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gender - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2022-05-26 13:57

2014-07-19 Sat

#1909. 女性を表わす語の意味の悪化 (2) [semantic_change][gender][lexicology][semantics][euphemism][taboo][sapir-whorf_hypothesis]

 昨日の記事「#1908. 女性を表わす語の意味の悪化 (1)」 ([2014-07-18-1]) で,英語史を通じて見られる semantic pejoration の一大語群を見た.英語史的には,女性を表わす語の意味の悪化は明らかな傾向であり,その背後には何らかの動機づけがあると考えられる.では,どのような動機づけがあるのだろうか.
 1つは,とりわけ「売春婦」を指示する婉曲的な語句 (euphemism) の需要が常に存在したという事情がある.売春婦を意味する語は一種の taboo であり,間接的にやんわりとその指示対象を指示することのできる別の語を常に要求する.ある語に一度ネガティヴな含意がまとわりついてしまうと,それを取り払うのは難しいため,話者は手垢のついていない別の語を用いて指示することを選ぶのである.その方法は,「#469. euphemism の作り方」 ([2010-08-09-1]) でみたように様々あるが,既存の語を取り上げて,その意味を転換(下落)させてしまうというのが簡便なやり方の1つである.日本語の「風俗」「夜鷹」もこの類いである.関連して,女性の下着を表わす語の euphemism について「#908. bra, panties, nightie」 ([2011-10-22-1]) を参照されたい.
 しかし,Schulz の主張によれば,最大の動機づけは,男性による女性への偏見,要するに女性蔑視の観念であるという.では,なぜ男性が女性を蔑視するかというと,それは男性が女性を恐れているからだという.恐怖の対象である女性の価値を社会的に(そして言語的にも)下げることによって,男性は恐怖から逃れようとしているのだ,と.さらに,なぜ男性は女性を恐れているのかといえば,根源は男性の "fear of sexual inadequacy" にある,と続く.Schulz (89) は複数の論者に依拠しながら,次のように述べる.

A woman knows the truth about his potency; he cannot lie to her. Yet her own performance remains a secret, a mystery to him. Thus, man's fear of woman is basically sexual, which is perhaps the reason why so many of the derogatory terms for women take on sexual connotations.


 うーむ,これは恐ろしい.純粋に歴史言語学的な関心からこの意味変化の話題を取り上げたのだが,こんな議論になってくるとは.最初に予想していたよりもずっと学際的なトピックになり得るらしい.認識の言語への反映という観点からは,サピア=ウォーフの仮説 (sapir-whorf_hypothesis) にも関わってきそうだ.

 ・ Schulz, Muriel. "The Semantic Derogation of Woman." Language and Sex: Difference and Dominance. Ed. Barrie Thorne and Nancy Henley. Rowley, MA: Newbury House, 1975. 64--75.

Referrer (Inside): [2014-12-17-1]

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2014-07-18 Fri

#1908. 女性を表わす語の意味の悪化 (1) [semantic_change][gender][lexicology][semantics]

 「#473. 意味変化の典型的なパターン」 ([2010-08-13-1]) の (3) で示した意味の悪化 (pejoration) は,英語史において例が多い.良い意味,あるいは少なくとも中立的な意味だった語にネガティヴな価値が付される現象である.これまでの記事としては,「#505. silly の意味変化」 ([2010-09-14-1]),「#683. semantic prosody と性悪説」 ([2011-03-11-1] ),「#742. amusing, awful, and artificial」 ([2011-05-09-1]) などで具体例を見てきた.
 しかし,英語史における意味の悪化の例としてとりわけよく知られているのは,女性を表わす語彙だろう.英語史を通じて,「女性」を意味する語群は,軒並み侮蔑的な含蓄的意味 (connotation) を獲得していく傾向を示す.「女性」→「性的にだらしない女性」→「娼婦」というのが典型的なパターンである.この話題を正面から扱った Schulz の論文 "The Semantic Derogation of Woman" によると,「女性を表わす語の堕落」がいかに一般的な現象であるかが,これでもかと言わんばかりに示される.3箇所から引用しよう.

Again and again in the history of the language, one finds that a perfectly innocent term designating a girl or woman may begin with totally neutral or even positive connotations, but that gradually it acquires negative implications, at first perhaps only slightly disparaging, but after a period of time becoming abusive and ending as a sexual slur. (82--83)

. . . virtually every originally neutral word for women has at some point in its existence acquired debased connotations or obscene reference, or both. (83)

I have located roughly a thousand words and phrases describing women in sexually derogatory ways. There is nothing approaching this multitude for describing men. Farmer and Henley (1965), for example, have over five hundred terms (in English alone) which are synonyms for prostitute. They have only sixty-five synonyms for whoremonger. (89)


 Schulz の論文内には,数多くの例が列挙されている.論文内に現われる99語をアルファベット順に並べてみた.すべてが「性的に堕落した女」「娼婦」にまで意味が悪化したわけではないが,英語史のなかで少なくともある時期に侮蔑的な含意をもって女性を指示し得た単語群である.

abbess, academician, aunt, bag, bat, bawd, beldam, biddy, Biddy, bitch, broad, broadtail, carrion, cat, cleaver, cocktail, courtesan, cousin, cow, crone, dame, daughter, doll, Dolly, dolly, dowager, drab, drap, female, flagger, floozie, frump, game, Gill, girl, governess, guttersnipe, hack, hackney, hag, harlot, harridan, heifer, hussy, jade, jay, Jill, Jude, Jug, Kitty, kitty, lady, laundress, Madam, minx, Miss, Mistress, moonlighter, Mopsy, mother, mutton, natural, needlewoman, niece, nun, nymph, nymphet, omnibus, peach, pig, pinchprick, pirate, plover, Polly, princess, professional, Pug, quean, sister, slattern, slut, sow, spinster, squaw, sweetheart, tail trader, Tart, tickletail, tit, tramp, trollop, trot, twofer, underwear, warhorse, wench, whore, wife, witch


 重要なのは,これらに対応する男性を表わす語群は必ずしも意味の悪化を被っていないことだ.spinster (独身女性)に対する bachelor (独身男性),witch (魔女)に対する warlock (男の魔法使い)はネガティヴな含意はないし,どちらかというとポジティヴな評価を付されている.老女性を表わす trot, heifer などは侮蔑的だが,老男性を表わす geezer, codger は少々侮蔑的だとしてもその度合いは小さい.queen (女王)は quean (あばずれ女)と通じ,Byron は "the Queen of queans" などと言葉遊びをしているが,対する king (王)には侮蔑の含意はない.princessprince も同様に対照的だ.mother, sister, aunt, niece の意味は堕落したことがあったが,対応する father, brother, uncle, nephew にはその気味はない.男性の職業・役割を表わす footman, yeoman, squire は意味の下落を免れるが,abbess, hussy, needlewoman など女性の職業・役割の多くは professional その語が示しているように,容易に「夜の職業」へと転化してゆく.若い男性を表わす語は boy, youth, stripling, lad, fellow, puppy, whelp など中立的だが,doll, girl, nymph は侮蔑的となる.
 女性を表わす固有名詞も,しばしば意味の悪化の対象となる.また,男性と女性の両者を指示することができる dog, pig, pirate などの語でも,女性を指示する場合には,ネガティヴな意味が付されるものも少なくない.いやはや,随分と類義語を生み出してきたものである.

 ・ Schulz, Muriel. "The Semantic Derogation of Woman." Language and Sex: Difference and Dominance. Ed. Barrie Thorne and Nancy Henley. Rowley, MA: Newbury House, 1975. 64--75.

