occasion through what had been an actual Norse borrowing (although it would be very unlikely that southern speakers would have been aware of the new form's provenance --- if they cared): they. Interestingly, the subject form came south earlier than the oblique them and possessive their. Chaucer, for instance, uses the first but not the other two, where he retains native <h> forms. This type of usage represents what I have termed conservative radicalism (Millar 2000; in particular pp. 63--4). Northern forms are employed to sort out issues in more prestigious dialects, but only in 'small homeopathic doses'. The problem (if that is the right word) is that the injection of linguistically radical material into a more conservative framework tends to encourage more radical importations. Thus them and their(s) entered written London dialect (and therefore Standard English) in the generation after Chaucer's death, possibly because hem was too close to him and hare to her. If the 'northern' forms had not been available, everyone would probably have 'soldiered on', however.
   Moreover, the borrowing of they meant that the descendant of Old English þeah 'although' was often its homophone. Since both of these are function words, native speakers must have felt uncomfortable with using both, meaning that the northern (in origin Norse) conjunction though was brought into southern systems. This borrowing led to a further ambiguity, since the plural of that in southern England was tho, which was now often homophonous with though. A new plural --- those --- was therefore created. Samuels (1989a) demonstrates these problems can be traced back to northern England and were spread by 'capillary motion' to more southern areas. These changes are part of a much larger set, all of which suggest that northern influence, particularly at a subconscious or covert level, was always present on the edges of more southerly dialects and may have assumed a role as a 'fix' to sort out ambiguity created by change.


 ここで Millar が Conservative radicalism の名のもとで解説している北部形が南部の体系に取り込まれていくメカニズムは,きわめて機能主義的といえるが,そのメカニズムが作用する前提として,方言接触 (dialect contact) と諸変異形 (variants) の共存があったという点が重要である.接触 (contact) の結果として形態の変異 (variation) の機会が生まれ,体系的調整 (systemic regulation) により,ある形態が採用されたのである.ここには「#1466. Smith による言語変化の3段階と3機構」 ([2013-05-02-1]) で紹介した言語変化の3機構 contact, variation, systemic regulation が出そろっている.Millar の conservative radicalism という考え方は,一見すると不可思議な北部から南部への言語変化の伝播という問題に,一貫した理論的な説明を与えているように思える.
 theythough の変化に関する個別の話題としては,「#975. 3人称代名詞の斜格形ではあまり作用しなかった異化」 ([2011-12-28-1]) と「#713. "though" と "they" の同音異義衝突」 ([2011-04-10-1]) を参照.
 なお,Millar (119--20) は,3人称女性単数代名詞 she による古英語 hēo の置換の問題にも conservative radicalism を同じように適用できると考えているようだ.she の問題については,「#792. she --- 最も頻度の高い語源不詳の語」 ([2011-06-28-1]), 「#793. she --- 現代イングランド方言における異形の分布」 ([2011-06-29-1]),「#827. she の語源説」 ([2011-08-02-1]),「#974. 3人称代名詞の主格形に作用した異化」([2011-12-27-1]) を参照.

 ・ Millar, Robert McColl. English Historical Sociolinguistics. Edinburgh: Edinburgh UP, 2012.

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2014-04-13 Sun

#1812. 6単語の変異で見る中英語方言 [me_dialect][spelling][map][isogloss][dialect][bre]

 本ブログでは,中英語方言に関して,特定の語,形態素,音素の分布に注目した記事として,方言地図とともに「#562. busy の綴字と発音」 ([2010-11-10-1]),「#790. 中英語方言における動詞屈折語尾の分布」 ([2011-06-26-1]),「#1320. LAEME で見る most の異形態の分布」 ([2012-12-07-1]),「#1622. eLALME」 ([2013-10-05-1]) などを書いてきた(ほかにも,me_dialect の記事を参照).また、一般的な中英語の方言区分図を「#130. 中英語の方言区分」 ([2009-09-04-1]) で示した.
 中英語方言に限らないが,方言間を区別する音韻対応と方言線 (isogloss) の複雑さはよく知られている.中英語では LALMELAEME という詳細な言語地図が出版されているので,その具体的な地図を覗いてみれば一目瞭然である.そこで,大雑把にでも主たる変異や音韻対応(及びそれを反映していると考えられる綴字対応)を理解していると便利だろう.そのような目的で「#1341. 中英語方言を区分する8つの弁別的な形態」 ([2012-12-28-1]) が役立つが,Lerer (92) の示している簡易方言図も役に立ちそうだ.Lerer は,高い弁別素性をもつ6語 ("stone", "man", "heart", "father", "them", "hill") を選んで,中英語5方言を簡易的に図示した.以下は,Lerer のものを参照して作った図である.

