hellog〜英語史ブログ

#1433. 10世紀以前の古英語テキストの分布[oe_dialect][manuscript][dialect][map][dialectology][literature]

2013-03-30

 中英語の方言区分については「#130. 中英語の方言区分」 ([2009-09-04-1]) ほか,me_dialect の各記事で扱ってきたが,古英語の方言状況については本ブログではあまり触れていなかった.古英語の方言地図については,「#715. Britannica Online で参照できる言語地図」 ([2011-04-12-1]) でリンクを張った Encyclopedia - Britannica Online EncyclopediaThe distribution of Old English dialects が簡便なので,参照の便のためにサイズを小さくした版を以下に再掲する.

OE Dialects

 古英語の方言は,慣習的に,Northumbrian, Mercian (この2つを合わせて Anglian とも呼ぶ), West-Saxon, Kentish の4つに区分される.ただし,4方言に区分されるといっても,古英語の方言が実際に4つしかなかったと言えるわけではない.どういうことかといえば,文献学者が現代にまでに伝わる写本などに表わされている言語を分析したところ,言語的諸特徴により4方言程度に区分するのが適切だろうということになっている,ということである.現在に伝わる古英語テキストは約3000テキストを数えるほどで,その総語数は300万語ほどである.この程度の規模では,相当に幸運でなければ,詳細な方言特徴を掘り出すことはできない.また,地域的な差違のみならず,古英語期をカバーする数世紀の時間的な差違も関与しているはずであり,実際にあったであろう古英語の多種多様な変種を,現存する証拠により十分に復元するということは非常に難しいことなのである.
 11世紀の古英語後期になると,West-Saxon 方言による書き言葉が標準的となり,主要な文献のほとんどがこの変種で書かれることになった.しかし,10世紀以前には,他の方言により書かれたテキストも少なくない.実際,時代によってテキストに表わされる方言には偏りが見られる.これは,その方言を担う地域が政治的,文化的に優勢だったという歴史的事実を示しており,そのテキストの地理的,通時的分布がそのまま社会言語学的意味を帯びていることをも表わしている.
 では,10世紀以前の古英語テキストに表わされている言語の分布を,Crystal (35--36) が与えている通りに,時代と方言による表の形で以下に示してみよう.それぞれテキストの種類や規模については明示していないので,あくまで分布の参考までに.

probable dateNorthumbrianMercianWest SaxonKentish
675Franks Casket inscription   
700Ruthwell Cross inscriptionEpinal glosses Charters  
725Person and place-names in Bede, Cædmon's Hymn, Bede's Death SongPerson and place-names in Bede, Charters  
750Leiden RiddleCharters Charters
775 Blickling glosses, Erfurt glosses, Charters Charters
800 Corpus glosses  
825 Vespasian Psalter glosses, Lorica Prayer, Lorica glosses Charters
850  ChartersCharters, Medicinal recipes
875  Charters, Royal genealogies, Martyrologies 
900  Cura pastoralis, Anglo-Saxon Chronicle 
925  Orosius, Anglo-Saxon Chronicle 
950 Royal glossesAnglo-Saxon Chronicle, Medicinal recipesCharters, Kentish Hymn, Kentish Psalm, Kentish proverb glosses
975Rushworth Gospel glosses, Lindisfarne Gospel glosses, Durham Ritual glossesRushworth Gospel glosses  


 大雑把にまとめれば,7世紀は Northumbrian(Bede [673?--735] などの学者が輩出),8世紀は Mercian(Offa 王 [?--796] の治世),9世紀は West-Saxon(Alfred the Great [849--99] の治世)が栄えた時期といえるだろう.Kentish は,政治的権威とは別次元で,6世紀以降,イングランドにおけるキリスト教の本山として宗教的な権威を保ち続けたために,その存在感や影響力は諸テキストに反映されている.
 古英語方言学の難しさは,4方言のそれぞれがテキストで純粋に現われるというよりは,選り分けるのに苦労するくらい異なる方言が混在した状態で現われることが少なくないからである.歴史方言学は,それぞれの時代に特有の状況があるがゆえに,特有の問題が生じるのが常である.

 ・ Crystal, David. The Stories of English. London: Penguin, 2005.

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