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2014-07-15 Tue

#1905. 日本語における「女性語」 [gender_difference][gender][japanese]

 「#1887. 言語における性を考える際の4つの視点」 ([2014-06-27-1]) でみたように,性差の言語上への現われには様々なタイプがあり,多くの言語で語彙,文法,語法にみられるほか,最近の記事で取り上げたものとしては「#1900. 男女差の音韻論」 ([2014-07-10-1]) もある.現代英語において明確な性差を指摘することはそれほど簡単ではないが,それでも「#476. That's gorgeous!」 ([2010-08-16-1]) ,「#913. BNC による語彙の男女差の調査」 ([2011-10-27-1]) ,「#915. 会話における言語使用の男女差」 ([2011-10-29-1]) の記事や多くの研究で明らかとされているように,一般に信じられている以上に英語にも性差が反映されている.一方,現代日本語,少なくとも伝統的な変種では,男言葉(男性語)と女言葉(女性語)が明確に区別されるといわれる.日本語のように男女差が比較的明確な言葉は gender-exclusive speech,英語のように区別がそれほど明確ではないが,男女の使い分けの傾向はあるという言葉は gender-preferential speech と呼ばれている(東,p. 84).
 しかし,日本語が gender-exclusive であり女言葉が男言葉から区別されるとはいっても,その現れ方は限定的である.例えば,典型的な女言葉の特徴としては,特有の終助詞・人称詞・間投詞の使用,命令形の不使用,平叙文の文末における終助詞「の」の使用(「わたし,ケーキ大好きなの」),主語・主題を表わす助詞「は」「が」の省略傾向などにおよそ限られている.しかも,近年,これらの伝統的な女言葉の使用は減少しており,伝統的な男言葉が女性話者に用いられる傾向とも相まって,日本語のユニセックス化が進んできているといわれる.近い将来,日本語を gender-exclusive speech と呼び続けるのは不適切な状況になってくるのかもしれない.だが,そもそも日本語の女言葉は歴史上いかにして生まれてきたのだろうか.
 室町時代に,宮中の女官の間で「女房詞」と呼ばれる言葉遣いが現われた.もともとは性による方言というよりは,階級による方言として生じたものだった.この言葉遣いは,宮中の女性から公家の女性へと広がり,「女中ことば」と称されるようになる.さらに江戸時代には武家屋敷や富裕町人の娘へと拡がっていった.一方,江戸末期の遊郭の女性の用いる言葉使い(遊里語)が発達し,これら複数の水脈があいまって,明治の「婦人語」の母体を作った.婦人語は,良妻賢母を是とする明治の女子教育において,丁寧な響きをもつものとして推進された.もともとはエリート階層の女学生の言葉遣いだったが,後に一般に広まり,現代の「女性語」として確立していった.
 日本語が外国語としても学ばれるようになっている現在,「女性語」を推進し,男女差をことさらに際ただせることが果たして必要なのかどうかという議論が持ち上がってきている.一方で,柔らかい婉曲的な「女性語」を積極的に用いることによって自らの品位を示すことができるとして,これを肯定的に評価する向きもあるだろう.「女性語」の価値観は時代によっても変わる.現在の実情に合わせて「女性語」とは何かを解釈していくことが必要だろう.『日本語学研究事典』の「女性語」の項 (532--33) を参照されたい.

 ・ 東 照二 『社会言語学入門 改訂版』,研究社,2009年.
 ・ 『日本語学研究事典』 飛田 良文ほか 編,明治書院,2007年.

Referrer (Inside): [2015-04-05-1] [2014-07-25-1]

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2014-07-10 Thu

#1900. 男女差の音韻論 [gender_difference][gender][phonology][phonetics][sociolinguistics][palatalisation]

 言語上の性差 (gender) が語彙や文法に反映されることは広く知られているが,音韻論に反映される例は身近な言語には見られない.同じ音声でも韻律 (prosody) まで含めて考えれば,例えば日本語のイントネーションなどにおいて男女差がありそうに思われるが,音韻論についてはどうだろうか.
 Trudgill (64, 67) は,世界の言語から,音韻論にみられる男女差の例をいくつか挙げている.米国北東部で話される先住民の言語 Gros Ventre (グロヴァントル)では,男性話者の口蓋化した歯閉鎖音系列が,女性話者の口蓋化した軟口蓋閉鎖音系列に対応するという.例えば,パンを表わすのに男性は /djatsa/ と発音し,女性は /kjatsa/ と発音する.
 北東アジアで話される Yukaghir では,男性話者の /tj/, /dj/ は女性話者の /ts/, /dz/ にそれぞれ対応する.しかし,この分布は単に性差を反映しているだけでなく,年齢というパラメータにも対応している.子供は性別にかかわらず /ts/, /dz/ を用いるが,男性は成長すると /tj/, /dj/ へ切り替える.また,年配になると男女を問わず,口蓋化した /cj/, /jj/ を用いるようになる.したがって,一生の中で男性は2回,女性は1回,口蓋化 (palatalisation) の方向へ音韻論の切り替えを経験することになる.これは,「#1890. 歳とともに言葉遣いは変わる」 ([2014-06-30-1]) でみた age_grading の1例である.
 米国 Louisiana 州で話される先住民の言語 Koasati について1930年代に行われた調査によれば,すでに消えかけていた現象ではあるが,一部の動詞の形態に,以下のような男女差が見られたという.

 malefelame
'He is saying'/kɑːs//kɑ̃/
'Don't lift it'/lɑkɑučiːs//lɑkɑučin/
'He is peeling it'/mols//mol/
'You are building a fire'/oːsc//oːst/


 厳密には形態論上の男女差というべきかもしれないが,歴史的にはほぼ間違いなく音韻論上の対立だったろう.この種の男女差は,上述の Gros Ventre ほか,Yana や Sioux などの先住民の言語や,Baffin Island の Inuit にも見られる.
 最後に,Darkhat Mongolian の例を挙げよう (Trudgill 68--69) .以下の図に示したように,男性の用いる水色で表わされる4つの母音が,女性ではそれぞれ一段階前寄りとなり,赤で表わされる4つの母音に対応する.2つの中舌母音は男女ともに用いるものの,音韻体系上の位置づけは男女間で異なるという興味深い現象が見られる.

Gender Difference in Vowels in Darkhat Mongolian

 以上,言語上の性差が,語彙や文法に限らず音韻においてもみられる例を挙げた.

 ・ Trudgill, Peter. Sociolinguistics: An Introduction to Language and Society. 4th ed. London: Penguin, 2000.

Referrer (Inside): [2014-07-15-1]

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2014-07-01 Tue

#1891. 英語の性を自然性と呼ぶことについて (2) [gender][sociolinguistics][personification][terminology][sapir-whorf_hypothesis]

 「#1888. 英語の性を自然性と呼ぶことについて」 ([2014-06-28-1]) に引き続き,自然性 (grammatical gender) という用語について.その記事で参照した Curzan によれば,英語史上で初期中英語期に起こった性の変化は「文法性から自然性へ」の変化としばしば言及されるが,この自然性 (natural gender) という用語はあまりにナイーヴではないかという.自然性とは,素直に解釈すれば,語の指示対象の生物学的な性ということになるが,実際には中英語,近代英語,現代英語を通じて,語には社会的な性 (social gender) が暗に付与され,その含意をもって用いられてきた.その意味で,文法性により置き換えられた英語の性は,自然性などではなく,社会的な性が読み込まれた語彙・意味上の性であると論じることができるかもしれない.
 Curzan (574) は,この議論を踏まえた上で,英語の性をあえて "natural gender" と呼び続けることは可能だと指摘している.

Nevalainen--Raumolin-Brunberg . . . refer to the English gender system as notional gender in an attempt to move away from the misconceptions bound up with the description natural gender. But it is possible to retain the description natural gender with the understanding that its definition rests not purely on biological sex but instead on social concepts of sex and gender, and the flexibility in reference that this system allows speakers is natural and highly patterned.