ME Dialects with Six Words

 じっくり眺めていると,架空の方言線があちこちに走っているのが 見えてきそうだ.hill -- hell -- hull に見られる母音の変異については,関連して「#562. busy の綴字と発音」 ([2010-11-10-1]) を参照.
 当然ながら,中英語の方言区分は,現代イングランド英語の方言区分とも無縁ではない.8つの語による現代の区分は,「#1030. England の現代英語方言区分 (2)」 ([2012-02-21-1]) を参照されたい.

 ・ Lerer, Seth. Inventing English. New York: Columbia UP, 2007.

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2013-11-23 Sat

#1671. dialect contact, dialect mixture, dialect levelling, koineization [koine][dialect][accommodation_theory][terminology][variation][geography][demography][me_dialect]

 互いに通じるが異なる方言を話す者どうしが接触する場合には,しばしば互いに自らの方言の特徴を緩和させ,言語項目を歩み寄らせる accommodation の作用が観察される.しかし,このような交流が個人レベルではなくより大きな集団レベルで生じるようになると,dialect contact方言接触) と呼ぶべき現象となる.dialect contact は,典型的には,方言境界での交流において,また都市化,植民地化,移民といった過程において生じる.
 dialect contact の結果,ある言語項目はこちらの方言から採用し,別の言語項目はあちらの方言から採用するといったランダムに見える過程,すなわち dialect mixture を経て,人々の間に方言の混合体が生まれる.
 この方言の混合体から1--2世代を経ると,各言語項目の取り得る変異形が淘汰され,少数の(典型的には1つの)形態へと落ち着く.ヴァリエーションが減少してゆくこの水平化過程は,dialect levelling と呼ばれる.
 dialect levelling (および平行して生じることの多い簡略化 (simplification) の過程)を経て,この新たな方言は koiné として発展するかもしれない (koinéization) .さらに,この koiné は,標準語形成の基盤になることもある.
 さて,dialect contact から koinéization までの一連の流れを,Trudgill (157) により今一度追ってみよう.

The dialect mixture situation would not have lasted more than a generation or possibly two, and in the end everybody in a given location would have ended up levelling out the original dialect difference brought from across the Atlantic and speaking the same dialect. This new dialect would have been 'mixed' with respect to its origins, but uniform in its current characteristics throughout the community. Where dialect levelling occurs in a colonial situation of this type --- or in the growth of a new town, for instance --- and that leads to the development of a whole new dialect, the process is known as koinéization (from the Ancient Greek word koiné meaning 'general, common').


 歴史的に確認される koinéization の例を挙げておこう.用語の起源ともなっているが,古代ギリシア語の Attic 方言は典型的な koiné である.中世ラテン語の俗ラテン語も,koinéization により生じた.また,17世紀前期にイギリスからアメリカへ最初の植民がなされた後,数世代の間に植民地で生じたのも,koinéization である.同じ過程が,様々な英語方言話者によるオーストラリア植民やニュージーランド植民のときにも生じた.さらに,近代の都市化の結果として生じた英米都市方言も,多くが koiné である.
 英語史上で dialect contact, dialect mixture, dialect levelling, koinéization の過程が想定されるのは,14世紀後半のロンドン英語においてだろう.様々な方言話者が大都市ロンドンに集まり,dialect mixture と dialect levelling が起こった.この結果として,後に標準語へと発展する変種の原型が成立したのではないか.現代英語で busy, bury, merry の綴字と発音の関係が混乱している背景にも,上記の一連の過程が関与しているのだろう.
 busy, bury, merry 等の問題については,「#562. busy の綴字と発音」 ([2010-11-10-1]),「#563. Chaucer の merry」 ([2010-11-11-1]),「#570. bury の母音の方言分布」 ([2010-11-18-1]),「#1245. 複合的な選択の過程としての書きことば標準英語の発展」 ([2012-09-23-1]),「#1434. left および hemlock は Kentish 方言形か」 ([2013-03-31-1]),「#1561. 14世紀,Norfolk 移民の社会言語学的役割」 ([2013-08-05-1]) を参照.

 ・ Trudgill, Peter. Sociolinguistics: An Introduction to Language and Society. 4th ed. London: Penguin, 2000.

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2013-10-05 Sat

#1622. eLALME [me_dialect][lalme][preposition][map][web_service]

