hellog〜英語史ブログ     ChangeLog 最新     カテゴリ最新     前ページ 1 2 3 4 次ページ / page 2 (4)

gender - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2022-05-26 13:57

2018-04-01 Sun

#3261. ドイツ国歌の「父なる祖国」を巡るジェンダー問題 [gender][sociolinguistics][political_correctness][grimms_law][verners_law]

 ドイツ国歌の歌詞にある Vaterland (父なる祖国)が男性バイアスの用語なので,Heimatland (故郷の国)に変更しようという political_correctness の提案がドイツ国内でなされている.ドイツ政府による男女共同参画の推進を担当する女性の政治活動家が提案したもので,目下,物議を醸している.ジェンダーについて中立な言葉遣いが時勢に合っているからという理由での提案だが,保守系の政治家は「やりすぎだ」「これを変えるなら『母語』という言葉も使えない」などと反発している.メルケル首相も変更は不要という立場のようだ.
 ドイツ国歌は,オーストリアの作曲家ハイドンの曲に対して1841年に歌詞づけしたもので,国歌としては旧西ドイツから東西統一後のドイツへの引き継がれた.国歌の歌詞におけるジェンダーの問題は最近オーストリアやカナダでも起こっており,そこでは中立的な表現に置き換えられたという経緯がある.これらの先例を受けての,ドイツでの論争という次第である.
 英語でも「祖国,故国」を表わす語として fatherland という言い方がある.motherland という言い方もあるが,PC の観点からはジェンダーについて中立な homeland, native country, home が用いられることが多くなっているという.しかし,借用語の patriot (愛国者),patriotism (愛国心)などでは語幹にラテン語で「父」を意味する pater が含まれており,発想としては fatherland と酷似するのだが,これについては特にジェンダー論争が起こっているという話しは聞かない.借用語では,語幹の「父」の意味が直接には感じ取られにくいからだろうか.
 ラテン語 pater と英語 father は語源的には同根だが,その関係を詳しく理解しようと思えば「グリムの法則」 (grimms_law) や「ヴェルネルの法則」 (verners_law) の知識が必要となる.それには,「#2277. 「行く」の意味の repair」 ([2015-07-22-1]),「#102. hundredグリムの法則」 ([2009-08-07-1]),「#480. fatherヴェルネルの法則」 ([2010-08-20-1]),「#2297. 英語 flow とラテン語 fluere」 ([2015-08-11-1]) 辺りの記事をどうぞ.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2017-11-27 Mon

#3136. singular you は疑わないのに singular they には注目が集まる [personal_pronoun][gender][singular_they]

 singular they の話題について,以下の記事で扱ってきた.

 ・ 「#275. 現代英語の三人称単数共性代名詞」 ([2010-01-27-1])
 ・ 「#1054. singular they」 ([2012-03-16-1])
 ・ 「#1887. 言語における性を考える際の4つの視点」 ([2014-06-27-1])
 ・ 「#1920. singular they を取り締まる規範文法 (1)」 ([2014-07-30-1])
 ・ 「#1921. singular they を取り締まる規範文法 (2)」 ([2014-07-31-1])
 ・ 「#1922. singular they を取り締まる規範文法 (3)」 ([2014-08-01-1])
 ・ 「#2455. 2015年の英語流行語大賞」 ([2016-01-16-1])

 先日,Merriam-Webster の辞書サイトのコラムで,Singular 'They' に関する記事を見つけた.1881年に Emily Dickinson が singular they の用例を提供してくれていること,男女という性別の二分法そのものに疑問を呈するシンボルとしての用法が現われてきていることなど興味深い内容を含んだ記事だが,読みながらとりわけなるほどと膝を打ったのが,次のくだりである.

. . . the development of singular they mirrors the development of the singular you from the plural you, yet we don't complain that singular you is ungrammatical . . . .


 互いに近すぎるために,これまで気づかなかった.人称代名詞の複数系列では,2人称と3人称においてともに,形態上の数の区別が中和され(得)るということだ.英語史上,人称代名詞体系はちょこちょこ変化してきたが,その伝統は21世紀へも着実に受け継がれており,今も変化と変異を生み出し続けている.
 単複兼用の2人称代名詞 you については,「#3099. 連載第10回「なぜ you は「あなた」でもあり「あなたがた」でもあるのか?」」 ([2017-10-21-1]) 及びそこに張ったリンク先を参照されたい.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2017-10-30 Mon

#3108. ノルマン征服がなかったら,英語は・・・? [hel_education][history][loan_word][spelling][stress][rsr][gsr][rhyme][alliteration][gender][inflection][norman_conquest]

 「#119. 英語を世界語にしたのはクマネズミか!?」 ([2009-08-24-1]) や「#3097. ヤツメウナギがいなかったら英語の復権は遅くなっていたか,早くなっていたか」 ([2017-10-19-1]) に続き,歴史の if を語る妄想シリーズ.ノルマン征服がなかったら,英語はどうなっていただろうか.
 まず,語彙についていえば,フランス借用語(句)はずっと少なく,概ね現在のドイツ語のようにゲルマン系の語彙が多く残存していただろう.関連して,語形成もゲルマン語的な要素をもとにした複合や派生が主流であり続けたに違いない.フランス語ではなくとも諸言語からの語彙借用はそれなりになされたかもしれないが,現代英語の語彙が示すほどの多種多様な語種分布にはなっていなかった可能性が高い.
 綴字についていえば,古英語ばりの hus (house) などが存続していた可能性があるし,その他 cild (child), cwic (quick), lufu (love) などの綴字も保たれていたかもしれない.書き言葉における見栄えは,現在のものと大きく異なっていただろうと想像される.<þ, ð, ƿ> などの古英語の文字も,近現代まで廃れずに残っていたのではないか (cf. 「#1329. 英語史における eth, thorn, <th> の盛衰」 ([2012-12-16-1]) や「#1330. 初期中英語における eth, thorn, <th> の盛衰」 ([2012-12-17-1])) .
 発音については,音韻体系そのものが様変わりしたかどうかは疑わしいが,強勢パターンは現在と相当に異なっていたものになっていたろう.具体的にいえば,ゲルマン的な強勢パターン (Germanic Stress Rule; gsr) が幅広く保たれ,対するロマンス的な強勢パターン (Romance Stress Rule; rsr) はさほど展開しなかったろうと想像される.詩における脚韻 (rhyme) も一般化せず,古英語からの頭韻 (alliteration) が今なお幅を利かせていただろう.
 文法に関しては,ノルマン征服とそれに伴うフランス語の影響がなかったら,英語は屈折に依拠する総合的な言語の性格を今ほど失ってはいなかったろう.古英語のような複雑な屈折を純粋に保ち続けていたとは考えられないが,少なくとも屈折の衰退は,現実よりも緩やかなものとなっていた可能性が高い.古英語にあった文法性は,いずれにせよ消滅していた可能性は高いが,その進行具合はやはり現実よりも緩やかだったに違いない.また,強変化動詞を含めた古英語的な「不規則な語形変化」も,ずっと広範に生き残っていたろう.これらは,ノルマン征服後のイングランド社会においてフランス語が上位の言語となり,英語が下位の言語となったことで,英語に遠心力が働き,言語の変化と多様化がほとんど阻害されることなく進行したという事実を裏からとらえた際の想像である.ノルマン征服がなかったら,英語はさほど自由に既定の言語変化の路線をたどることができなかったのではないか.
 以上,「ノルマン征服がなかったら,英語は・・・?」を妄想してみた.実は,これは先週大学の演習において受講生みんなで行なった妄想である.遊び心から始めてみたのだが,歴史の因果関係を確認・整理するのに意外と有効な方法だとわかった.歴史の if は,むしろ思考を促してくれる.