 Curzan のこの呼び続けの提案には一種の皮肉も混じっているのではないかと穿ってみるが,いずれにせよこれは言語における性の起源について考えさせてくれる意見ではある.社会には男性・女性の各性に関する期待や偏見が存在している.これは,社会の人間観や世界観の現れの一部としての gender 観としてとらえることができる.この gender 観が,強く言語的に反映され固定化するに至ると,それは語彙・意味,統語,形態などの諸部門に及ぶ広範な文法性の体系として確立する.文法性の体系が言語内にいったん確立すると,たとえ後世の社会でそれを生み出した母体である gender 観が薄まったとしても,惰性により末永く生き続けるかもしれない.
 英語では,主として形態論の再編というきわめて形式的な契機により,印欧祖語以来伝統的に引き継いできた文法性の体系が,初期中英語期に解体した.しかし,その直後から,再び新しい gender 観の創造と発展のサイクルが回り出したともいえるのではないか.以前の文法性の体系が示したほどの一貫性や盤石性はないが,個々の擬人性 (personification) の例,語彙・意味上の性の含意の例,性の一致の例などを寄せ集めれば,中英語,近代英語,現代英語にも社会的な性格を帯びた性が埋め込まれていることが分かってきそうだ.
 英語史における古い文法性と,それが解体した後に生じた新しい性との間には,案外,大きな違いはないのかもしれない.少なくとも性の誕生と発展のプロセスという観点からみると,むしろ類似しているのかもしれない.

 ・ Curzan, Anne. "Gender Categories in Early English Grammars: Their Message in the Modern Grammarian." Gender in Grammar and Cognition. Ed. Barbara Unterbeck et al. Berlin: Mouton de Gruyter, 2000. 561--76.

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2014-06-28 Sat

#1888. 英語の性を自然性と呼ぶことについて [gender][sociolinguistics][emode][personification][terminology]

 昨日の記事「#1887. 言語における性を考える際の4つの視点」 ([2014-06-27-1]) で,英語史における「文法性から自然性への変化」を考える際に関与するのは,grammatical gender, lexical gender, referential gender の3種であると述べた.しかし,これは正確な言い方ではないかもしれない.そこには social gender もしっかりと関与している,という批判を受けるかもしれない.Curzan は,英語史で前提とされている「文法性から自然性への変化」という謂いの不正確さを指摘している.
 自然性 (natural gender) という用語が通常意味しているのは,語の性は,それが指示している対象の生物学的な性 (biological sex) と一致するということである.例えば,girl という語は人の女性を指示対象とするので,語としての性も feminine であり,father という語は人の男性を指示対象とするので,語としての性も masculine となる,といった具合である.また,book の指示対象は男性でも女性でもないので,語としての性は neuter であり,person の指示対象は男女いずれを指すかについて中立的なので,語としては common gender といわれる.このように,自然性の考え方は単純であり,一見すると問題はないように思われる.昨日導入した用語を使えば,自然性とは,referential gender がそのまま lexical gender に反映されたものと言い換えることができそうだ.
 しかし,Curzan は「自然性」のこのような短絡的なとらえ方に疑問を呈している.Curzan は,Joschua Poole, William Bullokar, Alexander Gil, Ben Jonson など初期近代英語の文法家たちの著作には,擬人性への言及が多いことを指摘している.例えば,Jonson は,1640年の The English Grammar で,Angels, Men, Starres, Moneth's, Winds, Planets は男性とし,I'lands, Countries, Cities, ship は女性とした.また,Horses, Dogges は典型的に男性,Eagles, Hawkess などの Fowles は典型的に女性とした (Curzan 566) .このような擬人性は当然ながら純粋な自然性とは質の異なる性であり,当時社会的に共有されていたある種の世界観,先入観,性差を反映しているように思われる.換言すれば,これらの擬人性の例は,当時の social gender がそのまま lexical gender に反映されたものではないか.
 上の議論を踏まえると,近代英語期には確立していたとされるいわゆる「自然性」は,実際には (1) 伝統的な理解通り,referential gender (biological sex) がそのまま lexical gender に反映されたものと,(2) social gender が lexical gender に反映されたもの,の2種類の gender が融合したもの,言うなれば "lexical gender based on referential and social genders" ではないか.この長い言い回しを避けるためのショートカットとして「自然性」あるいは "natural gender" と呼ぶのであれば,それはそれでよいかもしれないが,伝統的に理解されている「自然性」あるいは "natural gender" とは内容が大きく異なっていることには注意したい.
 Curzan (570--71) の文章を引用する.

The Early Modern English gender system has traditionally been treated as biologically "natural", which it is in many respects: male human beings are of the masculine gender, females of the feminine, and most inanimates of the neuter. But these early grammarians explicitly describe how the constraints of the natural gender system can be broken by the use of the masculine or feminine for certain inanimate nouns. Their categories construct the masculine as representing the "male sex and that of the male kind" and the feminine as the "female sex and that of the female kind", and clearly various inanimates fall into these gendered "kinds". Personification, residual confusion, and classical allegory are not sufficient explanations, as many scholars now recognize in discussions of similar fluctuation in the Modern English gender system. An alternative explanation is that what the early grammarians label "kind" is synonymous with what today is labeled "gender"; in other words, "kind" refers to the socially constructed attributes assigned to a given sex.


 この議論に基づくならば,英語史における性の変化の潮流は,より正確には,「grammatical gender から natural gender へ」ではなく「grammatical gender から lexical gender based on referential and social gender へ」ということになるだろうか.
 英語における擬人性については,関連して「#1517. 擬人性」 ([2013-06-22-1]),「#1028. なぜ国名が女性とみなされてきたのか」 ([2012-02-19-1]),「#890. 人工頭脳系 acronym は女性名が多い?」 ([2011-10-04-1]),「#852. 船や国名を受ける代名詞 she (1)」 ([2011-08-27-1]) 及び「#853. 船や国名を受ける代名詞 she (2)」 ([2011-08-28-1]),「#854. 船や国名を受ける代名詞 she (3)」 ([2011-08-29-1]) も参照.

 ・ Curzan, Anne. "Gender Categories in Early English Grammars: Their Message in the Modern Grammarian." Gender in Grammar and Cognition. Ed. Barbara Unterbeck et al. Berlin: Mouton de Gruyter, 2000. 561--76.

Referrer (Inside): [2014-07-01-1]

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2014-06-27 Fri

#1887. 言語における性を考える際の4つの視点 [gender][gender_difference][terminology][sociolinguistics][semantics][singular_they]

 「#1883. 言語における性,その問題点の概観」 ([2014-06-23-1]) で,Hellinger and Bussmann の著書を参照した.そこで,言語における性の見方を整理したが,とりわけ感心したのが,性を話題にするときに数種類の性を区別すべきだという知見である.具体的には grammatical gender, lexical gender, referential gender, social gender の4種を区別する必要がある.以下,Hellinger and Bussmann (7--11) を参照しながら概説する.

 言語における性という場合に,まず思い浮かぶのは grammatical gender だろう.古英語では男性・女性・中性の3性があり,すべての名詞が原則的にはいずれかの性に割り振られていた.名詞のクラスの一種として,通常は2?3種類ほどが区別され,統語的な一致を伴うなどの特徴がある.The World Atlas of Language Structures Online より Number of Genders, Sex-based and Non-sex-based Gender Systems, Systems of Gender Assignment などで世界の言語の分布を見渡しても,性というカテゴリーは,印欧語族などの特定の語族に限定されず,世界各地に点在している.
 次に,lexical gender という区分がある.言語外の属性である自然性や生物学的性を参照するが,本質的には語彙的・意味的に規定される性である.例えば,fathermother は,それぞれ [+male] と [+female] という意味素性をもち,"gender-specific" な語とされる.一方で,citizen, patient, individual などにおいて,lexical gender は "gender-indefinite" あるいは "gender-neutral" とされる.gender-specific な語は,代名詞で受けるときに he あるいは she が意味素性にしたがって選択されるのが普通である.grammatical gender と lexical gender はたいてい一致するが,ドイツ語 Individuum (n), Person (f) のように両者が一致しないものも散見される.このような場合,常にそうというわけではないが,代名詞の選択は grammatical gender によってなされる.
 3つ目は,referential gender である.これは,ある語が現実世界で指示する対象の生物学的性である.例えば,先に挙げたドイツ語 Person は grammatical gender は女性,lexical gender は性不定だが,この語が実際の文脈においてある男性を指示していれば,referential gender は男性ということになる.同様に,ドイツ語で Mädchaen für alles "girl for everything" (何でも屋,便利屋)は男性についても用いられるが,その場合 Mädchaen は grammatical gender は中性,lexical gender は女性,referential gender は男性ということになる.これを代名詞で受ける際には,grammatical gender による場合と referential gender による場合がある.
 最後に,social gender とは,社会的な役割・特性として負わされる男女の二分法である.人を表わす名詞,特に職業に関わる名詞は,男女いずれかの social gender を負わされていることが多い.例えば英米では,lawyer, surgeon, scientist はしばしば男性であることが期待され,secretary, nurse, schoolteacher は女性であることが期待される.一方,pedestrian, consumer, patient などの一般的な名詞は,代名詞 he で照応することが伝統的な慣習であることから,その social gender は男性であると解釈できる.social gender には,その社会における性のステレオタイプがよく表わされる.