 昨日の記事「#1621. The Middle English Grammar Corpus (MEG-C)」 ([2013-10-04-1]) で触れたが,後期中英語の方言地図 LALME の改訂・電子版 eLALME が,今年,Edinburgh 大学よりオンラインで公開された.書籍版 LALME にあった誤りが訂正されるなど,改訂版といってよく,機能の豊富さや検索の便などで,今後は電子版が主として利用されてゆくことになると思われる.
 書籍版に対して種々の拡張がなされているが,Item Number などの対応番号が異なっているものもあるので注意を要する.例えば,between の異形の分布について,書籍版では Dot Maps 703--06, 1118--19 に6種類の分布図が掲載されているが,電子版では Item Number 89 のもとに16種類の分布図が掲載されている.実際,Dot Map の数は電子版になって1/3以上増えた.
 また,ユーザー定義の方言地図が描けるというのが目を見張る.「#1394. between の異形態の分布の通時的変化」 ([2013-02-19-1]) や昨日の記事 ([2013-10-04-1]) でも話題にした between の歴史的異形に関して,語末の子音群に x を含むタイプが後期中英語でどのように分布していたかを知りたい場合を想定しよう."User-defined Maps" の機能から,"Select one or more items" で "89 BETWEEN pr [North & Ireland]" を選んだ上で,"Select one or more forms" で x を含む形態のすべてにチェックを入れる.それから "Make map" をクリックすれば,以下のような Dot Map が得られるという仕組みである.既製の Dot Map よりも,条件を細かくチューニングできる.

Map of x-Type of BETWEEN by eLALME

 書籍版の Item Map に相当するものは,ウェブ上での地図製作技術の限界から,電子版では得られない.しかし,代替手段として,ユーザー定義地図のドットをクリックすることにより,その地点における言語項目の異綴字をポップアップさせることができる.これは既製の Dot Map では不可能なので,ユーザー定義地図の利用価値は高い.
 昨日紹介した LALME 系コーパス The Middle English Grammar Corpus (MEG-C) と合わせて,中英語方言研究もついに本格的にデジタル時代へ突入したといえるのではないか.
 なお,方言地図作成といえば自作の「#846. HelMapperUK --- hellog 仕様の英国地図作成 CGI」 ([2011-08-21-1]) もどうぞ.

 ・ McIntosh, Angus, M. L. Samuels, and M. Benskin. A Linguistic Atlas of Late Mediaeval English. 4 vols. Aberdeen: Aberdeen UP, 1986.

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2013-10-04 Fri

#1621. The Middle English Grammar Corpus (MEG-C) [corpus][preposition][me_dialect]

 ノルウェーの Stavanger 大学で,Merja Stenroos 氏が中心となって The Middle English Scribal Texts Programme (MEST) が進行中である.Glasgow 大学と Helsinki 大学の協力のもとに,中英語のテキストのコーパス化が進んでいる.このプログラムは具体的には2つのプロジェクトからなり,1つは1998年に Glasgow 大学が立ち上げた Middle English Grammar Project の延長線上にある The Middle English Grammar Corpus (MEG-C) の編纂で,もう1つは2012年に開始された Language and Geography in Middle English Local Documents (MELD) である.
 今回は,前者のプロジェクト MEG-C について紹介したい.このコーパスは,後期中英語の方言地図 LALME のソースとなったテキストを電子化するという目的で編纂されている.姉妹版である初期中英語の方言地図 LAEME が最初からコーパス付きでオンライン公開されたのと対照的に,LALME では,編纂された時代が時代だけに,方言地図が紙媒体で公表されたにすぎなかった.2013年に LALME が改訂・電子化され eLALME としてアクセスできるようになったが,方言地図作成のもととなった資料自体は電子化されていなかった.現在,そのコーパスファイル群がMEG-C files から自由にダウンロードできるようになっている.
 MEG-C は,実際には LALME の参照した1350--1500年のソーステキストのみならず,より早い時期のテキストをも含むコーパスとして成長している.長いテキストについては3000語のサンプルを取って収容しているが,現行の2011.1版では,目標とするテキストの半分ほどがカバーされているという.写本やファクシミリから転写しているというから,LAEME のコーパスに勝るとも劣らぬ大変な労力である.ありがたく利用させていただきたい.
 早速,MEG-C にちょっとした検索をかけてみた.「#1394. between の異形態の分布の通時的変化」 ([2013-02-19-1]) で見た between の歴史的異形の分布のなかで,とりわけ語尾において x をもつ betwix(t) タイプが,後期中英語でどれくらい使用されていたかに関心があった.そこで検索してみると,104例が -x で終わるタイプ,14例が -xe で終わるタイプ,2例が -xt で終わるタイプという結果が出た.この頻度の傾向は,Helsinki Corpus による M3--M4期からの証拠とほぼ符合する.互いのコーパスの信頼度を測ることができたといえるだろう.
 中英語の方言研究も,ますますツールが充実してきた感がある.

 ・ Stenroos, Merja, Martti Mäkinen, Simon Horobin, and Jeremy Smith. The Middle English Grammar Corpus, version 2011. 1. U of Stavanger, 2011. Online at http://www.uis.no/research/culture/the_middle_english_grammar_project/. Accessed : 4 October 2013.