Referrer (Inside): [2019-12-25-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2017-07-29 Sat

#3015. 後期近代英語への関心の高まり (2) [lmode][history_of_linguistics][language_change][sociolinguistics][gender][world_englishes][variety]

 「#2993. 後期近代英語への関心の高まり」 ([2017-07-07-1]) で,近年,後期近代英語期の研究が盛り上がってきていることに触れた.その理由は様々に説明できるように思われるが,Kytö et al. (4--5) の指摘している4点に耳を傾けよう.19世紀の英語が研究に値する理由として,先の記事で触れたものと合わせて確認しておきたい.

 (1) 19世紀中に識字率が上がったことにより,多種多様なテキストが豊富に生み出された.とりわけ性差と言語変化の関係がよく調査できるようになった.
 (2) Brown Family のような現代英語のコーパスによる研究の成果として,数十年ほどの短期間における言語変化に注目が集まった.ここから,後期近代英語期の社会的・政治的な出来事と,当時の言語変化の関係を探る研究が試みられるようになった.
 (3) この時期にジャンルの広がりが見られた.特に,私信,新聞,小説,科学の言説など,現代にかけて重要性を増すことになる諸ジャンルが開拓された時期として重要である.
 (4) 19世紀は,イギリス以外の英語変種の多くにとって形成期に相当する.

 いずれの項目も,後期近代英語期に特有の特殊な歴史事情を反映していることはいうまでもないが,それ以上に近年のコーパス言語学,社会言語学,語用論といったアプローチが興隆してきた学史的な背景と連動していることが重要である.もとより歴史的な分野であるとはいえ,いま歴史のどの側面に関心を寄せやすいのか,関心があるのかという現在的な動機こそが,歴史研究を駆動していくものだとわかる.

 ・ Kytö, Merja, Mats Rydén, and Erik Smitterberg. "Introduction: Exploring Nineteenth-Century English --- Past and Present Perspective." Nineteenth-Century English: Stability and Change. Ed. Merja Kytö, Mats Rydén, and Erik Smitterberg. Cambridge: CUP, 2006. 1--16.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2017-06-16 Fri

#2972. イギリスにおける職名性差別の違法化 [gender][political_correctness][bre]

 英語圏では,前世紀後半より言語上の性差別を廃する傾向が強まってきている.日常的言語使用の慣習ともなってきているが,それを支える法的な基盤もある.イギリスでの性差別を違法とする法律は1975年に制定されている(Sex Discrimination Act 1975 を参照).この法律は,その後廃止され,2010年の Equality Act 2010 に受け継がれている.
 Crystal (314--15) によれば,

Legal changes, such as the Sex discrimination Act in Britain (1975), have caused job titles and much of the associated language to be altered. The written language has been most affected, but there have been signs of change in speech behaviour too. Plainly, the last quarter of the 20th century saw a general raising of consciousness about the issue of linguistic sexism, and this is likely to have a permanent effect upon the language.


 このような言語上の性差別廃止の傾向は,上のような法律が駆動しているというよりは,すでにある社会的なトレンドを同法律が後押ししているとみなすほうが適切だろう.というのは,法律が明言しやすいのは書き言葉における非性差別表現使用の徹底だと思われるが,法律がいかに話し言葉にまで影響を及ぼし得るかは自明ではないにもかかわらず,実際には日常の話し言葉においても非性差別の方向での「慣行の変化の兆し」が確認されるからだ.これは,程度の差はあれ,昨今の日本語の環境においても見られる潮流だろう.
 関連して,言語使用における性差別の解消について,以下の記事も参照.

 ・ 「#2655. PC言語改革の失敗と成功」 ([2016-08-03-1])
 ・ 「#1709. 主要英訳聖書年表」 ([2013-12-31-1]):特に The New Revised Standard Version (1990) の性差別表現の忌避は徹底的
 ・ 「#1048. フランス語の公文書で mademoiselle が不使用へ」 ([2012-03-10-1])

 ・ Crystal, David. How Language Works. London: Penguin, 2005.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2017-02-17 Fri

#2853. 言語における性と人間の分類フェチ [gender][linguistics][category][fetishism]

 言語における性 (gender) の存在と起源について,本ブログでは,英語をはじめとする印欧語を中心として,話題にしてきた(本記事の末尾に掲げたリンク先を参照).
 言語の性の起源は,人類学者,神話学者,言語学者がそれぞれの立場から諸説を唱えてきた.男女の生理的区別を標示するもの,未開人のアニミズムに根ざすもの,人間の想像力の産物,音象徴・類推によるもの,感情的価値を示すものなど様々だ.いずれも満足のゆく説とはされておらず,この問題は未解決と言わざるを得ない.
 このように性の起源については不詳だが,現在の共時的な文法範疇としての性をどのようにとらえるかは,また別の問題である.多くの場合,共時的には「意味のない」分類とみなされているのではないか.宮本 (116) がこの立場を,次のように説明している.

結局のところ,性は古代人の思惟にとっては,あるいは合理的なものであったかもしれないが,いまでは文法範疇のなかで最も不合理なもの,化石化してしまった文法体系の圧力にすぎないと考えられることが多い。その結果,現代英語やペルシア語に見られるように,性の喪失を言語史上の最も有利な変化であると考える立場が生まれる。性はいかなる言語にあっても,名詞の分類にはまったく利益をもたらさず,なんら思想上の区別を表明しないとされるのである。文法性は自然的性の区分に対応しない以上,贅沢品であり,したがって,性は消滅したとしてもおかしくないというのである。


 宮本 (116--17) は,広く信じられている見解をこのように要約する一方で,人間の言語における性(せい)を人間の性(さが)とも見ているようだ.

すべての名詞には何らかの価値がまとわりついていそうである。この価値に基づいて,名詞に類別の観念を持ち込むことは人間的思惟にとって普遍的であるかに思われる。人間は,事物に名称を与える命名主義者(ノミナリスト)だといわれるが,同時に,事物を分類しないではおれない分類主義者(タクソノミスト)でもあるといえよう。要は,分類の価値が言語形式の上に映発されるか否かの違いである。


 人間には,森羅万象を分類せざるを得ない性(さが)がある.要するに,人間は分類フェチである.言語の性(せい)も,この分類フェチの産物である.

 ・ 「#1135. 印欧祖語の文法性の起源」 ([2012-06-05-1])
 ・ 「#1517. 擬人性」 ([2013-06-22-1])
 ・ 「#1449. 言語における「範疇」」 ([2013-04-15-1])
 ・ 「#1534. Dyirbal 語における文法性」 ([2013-07-09-1])
 ・ 「#1883. 言語における性,その問題点の概観」 ([2014-06-23-1])
 ・ 「#1887. 言語における性を考える際の4つの視点」 ([2014-06-27-1])

 ・ 宮本 正興 「名詞のクラス」 『『言語』セレクション』第1巻,月刊『言語』編集部(編),大修館書店,2012年.115--22頁.(1993年10月号より再録.)

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2016-01-16 Sat

#2455. 2015年の英語流行語大賞 [lexicology][ads][woy][personal_pronoun][gender][link][singular_they]

 今年もこの時期がやってきた.American Dialect Society による 2015年の The Word of the Year が1月8日に発表された.今年の受賞は,singular "they" である.