 英語史における言語上の性の話題としては,文法性の消失という問題がある.文法性が自然性へ置換されたというような場合に関与するのは,grammatical gender, lexical gender, referential gender の3種だろう.一方,generic 'he' や singular they の問題が関係するのは,lexical gender, referential gender, social gender の3種だろう.ともに「言語の性」にまつわる問題だが,注目する「性」は異なっているということになる.

 ・ Hellinger, Marlis and Hadumod Bussmann, eds. Gender across Languages: The Linguistic Representation of Women and Men. Vol. 1. Amsterdam: John Benjamins, 2001.

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2014-06-24 Tue

#1884. フランス語は中英語の文法性消失に関与したか [personal_pronoun][gender][prescriptive_grammar][norman_french][norman_conquest][bilingualism][french][contact][inflection][singular_they]

 昨日の記事「#1883. 言語における性,その問題点の概観」 ([2014-06-23-1]) に関連して,英語では generic 'he' の問題,そしてその解決策として市民権を得てきている「#1054. singular they」 ([2012-03-16-1]) の話題が思い出される.singular they について,最近ウェブ上で A Linguist On the Story of Gendered Pronouns という記事を見つけたので紹介したい.singular they の例が Chaucer など中英語期からみられること,generic 'he' の伝統は18世紀後半の規範文法家により作り出されたものであることなど,この問題に英語史的な観点から迫っており,一読の価値がある.
 しかし,記事の後半にある一節で,フランス語が中英語期の文法性の消失に部分的に関与していると示唆している箇所について疑問が生じた.記事の筆者によれば,当時のイングランドにおける英語と Norman French との2言語使用状況が2つの異なる文法性体系を衝突させ,これが一因となって英語の文法性体系が崩壊することになったという.もっとも屈折語尾の崩壊が性の崩壊の主たる原因と考えているようではあるが,上のような議論は一般的に受け入れられているわけではない(ただし,「#1252. Bailey and Maroldt による「フランス語の影響があり得る言語項目」」 ([2012-09-30-1]) や,中英語が古英語とフランス語の混成言語であるとするクレオール語仮説の議論 ##1223,1249,1250,1251 を参照されたい).

So what you really have is an extended period of several centuries in which many people were more-or-less proficient in both Norman French and Anglo Saxon, which in actual fact meant speaking the highly intermingled versions known as Anglo-Norman and Middle English. But words that belong to one gender in one language don't necessarily belong to the same gender in the other. To use a modern example, the word for "bridge" in French, pont, is masculine, but the word for "bridge" in German, ''Brücke, is feminine. If you couple this with the fact that people had begun to stop pronouncing altogether the endings that indicate a word窶冱 gender and case, you can see how these features became irrelevant for the language in general.


 まず,当時のイングランドの多くの人が程度の差はあれ2言語話者だったということが,どの程度事実と合っているのかという疑問がある.貴族階級のフランス系イングランド人や知識階級の人々は多かれ少なかれバイリンガルだった可能性は高いが,大多数の庶民は英語のモノリンガルだった(「#338. Norman Conquest 後のイングランドのフランス語母語話者の割合」 ([2010-03-31-1]) および「#661. 12世紀後期イングランド人の話し言葉と書き言葉」 ([2011-02-17-1]) の記事を参照).英語の言語変化の潮流を決したのはこの大多数のモノリンガル英語話者だったに違いなく,社会的な権力はあるにせよ少数のバイリンガルがいかに彼らに言語的影響を及ぼしうるのか,はなはだ疑問である.
 次に,「#1223. 中英語はクレオール語か?」 ([2012-09-01-1]) でみたように,一般にフランス語の英語への直接的な言語的影響は些細であるという説得力のある議論がある.語彙や綴字習慣を除けば,フランス語が英語に体系的に影響を与えた言語項目は数少ない.ただし,間接的な影響,社会言語学的な影響は甚大だったと評価している.それは,「#1171. フランス語との言語接触と屈折の衰退」 ([2012-07-11-1]) や「#1208. フランス語の英文法への影響を評価する」 ([2012-08-17-1]) で論じた通りである.
 今回の性の消失という問題に対するには,フランス語によるこの間接的な効果,屈折語尾の消失を間接的に促したという効果を指摘するだけで十分ではないだろうか,

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2014-06-23 Mon

#1883. 言語における性,その問題点の概観 [gender][gender_difference][category][agreement][personal_pronoun][title][address_term][political_correctness][sociolinguistics][language_planning]

 言語と性 (gender) を巡る諸問題について,本ブログでは gendergender_difference の記事で考察してきた.そのなかには,文法性 (grammatical gender) という範疇 (category) ,統語上の一致 (agreement) ,人称代名詞 (personal_pronoun) の指示対象など,形式的・言語学的な問題もあれば,性差に関する political_correctnessMiss/Mrs./Ms. などの称号 (title) ,談話の男女差,女性の言語変化への関与など,文化的・社会言語学的な問題もある.言語における性の問題はこのように広い領域を覆っている.
 このように広すぎて見通しが利かない分野だという印象をもっていたのだが,Hellinger and Bussmann 編 Gender across Languages の序章を読んで,頭がクリアになった.章節立て (1) を眺めるだけでも,この領域の覆う範囲がおよそ理解できるような,すぐれた構成となっている.

1. Aims and scope of "Gender across languages"
2. Gender classes as a special case of noun classes
   2.1 Classifier languages
   2.2 Noun class languages
3. Categories of gender
   3.1 Grammatical gender
   3.2 Lexical gender
   3.3 Referential gender
   3.4 "False generics": Generic masculines and male generics
   3.5 Social gender
4. Gender-related structures
   4.1 Word-formation
   4.2 Agreement
   4.3 Pronominalization
   4.4 Coordination
5. Gender-related messages
   5.1 Address terms
   5.2 Idiomatic expressions and proverbs
   5.3 Female and male discourse
6. Language change and language reform
7. Conclusion


 この著書は "Gender across languages" と題する研究プロジェクトの一環として出版されたものだが,そのプロジェクトの主たる関心を5点にまとめると以下のようになる (Hellinger and Bussmann 2) .

 (1) 注目する言語は文法性をもっているか.もっているならば,一致,等位,代名詞化,語形成などにおける体系的な特徴は何か.
 (2) 文法性がない言語ならば,女性限定,男性限定,あるいは性不定の人物を指示するのにどのような方法があるか.
 (3) 中立的な文脈で人を指すときに男性がデフォルトであるような表現を用いるなどの非対称性が見られるか.
 (4) 性差に関わる社会文化的な階層やステレオタイプを表わす慣用句,比喩,ことわざなどがあるか.
 (5) 性差と言語の変異・変化はどのように関わっているか.言語改革についてはどうか.

 編者たちは,言語における性は,形式言語学上の問題にとどまらず,社会言語学的な含意のある問題であることを強く主張している.大きな視点を与えてくれる良書と読んだ.