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2013-08-05 Mon

#1561. 14世紀,Norfolk 移民の社会言語学的役割 [sociolinguistics][me_dialect][history][geography][demography][geolinguistics]

 古英語 West-Saxon 方言の y で表わされる母音が,中英語では方言により i, u, e などとして現われることについては,「#562. busy の綴字と発音」 ([2010-11-10-1]),「#563. Chaucer の merry」 ([2010-11-11-1]),「#570. bury の母音の方言分布」 ([2010-11-18-1]),「#1434. left および hemlock は Kentish 方言形か」 ([2013-03-31-1]) などの記事で取り上げた.
 14世紀後半より書き言葉の標準が徐々に発達していたときに,どの方言形が標準的な形態として最終的に選択されたかにより,現代英語の busy, bury, merry などに見られるような,綴字と発音の種々の関係が帰結してしまった.「#562. busy の綴字と発音」 ([2010-11-10-1]) では「個々の語の標準形がどの方言に由来するかはランダムとしかいいようがない」と述べたが,標準化に際して,現代英語の kinsin につらなる単語など,大多数が北部・東部に由来する i を反映することになったことは事実である.傾向として i が多かったという事実については,何らかの説明が可能かもしれない.
 この問題について,地村 (33--35) は G. Kristensson ("Sociolects in 14th-Century London." Nonstandard Varieties of Language: Papers from the Stockholm Symposium 11--13 April 1991. Stockholm: Almqvist & Wiksell International, 1994. 103--10) の議論に拠りながら,14世紀のロンドンに流入した Norfolk 出身の人々が担っていた社会言語学的な役割を指摘している.14世紀初頭のロンドンへの移民リストのなかで,Norfolk 出身者がトップの座を占めていた.Norfolk からの著しい人口流入は少なくとも1360年までは続いており,これらの Norfolk 移民は主として行政や商業に関する職業に就いていたため,ロンドンにおいて社会的に優勢な集団を形成していたと考えられる.そして,彼らの社会的な地位とともに,彼らが故郷からもってきた北部・東部系の i の地位も上昇し,最終的にロンドンにおいて威信ある発音として受け入れられたのではないかという.

ロンドンにいるノーフォーク出身の人々は人口の上層部、つまり行政方面で影響を与える商人の階級を形成したことがわかる。彼らの方言は次の点でロンドンの地方言とは逸脱していた。OE /y(:)/ に対して /i(:)/、stret におけるように OE /æ:/ に対して /ɛ:/ または /e:/、fen におけるように OE /e/ に対して /e/、milk におけるように OE /eo/ に対して /i/、flax, wax のような語では /a/、old, cold のような語では /ɔ:/、fen, fair のような語では /f-/ である。ロンドン英語におけるこの変種は14世紀前半に生じて、14世紀後半では重要な社会方言として目立つようになったと言っても過言ないであろう。この英語は、裕福な商人の階級の属する人達によって使用され、恐らく格式の高い方言となり、フランス語とラテン語が公用語の地位を失った時、(政府の)官庁で使われた模範的な言語となった。政府高官の多くはノーフォークの移住民集団に所属していたように思われる。(地村,pp. 33--35)


 では,なぜ Norfolk からの移民がこの時期これほどまでに著しかったのだろうか.1つには,この地域がイングランドで最も人口密度の高い地域であったことが挙げられる.しかし,より重要なことは,Norfolk 人の多くが,イングランドに大きな富をもたらす羊毛産業に従事していたことである.さらに,Norfolk は古英語後期からの歴史的事情によりスカンディナヴィア系の人口を多く抱えており,農民は他の地域の農奴 (villein) よりも自由な地位を有していたために,産業活動の発達と商人階級の勃興が促されたという事情もあったろう.
 以上のような人口分布,経済活動,歴史的条件が相俟って,Norfolk 方言がロンドンにおいて幅を利かせることとなったということが事実だとすれば,これはまさに「#1543. 言語の地理学」 ([2013-07-18-1]) の話題だろう.その記事の終わりに示した「エスニーの一般的特徴」の図において枠で囲ったキーワードのほとんどが,上の議論に関与している(すなわち,言語,領域,住民,経済,社会階級,都市網,主要都市,政治制度).

 ・ 地村 彰之 『チョーサーの英語の世界』 溪水社,2011年.

Referrer (Inside): [2013-11-23-1]

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2013-04-16 Tue

#1450. 中英語の綴字の多様性はやはり不便である [me_dialect][spelling][standardisation][wycliffe][bible]

 中英語の綴字の不統一あるいは多様性については,me_dialect spelling の記事などで言及してきた.綴字が標準化,規範化されている現代の感覚からすると信じられないことだが,中英語の書き手や読み手はこれで何とかやってきたのである.しかし,中英語テキストに向かい合う現代の研究者にとっては,実際上悩ましいことも多い.「#1311. 綴字の標準化はなぜ必要か」 ([2012-11-28-1]) で述べたことを繰り返そう.

中英語のテキストを読む現代人は,辞書である語を引くのに,登録されている綴字の当たりをつけてから引かなければならない.テキストに現われる綴字のままで辞書に登録されている保証はないからである.何度も試行錯誤し,結局,登録されていないのだと諦めることもしばしばである.ここには,辞書使用者は標準綴字を求めているにもかかわらず,実際の綴字には標準形がないという涙ぐましい問題がある.


