hellog〜英語史ブログ

#1649. longerleng(er) を置き換えたのはいつか?[hc][corpus][adjective][comparison][i-mutation][analogy]

2013-11-01

 現代英語の形容詞・副詞 long の比較級の形態は規則的な longer だが,古英語から中英語にかけては lenger (副詞としては leng も)のように語幹に前母音をもつ諸形態が用いられていた.ゲルマン祖語の比較級を表わす形態素 *-iþo が契機となって直前の語幹母音に i-mutation が生じ,本来の語幹の後母音が前母音へと変化した.その効果は,古英語 leng(ra) や中英語の leng(er) に現れている.
 ところが,原級は古英語でも中英語でも lang, long などと常に後母音を示していたので,やがて類推作用 (analogy) により比較級も原級に -er を付けるだけの規則的な形態を取るようになった.かつての i-mutation という音韻変化の効果が,類推という形態変化の効果により打ち消されたといえる.
 さて,類推により longer につらなる形態が現れたのがいつ頃のことかが気になったので,調べてみた.OED では longer として見出しは立っていないので,long の項で例文を探してみると,a1533 に longer が現れている.MED でも同じ事情だったので lōng (adj. (1)) の例文を探すと,a1400 (a1325) に langer が初出する.しかし,例文検索から得られる初出年の情報だけでは心許ない.
 一方,leng(er) の最終使用年代を調べるという逆方向の調べ方もしてみた.OED によると,副詞 leng の最終は Chaucer で c1386,形容詞・副詞の lenger は,副詞の用法としての Spenser の1590年が最終例だった.以上を総合すると,14--15世紀頃に longer が現れ,16世紀には歴史的な leng(er) を置き換えたという筋書きになりそうだ.
 だが,先に述べたように longer の見出しが立っていない以上,OED の例文に頼るのみで新旧形態の交代過程を結論づけるわけにはいかない.このような目的には,補助的に歴史コーパスが有用である.Helsinki Corpus により,ざっと新旧それぞれの異形態を拾い上げてみた.古英語では第2音節の r は原級の屈折形であることを考慮し,また取りこぼしや雑音混入の可能性にも気をつけたが,完璧ではないかもしれないことを断りつつ,以下に数字を示す.


LONGERLENG(ER)
O101
O2014
O3045
O407
M1014
M2021
M31126
M4325
E1116
E2190
E3460


 M3 (1350--1420) に longer が現れ,E1 (1500--1570) を最後に lenger が姿を消したことがわかる.1500年頃を境に新旧形態の立場が比較的急速に入れ替わったように見えるが,Helsinki Corpus も小規模なコーパスといわざるを得ないので,あくまで近似的な結論ととらえておく必要がある.だが,全体としてこの結果は OED からの証拠が示唆するところとおよそ同じであり,歴史辞書と歴史コーパスが互いに補完し合って結論を強めているといってよいだろう.
 さらに,手元にあった初期近代英語期 (1418--1680) の約45万語からなる書簡コーパスのサンプル CEECS (The Corpus of Early English Correspondence でも同様の検索を施した.約24万6千語を含む第1期分 (1418--1638) と約20万4千語を含む第2期分 (1580--1680) を区別して調べたところ,以下の通りとなり,やはりおよそ16世紀後半には古い lenger が廃れたといえそうだ.


LONGERLENG(ER)
CEECS1316
CEECS2370

Referrer (Inside): [2013-11-21-1]

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