 ・ Hellinger, Marlis and Hadumod Bussmann, eds. Gender across Languages: The Linguistic Representation of Women and Men. Vol. 1. Amsterdam: John Benjamins, 2001.

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2013-07-09 Tue

#1534. Dyirbal 語における文法性 [gender][sapir-whorf_hypothesis][linguistic_relativism]

 古英語を含め印欧語族の諸言語には文法性 (grammatical gender) が存在する.その他の世界の諸言語にも文法性という文法範疇をもつものが少なくない.なぜ言語に文法性が存在するのかという一般的な問題は興味深いが,個別言語の文法性の体系を合理的に説明することは難しい.「#1135. 印欧祖語の文法性の起源」 ([2012-06-05-1]) の記事でその発生に関する「世界観」説を概略したが,共時的にみればおよそ脈絡のないのが文法性である.同じ印欧語族に属するものの,太陽を表わす名詞は,古英語で女性 (sunne) ,フランス語で男性 (soleil) ,ロシア語で中性 (coлhцe) である.
 性の数も言語によって異なる.「#487. 主な印欧諸語の文法性」 ([2010-08-27-1]) で見たように,印欧諸語で3性あるいは2性の区別が多いが,英語のように文法性が消失したものもある.印欧語族から外に目を移すと,さらに多くの性を区別する言語もある.そのような言語では男性,女性,中性のほかに弁別的なラベルを考えるだけでも一苦労であり,いっそのことI類,II類,III類などと名付けたほうがよい.
 文法性はしばしば話者集団の世界観や宗教観を反映するといわれるが,この点について社会言語学のテキストなどでよく言及される言語に,オーストラリア北西部の原住民によって話される Dyirbal 語がある(Ethnologue より Dyirbal およびオーストラリア北部の言語地図の右端を参照).この言語では,名詞が4つのクラスに分類されている.各クラスに属する名詞の典型例は以下の通りである(今井,p. 32 より).

 第一クラス…「バイ」 (Bayi) --- 人間の男、カンガルー、オポッサム(有袋類の小動物)、コウモリ、ヘビの大部分、魚の大部分、鳥の一部分、昆虫の大部分、月、嵐、虹、ブーメラン、一部の槍
 第二クラス…「バラン」 (Balan) --- 人間の女、バンディクート(中型有袋類)、イヌ、カモノハシ、一部のヘビ、一部の魚、ほとんどの鳥、蛍、サソリ、コオロギ、星、一部の槍、一部の木、水、火をはじめとした危険なもの
 第三クラス…「バラム」 (Balam) --- 食べられる実とその実がとれる植物、芋類、シダ、ハチミツ、タバコ、ワイン、ケーキ
 第四クラス…「バラ」 (Bala) --- 体の部位、肉、蜜蜂、風、一部の槍、木の大部分、草、泥、石、言語


 大雑把にいえば,第一クラスは人間の男性と動物,第二クラスは人間の女性,水,火,危険なもの,第三クラスは植物性の食べ物,第四クラスはそれ以外という分類だが,個々の名詞については例外と見えるものが多く,分類基準に一貫性がないように思われる.
 しかし,Dyirbal の世界観や神話を参照すると,理解できる項目が増えてくる.Dyirbal では魚は動物と考えられており,原則として第一クラスに所属している.また,関連して「釣糸」や「槍」も同じ第一クラスに所属することになる.ところが,オニオコゼやサヨリは危険な魚として第二クラスに入れられる.鳥が第二クラスに入っているのは,Dyirbal の神話では鳥が死んだ女性の精とみなされているからだ.また,月と太陽が夫婦であるというのも神話の一部である (Romain 27--28) .
 このような Dyirbal の文法性の区分法は,「#1484. Sapir-Whorf hypothesis」 ([2013-05-20-1]) を支持する論者にとっては貴重な証拠だろう.

 ・ 今井 むつみ 『ことばと思考』 岩波書店〈岩波新書〉,2010年.
 ・ Romain, Suzanne. Language in Society: An Introduction to Sociolinguistics. 2nd ed. Oxford: OUP, 2000.

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2013-06-22 Sat

#1517. 擬人性 [gender][personal_pronoun][etymology][mythology][personification]

 近現代英語では無生物の指示対象は中性として扱われるが,ときに擬人化 (personification) され,男性あるいは女性として扱われる場合がある.これを擬人性 (gender of animation) という.近現代英語の擬人性と初期中英語以前に機能していた文法性 (grammatical gender) とは,関与の認められるものもないではないが,両者は本質的に区別すべきものである.擬人性において付与されるのが男性か女性かを決定する要因には,以下の3点が認められる(『新英語学辞典』 pp. 469--70).

 (1) 神話・伝説・古典などの影響.moon は Phoebe, Luna, Diana との同一視から女性とされる.同様に love は Eros, Cupid より,war は Mars より男性とされる.なお,古英語 mōna は男性名詞,lufu は女性名詞だったので,語源的な関与は否定される.
 (2) 語源・語史的影響.Rome はラテン語の女性名詞 Roma より,virtue は古仏語の女性名詞 vertu より,darkness は古英語の女性名詞語尾 -nes より,それぞれ擬人性が与えられているとされる.しかし,このように語源・語史的影響を想定する場合でも,歴史的に連続性があるのか,あるいは語源への参照の結果なのか,あるいは両者を区別することはできないのかという問題は,個々の例について考慮する必要があるだろう.特に国名については,「#1028. なぜ国名が女性とみなされてきたのか」 ([2012-02-19-1]) を参照.
 (3) 心理的影響.対象に対する主観的感情に基づき,雄大・強烈なものを男性,優美・可憐なもの,多産なものを女性とするなどの例がある.男性として wind, ocean, summer, anger, death などが,女性として nature, spring, art, night, wisdom などがある.また,乗物や所持品など,運転者や所有者が愛着を表わすものに対して付与する性を心理的性 (psychological gender) と呼び,典型的に口語において男性の所有者が対象物を she と言及する例が多いが,所有者が女性の場合には he と言及することもありうる.関連して,「#852. 船や国名を受ける代名詞 she (1)」 ([2011-08-27-1]) 及び「#853. 船や国名を受ける代名詞 she (2)」 ([2011-08-28-1]) を参照.

 心理的影響による擬人性は主観的で任意であるため,ある意味で応用範囲は広い.ハリケーンや人工頭脳機器を女性に見立てる英語の傾向については,「#890. 人工頭脳系 acronym は女性名が多い?」 ([2011-10-04-1]) を参照.

 ・ 大塚 高信,中島 文雄 監修 『新英語学辞典』 研究社,1987年.

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2013-04-15 Mon

#1449. 言語における「範疇」 [category][number][gender][tense][aspect][person][mode][terminology][sapir-whorf_hypothesis][linguistic_relativism]

 言語学では範疇 (category) という術語が頻用される.もともとは哲学用語であり,日本語の「範疇」は,中国の『書経』の「洪範九疇」ということばをもとに,英語 category やドイツ語 Kategorie の訳語として,明治時代の西洋哲学の移入時に,井上哲次郎(一説に西周)が作ったものとされる.原語はギリシア語の katēgoríā であり,その動詞 katēgoreînkata- (against) + agoreúein (to speak in the assembly) から成る.「公の場で承認されうる普遍的な概念の下に包みこんで訴える」ほどの原義に基づいて,アリストテレスは「分類の最も普遍的な規定,すなわち最高類概念」の語義を発展させ,以降,非専門的な一般的な語義「同じ種類のものの所属する部類・部門」も発展してきた.
 英語の category も,まずは16世紀末に哲学用語としてラテン語から導入され,17世紀中葉から一般用語として使われ出した.現在では,OALD8 の定義は "a group of people or things with particular features in common" とあり,日常化した用語と考えてよい.
 では,言語学で用いられる「範疇」とは何か.さすがに専門用語とだけあって,日常的な単なる「部類・部門」の語義で使われるわけではない.では,言語的範疇の具体例を見てみよう.英文法では文法範疇 (grammatical category) ということが言われるが,例えば数 (number) ,人称 (person) ,時制 (tense) ,法 (mode) などが挙げられる.これらは動詞を中心とする形態的屈折にかかわる範疇だが,性 (gender or sex) など語彙的なものもあるし,定・不定 (definiteness) や相 (aspect) などの統語的なものもある.これらの範疇は英文法の根本にある原理であり,文法記述に欠かせない概念ととらえることができる.これで理解できたような気はするが,では,言語的範疇をずばり定義せよといわれると難しい.このもやもやを解決してくれるのは,Bloomfield の定義である.以下に引用しよう.