They was recognized by the society for its emerging use as a pronoun to refer to a known person, often as a conscious choice by a person rejecting the traditional gender binary of he and she.
    . . . .
   The use of singular they builds on centuries of usage, appearing in the work of writers such as Chaucer, Shakespeare, and Jane Austen. In 2015, singular they was embraced by the Washington Post style guide. Bill Walsh, copy editor for the Post, described it as "the only sensible solution to English's lack of a gender-neutral third-person singular personal pronoun."
   While editors have increasingly moved to accepting singular they when used in a generic fashion, voters in the Word of the Year proceedings singled out its newer usage as an identifier for someone who may identify as "non-binary" in gender terms.
   "In the past year, new expressions of gender identity have generated a deal of discussion, and singular they has become a particularly significant element of that conversation," Zimmer said. "While many novel gender-neutral pronouns have been proposed, they has the advantage of already being part of the language."


 なぜ今さら singular they がという気がしないでもなかったが,上の記事と合わせて Wordorigins.org: ADS Word of the Year for 2015 の記事を読んでみて合点がいった.単に性別を問わない単数の一般人称代名詞としての they の用法はここ数十年間で確かに認知されてきており,とりわけ2015年を特徴づける語法というわけではないが,男女という性別の二分法そのものに疑問を呈するシンボル (nonbinary identifier) として,昨年,焦点が当てられたという.テレビ番組などで transgender の話題が多く取り上げられ,"nonbinary identifier" としての they の使用が目立ったということだ.なお,singular they は,MOST USEFUL カテゴリーでも受賞している.時代のキーワードであることが,特によくわかる受賞だった.
 singular_they については,本ブログでも何度か扱ってきたので,以下にリンクを張っておきたい.
 
 ・ 「#275. 現代英語の三人称単数共性代名詞」 ([2010-01-27-1])
 ・ 「#1054. singular they」 ([2012-03-16-1])
 ・ 「#1887. 言語における性を考える際の4つの視点」 ([2014-06-27-1])
 ・ 「#1920. singular they を取り締まる規範文法 (1)」 ([2014-07-30-1])
 ・ 「#1921. singular they を取り締まる規範文法 (2)」 ([2014-07-31-1])
 ・ 「#1922. singular they を取り締まる規範文法 (3)」 ([2014-08-01-1])

 過去の WOY の受賞については,woy を参照.

Referrer (Inside): [2017-11-27-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2015-05-27 Wed

#2221. vixen の女性語尾 [suffix][gender][i-mutation][germanic][etymology]

 「#2219. vane, vat, vixen」 ([2015-05-25-1]) と「#2220. 中英語の中部・北部方言で語頭摩擦音有声化が起こらなかった理由」 ([2015-05-26-1]) で,vixen (雌ギツネ)という語に触れた.現代標準英語の語彙のなかで,語頭の有声摩擦音が歴史的に特異であると述べてきたが,この語にはもう1つ歴史的に特異な点がある.それは,古いゲルマン語の女性名詞語尾に由来する -en をとどめている点だ.
 現在,男性名詞から対応する女性名詞を作る主たる接尾辞として -ess がある.これは,ギリシア語 -issa を後期ラテン語が借用した -issa が,フランス語経由で -esse として英語に入ってきたものであり,外来である.ゲルマン系のものとしては「#2188. spinster, youngster などにみられる接尾辞 -ster」 ([2015-04-24-1]) で触れた西ゲルマン語群にみられる -estre があるが,純粋に女性を表わすものとして現代に伝わるのは spinster のみである.今回問題にしている -en もゲルマン語派にみられる女性接尾辞であり,ゲルマン祖語の *-inī, *-injō が古英語の -en, -in へ発展したものである.古英語の類例としては,god (god) に対する gyden (goddess),munuc (monk) に対する mynecen (nun), wulf (wolf) に対する wylfen (she-wolf) がある(いずれも接尾辞に歴史的に含まれていた i による i-mutation の効果に注意).
 vixen に関していえば,雌ギツネを意味する名詞としては,古英語には斜格としての fyxan が1例のみ文証されるにすぎない.MEDfixen (n.) によると,初期中英語では fixen が現われるが,fixen hyd (fox hide) として用いられていることから,この形態は古英語の女性形名詞ではなく形容詞 fyxen (of the fox) に由来するとも考えられるかもしれない.しかし,後期中英語では名詞としての ffixen が確かに文証され,『英語語源辞典』によれば,さらに16世紀末以降には語頭の有声摩擦音を示す現在の vyxen に連なる形態が現われるようになる(OED によれば15世紀にも).
 現代ドイツ語では女性語尾としての -in は現役であり,Fuchs vs Füchsin のみならず,Student vs Studentin, Sänger vs Sängerin など一般的に用いられる.英語では女性語尾の痕跡は vixen に残るのみとなってしまったが,ゲルマン語の語形成の伝統をかろうじて伝える語として,英語史に話題を提供してくれる貴重な例である.語頭の v と合わせて,英語史的に堪能したい.

Referrer (Inside): [2015-08-01-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2015-05-20 Wed

#2214. this, that が単独で人を指しにくい歴史的理由 [gender][deixis][gender][demonstrative][personal_pronoun][semantics]

 現代英語では,指示代名詞である this, that, these, those は各々単独で,人を指示することができる.しかし,単数系列にはある特徴がある.単数の this, that が単独で人を指す場合には,原則として軽蔑的な含意がこめられるというのだ(本記事では,This is John. のような人を紹介する文脈での用法は除くものとする).この用法に関心を示した Poussa (401) は,that のこの用法の初例として OED から1905年の例文を引いている.

'Would you like to marry Malcolm?' I asked. 'Fancy being owned by that! Fancy seeing it every day!' (Eleanor Glynn, Vicissitudes of Evangeline: 127).


 Poussa は,このような that(や this)の用法を,英語史上,比較的最近になって現われたものとし,社会的直示性を示す "comic-dishonourific" な用法と呼んだ.20世紀初頭ではこの用法はまだほとんど気づかれていなかったようで,例えば Jespersen (406) は,thisthat がそもそも単独で人を表わす用法はないと述べている.

While in the adjunctal function the plural forms these and those correspond exactly to the singulars this and that, the same cannot be said with regard to the same forms used as principals, for here this and that can no longer be used in speaking of persons, while these and those can. The sg of those who is not that who (which is not used), but he who (she who); similarly there is no sg that present corresponding to the pl those present


 元来 this, that が単独で人を指示することができなかったことと,新しい用法として人を指せるようにはなったものの,そこに否定的な社会的直示性が含意されていることとは,無関係ではないだろう.this, that が単独で人を指すのには,いまだ何らかの抵抗感があるものと思われる.
 しかし,さらに古く歴史を遡ると,古英語でも中英語でも,this, that は,確かに頻繁ではないものの,複数形の these, those とともに単独で人を指すことができたのである (Jespersen 409--10) .ここで,単独で人を指す this, that のかつての用法が,なぜ現代英語の直前期までに一旦消えることになったのかという,別の問題が持ち上がることになる.
 Poussa は,gender という意外な観点を持ち出して,この問題に迫った.3人称代名詞が単数系列では he, she と男女を区別し,複数系列では区別せずに共通して they を用いる事実と,指示代名詞の分布を関係づけたのである.

Choices in the PE 3rd Person Pronoun System (Poussa)

 上の図 (Poussa 405) に示したように,もとより性を区別しない複数系列では,人称代名詞の they はもちろん,指示代名詞 these, those も単独で人を指すことができるが,単数系列では性を区別できる人称代名詞 he, she のみが可能で,性を区別できない指示代名詞 this, that を用いることはできない.単数系列では,this, that は性を区別することができないがゆえに,その生起がブロックされるというわけだ.このことは,文法性として男性と女性を区別していた古英語の分布図 (Poussa 407) と比較すると,より明らかになる.