 この現実的な問題を解決すべく,せめて MED (Middle English Dictionary) は便利に使いたいと,「#1178. MED Spelling Search」 ([2012-07-18-1]) で異綴字の正規表現検索を可能にするなど,努めてきたわけである.
 だが,中英語の多様な綴字に著しい不便を感じるのは,本当に現代の研究者だけなのだろうか.中英語の書き手や読み手も,許容こそすれ,やはり不便は感じていたのではないか.そうだからこそ,遅ればせながらではあるが,中世後期から近代にかけて綴字の標準化が目指されたのではないか(綴字の標準化については spelling standardisation の各記事を参照).
 Crystal (227) によると,中英語母語話者もやはり不便を感じていたことを示すおもしろい資料がある.15世紀初期に Wycliffe の新訳聖書のコンコーダンス(英語史上初のコンコーダンス)を編んだ者があったが,アルファベット順にこだわらざるを得なかったこの無名の編纂者は,自らの綴字の決断が絶対的なものではないことを読者に断わっておく必要があったのである.以下は,1425年頃の East Midland のテキストで,British Library MS Royal 17.B の ff. 5a--b より Kuhn の校訂版 (272) から引用しよう.

Sumtyme þe same word & þe self þat is writen of sum man in oo manere is writen of a-noþir man in a-noþir manere. . . . Þese diuerse maneris of writyng ben to be considerid in þis concordaunce. ffor per chaunse, aftir my manere of writyng, sum word stondiþ in sum place, which same word, aftir þi maner of writying, shulde stonde in anoþir place. If it plese to ony man to write þis concordaunce, & him þenkiþ þat summe wordis ben not set in ordre aftir his conseit & his manere of writyng, it is not hard, if he take keep wiþ good avisement in his owne writyng, to sette suche wordis in such an ordre as his owne conseit acordiþ wel to.


 私の配列が気にくわなかったら,読者は自分でコンコーダンスを作りなさいと言わんばかりの口調だが,このように言い訳を述べなければならなかった状況こそが問題だったのだろう.

 ・ Crystal, David. The Stories of English. London: Penguin, 2005.
 ・ Kuhn, Sherman M. "The Preface to a Fifteenth-Century Concordance." Speculum 43 (1968): 258--73.

Referrer (Inside): [2016-03-21-1] [2013-04-17-1]

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2013-03-31 Sun

#1434. left および hemlock は Kentish 方言形か [oe_dialect][me_dialect][vowel][standardisation][spelling][etymology]

 昨日の記事「#1433. 10世紀以前の古英語テキストの分布」 ([2013-03-30-1]) で古英語方言について概観したが,Kentish 方言が遠く現代標準英語に影響を与えている(可能性のある)例を2つほどみてみたい.標題の2語に含まれる母音 e である.
 すでに類例については,本ブログでも「#562. busy の綴字と発音」 ([2010-11-10-1]) ,「#563. Chaucer の merry」 ([2010-11-11-1]) ,「#570. bury の母音の方言分布」 ([2010-11-18-1]) で言及済みであるので,問題の母音(字)についての歴史はそちらを参照されたいが,かいつまんでいえば,古英語には West-Saxon の y が,Anglian では i に,Kentish では e に対応するという母音の相違があった.この分布はおよそ中英語方言へも持ち越され,西部では <u> の綴字と /y/ の発音が行なわれ,北東部では <i> /ɪ/ が,南東部では <e> /ɛ/ が行なわれた.中英語後期から近代英語にかけてゆっくりと進んだ綴字の標準化に際しては,どの方言の母音(字)が結果として選ばれたかは単語によって異なっており,綴字と発音の間ですら一致が見られない例も現われてしまった.現代でも綴字と発音の関係に問題を抱えている busybury などの例がそれだ.
 上記の標準化の過程で,古英語の Kentish 方言や中英語の南東部方言に由来する母音(字)<e> /ɛ/ が採用された例は少ないものの,「#570. bury の母音の方言分布」 ([2010-11-18-1]) で挙げたように merry (West-Saxon myrig) や knell (West-Saxon cnyllan) がある.だが,これだけでは寂しいので,標題の2語を加えてみたい.
 left(左)は基本語・高頻度語だが,一説によると語源は lift (持ち上げる)と同根である.挨拶のとき左手を挙げることから「挙げた(手)」とつながるのではないかという.West-Saxon では lyft(空)として現われるが,「左」の語義はもっていない.新しい語義の初出は1200より前,初期中英語期のことである.MED では,lift (adj.) として見出しが立っている.
 別の説によれば,「#329. 印欧語の右と左」 ([2010-03-22-1]) で触れたように,left(左)は印欧祖語で「弱い」を原義とする語根に遡り,leprosy(ハンセン病)などと同根となる.West-Saxon 形 lyftādl (paralysis) の第1要素として含まれていることが,しばしば言及される.
 いずれの語源説を採るにせよ,古英語の Kentish 由来の母音(字)が採用されて現代標準英語に定着した少数の例であることは間違いない.
 もう1つは,hemlock(ドクニンジン)である.ソクラテスを死に至らしめた毒草と信じられている.West-Saxon では hymlic(e) として現われる一方,中英語では,MEDhemlok(e (n.) として見出しが立っているが,実際には種々の母音(字)で確認される.
 影の薄い Kentish 方言が少しだけ現代標準英語で顔をのぞかせているという小話でした.