Large form-classes which completely subdivide either the whole lexicon or some important form-class into form-classes of approximately equal size, are called categories. (270)


 文法性 (gender) で考えてみるとわかりやすい.名詞という語彙集合を前提とすると,例えばフランス語には形態的,統語的な振る舞いに応じて,規模の大きく異ならない2種類の部分集合が区別される.一方を男性名詞と名付け,他方を女性名詞と名付け,この区別の基準のことを性範疇を呼ぶ,というわけである.
 category の言語学的用法が一般的用法ではなく哲学的用法に接近していることは,言語的範疇がものの見方や思考様式の問題と直結しやすいからである.この点についても,Bloomfield の説明がすばらしい.

The categories of a language, especially those which affect morphology (book : books, he : she), are so pervasive that anyone who reflects upon his language at all, is sure to notice them. In the ordinary case, this person, knowing only his native language, or perhaps some others closely akin to it, may mistake his categories for universal forms of speech, or of "human thought," or of the universe itself. This is why a good deal of what passes for "logic" or "metaphysics" is merely an incompetent restating of the chief categories of the philosopher's language. A task for linguists of the future will be to compare the categories of different languages and see what features are universal or at least widespread. (270)


 ・ Bloomfield, Leonard. Language. 1933. Chicago and London: U of Chicago P, 1984.

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2012-06-05 Tue

#1135. 印欧祖語の文法性の起源 [gender][indo-european][hittite]

 標記の問題は,多くの人が関心をもつ問題である.[2010-08-27-1]の記事「#487. 主な印欧諸語の文法性」でみたように,現代英語や少数の言語は例外として,印欧諸語の大部分が文法的な性 (grammatical gender) の体系を保持している.この自然性 (natural gender) とは一致しない,不合理にみえる名詞の分類法はいったいどのような動機づけで発生したのだろうか.諸説紛々としているが,1つの説として Szemerényi (155--57) の論に耳を傾けよう.
 再建された形態論に従えば,印欧祖語には男性 (masculine) ,女性 (feminine) ,中性 (neuter) の3性があったとされる.この3性体系は,Balto-Slavic や Germanic を中心に多く保持されているが,中性名詞が男性と女性へ割り振られて2性体系へと再編成された言語も,Lithuanian やロマンス諸語など,少なくない.
 さて,印欧祖語の3性体系は,その前段階として想定される共性 (common) と中性 (neuter) の2性体系から分化・発達したものと考えられる.というのは,古代の屈折クラスでは,男性と女性とは類似した屈折要素を示しているが (ex. patēr, mētēr; see also ##698,699) ,中性はそれらと対立していたからである.印欧祖語の段階ではすでに,共性から分化する形で女性が確立していたと考えてよいが,共性と中性の2性体系が前段階にあったという仮説には一理ある.
 共性から女性が分化・発達したのはなぜかという問題についても百家争鳴だが,伝統的な見解によれば,たまたま特定の音形をもっていた「女性」などを意味する語の形態がモデルとなり,そこに含まれる母音などが,他の名詞においても女性名詞を標示するものとして機能するようになったのではないかといわれる.
 では,原初の共生と中性の2性システムが,そもそも最初に生じたのはなぜだろうか.Meillet の見解はこうである.印欧祖語では,いくつかの重要な概念に対して,有生的 (animate) なとらえ方と無生的 (inanimate) なとらえ方の2種類が区別されており,それぞれに異なる形態が割り当てられていた.例えば,「火」はラテン語では ignis だが,ギリシア語には,まったく異なる語根を反映する pûr がある.同様に,「水」はラテン語 aqua に対してギリシア語 húdōr がある,等々.森羅万象を有生に見立てるか,無生に見立てるかという世界観に基づいて,共性と中性という2性体系が生じたということではないか.
 なお,文証される印欧語として最も古い Hittite は,共性と中性の2性体系である.これほど古い段階の印欧語が2性体系だったということは,印欧祖語の性体系の議論にも大きな影響を及ぼす.Hittite の2性体系は,印欧祖語の3性体系から女性が失われた結果を示すのか,あるいは印欧祖語がいまだ2性体系だった早い時代に分岐したことを示すのか.比較言語学のミステリーである.

 ・ Szemerényi, Oswald J. L. Introduction to Indo-European Linguistics. Trans. from Einführung in die vergleichende Sprachwissenschaft. 4th ed. 1990. Oxford: OUP, 1996.

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2012-03-16 Fri

#1054. singular they [personal_pronoun][gender][political_correctness][number][agreement][prescriptive_grammar][singular_they]

 現代英語の問題としてしばしば取り上げられる singular they について.「#275. 現代英語の三人称単数共性代名詞」の記事 ([2010-01-27-1]) でも取り上げたが,現代英語には any, each, every, no などで修飾された形態的に単数である人を表わす名詞を,後で受けるための適切な代名詞がない.he で代表させようとすると男尊女卑と言われかねず,かといって she で代表させるのもしっくりこない.it だとモノ扱いのようで具合が悪い.性を問わない they を用いれば,伝統主義の規範文法家の大好きな数の一致 (agreement) という規則に抵触し,槍玉にあげられかねない.現実の語法としては,最後に挙げた singular they が勢力を得ているが,そのような問題の生じないように文を改めよという助言もよく聞かれる.
 このような現代的とされる語法上の問題は,実は現代英語で生じたものではなく,古い歴史をもっているものが多い.OED の "they, pers. pron." B. 2. によると,"Often used in reference to a singular noun made universal by every, any, no, etc., or applicable to one of either sex (= 'he or she'). See Jespersen Progress in Lang. §24." とあり,その初例は1526年である.細江 (254--56) には,近代英語からの例がいろいろと挙げられている.いくつかを抜き出そう.

 ・ Let each esteem others better than themselves.---Philippians, ii. 3.
 ・ Each was swayed by the emotion within them, much as the candle-flame was swayed by the tempest without.---Hardy.
 ・ Nobody knows what it is to lose a friend till they have lost him.---Fielding.
 ・ Everyone must judge of their feelings.---Byron.
 ・ No one in their senses could doubt.---Dickens.
 ・ Nobody will come in, will they?---Priestley.


 each などが先行しない単数名詞が they で受けられている例もある.

 ・ The feelings of the parent upon committing the cherished object of their cares and affections to the stormy sea of life.---S. Ferrier.
 ・ A person can't help their birth.---Thackeray


 they の数の不一致の問題は,英語の代名詞体系が否応なく内包する問題である.フランス語では,このような場合に便利な soi, son などの語が用意されており,問題とはならない.英語にとっての解決法は,問題の語法をまったく使わないという回避策を採らないとするのであれば,代名詞体系を改変するか,既存の体系内の運用で対処するかである.前者については,[2010-01-27-1]の記事で示したように,様々な語が提案されたが,文書で時折見られる s/he でさえ好まれているとは言い難い.後者の有力候補である singular they は,歴史的にも連綿と行なわれてきたし,その苦肉の策たることは誰しもが理解しているのであり,共感を誘う.その苦肉は,以下の例のなかにも見て取ることができる.

 ・ If an ox gore a man or a woman, that they die; then the ox shall be surely stoned.---Exodus, xxi. 28.


 Burchfield も認めている通り,すでに大勢は決せられているといってよい.
 関連して,愚痴を一つ.英語で論文執筆の際に,引用している著者の性別の見当がつかず,代名詞を用いるのをためらわざるをえない状況に困ることがある.日本語であれば「著者は」を繰り返してもそれほどおかしくないが,英語では the author を何度も繰り返すわけにもいかない・・・.