Choices in the OE 3rd Person Pronoun System (Poussa)

 古英語では,単数系列で指示代名詞が男性と女性を区別しえたために,単独で人を指すことも問題なく許容されたと解釈できる.後世の観点からすると,いまだ [-HUMAN] の意味特性を獲得していないということができる.
 Poussa は,近現代英語につらなる "HUMAN" という意味特性の発生は,古英語から中英語にかけての文法性の体系の崩壊と関連して生じたものであり,指示体系の新たな原理の創出の反映であるとみている.初期近代英語における his に代わる its の発展や,関係代名詞 whichwho の先行詞選択の発達も,同じ新しい原理に依拠しているといえるだろう (cf. 「#198. its の起源」 ([2009-11-11-1]),「#1418. 17世紀中の its の受容」 ([2013-03-15-1])) .
 Poussa の議論を受け入れるとすれば,後期古英語からの音声変化によって文法性の体系が崩れ,中英語期に形態論と統語論を劇的に変化させることとなったが,さらに近代英語期以降に,その余波が意味論や語用論にも及んできたということになる.英語史の壮大なドラマを感じざるを得ない.

 ・ Poussa, Patricia. "Pragmatics of this and that." History of Englishes: New Methods and Interpretations in Historical Linguistics. Ed. Matti Rissanen, Ossi Ihalainen, Terttu Nevalainen, and Irma Taavitsainen. Berlin: Mouton de Gruyter, 1992. 401--17.
 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part 2. Vol. 1. 2nd ed. Heidelberg: C. Winter's Universitätsbuchhandlung, 1922.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2015-05-20 Wed

#2214. this, that が単独で人を指しにくい歴史的理由 [gender][deixis][gender][demonstrative][personal_pronoun][semantics]

 現代英語では,指示代名詞である this, that, these, those は各々単独で,人を指示することができる.しかし,単数系列にはある特徴がある.単数の this, that が単独で人を指す場合には,原則として軽蔑的な含意がこめられるというのだ(本記事では,This is John. のような人を紹介する文脈での用法は除くものとする).この用法に関心を示した Poussa (401) は,that のこの用法の初例として OED から1905年の例文を引いている.

'Would you like to marry Malcolm?' I asked. 'Fancy being owned by that! Fancy seeing it every day!' (Eleanor Glynn, Vicissitudes of Evangeline: 127).


 Poussa は,このような that(や this)の用法を,英語史上,比較的最近になって現われたものとし,社会的直示性を示す "comic-dishonourific" な用法と呼んだ.20世紀初頭ではこの用法はまだほとんど気づかれていなかったようで,例えば Jespersen (406) は,thisthat がそもそも単独で人を表わす用法はないと述べている.

While in the adjunctal function the plural forms these and those correspond exactly to the singulars this and that, the same cannot be said with regard to the same forms used as principals, for here this and that can no longer be used in speaking of persons, while these and those can. The sg of those who is not that who (which is not used), but he who (she who); similarly there is no sg that present corresponding to the pl those present


 元来 this, that が単独で人を指示することができなかったことと,新しい用法として人を指せるようにはなったものの,そこに否定的な社会的直示性が含意されていることとは,無関係ではないだろう.this, that が単独で人を指すのには,いまだ何らかの抵抗感があるものと思われる.
 しかし,さらに古く歴史を遡ると,古英語でも中英語でも,this, that は,確かに頻繁ではないものの,複数形の these, those とともに単独で人を指すことができたのである (Jespersen 409--10) .ここで,単独で人を指す this, that のかつての用法が,なぜ現代英語の直前期までに一旦消えることになったのかという,別の問題が持ち上がることになる.
 Poussa は,gender という意外な観点を持ち出して,この問題に迫った.3人称代名詞が単数系列では he, she と男女を区別し,複数系列では区別せずに共通して they を用いる事実と,指示代名詞の分布を関係づけたのである.

Choices in the PE 3rd Person Pronoun System (Poussa)

 上の図 (Poussa 405) に示したように,もとより性を区別しない複数系列では,人称代名詞の they はもちろん,指示代名詞 these, those も単独で人を指すことができるが,単数系列では性を区別できる人称代名詞 he, she のみが可能で,性を区別できない指示代名詞 this, that を用いることはできない.単数系列では,this, that は性を区別することができないがゆえに,その生起がブロックされるというわけだ.このことは,文法性として男性と女性を区別していた古英語の分布図 (Poussa 407) と比較すると,より明らかになる.

Choices in the OE 3rd Person Pronoun System (Poussa)

 古英語では,単数系列で指示代名詞が男性と女性を区別しえたために,単独で人を指すことも問題なく許容されたと解釈できる.後世の観点からすると,いまだ [-HUMAN] の意味特性を獲得していないということができる.
 Poussa は,近現代英語につらなる "HUMAN" という意味特性の発生は,古英語から中英語にかけての文法性の体系の崩壊と関連して生じたものであり,指示体系の新たな原理の創出の反映であるとみている.初期近代英語における his に代わる its の発展や,関係代名詞 whichwho の先行詞選択の発達も,同じ新しい原理に依拠しているといえるだろう (cf. 「#198. its の起源」 ([2009-11-11-1]),「#1418. 17世紀中の its の受容」 ([2013-03-15-1])) .
 Poussa の議論を受け入れるとすれば,後期古英語からの音声変化によって文法性の体系が崩れ,中英語期に形態論と統語論を劇的に変化させることとなったが,さらに近代英語期以降に,その余波が意味論や語用論にも及んできたということになる.英語史の壮大なドラマを感じざるを得ない.

 ・ Poussa, Patricia. "Pragmatics of this and that." History of Englishes: New Methods and Interpretations in Historical Linguistics. Ed. Matti Rissanen, Ossi Ihalainen, Terttu Nevalainen, and Irma Taavitsainen. Berlin: Mouton de Gruyter, 1992. 401--17.
 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part 2. Vol. 1. 2nd ed. Heidelberg: C. Winter's Universitätsbuchhandlung, 1922.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2015-04-24 Fri

#2188. spinster, youngster などにみられる接尾辞 -ster [suffix][affixation][word_formation][oe][etymology][gender]

 古英語の -estre, -istre (< Gmc *-strjōn) は女性の行為者名詞を作る接尾辞 (agentive suffix) で,男性の行為者名詞を作る -ere に対立していた.西ゲルマン語群に散発的に見られる接尾辞で,MLG -(e)ster, (M)D and ModFrisian -ster が同根だが,HG, OS, OFrisian には文証されない.古英語からの語例としては hlēapestre (female dancer), hoppestre (female dancer), lǣrestre (female teacher), lybbestre (female poisoner, witch), miltestre (harlot), sangestre (songstress), sēamstre (seamstress, sempstress), webbestre (female weaver) などがある.この造語法にのっとり,中英語期にも spinnestre (spinster) などが作られている.しかし,中英語以降,まず北部方言で,さらに16世紀までには南部方言でも,女性に限らず一般的に行為者名詞を作る接尾辞として発達した.例えば,1300年以前に北部方言で書かれた Cursor Mundi では,demere ではなく demestre が性別に関係なく判事 (judge) の意味で用いられた.近代期には seamstersongster 単独では男女の区別がつかなくなり,区別をつけるべく新しく女性接尾辞 -ess を加えた seamstresssongstress が作られた.
 -ster は,単なる動作主名詞を作る -er に対して,軽蔑的な含意をもって職業や習性を表わす傾向がある (ex. fraudster, gamester, gangster, jokester, mobster, punster, rhymester, speedster, slickster, tapster, teamster, tipster, trickster) .この軽蔑的な響きは,ラテン語由来ではあるが形態的に類似した行為者名詞を作る接尾辞 -aster のネガティヴな含意からの影響が考えられる (cf. criticaster, poetaster) .-ster を形容詞に付加した例としては,oldster, youngster がある.職業名であるから固有名詞となったものもあり,上記 Webster のほか,Baxter (baker) などもみられる.
 ほかにも多くの -ster 語があるが,女性名詞を作るという古英語の伝統を今に伝えるのは,spinster のみとなってしまった.この語については,別の観点から「#1908. 女性を表わす語の意味の悪化 (1)」 ([2014-07-18-1]),「#1968. 語の意味の成分分析」 ([2014-09-16-1]) で触れたので,そちらも参照されたい.