Referrer (Inside): [2013-11-23-1] [2013-08-05-1]

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2013-02-24 Sun

#1399. 初期中英語における between の異形態の分布 [laeme][corpus][preposition][me_dialect][methodology]

 「#1389. between の語源」 ([2013-02-14-1]),「#1393. between の歴史的異形態の豊富さ」([2013-02-18-1]),「#1394. between の異形態の分布の通時的変化」 ([2013-02-19-1]) に続いて,今回は LAEME を用いて通時的変化および方言別分布を調査した結果を報告する.
 Helsinki Corpus による通時的調査 ([2013-02-19-1]) の場合と同様に,多数の異形態をまとめるに当たって,語尾以外における母音の違いは無視し,第2音節以降の子音(と,もしあれば語尾の母音も)の種類と組み合わせに注目した.lexel に "between" を指定して取り出した例をもとに,241個のトークンを半世紀ごと,方言別に整理した(区分は[2012-10-10-1]の記事「#1262. The LAEME Corpus の代表性 (1)」で採用したものと同じ).原データはこちらを参照.以下,最初に年代別,次に方言別の集計結果を掲げる.

PERIODnnnnexxexnxtehnhetntxtxntxethsseynznSum
C12b181270000000000000028
C13a23419644091401010000085
C13b2032321341000102111164
C14a5132892200031000010064
Sum662172247941014321121211241

DIALECTnnnnexxexnxtehnhetntxtxntxethsseynznSum
N00192200001000000015
NEM140000000000000000014
NWM706000081400002000037
SEM1420950000030100000052
SWM3112675702001010101184
SW001630040000000010024
SE001400000000000010015
Sum662172247941014321121211241


 現代英語の between に連なる,n を含む最も普通のタイプが左3列に示されているが,bitweonen などの "nn" タイプは時代とともに "n" タイプや "ne" タイプに置換されてゆく様子がうかがえる.Mustanoja (369) は,"nn" タイプについて "The -en forms occur mainly in the more southern parts of the country" と記述しているが,実際には NEM や NWM にも現われている.つまり,"nn" タイプの分布は,方言の問題である以上に時代の問題である可能性がある.語尾の n の脱落がより北部で,かつ,より遅い時代に見られることは,予想できることだろう.
 n 系列には遠く及ばないが,bituixbitƿixen などの x 系列の使用がこの時期に稀でないことは,Helsinki Corpus の調査結果と符合している.x 系列は N, SEM, SWM, SW に分布しており,間に挟まれた NEM, NWM には文証されない.この分布は妙だが,全体として例が十分に多くないために,North Midlands の現存テキストに現われる機会がなかったということかもしれない.近代英語期にかけて成長する t を付加した xte タイプは,初期中英語では C13b SW に bitwixte などの形態でわずかに現われるにとどまっている.
 bituhenbituhe などの h 系列は,Helsinki Corpus によれば,古英語後期より一気に衰退したとのことだったが,LAEME によれば,初期中英語では C13a NWM に集中する形で生き残っていたようだ.しかし,その時までに衰退傾向は決定づけられていたと言えるだろう.
 今回の調査で感覚を得たが,(初期)中英語期に開始した,あるいは進行していると疑われる変化について調べるには,Helsinki Corpus で通時的変化を大づかみにした上で,LAEME を用いて,より細かい時代区分と方言の別を考慮して掘り下げてゆくのがよさそうだ.

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2012-12-28 Fri

#1341. 中英語方言を区分する8つの弁別的な形態 [me_dialect][isogloss][dialect][methodology][geography][3pp][3sp]

 中英語の方言については,me_dialect の各記事で扱ってきた.方言どうしを区分する線は特定の弁別的な形態の分布により決められることが多く,例えば「#130. 中英語の方言区分」 ([2009-09-04-1]) のような方言地図が一案として提示されている.しかし,「#1317. 重要な等語線の選び方」 ([2012-12-04-1]) で話題にしたとおり,方言線を引くことに関しては様々な理論的な問題がある.中英語方言学は20世紀前半以来の長い研究史をもっており,近年では LALMELAEME の登場により研究環境が著しく進歩したのは確かだが,いまだに多くの問題が残されている.
 今回は,伝統的な Moore, Meech and Whitehall の後期中英語方言の研究に基づき,主要な弁別的形態とその分布を示そう.Moore, Meech and Whitehall は,1400--1450年に書かれた266の(公)文書および43の文学作品を主たる対象テキストとし,11の主要な弁別的な特徴によって方言線を引いた.これは MED 編纂の基盤ともなった方言線であり,MED の "Plan and Bibliography" にも反映されている.中尾 (96--106) が8つの弁別的な特徴について要約した表 (98) を与えており便利なので,それをまとめ直したものを下に示そう.