 ・ 細江 逸記 『英文法汎論』3版 泰文堂,1926年.
 ・ Burchfield, Robert, ed. Fowler's Modern English Usage. Rev. 3rd ed. Oxford: OUP, 1998.

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2012-02-19 Sun

#1028. なぜ国名が女性とみなされてきたのか [personal_pronoun][she][gender][personification][latin][suffix][sobokunagimon]

 英語で,国名が女性代名詞 she で受けられてきた歴史的背景や,過去50年ほどのあいだにその用法が衰退してきた経緯については,##852,853,854 の記事で取り上げた.今回は,なぜ国名が歴史的に女性と認識されてきたかという問題に迫りたい.
 1つには,[2011-08-29-1]の記事「#854. 船や国名を受ける代名詞 she (3)」で触れたように,国家とは,為政者たる男性にとって,支配すべきもの,愛すべきものという認識があったのではないかと想像される.船やその他の乗り物が女性代名詞で受けられるのと同様の発想だろう.
 もう1つは,細江 (259) が「あの国民に対して女性を用いることなどは,明らかにラテン語の文法の写しである」と指摘するように,ラテン語で Italia, Græcia, Britannia, Germania, Hispania などが女性名詞語尾 -ia で終わっていることの影響が考えられる.文法性をもつヨーロッパの他の言語が国名をどの性で受け入れたかは,各々であり,必ずしも一般化できないようだが,文法性を失った英語において擬人的に女性受けの傾向が生じたのには,ラテン語の力があずかって大きいといえるかもしれない.
 ラテン語の語尾 -ia は,ギリシア語の同語尾に由来し,ギリシア語では -os 形容詞から抽象名詞を作るのに多用された.OED によると,Australia, Tasmania, Rhodesia などの国名・地名のほか,hydrophobia, mania, hysteria などの病名,Cryptogamia, Dahlia などの植物名,ammonia, morphia などの塩基性物質名の造語にも活用された.古典語では,この語尾は女性単数と中性複数を同時に表わしたので,症候群,植物の属,塩基物,国民の集合体など,集合物を抽象化して名付けるにはうってつけの語尾だったのだろう.
 ラテン語では -ia のみならず -a も女性語尾であり,これによる国名・地名の造語もさかんだった (ex. Africa, Asia, Corsica, Malta) .

 ・ 細江 逸記 『英文法汎論』3版 泰文堂,1926年.

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2011-10-04 Tue

#890. 人工頭脳系 acronym は女性名が多い? [acronym][personification][political_correctness][gender]

 昨日の記事[2011-10-03-1]で紹介した,20世紀 acronym 発展史を概説した Baum が,翌年に興味をそそる論文を書いている.SARAH (= search and rescue and homing; 「捜索救難帰投装置」), CORA (= conditioned reflex analogue; 一種の人口頭脳), ERMA (= electric recording machine, accounting; 自動記帳機) など,当時のコンピュータ技術の粋を搭載した機器の名称とされた acronym には,女性名が多いというのである.
 これは,偶然ではないだろう.開発に関わっている技術者はほとんどが男性だったと想定され,男性が乗り物や国家を女性として擬人化してきた傾向とも一致するからである(船や国名を受ける代名詞 については,##852,853,854 の記事を参照).では,これらの装置を女性と見立てる背景にある女性のイメージはというと,Baum (224--25) によれば次の通りである.

In general, the technological acronym seems to be growing more and more feminine, perhaps from much the same motivation as has encouraged meteorologists to appropriate girls' names for the yearly hurricanes. There is a sly and meaningful humor apparent in using a woman's name---Sarah, Cora, Erma---for what is really an intricate nervous system constructed of electronic tubes and thousands of feet of electric wire.


 なるほど.いや,あくまで Baum の意見です.引用者も怒られるかもしれませんが・・・.
 引用にあるように,人工頭脳よりもずっと公共性の高い話題であるハリケーンについては,米国は1953年に導入していた女性名付与の規則を1978年に廃し,男女名を交互に付与する命名法へと改めた(National Hurricane Center の記述によれば,女性名による命名の慣習は19世紀の終わりからあるという).女性名だけでは男女同権に反するというのが,改革当時の理由だったようだ.神経症と暴威 --- もちろん男性でもあり得るわけではあるが・・・.
 Baum の洞察はあくまで1956年のことなので,人工頭脳の命名について,その後の事情が気になるところである.日本では,ソニーの AIBO の名前の由来の1つに「相棒」が関わっているとのこと.

 ・ Baum, S. V. "Feminine Characteristics of the Acronym." American Speech 31 (1956): 224--25.

Referrer (Inside): [2014-06-28-1] [2013-06-22-1]

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2011-08-29 Mon

#854. 船や国名を受ける代名詞 she (3) [personal_pronoun][she][gender][personification][political_correctness][corpus][statistics][lexical_diffusion]

 標題について[2011-08-27-1], [2011-08-28-1]の記事で話題にしてきたが,現代英語でこの用法の she が《古風》となってきている,あるいは少なくともその register が狭まってきているのはなぜだろうか.
 これには,1960年代以降,とりわけアメリカ英語で高まってきた言語の gender 論,男女平等という観点からの political correctness (PC) への関心がかかわっている.この観点から,人間の総称としての man(kind),女性接尾辞 -ess,職業人を表わす複合語要素 -man,一般人称代名詞としての he の使用などが疑問視され,数々の代替表現が提案されてきた.(関連する話題は,[2009-08-20-1]「男の人魚はいないのか?」, [2010-01-27-1]「現代英語の三人称単数共性代名詞」, [2011-04-17-1]「レトリック的トポスとしての語源」などの記事を参照.)
 この観点から she の特殊用法を見ると,船や国名を取り立てて女性代名詞で受ける理由はないではないかという議論が生じる.船乗りや国の為政者が主として男性だったという英語国の歴史を反映していることは確かだろうが,現在も旧来の慣習を受け継ぐべき合理性はないという考え方である.
 特に国名を受ける she の用法は,形式張った書き言葉という register に限ると,1960年代以降,激減してきていることが実証される.The Times corpus を用いてこれを検証した Bauer (148--49) によると,1930年までは国を指示する she の用法は標準的だった.実際,1900年から1930年の間で,国を指示する it の用例は3例のみだったという.ところが,1935年以降,it の例が断続的に現われだし,1970年にはshe を圧迫して一気に標準となった.she の用例が減少してきた過程は逆S字曲線を描いているかのようであり,語彙拡散 (lexical diffusion) を思わせる.以下のグラフは Bauer (149) のグラフに基づいて概数から再作成したものである.

Feminine References to Country Names in The Times Corpus


 ・ Bauer, Laurie. Watching English Change: An Introduction to the Study of Linguistic Change in Standard Englishes in the Twentieth Century. Harlow: Longman, 1994.

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2011-08-28 Sun

#853. 船や国名を受ける代名詞 she (2) [personal_pronoun][she][personification][gender]

 昨日の記事[2011-08-27-1]で,現代英語の船や国名を受ける代名詞 she の起源は,古英語の文法性ではなく,中英語の慣習的な擬人法にあることを解説した.今回は現代英語での用法について,例文を挙げながら見ていきたい.
 船や車などの乗り物を指す she は,特に男性が用いるとされる.これは,乗り物を愛情の対象としてとらえているからと言われる.

 ・ Look at my sports car. Isn't she a beauty?
 ・ What a lovely ship! What is she called?
 ・ Hundreds of small boats clustered round the yacht as she sailed into Southampton docks.
 ・ There were over two thousand people aboard the Titanic when she left England.


 国名を受ける she は,国を政治・文化・経済的な観点からとらえる場合に用いられるが.地理的に見る場合には it が用いられる.