Referrer (Inside): [2019-09-13-1] [2015-05-27-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2015-04-05 Sun

#2169. 日本語における「女性語」 (3) [gender_difference][gender][japanese][discourse_analysis][historical_pragmatics][sociolinguistics][linguistic_ideology]

 「#1905. 日本語における「女性語」」 ([2014-07-15-1]),「#1915. 日本語における「女性語」 (2)」 ([2014-07-25-1]) に引き続いての話題.先の2つの記事では,日本語の女ことばの起源と発展について,日本語史で伝統的に言われてきたことに基づいて記述した.しかし,中村はジェンダー論,歴史談話分析,歴史社会言語学の立場から,従来行われてきた女ことばの歴史記述に異議を唱え,女ことばは各時代に特有の言語イデオロギー(「#2163. 言語イデオロギー」 ([2015-03-30-1]))により形成されてきたと主張する.
 例えば,室町時代の女房詞を女ことばの起源とする伝統的な見解について,中村は疑念を表明している.「女性たちが使ってきた言葉づかいは多様なので,多様な言葉づかいが自然にひとつの「女ことば」を形成することは考えにくい」 (50) とあるように,女房詞は後世の女ことばの数多くあるルーツの候補の1つではあるが,それが単独かつ直接に女ことばへ発展していったわけではないという.そもそも,女房詞の属性には,女性に使用されるということだけでなく,宮中で使用されるという社会階級に関する側面も含まれている.むしろ,後者に力点を置けば,女房詞は女ことばというよりは階級方言と呼ぶほうがふさわしい.もともと階級方言に近かった言葉遣いのいくつかを,後に女性一般の規範的な言葉遣いのなかへ意図的に取り込むことによって,徐々に女ことばが形成されてきたと考えられる.
 中村は,時代ごとの女ことばの発展の背景にはいつも政治的・倫理的な側面があったと主張し,それに支えられ,それを支えている言語イデオロギーの正体を次々と暴いていく.明治期の標準語策定における女ことばの排除,言文一致運動と翻訳文学に駆動された女ことばの創出,女子教育の高まりとともに却って女ことばに付加されるようになったセクシュアリティの含蓄,戦中の礼賛されるべき美しき日本語の伝統としての女ことば,戦後の自然な女らしさを発露するものとして捉えられた女ことば,等々.
 中村の提起する数々の言語イデオロギーを要領よくまとめることができないので,中村自身の結論を引用したい (227--29) .

 本書では、女ことばという理念が、西洋やアジアとのグローバルな関係や、都市と地方、中流階級と労働者階級、近代と伝統、未来と過去などのさまざまに対立する社会過程の中で、「女らしさの規範」「西洋近代との親和性」「セクシュアリティ」「天皇制国家の伝統」「家父長制の家族制度」「日本文化の優位性」「日本語の伝統」などの意味づけを与えられることで形成されてきたことを見てきました。
 鎌倉時代から続く規範の言説によって女性の発言を支配する傾向が、江戸時代の女訓書に列挙された女房詞という具体的な語彙によって強化され、「つつしみ」や「品」となって現代のマナー本にも見られるような女らしさとの結びつきが強調されるようになったこと。
 明治の開国後、近代国家建設の過程で必要となった国語理念を、男性国民の言葉として純化させるために、そして、女子学生を西洋近代と日本を媒介する性的他者とするためにも、「てよ・だわ」など具体的な語と結びついた女学生ことばが広く普及したこと。
 戦中期には、アジアの植民地の人々に日本語を教えることで皇国臣民にする同化政策や家父長的な家族的国家観に基づいて女性も戦争に動員する総動員体制を背景に、女ことばが天皇制国家の伝統とされ、家父長制の象徴である「性別のある国語」が強調されたこと。
 戦後には、占領軍によって男女平等政策が推進され、天皇制や家父長制が否定される中で、女ことばを自然な女らしさの発露として再定義する言説が普及し、女ことばには、日本の伝統を象徴することが期待されるようになったこと。
 その過程で、「女の言葉」は、近代国語を純化させる否定項として、帝国日本語の伝統として、常に「日本語」や「日本」との関係で語られ続けてきました。日本語に「女ことばがある」と信じられているのは、いつの時代にも女の言語行為について語る言説が可能になり、意味を持ち、普及するような政治経済状況があったからです。この意味で、女ことばの歴史を知ることは、女だけにかかわる事象というよりも、日本語がなぜ今ある形をしているのかを理解する上で、欠くことのできない作業だと言えるのです。


 非常に手応えのある新書だった.

 ・ 中村 桃子 『女ことばと日本語』 岩波書店〈岩波新書〉,2012年.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2015-03-30 Mon

#2163. 言語イデオロギー [linguistic_ideology][sociolinguistics][gender][japanese][linguistic_imperialism][terminology]

 私たちは,個々の言語や変種について特別な思いをもっている.例えば,母語である日本語に対して伝統をもつ美しい言葉であると思っているかもしれないし,一方でその1変種である若者ことば堕落していると嘆くかもしれない.標準語は高い地位をもつ正式な言葉遣いだと認識しているかもしれないし,広く国際語として学ばれている英語は大きな力をもつ言語であると考えているかもしれない.これらの言葉に対する「特別の思い」は言語意識や言語観と呼ぶこともできるが,特定の集団に何らかの利害関係をもたらすような社会的な価値観を伴って用いられる場合には言語イデオロギーと呼んでおくのが適切である.
 『女ことばと日本語』を著した中村 (18--20) は,日本語における女ことばの位置づけについて考察する観点として,言語イデオロギーの概念を導入している.中村 (18) は 言語人類学者の Irvine を引用して,言語イデオロギーとは「言語関係について個々の文化が持っている理念の体系を指し,これらは倫理的・政治的価値をもっている」との定義を紹介している.(なお,Irvine の原文 (255) によると,". . . linguistic ideology---the cultural (or subcultural) system of ideas about social and linguistic relationships, together with their loading of moral and political interests" とあるので,定義の最初は「社会と言語の関係について」となるべきだろう.また,"interests" は「価値」よりも「利害関係」と理解しておくのが適当だろう.)
 この定義の要点は3つある.1つは,言語イデオロギーが言語の実践そのものではなく理念 (ideas) に関するものだということである.イデオロギーであるから,言語に関する考え方という抽象的なものである.例えば,母語や母方言を美しいと思うのは,その言語変種の実践ではなく,その言語変種に対して抱く理念である.
 2つ目に,言語イデオロギーとは,そのような諸理念の体系 (system) であるということだ.それぞれの理念が独立して集合されたものではなく,互いが互いに依存して成り立っている組織である,と.例えば,母方言に対する愛着は,標準語の無味乾燥という見方との対比に支えられているといえる.
 3つ目は,言語イデオロギーは倫理的・政治的な利害関係 (moral and political interests) を伴っているということだ.例えば,英語は国際的に優位な言語であるという肯定的なとらえ方,あるいは逆に帝国主義的な言語 (linguistic_imperialism) であるとの否定的なとらえ方は,英語を倫理的あるいは政治的な観点から評価している点で,イデオロギーである.「#1194. 中村敬の英語観と英語史」 ([2012-08-03-1]) で世界の4つの英語観を示したが,これらはいずれも倫理的・政治的な利害関係を伴う理念の体系であるから,4つの英語に対する言語イデオロギーと言い換えてよい.
 言語に対する美醜の観念,規範主義や純粋主義,言語の帝国主義批判,言語差別,言語権といった諸々の概念に共通するのは,その根底に何らかの形の言語イデオロギーが存在しているということである.