FeatureIsoglossNNEMSEMWMSWSE
OE /ā/A/ɑː//ɔː//ɔː//ɔː//ɔː//ɔː/
OE /a/ + nasalD/a//a//a//ɔ//a//a/
OE /ȳ/, /y/, /ēo/, /eo/F/iː, ɪ/, /eː, ɛ//iː, ɪ/, /eː, ɛ//iː, ɪ/, /eː, ɛ//yː, y/, /øː, ø//yː, y/, /øː, ø//iː, ɪ/, /eː, ɛ/
/f/ -- /v/I/f//f//f//f, v//v//v/
/ʃ/ -- /s/C/s//s//ʃ//ʃ//ʃ//ʃ/
3rd pl. pronounEthemthemhemhemhemhem
3rd sg. pres. verbG-es-es-eth-es, -eth-eth-eth
3rd pl. pres. verbB, H-es-es, -e(n)-e(n)-e(n), -eth-eth-eth
  *  

 地図上に表わせばより便利なのだろうが,今回は省略する.3人称単・複現在動詞語尾については,「#790. 中英語方言における動詞屈折語尾の分布」 ([2011-06-26-1]) を参照.また,OE /ȳ/, /y/, /ēo/, /eo/ に対応する母音の分布については,「#562. busy の綴字と発音」 ([2010-11-10-1]) を参照.

 ・ Moore, S., S. B. Meech and H. Whitehall. "Middle English Dialect Characteristics and Dialect Boundaries." Essays and Studies in English and Comparative Literature. 13 (1935): 1--60. Ann Arbor: U of Michigan Publication, Language and Literature.
 ・ 中尾 俊夫 『英語史 II』 英語学大系第9巻,大修館書店,1972年.

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2012-12-07 Fri

#1320. LAEME で見る most の異形態の分布 [vowel][superlative][map][laeme][me_dialect][comparison]

 [2012-11-24-1]の記事「#1307. mostmest」で取り上げた中英語の最上級 most の異形態について,初期中英語における母音別の分布を LAEME を用いて調査した.地図上に位置づけられるテキストから取り出した most の異形態は全部で249例あり,これを語幹母音に従って分別したものを HelMapperUK に流し込んだ.読み込ませたデータファイルはこちら.マークの大きさは頻度に比例する.

Variants of

 <mast> など <a> を示すものは主として北部に分布し,<mest>, <meast>, など前舌母音を示すものは中西部および南東部に分布する.後に優勢となる <most> など後舌母音を示すものは,この時代にはいまだ East Anglia に見られるのみである.

Referrer (Inside): [2015-09-29-1] [2014-04-13-1]

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2012-12-04 Tue

#1317. 重要な等語線の選び方 [isogloss][dialect][methodology][me_dialect][geography]

 方言を区分する等語線 (isogloss) は,考慮される語の数だけ引くことができるといっても過言ではない.これは,どの等語線を重視するかによって,方言区分の様子がらりと変わりうる危険があるということである.また,特定の等語線を意図的に選ぶことによって,望む方言区分を作り出せるということでもある.
 では,重視すべき等語線の選定は恣意的とならざるを得ないのだろうか.何らかの客観的な基準によって,重要な等語線と重要でない等語線を区別することができるのだろうか.この方法論上の問題について,Bloomfield (341--42) は次のような意見を述べている.

An isogloss which cuts boldly across a whole area, dividing it into two nearly equal parts, or even an isogloss which nearly marks off some block of the total area, is more significant than a petty line enclosing a localism of a few villages. . . . The great isogloss shows a feature which has spread over a large domain; this spreading is a large event, simply as a fact in the history of language, and, may reflect, moreover, some non-linguistic cultural movement of comparable strength. As a criterion of description, too, the large division is, of course, more significant than small ones; in fact, the popular classification of dialects is evidently based upon the prevalence of certain peculiarities over large parts of an area. / Furthermore, a set of isoglosses running close together in much the same direction --- a so-called bundle of isoglosses --- evidences a larger historical process and offers a more suitable basis of classification than does a single isogloss that represents, perhaps, some unimportant feature. It appears, moreover, that these two characteristics, topographic importance and bundling, often go hand in hand.