 ・ Iraq has made it plain that she will reject the proposal by the United Nations.
 ・ France increased her exports by 10 per cent.
 ・ Britain needs new leadership if she is to help shape Europe's future.
 ・ After India became independent, she chose to be a member of the Commonwealth.


 口語表現や Australian English では,通例は擬人化しないものでも it の代わりに she が用いられることがある.この場合,愛情や嫌悪などの感情が一層こめられる (Quirk et al. 318) .

 ・ Remember that battle? Yeah, she was a doozie.
 ・ She's an absolute bastard, this truck.


 このように,辞書を引けば例文は出てくるが,現在ではいずれも古風な用法になってきていることに注意すべきである.主要な学習者用英英辞書を引いてみると,OALD8 ではこの用法の記述がなく,LDOCE5 では "old-fashioned" のレーベル,Macmillan English Dictionary for Advanced Learners, 2nd ed. では "mainly literary" のレーベル,Merriam-Webster's Advanced Learner's English Dictionary では "somewhat old-fashioned" のレーベル,COBUILD English DictionaryCambridge Advanced Learner's Dictionary ではレーベルなしだった.辞書によってレーベルに差があるが,全体としてこの用法の register が限定されてきているらしいことが分かる.

 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.

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2011-08-27 Sat

#852. 船や国名を受ける代名詞 she (1) [personal_pronoun][she][gender][personification]

 古英語には文法性があったが,中英語にかけて文法性がなくなり,代わりに自然性 (natural gender) が取って代わった,という言語変化は,英語史において非常に重要な話題である ([2009-05-23-1], [2009-05-26-1]) .英語史の授業で文法性や自然性の話しをすると,決まって寄せられるリアクション・ペーパーの問いがある.それは,船などの乗り物や国名を受ける代名詞として she を用いるという現代英語の慣習についてである.これが古英語に文法範疇として存在した文法性と何らかの関係があるのか? 今日の記事では,この問題について考えてみたい.
 結論を言うと,船や国名を she で受けるという慣習は,古英語の文法性の規則とはまったく関係ない.そもそも古英語で「船」 (scip) は中性名詞であり,女性名詞ではなかった.OED によると(以下に引用),船を受ける代名詞としての she の初例は1375年である.14--15世紀の数例については文法性をもつフランス語からの翻訳として解釈し得るものもあるが,慣習的な擬人法 (personification) と見るべきだろう.

2. Used (instead of it) of things to which female sex is conventionally attributed. a. Of a ship or boat. Also (now chiefly in colloquial and dialect use), often said of a carriage, a cannon or gun, a tool or utensil of any kind; occas. of other things.


 船などの乗り物や道具のほかに,魂,都市名,教会,国名,軍隊,月やその他の天体なども she で受けられてきた歴史があるが,いずれも古英語の文法性の残存とは考えられない.中英語からの豊富な例は,MED entry for "she" (pron.) 2(c) を参照.
 慣習的な擬人法というと,いつからどのように慣習化してきたかということが問題となる.西洋文学の伝統の一環として中世英語文学でも寓意的擬人化 (allegorical personification) が行なわれていた.上述したように,フランス語の慣習や文法性をそのまま英語へ翻訳したと解釈すべき例もあるが,性別付与が逆転している例もあり,慣習として一般化できないのも事実である.その辺りの事情は Mustanoja (49--50) に概説されているが,同じ名詞でも作品によって擬人化の性別付与が異なるなど,慣習とはいえ,かなりの自由度があったようだ.中英語の擬人的 she の用法については,語学的に迫るよりも文学的に迫ることが必要のようだ.現代英語での用法については,明日の記事で.

 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.

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2011-02-06 Sun

#650. アルメニア語とグリムの法則 [grimms_law][substratum_theory][armenian][gender]

 昨日の記事[2011-02-05-1]で比較的影の薄い印欧語であるアルメニア語 ( Armenian ) を取り上げたが,この言語は英語史(ゲルマン語史)研究にある重要な示唆を与えてくれる.それは,ゲルマン語史上に名高いグリムの法則 ( Grimm's Law ) という音韻変化に関する問題である ( see [2009-08-08-1], grimms_law ) .
 グリムの法則は,印欧祖語の3系列の閉鎖音がゲルマン諸語でそれぞれ無気音化,無声音化,摩擦音化した一連の音韻変化を指す.これは,[2009-10-26-1]の記事の (5) で見たように,ゲルマン諸語にみられる顕著な特徴の1つである.この音韻変化は歴史時代以前に生じたため,なぜ,どのように生じたかについては文献の証拠に基づいて考察することはできない.ゲルマン諸語の最も重要な特徴について憶測しかできないというこの状況は非常にもどかしいものだが,この問題に一条の光を投げかける意外な言語がある.それがアルメニア語だ.
 アルメニア語では,ゲルマン語派に生じたグリムの法則とほぼ同じ音韻変化が歴史時代に生じた.例えば,印欧祖語の閉鎖音を保存している Sanskrit や Latin の語形と比べると Arm. berem / Skr. bhárāmi "I bear", Arm. kin / Skr. gna "woman", Arm. khan / Latin quam "what" などである.時間的にも空間的にも両方の音韻変化のあいだに因果関係はなく,あくまで独立して生じたと考えなければならないが,アルメニア語の変化はゲルマン語の変化よりも状況証拠が揃っているので,後者の解明にもヒントを与えてくれるのではないかと期待されるのである.
 アルメニア語の周囲の言語を観察すると,閉鎖音の系列が,印欧祖語の系列ではなく,音韻変化後に得られる系列に似通っている.つまり,アルメニア語はコーカサス地方の諸言語から音韻的な影響を受け,印欧風の音韻体系からコーカサス風の音韻体系へと推移したのではないか.より具体的には,アルメニア語話者によって征服されたコーカサス先住民がもとの言語の音韻体系を引きずったままアルメニア語に乗り換えたのではないか.これは,[2010-06-17-1][2011-01-24-1]の記事でも触れた基層言語影響説 ( substratum theory ) と呼ばれる仮説である.これ自体は推測でしかないものの,仮定されている基層言語が当時だけでなく現在でもコーカサス地方に確認できるという点が重要である.
 一方,ゲルマン語派に生じたグリムの法則についても substratum theory は提案されているものの,こちらは基層言語と仮定される言語が現在は周囲に存在しない.あくまで弱い仮説である.しかし,比較される音韻変化が時間も空間も隔たったアルメニア語で生じており,そこでの仮説はもう少し基盤の強い仮説だということになれば,グリムの法則についての基層言語影響説にも勢いがつくというものである.Meillet は次のように述べている.

Quant à l'Arménie, l'introduction d'un parler indo-européen s'y est produite à date historique; et, d'autre part, le système des occlusives arméniennes, qui est tout à fait particulier, est identique à celui d'un groupe de langues voisines, de famille autre, le groupe caucasique du Sud, dont le représentant le plus connu est le géorgien. L'action étrangère, que la théorie seule fait supposer pour le germanique, est donc indiquée par des faits positifs pour l'arménien. On conclura de là que la mutation consonantique du germanique est due au maintien de leurs habitudes d'articulation par les populations qui ont reçu et adopté le dialecte indo-européen appelé à devenir le germanique. (40--41)

アルメニアについていえば,印欧語の一方言がもたらされたのは歴史時代のことである.その上,アルメニア語の閉鎖音の体系は,完全に独自ではあるが,別の語族に属する近隣語群の体系,最もよく知られた代表言語としてグルジア語を挙げることができる南コーカサス諸語の体系と同一である.したがって,ゲルマン語については理論的な仮定にとどまらざるを得ない外国語の影響が,アルメニア語については積極的な事実によって示唆されるのである.ここから次のように結論づけることができる.ゲルマン語の子音推移は,ゲルマン語と呼ばれることになる印欧語一方言を受け入れて取り込んだ人々が自らの発音習慣を保持したことに起因するのだ,と.


 ・ Meillet, A. Caracteres generaux des langues germaniques. 2nd ed. Paris: Hachette, 1922.

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