 ・ Irvine, Judith T. "When Talk Isn't Cheap: Language and Political Economy." American Ethnologist 16 (1989): 248--67.
 ・ 中村 桃子 『女ことばと日本語』 岩波書店〈岩波新書〉,2012年.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2014-11-22 Sat

#2035. 可算名詞は he,不可算名詞は it で受けるイングランド南西方言 [dialect][personal_pronoun][gender][countability]

 Trudgill (94--95) によると,イングランド南西部の伝統方言 (Traditional Dialects),具体的には「#1029. England の現代英語方言区分 (1)」 ([2012-02-20-1]) で示した Western Southwest, Northern Southwest, Eastern Southwest では,他の変種にはみられない独特な人称代名詞の用法がある.無生物を指示するのに標準変種では人称代名詞 it を用いるが,この方言ではその無生物を表わすのが可算名詞 (countable noun) であれば he を,不可算名詞 (uncountable noun or mass noun) であれば it を用いるのが規則となっている.可算・不可算という文法カテゴリーに基づいて人称代名詞を使い分けるという点では,一種の文法性 (grammatical gender) を構成しているとも考えられるかもしれない.
 例えば,この方言で "He's a good hammer." というとき,he はある男性を指すのではなく,あくまで可算名詞である無生物を指す(標準変種では it を用いるところ).また,loaf は可算名詞であるから,"Pass the loaf --- he's over there." のように he で受けられる.一方,bread は不可算名詞であるから,"I likes this bread --- it's very tasty." のように it を用いる.次の Dorset 方言詩において,he は直前の可算名詞 dress を指す (Trudgill 95 より再掲) .

Zo I 'ad me 'air done, Lor' what a game!
I thought me 'ead were on vire.
But 'twas worth it, mind, I looked quite zmart ---
I even got a glance vrom the Squire.

I got out me best dress, but he were tight,
Zo I bought meself a corset.
Lor', I never thought I'd breathe agin,
But I looked zo zlim 'twas worth it.


 可算名詞と不可算名詞の区別は標準変種でも認められる文法カテゴリーだが,そこでは冠詞の選択(不定冠詞が付きうるか),形態的な制約(複数形の語尾が付きうるか),共起制限(数量の大きさを表わすのに manymuch か)などにおいて具現化していた.南西部方言で特異なのは,同じ文法カテゴリーがそれに加えて人称代名詞の選択にも関与するという点においてである.この方言では,同カテゴリーの文法への埋め込みの度合いが他の変種よりもいっそう強いということになる.

 ・ Trudgill, Peter. The Dialects of England. 2nd ed. Oxford: Blackwell, 2000.

Referrer (Inside): [2022-01-18-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2014-08-03 Sun

#1924. フランス語は中英語の文法性消失に関与したか (2) [gender][french][old_norse][contact][bilingualism]

 「#1884. フランス語は中英語の文法性消失に関与したか」 ([2014-06-24-1]) で,「当時のイングランドにおける英語と Norman French との2言語使用状況が2つの異なる文法性体系を衝突させ,これが一因となって英語の文法性体系が崩壊することになった」とする説を批判的に紹介した.しかし,その後 Miller (234--35) に上記と少し似た議論をみつけた.Miller 自身も憶測 (speculation) としているが,他の論文においても積極的に論じているようだ.

It is reasonable to speculate that gender was strained by scandinavianization but not abandoned, especially since Danish only reduced masculine and feminine later and in Copenhagen under a different contact situation . . . . Miller . . . suggests that the final loss of gender would most naturally have occurred in the East Midlands, a BUFFER ZONE between French to the south and the Danish-English amalgam to the north, the reason being that the gender systems were completely incongruent. In French, for instance, soleil 'sun' was masculine and lune 'moon' feminine, in stark contrast to Scandinavian where ON sól 'sun' was feminine and máni 'moon' masculine. Like other buffer zones that give up the conflicting category, the East Midlands had little recourse other than to scrap gender.


 厳密にいえば,前の記事の説は英語と Norman French の2者の言語接触に関するものであるのに対し,Miller の説は英語と Norman French と Old Norse の3者の言語接触に関するものなので,2つを区別する必要はあるだろう.Miller の仮説を検証するためには,性の消失が最初に "the East Midlands, a BUFFER ZONE" で本格的に始まったことを示す必要がある.また,前の記事でも反論ポイントとして指摘したが,この "BUFFER ZONE" において,どの程度の社会的・個人的な bilingualism あるいは trilingualism が行われていたのかが焦点となる.
 だが,いずれにせよ中部以北ではフランス語の関与が認められ得る時代以前にすでに性の消失が進んでいたわけだから,提案されている言語接触は,すでに進行していた性の消失を促したということであり,それを引き起こした原動力だったわけではないことは注意すべきである.この点を押えておきさえすれば,Miller の憶測も一概に否定し去るべきものではないように思われる.

 ・ Miller, D. Gary. External Influences on English: From its Beginnings to the Renaissance. Oxford: OUP, 2012.

Referrer (Inside): [2015-10-08-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2014-08-01 Fri

#1922. singular they を取り締まる規範文法 (3) [singular_they][prescriptive_grammar][gender][number][personal_pronoun][language_myth]

 一昨日 ([2014-07-30-1]) ,昨日 ([2014-07-31-1]) と続いての話題.口語において中英語期より普通に用いられてきた不定一般人称に対する singular they は,18世紀の規範文法の隆盛に従って,公に非難されるようになった.しかし,すでに早く16世紀より,性を問わない he の用法を妥当とする考え方は芽生えていた.Bodine (134) によると,T. Wilson は1553年の Arte of rhetorique で男性形を優勢とする見解を明示している.

Some will set the Carte before the horse, as thus. My mother and my father are both at home, even as thoughe the good man of the house ware no breaches, or that the graye Mare were the better Horse. And what thoughe it often so happeneth (God wotte the more pitte) yet in speaking at the leaste, let us kepe a natural order, and set the man before the woman for maners Sake. (1560 ed.: 189)


 同様に,Bodine (134) によると,7世紀には J. Pool が English accidence (1646: 21) で同様の見解を示している.

The Relative agrees with the Antecedent in gender, number, and person. . . The Relative shall agree in gender with the Antecedent of the more worthy gender: as, the King and the Queen whom I honor. The Masculine gender is more worthy than the Feminine.


 しかし,Bodine (135) は,不定一般人称の he の本格的な擁護の事例として最初期のものは Kirby の A new English grammar (1746) であると見ている.Kirby は88の統語規則を規範として掲げたが,その Rule 21 が問題の箇所である.

The masculine Person answers to the general Name, which comprehends both Male and Female; as Any Person, who knows what he says. (117)


 以降,この見解は広く喧伝されることになる.L. Murray の English grammar (1795) をはじめとする後の規範文法家たちはこぞって he を支持し,they をこき下ろしてきた.その潮流の絶頂が,Act of Parliament (1850) だろう.これは,he or shehe で置き換えるべしとした法的な言及である.
 さて,Kirby の Rule 21 に続く Rule 22 は,性ではなく数の問題を扱っているが,今回の議論とも関わってくるので紹介しておく.これは一般不定人称において単数と複数はお互いに交換することができるというルールであり,例えば "The Life of Man" と "The Lives of Men" は同値であるとするものだ.しかし,Bodine (136) は,Kirby の Rule 21, 22 や Act of Parliament には議論上の欠陥があると指摘する.