 要約すれば,(1) 広い地域を大きく按分する等語線を選べ,(2) 束をなしている太い等語線を選べ,ということになるだろう.
 しかし,この基準自体が程度の問題を含む.どのくらい広ければ「広い地域」とみなせるのか,どのくらい「大きく」按分すべきかを明確に教えてくれる指標はない.どのくらい「太い」束であればよいのかも同様だ.例えば,イングランドの方言を南北へ大きく2分する等語線の価値はほとんどの人が認めるだろうが,方言学では通常さらに細かく分類してゆく.この場合,どの細かさまでを方言区分とみなしてよいかを客観的に示す指標はない.中英語方言にしても,中部方言を東と西に2分するだけでよいのか,あるいはそれぞれを南北に分けて全部で4方言とすべきなのか,一般的な正答はない.この辺りは,方言区分を用いて考察しようとしている言語項目の地理的分布やその他の背景を参照した上で,適切な区分を意識的に選ぶというのが,むしろ望ましいやり方と言えるのかもしれない.
 それでも,Bloomfield の2つの基準は,複数の等語線のあいだの相対的な重要性を測るのに役立つ基準であることは認めてよいだろう.
 Bloomfield の Language 10章 "DIALECT GEOGRAPHY" は,具体例が豊富で,実によく書けている.

 ・ Bloomfield, Leonard. Language. 1933. Chicago and London: U of Chicago P, 1984.

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2012-11-28 Wed

#1311. 綴字の標準化はなぜ必要か [spelling][standardisation][me_dialect][writing][medium][spelling_reform][academy][johnson]

 中英語の綴字の奔放さとその後世への負の影響については,##53,219,193,562を始めとする記事でいろいろと扱ってきた.現代英語学習者にとって,[2009-06-20-1]の記事「#53. 後期中英語期の through の綴りは515通り」でみた異綴りは,嫌気という以上に,狂気を思わせ,同時に驚嘆の念をも催すだろう.綴字というものも,現代のように管理下に置かれていないかぎり,際限なく方言化してゆくのだということを示す好例である.だが,実際に中英語のテキストを読んでいると,異綴りというものに少しずつ慣れてゆくのも事実で,標準がなくとも書き言葉は何とかなるものだという感覚にもなってくる.方言を聞いているうちに耳が慣れてくるのと同じで,異綴りはいわば目で見る方言であるから,目が慣れればそれはそれで案外と機能するのだ.
 とはいっても,不便は大きい.例えば,中英語のテキストを読む現代人は,辞書である語を引くのに,登録されている綴字の当たりをつけてから引かなければならない.テキストに現われる綴字のままで辞書に登録されている保証はないからである.何度も試行錯誤し,結局,登録されていないのだと諦めることもしばしばである.ここには,辞書使用者は標準綴字を求めているにもかかわらず,実際の綴字には標準形がないという涙ぐましい問題がある.
 綴字の標準化が望ましい理由,必要とされる理由は,現代人の都合以外にもある.Schmitt and Marsden (156--57) は3点を挙げている.

 (1) 書き言葉は,時間と空間を越えて無数の相手に情報を伝えるための手段である.この手段を最大限に用いようとすれば,高度な一貫性と普遍性が要求されるはずである.
 (2) 書き言葉には,話し言葉に備わっている身振りや抑揚などの情報伝達に関わる多くの手段が欠けている.したがって,書き言葉において明晰さを確保するためには,語,文法,綴字などの正確さが要求される.
 (3) 書き言葉は,話し言葉とは異なり,意図的な教育により獲得されるものである.教育のために,一貫した綴字体系を定めることは重要である.

 (1) と (2) については writing medium の各記事を参照.興味深いのは,(1) と (3) は綴字の標準化が必要である理由であると同時に,綴字改革が試みられる理由でもあり,またそれがほぼ常に失敗する理由ともなっていることだ(spelling_reform) の各記事を参照).ある程度の体系がすでにある場合,それを変えようとすることは一貫性や普遍性に抵触する恐れがあるからだ.
 実際に,綴字の標準化は近代国家の重要な事業であった.例えば,国家が直接に事業に参与するか否かは別として,西欧諸国は例外なくこの事業に精を出した.イタリア,フランス,スペインはそれぞれ1582年,1634年,1713年にアカデミーを作り,標準的な綴字を統制した.ドイツでは1901年に,オランダ語圏では1883年と1947年に,それぞれ政府による統制があった.イギリスでは,Jonathan Swift (1667--1745) が1712年に提案したアカデミー設立こそ実現しなかったが,Johnson の辞書の出版 (1755) を頂点とする辞書編纂活動の努力により,綴字の標準化が完成した.いずれの近代国家も,上記の理由で,綴字の標準化を強く求めたのである.加えて,国家の威信を求めたことも理由の1つだったろう.

 ・ Schmitt, Norbert, and Richard Marsden. Why Is English Like That? Ann Arbor, Mich.: U of Michigan P, 2006.

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