Thus, the 1850 Act of Parliament and Kirby's Rules 21-2 manifest their underlying androcentric values and world-view in two ways. First, linguistically analogous phenomena (number and gender) are handled very differently (singular or plural as generic vs. masculine only as generic). Second, the precept just being established is itself violated in not allowing singular 'they', since if the plural 'shall be deemed and taken' to include the singular, then surely 'they' includes 'she' and 'he' and 'she or he'.


 これは,昨日の記事 ([2014-07-31-1]) で取り上げた議論にも通じる.不定一般人称の he の用法とは,近代という時代によって作られ,守られてきた一種の神話であるといってもよいかもしれない.

 ・ Bodine, Ann. "Androcentrism in Prescriptive Grammar: Singular 'they', Sex-Indefinite 'he,' and 'he or she'." Language in Society 4 (1975): 129--46.

Referrer (Inside): [2017-11-27-1] [2016-01-16-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2014-07-31 Thu

#1921. singular they を取り締まる規範文法 (2) [singular_they][prescriptive_grammar][gender][number][personal_pronoun][political_correctness][t/v_distinction]

 昨日の記事「#1920. singular they を取り締まる規範文法 (1)」 ([2014-07-30-1]) に引き続いての話題.singular they を巡る議論は様々あるが,実際にはこれは文法的な問題である以上に性に関する社会的な問題であると考える理由がある.このことを理解するためには,英語で不定一般人称を既存の人称代名詞で表現しようとする際に,性と数に関わる問題が生じざるを得ないことを了解しておく必要がある.
 「#275. 現代英語の三人称単数共性代名詞」 ([2010-01-27-1]) や「#1054. singular they」 ([2012-03-16-1]) でもいくつか例文を示したが,"If anyone is interested in this blog, (   ) can always contact me." のような文において,if 節の主語 anyone を照応する人称代名詞を括弧の箇所に補おうとすると,英語では既存の人称代名詞として he, she, he or she, they のいずれかが候補となる.しかし,いずれも性あるいは数の一致に関する問題が生じ,完璧な解決策はない.単数人称代名詞 he あるいは she にすると,単数 anyone との照応にはふさわしいが,不定であるはずの性に,男性あるいは女性のいずれかを割り当ててしまうことになり,性の問題が残る.he or she (あるいは s/he などの類似表現)は性と数の両方の問題を解決できるが,不自然でぎこちない表現とならざるをえない.一方,they は男性か女性かを明示しない点で有利だが,一方で数の不一致という問題が残る.つまり,heshe は性の問題を残し,he or she は表現としてのぎこちなさの問題を残し,they は数の問題を残す.
 だが,性か数のいずれかを尊重すれば他方が犠牲にならざるを得ない状況下で,どちらの選択肢を採用するかという問題が生じる.はたして,どちらの解決策も同じ程度に妥当と考えられるだろうか.一見すると両解決策の質は同じように見えるが,実は重要な差異がある.数は社会性を帯びていないが,性は社会性を帯びているということだ (cf. social gender) .単数と複数の区別は原則として指示対象のモノ関する属性であり,自然で論理的な区別である.単数を複数で置き換えようが,複数を単数で置き換えようが,特に社会的な影響はない(数の犠牲ということでいえば,元来の thou の領域に ye/you が侵入してきた T/V distinction の事例も参照されたい).ところが,性は原則として指示対象のヒトの属性であり,男性を女性で代表させたり,女性を男性で代表させたりすることには,社会的な不均衡や不平等が含意される.Bodine (133) のいうように,"the two [number and sex] . . . are not socially analogous, since number lacks social significance" である.
 不定一般人称を he で代表させるということは,(1) 社会性を含意しない数よりも社会性を含意する性を標示することをあえて選び,(2) その際に女性形でなく男性形をあえて選ぶ,という2つの意図的な選択の結果としてしかありえない.18世紀以来の規範文法家は,この2つの「あえて」を冒し,he の使用を公然と推挙してきたのである.逆に,口語において歴史上普通に行われていた不定一般人称を they で代表させるやり方は,(1) 社会性を含意しない数の厳密な区別を犠牲にし,(1) 社会性を含意する性を標示しないことを選んだ結果である.どちらの解決法が社会的により無難であるかは明らかだろう.
 he or she がぎこちないという問題については,確かにぎこちないかもしれないが,対応する数の範疇についても同じくらいぎこちない表現として one or moreperson or persons などがあり,これらは普通に使用されている.したがって,he or she だけを取りあげて「ぎこちない」と評するのは妥当ではない.
 英語話者は,民衆の知恵として,より無難な解決法 (= singular they) を選択してきた.一方,規範文法家は,あまりに人工的,意図的,不自然なやり方 (he) に訴えてきたのである.

 ・ Bodine, Ann. "Androcentrism in Prescriptive Grammar: Singular 'they', Sex-Indefinite 'he,' and 'he or she'." Language in Society 4 (1975): 129--46.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2014-07-30 Wed

#1920. singular they を取り締まる規範文法 (1) [singular_they][prescriptive_grammar][gender][number][personal_pronoun][paradigm]

 伝統的に規範文法によって忌避されてきた singular they が,近年,市民権を得てきたことについて,「#275. 現代英語の三人称単数共性代名詞」 ([2010-01-27-1]),「#1054. singular they」 ([2012-03-16-1]),またその他 singular_they の記事で触れてきた.英語史的には,singular they の使用は近代以前から確認されており,18世紀の規範文法家によって非難されたものの,その影響の及ばない非標準的な変種や口語においては,現在に至るまで連綿と使用され続けてきた.要するに,非規範的な変種に関する限り,singular they を巡る状況は,この500年以上の間,何も変わっていないのである.この変化のない平穏な歴史の最後の200年ほどに,singular they を取り締まる規範文法が現われたが,ここ数十年の間にその介入の勢いがようやく弱まってきた,という歴史である.Bodine (131) 曰く,

. . . despite almost two centuries of vigorous attempts to analyze and regulate it out of existence, singular 'they' is alive and well. Its survival is all the more remarkable considering that the weight of virtually the entire educational and publishing establishment has been behind the attempt to eradicate it.


 18世紀以降に話を絞ると,性を問わない単数の一般人称を既存のどの人称代名詞で表わすかという問題を巡って,(1) 新興の規範文法パラダイム (Prescriptive Paradigm) と,(2) 従来の非規範文法パラダイム (Non-Prescriptive Paradigm) とが対立してきた.Bodine (132) が,それぞれの人称代名詞のパラダイムを示しているので,再現しよう.

Singular 'They' in Prescriptive and Non-Prescriptive Paradigms

 Non-Prescriptive Paradigm における YOU や WE の拡張は別の話題なのでおいておくとし,THEY が SHE, HE の領域に食い込んでいる部分が singular they の用法に相当する.比較すると,Prescriptive Paradigm の人工的な整然さがよくわかるだろう.後者のもつ問題点について,明日の記事で話題にする.

 ・ Bodine, Ann. "Androcentrism in Prescriptive Grammar: Singular 'they', Sex-Indefinite 'he,' and 'he or she'." Language in Society 4 (1975): 129--46.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2014-07-25 Fri

#1915. 日本語における「女性語」 (2) [gender_difference][gender][japanese]

 「#1905. 日本語における「女性語」」 ([2014-07-15-1]) について補足する.
 日本語の性差を歴史的に考えるとき,まず思い浮かぶのは,男手(漢詩文)と女手(仮名文学)の文学伝統である.性差が,書き言葉というメディアにおける字種の対立として現われているのは興味深い.字種の違いは語彙にも反映され,その後の日本語史において,男性が漢語使用と,女性が和語使用と結びつけられる傾向を生み出した.
 語彙に関して顕著な傾向は,先の記事でも触れたように,中世後期の女房詞の発達である.宮中の女性のあいだに,食物や生理現象などに対する婉曲語法として,「もじ」を添える文字詞や,接頭辞「お」を付す語形が発達した.前者は,髪を「かもじ」,鯉を「こもじ」,そなたを「そもじ」,鮒を「ふもじ」,杓子を「しゃもじ」,はずかしいを「はもじ」,ひだるい(空腹の)を「ひもじ」,お目にかかるを「お目文字」,湯具を「ゆもじ」という類いである.後者は,「おあし」「おいしい」「おいど」「おかか」「おかき」「おかず」「おから」「おぐし」「おこわ」「お湿り」「おじや」「おつくり」「おつむ」「おでん」「おなか」「おぬる」「おはぎ」「お歯黒」「お鉢」「お冷や」「おひろい」「おみおつけ」の類いである.これらが近世には公家の女性へ,さらに武家や町人の女性へと階級の階段を下りてゆき,現代の女性語として引き継がれている(加藤ほか, p. 207).苗村丈伯が元禄5年 (1692)に著した女性のための作法書 『女重宝記』によれば,「女のことばは,かた言まじりにやはらかなるこそよけれ,〔中略〕よろづの詞におともじとをつけてやはらかなるべし」(佐藤,p. 181)とあり,この頃から女性語が意識されていたことがわかる.
 近世初期からは,別の系統の女性語として遊里語も発達し始めた.京都の島原から大阪新町を経て江戸吉原でも用いられ,吉原のものは江戸中期の宝暦明和に確立したともいわれる.「廓詞」「里なまり」「ありんす言葉」などとも呼ばれる.対称代名詞の「ぬし」「おまはん」,自称代名詞の「わちき」「わっち」,動詞の「ありんす」「おす」「ごぜいんす」,助動詞の「なます」など,特徴的な表現が用いられた(佐藤,p. 182) .撥音が多いので,「傾城は はねられるだけ はねるなり」という川柳が残っている.現在の「ござんす」「ざます」「ざんす」「おます」に痕跡を残している.
 現代日本語で明確な男性語と女性語の区別を保っている言語項は,それほど多くない.「#1905. 日本語における「女性語」」 ([2014-07-15-1]) でもいくつか触れたが,それに補足しながら,性差の目立つ事項を列挙しよう(加藤ほか,pp. 208--09).

 (1) 終助詞における「やるぞ」の「ぞ」や「出かけるぜ」の「ぜ」が男性用,「すてきだわ」の「わ」や「いいのよ」の「のよ」が女性用
 (2) くだけた会話での「おれ」「ぼく」「おまえ」が男性用,「あたし」が女性用
 (3) 男性は,感動詞の使用頻度が高く,種類も多い
 (4) 男性は,あらたまった場面での漢語の使用頻度が高く,くだけた場面での俗語の使用頻度が高い
 (5) 男性は,発話中で倒置構文が多い
 (6) 女性は,問いかけで上昇調を用いることが多い
 (7) 女性は,「お台所」「お勤め」といった美化語,「すてき」などの主観的な評価の形容詞の使用が多い
 (8) 女性は,紋切り型の挨拶や相づちが多い
 (9) 女性は,文末を言い切らない形で終わる例が多い
 (10) 女性は,「わたし,くやしくてくやしくて」といった反復が多い
 (11) 女性は,要求表現でぼかしや言いわけをまぜながら柔らかい形でもちかける
 (12) 女性は,書き言葉において,形容詞,「とても」のような強意副詞,比喩表現,余韻をもたせる表現を多く用いる
 (13) 男性は「行きますか」「来ますか」「居ますか」などと対者敬語を用いる場面で,女性は「いらっしゃる?」と素材敬語を用いることが多い

 比較対照のために,現代英語の性差について,「#476. That's gorgeous!」 ([2010-08-16-1]) ,「#913. BNC による語彙の男女差の調査」 ([2011-10-27-1]) ,「#915. 会話における言語使用の男女差」 ([2011-10-29-1]) も参照されたい.

 ・ 加藤 彰彦,佐治 圭三,森田 良行 編 『日本語概説』 おうふう,1989年.
 ・ 佐藤 武義 編著 『概説 日本語の歴史』 朝倉書店,1995年.

Referrer (Inside): [2015-04-05-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2014-07-22 Tue

#1912. 船や国名を受ける代名詞 she (4) [gender][personal_pronoun][personification][tag_question]

 標題について,「#852. 船や国名を受ける代名詞 she (1)」 ([2011-08-27-1]),「#853. 船や国名を受ける代名詞 she (2)」 ([2011-08-28-1]),「#854. 船や国名を受ける代名詞 she (3)」 ([2011-08-29-1]),「#1028. なぜ国名が女性とみなされてきたのか」 ([2012-02-19-1]),「#1517. 擬人性」 ([2013-06-22-1]) などで話題にしてきた.特に[2011-08-29-1]の記事では,この100年ほどの国名を受ける she の用法の衰退をみたが,関連して,使用が激減していた20世紀後半の一断面を共時的に調査した研究論文を読んでみた.
 Marcoux は,1970年代前半になされたと思われる Texas の大学生(英語母語話者)を被験者とする実験で,国名,船,動物,人間を指示する語を主語として含む文を示し,それに対する付加疑問を即興的に加えさせるという課題を設定した.付加疑問には代名詞が現われるはずなので,その代名詞が heshe かにより,被験者が日常的にいずれの性をその名詞に付与しているかが判明する,というわけだ.例えば,次のような文を与えた.

 (1a) America will always defend her overseas interests, (   ) (   ) ?
 (1b) America supports the United Nations, (   ) (   ) ?
 (2a) The Queen Mary has made her last voyage, (   ) (   ) ?
 (2b) The Queen Mary has been scrapped, (   ) (   ) ?

 (1a), (1b) は国名,(2a), (2b) は船に対して伝統的な she での照応がどのくらい現われるのかを調査する目的で設定されており,(1a), (2a) は文中の所有格 her の存在が she の選択にどの程度の影響を及ぼしているかを調査する目的で設定されている.
 では,調査結果を示そう.まず国名について.(1a) のタイプの課題では約2/3の被験者が付加疑問で she を用いたが,(1b) のタイプで she を用いたのは半分以下だった.she でない場合には,it が最も多く,they, we などが続いた.
 次に,船について.(2a) のタイプの課題では約3/4の被験者が付加疑問で she を用いたが,(2b) のタイプで she を用いたのは,被験者の1/3--1/2ほどにすぎなかった.she 以外には,原則として it が用いられた.
 調査結果から分かることは,この実験の被験者にとって,国名と船を受ける代名詞の選択は,規範的・伝統的な she と革新的・自然的な it との間で揺れているということだ.だが,とりわけ国名に対して it の用法が優勢となってきているようだ.一方,国名でも船でも,文中に所有代名詞 her などが現われていると付加疑問での she の生起率も高くなることから,形式的な性の一致が,規範的・伝統的な「女性受け」を保持するのに一役買っていることも明らかになった.
 Marcoux の論文から40年近く経った現在では,自然性による it の照応がいっそう拡大していると想像されるが,she が完全に過去のものとなったとは言い切れない.いまだに揺れが見られるとすれば,その背景にはどのような要因があるのだろうか.40年前と現在とでは,要因の種類とそれぞれの効き目は変わってきているのだろうか.この用法の she は風前の灯火かもしれないが,消えてゆくにしてもどのように消えて行くのかという問題には,関心を寄せている.

 ・ Marcoux, Dell. "Deviation in English Gender." American Speech 48 (1973): 98--107.

Referrer (Inside): [2019-04-22-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow